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悠々塾 掲示板


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No.43767 みんと  
5月16日(土曜日) 引用
一日一歩

「地上での生活は一日一日が挑戦課題であり、いかなる次元の問題であれ、みずから克服すべきものとして受け入れるべきです。内部の霊性さえ発揮させれば、前進を阻むものは何一つありません。」


  生まれてきた意味

「たった一つの魂を高揚してあげることができたら、喪の悲しみに沈む一つの魂に慰めを与えることができたら、意気地のない一つの魂に生きる力を与えてあげることができたら、それだけであなたが生まれてきたいみがあります。」

おはようございます。またまたシルバーバーチからです。


飯沼さん、「地上人類の歩み」ありがとうございました。
‘心の力’こそ全体の喜びに繋がっていくということを強く思います。他の喜びが個の喜び。これこそが鍵になるということ、実感してます。はい、しっかりと読ませてもらいます。

さきさん、土さんに癒されてるさきさんが嬉しいし眩しいです。
私も心の点検をやっていきます。

皆さん、今日も良い一日でありますように!

16/05/2026(土) 09:53:48


No.43768  やすこ
Re: 5月16日(土曜日) 引用
みんとさん、皆さんこんにちは。

向き合うのは自分自身、自分の陰りを光へ、と思ってます。

なんのために地上に再生したのかは、喜びと思えない出来事が教えてくれています。

その時は自分の気持ちでいっぱいになったとしても、それを超えていこうとしたい。
向上進化したい。

だってその度、生きる場所を変えたような嬉しさがあるからです。ちっぽけな自分の気持ちを投げ捨てたら生きる場所も変わると知りました。
それって何にも変え難い喜びと思ってます。

自分としての気持ち、自分なり、自分軸と思う事は色々あります。どうすればいいか?
どうすれば全体の喜びに繋がるか?

自分の気持ちでいっぱいになって、その自分で考えるのだから、答えが分からない時があっても、

今に留まりたくない、という思いさえあれば、必ず導いてもらえると感じています。

心の力を使っていきたい、その心を耕していきたい!です。


毎日、闇のエネルギーの影響を受けているんでしょうが、そうと分かれば負けたくないですし、雛形の一人として、尚更陰っていられません!

16/05/2026(土) 12:42:58


No.43764 みんと  
5月15日(金曜日) 引用
雲の上にはいつも太陽

「誰の人生にも道しるべが用意されております。もしも(心の迷い)によって、それがぼやけて、よく見えなくなった時は、いったん足を止めることです。
ただの霧ですから、そのうち晴れて、また辿るべき道が見えてきます。
雲にさえぎられている時でも太陽は照り輝いているのです。」

 
  たとえ目に見えなくても

「あなたが一人ぼっちでいることは決してありません。困難の中でひとり悪戦苦闘させられることはありません。たとえ目に見えず、耳に聞こえず肌に感じられなくても、背後霊の影響が、つねにあなたを包んでおります。」


おはようございます。シルバーバーチの霊訓から気になったものを抜粋させてもらいました。 よい一日となりますように

15/05/2026(金) 07:51:22


No.43765  飯沼正晴
Re: 5月15日(金曜日) 引用
「地上人類の歩み」 (300〜308ページ)


・これから目指すべき地上界について

今の地上界のいちばんの問題点は、物・金銭・力・エネルギーといったものの集中、である。 本来動きながら、使われながら、人々を満たしていくべきものでありながら、ひとところにとどまっている。その均一でないことが生み出すひずみが、人々の生きる環境に、生きる意欲に、大きく影を落としている。

人が生きるにあたっては、最低限必要なものが必ずある。物質的に見れば食料であり、水であり(身を養うもの)、加えて身を休ませる所である。そうであるはずの物質が今はいきわたってはいない。豊かさの享受と貧しさの苦しみとが同時に存在している。

これらの現状は支援という形だけではどうにもならない。豊かなところから乏しいところへ回そうとしても、それはかなわない。全体からみれば焼石に水の状況である。その不均一な状態を解消していくこと(たとえば食料ひとつを取り上げてみても)は、本当は決して難しいことではない。物質的な偏りを解消していくのはたやすいのである。難しいのは、そうしていこうとする意識を皆が(大部分の者が)持つに至るということである。

「必要とする者が必要な分だけを得ればよい。過分に得ることはない。蓄えておく必要もない。なぜなら、必要な時には与えられる (受け取ることができる)のだから。」これが当たり前のこととして人々の共通認識となれば、少しでも多く得るために、少しでも優位に立つために、といったことのために必死になることはなくなる。必要な時に必要なだけ与えられるということは、人々に安心をもたらすことであり、競争をなくしていくことであり、心の余裕を広げていくことである。得るために追い立てられているからこそ、自分しか見えないのであり、自分を優先させようとするのである。

物に限らず、「何かをする」という行為行動のエネルギーも偏ることがなくなるはずである。 手助けを必要とする者に対しては、その人が求めていることを与えられる者(それにふさわしい者)が役に立っていけばよい。それぞれの人の持つ能力や特性が、求められているところ(人) でいかされることが、求める者にも応える者にも嬉しいのであり、その能力・特性そのものの存在意義なのである。

人々が本来持っている心の輝きは、今の時代のなかで失われてしまっているのではない。不安や恐れによってくもらされているだけである。自分の心の輝きを誰もが発揮したいと本当は思っている。恥ずかしさや抵抗感、周囲の目というものに阻まれて出しにくくなっているだけである。 また、目に見える形や物質、力というものから成り立っている社会においては、心の輝きは邪魔
なもの、役に立たないものとして扱われているのである。

物や形や金銭によって成り立ち、動かされてきた社会が、今やその回復方法を見失った、病んだ状態にあることは誰もが知っている。これは物や形、金銭のみによっては癒されない。人々が生きる社会というものを健やかな状態へと向かわせていくのは、人の心以外にはないのである。

人の心(意識)が全体の健やかさを求める方向へと変わっていくこと、つまり、自分優先の意識・行為行動から、全体のバランスのなかでの意識・行為行動、人のために、人とともに、という意識へと変わっていくことが必要なのだ。それは自分という個人をないがしろにすることでも、犠牲を強いるものでもない。(社会)全体は個人から成り立っているのであるし、個人もまた全体のなかに生きているからである。自分のみの喜びを求めて自分に集めるのではない。

他の者の喜びも自分の喜びとすることができること、それが個の喜びと全体の喜びとが調和していくための鍵なのだ。そこでは、自と他との区別はない(違いは当然あったとしても)。自分という囲いを作らないことは、自分を守るための言動も、自分の優位を保とうと(得ようと)するための競争も、自分のみに集めるということもなくなるということ、必要がないということなのだ。それは、人と人とが偽り合ったり、反目し合ったり、争ったりということからの解放を意味する。

あなた方がこれから目指し、形づくっていく社会は、人が自分の心を素直に表現して生きられる社会であり、自分の心とは、その人本来の輝く心である。優しさも愛情深さも、親切心も、そして正しさや厳しさも、人と共に歩み、助け合い、慈しみ合うなかで何の躊躇もなく表現されるべき心である。それは人と人との間に喜びを生み出す。生み出される喜びの共鳴が、人と人との間を滑らかに満たしていくだけでなく、社会全体に及ぶ時、あなた方は地上人類としての第二段階を卒業するのだ。

