暖かい天気自転車でサクラ通りにある会館に立ち寄ってきました。
川端康成は、大阪市内の生まれですが、幼少期に相次いで両親と死別し、茨木市宿久庄の祖父母のもとで育てられ、豊川尋常高等小学校(現・豊川小学校)、旧制茨木中学校(現・大阪府立茨木高等学校)を一番の成績で入学し2年生の頃から小説にこりはじめ、茨木にある虎谷・堀・堀内書店で立ち読みをしたり、よく買ったりして小説を読んだり、また実際に書いたりしたそうです。 川端康成は茨木中学校を卒業後、一高(現東京大学)、東京帝国大学へと進み、文学ひとすじの道を歩みました。 昭和43年、日本人で初めてノーベル文学賞を受賞し、世界的な文学者としての名声を博しました。 その代表作は『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』『古都』。優れた感受性で日本人の心の精髄を表現するその叙述の巧みさが評価され、国際ペンクラブでの活躍が、東西文化の交流に大きく貢献したといわれています。 茨木市は、文学への思いを育んだ川端康成の「ふるさと地として、その栄誉をたたえ、昭和43年12月16日、名誉市民第1号の称号を贈りました。 また、昭和60年5月には「川端康成文学館」を開館して、川端康成の生いたちや川端文学の紹介をしています。
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No.3552 - 2008/04/04(Fri) 04:39:55 [p4236-ipad416osakakita.osaka.ocn.ne.jp]
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