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No.44157 飯沼正晴  
10月6日(火曜日) 引用
◆足利事件のDNA再鑑定報道からわずか12日後に死刑執行…新鑑定で「DNA型と一致しない」、30年越しの検証の驚きの結果《飯塚事件》

10/6(火) 6:12配信 文春オンライン

©文藝春秋(文春オンライン)
 NHK「未解決事件 File.19 北関東連続幼女誘拐・殺人事件」が大きな反響を呼んでいる。9月23日の放送後、SNSなどで話題となり、10月1日の再放送にも注目が集まった。

【写真】この記事の写真を見る(2枚)

 番組が追ったのは、1979年から1996年にかけて栃木、群馬で相次いだ幼女誘拐・殺人事件だ。その一つが「足利事件」。1990年、4歳の女の子が殺害され、菅家利和さんが逮捕された。決め手の一つが、当時導入されたDNA型鑑定「MCT118法」だった。

 今回の取材班には、足利事件を長年追ってきたジャーナリストの清水潔氏も加わった。番組は、このDNA型鑑定の開発と導入の経緯をアメリカまで取材。当時の警察庁幹部からは、導入時にはまだ「ガイドラインもなかった」という証言まで出てくる。

DNAの再鑑定が行われないまま久間氏の死刑が執行
 足利事件では後の再鑑定で、菅家さんと犯人のDNA型が一致しないことが判明。菅家さんは再審無罪となった。

 ところが、このMCT118法が使われたのは足利事件だけではなかった。私はここからドキドキしながら見ていた。

「あの事件にも触れるのか?」

 飯塚事件である。

 1992年、福岡県飯塚市で小学1年生の女児2人が行方不明になり、翌日、遺体で発見された。逮捕された久間三千年氏は一貫して無実を訴えたが、死刑が確定。2008年10月28日に執行された。飯塚事件でも、足利事件と同じMCT118法によるDNA型鑑定が行われていた。そして番組は、やはり飯塚事件へと進んだ。

 足利事件では、その後のDNA再鑑定が再審無罪につながったが、飯塚事件では、DNAの再鑑定が行われないまま久間氏の死刑が執行された。

 ここで、どうしても気になる時間軸がある。

2008年10月16日 足利事件「DNA再鑑定へ」と報道

2008年10月28日 飯塚事件・久間氏の死刑執行

2009年4月 足利事件の再鑑定で「DNA型一致せず」

 足利事件でDNAをもう一度調べる動きが表面化してから、わずか12日後に久間氏の死刑は執行されたのだ。そして約半年後、再鑑定で菅家さんと犯人のDNA型は「一致しない」と判明する。もちろん、この二つに関係があったのかはわからない。それでも、わずか12日後という時間軸はどうにも引っかかる。

実は、飯塚事件を以前から追っていたのが地元紙の西日本新聞だった。西日本新聞は2018年、自分たちの報道も含めて事件をもう一度調べる「検証 飯塚事件」を始めた。翌年まで全83回に及んだ。

女児由来の血痕から久間氏のDNA型は「不検出」
 この西日本新聞の検証取材は、のちに別のNHK番組にもつながっていく。2022年、NHK BS1で飯塚事件を追ったドキュメンタリーが放送された。これを再編集したのが、2024年公開の映画『正義の行方』である。

 この作品を手がけた木寺一孝氏は、当時NHKのディレクターで、2012年から飯塚事件を追っていた。なかなか番組企画が通らないなか、「打開のきっかけ」になったというのが、西日本新聞の検証取材だった。

 映画が興味深いのは、警察だけではなく、事件を報じた新聞記者にもカメラを向けていることだ。事件当時、警察から得たDNA鑑定の情報をもとに「重要参考人浮かぶ」と報じた西日本新聞の記者は、今の自分だったらあの記事を止めていた、と吐露する。

 私は『正義の行方』のパンフレットに寄稿依頼されたので、国会図書館へ行って、西日本新聞の83回すべてを読んだ。今回、NHK「未解決事件」を見たあと、もう一度読み返した。するとどうだろう。今回の番組で浮かび上がった疑問の「前史」が、そこにはすでに書かれていたのだ。

 たとえば2018年6月23日の西日本新聞。

 見出しは「『先生の鑑定 出ると困る』」。

 何の話か。飯塚事件では、科警研のDNA鑑定で、久間氏と同じDNA型が検出されたとされた。ところが実は、福岡地検は別の専門家にも鑑定を依頼していた。帝京大学の石山?c夫教授(当時)である。こちらでは、女児由来の血痕から久間氏のDNA型は「不検出」だった。

 そして、ここからである。

 石山教授は、当時、ある警察幹部が自分のもとを訪ねてきたと証言している。そのとき、こんな趣旨のことを言われたという。

「私たちは犯人だと思っているので、先生の鑑定が出てくると非常に困る。妥協してほしい」

 さらに、

「科学の話をしにきたのではない」

 ではその警察幹部とは誰だったのか。2日後の記事でその名前が出てくる。

 当時の警察庁刑事局長、国松孝次氏である。


国松氏は「圧力」を否定する一方、「ひょっとしたら飯塚事件について妥協してくれと言っているように受け取られたかもしれない」とも語っている。そして今回、NHKの番組には国松氏がまた登場していた。MCT118法の導入当時について「ガイドラインもなかった」と語った人物である。2018年の西日本新聞と、2026年のNHKがここでつながった。

「犯人と久間氏のDNA型は実際には一致していなかった」
 もう一つ、つながったものがある。DNA型鑑定の写真の元ネガだ。死刑執行後に弁護側に開示された元ネガには、裁判の証拠写真では示されていなかった範囲まで写っていた。だから今回NHKで、そのネガが画面に出てきたとき、「あ、これだ」と思った。

 しかも今回、その先まで進んだ。

 弁護団は、残されたネガの画像の検証を、法医学が専門の筑波大学・本田克也名誉教授に依頼した。本田氏は足利事件のDNA再鑑定にも携わった人物である。本田氏が注目したのは、ネガの端に残っていた「DNA型のような複数の黒い影」だった。その形状や位置などを分析した結果、犯人のDNA型とは一致する一方、久間氏の型とは明らかに異なるとして、犯人と久間氏のDNA型は実際には一致していなかったと結論づけた。

 ならば、今の技術でもう一度DNA鑑定をすればいいのではないか。足利事件ではそれができた。残されていた試料を再鑑定した結果、菅家さんと犯人のDNA型が一致しないことが判明し、再審無罪につながった。

 実は久間氏も、生前にDNA型の再鑑定を求めていた。ところが科警研は「現場試料は使い切っている」とし、再鑑定は実施されなかった。つまり飯塚事件では、現在の技術でもう一度調べようとしても、その元になる試料が残っていないのだ。

 しかも、残っていないのは試料だけではなかった。2018年11月21日の西日本新聞によれば、弁護団が当時の鑑定を確かめるため、実験ノートや写真、データなどを求めたところ、一部を除いて「不存在」とされた。実験写真やネガも「技官個人の確認用」とされ、廃棄したと思われるという。西日本新聞は「鑑定記録や写真は私物か」と見出しをつけた。

 DNAをもう一度調べようにも、元の試料がない。当時の鑑定がどう行われたのかを検証しようとしても、実験ノートや写真、データなどの多くが残っていない。

そして、これはDNAだけの話ではない。久間氏の死刑執行後、遺族らは2度の再審請求をしている。

 第1次再審請求では、DNA型鑑定の信用性が争われた。福岡地裁はDNA以外の証拠からも久間氏を犯人と認められるとして、再審を認めなかった。高裁、最高裁でも結論は変わらなかった。

 では、その「ほかの証拠」はどうなのか。第2次再審請求では、女児2人を最後に見たとされる女性が「記憶と異なる調書を作成された」と証言した。弁護側が事件直後の捜査報告書を求めると、検察側は調査の結果、該当するものはないと説明した。

 DNAを検証したい。しかし、元の試料はない。目撃証言を検証したい。しかし、事件直後の捜査報告書もないという。第2次再審請求は福岡地裁、福岡高裁とも退け、現在は最高裁に特別抗告している。

「新証拠」として3回目の再審請求を行うことが明らかに
 その最中に、今回のNHKで新たなDNA検証が紹介された。

 そして9月24日、弁護団が、この新たな鑑定結果を「新証拠」として3回目の再審請求を行うことが明らかになった。

 飯塚事件の記事を読み続けていると、問われているのは個々の証拠だけではないと思えてくる。

 取り返しのつかない死刑を執行したあとに重大な疑問が出てきたとき、本当に検証し尽くせる仕組みになっているのか。

 そのためにも、必要な証拠が開示されることは重要だ。再審での証拠開示は、制度見直しの大きな論点にもなっている。

 西日本新聞は、自分たちがかつて書いた記事をもう一度検証した。『正義の行方』は、その検証する人々を記録した。そして今回、清水潔氏とNHK取材班は、30年以上前のDNA型鑑定をもう一度検証した。

 検証する人はいる。では、検証できる仕組みはあるのか。

 私は『正義の行方』のパンフレットにこう書いた。「今も検証取材は『継続』している。終わっていないからである」。

 あれから2年。本当に、終わっていなかった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e7534066e8a39bfae65363ab53a7190082af9d77?page=1

06/10/2026(火) 10:46:18


No.44159  さいこ
Re: 10月6日(火曜日) 引用
定例会、ありがとうございました。
さきさんの夢のエネルギーのイメージは、なかなか掴めません。
「自分も含めて皆不十分で向上進化の途中だと」いうことを聞いて、そうなんやと思って安心しました。
送ろうとしても、ふつふつと違和感を思い出したりして、送れないことが多いですが、その時は「自分も含めて皆不十分で向上進化な途中だと」気持ち切り替えることにします。
このエネルギーは必ず習得したいです。
少しずつ、イメージを掴めるように、エネルギー送り続けます。
今回も数々の美味しいお料理、ありがとうございました。

06/10/2026(火) 10:58:41

No.44160  飯沼正晴
Re: 10月6日(火曜日) 引用
はーい!!

