□■□■□日本・曹洞宗「人権・平和・環境」□■□■□
일본・조동종 「인권·평화·환경」
Soto Order of Japanese Zen Buddhism [HumanRights,Peace,Ecology]


(by 한겨레)

旧「曹洞宗に現場の声を届けよう」サイトです。
曹洞宗の掲げる「人権・平和・環境」問題を考えます。
当掲示板の趣旨に反する投稿は削除し、次回からの投稿をブロックします。
2013.8.7 悪質なアラシがありましたので「投稿パスワード」を設定しました。希望者はメールください。

2012年の懺謝文碑建立にまつわる騒動は、日本曹洞宗の保守的体質を明らかにしました。日韓仏教の真の交流には、信頼が不可欠です。
それを築くためには歴史を正しく検証することが大切です。曹洞宗は残念ながらそれを怠っているようです。
当掲示板はそれを踏まえて、日韓及び日韓仏教界の現状 を扱います。(2013.2.25 朴大統領就任の日)
2012년의 참사문비석건립 소동은, 일본 조동종 보수적 체질을 밝혔습니다. 일한 불교의 참된 교류에는, 신뢰가 불가결합니다.
그것을 실현하기 위해서는 역사를 정확하게 검증하는 것이 중요합니다. 조동종은 유감스럽지만 그것을 소홀히하고 있는 것 같습니다.
이 게시판은 그것을 근거로 하고, 일한 및 일한 불교계의 현상을 다룹니다. (2013.2.25박 대통령취임의 일)

chinokoe@gmail.com

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安居の功徳 / タノQ 引用

以前にも申上げたとおり地の聲さんの 日帝時代の軍隊の残滓 には反對意見で、やはり旧帝國よりさきの時代から暴力容認主義な教育方針が、あるいは誤傳され歪曲され結果的に僧伽内部で涵養されてきたもの、と想像します。
ただし
ときに体育会系などと形容されますが、おおくは若く活きのいい者たちで占める集團を指導者らがシンプルに劃一的に(つまり自分らの反省や考察や檢證とか懐疑などの全勞力はぶいて)管理して總べるのに都合よろしきシステムとして旧帝國軍隊方式を追随し摸倣するのは、これ体育会系倶樂部でなくとも僧堂安居でなくともブラック企業の新入社員研修でなくとも、だれしも真似したくなるアレなんじゃないでしょうか。

わたしの知る僧の一人は、あれはただの弱いものイジメだと述懐されますし、ある僧は佛説に基づいている面もありつつ歪な面もあると回顧されますし、またべつの僧は事件以降(イジメを)緩和された方針で規律を保てるのかと疑義を示すし、わたし自身が僧堂で脚氣對策してない意味を問うた僧から脚氣對策より全軆行動統一が大事みたいな洗脳トーク返されたし。

これを↑病んでると思ったら信徒失格なんですかねえ。

No.1864 2014/08/24(Sun) 20:37:21

 
Re: 安居の功徳 / 地の声 引用

少なくとも現在の僧堂のありかたには反対ですね。優れた指導者(=仏教者)がいないからです。
戦争の残滓論は一点突破なんです。
戦争を肯定した曹洞宗に対する揶揄でもあります。

折角の「懺謝文」ですら、「いらぬ誤解をまねく」などとごまかしていますが、これは現在の曹洞宗の実態。

近く某誌に「地の声節」を発表します。楽しみにしてください。

日本国仏教が本当の仏教に生まれ変わるために一石を投じます。曹洞宗モラトリアムにつきあっているヒマはもうありません。

No.1865 2014/08/24(Sun) 21:33:56

 
Re: 安居の功徳 / タノQ 引用

かつて平等平和を唱えた善知識を放逐しヘ團ぐるみで戰爭を遂行しながら敗戰のちには懺謝文を發表して、けっきょく懺謝文の扱いで現在だだいま支離滅裂に反應する、これモラトリアムていうより、こういう大人になっちゃいけませんよ的な人らであります。
いらぬ誤解ていうのは、どういう誤解なんでしょ。もしも批判者らの主張が、こういう大人になっちゃいけませんよ的な指摘なんだったら、それは誤解じゃなくてズバリ正解なんじゃあないのかな。

