2635890

悠々塾 掲示板


「スピリチュアリズムに学び、スピリチュアルな生き方を目指す交流の場」



悠々塾のホームページはこちらから≫
旧掲示板の過去ログはこちらから≫

お名前
E-mail  
迷惑メールが届く可能性があるので、必要な場合のみご記入下さい。
URL  
迷惑メールが届く可能性があるので、必要な場合のみご記入下さい。
件名
メッセージ
Color
Cookie / パスワード

Cookieにチェックするとお名前、パスワード等の記入事項を記憶するので、
次回からそれらの記入をする必要がなくなります。
複数でインターネットをご使用の方は、このチェックを外されることをお勧めします。
パスワードは、投稿後記事を編集したり削除したりする時に必要です。

No.43917 飯沼正晴  
6月28日(日曜日) 引用

   ☆☆ 愛は時空を超えて 255 ☆☆
     
        ―― 霊界の克との対話  ――

飯)こんにちは。
いつもお世話になっています。

克)はい、こんにちは。

飯)今回もこちらからは特には思い浮かばないのだけど、またそちらから伝えてもらえますか?

克)はい。承知しました。
まず、長い期間にわたって悠々塾というエネルギー場の浄化がなされてきました。あなたを含めて仲間の皆さんもその疲れが残っているようです。それは致し方ありませんが、悠々塾のエネルギーは決して停滞しているわけではありません。むしろサナギが羽化して生きるステージを変えるような時期を迎えているのです。

とはいえ、やはり停滞の面がないわけではありません。雛型成就のスタッフとして、この状況で自分がどうしていくのかが問われているということです。

「自分の利益や都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、皆の喜びを軸にする生き方への脱皮・向上進化」というテーマに沿って、日々の自分を点検して進んでいただきたいと思います。そして、前回お伝えした「愛は時空を超えて」をもう一度しっかりと読み込んでいただきたいのです。


飯)分かりました。
前回の「愛は時空を超えて」は後で再掲載します。


克)はい。
何度も繰り返しますが、ある程度の数の人間が集い、「自分の利益や都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、皆の喜びを軸にする生き方への脱皮・向上進化」というテーマに沿って、自分を点検し、向上進化の喜びを共有・共鳴させることは、地上人類の歴史においても初めてのことです。

今までずっと自分の利益や都合、特に自分の気持ちを軸にしてきた人間がその段階から脱却して、霊性を発揮しながら「人として優しく、人として正しく。皆も自分も幸せに」という意識・心を軸にして日々を生き直していくことは容易ではありません。そのことは霊界側も十分に承知しています。その上で、「地上人類の霊性進化」という人類史上最大のプロジェクトの雛型(の一つ)として、霊界側の導きと計らいの下で悠々塾は存在しているのです。

私自身も霊界に戻ってから教えていただいたのですが、悠々塾という場は霊界側の綿密な計画の元に創設され、ずっと霊界側の導きと計らいの中で存続してきました。それは地上の私が思っていたことをはるかに超えたもので、私自身が地上の自分を思い返して少なからず恥ずかしく、申し訳ない思いになりました。

そこに招かれる(つながる)人間は、善良さをベースとしながらも(私やあなたを含めて)さまざまな面でまさに「選ばれし、迷える子羊たち」でした。

現状を見ても、子羊たちの群れの中にありながら未だ進むべき方向性を自分の喜びとして確立しきれていない者もいます。自分の気持ちに囚われ過ぎたあまり、群れを離れて、文字通り「迷える子羊」として暗い世界を彷徨っている者もいる状態です。

悠々塾の学びのテーマよりも自分の気持ちを優先し、自分の思い通りにならなければ自分なりの身勝手な言い分を根拠にして違和感や反感を増幅させる状態であれば、この雛型のスタッフとして参画することはできません。しかし悠々塾を離れたことで気持ちが楽になり、これからは自分の思い通りに事が運ぶかのように思っているとすれば、それは全く違っています。

今までの学びもつながりも踏みにじって自分なりの世界に生きるということが、自分や周囲にどのような現実をもたらすことになるのか、自らが思い知ることになるのです。もしも地上にいる間は「念」の力によってそれなりの現実を引き寄せることができたとしても、それを含めて死後はさらに苦しいことになるのです。

これは決して脅しなどではなく、その人たちの死後も含む将来のことをお気の毒に思うがゆえの忠告です。決して無理強いはしませんが、今一度じっくりと自分を顧みることをお勧めせずにはいられません。そういう者の周囲にいる人は、その人を諭し、導くために配剤されているのです。

カルマゆえに(つまり今生での諸般の事情ゆえに)、そうしにくい状況が設定されている場合もあります。しかし本当にその人のことを思い、本当に愛情があるのならば、その人の歪みや身勝手さに引きずられることなどないのですし、ましてや迎合することなどあり得ないのです。自分の利益や都合が重なっているから、引きずられ、迎合してしまうのです。それはお互いの魂の約束を踏みにじることです。どちらにとっても喜びになどなるはずがないのです。

自分(たち)に言い分があるのなら、誠意を以ってそれを伝えて、対話していけばよいのです。自分の思い通りにしようとするから、自分の思い通りにならなければ気が済まないから、事実に反した主張を押し付けたり、「事実」を捏造し相手の言葉を曲解して非難したり、自分の非や至らなさを誤魔化そうとするのです。それでは対話など成り立つはずもありません。


私は断言しますが、今まで通りの自分を軸にしたままでは向上進化になど向かえないのです。地上界に注がれるエネルギーの変化に伴い、あるいは雛型のエネルギーの向上進化に伴って、今まで手にしていた「喜び」をも失うことになっていくのです。地上人類の意識や言動が今まで通りであれば、阿鼻叫喚の混乱の中でほとんどの人が「全てを失う」ことになってしまうのです。

今はまだそこまでの状態ではないにしても、その予兆を察知している人間も増えつつあります。自分の身の回りのことにしか意識が向いていない者にはまだ分からなくても、今の地上界はすでに大崩壊・大破綻に向かっているのです。


それでも大いなる神のご意思によって地上人類・地上界は霊性進化を遂げるのですが、私ども霊界の者たち、特に地上で生きた経験のある者たちは、できるならば地上の人たちが地上的な喜びの中で霊性進化の道を歩んでほしいと願わずにはいられないのです。

「自分の利益や都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、皆の喜びを軸にする生き方への脱皮・向上進化」というテーマに沿って自分を点検し、向上進化の喜びを共有・共鳴させること」によってこそ、自分自身の本当の喜びも現実化していけるのです。

その意志はあっても、それぞれが「今まで通り」の自分に引きずられる面を残した状態です。今までの地上界の常識、今の世間の常識も重くのしかかっています。そういうなかで「自分の利益や都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、皆の喜びを軸にする生き方への脱皮・向上進化」というテーマに沿って自分を点検し、向上進化の喜びを共有・共鳴させること」を自分に確立することは容易ではないでしょう。

