□□□曹洞宗「人権・平和・環境」□□□
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ホントに!? / ゆか 引用

まさかこんな結果になるとは。。。
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No.926 2009/07/04(Sat) 20:00:08


日本国仏教の実態〜「支那事変に対する各宗派の対策」(3/3) / 地の声 引用

◎真宗大谷派
「法主親言」‥予曩に全国の巡錫を企て聊か先徳行化の跡を追い益々宗風を顕揚し皇運を扶翼し奉らんことを期したるの時突如支那事変の発生に会し更に臨時議会の開院式に当たりては、畏くも帝国の向う所を明かにし国民の進む可き道を示し給える勅語を賜わりたるを拝す。聖慮深遠東亜の安定を御軫念あらせらるゝこと洵に恐懼感激の至りに堪えざるなり、惟うに東洋平和の確保と人類文化の完成とは帝国一貫の国是にして隣邦支那に之が提携協力を江むるを久矣然るに彼は帝国の真意を解せず排日抗日を以って国策とし遂に今次の事変を惹起するに至れり遺憾之に過ぐるはなし、抑々世尊一代の教説は成就衆生浄土の顕現に結帰し仏陀大悲の方便は攝受折伏の利剣を執って起つ、固より平和建設の方便なり、国民斉しく奮起蹶起して忠誠公に奉じ和協心を一つに其の目的の貫徹に邁進すべきは勿論殊に王政為本を旨とする我が浄土真宗に流れを酌む者は朝家の御為国民の為に念仏を申しあわせたまいさうらわばめでたうさうらうべしとの祖訓を恪守し金剛不壊の信を同うして皇恩国恩に酬報するの至誠を抽きんずべきなり、庶幾くは諸員予が意を体し普く之を門末緇素に伝え自他共に其の本分を竭さんことを。九月十三日
「臨時奨義事務局」‥職員(七月二十二日任命)(略)
「布教師と慰問使」‥北支事変勃発により大谷派本山は北支駐屯軍将士慰問の為仏教各宗派に率先して満洲国開教監督藤岡了淳及藤井草宣両氏を慰問使に任命した。藤井氏は七月十四日正午東京を出発した。大谷派では第二次布教師として七月十七日左の五氏を派遣せり。(略)第三次慰問使として陸軍歩兵少尉間島如亀雄、大谷堯雄前奥羽教務所長を任命九月三日出発した。以下内地外地より陸続として慰問使を任命派遣した。
「管長代理の慰問」‥八月二十八日宣暢院大谷瑩韶連枝は管長代理として上海慰問に出発、多数の慰問品を現地に於て配布九月十四日帰洛された。
「裏方の巡回慰問」‥智子裏方には率先して銃後婦人の範を示させられ、全国各地陸海軍病院を巡回御慰問なされた。

◎真宗高田派
本山では陸軍傷病兵輸送機一台を献納することに決定し全国六百末寺への醵金の指令を発するとともに本山からは率先して金一万円を支出するに決定し、又出征軍人をして後顧の憂いなからしむるため本山内に託児所を開設し、宗派の如何を問わず出征軍人遺家族の幼児を預り保母には同本山幼稚園の職員があたることに決定各市町村役場あて希望者の有無調査方を依頼することとなった。尚今次北支事変勃発の際逸早く特別布教班および映画班を組織し各地を巡歴、皇軍慰問資金を募集献金したほか誓山便暁、杜多源亮、大江戸龍秀の三氏を慰問布教師として従軍せしめた。

◎真宗興正派
「達示」‥第七十二帝国議会開院式に当り優渥なる勅語を賜い帝国の向うところ国民の進むべき道を明示し給う洵に聖慮感激に堪えず然るところ帝国政府は、聖旨を奉戴し、聖慮宏遠の程を更に全国民に徹底せしむるため別紙の如き告諭を発せられたり、惟うに今次事変は事態予断を許さゞるものありこの秋に当り門信徒教化の重責にある者は率先して愈々時局の重大性を認識し齊しく教家本来の使命に邁進し平素王法為本真俗二諦の宗風により教養をうくる者は益々金剛不壊の信念を堅持し滅私奉公一致団結如何なる艱難にも堅忍持久よく奉公の至誠を致し尊厳なる国体の本義に基づき尽忠報国の精神を振起昂揚し之が国民日常生活の裡に実践躬行現下の難局を打開し挙国一致以って所信断行光輝ある国史の宣揚に努め、皇運を扶翼し奉り、鴻恩に報い奉られんことを期せられ度此段相達候也 九月十一日 本山総務 華園称淳

◎真宗仏光寺派
仏光寺派大阪別院では八月十八日午後七時より東昭夫氏の「時局と仏教徒」と題する時局講演会を開催した。
「管長参内」‥管長渋谷隆教氏は佐々木執行と九月一日天機奉伺のため参内、次で大宮御所に伺候、更に閑院参謀総長宮、伏見軍令部長宮殿下邸に伺候それぞれ御機嫌を奉伺した。なお近衛首相、陸、海、外、文の各相を訪問した。
「管長直諭」‥夫れ我が帝国の国是たるや人倫共存の誼を敦くし、殊に東洋平和の保全を以って、その任務とせるは既に宇内に炳焉たり、是れすなわち、明示天皇の夙に宣明し給いし所にして我が国運益々発展して皇威万邦に光被するに至りしは正に此の正義に基かずんばあらず然るに近時隣邦支那の為政者は故らに我がこの正義を歪曲して強いて事端を構え幾度か帝国の親善的勧告を郤けて遂に今次の戦禍を見る痛恨何ぞ堪えん、之に依って畏くも、今上陛下に於かせられては深く宸襟を悩まし給い帝国臨時議会の開院式に当り優渥なる勅語を賜う、聖慮深遠洵に恐懼感激の至りなり、玆に派を浄土真宗に汲み二諦相資依の宗風に恪遵し軌範を報恩謝徳に執るもの豈一心護国以って無限の皇恩に酬い奉らざるべけんや抑々我が開山大師は成就の一念以って論主の一心と判じ之を他力の信としたまえり、この信すなわち日常生活の基本なれば吾が門末たるもの益々曩の数條を遵守し彌々その本務に邁進すべきなり、今や帝国は外に皇軍の武威昂揚し内に銃後亦盛なりといえども事態の前途予断を許さず、堅忍持久克く長期に耐ゆる覚悟を要す、方に国民精神総動員の実施に膺り一味の安心を礎として和協一致尽忠報国の至誠を披瀝し以って、有終の美を齊すに苟も過なからんことを切に望む所なり。
「事変対策」‥本派に於ては事変突然と共に臨時事務局を設け、出征者に対して懐中名号、念珠等を下付する外、派内僧侶の出征には陣中袈裟を下付せり。又裏方自ら各地陸海軍病院に傷病兵の慰問に活躍なされた。

