きんもくせいさん、和也&久美さん、のものもさん、書き込みありがとうございます!
皆さんの気持ちのところでの喜びへの切り換え、嬉しく頼もしく読ませてもらっています。
私の方は今回の波動調整も収束しつつあります。 さすが、気持ちのところでの喜びへの切り換えということで、昨夜はさまざまな気持ちの澱を睡眠中に夢で排出していたようです。
何となくまだ記憶に残っている出来事の一場面や記憶も失せている出来事の一場面などを幾つも連続して、夢で見ていました。
何度も目が覚めて、その度の大量排尿に驚きました。(睡眠中に大量排尿して目が覚めたのではなく、目が覚めてトイレに行って大量排尿したので、どなた様も誤解なきように(笑)
引き続き、定例会で話した人も話さなかった人も、 「今まで喜びとは思えていなかったことを、喜びの気持ちに切り替えて着地させる」 「喜びに思えていたことを、さらに進んだ喜びの気持ちに切り替えて着地させる」 というテーマで、どんどん書いてくださいね〜。
喜びではない意識・気持ち(陰りです)が創る現実にまた気持ちを陰らせ、さらに嬉しくない現実を創っていく連鎖から自分自身を解放してあげましょう。
喜びの意識・気持ちが喜びの現実を創り、さらにまたそれを喜んで喜びの現実を創っていく、喜びの連鎖に切り替えてしまいましょう。
そのほかのことも自由にお書きくださいね〜。 。。。。。。。。。
「天地悠々・悠々通信」、たぶん明日発送になります。 今号の後記・雑記をここにも転載させてくださいね〜。
◆「天地悠々」二四〇号、お届けいたします。
◆掲示板でも紹介していますが、「黎明」(葦原瑞穂・著 太陽出版)は凄い本だと思います。神智学をベースにしているのでしょうが、スピリチュアリズムやあらゆる訓えの本質と、量子物理学など科学的知見も駆使して、宇宙も地上界・人間も(もちろん地上の物質も想念も)波動であることを解き明かしています。
◆初版は一九九八年で、その後改定されて今年九月に新版が出版されています。著者(男性です)は四〇歳代でこの本を著したことになります。多方面にわたる知識の量の膨大さだけでなく、著者は明らかに普遍意識を自身の意識のベースにしていることに驚嘆しました。
◆こういう分野の本は溢れかえるほど出版されており、特にこの数年は私も参考のためにいろいろと読むようになりました。しかしどれも自我意識の枠から普遍意識・遍満エネルギーについて書いたものばかりで、知識や情報以外のところで参考になるものはほとんど全くありませんでした。(良くて、普遍意識の世界を垣間見ている程度です)。「シルバーバーチの霊訓」は発信元が霊界なので地上的自我意識を超えているのは当然ですが、それ以外で普遍意識が一貫した著者のベースになっているのはこの本が初めてでした。(人間が書いた本ですから、もちろん完璧ではなさそうですが、それは当然でしょう)。まだ上巻の途中までしか読んでいないのですが、とにかく凄い本です。
◆著者はおそらくはこの本を顕して世に出すことが今回の地上人生の目的であったようで、昨年十月、運転中に高速道路での単独事故で他界しています。六三歳だったそうです。プロフィールも不明で家族もいなかったという著者の地上人生に思いを馳せながら、使命を完遂して霊界に戻った著者を、心からの共感と敬意を以ってねぎらい、祝福したいと思います。「本当に、お疲れさまでした!」 |
30/11/2017(木) 13:28:36
| No.17387 飯沼正晴 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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「黎明」のことですが、おそらくは著者が参考にした文献や情報に事実誤認などもあるように思います。
ですから全てが書かれている通りとして鵜呑みにするのはどうかと思います。
アトランティスやムウ(レムリア)に関しては、「地上人類の歩み」と掛け離れていますし。(もちろんこれはどちらが正しいとも言えず、どちらも違っている可能性もあります)
著者が「アトランティスの遺物」として紹介している、南米マヤ文明の遺跡から発掘されたとされる水晶のドクロは、すでに近年になってダイアモンドの研磨機で制作されたものと断定されているはずです。
その他にも疑問に思う箇所はいくつもあります。
しかしそういうこととは全く別に、著者が地上的な自我意識をはるかに超えた普遍意識をベースにして、その視点から懇切丁寧に解き明かしていることに驚嘆します。
私はなぜかこの著者にある種の懐かしさというか、親近感を感じてしまいます。 本の中におそらくは著者の自分語りと思える文章をさりげなく織り込んでいるのですが、そのあたりを読めば何とも言えない気持ちが湧いて、涙が出そうになります。 「きっとこの人は絶対的な孤独を感じながら生きてきたのだろうな・・・」と、分かってしまうのです。
そう言えば、私が大学を辞めて、でっかいリュックサックを背負って東北・北海道をウロウロしていた頃、1ヵ月間アルバイトをした牧場が羊蹄山の麓の「黎明農場」でした。
あの旅が、私の自分としての地上人生の初めの一歩だったような気がします。 。。。。。。。。
パソコンの調子がイマイチです。 しばらく前にも具合が悪くなって、パソコン屋さんに見てもらった時に、「もうそろそろ買い替えの時期かもしれませんね」と言われているのですが・・・。 |
30/11/2017(木) 22:43:16
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| No.17388 のものも |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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>何度も目が覚めて、その度の大量排尿に驚きました。(睡眠中に大量排尿して目が覚めたのではなく、目が覚めてトイレに行って大量排尿したので、どなた様も誤解なきように(笑)
良かったで〜す! (スルーせずにはいられない(笑)
>パソコンの調子がイマイチです。 しばらく前にも具合が悪くなって、パソコン屋さんに見てもらった時に、「もうそろそろ買い替えの時期かもしれませんね」と言われているのですが・・・。
そのせいですかね。 たまに、悠々塾の掲示板だけ!ネットが繋がらなかったり、動かなくなりおかしいのですよね。 私だけですかね? 他のページは繋がるので、私のネット環境のせいではないと思います。
昨日は、遺品整理の業者さんが、うちに見積もりを来て、話が楽しくて、ワキあいあいと進みました。 お客様は、けっこう暗く、私がこんなに明るかったものですから、驚ろかれました(笑) そりゃそうだー |
01/12/2017(金) 07:09:16
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| No.17389 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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私もスルーせずにいられない(笑) ホッとしました。もちろんそうであっても大丈夫ですよ〜!
