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南有文雅公主昂山素姬,北有硬汉斗士蒙古哈达 / gege
南有文雅公主昂山素姬,北有硬汉斗士蒙古哈达/ 巴雅古特
(博讯北京时间2010年11月16日 首发 - 支持此文作者/记者)
同为良心犯十五年
作者:巴雅古特
(博讯 boxun.com)

昨日(2010年11月15日),泰国良心犯昂山素姬(AungSanSuuKyi,亦译翁山苏姬)女士获释,这是令人振奋的喜讯。终于走出囹圄的这位温文而雅的泰国公主,理所当然地又一次成为了全世界关注的新闻焦点。

她为泰国民主化而几度被捕入狱,20多年之间,她先后蹲狱15年,其间曾被授予诺贝尔和平奖。

狱中荣获诺奖和诺奖得主入狱,这种悲喜剧只能在独党专制的中国和恃军独裁的泰国中上演。而这种良心犯入狱,在红色中国尤甚。

请不要忘记,在共产党中国,除了诺将得主外,还有很多良心犯在狱中忍受着煎熬。

如在内蒙古的乌兰哈达(Ulaan-Hada, 即赤峰)监狱,蒙古人良心犯哈达(Mr. Hada,1954年出生)先生被囚禁15年,他于1995年12月9日被捕入狱,将于本年(2010年)12月9日“刑满”出狱,他的受刑期正好与泰国昂山素姬女士相同。而不同者,哈达先生在监狱受尽了折磨。对他来说关禁闭、受体罚等都是常项,而更有甚者有“卧刑床”之类的局外人难以想象到的酷刑(见王宁先生报道:“内蒙古服刑15年,哈达在狱中被睡刑床”)。

昂山素姬女士出狱后,身体状况较好,这使全世界良心都为她高兴。她出狱之后,心情尚有余力,对当局给予她较好的狱中待遇表示感谢。这说明,泰国当局再独裁也还讲些人道,起码在肉体上不甚折磨人,这一点从昂山素姬女士出狱后的言行中可以看得出来。

我这不是说,泰国的独裁就比中国的好,从本质上讲,全世界的独裁体制都是一样的,是地地道道的人体绞肉机无疑。然而,泰国是一个佛教的国家,对人总有慈善的一面。

而刑期与昂山素姬同为15年的哈达先生就不那么幸运了。他所面对的是一个毫无信仰可言的“无神论”的和你死我活“斗争论”的共产党的警察。加之对方的“非我族类,其心必异”等等的“中华”中心主义心理,哈达先生所蒙受的折磨,一定是分外残酷的。

而这样格外的原因之一,也是因为哈达先生不昧良心,不承认自己有罪。因为当年他所讲的,只是关于内蒙古的货真价实的真自治问题,而不是独立或“分裂”之类。至于内蒙古的自治,中华人民共和国宪法中是立法认可的,中国共产党对自治也是承认的。问题是几十年来,在党的把持下,内蒙古不能实行真正的自治,而一直在搞名不副实的假自治。而哈达先生所提的是,要内蒙古真正自治而已。因此,他的所作所为当然不是违法,更不构成有罪,他为自己辩护无罪是毫无过分的。然而,当局为了让他认罪屈服,动用了各种酷刑。

哈达先生坚持正见,不屈不挠,不折服,一直在监狱中服满了15年。就这一点来说,本人认为我们人类都应该钦佩他,一个血肉之躯的人能够做到这一点是非常不容易的。哈达是一条值得尊敬的蒙古硬汉子,他在“刑床”上未曾走到精神崩溃,他的良心超越了折磨和恐惧而终于要结束这个地狱般的15年。

说实在的,我所写的这些情况,还有很多传闻的性质,除了“卧刑床”等外,对哈达所施的酷刑各项,还没有作一一核实,这个目前还做不到。但是有一点是可以肯定的,即我们不久将可以看到哈达先生出狱之际的面容,他的憔悴程度和老态龙钟之貌将能说明一切。

如果当局还能履行其判决和判期的话,哈达先生将于11月9日坐满15年的监狱,获得“刑满释放”。我本人翘首以望蒙古人良心犯哈达先生按期获得自由,并以一见他的尊容为快,哪怕看看照片也好。因为他的憔悴就是对专制的有力控诉。