しかし今までの自分・今の自分が傷だらけであっても泥まみれであっても、未だ陰りを払拭できていない状態であっても、そういう自分に拘泥せず、倦まず弛まず日々地道にその作業を重ねていただきたいのです。そして些細なことであっても、自分の気づきや変化について掲示板に書き込んでいただきたいのです。

霊界では意識・思念が波動としてそのまま表現されていますが、地上界はまだカタチの世界です。文字にする・文章にするというのはそれなりに労力のかかる行為ですから、エネルギー的にも大いに意味のあることです。地上界は心をカタチで表現する次元の世界です。文字にする・文章にすることで自分自身の実態・実体にもなっていくのです。そしてそれが雛型のスタッフとしての働きにもなるのですから。


特に自分の感情・気持ちの土俵で相撲を取るのではなく、自分の感情・気持ちに「自分の感情・気持ちで向き合う」のではなく、自分の感情・気持ちを昇華していくトレーニングを続けていただきたいのです。自分の感情・気持ちに拘泥したままで自分の感情・気持ちに向き合っても、なかなか健やかな喜びに昇華できない場合が多いでしょう。それ自体が自分の感情・気持ちへの拘泥になっている場合も少なくありません。

前回お伝えしたように、感情・気持ちというものは自分を軸とする幼児的な意識領域です。幼児的なというのは否定ではなく、そこからさらに成長・向上進化していく段階という意味です。魂―霊体ー理性ー感情・感覚―肉体(言動)という人間の「からだ」において、感情・気持ちというものがどのような位相を占めているのかをしっかりと認識して、自分の気持ちに拘泥する段階を卒業していただきたいのです。

魂―霊体ー理性ー感情・感覚―肉体(言動)という各層の波動が相互に同調して,大元である魂の波動と同調できれば、まさにそれが霊性進化です。霊界と全く同じではありませんが、霊界と同様の喜びの中でさらなる向上進化の喜びに生きていけるのです。

そうお伝えしても実感が湧かないかもしれませんが、喩えていえば、自分の家のテレビアンテナやアンテナ線が劣化・破損しているのを直すようなものです。そうすれば、当然ですがノイズも混線も解消されて、今までとはまるで違うクリアな映像に変化するでしょう。感情・気持ちの陰りを喜びに切り替えるとはそういうことです。

まずは自分の気持ちに陰りが生じた時に、速やかに喜びに切り替えることに挑み続けてください。相手がどうであれ、まずは自分自身として陰りの気持ちを何らかの喜びに切り替えることです。そこでは、生じた気持ちの陰りに拘泥しないで(自分の気持ちの陰りに取り合わないで)陰りを流し去っていくことや、人としての理性を駆使して今の状況を変えようとすることも含まれるでしょう。どうにもならない場合は「学ばせてもらっています」と思い換えて、次に進めばよいのです。

いずれにしてもその作業は自分が楽になるためのものではなく、「快く自分を役立てていく」という本来の喜びに回帰できるように、自分の心を動かしていくことが重要です。結果的に自分も楽になるのですが。それこそが地上人生においても、それを終えてからも、自分が幸せになるための唯一無二の方法であるのです。「人として優しく、人として正しく。陰りを光に。皆も自分も幸せに」ということを軸にして心を働かせ、言動で表現することが喜び=幸せの大元であるのです。

今回はここまでにして、前回の「愛は時空を超えて」を読みなおしてほしいと思います。

飯)分かりました。
いつもありがとう!

克)あなたの方こそ、いつもお疲れさまです。
暗黒界からの攻撃のエネルギーは、今も執拗にあなたに注がれ続けています。
くれぐれもストレスを溜め込まないように、リフレッシュしながら進んでくださいね。

飯)はい、ありがとう!

(2026・6・27)

28/06/2026(日) 13:56:48


No.43918  飯沼正晴
Re: 6月28日(日曜日) 引用

☆☆ 愛は時空を超えて 254 ☆☆
     
       ―― 霊界の克との対話  ――

飯)こんにちは。
いつもお世話になっています。

克)はい、こんにちは。

飯)今回は主にそちらから伝えてもらえるようなので、よろしくお願いします。

克)はい。
5月定例会では皆さんにあの内容、あのスケールを共有していただくために、「地上人類の歩み」の最終章を朗読していただきました。それは悠々塾というエネルギー場が、それにふさわしい段階に達しかけているということでもあります。今回もまた暗黒界からの妨害を受ける中での定例会になりなしたが、それに影響されることなく健やかなる喜びのエネルギーを共鳴させることができました。

今回は私の方から、「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」というものについて、お伝えいたします。
といっても、「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」の中身ではなく、人間の意識・心における位置づけについてです。
こちらからお伝えすることはいつもそうなのですが、今回は特に言葉では表現しきれない部分もありますので、分かりにくいところは改めて質問してくださいね、

今の地上の人間のほとんどは、「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」を軸に日々を生きている段階です。それが全てであるかのように思っている人も少なくありませんが、感情というものは人間の意識・心の全部ではなく、意識・心の領域の一部分にすぎません。

まず、人間の生命や意識・心の原点は魂であり、魂こそが生命であるのです。
その魂はそれぞれの魂の故郷・出自である霊界とつながっています。霊界にもさまざまな段階や傾向があり、そこに存在している魂(霊)は喜びの中で向上進化の学びを続けているのです。さまざまな学びの段階があるにしても、それぞれの魂の波動はそのまま肉体に同調することはできません。

魂ー霊体ー理性ー感情・感覚―肉体というように、より精妙な波動領域から幾つかの波動変換を経た上で、肉体・言動という地上的カタチとして表現されています。
魂が属している境涯(霊界)は喜びのみの世界ですから、人間はそれぞれの魂の喜びを波動変換しながら、物質界である地上に霊界と同じ喜びを顕現するための通路であるのです。

魂はその人本来の意識であり、霊体は魂の意識を表現する「からだ」です。
魂・霊界は向上進化のみが喜びです。
逆に言えば、もたらされることの全てが向上進化の喜びなのです。
魂の意識をそのまま反映した霊体にはカルマの情報も含まれていますが、それはあくまでも「過去世では喜びにできなかったことを、今回の地上人生では喜びにする」という、喜びに向かう意識です。

理性の領域・理性体は「人として」という意識領域ですが、そこにはその人の魂の学びの段階や傾向も含まれています。

つまり、「人として」の喜びというところでは同じでありながら、その人の魂の学びの段階や傾向によって多少の違いが生じてきます。さらに言えば、霊界は喜びのみの世界ですから病はなく、不調和もありません。

しかし現状の地上には病を初めさまざまな不調和が存在・蔓延しています。価値観もさまざまであり、個々の人間の意識における「人として(の喜び)」というものも、一様ではありません。その人にとっての「人として(の喜び)」はその人の魂の学びの段階や傾向によって差異があるのです。しかし、調和を喜びとしているならばそれらの差異は多様性という豊かな喜びを形成するはずのものです。

理性の層は霊体のカルマの情報も伝達されているのですが、理性の領域ではカルマの情報がある種の歪みとして作用する場合も少なくありません。そこから人としての意識に歪みや偏りが生じてくるのです。


