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記事No.249に関するスレッドです

にしんとザリガニ / タラオ・バンガイ
 紅白が国民的人気の時代には、出場歌手の中にNHKが選んだ紅白のだけの為のトリオが出ていた。水谷良重、東郷たまみ、沢たまき、でと、宝とも子、浜崎世津子、有明ユリ、で夫々出場している。(中尾、伊東、園でもあったかな?)
レコード会社も異なり、紅白以外は一緒に歌うことは余りなかったのでは?と思われるが、NHKの紅白の力の強かった時代でこそ出来たことだと思う。

有明ユリさんは設立間もない東芝レコードの専属で「チュンガを踊ろう」が代表作だそうだが、記憶にございません!
ただ、この人の歌で私は忘れられない曲がある。「炭鉱(やま)の子守歌」と言ったか、全然違う題だったか、貧しい炭鉱の子供を歌った曲だった。ちょうど「にあんちゃん」や「筑豊の子どもたち」がベストセラーになった頃だと思う。

それは♪父ちゃん 今日も帰らんき・・・と言う歌詞で、坑内にもぐって帰らない父を、多分父子家庭でひもじさの余り「ざりがに」を採って食べる、と言った歌だったと思う。オリジナルなのか採譜されたものか覚えてない。炭鉱の栄華も悲惨も身近にはなかったし、私の育った処には「ざりがに」は居なかったので、共に実感はないが、何故か今でも忘れられない。豊さに差のあった時代の歌だ。
無法松さんならこの歌のことを、きっと知っとうや?

チエミさんの「にしん子」は「芸者春駒」の挿入歌で、山屋清氏の傑作だが、これも♪・・・エゾに出稼ぎ 親なしっ子・・・乾いたにしんコ 喰うている・・・
と言った歌詞(作詞・菊田一夫)で、同じく鰊漁の栄華の陰の悲惨さを歌ったものだ。チエミさんの歌唱も、けれんがなくて良い。劇中、清川虹子さんも歌い、これも良かった。(「にしん子」はLPに収録され、CDにも一度収められた。)
 
和ミュージカル「芸者春駒」(芸術座で上演したい位の「渋さ」があった)の音の発掘をしたいと、私は願っている。そして有明ユリさんの歌も、もう一度聞きたい!
(画像は京都南座前の松葉の「にしんそば」、でぶりさんお食べやす)

No.249 - 2007/07/17(Tue) 01:00:35 [p1142-ipbf603fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]

Re: にしんとザリガニ / 久留米無法松
冒頭の有明ユリほかのグループは昭和34年の紅白で<シェリト・リンド>を歌っていますね。こちらの資料では浜崎世津子が藤崎世津子と表記されています。翌年には有明ユリ、小割まさエ、沢たまき、高美アリサの四人で<或る恋の物語>を歌っています。この時代、トリオ・ロス・パンチョス他のグループが中心になってラテンブーム、和製もたくさん出てきました。今考えるとこの時代に現れた和製ジャンル歌手たちの水準は決して高い人ばかりではなかったような気もします。チエミさんやひばりさんの偉大なところはたとえシャンソンだろうが、ラテンだろうが真剣に歌えばその程度のジャンル歌手では彼女らの足元にも及ばないということでしょうね。

有明ユリさんの取り上げられた炭鉱の歌、下記のサイトにありました。昔聴いた覚えがありますが、レコードは買わなかったと思います。筑豊炭鉱といえば最近発行された写真集<筑豊、ヤマが燃えていた頃>(河出書房新社)が素晴らしいですよ。まさに自分の子供時代の頃のことです。
http://www.miike-coalmine.net/mid/zarigani.html
この頃同種の歌で丸山明広の<よいとまけの唄>もありましたね。
大金持ちになった美輪さん、全く興味ありません。

九州出身のこちらは小さい頃は<ニシン>は食べたことがなく、
長い間生臭いような先入観があったのですが、大好きな浅草の蕎麦屋<弁天>で食べたニシン煮が実においしく、すっかりお気に入りの魚になりました。

No.250 - 2007/07/18(Wed) 14:26:56 [59-171-200-172.rev.home.ne.jp]

Re: にしんとザリガニ / タラオ・バンガイ
無法松さん、律儀にお調べ戴きありがとうございました。感謝申し上げます。
<ヤマの子守歌>で、合っていたのですね。でも2番以降の歌詞は殆ど記憶が、なかとです。
でも、イイ歌で要再評価!浜崎世津子は藤崎世津子の間違いです。前夜、彼女の「歌声は希望をのせて」なる本を読んでいたのですが。この方を私はリアルタイムでは全然知りません。
この頃の「ジャズ歌手」では、小割まさえ、新倉美子、築地容子さん等も、名前は憶えていますが、歌は知りません。新倉さんが辰巳柳太郎の娘、築地さんが「金色仮面」の名前でデビューした位の記憶です。当時地方ても名前が通っていたのは、「河は呼んでる」の中原美紗緒さんでした。

>今考えるとこの時代に現れた和製ジャンル歌手たちの水準は決して高い人ばかりではなかったよ>うな気もします。チエミさんやひばりさんの偉大なところはたとえシャンソンだろうが、ラテンだろ>うが真剣に歌えばその程度のジャンル歌手では彼女らの足元にも及ばないということでしょうね。

確かにチエミさんや美空さんや雪村さんには、「生活」がかかっていましたものね。その強さです。安部寧さんの本に「石井好子やペギー葉山には外国語の歌だと、ちょいとハイソだから」と言った感じで・・・と言う様な記述がありました。あらら、こんなこと書くと、また好子さんやペギーさんのファンに叱られるかな?ごめんなさい!ペギーさん好きですよ!好子さんは随筆が良いですね。

>九州出身のこちらは小さい頃は<ニシン>は食べたことがなく、

食べ物って育った処で記憶が違いますね。私は子どもの頃東北で育ったので「にしん」は身近に
ありました。生のにしんも身欠きにしんも、焼くと家中臭くなって煙もうもうでした。子供にとって決して美味しい魚ではありませんでした。鯨も竜田揚げとか良く食卓に出ましたが、なまら固かった。

魚のトップ・スターは「鮭」、なんたってシャケでした。新巻鮭が一本届いたりすると喜んだものです。九州では、鮭はさほど「ありがたい」魚ではないのでしょう?カレーライスも西の方は牛だし。
(木下惠介が若松で撮った「この天の虹」に、ちょっと切ないカレーのエピソードが出て来ますね)
「お達者くらぶ」みたいな話で、申し訳ないです。(画像は当時のでぶり家?の居間)

No.251 - 2007/07/18(Wed) 19:48:31 [p2087-ipbf315fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]