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記事No.322に関するスレッドです

生チエミにあった日 / タラオ・バンガイ
私が生まれて初めて「生チエミ」を見た時は、原信夫と♯&♭
が一緒だった。中野兄弟も出ていた。MCは世志凡太さんでした。
当然ながら、チエミさんを含めみんなピカピカに輝いていたね。
当時は客席からテープを投げ、歌手はそれを持って歌う時代でしたが、
チエミさんはテープを投げられるのは、余りお好きではない様でした。
地方公演のステージにしては、いま考えても可なりハイ・ブラウでした。

客席から撮った写真です。後は原さんですね。
婚約直前の、女性として一番きれいな頃だったのではないでしょうか?
あれから半世紀!この写真の時、歌った曲は何だったのだろう??
私は小学6年生・・・ってことは、でぶり嬢がご生誕なさった年ですな。

No.322 - 2007/08/29(Wed) 23:40:41 [p1004-ipbf304fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]

Re: 生チエミにあった日 / でぶり
あらま、こういうお顔のチエミさんは、初めて見ました。
私が生まれた年というと、1957年?

なぜか、この時期の写真が少ないのね。
一番、みずみずしく輝いていた頃じゃないかと思うけど。
ロカビリー・ブームが社会現象となり脚光を浴びていた頃
ジャズ娘はハイ・ブロウなボーカリストに変貌を遂げていた。
・・・と云っちゃって宜しいのかしら?
ひとまわり上のタラオおじさま。

No.323 - 2007/08/30(Thu) 00:46:26 [softbank221042115103.bbtec.net]

Re: 生チエミにあった日 / タラオ・バンガイ
>ジャズ娘はハイ・ブロウなボーカリストに変貌を遂げていた。
・・・と云っちゃって宜しいのかしら?

ンダ、まったくその通りだべ。
チエミさんが結婚した時、週刊朝日に「(3人娘の中では)今後、活躍の場が
一番少ないだろう」と書かれた。ハイ・ブラウだったからだろうね。

チエミ公演と前後して雪村さんも美空さんも見ましたが、お二人のチケットは
共に商店街の売り出しの景品だったから、学校の体育館の公演が満員でした。
美空さんは小野満さんのバンドで、司会は西村小楽天さん、デビュー前の
弟の小野透さんが「ダイアナ」を歌ってましたね。

雪村さんはウィリー沖山さんがゲスト・シンガーでした。私が「雪村ねずみ!」
と掛声かけ時だよ。
お前、チエミさんにも何か言ったろうって?うん言ったよ。「浪花節歌って!」
(大暴れチャッチャ娘を見てたので)ハイ・ブラウな公演に頓珍漢なこと言って、
栴檀は双葉より芳し?要するにガキの頃よりオバカ丸出し!
チエミさん、浪花節は歌ってくれませんでしたよ。当たり前だけどな。

(画像はファンの青年がチエミさんに花束上げてる処。後ろに楽団の譜面台が
見えるけど、劇場の備品でハゲチョロだった。天下の「♯&♭」の若かりし頃!)

No.324 - 2007/08/30(Thu) 11:05:21 [p1088-ipbf310fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]