「理性のからだ(層)」の下位に「感情のからだ・感情の層」があります。下位というのは、比較において粗い波動の意識領域のことです。意識とは波動であり、エネルギーであるのです。感情の層の下位には「感覚」の領域が含まれています。

理性の層は「人として」という意識ですが、感情の層は「自分として」という意識領域です。
霊としての喜びを人としての喜びに変換して、さらにそれを自分としての喜びに変換して、肉体や言動を通じて地上次元に霊界と同様の喜びをもたらしていくのです。

それぞれの領域の波動は隣接する領域の波動の影響を受けるので、この感情の層は地上界(物質次元)の影響を諸に受けることになります。

人間における意識・エネルギーの通路は一方通行ではありません。
自他の肉体や言動で表現されたことを経験し、それを変換しながら喜びとして自らの魂に戻し、自分の魂が属している霊界に戻していくのです。(ここではいわゆる類魂のことは省きます)


感情の領域の意識は「自分の気持ち」です。
喜びというところでいえば、自分の喜びを人としての喜び(皆の喜び)に昇華していくことが地上での学びです。
今の地上界は自分の気持ちが陰ることが多い段階です。自分の気持ちが陰った時には、できるだけ速やかに自分としての喜びに切り替えて、それをまた皆の喜びに昇華していくことが学びであり、カルマの解消になるのです。

その心の作業は自分の意識を感情レベルに留めたままでは、難しいものになってしまいます。
なぜならば感情というものはあくまでも自分としての意識・心であるからです。そこに留まったままであれば、自分の気持ちをさらに凝縮して陰りを自己増幅することにもなりかねません。それは地上における幽界ですし、陰りに留まることを選択した人は地上における暗黒界に生きることになるのです。

気持ちが陰った時こそ自らの霊性を高めて、感情の層に霊としての喜びを引き入れ、人としての喜びという健やかなエネルギーを引き入れることが重要です。

自分の気持ちを軸にして、いくら自分の正当性を主張しても、それはせいぜい幼児レベルの主張にすぎません。もしも地上ではそれを強引、あるいは巧妙に貫いたとしても、死後は全く通用しないのです。

人間が生きる目的、人間が地上に派遣された目的は、より高次元の喜びをより低次元の境涯に顕現して、より低次元の境涯の喜びをより高次元の境涯に循環させることであるのです。つまり霊としての喜びを自分の喜びとし、自分としての喜びを霊としての喜びに高める循環です。

喩えていえば、人としての心が十分に成長した両親が、生まれたばかりの我が子が両親をお手本としてすくすくと成長して、やがて人として十分に成長した大人になることを喜ぶようなものです。そういう喜びと学びの循環が霊界と地上界にも、一人の人間においても成されているのです。

つまり、一人一人の人間の意識・心は、霊界レベルから動物に近いレベルまで幅があるのです。そして感情・感覚の層は波動的には最下層になります。

人間が地上人生を終えれば(死亡すれば)、物質である肉体は土に返し、感覚・感情などの意識の下層は人として・霊としてという意識に昇華・融合させて、人としてという意識も霊としての意識に昇華・融合させて、霊としての喜びのみの世界に移行するのです。それができなければ、死後も幽界や暗黒界に堕ちていくことになるのです。

今の地上界にはさまざまな不調和や苦しみが蔓延しています。
全ての人間が何らかの陰りの感情を抱くことになるのですが、それぞれの人のカルマ・今回の地上人生の目的に規定されたものであるのです。ですから、全ては喜びに昇華するためにもたらされているのです。

地上で生きる人間が時に陰りの気持ちを抱くことは致し方ありません。
しかし、陰りの気持ちに留まることや、それを自己増幅することは自分が地上に生きる目的に反することです。そういう気持ちを解消・昇華できないままに地上を離れたら、死後の心の作業が大変になるだけです。

どうしても受け入れがたいことで、なかなか自分の気持ちが切り替えられなくても、それを解消・昇華するために自分は地上に産まれ、地上に生きているのだということを肝に銘じていただきたいのです。そしてすぐに切り替えられなくても、感情よりも高次の意識を総動員して、「何としてもこの陰りの気持ちを解消・昇華するのだ」という方向性を確立し、心の力を総動員して意志を高めていただきたいのです。

心が陰る度にその作業を繰り返していけば、感情の層にこびりついた陰りの元が排出されて、凝縮傾向にあった感情の領域が喜びに解放されていくでしょう。

それによって、自分自身がまだまだ不十分な状態・段階であっても、魂から感情・肉体までが健やかなる喜びで同調・循環するのです。自分自身が健やかなる喜びで霊界から地上をつなぐ通路になることができるのです。

今まで無数の人間が地上で人生を送りましたが、心・意識の構造を踏まえて、意志の力で陰りを光にしようとしたものはほとんど皆無です。
それを成し得た人たちがその喜びのエネルギーを共鳴させれば、地上人類の霊性進化の雛型が成就します。そういう場で何が起きていくか、そういう場を構成している個々人に何が起きていくかはすでに何度もお伝えしている通りです。さらにそこで起きる喜びは多くの人たちに伝播して、地上界の浄化・地上人類の霊性進化が進捗していくのです。

もちろんその雛型を構成する人数は多いに越したことはありません。しかし、自分の気持ちを軸に据えたままで、明らかに喜びの循環の流れを阻害している者は、そのままの状態では雛型に参画することはできません。地上人類の霊性進化から脱落する者として雛型に含まれるとしても、地上界にエネルギー的な風穴を開けるスタッフとしては参画できないのです。

そういう者が心からの気づきに至って、このプロジェクトへの参加を希望すれば、仲間たちの祝福の中で参画することになります。そういう者のエネルギーが雛型のエネルギーに深みを加え、雛型成就に向けてのパワーも伝播力も格段に高まっていくのです。

その雛型成就に向けてのリーダーであるあなたはそのことを十分に分かり、理解しています。ですからあなた方が担う雛型において「排除」などあり得ないのです。

自分の気持ちや都合を軸にしたままの者が、雛型のエネルギーの高まりについてこられなくなって、あなた方がいろいろと誹謗中傷されることもありますが、その度ごとに真摯に自分・自分たちを点検する機会とすればよろしいのです。

陰りや闇に囚われている人は、事実・真実よりも自分の都合や気持ちを優先するものです。
特に闇の勢力に付け込まれて、闇の勢力に使われている状態の人間は、完全に事実・真実を踏みにじって平然としています。

それを自覚できている場合もありますが、自分の都合や気持ちを軸にした世界に埋没していれば、その時その時の自分の都合や気持ちでついた嘘を自分で信じてしまう場合もあるのです。それでもその人間の良心は完全には失われていないので、真実に照らされた時にはどこか不自然な態度が垣間見えることもあります。

それでも闇に取り込まれている人間は、事実・真実を語っている人間を嘘つき呼ばわりするのですが、あなた方はそれに憤るべきではありません。むしろ、その者の今後の人生や死後のことを思えば、あまりにお気の毒なことになることは分かるはずです。