さきさんが夢に見たエネルギーに馴染むこと、なかなか難しいと実感しています。

時々は「おっ、つながったな」と感じることもあるのですが、基本的なところでまだまだだと思っています。

>このエネルギーは必ず習得したいです。
少しずつ、イメージを掴めるように、エネルギー送り続けます。<

はい!
一緒に進んでいきましょう!

06/10/2026(火) 13:52:24

No.44161  なみ
Re: 10月6日(火曜日) 引用
定例会ありがとうございました。
そして、愛は時空を超えて、まゆみさんの文字起こしも何度も読み返しています。
ありがとうございます。

定例会での飯沼さんの「みんな学びの途中で、みんな不十分さを抱えていて、みんなが向上進化の喜びの中にいる。そのことが祝福であり感謝なんだ。それが宇宙の摂理なんだ。」という言葉が心に響きました。

それから、定例会メッセージの「その人の現状を困ったことと思わず、直そう(治そう)とも思わない。」

どなたかが言われていましたが、私もすぐに今橋さんの自然農法のことを思い出しました。
作物が病気になったとき、病気をどうしようとか思うのではなく、大丈夫と思う。信じる。気にしない。
そのお話と重なりました。

反射的に自分を守ってしまったり、自分のことを棚に上げて相手に違和感を持ってしまって、そんな自分を否定したり。
でも、みんな向上進化の喜びの中にいる、みんな同じ喜びの中にいるんだと思うと、心が温かくなる感じがして、眼差しも変わり、飯沼さんが言われていたように、自分自身が楽になる気がしています。


実習では、皆さんにエネルギーを送っていただき、ありがとうございました。
前に出て皆さんのほうを向いて座ると、それだけで皆さんのエネルギーをばんばんに感じて緊張しましたが、きんもくせいさんと手をつなぎ、皆さんがエネルギーを送ってくださり始めると、急にすっとした空気に変わり、透明な無に近いような感覚になりました。
やっぱり精妙なエネルギーだからかなと心の中でちょっと思ったりしていました。
反対にエネルギーを送るときは、物すごく体が熱くなりました。


さきさんの夢のエネルギーになじめるように、克子さんの示されている2点を継続・反復していきます。

それから、自分の不十分さ、至らなさを点検することも日々忘れないように、どんなことにも心を陰らさないようにしたいです。
感覚の層の防御膜、とても手ごわいことを自分も含め実感していますが、必ず薄くして、現実を変えていきたいです。
みんなで幸せになっていきたいと思っています。

06/10/2026(火) 15:22:11

No.44162  みんと
Re: 10月6日(火曜日) 引用
定例会、ありがとうございました。

随分おそくなりましたが、今回も色々な学びをいただきました。
というか反芻の期間です。

受け入れるということの難しさや辛さ(寂しさを含んだ)みたいなものを感じてます。その抱いた意味ややるせない気持ちはきっと地上界を離れてから解かることなのでしょう。

‘違いに心陰らさず、皆同じだということ
 自分の不十分さを認識して、人を受け入れる’

‘その人の現状を困ったことと思わず、「治そう、直そう」とも思    
 わない、ただひたすら感謝と祝福の心で包み込んであげる。’

さきさん、そうですね。飯沼さんの言われる‘まなざし’は今までの自分には不足してた思いやりの心なのではとおもいます。

さきさんの夢のエネルギーに馴染んでいきます。
そしてエーちゃんを見習って最も苦手な人たちにも送っていけるようにと自分をシフトさせていきます。
きんもくせいさん、後を付いていきますね。

毎回、参加させていただくことは大きな喜びで、皆さんに会えることそのものが嬉しくてなりません。
行きの電車ではみさおさんとたくさんお喋りしましたね。
ほんとうは体調不良でしんどかっただろうに、気遣いのみさおさんは無理して付き合ってくださったでのしょうね。ありがとう。

みやっちさんもありがとうございました。やっぱり頼りになりますね。藍子ちゃん、うらやましいです笑

イッシンさん、オレンジさん、いつもありがとうございます。
音楽って最高ですね!

今回もたくさん飲んで(お泊りが少なくて寂しかったですが)お料理も美味しくいただきました。
まゆみさん、皆さん、ありがとうございました。

両隣りの恵美子さん、Bさん、不眠症と言いながらいびきがうるさかったでしょ?ゴメンナサイ(爆睡しました笑)

帰りの電車でも、恵美子さん、エーちゃんとご一緒できたくさんお喋りできたことはラッキーでした。
恵美子さんはやっぱりかっこいいし
エーちゃんからは今までにない自信のようなものを感じました。

Bさん、駅まで送っていただきありがとうございました。
今でも抱きしめています。

06/10/2026(火) 15:30:53

No.44163  まみ
Re: 10月6日(火曜日) 引用
飯沼さん、皆さん、
定例会ありがとうございました。

これまで、エネルギーを送った後に、疲労感を覚えることがありました。
「治ってほしい」「元気になってほしい」という思いが強いあまり、知らず知らずのうちに一生懸命になりすぎ、必要以上に力が入っていたのだと思います。

「その人の現状を“困ったこと”と思わず“治そう”“直そう”とも思わないことです。その人のすべてを受け入れ、ただひたすら祝福と感謝の心で包み込んであげるのです。その人が自分を守る必要のない心、エネルギーで包んであげるのです」
と学ばせていただき、
このことを意識してみると、以前よりも体の力を抜き、穏やかな気持ちでエネルギーを送れるようになったと感じています。

そして、さきさんの夢の、キラキラとした光の粒子がシャワーのようにブワーッと降り注ぎ、その人を優しく包み込んでいく様子をイメージしながら、祝福と感謝の心を向けるようにしています。

少しでも自分の防御膜を薄くしていけるように、自身で点検して気づけ、歩み直し、エネルギーを高めるように常に意識します。

まゆみさん、
美味しいお料理、いつもありがとうございます。

さきさん、
いつもよりたくさん話せて嬉しかったし楽しかったです!

Bさん、
お会いできてほんとに嬉しかったです。

祐造さん、
これからもよろしくお願いします。

みさおちゃん、
回復されて良かったです!

06/10/2026(火) 22:16:52


No.44156 ポポ  
10月5日(月) 引用
 皆様、こんばんは。ポポです。
今日はかかりつけ病院でのカウンセリングと診察でした。
帰りしなに居住市の中心商店街に立ち寄って昼食を摂ろうとしたのですが、ラーメン屋が月曜で閉まっていたり、パスタの店に入ったら「すみません、今日はパスタやってないんです」と断られてしまったので、仕方なく観光案内所に行って近くで営業している飲食店を教えてもらいその通りの場所へ立ち寄り、メニュー注文してあっという間に注文した品物が出てきたので驚いてその事をアンケートに書きました。接客態度が良かったので助かりました。
そして初めて入った自分の銀行口座を管轄している銀行の本店に行って、ATMで来週火曜日のカウンセリング代の支払いを済ませました。
生活激変中ですが、初めて立ち寄った場所で初めて支払う相手になんとか支払いを済ませられたので良かったです。
でも手数料がバカ高い!もうちょっとなんとかならないのかと思いました。
皆様、お読みくださりありがとうございます。それでは失礼します。

05/10/2026(月) 21:21:14



No.44152 まゆみ  
10月4日(日曜日) 引用

おはようございます。
天地悠々の発送が遅れています。申し訳ありません。
編集をしているところです。
紙面の都合上、過去のメッセージを掲載するため探してて、このメッセージを読んで、すぐに皆さんに紹介したいと思ったので、掲載します。(天地悠々にも掲載します)
昨日のさきさんの投稿に感動してて、同じような響きを感じました。


《98年11月定例会へ向けてのメッセージ》

 ここにこうして集うことに、まずは喜びと感謝を。どこにいようとも自分たちを守り、導いてくれる方々の存在を忘れる事なく。何事においても真理と愛とを基調としたエネルギーが注がれ続けていることに。
 
失うということも得るということも私たちからみれば、あなた方が思う程心を煩わせることではありません。失うというのは、あなた方をその中心としてみるからこそ思うことであり、得る、ということもまた同様です。自分の手を離れたことが失うことなのでしょうか。自分の手に入ることが得るということなのでしょうか。“失う”ということに喜びは感じられず、“得る”ということに喜びがあるのでしょうか。
 
