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日中戦争と曹洞宗 ―榑林皓堂「事変と仏教」―(1)
昭和12年7月7日に勃発した日中戦争(支那事変)を当時の曹洞宗はどう捉えていたのか。大本山永平寺機関紙『傘松』昭和12年10月号掲載の標題の論説を全文紹介することにより、日中戦争の歴史的意味が定まりつつある現在の視点を通して、当時の本山あるいは宗門がどのようなベクトルを持って当時の宗門僧侶に影響を与えたのかを考えてみたい。因みに筆者は当時駒沢大学教授で宗門を代表する論客であり、戦後は駒沢大学総長となったことを申し添える。
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事変と仏教 榑林皓堂
本稿は九月号のために八月中旬御執筆を願ったものでありますので、事変の展開状態に今日とは多少の相違がありますが、本稿を通して筆者の云わんとするところは事変の報道ではありませんので、そのまゝこゝに掲載させていただくことにいたしました。(編集子)
北支事変は今の所なお事変であり、我方の不拡大方針に依て大したことには成って居ないが、それでも是迄の間に皇軍将兵の可成り多数の尊き犠牲を払って居り、今後、先方の出様如何に依っては、由々敷大事に至る可能性が多分にある、この事変が無條約時代の第一年の出来事であるだけに、国民一同重大なる決意を以て臨まねばならぬ。国防を第一線の将士のものとのみ思うことなく、国民大衆が将士とその労苦と護りを偕にすると云う強き意識を以て、国防献金に、慰問金の募集に大童となって居る外、神社仏閣に皇軍の戦勝、出征将士の身体堅固、武運長久を祈願し、銃後の赤誠を披攊しつゝあることは誠に当然であり、それでこそ上下一致、国民総動員の実を挙げたことになる。かくして国運は天地と共に彌栄えに栄えるであろう。 × × 事変とは地方的紛争であって勿論戦争ではない。しかし戦闘行為武力行使であることは事実である。武力行使は必然に人命の破壊損傷を随伴する。而もそれが大量的に堂々と行われる。仏教徒が受戒の当初に不殺生を誓い、如何なる場合にも不殺生が第一に挙げられることを考え、更に仏教の慈悲が放生会とまでなって、禽獣蟲魚にも及び、能う限り彼等の生命を全うさせようとする仏教の立場からすれば、仏教徒は戦争に参加し得ない如くでもあり、寧ろ反戦運動こそ本来の建前に近い様にも考えられよう。然し事実は反対であって教会人と雖も国家の危急に敢然奮い起って大義名分の為に鬼畜にも等しき暴兵を膺懲せねばならぬ。 こゝに我々は戦争の原因と種類とを考えさせられる。しかし専門家ならぬ素人に緻密な分類、精細な区分は出来もしないが、常識的に見る限りまず侵略の為の戦争が考えられる。これは自国の強大、征服欲の遂行、勝利の快哉、経済資源の獲得等々が原因となる。次に自衛の為の戦争、独立確保の為の戦争、正義の為の戦争があり、更に信仰に基く宗教戦争もある。而して今次の北支事変が正義の為の戦争であることは云うまでもない。勿論日本の戦争は日清日露を始めとして何れもそうであり、今後も同様の場合があるとすればそうあるに違いないが、恐らくそれは仏教精神の影響であろう。仏教に依って育成せられた日本精神は常に人類の協調、東洋永遠の平和を目指して止まない。仏教の感化なくしてかゝる超国境的、一視同仁の徹底化は無いであろう。 而して東洋永遠の平和は、東洋人の東洋と云う自覚に立つ心からなる日支提携以外にあり得ぬことは何人も熟知のことなるにも拘らず、支那の為政者並に軍閥の輩は自己の地位獲得と野望達成に狂奔し、良民を苦しめ搾取をことゝし、或は利権を以て某々国等を巧みに操り、遂には支那全土をして国際利権闘争の舞台たらしめ、引いては皇国の権益を侵害し国家の安全性をおびやかすに至る有様である。玆に於てか彼等の認識を是正し其の日支親善、東洋恒久の平和確立の為にその暴戻を膺懲し自覚を促す戦争は、理想への転換過程として真に止むを得ざるものであり、仏の慈悲より現れたる聖戦であって、不動明王の瞋恚の相を人間化せるものである。依ってこれを正義の戦と名乗ることは正しい判断である。事変以来、吾等仏教徒が赤心奉公の誠を以て天地神明に祈り仏祖の照鑑を仰いで、皇軍の戦勝、出征将士の身体安全、武運の長久を祈念する所以はこゝに在る。謂わばそれは邪悪の亡滅と正義の勝利を祈る心に外ならぬ。
(続) |
No.725 2008/10/13(Mon) 05:36:52
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