◎真宗出雲路派
出雲路派管長藤光曜氏は時局重大に鑑み九月二日午後六時武生駅発東上、天機奉伺の為参内した。又「真宗出雲路派奉公事務局」を設け、管長を総裁に執事を局長に、住職、教場主任を動員して、一、出征軍人の慰問、激励。 二、出征軍人家庭慰問、救恤。 三、特に慰問使を遣わし軍人家庭の慰問。 四、「時局と真宗」に関する臨時特別伝道を全門末に行う。 五、其他時局に対して教家の採るべき態度に就いて種々指導を行う。

◎日蓮宗
八月一日番外論達を同宗僧侶、檀信徒に発した。
「管長諭達」‥惟うに今次の北支事変たるや事唐突に出ずるに似たりと雖もその由来する所頗る遠く数十年に亘る抗日教育の結果と彼が伝統の驕慢自負に由るものにして今や砲煙濛々として北支の天を覆い激戦は随所に展開せられ容易にその終結を逆賭すべからざるの現状にあり依って日謙謹で宮中に参内して天機奉伺し更に宗門は皇軍将士武運長久の大国祈祷会を虔修し実牘を派遣軍に贈らんとす故に我宗の僧侶檀信徒また重大の時局を深く認識し立正安国の祖猷を体して宗徒の本分を恪守し義勇奉公の勅教を畏みて国民的自覚を感起し召を受けて出征するものは論なしと雖もその銃後に於けるや僧俗を問わず男女を別たず挙国一致、異体同心、慰問献金等その他各々その分に応じ力に随い尽忠報国の赤誠を披瀝し皇軍をして士気益々旺盛に国威を中外に宣揚せしめんことを期すべし。八月二日
「報国義会の活動」‥九月十六日当面の実動大綱の決定を見、十月中旬を期し東京、名古屋、大阪、岡山、仙台等主要都市五ケ所に望月管長第一線に立ち国祷会、追悼会並に国民精神総動員の大講演会を催し、管長代理が各地衞戍病院を慰問することゝなり、恤兵弔慰として「第一線に立つ皇国軍人に捧ぐ」「白衣の勇士に捧ぐ」「銃後の祈り」「義国の英霊に捧ぐ」等四通りのパンフレットを作製又全国寺院に応召者遣家族相談所を開設することゝなり相談所手引と開所ポスター四千枚を急製することゝなった。
「管長代理慰問使」‥前教学部長新甫寛実氏を管長代理として現地犒軍に派遣した。

◎顕本法華宗
「支那事変に対する事業」‥支那事変に関し、諭達、告示、通牒等を発布し、挙宗総動員の協力に依り皇威宣揚武運長久祈願会、国民精神の振興運動、出征将士遣家族慰問、戦病死者英霊追悼会等を行う。

◎本門法華宗
支那事変に対しては早急慰問袋を宗内より募集し既に陸軍省へ七百袋、海軍省三百袋現在千五百袋を納付。尚宗内寺院教会所檀信徒出征者へは管長より武運長久のお札の曼陀羅のお守家族へ管長より慰問状宗内教師には金五円又は三円戦病死者には管長より法号を授与し又は弔詞を送る。

◎本妙法華宗
支那事変に就きては、宗務所自ら総務となり各寺院住職を総動員して銃後の施設に努め就中力を尽忠報国の精神作興に注ぐ。

◎日蓮宗不受不施講門派
「支那事変に対する事業」‥一、七月十三日管長より政府声明の主旨を各教師に対して諭達し宜しく信徒を教導し正しく時局を認識せしむるに努め以て国民たるの本分を守らしむると共に協力一致彌々国民精神の振作に遺憾なからしむことを期す。 一、七月十五日より同月二十一日に至る七日本山本覚寺及各教会に於て出征将士の武運長久の国樹法要を虔修し信徒中の出征者に御守を贈る。 一、七月宗務局より陸海軍恤兵部宛慰問袋を贈る。 一、八月二十八日本山本覚寺に於て本化尚信会主催し出征将士武運長久の祈願と時局講演会を開催す。 一、十月八日本山本覚寺に於て出征将士戦病死者の遺霊法要を営む。 一、立正青年会、立正婦人会を組織し出征軍人家族手不足の農家其他に対し労力援助慰問を為す。

◎法相宗
宗務所では支那事変に対し宗内一派に対し「この際特に一大覚悟を以って外には国威の宣揚を期し内には国論の結一を計り銃後の護を堅固ならしめる」よう通達し、(イ)国論統一及び時局認識の正鵠を得せしむる講演説教の開催。 (ロ)慰問使及び軍隊布教師の派遣。 (ハ)慰問金及び慰問袋の募集。 (ニ)出征軍人の歓送迎及び遺族の慰問。 (ホ)国家安泰、戦捷及び武運長久祈祷及び戦死者追悼法要の執行。 等遺憾なき様希望した。