であれば、憤るのではなく、その者のために祈ってあげることです。その者からの不当な攻撃が続いたとしても、反撃などしてはいけません。そこまでの状態に陥っている者であれば、いくら事実・真実を提示しても聞き取ることも受け止めることもできないでしょう。真実に対して、さらに闇を深めて攻撃してくるだけです。ですからあなた方はその状態の者に反撃するのではなく、その者のために祈ってあげるのです。かのイエスが、「悪人に手向かってはいけない」とお訓えになったのはそういう意味です。これ以上、罪を重ねないようにしてあげることです。


大人になっても自分の利益や都合や自分の気持ちを最優先の軸にしているということは、人よりも動物・獣に近い心で生きているということです。その者たちがこのままであれば、死後はもう地球霊界には残ることができず、動物・獣のような意識の境涯に移行させられることになるのです。

もちろんその時点での地上界の浄化の進捗度にもよりますが、地球霊界に残ることができたとしても幽界・暗黒界に堕ちていくのです。その者たちに限りない慈しみの心で祈ってあげてこそ、あなた方は光の戦士であり、豊かな霊性に裏付けされた「霊止(ひと)」として輝きを放つのです。

あなた方にも人間としての気持ちがあるのは当然ですが、そこに埋没することなく、陰りに自分の心を陰らせるのではなく、光の戦士としての心を成長させる機会にしていただきたいと思います。

最後に、今回のその人については、ようやく暗い境涯から本来の霊界に戻ることのできたご親族が、「あの子たちが自分たち夫婦と同じ過ちを犯しませんように。経済力の有無に関わらず、本当のことを大事にして、自由な心で選択できますように」と願っておられることをお伝えして、今回の通信を終えることにします。

(2026・5・30)

28/06/2026(日) 14:00:56

No.43920  飯沼正晴
Re: 6月28日(日曜日) 引用
入れ違いで、別スレッドにみゆきちゃんの投稿が入りましたが、このスレッドを上にしておきますね。

28/06/2026(日) 14:20:18


No.43919 みゆき  
6月28日日曜日 引用
こんにちは
人からみれば笑いごとなのに自分ではものすごい重たいことにとらえていていまだにずっと自分で抱え込んでいて
ほんとに自分軸って手強い、
長年積み重ねてきてる自分軸の思いがまだまだあると実感しています
笑ってもらい、あぁ、その程度のことなのかも、と思えて軽くなりました
ありがとうございました
それから、自分は悪気はなくても、その言葉や行動で人をいやな気持にさせたり、傷つけたりしていることがいままでたくさんあったし、いまもある
自分がいやな気持ちなったことばかり考えて被害者やと思っていたけど加害者の時もある
自分を縮めるのではなくて、相手の気持ちや状況をよくみて、
発する言葉を大切にしたいです
良い言葉を発していきます

28/06/2026(日) 14:04:06



No.43913 エーチャン  
6月27日 土曜日 引用
おはようございます。

まゆみさんが投稿してくださったヌマさんのお話と、そして、以下に引用する、克子さんの言葉(愛は時空を超えて 199)を読んで思ったことを書きます。

当たり前のことですが、「自分」というものに意識が向かうと、本来、神を含むすべての存在とつながっている自分が、全体から分離してしまう、そこから喜びでない現実を自分にもたらせてしまう。

私も今も、自分に意識が向かいそうになることがありますが、そのたびに戦火の中にある人たち、あるいは難民として行く当てもない流浪の中にいる人たちのことを思います。そうすると、自分がなんとわがままなんだと気づかされます。

自分を含む皆の喜びを実現しようとする、それは実現するにきまってる、そのために自分にできることは必ずあるし、またそれはできるに決まっている。誰もがそうなのだと思います。要は、そちらの方向に歩みだすかどうか、それだけです。

以下、克子さんの言葉です。

「皆が皆の健やかなる喜びを自分の喜びとして生きることが地上界の浄化・地上人類の霊性進化です。
ですから、自分を含む皆の喜びをオーダーすることは、霊界からの大きな支援ももたらされますし、それ以前にそれが霊力そのものでもあるのです。
きっぱりとオーダーされた健やかなる喜びが現実化しないはずがないのです。

実際的な方法として、まずは「みんな健やかに、幸せになった」というオーダーを繰り返し、自分の意識にすり込むことです。
そして何か自分が選択・判断する時にも、「みんな健やかに、幸せになった」のオーダーを繰り返します。
もちろん場面場面においては、もっと具体的な喜びをオーダーしても構いません。
例えば、「(みんな)仲良くなった」とか、「(みんな)豊かになった」とか、状況に応じたオーダーも取り入れてください。
皆さんが掲示板に書き込んだようなことも、どんどんオーダーしていってください。

そのエネルギー回路が確立して活性化すれば、それだけで半ば自動的に喜びが現実化するようになるでしょう。
すぐにはそうならなくても、何か事ある度にそのオーダーを繰り返していけば、その時に自分がどういう言動をすればよいのか、自然に思い浮かぶようになって、当たり前のようにそうできるようになってきます。
光の霊界の住人たちと同じように、全てが喜びの中で次なる段階の喜びに向かって学びを進めていけるのです。

繰り返しますが、他や皆の喜びと切り離して自分の喜びをオーダーしても、自分の喜びも現実化しにくいのですし、その時は喜びとして現実化したとしても、いずれは喜びとは逆のものに変質するのです。(それもまた喜びではありますが)

今の地上界は進化の節目に差し掛かっているので、皆の喜びをオーダーしながら生きていく者と、他や皆の喜びと切り離された自分の喜びを求めて生きていく者が仕分けされていきます。

悠々塾につながり雛型を形成してる人たちは、積極的に参加・共鳴している仲間たちだけではありません。
敵意や違和感を持っている人やなんとなく離れている人も雛型に含まれているので、分かりやすく仕分けされるケースも少なくないでしょう。(これは脅しなどではなく、事実としてお伝えします)
仕分けされるというよりも、自らが意識や日々の生き方で自分自身の現実を選択しているのです。
仲間としてつながり直すかどうかよりも、皆の喜びをオーダーしていく生き方に切り替えていただきたいのです。

これを読んでいる全ての人が、自分の幸運をゲットするため・自分が苦難を回避するためという「我よし」の動機ではなく、本当は皆の魂に共通している願い・目標に沿って、いかなる時も「みんな健やかに、幸せになった」をオーダーしていただきたいのです。
必ずや、今まで想像すらできなかった健やかな喜びが現実化していくでしょう。
幸せを実感しながら生きていけるようになるでしょう。

以前にもお伝えしたように、腸内細菌たちを豊かに育むことも、このエネルギー回路を活性化することになるのです。」

27/06/2026(土) 08:38:03


No.43914  ゆみっぺ
Re: 6月27日 土曜日 引用
おはようございます。

>ホロコースト生存者 歴史家 イェフダ・エルカナの言葉です。

「アウシュビッツの灰燼から二つの国民が生まれました
 一つは

『二度とこのようなことが起きてはならない』と主張する少数派

 もう一つは

『二度とこのようなことが自分たちに起きてはならない』と主張する多数派です」

なるほど・・・と思いました。

>実際的な方法として、まずは「みんな健やかに、幸せになった」というオーダーを繰り返し、自分の意識にすり込むことです。
そして何か自分が選択・判断する時にも、「みんな健やかに、幸せになった」のオーダーを繰り返します。
もちろん場面場面においては、もっと具体的な喜びをオーダーしても構いません。

