THE SLICKS BBS

☆次回ライブ☆
11/3(金)浜松G-SIDE
開場18:30開演19:00
前売2000円 当日2500円(1D別)

SWERVE
RANGSTEEN
マンホール
SHELL ROCKETS
THE SLICKS

DJ MIYAKEN







記念写真 / 淳吉郎
ひまわり、本日開花につき正装にて記念写真
No.1327 - 2017/07/16(Sun) 10:55:22
お盆と星にまつわる話 / 淳吉郎
7月13日から始まるお盆に先立つ3日(月)、その日の午後4時30分は実家での「お施餓鬼(せがき)」という供養のため和尚様が訪れられた。
法事というものによって一族が集結するのは “当たり前の事” かもしれない。でも “不思議な出来事” のような気もする。“血がつながってる” っつー事実はそーゆー事なんだと思う。
他人様にはま〜ったくカンケーねぇ事なんだけど、でも個人的にはと〜っても重要な出来事、そんなモノがこの世の中にはたくさんあるのさ。
大好きなバンドのコンサートに行った時、全然知らないお客さんを見ながら「イェイ!俺ら、もしかして血がつながってるかもだよね!?」な〜んて一方的に思っちゃう “あの感じ” にちょっと似てるかも。
そんな事をちょっぴり考えた中村家のお施餓鬼でした。

9日(日)は東京・下北沢のライブハウス:GARDENに行った。
30年以上あこがれ続けているバンド:SHEENA & THE ROKKETS と死ぬほど大好きなバンド:THE GROOVERSのツーマン・ライブ。
『盆と正月が一緒に来た』ってことわざがある。この日の下北ガーデンは、個人的にまーさーにーそんな感じだったんだ。
だから、浮かれまくってる俺は当日のJR浜松駅新幹線ホームでもお気に入りのビール、サッポロ黒ラベルを大量に買い込んで上空に舞い上がるのを必死に阻止していたぐらい。
1本目のプルタブをぷちっとした瞬間、N700型のこだま650号はスルスルと浜松駅を発車したのさ。

定刻18:00ぴったりにグルーヴァーズのライブが始まった。
2015年発表のアルバムには未収録の(実質的な)新曲も演ってくれた。こーゆー姿勢がたまらなく好き。
そして途中でGt.&Vo.担当の藤井一彦さんは「こんな日なんで1曲カバー演ります」って言われた。イントロのギターが鳴った瞬間「ワオっ!」って思った。だって、始まった曲がシナロケ1984年発表のアルバム「ニュー・ヒッピーズ」B面1曲目収録『バック・ドア・マン』だったんだ。

一彦さんと俺は同年齢。おそらく彼も17歳の頃にそのアルバムを聴きまくったんじゃないかなって思った。んで、そっからカバー曲を選ぶっていうセンス。イェイっ!
プロ、インディ、そして俺みたいなアマチュア問わず、その当時からバンドを演り続けてる人たちにとってのロック・スター:シーナ&ロケッツ。彼らはずぅ〜っと変わらん光を、変わらん場所から、キュ〜んって発し続けているんだ。北極星みたいにね。
そんな気持ちがしました。

グルーヴァーズが70分ほど演奏された後にシナロケがスタート。
ギュい〜んってマーシャル・フルテン(英国産マーシャル・アンプリファイアの各種ボリュウム最大限の意)が炸裂しだした。
個人的な話で申し訳ございませんがシナロケのこの感じ、ボク的には星の数ほど体験してるんだ。だがしかし、このマイ・スターはいっつもおんなじ、んで、いっつも違う。信じられないかもしんないが本当の話さ。今夜も感動しっぱなし。だったんだ。

下北(下北沢)から三茶(三軒茶屋)のホテルへ帰る茶沢通りから見上げる夜空には、いっつもとおんなじ星が佇(たたず)んでいたのさ。
ぼくらのロック・スターは近くにいる気がするけど、でも実は、いつまで経ってもたどり着けない遠ぉ〜くの方にいるかもね。って話さ。

