| 無法松さん、律儀にお調べ戴きありがとうございました。感謝申し上げます。 <ヤマの子守歌>で、合っていたのですね。でも2番以降の歌詞は殆ど記憶が、なかとです。 でも、イイ歌で要再評価!浜崎世津子は藤崎世津子の間違いです。前夜、彼女の「歌声は希望をのせて」なる本を読んでいたのですが。この方を私はリアルタイムでは全然知りません。 この頃の「ジャズ歌手」では、小割まさえ、新倉美子、築地容子さん等も、名前は憶えていますが、歌は知りません。新倉さんが辰巳柳太郎の娘、築地さんが「金色仮面」の名前でデビューした位の記憶です。当時地方ても名前が通っていたのは、「河は呼んでる」の中原美紗緒さんでした。
>今考えるとこの時代に現れた和製ジャンル歌手たちの水準は決して高い人ばかりではなかったよ>うな気もします。チエミさんやひばりさんの偉大なところはたとえシャンソンだろうが、ラテンだろ>うが真剣に歌えばその程度のジャンル歌手では彼女らの足元にも及ばないということでしょうね。
確かにチエミさんや美空さんや雪村さんには、「生活」がかかっていましたものね。その強さです。安部寧さんの本に「石井好子やペギー葉山には外国語の歌だと、ちょいとハイソだから」と言った感じで・・・と言う様な記述がありました。あらら、こんなこと書くと、また好子さんやペギーさんのファンに叱られるかな?ごめんなさい!ペギーさん好きですよ!好子さんは随筆が良いですね。
>九州出身のこちらは小さい頃は<ニシン>は食べたことがなく、
食べ物って育った処で記憶が違いますね。私は子どもの頃東北で育ったので「にしん」は身近に ありました。生のにしんも身欠きにしんも、焼くと家中臭くなって煙もうもうでした。子供にとって決して美味しい魚ではありませんでした。鯨も竜田揚げとか良く食卓に出ましたが、なまら固かった。
魚のトップ・スターは「鮭」、なんたってシャケでした。新巻鮭が一本届いたりすると喜んだものです。九州では、鮭はさほど「ありがたい」魚ではないのでしょう?カレーライスも西の方は牛だし。 (木下惠介が若松で撮った「この天の虹」に、ちょっと切ないカレーのエピソードが出て来ますね) 「お達者くらぶ」みたいな話で、申し訳ないです。(画像は当時のでぶり家?の居間)
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No.251 - 2007/07/18(Wed) 19:48:31 [p2087-ipbf315fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp] |