視点を変えれば分かります。自分が“失った”と思ったもの、それそのものの気持ち(と言っていいでしょう)や立場になって考えてみるのです。自分が“得た”と思ったもの、思ったことについても同様に。
 
失ったものも得たものも流れに沿って動いたのです。金銭であれ、物であれ、人であれ…。すべてのものがとどめる(べき)ものではなく、循環のなかでそのエネルギーを保ち続けているのだとすれば、全ては動くのです。あなたが“失った”と感じても別の誰かはそれを“得た”と思うのです。あなたが“得る”ことは誰かが“失う”ことなのです。そもそも、なぜ、得る、失う、ということで心を煩わすのでしょうか。それは“自分のもの”という囲いをあなた方が作ってしまうからです。果たして“自分のもの”なのか。“自分のもの”とは何なのでしょう。
 
全ては循環のなかにあると申しました。だとすればあなた方自身も、そして私たちもそのなかにあります。循環がとどまらないことだとすれば、個は個でありながら個ではなく、“誰かのもの”などということはもちろんないのです。自分(あなた)でありながら、自分(あなた)ではない、と言ってしまえば今のあなた方を混乱させるだけかもしれません。しかし心に収めて頂きたいのは、もしも“誰かのもの”と言うことができるとすれば、全ては全てのもの、と申しましょう。もしくは全ては神のもの、と。(ただしここで神という言葉を抵抗感をもって受け取る方々が多いことは承知していますから、それは前者の言い方でよろしいのです。)
 
あなた方が、今申し上げたことを意識しつつ、今の地上でそれを行動に反映させていくのは非常に難しいことは知っています。しかし大切なのは意志すること、そして、それを自分でできるところから行動に反映させること。何もかも投げ打って、ということを強制しているのではありません。少なくとも有形無形のものを“自分”のもとにとどめようとしないで頂きたいと申し上げているのです。
 
あなた方がここで得た知識、情報、そして学び始めた癒しということ、そしてそのエネルギーを決して自分(たち)のもとに置いておくだけではならないのです。それは放出してしまうのではなく、今、必要だと思われる人に向けて注ぎ、使うのです。あなた方がはっきりとそう意志することが、そういった人との縁をつなぐのです。あなた方が手にしたものを求めている人、必要としている人は確かにいます。あなた方が「役立てよう。役立てたい」と思うことと、その人たちの求める気持ちとが引き合うのです。そして同じように、あなた方がさらに知識、情報、また癒しのエネルギーを「人に役立てたい」と思うならば、それはあなた方の求める気持ちに引かれてめぐってくるのです。
 
初めの方で“失う、得る”と申しました。本当は“与える、与えられる”なのです。そしてそれもやがて、その言葉を越えた意味と流れとを知ることになるはずです。ここに集う方々が自分という囲いを少しでも取り払い、自分自身を健やかな循環のなかに溶け込ませることができるよう、私たちは願います。

04/10/2026(日) 08:08:30


No.44153  ポポ
Re: 10月4日(日曜日) 引用
おはようございます、悠々塾の皆様、いかがお過ごしですか?
お変わりはありませんか?
最近、同じことばかり書いて申し訳ないですが、生活が激変しています。先週木曜日には新しく転院した先の病院のデイケア参加の初日でした。前の病院でのデイケア参加からかなり時間が経過してしまっていて、感覚のなまってしまったことに早い段階で気づき、頓服を飲んで休みました。一応最初から最後まで参加はできたのでそこは認めたいのですが、スタッフが男性しかいないので、女性がいる場でいかがわしい話が始まってしまうノリについていけず(私はそういう話を同性の間でするのが昔から苦手)、引いてました。
都合、これから週3日通うことになるので次第に慣れていかないといけないのですが、しばらく通ってみないと成果は分からないです。
悠々塾の皆様ともいずれ定例会でお会いできたらと思います。
いつも同じような話ばかりしてすみません。
それでは失礼します。

04/10/2026(日) 10:31:43

No.44154  みさお
Re: 10月4日(日曜日) 引用
まゆみさん、投稿ありがとうございます。
愛は時空を越えて
定例会メッセージと読み返しています。

何度も読んで、エネルギーに馴染んでいきたいです。

定例会ありがとうございました。
私へのエネルギーもありがとうございます。
インフルエンザは、急速に解消(かげり)こと書かれていたような。
隔離が終わり、気持ちがすっきり、やり直す気持ちになりました。

「不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていく」ことによって、摂理に適った喜びに切り替えていくことができるのです。

この言葉は、聞いた時にハッとしました。
なんでこうなんかな…と違和感を思う事がありましたが、
今は、共に向上進化の道を歩んでいると思うと今までの心配より、安心感もでてきました。

今回のメッセージについては、又書き込みします。

祐造さん、又京都に行くから
宜しくね。
又一緒に笑い、良い時間を過ごしましょう。

ぽんたさんのAIへの書き込み、芸術家はこう見るのか
と感心したり、同感したり…
私も恐ろしいと思いました。
インフルエンザから回復したら、世界が変わっていたまで思いましたが、学んでいる事、提示されたエネルギーに馴染んでいき、人間らしく生きていきたいです。
喜びながら。

04/10/2026(日) 17:32:49

No.44155  藍子
Re: 10月4日(日曜日) 引用
定例会ありがとうございました。

どんな定例会になるのかと心配でしたが、一部の話がとても響きました。
自分も含めて皆不十分で向上進化の途中だということ。
違和感や「困ったこと」としてとらえず、不十分なことも含めて祝福と感謝なのだということ。
そう言って欲しかった、という気持ちもありとても嬉しかったです。

防御膜が発動したら自分ではなかなかどうにもできないこと、、、自分が自分を守らなければ誰が守ってくれるというのか、と私もどこかでずっと思い続けている気がします。

薄くなるように日頃から、さきさんの夢のエネルギーに馴染んでおきたいです。
エネルギーの共鳴もとてもすごくて、手のひらがピリピリぴりぴり、思わず手を擦ってそのピリピリを逃さないとたまらないほどでした。

二部もありがとうございました。一週間前のことなのに遠い昔のことのように感じます。
誰もが学びの途中、それは向上進化の途中で喜びそのものだ、ということばを反芻しています。


・自分自身の意志のエネルギーを高めること。

・不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていくこと。(さきさんが夢に見たエネルギーです)

この二つのことを継続・反復していきます。
祝福と感謝、いてくれてありがとう、みんな大好き、ありがとうですね。


また書きます。

04/10/2026(日) 20:14:20


No.44150 エーチャン  
10月3日 土曜日 引用
おはようございます。

とどまらずにどこまでも広がっていくよろこび、自分の属する集団、組織、たとえば家族であったり会社であったり、さらには宗教であったり、国であったり、そういう組織、集団の枠にとどまることなく、それを超えてどんどん広がっていくよろこび、私たちが今取り組んでいる作業を続けていくことでそういうよろこびが実現すると思います。

私自身、そのためにも少なくとも何らかの狭い枠によろこびを閉じ込めるようなことはしてはいけないと思っています、自戒です。

03/10/2026(土) 08:44:03


No.44151  さき
Re: 10月3日 土曜日 引用
愛は時空を超えて
ぬまさん受信お疲れ様です。ありがとうございます。
定例会の前にインスピレーションで教えてもらったんですね。

まゆみさんのテープ起こしを読み返すとウルウルします。
そのエネルギーにつながりたいと思います。
そのエネルギーに馴染んでいきたいです。

>皆が不十分で、それは違う角度からいうと、皆が向上進化の喜びの中にいる。
どんな過ちであれ、どんなことであれ、そこではそれは絶対的な喜びで、至らなさの内容が違ってても、皆が向上進化の喜びの中にいる。
あるいは、カルマの再現とか、それはカルマの解消に向かうべき話だし、それも向上進化の喜びの中にいる。そこでは皆、全く同じなんだ。自分もあの人もこの人も。<

〜〜その人の現状を「困ったこと」と思わず、「治そう直そう」とも思わない。その人の全てを受け入れ、ただひたすら祝福と感謝の心で包み込んであげる。〜〜

それはエネルギーを送るというより、ぬまさんが言ってた‟まなざし”なのかなと、実習をしていて感じました。
地上人類が重ねてきた至らなさ、かげりや闇の連鎖も、あれもこれも全部背負って地上に赴いた、今ここにいる地上の人間への慈しみというか、、‟まなざし”なのだろうと。
感覚の層の防御膜が発動して何度も同じところで躓いてしまったり、、霊的真理とは程遠く物質的三次元の地上で自分を守ろうとする自分自身のどうしようもなさ、、それを知ってるからこそ、そういう地上の人間だからこそ、届けられるエネルギー、というか、、、
精妙でキラキラした光の粒子、霊界から惜しみなくあまねく注がれている愛のエネルギーの接点になれるってことなのかなと思いました。

物質的世界である地上で生きている限り「自分を守る」ということは不可欠であって、「自分を守る」ことが良くないことだとは思いません。
ただ勝ち負けの競争なのか、共生なのか、、
人間の肉体自体が微生物たちも含めたいのちの集合体です。
いのちはひとつらなりです、みんなつながっています。
自分だけ強く固くして守ろうとしても結局守れないで破綻します。
自分も皆も幸せにという、いのちの共生の世界に自分をひらいていくことが、結果的に自分を守ることになるんだと思います。