◎華厳宗
事変勃発するや当山婦人会を動員して慰問に尽せり。

No.924 2009/07/01(Wed) 16:18:11

 
Re: 日本国仏教の実態〜「支那事変に対する各宗派の対策」(3/3) / タノQ 引用

例の宗史略年表なんですが、あの海外開教伝道史の出版すら記載されてないし、なんだか一切「なかったこと」にしてしまいたいような、そんな気配を感じます。
宗務庁からは、ちゃんとした本だって出てるのになあ。
せめて宗務庁サイトから懺謝文を照会できるようなってなきゃ、まじめにやっとるイチ檀信徒として不審の念いだかざるを得ません。

No.925 2009/07/03(Fri) 21:19:45


閑話休題 / 地の声 引用

‥われわれの前に横たわる二十一世紀を生きるにも、表層だけの浅薄な歴史理解しかできていない忘却の民では、事象の変転に弄ばされるだけで、筋道の通った歴史は創造できない。特に昨今の日本の風潮には、日本近代史を真剣に総括する知的営為を放棄し、近代史を空白にしたまま「過去にこだわらない進路選択」を志向しようとする傾向が見られる。尊大にも自虐にも流れない歴史認識の構築はまさに現代的である。‥(略)‥そして、筆者としては、この本を手にした読者にとって、過去の未来としての現在の位置付けと現在の彼方にある未来のあるべき輪郭が少しでも明確になればと願っている。歴史を深く吸い込み、未来に向けてゆっくりとはきだすこと、それこそが時代を創造する基本動作であると信じたい。(寺島実郎『二十世紀から何を学ぶか(下)』p.10)

※この指摘はそのまま曹洞宗にもあてはまる。曹洞宗の近代史を「真剣に総括」し「歴史を深く吸い込み、未来に向けてゆっくりとはきだすこと」に取り組むことしか、確実な未来はもたらされない。

No.923 2009/06/30(Tue) 16:18:11


日本国仏教の実態〜「支那事変に対する各宗派の対策」(2/3) / 地の声 引用

◎浄土宗
知恩院では全門末に対して七月二十日左の如き告示を発した。
「告示号外第二号」‥北支の風雲益々急迫し東亜の天地まさに全面的危機に直而せり我等本末僧侶たるもの教家本来の使命に鑑み挙国一致の国策を翼賛して其遂行に邁進し思想国防の第一線に立ちて信仰の確立をはかり、殊に各自その檀信徒を教導して正しく非常時局を認識せしめ国民たるの本分を守らしめ以って国内秩序の保安と人心の安定に協力して銃後の護りを固め、派遣軍の忠節労苦に対しては満腔の熱誠を捧げて士気を鼓舞激励し、皇軍の武運長久を祈願し犒軍慰問、国防献金或は傷病兵帰還、白衣の凱旋等に際してもその慰藉弔慰に努めて愛国の至誠を披瀝し仏教報国の実を顕揚せられんことを。
「通牒」‥一、寺院住職者教会所主任等をして其檀信徒及一般国民に対し質実剛健、勤倹節約の精神を振起する為め適切なる方法を講ぜしめ長期未解決に備うると共に寺院住職者、教会所主任等をして身を以て其清範を示さしむること。 二、遺家族の慰問救援並に労働力の不足等を補う為め必要ある場合に於ては寺院住職者、教会所主任等をして適当なる施設をなさしめ又は市町村其他自治公共団体等にして前記施設をなすものある時は努めて寺院住職者、教会所主任をして実を挙げしむること。 三、寺院住職者、教会所主任又は檀信徒中多数出征し寺院、教会所の維持経営に支障を来たすが如き惧れある寺院教会所等ありたる時は実状調査の上直ちに詳細宗務所に報国し善後措置に付き指示を受くること。 四、宗侶又は一般檀信徒中戦病死者ありたる時は直に宗務所事変係宛其寺院、教会所よりして届出せしめること。 五、出動部隊の送迎及戦病死者遺骨の弔祭送迎等に付ては教務所長等に於て適宜実施のことゝ信ずるも尚其責に於て本山、教区寺院又は最寄寺院と連絡し遺憾なきことを期すること。
「事変政策費可決」‥挙宗報国精神に対する適切なる具体案とその費用とを議すべく、九月十一日第三十九次臨時宗会を招集し協議の結果明春迄の事変費として三万五千円を可決し、尚次の件を決議した。
「皇軍感謝決議」‥支那事変突発以来帝国陸海軍は正義顕彰の為勇戦奮闘敵軍を撃破し大いに国光を宣揚せらる、寔に国民一同の感銘に堪えざる所なり、浄土宗会は玆に忠勇なる我が陸海軍将兵各々の労苦に対し深く感謝の意を表す。
「現地皇軍慰問」‥浄土宗管長の代理として十二月六日上海方面の皇軍将士慰問のため出発した百万遍知恩寺の法主桑田寛随大僧正並に随行の江藤澂英、田中龍定、森真静、土井随成師らの一行は予定の通り上海附近は勿論遠く蘇州方面各戦線に我将兵を懇ろに慰問(略)

◎臨済、黄檗宗
臨黄合議所では七月二十二日午前九時より相国寺に於て北支事変派遣部隊将兵慰問に関する緊急幹事会を開催し、実際的慰問方法として皇軍慰問金募集大托鉢を京都全市に於て行うことに決定、八月二、三日両日に亘り各派管長を先頭に七百名が毎朝各宗担当区域を「北支事変皇軍慰問金募集、臨済宗黄檗宗各本山連合」の大幟を立てゝ行脚した。又両宗連合主催「日本精神昂揚講演会」は九月二十日夜京都朝日会館に於て開催され天岫妙心寺派宗務総長、山崎相国寺派管長の挨拶の後、都地陸軍大佐の「告諭の実行と禅」吉田大朝慰問使の「北支に使して」後藤瑞巌氏の「興禅護国」の講演があった。

◎臨済宗天竜寺派
事変以来鎮守八幡並びに法燈で日夜皇軍武運長久を祈願しているが、出征軍人遺族に対しては本山より慰問状発送戦病死者には管長より戒名並に弔慰状送付、本派寺院住職にして軍務公用者となった時は宗費免除の各項を布告し銃後の護りを完備する事となった。