そこに至るまでには何事もない静かな時間が流れるのではない。むしろ困難な状況や厳しい事態が起こり得るのだと思っていた方がよろしい。自分という囲いをはずすことのできない者が多ければ多いほど、それが無意味だということ、力を持たないのだということを知らなければならないような設定がなされているからである。

しかしながら、自分というものを越えて、人と共に歩み、人のために自分を役立てていこうと努め、人の喜びを自分の喜びとして生きる者たちが増えていくことが、また、そういった者たちの心のエネルギーや喜びのエネルギーが共鳴し、高まっていくことが、自分を手放せずにいる人たちの心をも救っていく可能性はある。ひとりでも多くの者が、手を携えて新たな地上人類の歩みのなかに生きられるように。気づいた者から、意志した者から、積極的に人として生きることを始めて頂きたい。ひとりの者の気づきが、ひとりの者の行動の変化が、やがてつながっている人々へ、そして全体へと広がっていく。人と人とのつながり、生命と生命とのつながりは決して失われることがない。ならば、そのつながりを信じ、それを希望として、やがて迎えることのできる全体の喜びのことを思うのだ。

力は心から生み出される。それはかつて喜びの心を軸に暮らしを営んでいたムゥの者たちの、力の役立て方に重なるものである。人を癒すこと(ムゥの頃には病はなかったが)、作物を豊かに実らせること、人を導いていくこと、それだけでなく、物を作る時に込める心、作物を育てる時に向ける心、人との関わりのなかで抱く心…。

それらのいずれもが、その人(相手)の喜びを求める気持ちや健やかさを願う気持ちを動機として発せられる限り、人に役立つ大きな力となる。心の力は誰にでも与えられているものである。それ故に、何のために使うのか、どう使うのかといった目的と動機が大事なこととなる。備わった心の力を全体への貢献のために使っていくこと、それこそが心の力が与えられている意味なのである。自分のために、自分の満足のために、自分が得るために使うのであれば、それは過ちの繰り返しである。

誰もが持っているということは、心の力が決して特別なものではないということだ。それをいかすべき時に、いかすべきところで使うかどうかはその人次第であるが。人のために、全体のために自分の力をいかしていくこと、貢献していくことがあなた方が地上で生きる目的である。しかし実際にそうしていくかどうかは、今、地上にいるあなた方のそれぞれが選び決断していくことである。あなた方に共通の目的、全体への貢献(しかしそれはいわゆる全体主義ということではない)ということがごく当たり前のこととして成され始めること、そのこと自体は、地上人類の歩みのプログラムのひとつなのであり、地上に人が、そしてヒトが現れた時からそこへ向けて動いてきたのである。物質的な世界である地上界においても、霊界同様に、貢献を目的として愛に生きることを実現させること、それが地上人類の霊性進化のプログラムの最終章なのである。

そこでは、かつて分かれた、心の国と物質の国との融合がなされるのだ。どちらか一方に偏るのではなく、いずれの喜びをも実感していく世界なのだ。輝く心で生きる人々が、作る物に、育てるもの(者・物)に、動かしていく物に、人と人との間で交わされている物に、自分たちのその心の輝きを込めていくのだ。単なる物質ではなく、心が込められた物として、心を表現する物として、そして心を伝えるための物として物質は扱われるのだ。そこには物をめぐって喜びのエネルギーが生まれる。心と心の間に喜びのエネルギーが交わされるのと同じように。物質を介して人の心の喜びも共鳴・増幅するのだ。

かつてアトランティスの者たちが物質的な喜びを追究したのも、自分たちの働きによって、物質と心との距離をさらに近づけるためだったのである。

あなた方が、物質的世界のなかで心の喜びと物質的な喜びを融合させていくことは、物質的次元の世界にも、霊的エネルギーが完全にいきわたることを意味する。そこで初めて「地上天国」 が実現するのだといえる。

それは、人の心にかげりが生ずる以前の時代よりも、さらに輝いた心で人が生きる世のことである。地上という限界的な世界でありながら、あなた方が生きるのは限りない喜びの世界であるのだ。あなた方が今こうしてここで生きているのは、それを目指し、実現させていくためなのである。長い人類の歩みのなかで、今こそが最も大きな転換期なのだ。すでに定められたプログラムという大きな意志の流れに自らも入っていくのか、それとも、その流れに逆らい、あくまでも自分というところにとどまろうとするのか、選んでいくのはその人である。しかし、地上人類の霊性進化のプログラムという大きな流れは、それらの小さな自分を押し流して進み、とどまることを知らない。

それはさらに大いなる意志の流れのなかのひとつなのである。その流れは誰にも何ものにも阻むことはできない。それこそが神の意志であり、全てはその意志によって動いているのであるから。

あなた方はこの通信を手にし、地上人類の歩みを、 歩むべき道筋を目にしました。
ここから何を得るのかは、まさにあなた方次第であり、さらに意志すること、行動することにまでつなげて頂けるかどうかもまた、あなた方次第です。 けれども、自分のまわりを見回した時、刻々と進行しているプログラムをそこに見る人は多いはずです。私どもはあなた方の恐怖心を煽るためにこの通信を送ったのではありません。動いていく事態のなかで、あなた方に自分たちの目指すところを見定めて頂くためにお伝えしたのです。 それによって多くの人が心を動かしていってくださることを祈らずにはいられません。

なぜなら、この先この星が迎えるべき新しい世界は、自分というところからの解放を果たした者たちの生きる場だからです。あなた方人類が抱いてしまったかげりは自分にまつわるもの。これから訪れるさまざまな状況のなかで、自分というものをどうしても手放すことのできない者 (自分の物、自分の気持ち)は、迎えた新しい世に生きることはできません。変化というエネルギーによって、手放すことのできない自分ごと、弾け散ってしまうのです。それによってようやく自分を手放すことになるからです。

ひとりでも多くの人と手を携えて、と伝えました。輝く心で輝く物の世界に生きられるよう、 それがひとりでも多くなるために、私どもはあなた方のお役に立ちたいのです。

心と心とでつながって共に生きることこそ、本当に幸せなのだということを、本当は皆、知っているのです。勇気をもって自らの心を表現していってください。多くの人が知りながらそうできずにいるからこそ、さきがけとなる者が必要なのです。あなたが、その一人となってくださることを私どもは希望します。そして、そう意志し、そう行動し始めてくれた者たちに対して、霊界側は導きと援助を惜しみません。いついかなる時も共にあって、地上で働く者と共に、共通の目的(地上人類の霊性進化)のために力を尽くします。なぜならそれが私どもの喜びであり、生きる目的だからなのです。

新たな気づきを得、歩みを進めようとしているあなたが、常に希望を胸にしながら生きてくださるように、その心とからだと魂とで希望に向かって進んでくださいますように。その力の源は、 あなた方自身の心にあるのだと重ねて伝え、この通信を終わるものとします。

15/05/2026(金) 08:58:32

No.43766  さき
Re: 5月15日(金曜日) 引用
みんとさん、おはようございます
さわやかな5月の風が駆け抜けるなか、篠山は好天が続いています。
畑さん、土さん、野菜さん、草さん、微生物さんたち、、その場のいのちと交流対話しながらの畑作業も順調に進んでいます
体は疲れるけど気持ちいいです。
定例会では皆さんにサヤエンドウやスナップエンドウを食べてもらえるんじゃないかなー
そんなことを思うとますます気持ちが弾みますね。喜びの場、喜びのエネルギーは響き合い、喜びの連鎖が膨らみながら広がっていきます
なんて幸せなことでしょう