全ては根っこで繋がっていて、ひとつで・・。そんな事をずっと考え中です。私はその中の意識の一部で〜、そして生きてるって事は色々経験したり考えたりしながら自分の意識を表現、アピールしている。地上にいなくてもそうなのかな・・
絶対安心の中、全部繋がってる!という気持ちでいたら〜今までの頭と心で考えていた喜びの着地も、もっと凄い着地のパターンが増えて、もの凄い事も着地出来んですよね。視点が変わるというか。
タバコの話もシンクロの話も、そういう事の証なんですね〜 ザルの汚れを取って流れを良くしないと! はっ!と思って書いたけど、色んな話の継ぎ足しですね(笑)
あおやまさん!みさおさん! 本当に良かったね〜〜おめでとうございます!! |
01/12/2017(金) 07:54:01
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| No.17390 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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スルー出来ない!の誤りですね。笑
黎明農場のお話は凄いですね。全部が繋がっていて、今回は私も読むチャンスをもらえたんだから〜。 |
01/12/2017(金) 08:24:16
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| No.17391 のものも |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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>ホッとしました。もちろんそうであっても大丈夫ですよ〜
やすこさん、優しい返し〜 私も、例えお漏らししてても、大丈夫で〜す! (だから、してないって(笑) |
01/12/2017(金) 08:52:45
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| No.17392 のものも |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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>「喜びに思えていたことを、さらに進んだ喜びの気持ちに切り替えて着地させる。」
前々から思っていた事ですが、私の性格って明るいですよね、あの人生のわりに。
もっと、明るい気持ちに切り替え、周りを照らしたいです。 |
01/12/2017(金) 09:15:38
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| No.17393 飯沼正晴 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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のものもさん、やすこさん、毎度ありがとうございます!
スルーされたらミジメですから、助かりました(笑) しっかし、「スルーせずにはいられない」って、大多数の読者の想念の反映?(これも笑)
>そのせいですかね。 たまに、悠々塾の掲示板だけ!ネットが繋がらなかったり、動かなくなりおかしいのですよね。<
それは私のパソコンが具合が悪いこととは関係ないと思いますよ。 とりあえず三次元の道筋ではね(笑)
>絶対安心の中、全部繋がってる!という気持ちでいたら〜今までの頭と心で考えていた喜びの着地も、もっと凄い着地のパターンが増えて、もの凄い事も着地出来んですよね。視点が変わるというか。<
はい! ただ、普遍意識の世界を地上の自我意識で実感することはできません。(実感という言葉はかなり違っていますが)
ある程度は頭で分かることはできるのでしょうが、それでは「井の中の蛙、大海を語る」になってしまいます。
しかし、喜びの進化(喜びを広げていく方向性)において、普遍意識の世界(大海)と実際的に同期・同調できるのです。 普遍意識の世界はあまねく喜びに満たされていて、喜びがさらに進化する無限の世界だからです。
喜びベースとは、今の自分の陰り(喜びではないもの)を喜びに切り替え、今の自分の喜びをさらに健やかな喜びとして進化させていく、広げていくという方向性が確立・定着することです。
その方向性が定着してくれば、意識も現実も三次元の制約を超えて、喜びが活性化してくるのです。 。。。
のものもさんは明るいし、可愛いですよ〜!(笑いそうだけど(笑)じゃないよ) 想像を絶するぐらい大変な境遇を超えてきた魂の輝きが、勲章のように明るさや可愛さになって表現されていますよ。 変な表現だけど、歪みそうになる度に、恨みそうになる度に、潰れそうになる度に、本来の心にしがみつくようにして光の心を守ってきたのでしょうね。
そういう自分を喜んで、これからは安心して自分を喜びに全面解放してあげてくださいね。
今日と明日は書き込みできないかもしれませんが読めますので、皆さんどんどん書いてくださいね〜。 |
01/12/2017(金) 09:44:35
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| No.17394 のものも |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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読んだら、胸が一杯で、お腹も一杯です。 ジンときます。 昔に終わった話ですけどね。
でも、これからお昼たべま〜す(笑) |
01/12/2017(金) 12:31:37
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| No.17395 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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わかりやすく、ありがとうございます。本当にわかってるのか⁉笑
普遍意識・・とかとっても難しいけど、たまに考えてみるのは楽しいです。最後はやっぱり、とにかく喜んでいく事にたどり着くのですね!
