小説を語ろうや

R.L.スチーブンソン「宝島」(新潮文庫) / Jiraux 引用

 75人で船出をしたが、
 生き残ったはただ一人

 死人の箱にやぁ15人――
 よいこらさあ、それからラムが一瓶と!
 残りのやつは酒と悪魔がかたづけた――

 海賊が歌うねぇ。

 スチーブンソン(1850〜1894)が、
 いまから126年前の1881年9月(明治14年)、31歳の時に、書いた。代表作だね。
 日本でいえば、西南の役で西郷隆盛が自刃して4年後だ。

 スチーブンソンはその時、療養中で、妻の連れ子に聴かせるために書き始めたんだ。

 海賊ジョン・シルバーが、何てったって魅力的だ。
 気分次第で、平気で人を裏切る。

 信頼の置けない、嫌な奴なんだけど、
 人間的であるともいえる。
 油断のならない、人間の、本質的な姿が現れているといえるんじゃないか。

 別な言い方をすれば、
 ジョン・シルバーは、孤独をしっかり生きている。
 他者への依存心なんて大甘だよ、と思っている。心の根っこで。
 実存主義なんだね。淋しいけどさ。

 古びていない。126年前に書かれたとは思えない。
 entertainment作品としても、最高だなあ。。

No.401 2007/07/21(Sat) 11:28:18


同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / Jiraux 引用

 魂の苦闘がないんだ。
 主人公に。

 視点人物の純平は、京都の禅寺の老師が語ってくれることを、聴いて、学んで、ありがたくおし頂き、云われるままに東京に帰って行くだけ。

 反発して、
 「いや、私はこう思う」と、心の中で葛藤するなんてことさえもない。
 成長小説の味わいをもった風俗小説だが、
 良くない。

 筆者によると、青女離魂(『青』はほんとうは人偏につくりが『青』。パソコンから、この字を引き出せないから『青』としておく)は、

 禅の心を教える本「無関門」に出てくる中国の話だそうで、
 ある女性(青女)が、親に反対されて、蜀に士官する愛する男についていけなくなる。
 ところが、この男が蜀の国に着くと、青女は港で待っていて、一緒に暮らすことになった。
 2人は、蜀に5年いて、子供もできた。
 青女はある日、父親のところに帰りたくなって、男と一緒に帰った。
 父の家に着くと、青女は、その家にいて、男が蜀に赴任して以来、ぼんやりして家で寝続けだった、という。

 蜀から来た青女と、家で寝ていた青女が、出会った瞬間、ぴたりと一人になった。さてどちらが本当の青女だったか?
 という話だそうで、
 荘子の「胡蝶の夢」とどこか似ている。

 この青女の話は、
 人間のidentity(正体)とはどういうものなのか?
 と、問い、
 「己がやりたいことを貫け」と説いているように見える。

 老師が説く、
 「ひとつであれ」
 「いまやるべきことを心を込めてやりなさい」という禅の精神の、
 源、論拠として示されているようだ。

 そしてこの話は、作品の中で、
 三島由紀夫の割腹自殺について、
 老師が、

 「ええか、三島由紀夫は思うことと、することと、話すこと即ち文章で表現することが、いつもてんでんばらばらに分裂しておって、ひとつになることがなかった。所詮文学なんじゃ」

 と、批判し、「人間はひとつであれ」と説く論拠として示されているように見える。

 視点人物は、これを、何の批評的視点もなく、
 ただありがたく、押し頂く。

 しかしね、作者の方。
 
 故三島由紀夫が、実は、あの時、

 「てんでんばらばらに分裂」なんてしてなくって、

 「ひとつになって」文学に邁進し、
 ひとつになって頑張った結論として、あの割腹自殺(1970年11月25日)を、成し遂げていた、としたなら、
 ど〜なの?