愛は時空を、で示された二つのことをやっていきます。

03/10/2026(土) 22:47:25


No.44146 飯沼正晴  
10月1日(木曜日) 引用
   ☆☆ 愛は時空を超えて 259 ☆☆
     
      ―― 霊界の克との対話  ――


飯)こんにちは。
定例会が終わっても、なかなかこの通信を受信するモードになれなかった。
「天地悠々」の発行の都合もあるので、そろそろ受信・筆記したいのだが、なんだかエネルギーの組み換え中のような感じで、ボーっとしています。

たぶん、定例会で「不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていけばいい。それがさきさんが夢に見たエネルギーでもあると思う」と話したことで、エネルギー的な組み換えが始まっているように思う。あれは定例会が始まる直前に腹に落ちた気がしたが、まだまだ馴染みきれていないのだろう。

アタマではずっと前から分かっていたことだし、一年ほど前からは心全体で向き合ってきたつもりだが、まだスムーズに馴染めていないような気がしています。


克)はい。
まずは定例会、お疲れさまでした。
あなたがあのままの状態では定例会のエネルギーに支障をきたすので、始まる直前にこちらからインスピレーションでお伝えしたのでした。あなたの方にも受け皿はできていたので、一気に腹に落ちたのですが、すぐに馴染みきれないことは仕方ないでしょうね。

違和感などを含む感覚の層の反応は半ば生理的なものですから、そう容易く切り替えができるものではありません。
防御膜を含む感覚の層の反応は潜在意識に蓄積されているので、切り替えは容易ではないのです。

しかし感覚の層は「現実」と接しています。そこを摂理に適った健やかな喜びに切り替えなければ、その人の「現実」も変わりにくいのです。

逆からいえば、感覚の層が摂理に適った健やかな喜びに切り替われば、病やトラブルや悩みや人格的な問題も劇的に解消して、今までは想像もできなかったような奇跡のような喜びを自他に現実化していけるようになるのです。

人間は獣から進化してきた名残りとして、「自分にもたらされる事柄・現実からいかに自分を守っていくか」が、生理的反応として感覚の層・潜在意識に設定されています。
ですから半ば自動的に、「自分とは違う者」に対しての違和感や反感、現状・将来に対する受け入れ難さ(不満や不安)などを半ば自動的に抱いてしまうのです。
その歪みや防御膜を解消することは容易ではありません。

しかし、「不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていく」ことによって、摂理に適った喜びに切り替えていくことができるのです。

その摂理とは向上進化の喜びであり、それが地球霊界を統べる摂理であり、それは私が知る限りにおいても宇宙を統べる摂理です。
言い換えれば、全ては神から出でて、神に回帰する過程にあるのです。それが向上進化の喜びです。

地上界は神のご意思や霊界のありようとはなかなか同調できない段階・状態の中で、霊界と同調できるように向上進化・リハビリに励む次元の場として存在しています。地上界・地上人類がここまで逸脱することも当初から織り込み済みのことではありました。しかし、地上界・地上人類が発しつづけるノイズは霊界にまで影響を及ぼすほどになっています。

そしてこの時期に合わせて、当初よりの計画に基づいて「地上界の浄化・地上人類の霊性進化」のプロジェクトが発動されているのです。

その雛型を担う皆さんがたが感覚の層の歪みや防御膜を解消することができれば、摂理に適った奇跡のような喜びを自他にもたらすことができるようになります。

雛型成就に向けて、あと一歩のところまで進んできているのですが、ここが最後の難関になっています。

・自分自身の意志のエネルギーを高めること。

・不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていくこと。(さきさんが夢に見たエネルギーです)

この二つのことを継続・反復していただきたいのです。

あなたは近いうちにもう一度、日常を離れて、そのエネルギーにしっかりと馴染む機会を作ってください。遅くても十一月定例会までにですが、なるべく早くそうしてください。


飯)分かりました。
すぐには無理だけど、予定を立ててみます。
今回はとても受信がしにくいので、このあたりにしたいと思います。

克)はい、そのようですね。
今回は「定例会メッセージ」とセットで読んでいただくということで、ここまでにしましょう。

相変わらずいろいろとあるようですが、ここまで働きを進めてきたのですから、喜びの中で雛型成就に向かってくださいね。

飯)はい。そうしたいと思っています。
いつもありがとう!

(2026・10・1)

01/10/2026(木) 09:54:55


No.44147  エーチャン
Re: 10月1日(木曜日) 引用
定例会、お世話になりました、ありがとうございました。

また、愛は時空を超えての受信ありがとうございます。

「・不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていくこと。(さきさんが夢に見たエネルギーです)」

そして、定例会メッセージの
「その人の現状を「困ったこと」と思わず、「治そう(直そう)」とも思わないことです。」

「いずれにしても、「効果」が出なくても心を陰らせず、さらにその心で包み込んであげることです。「その人を治すために」が動機ではなく、「その人の全てをその心・エネルギーで包み込んであげること」が動機ですから、それでよろしいのです。」

この部分、できていません。頭で分かっているだけです。だから、毎日練習するのみです。結果に心を陰らせず、「その人の全てをその心・エネルギーで包み込んであげること」に意識を集中してさきさんの夢のエネルギーを送るようにします。繰り返しますが、練習あるのみだと思っています。

01/10/2026(木) 14:34:34

No.44148  ゆみっぺ
Re: 10月1日(木曜日) 引用
愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。

私もエーチャンさんが記載していた箇所
ここに尽きるのでしょうが、全く出来ていません。
なるほどと頭でわかったような気には
なっても、瞬時に電車の隣に立っている人に
あ?と違和感だらけになりました。
エネルギー的に今ひとつわからないのですが、
練習あるのみですね。

>「・不十分さの中身は違っていても、自分を含めて皆が不十分であり、向上進化の道を歩んでいる。そうであれば、相手の不十分さに違和感を持つのではなく、共に向上進化の道を歩んでいる者同士として、その人に対して祝福と感謝の心を向けていくこと。(さきさんが夢に見たエネルギーです)」

そして、定例会メッセージの
「その人の現状を「困ったこと」と思わず、「治そう(直そう)」とも思わないことです。」

「いずれにしても、「効果」が出なくても心を陰らせず、さらにその心で包み込んであげることです。「その人を治すために」が動機ではなく、「その人の全てをその心・エネルギーで包み込んであげること」が動機ですから、それでよろしいのです。」<

01/10/2026(木) 19:18:22

No.44149  千夏
Re: 10月1日(木曜日) 引用
定例会ではみなさん、お疲れさまでした。
愛は時空を超えて、のメッセージもありがとうございました。

今回は「感覚の層の防御膜を溶かすエネルギーの習得」がテーマでしたが、
「感覚の層の防御膜が発動してしまうと、おそらく自分ではどうすることもできない。」という飯沼さんのお話しから、日々自己点検して自分を薄くしていくことの大切さをあらためて心に刻みました。

そして実習では定例会のメッセージにあったように、嫌悪感、違和感を持たず、ただひたすら祝福と感謝の心で包み込むことに集中してエネルギーを送るよう意識しました。
でもやっぱりどこかで、「良くなってほしい」という思いが混ざってしまって、「祝福と感謝」に集中するのは少し難しく感じました。
さきさんが夢に見たエネルギーのイメージに馴染めるよう、気になる人にエネルギーを送ることを続けていきます。

2部では、いつもながらの美味しいお料理とお酒をたくさんいただき、イッシンさんとオレンジさんの演奏に癒されました!ありがとうございます。

今回の定例会は、直前までいろいろあったし、再参加の方もおられたので、どんな感じになるのかな?と向かう道中は少し緊張していました。
でも悠々塾でみなさんとお会いして話をしていたら、緊張がすーっと解けていくような感覚がありました。やっぱり定例会のエネルギー場ってすごいですね!

みなさん、ありがとうございました!