◎臨済宗相国寺派
一、事変発生以来毎月一日十五日国威宣揚武運長久祈願祭を行う外毎月七日各山連合大祈祷会を執行す。 一、本派寺院檀信徒出征者には慰問状発送、其家族には右祈祷札等慰問品を持参慰問す。

◎臨済宗妙心寺派
本山妙心寺では七月二十日より仏殿に於て一山総出頭国威宣揚大祈祷会を修行し皇軍の武運の彌栄を祈願すると共に護符を発送した。尚青島別院細川禅英氏を特派慰問使として派遣した。又本山の第一回慰問袋六千個を作成二十三日献納し、中には「禅の精神」「大楠公」のパンフレット及絵葉書を封入した。(略)

◎臨済宗建長寺派
一、支那事変講演会(本派管長及布教師講演) 一、祈祷会、追弔会を挙行(自十一月六日〜至十一月二十八日) 一、出動軍人、同家族の慰問。

◎臨済宗大徳寺派
八月一日午前六時より大方丈に於いて国威宣揚、皇軍武運長久祈祷大般若経祈祷会を厳修し、当日の大般若護符を出征将兵に贈った。又派内寺院住職にして栄誉ある軍務公用者として任につく者は同寺の宗費一切免除に決定、且本山名を以て激励の辞を贈る。大徳寺紫野婦人会では国威宣揚祈祷、英霊追悼会開催、時局講演会は九月十四日より二日間開催され、期間中般若経を浄写した。

◎臨済宗円覚寺派
今次事変の勃発するや一山を挙げて戦勝武運長久の祈祷会を厳修し、派内寺院檀信徒家族の出征軍人に対しては北條時宗公の武運長久護符を贈与して征途を激励し、その家族へは各々慰問状を発送す。又今次事変の戦死病歿殉難者の追悼法要を修し護国の英霊を慰む。

◎臨済宗方広寺派
前管長間宮英宗師は時局重大の折柄断然精神指導するのが禅家の取るべき道であるとし七月中旬より九月中旬迄老体をひっさげて朝鮮各地を巡錫し、宗教報国の赤誠を現し大獅子吼した。

◎黄檗宗
宗務当局では八月二十八日左の布告を発した。 一、管長親教に依る護国講演会開催。 一、各地方寺院で出征兵慰問。 一、九、十両月間各地方に於て国威宣揚祈祷法会並びに戦病死者慰霊法会。 一、時局講演会開催。 一、本山より特派使を派遣し出征兵士家族慰問に努めること。

◎曹洞宗
本宗では支那事変に関する帝国軍人軍属中、末派寺院住職(前住、徒弟共)にして名誉の戦死を遂げたる者及戦病傷後死亡者らにして軍部に於て戦死と同様の待遇を受くる者に対しては管長より特別取計いとして法階贈補又は其他の特殊遇を贈表する事とし、本人の師僧法類又は教区長に告示を発した。
「管長動静」‥鈴木管長は九月十八日午前十時宮中に参内天機を奉伺し、次で大宮御所に伺候皇太后陛下の御機嫌を伺い奉り、更に閑院参謀総長宮伏見軍令部総長宮両殿下の御機嫌を伺い、それより首相、陸海、外務、文部の各省を歴訪挨拶した。前管長総持寺貫主(ママ)伊藤道海氏は北海道、北陸道を巡錫を終え九月二十五日帰京直ちに参内天機を奉伺、次で大宮御所に伺候皇太后陛下の御機嫌を奉伺し、それより閑院参謀総長、伏見軍令部長宮両殿下並びに久邇宮、賀陽宮、梨本宮三宮家に伺候それぞれ御機嫌を伺い奉り、終って官邸に近衛首相を訪れ挨拶を述べた。
「国威宣揚将士健全の祈祷」‥曹洞宗務院及両大本山東京第一宗務所主催の国威宣揚将士健全の大祈祷会は八月九日午前九時より芝青松寺に於て行われたが、随喜寺院二百、参会者三百を算し、大般若六百巻を転読して皇威の宣揚と将士の健全を祈念し終って福井天章氏の時局講演があった尚当日本尊に供えた護符三万枚は直に代表者が当局に委託した。

◎真宗本願寺派
「法主直諭」‥惟うに今次の事変は其由来するところ遠く事態の推移容易に予断すべからず。天皇陛下曩に帝国議会開院式に於て優渥なる勅語を賜い帝国の向う所を明らかにし国民の進むべき道を示させ給えり。聖慮深遠洵に恐懼感激に堪えず抑も日支相提携して東亜の安定を確保し以って世界平和の基礎を樹立せんとするは帝国一貫の国是にして終始渝わる所なし、然るに支那は帝国の真意を解せず常に排日抗日を以って国策とし隣交の誼を忘れ信義を失し遂に今次の事変を惹起せるは深く遺憾とする所なり、今や皇軍膺懲の歩武を進め連戦連勝の報相次で到る是れ偏えに陛下御稜威の然らしむる所にして忠勇なる将兵諸士の労苦亦言語に絶すと謂うべし、予親しく彼地を巡錫して戦跡を歴訪し面のあたり其労苦を犒い感慨禁ぜず奉公の微衷抑えんとするも抑え難きものあり、庶幾くば一宗の道俗宜しく予が志を諒とし深く金剛堅固の信念に住し精神報国の懇誠を励まし率先奮起忠試公に奉じ和協心を一にし堅忍不抜所有艱難を克服し以て所期の目的を達成し国家興隆の成果を収め無窮の皇恩に酬い奉らんことを期せらるべし。九月二十日
「対支問題臨時事務所」‥西本願寺では対支問題の臨時事務所職制を七月二十三日附で決定公布した。(略)
「法主の慰問」‥大谷光照法主は本多恵隆、岡部宗城、伊東照屯、中戸堅正諸氏を随行して戦雲去来する巷の皇軍及び同胞を慰問する為に八月十九日神戸出発、北支北満の戦火生々しき中を巡回された。
「両裏方の慰問」‥嬉子、紝子両裏方には仏教女性銃後の護り策励のため八月下旬東京、京都に於て時局講演会の第一線に立たれ、嬉子裏方には十二月八日より十七日まで、九州、中国、四国方面の軍病院に傷病兵を慰問(略)
「出征将兵に対して」‥本山では全国出征将兵には軍人名号を贈り叮重に慰問、激励に努力する外、希望者には本山に於て帰敬式を行い、戦死者には法名其他を贈りて敬弔し、傷病兵各位には全機関を挙げて慰問せしむることとなった。

