山陰の観光掲示板

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今月、実行します。 / えりんぎ [北海道]
こんばんは。久しぶりに訪問させていただきます。

いつか山陰地方を旅してみたいと去年から思っていましたが、
予想していたよりも早く機会ができたので、さっそく今月下旬に実行します。
3泊4日の日程で松江と出雲の御サイト様お薦めの観光名所を中心に回る予定です。

北海道出身の私にとって全く未知の地である山陰地方。
今から期待と不安でいっぱいですが、思い出に残る旅にできたらいいなと思っています。

出発が近づく中でひとつ気になっているのはそちらに行く時の服装ですが、
もう春の装いでも大丈夫でしょうか?

今年は桜が早いという情報もあるので、私がそちらに行く頃は既に咲いているかもしれないですね。
松江城で桜を見れたらといいなと楽しみにしているのですが…。

あと、ティファニー庭園美術館が今月末で閉園するので、訪れるのが最初で最後になるのは残念です。
No.1720 - 2007/03/09(Fri) 22:31:17

Re: 今月、実行します。 / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
お久しぶりです(^o^)

> 3泊4日の日程で松江と出雲の御サイト様お薦めの観光名所を中心に回る予定です。
3月10日(もう今日ですね)、出雲大社の隣に「古代出雲歴史博物館」がオープンします。
かつては空中神殿であったとされる出雲大社の巨大な柱や、大量の銅剣・銅矛・銅鐸などが展示されます。
しかも3月10日〜5月20日まで開館記念特別展として、日本各地の由緒ある神社の神宝・装束も展示されるとの事です。総数約1100点の内、半数以上の約630点が国宝や重要文化財という史上最大規模の展覧会!
こちらも是非、お立ち寄り下さいませ。

> 出発が近づく中でひとつ気になっているのはそちらに行く時の服装ですが、もう春の装いでも大丈夫でしょうか?
う〜ん、微妙ですねー。
先週は昼間の気温が20度くらいの日もあったのですが、昨日は雪が降ってましたし・・・。
でも桜の開花予想では今月26日くらいには開花するんじゃないかって言ってましたから、上に羽織る厚手の物が1枚有れば大丈夫だと思いますよ。

> あと、ティファニー庭園美術館が今月末で閉園するので、訪れるのが最初で最後になるのは残念です。
誠に・・・。
でも、松江・出雲の観光は「ティファニー庭園美術館」と「古代出雲歴史博物館」の両方が見られる今月がベストかもしれませんね。

良いご旅行を。
No.1721 - 2007/03/10(Sat) 00:30:18

Re: 今月、実行します。 / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
古代出雲歴史博物館のウェブページはこちらです。
http://www.izm.ed.jp/
No.1722 - 2007/03/10(Sat) 21:27:08

Re: 今月、実行します。 / えりんぎ [北海道]
さまざまな情報を教えてくださり、ありがとうございます。

古代出雲歴史博物館のサイトにさっそく行ってきましたが、神話の舞台・出雲にふさわしい施設だと感じました。
全国の神々が出雲に集結するように神にまつわる物が出雲に集結しているので、館内も厳かで聖なる空気に満ちているような気がします。
開館初日の昨日だけで来館者5000人近くあったというのもうなずけます。

とても尊い機会ですし、ちょうどそのような時に私が出雲に向かうのも何かの縁。
出雲大社参拝の後に、姿勢を正して行ってまいります。(笑)

中尾様も近々行かれるのでしょうね。
古代出雲歴史博物館の情報が御サイトに掲載される時を楽しみにしています。
No.1723 - 2007/03/11(Sun) 01:25:22
こんにちわっ! / ano
寒くなりましたが、お元気ですか? 
師走になり、私は掃除に追われています。

先日「硫黄島からの手紙」を観ました。
派手さがなく、これ、ハイウッド映画だよなぁ〜 
と、言うような でも、少し日本映画とも違う・・・
今まで感じた事のない色とか空気を感じていました。

内容は
4人の息子を持つ私は、複雑で、
あの時代の男性が、大切な人に自分の気持ちを伝える為の言葉をちゃんと持っている事に、
私の気持ちが安らぐような・・・
優しさを感じることが出来ました。。。

それでわ、
No.1697 - 2006/12/20(Wed) 11:55:47

Re: こんにちわっ! / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
> 先日「硫黄島からの手紙」を観ました。
「父親たちの星条旗」の方は私も観ましたよ。
「硫黄島からの手紙」も近々観る予定。
同じ戦争をアメリカ側からの視点と
日本側からの視点で描くというのは公平ですよね。
No.1698 - 2006/12/20(Wed) 22:29:40

Re: こんにちわっ! / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
先週「硫黄島からの手紙」を観て来ました。
個人的意見としては、
渡部謙や二宮和也はもちろんですが
謎の新入り兵を演じていた加瀬亮が良かった!

