期間が長すぎて、自分も何を書いたやら…,, 続きができたので、やっとお披露目…。 てか、(4)というのも忘れていた…; 過去の話は、「記事検索」の「ワレアの島」で出てきますので、流れはそちらで見てください(^^;;
ーーーーー 「ワレアの島」
(4)
トリトンが島に漂着してから数日がたった。 この家の厄介になってから、トリトンは激しい眠気に襲われた。 おかげで、ベッドからほとんど起き上がれなかった。 眠気の原因はすぐに思い当たった。 ジャンが用意してくれる三度の食事だ。 たぶん、何かの薬が含まれているのだ。 断りたかったが、そうすると、食事を運んでくれたバアニが悲しい顔をした。 結局、バアニの機嫌をとろうとして、納得がいかなくても無理に食事に手をつけた。 一日目はいい気はしなかったが、冷静に考えて、それも必要だろうと思い直した。 最初にやってきたときから、ぬぐえないこの島への違和感。 ここから離れたいといつも考えていた。 そのためにも早く回復しなくては。 嫌な夢も忘れられるほど深い眠りにつけるなら、それが一番の近道になる。 皮肉だが、トリトンはやっと長い疲れから開放された。 眠る時間が長くなると、時間の感覚がなくなってしまう。 たまたま目覚めると、珍しくいつも傍にいるバアニがいなかった。 まだぼんやりとしていたが、トリトンは久しぶりにベッドから離れた。 ふらつく体をどうにかベッドのフレームで支え、ベッドカバーの上に置かれていた貫頭衣の衣装を着た。 その服も、バアニがちゃんと洗濯をして、いつでも着られるように用意してくれたのだ。 「バアニ。どこだ?」 バアニを探しながら、トリトンはのっそりとした足どりで、玄関まで出てきた。 家の中には誰もいなかった。 外に出て、初めて人の声を聞いた。 それはナニと数人の男の声だ。 みんな十代から二十代の若者だ。 白人の青年が四人。黒人が三人。 彼らがナニを囲んで、何やらもめている。 「あいつら、許さねぇっ!」 白人の青年の一人が棒を持ちながらいさまいた。 その青年を他の若者達がおさえつけた。 「元はみんな漁師じゃねぇか! それが暴力におびえて、さっさと農業に転換だ? 笑わせるな!」 白人の青年は、彼らの手を振り解くと、大声でわめいた。 「仕方ないわ」すかさずナニが青年に言い返した。 「流れに逆らえないもの」 「そうだぜ」黒人の一人がナニに同調した。「仕返ししたって、トッキーは戻ってきやしねぇ!」 「うるせぇっ! お前らがへなちょこだから、トッキーはやられちまったんだ」 いさまく青年側についた別の黒人が、ナニについた黒人の青年を殴りつけた。 「ボブの言う通りだ。お前らがトッキーを見殺しにしたんだ!」 「やめて!」 叫んだナニが割って入った。 そのナニも、ボブという白人に突き飛ばされる。 それを合図に。 二つに割れた青年達が互いに殴りあいをはじめた。 その様をトリトンは呆れて見ていたが、さすがに我慢できなくなって飛び出した。 「やめろ! お前ら同じ島の連中だろ!」 どっちつかずの相手を殴り続けて、トリトンは諍いの渦中に飛び込んだ。 ナニは驚いて、トリトンを見返した。 殴り殴られの挙句。 島の連中も見慣れないトリトンの姿に唖然とした。 島の若者達を次々とうちのめしたトリトンに、最後までくらいついたのがボブだ。 トリトンの胸倉を掴むと、ボブは睨みをきかせて激しく凄んだ。 「なめたまねすんじゃねぇっ! テメェか、ナニの家に転がり込んだ他所モンは!」 トリトンはきつく睨みつけると、ボブに低い声で迫った。 「だから何だ! お前、漁師だっていったな。誇りがないやつに名乗ってもらいたくない!」 ボブはトリトンの顔を殴りつけた。 かろうじて、ふんばったトリトンは、口の端ににじんだ血をゆっくりとぬぐった。 抗したまま、鋭いまなざしをボブに向ける。 