No.1866 2014/08/26(Tue) 22:15:40

 
Re: 安居の功徳 / 地の声 引用

「いらぬ誤解をまねく」・・これが懺謝文碑建立騒動のキーワードであるとわたしは考えています。
こんな稚拙な言い訳で、曹洞宗は何を守ろうとしたんでしょうかね。懺悔できない者は、宗教者として失格です。(経営者としては優秀です。笑)

No.1867 2014/08/27(Wed) 06:44:12


曹洞宗・正法寺専門僧堂暴力事件民事裁判・私見(2) / 地の声 引用

韓国軍第28師団で今年4月、軍隊内の暴力によってY一等兵(23)が死亡した。韓国ではご存知のとおり徴兵制があり、入隊を控える息子をもつ親たちに大きな衝撃を与えている。
韓国では軍隊内の暴力を「日帝時代の軍隊の残滓」と認識している。

いま、曹洞宗は僧堂暴力事件で被告席に座らされている。修行と暴力の関係が司法の場にもちだされたのは、曹洞宗の歴史上前例を見ない。曹洞宗の本質が問われた画期的な裁判だ。

韓国の徴兵制度は国民の義務で基本的にのがれることはできない。一方、曹洞宗の僧侶も僧堂修行は住職の資格取得のためにのがれることができない義務だ。

両者とも、そこでおこなわれている陰湿な暴力行為は「日帝時代の軍隊の残滓」という点で共通している。

韓国の軍関係者はこの死亡事件に関して「軍紀は軍律をしっかり守れということであり、先輩の不当な指示やいじめに耐えて従えということではない」「軍幹部と兵士間の戦友愛と規律は、軍隊を維持する二つの重要要素だが、現在の韓国軍は内部暴力と誤った悪習のせいでいずれも崩壊した状態だ」と嘆いている。
これを曹洞宗の僧堂にあてはめると「僧堂の規律は仏道修行を基本として遵守されるべきであり、先輩の不当な指示やいじめに耐えて従えということではない」「僧堂の幹部と修行僧の和合と規律は、僧堂を維持する二つの重要要素だが、現在の曹洞宗の僧堂は内部暴力と誤った悪習のせいでいずれも崩壊した状態だ」となるだろう。

No.1862 2014/08/05(Tue) 08:14:54

 
関連:朝鮮日報社説 / 地の声 引用

【社説】軍隊内での暴行には刑事処罰や損害賠償を

8.5「朝鮮日報」日本語版社説
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/08/05/2014080501111.html

 今年4月に陸軍第28師団で兵士が先輩らからいじめや暴行を受けて死亡した事件について、韓国国防部(省に相当)は4日「全面的に再 調査を行った上で、加害者の兵士たちには傷害致死罪ではなく殺人罪を適用する方向で検討を進める」との方針を発表した。この事件については軍当局も加害者らによる常習的な暴行の事実を以前から把握していたが、何の対策も講じずむしろ隠蔽(いんぺい)していた疑惑が表面化しており、また加害者たちに対する処 罰も軽すぎるといった指摘も相次いでいる。今回の軍の発表は、これら一連の疑惑や指摘を受けてのものだ。
 国会国政監査の資料を見ると、軍当局がいじめや暴行によって2011年に刑事事件として立件した1587件の事例のうち、66.2%に相当する1051件は不起訴処分となっていた。また起訴にまで至った事件でも、執行猶予などによって最終的に容疑者が釈放されたケースは30%を上回っている。つまり韓国軍の中でいじめや 暴行が摘発された場合、ほとんどは加害者に対して何の処罰もないか、あるいは処罰があっても非常に軽いもので終わっているのが実情なのだ。しかしその間にも韓国軍の内部では、いじめを受けた兵士が仲間の兵士たちに手りゅう弾を投げ付け、時には銃を乱射するといった事件も相次いでいた。今回暴行を受けた兵士 が命を落としてしまった理由は、軍当局による安易な対応が大きな原因と言わざるを得ないだろう。
 現行の軍刑法は、部隊の中で職権を乱用しいじめなどを行った場合は5年以下の懲役、それ以外は3年以下の懲役か700万ウォン(約69万円)以下の罰金に処するよう定められている。しかし今後は暴行に対しては無寛容の原則を適用し、さらに軍刑法を見直して量刑を重くすることなどを前向きに検討すべきだろう。
  海外では軍内部での暴行に関しても、民事上の損害賠償責任を厳しく追及している。日本では、先輩らによる集団いじめで自殺した海上自衛隊員の遺族が国などを相手取って損害賠償を求めた裁判で、東京高裁が今年4月、いじめに加わった隊員らに7300万円の賠償を命じる遺族勝訴の判決を下した。また英国でも軍 の内部で集団暴行を受け精神分裂症を患うようになった兵士に対し、国が74万5000ポンド(約1億2900万円)の賠償を行った。ところが韓国では軍でのいじめが原因の自殺事件が発生しても、これまで裁判所は韓国軍当局や加害者の責任を一部しか認めず、賠償金もわずか数千万ウォン(1000万ウォン=約 99万円)しか支払われないケースが非常に多かった。韓国の裁判所が軍に対して支払いを命じる賠償金の額をこれまで以上に多くすれば、軍もいじめの根絶に向けてもっと真剣に取り組むはずだ。また軍も加害者側の兵士による犯罪行為が明白な場合や、指揮官が加害者の行為を明らかに擁護あるいは黙認していた場合、彼らに対して求償権を積極的に行使するなどして、責任の所在を明確にしなければならない


