愛は時空を超えて、いつもありがとうございます。
>自らの意思で陰りを選択することが闇です。陰りは迷いや苦しみの要素が大きいのですが、闇は自分自身の選択によって闇の喜びになるのです。凶悪なことだけが闇ではありません。どんな陰りであっても、自分の意思でそれを選択することで闇になるのですから。 そして陰りとは、「自分の利益や都合を優先し、自分なりの気持ちを優先すること」に他なりません。<
陰りとは、自分の利益や都合を優先し、自分なりの気持ちを優先すること 闇とは、自らの意思で陰りを選択すること 闇は、自分自身の選択によって闇の喜びになる
闇の喜びは、喜び故に自らが払拭しない限り、より底深く濃く染っていくようです。
昨年はさまざまな出来事に驚くばかりでしたが、きっと大きな喜びに繋がると信じていました。 諦めきれない思いでしたが、本人の選択、本人本意の闇の選択ならば、致し方ないことなのですね。 すべては本人次第!
皆さんも長くて辛い思いだったことと思います。 私のバトルの時も、自分の思いいっぱいに、皆さんに重苦しい辛い思いをさせてしまっていたんだと、今更ですが、我が身の至らなさを思い知ります。 申し訳ないことをしました。
驚くことばかりの衝撃的なことが続きましたが、その分いろいろ勉強させていただきました。 辛さや悔しさが残りますが、大きな学びの喜びにして、気持ちを新たに次に進んでいきます。
進む道の選択は、すべて本人次第! 自分を正していきます。
定例会、どうぞよろしくお願いします。 |
21/01/2026(水) 11:37:20
| No.43353 飯沼正晴 |
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2026年1月定例会に向けてのメッセージ
皆さん、こんにちは。 克子です。
今回は一人一人に「今年の抱負」を話していただきます。 昨年最後の定例会では、「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」を振り返っていただきました。
それを踏まえての今年の抱負を話してください。 漠然とした内容ではなく、そのテーマに関する自分の不十分さを具体的に示しながら、それをどうクリアしていくかという抱負です。
そして定例会で話した人も話さなかった人も、今年の抱負を掲示板で表明してください。
今回は短い時間になるでしょうが、1部の後半で二人一組になって、指導霊になったつもりで「神の子として生きる」というエネルギーを通しあってください。 それと併行して、希望者数人ににいさんを含めた4人でダウンロードのエネルギーを通してください。
今は飯沼の波動が整っておらず、定例会メッセージを受信しにくい状態です。 とりあえず、これを1月定例会メッセージとしてお伝えしておきます。 昨年のメッセージを幾つか再掲載するので、それらを参考にしてくださいね。 |
21/01/2026(水) 13:29:21
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| No.43354 飯沼正晴 |
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2026年 新年のメッセージ
地上では新しい年の始まりです。 霊界には時間も暦もなく、ただただ向上進化の喜びが連続する世界です。 霊界においても「区切り」はありますが、それはあくまでも状態の変化の節目ということです。 暦や季節とは別に、それは地上界も同じです。
地上界は今年も大崩壊の予兆の中で、単発的に大小さまざまな事象が起こります。 それら単発的な事象は無関係に見えて、実は大崩壊に向けて根底でつながっているのではないかと、気づき始める人も増えていくでしょう。
悠々塾というエネルギー場が新たな段階に入っていることは、すでにお伝えしています。 そしてこの1年もまたその生みの苦しみが続いたことは、皆さんもご存じのことです。 昨年もまた、感覚の層の設定・感覚の層の防護膜の強靭さを目の当たりにすることになりました。 感覚の層の設定・感覚の層の防護膜が、その人の言動も意識も規定している場合も少なくないのです。
しかし、仲間の皆さんがそれらを解消することができれば、そしてそのエネルギーをさらなる喜びで共鳴させることができれば、地上界にエネルギー的な風穴が開くのです。 霊界との遮蔽物がなくなり、霊的エネルギーはもちろんのこと、守護霊や指導霊の導きもストレートに伝わるようになるでしょう。 光の霊界との共鳴度が高まり、地上人類の霊性進化の雛型が成就するのです。
そうできた時には皆さんがたの地上的現実が大きく喜びに変化するのですし、そのエネルギーはまず皆さんにつながる人たちに伝播して、さらに広がっていくのです。
それは決して夢物語ではなく、現在進行中のプロジェクトです。 日常のさまざまなこともあるでしょうが、自分が地上人類の霊性進化の雛型成就のスタッフであることをしっかりと自覚していただきたいのです。
そして人間心を超えた、「指導霊になったつもりのエネルギー」を誰かに注ぐことを日常に取り入れていただきたいのです。 もうひとつは、自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしているかどうか? それを自分自身の喜びにしているかどうか?