ボブはその視線に射すくめられた。 トリトンは昂然といった。 「この島の事情なんて知ったことじゃない。でも、怒りにかこつけて、無抵抗の人間に殴りかかるのは卑怯だ」 トリトンはちらりとナニを見た。 ナニはずっと左足首をさすっている。 最初にナニを助けようとした黒人の青年がナニをかばった。 ナニはトリトンから視線をはずしたが、黒人の青年がトリトンをまっすぐに見返した。 「君は漁師なのか?」 「想像にまかせる」 トリトンがそういうと、穏やかそうな白人の青年がトリトンを指差した。 「そうだ、トッキーを助けようとして、怪我をしたっていうのは…」 「悪かった、君も被害者だったんだな…」 ナニを支えた黒人の青年が視線を落とした。 「いったいこの島はどうなってるんだ? 教えてくれないか? ナニに聞いても何も答えてくれないから…」 トリトンがそういうと、ふてくさったボブ以外の青年達がトリトンの周囲に集まってきた。 彼らはまずトリトンに自己紹介をした。 ナニを支えた黒人の青年はアリ。ボブについた黒人がジョブ。最後の一人がサン。 白人の方は、穏やかな顔つきの青年がジン。同じくアリ側についている青年がジャック。もう一人がトニーだ。 はじめにきりだしたのがジンだった。 「俺達も誇りは持っている。ちょうど一年前だ。その時は、みんな、同じ漁師仲間で一緒に生業をたてていた」 「でも、捕鯨禁止の流れがこの島にもやってきて…。賛同するもの、反対するもので、今は分裂したままだ」 アリが寂しい口調でいった。 「だから、そんな運動なんか無視すりゃ、いいだろ!」 ボブが再びいさまいた。 「やめろって!」 ジャックが必死におしとどめた。 「甘ちゃんだ。それで、何人の家族が食いっぱぐれた! 農業に転換するったって、やっと畑を耕したばかりで、まだ作物らしい作物がとれたわけじゃねぇ。結局、それじゃ、飢え死にするからって、みんな漁にもどってるじゃねぇか!」 「それはクジラ以外の魚をとってるんだ」サンがいった。「そっちは禁止されてないからな」 「もしくは島を出て、出かせぎに行くか移住するか…」 トニーが悔しげに言葉をつけ加えた。 「とにかくバラバラだ」ジョブが投げやりな口調でいった。「一年前はみんなが同じチームだったのに…」 「現状はだいたいわかった」 トリトンは抑えた口調でいった。 「個人的には捕鯨が悪いとは思っていない。それが一つの食文化だと俺も思っている。俺が知ってる漁師の人は「海の恵み」を大切に受け継いで、むしろ、クジラにも感謝して漁をしてきた。俺は経験はないけど、じっちゃんや漁に携わる人達はそういう思いでずっと海と向き合ってきたんだ」 「じっちゃん?」 ジンが不思議そうに聞いた。 トリトンはわずかに口調をゆるめ、懐かしさをかみ締めながら説明した。 「俺を育ててくれた人だ。その人の思想が俺には流れていると思う…」 「あなたはどうなの? 捕鯨禁止だっていわれたら、素直に受け入れられる?」 ナニが初めてトリトンに言葉をぶつけた。 それを意外そうに見つめながら、トリトンは思うことを言い返した。 「難しいけど…。もし、それでクジラが絶滅するって話になったら、きっと他の方法を考える。海の男はけっして無茶はしない。それを他の地域の人も受け入れて、やってきたはずだ。「恵み」を守るのも、海の男の務めだって…。俺もじっちゃん達からそう教わってきたよ…」 「エリートのお答えだ」ボブが笑った。「あいつらは感情論でものをいう。かわいそうだって。それだけだぜ。それで武器をぶっ放してくる。トッキーをはじめ、何人がそれで犠牲になってきたか…」 ボブは悔しげに木の棒を投げ捨てた。 「話しあうしかない」トリトンは自嘲気味にいった。「とことん、話しあうしかないんだ。せめて、島の人達だけでも、同じ方向に向かうことができるように…」 「それができれば、とっくにやってる! 