◆世界規模の文明崩壊の時が来たのだろうか、という問いに対して「そうかもしれない」と答えるしかない現在
投稿日:2026年10月26日 in deep
1200年前のように、すべてが崩壊する兆候が整ってきた
最近、アメリカン・シンカーというメディアの「新たな世界規模の文明崩壊の時が来たのだろうか?」という記事を読みました。
> 歴史上、過去にも同じようなことがあった。二度と起こり得ないと考える人は正気を失っている。
という文言で始まる記事で、紀元前1200年に「既知の世界がほぼ壊滅状態となった」ことから始まる記事です。
約 1世紀かかって青銅器時代が崩壊し、その後、何世紀もの歳月を要して復興していきます。
その部分には以下のように記されています。
復興には何世紀もの歳月を要したが、今、私たちは世界的な繁栄という新たな黄金時代を享受している。
確かに、暗い側面や傷跡は残っているが、多くの人々は毎日、快適な室内環境と温度調節された快適な空間で目覚める。朝食を楽しみ、家族、仕事、そして快適な生活の中で充実した日々を送っている。
しかし、そのすべてが一生涯のうちに、あるいはそれよりも早く崩壊するかもしれない。
1980年代、文化革命家たちは「ヘイヘイホーホー、西洋文明は消え去るべきだ」と叫んでいた。当時、誰も彼らの言葉を真剣に受け止めなかったが、今では彼らの願いが叶いつつあり、私たちは彼らの言葉を真剣に受け止めている。
この、 「しかし、そのすべてが一生涯のうちに、あるいはそれよりも早く崩壊するかもしれない」
というのを今ほど実感したことはないかもしれません。
もちろん、いつでも何か大きな出来事が起こると、それに対して、そういうようには感じるものではあり、2001年のアメリカ同時多発テロのときも、2008年の国際金融危機(リーマンショック)のときも、日本でいえば、2011年の東北の大震災のときにしても、あるいは当然ながら、2020年のコロナのパンデミックのときにしても、
「この世は(あるいは日本は)終わるのではないか」
という思いは出たものです。
しかし、何だか今は違う。
何もかも複合的な感じがするのです。
AIの暴走は始まるかどうかではなく、いつ始まるかになっている
最近では、「 AI の暴走」や、金融をターゲットにしたサイバー攻撃が、現実的に懸念されるようになってきています。
金融機関への攻撃は、日本では FX の世界ですでに起こっていて、GMO インターネット社の事件はすでに公に報じられています。
ハッカーサイドは、GMOインターネット社が身代金を払わない場合(100万ドル/約1.5億円)、 「サービス利用者のパソコンを乗っ取り、個人情報を拡散すると予告」
しています。
ハッカーが提示した「期限」は 10月27日の正午です。
そして、身代金が払われない場合は、おそらくやるでしょう。
この件はともかくして、「同様の事件はこれで最後か」というと、ほんの始まりにしか過ぎないとしか思えません。
技術的には AI を使えば、誰にでも(誰にでもは言い過ぎですが)できるわけです。それに相応する悪意さえあれば。
最大のターゲットはやはり「銀行」だと思われます。
アメリカでは、すでにメガバンクへの自律型 AI エ ージェントの侵入が確認されていて、大手銀行は厳戒態勢に入っています。
米国の銀行はAIが引き起こす前例のない金融カタストロフの余波に備えている NOFIA 2026年10月25日
アメリカでそうであるなら、日本を含めて主要国の多くの国の銀行で、「すでに AI エージェントの活動が始まっている」と見るのが妥当ではないかも思われます。