※僧堂内の暴力行為は、今までは裁判にすら持ち込まれなかったし、また再発防止対策も検討されてこなかった。国家暴力装置の軍隊ですら人権尊重が叫ばれ、この社説のように厳罰を以って対処する方向に世論は動きつつある。
この社説を僧堂に適応すれば、関係者の厳罰は無論のこと「指揮官(堂長及び曹洞宗)が加害者の行為を明らかに擁護あるいは黙認していた場合、彼らに対して求償権を積極的に行使するなどして、責任の所在を明確にしなければならない」ということになる。

No.1863 2014/08/05(Tue) 13:40:08


曹洞宗・正法寺専門僧堂暴力事件民事裁判速報(1) / 地の声 引用

2014.7.25「中外日報」

第1回口頭弁論 認否反論は次回に

岩手県奥州市の正法寺専門僧堂で起きた暴力事件の民事訴訟の第1回口頭弁論が18日、東京地裁で開かれた。同日までに被告の曹洞宗は、被害者の原告の請求をいずれも棄却するとした答弁書を送り、詳しい認否、反論は次回(8月28日)に持ち越された。
審理は数分で終わったが、裁判長は原告に対し、正法寺、加害者との和解の可能性を示唆した。公判後、原告訴訟代理人である内田雅敏弁護士は「曹洞宗の監督責任や僧堂を認可した責任などが争点の中心になる」と語った。
被告の正法寺と加害者は15日付で原告に答弁書を送付し、刑事訴訟で有罪となった部分の共同不法行為などは認めつつも、賠償請求のいずれも棄却するとしている。


※原告は曹洞宗の修業機関である正法寺専門僧堂及び曹洞宗の責任を論点にしているが、被告の曹洞宗は正法寺専門僧堂内の暴力事件として切り捨てようとする構え。
僧堂内の暴力は、いわばパワーハラスメントだ。人権意識の高揚が叫ばれる今日、この裁判が曹洞宗の人権認識にどんな役割をはたすのか注目したい。
(備考)
修行の名目で暴力が認められるという前提が曹洞宗にあるようだ。では、その修行が本当に仏教的な修行であろうか?
私見(1)として記し置く。

No.1861 2014/07/28(Mon) 21:39:03


曹洞宗など賠償提訴へ 正法寺僧堂暴行事件 / 地の声 引用

『中外日報』(2014.6.17)

http://www.chugainippoh.co.jp/religion/news/20140618-001.html

曹洞宗正法寺専門僧堂(岩手県奥州市、昨年11月閉鎖)で修行中に仲間の僧侶2人から暴行を受けたとして、被害者=当時(21)=が加害者と同寺、 曹洞宗に対して計550万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴する準備を進めている。加害者2人は既に刑事訴訟で有罪が確定している。
昨年7月17日、僧堂内で当時27歳と23歳の修行僧が被害者を殴るなどの傷害事件を起こし、岩手県警水沢署に逮捕された。盛岡地裁水沢支部は加害者の暴力が恒常的だったとし、同10月に懲役1年執行猶予3年などの判決を言い渡し、刑が確定した。
被 害者は、加害者の不法行為に対する損害賠償を求めるとともに、正法寺に対する安全配慮義務違反、専門僧堂を認可した曹洞宗に対しても連帯した安全配慮義務 違反、使用者責任などを追及している。また同宗の事後対応についても、被害者への聞き取り調査がなかったなどとし、怠慢を訴えている。
(以上転載)