のものもちゃん 可愛いですよお〜〜!そして凄いですよー! 飯沼さんのメッセージに、私までジーンときてしまった(笑) これからも明るい光で皆んなを照らしてね! たすかりますぅ。ほんとにありがとう〜。 |
01/12/2017(金) 19:34:50
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| No.17396 ひがし |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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昨日Sさんからメールがありました。久しぶりのメールでした。 娘さんの絵本が順調に売れていて福島の新聞に紹介されたこと。 また、Sさんはこの間の三日間の断食のせいでか転倒してその日病院に行くのを延期してもらった、少しすれば元気になれる、と書かれてありました。 Sさんに、無理しないでください、とメールしました。 Sさんからは、これから無理しないようにします、と返信がありました。 Sさんがヒーリングをやめられたのは残念でしたが、メールが来て少し安心しました。 (メールだけでは様子はあまりわからないので、実際はあまり安心できないという気もしますが、ぼくも引き続きせいいっぱいエネルギーを送ります)。
Sさんに気持ちを向けてくださっている皆様にお知らせさせていただきます。 |
01/12/2017(金) 21:12:43
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| No.17397 祐造 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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飯沼さん 前のスレッドでは、アドバイスをありがとうございます。 何度も読み返しています。
「理性も感情も総動員して、無理やりに自分を律して(規定しようとして)きた」というのは、まったく心あたりが無く意識できていないので、潜在意識の恐ろしさを感じます。 このとこと、何をやってもズレたり変だったり迷惑かけたり…、やっぱり自分は普通じゃないようです。
「自分はこういう喜びではない(ネガティブな)気持ちを、喜びの気持ちに書き換えた」という雛形文に沿った一文を ――― ということですね。 ちょっと時間がかかるかもしれませんが、些細なことからでも切り替えつつ、書きたいです。 |
02/12/2017(土) 00:51:03
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| No.17398 さき |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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祐造さん
>「理性も感情も総動員して、無理やりに自分を律して(規定しようとして)きた」というのは、まったく心あたりが無く意識できていないので、潜在意識の恐ろしさを感じます。<
であれば、意識しようとしてみたらどうですか? この掲示板でも、この夏の入院前後にも、 そのためのわかりやすい助言が何度もありました。
祐造さんは、それをわかりやすくスルーして (まさに理性も感情も押しCENSORED)
>自分が規定した「(評価されることに直結する)いい子・いい人・愛妻家」< を上っ面で演じているように見えます。
当たり障りのない上っ面の舞台や演技をいくら続けても 自分もつまらないでしょうし、共演者も周囲の者も見ている人もつまらないです。 自分も皆も喜びにならないです。
喜びモード、喜びベースって ナマの感情や意識の内実があるからこそ、しんどいけどそれが喜びのリアリティーとして感じられるし、エネルギーとして伝わるんだと思います。
この夏の飯沼さんの掲示板のコメント(16323)を貼りつけます。
+++++++++++++++ 私からのメールを何度読み返しても、たぶん何も分かりませんよ。 病院でも何度も読んだはずですし。
祐造さんの場合は、幼い頃から「大変な状況の中で、よく気が回るいい子として頑張っている自分」がお母さんから評価されてきたのだと思います。 「祐造はよく気がつくいい子だ」と褒められてきたのでしたね?
夫と夫の父親の反りが合わずに、何かにつけてぶつかり合って、そのとばっちりを受けるお母さんにとって、そんな祐造さんはもしかしたら唯一の自分の味方だと思えていたのかもしれません。 (そこでは、お兄さんに対する祐造さんの無意識の対抗心もあったかもしれませんね)
大好きなお母さん(可愛そうなお母さん)からの評価は、幼い祐造さんの潜在意識への刷り込みを強固なものにしたでしょう。 何よりも大きな喜びですから。
祐造さんのエネルギー場は、「大変な状況の中で、よく気が回るいい子(いい人)として頑張っている自分」というキーで確立し、その後もそれが現実化し続けているのでしょう。
「だからいい人モードをやめていく」というのは、「いい人モード」の土俵で相撲を取り続けることになります。(こういう場合はたいていは良くて5勝10敗ぐらい、下手すりゃ0勝15敗で負け越すことになります)
今回の投稿も、結局は初めから最後の削除・お詫びまで、いい人モードの祐造さんでしたね?
・・・「自分がどういう人間として生きていくのか?(日々や瞬間瞬間、どういう自分を選択実行(表現)していくのか?」という内実がなければ、結局は上っ面ということになってしまうのです。
+++++++++++++++++ 祐造さん10年前から本当に同じ話をしていますよね。 きっとそれが祐造さんのテーマだからなんでしょう。 そこをスルーしてたらずっと同じ舞台だと思います。 それでもいいんですが、それってつまらなくないですか。 この飯沼さんのコメント 自分自身の根っこを本気で喜びベースに切り替えるためのヒントとして読んで欲しいです。 |
02/12/2017(土) 07:54:26
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| No.17399 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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Sさんの娘さん、すごい! Sさんも娘さんも嬉しいでしょうね〜 これからも楽しみですねっ!