同时,本人呼吁,全世界有良心的人们都应该关注他,他在监狱中所经历的苦难之数,决不能只以为期15年的刑期而衡论的。

哈达先生虽然不曾获得诺奖,但他同昂山素姬女士一样,都是为了结束民众的苦难而选择了自己甘受苦难的道路,这种耶稣似的受难精神,难道不是我们人类良心所盛赞的吗?!(2010/11/16) [博讯首发,转载请注明出处]- 支持此文作者/记者(博讯 boxun.com)

No.1053 2010/11/17(Wed) 07:02:58
或る旅人の手記 〜シンナ先生を訪ねて〜 / Mergen
 フフホトの街にシンナ先生を訪ねた。初対面であるにも関わらず暖かく迎え入れて下さり、美味しいお茶をご馳走になった。

 先生は現在、附中東巷というさびれた路地を東側に少し入ったところにある五階建ほどの共同住宅の一階に居を構え、その場所で蒙古学書社の看板を守りながら、小さなモンゴル雑貨店を経営していらっしゃる。

 店の扉を出ると、向かい側に同じ共同住宅の別棟が見え、二つの棟に挟まれた空間にパラソル付きのテーブルと椅子が置いてある。

 日は既に沈みかけ、辺りは少し暗くなっていたが、先生が「少し外でお茶を飲みましょう」とおっしゃったので、そのパラソル付のテーブルに先生と向かい合って座り、しばし歓談した。というのは、向かい側の棟の四階の、先生の店の入口を見下ろすことができる部屋の窓には常に監視者達の目が光っているので、先生は彼らに余計な疑念を抱かせないように配慮して、彼らに訪問者を披露し、彼らの目前で敢えて堂々と振舞っていらっしゃるのである。

 やがて日は完全に沈み、少し寒くなってきたので、店内に入って再びお茶を入れていただいた。ほどなくして若い男女が店に入ってきて、品物を眺めるふりをしながら、話をしている私達の方を気にしはじめた。突然の怪しい訪問者である私に対して、彼らはかなり緊張している様子だった。おめでたい国慶節の休暇中だというのに全くお勤めご苦労様です。

 しばらくして監視者達が外に出て行くと、先生は私に食事をしに行きましょうと仰せになり、街に出かけることになった。常に先生と共にあるご子息のウェイルスさんは店番のために残られた。

 先生と二人で歩いていると、私達に歩調を合わせながら歩く若者達が何組も近づいては去って行った。さりげなくしていても、耳に神経を集中させている彼らの緊迫感が伝わってくる。ちなみに先生の携帯電話にはGPS機能がついていて、どこに行っても御節介な人達がいつも見守ってくれているそうである。

 先生の家から歩いて数分の距離にあるウランバートル式のモンゴル料理店に入った。先生の行きつけのお店らしく、先生は店員の若い女の子達(モンゴル人もいれば漢人もいる)と親しげに話されていた。

 席につくと、店のご主人が笑顔で近づいてきて中国語で挨拶をした。勿論、目は笑っていない。中国語で言うところの「皮笑肉不笑」というやつである。

 ご主人は、その後も何度となく先生のところに話しかけにきて、そこはかとなく近くに立っていた。ただ、美味しいリンゴ酢をサービスしてくれるなど、対応は非常に紳士的で親切だった。


 先生は終始普通のご様子で、声をひそめることもせず、南モンゴルの政治、民主と人権に関するお話を続けられた。私は驚きながら、内心しきりに感嘆していた。核兵器を持った常任理事国という紛れもない世界の老大国を相手に、真っ向から対峙しながら、長年にわたって孤独な抵抗を続けて来られた人の胆力とは、このようなものなのかと。

 無論、先生のように強い意志を持って自由の為に闘っていらっしゃる方は、民族に関係なく、中国国内に大勢いらっしゃることであろう。力をもってしても決して屈服し得ない人間の心の強さ、誇り、尊厳というものを改めて実感すると共に、中国における政治活動、民主化運動の困難さを思い知らされた。

 先生は、私の下手くそなモンゴル語を根気強く聞いて下さり、時にはモンゴル語で、時には中国語で、或いは筆談も交えて意思を疎通させながら、非常に楽しいひと時を過ごさせていただいた。

 私は故国に帰ることができなくなった日本にいる友人達の消息や、現在の内モンゴル人民党の様子、モンゴル自由連盟党の活躍についてなど、知っている情報を、拙い言葉ではあるが、とにかく有りのままにお伝えした。