出来ないからみんな苦しんでるんだ! お前はやっぱり他所モンだ!」 ジョブがトリトンに突っかかった。 トリトンはされるままに抵抗をやめた。胸倉を掴まれたまま、寂しい笑顔を浮かべた。 そのまなざしに、ジョブの対抗心がそがれた。 「以前の俺だったら、君のようになれたかもしれない…。俺は…。今はもう生きていない…。争った後は何も残らなかった…。空っぽだ…」 空虚な口調に驚き、一同はトリトンから距離をおいた。 ジョブはナニに聞いた。 「こいつ、どうしたんだ?」 「いろいろとあるみたいよ…」 ナニは躊躇いがちにいった。 シラケムードが増して、争う気が失せた時。 沖の方から、非常サイレンが鳴り響いた。 若者達の間に張り詰めた緊張感が漂った。 「なんだ?」 驚くトリトンに、サンが焦る口調で叫んだ。 「あれは密漁だ!」 「密漁?」 意外そうにトリトンが見返すと、ナニが説明した。 「捕鯨禁止を訴える連中よりもやばいやつらよ。この近海が豊かな漁場だからって、無差別にここら辺の海を荒らしまわって…」 「これも捕鯨禁止の影響だ」ジョブがいった。「死活問題に追い込まれた他の島の連中が、境界線を越えてこっちにくるんだ」 「俺達の親や漁師連中は、彼らを警戒していつも付近をパトロールしてる。あのサイレンはその警告だ」 ジンが言葉を続けた。 沖の彼方、視界ぎりぎりに、海の一角が黒く染まっている。 その周囲を何艘もの漁船がぐるりと囲み、さらにそれを追うようにまた漁船の群れが併走する。 激しい海のデットヒートだ。 トリトンは黒い海に注目した。 子クジラを含む無差別な殺生が展開している。 トリトンはショックを受けた。 「あんなの、漁じゃない!」 「ああいう連中とも戦わないといけないの」 ナニは顔をそむけた。 トリトンは息を飲んで見つめていたがー。 ある決心をして、彼らにいった。 「だったら、魚をとらせないようにすればいい」 「はぁっ!?」 ボブをはじめ、若者達が呆れた。 トリトンはサッと一人はずれて駆け出した。 全速力で海に走り込んで行く。 「だめよ!」 ナニが制止した。 が、トリトンは止まらない。 その様子を丘の方からジャンが発見した。 「無茶だ、やめろ!」 バアニを引き連れて、急いで海岸沿いまで駆け寄った。 しかし、トリトンの姿は波間に消えてしまった後だ。 海の中で、トリトンは刺すような苦痛に顔を歪めた。 傷は治りきっていない。 塩水がトリトンの傷口を激しく突き刺す。 「くそっ!」 悪態をついて、気持ちを奮い立たせると、スピードを緩めず、魚達の群れに猛然と突っ込んだ。
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陸では。 ジャンをはじめ、若者達が呆れたように眺めていた。 「あいつ、死んじまうぜ…」 ボブが声を震わせた。 「さっき、そんなことをいったよな。今は生きちゃいないとかどうとか…。死ぬ気であんなことを…?」 ジョブが蒼白した。 「トリトンが死ぬなんて…!」 泣き叫ぶバアニをナニがきつく抱きしめた。 「トリトン…。命は一つしかないんだぞ…」 ジャンは辛そうに呟いた。 一方で、アリが漁船の変化に気づいて叫んだ。 「見ろ、密漁船が去っていく!」 「いつもなら、パトロール船をけん制して、なかなか立ち去ろうとしないのに…」 ジンは彼らの諦めの早さに驚いた。 密漁船が海域から立ち去ると、島の漁船も入り江側に引き返していった。 騒ぎが終息し、しばらくして。 ザブザブと波をかきわけながら、ずぶ濡れのトリトンが島の海岸にあがってきた。 「トリトン!」 ジャンが慌てて、海の中に飛び込む。 フラフラになりつつも、波打ち際までなんとか戻ってきたトリトンは、ジャンの目前で倒れこんだ。 「…何とか、船は追い返した…」 それだけを告げると意識をなくした。 「トリトン!」 ジャンはトリトンの体をしっかりと受けとめた。 何度も呼びかけたが、トリトンの意識はもどらなかった。