断食は無理されませんように。
祐造さん、応援してます! |
03/12/2017(日) 09:54:37
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| No.17400 ゆりか |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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文章を書こうとする時、いろんな意識が湧いて来て頭の中が多動的に動いてまとまらない事が多いのですが、まとまらないまま書いていきます。 長い間私は他人に評価される自分になりたい、という気持ちを動機として言動して来ました。いつも周囲の顔色を伺いながら、自分はどんな人に見られているのだろう!!という恐れを抱きながら人と係わっていたので、心はいつも緊張し、何処にいても誰といても居心地の悪さを抱えていました。その頃の私は、家族や周囲の環境の全てを誰かや何かから強制されているような感覚があり、全ては霊界で自らの魂が決めて生まれてくるのだという事を心底受け入れるようになったのは、30歳になってからでした。 今は、全ての現実は、自分の過去生を含めた過去の言動が創り出しているのだから、自我の中にある過去から引きずって来た翳りの心や闇の言動を喜びに切り替えたら、一つの翳りが引き起こす現実は喜びに変化するという事が実感できます。 そして、大切な事は、気づけた事を最高に喜ぶ事だと感じています。自分の意識が今の現実を創っているのだから、今の自分の心に湧いてきた自分を守ろうとする翳りの気持ちに気付き、気づけた事を最高に喜びながら、その喜びに引き寄せられるように湧いてくる喜びの気持ちに切り替えればいいだけの事‼ 以前の私は無意識にしてしまう闇の言動や翳りの気持ちを毛嫌いし、自分の中にある物と随分長い事戦っていました。心の中で善なる私と悪なる私が戦うわけですから、家族は元より周囲の人も巻き込みながら、不調和な現象を創造してきました。 その頃の私の意識の世界には、常に悪なる自分と善なる他者が存在していました。 今思い返してもすごい世界にいたものだなぁ〜〜と思います。
今の喜びの意識の軸は、過去生を含めた過去から現在に至る自分がつくったカルマの解消を日々地上でさせて頂いている喜びです。 一昨年辺りから、次から次に心も頭も肉体も総動員して取り組まなければ解決しない身内に関する出来事が浮上してくる流れが続いています。 過去を思い返してみると、20年程前にも似たような身内に関する流れがありました。 その頃の自分を思い返すと、実家の家族から逃げてばっかりだったなぁ〜本気になって喜びの心で係わってなかったなぁ〜私は自分の気持ちに囚われてばかりでこの夏に亡くなった弟に対しても逃げ腰だったなぁ〜〜と思います。 このような自分の過去に対しての思いがあるので、あの頃の未熟な自分が作ったカルマを肉体を持って解消させて頂いている事自体が、涙が出るほど有り難いのです。今の現実の何もかもが嬉しくて幸せなのです。
そして、他人軸で生きていた自分が自分も他人も大好きな自分軸に切り替わった意識で今の現実を見てみると、この地上界は本当に面白いところやなぁ〜〜って思います。 たまに自分の感情に囚われる時もあるけれど、まだまだ未熟やなぁ〜〜と自分で自分を笑いながら気づけた事への喜びに着地させている、今日この頃の私で〜〜す。
祐造さん、頑張りましょね〜〜 |
03/12/2017(日) 19:24:56
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| No.17401 ゆりか |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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あっ、大切な事を書くの、忘れてました。
青山さん、みさおさん、合格おめでとうございます!! 合格するに決まってるやんか!!って思ってたけど、とても嬉しいです。 定例会での青山さんの合格報告やみさおちゃんへのラブラブ発言にも、感動してました。
喜びをありがとうね〜〜(定例会で伝えれなかったので、この場を借りました) 青山さん、メッチャ可愛かったよ〜〜 |
03/12/2017(日) 19:47:28
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| No.17402 のものも |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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祐造さんは、好きな洋服を選んで、着て欲しいです。 あれ、ちょっと違うか?(笑)
昨日、年に一度の優勝を決める、お笑い番組がありました。 残った3組のうち、1組だけ、最後の意気込みの一言で、 ストレートに「優勝しますっ!」 と言い切ったので、この人達かも!と思いました。
ネタを披露したあと、個人的には、面白くなかったのですが、 他の組のが良かったのですけど(笑) やっぱり優勝しましたよ〜
勝利宣言。 言い切る事は、とても大切だと思いました。 「受かります」とか「幸せになります」とか、言っちゃいましょう。 もちろん、疑う事なく、自信をもって! |
04/12/2017(月) 07:02:50
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| No.17403 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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どうにもならない事は、心の中で上手に折り合いをつけるか、解決するしか方法がないと思ってました。あと、考えないようにする事も多かったかな。
過去の事は、今に繋がる良い経験だったと思いますが・・今でも思い出すとチクッとしたりモヤっとしたり〜。でもそんな出来事を1つ1つ丁寧に喜んでいく作業をしようかな〜と思ってます。
結局、あの気持ちがあっての成長なんだぁーに落ち着くし〜意識してやってる事だけど、案外適当に?大雑把にしていた作業でした。
全部含めて自分なんだなあ〜と、自分を否定せずに済むし自信もつくし〜今の私には大事な事かなと思います。
最近、自分に厳しかったから(笑)無理したらダメですね! |
04/12/2017(月) 11:10:20
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| No.17404 飯沼正晴 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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のものもさん、やすこさん、東クン、祐造さん、さきさん、ゆりかさん、書き込みありがとうございます!