No.921 2009/06/29(Mon) 15:40:35

 
Re: 日本国仏教の実態〜「支那事変に対する各宗派の対策」(2/3) / タノQ 引用

伊藤証信氏ですら戦中は戦争賛美してたそうですね。
愚童和尚、高木顕明師、佐々木道元氏、峰尾節堂師のような方々は、このとき現れなかったんでしょうか。

No.922 2009/06/29(Mon) 18:55:08


日本国仏教の実態〜「支那事変に対する各宗派の対策」(1/3) / 地の声 引用

『仏教年鑑 昭和十三年度版』から

◎天台宗
天台宗に於ては精神国防の実を挙げるべく七月十五日附を以て左記諭告を発した。
「諭告」‥今次北支事変の勃発に当り文部次官より既記通牒ありたるに就いては宗徒深く重大なる時局の認識を誤らず、一層檀信徒の教導に努め愈よ国民精神を作與し挙国一致を以って国難打開の一途に出でよくその趣旨の徹底を期せらるべし
「支那事変臨時事務局」‥八月三十一日支那事変臨時事務局を開設、事変に関する事務を円滑に敏速に統制し組織的になすことゝなった
「天台宗慰問使の派遣」‥九月二十七日皇軍慰問使として左記の通決定(略)一行は十月十一日神戸解纜、十六日天津着。

◎天台宗真盛派
「管長親示」‥今次勃発の日支事変は我が帝国政府の鋭意局部解決に努められたるに拘わらず隣邦支那は不法暴戻を恣にして彌々局面を拡大し今や南北中支に進展して而も尚前途の逆賭すべからざるものもあり苟も我が帝国臣民は戦前銃後の別なく一致協力以って報国尽忠の誠を効さずんばあるべからず。惟うに本派は畏くも曩に勅語御下賜の天恩を蒙り寵眷に負う所特に深きものあり闔派の緇素玆に感激を新にして開祖大師の遺風を宣揚し国難打開に邁進して皇運を扶翼し奉らんことを庶幾う。
「支那事変関係宗会」‥支那事変関係宗会として天台宗真盛派では九月三日招集開催された。緊急動議として陸海両相、各地軍司令官等に感謝電報を打電する件を即決。
「戦勝祈願と法要」‥真盛派では八月十九日局議を開催、九月五日より二ケ月間西村管長陣頭にたち、一日一寺の予定で全国四百六十ヶ寺を巡回親教し、戦勝祈願法要を行うと共に戦没者あれば追悼法要をなし又軍務公用者家族を慰問且、慰問金一封を贈ることゝなった。

◎真言宗
「臨時連合諭達」‥今次勃発の日支事変は日と共に彌よ拡大しその帰趨するところ未だ予断を容さず我国民たるものは戦線に起つと銃後に在るとを問わず上下力を協せ義勇奉公に奉じ億兆心を斉しくして国威を発揚すべきはまさにこの秋ばり而して一時の緊張に終わらず堅忍持久克く有終の美を齊らすを以って主要とす、鎮護国家を宗是とする本宗道俗須らく時局に対する認識を明確にして国民精神の強化に精進し不惜身命の信念に住して報国の丹心を抽んで宗徒の本分を尽し以って東亜に於ける皇国の使命達成に貢献せんことを期すべし(略)

◎古義真言宗
「支那事変に対する事業」‥支那事変臨時事務局を設置全国本宗寺院、教会所を非常時相談所と為す。又時局に対する諭達、達示を発し、実施要項として祈祷厳修、遺家族の救護、慰問品救恤金の勧募、葬祭奉仕、防空協力、銃後の指導、消費節約の奨励の七項を挙げ、御守二十四万余体、慰問状七万余通、銃後の祈り(パンフレット)十万冊を配布、恤兵金陸軍省一万円、海軍省一万円の外慰問金に九千円を支出す。現地には従軍布教師十四名派遣、慰問使として管長代理庶務部長一行三名上海方面二週間慰問、北支へは管長代理総務一行五名を派遣せり。内地に於ては管長門跡の陸海軍病院の慰問を始め時局講演会は全国を九班に分ち総動員銃後の責務を布達す。
「慰問使」‥(略)

◎真言宗醍醐派
「支那事変に対する本派の事業」‥一、慰問金募集 二、大国祷会修行(八月一八日より八月二八日迄) 三、時局講演会開催 四、所属婦人会の下帯献納 五、戦病歿追悼大法要厳修 六、管長衞戍病院慰問 七、宮本義範、茂手木亮戒を慰問使として北支並に上海の戦線へ派遣す。

◎真言宗泉涌寺派
「日支事変に対する本派の行動」‥日支事変の勃発を見るや本派管長は先ず天機奉伺をなし、次で軍部政界各方面要路を訪問して政府の方針を尋ね時局の容易ならざるを知り、依って銃後国民の奮起を促すべく末寺一般に再三達示して出征将兵の送迎、御守の授与、慰問袋の発送、家族の慰問、恤兵金、国防献金の募進等に着手し、又慰問使を派遣して各所に講演会、祈願祭、追悼会を執行せり。又国内各地の衞戍病院、海軍病院の慰問、戦死者将兵の回向遺族の慰問等に懸命の奉仕をなしつゝあり。十一月上旬に特に時局に付本末懇談会を開き大いに意見の交換をなして今後の対策を協議す。