01/10/2026(木) 21:49:08


No.44143 祐造  
9月30日(水曜日) 引用
定例会、ありがとうございました。

再参加させてもらうということで少し緊張感もあったのですが、皆さんがあたたかく迎えてくださり、第二部でもなんだか普通に接してくださって、懐かしさと嬉しさがこみあげました。
ありがとうございました。

第一部の飯沼さんの話では、僕に向けて「“末席に"ではなく、むしろ前に出て」という意味の話をもらいました。
にもかかわらず、グループラインで「掲示板への書き込みも働きの一環」と背中を押してもらっている状態なので、まだまだだと感じています。

また第一部の「違和感」についての話では、自分は一年前から大変な思いをさせてしまった立場なのに、飯沼さんはその「違和感」を自分事として見つめ、体調を崩しながらもその「違和感」に向き合い続けて、そして「それも向上進化の喜びの中」という思いに。
そのことに何とも言葉にならない気持ちになりました。
申し訳なさや感謝や心の深さへの思いなどの入り混じったような、いややっぱり言葉にならない何かとても大きなもの感じていました。
そしてこんな自分も、皆さんに大きく見守られて、この場に参加させてもらっていることを感じていました。

第一部の実習では、感覚の層の防御膜をうすくするエネルギーを、皆さんから送っていただきました。
僕はエネルギーとかはあまり感じない方なのですが、それでも温かな毛布にくるまれているような気持ちよさがありました。
また、そのあとエネルギーを通す側になると、次第に暑くなって腕まくりをしていました。
定例会の帰り道から鼻炎が始まり、この数日は喉の痛みや軽い倦怠感が続いています。
発熱は無いので助かっていますが、何かいらないものを排出しているような気がします。

定例会に参加させてもらって「さきさんが夢に見たエネルギー」を通すイメージが少し分かってきました。
実習を思い出しながら、毎日気になる人にそのエネルギーを送らせてもらっています。
エネルギーを送っていると眠くなることがあり、まだまだエネルギーに馴染んでいないのかも知れませんが、続けていきます。
慈しみ、無条件の感謝と祝福 ――― 自他の「感覚の層の防御膜」をうすくしていきたいです。


まゆみさん、定例会での飯沼さんのお話の文字起こしを、ありがとうございます。
読みながら、あらためて今回の定例会に参加させてもらえてよかったという思いが大きくなりました。

>感覚の防御膜がフル稼働してて無茶苦茶な状態になってる人がいるにしても、それも含めて向上進化の喜びの中にいるんだと、そのままずーっとそこに永遠に留まる人はまずいないわけです。
違和感とは真逆の、同じ喜びの中にいるんだなと。違いに心をかげらせるということとは全く逆のこと。同じ喜びの中にいるんだと思うと、自分自身が楽になる感じがしたけどね。まだ2時間ほどのことだから先はわかりませんが。<

この部分を読んで、「地上人類の歩み」を思い出しました。
「違いに心をかげらせる」ということが地上人類の第2段階の始まりなら、それを超えて「違和感とは真逆の、同じ喜びの中にいるんだな」というエネルギーが、第2段階のかげりを越えて次の段階へと進む、地上人類の向上進化の風穴をあけるのだと感じました。
とても大事な定例会、とても大事な局面なのだと思います。


みさおさん、回復されているようで、よかった!です。

30/09/2026(水) 17:32:46


No.44144  Bさん
Re: 9月30日(水曜日) 引用
定例会ではたいへんお世話になりました。
皆さん、たくさんのエネルギーを送ってくださり、ありがとうございました。

5月の定例会以降、「自分なりの気持ち」について自らを顧みるよう、「自分としての気持ちを軸にする生き方を卒業して、人としての意識で生きていくこと。すなわち、皆の喜びを自分の喜びと重ねていくこと」が基本であると何度も伝えられてきました。

その時点ではなるほどと合点もし、「その者たちに限りない慈しみの心で祈ってあげてこそ、あなた方は光の戦士であり、豊かな霊性に裏付けされた「霊止(ひと)」として輝きを放つのです。」とのメッセージに感動し、そうありたいとまで書いておきながら、2か月後の7月にはまるで陰りのサンプル権化のように腹立たしさから抜け出すことができず陰りに陰ってしまいました。

今回、皆さんに送っていただいたエネルギーで、どう変われたのか、どう変わったのか、いまはまだどうこう言えませんが、それぞれの思いを超えてただただエネルギーを送ってくださった皆さんに感謝するばかりです。

惠美子さん、みんとさんはじめ、遠方からの参加の方も多く、皆さん親しく声をかけてくださいました。有難さと申し訳なさでいっぱいです。

まゆみさん、藍子さん、さきさんにはさらにご心配とご苦労をおかけしました。

皆さんも不愉快極まりない思いで過ごされていたことでしょう。至らぬことで、お許し願います。

私も十分傷つきましたが、飯沼氏には負けじとさらに深く傷つけてしまいました。お詫びします。

まだまだですが、陰りを光に、皆の喜びに繋げていきます。

30/09/2026(水) 18:34:05

No.44145  ぽんた
Re: 9月30日(水曜日) 引用
定例会、みなさんお疲れ様でした1
みさおさん、だいぶ良くなられたようで安心しました。引き続きお大事になさってくださいね。お疲れの方、多そうですね。

まゆみさん、定例会の飯沼さんのお話を起こしてくださってありがとうございました。
誰かや何かがどんなに無茶苦茶でも、同じ向上進化の喜びに生きる仲間であり、そんな世の中に生きている理由はみな同じなのだというお話に心が動かされました。
飯沼さんのそんなお話に触れたら私もお伝えしたい話ができて、ラインしたら掲示板に転載をということでしたので、そのまま転載させていただきます。よろしくお願いします。
以下

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職業柄、AIが作成する絵画や動画がとても気になって、一時期よく観ていました。検索するといくらでも出てくるんです。今のは凄いんです。なかなか面白いと思うものや、うわーやられた!と思うものもありました。でもそのうち嫌になりました。同時に、そういう虚構の世界に夢中になってはまり込んでいる人がものすごくたくさんいるということにも、驚きと違和感を感じました。

初めはまるで夢のようなある種の郷愁をそそる美しさに魅了されて引き込まれました。でもある時から気持ち悪い違和感が先立つようになり、でもその違和感が何なのかが気になって仕方なく、そのうち恐怖も覚えたという感じです。ふと、これは人々を惑わすユートピアの皮を被ったディストピアなんだと気づきました。

しばらくその違和感による不快感に蝕まれて落ち着かなかった時、こんな甘くて空虚でしかも人の心にトラップをしかける世界よりは、まだトランプやネタニヤフやエプスタインみたいなのが跋扈してても、家族がいて友達もいて悠々塾の仲間たちがいて、みんなが一緒だというこの世界のほうが、何百倍もましだって思ったんです。

なんというのか、人間臭さ?人間の魂臭さ?(適切な表現ではないかもしれませんが)のない世界の美が、これほどひどく自分の感覚を歪ませ傷つけるものとは思いませんでした。
それがわかったいい経験だったと思います。

で、それ以来、何かが楽になったんです。
それまでは、世の中をひっくり返すような愚か者たちをテレビ見るたびに心が苦しくなり、いっそ早く向こう側に行きたいくらいに思っていたことさえあるのに、そういう嫌悪感が少しだけ薄らぎました。よりひどい比較対象ができたってだけかもしれませんが。

そんな思い方でいいのかどうかもわかりません。でもとにかくなんとなく少し救われて楽になった自分がいます。
変ですよね。とても自分なりの話です。

一方で、これからAIが導く先の世界には底なしの恐怖を感じています。

お読みくださりありがとうございました。この話ができてちょっとスッキリしました、ごめんなさい。

30/09/2026(水) 19:19:13


No.44141 まゆみ  
9月29日(火曜日) 引用
おはようございます。
定例会みなさんお疲れ様でした。
定例会での飯沼さんのお話を紹介します。

メッセージにある
「その人の現状を「困ったこと」と思わず、「治そう(直そう)」とも思わないことです。その人の全てを受け入れ、(指導霊になったつもりで)ただひたすら祝福と感謝の心で包み込んであげるのです。その人が自分を守る必要のない心・エネルギーで包み込んであげるのです。」
この部分に対する質問に答えて

飯沼さんの話

治らなくていいという話ではなくて、このエネルギーで包み込んであげたいという、エネルギーを送ることで既に治ってほしいという願いのエネルギーは含まれているのでそれで十分です。治してあげたいとか治したいと思い過ぎると現状を否定的に捉えることの裏返しになってしまう。
これではいかんのやからなんとかしてあげたい、というのは、生身の人間にはもっともな思い方ではあるけども、現状を否定的に捉えてしまうということで、本来の癒しのエネルギーは減じられるということみたいです。

共に、自分も含めて不十分で、不十分さの内容は人それぞれ違うわけだけど、間違いなく地上に生きている自分も不十分なわけで、我々皆すでに傷を持って地上の人間になってるわけです。カルマが完全に解消されたら、地上にいる必要もないから。

皆が不十分で、それは違う角度からいうと、皆が向上進化の喜びの中にいる。
どんな過ちであれ、どんなことであれ、そこではそれは絶対的な喜びで、至らなさの内容が違ってても、皆が向上進化の喜びの中にいる。
あるいは、カルマの再現とか、それはカルマの解消に向かうべき話だし、それも向上進化の喜びの中にいる。そこでは皆、全く同じなんだ。自分もあの人もこの人も。
ネタニヤフみたいな人でも一緒なんだと。
という思い方に、僕は頭ではわかってたんだけど、それが腹に落ちたのが2時間前くらいで、もう大丈夫やと言ったのですが。

去年からずっといろんなことがあって、去年の10月の始めに、島根県の温泉に3日ほど籠ったんです。10月なのにくそ暑い時に。3日ほどぼーとしてふと掴みかけた瞬間はあったけども、何もつかめずに、むしろ自分の違和感というものを解消することができなくて、自分のその時の違和感というものを、薄くしてしまうと曖昧になって自分が自分でなくなってしまうような感じがあって、結局は1ミリも心が動かずに帰ってきたのですが、その後から本当に体調が悪くなって、1月以降は死ぬかと思うくらいいろんなことがありました。