それを真摯に点検し、不十分なところに気づいて、意識も言動も切り替えていく作業を続けていただきたいのです。 困難な時こそ、軸を切り替えるチャンスです。 これは全ての人に共通する、地上に生きる意味・目的であるのです。
昨年は停滞感があったかもしれませんが、決してそうではありません。 蛹(さなぎ)の中では羽化に向けての力強い変化が続いているのです。
どうぞ今年こそ、健やかなる喜びの中で、健やかなる喜びの世界に羽ばたいてくださいますように。 |
21/01/2026(水) 13:30:07
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| No.43355 飯沼正晴 |
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2025年11月定例会に向けてのメッセージ
皆さん、こんにちは。 克子です。
今年最後の定例会になります。 今回は、「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」を振り返ることがテーマです。 もちろん完璧にそうできている人はいないでしょうが、この1年で自分がどれぐらい向上進化できたのかを辿りなおしてください。 そしてそうできたところを喜び、さらに自分の日々の生き方に定着させてください。
まだ自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか? できるだけ実際的・具体的に思いをめぐらせて、自分自身で指針を確立していただきたいのです。
「自分の利益・都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方への移行」は、地上人類の霊性進化のテーマそのものです。 特にその先駆けとして雛型成就を担う皆さんがたには、その方向性の中で日々を生きるかどうかが、幸せ・不幸せなども含めた自分自身の地上人生のありようを造っていくことになるのです。
言い換えれば、「自分の利益・都合や喜びではない自分の気持ちを軸にした生き方」は幽界・暗黒界の生き方であり、「他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方。それを自分の喜びにする生き方」は光の霊界における生き方です。 幽界や暗黒界とつながっていれば、幽界や暗黒界の現実が自分自身の現実になるのですし、光の霊界とつながっていれば、光の霊界の現実が自分自身の現実になるのです。
今までも何度もお伝えしてきたことですが、後になって「まさかこんなことになるとは思っていなかった」ということになりませぬよう、この機会に改めてお伝えしておきます。
そしてこれも何度もお伝えしてきましたが、地上的死の意味・地上人生の意味を学んできた者としての死生観を揺るぎなく確立していただきたいのです。 死は生きる次元の移行にすぎず、愛情があればいずれは必ず再会の喜びに満たされるのです。
地上の人間として、愛情でつながっているのなら地上で共に生きることを喜びとするのは当然のことですが、それは死を否定することとは意味が違います。 死の意味を知っている者にとって、近親者の死に対して嘆きの状態に埋没することは、地上を離れた相手のことよりも自分の気持ちを優先的な軸にしていることになるのです。
地上人類は死の意味を真理・真実に基づいて理解する時期を迎えています。 そうできるかどうかも、自分自身を含む地上人類の「現実」を造る重要な要素になるのです。
5月定例会のメッセージも踏まえて、今回はこのテーマで皆さんに話していただきます。 定例会で話した人も話さなかった人も、必ず掲示板に書いてください。 まだ少し日にちがありますので、真摯にじっくりと辿りなおしてくださいね。 そして話の最後は自己否定にならないように、必ず自分自身の向上進化に向けての希望や意志表明の喜びに帰結させてください。 |
21/01/2026(水) 13:32:25
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| No.43356 飯沼正晴 |
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2025年5月定例会に向けてのメッセージ
皆さん、こんにちは。 克子です。
いつもお伝えしているように、地球という巨大な生命体を神の御心に沿った喜びの星に進化させるために、地上人類が登場しました。 もちろんそれは容易に成されるものではありません。
個々人にしてもさまざまなことによって心を陰らせたまま地上を離れ、霊界側の手助けを受けてようやく全てを喜びとして認識しなおすことができて、本来の霊界に戻ることが通常の死後の作業になっています。
それすらもできず、暗黒界や幽界という境涯を形成し、今も死後そこに堕ちていく者たちが少なくないのです。 さらに今の地上界は本来の霊界よりも暗黒界や幽界の影響下にあり、霊としての輝きよりも自分に喜びを集めようとする「我よし」の場になっています。 金銭・物質も心や気持ちも自分の喜びを軸にして、相手や誰かや皆の喜びを無視・軽視することがすなわち「我よし」なのです。
