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No.15410 飯沼正晴  E-mail
☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
     
 ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆

           ――  霊界の克との対話  ――



飯沼)こんにちは。
いつもお世話になっております。

克子)はい、こんにちは。
こちらこそ、お世話になっています(笑)


飯)地上ではあと1カ月足らずで2016年も終わろうとしている。
まだ今年を振り返るには早い気がするし、つい先日前回の通信を受信したばかりだが、そちらからの指示で受信を始めます。


克)はい。
前回の定例会では「自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)」ということで、参加者に話していただき、さらに掲示板でも書き込みを求めました。
「霊性・霊性の発揮」ということに関しては、やはり皆がしっかりと認識できているとはいえないので、年末の慌ただしさに紛れる前に改めて意識を向けていただきたいと思いました。

「霊性」ということを地上の言葉で厳密に定義して理解する必要はありませんし、できるものでもありません。
しかし、あえて言葉にするならば「(無限・永遠の)神の分け御霊を戴いた存在として、より神の御心に沿おうとすること」ということになるでしょう。
いずれにしてもそういう言葉に捉われる必要はないのですが。

大事なことは、「人間(自分)の本質は霊であり、地上という物質次元で霊性を発揮して生きることを意志して赴いた(再生した)存在である」ということを、しっかりと意識することです。

別の言い方をすれば、人間はより高次の神の御心を地球という天体に顕現させるために地上に赴いている存在です。


悠々塾につながる皆さんは消極的ではあれ、実はそれぞれに豊かな霊性を発揮して生きてきたのですが、それを認識することにあまりにも躊躇や抵抗感がありすぎるので、今回の定例会のテーマにしたのです。

悠々塾の長年にわたる学びは、「豊かな霊性を発揮していくことによって、自分も皆も(人間以外の生命も)健やかな喜びのなかで幸せな地上人生を生きるため」でした。

繰り返しますが、「霊性」ということを難しく考えてはいけません。
「霊性の発揮」ということは決して大そうなことではないのです。


しかし、今の地上の価値観と霊的価値観はまだまだ掛け離れているのが実情です。
いずれは地上も普遍の喜びにつながる霊的価値観が絶対的な常識になって、物質次元を完全に卒業するのですが、今はまだその段階ではありません。
多くの場面において、地上的価値観・地上的意識と霊的価値観・霊的意識が異質なものとして対立・並立しています。
進化の過渡期ですからそれで良いのですが、そういうなかで霊的価値観・霊的意識をわずかでも優位にして生きることで、皆さんがたの現実(地上人生)は大きく変わるのです。

今の段階では霊的意識を優位にして行動することに、さまざまな葛藤が生じる場合が多いでしょう。
損得を考えたり、自分として(自分なりの)気持ちを手放すことができなかったり、地上の常識や規範の枠を出ることに躊躇や抵抗感が強かったり・・・。
それら全ては地上に生きる霊として超えていくべき課題ではありますが、そこでの葛藤や停滞や堂々めぐりも含めて、地上で生きるということであり、霊としての学びであるのです。


金銭・物質を含めて自分に与えられているものを、今を生きるためにそれを必要としている人たちや貢献の働きをしている人たちに提供できるかどうか?

人間関係や何らかのトラブルがあった時に全てを相手のせいにするのではなく、自分の不十分さを認識する機会にして、自分を成長させていくことができるかどうか?

不十分な自分を否定するのではなく、相手や神に向けて詫び、不十分さを克服して成長する進化の喜びにできるかどうか?

自分の立場が悪くなるかもしれなくても、相手や皆のことを思って真実(本来あるべきこと)を表現することができるかどうか?(言うべきことを言えるかどうか?)

相手の過ちや不十分さを許すことができるかどうか?

世間にはびこる地上的価値観や常識に迎合せずに、自分の思う「本来のもの」を言動においても表現していけるかどうか?

今の自分にもたらされている状況がどうであっても、人の幸せを喜ぶことができるかどうか?

何事においても自分を快く役立たせていけるかどうか?

自分や自分に近い人たち・自分と利害を同じくする人たち・自分が好ましく思う人たちだけでなく、それ以外の人たちに対しても健やかさや幸せを願い、その実現のために自分にできることをしていけるかどうか?

相手・人や他の生命のことを思いやり、それを実際の言動で表現していけるかどうか?

自らの苦境にあっても嘆きやあきらめに埋没するのではなく、その中で何らかの喜びを見出し、それを喜びとして表現していけるかどうか?

自分なりの感情に固執・拘泥することなく、自分を含めた皆の調和の喜びに向けて気持ちを切り替え、それを表現していけるかどうか?

(お互いに)死別の悲しみがいかに深くても、「死とは解放であり、死者は霊界に戻って喜びの中で自由に生き生きと生きる。愛情があれば必ず再会できる」という真理を知る者としての意識を確立し、それにふさわしい言動ができるかどうか?

そのことによって、未だ霊界に戻れない死者に対しては希望と喜びのエネルギーを注いで道を照らし、死別の悲しみに暮れている人間に対してもそれを超えるきっかけを与えることができるかどうか?


まだまだたくさんありますが、上に挙げたことだけでも、全てをできている人はほとんどいないでしょう。
それで良いとは申しませんが、今の地上の状況では致し方のないことです。

しかし、霊的真理を学んできた者として、そういう自分になりたいと願い、そうしていこうとする意志や意識は持っていただきたいのです。
その中での葛藤や苦悩や不十分さも含めて魂の学びになるのですし、それも「霊として地上を生きる」ということです。

問題は、ほとんど何の意識も働かせずに、地上的価値観や常識や今までの自分に埋没して留まり続けようとすることです。
今まで通りに漫然と生きるのでは、霊として実にみすぼらしい地上人生になってしまいます。

日々をいかに忙しく(あるいは楽しく)生きているとしても、霊としての自分は惰眠をむさぼっている状態の人が多いのです。
それでは地上を離れてから必ず、「自分はいったい何のために地上に赴いたのか? 自分は本当に地上で生きたと言えるのだろうか?」という惨めな後悔と反省の中で、自分の地上人生を振り返ることになるのです。


飯)はい、ありがとう。
何に時間やエネルギーを使っているか、何を優先にして生きているかということだからね。

お前から伝えられたことを読めば大そうなもののように思えるかもしれないが、もっともっと日常レベルで多くの人が経験していることだと思う。


今回の定例会のテーマが、
>今回は、「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」ということをテーマといたします。<

ということだったので、皆さん少し難しく考えすぎたのかもしれない。
「何も思い当たらない」という人もいたし、それぞれにかなり引き気味で話していた人が多かった。

その意味では、
>できていない自分や不十分な自分を否定してもどうにもなりません。
小さな喜びを目いっぱい喜んでこそ、喜びは連鎖して大きくなっていくのです。<
>今の地上界の閉塞状況の中で、多少なりとも霊性を発揮しながら生きている自分を喜んでこそ自分の人生を喜べるのですし、霊性はさらに大きく発揮されていくのです。(地上的な喜びも実際化していくのです。)<

>大事なことは、現状に留まろうとしないこと、留まるためにエネルギーを使わないことです。(現状の否定はさらに喜びに逆行するのです)<

というところについてはまだまだだったと思う。
「霊性や霊性の発揮」ということについてのイメージが持ちにくい人もいるように感じた


克)はい。
だから今回の受信で、「霊性の発揮=霊としての自分の心(思い・意識)を地上で表現すること」にしっかりとつながっていただきたいのです。


飯)はい、それは了解しています。
しかし、「誰かの健やかさの回復・治癒を願ってヒーリングエネルギーを送った(祈った)」ということを挙げた人が少なかったのも意外だった。
ヒーリングでなくても、誰かに喜びをもたらした・もたらそうとしたということはたくさんあると思うのだが。


克)本当にそうですね。
ヒーリングは遠隔であれ直接であれ、誰かの健やかな喜びのために自分を役立てるということですから、霊性の発揮そのものです。
ヒーリングということではなくても、そういう思いで人と関わったことは何度もあったはずです。

「地上的に治癒や回復がもたらされたから霊性を発揮した」というものではなく、地上的な結果にかかわらずヒーリングは霊性の発揮そのものなのです。
まして皆さんは、すでに腹膜転移して腹水も溜まっていた仲間の進行ガンを実際に治しているのです。
他にも仲間の皆さんのヒーリングエネルギーによって治癒・改善した人は大勢います。

私自身のことでも、私はあの時期に地上を離れることになっていましたが、それでもほとんど全く痛みもなく、地上を離れる数日前に定例会に参加できたのも仲間の皆さんからのヒーリングエネルギーのおかげでした。

今の地上界では一人の人間が発揮できるヒーリングエネルギーは自ずと制約されており、どんなに優れたヒーラーでも完璧なヒーリングエネルギーを注ぐことはできません。
だからこそ、それぞれの人が自分ならではのエネルギーを全開にして共鳴・融合させることによって、地上の制約を超える確固としたエネルギー場が形成できるのです。

そこに共鳴している人が誰かにヒーリングエネルギーを送る時には、その共鳴場のエネルギーによって補強されるので、より確かな(患者や対象者が必要としている、効果的な)エネルギーを送ることができるのです。(共鳴そのものがエネルギー的な成長進化を補助します)

もしも地上的には効果が表れなくても、共鳴に裏打ちされたヒーリングエネルギーは、いずれは必ず対象者の役に立つのです。
それだけでなく、そういうエネルギーを地上に流し込むことそのものにも大きな意味があるのです。

共鳴場に参加している一人ひとりがそう信じ、自分が主役のつもりでさらに意志と意欲を高めることで、その共鳴場はさらにさらに強力なものになっていきます。

そして、一人ひとりが地上的な価値観・常識や自分なりの感情を超えて、霊としての意識・言動を優位にしていくにつれて、つまり霊主体従の度合いを高めるにつれて、地上的な喜びの形(現実)ももたらされやすくなっていくのです。

誤解しないでいただきたいのですが、地上的な喜びを得ること・もたらすことが目的ではありません。
地上的な限定を超えた意識・エネルギーによって、しかし地上的な喜びも含めた全的喜びを求めることで、結果的に地上的な喜びももたらされるのです。


飯)はい。
1の桁の足し算や引き算に終始するのではなく、掛け算を使ってこそ、1の桁をはるかに超える100の桁や1000の桁がすぐに現実化するということだと思う。
それでこそ分厚い地上的常識の壁を打ち破って、地上的にも健やかな喜びを現実のものにしていけるのだ。


克)はい、その通りです。
もちろん、そのエネルギーを地上的に作用・顕現させるためには地上的エネルギーの回路をもっと開く必要があります。

その意味でも、1月と3月定例会の「演劇の連続ワークショップ」はとても面白い企画です。
講師で来てくださるBさんのエネルギーの質もパワーも素晴らしいのですから、普段は参加していない人も参加していただきたいと思っています。

悠々塾につながっている皆さんは、地上の自分としての人生を生きながら、同時に霊として壮大なプロジェクトに参画しているのです。
そういうプロジェクトに自分が参画しているなどと自分では思えなくても、霊界からの導きと計らいによって、同時に皆さんがた一人ひとりの魂の意志によって、こうしてつながっているのです。


喩えれば、大きな山にトンネルを掘り進めて、山の向こうとこちら側をつなぐ工事のようなものだと思ってください。
皆さんがたからの山の向こうは霊界(霊的エネルギーに満たされた喜びの世界)です。
その喜びと融合するために、そこに向かって、(時には人が入れ替わりながら)掘り進めてきたのです。
地上の人間としての意識のままでは、自分が何をしているのか実感としては分かりません。
自分がしていることは、目の前にある土や岩を掘っているだけです。

しかし、霊としての意識が活性化すれば、日々の作業の意味も分かり、意志も意欲も格段に高まるのです。
そしてそのエネルギーが共鳴すれば、今までは手掘り作業だったものが、高性能の重機のように(足し算が掛け算に進化するように)一気にはかどり始めます。

巨大な山の実体は、実は地上人類が蓄積し、築き上げてきた意識の歪みとそれに基づく経験の蓄積ですから、掘り手自身が霊性を活性化させることで作業の質もパワーも格段に変わるのです


同じような喩えで言えば、川や湖の水を田畑に引き込むために水路を掘るようなものです。
田畑の側から掘り進めていく場合、水源との距離があまりに離れていれば、その工事の目的が認識できないまま作業をしている人にはいつまでやればいいのかも分からない溝掘り作業です。
しかし、自分が掘っている溝が水源とつながれば、たちまちにして自分も皆も豊かに潤うことを知れば、意志も意欲も高まるでしょう。

悠々塾というのは、それらの工事を請け負った会社(グループ)のようなものなのです。
その工事・プロジェクトの意味や目的を知らされても、「自分には大した取り柄もないのだから、さほど役に立つとも思えない。こんな自分がなぜここにいるのだろう? 自分がここにいていいのだろうか?」などと思っている人が少なくありません。(まあ、代表のあなた自身が最近までそう思っていたのですが・・・笑)

それでもあなたの意志や意欲が高まり、喜びが膨らむにつれて、あるいは時節によって、仲間の皆さんも変化を始めています。
一旦は離れたかつての仲間の中にも、改めて抱き直した共感のエネルギーで参画している人もいるのです。
なので、皆さんがたにはこの時期にさらに確かな変化・進化を遂げていただきたいのです。


私は断言しますが、皆さんがた一人ひとりは、必要があればこそ(このプロジェクトに必要とされているからこそ)、この悠々塾につながったのです。
何かの間違いでここに紛れ込んだ人など、誰一人いないのです。
私の言葉を信じて、一人ひとりが胸を張って主役を演じるつもりになっていただきたいと思います。
もっともっと地上に生きる霊としての自分を意識して、普段の日常においても霊性を発揮していっていただきたいのです。


地上の価値観や規範やありようが霊界のそれとは大きく食い違っていることも多いので、「霊性の発揮」と言われても一直線・一足飛びには難しいかもしれません。

動けなくなる時もあるでしょう。
どう動けばよいのか分からなくなる時もあるでしょう。
混乱してしまうこともあるかもしれません。

そういう時こそチャンスだと思って、霊的価値観に基づいた「霊性の発揮」を選択実行することです。

何事につけても地上的な限定方向に偏らないことです。


何度も言いますが、地上人生とはお芝居のようなものです。
歳若くして死んでいった者も、地上という舞台からは去っても本当はちゃんと生きているのです。(私もこうしてちゃんと生きています・笑)
やがて自分もその舞台を離れる時が来れば、当たり前のように再会するのです。

そして、霊界には「婚姻制度」もありません。
関係性や状態を固定するものはないのです。

その時の地上人生というその舞台では夫婦の役で登場していたとしても、その舞台が終わればそういう役柄も終わって、霊同士に戻るのです。
劇団員が芝居の内容に応じて役柄を変えていくのと同じようなものです。

夫婦役を演じた二人が次の芝居では兄妹の役の場合もあり、親子の役になることもあるのです。
当然のことながら、その舞台のテーマに基づいてそれぞれの役柄という縁が結ばれるのですから、夫婦であってもその意味や課題はさまざまです。(親子やきょうだいも同じです)

困難を乗り越えて添い遂げることが目的のひとつになっている夫婦もあれば、お互いの価値観や霊性の違いを分かって離れる(棲み分ける・別々の人生を歩む)ために夫婦になる場合もあります。

心をつなぎ直すために一旦は険悪な家族関係に陥るシナリオもありますし、家族から自立して自らの働きを成していくために一旦は家族に依存(埋没)するというシナリオもあるのです。

シナリオの全ては過去世のカルマの解消と霊性進化を目的とした完璧なものですが、自分が地上に生きる霊であることを忘れたままの人間によって、悲惨な舞台になってしまうこともよくあることです。
そういう場合は(配役を変えることもありますが)「やりなおし」ということになるのです。

ただし、人間(霊)は永遠に生き続ける存在ですから、テーマが重すぎる場合(解消すべきカルマが大きい場合)は、地上の舞台が一話完結のシナリオにはなりません。
いずれにしてもその舞台の楽日が終われば出演者も解放されて、「お疲れさまでした」とねぎらい合うことになるのです。

ついでに言えば、当然のことながら霊界には独占欲や焼きもちなどというものも存在していません。
霊界にもそれぞれの境涯にふさわしいものとしての意識・心を表現する“体”はありますが、それは地上の肉体とは違っていて、男女という性の違いもないのです。(意識の傾向としての男性性・女性性というものは、ある段階まではありますが)


言うまでもなく、愛とは相手の喜び・皆の喜び(幸せ・進化の喜び)を自分の喜びとして願う心ですから、霊界にあるものはそれのみであり、皆がそれぞれの親和性によって愛を交わし合うのです。


地上人生という舞台には、一方が死別の悲しみを超えて、死の意味を学び取り、地上に残った者としておおらかに喜びの人生を生きていくために、あえて夫婦の縁を結んで死別するというシナリオもあるのです。
そういう場合は、残された側の者に地上で果たすべき役割があってのことで、その役割を果たしきることが早々に舞台を去った者への何よりの酬い・餞(はなむけ)ということになるでしょう。(役割は全ての人にあるのですが)
それが地上に生きる霊としての愛です。

しかし、死別に限らず自分の思いを抑え込んで封印することは、ある意味においては美徳ではありますが、それはやはり自分本来のエネルギーをも抑制・封印することになってしまいます。
一旦はかつての思いを吐き出してしまうことで、本来のエネルギーも解放できるのです。


地上人生が舞台であるならば、地上の物や立場や役職などは全て、道具にすぎません。
金銭や物質も肉体も、それを使って自分(の意識・心)をどう表現するのかという道具です。
ですからそれらの道具は全て地上に残して、それらをどう使ったのかという心のみの姿で死後の世界に戻るのです。

自分が得たものを誰にどう託して(残して)地上を離れるかということも含めて、その人の地上人生の(霊的)価値が査定されると同時に自ら顧みるのです。

金銭などの資産の全てを自分の子孫・血縁者に残すのか、あるいはその全部・一部を貢献のために託すという心を残すのか?
あるいは親や親族から引き継いだ資産の全部を自分のものにするのか、その一部でも貢献のために使うのか?