 先生は一々うなずいて下さり、南モンゴルの政治運動に関わっている人々の名前が出る度に懐かしそうに目を細められたり、どうしているか心配なさったりした後、様々な御意見を述べられた。

 私の初歩的な語学力では、先生の深いお考えの全てを理解するのに余りにも不十分ではあったが、その要旨はおおよそ次の三点であろうかと思う。

一、南モンゴルを指導する人材を育成すべし
二、南モンゴル政治運動の指導原理を確立すべし
三、かかる指導原理に基づき新たな政治局面を打開すべし

 この三点について、私は以下のように解釈した。先生のお言葉を引用した部分以外には私の個人的な見解が多く含まれていることを予めお断りしておく。

 第一点については、もはや説明不要であろう。南モンゴルは残念ながら、質的にも量的にも人材が豊富であるとは言えない。先生は黄埔軍官学校を引き合いに出され、「南モンゴルも、使命感にあふれ、一流の政治・経済・社会思想を理解している総合的資質を備えたリーダーを何十人も育成しなければならない」「南モンゴルの若者達は政治から逃げているが、どれほど文化活動を頑張ったところで根本的な状況改善はなされない」という趣旨のことを話された。

 第二点は、すなわち確固たる政治目標をしっかりと定めて、針路をころころと変えるなという意味であろう。個人の指導力よりも、全体の共通認識としての指導原理の方が強力であることは言うまでもない。属人的なリーダーシップが継続する期間は、その人が死ねば終わりなので有限であるが、優れた指導原理はリーダーが交代しようが不変であり、長期的な戦略を立てて組織として行動することを可能にする。私達の二つの党は、果たして実現可能性と普遍的受容性を有する綱領、すなわち指導原理を打ち立て、それに則った活動を行っているだろうか。今一度、点検し直してみることも大切ではないかと思う。

 第三点は、「政治組織の基本的行動原理に従って南モンゴルの運動を進めよ」という趣旨であると思われる。指導原理が実現すべき大目標を示すものであるとすれば、政治局面は目前の達成すべき中目標、或いは中目標に到るための具体的な過程としての小目標である。実現すべき大きな政治目標、つまり終着点を定めた後、そこに到る道筋を分析し、中小目標に細分化することで戦略を立て、それを指導者が工程管理しながら組織を構成する各人が与えられた具体的な任務を実行する。一つ一つの政治局面が打開されて新たな段階に入るたびに、一歩ずつ大目標の実現へと近づく。目標を定めないまま各人が別個に行動しても、大きな成果を得ることは難しい。党や連盟を名乗るだけではなく、組織として行動することで、初めて大きな意味を持つようになるのではなかろうか。

 実現可能性のないことを、どんなに主張してみても所詮無意味であり、ただ幾らかの犠牲を払っただけで終わってしまうだろう。普遍的受容性がなければ、人々の支持を得ることができないし、敵対する政治勢力と歩み寄ることも困難になり、或いは強い圧力を受け続けることになる。

 もう一度、南モンゴルの過去、現在を精査し、交渉相手の核心的利益を見極めた上で、実現可能な範囲で最も望ましい未来像を描くことにより、新たな道が開けるのではなかろうか。


 再来月の12月5日にはハダ先生が出所される。既に15年もの長い歳月が流れ、先生の頭髪は真白になられたそうである。シンナ先生は、「主人が出てきたら、もっと頑張るわよ」と屈託のない笑顔で話されていた。


                            2010年10月5日 帰国便を待つ北京空港にて記す



No.1043 2010/10/09(Sat) 18:25:29

Mergen さん,ありがどございました!! / スウエデン
モンッゴルのために何時も応援していることに心よりありがどございいました!!
No.1044 2010/10/10(Sun) 21:21:33

訂正 / Mergen
 上掲の文中において、ハダ先生の出所予定日が12月5日となっておりますが、これは打ち間違いであり、正しくは12月10日です。

 各所に転載して下さった方、お手数をおかけしまして大変恐縮でありますが、日付を訂正して下さいますようお願い致します。

 また、モンゴル語、中国語等への翻訳および転載も大歓迎ですので、もし翻訳の労をとって下さるという親切な方がいらっしゃいましたら、宜しくお願い申し上げます。


 スウエデンさん、こちらこそ有難うございます。

No.1046 2010/10/11(Mon) 13:44:46

Mongol bichigeer / chimee sambaraas shiljuulj avlaa
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No.1052 2010/11/12(Fri) 15:11:22
劉暁波さんのノーベル平和賞授与を祝う会参加の呼びかけ / 呼びかけ
劉暁波さんのノーベル平和賞授与を祝う会参加の呼びかけ