私は以前、「禅の暴力性」を指摘したことがある。この事件は僧堂でおこなわれている暴力の氷山の一角だ。僧侶の資格を得るために大抵は泣き寝入りするが、今回の提訴によって「禅の暴力性」という本質にまで迫ることを期待したい。

そもそも、修行の場でおこなわれる暴力は、前提に修行がなければならない。そして・・・仏教は暴力を否定するものだから、本来、暴力行為などあってはならないはずだ。
先輩僧侶が修行の名目で暴力行為に及ぶことも、今の社会常識から相当ずれてはいないか?いわゆるパワーハラスメントではないか?

修行道場で暴力が容認されるようになったのは、それほど昔のことではないとわたしは考えている。
戦争の時代、修行僧が軍に入隊すれば、その期間は修業期間とみなされた。仏教の国家追従だ。しかし、いまはそれをとりあげない。
1945年、敗戦後、戦地から大勢の兵士らが帰還した。なかには僧侶もいた。
日本は敗戦で疲弊し、経済的に困窮した自分の寺に帰れないものもいた。それらが修行道場に入った。大本山総持寺の歴史を見ると、修行僧が最も多かったのは敗戦時だという。多分、大本山永平寺も同様だろう。
軍で人格を失われた荒くれたちが修行道場に集まった。結果は想像に難くない。軍の暴力が修行道場で繰り返されることになった。そしてそれが伝統化して今に至っている・・・。

再度言うが、仏教は暴力を否定するものだ。
たとえ禅であれ、それは譲ることはできないはずだ。禅が内蔵する、一件暴力的に見える厳格性を、あらためて仏教に近づける努力が求められているのではないか?

No.1859 2014/06/20(Fri) 16:45:50

 
Re: 曹洞宗など賠償提訴へ 正法寺僧堂暴行事件 / タノQ 引用

わたしも事件より以前すでに僧堂では暴力が日常化してるでしょと某BBSで問題提起したことあったです。ですが當時は反應くれた人など記憶の限り一名さんだけで、そもそも僧堂についての問題提起をBBSに募集したハズだった某カリスマ?宗侶さまはもとより他の人らも完全黙殺だったんだな。それが事件以後がぜん目覺めたかのごとく(なんだそれ)正義の味方ぶってヤリ玉にあげてらっしゃる。テレビにでとる廉っぽいコメンテータと同じ低価格な風情であります。

まー、それは置いといて
入營期間が安居としてカウントされてたとは初耳でした。たしかに地の聲さん以外どなたも明かさなかったんだし。おおきなことが出來しなければ黙って無難に過ごしときたい、おクチにチャックでござる、そういう禪風の宗門なんですかー、なんつって。

やれやれ。
道場の暴力容認について、その素地は旧帝國以前から、もっと以前の震旦からあった、とタノは考えます。臨濟がどーたら黄檗がどーやら拂拳棒喝の三十棒だの、そういう指導法の傳承のアレ。
ただし、いまや中身が誤解して傳承されて、つまり誤傳されてるようですね。祖師方らは弟子がもつ既成概念や常識を拂うため非日常な言動を採ってたらしい、じっさい黄檗は逆に師を殴打して師から褒められたりしてますし。けっきょく暴力や暴言とか、みな非日常です。
この非日常を常ひごろ僧堂生活で日常的な常識的に身につけた人らの暴力暴言って、とどのつまり、あらたに、あらたな場処で得た、たんなる別の常識的な日常に過ぎない、そこへナンにも氣づいてなくって事件おこす、あげく報道沙汰の訴訟沙汰のBBSネタの、ってことでしょ。
坊主の常識が世間の非常識で搆わないし、それでこそ結搆だと思うけど、じぶんらのやってることが佛法に適っとるのかどうかぐらいは自分のド頭つかって考えてほしいッスよ。

No.1860 2014/06/20(Fri) 22:56:25


再び「英霊」 / 地の声 引用

去る6月9日〜12日、福岡で日韓仏教交流協議会が開催された。日韓の仏教者が約200人参集し、中に曹洞宗の高僧もいたようだ。

日韓仏教交流自体は積極的に推進されるべきものと思うが、しかし、その中身が問題だ。

この報道の11番目の写真をご覧いただきたい。

http://www.kbulgyonews.com/news/articleView.html?idxno=4178

法要では東日本大震災とセウォル号の犠牲者の供養がおこなわれ、さらに「日韓英霊」の供養も併修されたことがわかる。

3つ目の塔婆には「南無阿弥陀仏 為 日韓諸英霊追善増進菩提」とある。

韓国で「英霊」は国家の為に命を落とした人々を顕彰するために用いられる。例えば朝鮮戦争など。
ところが日本ではどうだろうか?