金銭や資産の扱い方(使い方・留め方)がカルマになって、その解消のために再生している人も多いのです。
そういう人は魂の意志に沿って金銭や資産を扱うことができなければ、それを失うか、あるいは持っているのに不幸になる・幸せを実感できないという人生になることが多いのです。
たとえ地上ではそれほどのことにならなくても、死後に深い後悔をすることになります。

言うまでもなく、霊界には私有制・所有もありません。
固定しないからこそ、より高次のエネルギーによって皆が必要なものを自由に作り出していけるのです。
やがて地上界もそういう段階に進化しますが、今のままではスムーズに移行することは難しいでしょう。


というように、今の地上の価値観や規範・常識と霊的価値観・霊界のありようは大きく掛け離れていることが少なくありません。
地上に身を置く人間としては理解できなかったり、違和感を持ったり混乱することもあるかもしれませんが、そういう時こそ霊的意識・霊的価値観をわずかでも優位において思考し、言動で表現できるように挑んでください。

地上の人間としての感情(勘定)や常識を無いものにする必要はありません。
しかし、いずれは必ず霊としての意識・霊としての喜びに全ては融合していくのです。
地上の人間がどうあがいても、本当は霊としての意識・喜びが断然優位になっているのです。

それが摂理であり、その摂理を変えることなどできません。
摂理に沿えない者は幽界や暗黒界を形成してそこの住人となり、今の地上界は光とかげりと闇がまだら状に混ざり合っている状態です。
そして遠からず地球霊界の闇も陰りも払拭されて、地上界も光のみの境涯に進化するのです。
大地が裂けて火を噴くような大混乱の中で地上界は進化を遂げるのですが、霊主体従の意識で日々を生きていれば何の心配もありません。

これを読む人の中には「今までの人間も同じように生きてきたが、皆が地上でひどいことになったわけじゃない」と思っている人もいますが、それがいかに愚かな抗弁であるか、地上界の浄化という激流を自ら体験することによって思い知らされるでしょう。

地上界の進化の激動の時代を、喜びをもたらしながら喜びの中で生きていただきたいという願いのみが私の動機です。

私があの時期に地上を離れたのも、こうして霊界から皆さんにお伝えすることで皆さんの心・意識を動かし、日々の生き方に反映していただくためでもありました。

いずれにしても、摂理に沿って、自らの霊性を発揮しながら地上を生きることのみが自分や皆の喜びになるのですし、その喜びは地上人生という舞台の幕が下りても色褪せることなく輝き続けるのです。

これらのことはすでにあなたからも皆さんに何度も伝えてきたことですが、私からもまた繰り返してお伝えしておきます。

地上の1年が終わりに近づいている時期に、改めて「自分は霊性を発揮して生きる」と意志しなおして、それを素直に言動で表現し、わずかでもそうできている自分をおおらかに喜んで、さらに向上進化していただきたいのです。


「霊性を発揮する」という言葉に怖じることはありません。
それが本来の人間の生き方なのですし、皆さんがたは自分で認識できないままにそうしてきたのです。

それを分かってすらもらえなかったことに傷ついてもきたのですし、あるいはそうできなかった自分に苦しんできたのです。
そういうあなただからこそ、定例会に参加しているかどうかにかかわらずこの悠々塾につながり、喜びを共鳴させながらさらに自分にも皆にも健やかな喜び・健やかな幸せが現実化するように働いていくのです。


飯)はい、ありがとう。
顕在意識で「霊性や霊性の発揮」ということを意識することによって、潜在意識の大元の霊性や霊性の発揮という大元のエネルギーを地上的に表現しやすくなるのだと思う。


克)はい、そういうことです。
そのあたりのことはまた個人的にお伝えするとして、あなたが疲れてきているので、今日はここまでにしましょう。


飯)うん、そうしてもらえるとありがたい。
一気に受信したので、さすがに疲れたからね。

克)はい、それでは今日もお疲れさまでした。

飯)いえいえ、こちらこそありがとう。

(2016・12・6)

07/12/2016(水) 11:33:56


No.15411  エーチャン
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
ヌマさん、受信ありがとうございます。

すごい迫力に圧倒されました。

私自身、常に葛藤の中にあるのですが、どの方向に進むべきか、改めて確固たる指針を頂いたように思います。何が何でも霊としての思いを優先しようと思います。

07/12/2016(水) 22:03:53

No.15412  まゆみ
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
受信お疲れさまでした。
今までここで学んできたことに自信を持って、信念を持って進みたいと思います。
喜びの共鳴は奇跡的な現実をもたらしてくれる。
奇跡が当たり前になる。
惜しまずエネルギーを使いましょう。
表現するということは大事なことだなと思います。
私たちは霊でありエネルギー体なのです。
エネルギーは無限なのです。

喜びを共鳴させながら
さらに自分にも皆にも健やかな喜び・健やかな幸せが現実化するように働いていきます!!

08/12/2016(木) 07:30:27

No.15413  ゆみっぺ
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
おはようございます。
受信、ありがとうございました。

ヒーリングや人のことを思って関わったこと等も含まれると読み、だったら、私もっとあるじゃない!と感じました。霊性の発揮ということをよく理解していなかったと思います。また、何か崇高なことのように感じていました。

自分が気に入らない人にたいして、積極的に親切にしようとか関わろうとは思わないので、まだまだです。
また、今自分が死んだとしたら、何しにいったのか!やり直し!と言われるというよりも、自分が思うと思います。

そうならないように、
良く読んで、実践出来るように頑張ります。

08/12/2016(木) 08:06:05

No.15414  のものも
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
受信お疲れ様でした。
相当疲れたのではないでしょうか。
迫りくる文章でした!

周りの人と話してて、表面的には優しい人は多いけど、深い部分が全然ダメな人が多いです。少し話せば、些細な言葉で、この人は優しくないなとすぐにわかります。

例えば、◯◯だから好きとか。
◯◯じゃなくなったら別れるとか。
条件付きで、無条件では好きにはなれないのかって。
健康な体だから好きとか。
じゃあ、健康でなくなったら、世話をしたくないから別れられるのかって。
お金があるから好きとか。
じゃあ、お金がなくなったら、終わりなのかって。
安定してるから、好きとか。
人生、安定だけのはずないだろって。
形の結婚が出来ないなら、別れるとか。
そんな事で簡単に別れられるのかって。
心が繋がってる事が本来の結婚じゃないかって。
居てくれることが嬉しいとかないのかって。
これって、自分にとってして欲しい事ばかりで、都合の良い相手が好きなだけで、何も与えようとする気持ちもないじゃないかって。

あと、運の悪い人に近づくと、エネルギーを持ってかれるなんて、平気で言う人が多いです。
会社の人間は、表面的には優しいし面白いけど、こんな言葉を平気で言ってくるので、心の中では違和感ドン引きですよ!
自分の弱さをとてもじゃないけど見せられないです。

だいたいこんな言葉を言う人は、世の中で言う大嫌いな言葉ですが、勝ち組ってやつです。全く自分が正しいと思っているのです。

私は今の自分の価値観が好きだし、喜びたいと思います。

最近の身近な話でした。変な文章ー。

08/12/2016(木) 10:03:41

No.15415  飯沼正晴 E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
エーちゃん、まゆみさん、ゆみっぺさん、のものもさん、書き込みありがとうございます!

「愛は時空を超えて」へのコメント、とっても嬉しいです(^^♪

特に今回は、すごいエネルギーを感じながら受信しました。
3日ほど前に、受信するようにというインスピレーションがあってパソコンを開いたのですが、受信内容の思念の塊のようなものは強烈に伝わってきているのに、全く言葉(文章)になりませんでした。

その日はそのまま放置して、翌日になってようやく言葉に変換できるようになりました。
受信中も凄いエネルギーで、「大丈夫か?」と思うぐらいに何度も何度もトイレに行って大量排尿が続きました。
激しい時は30分に3回ぐらいで、しかも量的にもしっかりと出るのです。
眠ってからも2時間おきぐらいにトイレに行っていました。
夢の中でもトイレを探したり、オシッコをしているのです(笑)

終わってみればやたらと長く、その夜は読み返す気にもなりません。
翌日(昨日)の午前中遅くにやっと読み返す気になって、入力ミスや文章表現などを修正しながら、やはり大量排尿が続きました。

お昼前にアップしてからは大量排尿はぴたりと止まり、ようやく正常化しています。
昨夜はゆっくり眠れました。

>私があの時期に地上を離れたのも、こうして霊界から皆さんにお伝えすることで皆さんの心・意識を動かし、日々の生き方に反映していただくためでもありました。<

この言葉をしっかりと受け止めたいと思いました。

>いずれにしても、摂理に沿って、自らの霊性を発揮しながら地上を生きることのみが自分や皆の喜びになるのですし、その喜びは地上人生という舞台の幕が下りても色褪せることなく輝き続けるのです。<

地上人生のシナリオというものは人間には分からない部分も多々あるのですが、ちっぽけな人間心であれこれ思わず、四の五の言わず、生きていきたいと思います。


話は変わりますが、克の娘の(妹の方)のねねも4年間付き合って同居してきた男性と、今年の11月に入籍しました。

二人とも学童の自然学校のスタッフをしていて、子どもたちからも慕われているようです。

私は先方のご両親への配慮のつもりで、ねねの父親がダンナさんと先に会ってから会おうと思って、「入籍までに挨拶に行きたい」と言うのを引き延ばしてきたのですが、姉のしぃからの極秘情報(笑)では、「ヌマが彼に会ってくれない」とねねが少し拗ねているそうなので、24日にKちゃんとさいこさん夫妻(Kちゃんはねねの中学の時のまさに恩師です)と、さきさん・まゆみさんも一緒に食事をすることになりました。
(先方のご両親が堅物だと聞いていたのですが、私の思い違いだったようです)

入籍のことは今年の春から聞いていて、「結婚が決まる前に一緒に篠山に来るように」と何年も前から言っていたのですが、「彼が恥ずかしいと言っている」とかで、さすがねねの連れ合いさんです(笑)

先日、ねねたち二人に会ったしぃからの極秘情報では、「二人ともそれぞれに頼りないところがいろいろあるが、頼りない部分がそれぞれ違っていて、頼りないところとしっかりしているところがうまくかみ合って補い合えそうにも思う」とのことでした。

まあ、二人とも優しい人間であるのは間違いないのですし、あのねねと4年間も仲良く付き合ってきてくれた人だから、ほんとに良かったと思っています。

ダンナさんは毎年、大晦日と元旦は仕事だそうで(大晦日も元旦も仕事って、どんな仕事だ?)、ねねは大晦日に篠山に来ることになっています。

しぃは仕事柄、少し疲れているようでもありますが、毎日とても忙しく働いているそうです。

12月のドネ会にはしぃもねねも参加するそうなので、ちょっとお知らせしておきました。

08/12/2016(木) 11:48:47

No.15416  ゆりか
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
しいちゃんもねねちゃんも、素敵な女性になっているのでしょうね!
ねねちゃん、入籍、おめでとうございます。ヌマさん、真由美さんはじめ飯沼ファミリーの皆さんも、さぞかし喜ばれていることでしょう。私も嬉しいです。

愛は時空を超えて!の受信、ありがとうございました。
読みながら、送受信して下さった克子さんとヌマさんへの感謝の思いが一杯になったかのように、涙が溢れっぱなしでした。
潜在意識にある寂しさや自己否定感を、浄化してもらったような気がします。霊性を発揮したと思う事!に思いを巡らしていた時には気付かなかった今まで自分が霊としての意識で言動してきた事が多少なりともあった事柄を思い出す事が出来ました。皆さんと共にヒーリングエネルギーを送らせてもらった事、人の役に立ちたいと金銭や物を提供させてもらった事、心を苦しくしている人に励ましの言葉を掛けながら手助けをしてきた事、自分の独占欲を薄くし愛する人達の幸せを心から願える自分に変わっていく努力をし続けている事。。。

今まで自分の感情や考えを手放す努力を諦めることなく続けてきた自分を素直に喜びます。
そして、皆さんと心を共鳴させながら、すべての人が健やかな喜びを感じれるような現実を創っていきます。

08/12/2016(木) 17:31:41

No.15417  飯沼正晴 E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて143 ☆☆ 引用
ゆりかさん、書き込みありがとうございます。
電話も嬉しかったですよ。


「霊性の発揮」「霊主体従」ということについて、今の自分・今までの自分ができていないところを見れば、誰でもがまさに山ほどあるでしょう。
そもそもが地上という境涯はかなり未熟な段階ですし、だからこそ私たちはこうして肉体をまとい、感情や勘定に囚われながら、経験を進化の糧にしていくためにこの地上に生きているのだと思います。

完璧な人間はいないのですし、完璧に近い人間もいないのです。
そして、全くダメな人間もいません。

ですから、自分を他の人と比較しても、それはドングリの背比べに終始するだけです。
どうせなら、自分がイメージできる神や高級霊と比べてみたほうがよほど建設的だと思います。
神や高級霊と自分では比べものにならないことは誰にでも分かるので、他との比較で自分を否定する気にもならないでしょう。
神や高級霊を永遠の目標として、今の自分を慈しみ、喜びの中で少しずつでも成長進化して、それを喜んでいけばよいのです。

オリンピックの100メートル走の金メダリストと自分を比べて落ち込む人はいないのと同じです。
クラスメート同士でドングリの背比べをするから落ち込むのです。

もしも特別な素質に恵まれて金メダリストと自分を比べるような人は、比較して自分が落ち込んでしまえば目標としている金メダリストに並ぶことすらできないでしょう。


「霊性の発揮」「霊主体従」ということを高尚なものに思い過ぎると、自分を全否定することになりますし、そこから動けなくなってしまうでしょう。


継続で遠隔ヒーリングをしている人からのメールに書いてあった話です。(その人はガン性の腫瘍が消失しました)

その人は衣料品の販売の仕事をしているのですが、特にお客がお年寄りなどの場合は袖丈が合うかどうかチェックしてあげるそうです。
サービスでしているというよりも、「そうせずにいられないから」ということのようです。
もちろん他の店員さんはそんな面倒なことはしないわけで、その人のやり方は他の店員さんからは歓迎されていないようです。

利益目的や自分の成績を上げるため・ノルマ達成のためをメインの動機にして仕事をするのではなく、利益につなげるためのサービスでもなく、お客さんの(喜びの)ために仕事をすることも、「霊性の発揮」にほかなりません。

そうすることで職場で多少の摩擦が起きるとしても、「お客さんのことを思えば、そうせずにはいられない」と言うその人は、そこですでに霊性を発揮しているのです。

他の店員さんに分かってもらえないことに心を陰らせるのではなく、(神や守護霊さんは分かってくれているのですから)、そういう自分を喜んでいくことで、さらに喜びの中で霊性を発揮していけるようになるのです。

その結果として、自分も皆(周囲の人たち)も、もっともっと幸せになっていけるのです。

皆さんにもそんなふうに考えてもらいたくて、ちょっと紹介させていただきました。

>惜しまずエネルギーを使いましょう。
表現するということは大事なことだなと思います。<

とまゆみさんが書いていますが、全くその通りです。
地上という世界は、意識・思念・愛念を言葉や行為という形で表現する境涯です。
言葉や行為で表現してこそ地上においての意味があるのであり、表現していること(言動)や表現しないという行為も含めて、それが今の(その時の)自分の意識なのです。

霊としての意識も働かせず、霊としての意識を表現もしないのでは、水たまりに浮かんで漂う芥(あくた)のようなものです。
そしてやがて摂理の清水が激しく流れ込み、水たまりもろとも芥は存在できなくなってしまうのです。

09/12/2016(金) 11:47:44


No.15396 飯沼正晴  E-mail
今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
前スレッドが長くなったので新しくします。

さいこさん、さきさん、ゆみっぺさん、のものもさん、藍子さん、KANDAさん、あきえさん、なみさん、和也&久美さん、きんもくせいさん、書き込みありがとうございます。


私のことを書きます。

私は「真理の希求」ということにおいて、最も自分が霊性を発揮してきたと思います。

「真理」という言葉にはかなり抵抗があるので、「本当のこと、本当のものを求め続けてきた」と言い換えた方が自分でも落ち着きます。

「本当のこと」とは、地上的な事実や真実も含まれているのですが、私が本当に希求してきたものはやはり「霊的真理に適う(霊界に戻ればそれが当たり前の)、本当のこと・本当のもの」です。

地上的な事実というものは、いかようにも解釈できるものです。
その事実はどのような真実が形になったものなのか、さらにその真実も霊的真理・霊的真実に照らしてどうであるのかによって意味合いが大きく変わってきます。


私は不十分な人間ではありますが、「霊界では当たり前のこと(本当のこと・本当のもの)をこの地上に顕現させて、定着させたい」と思って、生きてきたようです。
時にはのた打ち回りながらも、そこではかなり真っすぐにやってきたと思います。

しかしその反面(半面)、地上限定のもの(感情を含む)に関しては無頓着であったり、無神経であったりしてきました。
全てがそうだとは言いませんが、地上の制度や規範や常識とされているものも地上ならではのもの、地上でしか通用しないものが多いわけです。

金銭・物質や世間的評価などはもちろんのこと、感情にしても、喜びの感情以外は全て喜びに昇華・融合していくために抱く(存在する)ものです。
それを知れば、なぜネガティブな感情を膨らませ、引きずっていくのか、よく分からないというか、自分としては寄り添いにくいことも少なくありませんでした。

私が分かってあげられなかったり、私の意図を分かってもらえなかったりで、人間関係が壊れたこともありました。
でも今は無条件で寄り添いたいと思えるようになってきました。

金銭・物質や世間的評価などによって、その人自身の本当のもの(本当の存在としての心・魂の輝き)を覆い隠してしまっている姿を数え切れないほどに見てきました。
これでもかと言うほどに、ネガティブな感情を自己増幅させて、周囲の人を傷つけながらもどうやら自分が一番苦しんでいる人もたくさん見てきました。

ネガティブな感情という汚水を自分で汲み出すことが難しいのなら、そこに霊としての意識(喜び)という清水を大量に流し込めば、汚水は自ずと薄まって、自分の現状も大きく変わるものなのに・・・。

だからといって今はもうそういう状態の人に違和感を持つわけではなく、そういう感情の偏りも含めて、(普遍の、あるいは地上に生きる霊としての)喜びに調和できるように霊的エネルギーを惜しみなく注ぎ込んで力添えしていくのが私の役割でもあると思っています。

そしてそれもまた、「(霊的真理に適う)本当のこと・本当のもの=調和の喜びへの希求」だと思っているのです。

「自分を役立てる」ということも、私の感覚では(「優しさや善行」というよりも、)「(単に)不調和を調和(の喜び)に向けること。(極端に言えば、摂理を顕現させる法則の作動)」という感じです。

いろいろな面において不十分な自分ですが、こういう人間として(あるいはそれを目指して、またあるいはそうしかできずに)生きてきたことが、私が最も霊性を発揮(地上で表現)していることだと思っています。

さまざまにご支援いただいてきたことはもちろんのこと、その逆のことも含めて今までの全てを喜び、今の自分を喜んでいます。

分かりにくくてすみません。

01/12/2016(木) 00:23:56


No.15397  さき
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
前スレッドのコメントは自分のことを書かなかったのであらためて書きます

小学校の5〜6年の時に学校で講演を聞いた時に「自分は誰かのために役立ちたい、そういう生き方をしたい」と強烈に思った記憶があります。戦争の時代を生きた人の話だったのですが、あの時に自分で自分に何か刷り込んだ気がします。
それはさておき
定例会で話したのは、

自分が最も霊性を鍛えられたと思うのは、子どもを亡くしたこと。先天的な病気だったので誰のせいでもないが、その悲しみや辛さや喪失感やさみしさが完全に消えることはないが、そこに留まることなく同じ病気の子どもたち親たちのために出来ることをやってきた。
「今日を生きていられることが幸せ」という厳しい状況のなかにいる子どもたち、親たちに(そういう話をするわけじゃないが)「死もまた喜び」を知るからこそ出来る関わり方、寄り添い方もしてきたと思う。
鍛えられました、という話です。

また1月定例会で自分が変わらなくちゃ!と強く思ったという話をしたのですが、その件で、
知人のお子さんが亡くなられて。泣くことを受けとめるしかなかったのですが、その後も彼女の気持ちを受けとめてきました。
幼い頃から親との関係で激しく傷ついている彼女の潜在意識の刷り込みを喜びベースに書き換えようと関わってきました。
(現在進行形ですが)
それは霊界に戻った時に克子さんから褒めてもらえると思います!


▼前スレッドのコメントに書きましたが
生きるか死ぬか、全てを失うか、、という状況がもたらされないと自分がこの地上で慣れ親しんできた思考のパターン、生活や言動のスタイルを変えることができない。なかなか出来ないから、今の地上界は金銭物質優先、我よし強いもの勝ちの状態になっている。
それはもう仕方ないと、あきらめたくないんです。
心の喜びを知る者たちが、その喜びを表現し共鳴させ、形にし、広げていくことが求められているんです。皆さんのコメントがその共鳴を豊かにし深くし広げていきます。
皆さんが話したこと、書いて下さいね!
話さなかったことも、定例会には参加できなかった方も是非!