◎真言宗善通寺派
「支那事変に対する本派の事業」‥イ、上海戦線へ従軍布教師派遣。 ロ、香川県下各地時局講演会開催。 ハ、出征軍人武運長久祈祷会執行。 ニ、戦歿者英霊追悼大法会厳修 ホ、戦傷者慰問のため近県陸軍病院訪問。 ヘ、香川県下戦死者家族慰問。

◎新義真言宗智山派
「管長訓諭」‥惟うに今次事変は東亜の平和と日支親善とを念とする帝国の国是に戻る支那永年の排日抗日国策に起因するものにして其の出て来る所遠く且つ事態の推移亦遂に予断を許さざるものあり、今海陸の皇軍は堂々膺懲の歩武を進めて連戦連捷し、銃後の国民は一致協力して義勇奉公の至誠を尽す、此秋に当り我宗侶須らく挙宗一致、善く其の本分を恪遵し鎮護国家の宗是を発揮し以って皇謨を翼賛し奉らざる可らず、仍て爰に当局に命じて時局に必要なる諸議案を審議せしむ(後略)
「本派の事変対策」‥支那事変に関する諸般事務を処理する為本派宗務所内に事変臨時事務局を置き、同時に芙蓉宗務長より宗牒を発して左記事項に付一段と丹精を濯んで時局に処し益々宗風を宣揚し国民精神の作与に邁進するよう希望した。一、時局認識を正しくし日本精神を昂揚せしむる講演会又は座談会を臨時開催すること。 一、国威宣揚並皇軍将士武運長久の祈祷会を執行すること。 一、出征者の送迎は勉めて欠さざると共に犒労の詞を申述べること。 一、出征者家族慰問を怠らざること。 一、出征者家族相談所を設置し懇切を旨とし急速に処置を講ずること。 一、慰問金又は慰問袋の募集を為し常に第一線の犒軍の資とすること。 一、戦死者ありたる場合は速かに宗務所に届出を為すと共に万事荘重厳粛を以って追悼法要を執行すること。 一、常に各地団体と連絡提携して銃後運動に活躍すること。

◎新義真言宗豊山派
七月二十六日総務会を開催し事変対策を協議した結果 一、宗門関係出征兵士への激励書状と武運長久祈願札の贈呈。 一、滅私奉公鎮護国家講演会の開催慫慂と講師派遣。 一、慰問袋募集。 一、檀信徒出征兵士家族慰問。 一、戦病死者への法号謚贈。等を決定、全国宗務支所長宛通牒を発した。

◎真言律宗
「支那事変に対する事業」‥七月二十日国民精神振作時局認識に関し諭達。七月二十日より慰問金慰問袋募集。九月十三、二十一、十月五日総本山西大寺に於て国威宣揚武運長久大祈願会執行。十月一日より八日迄本山光明会中布教師を招集し時局に関する説教講演をなさしむ。檀信徒中の出征家族に慰問状発送、御守護札贈与戦病歿者に対しては噠嚫文並に法号授与。

No.919 2009/06/27(Sat) 12:38:36

 
Re: 日本国仏教の実態〜「支那事変に対する各宗派の対策」(1/3) / タノQ 引用

超凡越聖こぞった態を呈してますね…。

No.920 2009/06/28(Sun) 21:41:41


資料:昭和12年9月18日「文部省通牒」 / 地の声 引用

「支那事変」とともに近衛文麿は「国民精神総動員」運動を展開し、「挙国一致」「尽忠報国」をスローガンとする。この時内閣情報部が制定したのが「愛国行進曲」。「国民精神総動員」運動の具体策のひとつとして文部省は全国の宗派に通牒を出す。日本国仏教の戦争が本格化する。


国民精神総動員実施に関し九月十日付けを以て文部次官より通牒の次第有之たる処右に付ては左記要領に準拠し之が実践の徹底を期せられたるよう致され度依命此段及通牒

一、教宗派及教団
(一)各教宗派及教団毎に実施計画を作成すること
(二)各教宗派及教団毎に成るべく委員を設け指導及督励に努むること
(三)寺院教会及檀信徒に対し達示し或は住職、或は教会所主任等重立者の協議会を開催して趣旨の徹底を図り実施の打合せを行い遺憾なきを期すること
(四)印刷物の配布及機関誌の利用等に依り趣旨の普及及指導督励を図ること
(五)各種の行事集合等を必ず本総動員の趣旨に合致せしめて行うこと
(六)檀信徒を対象とする大会講演会等を開催すること
(七)宗教教師講習会を開催し特に日本精神の発揚及時局認識の徹底を図ること
(八)実施に当たりては常に府県市町村其の他の官公衙並に他派及び教育教化団体等との連絡協調に留意すること

一、寺院教会
(一)寺院教会に於ける実施は特に其の中心を宗教教師の卒先躬行に置き之が徹底を期すること
(二)祭典法要等各種行事説教講話の際には必ず本運動の普及徹底を図ること
(三)禊、座禅、観法等宗教的行を普及し確固たる宗教的信念を涵養し堅忍持久困苦欠乏に堪うるの身心の鍛錬に努むること
(四)檀信徒をして戸主会青年会婦人会等を結成せしめ其の活動に依り各種共同作業を営むと共に社会風潮の一新を図ること
(五)寺院教会の経営する社会事業を拡充強化し、隣保相扶の実を挙げ銃後の後援の強化持続を図ること
(六)寺院教会の祠堂金積立金等を以て国債に応募する等非常時経済政策への協力をなすこと
(七)寺院教会に於ける祭典法要其他各種行事を質素にし、不急工事及募金を中止し檀信徒に対しては冠婚葬祭等の質実化を奨励する等冗費節約貯蓄奨励に努むること

(原カナ漢字文。下線は地の声)

No.917 2009/06/24(Wed) 17:42:33

 
Re: 資料:昭和12年9月18日「文部省通牒」 / タノQ 引用

けっこう佛道熱心な人らの中にも(ていうか、ほとんど?)戦中戦前の宗史について、まったく無明な人いらっしゃるんですが、なかったこと、みたいな感じになっちゃうなら怖いです。