20世紀の東アジアの戦争は、日本帝国主義の侵略戦争である。戦死者はその犠牲者であって、顕彰するのではなく慰霊されるべきだ。顕彰するのは、ご存知のとおり「靖国神社」であって、侵略戦争を美化するために「英霊」と呼んでいる。

仏教は反戦平和主義だから、日本の戦死者を「英霊」と呼んではならないのは当然のことだ。

ところが・・・今回の交流協議会では日本の「英霊」供養がおこなわれた。驚愕せざるを得ない。

韓国の仏教者は、この意味を理解しているのだろうか。とてもそうは思えない。そうであれば、日本サイドにうまく誤魔化された可能性が高い。

もしもこの事情を理解していたとすれば、韓国仏教者たちは、あたかも靖国神社を参拝したことと同じになってしまう。

いずれにせよ、日本仏教界はもっと真摯に戦争を検証し懺悔すべきである。こんなとんでもないことが、いまだにおこなわれていることに幻滅せざるをえない。

No.1858 2014/06/18(Wed) 07:49:05


『曹洞宗近代教団史』批判 / 地の声 引用

2014年3月31日発行の曹洞宗総合研究センター『曹洞宗近代教団史』が、全国の曹洞宗寺院に配布された。本書は、明治の曹洞宗の動向をまとめたもの。
しかし、あまりにも内容が杜撰だ。

一例として、pp.212-213の釜山・総泉寺に関する記述を挙げる。
問題の部分に下線を付した。

「1901年、村松良寛(生没年未詳@)が釜山Aに「曹洞宗私立海外布教会」を設立、四年後には村松の後任として渡朝Bした長田観禅(1946没)が、同地にて後に釜山観泉寺Cとなる寺院を建立しています。」(pp.212-213)

@ 村松良寛は静岡の曹洞宗僧侶。釜山で開教を開始したが、1904年に釜山で病死した。当時の開教の過酷さを物語る大切なできごと。筆者はこのことを知らないようだ。静岡を調べれば生年も簡単にわかるはずだ。「生没年未詳」として切り捨てるのは研究者として努力不足である。

A 「曹洞宗私立海外布教会」は、1899年、東京浅草・安昌寺住職渡辺洞水が中心となり、橋場・総泉寺住職木下吟龍を盟主に結成されたもので、釜山で設立されたものではない。このことは回収本『曹洞宗海外開教伝道史』p.31に記述されている。筆者は、この重要な資料に目を通さなかったのだろう。そして、想像でこのように記述したと考えられる。

B 国名は正確を期すべきで、とくに韓国については留意が求められる。「渡朝」の「朝」は李王朝時代をさす。しかし、1897年に国名を「大韓帝国」とした。長田が釜山へ行ったのは1904年だから、「渡韓」が正しい。国名をぞんざいに扱われるのは、その国の国民にとって侮辱にほかならない。

C 止めは「観泉寺」。ごていねいに「かんせんじ」とルビまで付している。もちろん正しくは「総泉寺」。寺名まで間違えるとは・・・呆れてものが言えない。ちなみに釜山総泉寺跡には小学校が建っており、当時のなごりは唯一、置き去りにされた石仏の観音像に留まっている。一方、寺名となった総泉寺は現在、板橋区にある。「禅宗系宗教法人」として、曹洞宗から離脱している。

要するに、筆者は釜山総泉寺のことを識らないまま書き、それを全国の曹洞宗寺院に垂れ流したのだ。「曹洞宗総合研究センターは宗門のシンクタンクであり、現代社会において本宗が直面するさまざまな課題について機能的・総合的に調査研究を行い、かつ、宗門人の付託に応える人材の養成を行う教団付置の研究機関」と標榜する当機関が、このような水準にあることをわたしは憂うる。