改めて今までの自分、今の自分を真摯に振り返っていただきたいと思います。 皆が皆のさらなる喜び・向上進化の喜びのために、自分を役立てていくことを喜びとする霊界の生き方に照らして、自分自身のありようを振り返っていただきたいのです。
今の地上界の状況も地球という星の進化のプログラムに沿ったものではありますが、この状況のなかで地上人類が気づき、今の地上界を共生の喜びの場に造り替えようとしないのであれば、それも地上人類自身の選択として次なるプログラムが実行に移されることになるのです。 言うまでもなく、その大破綻は比較的善良に生きている人々にも降りかかってきます。
悠々塾につながる皆さん方は、このような状況のなかで「喜びベース」を確立し、地上界にエネルギー的な風穴を開けることを今回の人生の目的にしています。 人類登場以来ずっと形成されてきた想念帯を突き破らねばならず、もちろん自分自身もその想念帯の一部になっているのですから容易な作業ではありませんが、それが魂の意志であるのです。
その前段階として、自分の利益・都合や自分の思い・気持ちを優先する段階を卒業することが求められています。 さらに、「もたらされることの全てが、さらなる喜びに向けての踏み台であり、向上進化の喜びである」ということ。 「いかなる状態・いかなる事態であっても、いわば産みの苦しみであり、必ずさらなる喜びがもたらされる」ということを肝に銘じていただきたいのです。
今回の地上人生は過去世のカルマの贖い・償いの要素が大きく、いわば再試験・再チャレンジですから、過去世で自他の喜びにできなかった事柄がもたらされるのは当然です。 しかし、以前の地上人生を終えたあと、霊界側の手助けを受けながら自分の人生を辿りなおし、その人生の全てを何らかの喜びとして認識できたからこそ本来の霊界に戻ることができたのです。 その境涯で霊としての学びを重ね、「今回こそは、償わせていただくことを喜びとして、自他に喜びをもたらせていこう」という強い意志で地上に再生しているのです。
今回の人生でもそれぞれにカルマの埋め合わせが伴うので、カルマに見合った苦難や失敗や喜べない事柄・状態はもたらされます。 誰もがカルマの法則から逃れることはできません。
しかし、皆さん方は過去世を終えたあと、その人生の全てを感謝という喜びとして認識しなおして本来の霊界に戻り、喜びの中で霊としての学び・貢献の喜びに生きていたのです。
つまり、今回の人生でももたらされることになっていることはもたらされるのですが、霊界に向かう時と同じように全てを感謝・学びの喜びとして受け止め、その心を言動で表現していきながら、喜びの中で自分を役立てていくことで、カルマは解消されていくのです。 それは霊界と同様の神の御心に沿った喜びの意識・心・言動であり、それが地上の制約を超えた喜びを現実化させていくのです。 自分だけでなく、つながっている人たちやあらゆる生物にも喜びの現実をもたらしていくのです。
そのことを意識しなおして、あらゆる状態における違和感や嫌悪感や否定的な思いを無条件の感謝と祝福に移行させていただきたいのです。 これはもちろん、理不尽なひどい目にあわされている人たちや苦しい現状に置かれている人たちを放置して良いということではありません。 それではカルマの上塗りで、自分自身の幸せも遠ざけることになるのです。
その人たちに対して自分ができることをしていくのは人として当然のことです。 その一方で、「地上人生での苦しさはいずれ必ずねぎらわれ、喜びとして認識しなおされる」という真理・真実を自分の中に確立していただきたいのです。 理不尽に搾取や暴虐行為を続ける者たちに対しても同じです。 自分なりの日常に埋没している人々に人としての心を目覚めさせるために、そういう役割を担っている者たちもいるのです。 地上人生は全てではありません。 いつもお伝えしているように、地上人生はテーマに沿った演劇・お芝居のようなものです。
いかなる地上人生であってもその期間は限定されています。 霊界に戻れば誰もが分かることですが、霊界の者たちは無限の生を生きていることを実感しているので、どのような地上人生であっても有限の地上人生に引きずられる霊はいないのです。(地上人生に引きずられたままの者は幽界や暗黒界に堕ちていくことになります)
あなたは、地球という巨大な生命体を神の御心に沿った喜びの星に進化させるために、地上に生きているのです。 |
21/01/2026(水) 13:35:16
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| No.43357 飯沼正晴 |
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2025年1月定例会に向けてのメッセージ
皆さん、こんにちは。 克子です。