「父親たちの星条旗」も良い映画でしたが、
「硫黄島からの手紙」の方が更に良く感じたのは
私が日本人だからなのかな?
ある映画評論家が「アメリカ人が作った凄まじい日本映画」と評してましたが、本当にそんな感じ。
間違いなく、2本共アカデミー賞候補になる事でしょうね。
No.1707 - 2007/01/22(Mon) 01:18:41

Re: こんにちわっ! / ano
「硫黄島からの手紙」観られたのですねっ、
加瀬亮って・・・ 憲兵から硫黄島に配属になった人ですか?
「父親たちの星条旗」はビデオで観ようと思っています。
アカデミー賞、どうなるんでしょうねっ!
楽しみです。。。
やっぱり、私を中尾さんでわ視点はが違いますね、

ハリウッドから見れば、ハリウッドらしくない日本映画になるんでしょうか?
でも、私はどこか日本人監督とは違う空気を感じました。
日本人の感情からは少し間をとっているような・・・
うまく表現が出来ません。。。

でわ、これからまた一年で一番忙しいシーズンに突入です。
でも、映画は観に行きます。
次は「どろろ」の予定、最近は邦画はいいですねっ。。。
No.1708 - 2007/01/24(Wed) 21:21:18

Re: こんにちわっ! / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
> 加瀬亮って・・・ 憲兵から硫黄島に配属になった人ですか?
そうそう、その人です。

> でも、私はどこか日本人監督とは違う空気を感じました。日本人の感情からは少し間をとっているような・・・うまく表現が出来ません。。。
そうですね。客観的というか、淡々とした感じというのか・・・。
やはり、日本人に感情移入した描き方では
アメリカ国内で受け入れられないからでしょうね。
日本人はもちろん、アメリカ人にも受け入れやすいバランスなのだと思います。
クリント・イーストウッド監督は絶妙なバランス感覚を持っているようですね。
それにしても、アメリカのアカデミー賞候補が
アメリカ側から描いた「父親たちの星条旗」ではなく
日本側から描いた「硫黄島からの手紙」の方だとは・・・ほとんど日本語で収録されているのに驚きです。
No.1709 - 2007/01/26(Fri) 00:47:11

Re: こんにちわっ! / ano
> ほとんど日本語で収録されているのに驚きです。
そうですか? 日本側から見ての事ですから
日本語のほうが自然だと思うのですが・・・

それから「どろろ」観ました、
う〜んっ、私は好きです。
No.1717 - 2007/02/26(Mon) 21:09:50

Re: こんにちわっ! / 管理人 [中国] [ Home ]
> それから「どろろ」観ました、
> う〜んっ、私は好きです。

原作は好きなのですが、映画はDVDが出るのを待ってレンタルで観ようかと思っております (^^;
No.1718 - 2007/02/26(Mon) 22:30:25
ティファニー庭園美術館 / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
松江市のティファニー庭園美術館が3月で閉園されてしまいます。
私としてはとてもお薦めの観光名所だっただけに、誠に残念です。
まだ行かれた事のない方、是非、閉園までに足を運んでみて下さい。本当に素晴らしい美術館ですので。
No.1715 - 2007/02/22(Thu) 00:17:50

Re: ティファニー庭園美術館 / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
ティファニー庭園美術館は3月31日で閉園します。
美術館側の言い分は下記の通り。
http://www.l-c-tiffany-garden-museum.co.jp/closed/index.html

私もその通りだと思っています。松江市も考えを改めてくれないものでしょうかねぇ。
No.1716 - 2007/02/22(Thu) 00:32:17
柿本人麻呂の「ひなの長道」 / 安曇野母里の雛元
1.「田舎道」か「日名国の道」か