結局やっと、さっきなんですが、みんな学びの途中で、みんな不十分さを抱えてて、みんなが向上進化の喜びの中にいるんだと。そのことが祝福であり感謝なんだと。
頭では一年くらい前から分かってたんです。でもやっと腹に落ちて。

そこでは自分なりの価値観なり自分なりの思いがすごくあるけども、それを軸にするのではなくて、人としてという筋道を軸にではありながら、それを絶対的な軸にするのではない。
人として大きく逸脱してる人だっていっぱいいるわけで、自分だってそういう部分があるんだろうし、そう思うとみんな向上進化の喜びの中で生きてるんだと、そういうことがしみじみ1年かかって、やっと思えて、自分の頭ではなくて、心にというか腹に落ちた気がしたんです。そういうことかなと。

感覚の防御膜がフル稼働してて無茶苦茶な状態になってる人がいるにしても、それも含めて向上進化の喜びの中にいるんだと、そのままずーっとそこに永遠に留まる人はまずいないわけです。
違和感とは真逆の、同じ喜びの中にいるんだなと。違いに心をかげらせるということとは全く逆のこと。同じ喜びの中にいるんだと思うと、自分自身が楽になる感じがしたけどね。まだ2時間ほどのことだから先はわかりませんが。

そっちの視点が自分の中に根付くと、たぶんもう違和感を軸にする自分の意識にはもどらない気がする。違和感というのは完全に払拭できるはずもないし、その時々で大きくなったり小さくなったりするんだろうけど、それとは別に、みんな向上進化の喜びの中にいるんだ。
それは自分の不十分さもしっかりと認識した上で、あるいは自分では自分の不十分さというものが認識できなくても、不十分に決まってる。
不十分なとこがあるから、こうやって地上に生きているだと。
いろんな思うようにならないことももたらされて、それを喜びに変えるためにここにいるんだと。
いずれにしても自分も不十分。ネタニヤフやトランプにしても同じ人間だとは思えない。けども、かけ離れてはいるけども、おおもとではやっぱり向上進化の喜びの中にいる、という眼差しなのかなと。一年かかったなとしみじみと。

切り替わると随分楽になる。
受け入れがたいものを受け入れようとすると、それは自分の中で摩擦と葛藤が起きてそれはしんどい。違和感を薄くしようと思うと、付随した違和感がまた発生してどうにもならない。
でも、同じなんだと。向上進化の喜びの中にいる者として、一緒なんだと思うと楽になるような気がします。

29/09/2026(火) 09:39:26



No.44139 飯沼正晴  
9月27日(日曜日) 引用
昨日の定例会に参加してくださった皆さん、参加できなくてもお心を向けてくださった皆さん、ありがとうございました!

お蔭さまで、今回も意義深い定例会になりました。

1部の前半では質問や意見がそれほど出されたわけではなかったのですが、後半のエネルギーは凄かったと思います。

対象者にあのエネルギーを注ぎ始めたとたん、私は急に暑くなって、何人目かの頃には部屋中が熱気に満ちていました。

さらにさらにこのエネルギーに馴染んでいくことで、結果的に劇的な治癒や奇跡のような喜びが現実化していくのだと思います。

今回は諸般の事情で日帰りの方が多く、2部の懇親会もおとなしめで、定例会にしては早くお開きになりました。
それでもいつもながらの和やかさは、悠々塾が培ってきた財産です。
いつも本当にありがとうございます!

なお、私が1部でお話ししたことは録音起こしして、後日掲載してもらいますね。

27/09/2026(日) 14:25:34


No.44140  さき
Re: 9月17日(日曜日) 引用
定例会お疲れさまでした。ありがとうございました。
心がワサワサして落ち着かないまま迎えた定例会でしたが、恵美子さんが前日から来られてて、お会いしてホッとしました。
遠方から駆けつけて下さってありがとうございました!
当日も皆さんにお会いするのに久しぶり感があって懐かしい気持ちになりました。定例会に心をむけて下さってた皆さんも、ありがとうございます。

「感覚の層の防御膜」
自分ではなかなかわからないし、どうにもできない設定があって、自分も含めみんなそこで躓いてて、、
だからこそ今回のテーマだったと思います。

それを解消する、薄くする、溶かすエネルギー

>その人の現状を「困ったこと」と思わず
>「治そう直そう」とも思わない
>その人の全てを受け入れる

それって難しいと感じてたのですが、
ぬまさんの話に心がストンと反応して泣きそうになりました。

皆が至らなさを抱えた同じ地上の人間だということ
つまり
皆が向上進化の喜びのなかで生きているのだということ
(言葉足らずでスミマセン、あとは録音起こしで。)

そこにつながったら違和感がなくなって
自分が固めてたものが少し薄くなった気がしました。
実習では、その感覚のままエネルギーを送ることができました。

いつも思いますが、定例会の場で皆さんと共鳴しながらエネルギーを送りあう実習は特別です。皆さんのエネルギーすごくて、ホントに暑かったですね。この場もみんな感覚が違う。けれど、向上進化に向かおうとする意志で共鳴している。多様な傾向や違いを含んだエネルギーの力を感じます。すごいことが起こりそうな気がします。
今回のイメージで実習続けていきます。

二部で、ずっとネタニヤフにエネルギーを送っているという方があると知って、頭が下がりました。みんなすごいです。
いっしんさんのライブ、オレンジさんの演奏もありがとう。心が洗われました。
今回シスターズの隣に座って、たくさん笑って楽しい時間をすごさせてもらいました。ありがとう〜。

急に熱が出て帰宅されたみさおさん、しんどかったと思います。
ゆっくり休んで下さいね。

27/09/2026(日) 22:47:44


No.44137 飯沼正晴  
9月25日(金曜日) 引用
明日の定例会、参加できる人もできない人も、テーマに心を合わせて、よろしくお願いいたします。

悠々塾の掲示板へのアクセスやメールがまだ復旧していません。
申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちくださいね。

25/09/2026(金) 09:54:57


No.44138  飯沼正晴
Re: 9月25日(金曜日) 引用
◆カナダのMAiD制度のダークサイドを、83歳の女性が「本人の意思に反して無理やり安楽死させられた」事例から垣間見る

投稿日:2026年9月23日 in deep

死亡者の20人に1人の死因が安楽死であるカナダという国
カナダでは、MAiD(医師による自サツ幇助)という医療支援による安楽死が合法化されています。

今では特に珍しいことではなくなっていて、カナダでは、「死因の20人に1人が安楽死による死亡」となっています(2023年)。

数にすると、カナダでの 2023年の全死亡者は約 32万人で、そのうちの 1万5,300人(約20人に1人)が医療支援を受けて、つまり安楽死で亡くなっています。

20人に 1人です。

これについてては、以下の記事などでふれています。

西側諸国に広がる「政府による自サツ」幇助」という名の21世紀のT4作戦
2025年5月25日

その数は増え続けていて、2016年からの安楽死による死亡者数の推移は以下のようになっています。

カナダにおけるMAiD(自サツ幇助プログラム)による死亡者数の推移

まあ…「安楽死そのものの是非」ということについては、人それぞれでいろいろな意見や主張もあるでしょうし、末期の病気などで、ご自身が生きているのが苦痛である場合などの考え方も様々でしょう。

ただ、今回、英デイリーメール紙で読んだ記事には、やや衝撃を受けまして、83歳の女性が安楽死措置を受けて死亡したことについて、彼女を介護し続けていた孫の女性の観点からの内容となっているのですが、

・83歳の本人は最初から最後まで安楽死を断り続けていた

・彼女には明らかな認知症傾向があった

ということなんですね。

MAiD には(建前上として)、本人の安楽死への明確な意志表明と、「それを合理的に理解判断できる場合(認知症や判断ができない場合は不可)」のみの実施となっているのですけれど、どちらも満たしていない。

記事を読んでいると、「何だか無理やり安楽死処分されてしまった」感が強いのです。

他にも仮にこんなことが繰り返されているのだとすれば、何というのかこう…まさに T4作戦のような「社会からの異端の排除システム」が働いているとしか見えない部分もあります。

T4作戦とは、優生学を信奉するナチスドイツが、「精神障害者、身体障害者、てんかん、奇形、遺伝病、アルコール依存症の人たちなどを含めて、合法的に一掃することを実行したもの」でした。もちろん、子どもも含まれました。

T4作戦プログラムでは、推定 27万5,000〜 30万人の男性、女性、子どもたちが殺害されています。

以下の記事で優生学の歴史と共にふれています。



デイリーメール紙の記事はかなり長いものですので、さっそくご紹介させていただきます。


「83歳のクリスチャンの祖母は、カナダの安楽死制度の下で本人の意思に反して安楽死させられました。彼女は血まみれになり、両手を合わせて祈りを捧げながら息を引き取りました」

Our 83-year-old Christian grandmother was euthanised against her will under Canada's assisted dying system - she died covered in blood with her hands clasped in prayer
dailymail.com 2026/09/21

カナダのオンタリオ州でキリスト教徒の祖母が安楽死の手続きを受ける2日前、ブリジット・クラネンドンクさんは祖母を座らせ、これから何が起こるのかを、祖母に正確に理解してもらうように話した。