今年はじめての定例会になります。 今回は「新年のメッセージ」を輪読したあと、「神の子として健やかに生きる」というエネルギーをダウンロードする、実習をメインにします。(新年のメッセージ輪読は割愛するかもしれないので、事前に必ず読んできてください)
そのメッセージでもお伝えしましたが、雛型の一つとして、この地(兵庫県)では今も光と闇の鬩ぎあいが続いています。(もちろん光の側からは抗争や対決というものではありません。闇の側は歪んだ喜び・倒錯した喜びに同調領域を有する人間を取り込み、その場を支配しようとしているのに対して、光の側は愛と真実のエネルギーを注ぎ続けている状態です) 人間からは直接には見えない波動次元での鬩ぎあいは激しく続いており、それは皆さんの想像をはるかに超える激しさです。
テーマは全く同じではなくても、やはり雛型を担う皆さんとも無関係ではなく、雛型としてエネルギー的にさまざまに影響を及ぼしあうのです。 その意味では、暗黒界からのエネルギーが強まっている状態です。 皆さん方は喜びベースをさらに確立するように心がけてください。 今の自分がまだ喜びとして捉えられていないことに意識を向けて、そこを喜びとして認識しなおし、言動で表現していくことが大切です。 こういう渦中にあれば、光の戦士といえども闇のエネルギーの影響(攻撃)を受けて、それがトラブルや事故や心身の不調などとして現実化する場合もあるのです。 神の子として、向上進化の喜びに生きる皆さんのことは私どもがお守りしますが、やはり自助努力が重要です。
その意味でも、「神の子として健やかに生きる」というエネルギーを通しあい、霊性ー理性ー感情ー感覚ー肉体・表現=現実のところまで、そのエネルギーで同調・統合していきましょう。
皆さんの中には「自分にそんなエネルギーを通すことができるのだろうか?」という疑念を持っている人もいます。 しかし私は断言しますが、そういう疑念を払拭(薄く)さえすれば、これは仲間の皆さん誰にでも通せるエネルギーなのです。 そのために今までのご苦労や学びがあったのです。 「神の子として健やかに生きる」というのは全ての人間本来の魂の意志であり、人としての理想に基づく欲求でもあるのですから。
特に感覚の層の歪みの設定が健やかな喜びに切り替われば、必ず現実も変わります。 しかしながら、今のところは誰もまだ完璧には通せない段階です。 だからこそ、繰り返し何度も通しあうのです。(現状では飯沼とさきさんとBさんの組み合わせが、比較において最強であるというだけのことです) 誰もが不十分な段階・状態であるからこそ、自分が「光の戦士」であることに自覚と自信をもっていただきたいのです。 (あなた(飯沼)は、今回はメッセージを伝えようと思わないで、エネルギーをダウンロードすることに集中してください。意識が分散することでダウンロードのエネルギーが減じられる場合があるので)
今は「あなた方と共にあって、あなた方を導く霊団」の一員である私も、もちろん今回も喜んで参加してお手伝いさせていただきます。 |
21/01/2026(水) 13:38:47
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| No.43358 飯沼正晴 |
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2025年 新年のメッセージ
日付が変わり、地上では新しい年が始まりました。 昨年は元旦から大きな地震があり、翌日は普通ではありえないような航空機事故もありました。 パレスチナにおけるあからさまな残虐行為も続いていました。(今も続いています) 多くの人が「何が起きるか分からない。(今まで通りではいけない)」と思い、心を引き締めることになりました。 そこから始まった1年を皆さんはどう生きたのでしょうか? 新しい年の初めに今一度、思い返していだきたいと思います。 真実は隠され(歪められ)、利益につながらない弱者は見捨てられる状態が続いているのです。
昨年は悠々塾というエネルギー場が新たな段階に入った年でもありました。 「(無意識層・感覚の層も含めて)地上の人間としての意識・心を、「神の子」としての健やかなる喜びで同調・統合する。それを言動で表現していく」という、地上人類の向上進化の歴史において初めてのチャレンジです。 これによって地上人類は初めて、「もたらされることの後追い」から「喜びの創造者」に変貌・脱皮するのです。
何を以って喜びとするかは魂の傾向や学びの段階によってさまざまですが、それは霊界においても同じです。 しかし霊界では「皆が神の子として、皆(全体)の向上進化への貢献」ということが共通のテーマであり、その喜びの中で生きています。
皆さん方もまずは違和感や嫌悪感などを何らかの喜びに切り替え、「意識・心を健やかなる喜びで同調・統合する。それを言動で表現していく」ことによって、地上に生きる霊としての生き方に移行・向上進化していけるのです。 (違和感の解消と無関心は全く違うものです。自分が関心を向けるべき情報はもたらされることになっています。もたらされた(知ることのできた)情報に対して無関心であることは、愛の欠如であり心の貧しさということになります)