☆★☆★☆★
ザ・スリックス次のライブの詳細が決まりました。
すんげ〜夜になるら。
その後の予定も一緒に記します。

☆上空の中村 《あの夏》
8/5(土)キルヒヘア
開場18:00開演18:30
2000円(お飲み物1杯付)

Stripper
atomicfarm
ピンクロリータジュリエッツ
マシス
THE SLICKS

DJ HimitsuSyounenn
Mum(MUMBLES)


☆10月14日(土)
《MODERN PLOT vol.12》
浜松 キルヒヘア
O/S 18:30/19:00
出演:
BEATSEEKER、THE SLICKS 他

☆11月3日(金)
SWERVE 企画
詳細後報

写真は7/9の物販購入品。
シナロケ・タオル、藤井一彦生誕50歳記念Tシャツ、サンハウスの1973年3月12日福岡ライブCD。
俺の部屋は今日もスターだらけでキラッキラ。

No.1326 - 2017/07/10(Mon) 23:00:37
居酒屋の女の話 / 淳吉郎
先日、新聞紙のテレビ番組欄をツラツラと眺めていたら新番組の紹介があった。ドラマらしい。
みなさまもご承知の通り、ここ2年ぐらい前からマスコミ媒体の宣伝(もしくは経済界の戦略?)もあり《ネコ・ブーム》と言われております。
んで、今回の新番組もネコ関連らしく「あん?またけ?ネコを利用すんなや!ファック!」と心の中で中指を立てながら「へぇ〜おもしろそ〜見てみるかな〜」と、これまた心の中で親指を立ててるボクがいた。
そうさ、だれしもが目の前に現れた十字路では行き先の選択(もしくは取引)をしなくちゃいけないんだ。人生のいろ〜んな場面で。
【視聴する】の選択ボタンをボクはツンって押した。すべてはノリとタイミング。

6月某日の金曜日、夜10時、家内と一緒にテレビジョンの前に鎮座した。くだんの番組をオンタイムで見るのさ。
テレビ・ドラマ慣れしてないボクだけど画面を凝視してるとストーリーがだんだんと見えてきた。かすみが晴れて天下の富士山が見えてくるように。
主人公はネコではなくネコを飼ってる飼い主だった。んで、現在の日本が抱える社会問題(もしくは時事ネタ)にも触れるストーリーで「へぇ〜」って思った。番組後半では主人公の男が行きつけの居酒屋に行くシーンが出てきた。イケメンな主人公にオーダーをうかがう店主の女性は鼻声だった。「あれ?この声は・・・」彼女の顔が画面にアップされる「あっ!あなたは美保純っ!」!!!。
35年前からのボクの永遠のアイドルは35年経過しても変わらぬ鼻声のまんまだったのさ。
いやぁ〜ホントにいいドラマです。『ブランケットキャッツ』と言います。みなさん、よろしくお願いします。

1日(土)は静岡県内各地でライブがあったけど、都合が合わず断念した。
また、前日:金曜日はバンドの練習があったためニッポンのドラマ史上屈指の名作と言われている『ブランケットキャッツ』はタイマー録画。だもんで1日(土)の夜はそれを見て過ごした。
姫の鼻声はあいかわらずボクの鼓膜をピンクに染めてしまう。かわいらしいお顔を拝見するときはボクの茶色い瞳の奥にある黒いところに掛かっているピンク色のカーテンをするするってスライドさせるのさ。
「そーいえばティーンエイジャーの頃、真面目に悩んだっけ。もしも、ぼくらふたりが運命的に結ばれることがあったとして・・・でもよ、ふたりとも名前がジュンだし。彼女がお嫁に来たらぼくはナカムラジュンだけど彼女もナカムラジュンなのさ。逆にぼくがあちらへお婿に行くとするら。そうすっと彼女はミホジュンであるけどぼくもミホジュンだに。いやぁどーしたものかなあ・・・なんて悩んだよなあ」なんて思い出にふけっていたらドラマはいつの間にか終わっていた。

☆★☆★☆★
ザ・スリックス、次のライブです。

上空の中村 《あの夏》
8/5(土)キルヒヘア
開場18:00開演18:30
2000円(お飲み物1杯付)

Stripper
ピンクロリータジュリエッツ
マシス
THE SLICKS
etc.