去年スタートした実習菜園は二年目を迎えました。去年失敗した陸稲でしたが、援農の応援をいただいて無事に4月末にお米の種もみを蒔くことができました。畑の畝にツンツンと小さな芽が出ています。かわいいですよ。
克子さんの指名でみゆきさんと二人で菜園担当を引き受けて、試行錯誤の1年間でした。畑作業以前に色んなことがありすぎて波乱万丈の1年でしたが、それも織り込み済みだったんですかね。菜園という実践の場で経験したこと、菜園という実践の場があったから学べたことが確かにあるし、それ以上に助けられ癒されているのかもしれません。

みゆきさん、ありがとうね。
みゆきさんと一緒だったから、やってこられました。
思いだしたらこの一年色んなことがあったね。
でも二人でバタバタしてきたことが、いま、自分たちの力や自信になってるのを感じます。

みゆきさんの昨日の投稿に心洗われました
まさにずっと示されていること。
自分の心を動かして、自分の心と向き合い点検し、自分なりを薄くしていく心の作業のお手本だと思いました。
わたしも心の作業をつづけます
もたらされることはそのための計らいなんだよね。

自分なりの心のフィルター
みんなあります
特に無意識の感覚の層のフィルターはやっかいで、だいたい幼児期に設定されたフィルターの歪みが、生き死に関わる勢いで自動的に言動に作用する。
それが地上の人間なんだと思ってます。
歪んだフィルターを通して事実も自分なりに書き替えてしまう人も珍しくありません。
お互いにそのフィルターを通してやりとりするわけだから、余計に難しい。自分のフィルターを通して見たことが全てじゃないのにね。

だから、少しでも自分のフィルターの歪みをうすくしていく
不断の心の作業が不可欠なんだと思います
すこやかに、喜びのなかで、みんなと共生したいから。

みんな大好き、ありがとう。
この場につながる皆さんが、今日を笑顔で過ごせますように!

15/05/2026(金) 09:05:06


No.43763 みゆき  
5月14日木曜日 引用
おはようございます
やすこさんの
>天地悠々を読んで、どんな時も導いてもらっている事を改めて思っています。

天の神様はいつも印を与えてくださっていて、気づけよとか、
それで大丈夫、答えとか
守られているな、導いてくださっているなとか
Iさんがいわれているように、もたらされることすべてに意味がある、ということ、そして、それを乗り越えた後にはとてもいいことがあるっていうこと、
自然順応、自然尊重、自然から学んでいるなって思うことが続いていて、
やすこさんと同じ思いです
そして導かれる道を行きたいです

掲示板を読み返していて、
ぬまさんが、久美さんの書き込みに対してのコメントで
>一般論として、本人は「自分が悪いんだ」として自分の気持ちを押し込めているつもりでも、実際にはその自己否定・自己防衛が怪我をしたネコの威嚇のように攻撃そのものになっている場合も少なくありません。
あぁ、これだ、答えを与えていただいたと思いました
ずっと、自分が人の話を正確に聞けていないこと、自分の思い込みがとても激しいとわかる出来事が続いていました
自分でもこれまでのことがあるので、意識してやっていたのですが
よく聞いていても聞きのがしていたり、思い込みをしてしまっていて、きっと何か根本的な原因があってそうなっているんやろな、って思っていました
わたしの場合の攻撃は、自分の思いたいように思う、思い込むことが攻撃で、そうすることで自分が傷つくのを防いで自分を守ってきたのだとわかりました
だから、人の言っていることをそのまま受けとめる、ということができず、自分のフィルターを通すので聞き漏らしがあるのではと思いました
まだまだ、人と関わることの怖さがあったり、いままでがそうだったので人との距離感とか、言葉コミュニケーションももちろん成長不足、言葉足らずでうまくできないです
でも、ここからやっていきたいです
人のことをそのまま、ありのまま受け入れる、自分のフィルターの穴をもっともっと広げていったら、思い込みや聞き漏らしもなくなって自分の思いたいように思うこともなくなって
その人がほんとに必要としていることがわかって、それを与えることができるようになるかもしれない、
それは、わたしにとっては何より嬉しい、幸せなことなので、
やっていきます
ぬまさん、ありがとうございます

14/05/2026(木) 06:46:38



No.43761 やすこ  
5月 12日 火曜日 引用
天地悠々を読んで、どんな時も導いてもらっている事を改めて思っています。

そして、
>迷える子羊であり、神の子でもある私たちが、地上人類の歩みのなで、誰もやったことのないことに挑んでいる。
そこに風穴をあけようとしている。

誰もやったことないことです、だから不安だし、自信もない。
あたりまえじゃん、と思う。
小さな不安や心配、小さなかげりが膨らんでしまう、つけこまれてしまう条件は十分すぎるほど揃っています。<

ほんとにそうだなと思います。
今の自分は嫌だ、前に進みたくて自分の陰りを何度もなぞるようにしていたら、自分自身で心を硬くさせて、動かなくさせて、かえって陰りを深めていってる事に気がつきました。

ハッとした時、(書くのがかなり恥ずかしいですが)
自分の陰りであろう暗闇に向かって光で切り込んでいく自分がパッと浮かんできて、そしてその自分がとても嬉しそうでした。そんな風に生きたいんだよな、と思い出すし、実際にとても嬉しく高揚した気持ちになってきて、自分の中で何かが変わった気がしました。

子どもじみた事ですが、私の場合は案外そんな事なのかもしれないなと思ってます。

喜び膨らませ自分が自分を幸せにする!それをエネルギーにして私が周りを幸せにする!
そんな人になりたい。改めて願っていきます。


陰りを光へ。
特に今の時期、自分自身の陰りを光に切り替えること、意識してやっていきたいです。
きっと導いていただける。

影響を受ける側から、影響を与える側へ―  という事もしっかり心において、皆んなの喜びに繋がるように心を動かしていきたいです。

12/05/2026(火) 10:04:24


No.43762  飯沼正晴
Re: 5月 12日 火曜日 引用
皆さんの投稿に力をもらっています。
ありがとう!

事務連絡ですが、5月定例会の宿泊はさきさん宅を含めてほぼ満員になりました。
男性はあと一人、何とか泊まれますが。

変更等があれば、グループラインでお知らせしますね。

12/05/2026(火) 11:02:25


No.43759 まゆみ  
5月11日(月曜日) 引用

おはようございます。

私も自分なりの気持ちという所では、分からなくなってしまいます。
相手のことや周りの状況や全体のことを考慮に入れて考える。というのは分かります。
そういうこととは別に、自分はこう思う、自分はこう感じる、自分は・・・という思いが強く出ることがある。
自分の考えは、皆の喜びにつながっているのか、
自分なりではあっても、皆の喜びにつながれるよう考える、ということをして行く
ということなのかなと思います。

まとまりませんが、

さきさんの
2010年 1月定例会のメッセージを読み返していたら涙が出そうになりました。

一緒に学んできた仲間たちのエネルギーを思います。

>皆さんがそこで培ってきた心のエネルギーは、それぞれの個性や傾向をしっかりと発揮しながらも様々な個性に彩られた光のハーモニーとなって、霊界と地上をつないでいるのだと思います。