この件について曹洞宗に指摘したが、いまだ返答がない・・・・。

No.1855 2014/06/07(Sat) 08:15:57

 
Re: 『曹洞宗近代教団史』批判 / タノQ 引用

どこに出しても恥ずかしいマチガイ史料に關しては檢證を求められても泰然自若かましつつ、どこに出しても恥ずかしくない懺謝文へウヨからクレームはいったら動揺して過敏な反應こいてたのは、ありゃなんだったんだ的なエピソードですね。

No.1856 2014/06/16(Mon) 18:14:37

 
Re: 『曹洞宗近代教団史』批判 / 地の声 引用

お得意の「回収本」に指定したらいいです。

・・・でも、その理由がつらいです。自らの不勉強を認めなければなりません。さて、曹洞宗に「懺悔」する勇気ありや?

No.1857 2014/06/16(Mon) 18:42:40


「千の風になって」再び / 地の声 引用

韓国の悲惨な海難事故(セウォル号沈没事故)で、関係者の悲しみを和らげるために「千の風になって」韓国バージョンが流れている。
海難事故の少し前にアルバムに入れられた曲だが、収益はすべて被害者に寄付すると言ったとき、その著作権料が日韓双方で問題化されている。
海難事故以前に「商品化」されたのだから何の問題もないと思うのだが、社会が大きく動くとと利益をあさる情けないものたちが蠢動するのは世の常か・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=-iEv-rxGrzs
http://www.youtube.com/watch?v=A21y5ZkV4ko
http://www.youtube.com/watch?v=9yp_wYwZcAI

そう言えば、わたしも韓国群山東国寺に「懺謝文」石碑を建立したら、著作権問題で曹洞宗から撤去を申し渡された(笑)。

人間の感性を著作権などというレベルで金銭化、あるいは利権に利用してはいけない。

ディアスポラ
哀しみの民族・・・・・

わたしは仏教者として寄り添いたい。

南無釈迦牟尼仏

No.1854 2014/05/07(Wed) 22:34:32


セウォル号海難事件と仏教の「共業」 / 地の声 引用

2014年5月6日、合計263名の遺体が海から陸に運ばれた。いまだ39名の生存が確認されていない・・

東日本津波災害と福島原発崩壊のとき、日本のTVは追弔と復興のフィルムを流し続けた。いま韓国のTVに流れているのは、日本の『千の風になって』。

「私のお墓の前で・・・」が「私の写真の前で・・・」となっている。涙をさそう。このフィルムメッセージは「すみません、忘れません」。
http://www.youtube.com/watch?v=-iEv-rxGrzs

仏教では、わたしたち人間社会の業を「共業」と言う。

韓国ではセウォル号海難事件被害者に対して、「すみません」と懺悔している。自分たちの社会のありかたが、未来ある若者たちやさまざまないのちたちを殺したと責任を感じるからだ。
日本ではどうだったか?だれか懺悔しただろうか?仏教団体が「共業」に関して懺悔しただろうか?

日本仏教は日本国仏教なので「共業」を切り捨てたようだ。

セウォル号海難事件・・・日本の仏教者はどれだけ悲しみの涙を流すのか?あるいは流せないのか?社会と日本仏教のありかたが問われている。

No.1853 2014/05/06(Tue) 22:45:39


閑話休題 / 地の声 引用

韓国映画(韓国ドラマではない)をよく観る。直裁的、別な表現をすれば単純なストーリーが私の性格に合っているようだ。

・・・そこで、わたしが感動したのが『星から来た男』。

http://heavysweetheaven.web.fc2.com/superman.html


「人は、人を助けないと人を助ける力を失う」
主人公のこのセリフには参った・・・。

仏教では慈悲を言うが、本当に「人を助け」てきたのだろうか?もう「人を助ける」力を失ってしまっているのではないだろうか?