DJ HimitsuSyounenn
Mum(MUMBLES)

写真は日曜日に買った扇風機。20年以上使った扇風機がガタガタになったんで買い換えた。
メーカーはやっぱり、どうしても、当然、山善。イェイ!

No.1325 - 2017/07/03(Mon) 22:25:40
ファミリー・ツリーと道路にまつわる話 / 淳吉郎
月刊や季刊などの音楽雑誌の多くが発刊のたびに巻頭特集を組んだりする。《××年代の○○○シーン大特集》みたいな感じで。
個人的には昔ほど雑誌を買ったり立ち読みすらもしなくなったんだけど、おっ!これは!って内容の時は買っちゃう。
多くの場合、特集の後半戦で登場するのが“ファミリー・ツリー”というやつです。

「なるほどなぁ〜」と思ったり、「えっ!?こんなつながりだったんだ」とかビックリしたり。見てるとおもしろい。楽しい。
「あの時代の、あのすんげーシーンでも、人々が(いろんなバンドを)行き交ってた風景は平成29年になってもバンドやり続けてるボクらと実は似てるじゃん」なんて安心したりね(笑)。

ファミリー・ツリーと似てる存在が道路だと思う。
国道〜県道(都道・府道・道道)〜市道(町道村道)って延々とつながってる。
んで、ふたつに共通してるのは上から下へ、だけじゃなくって横から横へ、下から上へ、って事もあるという点だと思います。大御所バンドの後輩の後輩がそのバンド関連のメンバーに抜擢されるみたいに。市道を走ってても国道に合流できるように。まあ、もともと上も下もないかもしんないけど。

24日(土)は岐阜県中津川市BIG DOORへライブ観戦。
出演はLinus Jet Diner、Unbounded monogram、BEATSEEKER。
初めて訪れるお店:ビッグ・ドアの1間(180センチメートル)のドアを開けるとぷぅ〜んとロックの匂いがした。イェイ!さ。
壁に掛けられた数々のレコード・ジャケットとバンドのポスター。中でも個人的にワオっ!って思ったのがバー・カウンター内の一番奥に貼られたキース・リチャーズのソロ1st『トーク・イズ・チープ』のドデカい販促ポスター。あんなの初めて見たぜ。
ライブはお店のオーナーでもあるオサムさん率いるライナスからスタートし、長野からのアンバウンデッド、そして磐田浜松からビートシーカーへと続いた。本当に楽しいライブだった。サイコー過ぎた。
オサムさん、お世話になりました。

BIG DOORへはクルマで行ったけど、数週間前にネットで場所を調べてて驚愕したんだ。
お店は国道257号線沿いにあるとの事・・・「えっ!?マジすか? あ、あのぉ〜ボクの実家は257号線から東へ200メートル行ったとこだに」。
俺んちのドアから西へ200メートル進んだあと一回だけ右折すりゃぁ、あとはその国道をズンズン行けばオサムさんのお店のドアに着けるんだ。「遠くて近い存在」かつ「近くて遠い存在」ってのは間違いなくこの事だと思うけど。

翌日は中津川の、とある墓園を訪れた。
今年2月に急逝されたロックギター弾きである友達のお墓参りをしました。
同伴してくれたのが彼の従兄弟にあたる中津川在住の方。彼もギター弾きとの事。
お墓の前でお花とお線香とサッポロ黒ラベルをお供えして合掌した。
「イトちゃん、サヨナラね」って気持ちになるだろうなって思ってたけど、不思議なもので「イトちゃん、久しぶり」って、そんな感じでした。