01/12/2016(木) 07:40:18

No.15398  オレンジ
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
定例会でお話しさせて頂いたこととは違う内容ですが。

私は長年会社勤めをしてきました。全体で70人ほどいます。
日々人間関係でいろんなことが起こります。

特に同じ事務所内の女性に関してはいろいろ気を使ったり、話を聞いてあげたりしてきました。会社という所は利益追求の場所なので20人いたら、その20人がいろんな陰りの感情を発しています。

しばしば事あるごとにこの人が健やかになりますようにと祈ってきました。でも特に経営者には「あなたのここが悪いのよ!」と自分なりの思いで改善に向かう祈りをした時は、翌日誰かから私についての指摘をされたりして反省することもありました。悪まで私からその人を見た側面で祈ることはよくないとだんだんわかってきました。

いろいろ気を使っていた時は会社の玄関先の木の枝に野バトが巣作りし、二羽の子供の成長が毎日見られましたが、ここ数年は来なくなりました。地球浄化が進むにつれ、これでもかといううほど、人間性が劣化し、歯止めがききません。もうどうにもならないのだとあきらめて会社では日々を送っていますが、時々思い出しては

「いのちはひとつらなりみんな大好きありがとう。日に日にあらゆる面において私達はよくなっている。」と唱えています。

私が霊性を発揮してきたのは人一倍祈ったことだと思います。
また諦めないで頑張ろうかなと思います。

01/12/2016(木) 08:24:41

No.15399  飯沼正晴 E-mail
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
☆みさおさんの書き込み、代理投稿します。

定例会ではありがとうございました。
定例会で、お話しましたが又同じ事を書かせて頂きます。

私は、高齢者施設で働いています。その中の95歳の女性が
寂しさ、体のしんどさからか
段々と精神面で不安定になっていきました。
以前からフロアで1人で歌を唄ったりしていたのですが、周りの利用者に「うるさい!」と怒鳴られたり、スタッフからは「自分でできる事は自分でして下さい」と言われていた。

多分寂しく、ほんとうにしんどかったのだと思う。
そのうちに、「ここは年寄りのくる所やのに、年寄りを大事にせぇへん」「この前も警察よぼかなと思ったわ」と言われ始め……
それから夜中に奇声をあげるようになっていき、これ以上は施設では面倒を見れないので精神科への転院との話になり、息子さんも話し合いの為呼ばれた。

私は、以前のその人の笑顔を思い出した。
「昔○○高校の前で、タバコ屋しててん。パンも売ってて毎日学生が買いにくるんよ。」楽しそうに話されていたなぁ
そうや、その話をしようと思い,話しかけると「みんな、おばちゃん、おばちゃんて言うてくれて…」と話し出し、その利用者さんの当時の輝いている顔が浮かんできた。

Kさんは、学生に学校遅れるから早く行きやや、雨降るから気をつけて帰らなあかんよとかいつも学生の事気にかけてたんちゃう?
と言うと
「みんな、自分の子供みたいやった」と嬉しそうな笑顔。

そういえば、ここ最近は険しい表情ばかりだったなぁ
Kさんは、優しくてしっかりしていて、もし学生間のいじめを見たら「あんたら、何してんの!そんな事したらあかん!」て言う人だろな
そしていじめられてる子には「大丈夫か」と言う人だろな
その話の中、いのちは ひとつらなりを心の中で唱えながら,Kさんの輝きに触れた様に思った。

そして翌日くらいから、kさんは落ち着きを取り戻した。
車椅子もリクライニングに代わり体も少し楽になった様子。
それからも、少しでも体が楽な様にと気にかけるようにし、話しかけるようにしている。

フロアで歌を唄っていたのもしっかりしやんなと自分を奮い立たせていたのか、そういえば最近歌わないなぁ、体がしんどいからかもしれないけど…

Kさんを下の名前で呼ぶと嬉しそうにされる。
「昔は○子ちゃんと言われててん」
私も○子さんと呼ぶ。
その人の嬉しい事を少しでもしよう。

最近は、私がお世話する度に
「知り合いがおって良かったわ」
「あんたうちのタバコ屋来てたもんなぁ」と言われている。
どうやら、私は知り合いになっている。
心細さから、安心に変わったなのならそれで良し!

Kさんは、昨日95歳のお誕生日でした。
これからも、○子さんに喜んでもらうよ、安心してね。

看護師も巻き込んでkさんの落ち着きを喜び、看護師からも「最後までここにいてもらおう」と言ってもらえてます。

もう1つ、定例会でお話した事がありますが後日又改めて投稿させて頂きます。

01/12/2016(木) 11:06:06

No.15400  恵美子
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
定例会参加の皆さんお疲れ様でした。
皆さんの投稿読ませていただきました。
遅ればせながら、書き込みします。

〜今までの人生で自分が霊性を発揮したと思うこと〜

私は今大切にしている”はたらき”があります。
それは町が行っている赤ちゃんや子どもの健診時、その場に居合わすことです。(月3回くらい)
何をするかというと、、、
お母さんや赤ちゃんの間に居て、それとなく赤ちゃん同士、お母さん同士が交流できるよう橋渡しをするみたいなことです。
(おせっかいなおばあちゃんが世話をやくようなもんです)
保健師さんに相談をうけた時、二つ返事でうけました。

健診は結構時間がかかり、初めてのお母さんは緊張してしまったり、コミュニケーションが取れず、辛い思いをしているようなのです。それぞれがうつむいてスマホをしていたりもします。
ちょっとしたきっかけでお互いの子どもの話ができたり、悩みを聞いてもらったりするようになります。

こんな”はたらき”方ができている、なんていいんでしょ(笑)
これまでの道のりで身に着けたそのすべてでこの”はたらき”をしているのだと思っています。

ここまでの道のりは決して楽なものではありませんでした。
世間一般からみても?苦労続きの道のりでした。
霊性を問いただされたことも度々ありました。
その苦しさを経験し、超えてきたからこその今の"受容"なのだと思います。
”持ち合わせた深い愛情を喜んで使っていく”
今やっと、ここにたどりついたかな〜
本領発揮ここからです!

家族や多くの仲間達に助けられました。



01/12/2016(木) 15:17:26

No.15401  ホープ E-mail
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
私の霊的意識の芽生えは10年くらい前に事業が行き詰った事がきっかけでした。実はその数年前から下降線のカーブを描き苦しくなっていたのですが・・。
自分の苦しい境涯を眺めながらその原因を知りたくて、そして無性に「本物とは」「真実とは何か」を追及したくて様々な霊的書物を読み漁りました。
何故なら世の中のどんな偉い人や学識のある人が書いたものでも所詮この世の影響を受けていて自分の心の追及を充たしてくれるような気がしなかったからです。
その点霊界からの本物(と自分が思い感じるもの)のメッセージは本当に己が希求していたものを充たしてくれる様な気がしたのです。
結果は予感通りでした。特にシルバーバーチとの出会いは真実を確信できるものでしたし、間もなく悠々塾と出会う事によって”霊性”とは何か?を日々の生活の中での実践を通して身に着けていくことを学びました。
そしてそれを人との係り合いを通してどう発揮していくのか、を思いテーマとしてきました。

数々の失敗もありましたし、自分が既に忘れていた”小さな親切”を感謝され心の底から清々しさと喜びを感じたことも有りました。
中でも5年前、地上を去った義父との死の前一年間の係りは、今思えば自分の霊性を発揮できた忘れられないものだったと思います。
気難しく酒乱気のある義父に周囲は手を焼き距離を置く感じで、それまでは私も同様でした。しかし血管の劣化で片足を切断、更に肺がんの義父とメニュエルで身動きできない義母の二人暮らしの環境を見てほって置くことなどできず、義父の複数のショートステイ渡り鳥送迎などどっぷりと係るうちに互いの間に心の通いが芽生え、死の直前に際し、私にこれまでの自分の想いや家族周囲に対する詫びを託されました。
それまで敬遠気味であった義父でしたが、心を開いて接することができ、何とも言えない感動による涙を流したことがありました。

やむに已まれぬ滅私の行為が霊力そのものなのだ、とさきさんに言われた事があります。

議員という四年間の境涯を通して広く公的な視点で、”人の本当の喜び”や”望んでいるもの”を経験もできました。
自分の潜在意識を書き換えながら発信していきたいと思います。

02/12/2016(金) 15:47:51

No.15402  ゆりか
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
自分が言いたい事を軸にして人と会話するのでは無く、相手の人が喜んで下さる様な会話が以前よりずっと多くなった今が、最も霊性を発揮していると思います。これは、「いのちはひとつながり みんな大好き ありがとう 何があっても大丈夫」 を 唱え続けたおかげに違いないと思っています。
長い間、パソコンの不調で掲示板を見れず、一昨日、やっと掲示板に繋がり、「日に日にあらゆる面で私はますます良くなっている」 も共に唱えだしたら、潜在意識に刻まれていると思われる、ある人への許し難さを如実に表現している夢を昨日観ました。
私の潜在意識には、まだまだ多種のネガティヴな気持ちがあるのでしょうが、二つの文章を唱え続け、自分の魂が喜ぶ言葉を使う努力を喜んでしていこうと思ってます。

内容が抽象的過ぎてすみません。

03/12/2016(土) 00:17:18

No.15403  みやっち
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
以前(まだ20歳代後半の話です)結婚していて、その女性は結婚から数ヶ月して悪性リンパ腫という血液のがんを患いました。
その時に私は彼女が望むこと全部をしようと決めて、出来るだけの事をやりました。
悠々塾を知ってお世話になったのもその時期でした。
結果的に彼女はこの世からいなくなってしまいました。
約2年間の結婚生活でした。
その時は必ず治る、治すと信じていました。
毎日病院に行ったりで体力的にも精神的にもきつかったと思いますがとにかく必死で不思議と不安とかはなくて、
つかれとかほとんどなく、振り返るとあっという間でした。
この時がまぁまぁ今までで一番よくやったのかなと思います。

僕が病院に会いに行きたかったし、彼女の様子を知りたかったし、出来るだけの事をしてあげたかった。
そして生きてほしかった。
だから人の為にというのにどうしても抵抗がありました。
霊性を発揮したかどうかもわかりません。
頑張ったとか言いたくないのでまぁまぁよくやったぐらいにしときます。
あといなくなった時のさみしさとかが本当に凄すぎて言葉でどう表現したらいいかわかりません。
もちろん忘れてたわけじゃないけど自然に意識がつながるのをさけていました。あの時のさみしさを思い出したくなかった。
今回つながると電車の中でも会社でも涙がでてしまったのにはさすがに自分でもびっくりしました。
今は子供が3人もいて毎日「うるせーな〜」とか言ってるのに(笑)。
投稿しようと決めてからは何か気持ちがすっきりしました。

03/12/2016(土) 01:17:15

No.15404  みゆるん
Re: 今まで自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
みやっちさん
書き込み読んで、改めて、
小さい時から、わたしには想像できないような、いろんなことがあってそのたびにいろんな思いがあったと思います。
でも、自分自身がしたいから、ということで
周りの人たちに、誠実にやさしく、親切に、その時必要なことを
ずっとされてきて、いま現在もそうされていて。。。
ほんまにほんまにすごいです。
わたしたち家族も物心共々、支えていただいていて、
ほんとうに感謝感謝の毎日です。
ありがとうございます。

自分のことを書きますが、
いろんなことがあって、人と関わるのがいまだにこわかったり躊躇したり、苦手意識がありますが、
人は好きで、分け隔てなく接することができるのがいいかなと思います。
それと、食べたいな、とか食べてみたいな、とか、思ったものが
ひょんなところから舞い込んできて、食べられるということが
多いので、食べ物に関して、霊性を発揮していると思います。

03/12/2016(土) 07:33:02

No.15405  ゆうき
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
定例会ありがとうございました。
その時もお話しましたが、僕は自宅から徒歩圏内にある、グループホームとデイサービスが一緒になったような施設で
週に何度かですが、高齢者の介護の仕事をしています。
「日に日にあらゆる面において、わたしはますます良くなっている」をボソボソと唱えながら出勤しています。

施設での仕事内容は、送迎、入浴、排泄や食事の介助、体操やレクレーション、バイタルや様子の記録など、
毎日がバタバタでけっこうハードな面もありますが、それはそれで楽しくさせていただいています。

僕が霊性を発揮しているのは、まさに「今」だと思います。
今僕は利用者さんに「笑ってもらう事」を意識して仕事をしています。
「笑う」って素敵なことで、気分が晴れるのはもちろんですが、「笑い」が免疫力を高めるのは知っていますし、
笑うことはやはり喜びに他ならないと思うからです。

どんなカタチであれ、笑ってもらえるように、小ネタを仕込んだり、こけてみたり、変な動きをしてみたり、オトボケをしてみたり。。
いろいろと研究しながら仕事にあたっています。

今まで僕は工業系で工場での勤務がほとんどで、鉄やガラスや電車やらを工具を使って造っていました。
こういうふうに人間を相手に仕事をするのはまったくの初めてで、どうなるか不安もあったのですが、
なんとか出来ているようで、そういう自分を発見できたのも嬉しく思っています。

そしてここで経験した事は、僕の音楽活動にも大きく影響していくものだと思います。
人の気持ち、感情にもっと近づいた楽曲を作り、表現していけると思います。
「日に日にあらゆる面において、わたしはますます良くなっている」を実感している毎日です。

03/12/2016(土) 08:49:55

No.15406  ぽんた
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
定例会には参加できませんでした。
ここでみなさんの話を読ませていただいて、感動して手をたたいたり、涙したり切ない気持ちになったりしました。

「霊性を発揮したこと」と自分で思えること、さらに考えましたが、こちらで前述した友人のこと以外に本当に思いつかなかったので、おもいあぐねて、

夫に「ねえ、神様に褒めてもらえるような私のいいところってどういうとこだろう?」と聞いてみたら、「小動物に愛を注ぐところ。」という意外な返事をもらいました。夫のいやがる蜘蛛を、私は手にとって外に出します。それから道を歩いていて、どうも犬や猫や虫たちに声をかけているらしいです。「猫ちゃん、どこ行くの」とかカマキリに「こんなとこで何してるの」とか。口に出して言ってるつもりじゃなかったのですが、出てるようです。小動物だけじゃなく、大動物もいれば声をかけると思います。象でもライオンでも。

夫は軽く答えただけだし、ズレた内容かもしれないですが、でもこれも言われてみれば確かに悪くない自分だと思います。小さなことですが‥‥はい。

03/12/2016(土) 11:32:38

No.15407  春が来る
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
様々な試練を乗り越え、霊性を発揮、貢献されている皆さんのお話をすごいな〜と思いながら読ませていただきました。

「定例会に参加させてください。」というメールを送った後、掲示板で定例会のメッセージを読み、出席を躊躇する自分がいました。
自分には、その様なことを話す資格はない、と・・・
定例会で、自分の番が来た時、「必死になったことはありますが埋め合わせなので、『霊性の発揮』ということでは・・・」と言いかけた時、飯沼さんが、「埋め合わせも霊性の発揮だから」という様なことを言ってくださいました。
それで、義母のことを話させていただきました。

5年前、主人の父が亡くなり、その5か月後、義母が癌だという診断を受け、手術をすることになりました。
手術は無事に終わり、順調に回復して、約5カ月間の入院生活の後、退院することになりました。
その時の義母の状態は、要介護度4。認知症のランクが3ということでした。

その頃、主人の体調が悪く、娘のこともあり、私が一人で主人の実家に住んで義母の介護をすることにしました。
退院前に一人で住んで、大掃除や車椅子に必要なスロープの手配などをしながら義母の退院を待ちました。
義母が退院してきて、朝、起きてすぐに下のお世話をすることから一日が始まるという日々が始まりました。
デイサービスのある日には、自宅に戻り、洗濯、掃除、食事を作って、また、あわただしく義母の所に戻る、という生活でした。
主人の実家から自宅までは、車で1時間程かかるのですが、ギリギリまで用事をし、出来るだけ早く戻れるよう、真っ暗な細い山道を超えて帰るようにしました。

主人の実家は、田舎にある昔の家なので、トイレが外にあります。
「熊が出たので気をつけてください。」と有線放送で流れ、ご近所の人からは、猿やアライグマが出ると聞くような環境でしたので、夜、真っ暗な庭に面したトイレに行くのは怖かったです。

秋には、義父の一回忌も親戚の方々に来て頂いて、無事に済ますことが出来ました。

その様な状況の中で、私はみるみる7〜8キロ、痩せていきました。ケアマネージャーさんやご近所の方が心配してくださり、すぐにはなかなか入れないので、特養老人ホームの申し込みだけでもしておいた方がいいと勧めてくださいました。
しかし、自分がすると言った以上、私が申し込みをしてはいけない気がして、そのまま日が過ぎて行きました。

お正月には、義弟夫婦、姪、娘夫婦も一緒に賑やかに祝い、義母も嬉しそうにしていました。
この頃には、義母の認知症の症状もほとんど見られなくなったように思います。

その冬は40センチ程の雪が2回ほど積もりました。雪かきをしたり、雪を見ながら外の水道で汚れた物を洗っていたことを思い出します。
年が明けてしばらくして、義弟が、義母の入院前にした特養の申し込みの効力が消えていなくて、新しく出来た特養に入れるとケアマネージャーさんが知らせてくださいました。
周りの人達の勧めもあり、義母も納得し、特養にお世話になることになりました。
特養に入る日、義母は私に、「気の毒じゃった。ありがとう。」と言ってくれました。

義母と二人で暮らしたのは7か月ほどですが、その7か月後の3年前の秋、主人の実家のある地域が台風の被害に遭いました。
近所の人の話では、夜中に急に濁流が押し寄せてきたそうです。
義母が寝ていた部屋の鴨居の上のガラス板は割れ、冷蔵庫なども倒れた状況でした。主人の実家は、床上2メートル浸水しました。
一人で動けない義母と私では、なす術がなかったと思います。
特養のある所は大丈夫だったので、これで良かったのかな、と思えました。
今も病院の付き添いなどはしていますが、次女が一緒に行った時、以前の様なぎこちなさがなくなった、と言ってくれました。

今年のお盆にお墓参りをした時、小鹿が逃げずにじっと私の方を見ていました。
お墓で小鹿を見たのは、結婚して初めてのことでした。
とっても可愛かったので、スマホで撮りました。
帰ってからその画像を長女に見せると「おじいちゃんやわ。おじいちゃんに似てるやん。おじいちゃんがママにありがとうって。おばあちゃんをよろしくって。」と言いました。
少しは役に立てれたのかな、と思えた瞬間でした。

いろいろなことがありましたが、私にとって必要なことだったのだと思えます。
今は主人も元気になり、こうして過ごせていられることに感謝しています。
一時は、「生まれてこなければよかった。」と打ちひしがれた時もありました。
しかし、今、進化こそが生まれてきて、ここに存在している意義だと思えます。
実際に進化していくことは難しい、ともしばしば感じますが、だからこそ、「いのちはひとつらなり。・・・」と「日に日に・・・」を唱えていきます。
今が如何に未熟でも、らせんの様に上に行ったり、下に行ったりしながらでも、気がつけば、全てを包含して、喜びが大きくなっているようにしていきたいと思っています。

03/12/2016(土) 15:20:02

No.15408  ちぃ
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
定例会ではありがとうございました!