先日、1960年から使われ続けている銀行のプログラム言語の COBOL (コボル)というものについてふれましたが、推定では、世界の銀行の約 40%、ATM の 95%は今もこの 60年以上前の COBOL が基本となって動いています。
この COBOL には、もはや仕様書も存在せず、何か重大な脆弱性が発見された場合にどうなるのかはよくわかりません。
しかし、そのうち AI が、その脆弱性を発見することになるのだと思われます。
「今度は、国民の預金が人質になる」
ということですね。
最初のほうに出てきた 1200年前に青銅器文化が崩壊するには 1世紀などの時間がかかりましたが、その頃と今では、崩壊のスピードがまったく違う。
1世紀どころか 1年、あるいは 1カ月ですべてが崩壊する可能性があると思われます。
というか、銀行と金融と インターネットが機能しなくなった場合、1カ月も文明が続けられるかどうか。
戦争の状況にも終末的な様相が漂っています。
ヴェルダンの戦い(1916年2月21日 - 12月16日)
戦争も終末的な雰囲気です。ロシアとウクライナも、アメリカ・イスラエルとイランも、ダラダラと双方の被害だけが増えていっている。
米エポックタイムズ紙が、「ウクライナは第二のヴェルダンになりつつある」という記事を掲載していましたが、
このヴェルダンとは、フランスの地名で、第一次世界大戦の西部戦線においてドイツ軍とフランス軍の凄惨な戦いが行われた場所です。第一次世界大戦における主要な戦いの一つで、1916年2月に始まり、約 10カ月間続いた後、両軍合わせて 700,000人以上の死傷者を出したとされる戦場です。
以下のような記述もあります。
ヴェルダンの凄惨な詳細は、あまりにも恐ろしくて現実とは思えないほどだ。しかし、それは本当だ。300日間にわたる戦いの悪臭 --- 死体、糞尿、ネズミ、毒ガス、死体にたかるハエ、腐敗した人間や馬のもの --- はあまりにもひどく、新兵たちは 5キロ以内に近づいただけで嘔吐を始めた。
エポックタイムズ紙の記事は、ロシアとウクライナの戦争をこのヴェルダンの戦いと比較しているということになります。
ロシア-ウクライナ戦争は 4.7年が経過し、南北戦争よりも太平洋戦争よりも長くなっています。
正確な死傷者数は不明ですが、現時点までに、
「ロシアとウクライナを合わせた死傷者は約 250万人」
とされています。
この「死傷者」には、死者、負傷者、行方不明者、そして捕虜が含まれていて、戦闘能力の喪失数ということになります。
戦争当初には考えられなかったような泥沼となっているのです。
イランとアメリカの 戦争も何がどう背後で進行しているのかは定かではないですが、泥沼化の兆しも見えています。アメリカの中間選挙(11月3日)が終わった後から方向がはっきりするのだと思われます。
北朝鮮の動き
そして、北朝鮮では、金正恩 国務委員長の死亡説が噂として流れる中、妹の金与正(キム・ヨジョン)氏の台頭ぶりが目立つようになっていて、昨日 10月25日には、
「北朝鮮軍が韓国との軍事境界線の《肉眼で確認できる場所》に砲兵隊を配置した」
ことが確認されています。
近年では、初めての事態だと思われます。
以下のような動画の投稿もありました。
韓国から肉眼で見える軍事境界線上に位置する北朝鮮軍
煽りではないですが、これだと何らかの一触即発があっても不思議ではない状況にも見えます。
何かこう…一気にいろいろと「崩壊の方向」に進んでいるように見えないでもない、この 10月です。「第四の転換」期などのことを書くこともありましたが、本当にそこに向かっているのかもしれないなと、やや感じます。
みなさんはどう思われますか?