仏教の入口は「懺悔」。しかし、たとえば69年以来、日本国仏教は巧妙に懺悔を無化しつづける努力ばかりして、「人を助ける」という仏教本来の目的すらも無化してきたのではないか・・・などと、この映画を観て思った。


とにかく・・・泣けた。日本の仏教者こそ観るべき映画。泣いて、目と心を清浄にできる。

No.1852 2014/05/05(Mon) 21:40:49


「実践の観念論」―パート2 / 地の声 引用

曹洞宗を批判するグループのブログ「曹洞新報」( http://8219.teacup.com/soto/bbs )が、靖国問題を採りあげている。そもそも、このブログは右派系で、主催者のC師はA級戦犯の大川周明に心酔しているので、問題追及をどの程度できるのかはまったく不明だ。

問題の発端は、平成26年4月に発行された『曹洞宗報』だ。その巻頭言が「『靖国問題』と死者への『寛容さ』」。それには、「総理の靖国参拝はともかくとして・・死者に鞭打たないという、仏教・神道の枠を超えて日本人の底辺に横たわる死者への『寛容さ』『憐れみ』といった感性が、今回の報道(安倍首相の靖国参拝報道:地の声注)を通じても否定あるいは希薄化されつつある気がしてならない。」とあった。詳細は省くが、これは非仏教の安倍靖国参拝肯定論だ。

仏教的に大事な問題を無化するのに、曹洞宗はいつも問題を棚上げし、その理論的根拠に「禅的」観念論を利用してきた。今回の巻頭言の筆者も全く同じで、こんな無謀な発言が今も曹洞宗「官報」の巻頭言に登場するのは、曹洞宗の今の体質を露呈したと言える。

1995年、曹洞宗は栃木県宗務所管内で勃発した部落差別発言事件を深く反省し、『曹洞宗ブックレット 宗教と差別 10』を発刊した。著者は部落解放同盟栃木県連合会書記長・和田献一氏(現、中央執行部委員)。このブックレットの18頁「実践の観念論」で、問題をはぐらかして「それはそれとして」と言った曹洞宗の僧侶のことに言及されている。つまり・・・自分の都合や利益を優先させて、問題解決に真正面から向き合わない曹洞宗の姿勢が問われたのだ。そして曹洞宗は反省したのではなかったのか??

今回の巻頭言は、まるで20年前に逆行したかのようだ。

総理の靖国参拝はともかくとして・・死者に鞭打たない・・」とし、安倍靖国参拝を側面から支援するのは、被害者の立場に立っているとは到底思えない。これは仏教ではない。

曹洞宗は近現代の検証と学びを怠っているようだ。20年前のブックレットから何を学んだのか?時間が経ったから、もう免罪されたとでも思っているのだろうか??

先日、曹洞宗総合研究センター編『曹洞宗近代教団史』なる本が宗務庁から送付された。その213頁一行目に、李王朝時代の釜山に建立された曹洞宗寺院が言及されている。しかし、その名称を間違えているのには驚愕した。「観泉寺」は存在しない。正しくは「總泉寺」。末寺を19も抱えた大寺で、若山牧水の縁者だった長田観禅が建立した。總泉寺跡はいま小学校になっていて、観音像が校舎裏にかろうじて残っている・・・・。

論者は、「観泉寺」に「かんせんじ」とルビまで付しているので、単なるミスではない。曹洞宗がこの時代、釜山でどんな「開教」をしていたのかという重要な事実をまるで認識していない証拠だ。

100年前のことをおろそかにするものは、20年前のこともおろそかにする。過去から学ばない曹洞宗に、今後も明るい未来はないだろう。

No.1849 2014/04/29(Tue) 22:35:25

 
Re: 「実践の観念論」―パート2 / タノQ 引用

死者に鞭かますも飴くれるもない話しであってヤスクニていう施設が戰爭や國體へ如何な根拠とか補足を與える効果をもたされてたか、そこが問題なのに、なに寝ぼけたこと云ってんでしょうか、その記事。
すいません、うっかり宗報4月號まだ讀んでないけど、かなり痛い國際感覺の記事だと思えました。以前D乘寺の堂長さんが著書で愚童和尚について『善い悪いはともかくとして』などと言及してるのをみましたし、もう良いのかダメなのか別としてあげてもズレてんじゃないですかね、ほんと。

No.1850 2014/04/30(Wed) 23:43:53

 
Re: 「実践の観念論」―パート2 / 地の声 引用

「良し悪しはともかくとして」という論法は、一見、善悪を超越していてカッコイイようですが、これは非仏教。
小学校の学級会で意見が対立すると、「どちらも正しいと思いま〜す」というコジャレた発言をする子どもが必ずいますよね。これとおんなじ。

問題を直視できない幼児性なんです。

No.1851 2014/05/01(Thu) 06:41:07


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