 老師の教え(見方)は全否定され、根底から崩れるね。

 故三島由紀夫に対する老師の見方は、老師の主観に過ぎない。
 その主観は、このようにもろいんだな。
 主観は、ひとりよがりだからね。

 故三島由紀夫の割腹の原因は、誰にも分からないんだ。原因についての見方は、人それぞれ、いろいろあるはずで、

 老師が示した見方は、それら、いろいろある中の一つに過ぎない。

 ところが、視点人物の純平は、そうした点に思いいたらず、
 何の批判的思いもなしに、

 老師の教えを、疑いもなくありがたく受け入れて、

 楽しい気持ちになり、
 生まれ変わったような清新な感じになって、
 東京に帰って行くんだね。
 
 正確な意味で、これは、文学には足りないでしょう。
 1970年秋の、世相を記録した風俗小説です。

 三島由紀夫や、ボードレールや、漱石ら、
 有名人物を登場させたところにも、筆者の何かに頼りたい心が現れているように見える。

 先生の云うことを、ありがたがってただ聴いているだけでは、
 「もの書き」以前で終わってしまいますよ、あなた、

 と云いたい気がしてきた。

No.393 2007/07/07(Sat) 08:58:43

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / 雪 引用

 この作品って、
 禅のPR小説よね。

 禅の坊さんなら、三島の割腹を、
あのように断定してもおかしくないわ。

 でも、そんな、
 禅の教えから導き出したような見方で、
 三島の行為をあんなにスパッと切ってしまってもいいのかしら?
 単純過ぎよねえ。

No.394 2007/07/08(Sun) 19:54:25

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / 良一 引用

 禅の老師は、しっかり書かれているんじゃない?
 老師が面白い。

 純平は、工場でアルバイトをしながら大学で学んでいる苦学生で、
 そういう生活に疲れて、
 しばらくゆっくりしようと思って、京都の禅寺に行くことを思いつく。

 しかし期待は外れて、
 厳しい禅修行の日々を送らざるを得なくなる。

 純平はそういう意識レベルだから、
 老師の言うことをありがたく聞き、
 黙って受け入れるしかなかったのかも知れない。

 純平の素直さは、でも、面白くないね。

 純平は、思惑が外れて、京都で修行しなければならなくなる、という、
 喜劇的な面もあるのだから、
 ここを強調して、書いたら、面白かったかもね。

 不条理小説のような感じで書いたらよかったんじゃないかな。

No.395 2007/07/09(Mon) 20:25:44

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / Jiraux 引用

 小説を書く人は、
 「老師」の言うことが断定的で、魅力的だからって、

 視点人物に、頭(こうべ)を垂れさせて、
 「ありがとうございます」って感じで引き下がらせていたら駄目でしょう。

 視点人物は、この存在感のある「老師」に対しても、
 批評的でなくっちゃいけないんじゃないか?

 「雪」さんが、
 「これは禅宗のPR小説だ」って鋭く批判するのも、
 もっともだな。

No.396 2007/07/09(Mon) 22:17:59

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / 雪 引用

 「定まった間隔を置いて、石に当たるらしい竹の音」(1頁下段)

 って…、あなた、それ、「鹿脅し(ししおどし)」のことじゃないの?

 「鹿脅し」って言い切れずに、
 そのように長く書いてしまうところに、このシトの、「もの書き」になれそうもない資質の弱さを感じてしまうわ。あたし。

 細かいことは言わないたちなんだけど、言ってしまおう。この際。
 だって、合評で発言するたんびに、
 「もの書きが…」とか、「もの書きは…」なんて、
 「もの書き」ぶった、偉そうな態度ばかりで目障りなんだもん。このシト。
 「もの書き」にもなれそうにもないのに。

 「この寺に来た目的はなんじゃ」
 いきなり和尚は言った。和尚の問いは純平の予測を超えたものだった。(5頁)

 って…、
 おいおい、そんなことも予測できない馬鹿なの純平は?
 しごく予測しうる質問じゃないですか。この設定なら。

 和尚は旧制高校で弁論部に籍を置いて小説も書いていた。(14頁上段)

 って、遅すぎない?
 書く場所。

 50枚の原稿の、39枚目あたりですよ。ここは。

 それまでに、さんざ、
 和尚に小説を書いている人間は屈折してると思われる。そういうことを知らなければいいのだが…、

 的なことを書いている訳ですから。

 ほかにもいっぱいあるけど、
 やめとこう。
 「てにをは」みたいに基本的なことで、
 それ指摘して、
 落ち込むといけないから。

No.397 2007/07/13(Fri) 22:08:37

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵)/あたし   / あたし 引用

このケー薄な気取りは何でしょうね。こんな薄いメッキしかコーティングできずに、悦に入っている作者はお気の毒。「てにをは」をきちんと書くことすら覚束ない作者に、まずペンを持つ前にしっかりと鏡で自分の姿を見てから、と取り敢えず言ってみますが、無駄でしょう。
作者が「禅」を口にするほど禅から遠くなっていくのでしょう。禅の気分を味わうことは作者のご自由ではあるのですが、それはお一人でお願いします。この凡庸なる和尚にはただ同情するばかりです。貴兄叫証何法,修何道。