柿本人麻呂の有名な「天ざかる 夷(ひな)の長道ゆ恋くれば 明石の門より 大和島みゆ」の歌について、最初の拙文(「日本中央」と「日(ひな)族」についての考察)において、「ひなの長道」はこれまで「夷」=「鄙」=「田舎」と解釈され、「都から離れた田舎の長い道」と解説されてきたが、かつての「ひな国」の長道を帰ってきた、と解釈すべきでは、ということを述べました。


<再掲>
島根県の益田を任地としていた柿本人麻呂には、「天ざかる 夷(ひな)の長道ゆ恋くれば 明石の門より 大和島みゆ」と読んでいる歌がありますが、都から離れた夷(ひな)=田舎の長道をきた、とこれまで理解されています。
ところが、島根から広島、岡山にかけて「ひな」の地名が多いことを考えると、むしろ、出雲から岡山にかけての「夷(ひな)」の国を長旅で来た、という解釈もできます。

2.柿本人麻呂の旅の目的地は

この時は、「日名国(日国)」の仮説を追うだけで、この歌の背景まで考えませんでしたが、以前、仕事をしたことのある山口県の萩市や油谷町に「人丸神社」があり、岩見空港を使った時に益田市に柿本神社があったことを思い出し、再び、この歌のことが気になりだしました。
この歌は、万葉集の柿本人麻呂の旅の歌(249〜256)8首の1つですが、いったい、どこに旅した時の歌なのでしょうか。


柿本朝臣人麻呂の覊旅の歌八首

0249 三津の崎?@波をかしこみ隠江の舟公奴島爾
0250 玉藻刈る敏馬?Aを過ぎて夏草の野島が崎?Bに船近づきぬ
0251 淡路の野島が崎?Cの浜風に妹が結びし紐吹きかへす
0252 あらたへの藤江の浦?Dにすずき釣るあまとか見らむ旅行く吾を
0253 稲日野?Eも行き過ぎかてに思へれば心恋しき可古の島?F見ゆ
0254 ともしびの明石大門?Gに入らむ日やこぎ別れなむ大和島?H見ゆ
一本に云はく、家門のあたり見ゆ
0255 天ざかる夷の長道?Iゆ恋ひ来れば明石の門?Jより大和島?K見ゆ
0256 飼飯の海?Lのにはよくあらしかりこもの乱れ出づ見ゆ海人の釣船
一本に云く、武庫の海?Mのにはよくあらし漁する海人の釣船波の上ゆ見ゆ
佐佐木信綱編「万葉集」(岩波新書)


万葉集に詠まれた柿本人麻呂の旅の歌の地名




8首の歌の順に、読まれた地名をわかっているもののみ地図上にプロットしてみると(ホームページで調べた地名の孫引きですが)、大阪から加古川方面まで行き、再び引き返してきた、というコースのように思えます。
この旅は加古川まで行ってからUターンしてきたのか、それとももっと先まで行ったのでしょうか。それにしては、コースから外れた淡路島の飼飯の海(慶野の松原:「一本に云く、武庫の海」ともなっているので、この場合には矛盾しませんが)の地名があるので、四国の讃岐あたりを回って帰ってきたのでしょうか?あるいは、加古川方面に行った旅の時の歌と、四国に行った時の歌が混ざったのでしょうか。
加古川方面だと、人麻呂には、「吉備の津の釆女」という妻がおり、岡山県との関係が考えられますし、島根県の益田市で人麻呂が生まれたという伝説がある(和珥(わに)氏の一族であるということも、出雲族であることを伺わせる)ことや、人麻呂が岩見の国の国司(左遷、あるいは追放され刑死した)であったことから、岩見が行く先として考えられます。また、讃岐は人麻呂が国司として赴任した地です。
さらに、次の歌にみられるように、人麻呂は筑紫にも行っていますので、その時の歌とも考えられますが、同じ稲見と稲日野がでてくるにも関わらず、万葉集の中で分けて載せられていることを考えると、むしろ、別の機会に吉備の国か出雲・岩見の国へ旅した時の歌である可能性が高いと考えられます。


柿本朝臣人麻呂、筑紫国に下りし時、海路にて作れる歌二首

0303 名ぐはしき稲見の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は
0304 大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ
佐佐木信綱編「万葉集」(岩波新書)

注:稲見は稲日野と同じで、加古川沖の播磨灘であり、「遠の朝廷(とうのみかど)」は筑紫国の太宰府と考えられています。「島門」は福岡湾に入るところの志賀島と能古島間をさすのでしょうか。