それから数時間後…。 唸されながらハッと目を見開いたトリトンは、またジャンのベッドに寝かされていた。 枕元に立っていたのは、バアニではなく、ジャンだ。 いつも穏やかだったジャンの表情が険しく恐い。 トリトンはゆっくりと身を起こした。 「あの…」 トリトンが口を開こうとした時、変わりに、ジャンの張り手がトリトンの頬に飛んだ。 「ばか者!」 トリトンは顔をそむけたまま体を硬直させる。 ジャンは厳しい口調で叫ぶようにいった。 「いいかね? どのような理由があっても、生かされた命を粗末に扱ってはいけない。生きることを諦めるのは簡単だ。しかし、生かされたからには必ず意味がある。私はそうやって、今日まで生き恥をさらしてきた…」 「…生き恥…?」 トリトンは言葉をうつろに繰り返した。 ジャンは一息つくと、わずかに抑えた口調でいった。 「ナニから聞いたよ。君は争う若者達を止めようとしたそうじゃないか。そして、こういったんだろ?「別の方法がある」と…。その通りだ。君は生きる希望を捨てていない。だったら大丈夫。君は生きられる…。ただ、心配をするものがいることを忘れんでほしい…。まして、私はもう、目の前で人が死ぬ場面に遭遇するのは耐えられない…」 「…すみません……」 トリトンはぽつりといった。 「とにかく、大事にならなくてよかった…。まだ泳ぐのには少し早すぎたね…」 ジャンはようやく笑顔を浮かべた。 トリトンは照れたように小さく頷いた。 「ゆっくりと休みなさい…」 そういって立ち去ろうとしたジャンにトリトンは思わず呼びかけていた。 「ジャン…あの…先生って…。言った方がいいんですか?」 「どちらでも構わないよ…」 ジャンは部屋の扉を開け、居間の光を逆光にした位置で振り返った。 その表情がいつかのあの人の素顔と重なった。 トリトンは懐かしさもこみあげてきて、すがるように問いかけた。 「先生、教えてください。俺は何をするべきなんでしょうか? まだ、その答えがわからないんだ…」 穏やかな笑顔を絶やさず、トリトンに優しく告げた。 「時間は長い…。ゆっくりと考えればいい…。今は何も考えずに休みなさい…」 そっと出て行った後、一人取り残された部屋で、トリトンは体を丸めた。 膝に顔をうずめ、身を震わせた。 「じっちゃん…」 おそらく、あの人なら、今のトリトンを大きく広く抱きしめてくれただろう。 切ない思いを感じながら。 無情に過ぎる時間の流れに身を預けるしかなかった…。
気がつくと深夜だった。 トリトンは薄暗い部屋の中にずっと閉じこもっていた。 眠るのが恐かった。 いろいろ思いめぐらすと、ますます混乱した。 こんな時、昔の郷愁が心を空しく照らしていく。 しかし、戻れないこともわかっている。 わだかまりが増した。 そんなトリトンの耳にかすかな歌声が響いてくる。 えっと顔を起こすと、ベッドから離れて窓越しに外を眺めた。 澄んだ歌声は外から洩れ聞こえた。 「女性の声…?」 いつか、女吸血鬼に誘われたことを思い出しつつも、トリトンはその声に誘われるように家の外に出た。 玄関前には犬のバリスが寝そべっている。 トリトンが通り過ぎても、バリスは起きようとしない。 わざとか、それとも、ほんとに眠っているのか。 ただ、バリスの話を思い出した。 美しい歌声を持つナニ。 穏やかな南国風の節回しは、ナニの歌に違いない。 夜の微風漂う海岸まで行くと、椰子の林の木陰にたたずむナニの姿を見つけた。 月明かりの下にいるナニは昼間の雰囲気と違い、褐色の肌が神秘的に光り、女神のような美しい女性に思えた。 砂の足音に気がついたナニが、歌をやめると、トリトンの方に視線を向けた。 