No.398 2007/07/17(Tue) 23:03:49

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / 雹 引用

あたしあたしと称するお方が合評の総括でも書いているんだな、と読んでいたワケだけど、よく見たら前の晩の書き込みじゃない。これってナンナノと思ったら、解ったよ。
和尚が作者に語りかけたのよ。最後の二行に和尚の本音とか、嘆きが出ているのかなって思ったよ。もうちょっとやさしさがあれば良かったんだけど。
作者は低頭してこのお言葉に耳をかたむけるべきね。突きはなしたような和尚だけど、けっして作者を見すてないと思うよ。
話変わるけど、あんまり有名な人の口ぶりを引用するの、カッコ悪いよ。知識をひけらかすのって、弱さのあらわれだよね。知識のあとかたが消えて、そうね、見識にならなくっちゃね、と思うよ。これって、このブログやってる人にも当てはまるんだけど。よけいなこと言っちゃったかな。

No.399 2007/07/19(Thu) 23:28:45

 
Re: 同人誌「河」140号「青女離魂」(高安修蔵) / Jiraux 引用

 何を言っているのだろう?
 分からん。

No.400 2007/07/20(Fri) 00:08:58


大庭みな子「三匹の蟹」(芥川賞受賞作=昭和43年上半期) / Jiraux 引用

 今年5月24日、腎不全で亡くなった作家、大庭みな子(1930〜2007)が、
 昭和43年上半期の芥川賞を受賞した作品だね。

 アメリカの都市(どこだろう? サンフランシスコの近くか?)に日本人の夫と暮らす、日本人の妻の、
 孤絶を描いてるんだね。

 夫は浮気をするような奴で、疎遠になっている。
 本人も浮気した。
 自宅で開かれるブリッジパーティー(カードの賭)に参加するのが嫌で、
 「サンフランシスコの姉が来るから…」
 と、参加者たちに嘘を云って、
 夜の遊園地に行き、ピンクシャツを着た米人と知り合い、

 ダンスに行った後、誘われるままに、
「三匹の蟹」という曖昧宿に入った。
 翌朝、バスに乗ってバッグの中を探したんだが、
 20ドル紙幣がなくなっていた、
 という話だね。

 退屈で、古い。
 ちっとも面白くなかった。
 こういう孤独相は、いろんな作家が、山と書いている。

 アメリカに住む日本人は、あんなに堂々とはしてないだろう。もっとくぐまってるよ。

 故三島由紀夫が、当時、芥川賞選考委員で、
 最後の2行を褒めている。
 おれは、褒めるほどのことか、と思った。
 三島さん、悪い。

 7月4日の、同人雑誌「河」の合評に使われるんだが、合評で同時に使われる他の一作、「タタド」(小池昌代)の方が遙かにいいよ。
 clearで、活字が立っている。

 「タタド」については、
 このコーナーで、すでに書いたから、もう書かない。
 たしか5月初めごろ載せた。

 興味ある方は、その頃の書き込みを探してみてください。

No.391 2007/07/02(Mon) 14:15:56


橋本忍「悪の紋章」(1963年7月、朝日新聞社) / Jiraux 引用

 ある事件を追っていた刑事が、
覚醒剤運びと婦女暴行の容疑で逮捕され、懲役2年の判決を得て、下獄する。
 無実の罪だった。

 出獄してから、興信所に勤めて復讐をする物語。
 復讐譚は、魅力がある。暗い魅力が…。

 作者が、黒沢明の映画「羅生門」やなんかの脚本を書いた、腕っこきの脚本家、橋本忍(1918〜)だから、2段組計369頁の、この長い物語を読んでみた。

 ところがしかし…、
 ご都合主義があちこちに見えるんだよね。

 最後の方の、秋吉台(山口県)の秋芳洞で、
 主人公稲村が、殺された男の遺体をひとりで探し続ける場面なんかも現実的じゃないし、

 その犯人が、稲村の想い人だったってえのも、典型的なご都合主義だよな〜。

 この恋人に、責任を取らせるために、浜辺で、水に大量に溶かした睡眠薬を飲ませて死なせる。
 それを稲村が見守る、なんて、
 凄い場面があちこちにあるんだけど、

 物語全体では、
 そ〜んなご都合主義、駄目じゃないですか、橋本さん。
 ってえ感じだった。

 1962〜3年に、朝日新聞夕刊に掲載された新聞小説でね、当時の新聞を引っ張り出して見てみると、
 毎回、写真(モノクロ)がつけられていた。
 そして写真は、ストーリーの一場面を再現している。