3.古代の「天ざかるひなの長道」は

最初に拙文をまとめたあと、大学時代の同級生で歴史に詳しい馬庭稔君(島根県出身の建築家)に私の仮説を送ったところ、出雲の斐伊川流域(ヤマタノオロチ伝説の地で、熊野神社や八重垣神社があり、358本の銅剣が発掘された荒神谷遺跡や39個の銅鐸が発見された加茂岩倉遺跡、さらには古墳群などがある)から、出雲族の聖地の比婆山をへて岡山の吉備津にかけて、斐伊川から高梁川に沿って古代の古道があったのではないか、という重要なヒントをもらいました。
確かに、「日本初火出社」という別名を持つ出雲国一の宮の熊野大社(出雲大社の重要な神事もこの熊野神社に伺いをたてる必要がある格上の神社です)や八重垣神社があり、四隅突出型古墳群のある斐伊川地域から、古代の吉備の地の中心であった吉備津神社(子どもの頃に毎日、遊んでいたところで、桃太郎伝説のもととなった温羅(うら)の城や造山の巨大古墳などがあります)を結ぶと、最短の道になります。
古代の4つの中心地(筑紫、出雲、吉備、大和)のうち、陸路でもっとも重要なのはまさにこの出雲と吉備を結ぶ道になります。しかも、この一帯には「ひな(日名、日南、日向など)」の地名が濃厚に分布しているのです。
成羽町の「日名」には、中世に「日名氏」という豪族がいたことが記録されており、古い起源の地名であることはあきらかです。島根県の「日南町(にちなんちょう)」については、中国地方で「日南」を「ひな」と呼ぶ地名が圧倒的に多いことから、古くは「ひな」であったのではないかと思います。また、屋号を「日向(ひな)」と言っていた私(雛元)の先祖は、成羽町の隣の芳井町の出身です。


4.柿本人麻呂のたどった長い道

馬庭稔君のヒントをもとに、出雲(ひな)と吉備、この古い古代の国を結ぶ古道が「夷(ひな)の長道」であったのではないか、と私も考えるにいたりました。
その道は、吉備津か「日生(ひなせ)」からは海路をたどり、兵庫県御津町の「雛山」、高砂・加古川の先の「稲見、稲日野」(ふぃなみ、ふぃなみの、の可能性もあります)、明石などに続く道であった可能性が、人麻呂の歌から繋がって来ました。
「心恋しき可古の島」という表現には、かつてこの道を人麻呂が通ったことがあるか、ゆかりがあることを示しており、若き日に人麻呂が岩見から大和へ登った時のことか、あるいは別の機会かも知れませんが、人麻呂にとって「恋しい」と言わしめるような道であったのです。
神代においては、「日国(日名国)」の都、「日本(ひなもと)」の地、「日本初火出社」(熊野大社)へ向けた陸の路の中心がこの「ひなの道」であり、八百万の神々が年に一回、中四国地方や大和地方などから出雲大社へ向けて辿る道ではないか、と考えます。
「歌の聖」と呼ばれた歌人の人麻呂にとって、和歌(=ひな歌)を最初に詠んだとされるスサノオを祭る熊野大社や八重垣神社は聖地として訪ねたいところであったに違いないと思います。岩見からの帰りに「日国(日名国)」の古都、「日本(ひなもと)」の熊野大社の地にたちより、「ひなの長道」をとおり吉備津の地にいたり、吉備津か日生(ひなせ)から海路をとり、御津町の「雛山(ひなやま)」などを見ながら海路をたどり、明石海峡の地で大和島(州)を望んだのではないだしょうか。

「夷(ひな)の長道ゆ恋くれば」の「恋くれば」は、妻を想っての心情であるとともに、かつての「ひな歌(後の和歌)」文化発祥の地を「恋う」心情と重ねており、また、「夷(ひな)の長道」についても、故郷への距離の長さとともに、かつて興隆を極めた「ひなの国」の都から「ひなの路」を歴史を辿りながら今の都へ帰路についている、という空間と時間を重ねた深みのある表現になっていると考えられます。
人麻呂は、妻の故郷の吉備津をへて、出雲を経て生まれ故郷の「岩見」へ旅した時に、これらの歌を詠んだと考えられます。