https://indeep.jp/itime-for-worldwide-civilizational-collapse/ |
27/10/2026(火) 09:34:55
| No.44196 飯沼正晴 |
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崩壊の大津波が押し寄せようとしている今です。
30年近く前に地上の克が受信したメッセージを再掲載します。 。。。。
このままいくと地上界はどうなるのか(概論)
今の地上界が「皆が喜べるところではない」ことも「心から幸せだと思える者がほとんどいない」ことも、あなた方は分かっています。けれども「それはそれでどうしようもないじゃないか。」と半ば他人事のような思いで見ています。自分たちのことでありながら、自分たちのこととして正面から向き合おうとしないのは、あなた方人類の歩み続け、“発展”し続けた(と思っている)結果がこの状態なのだという認識があるからです。
あなた方が思うように、確かに“人類”はさまざまなところで“発展”してきました。“進歩・向上”もありました。しかしそれのみかと言うと、そうではありません。自分たちの力では解決が難しい問題が時代を経るにつれて、次々と出てくることに、気づいている者、知らされている者はむしろ少ないでしょう。あえて問題を見ていこうという姿勢を持つ者も少数です。それは“人類”が自分たちの“快”や“喜び”に焦点を当てて進化しようとしてきたからなのです。見る目を持って自分たちのまわりに目をやれば、たくさんのことが飛び込んでくるというのに。
あなた方はそれぞれに、今回の人生で目的を持って生まれてきます。その“目的”とは大きくふたつに分かれます。ひとつは「与えられた力・能力によって全体に貢献していくこと」であり、もうひとつは「それまでの人生で積み重ねてしまった心のかげり(カルマと言います)を清算し、さらに喜ぶ心を広げていくこと」です。この、カルマとは、個人のなかにあるだけではなく、個人間、家族どうし、地域、民族、国どうし、そして人類全体にもあります。本来ならば、ある人生で作ってしまったカルマは次の人生で解消されていくべきもの、それを乗り越えてさらに心を広げるためのもののはずなのです。あなた方の心が次第に「愛情」を広げ、深めていくことこそが「進化」なのです。
しかし、あなた方が人類として歩み始めてから今日に至るまで、前の人生で作ったカルマを解消し、進歩していくことのできる者はそう多くはなかったのです。むしろ、また同じ過ちを繰り返し、カルマを深めてしまう結果となったのです。もちろんそれも、個人のレベルのみのことではなく、さらに大きなレベルにおいても同様でした。ですから今の地上界には、清算しなければならないものが渦巻き、絡み合い、層を成していると言えるのです。もちろんそれは見えません。しかし起こってくるさまざまな問題・トラブル・現象はそういったものが形を成したものだと言えます。そのひとつひとつについて、ここで解説を交えるわけにはいきませんが、何の理由もなく“現象”は起こらない、ということです。
あなた方それぞれに何か問題が起こった時、あなた方はそれを何とかして解決しようとします。そこでは、どうしてそうなったのか、だからどうしていけばいいのか、という思考をします。しかしそこで忘れてならないのは、「自分だけでなく、皆が(またはその人と自分が)、どうすれば嬉しいか」、「どうすればその人のためになるか」という視点で考えるということです。 解決の糸口は「喜びに向けて」というところにあるのです。
これを踏まえて、改めて地上界を見てみれば、皆が喜べる状況にないことはすぐ分かります。それをどうしていくか、どう考えていくかはこの通信によってこれから綴られます。
しかしこの通信を貫いている視点は「喜びに向けて」というところですから、それを現実のもの、実現可能のものとしてとらえにくい人もたくさんいるでしょう。どうすれば健康になるかを聞いてもなかなかそうはできず、しかし自分が病を得て初めて、「ああそうだったのか、ならばそうしていこう」と思えるのと同じです。
今の地上界において最も問題となっているのは、「さまざまなものの偏り・集中・独占」です。それがある限りは、決して「皆が喜べること」にはなりませんし、「誰もが安心すること」にはつながりません。とどこおることなく、物やエネルギーや情報が全体にいきわたるようにと人々が思っても、なかなかその動きは始まらないでしょう。しかしだからと言って、そのままでいいはずがないのです。この、偏り・集中・独占がそのまま手つかずであればそれをもとにして次々と派生してくる“かげり”が実に多いのです。少しでも多くを手にしようとすること、他を出し抜こうとすること、偽りや欺き、さらには支配に至るまで。