関係各位 殿
日ごろからたゆみなく人権、人道、社会正義のためご尽力、活動されている皆さん。
このたび、中国の民主活動家である劉暁波さんへのノーベル平和賞授与の決定がなされ
ました。この賞の受賞はアジアの人権の啓発、発展に大きな励ましとなるものです。
 私たちは、この受賞を祝し、祝賀の会を関係団体の皆さんとともに祝いたく賛同者
を募ります。



ノーベル賞委員会の決定が文明社会の良心を代表するものであると同時に
'89年の「6.4」民主運動、「08憲章」の肯定であり、平和、理性、非暴力の中国の
民主運動を顕彰するものでもあります。
 これを機会に人権、人道、民主運動など広範な団体の人々が集い劉暁波さんの受賞
を、祝い、意見交換をしたいと思います。
 
祝賀の会を開催するに当たっては皆さんのご意見、提案を盛り込んだ内容にしたいと考えております。 

「祝う会」開催要領

日時:11月19日 開場18:30、 開会19:00

場所:レストラン恵比寿ロビンズクラブ

参加費:5000円

参加申し込み期限:11月15日(月)18:00




呼びかけ人/10月29日午前現在(順不同)
加藤 博(北朝鮮難民救援基金)、三浦小太郎(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)、
ペマ・ギャルポ(日本チベット人権百人委員会)、民主中国陣線日本支部、川島高峰(アジア人権人道学会会長・明治大学准教授)、川添友幸(救う会神奈川代表)、荒木和博(特定失踪者問題調査会)、宋允復(NO FENCE)、小沢木理(NO FENCE)、依藤朝子(翻訳家)、西村幸祐(ジャーナリスト)、竹本博光(救う会埼玉代表)、高世 仁(ジンネット代表)、殿岡昭郎(中国民族問題研究所)、エンフォチル・フビスガルト(内モンゴル人民党日本代表)、勝谷誠彦(コラムニスト)、田辺寿夫(ビルマ支援フォーラム)、西岡力(東京キリスト教大学教授)、土井香苗(弁護士・ヒュマンライツウオッチ)

No.1051 2010/11/02(Tue) 15:06:53
内蒙古服刑15年,哈达在狱中被睡刑床 / baatar
内蒙古服刑15年,哈达在狱中被睡刑床/王宁

(博讯北京时间2010年10月22日 首发 - 支持此文作者/记者)
1996年11月内蒙古呼和浩特市中级法院判处哈达先生15年徒刑和剥夺政治权利4年,罪名是两项,即分裂国家罪和间谍罪。刑期从哈达1995年12月10日在家里被抓走开始监禁算起。就是还有不到40天,这位草原上的雄鹰就要从牢笼中出来了。



图片:哈达先生15年前刚进监狱的照片。 南蒙古人权信息中心提供

人们赞美英雄,但是什么样的人就是英雄呢?为了坚持自己认定的民主和人权自由的理念,哈达从来就是不认罪。甘愿把牢底坐穿。难道如此誓死捍卫人类普世价值观的硬汉子不是英雄吗?

据曾在内蒙古赤峰同一所监狱的政治犯许北方(许健)先生说:“哈达被上了刑床也不屈服。”已经全家从内蒙古移居到了伦敦的许先生说,刑床就是将人的四肢和全身仰面完全牢牢的固定在一张特制的铁床上,完全不能动。叫人既不能活也不能死,非常难受痛苦。被上行床的男人欲解小手时必须将刑床翻转,人朝地才可以尿得出。时间长了人就处于半昏迷半醒的状态,四肢和全身无法有任何移动,似乎就在生死之间的极度困苦的状态中。即便这些比兽性还凶残的中共监狱的酷刑,英雄哈达也从未屈服过,完全是钢钢铁骨的一条蒙古族的硬汉子!结果是哈达先生的15徒刑一天也不给减,这在即便是中共最K暗的监狱也是罕见的。

哈达先生的妻子新娜女士今日对我说:“我看过那些大反革命犯坐狱的书,徐景贤那么严重的政治犯还有减刑,哈达是一天没减,明显的是对少数民族太残酷了。”