それぞれの違った個性や傾向がありながらも、この地上界を喜びの世界にという思いでここまで来ました。

>そこで、つまづいたり、失敗した時は、互いの個性や傾向を持ち寄って、知恵や力を出しあって、助けあっていきましょう。

誰もが不十分でつまづきながら向上進化の道を進もうとがんばってます。
助け合いながら、助けられながら、進んでいきたい。

11/05/2026(月) 09:35:39


No.43760  エーチャン
Re: 5月11日(月曜日) 引用
まゆみさん、みなさん、おはようございます。

昨日は、他人からどう見られるかが気になる一日でした。長年にわたって身に浸み込ませた癖だけにそう簡単にはなくならないのでしょう。人によろこびをもたらそうとする自分を喜ぶ、そこがぶれなければこの癖もいずれ消えていくのでしょうが、そう簡単ではありません。それでもチャレンジしていく中でクリアできる時が来る、そう信じています。

話は飛びます。昨日の夜思ったことがあります。ただ、書き始めるとなかなかうまくまとまらずですが、ともかく書いてみます。人間だれしも神の子としての要素を持っている、そのことはこの場でずっと教えられてきたことです。しかし、このことは一般には知られていないように思うのです。だからこそ、人間は本来神の子なのだということを言葉で伝える努力もしながら、何よりもその生き方を貫こうとしていく、私たち自身が神の子として生きる喜びを全開にしていこうとする、それによって自分も皆も幸せになるんだということをわかってもらう、そうすることで、人間は神の子であるという人間観が受け入れられ、その人間観に基づく生き方が広まっていくのではないかと思います。それによってこそ、今の社会の空気も大きく変わるのではないかと思います。

なんか、つぎはぎしながら書いたので、わかりにくいかと思います。ごめんなさい。

11/05/2026(月) 12:04:33


No.43757 にぃ  
5月9日(土曜日) 引用
こんにちは。
皆さんの書込みを読んで何か書かないと思うのですが、中々考えている事を文書化する事が出来ず、書込みが出来ずすいません。
ずっと、「自分なりの気持ちというものについて心・意識を巡らせる」を考えてはいるのですが、いまだに何をどうすればいいのか、何を書き出せば良いのか今ひとつわからず、考えれば考える程、更にわからなくなります。自分の考えや言いたい事を言えば自分軸・自分なりと言われそうで、がしかし、言わないといけない。何が「自分なりの気持ち」か自問自答しています。
今後も常に心・意識を巡らせる作業を継続していきたいと思います。その為にも、今後も皆さんと共に学んでいきたいと思います。

09/05/2026(土) 16:51:10


No.43758  飯沼正晴
Re: 5月9日(土曜日) 引用
にいクン、書き込みありがとう!

グループラインにコメントしますね。

09/05/2026(土) 20:45:20


No.43754 まゆみ  
5月8日(金曜日) 引用
おはようございます。
天地悠々の発送、遅くなり申し訳ありません。
昨日発送いたしました。
過去の定例会メッセージを掲載しているのですが、
今回、掲載することになったメッセージを紹介します。

【過去のメッセージを再掲載】

2010年 1月定例会のメッセージ

(これは受信ではなく、立川さきさんが悠々通信の1月号に書いた文章です。)

2010年、新しい年を迎えました。
今年はどんな年になるのでしょう、どんな1年にしていけるのでしょう。1月の直接ヒーリングを通して、悠々塾につながる皆さん方に新たなひとつのテーマが浮きあがっていることを感じました。

―影響を受ける側から、影響を与える側へ―  
ということです。
人生の設定や課題とはいえ、仕方ない状況で、誰が悪いのでもなかったにしても、それぞれの方が、親子、家族、夫婦、職場や周囲の人たちのとの関係のなかで、傷ついて、心をかげらせ、苦しさを抱えてこられたのだと思います。
なかなか自分では意識できない念の次元での歪みやねじれ、過剰防衛や、過剰攻撃や、自己否定といった思いこみから、健やかでない言動をしてしまうこともあったと思います。

そのなかで、かげりを光に と意志し、人として正しく、やさしくと、皆も自分も幸せに、自分も皆も嬉しい方へと、もたらされた苦しい状況、トラブルやわだかまりを理解や調和の方へと、皆さんお一人お一人が、一生懸命に心を動かせてこられたのだと思います。

皆さんがそこで培ってきた心のエネルギーは、それぞれの個性や傾向をしっかりと発揮しながらも様々な個性に彩られた光のハーモニーとなって、霊界と地上をつないでいるのだと思います。

かげりや闇の連鎖が連綿と続いてきたこの地上界にあって、自らも苦しさや受け入れ難さのなかにありながら、それをかげりや闇にして返すのではなく、喜びや輝き、理解や調和に変えていこうとしてきた。その愛情、お一人お一人の人を思う心、注いでこられたエネルギー、
その大きさや、そのやわらかさ、その深さに、感動を覚えます。

―影響を受ける側から、影響を与える側へ―
かげりに歪んだ地上界のなかで、それぞれが、苦しさや厳しい状況のなかで頑張ってきたのではないでしょうか。
自分の心を(魂の意志を)守るために、踏ん張ってきたのではないでしょうか。
だから今の自分(自分たち)があるのではないでしょか。
その自分を喜んでいいのではないでしょうか。
この歪んだ地上界に影響されないために、受動的に頑張るだけでなく、この歪んだ地上界に影響を与えようとすること、能動的に関わろうとすること、少しでも喜びが増えるように、癒しや健やかさ、幸せや調和をもたらそうとすること、悠々塾につながる人たちが、その意識を切り替えることです。
そこには限りなく大きな愛と摂理のエネルギーが流れ込むことでしょう。
自分自身が歪んだ地上界の影響を受けることも薄くなっていくでしょう。
(私なんかが、、という根深い「悠々塾症候群」を引っくり返すことでもあります。)
それが、自分にとっても自分の周囲の人にとっても、皆にとっても、喜びにつながるのです。

―影響を受ける側から、影響を与える側へ―
皆さんと一緒に、そのことの意味をしっかり意識して、2010年、ともに手をたずさえて歩んでいきましょう。
そこで、つまづいたり、失敗した時は、互いの個性や傾向を持ち寄って、知恵や力を出しあって、助けあっていきましょう。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

08/05/2026(金) 09:14:37


No.43755  さき
Re: 5月8日(金曜日) 引用
まゆみさん、掲載ありがとうございます
びっくりです
自分がこんな風に書いてたこと覚えていませんでした。
16年も前ですが、同じこと言い続けて、やり続けているのだと思いました。

ここでは「自分で意識出来ない念の次元での歪みやねじれ」って書いてますが、この数年テーマにしてきた「無意識の感覚の層の歪み」を癒す、薄くするということと重なります。自分を守るための生理的な感覚の層の防護膜を壊すことでもあるのでしょう。

それって自分も含めてどこで躓くかわからないところがあって、スイッチが入ると何が正しくて何がやさしいのかもわからなくなる。外から見たら簡単なことが、わからなくなって暴走する。
地上では感覚や感情の次元が優位で現実化するから。
理性や頭でいくら学んできても、関係なくなってしまうんだよね。
地上の人間ってそういう危うさをもった存在なのだと認識しています。
だから、謙虚になるしかないし、日々実践なのだと思います。
先日陸稲の種まきの援農の後で皆でご飯を食べながら、そんな話をしましたね。
自分もいつ何やらかすかもしれない、ドキドキするって。

でも地上の人間が、自分の意志でそこに向き合おうとしている。
だから、この場のエネルギーはすごいんだと思います。
かげりと闇が席巻しているこの地上界のなかで、ちいさな灯として、輝いているんだと思います。