No.918 2009/06/25(Thu) 19:28:13


「禅zen」をみて / タノQ 引用

記事No.794へレスしようとしたら記入〆切りだったです。
よんだり観たりしないものを褒めも貶しもしたくなく、また映画館がキライなのでレンタル品でるまで鑑賞できずに、その感想カキコ申上げるのが遅くなりました。

 感想
どこをどう褒めたものか途方に暮れなずみました。
いっしょに観てたカノジョ(参禪に同行することもある)は中途から睡眠に入り、そのあと携帯ゲームを開始し、また鑑賞にもどったけど
 とり肌がたつ (いい意味では、なく)
そういってました。私は(中略)けど、とにかく最後まで鑑賞した次第でした。

ことばに尽くしがたいものがある、ていうか尽くしていいものか如何かを感じる、そんな作品だった。

No.916 2009/06/22(Mon) 06:08:44


『新東亜の建設と仏教』 / 地の声 引用

同書は昭和14年、(財)仏教連合会から発行された。「序」には「文部省後援、仏教連合会本部主催の下に開催せられた支那開教講習会の講義」を編集・出版したもので、この講習会には各宗派の「猊下」あるいは代表者らを集めたとあり、それなり権威のあるものである。

「支那事変」の泥沼化で軍は短期決戦から長期決戦に方向転換し、中国の宣撫を重要施策とする。そこで注目されたのが、新天地の信者獲得を目指して「開教」していた日本国仏教団体だった。これを利用することで軍の暴力や宣撫工作で支配できない部分を補完しようとしたのである。

この講義がおこなわれた昭和13年当時、中国での日本国仏教諸宗派はあくまでも自派の教線(あるいは宗派の利益)拡張に血道をあげ、宗派間対立まで起こっていた。これに軍が鉄槌を下した。彼らにとっては仏教団体の勢力拡張などどうでもよく、あくまでも中国を支配することが主目的であった。

祝辞は荒木貞夫文部大臣(のちの陸軍大将、A級戦犯「終身刑」)。南京大虐殺(昭和12年)の責任者松井石根は内閣参議として「支那に於ける日本仏教の活動に関する希望」という講演をおこなっている。

陸軍少尉松室孝良は松井の講演を補足するという立場で、日本国仏教者の役割を具体的に語った(「支那宣撫工作に就いて」)。

「‥支那人を仏様にしなくてもいゝのです。仲ゝ仏様になりそうでないが、随ってあなた方としては、法門無量誓願学、即ち仏の道を説く為には、どうしても方便と云う事が必要であります。然らば方便と云うのはどうか。仏法には神通力と云うのがある。天を翔けると云うような事を知って居っても、そんな事は役に立たぬ。結局俗才でなければならない。即ち今日の宗教家が段々取り残されると云う事は、所謂俗魂俗才になってしまったからである。僧魂俗才、是でなければならぬ‥」(同書pp.63-64)

かかる露骨な軍の仏教否定を黙認した当時の「偉い」坊さんたちに私は、幻滅する。日頃「大宇宙の精神」などと言っていた高僧らに幻滅する。「それは仏教ではない」と席を蹴って抗議するものがいなかったことに私は、幻滅する。

いずれ明らかにするが、曹洞宗の僧侶が開教師を隠れ蓑にして軍の作戦に深く関わった事実が多々ある。考えてみれば彼らは、軍の方針を自らの方針としたこれら暗愚たる日本国仏教の犠牲者とも言える。曹洞宗の戦争責任も未解決のままだ。

私は内山愚童に拘っている。なぜなら彼は、国家権力に立ち向かいただひとり起って仏法こそが尊いと喝破したものだからである。時代に妥協するどころか、軍旗を掲げて先頭を走った日本国仏教‥その児孫であることに私は赤面を禁じえない。

ちなみに同書は中国侵略戦争がどのような計画のもとに行われたかを、経済・文化・国際情勢・宗教宣撫などのすべての分野にわたって赤裸々に語る貴重な文献(テキスト)であると私は思う。是非ご一読いただきたい。

No.915 2009/06/21(Sun) 20:48:20


宗教団体法 / 地の声 引用

当スレの流れから、ご存知、悪名高き「宗教団体法」について若干補足。

昭和12年、軍は本格的に中国侵略に踏み切る。短期決戦の思惑がはずれた軍は、戦局の長期化・泥沼化に伴い「支那膺懲」から「国民精神総動員法」を制定するとともに、「八紘一宇」やら「大東亜」の建設と目的を変更して長期戦の構えを取らざるを得なくなる。苦し紛れの「大義名分」であった。そんななか、昭和14年、宗教団体を戦時機関とするために立法されたのが「宗教団体法」である。暴力によって中国を支配出来ないと悟った軍は、宗教を利用した国内外の「宣撫工作」を決定する。

「宗教団体又は教師の行う宗教の宣布若は儀式の執行又は宗教上の行事が安寧秩序を妨げ又は臣民たるの義務に背くときは主務大臣は之を制限し若は禁止し、教師の業務を停止し又は宗教団体の設立の認可を取消すことを得」(同法・第16条)

ここで言う「安寧秩序を妨げ又は臣民たるの義務に背く」とは即ち日中戦争遂行に異を唱えるものを指す。

『新東亜の建設と仏教』(昭和14年・財団法人仏教連合会発行)に「宗教の宣布は即ち之れ皇道の宣布という事であります」(文部大臣・荒木貞夫)とある。南京攻略の現場責任者・松井石根も「支那に於ける日本仏教の活動に対する希望」を寄せていてる。

「宗教団体法」が目指したものを端的に示すのが同書の「戦局下に於ける仏教者の活動と支那開教」(文部省宗教局宗務課長・稲田清助)であろう。

「‥日本としては要するに八紘一宇の大理想によって東亜永遠の平和を樹立する為に、支那(ママ)民族を西洋諸国の帝国主義の手から救い、又誤れる三民主義の手から救い、そうして日満支が一体となって東洋永遠の平和を建設する。其の事業に各宗派、各教師が参画すると云う心構えを根本に於てお持ちになって戴く必要がある‥」