新娜还列举了中共为了要让他们统治的中国人洗脑并教育中国人1949年前在大陆的国民党如何凶残的案例 - 渣滓洞,她说:“你看渣滓洞里被关的地下共产党还可以互相传递纸条。” 新娜还说:“全世界痛骂的南非,那时曼コ拉在狱中还可以和别人开讨论会。中共的人性比那时的南非还差。”我接过话题说:“他们阻止孩子和父母见面,甚至连孩子回中国为母亲奔丧也拒绝给签证,这些行径还如禽兽猪狗吗?” 她长长地嗨了一声说:“真是没法说了”。

新娜说不知道给哈达的监狱写了多少封信,要求减刑,但是从来没有回音。

新娜在探视哈达时,是通过大的玻璃窗户互相用电话交谈的。哈达告诉她,一直是狱方用监狱中刑事犯人24小时的跟随监管着哈达。

哈达是位马列主义哲学硕士毕业的学者,而其他诸如吸毒等刑事犯和他住在一个监号,哈达和他们根本没有共同语言,再加上有专门其他刑事犯人24小时不离他,使他很痛苦。

新娜说,过几天就要再去距离呼和浩特近2千公里的赤峰市监狱探望哈达,这也是在哈达出来前的15中的最后一次了。

可以试试想一下,一个和美的三口之家,一天全家正在晚餐中,突然闯入一帮警察,用武力按倒这家的男主人,加上手铐连推带搡的将他带出家门,带到囚车上,他15年来再也没有能回过家。30多岁的女主人等心爱的丈夫到了50多岁,11岁的孩子等爸爸回家已经变成26岁的大男人了… 凄惨吗?

聯絡王寧先生Fnick.wang@nzccn.com _(博讯记者:王寧) [博讯首发,转载请注明出处]- 支持此文作者/记者(博讯 boxun.com)

No.1050 2010/10/24(Sun) 04:14:32
特別講義T「 民族と自由 ─モンゴルとチベット─」 / 【第10回 チベットの歴史と文化学習会】


【第10回 チベットの歴史と文化学習会】

■日時:2010年11月27日(土) 18:00〜21:20 (開場17:50)

■場所:文京区民センター3階 3A会議室 [参加費1000円]

■特別講義T「 民族と自由 ─モンゴルとチベット─」

講師:田中克彦 (たなか かつひこ) [一橋大学名誉教授 言語学 モンゴル学]

ソビエト連邦の崩壊とともに宗教への禁圧がとけ、ロシアの三つの共和国では一斉に
チベット仏教が再興した。
ダライ・ラマが招かれ、仏像開眼の法要が営まれた。このよ うな仏教再興の動きと
その基地となった独立モンゴル国の役割について考えます。

─休憩(15分間)─

■特別講義U「 ダライ・ラマの外交官ドルジーエフ ─激動の内陸アジアを駆け抜けたブリヤートモンゴル人」

講師:棚瀬慈郎 (たなせ じろう)[滋賀県立大学人間文化学部教授 文化人類学]
http://www.usp.ac.jp/japanese/search/cgi/disp.cgi?code=11519

世紀末から1930年代にかけて、ダライ・ラマ13世の側近として活躍したブリヤート系モンゴル人
アグワン・ドルジーエフ(1854-1938)の波乱の生涯を通して、内陸アジアへのチベット仏教伝播を考えます。

■チベット最新情報「 ─被災地を訪れて─」

報告:渡辺一枝 (わたなべ いちえ)[作家]
司会:長田幸康 (おさだ ゆきやす)[ライター/I love Tibet! HP 主宰]

ジェグド(ジェクンド、青海省玉樹県)を襲った大地震から半年。
最近現地を再訪し た渡辺一枝さんの報告と写真から被災地のその後を辿り、
前回呼びかけた「わたした ちにできること」を考えます。


No.1037 2010/10/07(Thu) 15:26:15

Re: 特別講義T「 民族と自由 ─モンゴルとチベット─」 / 提案
モンゴル人たちも、こんな感じの勉強会を続けたら、日本で人数的にチベット人より多いですよね。
No.1049 2010/10/19(Tue) 18:30:58
Yapond bolson Tuvdiinhunii erhiig demjih 100 hunii komissiin huraldaand deer Ovormongolyn toloologch Tsetsentiin guain hiisen iltgel (Yapon helend deer) / チベット自由人権日本100人委員会シンポジウム2010 リガスチント1