自分への評価(自分がどう思われるか?)を気にしていたら、自由な表現はしにくくなるでしょうね。 もちろん、「自分をこんなふうに思ってもらいたい」という気持ちから過剰に表現せずにはいられないケーズもあるわけですが。
いずれにしても、頭(地上的自我)であれこれ考えることは不自由なことです。 自我に囚われたままの気持ちで「喜びではない」と思い、喜びではない表現(言動)することも実はものすごく不自由なことなのです。 地上的自我が意識の全てではない人間が、地上的自我に閉じこもっていることそのものがとても不自然で不自由なことなのです。
とはいえ、そこに閉じこもっていれば、地上的自我意識の土俵は二元相対の世界ですから、実は自分の意識が創り出しているに過ぎない現実に一喜一憂することを繰り返します。(なかには一喜十憂ぐらいの人もいるのでしょうね)
何度も言いますが、地上を離れたら、地上でのことの全てが喜びとして思えるのです。(一元絶対の喜びの世界ですから。) 自分の意識が全て喜びに切り替わることに、心の底から解放の喜びを実感して大笑いしたり、涙するのです。 そして喜びベースの中で、喜びの現実の中で、(霊界で)さらに健やかな喜びに向かって学び、進化を続けるのです。 私たち人間とは、今や今までがどうであっても、本来そういう存在です。
であれば、地上に生きている今の自分を本来の喜びベースに切り替えていく心の作業を始めて行けばいいだけのことでしょう? それによって死後の喜びは確約されるのですし、地上の現実も喜びに変わっていくのです。
(全てを喜びに切り替えられない死者は幽界や暗黒界で生きることになるのです。自分を閉ざすこともまた喜びとは逆行することですから、地上的自我に閉じこもったままの死者も幽界を自分の生きる場として選択したことになります。)
今の地上界も地上的自我も(つまりほとんどの人間は)、滔々と流れる大河の淵の水たまりのようなものです。 溜まりっぱなしで循環しない水は澱んで腐りかけ、雨が降らなければ干上がりそうになってハラハラドキドキしています。
そんなちっぽけでつまらない今の自分とサヨナラして大河の喜びにつながり直せば、解放された心で喜びベースの地上人生の現実を生きていくことができるのです。
いくら頭(地上的自我)で考えても、地上的自我の気持ちで思っても、堂々めぐりしてしんどくなるだけですよ。
(失敗しないことばかり考えているから、失敗ばかりするのです。 何かを自分以外の人のせいにしているから、自分のことが見えなくなり、人とのつながりを喜べなくるのです。 あるいは自分の問題点ばかりを見て、何でも自分のせいにして自分を否定しているから、自分に否定された自分が喜びの現実を創れなくなってしまうのです。 今の自分を守ろうとするから、さらなる健やかな喜びを希求する自分の魂のエネルギーに圧迫されて段々苦しくなっていくのです)
ですから、今の自分が喜びとは思えていないことを、何でもいいから何らかの喜びの気持ちに切り替えて(とりあえず)そこに着地させる作業を繰り返していけばいいのです。
最初から正解を出そうとしなくても構いません。(出るはずないし) 今の自分には正解が出せそうにないからといって、今までの自分・今の自分に留まること、留まることを喜びとすることこそが本末転倒なのです。 地上に生きる人間に本当の意味での正解など出せるはずがないのですし、唯一のアバウトな正解は陰りや喜びでないものを喜びに切り替え続けていくこと、それを喜びとすることです。
とりあえず、何らかの喜びに切り替える(着地する)ことから始めればいいのですよ〜。
そして、その切り替えを地上的に表現する(話す・書く・行動する)ことによって、地上の現実への作用力は格段にアップするはずです。
難しく考えないで、もったいぶらないで、喜びへの切り換えやそれを表現することに憶病にならないで、軽快に表現していきましょう!