迷える子羊であり、神の子でもある私たちが、地上人類の歩みのなで、誰もやったことのないことに挑んでいる。
そこに風穴をあけようとしている。

誰もやったことないことです、だから不安だし、自信もない。
あたりまえじゃん、と思う。
小さな不安や心配、小さなかげりが膨らんでしまう、つけこまれてしまう条件は十分すぎるほど揃っています。

だから、小さな不安がよぎった時、自分の心が揺らいだ時、どうしたらいいのか、何が喜びなのか迷った時、この掲示板に帰ってきて同じように頑張る皆さんのエネルギーに触れて、自分を保ってきました。
みんな大好き、ありがとう、です。
皆でこの場をつくってきました。
もちろん、この場を主宰して創っているぬまさん、克子さんのエネルギーがあってこそですけどね!
この間の皆さんの言葉に力をいただいています。
エネルギーは嘘をつかないです。

だらだらすみません
ずっと同じことやってきたけどなかなかだという思いになってましたが、畑に出ると土さん、野菜さん、草さんたちとの関わりにすがすがしい気持ちになります。
新しい喜びの地上界を夢見ます。
また思ったこと書きます

08/05/2026(金) 10:48:21

No.43756  Bさん
Re: 5月8日(金曜日) 引用
まゆみさん、さきさん、朝から素敵な言葉をありがとうございます。

やすこさんはじめ皆さんの心の進化に驚嘆、その素晴らしさに頭が下がります。
皆さん、ありがとうございます。

全員、生まれる前から既に持っている至らなさに加え、本来はその埋め合わせをすべきところを、多くの人がまた新たな至らなさを重ねてしまっているのだろう。
中には、過去生など知らなくとも自分も他者をも大切に生きておられる方もいらっしゃるだろうが、自分をはじめ己は正しいとついつい自分本位に生きてしまっているように思う。
己の至らなさに気づき、新たに生き直すことのできる人は幸せなのだ。
天に背かずに生きられるのだから。

既に何が自分本位なのかもわからず、さらに自分本位に迷い込んでしまう人、むしろどっぷりとつかろうとする人、気づこうともしない人、気づいていても生き直すに至るまでの苦しさに耐えられず逃げ出す人、本当にいろいろだ。

どれだけ自分を見つめ直すことができるか?

なんて恥ずかしいことをしていたのか!
と、自分の恥を認め、恥ずかしい思いをどこまで抱くことができるか。
恥ずかしい生き方をしていた自分からの脱却をどれだけ心に刻めるか。
その思いの深さも人によってさまざまだろう。

自分の非を認め恥じ入り、気づきから生き直しに至るまでの苦しみを乗り越え、新たな生を得られた喜び、幸せは、何にも替えがたいことだろう。

そこにとどまらず、さらに内省を深め進化していこうとする皆さんの姿に、ただただ感激、感嘆します。
なんてすばらしい人たちなんだろう!と。

と同時に、己の内省の甘さをも思う次第です。
学びに終わりはありませんね。
皆さんとともに学べる幸せに感謝します。

08/05/2026(金) 12:32:59


No.43743 飯沼正晴  
5月6日(水曜日 引用
☆☆ 2026年 5月定例会のお知らせ ☆☆ 

日時 5月23日(土曜日)
第1部 癒しの講座・ヒーリングの実習
午後2時から5時ごろ
参加費・1000円
        
第2部 「懇親会」 
午後5時半ごろからお時間の許す限り
参加費・1500円
。。。。。。。。

準備の都合がありますので、2部の懇親会に参加の方、宿泊希望の方は早めにお知らせください。

06/05/2026(水) 00:11:43


No.43744  エーチャン
Re: 5月6日(水曜日 引用
ヌマさん

定例会、一部、二部参加します。宿泊希望です。車で伺います。よろしくお願いします。

それと別件なのですが、4月24日(金)の昼頃にメールを送ったのですが、届いていますでしょうか(どうも届いていないような気がしますので、確認いただければ幸いです。)

・・・・・・・・

前にも引用したことがあると思いますが、克子さんの言葉(愛は時空を超えて199)の引用です。

「今までや今に引きずられることなく、一切の躊躇も疑念も外して、シンプルに理屈抜きに自他や全体の喜びをオーダーするのです。
意識が現実を造るのですから、そのオーダーから喜びの現実が造られていくラインもあるのです。
今までや今を基盤にして、その延長上に現実を造るのではなく、オーダーした自他や全体の喜びを原点にすれば、そこに至る道筋も半ば自動的に規定・整備されていくのです。

このようにお伝えしましたが、難しく考えることなく、この現実化のエネルギーラインを意識的に使い慣れていけば、やがては具体的にオーダーしなくても喜びが現実化していくようになるでしょう。

ただ、オーダーが自分の利益や好都合や自分なりの思い・感情に偏っていれば、普遍のエネルギーにはつながらず、霊界からの援助もありません。」

このエネルギーの使い方をマスターすれば、単に、自分、あるいは自分の家族を含む周囲の人たちに止まらず、世界中の人たちに幸せ、喜びをもたらす可能性もあると信じています。だからこそ、「自分の利益や好都合や自分なりの思い・感情」に偏らない、それらを軸にしないようになる、そのための心の作業をさらに続けていきます。ともかくこの作業はものすごく大きな意味を持っていると思います。

昨日、気付いたことです。人間の意識は腸内微生物や土壌微生物の意識より進化しているというのは間違いないでしょうが、だからといって、人間のほうが価値が高いなどということにはならない、すべての生き物は神から命を与えられ、その価値は全く同じ、そのことが腹に落ちてくると、変な自分へのとらわれからも解放されると思っています。

06/05/2026(水) 10:14:10

No.43745  飯沼正晴
Re: 5月6日(水曜日 引用
エーちゃん、定例会参加の件、承知しました!

4月24日のメール、届いていました。
届いていたのですが私が気づかず、読めていませんでした。
すみません。
長いメールなので、後ほど読ませていただきますね。

06/05/2026(水) 10:56:37

No.43746  飯沼正晴
Re: 5月6日(水曜日 引用
◆過去50年のデータ分析から、Sフレア(X10以上の超巨大太陽フレア)の発生時期が近づいているという論文

投稿日:2026年5月5日

https://earthreview.net/are-we-overdue-for-a-super-flare/

過去48年間でX30超のスーパーフレアは3回発生

本日、スペースウェザーで、「超巨大太陽フレアの発生が間近に近づいているのか?」というタイトルの記事を読みました。

X10以上の超巨大な太陽フレアを「Sフレア」と呼ぶのだそうですが(スーパーフレアの略ということでしょうかね)、最近発表された論文により、過去約 50年のデータから、つぎの Sフレアの発生が近づいていることが示されているのだそうです。

以下の論文です。

太陽での「Sクラス」(>X10)スーパーフレアの確率的時空間予測のための新しい手法
A New Method for Probabilistic Spatiotemporal Forecasts of Solar Soft X-Ray “S-Class” (>X10) Superflares

以下は論文にある Sクラスの 1978年からの分布グラフで、2025年までに「 35回の Sフレアが発生している」のだそう。つまり、X10以上の太陽フレアが、過去 48年間で 37回も発生していることになります。

