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記事No.298に関するスレッドです

こんなに素適なチエミさん〜キスミー・ケイト〜 / タラオ・バンガイ
「キスミー・ケイト」(昭和41年2月東宝劇場)の劇評を、かねてより探していたが、
それの載った「演劇界」を、先日やっと見つけた。
「演劇界」は歌舞伎中心の演劇誌なので、当時は特にミュージカル等の扱いは小さかった
が、異例の2頁見開きグラビアの舞台写真もあった。このチエミさんは、実に生き生きと
自信に満ち、輝いて美しい。
当時20歳の私はこの舞台を見ている。楽しかったし素晴らしかった。
チエミさんにとって、誇り得る立派な「仕事」であり「成果」であった。

素適なチエミさんの写真とは別ページの批評にはこうある。
「江利チエミと宝田明は熱演でよく役をこなしているが、『ソウ・イン・ラブ』や
『夢に見たあなたの顔』などの歌は、コール・ポーター独特の甘美さを持って
いるとは云え、うっとりするほどではなかった」(原文ママ、市川雅=舞踊評論家)

チエミさんの歌唱に甘さが不足とは「アニーよ銃をとれ」の「ゼイ・セイ・イッツ・
ワンダフル」等でも、既に同じ「演劇界」で安部寧氏が指摘している。
但し、私はこれはチエミさんの特性で「しっとり」ではなく「あっさり」「さっぱり」
「歯切れ良く」歌うからこそ、「江利チエミ」なのだと思う。そう言うチエミ唱法に
「うっとり」するんだけどね、私は。

私の隣の席のママと一緒に来ていた坊やが、舞台にチエミさんが出て来ると
「サキコさんダッ!」・・・「・・・サキコさん」とつぶやきながら、大いに笑い、
飽きもせず眠りもせず、楽しんでいた。(咲子さんちょっと、がいかに人気があったか)

チエミさんは満を持して「レコーディングも済んでるの」と語っていたが、公演の後半が
「東宝演劇部の屋台骨を揺るがす不入り」(菊田一夫)で、翌月の名古屋公演を主役交代
となり、このミュージカル自体封印された感があった。

しかし、先入観のない若いファンの皆さんにも、是非このミュージカルを知ってもらい
たいと思う。レコーディングされた音源はキングにある筈だ。久保家にはないのか?
宝田さんは持っていないのか?実は「でぶりライブラリー」に既にあるのでは?

まぁ、オヤジのグチはともかく、チエミさんの素敵なこの笑顔を見てやって下さいな!

No.298 - 2007/08/06(Mon) 15:55:41 [p2064-ipbf607fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]

Re: こんなに素適なチエミさん〜キスミー・ケイト〜 / 久留米無法松
このページはつくづくチエミさんを心から愛する人たちのものなんだなと、うらやましいぐらい思います。昨晩、岸洋子さんの特別番組がNHKBSで放送されたのですが、しみじみ岸さんは歌の上手い人だったと思いました。自分の好みだけで言いますと、シャンソン歌手としては越路さんより岸さんの方が好きなんですが、岸さんには何か一つ人を虜にする魔術的なものが不足しているんですね。それで彼女は群を抜いたディーバにはなれなかったのではないかと思います。(他のもろもろの日本のシャンソン歌手とは比べ物にはなりませんが)それと同じように、チエミさんが好きな小生もチエミさんというと、やはりリズム感の心地よさ、明るさ、歯切れのよさ、キャラクターの愛おしさがまず先に来て、歌謡曲が苦手だったという理由ではなくて、もう一つ日本人が一番惹かれる哀愁感とか、物悲しさとか、切なさとかを表現するのが技術的にも感情的にも不器用なんですね。そこがチエミさんのいいところなのよ、という方も大勢いることはもちろん良く分かりますが。

決してチエミ批判をここでしているわけではありませんから、くれぐれこちらを袋たたきしないでくださいよ。

No.299 - 2007/08/07(Tue) 10:18:12 [59-171-200-172.rev.home.ne.jp]

Re: こんなに素適なチエミさん〜キスミー・ケイト〜 / タラオ・バンガイ
>岸さんには何か一つ人を虜にする魔術的なものが不足しているんですね。

「魔術」或いは「臭気」、くさやの干物、琵琶湖の鮒鮓ですよね。天性の魔術
使いは美空さんと、越路さんだったでしょう。私はくさや、鮒鮓、大好きですけど。
チエミさんは茗荷や紫蘇の香味、山葵の辛さ・・・・・岸さんは何だろう?

私も岸さんは好きで良く聞きに行きました。彼女の欠点は東北出身なので、
アクセントがビミョウに違う時があることで、代表作の「黒い鷲」も「黒い儂」
或いは「黒い和紙」と聞こえるのですよ、私の耳には。
逆にチエミさんの大いなるの魅力(強み)は、「日本語の正確さ」だったのでは?
英語の発音については、どうも「オキュパイド」なもの?だったらしいのですが。
日本語の発音、アクセント等は本当にすばらしいものがありました。だからこそ
初期のブロードウェイ・ミュージカルの成功は、訳詩の不備を補って余りある彼女
の、日本語を伝える力、能力だと思います。
「マイ・フェア・レディ」の初演を、もしオペラの人が演じたら、キーは指定通りだった
でしょうが、言葉(歌詞)は意味不明で、観客に伝わらなかったと思います。
初演当時、永六輔さんが既に指摘していたことです。

>もう一つ日本人が一番惹かれる哀愁感とか、物悲しさとか、切なさとかを
>表現するのが技術的にも感情的にも不器用なんですね。

人の歌をカバーした白眉(大げさ?)は、岸さんの「カスバの女」、森サカエの
「湖畔の宿」と私は思っています。オリジナルより数段すばらしい。「湖畔の宿」は
本家の三枝子さんが「あら、イイじゃないの」と言ったとか。共通するのは感情を
極力拝し、歌う側が歌詞に埋没しないで、ある距離を持って歌っていることでしょう。
本来はチエミさんこそが、そう言う歌唱が得意な筈ですが、晩年は妙に感情移入が
強くなりました。ペギーの「爪」のカバーを私が好きになれないのは、そんな理由です。

私の中学生の時の国語の先生は皮肉屋で、志賀直哉を「小説を書かない小説の
神様」と言っていました。書かないからこそ「神様」だった?のかも知れませんが。
チエミさんはどんなコンディションの時も、生涯歌い続け、演じ続けた人です。
皮肉にも、「ミュージカルの女王」「ジャズの女王」の称号も得られなかったのは、
それが原因かもしれません。
しかし「現実」から逃げないで、現時と真摯に対峙したチエミさんを、私は好きですし、
敬愛してやまなンですよ。
でも「キスミー・ケイト」のチエミさんの表情は、ス・テ・キじゃない!ね?無法松さん!

No.300 - 2007/08/07(Tue) 22:25:08 [p1173-ipbf611fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]