喜びの連鎖、喜びの進化であれば、幾つでも喜びに切り替わっていきますね。
意識が現実を創るということは、自分が嬉しいと思う出来事があったから喜ぶのじゃなくて(もちろんそれも大事な喜びですが)、自分の意識・気持ちが喜びに切り替わったから、現実も喜びに変わっていくのです。
小さなことでも何でも、幾つでも書いていってくださいね〜! |
04/12/2017(月) 12:02:11
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| No.17405 恵美子 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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〜嬉しいこと〜
昨日,町主催の講演会があって、保育室担当の手伝いをしました。 担当の方から連絡があった時、もう一人はFさんです、と告げられ、え〜うそ〜!!!と絶句(少しオーバー) Fさんは職場で後輩でした。なんでも相談してくる間柄でした。 数年経って、Fさんのクラスで問題が起きた時、当然所長が間に入るべきなのに、拒否したために、当時主任だった私が間に入り、事を収めました。Fさんに対し随分きつく話したことを覚えています。 それ以来、挨拶すらしなくなり、話すこともありませんでした。 私が退職してからもFさんの問題行動は度々耳にしていました。
今春、Fさんは定年退職しました。 そしてすぐにうつ状態になったのだそうです(本人からの話でした) 今は夕方の一時間、保育所に手伝いに行っているのだそうです。 声をかけてもらったことにとても感謝していました。思いもよらない言葉でした。 現役のときは、いつもリーダーシップをとり(有無を言わせない?)学ばない者は認めないような、、技を磨いたのに、、、なあ
そんなこんな中でのご縁でしたので、気持ちよく共に動くことを決めていました。 私たちの過去の出来事を話すことはありませんんでした。 私が退職してからずっとやってきた、”お助けシルバー隊”(これは自分たちで勝手につけた名称)その活動をFさんは見ていました。そして自分も後を継いでいきたいとはなしていました。 なんだか、、、、涙が出そうでした。嬉しい結びなおしでした。
人との関係性のなかで、”私は正しい”がずっとあったように思います。相手の背景や、環境、気持ちをどれだけ汲み取れていたかと思うのです。この思い方でどれだけ苦しんだことか!なのです。
この日の講演会は、、、、 ”絶望から希望へ” 全盲で重度障がいの娘といきた12年間〜 というお話でした。
重度の障がいを持ちながらも、医学の常識を超えた奇跡を起こしていく娘さんの話、そして現実にはこの子ども達を安心して預ける施設がなく、お母さんが自分で施設を立ち上げたのですが、課題は山済み、多くの人に協力を呼びかけているところです。
今年は、人との関係性を結びなおす、そんなことが続いた年でもありました。 ずいぶんとやっかいでちっぽけな自分がおりました(まだあったか)ほどいていただいたと思っています。ありがたいですねえ。
皆さんの変化、すごいですねえ〜嬉しいですう
青山さん、みさおさん、頑張ったね!えら〜い!うれしいよ!
みんな輝いて、一年を締めくくろうね! |
04/12/2017(月) 15:44:49
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| No.17406 ゆりか |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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私は両親・三歳年下の弟の四人家族で育ちました。 若い頃の私は、地方都市の旧家の分家の総領娘として家族や親族の期待通りの「頼りにされるしっかり者の良い子」を演じ続けていました。 18才で家を離れて県外に出てからは、かなり自由に伸び伸びした自分に変われたように感じていましたが、私の潜在意識には「家族に対しての重苦しい義務感」が根付いていました。
今、私は弟が急死してから、実家の家と土地の処分に携わっています。 心身の不調を抱えていた生前の弟との係わりの中で、自分の重苦しい潜在意識を、「私は弟が大好きだから弟の望む健やかな喜びの現実を共に創っていく!!」と切り換える事が出来たお陰やと思うのですが、不動産屋さんにお願いしてから2週間で買い手が見つかりました。
実家は立地条件も悪く築50年で雨漏りもしている鉄筋コンクリートの物件で、家周りは建築業をしていた時の産業廃棄物だらけ、家の中も一般ゴミだらけ!!オマケに此方の条件はゴミの処理込み!!
当方の利益は弟の負債金額を差し引くとほぼゼロ円なのですが、実家の地域の多くの人達が私と同じような利益にほぼゼロ円でも空き家を売買できずに困っている現状を知っているので、2週間で買い手が見つかるなんて事は、奇跡としか思えないのです。
今回の実家の処分については、不動産屋さんに最初に電話をかけた時、「ダメ元でいいから取敢えず行動してみよう。。」って感じやったし、不動産を選んだ時も「お婆ちゃん家と同じ苗字やからここにしてみよう。」って感じやったし、間口百件って感じの緩ユル意識やった事も影響してたのかも。。。
弟のお陰で、潜在意識の中の義務感を、自分も人も嬉しい現実を創る喜びに切り換えれた事がとても嬉しい。。。 変化した自分が、自分も係わっている全ての人(亡父も亡弟も家族も親族も近隣の人達も不動産屋さんも)が喜べように。。。って気持ちで動けた事も、とても嬉しい。。。 |
05/12/2017(火) 05:16:42
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| No.17407 ゆりか |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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あっ、また書き忘れていました〜〜
自分に係わっている全ての人の中に、土地と家屋の買い手さんも、市役所の職員さんも、実家の家も土地も。。
を書き加えます〜〜 |
05/12/2017(火) 05:29:47
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| No.17408 飯沼正晴 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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恵美子さん、ゆりかさん、書き込みありがとう!
まさに「人生の親戚」という言葉にふさわしく、長い付き合いなので、書き込みを読ませてもらってしみじみと思い浮かぶことがたくさんあります。
頑張って台本書くので、来年の定例会にも参加してくださいね〜。 (表現力アップの演劇ワークショップは3月と5月の予定ですが、1月定例会には台本を配れるようにしま〜す) 。。。。。
私はまだ「黎明」の上巻も読み切れていないのですが、読み進めるにつれて「ん?」と思う箇所も増えています。 特に「大師」の章はそうです。
とはいえ、著者が普遍意識を著者自身の意識のベースにしていることは十分に分かります。 普遍意識とそのエネルギーをベースにして“思考”すれば、地上の現象についての解釈がある意味ぶっ飛んでしまう場合もあるわけです。 それがもしも妄想的見解であったとしても、しかし著者の場合は地上的自我意識でお花畑的に妄信しているのではなく、普遍意識をベースにしているがゆえの事実誤認・ぶっ飛び解釈であるように思います。
そして、地上における事実・真実の解釈の正誤とは別に、著者の解釈・見解は普遍意識とそのエネルギーに基づけば、原理的には成り立つことです。 。。。。。。
さてさて、皆さんの書き込みが意外と続きませんね。
今回のテーマはそれほど難しくないように思うのですが、どうなのでしょう? なぜこんなに書き込みが続かないのか、私としてはちょっと分からないのですが・・・?