「私は非常に率直な言葉を使いました。『おばあちゃん、あなたは金曜日に死ぬことを知っていますか?』と」

83歳の彼女は信じられない様子で、45分間泣き続けた。

「私は間違いを犯してしまった」と、家族から「オーマ」の愛称で親しまれているブリジット・シュテーゲマンさんは泣き叫んだ。

「彼女は泣きじゃくっていました。慰めようがなかったんです」と、亡くなった祖母と同じ名前を持つ不動産業者のクラネンドンクさんはデイリー・メール紙に語った。

クラネンドンクさんによると、祖母のシュテーゲマンさんは、尊厳死(MAiD)に同意できるほど精神的に健全であるかどうかを判断するために行われた認知テストで「すべての質問に間違って答えた」という。彼女は、生きている 2人の兄弟姉妹が死亡したと信じていた。

しかし、MAiD(医師による自サツ幇助)という考えに激しく泣き崩れてから 48時間後、シュテーゲマンさんは祈りを捧げるように両手を合わせ、点滴の最初の試みが失敗に終わり、手袋を着用していなかったとされる看護師によって点滴が投与されたため、自身の血まみれの状態で亡くなったと言われている。

クラネンドンクさんは現在、オンタリオ州の主任検視官事務所、患者オンブズマン、ベルビル警察に対し、7月10日朝にキャニ​​フトンのザ・パール介護施設で起きた出来事が合法であったかどうかを確かめるため、必死に訴えを起こしている。

悲しみに暮れ、取り乱した彼女は、MAiD(医師による安楽死)の施術者が祖母の弱みにつけ込み、明確な同意なしに施術を行ったと主張している。


ブリギッテ・クラネンドンクさんと祖母のブリギッテ・シュテーゲマンさん。

「彼女は弱い立場にあった人間で、彼ら(※医療従事者や介護施設の人たち)はそこにチャンスを見出したのです」と、クラネンドンクさんは怒りと悲しみをにじませながら語った。

彼女は、MAiD を行った医師たちが不適切なイデオロギー的動機に基づいて行動したのではないかと疑っており、その処置に至るまでの経緯を調査すべきだと考えている。

理解されている医療従事者や介護施設側は、公にはコメントしていないものの、シュテーゲマンさんは法的に同意を得て措置を進めていたと主張している。

「この老人ホームではこれまで誰も安楽死を行ったことがなく、今回が初めての安楽死でした。ですから、やり方がわからなかったために失敗したのかどうかはわかりません」と介護施設側は言う。

シュテーゲマンさんの死の瞬間は、祖母がかつて願っていたような穏やかなものでは決してなかった。

あの悪夢のような数分間を思い出しながら、トラウマを抱えたクラネンドンクさんは、まるでその処置がまだスローモーションで起こっているかのように現在形で語る。

「ものすごい量の血が出ていました」と彼女は言う。看護師が点滴を挿入するために右腕の正しい静脈を見つけられず、左腕に切り替えた経緯を説明しているが、それも「針で彼女を 3、4回ほど刺した後」のことだった。

「おばあちゃんの腕も、寝間着も、枕も、シーツも、血だらけだったんです。ものすごい量の血がついて」

「そして、この間ずっと、看護師は手袋を着用していなかったのです」

クラネンドンクさんを今も悩ませているもう一つの出来事は 2月のことだ。彼女は祖母に医療を受けるよう説得しなければならなかったと語っている。

薬剤が静脈に直接到達するための経路を確保するために、皮膚の下に埋め込まれる小型の医療機器にポートがある。

装着後、83歳の彼女はそれを何度も引き剥がし、「死の注射なんていらない!」と叫んだ。

その年の夏にシュテーゲマンさんが亡くなるまで、クラネンドンクさんは 12年間彼女の介護者であり、過去 6年間は彼女の医療代理人を務めていた。

シュテーゲマンさんの身体的および認知的な健康状態が悪化し始めたため、彼女が亡くなる 1年半前、家族は彼女を介護施設に入居させることを決定した。

2月に彼女は胃がんステージ4と診断された。しかし医師たちはその診断結果が彼女の余命が 6ヶ月を意味するのか、それとも 2年ほどなのか、確信が持てなかった。

過去 10年間、クラネンドンクさんは祖母の健康維持のため、祖母の食事内容を注意深く監視しており、砂糖の摂取量を制限するなどしていた。

がんの診断後、彼女は方針を変え、祖母が食べたいものを何でも食べさせてあげることにした。人生の最後の段階で、祖母にできる限り「喜び」を感じてほしいと願ったからだ。

彼女はシュテーゲマンさんにすべての選択肢について相談し、安楽死についても触れ、その手順について説明した。彼女は祖母がはっきりとこう言ったのを覚えている。「いいえ、それは要らない」

クラネンドンクさんによると、彼女の信仰心、そして神の怒りを買うことへの恐れが、ドイツ生まれの祖母が安楽死に本能的に反対した大きな要因だったという。

そして 6月になり、クラネンドンクさんと彼女の夫は 10日間の旅行に出かけた。

以前は、彼女が外出するたびに、祖母の健康状態について介護施設から頻繁に電話がかかってきていた。

すべては普段通りに見えた。彼女は何度も電話に出たし、医師たちはシュテーゲマンさんの健康状態が急激に悪化したとは言わず、ただ転倒して車椅子が必要になるだろうとだけ告げた。

しかし、その旅行の翌日、7月3日にクラネンドンクさんは別の種類の電話を受けた。それは介護施設からの電話で、彼女の祖母のために安楽死の適性検査を予約するという内容だった。

彼女の健康状態は明らかに深刻な悪化を見せていた。

そのニュースはまるで雷に打たれたような衝撃だった。

自宅に戻ったクラネンドンクさんは、老人ホームの看護師に、安楽死の話を切り出したのは誰なのかを尋ねた。

クラネンドンクは以下のように回想する。

「看護師は非常に攻撃的になり、非常に防御的になりました」

「看護師は『私はただ彼女のために弁護しようとしているだけです。祖母にとって正しいことをしようとしているだけなのです』と言ったのです」

クラネンドンクさんが旅行から戻って間もなく、彼女は祖母が実は既に安楽死に関する最初の相談を受けていたことを知った。


「誰も私に連絡をくれなかった」とクラネンドンクさんは言い、最初からこのプロセス全体から自分が孤立していたと感じていることを説明した。

祖母が確かに病気だったのは事実だったが、クラネンドンクさんは旅行中に祖母の健康状態が急速に悪化したとは信じがたく、看護師たちが言ったことが本当かどうか密かに疑問を抱いていた。

「帰国後に彼女に会った時、体重が減っていることに気づきましたが、実は以前から少しずつ体重が減っていたんです」

「祖母の急速な衰弱については、私は医者ではありませんが、彼女が戻ってきたとき、まだ食事をしていて、トイレに向かって歩いていて、とてもおしゃべりで、冗談ばかり言っていました」

「祖母は私の前で痛みを訴えたことは一度もありませんでした。ただ、お腹を執拗に押されている時だけは別でした」

クラネンドンクさんは、シュテーゲマンさん自身は正式な MAiD 申請を一度も行わなかったと主張している。

しかし、祖母にとって安楽死が適切な選択肢なのかどうか疑問を呈するたびに、彼女は施設の医療関係者から自分が狂っているとか、迷惑をかけているかのように扱われたと感じている。

「ある看護師は私たちを本当に障害物と見ていたと私は信じています」と彼女は言言う。「私たちは彼女は祖母に安楽死を施すつもりらしい。彼女は本当に、心から安楽死が人にとって最善だと信じているようで、それを止めようとする私が恥ずべき存在だと思っているようでした」

クラネンドンクさんは 2回目の安楽死の診察に必ず立ち会い、そこで医師が「非常に曖昧な言葉遣いで、死や死にゆくという言葉を一切使わなかった」ことに気づいた。

「医師は祖母に MAiD についてこう説明していました。『これからお薬を投与しますので、お気持ちは穏やかになります。それから、排便はなくなりますので、その点だけご承知おきください』」