私は兄に謝罪をしたことをお話しました。
兄は優しくて、時に両親よりも厳しいところがあって怒ったら怖いけど頼もしく、
悠々塾で学ばせていただくようになってから兄に対するライバル意識があったことを自覚しましたが、
子どもの頃からとても仲良しで、ずっと大好きな兄でした。

ですがある時から、兄に対し違和感や不信感を感じるようになりました。
とはいえ大好きな兄に違いなく、ぶつかって関係が崩れるのが怖かったし、
心が大きく動いたり、どうしたら良いのか分からなくなると、
私の課題でもあるのですが無かったことにしようとしてしまうところがあり、
心の奥底にそのまま押し込んで見ないようにしていました。
ですが兄が兄嫁と結婚することになってから、心がざわつく出来事が増え、
いつしか自分の気持ちでいっぱいになってしまった私は、ある出来事をきっかけに、
これまで押し込んでいたものが一気にパンクしてしまいました。

そうして、負の感情でいっぱいになった私は、突然一方的に2人と一切の連絡を絶ちました。
両親は激怒でしたが、頑として聞き入れないまま、
2人に対する許し難さを増幅させ、怒る両親に対しても不信感を増幅させながら数年が過ぎ、
絶対ゆるさない、もう二度と会うことはないと固く決めていました。

そんな時、にぃくんと出会い、結婚することになり、
全て話して今後も一切連絡を取り合うつもりはないことを理解してほしいとお願いしました。
にぃくんは私の気持ちを受け止め、労ってくれ、大泣きする私を受け止めてくれたのですが、
「でも俺はお兄さんや兄嫁さんと家族になるわけだからご挨拶に行ってくるよ」と言ったのです。
てっきり理解してくれると思っていたし、何かと自分の思い通りにならないと怒る私ですが、
この時は良い意味でガツンと頭を叩かれたような衝撃があって。
以降、にぃくんは強制するのではなく、自分で考えるよう色んな角度から話をしてくれました。
そうしてようやく兄や兄嫁、両親の気持ちを考えてみると、
自身の至らなさに、許すとか許さないとか言える立場ではない、
謝りたい、謝らせてもらいたいと思い、にぃくんが「俺も一緒に行くから大丈夫や」と言ってくれ、
兄に連絡をすると会うことを快諾してくれて謝罪することができました。
兄も兄嫁も快く謝罪を受け入れてくれ、それからずっとにぃくんと一緒に関係を築いてきています。
そんなにぃくんに本当に感謝していますし、許してくれた兄と兄嫁にも本当に感謝なのですが、
今もどこかで躊躇したり、葛藤したり、違いを違和感として感じてしてしまう私が居るのが現状です。
ですが、だからこそかもしれないですが、被害者意識でいっぱいになっていたあの時、謝りたいと心から思えたことは、
指導霊さんから褒めてもらえるかもしれないと思いました。
いのちはひとつらなりの心で私らしく喜びを広げていけるよう、潜在意識を切り替えていきたいです。

1月と3月の定例会、ドキドキしますが楽しみにしています!
よろしくお願いいたします。

04/12/2016(日) 03:56:42

No.15409  飯沼正晴 E-mail
Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと 引用
さきさん、オレンジさん、みさおさん、恵美子さん、ホープさん、ゆりかさん、みやっちさん、みゆるんさん、ゆうきくん、ぽんたさん、春が来るさん、ちぃさん、書き込みありがとうございます。

お一人おひとりへのコメントは控えますが、しっかりと読ませていただいています。
皆さんそれぞれに「霊性の発揮」ということに意識がつながりかけているようですし、そこはまだ弱くても皆さんの潜在意識の書き換えが進んでいる・本来の潜在意識の表層を覆う澱の解消(排出)の途中にあることを感じました。
これからがますます楽しみです!


個別のコメントは控えると言った先からではありますが、ホープさんのお義父さんへの関わりを思い出して、改めて胸が熱くなりました。
あの時はホープさん自身も非常に苦しい状況の中で、お義父さんのことに関してまさに喜びの連鎖を目の当たりにしました。

お義父さんを主人公にしての一つの舞台というのか、お義父さんを幹にしていくつもの枝を茂らせたお義父さんの人生の樹は、棘にまみれて見るも無残な姿のままで枯れようとしていました。
その樹の枝の先っぽの方に位置していたホープさんが優しい一輪の花を咲かせたことで他の枝にも生気が通い、次々に棘をつぼみとした花を咲かせ、ささやかな花ではあっても香しい喜びに包まれて、お義父さんの生の舞台は本来の次元に移行できました。

人の心と言動(霊性の発揮)が地上で形を成し、それが連鎖してまたほかの人の心と言葉と行為に花を咲かせていくという感動の舞台を思い出しました。
。。。。。。。

一昨日から昨日にかけて、まゆみさんの慰労を兼ねて一泊旅行に行っていました。
二人ともちょっと乗り鉄さんで、特にまゆみさんはできるだけたくさんの路線に乗りたいようなので、今回は篠山口から谷川に行き、そこから加古川線で加古川、姫路からは姫新線で二度乗り換えながら林野駅まで行って湯の郷温泉に泊まりました。
二日目は林野駅から津山・新見駅乗り換え経由で倉敷で途中下車して昼食・ちょっと街歩き、倉敷からは赤穂線経由で播州赤穂まで行って地元産の牡蠣や魚の夕食を食べ、播州赤穂始発の新快速で大阪まで行き、また乗り換えて篠山に戻ってきました。

大半が一両のワンマンカーの各駅停車の列車で、何度も乗り換えておっそろしく時間がかかりましたが、特に何かの話をするわけでもなく、二人でボーっと列車に揺られて車窓の景色を眺めていました。

今回は今までで最高にまゆみさんが速く歩けるようになっていて、乗り換えの駅の階段もそれなりに速く上れるようになっていたことがとても嬉しかったです。
特に倉敷駅のホームから改札階に上がる階段は人が多くて、途中で休むこともできず、流れのままに一気に上っていました。
階段を上った近くに椅子があったので、少し座ることを勧めたのですが、「なんで座らんといかんの!?」と怒られる始末でした。
さすがに私もちょっとムッとしたのですが、「まあ元気になった証拠だ」と思って事なきを得た次第です(笑)


心臓につながる冠動脈の1本が完全に詰まっていて、心臓の三分の一は機能していないそうですが、ますます良くなっていることを実感しました。
ありがたいことです。

04/12/2016(日) 12:09:48


No.15379 ひがし  
定例会 引用
皆さん、昨日は定例会お疲れさまでした。
「自分が霊性を発揮しそういう自分を喜んでいく」ということで、おひとりお一人のお話が聞くことができてほんとうによかったです。
さて、その時に私が話したことを一つ書き込みます。
以前から私は時間をつくって老人ホームや体に障害を持つ人の施設(福祉施設)を訪ねて利用者さんの似顔絵を描くボランティアを続けていました。施設の中で利用者さんのモデルして下さる方を見つけていただいて15分から30分で描いていくのですが、その中に時々すごく喜んでくださる方がいらっやいます。(もちろんそんなに思わしくない方々もあるのですが、・・・)。思いがけない喜びと言うかその人独特のしぐさで喜びを表現されます。表に出しにくそうにする方もありますが、そんな方々の様々な姿に接するのは本当に嬉しいものです。こんなに喜んでもらってよかったなぁと思える瞬間です。

27/11/2016(日) 12:43:30


No.15380  のものも
Re: 定例会 引用
お疲れ様でした〜〜
実は私は、今回の定例会は、ただただ、このプロジェクトを成功させたい!と言う勇ましい意気込みだけで来ました。
思いがけない事に、どうやら、私の方が「サプライズ」を頂いてしまったようです。

気持ちに、霧のようやものがなくなり、澄んだ空気の朝のようです。
新幹線の中では、泣いてしまいました。私は、本当に導かれてると思います。
いろいろな人の人生も聞けて、気持ちも開放的になりました。悠々塾に集まる人は、心が本当に綺麗と改めて思いました。

またお会いしましょう!!

27/11/2016(日) 17:15:16

No.15381  飯沼正晴 E-mail
Re: 定例会 引用
ひがしクン、のものもさん、書き込みありがとうございます。

そして、昨日の定例会に参加してくださった皆さん、お疲れさまでした。

今回の定例会は、
「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」ということをテーマとして、今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について、参加者の皆さん一人ひとりに話していただきました。

それぞれが話してくれた内容は、それぞれに皆さん方の善良さが伝わってくるもので、感心したり感銘を受けながら聴かせていただきました。
のものもさんも書いておられるように、本当に心の綺麗な人たちなんだと、改めて思いました。

ただ、昨日も話しましたが、霊性を発揮した喜びの話であるのに、ほとんどの人はまるで申し訳ないことを告白するような雰囲気で、悠々塾につながる人たちの多くは、まだまだ喜びを喜びとして表現することがほんとに苦手なのだと思い知ることにもなりました。
まさに「悠々塾症候群、手強し」という感じです。

しかし後半のヒーリングの実習では、惚れ惚れするような共鳴のエネルギー場となり、これはいつものことながら感動的なものでした。

2部の懇親会の初めにで皆さんのお顔を眺めながら、「この人たちが喜びのエネルギー回路を全開にして表現できるようになれば、桁違いのエネルギー場になるに違いない。そうなれば、この人たちが今はまだ想像もできないような喜びの現実を作り、広げていける」という確信を強めていました。

先日からさきさんとも話していた、演劇のワークショップをどうしてもやりたいと思いました。
演劇のプロの指導を受けて、今までの自分とは違う自分を演じることで、なんとしてもその回路を大きく開きたいのです。

それで、昨夜から今日に掛けて、友人の市民劇団の女優さんに連絡をとって、強引にワークショップのことをお願いしました。
「お芝居をやりたい人の指導はしているが、そこの人たちはお芝居をやりたいわけではないので、どんなふうに教えればよいのか分からない」と渋るその人をねじ伏せて、承諾していただきました。

どういうやり方にするかはこれから相談していきますが、発声も含めて「エネルギーの解放・全開」のワークショップになると思います。

自慢じゃないですが、私自身がこういうことは大の苦手です。
なんせ、40歳を過ぎて心を開ける仲間たちと出会うまではカラオケで歌うことすら絶対に拒否する人間でした。
なので演劇のワークショップに参加して自分が声を出したり何かするなどということに今から冷や汗が出る思いなのですが、グズグズ言わずにもっともっと自分の殻を破っていきたいと思っています。

ということで、来年の1月定例会と3月定例会は「エネルギーの解放・全開のための演劇の連続講座」にします。
篠山で会場を借りて、2部の懇親会は今まで通り悠々塾で行います。
電車で来られる皆さんには車で送迎します。

1月定例会は1月28日(土)、3月定例会は3月25日(土)の予定です。
自分の殻を破り、喜びのエネルギーを全開にする絶好の機会です。
ぜひ、ご参加ください!
普段は参加していない人の参加も大歓迎です。


話を戻します。
昨日は時間がなくて、私は自分のことを話さなかったのですが、また明日にでも書いてみます。

皆さんにも「同じ話でもいいし別のことでもいいので、掲示板に必ず書いてください」と、かなり強引にお願いしました。
でも今日になって、強制的なことはよくないと思い直しました。
なので、強制はしませんが、できれば「自分が霊性を発揮したと思うこと(事柄)を喜びとして、胸を張って書いてくださいね。

27/11/2016(日) 23:29:02

No.15382  祐造
Re: 定例会 引用
皆さん、定例会おつかれさまでした。
ありがとうございました。
皆さん、すごい貢献のエピソードを淡々と話しておられましたね。
こんな皆さんと一緒に歩めることが嬉しいです。
当日僕が話した内容を、もう少し詳しく文字にしてみました。
僕も定例会で話したときは、喜びという感じではなかったようで、症候群の一人です。
ということで、以下「自慢の体験談」として文字にしました。


もう20年ほど前の話ですが、自家用車で田舎道を走っていて、交通事故の現場に遭遇しました。
現場は田畑に民家が点在する地域の、信号のある交差点でした。
僕の前を走っていた大型のミキサー車(生コンミキサー車)が交差点を通過中に、左から来た2tダンプが激突したようです。
大型のミキサー車は右へそれて民家に突っ込んで土煙が立ち込めています。
一方の2tダンプは交差点の真ん中で運転席が押しつぶされた状態で止まっていいて、なぜかアクセル全開状態でエンジンがスゴイ轟音をあげながら真っ黒い排気ガスをモクモクと吐き出し続けています。

「こらえらいこっちゃ!」と思って2tダンプに駆け寄ると、60才くらいの男性ドライバーさんが放心状態で足から出血していました。
ものすごいエンジンの轟音と立ち込める黒煙で、近づくのも怖いほどです。
「とにかく、エンジンを止めよう」と思ってイグニッションキーをOFFにするのですが、事故の衝撃で壊れているのか、エンジンは止まりません。
アクセルペダルを引き上げて全閉にしてみても、これもワイヤーが壊れてダメでした。

クルマが停止した状態でのアクセル全開は、オーバーレーシングと呼ばれる状態で、普通10分〜15分程度でエンジン付近から出火して車が全焼します。
(以前、TVの実験映像で、オーバーレーシングによってクルマが全焼するのを見たことがあります)
この2tダンプは事故でラジエターが割れて冷却水喪失だったので、出火まで10分ももたないでしょう。
ディーゼル燃料の軽油は70℃で引火するので、この場合ガソリン車と同じくらいに危険です。
ダンプのエンジンは運転席の真下にあるので、出火したらすぐに身が焼かれる。
これはヤバイ!

大声でドライバーさんを励まし、とにかく早くクルマから降りようと言ったのですが、左足がクルマに挟まれて抜けないらしい。
外から引っ張ってもダメでした。
「消防に電話しても、田舎なので10分以内には来れないだろう」「なんとかしないと焼死する」 、、、いろんなことが頭をよぎります。
この状況では、ホンマに自分がなんとかするしかない! 

無我夢中で助手席側のドアをこじ開けて中に入り、轟音をあげて火を噴きそうなエンジンの真上に行ったときの恐怖は今も忘れません。
運転席は衝突で前後に圧縮されて、足元は隙間がありません。
左足はサイドブレーキのバーとの間に挟まれていました。
「今、足を抜けるようにするからね。頑張りいよ!」と励ます。
隙間をつくるためにサイドブレーキを緩めた瞬間、なぜか突然バックギアが入り、大きなギア音とともにすごい勢いでダンプがバックし始めました。
後ろを振り返ると下に田んぼが見えました。
「アカン!田んぼに転落する!」と思ったとき、幸運にもガードレールに激突してダンプが止まり、エンジンも停止しました。
そして、ちょうどクルマで通りかかった別の男性2人が手伝ってくださり、ドライバーさんを車外へ出すことができました。
両側からドライバーさんを支えて歩道に移動して、避難完了です。
ああ、これで大丈夫や! どれほどホッとしたことか。

救急車を呼んでもらって、足の出血を見ると牛乳瓶1本(200cc)程度だったので、「こんなくらいでは死なへんで。大丈夫やで」と安心してもらいました。
少し気持ちがしっかりした様子のドライバーさんは、「ミキサー車の運転手さんは大丈夫か? ワシがよそ見していてぶつかってしもたんや。 すまんことをした。 相手は大丈夫か?」と気遣っておられました。

大型のミキサー車の方へ行くと、民家に衝突して見事に家にめり込んでいました。
ドライバーさんは自力で脱出して、歩道に横たわっていました。
大きな怪我は無い様子で放心状態です。
2tダンプのドライバーさんの言葉を伝えると、安心したのか気持ちが動いたのか、堰を切ったように声を出して泣いておられました。
「大きな事故やったけど、二人とも死なんでよかったね」「じきに回復するよ」と言って救急車を待ちました。
付近には何軒もの民家があったのに、事故後は誰も出てきませんでしたが、エンジンの轟音と黒煙が止まると、十数人が道に出てきて路上のガラスの破片などを掃除しておられました。
僕はガラスの破片で手ひらを数カ所切った程度で、全然大丈夫。

こんな事故に出くわしたのは、後にも先にもこの時だけでしたが、恐怖を感じながらも人の役に立てたことは、とっても嬉しかったです。
人間、切羽詰まった状況では、それでも何とか人を助けたいと衝動的に動いてしまうものなのですね。
人としてとか、霊としてとか、考える間もなくそうなのだと思います。

28/11/2016(月) 02:36:09

No.15383  エーチャン
Re: 定例会 引用
定例会、ありがとうございました。

私は、約4年前の両親の遠隔介護について話しました。両親は当時三重県に二人で住んでいましたが、父が末期の肺がんで母も認知症が進んでいて、ケアマネージャーと相談の上、私が週2回(それぞれ一泊)遠隔介護をし(料理、皿洗い等が中心でした)、ほかの日はヘルパーさん、訪問看護、医師の往診を組み合わせて、対応していこう、ということになりました。父は約8ヶ月後に旅立ったのですが、途中危ないことがありながらも、何とか問題なく終了しました。その間に感じたことですが、不十分ながらもできることをやって、介護を終えて帰るとき、何ともいえないよろこびに満たされました。

ここまでが、定例会で話した内容ですが、ちょっと追加します。私の両親(私は養子なので、養父母となります)は、私を大切に育ててくれました、なので、世間の常識から言っても、それくらいするのは当たり前だろうという話で(しかも専業主夫であることから、特に大きな負担というものでもありませんでした)、何か特別に霊性を発揮したというものではありません。私が最初に話すことになったのですが、ほかの方の話(ヌマさんの補足の話も含め)を聞いて、ちょっと恥ずかしくなりました。

最近不安定で、特に定例会の時は、自分のだめな部分しか見えなくなっていて、特に二部ではほかの方々に迷惑をかけたのではと反省しております。ただ、今朝ちょっと閃いたことがありますので書かせてください。

人間って、ダイヤモンドの原石なんだということです。ダイヤモンドの原石というと、何か特別な才能を持っているが、それがまだ芽吹いていない若い人のことと言うのが一般的な捉え方かもしれませんが、そうではなくて、人間誰もがダイヤモンドの原石なんだと改めて思ったのです。自分もそうなのだ、ということです。私はそこに気付かず、原石を覆う塵芥のことばかりに意識が向いて、どうやったら、これがとれるのか考えるのですが、そうするといつまで経っても塵芥が着いたまま。そこで、自分の意識をダイヤモンド本体に向けて、それを輝かせよう、そこに意識を集中していけば、いつかは塵芥もとれてしまうのではないか、何よりもすごく大きなよろこびになるのではないか、そういうことです。今までヌマさんがおっしゃってきたこととあまり変わりないことだとは思うのですが、ちょっと表現を変えると、しっくりと心に入ってきて、よろこびがわいてきました。

人間みんな、色合いはそれぞれに異なるにしてもダイヤモンドの輝きがあるのだ、そういう見方で人と関わっていきたい、それもあらためてそう思いました。頭ではわかっていたのですが、実際はなかなかできない、であれば、繰り返しチャレンジしていこう、それしかない、そう思いました。

28/11/2016(月) 13:53:58

No.15384  まゆみ
Re: 定例会 引用
――今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと――
メッセージを読んで、過去を振り返って思うことなく「今でしょう!!」と流行り(もう古いのかな?)の言葉ではありませんが、即そう思いました。
自分がどのように役に立っているのかということを思い返してみても「今」かなと思います。
今、私は霧が晴れたようなすっきり感を持って「今を喜ぶ」ということができるようになったと思えます。
それまでは、もやっとした中で自分のできることをしてたような気がします。
(具体的に言えば)この悠々塾が始まって以来ずっと関わってきたわけですが、自分の気持ちとは別のところで(導かれてたのだと思いますが)そうすることが(自分にできることをすることが)必要だと感じてやってきました。
私が悠々塾のためにできることをすることはみんなの喜びになるという思いでした。
自分の喜びとなるまでには時間がかかりました。
でもそういう中でもここで学んできて、今、自分の喜びとすることができています。
そして、それは悠々塾の目指すものであり、今この地球に住む私たち人間にとって大事なことなのだと理解し、実感できるようになりました。
具体的にどのように霊性を発揮しているのか――はまだ書けることがありませんが、信念を持って進んでいけるエネルギーは前とは違って力強いものだと思います。
惜しみなく霊性を発揮して行きたいと思ってます。
自分もみんなも喜びの中にいられるように。


28/11/2016(月) 14:31:09

No.15385  飯沼正晴 E-mail
Re: 定例会 引用
祐造さん、エーちゃん、まゆみさん、書き込みありがとうございます。

他の皆さんの書き込みも待っているのですが、皆さん相変わらずなかなか重いようですね〜。

>今回は、「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」ということをテーマといたします。

霊性とは愛であり、許しであり、真理の希求です。
誰かのために自分を役立てること、役立てようとすることです。

(今回の定例会で)まずは、今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について、それぞれが話すところから始めましょう。
話せる範囲で構いませんし、大きなことでなくても構いません。
地上的には些細なことでも、豊かな霊性に根差した言動はいくらでもあります。
ほとんど全ての場合において、地上の人間が完璧に霊性を表現できることはないので、どんなことにも不十分さが含まれているのですが、それでよろしいのです。

できていない自分や不十分な自分を否定してもどうにもなりません。
小さな喜びを目いっぱい喜んでこそ、喜びは連鎖して大きくなっていくのです。
今の地上界の閉塞状況の中で、多少なりとも霊性を発揮しながら生きている自分を喜んでこそ自分の人生を喜べるのですし、霊性はさらに大きく発揮されていくのです。(地上的な喜びも実際化していくのです。)

大事なことは、現状に留まろうとしないこと、留まるためにエネルギーを使わないことです。(現状の否定はさらに喜びに逆行するのです)

「喜びの進化、進化の喜び」こそが宇宙の絶対命題です。
それにどの程度共鳴できるかによって、地上人生の日々の現実も大きく変わるのです。

あまり難しく考えずに、「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」という意識(エネルギー)をおおらかに解放しましょう。<

「今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について」となっているから難しいのでしょうか?