私はこの働きを始めて20数年になります。 生まれて初めて、自分の人生の全てを懸けるテーマにめぐり合ってというよりも導かれて、水を得た魚のように生き生きとした自分を取り戻しながらやってこれたと思います。 とはいえ実際はさまざまな障壁にぶち当たりながら、自分の未熟さや無力さを情けなく思いながら、あるいは憤り、腹を立て、悲しさや寂しさもいっぱい味わってきました。
自分の未熟さや無力さについては、そこそこ早い時期にそれに心を陰らせることから脱して、自分の未熟さや無力さをありのままに認めながらもそれを成長の喜びにつながる回路を開けたと思っています。 それも解放の喜びでした。
しかし、それまでは間違いなく信頼し合えていた仲間から、何かのきっかけ(その人のためにと思っての関わりですが)でまるで手のひらを反すように拒絶・遮断・断絶されてきたことについては気持ちのところで喜びに着地できないものを感じ続けてきたと思います。
私はこういう人間ですから、ちゃんとコミュニケーションをとって、お互いの意見や気持ちを伝え合えば誤解の部分は解けて修復できると思っていますし、それでも無理だと思えば(一旦は)袂を分かつことで構わないと思っています。 なので、そういう道順を踏めば、お互いに気持ちを陰らせることはまずないのです。(私はそう思っています)
しかし、その人にとって何か都合の悪いことや気持ちに沿わないことがあれば、「今までの関わりは何だったの?」と思うような全面否定や無視や断絶や遮断や陰口を向けられることにはやはり深く傷ついてきたと思います。
でも、そういう自分の気持ちに囚われるのも嫌だったし、そういう気持ちを引きずっていれば働きにも支障をきたすので、金魚やメダカを眺めては「金魚はいいよな。(人間の気持ちは難しい)」と心で語りかけて癒されることもよくありました。
「不調和を調和に」「陰りを光に」というコンセプトで悠々塾の働きを続けてきたわけですから、仲間として共に学んできたはずの人からそういう手のひら返しを受ければ、自分でも処理できない気持ちが湧くのは無理もないことではあったと思います。
そういうことがあればこそ、その度に自分を顧みることもでき、そうすればその時その時の自分の至らなさにも気づけるのですから、それなりに成長もできてきたのも確かだとは思いますし、そこについては感謝もしてきました。
正直に自分を顧みれば同時に相手の状況や気持ちも分かるわけですが、それでも自分の気持ちのところでの喜びには切り替えることはできていなかったと思います。
しかし今は、「今までや今がどうであれ、全ての存在は健やかな喜びに進化していく。それこそが宇宙の真理なのだ。これこそが絶対の摂理であり、法則なのだ」と実感を伴って分かった(と自分では思っている)自分がいます。
今はそういう自分として、今までは気持ちのところでは喜びには思えなかった人たちの気持ちや言動の全てに、自分の気持ちのところでも祝福したいと思います。 いえ、気持ちを含む心の全部で祝福します。
この数日、いろいろ思っているうちに、「祝福」ということの意味が分かったように思います。 。。。。。。。。。。
皆さんの書き込みが続かないということは、とても大事なテーマなのだと思います。 大上段に構える必要はありません。 どんな些細なことからでも、どんな不十分な喜びへの着地であっても、気持ちのところでの喜びへの切り換え、喜びへの着地の継続・発展が喜びベースへの道を開き、その意識が地上的現実をも喜びに切り替えていくのです。
そしてそれは、「不調和を調和へ」「陰りを光(健やかな喜び)に」という、悠々塾の当初からのテーマでもありました。 今回は、地上的現実に直接作用する感情・気持ちのところでやりましょう、ということです。
強制するつもりはありませんが、皆さんいくつでもどんどん書き込みしてくださいね〜。
この年末、大小さまざまな気持ちの澱を何らかの喜びに切り替えて、今までの人生の大掃除に取り掛かりませんか? |
05/12/2017(火) 12:03:55
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| No.17409 ひがし |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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今朝Sさんからメールがありました。 昨日胸水を500ccぬいてもらった、2〜3L溜まっているけど無理にたくさん抜けない。 右だけでなく左側も進行しているのでしんどくなってるとのことでした。。 入院を強く勧められたが入院するとそのまま帰れなくなるようで、仕切り直して頑張ります、ということでした。 Sさんに、「応援しているから、一生懸命エネルギーを送ります、皆様にもお知らせします」、と返信しました。 |
05/12/2017(火) 18:06:00
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| No.17410 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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訪問ヘルパーの仕事をしていると、利用者さんからパワハラやセクハラを受けることがあります。
すぐ怒鳴る利用者さんがいて、差別的な発言もあり正直、早く時間が経ちますように〜と思ってしまいます。
でも、この人も幸せになるために生まれてきたんだよなぁ。きっと寂しくて話を聞いてほしいんだよなぁ。と勝手に思うようにして接しています。
相変わらず怒ってるけど、私の気持ちは穏やかになりました。今では怖くて嫌すぎて気付いてあげれなかった事を気付いてあげれたりして〜。これから関係を築いていくのが楽しみになってきてます。