分布は、

・赤い● が「X10 - X19」
・オレンジの● が「X 20-29」
・紫の● が「X30以上」

となります。赤と紫が見分けにくいですので、X30以上のほうにはそれぞれ注記を入れています。

1978年〜2025年のSフレアの発生


過去 50年間で、X30以上の太陽フレアが 3回も発生していたことに驚きますが、すべて地球を直撃しなかったと思われます。

X30以上の太陽フレアの磁気嵐が地球に直撃していたら歴史的な大停電とインフラの停止は確実だからですが、そういう記録はないからです。地球向きではない方向に爆発があったと思われます。


上の 50年間のデータセットから、1.7年と 7年という 2つの周期的なリズムを発見し、過去にならえば、

「Sフレアの発生時期が近づいている」

と推測されることが論文には書かれています。以下のようにあります。

> 太陽活動周期25におけるSクラスフレア活動の主要な高確率ウィンドウとして2025.7〜2026.6年と2027.2〜2027.9年を特定…

とあり、つまり、直近では、「 2025年7月〜 2026年6月に Sフレアが発生する確率が高い」という分析になり、

「次は、2027年2月〜 2027年9月に Sフレアが発生する確率が高い」

と判断したようです。

サイクルからの分析ですので、この論文の通りになるのかどうは何とも言えないですが、X30などという太陽フレアの嵐が、仮に地球に直撃した場合、それはもう「大変なこと」になります。

巨大な太陽嵐の直撃による具体的な影響については、4年前の In Deep の以下の記事の後半にあります。

・太陽、食糧、そして準備
In Deep 2022年2月24日



この記事の前半は「食料」に関してのものですが、こちらのほうも現在は世界全体としての食料危機に向かっている可能性は高いです。

現実として、X30以上などの太陽フレアが地球を直撃すれば、どうしようも手立てはないので諦めるしかないのですが、そのようなフレアが発生する時期が近づいているかもしれないということを知りました。

スペースウェザーの記事をご紹介します。


超巨大太陽フレアの発生は間近に迫っているのか?
ARE WE OVERDUE FOR A SUPERFLARE?
spaceweather.com 2026/05/05

Xクラスの太陽フレアは太陽上で発生する強力な爆発で、人工衛星に高エネルギー粒子を降り注ぎ、大規模な地磁気嵐を引き起こす脅威のある現象だ。

しかし、研究者たちが議論している新たなカテゴリーの太陽フレア、つまり X10よりも強力な「Sフレア」ほど恐ろしいものではない。

地球物理学研究誌に掲載された新しい論文によると、そろそろ Sフレアが発生する時期が来ているかもしれないという。


現在の太陽活動周期である第25周期(サイクル25)において、地球はまだSフレアを経験していない。メキシコ国立自治大学のVM・ベラスコ・ヘレーラ氏率いる研究チームによると、これはやや異例なことだという。

研究チームは、地球周回衛星からの 50年分のデータを調べた。 95,627個の太陽フレアのうち、地球に向けられた Sフレアは 37個だった。1970年代以降のすべての太陽活動周期で Sフレアが発生しているが、第25周期だけは例外だ。

次のSフレアがいつ発生するかの手がかりがいくつかある。

研究者たちは 50年間のデータセットから、1.7年と 7年という 2つの周期的なリズムを発見した。どちらも太陽内部の磁気ロスビー波に関連している。この 2つのリズムが同時に正の位相に振れると、Sフレアの発生確率が急上昇する。


2003年11月4日に発生したSクラスの太陽フレア(X45)。

これらの周期に基づくと、現在、高リスクのSフレア期(2025年半ばから 2026年半ば)が終わりに近づいている。次の高リスク期は 2027年初頭に始まり、約 6ヶ月間続く。

2024年5月、欧州宇宙機関のソーラーオービターは、太陽の裏側で 2つの Sフレアの可能性を検出した。その強度(誤差範囲は大きい)は、それぞれ 11.1倍と 16.5倍であった。太陽がフレアを発射したのであり、我々はたまたまその標的の後ろに立っていたに過ぎない。

2027年が近づくにつれて、最新情報をお届けする。

06/05/2026(水) 11:03:15

No.43747  飯沼正晴
Re: 5月6日(水曜日 引用
巨大太陽フレアは地球の近代文明にとって、ロシアンルーレットのようなものですね。

空砲もあるが、そう遠くない将来のいつか必ず実弾が発射される。

それが大破綻なのかもしれません。
その他にも大破綻の原因になるものは幾つもあります。
地上界の現状は徐々に破綻が進んでいるように思えますが、その途中でとどめを刺すような大破綻が起きるのかもしれません。

今が、金銭物質系の地上界から生命系の地上界に造り替える時期だと思います。
生命系とは健やかな心のつながりの仕組みです。

自分の利益や都合や自分なりの気持ちを軸にする生き方を卒業して、誰かや皆の自分の喜びにしていきましょう。
自分としての気持ちを、誰かや皆の喜びに重ねていきましょう。

そうしてこそ、自分の喜びも現実化していくのです。
それが法則なのですから。

06/05/2026(水) 11:28:04

No.43748  久美
Re: 5月6日(水曜日 引用
飯沼さん

定例会、私たちも一部、二部ともに参加予定です。
当日は高速道路のあちこちで昼夜連続・車線規制、夜間通行止めの情報があり、できる限り早く出発するつもりですが、あまり早くの出発だと体調を崩してしまったりするので、遅れての参加になるかも知れません。
また、夜間通行止めもあって迂回が必要で時間がかかるため、通常より早めに帰る予定です。
どうかよろしくお願いいたします。

このところ母の歯茎の痛みがあって飲食できないことも多く、心配の気持ちが膨らんでいました。
先日、みゆきさんと「何があっても大丈夫。もたらされること全部が喜び」と言っていたばかりなのに。

飯沼さんから「何があっても喜びベースでいきましょう!何があっても大丈夫!」と言っていただき、ハッとしました。
飯沼さん、ありがとうございます!
そして、母へのエネルギーもありがとうございます!
母は回復傾向です^^

みさおさんの投稿、私も心に響きました。
魂の意志に沿っていないと、やはり苦しくなる。
苦しくなる時は「どこか違ってますよ」というサインなんでしょうね。
分かっていてもなかなか手放せない手強い気持ちや、よく分かっていない無意識の気持ち。

みなさんの投稿を読ませてもらうと、自分では無意識の(意識を反らしていた?)気持ちに焦点が合うような気がしています。
何度も読ませてもらって、魂の意志に沿っていけるように、喜びの方へと向かっていきたいです。

やすこさんの
>人に違和感を持ったり傷ついた時、その気持ちはいけない事だ、自分に原因があると思う事が多かったと思う。
そしてその都度、変な処理の仕方をしてきたと思います。原因が分からない体調不良の原因はその処理の仕方にあるんじゃないか、と思いました。

>出来事があり、自分の感情があって、そこから整理していくものと思うけど。
その自分の感情というところ。
取り合わない、というか無視してきた気がします。
例えば、とても腹が立っているのに心に押し込めてしまう。
自分でその気持ちを認めない。

私も同じだ!と思いました。
身内のことで何かあると「自分がいけない。自分が悪いんだ。」と自分の苦しい気持ちを押し込めて、ずっと調和を取ろうとしてきたように思います。
それで、体調も崩し、心もパンパンに苦しくなって、許しがたさが膨らんでしまったように思います。

本当はありのままの自分の心に正直になり、同じように至らなさを抱える自分なのだから、相手の至らなさを受け入れて行けば良かったと思っています。
私も嬉しい気付きでした。