「文字通りの意味ではない、奇妙な言い回しなんです。祖母はただうなずいているだけです。祖母の母語は英語ではなく、83歳で重度の聴覚障害を抱えています」

クラネンドンクさんは医者を見て、「祖母はあなたの言っていることを理解していません」と言った。

その時、医師は祖母の方を向き、「もう二度と痛みを感じないようにしますから」と言ったとされている。

クラネンドンクさんは、自身も同席した認知機能検査の際、医師が回答をすぐに確認できないように質問が工夫されていたと主張している。

誰が首相だったか、あるいはその日の日付だったか、祖母は兄弟姉妹が何人いるかなど、個人的な質問をされた。

「しかし、それらの情報は彼女の記録には一切残っていません。情報が正しいかどうかは、医師たちには分からないでしょう」とクラネンドンクさんは述べている。

それでも、シュテーゲマンさんは間違った答えを出した。

彼女は 13人も兄弟がいるにもかかわらず、自分には兄弟がいないと言った。

医師が生存者数を尋ねると、シュテーゲマンは「誰もいない」と答えた。

しかし、2人はまだ生きており、祖母はそのうちの 1人をわずか 1ヶ月半前に見たばかりだった。

「具体的な根拠は何もありませんでした。認知能力の評価を行うはずなのに、検証できないような質問を選んだのです」とクラネンドンクさんは語る。

政府のガイドラインによると、カナダで安楽死(MAiD)を受けるには、患者は精神的に健全であり、「重篤かつ回復不能な病状」を抱えている必要がある。

結局、クラネンドンクさんはひどく不快な思いをしながらも、医師から部屋を出るように言われ、医師は検査を続けた。

不安そうに外で待っていたクラネンドンクさんは、祖母が失敗すると確信していた。

しかし、認知テスト完了から 4分後、医師は「MAiD(安楽死)を進めます」と述べた。

その日の午後、シュテーゲマンさんは娘と孫娘の名前を間違えた。

「彼女が許可されたことに驚きました」と、クラネンドンク氏は 7月7日火曜日の評価後に語った。

医師は、金曜日の午前11時に予定されている安楽死の手続き当日、祖母は依然として安楽死を「拒否」できると彼女に保証した。

そして、不可能なバランス感覚が求められた。

クラネンドンクさんは、シュテーゲマンさんが実際に安楽死に同意していたかどうかを確かめようと決意していたが、83歳の彼女に過度のストレスを与えたくなかった。

何よりもまず、彼女はただ、幼い頃から一緒に暮らしてきた愛する祖母と、残された時間を少しでも楽しみたいと願っていた。

「彼女と一緒にいられる時間は限られているんです。だから、彼女に理解してもらいたいという気持ちと、彼女を守りたい、彼女を悲しませたくないという気持ちの間で、バランスを取らなければならないんです」

水曜日、クラネンドンクはほとんど眠らずに目を覚まし、祖母を訪ねる準備をした。

しかし、彼女が帰宅すると、看護師から電話があり、祖母の死を木曜日に前倒しする予定だと告げられた。医師の都合が早かったためだという。

「私はこう言ったんです。『今はその話はしたくない。 おばあちゃんのところへ向かっているところだから』って」

看護師は「ああ、実はもうおばあ様にお話したのですが、おばあ様も賛成してくれました」と答えた。

しかし、木曜日ではシュテーゲマンの牧師や息子が到着するのに十分な時間がなかっただろう。そのため、愛する人々に囲まれ、祈りを捧げられたいという彼女の最期の願いは叶えられなかった。

…7月10日金曜日になると、すべてがまた慌ただしく感じられた。家族はシュテーゲマンさんを連れ出した。彼女は老人ホームの庭に出て、大好物のイチゴのアイスクリームを分け合っていたところ、牧師が到着し、祈りを始めた。

「彼女はこの時点で非常に混乱していました」とクラネンドンクさんは回想する。

午前9時30分、つまり外に 10分ほどいた後、医師が午前11時まで到着しないと伝えられていたにもかかわらず、MAiD(安楽死)担当の看護師は家族に屋内に戻るよう求めた。

看護師は点滴を始めるのに時間が必要だと言ったが、クラネンドンクさんは家族として一緒に過ごす時間はまだ終わっていないと、看護師に強く言い返したことを覚えている。

「では、どれくらいの時間が必要ですか?」看護師は、ややぞんざいな口調でこう答えたと彼女は主張している。

クラネンドンクさんによると、看護師は家に戻るとすぐに点滴を始めたという。医師はまだ到着しておらず、祖母は処置開始の同意を求められることもなかったとクラネンドンクさんは主張している。

看護師はシュテーゲマンさんの右腕に点滴を挿入するのに苦労し、左腕に試みる前に何度も針で彼女を刺してしまった。

クラネンドンクさんは、大量の出血を鮮明に覚えており、そのせいで手術全体が妙にプロらしくないと感じたという。

「その看護師は手袋をしていないのです。手には血がべったりついていて、あたり一面血だらけでした」と彼女は当時の記憶にぞっとしながら言った。

その後、医師が部屋に入ってきて、シュテーゲマンさんに「薬」を投与しに来たと告げ、それでよろしいかと尋ねた。

「祖母は動かないんです。目も開けないし、うなずかないし、何も言わない。なのに医者はただ『よし、では続けよう』とだけ言ったんです」

10分以内に、シュテーゲマンさんの死亡が確認された。クラネンドンクさんは、祖母が安楽死の直前に亡くなったのか、安楽死が原因で亡くなったのか、それともただ深く祈っていただけなのか分からないと述べている。

彼女によると、処置の前も後も心拍は測定されなかったという。

悲しみに打ちひしがれたクラネンドンクさんが、何かがひどく間違っていたと確信をし始めたのは、シュテーゲマンさんの死後になってからのことだった。

彼女はその後、看護師が患者に安楽死を強要することは厳しく禁じられていること、そして安楽死を行うために必要なすべての書類は、死亡日を決定する前に提出されなければならないことを知った。

シュテーゲマンさんの書類手続きは彼女の死後に完了した、と彼女の孫娘は主張している。

「祖母は処置当日の朝、同意していませんでした」とクラネンドンクさんは言い、 祖母が本人の意思に反して安楽死させられたという結論を揺るぎなく主張する。

彼女は病院に対し、祖母の医療記録の開示を繰り返し求めてきたが、すべての要求が拒否されてきたと述べている。

彼女は「祈りに多くの時間を費やすようになった」と語り、同様の状況に陥る可能性のある介護従事者への啓発活動の一環として、自身の体験を共有している。

ベルビル警察の広報担当者はデイリー・メール紙に対し、「この事件は現在、刑事捜査課が捜査中です。現時点ではこれ以上の情報を提供することはできません」と述べた。

カナダは世界でも最も安楽死率が高い国の一つであり、2023年には死亡者全体の 4.7%が医師による自サ
ツ幇助(MAiD)によるものだった。

https://indeep.jp/the-dark-side-of-canada-s-maid/
。。。。。。。。。。。

何年か前に私は、「安楽死させられる時代がくるはずだ」という話をしました。
経済至上主義・経済効率最優先の時代はそうなっていくのですから。
すでにそういう時代になっているようです。

そして、
◆月に最近作られた太陽系最大のクレーターから、地球周辺への小惑星の接近の著しい増加を振り返る

投稿日:2026年9月24日
https://indeep.jp/a-remarkable-increase-in-near-earth-asteroids/

というような情報もあります。

たしか「ベールの彼方の生活」か何かに、「霊界側が地球に隕石を衝突させて、その文明を終わらせたことが何度かある」という一節があったと思います。

今の地上界やその方向性は、愛と調和の地球霊界において多大なるノイズの発生源になっているはずです。
大いなるご意思によって「強制終了」させられても文句は言えない状態ですし、いずれにしても何があっても不思議ではない時代なのだと思います。

絶対安心の喜びの中で、地上人類の霊性進化の雛型成就の歩みを進めましょう!

25/09/2026(金) 10:37:47


No.44135 さき  
9月24日、木曜日 引用
再掲依頼があったので載せます



数日前に見た夢の話

仲間の皆さんと一緒に何人かでどこかに派遣されています。
そこは荒涼とした大きな川の河口です。人間より何倍も大きな岩石や粘土のような土の塊がゴロゴロと積み重なり転がって、堰き止められたようになっています。水もほとんど枯れています。

そこで仲間の皆さんと何かしてます(詳しくははっきり覚えていない)。そしたら、精妙な光の粒子のような、羽衣のような、薄いベールのようなキラキラしたものが上から降りてきて、大きな岩とか荒涼とした世界の上にかぶさっていくんです。薄―い布みたいな感じです。

うぁ〜綺麗だなと思って見てたら、そのベールが巨大な岩石にかぶさって密着していくと、枯れていた水がそこにしみ込んでいって、その水が浸透圧みたいに岩石にもしみ込んでいって、巨大な岩石がゆるんで、ふにゃっと溶けていく感じ。

あっちでも、こっちでも、同じことが起こってて、、目の前に広がっていた粘土のような土の塊も、巨大な岩石もその形を変えて崩壊していく感じを目の当たりにしていました。
いずれ、この大きな川に上流から水が流れてくるのだろうと想像できました。

精妙なキラキラした粒子のベールのようなものの美しさと、そっか、こんなことができるんだということを強く思ったことがとても印象的な夢でした。
。。。。。。。

定例会で皆で共鳴させたいエネルギーです

24/09/2026(木) 09:19:56


No.44136  さき
Re: 9月24日、木曜日 引用
悠々通信をつくるのに掲示板を読み返していました

ある人が書いておられたことです
↓↓
***********
愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。どうして人は自分を守るモードに入ると、頑なになってしまうのか?
今回のメッセージを読んで、その理由がよくわかりました。

>幼いころに自分の心を守るために、自分の心を周囲と遮断してカプセルのような逃げ場を作ってしまうと、大人になってからも何かある度にそのカプセルに逃げ込んで自分を守ろうとしてしまう場合が多いのです。
心のなかの安全な場所に逃げ込んで、ぎゅっと目を閉じ、耳も塞いでうずくまっている幼い子‥‥
そんなふうに想像すると、その子を抱きしめて「大丈夫だよ」と声をかけたくなります。
ただただ安心して沢山の人と心で繋がる喜びを感じてもらいたい‥‥

******引用ここまで

そんな安心を送りたいです

24/09/2026(木) 09:28:11


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