「最も」というのは順番をつけて一番を決定するということではなく、自分の中で最も印象に残っていること(事柄)という程度に考えてくださいね。

昨日も定例会に参加していない遠方の仲間から電話があって、「自分には何もない」と言っていたのですが、そんなはずはないのです。

>霊性とは愛であり、許しであり、真理の希求です。
誰かのために自分を役立てること、役立てようとすることです。<

今まで一度も、誰か(何か)に対して愛を向けなかった人がいるでしょうか?

今まで一度も、誰かを許さなかった人がいるでしょうか?

今まで一度も、真理(本当のもの)を求めなかった人がいるでしょうか?
(たとえば、金銭・物質よりも心を求めたこともそこには含まれるのです)

今まで一度も、誰かのために自分を役立てなかった人がいるでしょうか?
(地上的な結果がどうであれ)自分を役立てようとしなかった人がいるでしょうか?

それらが些細なものであれ、自分が霊性を発揮したことに意識を向けて、そういう自分を喜んでいくところから始めればよいのです。

もしも万一、本当に「何もない」とすれば、その人は大変な状態(幽界か暗黒界そのもの)の中で生きてきたということです。
(直ちにヒーリングカウンセリングを受けることを強くお勧めしなければならない状態です)

そんな人は実際にはいないはずですが、しかし、極めて不十分ではあれ霊性を発揮してきた自分を喜ぶことができない状態も、実は幽界的な意識であるといえるでしょう。

些細なことであったとしても、霊性を発揮(地上で表現)したことを喜べなくて、いったい他の何を喜べるというのでしょうか?

今回は、自分が霊性を発揮(地上で表現)した事柄の大小を問うているのではありませんし、地上的結果の成否を問題にしているのでもありません。

霊性を発揮するということが常識(当たり前のこと)だと思うのか、特別なことだと思うのかを問うているのでもないのです。

>小さな喜びを目いっぱい喜んでこそ、喜びは連鎖して大きくなっていくのです。
今の地上界の閉塞状況の中で、多少なりとも霊性を発揮しながら生きている自分を喜んでこそ自分の人生を喜べるのですし、霊性はさらに大きく発揮されていくのです。(地上的な喜びも実際化していくのです。)<

これがテーマなのです。

そこから始めていけばよいのですし、そこからしか始まらないのです。

そして、以下に引用する聖書の中のイエスの言葉にあるように、さらに自分を進化させていけばよいのです。


≪マタイによる福音書5:44-46≫

 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。

(取税人とは、その頃のイスラエルを支配していたローマ帝国の手先となってイスラエルの人々から税金を取る仕事をしていた人たちのことだったと思います)

29/11/2016(火) 09:58:47

No.15386  さいこ
Re: 定例会 引用
定例会、お疲れ様でした。ありがとうございました。
私は結婚して9年くらいになります。
それまでの一人暮らしが長がかったので、主人の両親との同居はうまくいくか心配しました。
まぁ、何とかなるかなぁ…とは思っていましたが、実際に一緒に暮らすと思っていたより大変で、ストレスが溜まる事がけっこうありました。
ええ歳した大人ばかりやのに、喧嘩をしてふてくされたりといった事が多々ありますが、いつも何となく家族が収まるところに収まります。

私はどこかでこの家族と一緒に居るのが面白いと思っているとこがあります。
腹立ったり、面倒くさいと思っているときはそんなふうには思えませんが、この今の家族が面白いと思えて楽しんでいる私がいるようです。
先日、友達と話していて、「あんたでも家族と居るのが面白いやろ?」と言われました。
私は「えっ?」と思ったのですが、「うん」と応えました。
その友達にも今まで家族の愚痴を言ったり、色々あったことを話していました。彼女が何でそう思ったかと後で考えてみたら、きっと私が愚痴でも楽しそうに話をしていたのかなぁ…と思いました。
私は話している時はそんな意識はあまりないのですが。
家族に対して翳りを抱く事はありますが、でもベースは家族の皆が好きなんやと思います。
そんな自分が何かええんちゃうかなあ!って思っています。

29/11/2016(火) 13:53:28

No.15387  さき
Re: 定例会 引用
ぬまさん、まゆみさん
そしてみなさん、定例会お疲れ様でした!

定例会に向けてのメッセージを読んだ時に
そうきたかー!
と意表を突かれたように思いました。
でも、なるほどでした。
これまでずっと自分の至らなさや不十分さに向き合って
それを変えていく、かげりを光に、という学びだったと思います。
それが、喜びを広げていく、という
もうひとつのラインを示されて
やられたー!と感じました。

すべては喜び
いのちはひとつらなりのなかで
存在するものはすべて祝福されている
いてくれるだけでありがとう、なのです
どんなに不十分であっても至らなさを抱えていても
かげりを膨らませてしまっても、過ちを犯してしまっても、
すべてはひとつらなりのいのちのなかにあるんだと思うんです

そこで生かされていること
その自分、その今に感謝し、今を喜んでこそ
喜びに向かって進化していけるんだと思うんです

というか、
かげりを光に変えていくことと同時に
自分も皆も、進化していくために
このラインは不可欠なのだと思います
進化とは喜びに向かっていくことだからです

克子さんのメッセージの真意、
そのことを理解すれば
喜びを喜びとして表現しないことは
自分への囚われであり、かげりに他なりません。

そういう私も、
>今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について話す
と問われた時に、霊性って?と考えだすと
何をもって霊性と言えるんだろう?
何が最もなんだろう?と悩んでしまって、
喜びというより躊躇しながら話をしました。

確かにぬまさんが言ってたように
皆がまるで自分の犯した過ちを告白するように
躊躇しながら話をしていましたね。
思い当らないとか、
自分は当たり前のことをしているだけだ、
という方もおられました。

そういう気持ちも考え方もわからなくはないですが、
そこに留まりたくない、留まって欲しくないと
あらためて強く思っています。(自分自身に対しても)

強い者勝ち、お金が全て、我よしの地上界の現実のなかで
小さな者たちはますます見棄てられていきます
>誰かのために自分を役立てること、役立てようとすること
なんて愚かなキレイゴトなんでしょうか?

地上界の大浄化のなかで
皆がどっちを選ぶのかを問われていくのでしょう。
皆が気付かなければ、本気で生き方の転換をしなければ
強い者勝ち、我よしが幅をきかせていくばかりです。

もっとわかりやすく
気付かざるを得ない状況がもたらされることでしょう。
格差貧困の拡大、新たな伝染病の蔓延、核事故や戦争、、、
そうでなくてもいつまた大きな地震があるかもしれません。
生きるか死ぬか、全てを失うか、
とことん厳しい状況がもたらされてはじめて
私たちは生き方の転換ということの意味を思い知るのでしょうか。

そうはなってほしくないからこそ
>誰かのために自分を役立てること、役立てようとすること

それを喜びとする者、出来る者たちが
その喜びを共鳴し、その喜びを表現し、膨らませていくことが
必要なんだと思います

戦禍や災害、病や死、愛する人との別れ、、
艱難辛苦の悲しみや苦しみのなかではなく
喜びのなかで霊性を発揮し開花していくんです
その喜びを広げていくんです

本当はもう土壇場なんです。
それがわかっているからこそ
私たちが胸を張って霊としての喜びを共鳴していくことが
求められているのだと思います

それが今回の克子さんのメッセージの真意だと思っています
なので、皆さん
ぬまさんは強制はしないと書いてましたが
是非皆さんが語って下さったことを書いて下さいね。
語りきれなかったことや別のこともありです。
思うことをコメントして下さいね。

遠方等で定例会に参加出来なかった方も
是非コメントして下さいね!

29/11/2016(火) 16:12:11

No.15388  ゆみっぺ
Re: 定例会 引用
こんばんは。私は定例会に参加していません。自分ならどんな話をするだろうか?と考えました。脳裏に浮かんだことは、同級生の付き添いをしたことでした。日曜日に昇段試験を受ける彼女に、先輩たちは、がんばってね!というだけで、誰も付き添うつもりがない感じでした。初めての昇段試験で、何時間も一人でポツンとして待っていないとならないなんて、ひどすぎる!と思ったので、私も行くよと会場で待ち合わせました。案の定、夕方までかかってしまいました。その人とは何十年も話していないのですが、なぜ?このことが浮かんだのか?不思議です。
いのちは〜、日に日に〜
唱えていますが、油断すると、起こってもいない不幸な出来事を想像してしまって、いかん!と思うことを繰り返しています。
人間は、自分で自分の首を絞めているんだなぁと、つくづく感じます。

29/11/2016(火) 18:34:47

No.15389  のものも
Re: 定例会 引用
ここ1年近くに渡り、無我夢中で、私がやりたい事をやっただけの話ですが、霊界に戻ったら確実に!褒められると思う事を書きま〜す。

20年以上、正確に言えば26年以上前から、ほとんど音信不通の父親の生活の全てを、私の全身で持って、迷いなく助けた事です。

私は突然26年前、父親に捨てられたような仕打ちをされました。父親は、その事に対して、全く悪いと思ってないどころか、 久しぶりに関わった父親は、前より更に性格が悪くなっていたのです!
ですが、多大な出費をかけ、多大な労働をかけ、いろいろな人の力を借りながらも、助けました。と言うか、助けなければいけないギリギリの状態でした。
それなのに、全く感謝がないどころか、 ひどい扱いをされて、どうしたら良いのかと悩む毎日でした。

定例会の「サプライズ」のおかげで、今日会った父親は、「正気な父親」に変わってました。
別人ではないですが、「正気な父親」でした。

地上が1本の線でないのなら、私は定例会が終わり帰った家は、以前とは違う隣のアミダクジに進んだのだと思います。
そこに、居るはずのない「正気な父親」が居たのですね!ビックリな話。

状況がどんなに悪くても、まずは自分の視点が心から変われる事が大切なのでしょう。この視点を定着させねば!

29/11/2016(火) 18:55:08

No.15390  藍子
Re: 定例会 引用
定例会ありがとうございました。

今までの自分が最も霊性を発揮したと思うことー

私は歌うときはいつも聴く人が癒されることを元気になってくれることを、魂が輝くことを願って歌います。

中でも、克子さんが亡くなる年に皆さんと長野へ行って、その日の夜に歌わせてもらったあの時、あの歌が今まで一番霊性を発揮していたんじゃないかと思えます。

その時のことはあまり覚えていないくらい必死に、治ってほしい、この歌で治すんだって、本気で思って歌った気がします。
歌い終わったとき、たくさんの方が涙を流しておられ、何か役立てたんじゃないか、癒し手として使ってもらえたんじゃないか、と思えました。

毎回こう思えるほどの歌を歌えるようになりたいです。
音楽のことをこのテーマでしゃべることは当日までものすごく抵抗があって、(それはまだ霊界に戻って「良く頑張りましたね」と言ってもらえる気がしないからなのですが)でも、間違いなく私が霊性を発揮する場は歌の中なのだと思います。言えてよかったです。

むつかしいテーマでした。自分がいかに自分のやりたいことだけをしながら生きてきたか、、と謎に反省していました。


一月、三月の定例会もとっても楽しみです!

29/11/2016(火) 19:14:47

No.15391  kanda
Re: 定例会 引用
定例会お疲れ様でした。
私も考えていました。

何かを頼まれたとき、"快く"引き受ける自分。相手が喜んでくれるのならばという気持ちで何かをすること。
とっさのときに考える暇なく行動に出られたとき。
自分で褒めたいという気持ちです。

今までの経験は良いも悪いもたくさんあって、恥ずかしくて隠れたかったことも糧となっているんだなあと。人の気持ちに共感できる幅が広がっていることも嬉しい。
過去の負と思っていたことが良に思えるようになったことも嬉しい。
なんとも抽象的ですけれど。

29/11/2016(火) 21:42:53

No.15392  あきえ
Re: 定例会 引用
定例会、ありがとうございました。

定例会の時までは、霊性を発揮したことなんて、いくら考えても本当に何もないと思っていました。
人の役に立って嬉しかったこと、思い出しました。

6年前のことになりますが、75歳の時に肺がんの手術をした叔父がいました。
叔父が亡くなる前の年の夏に帰郷した時、叔父の家に寄りました。
元気がなくて、従妹が、数日前からご飯が食べれないのだと言うので、私は、飯沼さんの事を話して、直ぐに電話をさせてもらいました。
姉の家に行って、夕方帰る時にもう一度叔父の家に行くと、ニコニコ顔でご飯が食べれたと喜んでいました。

叔父は、その年の暮れに坐骨神経痛がひどくなって飯沼さんに電話をして、自分の人生で選択してきたことが間違っていたのではないかというような話をして「飯沼先生に、それで良かったのですよと言ってもらって本当に安心して涙が出た。その後、足の痛みが消えていた。」と喜んでいました。
それを聞いて、はじめて叔父の心に長い間抱き続けていた辛さを思いました。

それからお見舞いに行くたびに私と姉に辛かった自分の生い立ちを、息の苦しい中、ゆっくりではあるけれど、重荷を吐き出すように話をしてくれました。私は叔父の心が解放されると良いなあと思いながら時間をかけて聞きました。従妹はそんな話は一度も聞いたことはないそうです。

翌年の5月の末に、飯沼さん、さきさんに松山まで叔父の直接ヒーリングに来ていただきました。
飯沼さんに「もういつ行ってもいいですよ。でも娘さんのためにもう少し頑張りましょうか。」と言ってもらって安心したようでした。
従妹が言うにはその後は、まるで仏様のような良い顔をしていて驚いたそうです。
その10日後、叔父は86歳で、穏やかにこの地上人生を終えました。

飯沼さんのおかげで、叔父は辛かった人生の重荷を下ろすことができ、「良かったのですよ」と言ってもらって、どれだけ癒され安堵したことかと思います。

飯沼さんに出会わせてあげられたこと。私のしたことはこれだけですが、叔父への最高のプレゼントになったと嬉しく思っています。叔父の役に立てたことは間違いないと思います。そして、そのことは叔父の喜びでもあったはずだし、私の喜びでもありました。

29/11/2016(火) 22:21:30

No.15393  なみ
Re: 定例会 引用
定例会ありがとうございました。

『今まで自分が最も霊性を発揮したと思うこと』と言われて、考えても霊性という言葉に当てはまるようなことは思い浮かびませんでした。
そして、やっと思い浮かんだ話は、私が小学生の頃の話で、定例会ではそのことを話させてもらいました。

1つは低学年の頃、障がいのある男の子がいじめられていて、かわいそうだなと思って一緒に学校から帰っていました。すると、同じように私もからかわれたりしたのですが、でも何を言われても毎日一緒に帰っていた話で、もう一つは高学年になってから、同じように障がいのある女の子がみんなからいじめられていて、何とかしたくて友達を五、六人集めて、一緒にその子の家に遊びに行きました。そうしたら、その子のお母さんがおやつを持ってきてくれて、そのときに涙を流したので驚きました。お母さんの辛さが伝わってきて、その子だけじゃなく、お母さんも喜んでくれて、嬉しかったという話です。

でも、今の自分はそうじゃないな、あの頃のように行動に移せる人になりたいなという思いがあって、やっぱり今の自分を喜べてないなあと思いました。

帰って改めて、今の自分を考えてみました。

許しがたい人、理不尽なこと、つらいこと、苦しいことなど、いろんな角度から物事を大きく見られるようになったような気がします。
そして、許しがたい人にも、その人のためにエネルギーを送ったり、体調の悪い人など、少しでもよくなるように祈ったり、エネルギーを送らせてもらったり、そうできている自分、また家族の中でもしんどいことがいろいろとありますが、でもやっぱりこの家族の一員でよかったと思える自分、みんなが幸せにと思える自分、そんな自分を喜んでいきたいと思いました。

29/11/2016(火) 22:48:05

No.15394  和也&久美
Re: 定例会 引用
先日の定例会では、ありがとうございました。

私の場合、特別に何か霊性を発揮したと思えるようなこともあまりないのですが、中学生の頃からずっと続けていることがあります。
それは、「生命は小さなものでも大切にしよう」というものです。
例えば、溺れそうになっている虫を見たら掬って助けるとか、ひっくり返って起き上がれない虫がいたら起こすとか。
家の中に虫がいたら、食べ物がなくて飢え死にしたり、踏まれたり潰されたりなどで事故死したりしないように、ゴキブリやハエ、蚊などの害虫も含めて、捕まえて家の外に出しています。(ゴキブリなどは、そのまま家の中に居られると困るということもあります。)
その他では、なかなか徹底はできませんが、職場周辺の歩道は蟻が多いので、蟻を踏まないように歩くとか。

どんな小さな虫でも、その行動を見ていると「生きていたい」という叫びが聞こえるような気がします。
しっかり虫に意識を向けると、いつもそう感じます。
「生きていたい」と叫んでいる虫をCENSOREDことなどとてもできないと感じます。

中学生のある日を境に、その日に特に何かあった訳ではありませんが、「今日から殺さないようにしよう」とその日に心に決めて、それ以来、誤って死なせてしまうことは時々ありますが、意図的には殺さないようにしています。
虫を助ける機会がどうしても多くなるので、例として虫を挙げましたが、より魂が進化している動物たちであれば、なおさら命を救いたいと思います。
取るに足らないようなことですが、こうすることで虫や動物たちがほんの少しでも生きる時間を延ばすことができているなら、私がこの地上界に生を受けたことも無駄ではなかったのかな、少しは貢献できているのかなとも思ったりもします。

                 和也
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

定例会では、色々ありがとうございました。
ずっと昔から心につかえていたことが、皆さんに助言してもらって楽になりました。
本当にありがとうございました。

私が定例会でお話したことは父のことでしたが、たくさんの人に支えてもらい、自分でも頑張ったのかなぁという喜びはありました。
ですが、自分の至らない所にどうしても目がいってしまい、自分を喜べない自分がいて・・・。
でも、喜びを表現することはとても大事なんだと思いました。

定例会でも少しお話しましたが、私の父のことについてお話したいと思います。
私の父は6月の始めに末期癌と診断されました。
父は母と姉と3人で暮らしていましたが、母も姉も病気があり、家族の事情からヘルパーさんに来てもらうことができない状況だったので、私が主になって父を支えていくことになりました。
父が病気になったことで、家族はかなりナーバスになって不安定になり、その不安を私にぶつけることで心のバランスをとっているようでした。
私は家族の言動に腹を立てながらも、家族に対する不安や怖さから緊張し過ぎて、ドキドキしてあまり良く眠れない日が続きました。