それぞれがカルマを背負って生きているのですから、一朝一夕にはできないでしょうが、「学ばせてもらっています。ありがとう!」のジョーカーを使ってでも、「(無意識層・感覚の層も含めて)地上の人間としての意識・心を健やかなる喜びで同調・統合する。それを言動で表現していく」というテーマに挑み続けること・挑み続けている自分を喜ぶことが肝要です。
悠々塾というエネルギー場の向上進化に呼応するかのように、悠々塾の所在地である兵庫県で一つの雛型が進行しています。 悠々塾としての活動が始まったのは、阪神大震災が起きた直後からでした。(霊界での学びを進めていれば地上人生の記憶は幼少期の記憶のようにおぼろげになっていくものです。(思い出す必要があればいつでも再現できるのですが、地上人生への関心は薄れていくものです) しかし、霊界に生きる私にもあの大震災の記憶は鮮明に残っています。 あの大震災が起きた時、悠々塾の初回定例会は同じ月に予定されており、出雲の地からゲストを迎えて、予定通り行われたのです。 その30年の節目の時期に、このような事態が進行していることは決して偶然ではありません。
これからも地上界では小さな雛型としても大きなスケールとしても、闇と光の鬩ぎあいが続くでしょう。 地上人類の霊性進化・地上界浄化に向けて、霊界側から注がれる光のエネルギーも強まっています。 それにあぶり出されるように、闇のエネルギーも浮き上がりやすい状態です。 地上人類の霊性進化を妨害しようとする暗黒界からのエネルギーも増大しているので、それに同調して闇に取り込まれる者も増えることになります。 (暗黒界的要素が大きい人の特徴の一つとして、「自分の過ちや不十分さを認めない」ということが挙げられます。過ちや間違いや不十分さがいけないのではありません。そこに留まること、そこに留まろうとすることが大きな過ちであり、闇であるのです。コンプレックスの裏返しとしての優位性・優越感を欲することも、闇や支配に移行しやすいものです。それこそが闇の原点・本質でもあります)
地上界でさらに闇のエネルギーが支配を確立すれば、さらに人々がその支配に従属・同調すれば、ゲームオーバーとなり、地上人類は壮絶な大破綻によって出直しするしかなくなるでしょう。 非常に多くの人々が地上を離れることになり、地上に残った者たちも助け合わねば誰も生きていけない状況がもたらされることになります。 (闇に取り込まれた者たちだけが地上を離れるのではなく、新しい地上界を構築する準備のために、大勢の光の心の者たちも地上を離れることになるでしょう。今一度、地上的死の意味をしっかりと理解していただきたく思います。本来の霊界に戻る者にとって死が解放の喜びであることは、私が断言いたします。いずれは皆さんにも分かることですが、死の意味を知れば地上人生の意味も分かるのです)
近い将来にそういう大破綻が起きるのかどうか、起きるとすればいつ起きるのかはお伝えできません。 しかし皆さんがたはそういう極めて大きな節目の時期に地上に生きていることをしっかりと認識して、日々を生きていただきたいのです。 地上界の状態、地上人類の状態によって、適用されるシナリオも変わってくるのですから。
そして闇を否定・攻撃するのではなく、闇が光に成長できるように働きかけ、導いていくことが光の戦士に求められています。 (働きかけが不調和の増幅にしかならない場合は「棲み分け」でよろしいのです。光の霊界と幽界・暗黒界が「棲み分け状態」にあるように。しかし「棲み分け」は排除や否定ではありません。個人・個霊として根本の方向性において同調できないので、生きる境涯を分かつしかないということです。今回の大浄化によって、暗黒界や幽界の者たちは地球霊界にも地上界にも存在することができなくなります)
それでも闇から脱却できない者たちが多いでしょうが、同じ「神の子」として闇に取り込まれている者たちに対しても慈しみのエネルギーを注ぐ心を獲得してこそ、地上界に風穴を開けることができるのです。 それによって闇や我よしに取り込まれている者たちが救われるかどうかは分かりません。 それは彼ら自身が自分の責任で選択することでよろしいのです。
今年は今まで学んできたことに加えて、蔓延している闇や陰りに自分の心を陰らせず、闇や我よしに取り込まれている者たちに対しても光の喜びのエネルギーを注いでいくことを、日々実践してくださいますように。 光や陰りや闇の度合いは人それぞれであり、時には掛け離れている場合もありますが、お互いに不十分であるからこそ向上進化していく「神の子」であることは同じです。
これから始まる1年がどんな年になるとしても、「神の子」としての喜びの中で日々を生きてくださいますように。 |
21/01/2026(水) 13:42:01
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