皆様、定例会お疲れ様でした。
愛は時空を超えての受信ありがとうございます。
少し難しい感じもあり、何度も読み返しました。 でも、ひとつひとつなるほど!と心を打ち、私にとってスケールの大きな内容でした。 感想というか、書きます。
「自分の気持ち・自分なりの気持ち」というものは、私も、みんとさんが言われたように、今ひとつよくわかってなかったですが、
>「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」の人間の意識・心における位置づけ
の説明が分かりやすかったです。
>人間はそれぞれの魂の喜びを波動変換しながら、物質界である地上に霊界と同じ喜びを顕現するための通路であるのです。
なるほどです。これは人間だけなのですか? 動物はまた違うのでしょうか。
理性の領域で、違い、傾向があるというのは、意外でした。 その違いが、多様性という豊かな喜びを形成するのですね。
>理性の領域ではカルマの情報がある種の歪みとして作用する場合も少なくありません。そこから人としての意識に歪みや偏りが生じてくるのです。
そして、一方では、理性において、歪みや偏りが生じるのですか。それも意外でした。理性の領域とは。
短いですが、感想の続き、また書きます。 定例会のテーマについても書きます。 。。。 あ、下にゆうきさんの書き込みがありますが、新しくスレッドに書いておきます。。。 |
31/05/2026(日) 15:54:26
| No.43820 和也 |
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先週の定例会では、ありがとうございました。 料理が美味しくて、たくさん食べ過ぎてしまいました。
定例会のテーマについてですが、自分の気持ち・考えというものは、すべて”自分なり”だと思っています。 感情の部分はもちろんですが、理性の部分でも過去の経験などによる偏りが強く反映されていると思うので、理性においても結局”自分なり”なのだと思います。
ただそこで、相手の気持ちやその背後にある事情、相手の発した言葉とは違う本当の気持ち・願い・辛さなどに心を向けることが大事なのかなと思っています。 相手の気持ちなどを思ったとしても、結局”自分なり”から抜け出すことはできないのでしょうが、自分がアンバランスな言動をすることは多少でも少なくなるのかなと。
漫然と物事に接していると、なかなか相手の気持ちや事情などに意識が向かないので、そこはそこに意識を向けるように心掛けることが必要になってきます。 実際にそこに意識を向けることで、思い方がガラッと変わったりもします。 そう出来ている場合の方が圧倒的に少ないのですが、そこを少しでも努力してなるべく習慣付けるように、頑張っていきたいと思っています。
それから私の兄は肝臓の状態が非常に悪いのですが、新しい薬で肝炎ウイルスはほぼ消えたようです。 既に肝臓がかなり破壊されてしまっているので安心できる状態ではありませんが、取りあえずは朗報だと思っています。 応援してくださっていた方、ありがとうございます。 |
31/05/2026(日) 18:18:02
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| No.43821 久美 |
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定例会ありがとうございました。 Bさん、司会進行をありがとうございました。 私は大勢の人がいると視線恐怖があり、相手の顔をしっかり見れないことがよくあるのですが(挨拶も上手くできないことがあります)、一瞬見れたBさんは柔らかい笑顔で、安心させてもらいました。 Bさん、ありがとうございました。
定例会で自分なりの気持ちについて発言させてもらいましたが、私はどうしたら自分なりの気持ちが薄くなるのか?を話したように思います。(緊張していたので、話した内容を所々忘れているかも知れませんが)
自分にも気持ちがあるように、相手にも気持ちがある・・・これについては、ピンチはチャンスではないですが、自分がピンチになる度に色んな人のどうしてもそうなってしまう気持ちを、身をもって分からせてもらったように思います。 そこには切羽詰まったような、どうしてもそうなってしまうというか・・・そんな切ない気持ちがあるように思います。
そして、みんなそれぞれ考え方、価値観、立場などが違っているので、相手の気持ちを分かるというのは時に難しいのかも知れませんが、できるだけ相手の気持ちになってみようとすることも大事なのかも知れません。(「愛は時空を超えて」では、調和を喜びとしているならばそれらの差異は多様性という豊かな喜びを形成するはずのもの・・・とありますね)
それと、自分にも似たようなところがあるな・・・とか、自分にも至らなさがあるように相手にもあるんだな・・・とか思うと、やはり自分の気持ちが薄れていくような気がしています。
それでも、その人の言動をどうしても受け止めきれない時(その人の言動で自分の心身を保つことが難しい時)は、その人が本来のその人になることを願いながら(祈りながら)、棲み分けて行くことが必要にも思います。