No.1047 2010/10/11(Mon) 14:17:06
北京内幕:胡錦濤自ら劉暁波氏逮捕令 / 08憲章の署名
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北京内幕:胡錦濤自ら劉暁波氏逮捕令http://www.peacehall.com/news/gb/china/2008/12/200812111309.shtml
以外に
http://www.peacehall.com/news/gb/pubvp/2008/12/200812102144.shtml  

No.599 2008/12/11(Thu) 20:01:27

08憲章=中華連邦共和国憲法要綱 / khereed
08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値と基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である。21世紀の中国がどこに向かうのか。この種の権威主義的統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である。

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動はうつわ面での改良を追求し、甲午戦争(日清戦争1894年)の敗戦は再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派の残酷な鎮圧にあって失敗した。辛亥革命(1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジアで最初の共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患の歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国を現代版全体主義の深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国は毛沢東時代の普遍的貧困と絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆の生活水準は大幅に向上し、個人の経済的自由と社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間の人権と政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者も市場化と私有化の経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年、1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会は2004年の憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れは直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化の歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である。言論・出版・信仰・集会・結社・移動・ストライキ・デモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権:人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である。人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である。中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである。

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別・経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民の社会的・経済的・文化的・政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団・多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和的方法で公共の事務を処理することである。

 民主:もっとも基本的な意味は主権在民と民選政府である。民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民は真正の選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民の基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力と行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝の権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国の根本的な活路である。

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派も違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国の民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立:権力分立の現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則を確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関は直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所を設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会を解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員は政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障:人権を確実に保障し、人間の尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会を設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕・拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙:全面的に民主選挙制度を実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民の選挙参加は奪うことのできない基本的人権である。

8、都市と農村の平等:現行の都市と農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民の移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由:国民の結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制を届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争の原則を確立し、政党政治の正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由:平和的集会・デモ・示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民の基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由:言論の自由・出版の自由・学術研究の自由を実現し、国民の知る権利と監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離を実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民の宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体(宗教活動場所を含む)は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値と市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識を確立し、社会に奉仕する国民の美徳を提唱する。

14、財産の保護:私有財産権を確立し保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会を設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権の帰属と責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義を確立し納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択(住民投票)や民意機関(議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体と競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民をカバーする社会保障制度を構築し、国民の教育・医療・養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境を保護し、持続可能な開発を提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織の環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港・マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国を樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動で政治的迫害を受けた人々とその家族の名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会を設立し歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国は世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会のメンバーとして、人類の平和事業と人権の進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明の進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感・責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的に市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。


原文:http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe

No.608 2008/12/16(Tue) 18:44:29

Re: 北京内幕:胡錦濤自ら劉暁波氏逮捕令 / khereid
NOBEL`S PEACE PRIZE 2010:
Liu Xiaobo won this year's Peace Prize.This year's winner of the Nobel Peace Prize Liu Xiaobo (54) has been a thorn in the eye of the Communist rulers of China since he took part in the democracy uprising in Tiananmen Square in 1989.

Liu Xiaobo`s interview:
1. http://www.youtube.com/watch?v=2QJGuPOMPvE

2. http://www.youtube.com/watch?v=aKKYdoAhzEw

This year's Nobel Peace Prize winner has over 20 years working to promote democracy and human rights in China and has been an outspoken critic of China's Communist Party. For that he has been arrested several times. Wrote draft of a new Chinese constitutionTwo years ago, Liu took the initiative to write the starting point for a new democratic constitution in China, "Charter 08", where more than 300 Chinese intellectuals called for democratic reforms in China. The manifesto was inspired by Vaclav Havel and other East European activists who wrote the manifesto "Charta 77" 33 years ago. It did not fall well with the Chinese authorities, and Liu was arrested shortly after, in December 2008.

A year later, on 1 Christmas Day last year, he was sentenced to 11 years in prison for having "attempted to overthrow state power."The sentence was condemned by both the EU and the UN and a number of individual countries, including Norway. The Norwegian government was quick to express concern over the verdict: "Norway looks with deep concern the conviction of the Chinese human rights activist Liu Xiaobo was given in Beijing today. Liu Xiaobo was sentenced to 11 years in prison for "subversive contents of state power" and for having exercised its right to express their opinions through democracy manifesto Charter 08 in 2008. He has many years of activism exercised its right to freely and peacefully express their opinions. Norway takes a serious restriction of free speech in China and urge the Chinese authorities to immediately release Xiaobo, "wrote the Foreign Ministry.