改めて、ありがとうございます。
自分の気持ちが強いので、忘れがちです。

最近、よく「あーこうしておけば良かったな」と
都度、思うことが多く、そうなると次から次へと
「あーこうしておけば良かったな」という状況が起きてきます。
実際、大した問題ではないのですが、
「そう思うから、そうなっていくんだ。切り替えないと」と
思いました。

職場では、1人異動したら、また同じような人がやってきて・・・
注意しても理解していないな、自分は悪くないと思っているなと
感じることが多いです。
私のまなざしも優しくないと思うので、
そこは変えていかないとと思いながらです。

皆さんの書き込みを読んで励まされる部分と
自分とは違うなと思って、陰る部分とありますが、
実際的な方法として、まずは「みんな健やかに、幸せになった」というオーダーを繰り返し、自分の意識にすり込むことです。を
頑張ってやっていこうと思います。

27/06/2026(土) 10:34:03

No.43915  ポポ
Re: 6月27日 土曜日 引用
悠々塾の皆さま、こんにちは。ポポです。

書き込み読ませて頂いてます。

未だ人生初のギックリ腰発症から時間が経っておらず、
あまり無茶はできない状況なのですが、そんな中で悠々通信
(2026年1月発行分)を拝見させて頂きながら、
「要するに自分、自分から逃げてたのかも?」とか思いました。

両親が、他界されて四十九日を終えた父方の従兄弟さんの住まいの処分について奔走する中で、
彼の家が宗教に関わっていたため雰囲気が今一つで私も手伝おうとしても何もできない程荒れているので、事実上そのことが両親に丸投げになっているのですが、
その中でもトラウマに負けない自分を作っていくことはできるはずなので、最低限日々の生活を正して生活の質を上げていくという仕事は出来るはずでした。
今年の2月に霊的収奪されていた病院からの転院と言う、
大きな部分を左右する出来事にケリをつけて脱力する日々が続いて、不定愁訴が襲ってくる中での生活向上は難題だったのですが、
過去に関わったカルトの被害者が居るホームページも見つけることが出来、
そこでその宗教の初代教祖の実態を知って更にショックを受けた(そこまで酷いとは知らなかった)ので放心状態になってしまっていたのかもしれません。
もっとその宗教の被害者の方と情報共有できればいいなと思います。私の母が未だにマインドコントロールされていて、別のカルト信者に物品供与しているのを呆然と見ている状態なのですが、彼女にも出来ることなら本当の光の世界に気づいてもらえたらと思っています。このままでは本当に棲み分けになってしまうので・・・。
長文お読み下さりありがとうございます。それでは失礼します。

27/06/2026(土) 11:58:13

No.43916  Bさん
Re: 6月27日 土曜日 引用
まゆみさん、テープお越しありがとうございます。
大変な作業かと思います。
定例会での飯沼氏の言葉を確認できて、とてもありがたいです。

ポポさん、腰の具合はどうですか?
私も以前は何度も経験しました。
辛いですよね。

多少痛くても歩けば治る!

これは私の経験からの持論です。
よろしければお試しください。
快復を願っています!

6月だというのに何度もやって来る台風。
天候不順もあるだろうし、今夏は昨年に増して暑さが予想されるとのこと、これからも気象条件も さまざまでしょう。
それでも畑の野菜たちは芽を出し根や茎をのばし、土に生きる土壌生物たちも精一杯命を育んでいます。
失敗を恐れず、それぞれ懸命に生きようとしている生命たちの生きる力を信じます。

甲斐甲斐しく世話をするさきさんのお蔭で、ヒナたちもスクスクと育って、あっという間に用意したケージも手狭なようです。
今度、さらに成長したヒナたちと会うのが楽しみです。

みんとさん、シルバーバーチの霊訓の連載、ありがとうございます。
日々、自分の振り返りに、ありがたい霊訓です。

エーチャン、克子さんの言葉の引用、いまの分断に繋がるアウシュビッツの生存者イェフダ・エルカナさんの言葉をありがとうございます。
とても大切な「いのちはひとつらなり みんな大好き ありがとう みんな健やかに幸せになった」です。
みんな連なりあってるんですものね。

ゆみっぺさん、ゆみっぺさんはいつも正直に書かれていて、偉いなって思います。

最初の最初、私は訳も分からず「いのちはひとつらなり みんな大好き ありがとう みんな健やかに幸せになった」を言われるままに心の中で繰り返していました。恥ずかしいから声には出していませんが。笑

大体が貧血症で、長年掌は青白いというか白っぽかったのですが、ある日突然、掌が赤くなっているのに気づいたんです。
びっくりでした。
だって生まれてこの方、そんな自分の掌を見たことなかったので、ほんとびっくりでした。

特に何をした訳でもなく、ただ心の中で「いのちはひとつらなり みんな大好き ありがとう」を思っただけでです。
思っただけというか、自分に言い聞かせていたように思います。
以来、ずっと青白い掌とはおさらばしています。

あ、そういえば、先日皆さんにエネルギーを送ってもらった負傷中の左掌は白っぽかったかも?
お蔭さまで、いまは回復して赤いです。
その節は、皆さん、ありがとうございました!

そんな例もあるので、ゆみっぺさん、どうぞ、頑張って続けてください。

また、取り止めのない書き込みですが、このまま送信します。

あ、ポポさんだ!
あとで読ませていただきますね〜。

27/06/2026(土) 13:04:09


No.43911 まゆみ  
6月26日(金曜日) 引用
5月定例会での飯沼さんのお話です。(文字起こしうまくまめることができてないですが、そのまま掲載させていただきます。)

今生きてる人、ほとんど、自分の気持ちを軸にしている。
だから、しょうもないことでぎくしゃくしたり、わけのわからない反応したりするわけだけど、テーマは一つで、自分としての気持ちを、どんな風にして、相手や皆に重ねていくか、広げて行くか。
方向性として、相手の喜びや皆の喜びと重ねて行こうとすれば、それは広げていくことになるわけです。
いかにして皆の喜びに広げていくか、重ねていくかというのが、地上人生を生きる大きな意味で学びの目的である。

そもそも人間の生命、心は魂であって、その魂というのは、その人が属している霊的な世界、段階とか傾向と、繋がっている、肉体を持った我々、動物から進化した我々には魂の意識がストレートには反映できない。だから高級霊になると肉体に宿れないという。シルバーバーチなんかもそうなんですが、そういう段階になるんです。
スピリチュアリズムの基本みたいなものは、肉体があって、肉体と心(魂)の境界にダブルという半物質の層があって、感覚・感情の層があって、次が理性、次が霊性、霊性と魂は密接につながっている。

粒子の粗さや振動数があって、そういうものによって段階的に人間の体というのは構成されている。肉体だけではなくて、その人の領域というか、霊体というのかな。シルバーバーチは霊界で参加者の何を見てるのですかとの質問に、肉体は基本見えない、自分たちは人間の霊体を見てる場合が多い、と応えてるとこがある。