前スレッドに書いた〜悲しい気持ちになった義母、義妹との関係ですが、''前より大切な家族になった''と思えてから家で主人の実家の話をする事が増えました。ふざけた話題ばかりだけど会話中によく登場します。きのう会ってきたみたいに自然で〜。喜びが弾んだかなっ。オマケかな。 |
05/12/2017(火) 18:53:02
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| No.17411 やすこ |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
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ひがしさん 何度もありがとうございます。私もSさんの事応援しています! |
05/12/2017(火) 18:55:11
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| No.17412 みさお |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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遅くなりました。 定例会ありがとうございました。
仕事がハードで、なかなか書き込みできませんでしたが ケアマネ合格の事、みなさん書き込みありがとうございます。
あおやまさんと一緒に合格できて、ほんとうに嬉しいです。
書き込みができなかったのは、忙しくて疲れているのもありますが 仕事への心配、緊張が頭を占めているからだと思います。
相変わらず… でも少し変われた自分を喜びます。
この前ふと思ったのです。 人にできる事が自分にできない事はないと 特別な事ではなく、例えば仕事で普通の業務内容等です。
私は、自分はできない できていない と思うところがあるから、焦るのかな…
何回も同じ事を思いの繰り返しで… 今年中にもっと、すっきりしたいです。
先日友人と食事にいきました。 友人の友人にも、15年ぶりくらいに会い 「今どこで働いてるの?」 と聞かれ、〇〇〇と言うと「私も〇〇〇に週2回仕事で行くよ」 と言われました。 「〇〇〇のどの辺?」「〇病院の近く」という話になり 私の職場から4軒程の距離でした。
その人は保険の代理店をしており、今の職場で働きだした時に その人の行かれるビルの前を通った時に 保険の〇〇、名前は忘れましたが保険という看板?みたいなのを 見て、ふーん保険会社があるんだなと思っていたのです。
私が、「そのビルわかる!保険て書いてたから」 と言うと、その人が「表には看板もないし保険とかわからんよ」 と言われました。
私は翌出勤日に、そのビルの前を通り看板や窓等を確認しましたが 保険という文字はありませんでした。
シンクロか…より15年ぶりに会えて話せた事を喜び そして、なぜだか「色んな事に導かれているのだから余計な心配しなくていいんだ」と思えました。
自分に自由で、のびのびと 自分らしく生きていきます。 |
05/12/2017(火) 20:13:45
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| No.17413 飯沼正晴 |
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| Re: 引き続き、気持ちのところでの喜びへの切り替えを! |
引用 |
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東クン、やすこさん、みさおさん、書き込みありがとう!
今回は書き込みが続かないだけでなく、微妙にズレている感じの人が多いことも特徴的ですね〜。
これはやはり実は大きな意味があるように思います。
嬉しいことを喜ぶことは大事ですし、目一杯に喜ぶことでさらに喜び(のエネルギー)は大きくなります。
ただ、今回のテーマは、「陰り(喜びではない気持ち)を喜びの気持ちに」と「今の喜びをさらに大きな喜び、あるいはさらに健やかな喜びの気持ちに成長進化させること」です。
「今まで喜びとは思えていなかったことを、喜びの気持ちに切り替えて着地させる」 「喜びに思えていたことを、さらに進んだ喜びの気持ちに切り替えて着地させる」 ということです。 。。。。。。
まずは「(自分の)気持ちは(自分の)気持ちでいいのだ」と、気持ちという段階の意識を全面的に認めてあげるところから進む方が、結果的にも次の進化した喜びの意識に解放されやすいのです。
自分の中に在る気持ちを否定して押し縮めるのではなく(理性で律しようとするのではなく)、「在るものは在る」という肯定を前提として、自分の気持ちを何らかの喜びに切り替えていくことが喜びベースに切り替えるコツになると思います。
喜びでない(ネガティブな)感情に囚われることも自縛ですが、(ネガティブなものであっても)感情を否定しようとすることも自縛なのです。
否定ではなく解放・開放してこそ、さらに大きく次元の高い喜びに融合し、あまねく喜びに満ちた普遍意識に融合できるのです。 。。。。。。
とりあえずはどんな些細なことでも、たった一つでも構わないから、「自分はこういう喜びではない(ネガティブな)気持ちを、喜びの気持ちに書き換えた」という雛形文に沿った一文を書いてみたらどうでしょう?
初めのうちは1個の陰り(喜びではない)駒を喜びに反転させるのがやっとでも、それに慣れてくればオセロゲームのように喜びへの反転の連鎖が起き始め、やがては(陰りを完全に消せなくても)盤面(人生)が喜びモードで進展していきます。
そしてその流れを共有する場ができれば、そこはまさに奇跡の喜びが当たり前に起きる場になるのです。(もちろん自他の病の治癒・改善も含めてのことです!)
このあたりのことはまた改めて書きますね〜。 |
05/12/2017(火) 21:01:10
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