それでも父を病院に連れて行かなければと頑張ったのですが、とにかく慣れない事ばかりの連続で不安に押しつぶされそうになったりしました。
でも、そんな時はいつも飯沼さんや病院のスタッフの方たちや患者さんたちまで声をかけてくださったり、助けてくださったりしました。
何気ない皆さんの言葉や優しさにどれほど救われたか分かりません。
本当に心からの言葉だったり、笑顔だったり・・・。
父の闘病を支えることはやはり大変なことの連続でしたが、私も多くの方に支えられ癒されていたように思います。

父は病気になってから、なかなか出来ないような無理な要求が増えていきました。
私は父の言動に腹を立てたりしましたが、飯沼さんから「お父さんは、ずっと甘えられない人生を歩んで来た人だから、甘えたい気持ちが抑えられなくなっているのでしょう。」と言われ、胸がいっぱいになりました。
それからは、父が少しでも喜んで楽になってくれるように、甘えられるようにと私に出来る限りのことを精一杯しました。
父は自分の思い通りならない時はキレたりしましたが、私の不器用ながらも必死に頑張っている姿に何かを感じてくれたのか、少し笑顔になったりしました。
そして、母も姉も何かを感じてくれたのか、父の闘病生活を少しずつ支えてくれるようになりました。

そうしているうちに、8月頃から父は腹水が溜まらなくなって来て、食欲も出てきました。(父は原発不明癌という癌で、癌による痛みは最初からありませんでした)
父は食べることを生き甲斐にしているような人だったので、癌になってからは「何を食べても美味しくないし、食べられない。」と何度も私に訴えていました。
なので、父は食べ物を美味しいと感じられるようになって来た事をとても喜んでいました。
私も父の嬉しそうにしている姿がとても嬉しかったです。

父は10月に他界したのですが、その顔は笑っているようで、亡くなってから一日経っても死後硬直があまりないように感じられました。
私自身も病気を持っているので健康な人のようには動けませんでしたが、父をこのように霊界に送り出せたのは奇跡のようにありがたかったです。
飯沼さんやさきさんや夫やたくさんの方たちに支えてもらったお陰だと思います。
本当に本当にありがとうございました。

                 久美

29/11/2016(火) 23:39:37

No.15395  きんもくせい
Re: 定例会 引用
書き込み遅くなりました。
定例会ありがとうございました。

私は霊性と言ってもなぁ〜〜と思いながら、とりあえず自分が頑張ったことをお話させていただきました。

十数年前に、父が脳梗塞で倒れ、母も同じ日に胆管炎の発作で入院しました。
何が何だか分からず、その時は、とにかく私が何とか二人を支えようと覚悟しましたが、幸い、父は最低でも車椅子と言われたわりに見る見る回復し、母の病室を自力で見舞える程になりました。
その後、間も無く、父は二度、脳梗塞になったのですが、
二回目の時は、死を覚悟するよう家族に通達され、三か月の入院後、引き続きリハビリ病院に三か月入院し、杖も必要とせず、とろみをつければ食事もできるようになりました。
三回めは流石に胃瘻になってしまいましたが、今では胃瘻も取れて自立ができています。
脳の写真からは、寝たきりの人の状態だそうで、奇跡の人と言われ続けています。
この間、私は、父に出来ることは全てやったと思っています。
自分の父なのだから当たり前なのですが、
実は、私は、子どもの頃から父との関係はあまり良くなく、父と関わることが、とても苦手だったのです。
でも、あの父が弱っている、苦しんでいる、自由の利かない何もできなくなってしまった自分に苛立っている。
その苛立ちをスタッフさんや家族に向ける。
私はどんな父でもいいから、とにかく少しでも良くなるよう、父が喜べるよう、できることを何でもしたいと思いました。
話せるようになってからは、父が頑張ってた仕事の話を聞き出して、労ったり感心したり、病院に少しでも長く居て、父にあらゆる刺激を与えたいと思いました。
肺炎にならないよう、口腔内のケアも丁寧にしました。
最初は嫌がる父も気持ちいいと思うようになったのか、私のケアを素直に受け入れてくれるようになりました。
父への治療法もインターネットで調べながら、先生にもうるさく思われたかもしれないのですが、少しでも父に負担のない最善の方法を相談させてもらいました。
リハビリ病院で、スタッフさんに失礼なことを言う父に、いかに父にとって、このリハビリが良いことかを分かってもらえるよう話をしたり、スタッフの方々には、父のことを分かっていただけるよう、あれこれ話をしました。
暴力的な人はリハビリ病院には居させてもらえない為、何とか何とか
間に入って、父も、次第に、スタッフさん達と素直に接っするようになっていきました。
夜中、父が落ち着いたのを見届けて、そっと、おやすみね。また明日来るからね。と言うと、
父が、たどたどしく、ありがとう。と一言。
あの、恐ろしくて意固地で素直でない父の、その言葉に私はこみ上げました。嬉しかったです。
どんな父でも父は父。
体力のない母に代わって私が支えないとと思うと、不思議と、どれほど忙しくても力が湧いてくるような感じでした。

母も父にいろいろな気持ちがあり、当初は父のオムツを替えるのを嫌がりました。
そんな父と母の関係も悲しくて辛かったのですが、私は母の気持ちを受け止め、少しでも残りの人生、父と喜びを感じて生きていってほしいと、
二人の間にも入って、自分のできることをしてきたつもりです。

父にも母にも苛立つこともありましたが、その苛立ちは、二人が向き合って喜びを積み重ねて欲しかったからに他ならず、
その気持ちを二人に伝えられた時は、妙にスキッとした気持ちになったりもしました。
父が少しでも元気になることは、父の喜びでもあり、母の喜びでもある。
そして、二人が喜ぶことが、私の幼い頃からの願いであり、喜びでした。

まあ、親が病になれば当たり前のことをしただけなのたと思いますが、
向き合いにくかった父と過ごしたあの時間があったおかげで、子どもの頃から引っかかっていた父への想いは断ち切られた気がしています。

その代わり、その間、子供たちと過ごす時間が殆ど無かったのですが、
去年、結婚した娘たちが、朝方に病院から帰ってきたママが美味しい?朝練のお弁当を作っておいてくれてありがとう。と言ってくれたので、それはやってたんだ。と改めて知りました。

ということで、私が頑張ったことでした。
そんな自分を喜ぼうと思います。

30/11/2016(水) 20:27:24


No.15376 飯沼正晴  E-mail
★2016年11月定例会に向けてのメッセージ 引用

★2016年11月定例会に向けてのメッセージ


皆さん、こんにちは。
克子です。

この数十年間、日本という国は比較的平穏だったといえるでしょう。
もちろん全ての人がそうであったわけではなく、苦しい状況の中でもがき苦しみながら生きている人たちが少ないわけではありません。
しかし、ほとんどの人は戦争中や戦後の混乱期に比べれば平穏な人生を歩んできています。

(戦前・戦中は言うまでもなく、戦後復興の陰にも近隣国の人々の多大なる犠牲がありました。その後の経済発展も、自国・他国の弱い立場の人々を搾取しながらのものであったことは紛れもない事実です。搾取という言葉に違和感を持つ人がいるかもしれませんが、与えあい・分かちあいではなく競争の中での利益追求の経済活動は、構造的に搾取を伴います=補足は飯沼)

とはいえ、多くの人たちにとってはそれなりに豊かで平穏な社会において、皆さんがたはどのように自分の霊性を発揮・進化させてきたのでしょうか?

戦争や混乱の激動期においては、人々は今日を生きるために必死にならざるを得ません。
そういう状況では“我よし”が強まることも多いのですが、その一方では自らの霊性を発揮する機会も日常的にあるものです。
自分の保持という地上的大命題の中、自分自身も大変な中で、自分よりも苦しい状況におかれている人に対して、やむにやまれぬ思いで霊としての意識を言動で表現してきた人も少なくありません。
戦場においては自分の地上生命を投げ打って、戦友を助けた人もいます。
そうできなかった自分に激しく心を動かした人はもっと多いのです。
(つまり、ぬるま湯に浸かったままで、取るに足りないことに心の多くを使える状況ではなかったということです)

厳しい状況が霊性の発揮・進化を含めた人間力を鍛えるものであるとしても、もちろん私は戦争や混乱を賛美しているわけではありません。

さまざまに苦しさはあるにせよ、大方においてはそういう時代よりもはるかに恵まれた時代にあって、皆さんがたはどのように自分の霊性を発揮・進化させてきたのかについて、意識も思いもめぐらせていただきたいのです。

(個人差はあっても)それなりに豊かで平穏な日々に慣れきって、自らの霊性を発揮することもなく、安穏(あんのん)と昨日と同じ今日、今まで通りの人生に埋没してはいないでしょうか?

誤解しないでいただきたいのですが、皆さんが混乱の中での人生を送ることを願っているわけではありません。
(それが叶うかどうかは別にして)やはり私どもは地上の人間が平和と豊かさの中で霊性を発揮しながら進化の道を歩み続けていただきたいと願っているのです。
自分を役立たせる喜びの中で、豊かな人間力を鍛えていただきたいのです。

しかし安定や物的豊かさに埋没しきって、霊として怠惰な日常が当たり前になってしまっている人たちがあまりにも多すぎます。
生命の源・生命そのものである霊性の輝きを発揮しながら日々を生きている人があまりにも少ないのです。

物的・世間的にはどうであれ、霊としては貧相でみすぼらしい有様を呈して日々を生きている人が多いということです。
(だからといって、そういう自分を卑下・否定しては、さらに自分を貧相でみすぼらしくしてしまいます。開き直ってみせても、貧相でみすぼらしい自分にみっともなさを付け加えるだけのことです。「もしかしたら自分はそうかもしれない」と思い当たる人は、あれこれ心の小細工をするよりも、何かきっぱりと(貢献の)行動をしてみることです)

しかしここに集う人たちは、実は豊かな霊性を発揮しながら生きているにもかかわらず、そのことを自分では意識することができず、自分を喜べていない人が多いのです。


今回は、「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」ということをテーマといたします。

霊性とは愛であり、許しであり、真理の希求です。
誰かのために自分を役立てること、役立てようとすることです。


(今回の定例会で)まずは、今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について、それぞれが話すところから始めましょう。
話せる範囲で構いませんし、大きなことでなくても構いません。
地上的には些細なことでも、豊かな霊性に根差した言動はいくらでもあります。
ほとんど全ての場合において、地上の人間が完璧に霊性を表現できることはないので、どんなことにも不十分さが含まれているのですが、それでよろしいのです。

できていない自分や不十分な自分を否定してもどうにもなりません。
小さな喜びを目いっぱい喜んでこそ、喜びは連鎖して大きくなっていくのです。
今の地上界の閉塞状況の中で、多少なりとも霊性を発揮しながら生きている自分を喜んでこそ自分の人生を喜べるのですし、霊性はさらに大きく発揮されていくのです。(地上的な喜びも実際化していくのです。)

大事なことは、現状に留まろうとしないこと、留まるためにエネルギーを使わないことです。(現状の否定はさらに喜びに逆行するのです)

「喜びの進化、進化の喜び」こそが宇宙の絶対命題です。
それにどの程度共鳴できるかによって、地上人生の日々の現実も大きく変わるのです。

あまり難しく考えずに、「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」という意識(エネルギー)をおおらかに解放しましょう。

23/11/2016(水) 13:54:08


No.15377  飯沼正晴 E-mail
Re: ★2016年11月定例会に向けてのメッセージ 引用
・今回の定例会の前半は、参加の皆さんに数分間ずつ話していただきます。
「今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について」と言われても分かりにくいかもしれませんが、そのことについて意識をめぐらせることにも意味があるようです。

・全く思い当たらない人は、いずれ霊界に戻った時に指導霊さんたちに褒めてもらえる(かもしれない)と思うことは何一つありませんか?
どんな人でもそんなはずはありません。
もしも本当にそうであれば、それは大変なことです。
なぜなら私たちはいずれ地上を離れて、「霊性の発揮」というキーで自分の地上人生を自ら振り返るのですから。
その時に「分かりません」「何もありません」ではあまりにも寂しく、みじめです。
地上を離れてからそういう思いをしないためにも、この機会に「自分が生きているこの地上人生において、自分の霊性を十分に発揮していく。そしてそういう自分を喜んでいく」という意識(エネルギー)をおおらかに解放しましょう。(もちろん、その手助けはさせていただくつもりです。)

・今回は予告していた内容と少し変わっているので、早めに定例会に向けてのメッセージを掲載します。
提示されたことについて、じっくりと思いをめぐらせてください。

・ヒーリングの実習では、潜在意識の大元である「霊としての意識・魂の意識」にアクセスしてそれを活性化し、肉体や精神や言動に喜びとして表現できるようにエネルギーを通し合います。(先日お伝えしたことのメモも持ってきてくださいね)

23/11/2016(水) 13:56:54

No.15378  ぽんた
Re: ★2016年11月定例会に向けてのメッセージ 引用
いつも受信のアップをありがとうございます。

「今までの自分が最も霊性を発揮したと思うこと(事柄)について」
考えたことありませんでしたが、思いついたことです。

子供の頃から、45年に渡って、片時も離れず共に歩いてきた友がいます。
彼女は、若い頃から心身ともに常に強い痛みに耐える人生を送ってきました。いろいろありました。私がいなかったら今まで生きてこられなかったと笑って言ってくれます。そう言ってくれることが、いつしか私には自分が生きる支えとなっていました。そして彼女の芯の強さを心から尊敬しています。たぶんこれからも共に生きていくのだろうと思います。

このことは、神様の前でも胸を張って語ることができる数少ないことのひとつです。というか他は思いつきませんでした‥‥

例えばその友やそういう人たちを、本当に癒せる(痛みをなくせるとか)ような人に自分もなれるのでしょうか? そうなれたらどんなに素晴らしいでしょう。正直まだ信じられないのですが、でも、私のような者でもそういう人になれるのであればなりたい、ここに集うみなさんといっしょに。

定例会に参加できないこと、残念です。ご成功と成果を確信しています。
前回のようにまたまたみなさんのご様子をこの場でお聞かせください。
よろしくお願いします、楽しみにしています。

25/11/2016(金) 10:52:59


No.15367 飯沼正晴  E-mail
☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
       
☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆

            ――  霊界の克との対話  ――



飯沼)こんにちは。
いつもお世話になっております。

克子)はい、こんにちは。
こちらこそ、お世話になっています(笑)


飯)さて、今回は特に何ということもなくこの受信を始めようとしているのだが、とりあえずこちらからは何も浮かばない。

ヒーリングの働きやヒーリングの力の一般化に関してはあと一歩で大きく形にできるところに来ているように思う。
仲間たちの反応はよく分からないのだが、自分としてははっきりとした手応えがある。

それを形にしていくには、仲間たちの共鳴のエネルギーが不可欠であると思い、そのことを繰り返し伝えてきた。
それに対してどの程度の意志や意欲で呼応してもらえているのかはよく分からない部分もある。
それぞれに生活もあるわけだし、その人としての今の状況や気持ちもあるのだから、それぞれの温度差についてどうこう言う気もない。

僕としては、こういう壮大なテーマにおいてここまで来られたことが奇跡でもあるし、それはやはり仲間たちとの共鳴があったからだと思っている。


克)はい、まさにその通りだと思います。

現状を見れば、共鳴が大きなウエーブとなって壁を打ち破るほどに高まっている状態ではありませんが、それでもすでにヒーリングの力を発揮している人も幾人もいます。
それを自分で認識できている人もいれば、自分ではほとんど認識できない中でありのままの心で、関わっている人の体を治し、心を癒している人もいるのです。

中には停滞や後退の傾向にある仲間もいますが、今のあなたは多少の寂しさは感じながらも根っこのところでは仲間を信じているのですから、それでよろしいのです。


飯)はい、僕もそう思っていますよ。
共鳴のエネルギーなんて、言われて高まるものじゃないし、自由意志の発現として共鳴してこそ力になると思っている。

そもそも僕らが目指してきたことは、自分たちの実力からすればまさに荒唐無稽なほどに壮大なものだ。
さまざまな理由でそれぞれの人が尻込みしたくなるのは無理もないというか、そういう感じは僕にもあったからよく分かる。

僕としては、ここまで来られたこと自体がすごいことだと思っている。

喩えて言えば、野越え山越えしながら、大群の敵の本陣が視界に入り、弓矢が届く地点までようやくたどり着いたようなものだ。
ここまで共に来た仲間たちそれぞれが、相手の巨大な力(エネルギー)を理屈抜きに肌で感じる地点だ。
それぞれがどう認識するかは別にして、それぞれがある種の“付いて行けなさ”というか、さまざまに躊躇や後戻りの思いが浮き上がることは当然あるだろうと思う。

しかし、陣形とすればこれで十分だ。
僕はここまで共に進んできてくれた仲間に感謝こそすれ、もうこれ以上に叱咤激励するつもりはない。
何ら圧力をかけるつもりもない。

機を見て僕自身が相手の本陣に挑みかかるだけのことだし、それはまさに今だと思っている。
そして、仲間の皆がその気になって相手の本陣に切り込むまでの間、僕はそれなりの戦果を挙げながら持ちこたえることができると思っている。
まあ、そうできなければそれはまたその時のことだ。
たかが地上人生なのだし、十分に楽しい舞台だったのだから。

相手は実に強大ではあるが、言うまでもなく僕らはそれを敵として殲滅する戦いをしているのではない。
いわば「敵を味方に」という戦略戦術でやってきたつもりだ。
というよりも敵なんていないのだ。

地上的価値観や地上的法則を越えて、それによって今までや今よりもはるかに豊かな地上の喜びを招き入れようとしているのだ。
肉体を含む物質やその象徴としての金銭などに縛られている自分を解放し、今よりもはるかに高次の方程式によって地上の喜びを容易くストレートに実現しようとしているのだから。

囚われや執着を解消すれば、ほとんど自動的にその方程式が有効になって、健やかな喜びは地上に顕現される。
それが初めの初めからのシナリオであるわけだし、それが地上人類の霊性進化だ。

そういう進化に対する抵抗勢力は自分も含めて皆の中にもあるわけだし、その意味でも敵などいない。
進化の喜びのみだ。
しかも、大霊団の支援の中でのことでもあるのだから、負けることなどあり得ない。
初めの初めから大いなるシナリオによって、私たち人間がそういう進化を遂げることは決まっているのだ。
もしも自分の代でそれがほとんど形にできなくても、必ず次は準備されているのだし、ここまで来たら楽しく自分らしくこの舞台を演じきるだけだと思っている。

いつだったかお前から「あなたやさきさんがスローダウンするのではなく」と言われたことの意味がようやく分かったような気がするよ。

つい先日、さきさんに「誰がどうであっても、ここまで来たら僕は突き進んでいく。仲間の意志や意欲が揃うのを待ちもしないし、動きの鈍い仲間の愚痴も言わない。ここまで一緒に進んできてくれたことそのものに感謝しているのだから、自分一人ででも戦線を切り拓いてみせる。さきさんという最高の同志・相棒にも恵まれているのだし」という話をした。

その翌日、仲間の一人がすでにその人の現場で目覚ましいヒーリングの実績を上げていることを知り、嬉しくて涙も出たし、計らいというものも感じた。


克)意気軒昂でよろしいと思いますよ。

ただ、あなたがどうしても必要だと感じたことについては、やはり注意を促してあげた方がその人のためだとは思いますが。
摂理に基づくいくつかのラインを認識できている人間には、今という一点に含まれているさまざまな展開、つまり将来のことがある程度は分かってしまうものなのです。
時間の制約を超えて、先のことが分かってしまう場合があるのです。

もちろん実際の地上での現実化においては他の要素も絡んできますから、必ずそうなるということではありません。
しかし、あなたがその瞬間という一点で感じる(意識の上で見る)ことは、実現する(現実になってしまう)可能性が十分にあるのです。
だからこそあなたは言いたくもないことを言わずにいられなくなるのです。

言ってもアドバイスが受け入れられることは少なく、むしろ気まずい思いをすることの方が多いとしても、やはり伝えてあげることが親切だとは思いますよ。
今のあなたにしてみれば、そういうところにエネルギーを割きたくないという思いもあり、それも分からないわけではありませんが、見えているのに言わないことであなた自身が後悔するのではないでしょうか?