魂の意識が直接、肉体とか感情には伝わらない、波長が違い過ぎて。それで霊体という領域を通って次は理性(人として)という波動の領域を通って、それが感情(自分として)というそこに変換されて、肉体につながって言動に反映する。
我々は本来は自分の魂の意識をこの肉体で表現していくために生きてる。そういう仕組みになってる。

それはスピリチュアリズムでも言ってるし、古神道でも肉体は荒魂(あらみたま)、感情の体を和魂(にぎみたま)というのかな、次は幸魂(さちみたま)次は奇魂(くしみたま)と。神智学でもアストラル体と、呼び方は変わるけれどもそういう層になってると同じふうにみてる。

層として繋がりながら重なってる。肉体だけでなく、心も含めてその人の体というふうな認識になる。感情というのは肉体に近い、動物的な要素がいっぱいあって、自分なわけです。自分としての思い、心の領域、だから、身勝手なことも平気で言うし、周りのことも意に介さず自分の思いで揉めたりするわけですが、それを我々繰り返してるわけですが、そこを一段上げて、人としてどうなのか。

人としてというのは、自分も含めながら皆というところで、皆と重なった人としてどう心を使っていくのか、どう心を動かして、人としての心をどう自分の肉体に反映させていくのか、言動して行くのか、我々はそういう過渡期にいるのだ。

みんな自分の思いというのはあるけれども、それがどうであれ、それをもっと波長を高めて広げていく、それが今我々が地上に生きてる意味で、やがて(メッセージによるとまもなくですが)、地上に生きるものは全てそうなる。逆にそういう者でないと地上に存在することができなくなる、そういう過渡期に我々は生きているんだ。

自分の気持ちはみんなにある。その自分の気持ちをどうやって相手とか誰かとか周囲の喜びと重ねて、どう広げていくか、ということが最大のテーマなんです。

26/06/2026(金) 08:44:51


No.43912  飯沼正晴
Re: 6月26日(金曜日) 引用
まゆみさん、文字起こしありがとう!

>シルバーバーチは霊界で参加者の何を見てるのですかとの質問に、肉体は基本見えない、自分たちは人間の霊体を見てる場合が多い、と応えてるとこがある。<


ざっと読んだだけですが、この部分、訂正しておきます。

シルバーバーチは交霊界で「あなたは参加者の何を見てるのですか?」との質問に、「肉体は基本見えない、自分たちは人間の霊体を見てる場合が多い」と答えているとこがある。

26/06/2026(金) 14:16:24


No.43910 ポポ  
6月25日(木) 引用
 皆さま、おはようございます。ポポです。
皆さまの投稿、読ませて頂いております。
少しずつですが、悠々塾独自の文献にも目を通しております。
悠々塾の掲示板に投稿される皆様の前向きさに力を頂いております。
虐待のトラウマといじめ加害されたトラウマと
宗教のトラウマなどを抱えていると、
気分が滅入ってしまうことが有ります。
結果、色々かげりを抱えてしまいます。
母親の強い先入観から、
狂った体質の病院に長期間留め置かれたので、
健全な人間の在り方も良く判らなくなってしまっていたのですが、
去年の暮れあたりから大きな<うねり>があって、
悠々塾にも参加させて頂くことになりました。
ありがとうございます。
今日、元々皮膚科の診察に出かける予定だったのですが、
昨日の夜になっていきなりギックリ腰になってしまい、
安静にして一夜を過ごしました。
今日どんな一日になるか、気になるところです。
学びを共にしている皆さまに感謝します。
最近は近所の神社とお寺で祈りをささげています。

25/06/2026(木) 06:45:49



No.43906 まゆみ  
6月24日(水曜日) 引用

おはようございます。

>「霊を充電しなおす方法は、隣人に仕えること、神を信頼すること、そして明るい思考をとおして陽のエネルギーに自分を明けわたすことです。それをコントロールするのは自分たちです。エネルギーの源は神です。そして、それはいつも手の届くところにあります。しかし、神の周波数に合わせておかないといけません。神の力を受けいれないかぎり、わたしたちは自分の人生で神の力を味わうことはできません。」<

エーチャンさんの引用されてた言葉、今まで学んできたことだなと思いました。

>これを日々訓練していくと、当然それは自分からの解放ということにもなるでしょうし、いずれ風穴があくのではないかと思いました。それによって多くの人にとって霊は謎ではなくなったとき、あっという間にその力は広まっていくのではないか、戦争も格差も偏りもなくなるのではないか、そう思えました。<

エーチャンさんが書かれているように、そういうことなんだなと思いました。
今だ「自分の気持ち」というところで、ぐずぐずしてしまってますが、日々訓練と思います。

24/06/2026(水) 08:19:57


No.43907  みんと
Re: 6月24日(水曜日) 引用
おはようございます。
まゆみさん、おはようございます!

私もエーちゃんの書き込みに改めて思いを新たにさせてもらいました。
そして学んできたこと、現在進行形でもありますが目の前の些細なこと、自分にとっての課題を今日もひとつひとつクリアしていきたいと思ってます。

天気のせいではありませんが、時々いろんなことがしんどいなぁなんて思いながらだらだらと過ごすことがあったりします。毎日の雑事に追われたり、荒んだ地上界にうんざりしたり‥
そんな時ついつい自分の課題をスルーしそうになります。まだまだいろんな課題があるのに。逃げなんですよね。

数日前から右目が真っ赤になってウサギさんみたいです。
痛くもかゆくもないので一過性のものでしょうが、なにか物事をちゃんと見たくない心の表れかななんて思ったりもしてます。

目は心の鏡、ちょっと意味合いが違ってるかもですが笑

今日も一日を大切に生きたい、そうおもってます。
皆さんもよい一日を

24/06/2026(水) 10:32:41

No.43908  みんと
Re: 6月24日(水曜日) 引用
雪の下に春が

 暴風があれくるったあとに必ず春の新しい生命が誕生します。
見渡す限り雪に覆われ荒涼としているときは、春の新鮮さをうかがい知ることはできません。しかし春は必ず訪れます。

                 シルバーバーチの霊訓

24/06/2026(水) 10:49:08

No.43909  やすこ
Re: 6月24日(水曜日) 引用
まゆみさん、みんとさん、みなさんこんにちは。

エーちゃん引用ありがとうございます。心に響きます。

自己点検、私も続けていきます。

心を動かすのは痛かったりするし、自分なりの気持ちに反省や後悔も。でも自分の心をしっかり見つめていきたいです。

向き合ったら、何かが芽吹いてくるような喜びがありますもんね。

そして自分と皆んなの幸せに繋げていきたいです。

Bさん
そうですよね。
私たちは同級生ですもんね(笑)

あっという間でしたが、
こんなに濃かった10年はないです。

みんとさん、私もそうしたいです。
この先の10年に続いていく今日、大切に過ごしたいです。
感謝と喜びと、も一つ感謝で過ごしたいです。

24/06/2026(水) 13:47:55


No.43904 エーチャン  
6月23日 火曜日 引用
おはようございます。

昨日、ヌマさんが紹介してくださった記事のOpenAIの記事では、株式上場したスペースX社のことも書かれていましたが、本当にお金に心が飲み込まれている、それとともにいつ崩壊が起こってもかしくないと改めて感じさせられました。

