田舎モノの私は東京に住み出してから、一番行った繁華街は 銀座だった。日劇もあったし・・・・ 60年代は六本木や原宿はそんなに一般的ではなかった? いや、田舎モノが出入りする場所ではなかった、だけかもしれない。 赤坂は会社の先輩が居たので、比較的良く行った。
当時、赤坂の「ニュー・ラテン・クォーター」の前を通ると、チエミさんの ステージ写真が飾ってあった。 その頃、チエミさんはお酒の席で歌うのがイヤだったみたいで、 これは雪村さんが出る予定の時、何かのアクシデントで出演が不能になって、 急遽ピンチヒッターに立った時の写真だと思う。 手を前に大きく伸ばして歌っている良い写真で、必ず見て通ったものだ。
酒席で歌うのがキライなチエミさんが、一流とは言え ナイトクラブで、しかも雪村さんの代役に出たことは話題になった。 音楽評論家・安部寧氏は「勝者の敗者への憐憫の情」と、本に書いて いるが、「憐憫の情」かどうかはともかく、当時の二人の力関係を表した 表現だと思う。
「ミカド」「月世界」や京都の「ベラミ」は誰でも出られる処ではなく ここに出られると「一流」だと言うことで、来日した海外の大物も殆ど出ている。
最近「東京アンダーナイト」と言う、ラテンクオーターの経営者の書いた本が出た。 ここで刺された力道山のことなどを書いた本で、チエミさんのエピソードが載って いる訳ではない(著者との対談で朝丘雪路さんがチエミさんの思い出を語っているが) けれど、なつかしい気がして買ってみた。
写真は来日した際、ここのステージで歌っているバルタン星人のお方。 でぶりさんがチエミさんと共にお好きと聞いて、無断掲載?してみ た。
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No.138 - 2007/04/08(Sun) 16:57:43 [p1154-ipbf311fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]
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