俺ん中にロックのファミリー・ツリーがあるのかどうかはわかんないけど、数年前に浜松の友達が中津川のライナスを浜松に呼んでくれた事、そして福岡の友達が「絶対にジュンちゃん気に入るから」ってスキマノザラシを紹介してくれた事(京都のバンドだけどお墓の中の彼は中津川出身)、そんないろんな事が京都にある碁盤の目みたいなたくさんの十字路のように交錯した2日間だったのです。


☆★☆★☆★
ザ・スリックス、次のライブです。

上空の中村 あの夏
8/5(土)キルヒヘア
開場18:00開演18:30
2000円(お飲み物1杯付)

Stripper
ピンクロリータジュリエッツ
マシス
THE SLICKS
etc.

DJ HimitsuSyounenn
Mum(MUMBLES)

写真とB.G.M.「PAUL WELLER/A KIND REVOLUTION」
先日発表された鮎川さんと並ぶ我が師匠:ポール・ウェラーさんの新作。
細かいコメントって、なーんにもいらんね。「オッケー!イェイっ!」って感じ。
俺ん中にロックのファミリー・ツリーがあるのかどうかはわかんないけど、ツリーがあったとして、その木の上から照らしてる太陽みたいな存在なんです、マコちゃんやウェラーってさ。
よっしゃー俺も新曲つくるぞー!

No.1324 - 2017/06/26(Mon) 17:15:45
某日日記 / 淳吉郎
☆6月某日(日)。自治会の草取り作業。
「そりゃ雨も降りゃぁ草も伸びるし、秋の終わりにゃ知らぬ間に枯れてるし。だで、やらんでもいいら、んな事」。だがしかし、そう思っていても今期の自治会組長たる私が欠席できるわけもなく。
晴天のサンデー・モーニングはゴキゲンなお日様からの陽光を浴びつつ、草取りに勤(いそ)しんだ。4月〜5月と2ヶ月間にわたる幾たびかの各戸訪問により、我がブロックの住民みなさま方のそれぞれの人柄も掴(つか)めてきた、なんとなくだけど。
そん中にひとり、クセモノのおやじがいるんだ「あん?お前なに様?」っつーいわゆる上から目線で応対をしてきやがる。ヒマラヤ山脈の頂上からしゃべってくる彼奴に対し、このボクは日本武道館や東京ドームの売店で販売してるようなオペラ・グラスを装着して応対すんのさ「ヤッホー!なに言ってんだかよく聞こえましぇーん!」って。握りコブシのまんまで。その時、あなたがふらっと現れたとして。ぼくとジャンケン大会をするならば。パーを出したあなたは確実に勝利するのでしょう、このぼくに。
ヒマラヤ野郎(以下ヒマラ野郎)はその日の草取りん時も、そんな態度だったのさ。きぃ。
いつか、あのヒマラ野郎をギャフンさせてやりたい。クールにやれればいいけど。できるかな。ヒマラ野郎め。

☆6月某日(土)。浜松ズート・ホーン・ロロへライブ観戦。
出演は浜松フォノシックスのGt.&Vo.担当フクちゃん、静岡ベアフット・ジプシーのDr.担当くまさん、東京スランキーサイドのGt.&Vo.担当ナベジさん。3人がギターでの弾き語り。
いやぁ〜3者3様、10人10色、100人のギター弾きに100通りのジョニーBグッド、とはこの事だ。サイコーな楽しいひと夜だった。フクちゃんはRCサクセションの名曲『多摩蘭坂』を演った。フクちゃんがRCの曲を演るのってソロ・バンド問わず浜松ではおそらく初めてじゃないかな。そんな気がします。
聴きながらぼくの脳裏にある銀幕のカーテン、そこに映し出されたのは、ぼくらが初めて出会った時に鮎川誠、忌野清志郎、その他たくさんのロックンロール・バンドの会話で盛り上がったあの夜の風景だったのさ。
そして、この日はロロが開店されて6周年となる日の前日だった。店長:ダイスケ、キルヒヘアと並ぶ最高の空間をありがとー!