・・・・・・

昨日、NHKで放映された「映像の世紀 バタフライエフェクト ホロコーストの記憶と揺れる世界」で大変印象に残った言葉がありますので、紹介します。ご覧になられた方もおられると思います。(1週間、見逃し配信で視ることができます)

ホロコースト生存者 歴史家 イェフダ・エルカナの言葉です。

「アウシュビッツの灰燼から二つの国民が生まれました
 一つは

『二度とこのようなことが起きてはならない』と主張する少数派

 もう一つは

『二度とこのようなことが自分たちに起きてはならない』と主張する多数派です」

以上、紹介された言葉ですが、今の社会が抱える問題点をはっきり浮き彫りにする言葉だと思いました。

23/06/2026(火) 09:40:15


No.43905  飯沼正晴
Re: 6月23日 火曜日 引用
エーちゃん、書き込みありがとう!


やはり地上人類は自らの存在意義でもある、「霊性の進化」というコースを大きく逸脱してしまっているようです。

「自分の利益や都合や自分の気持ちを優先的軸にする生き方を卒業し、(自分や相手や誰かを含む)皆の喜びを優先的軸にする生き方への転換」について、自己点検・書き込みを続けてくださいね。

些細なことであっても、その意味は大きいのですから、書き込みをして皆で共有していきましょう!

23/06/2026(火) 10:44:46


No.43903 飯沼正晴  
6月22日(月曜日) 引用
エーちゃん、Bさん、書き込みありがとう!

今朝はとりあえずin deepさんの記事へのリンクだけしておきます。

・OpenAI社が2025年に「6兆円規模に上る膨大な損失」を出していたことが流出した決算書類で判明。AI産業への幻想は崩壊に向かいつつある

投稿日:2026年6月20日

https://indeep.jp/will-openai-s-enormous-losses-shatter-the-illusion-of-ai/#google_vignette
。。。。。。

・米国家情報長官が任官最終日に「ファウチ氏が資金提供した武漢ウイルス研究所の機能獲得研究がコロナの発生源となった」ことを示す機密書類を指定解除し一般公開

投稿日:2026年6月21日

https://indeep.jp/gabbard-drops-fauci-covid-19-receipts-on-last-day/
。。。。。。。

22/06/2026(月) 09:46:10



No.43901 エーチャン  
6月21日 日曜日 引用
こんにちは。

だいぶ前に買い求めたアメリカ人女性の臨死体験の本、「死んで私が体験したこと」(ベティ・イーディー著 鈴木秀子訳 同朋舎 発行)をちょっと前から読み直していて思ったことを書きます。

最初にp.102 -103から引用します。

「霊の力が肉体を支配していることが、ようやく納得できるようになりました。ふつうの人間にはわからないようなところで、霊は働いています。思考をつかさどるのが精神で、行動をつかさどるのが肉体だということくらいなら、わたしにもわかっていました。ただ、霊というものが謎だったのです。でもいまでは、ほとんどの人にとって霊は謎なことがわかりました。多くの場合、精神は霊の動きに気がつかないからです。霊は神と交わっています。神の知識や洞察力の受信装置なのです。それを知ることが、わたしにはとても重要でした。なんだか私の身体のなかに蛍光灯が埋められているような気がします。光がともっているあいだは、私たちの身体の中心は光と愛に満たされています。肉体にいのちと力を与えてくれるのは、そのエネルギーだったのです。その光が細くなって、霊が弱くなってしまうことがあります。こうした事態は、暗い体験、つまり愛の欠如や暴力、性的な乱れといった害毒をもたらす体験をとおして、起こってきます。こうした暗い体験が霊を弱めていって、その結果、肉体も弱くなってしまいます。病気にはならないまでも、霊をもう一度充電しないかぎり、病気にかかりやすい肉体になってしまうのです。霊を充電しなおす方法は、隣人に仕えること、神を信頼すること、そして明るい思考をとおして陽のエネルギーに自分を明けわたすことです。それをコントロールするのは自分たちです。エネルギーの源は神です。そして、それはいつも手の届くところにあります。しかし、神の周波数に合わせておかないといけません。神の力を受けいれないかぎり、わたしたちは自分の人生で神の力を味わうことはできません。」

この本の原著は30年以上前に出版されていますが、「ほとんどの人にとって霊は謎なことがわかりました。」ということは今も変わらないと思います。私もこの場でかなり学んできているつもりではあるのですが、まだまだ謎の部分が多いといわねばなりません。

そして引用の最後のほうで書かれている、
「霊を充電しなおす方法は、隣人に仕えること、神を信頼すること、そして明るい思考をとおして陽のエネルギーに自分を明けわたすことです。それをコントロールするのは自分たちです。エネルギーの源は神です。そして、それはいつも手の届くところにあります。しかし、神の周波数に合わせておかないといけません。神の力を受けいれないかぎり、わたしたちは自分の人生で神の力を味わうことはできません。」

これを日々訓練していくと、当然それは自分からの解放ということにもなるでしょうし、いずれ風穴があくのではないかと思いました。それによって多くの人にとって霊は謎ではなくなったとき、あっという間にその力は広まっていくのではないか、戦争も格差も偏りもなくなるのではないか、そう思えました。

21/06/2026(日) 16:21:51


No.43902  Bさん
Re: 6月21日 日曜日 引用
やすこちゃん、
完治ってことは、悠々塾と出会って10年てことなのよね。
そうすると、私も皆さんと出会って10年なんやと、ふと思いました。

定例会からの帰り、駅までの雪道をやすこちゃんと一緒に歩いたこと、昨日のことのように思い出します。
電車でもいろいろ話しましたね。
けど、やすこちゃんの病気のこともよくわかってなかったし、なーんもわかってなかった私です。

やすこちゃん、しんどい思い背負いながらよく頑張りました。
何があっても大丈夫だからね。
心を強く、進んでいこう!