 新聞小説には、普通、イラストや絵がつけられるんだが、この小説では、写真だったんだ。斬新だね。
 いまやっても斬新だよ。

 俳優の山崎…(んんっ、名前が出てこない。黒沢の映画「天国と地獄」で犯人を演じた山崎。いま大スターになってる、あの山崎)
 が、稲村役を演じている。

 写真を撮ったのは、映画監督だった堀川弘通ら3人。堀川はたしか、黒沢の弟子だった筈だ。

No.390 2007/06/18(Mon) 15:12:21


多田和花子「秋の日の中で」(50枚余) / Jiraux 引用

 視点人物、私(鮎子)の、学生時代の友人、七海子の母がアルツハイマーになって、正気を失ってしまい施設に入った。
 「人生に定年はない」というのが口癖で、
 「この先、年老いても、七海子に迷惑かけないように生きたい」
 と云っていた。
 人生には、思いがけないことが起きるものだ。

 それを知らせてくれた、学生時代の友人、眞弓と分かれ、家に帰って、
 妙にすうすうと薄ら寒い感じでいると、
 隣家のピアニストが練習で弾く、ドビュッシーの「小舟にての曲」が聞こえてくる。

 ソファに座って熱いティーを飲みながら、
 今日はいろいろあったなーと反芻していると、
 胸が潰れる思いがしてくる。
 自分の娘の顔も忘れて日々を過ごしているという、七海子の母が思い出される。

 「ねえ、お母さん、もう一度普通の人間として付き合いたいなー」
 という七海子の悲痛な声が聞こえる。
 背筋が寒い。
 私は心の止め金が外れたようになって立ち上がり、
 ワインをクーラーから出した、
 という話。

 この部分は、50余枚中の、最後の7枚で語られている。ここに至るまでが、長すぎないか?
 ここにくるまでに何があったか、
 ほとんど覚えていない。

 もう一度読んでみよう。

No.389 2007/06/06(Wed) 11:53:35


河138号「揺れて」(桐山みち代) / Jiraux 引用

 阪神大震災に遭った、理矢子(60歳)と、辰(55歳)の話で、
 理矢子は夫に先立たれ、辰を、自分の家に同棲させている。

 阪神大震災があった朝、この辰が、見知らぬ女を連れてきて、
 「人助けだ」といって泊まらせ、面倒を見る。
 二人に何があったのか? 
 と思ってみたり、近所のばあさんがうるさかったり……、
 という話。

 この二人、おれは、どっかで会ったことがあるな、
 と思いつつ読み進めていたら、
 織田作之助「夫婦善哉」の蝶子と柳吉に似ているのに気付いた。

 蝶子はしっかり者で、柳吉は一見頼りなさそうな男だが、
 実は、柳吉の方が一枚上手で…、
 というのが「夫婦善哉」なんだが、
 この話もそれに似て…。

 関西の人が、男女の話を書くと、「夫婦善哉」の蝶子と柳吉に似てきてしまうのは、なぜなんだ?

 「取材のヘリコプターに向かって助けを求め手を振る人をテレビが映し出したときは、取材はいらん、それよりその人たちを助けろと叫びたくなった」(32頁上段)と書き、
 34頁下段でも、同じ趣旨のことを書いているのに、
 大震災の現況を、もっぱらテレビだけから得ている主人公の理矢子は、自分勝手で、含羞がないと思った。
 その勝手さで、説得力が損なわれないか?