斐伊川流域
・良質の砂鉄産地(たたら製鉄が盛ん)
・スサノオが新羅から降り立った船通山
・ヤマタノオロチ族の住む鳥上(鳥髪)
・伊邪那美神の御神陵(安来市日次(ひなみ))
・スサノオが住んだ八重垣神社
・大国主命の神宝が積まれたのでいう神財郷
・加茂岩倉遺跡、神庭荒神谷遺跡(大量の銅剣と銅鐸)
・後に古墳群
・河口部に出雲大社
<陸路> 吉備津地域
・吉備冠者(きびのかじゃ)と呼ばれた温羅(うら)の城
・五十狭芹彦命(後の吉備津彦)を祭る吉備津神社
・古来から製鉄が盛ん(後の「備前刀」)
・後に巨大古墳
<陸路〜海路> 大和
・銅鐸文化
・大和朝廷と前方後円墳

(上道)
吉備津〜日生〜室津〜御津(雛山)〜明石の門
斐伊川〜比婆山〜高梁川

4.「覊旅(たび)の歌」の隠された目的地

他の人麻呂の歌の違い、なぜこの歌は目的地をはっきりと記していないのでしょうか。
それは、朝廷内の権力闘争で柿本人麻呂が藤原一族に破れ、岩見に流されて刑死した、ということと関わりがあると考えられます。
岩見生まれの人麻呂は、出雲と関わりがあるばかりか(出雲娘子挽歌という歌もあります)、妻を通して吉備とも関わりがあり、それが謀反の疑いで刑死した(後に、平城天皇の時代に、名誉回復し正三位を追贈された)ことにつながったという可能性が考えられ、そのために、この旅の歌を「可古の島」までで止め、吉備や出雲・岩見への旅路がわかる地名が出てくる歌をカットした、のではないでしょうか。
天皇家は、巨大な古墳を残した吉備族を始め、多くの出雲系の豪族に支えられており、宗教では出雲系の神々にも支えられていることから(八百万の神々の祭祀権を出雲大社に残した)、権力争い(皇位継承の争い)には絶えず出雲族がかかわってくることになり、柿本人麻呂はその争いの1つに巻き込まれたのではないでしょうか。


5.「大和島根」の意味

このような仮説に立つと、筑紫国に下りし時の歌の「名ぐはしき稲見の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は」について、また、別の意味が見えてきます。
これまで、「大和島根」は人麻呂が遠望した家族の住む大和の方角の生駒山脈(大和島)の根(ふもと)と考えられてきましたが、稲見の海、今の播磨灘からは、淡路島に遮られて大和島は見えません(私は姫路に住んでおり、何度か関西汽船や小豆島への船に乗ったことがありますが、とても見えません)。
岩見の出身である人麻呂にとって、大和島根は、そのまま「大和の島根(=出雲の日名の地)」なのではないでしょうか。「大和」のルーツ(根)である、この稲見をふくめたかつての「日名」の国の出雲(現在の島根)そのものであり、それは、今の大和朝廷の時代において抹殺されて「千重に隠りぬ大和の島根」になってしまった、ということではないでしょうか。
「歌聖」とよばれた宮廷詩人の柿本人麻呂は、「和歌=ひな歌」を最初に歌ったとされるスサノオの文化を受け継ぐ「ひな歌」の名手であり、その実力を認められて平城の地の出雲族の和珥(わに)氏の一族として宮廷に入り、「ひな歌」の文化を和歌として広めたと考えられます。
「名ぐわしき稲見」(美しい「いなみ」=「ふぃなみ」=「ひなみ」)、「心恋しき可古(過去)の島」、そのような「ひな」=島根の文化、ひな歌などの文化も大和の時代になって「千重に隠りぬ」と、筑紫へ行く途中で故郷の地(ひな国の地)を遠望しながら詠んだ、ということではないか、と考えます。
もちろん、ストレートに詠むことはできませんから、「大和の妻」をしのんで詠んだ、と解釈されるようにカモフラージュして表現したことは、言うまでもありません。