06/05/2026(水) 12:41:05

No.43749  あきどん
Re: 5月6日(水曜日 引用
猫さんが、爪を折る怪我をしてから威嚇が凄いと
書きましたが、引越しを控えていたので、猫さんへの刺激も多いし無事引越しできるか心配してたのですが、無事お引越しできました。
今まで見たことのないような威嚇がしばらく続き、出来るだけ刺激を与えないように努めたせいか1ヶ月ほどしたらだんだん威嚇の頻度が減ってきていました。これは感覚の層の設定ができたんだなと思ってヒーリングもしました。
今、引越し先では、もういい感じに落ち着いて安堵しています。
びっくりするくらいの威嚇の猫さんが落ち着いてくれて感覚の層の設定が解消されてきて、人の場合は手強くて比べ物にならないのかもしれないのだろうけど、解消されるんだとちょっと希望を感じたり。。。でした。

愛は時空の超えてのメッセージ、まゆみさんの、飯沼さんのお話の転載、ありがとうございました。
そして皆さんのご自身の振り返りに勇気を頂いています。

06/05/2026(水) 12:58:05

No.43750  飯沼正晴
Re: 5月6日(水曜日 引用
久美さん、定例会の件、承知しました!

大きな渋滞がなければいいですね。

>何かあると「自分がいけない。自分が悪いんだ。」と自分の苦しい気持ちを押し込めて、ずっと調和を取ろうとしてきたように思います。<

はい。
そういうことはよくありますね。

久美さんがというわけではありませんが、一般論として、本人は「自分が悪いんだ」として自分の気持ちを押し込めているつもりでも、実際にはその自己否定・自己防衛が怪我をしたネコの威嚇のように攻撃そのものになっている場合も少なくありません。

人間は「怪我をさせられた。傷つけられた」と自分を被害者に思い込む場合があるので、ネコよりも厄介ですね。

自分なりの気持ちは、事実も記憶も自分なりに書き換えてしまいます。
それを幽界というのでしょうが、そうなると手が付けられません。

そんなことを思いながら、ネコに癒されている私です。

06/05/2026(水) 13:45:32

No.43751  やすこ
Re: 5月6日(水曜日 引用
こんにちは!

たまにある動悸や目眩を、原因が不明の体調不良って大袈裟に書いてしまってました。
久美さんもごめんなさい〜。
動悸がある時は、ストレスを自分なりに処理しようとしてるな、と思いました。

それと私は自己判断、自己解決が多く、後で反省をする事が多いと思ってます。
それで上手くいったためしがないのになぁ、、繰り返してる。
たとえば、心配をかけないつもりがかえって心配をかけてしまったりする。

それは、自分の気持ちが一番大事、人の意見を聞かない、自分を俯瞰出来てない、自分軸だったと思います。

そして、そんな自分なのに、いつも誰かが助けてくださったり、手を引いてもらったりしてるなと思います。

もっと自分なりを薄くしていきます!

そんな自分から変わっていきたいと思ってます、気づくのはありがたいし、感謝だし、嬉しいです!

06/05/2026(水) 16:18:48

No.43752  あおやま
Re: 5月6日(水曜日 引用
定例会のお知らせありがとうございます。

当日仕事休めませんでした。一部途中から参加します。
宿泊希望です、よろしくお願いします。

06/05/2026(水) 17:55:42

No.43753  飯沼正晴
Re: 5月6日(水曜日 引用
あおやまさん、定例会の件、承知しました!

ラインでも参加のお知らせを戴いています。
女性はさきさん宅に分宿になるかもしれません。
男性の宿泊は先着順とさせていただきますね。

06/05/2026(水) 23:45:15


No.43736 みゆき  
5月5日火曜日 引用
おはようございます

みさおさん

>喜びとは、色々あると思うが
魂の意志に沿って生きる事だと思います。

>意志と逆行したら苦しいのも知っています。
喜びではないから苦しい
自分の本当の気持ちとは違うから苦しいのでしょうか。

ありがとうございます
ほんまにそうやなって思います
なんで苦しいのか、しんどいのか
自分の思い癖に原因があると思って
なんとかしないと、なんとかしたいとずっと思って
でもなかなか苦しさやしんどさから抜け出せなかったです
なんでしんどいのか?
それは自分の心と行動が一致してないからじゃないんやろうか
自分がほんとに求めていることって何なん?
そのほんとに求めていることに沿って行動してる?
心と行動を一致させていこうといま心がけて過ごしています
ほんとの自分の気持ち、大切ですよね
でも、今までなかなかわからなかったです
自分の思い癖だったりこだわりで自分のほんとの気持ちが覆われてしまっていてどうしたらいいのかわからない感じでした
自分の癖を意識しだし、こだわりをなくして、みんなが幸せや楽しさや笑いになるようにするにはどうしたらいいやろ、って思えるようになってから自分のほんとの気持ちがわかりだしたし、軽くなってきました

あおやまさん

>誰のためでもなく自分がやりたくてやってるのに。
自分の苦手なところを補ってもらってることは棚にあげて、やらない人のこと批判してました。
お互いさまなんですよね。

>違いを認め合うこと=尊重すること。
嫉妬や妬み、僻みといった陰りが生まれる前の世界を地上に再現するために、私たちはここにいます。

違和感を持ってしまいがちですがそれは自分軸と比べてしまうからですね
お互いさま
違いを認め合うこと、尊重すること
はい、何度も自分になじませていきたいです
ありがとうございます

05/05/2026(火) 07:08:20


No.43737  エーチャン
Re: 5月5日火曜日 引用
みゆきさん、みなさん、おはようございます。

昨朝も今朝も目覚めたとき、軽い胃の痛みがあって、どうも攻撃を受けているような気がします.ヌマさんだけではなく悠々塾全体に攻撃を仕掛けられているのではとも思いますが、どうなのでしょう。
でも、昨夜吹っ切れたみたいな感じになって、みゆきさんが書かれている、「何があっても大丈夫」という感覚に大きく近づいた気がします、完璧になったといいたいですが、それはまだ言えません、でも大きく近づいたとは言えます。何をしょうもない、どうでもよいことを恐れていたのだと自分にあきれ返っています。

そして、もうひとつ、みゆきさんが書かれている、「自分は世界に何をもたらしたい?」という問いかけです。一つの見方ということでしょうが、圧倒的多数の人が「自分」を軸とする生き方を当たり前と考えている、そこからの帰結として今の世界があるのではないかと思います。だからこそ、神の子の意識を軸とする生き方に転換しようとする、飽くことなくその生き方を求めていく、軸の転換を果たそうとする、結果を恐れない、それが世界を根本から変えることになるのではないか、チャンネルを切り替えるように、まったく別の世界が立ち現れるのではないかと思っています。

05/05/2026(火) 09:11:45

No.43738  やすこ
Re: 5月5日火曜日 引用
昨日の夜にハッとしたこと。

幼い頃に我慢したり傷ついていた事をずっと笑い話に思ってきたけど、実は傷ついていたと分かったのが一昨日の夏だったと思います。
親の言動に実は傷ついていた事を認めるのが辛かった、そして認めると自分がなくなってしまうんじゃないか、と思いました。

全てそれが原因ではないと思うけど、人に違和感を持ったり傷ついた時、その気持ちはいけない事だ、自分に原因があると思う事が多かったと思う。
そしてその都度、変な処理の仕方をしてきたと思います。原因が分からない体調不良の原因はその処理の仕方にあるんじゃないか、と思いました。