私自身も、自分自身が枠を作ってしまう(過剰防衛?)という自分なりが、相手を傷つけてしまうのではないか・・・そういう気持ちが膨らんで、そういう私がみなさんと一緒に居させてもらっても良いのか?と思ったりします。 でも、こんなにも相手のことを思って言動しているみなさんの輝きがよく分かって、その優しさに泣けて来たりして、みなさんと一緒に居させてもらうことがありがたいです。 こういう私ですが、皆さんと共に歩ませてもらえたら嬉しいです。
一部での私と和也くんの発言に、飯沼さんから「ふたりとも“なかなか”という言葉が多いから、もっとできたことを喜んで行くように」というようなことを言っていただきました。(間違っていたら、すみません) 自分のことを喜んでいくことは時に難しかったりしますが、自分たちのできたことをもっと喜んでいきたいです。 飯沼さん、ありがとうございました。
2部でもみなさんとお話できたこと、嬉しかったです。 体調を崩していた方も多かったようですが、みなさんの笑顔が嬉しく、私もみなさんの輝きを感じた定例会でした。
Bさんの手の腫れが引いたこと、凄いですね。 希望を感じます。
愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。 何度も読もうと思っています。 |
31/05/2026(日) 18:24:31
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| No.43822 きんもくせい |
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愛は時空を超えての受信ありがとうございます。
>魂が属している境涯(霊界)は喜びのみの世界ですから、人間はそれぞれの魂の喜びを波動変換しながら、物質界である地上に霊界と同じ喜びを顕現するための通路であるのです。<
霊界と同じような生き方をしていくことだと学んできて 地上にいる間にそうするのは難しくても、そうしていこうと意思することだと学んできて そのことを何かにつけて思ってきました。 そこまで何もかも喜びに結びつけることは難しいけれど、少しでも、そこに喜びを見いだすことを、どう喜びにできるかを、常に意識していくことだと思ってきました。 よく言うポジティブシンキングは 自分なりの要素もある気がするのですが 自分の気持ちはあったとしても皆の喜びを軸に言動していくことで それが結局は自分の喜びになるってこと。
>魂はその人本来の意識であり、霊体は魂の意識を表現する「からだ」です。 魂・霊界は向上進化のみが喜びです。 逆に言えば、もたらされることの全てが向上進化の喜びなのです。 魂の意識をそのまま反映した霊体にはカルマの情報も含まれていますが、それはあくまでも「過去世では喜びにできなかったことを、今回の地上人生では喜びにする」という、喜びに向かう意識です。<
もたらされてることの全ては過去世で喜びにできなかったことで 自分が今世では、それを喜びにして向上進化する為にもたらされているのなら 私の魂は、それを絶対喜びにしたいと思っているはずだから。 と、書いてて、そう!喜びにしたい! と思いました。 地上ならではの物質も含めて、そこに気持ちも乗せて。 皆がいろいろあっても大丈夫だよ って思えるように。 少しでも自分が通路になれるように 自分なりを薄くしていきたいと思います。 |
31/05/2026(日) 21:26:22
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| No.43823 ぽんた |
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愛は時空を超えての受信をありがとうございました。 何度も読ませてもらっています。 まだまだ読み込み足らないと思っています。
今回の定例会でも、自分の気持ちというのはほとんど「自分なり」であるというお話がありましたが、考えるほど自分の気持ちや思いの全てが「自分なり」な気がしてぐるぐるすることがあります。私のことで言えば、描きたい絵を描くということはどこまで行っても自分なりなんだろうと思うわけです。長い間、そのことを思うと息苦しい気持ちにもなっていました。
それが、この受信で伝えられていることを読んで、何か少しわかりました。自分としての喜びを人としてのみんなの喜びに重ねられるように意志する。なるべく本来の私の魂が意志するものの表現を目指す。そうしていけば自分なりでしかないものもいつか昇華できる時が来るのかもしれない、そう思えました。
定例会でも飯沼さんのお話で、陰りの気持ちを昇華する方法のひとつとして、 とにかく何でも陰りの気持ちが湧いた時どきに、「あれこれ思わずそれを周囲の喜びに変えて行くこと、それが生まれてきた意味だと割り切る!」「切り替えて、喜びを重ねていくことにこの人生を生きる!」 とおっしゃったことがストンと腑に落ちました。 そうかあ、もうぐだぐだ言わずに割り切っちゃおう、その人生を生きよう!と。
それから余談だったかもしれませんが、悠々塾には心が動かしにくい人たちが集まっていて、その人たちが心を動かすことこそが(風穴を開ける?)大きなパワーになる、ゆえに「選ばれし迷える子羊」なのだというお話にもすごく感動しました。
動きにくい心を少しでも動かして、喜びに使っていきます。 |
31/05/2026(日) 23:00:18
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