さらに、「大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ」についても、「遠の朝廷」=太宰府として詠んだ歌、という形をとっていますが、別の解釈が浮かんできます。もし、「遠の朝廷」=太宰府なら、人麻呂が島門へまさに船で入る時の現在形の情景として、島門に船が蟻のように群れて、「遠の朝廷へ(に)あり通ふ」とならなければなりません。
「大君の遠の朝廷と」というところがくせ者で、「大君」=「大国主命」の「遠い昔の朝廷(みやこ)と通じる」というように、かつての「ひな国」の朝廷と通じる吉備津への入口となる児島の「島門」、というように、同時代のことではなく時間を書き分けて表現しているとも読めるのです。「遠いいにしえの朝廷と通う島門」であるからこそ、「神代し思ほゆ」となるのです。特に、人麻呂にとっては、和歌(=ひな歌)の祖とされるスサノオや大国主命の神話の「神代」をしのぶ、という特別の意味を密かにしのばせた歌と考えられます。
太宰府には、「神代し思ほゆ」というような特別の神代の歴史もなく、ましてや岩見=出雲出身の人麻呂にとって、強い感情をかきたてるほどの「神話」が太宰府の地にあったとは考えられません。「名ぐはしき稲見」の感情と同じく、自分の出身地や自分の歌の道につながる神代の歴史を持っているからこそ、強い「神代し思ほゆ」という感情がでてきたのだと思います。


6.古代史を出雲の神話や文化、技術から見直す

邪馬台国論争から出発して、大和か筑紫か、という2元論で古代国家の成立が論じられてきました。
素人の未熟な検討ながら、私は、出雲、吉備、筑紫、大和の4元論で古代史を全面的に見直す必要があると考えます。そこから、さらに進んで、クマソやハヤト、エミシ、越、信濃、埼玉、上毛、下毛など、多元的な検討が必要と考えます。
その手法は、考古学と文献学、神話史・宗教史、和歌、鉄と木と米の技術史など、多面的な検討が必要と考えます。
今回、歌聖と呼ばれた柿本人麻呂の一部分のテーマに限って検討してみましたが、出雲の濃い姿が「千重に隠りぬ」大和の陰から見えてきたように思います。さらに、様々な分野からの多面的な研究を期待したいと思います。
No.1678 - 2006/10/09(Mon) 10:32:50

Re: 柿本人麻呂の「ひなの長道」 / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
長文でありがとうございます。
しかし、凄い仮説ですね!
No.1681 - 2006/10/10(Tue) 00:15:44

Re: 柿本人麻呂の「ひなの長道」 / 尼子
 そうですか、古代の都の北東の方角に出雲路幸神社をつくるようになっていたそうです。たしか島根県安来市にもあるとのことですが、なんとなく理由が想像できそうですね。
No.1699 - 2006/12/30(Sat) 17:32:02

Re: 柿本人麻呂の「ひなの長道」 / でんぞう
 やあ〜。松江の人たちが、出雲東部に広がる風土記の世界を松江市内に移築したりして吸い取ったので、周りの地域から古事記時代の話が続々出始めたみたいですね。
 やっぱり、歴史も生態系と同じで、むやみに変更するとそのバランスを回復しようとする動きがあるのでしょうか?
No.1714 - 2007/02/21(Wed) 19:50:23
青春18きっぷが8000円 / ks [関東] [ Home ]
こんばんは

今月20日から、春の青春18きっぷが発売になりますが、今シーズンに限り、8000円だそうです。勿論、何時もの通り、5回分(5人分)に使えルールも同じです。
 何故かと言うと、青春18きっぷが登場して今年で20周年になるそうです。その記念として8000円と登場当時の値段で発売するそうです。未だ20周年?と言う感じですが、青春18きっぷの登場時から利用している訳では有りません。
 
 私は青函連絡船廃止の年の6月に開通したばかりの海峡線で初めて北海道に渡りました。その時には北海道ワイド周遊券を使い、約2週間の旅をしました。確か、夜行急行で上野を出ました。この2週間の旅で宿を利用したのは3回だけ、後は北海道内、夜行列車で夜明かしをしました。

青春18きっぷの利用歴はハッキリしませんが未だ15年位です。当初は周遊券との比較で利用していました。
 45回以上は購入していると想います。毎シーズン利用で一シーズンに2回18きっぷを購入した事も数回有りますが、最近は利用しないシーズンも多くなってきました。
 
 今シーズンは、何とか18きっぷの旅に出たいとは想っています。
No.1711 - 2007/02/10(Sat) 00:26:34

Re: 青春18きっぷが8000円 / 管理人 中尾 [中国] [ Home ]
8,000円ですか。お得ですね〜。
私も買おうかな。
No.1713 - 2007/02/10(Sat) 22:44:13
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