出来事があり、自分の感情があって、そこから整理していくものと思うけど。
その自分の感情というところ。
取り合わない、というか無視してきた気がします。
例えば、とても腹が立っているのに心に押し込めてしまう。
自分でその気持ちを認めない。

とても謙虚な人であるように書いてますが、決してそうでなくて、バランスの悪い自分であったなと思います。

昨夜それに気がつきました。
書くのが恥ずかしいのですが。
昨日、あれっまた体調がおかしな…と思っていたのですが、たまたま電話をくれた友人に毒出しを聞いてもらったところ、言葉を吐き出す度に体調が良くなっていきました。その自分がおかしくて笑ってしまいました。

自分のバランスの悪さ、欠けていたこと、やっと気がつきました。周りの意見を聞かず自分軸だったと思いました。嬉しい気づきでした。

また、自分メモみたいですみません。

そういえば、姉と最近上手くいってるのもそのあたりかもしれない。姉に対してはコンプレックスもあったし、私が悪い、という思いが強かった。でもそれが薄まってきていた。私は「目指す自分」があるんだぁ!という喜びがそれを薄めてくれたかな、と思ってます。

05/05/2026(火) 10:09:09

No.43739  飯沼正晴
Re: 5月5日火曜日 引用
朝から清々しい晴天です。

昨日からうちは家族大集合です。
大人たちも子どもたちも皆それぞれに仲が良くて、これが何よりの幸せです。

昨夜の夕食が始まる時、その場のナチュラルな和やかさが嬉しくて涙か出そうになりました。
長年に渡って年に3回ぐらいは家族大集合で飲み食いしているのに、泣きそうになったのは初めてです。
やはり心が疲れているみたいです。

その一方では、掲示板の皆さんの書き込みに勇気づけられています。
今までは素通りしたり、見ないふりをしてきた「自分なりの気持ち」に心を向けて、健やかなる喜びに進んでいこうとしている。
「自分なりの気持ち」を軸にして、それに埋没する段階を卒業して、自分としての気持ちを誰かや皆の喜びに昇華・融合しようとしている。

些細なことのように見えるかもしれませんが、これこそが地上の人間にとっての霊性進化の歩みであるのです。

なかなか一足飛びにはクリアできなくても、そうしていこうとする意志と意欲が何と美しいことか。

皆さんの書き込みを読んで、やはり私たちは間違いなく雛型成就に向かって進んでいることを確信させてもらっています。

書き込みをしてくれている皆さん、ありがとう!
あまり書き込みしていない皆さんも、自分の「今まで通り」を切り替えて、積極的に掲示板に参加してくださいね。

05/05/2026(火) 11:17:43

No.43740  のものも
Re: 5月5日火曜日 引用
ようやく自分のことで
気づいた事ですが
私は前置きを必ず言っていました。
私にとっては前置きだったのですが
他人からすれば、言い訳に聞こえていると思い
ます。

最近は、そんなつもりなかったことに対しても
自分の言い訳は必要ないのだと思って
他人から言われたことを、ひとまず認めようと思っています。
本当は言い訳したいところもあるけど
いろいろな角度から見たら、私が間違えていたのだと思います。

自分軸に流されることなく
いろいろな視点から考えて
魂の意志に沿った選択をしたいと思います。

05/05/2026(火) 11:34:36

No.43741  ポポ
Re: 5月5日火曜日 引用
 皆さま、こんにちはです。
今日、思い立って、母が父親の従兄弟さんの家に行くのに同伴する形で彼の家に踏み込みました。
最低限、癒しの供養のCDをリピートでかけるようにして退出したのですが、彼の部屋も見させてもらいました。
何と、彼が私がどうしてもやりたくって入手できなかったテレビゲームを所持していたことが判り、もらってきてしまいました。
ただし、接続ケーブルが既に使い物にならなくなっていて、実際に遊ぶことはできませんでした。
私自身、20年以上前にひきこもった時に少しだけ携帯型ゲーム機で遊んで以後、ゲームで遊ぶのは卒業したのですが、彼もやはり生きづらさを抱えていたんだなと認識させられる今日の出来事でした。
(ちなみに、今日彼の家でもらってきたゲームのタイトルと、ひきこもった時に遊んだ携帯ゲームのタイトルは同一です)
彼の持っていたゲームが遊べなかったことで、古い世界が終わりつつあるのかもしれないと感じました。

皆さまの書き込み、読ませて頂いてます。
ひきこもりになった私は、所謂リア充生活から社会的排除を受けていた立場なのですが、そういう人がやってくる悠々塾という場が攻撃にさらされている状況に対して、何か出来ることはないかなと思っています。
<ガヤトリマントラ>というマントラがあるのですが、これなどは光の言葉です。関心がある方は調べてみてください。
皆さま、ありがとうございます!それではまた。

05/05/2026(火) 17:25:39

No.43742  みさお
Re: 5月5日火曜日 引用
連休も、もうすぐ終わりですね。

書き込にコメント下さった方々ありがとうございます。
そうできている訳でもないのに恐縮です。

最近思うのが、自分を縮めて生きるのはもったいない。
皆それぞれカルマは違うので、その人の越える物、目指す物は違うかもしれませんが、私は変な所で自信がなく緊張して自分で疲れてしまっていました。

還暦を超えたからかもしれませんが、残りの人生のびのび生きたいです。

みゆきちゃん
私も本当の気持ちより、変なプライドや意地、もしくは惨めになりたくなくて
違う事を装ったりしていたと思います。

今も全て払拭できている訳でなく、立ち止まったりちょっと後ろに下がったりしますが
本当の気持ちというのは
皆美しい物だと思います。
願いであっても、幸せを願う気持ち。

そんな美しい物に蓋をせず、出していきたいなぁ

まゆみさん、みんとさん、みゆきちゃん、ぽんたさん、やすこさん
コメントありがとうございます。
嬉しかったです。

あおやまさんの書き込み、良かったです!

皆さんの書き込みに触れ、気持ちが柔らかくなります。
ありがとうございます。

05/05/2026(火) 17:44:05


No.43735 ポポ  
5月4日(月・祝) 引用
 悠々塾の皆様、飯沼さん、こんにちは。ポポです。
書き込み、読ませて頂いてます。
皆さまの自己省察を参考に自分も反省しながら日々を送ってます。
他界した父親の従兄弟さんの家にいる猫(オス1匹・メス2匹の計3匹)の世話に行かなきゃと思っているのですが、どうもその家に霊道が出来ているらしく、迂闊に踏み込んでも体調を崩すだけなので、現状、母に任せっきりです。
自分がメンタルヘルスの問題を抱えてなくって敏感体質じゃなかったらバリバリ介入するんですが、出来ることと出来ないことを見分けて行かないと結果的に不幸な人が増えてしまうので慎重に行きたいと思います。とりあえず、都合がつく時に近所にあるお寺(彼の一家の菩提寺)に父親の従兄弟さんの成仏をお願いしにお参りに行く日々です。
上座部仏教的な世界観による行動(自分軸)の限界が見えているのですが、現状その世界観を究めてないので、自分軸を卒業するのもまだ早いかな?という感じではあります。自分が病気を抱えていることがジレンマの原因(カルマ?)ではありますが、自分を愛せないと他人も愛せないので、そこから身に着けていきたいと思います。
悠々塾の皆様と掲示板でやり取りすることで、前向きな認識に進化していけたらなと思います。
長文お読み下さりありがとうございます。それではまた。

04/05/2026(月) 14:51:27



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