「どうしたの?」 「ごめん…」戸惑いながら、トリトンはナニに近づいた。「眠れなくて…」 隣の椰子の木にもたれるようにたたずむトリトンをナニはじっと見つめた。 そして、小さく頭を下げた。 「ごめんなさい…。あなたのことを誤解していたわ…」 「えっ?」 トリトンは困惑した。 ナニはすっと海に視線を向けた。 彫が深い表情は横を向いても、夜の光の中でひきたつ。 ナニは静かに口を開いた。 「嬉しかった…。みんなの誇りを思い出させてくれて…。最初、ひどいことをいったけど…。あなたの気持ちはよくわかった。あなたは誰よりもこの海を愛している…」 トリトンはふっと笑った。 「ここに来て出来る事がないか…なんて、最初は思ったりした…」 振り返るナニに反して、トリトンは視線をそらし海を見つめた。 「でも、所詮、口先だけの人間だ…。綺麗事だ。人に指摘される前に、自分でもよくわかっている…。俺がやってきたことは「愛」なんかじゃない…、それとは真逆の…」 トリトンは苦しそうに息を吐き、額をきつく手で覆った。 その手をすっとナニが優しく受け取り、そっと握り締める。 驚くトリトンにナニは笑顔を浮かべた。 「過去は過去…。今は今…。先生が教えてくれたわ…」 トリトンはわずかに首をかしげる。 ナニがいった。 「この島にはあなたが必要よ。ずっとここにいて…。あなたなら、きっとみんなの心をまた一つに戻してくれる…」 「俺は…そんな柄じゃ…」 トリトンがいいかけようとすると、ナニはふっと視線をそらして歌いはじめた。 「その歌…」 「ええ…。故郷の歌…。憧れだった、この歌を歌う人に…。そうなりたいとずっと思っていた…。でも、もう戻れない…」 ナニはすっと視線を下に落とした。 「なくなってしまったから…。あの故郷はもうないわ…」 「でも…」 トリトンは囁くようにいった。 「まだ歌うことができる…」 ナニは静かに頷いた。 「ええ…。私はそのためにここにいる…。私が歌をやめたら、すべてがなくなってしまう…」 ナニは美しい瞳でトリトンを見返した。 「あなたも…そう思うでしょ?」 トリトンはかすかに息を飲みながら、ナニから視線をはずすことができなかった。 ぎこちなく、言葉を返した。 「俺が…ここにいるから…。まだ…、なくならない…」 「そうよ…」 ナニは柔らかい笑顔を浮かべてかすかに頷いた。 その表情がわずかに歪む。 よろけるナニの体を、トリトンが慌てて支えた。 「ごめんなさい…」 慌ててナニが離れようとしたが、トリトンはそのまま抱きすくめた。 「足…。怪我したんだろ?」 「ちょっとくじいただけ…。もう、腫れもましになったわ…」 柔らかな温もりとともに、かぐわしい香りにトリトンはほぐされた。 「いい匂いがする…。これは君の香り?」 「この島の花の香り。ワレアの香りよ…」 ナニはわずかにトリトンから離れた。 しかし、見詰め合う視線はさらに近くなった。 「バアニの言うとおりね…。あなたからは海の匂いがする…」 目を見張るトリトンにナニはまぶしく微笑んだ。 「懐かしい…。幼い頃、同じ匂いがする人に育てられたわ…。ありがとう、トリトン…」 「ナニ…。礼をいうのは俺の方だ…。ありがと…」 流れの中で少しづつ膨らんだ小さな心のよりどころ。 結ばれる心の絆を確認しあうように。 そっとお互いの指を絡めあい、いつまでも見つめあう。 はるか以前に置き忘れてきた安らぎの時間…。 その思いはトリトンの心の隅に、わずかな灯火を照らした…。
(5)に続く…
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No.144 - 2012/01/09(Mon) 18:21:02
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