記述が前後したが、同書は文部省後援、仏教連合会主催で開催された「支那(ママ)開教講習会」の講義を編集・発行したものであり、この講習会は各宗派の「猊下」やら代表者を集めて行われたものである。そして‥日本国仏教の代表者らは皆、仏教を捨て、軍の方針に従ったのである。

また、内閣情報部編集『週報』第119号(昭和14年1月25日発行)「宗教団体法について」(文部省)には「宗教はわれわれに小我を捨てゝ大我に生きることを教えてくれる、また信仰はわれわれに不退転の精神力を養ってくれる。この精神と不退転の精神力とは、畢竟、われわれに「死ぬ力」と「生きる力」を ― 死なねばならぬ時には従容莞爾として死に就き、生きねばならぬ時には石にかじりついても生きて生きて生き抜くだけの力を授けてくれる」とあり、まさに宗教を戦争に「利用」しようとする魂胆が露呈されている。

このように「宗教団体法」は極めて大きな意味を持つ。特にそれに迎合した日本国仏教団体(無論、最大教団である曹洞宗も含まれる)に今でも大きな意味を持ち続けている。即ち「国権」と「仏教」という緊張した本質的対峙関係である。

「宗教団体法」は昭和14年4月8日に公布されている。軍が釈尊の生誕日をあえて選んだこと、それに迎合した仏教団体‥なんともやりきれない思いがするのだ。

No.912 2009/06/19(Fri) 20:47:53

 
Re: 宗教団体法 / タノQ 引用

その 八紘一宇 についてコボレ話し。

八紘一宇の語を日本書紀からこしらえた人は自著の中でローレンツ・シュタイン(明治憲法の成立に影響あたえたドイツの法学者)が日本を世界の盟主だの世で一番ふるい家をもつだの語ったという捏造を騙って、それが現在アインシュタインの言葉だというガセ情報をうんだ元となったそうです。

ここまでくるとギャグにすらなってない気がする。

No.913 2009/06/20(Sat) 07:57:56

 
Re: 宗教団体法 / 地の声 引用

けっこう笑えます。

安達太良山にはいまだに八紘一宇の塔があるようですね。秘かに捲土重来を期しているのもいるのでしょう。

No.914 2009/06/20(Sat) 08:32:58


軍用機三十台の献納 / 地の声 引用

昭和20年7月、曹洞宗は戦局の悪化にあせり軍用機三十台の献納を決定した。まもなく敗戦。集まった献納金は曹洞宗振興会に回されたという。
(『宗報』第124号。原文はカナ漢字。句読点は地の声)

「戦意昂揚道義確立運動展開の件」

戦局の危急と戦災は拡大に従い民心の動揺覆い難く、為に戦意の低下と道義の衰頽とは又心すべきものあるを憂い、全国仏教徒総決起して戦意の昂揚と道義の確立とを目的とし茲に一大国民運動を展開せんとし、本日管長猊下の告諭(昭和20年6月20日。高階瓏仙)を拝するに至れり。仍て全国に命じて宗門の布教機関を総動員し以て道義の昂揚と必勝信念の確立を計り、更に毎月一日より七日迄を仏教報国強化週間として各種の事業を行い、この目的達成に努力すべし。
今其の運動方針を定むること左の如し。

一、管長猊下七月一日より七日迄に伊勢大神宮参拝し並に両大本山に拝登して皇軍必勝を祈念せらるゝこと
二、両大本山に於て強化週間中必勝祈願法要並に英霊追悼法要を厳修すること
三、宗門一般寺院教会は強化週間中必勝祈願法要並に英霊追悼法要を厳修すること
四、強化週間中一般檀信徒の飛行機三十台(三百万円)の献納運動を督励すること
五、戦災都市の寺院は特に戦意昂揚と戦列参加を市民に強調し敢闘せしむること
六、戦災孤児を各寺院教会に於て引き受け援護すること
七、其の他仏教報国に関する各種の事業を行うこと

No.907 2009/06/17(Wed) 06:34:44

 
Re: 軍用機三十台の献納 / タノQ 引用

いま宗侶必携には曹洞宗史略年表が記載されてるけど 明治憲法発布、憲法により信教の自由を保証せらる なんてこと載せつつ信教の自由とは乖離した
 大教宣布
 三条の教則の発布
が記載なくって、それだけでなく宗史として重大な
 尊王奉佛大同団の結成
 曹洞宗修證義説教大全の刊行
が記載ないばかりか他にも
 幸徳事件
 愚童和尚の擯斥、刑死
 曹洞宗報國会の結成
 曹洞宗戦時報國常会の結成
などなど一切が欠落してて、あたり障りなく出来てるのは、なんなのでしょうね。

No.908 2009/06/17(Wed) 20:33:48

 
Re: 軍用機三十台の献納 / 地の声 引用

それと、100歩譲って、曹洞宗が戦時下「犠牲者」となったのなら、そのきっかけとなった「宗教団体法」くらいは載せてるのでしょうか。『宗侶必携』もってませんもので。教えてください。

No.909 2009/06/17(Wed) 20:38:52

 
Re: 宗教団体法 / タノQ 引用

 臣民タルノ義務ニ背クトキハ主務大臣ハ之ヲ制限シ若ハ禁止シ、教師ノ業務ヲ停止シ又ハ宗教団体ノ設立ノ認可ヲ取消スコトヲ得

ですね。それも載ってません。

No.910 2009/06/17(Wed) 21:57:34

 
Re: 軍用機三十台の献納 / 地の声 引用

「宗教団体法」が施行されるとき、総持寺では教義の国家統制に反対するというよりは本山の独立性が失われることを恐れて、大々的に檀信徒集会を開催し、小泉又次郎(純一郎の祖父)らが熱弁をふるっています。

このような宗門の歴史を消してはいけませんね。

No.911 2009/06/18(Thu) 07:18:06


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