☆6月某日(火)。浜松キルヒヘアへライブ観戦。
出演はFLORIANS、GIPSYLIPLY、BEATSEEKER、M.O.T.O. 。
米国のパンク・バンド:M.O.T.O.のジャパン・ツアー浜松公演。平日なのにたくさんの方々が集まった。おそらく筋金入りのロック・バカだろう。たぶん、いや、確実にそうだろう。だって、演奏した出演バンドも、DJも、そして主催したフクちゃんも、ぜーんぶ筋金入りのロック・バカだったから。火曜日のこの日、キルヒヘアのバカ密度はギネス級だったはず。バカがバカを呼ぶのさ。バカな国民がバカな政治家を選ぶみたいに・・・。か。
全バンド、サイコーなライブだった。

☆6月某日(日)。お父ちゃんの3回忌法要が執り行われた。
もう2年か、という気がするし、まだ2年か、という気もする。だってぼくらは日々、いろんな事を感じたり、思ったり、あのヒマラ野郎の事を考えたり、そんな事しながら生きてるもんね。そして、時計の針は正確に正午の時報を鳴らすし、LPレコードは1分間に33回転するし、4年おきにスポーツ界の世界的イベントは繰り広げられるもんね。そりゃぁ、もう2年かもしんないし、まだ2年かもしんない。
そんな事を思いながら和尚様の読経をお聞きしていたら、和尚様がこちらを振り向き、3回忌法要の施主であるぼくの顔を見ながら「それではご焼香をお願いします」と言われた。
焼香後、席に戻る。焼香台からはゆらゆらと白いけむり。寺院のお堂内には淡いお香の香り。和尚様は読経を続けておられる。まるで80年代後半からスタートしたボブ・ディランのツアータイトル『ネバー・エンディング・ツアー』のように。そんな空間だった。

写真は6月某日のもの。
気がつくと飼い猫:ミックが食卓上にたたずんでいた。にゃあとも言わず。
やがて、家内がなにやらゴソゴソしだした。
スマート・フォンを取り出しミックの横に自分の頭部をすり寄せている。
「ああ、これが、かの有名な自撮りってやつか」と、いまだにガラケー使用中のぼくは思った。
おもしろい写真だったんで転送をお願いしたの。
なんか、ふたりの顔が似てる気がします。

No.1322 - 2017/06/18(Sun) 20:22:49
王様の耳とブドウにまつわる話 / 淳吉郎
ちっちゃな頃、耳にしたいくつかの童話の中のひとつに『王様の耳はロバの耳』っつーのがありました。
誰にも言えない秘密を(真実を)言いたくてしかたがない主人公。
彼は我慢ができず、とうとう井戸の中に向けて(ストーリーによっては地面に穴を掘って)その事を言っちゃうんだ。
知らぬ間に、その秘密(真実)がみんなに知られてしまっていた。
現在だったらインターネットのサイトで《非公開設定》にして、ぶちまける感じか。
んで、誰かが(そんなつもりもなく)言語検索したらヒットしちゃった感じ。か。
♪どっちにしろ続かねーぜ バレバレだーぜー♪

RCサクセションが、初めて日本武道館で演奏したのは、とあるイベントの時だったらしく。
そん時の清志郎さんのステージMCは「こんなでっけーライブハウス初めてだぜ」だったらしい。
RCがそんなに大きくないライブハウスや会場でバリバリに演ってた頃の話みたい。

6月9日(金)、ぼくは日本武道館に行った。
今日の俺は通称:ブドーカン・ベイビー。
地下鉄のホームから地上に上がり、歩を進めると正八角形の館(やかた)が近づいてくる。
それにつれ人々も増えてゆく、きっと、み〜んなブドーカン・ベイビーなんだろう。
総称すればブドーカン・ベイビーズさ。
長蛇なベイビーズの列ん中のひとつになりながら、やがて館に入館、指定の座席に着席、館の天井の真ん中からは大きな日章旗が垂れている。
そうさ、確かにここは日本武道館なんだ。
客電が落ちライブが始まった。
大歓声さ。