地上人生にはそれぞれのシナリオがあり、それは一本の線のような単純なものではありません。
大いなる神の経綸というシナリオの中で、さらにさまざまなスケールのつながりにおいて、個々の要素がONやOFFになることの中で織りなされていく不思議な布のようなものです。


飯)もっと分かりやすく言えば、複雑な“あみだくじ”のようなものだね。


克)はい。
あなたからの指摘や注意喚起を不快に感じた人の中にも、ON・OFFの選択実行がいくらか変わったことで大難を回避できたり、大難を小難にできた人も少なくないのです。(当の本人は分かっていなくてもです)

今回の地上人生でONにすべきものをどこでONにするか、OFFにすべきものを地上人生のどこでOFFにするかによって、もたらされる現実は大きく変わってきます。
健やかな喜びを手にできるかどうか、あるいは待ち受けている大難を小難に、さらにかすかな痕跡のような“型”にできるかどうかです。
未来に起きるはずだったことの“痕跡”という言葉は地上的にはおかしいと思うかもしれませんが、時間の制約を外して言えばそういう言葉になります。


飯)はい、言われていることの意味は分かりますよ。
しかし、同じことを繰り返していても仕方がないし、何かあったとしてもその時その時で対応していけばいいことのようにも思う。
まあ、そのあたりのことはケース バイ ケースでやっていきます。


克)はい。
地上界はこれからますます大きな試練の時期に入っていきます。
もちろん個々人においては、潜在意識のベースを健やかな喜びに書き換えていけばいくほど、ますます良くなっていくのも確かです。
しかし、潜在意識の書き換えができない人やなかなか進まない人は、地球総体の喜びへの進化の流れとの摩擦が大きくなることで、今まで以上の苦しさや思いもよらなかった苦しさを味わうことが増えていくでしょう。

今まで共に進んできた仲間の皆さんが自分自身の喜びの中で進化の喜びを大きく共鳴させることによって、周囲の人たち・全ての人たちに作用するエネルギー的拠点を作り上げてくださることを願っています。


飯)はいよ。
きっとそうなるから大丈夫ですよ(笑)

僕としては、その人の潜在意識の元の健やかな喜びにつながって、その健やかな喜びをその人の現状に表現させるヒーリング方法を確立して、早く仲間たちに伝授したいと思っているのだが、もう少し時間を要するのかもしれない。

しばらく前から認知症(判定に疑問はあるが、要介護5)の人にもそのエネルギーを送っている。
すると、その人はもう何年間もオムツに排泄していたのだが、そのエネルギーを送った翌日からトイレで排便するようになった。
その後も今のところずっとトイレでの排便が続いている。
他の面においてもさまざまに改善が見られ、元気・活気が出てきたようだ。
まだまだ改善・回復の途中ではあるが、とても分かりやすくしかも劇的改善だと思う。

その人の場合は顕在意識のところではトイレで排便しようという意志はない。
(あまり詳しくは書かないが、依存傾向が強いようだ)
顕在意識はまだそういう状態なのに、便座に座らせると(反射的に)排便するそうだ。
本人が「あれ?」と言ったりもするらしい。

これは、「便座に座る→排便する」ということがかつての習慣として潜在意識に刷り込まれているので、ヒーリングエネルギーによって潜在意識の元の健やかさが活性化して、同時に潜在意識の澱がいくらか解消されたことで、潜在意識に保存されている「便座に座る→排便する」という≪情報≫が現実化したのではないかと思う。

さらに潜在意識の大元につながり、その健やかな喜びをその人の現状に表現させるエネルギー的コツをつかめば、もっともっと改善・回復していくだろう。

しかし、「認知症は治ることはない」という世間一般の意識(潜在意識も顕在意識も)が強固なバリアを築いているのも確かだ。
それに影響されずに、対象者の潜在意識の健やかな喜びを復元するには、僕自身がもっともっと確かに潜在意識を書き換えることと、やはり仲間たちの共鳴が必要なのだと思う。
それさえできれば必ずもっともっと劇的な治癒や改善が増えていくだろうし、それが増えるにつれてバリアは崩壊していくだろう。
つまり、劇的治癒や改善が当たり前のようになるのだ。

もちろん肉体の病や精神の病についても原理は全く同じだ。
それらについても嬉しい報告が入っている。


9月の「天地悠々」の後記雑記にも書いたが、マウスの皮膚にガンを移植して、ガンの表面に光に反応して発熱する薬品を塗り、そこに近赤外線を当てる。
それによってガンは1〜2日で消滅するのだそうだ。
ガン細胞は免疫活動から自身を守るバリアを張っているが、そのバリアが崩壊して免疫活動が活性化すれば、ガンはすぐさま消滅するのだ。
体内に転移した同種のガンも同時に消滅するそうだ。
マウスの実験では末期状態のガンであっても1〜2日で消滅してしまうのだそうだ。

これはマウスの実験だが、人間にも同様の免疫力が備わっているのだと思う。
そしてガンに限らず、どんな病気でもほとんど瞬時に治してしまう力が人体にも備わっているのだろう。
そういう奇跡的な治癒や改善は僕も何度も経験してきた。

免疫力(かげりを越えた健やかさの回復力)を阻むことなく活性化させれば、あらゆる病は劇的に治癒するのだし、それ以前に病に罹ること自体がほとんどなくなっていくのだと思う。

そういう奇跡の力のカギを握っているのは、やはり潜在意識であるはずだ。

大元の健やかな喜びを潜在意識のベースにすることができれば、実はいとも簡単にそうなるのだと思う。
病の治癒だけでなく、人間関係や社会やあらゆる不調和が皆の喜びに調和されていくはずだ。
それは「地上天国」と言うにふさわしい地上界に変貌することでもあるし、地上人類の霊性進化そのものだ。


克)はい。
ここしばらくの間で、あなたは大きく変化・成長しましたね。
その調子でもっともっと大きく喜びを膨らませ、さらなる喜びに満たされていけばよろしいのですよ。

あなたが今、使いこなそうとしているヒーリングエネルギー・ヒーリング方法は、またどこかに籠ってでもさらに力強く確立していただきたいものです。
年末が近くなり、あなたもいろいろと予定があるようですが、その合間を縫ってでも、日常を離れてヒーリング三昧の数日間を過ごすことをお勧めします。

あなたがそれを確立してこそ、仲間の皆さん方の意欲も高まるというものです。
あなたも承知しているように、一人や二人のパワーでは人類史規模でのバリアを打破することはできないでしょう。
しかし、誰かがそのバリアに負けぬだけの力を獲得し、誰の目にも明らかな成果を勝ち取ってこそ、人は動けるのです。

あなたの場合は、自分が特別な人になるのではなく、自分に金銭や名声を集めるためにでもなく、ひたすら真理・真実を広く一般化するために、そして皆がその恩恵に浴し、皆が幸せを実感して地上を生きていくことができるようにと、ただただその願いだけです。

その意味では仲間たちだけでなく、全ての人の魂の意識とつながっているとも言えるのです。
そのことに自信と誇りを持って、強大なるかげりのバリア、強大なる固定観念のバリアをものともせずに突き進み、かげりや歪みに覆われている病める人・悩める人の潜在意識の大元につながってそれを解放し、その人の現状に健やかな喜びを現実として表現できる道筋を切り拓くのです。
その人の潜在意識を喜びベースに書き換えて、瞬時にそれを現実化させるのです。
地上的な形にするのです。

それには決死隊に志願して任務をやり遂げるような、意志と意欲と覚悟が不可欠です。
あえて言えば、今のあなたに与えられている喜びはそのためのものでもあるのです。

何を幸せだと思うかは人それぞれですし、今回の人生における幸せの形も人それぞれです。
しかし、今の自分が幸せであれば、皆も同じように幸せであってほしいと願い、喜びをさらに広げていきたいあなたです。
だからこそその足場として、今の幸せがもたらされているとも言えるのです。
分かりますね?


飯)もちろん分かりますよ。
しかし、今日は激しく焚き付けられるんだなぁ(笑)
まあ、今まで仲間に対して「本気の本気になれ」って言い続けてきたから、今度は僕が言われる番なんだね。

僕も今のヒーリングエネルギーについてはもっともっと確かなものにしたいと思っている。
つい先日、さきさんといろいろ話して、ようやく自分の中で明確になりかけた段階だからね。

潜在意識の大元(魂の意識)につながって活性化し、それを肉体や顕在意識・精神・言動に表現させるというのは、実はスピリチュアルヒーリングそのものだ。
しかし、霊的エネルギーの通路となってのスピリチュアルヒーリングは、やはり個々人の資質(得手不得手)に左右されるところが大きい。

潜在意識の書き換えや大元の潜在意識を活性化してそれを現実に表現させるヒーリングは、やる気になれば誰にでもできる。
早くしっかりと確立したいと思っていますよ。

でも年内はいろいろ予定があって、どこかに籠る気にならないんだけどな・・・。
日常を離れて一人になることで集中できるのは確かだけど、今の時期は逆に落ち着かなくて中途半端になってしまいそうな気がするし・・・。

優柔不断で申し訳ないけど、まあ考えてみますよ。


克)はい、もちろんあなたが決めればよろしいのです。
もしも年内は無理だということになっても、これだけ言えば日常の中でも今までとは格段に違う意識で切り拓こうとするでしょうし。


飯)あ、そういうことも含めての叱咤激励なんだね・・・。
まあ、叱咤はされていないようだけど(笑)

それと話が戻るけど、
>あなたの場合は、自分が特別な人になるのではなく、自分に金銭や名声を集めるためにでもなく、ひたすら真理・真実を広く一般化するために、そして皆がその恩恵に浴し、皆が幸せを実感して地上を生きていくことができるようにと、ただただその願いだけです。<

ということについては、僕は自分が特別な人間になりたいとは全く思わないし、自分に金銭や名声を集めたいとも思わない。
だけど、真理・真実を広く一般化するために、そして皆がその恩恵に浴し、皆が幸せを実感して地上を生きていくことができるようにという願いを実現するためには、やはり金銭は必要だし、影響力を行使できる名声もあった方が都合がいいのも確かだ。
そういうことも含めて、自分の中にある地上的なことへの制限も解除していきたいと思っている。


克)はい、それでよろしいのですよ。
あらゆる制限や制約を解除しながら、地上的喜びの中であなたの地上人生の目的・使命を完遂してくださいね。
それが必ず皆の喜びになるのですから。


飯)分かりました。
いつもありがとう。


克)いいえ、どういたしまして。
地上に残って働きを続けているあなたの方がご苦労が多いのですよ。
もうしばらくはそちらで頑張ってくださいね。


飯)はいよ、そのつもりです。
地上に生きていることも悪くないなと、この歳になって思うようになった。
地上に生きることも喜び、霊界に戻ることも喜びで、ほんとに幸せだと思いますよ。
それじゃ、また。

(2016・11・18)

19/11/2016(土) 11:46:08


No.15368  さき
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
ぬまさん、受信ありがとうございます。
愛は時空を、アップしたよ、という携帯メールをもらってパソコンのスイッチを入れて、読みながら号泣しそうになりました。

>陣形とすればこれで十分だ。
僕はここまで共に進んできてくれた仲間に感謝こそすれ、もうこれ以上に叱咤激励するつもりはない。
何ら圧力をかけるつもりもない。

機を見て僕自身が相手の本陣に挑みかかるだけのことだし、それはまさに今だと思っている。
そして、仲間の皆がその気になって相手の本陣に切り込むまでの間、僕はそれなりの戦果を挙げながら持ちこたえることができると思っている。
まあ、そうできなければそれはまたその時のことだ。
たかが地上人生なのだし、十分に楽しい舞台だったのだから。<

激しく揺さぶられて。
感動し、鼓舞されています。
同時に
私は私として為すべきことが残っていると
強烈に感じています
潜在意識を書き換え、私自身のバリアを破ります
進化の喜びを表現し発信し共鳴させていきます

生きることの喜びも生きることの意味も見えなくなって、わからなくなりかけていた時にこの場に出会いました。
自分の思いも意志も越えた強烈な計らいとしか思えない出来事が連続して、無理やりこの場に引っ張り込まれたと(当時)思いました。
それからも様々な要素をオンにしてオフにして、織りなされた自分の今があることを痛感します。
今の自分が好きですし幸せです。
今生の人生の目的、魂の意志を顕現するために、導かれ守られてきたと思います。有り難いのひとことです。

日に日に あらゆる面において
私はますます よくなっている

19/11/2016(土) 14:33:42

No.15369  さいこ
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
ぬまさん、受信ありがとうございます。
私はまだ何となく停滞中で足、腰の痛みはまだ完治してない状況です。
でも、ぬまさん、さきさん仲間の皆さんと一緒に働きを全うしたいと思っています。
まだまだぬまさんの呼び掛けに自信を持って応えられないのですが、でも一緒に頑張りたいです。
宜しくお願いします。

19/11/2016(土) 22:11:07

No.15370  祐造
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。
毎日唱えていますが、そのせいか時々妙にリアルでしんどい夢を見ます。
またこの2週間ほどは、倦怠感・吐き気・下痢など軽い風邪症状がずっと続います。
しんどいながらも仕事には行けているので、「これは好転反応だ!」と決めつけて、前向きです。

>大元の健やかな喜びを潜在意識のベースにすることができれば、実はいとも簡単にそうなるのだと思う。
病の治癒だけでなく、人間関係や社会やあらゆる不調和が皆の喜びに調和されていくはずだ。
それは「地上天国」と言うにふさわしい地上界に変貌することでもあるし、地上人類の霊性進化そのものだ。<

大きな夢が広がります。
今や地球上を覆っている、強いもの勝ちや我よしの澱んで腐った空気を、一気に反転浄化してしまう大きな可能性を感じます。
今は踏みつけにされている、「優しさ・正直さ・思いやり」が本当に輝きを増し、生きる基本になって、相互扶助・共生の世の中になる。
どんな大富豪でも病と死の恐怖からは逃げられずにいるなか、愛情ひとつで病を治していく者たちは、お金の意味さえ変えてしまうことでしょう。

現状はこんな自分ですが、こんな夢のようなプロジェクトに参画できることが嬉しいです。
毎日唱え続けて、潜在意識を書き替えます。
今生では、飯沼さんを孤軍奮闘にはさせませんし、一緒に歩ませていただきます。

20/11/2016(日) 00:32:57

No.15371  のものも
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
定例会参加させていただきますね
〜!
来月も伺う予定だから、今回はどうしようかと思ったのですが、行ける時は必ず行こうと思っています。私の場所だと確かにお金もかかるんですが、別モノなのですよね、参加させていただける事は、ありがたいです。

実は、虫は怖くなくなり、案外可愛いと思うようになってきました。地道にずーっと画像みてやってたので(笑)
さすがに、ゴキブリだけは無理なんですけど。
カエルは全然可愛いと思っていますよ〜。

怖がり屋の私ですが、勢いだけは人一倍あるので、もしバンジージャンプを飛べと言われたら、怖くて出来ないと言いつつ、3分後には飛べるような性格なんです私は。だから、ああ言う実験も、怖いけど触ってみたいんですよねー。

よろしくお願いします!

20/11/2016(日) 09:06:26

No.15372  飯沼正晴 E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
さきさん、さいこさん、祐造さん、のものもさん、書き込みありがとうございます。

とても心強く読ませてもらいましたよ〜。

>生きることの喜びも生きることの意味も見えなくなって、わからなくなりかけていた時にこの場に出会いました。
自分の思いも意志も越えた強烈な計らいとしか思えない出来事が連続して、無理やりこの場に引っ張り込まれたと(当時)思いました。
それからも様々な要素をオンにしてオフにして、織りなされた自分の今があることを痛感します。
今の自分が好きですし幸せです。
今生の人生の目的、魂の意志を顕現するために、導かれ守られてきたと思います。有り難いのひとことです。<

私も同じだったと思います。
生きることの喜びも生きることの意味も見えなくなって、わからなくなりかけていた時にオーリングテストに出会い、その直後からヒーリング能力が発揮され、シルバーバーチや「ひふみ神示」に出会い、克に出会い、彼女が優れた霊能者であることが分かる計らいがありました。

さきさんとの出会いは、克との出会いよりも早かったのですね。

これらすべては私自身が望んだことではなく、全てが導きと計らいそのものでした。

私も、今の自分が好きですし幸せです。
今生の人生の目的、魂の意志を顕現するために、導かれ守られてきたと思います。有り難いのひとことです。


さいこさんも祐造さんも、排出が続いているのでしょうね。
私も特にこの数年間はさまざまな排出の症状を繰り返してきました。
死ぬかと思うほどの劇症の排出もありましたし、1年間以上も膝が腫れてしゃがめない時期が続きました。
それも自分の意識や気持ちがすっきりするにつれて解消して、今は膝も全く違和感なく曲げることができます。

畑仕事で膝を酷使しても何の問題もないのですが、「やらなければいけない」という義務感で何かの作業をした時は少しの間、膝に違和感が残ります。

とりあえずはどういう思い方でも、とにかく喜びにしてしまうことがポイントのようです。
文字通り心から心が喜んでいれば、肉体も喜んで動いてくれるのでしょうね。
以前は年に何度もキックリ腰になってトイレにも長時間かけて這って行ったり、悲惨な格好で有機野菜の配達をしていた自分がウソのようです。

自分が喜んでそこに埋没していくことは世間によくあるスピリチュアル系のお花畑症候群・我よしですが、自分の喜びを(他者や社会に向けても)広げていこうとしてこそ、喜びは進化するのです。
喜びの質も形もさまざまですが、喜びを広げていくことが皆に共通の今生での自分の課題でもあるのでしょうね。


のものもさんが、特に今の時期に遠いところから参加してくれること、とても嬉しいです。

残念ながら寒くなって虫やカエルは見かけなくなってしまいましたが、来年の暖かくなる頃にはもっと大きな変化の喜びを実感していると思いますよ〜!
。。。。。

26日の定例会、普段参加していないが今回は参加の方、普段は参加しているが今回は不参加の方、お知らせいただければありがたいです。
特に2部の懇親会は準備の都合があるので、早めによろしくお願いします。
もちろん当日になっての飛び入り参加も大歓迎です。
(メールで連絡いただいている方への返信ができていませんが、ご容赦くださいね)

21/11/2016(月) 11:18:19

No.15373  ホープ E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
受診有難うございました。

>とりあえずはどういう思い方でも、とにかく喜びにしてしまうことがポイントのようです<

そう思っています。苦しみの中にも喜びを見出してしまう・・もともと全てが”喜び”なのですからそのとおりです。
悠々塾に係らせて頂いてから今日までの様々な出来事や呼びかけを振り返ってみて全てがここに昇華集約されつつあるんだなあ、と何か感無量です。

この壮大な霊的プロジェクトに参加させてもらっている事に誇りと感謝と喜びを感じています。

みんなと一緒に共鳴していきたいと思っています。

定例会に行きたかったのですが、90歳過ぎの神戸の叔母が恐らく最後になるであろう墓参に来ることになり、残念ですが欠席させて頂きます。よろしくお願いいたします。

21/11/2016(月) 16:39:54

No.15374  のり〇ー
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
iPadの充電がなくなったのでここ3.4日見れていませんでした。