地上に生きるあなた方全体が、本当の「進化」を遂げていくプログラムは、地球という星が形づくられる前からありました。その流れのなかには、もちろん「かげり」の発生も含まれます。「かげり」を乗り越えることにより、それよりさらに大きな「光」の心を獲得していけるからです。その意味では、人類がさまざまな問題を抱えるのは“予定通り”だとも言えます。しかしそれはそれを乗り越えることが前提だからこそです。 乗り越えることがなければ、その先にあるのは崩壊と「やり直し」なのです。重なり合ったかげり(カルマ)が極限に達しようとしている今の時期こそ、その分かれ目だと言えるのです。それを乗り越えて新たな地上界へと再生できるのか、それとも一旦全部壊してゼロからやり直すのか。
ある時期から、霊界側からの働きかけが強まったのは、あなた方人類に“前者”であってほしいからです。地上に生きる者たちが、できれば喜びのなかで新しい地上界へと移行してほしいからです。崩壊に伴う苦しさを味わわせることを、こちら側の者たちも避けたいのです。
しかしながら、先にも述べたように、「病となって初めて自らの肉体や心を見つめ直すことができる」のと同様、厳しい事態が発生して初めて、あなた方は気づいていくことが多いようです。
最も問題となる「偏り・集中・独占」については特にそうです。それが解消されないのであるならば、改めて、「そうはできない状況」がもたらされます。それは、「独占しようとしても、しようと思う“物”自体がない」という状況です。そこからたくさんのかげりを次々と生み出す“もと”であるならば、そしてそれを改められないのであれば、「無い状態」にするしかあるまいということなのです。それは、天候異変で農作物が採れなくなることであったり、家畜や捕獲されるものの病や激減であったり、エネルギー源の枯渇・事故による生産の停止であったりします。これらのなかの、どれかひとつをとってみても今のあなた方にとっては大問題です。ダメージが少なくてすむものなどありません。それに加えて、“コントロールされていた情報”は“コントロールできない状態”へと陥り、それがさらにあなた方の不安や恐怖をかき立てていくことになるでしょう。
そういったなかにおいては、どうしても「自分が手にする」ということをやめさせることができずに、いかなる手段に訴えても物を得ようとする人の“かげり”は増します。しかしそれも時間の経過とともに手放さざるを得ないでしょう。そしてあなた方は、ようやく「分かち合うこと」や「与えてもらうこと」の喜びに気づき始めるのです。「助け合う」ことの必要性から「助け合う喜び」を知っていくのです。もたらされた、どうしようもない状況を喜べるものにしていくためには、それぞれの力を集め、また、ふさわしいところでいかすことが望ましいのだ、とも分かります。それまで力をふるっていた“金銭”は何の役にも立たず、「人の心」こそが、多くを救い、最も役に立ち、力になり、希望や喜びをもたらしてくれるのだとやっと実感できるのです。
そのことにめざめれば、与えられた「心の力」をさまざまにいかすことが可能となるでしょう。可能性と力を秘めた見えないエネルギー、心の力に対して、それを“希望”としてあなた方は歩み直すことができるでしょう。
しかしこれもまた、“希望”を糸口とした見方であるとも言えます。次々と発生する事態のどの時点で、あなた方が気づいてくれるのかが、その先の全てを決めていくのです。繰り返し起こっていく「どうしようもないこと」「手の打ちようのないこと」のなかで学ぶことができなければ、その時は、あなた方は「やり直し」を選択した、ということになるのです。
それは地上の全てのものを失い、崩壊した状況のなかではもう生きられる人はいないということです。つまり一旦、全ての者が地上を離れ、再び「ふさわしい時期」を選んで(それはあなた方の時間では、何万年という単位以上のものです。)地上界を再び形成していく者と、別の星に別の形で生まれていく者と、そして、その魂をエネルギーとして宇宙全体に役立てることになる者(魂そのもので存在できなくなるということ)とに分かれます。
これはあなた方をおどかすために伝えているのでないことをぜひ分かって頂きたい。「このままではいけない」「このままでいいはずがない」と分かっている人には、変えていきたいという意志を、まだ気づかずにいる人には「このままではいけないということなのか」という気づきのきっかけを、それぞれ持って頂くためのものです。
それでも、実際に「そうしていくのだ」と踏み出せる人は少ないかもしれません。けれども、皆が、誰かが、ひとりが動き出すことなしには、「人類の歩みのプログラム」は、「そうせざるを得ない状況」を作っていくように作用します。それは誰にも止めること、阻むことができないのです。たとえ霊界側であっても、です。私どもにできることは、あなた方があなた方の意志に基づいて、“変化”を迎えられるよう、援助していくことのみなのですから。 |
27/10/2026(火) 09:52:19
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