ぼくもバンドを演ってるけど、ライブの曲順ってやっぱ考えます。
ぼくらアマチュアは多くの場合、30分間の演奏時間。でも考える。
その日のバンドは3時間近く演奏した。
演奏もセットリスト(曲順)も、そして「その日だからこそ」集まったベイビーズの大声援も、すべてがすべて素晴らしく感動的だった。

ぼくはTheピーズの30周年日本武道館ライブに行ったんだ。
ピーズ初めての武道館ライブを観たのはぼくの個人的な出来事です。
だけど、そのライブがあまりに素晴らしかった事を黙っていられないんで(笑)、言いたくてしかたがないんで(笑)。
あの日の「おうさまのみみはろばのみみぃ〜!」って叫んだ主人公の真似をして投稿します、もちろんぼくは全公開設定でね。
♪あの日あの空 拝めるのは〜あの日のボクらだけ〜♪

B.G.M.「ELADYSUN/新しい風」

写真は先日から職場での昼休みに読み始めた本『スタインベック/怒りの葡萄』。
写真のは下巻。文庫本400ページ超え上下巻、合計800ページ以上っ!の大作。
長すぎて勇気が出ず、ずーっと“積ん読”状態だったんだけど、試しに1ページ読んだらハマりました「うわっ!おもしれー」って。
予定では来年の2月頃に読み終えれるのかな、って感じ。ひゃあ。
まあ、その日を楽しみに生きのびるしかない。ね。
武道と葡萄にまつわる話でした。

No.1320 - 2017/06/11(Sun) 16:12:30
金髪の男 / 淳吉郎
西暦1980年のある日、13歳だったぼくの網膜に写り、鼓膜に響いたのは5人組のバンドだった。
強烈なインパクト、そして、その第一印象でぼくは幸せになった。
だって、“ロックンロールの扉”が開かれたんだぜ、ぎいぃって言う音も無いまんまで。
密(ひそ)かに、そして確かに開かれました。

当時の雑誌や数少ないテレビ出演映像で特に目立っていたのがリズム・ギター弾きの金髪の男。
金髪だから目立ってるっていうのもあったけど、それ以上に目立つ原因はよくしゃべる、という事。
多くのバンドの場合、インタビュー等で話すのはヴォーカル担当だったり、曲作りもするいわゆるリーダーである事が多いと思う。
だがしかし、そのバンドではリズム・ギター担当の彼がスポークス・マンだった。
バンドが発表する曲調や歌詞やステージ・パフォーマンス、そして彼が語る言葉でそのバンドはイメージを確立したのかもしれないと思っています。

およそ4年ぐらい前だったか、友人:タカヤ君がご自分の企画でTHE JACKSというバンドを浜松に招聘してくれた。
そのバンドで唄とギターを演ってるのが金髪の男だった。
その時は東日本大震災のまだ2年後だったし“放射能”というモノに対する国民全員の意識が高かった頃。
ライブ中のMCで彼いわく「どうせ、放射能でみんなヘンになっちゃうし、楽しくやろうぜ〜」そんな意味合いのことを言っていたと記憶している。
“ブラックユーモア”がそこにあったんだ。
彼は昔となーんにも変わってなかったのさ。
ぼくはうれしかった。

先ほど訃報を知らされた。
彼が亡くなった、と。

中学生時代にアナーキー好きの友達同士で言い合ってた呼び名で彼にお伝えします。
マリ、ありがとね。
あなたのバンドのおかげで、ぼくのロックンロールの扉は開かれました。
そして、それは今も開かれっぱなしだに、幸運なことにね。
やすらかにお眠りください。

No.1319 - 2017/06/06(Tue) 21:36:17
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