新宿コマの昭和52年12月公演で「お笑い女忠臣蔵」と言うのがあった。 チケットの半券が残っていて、私が見たのは8日夜S席で2800円だった。 大石主税は女だったという大胆な話で、新喜劇の平戸敬二脚本、松浦竹夫演出でチエミさんは3役をやっている。
プログラムの中に東京中日スポーツの森洋三氏が書いておられる。
「電車に乗らなくなったコメディアン、本業よりも副業に忙しい喜劇人、古ぼけた引き出しの演技で間に合わせてしまうベテラン・・・・。観客の目は決してウソを見逃さないし、貴重なお金と時間を支払って足を運んだ場所で演じられているものに注ぐ視線は鋭い。」そして「しごく当然のことながら、舞台の上に動いているのは“人間”でなければならないのだ。温かい、あるいは冷たいにしろ、生身の人間の体温を感じさせなければ、客席の反応をひきおこすことはできない。」(原文ママ)
この年の12月はコマの他、明治座、日劇でも喜劇仕立ての「忠臣蔵」が舞台に上っていた。 翌月の「演劇界」に、この3劇場の批評がまとめて載っていた。 「演劇界」は歌舞伎の批評をメインとする演劇誌だから、歌舞伎に題材を採った芝居には厳しいと思われる。 その中で私が印象に残っているのが「基本を知った上で崩すのと、知らないで崩すのでは、同じ崩れ方でも自ずと違って来る」と言った意味の言葉で、コマのチエミ喜劇を他の2劇場のアチャラかと一線を画して批評していたことだ。
芝居そのものは、平戸氏や松浦氏の見識、清川さんの経験や助言がものを言ったとしても、森さんがプログラムに寄稿した文や演劇界の含蓄に富んだ批評も、それは即チエミさんの仕事への姿勢そのものではなかったか?と言う気がする。
間違っても松の廊下でスッテンコロリン!はない人、それがチエミさんだった。
12月は忠臣蔵の季節であるが、そんなことを今になって「ふっ!」と思ったりしている。
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No.26 - 2006/12/22(Fri) 13:11:39 [p2187-ipbf312fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]
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