Further, it said that the Norwegian Embassy in Beijing, on equal terms with representatives of other countries' embassies, tried to be present during the trial and also applied to be present during the verdict. However, it was rejected by Chinese authorities. An EU statement from June 2009 expressed strong concerns about Liu Xiaobo and was repeated after the prison sentence. Norway has joined the EU statement. - Shows the spirit of Nobel's will Liu Xiaobo's wife, Liu Xia, reads prison sentence outside the office of her husband's lawyer in Beijing.Photo: DAVID GRAY / REUTERS- It is time that a person who is involved in promoting human rights, received the Nobel Peace Prize, "said Jan Tore Sanner Conservatives.He is among those nominated for this year's Liu Xiaobo Prize. "Liu's personal courage and life-long struggle for individual rights, against a powerful state apparatus, placing him in a proud line of human rights defenders. It shows the spirit of the Nobel Peace Prize: The indomitable and devotedly fight for what is right, even in the face of the greatest adversity, "Sanner wrote in his nomination to the Nobel Committee. Liu Xiaobo work for human rights are internationally recognized. In 2004 he was awarded the organization Reporter MSF price "Fondation de France Prize for defending press freedom.

http://www.nrk.no/

No.1038 2010/10/08(Fri) 23:22:42

Re: 北京内幕:胡錦濤自ら劉暁波氏逮捕令 / khereid
 僕は大学生だった時、Black Hourseと当時の中国文壇で注目されいた劉暁波氏の美学批判論を読んで、影響を受けていました。叛逆精神を彼の文章から読み学んだ。中国の乱暴な政権と戦うすべとの人たちの受賞と受け止めています。おめでとうございます。
No.1039 2010/10/08(Fri) 23:25:05
negen omgoologchiin temtsel / khereid
negen omgoologchiin temtsel
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十一长假即将到来,我约了几个朋友想要去蒙古国旅游,9月27日到了口岸城市二连浩特。9月28日,我从蒙古国住二连领事馆处轻松领取到签证,买了当天下午从二连到扎门乌コ的681次列车票顺利通过了火车站安检,在进站口查验车票和护照时查验护照的一个武警战士告知我说到值班室进一步核实身份。我以为这是出境必须履行的手续就被两个武警战士引领,来到边防检查站值班室。接待我的是个武警少尉警官,他询问我住所地、职业、姓名等在电脑前操作了一番,又拿上我的护照出去近半个小时回到值班室对我说“对不起!你不能出境”,我问他“为什么?什么原因?”,他回答“我们不知道原因,电脑系统显示你是属于不能出境人员”,我说“我持有合法护照,又有蒙古国签证,你们无权阻止,你们必须说明不让我出境的原因!”,他回答“通辽市公安局已经把你列入到不能出境人员名单,你可以到通辽市公安局查询”。
做为律师我知道什么人不能出境,法律规定一是刑事案件的被告人和公安机关或者人民检察院或者人民法院认定的犯罪嫌疑人;二是人民法院通知有未了结民事案件不能离境的;三是被判处刑罚正在服刑的;四是正在被劳动教养的;五是国务院有关主管机关认为出境后将对国家安全造成重大损失的人员。我可以排除前四中情形,那我肯定是被通辽市公安局认定为“对国家安全造成重大损失的人员了”。我万万没想到一个为维护当事人合法权益,为社会主义法制建设奔波12年的职业律师,自己不知不觉中已被通辽市公安局认定为人民的“敌人”,成了“囚徒”。做为律师我深知扣上“危害国家安全”的“帽子”意味着什么,我真的想不起来在何时何地实施过危害国家安全的行为,我无法想象“文化大革命”已过去40年,竟然还有人随意给一个公民“扣帽子”划为“阶级敌人”,更无法忍受的是在一个法制的国度里一个维护他人合法权益的执业律师却无法维护自己的基本人权,在不知情的情况下已被划为“阶级敌人”,成为“囚徒”。
http://user.qzone.qq.com/102909037/infocenter?qz_referrer=qqtips



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No.1036 2010/10/04(Mon) 16:15:06
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