私は定例会にいつから車で通うようになったのか、最初の頃は電車だったかな。
当初、さいこさんと並んで電車で帰ったことがありました。
私はまだまだ定例会のこともよくわかってなくて、結構緊張してたみたいです。(笑)

何人かで集まって食物繊維に関する冊子を作りましたよね。
遠くからあきえさんも参加されてました。
あきえさんには京都のドネ会のお祭りの時、なみさんと一緒にハンドマッサージしてくださいました。

皆さんとボーリングにも行きました。
あの頃は、にぃ君ボーリングに夢中やったものね。
祐造さんがいろいろと気を遣ってお世話くださってました。

笑いが止まらぬやすこちゃんにミスターってのもありましたね。
なにが可笑しいのかさっぱりわからんまま、それでもみんなで大笑いでした。
ホントなんだったろ?(笑)

悠々塾も今の場所に移ってもう5年ほどになるのかな。あっという間ですね。

移って初めての年だったか、入り口のイチヂクの木に大きな実が一つなってて、その実をまゆみさんと一緒に取りました。
まゆみさん、覚えてはるかな?
あまりに立派なイチヂクに二人とも驚きと喜びでいっぱいでした。
あの時、たった一つのイチヂクだったけど、まゆみさんと同じ思いを共有できたこと、宝物のように思えました。

いろいろ思い出しますが、よく知らなかった皆さんのこと、いまはこんなに親しく感じられるのは、ほんとにありがたく幸せです。

私にとって、やはりバトルで自分の醜い姿を晒すことがてきたことは大きく、それでも皆さんに受け入れてもらえて、ようやく肩肘張らずに生きられるようになったと思います。

なんだか自分のことばっかりの自分なりの書き込みですみません。

そうなんですよね。
自分なりの思い込み強く、まだまだ迷えるあかんたれです。

でも、新しい世が開くよう、さらに喜びを膨らませて、次の10年を皆さんと一緒に励んでいきたいです。

バラされた年に10年を足すと、空恐ろしい気もしますが……。(笑)

引き続き、皆さん、よろしくお願いします。

あ、エーチャンだ! こんばんは〜。
とりとめのない書き込みで、すみません!

21/06/2026(日) 19:13:57


No.43897 飯沼正晴  
6月17日(木曜日) 引用
おはようございます!

昨日もちょっと書きましたが、私の体調は一気に改善しています。
何よりも波動的に軽くなりました。
1年以上かけての悠々塾というエネルギー場の浄化・向上進化が完了したということのようです。

そしてやはり克が伝えてくれていたように、私は波動的な攻撃に晒され続けていたように思います。
昨日からは、それまでの期間とは波動的にまるで違うことを実感しています。
不思議なことにお酒がとても美味しく感じます(笑)

私はこの働きを始めた頃、電車に乗れば急にひどい鼻炎が始まり、急に治まるというようなことが続きました。
その頃は原因が全く分からなかったのですが、ある時4人掛けのボックス席に座っていて、空いている席に別の乗客が座ったとたんにひどい鼻炎が始まりました。
ハンカチでずっと鼻を押さえいなければいけないぐらいの鼻炎でしたが、その乗客が席を離れた途端に治ったのです。
それで、急に始まる鼻炎の原因が波動的なものだと分かりました。

出張ヒーリングを依頼されて、その家に入ったとたんにひどい鼻炎が始まって、ろくに話もできず、「大丈夫ですか?」と言われたこともありました。
その時もその家から出ると同時に治りました。

そういうのはしばらくの期間だけでしたが、波動に敏感なのだろうとは思っていました。

今回は精神的にも強いストレスを繰り返し長期間受けることになった上に、悠々塾の働きを妨害しようとする勢力から執拗に波動的な攻撃を受けていたようです。

そういえば克が受信したムゥの物語に、「闇の勢力は光の者たちに向けて強い分断のエネルギーを送り続けていた。光の者たちの中にはそのエネルギーに影響される者もいた」ということが書かれていました。

今回、これほどまでに強く影響を受けたのは私自身の未熟さではありますが、皆さん方のエネルギーに支えられてようやくその影響から脱却できたようです。
本当にありがとうございます!

昨日も書きましたが、私たちが目指す農法についても、その確立に向けての目途がようやくつきました。
できれば梅雨の間に腸内細菌やOSH(自立・自活・自給的シェアハウス)なども含めての本の原案・企画案を書きたいと思っています。
そして書き手のさきさんやみゆきちゃんと相談して、できれば来年の春までに本の原稿を完成させたいと思っています。

今回のことは計らいによる、悠々塾というエネルギー場の浄化・向上進化であったと思います。
しかし私たちは誰も排除するつもりはありません。
しかし悠々塾は単なる「スピリチュアル的サロン」ではありません。
学びの場であり、働きの場です。

人としての良心に基づき、克や霊団から提示されるテーマに沿って共に学び、この地上界に霊界と同調するエネルギー的な風穴を開けて、「地上人類の霊性進化」の雛型成就の働きに参画する意志があれば、学びの仲間としていつでも受け入れます。

18/06/2026(木) 10:55:15


No.43898  飯沼正晴
Re: 6月17日(木曜日) 引用
本のこと、私が先走りしていますね(笑)
でも、今の時代・これからの時代に必要かつ重要な画期的な本になると思うので、必ず出版するつもりです。

長年にわたって農業関係の本を出版している出版社に持ち込むつもりです。
採用してもらえなくても、その出版社は自費出版も引き受けてくれるので、必ず出版できると思います。

さきさんもみゆきちゃんも腹を決めてね!(笑)

18/06/2026(木) 11:54:58

No.43899  さき
Re: 6月17日(木曜日) 引用
ぬまさん、びっくりですよ〜
いつの間にそんな話になってるんだ!
ほんまに先走りですよ。
無茶ぶりすぎですよ〜

とは別に、昨日から軽やかな感じでしたね
波動的な影響が軽くなったのを実感しました
体調もすっきりしてきたようでよかったです!

>悠々塾というエネルギー場の浄化、向上進化

長かったですね
先日黒豆の種蒔きをしました。
記録を見るとちょうど一年前にも黒豆の種蒔きをしていました。
ずっとずっと昔のことのような気がしました。
あの時今のような展開を想像もできませんでした。
激動の一年でした。
ぬまさん、お疲れさまでした。

私は篠山に移住して3カ月になりました。
おかげさまでこっちの暮らしにも慣れてきました。
N地の畑に行く時に自転車で田んぼのなかの農道を走ると、心地よい風が吹き抜けます。田んぼや草の緑、山や空が広がります。ぐずぐすした心が洗われます。自然のちからってすごいです。
畑仕事は思ったより面白くて、ぬまさんに教えてもらいながら手伝っています。やったことは還ってくる、手をかけたこと、心を込めたことは形になる。
畑や土さん、微生物たちはその場の草たちや人間が植えた苗とかも含めて生態系なんでしょうね。まだまだ新参者ですが、その生態系に馴染んでいきたいです。

7月からは週3日のパート勤務が決まりました。
ぜひここで働けたらと思っていた施設で働けることになって喜んでいます。
今の暮らしを楽しみながら、喜びながら、健やかなエネルギー場を創っていきたいです!
OSHの現実化に貢献できたら嬉しいです。
皆さんと共に歩んでいきます。

18/06/2026(木) 14:44:56

No.43900  飯沼正晴
Re: 6月17日(木曜日) 引用
今日は少し早めに畑に出たけど、今日のNは暑いわ。
軽トラックに避難して、エアコンかけて涼んでいます。

畑シェーバーというアタッチメントを草刈り機に付けて、トウモロコシで除草です。
遅れて蒔いたトウモロコシは草との見分けがつかなくなってて、ちょっと大変です。

さきさん、いつの間にって、昨日も本の話したよね。
もしも印税が入れば山分けしようって(笑)

そろそろ作業に戻ります。

18/06/2026(木) 15:21:18


以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
290/300件 [ ページ : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 ... 29 >> | 過去ログ ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

Rocket Board Type-X Rocket BBS