 51頁上段(後ろから2行目)以降の、10枚分は、阪神大震災から11年後の1996年の話で、理矢子は71歳、辰は66歳になっている。
 この10枚分が入ったために、年代記の臭いがついて、
 物語が萎んでゆく感じがする。

 文芸雑誌「文学界」の今年5月号の、同人雑誌評(大河内昭爾担当)で、
 ベスト5のひとつに選ばれた作品だ。 

No.384 2007/05/28(Mon) 19:27:21

 
Re: 河138号「揺れて」(桐山みち代) / 雪 引用

 「難破した船の乗客が、救命ボートに救われる写真を撮る暇があるなら、写真なんか撮らずに、救助しなさい」
 って、カメラマンを叱る、有名な話がありますね。

 たしか20世紀初めごろにあった、マスコミ批判ですよね。

 この小説に出てくるマスコミ批判は古いんじゃありませんか。
 救命ボートがヘリコプターに替わっただけですね。

No.385 2007/05/28(Mon) 22:35:44

 
Re: 河138号「揺れて」(桐山みち代) / Jiraux 引用

 6000人を超える死者を出し、30万戸が破壊された
 あの阪神大震災は、人々の心に、どんなダメージを与えて、
 その影響は、12年後の今に残るのか?
 それとも、癒されたのかどうか?

 そこを書かなきゃいけないでしょう。

 それは、この作品には、書かれていない。
 一番大事なことを、外している。

 別居状態だった、40歳代の女性が、
 大震災がきっかけで復縁できた、だけでは、
 どうしようもないよ。

 この作品は、大事なことからピントが外れている。

No.386 2007/05/29(Tue) 10:17:16

 
Re: 河138号「揺れて」(桐山みち代) / 良一 引用

 ………ということは、

 文芸雑誌「文学界」の同人雑誌評担当者、大河内昭爾は、

 小説を読む力が、
 とても弱い、

 あるいは、鑑識眼がない、
 ということなのですか?

No.387 2007/05/29(Tue) 23:26:51

 
Re: 河138号「揺れて」(桐山みち代) / Jiraux 引用

 大河内昭爾さんが、どういうものを書いてきた人なのか知りません(著書があることは知っているが、まだ読んでいない)。

 ただ、同人雑誌評を見て、その結果を引用しただけ。

 作品評は、私の意見であるというにすぎません。
 ほかになんの意味もありません。

No.388 2007/05/30(Wed) 00:23:32


五木寛之「風の王国」(新潮文庫、¥705+税) / Jiraux 引用

 サンカのことを書いてある、
 って知って、読み始めたんだよね。
 entertainmentで、読んでいる間に、
 ああ、つくりごとだよなあ、って感じがしょっちゅう心に浮かんで、空しさがあった。

 だが、サンカにより詳しくなれて、よかったとも思う。
 サンカって、ご存知でしょう?

 日本の流浪の民のこと。ジプシーみたいな人々。
 山に住んで、箕(み)や、台所で使う蒸かし器のようなものをつくり、里の人々に売っては暮らしていた。
 サンカが山に泊まるために使ったテントは、
 セブリと呼ばれた。

 柳田国男「山の人生」は、たしかサンカのこと書いてたね。昔読んだ。太宰治「魚服記」(「晩年」の中の一篇)は、「山の人生」を読んで思いついたのだったぞ、たしか。

 箕作(みつくり)という名の土地が、私の故郷、伊豆・下田市にあるんだ。
 この箕作が、「風の王国」に出てくる。

 五木さんによると、この箕作は、
 686年に大津皇子(おおつのみこ)が処刑された時、共同謀議に問われた、砺杵道作(ときのみちつくり)が流された土地だった、という。
 役小角(えんのおづぬ)もこのあたりに流されたらしい。

 サンカが有名になったのは、昭和初期の説教強盗がきっかけだ。当時、新聞記者をしていた三角寛が、
 上野・下谷万年町に住んでいた、警視庁の大塚という刑事から、
 「犯人はサンカではないか」と聞き込んだ。
 下谷万年町は、スラム街で、サンカがたくさん住んでいたらしい。

 1949年時点で、14,000人のサンカが無戸籍のまま、日本列島を流浪していたというが、
 1952年の住民登録令施行で、流浪するサンカは、日本にいなくなった、と五木さんは書いている。

 五木寛之が、
 管理型の日本社会に疑問を持っていて、離脱したい心をもつ老荘型の知識人であることが、
 この本でよく分かった。

 この作品では、
 登場するサンカグループの歴史や決まり事などが詳しく書かれている。
 これは、五木さんが、横浜の高台のマンションであれこれ、苦労して、想像して作り上げたんだろうな、と思った。

 二度目の休筆の後、「小説新潮」に1984年7月〜9月まで掲載したらしい。
 文庫本で、計495頁。五木さんは今年75歳。

No.383 2007/05/24(Thu) 22:54:06


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