変なメールばっか送ってすみません。
祖母が高熱を出したのでまたいろいろありそうです。だいぶ物忘れのひどい祖父には、理解出来るのでしょうか?多分、夜中に何度も祖母を起こすのでしょうね!心配であーしたら?こーしたら?って提案したけど母に嫌やと言われたので任せます。

優しさ、正直さ、思いやリ大好きです(*^^*)

22/11/2016(火) 20:16:37

No.15375  あおやま
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて142 ☆☆ 引用
今年2月、乳ガン発症から5年目に多発性肝臓ガンを再発し、皆さんにエネルギーを送っていただいたHさんが12月から現場に復帰されます。
再発がわかった時点で、手術はできないと言われ抗ガン剤治療を始めて9ヶ月、今は副作用もなく元気にお過ごしです。
治す、治ると信じ、願って下さった皆さんの思いがミラクルを引き寄せたのだと思います。
ありがとうございました。

22/11/2016(火) 21:28:25


No.15359 飯沼正晴  E-mail
お知らせです 引用
☆☆ 2016年11月定例会 ☆☆ 
 
日時 11月26日(土曜日)

第1部 「癒しの講座・ヒーリングの実習」
午後2時から5時
参加費・1200円
        
第2部 「懇親会」 
午後5時半ごろからお時間の許す限り
参加費・1500円

☆☆☆最寄駅はJR福知山線篠山口駅です。
地図の必要な方はお知らせください。
(079−594−5094)
。。。。。。。。。。。。。

☆☆2016年12月の直接ヒーリングのお知らせ ☆☆

☆京都
12月11日(日)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
12月13日(火)  午後1時〜2時半   3時〜4時半

☆篠山での日程は未定です。
篠山での直接ヒーリングをご希望の方はお問い合わせ下さい。
☆遠隔ヒーリングは随時お申し込みください。
☆詳しくは当サイト表紙上部の「ヒーリングお申し込み」をご覧ください。
☆なお、11月の直接ヒーリングのご予約受付は終了しました。
☆予約日以外での直接ヒーリングをご希望の方は、別途ご連絡ください。
(急を要する方に限らせていただきます)

16/11/2016(水) 13:45:09


No.15360  飯沼正晴 E-mail
Re: お知らせです 引用
さきさんとも相談しましたが、11月定例会は前回の続きのようなことを考えています。

前回、参加者にメモしてきてもらった「自分が超えたいこと」を中心に、キネシオロジーも使いながら潜在意識の書き換えを重ねていきたいと思っています。(まだ定例会メッセージを受信していないので、克の指示による変更もあり得ますが)

≪再掲載します≫

◆定例会に参加予定の方は以下のことについてのメモを書いて持ってきてください。
当日、ペアを組む人に渡して使うので、よろしくお願いします。
(さきさんと打ち合わせ中なので、変更や追加があるかもしれませんが)

・(克服したいと思っている)自分の嫌いなもの・苦手なもの(食べ物や動物・・・)

・(克服したいと思っている)自分の苦手なこと(たとえば、スポーツ・勉強・人との関わり・片付け・意識や気持ちを言葉にすること・その他何でも・・・)

・治したい自分の病気や症状、直したい自分の性格・心の傾向、(心身を問わず、自分が変えたいと思っているところ)

注意点として、
潜在意識は否定文や複雑な表現に反応できないので、メモはシンプルな肯定形にして書く。


たとえば、
「私は子供の頃から犬が苦手なので、犬が苦手でなくしたい」という内容なら、
「犬を好きになる」というふうに。

「自分は喘息の発作があるので、喘息発作が出ないようにしたい」
という内容なら、
「喘息が治る。喘息が治った」というふうに。

「自分は○○という人がどうしても好きになれない(あるいは許せない)のだが、そういう嫌悪感を解消したい」という内容なら、
「○○さんを好きになった(許した)」というふうに。

「自分は怒りっぽいので(あるいはすぐに不安になってしまうので)、そこを直したい」という内容なら、
「穏やかな人になった。(あるいは、いつも安心(安定)している人になった)」というふうに。
。。。。。

前回は、キネシオロジーの実習を兼ねて「苦手な生物への嫌悪感や恐怖感の克服」にかなりの時間を使いましたが、今回はもう少し深めていきたいと思います。

最近の皆さんの変化について(どういう変化があったのか、あるいはまだ変化がないのか等について)、少し話を出し合いたいとも思います。

前にも書きましたが、潜在意識への刷り込みというものは自分ではなかなか分かりにくいものです。
だからこそ、「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」や「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という霊として・人間としての健やかな喜びを全般的に取り戻すことで個別の不調和も解消し、健やかな調和状態の顕現に向かっているわけです。

個別の刷り込みもやはり現実化しているので、そこを自分でも認識しながら喜びに書き換えたいと思う人は、直接ヒーリング・カウンセリングを受けることをお勧めします。

潜在意識の書き換えは遠隔ヒーリングでもできます。
(1回の直接ヒーリングカウンセリングでは完全には書き換えられない場合もありますし、遠隔ヒーリングもある程度の期間を要する人もいるようですが)

潜在意識の健やかな喜びをその人の現状に表現させるエネルギーによって、今まで以上に治癒や改善が顕著になってきたように思います。

そして、つい先日の直接ヒーリング・カウンセリングで知ったのですが、定例会に参加している仲間の中には、その人の現場で一度ならず奇跡的な素晴らしいヒーリングの成果を上げ始めている人もいます。

私がずっと目指してきたことがすでに現実になっていることを知って、思わず涙が流れました。

自分自身の潜在意識を喜びベースに書き換えることで、ヒーリングの力はさらに格段に高まります。

倦まず弛まず進んでいきましょう。

16/11/2016(水) 15:16:38

No.15361  さき
Re: お知らせです 引用
ぬまさん、直接ヒーリングお疲れ様でした。
潜在意識の書き換え、刷り込みの方法やイメージについて色々話をすることで刺激を受けました。
一緒に遠隔をした時も直接ヒーリングでも手応えを感じました。
自分の現場で頑張っている仲間にも刺激を受けました。
自分自身がもっと解放されたいし、変わっていきたいです。
躊躇や制限で自分を縛るのはやめたいです。
まっすぐに喜び願い、喜びをを形にしていきたいです。
人を治し(直し)ていきたいです。
また定例会もよろしくお願いします。


前回の筋反射テストを使った実習では皆さん潜在意識の反応を実感し、書き換えの手ごたえを感じておられるようでした。
ミミズやカエルへの生理的拒絶反応だけでなく、それぞれにメモしてきて刷り込んだこと、克服したい苦手なことや直したい心の傾向や癖が、その後はどうだったか、どうなったかは是非聞かせてもらいたいです。
潜在意識は手ごわいのでスグに変化しなくても、変化を感じてもすぐに逆行して戻ってしまってもある意味当然です。
繰り返し刷り込む、反復継続するんです。
日に日に、、と唱えることは手ごわい潜在意識を動かす魔法の言葉だと思っています。

>倦まず弛まず進んでいきましょう。

はーい! です。
皆さん一緒に進んでいきましょうね!
また定例会でお会いできるのを楽しみにしています。

16/11/2016(水) 21:36:19

No.15362  飯沼正晴 E-mail
Re: お知らせです 引用
さきさん、書き込みありがとう。

定例会、よろしくお願いします!
。。。。。。

☆皆さんへ

定例会の準備の都合があるので、参加・不参加をお知らせいただければ助かります。

18/11/2016(金) 10:12:59

No.15363  さいこ
Re: お知らせです 引用
定例会、参加します!!
宜しくお願いします。

18/11/2016(金) 13:33:38

No.15364  祐造
Re: お知らせです 引用
定例会まで、あと1週間ですね。
1部、2部とも参加させて頂きます。
よろしくお願いします。

19/11/2016(土) 00:27:28

No.15365  みさお
Re: お知らせです 引用
先日は、直接ヒーリングをありがとうございました。

自分でも自分の過去を、そうだったのだなと染み染み思いかえしました。
さきさんの書かれていた

自分自身がもっと解放されたいし、変わっていきたいです。
躊躇や制限で自分を縛るのはやめたいです。
まっすぐに喜び願い、喜びをを形にしていきたいです。

私もそうなりたいし、なります。
自分や姪や友人の、直接ヒーリングに同席できる機会の中
大切な事を教えてもらい、自分に刷り込んでいきたいです。

最近も仕事をしすぎて、しんどいなぁと思う事がありましたが
相変わらず…と思うより、飯沼さんに言われた

楽しく仕事をしている 姿を思い実行していきます。

定例会1部2部参加で、お願いします。
飯沼さん さきさん みなさんにお会いできるのを楽しみにしています。 宜しくお願いします。

19/11/2016(土) 08:01:30

No.15366  にぃ&ちぃ
Re: お知らせです 引用
定例会、1部・2部ともに二人で参加させていただきます。
よろしくお願いします!

19/11/2016(土) 11:03:41


No.15347 飯沼正晴  E-mail
アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
アメリカの新大統領にトランプ氏が決まったようです。

接戦ではありましたが、アメリカの有権者は既得権益による秩序の中での圧殺よりも、混乱の中での変化を選んだということでしょうか?

ヒラリー氏によって新自由主義やグローバリズムのまやかしが継続・強化されることよりも、当たるか外れるかも分からないトランプゲームの方に希望を見たかったということでしょう。


アメリカは先祖返りをしたかのようです。

1492年にコロンブスがアジア大陸(インド東岸)だと思い込んだままアメリカ大陸を≪発見≫し、現在のカリブ海のバハマ諸島の一角に上陸しました。
その翌年に再びその地に上陸して、先住民の大虐殺を始めました。

(ウィキペディアより引用)
>コロンブスと同行し、虐殺を目にしていたキリスト教宣教師のバルトロメ・デ・ラス・カサスは、日記にこう記している。

「一人でもインディアンが森にいたら、すぐに一隊を編成し、それを追いました。スペイン人が彼らを見つけたときはいつも、柵囲いのなかの羊のように、情け容赦なく彼らを虐殺しました。 『残虐である』ということは、スペイン人にとって当たり前の規則であって、それは『単に残虐なだけ』なのです。しかしそのように途方もなく残虐な、とにかく苛烈な取り扱いは、インディアンに対しては、自分たちを人間だとか、その一部だなどと金輪際思わせないよう、それを防ぐ方法になるでしょう。」

「そういうわけで、彼らはインディアンたちの手を切り落として、それが皮一枚でぶらぶらしているままにするでしょう、そして、『ほら行け、そして酋長に報告して来い』と言って送り返すのです。 彼らは刀の切れ味と男ぶりを試すため、捕虜のインディアンの首を斬り落とし、または胴体を真っ二つに切断し、賭けの場としました。彼らは、捕えた酋長を火炙りにしたり、絞首刑にしました。」<


コロンブスがアメリカ大陸を≪発見≫してから殺された南北アメリカ大陸の先住民は6000万人を超えると言われています。


1620年にイギリスのメイフラワー号が北米に行ってから虐殺された先住民は1000万人を超えるそうです。

白人はまるで狩りを楽しむように先住民を撃ち殺し続けたそうです。

その後のアメリカは残虐さはそのまま維持しながらも狡猾さも身につけて、今では世界の憲兵のように振る舞っています。

ヒラリー氏は狡猾さも残虐さも身につけた、偽善家で欲深い人物のように思えます。
一方のトランプ氏は、狡猾さよりも単純で野卑で野蛮なところが目に付くように思えます。

ある時期までの北米はイギリスなどの犯罪者の流刑地でもあったそうですが、その意味でもアメリカという国は先祖返りをしたのかもしれません(笑)

(日本も先住民を迫害・殺戮して、今があるわけです。北海道や琉球の武力支配は主に明治以降ですから)

ヒラリー氏が軍産企業やウォール街の利益を最優先にする政治家であることは間違いないでしょうが、トランプ氏がどこまで軍産企業の指示通りに動く大統領になるのかはまだよく分かりません。

まあ、不都合になれば暗殺ということも珍しくない国ですから、これからどうなるのか分かりませんね。
1〜2年で大統領の仕事に飽きて、仮病を理由に辞任などということもあるかもしれません。

それにしても、全くもって日本もそうですが、政治家としての質やレベルという以前に、政治の世界で力を持つ人間の劣化・崩壊は目を覆うばかりです。
政治の世界に限らず、これでもかと言うぐらいに上に立つ人間の劣化・崩壊が進行しているようです。

これもまたガラガラポンの大破綻の道筋なのかもしれません。

09/11/2016(水) 16:53:43


No.15348  さき
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
仕事から帰ってから選挙結果を知り驚きました。
お昼に職場の若い職員さんがニュースを見たようで、接戦でトランプになったら嫌だと言っていて、他の人も同意したんですが、(心のなかで)かといってヒラリーだったらいいとも言えないなーとつぶやいていたんですが。。
ホントにトランプが大統領になったんですね。

>ヒラリー氏によって新自由主義やグローバリズムのまやかしが継続・強化されることよりも、当たるか外れるかも分からないトランプゲームの方に希望を見たかったということでしょう。<

ということなんでしょうね。
時代だなーと感じます。

弱肉強食の果てに、仮にもあった秩序や建前がボロボロになって、まやかしが露呈しまくっている。
そこで黙って殺されるよりも、野蛮でも何でもありの方が生きる道があるかもしれない、、みたいな。

そういう空気感はアメリカだけじゃないと感じます。
人間を大事にしない(使い捨てる)
我よしのお金の世の、行き着く果てなんだと思います。
トランプみたいな形でしか別の道を示せないのは本当に不幸です。

ガラガラポンが近づいている
ホントに「時代だなー」と思った昨日でした。

いのちはひとつらなりの世界を形にしたいです。
この場に集う私たちのやることがあるんだと思います。

10/11/2016(木) 07:47:54

No.15349  ホープ E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
>これもまたガラガラポンの大破綻の道筋なのかもしれません。
 アメリカの有権者は既得権益による秩序の中での圧殺よりも、混乱の中での変化を選んだということでしょうか?

私もそう思えてなりません。D.トランプが大統領に就いたことでこれから世界はいよいよ大変動に突入したと感じます。
まさに「今まで〜」の終焉だと感じます。
世の中の不公平感や既得権力による巧妙な支配やこのまま進んで行ってもどうにもならない、という事を知ってしまった国民のストレス、絶望感が限界に達して・・この空気は海を越えて伝播し始めているように思います。
その意味においてヒラリーの敗北は当然だと思いますし、そういう設定であったのかも知れません。

そして何かにつけて世界に大きな影響力を与えているアメリカでの今回の出来事は、その空気の象徴としてこれから拡散していくのではないかと思います。
トランプは崩壊を含んだ次の段階に移行していく引き金を引く役目を担っているのかも知れません。

我国も腰巾着のように追従してきた対米政策のあらゆる面でのリセットを余儀なくされるでしょうし・・。
それにしてもこのトランプショックによっての政治の右往左往ぶりはちょっと滑稽に感じるほどで、日本政治の化けの皮が剝がれでいくようです。
これから始まる世界的秩序の大混乱についていけるのか。
本当に試される時が来ていると思います。
我々はその混乱の中で”何を基準に生きるべきか”を問われています。

10/11/2016(木) 10:04:51

No.15350  飯沼正晴 E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
さきさん、ホープさん、書き込みありがとうございます。


アメリカでフリーメイソンが本格的に活動を始めるのは、メイフラワー号から100年ほど後の1700年代に入ってからでのようです。

1776年のアメリカ独立宣言、その前後の独立戦争を経てアメリカはイギリスから独立したのですが、それはアメリカのフリーメーソンやフランスなどのフリーメーソンの力によって勝ち取った独立でした。

イギリスからの独立には植民地アメリカの経済利権が深く絡んでいて、フリーメーソンは国家を超えた経済活動の組織でもあったわけです。

アメリカ独立の父と言われる初代アメリカ大統領のワシントンももちろんフリーメーソンの幹部で、アメリカ新政府の重職は全てフリーメーソンによって占められていました。
独立式典の儀式もフリーメーソンのやり方に則って行われたそうです。

特定の組織が一度手にした政治支配や経済支配を手放すはずがないので、アメリカはそれからずっとフリーメーソン(あるいはそれに根差しながらさらに純化した少数の組織・グループ)によって掌握・支配されてきたのだと思います。

第二次大戦後のアイゼンハワー大統領だったと思いますが、退任で演説で軍産複合体による政治支配の危険性を警告しています。

そして、アメリカ合衆国を大きな拠点の一つにした超国家利権組織は、暴力的かつ巧妙なやり方で世界中に利権の網を広げてきたのでしょう。

ヒラリー氏がそういう利権組織の一員であったことは間違いないと思います。

ヒラリー氏に限らず、今までのアメリカの大統領はほとんどそうだったのでしょうし、就任後にその利権組織に歯向かえば暗殺ということになってきたのでしょう。
(アメリカは通貨の発行権をFRBという大富豪が株主の民間の銀行組織が握っていて、通貨発行権を政府に取り戻そうとした大統領は暗殺されているのです。
リンカーンもケネディもそうでした。)


それに対してトランプ氏は、白人のアメリカの縄張りを守ることを主張しているように思えます。
西部劇に登場する、「自分の縄張りを守るためにわめきたてる、ならず者出身の地域のボス」といった感じです。
その意味でも、アメリカは先祖返りしたような気がするのです(笑)

少なくともトランプ氏は、計画的に紛争や政変を起こしながら世界を統括して利権網を際限なく拡大する気も能力も持ち合わせていないように思えます。
その意味では、国家主権を超越して経済利権を拡大しようとするグローバリストではなさそうです。

アメリカの裏の支配者たちというか、本当の支配者たちにとってトランプ氏はあまりにトンデモ過ぎて、まさか当選するとは思っていなかったんじゃないでしょうか?

彼らの完璧な代理人になるヒラリー氏を当選させるためには、トランプ氏のようなトンデモの対抗馬の方が都合よかったので放置していたが、本選挙に入っても人気が衰えないので慌ててマスコミ総動員でネガキャンを張ったが間に合わなかった、というところかもしれません。

その油断をこれから彼らがどう埋めていくのか、トランプ氏を飼いならしていくのか、排除してしまうのか、興味のあるところです。


今まではアメリカ様に追従してさえいれば自分たちは何とかなってきた日本の政治家や官僚たちも、これからどうしていけばいいのか困っているのでしょうね。

在日米軍基地のこともありますし、グローバル企業にのみ利益をもたらすTPP条約なんて、どうするつもりでしょう?
アメリカの巨大企業はもちろんのこと、日本でも経団連などはすっかりその気になっているので、自民党・公明党・維新の党などは困っていると思います。


私たちがどうしていくのかは、すでに分かっていることなので、何があっても大丈夫、絶対大丈夫、絶対安心ですね〜。

10/11/2016(木) 11:52:35

No.15351  飯沼正晴 E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
以下は修羅掲示板からの転載です。
。。。。。。。。。。

堤未果氏(国際ジャーナリスト)が出演した2016年11月4日放送のNHKラジオ第1「マイあさラジオ 今週のオピニオン」の書き起こしです。音声は下記URLで聞くことができます。

◆「アメリカ大統領選挙の隠れた争点」

11月4日(金)マイあさラジオ 今週のオピニオン
ttp://www4.nhk.or.jp/r-asa/338/

(書き起こしここから)

キャスター:堤さん、おはようございます。

堤:おはようございます。

キャスター:今回は、堤さんが注目されたテーマは何でしょうか?

堤:来週8日に投票日を迎えるアメリカ大統領選挙の隠れた争点に注目しています。

キャスター:隠れた争点、何でしょうか?

堤:いくつかあるんですが、その1つとして戦争ですね。

キャスター:戦争ですか。

堤:まず民主党のヒラリー・クリントン候補は、非常に好戦的だということでよく知られているんです。例えば2003年のイラク戦争に賛成している。それから2008年の大統領選挙の時に、イスラエルを擁護したイラン攻撃発言というのがあります。これは「イスラエルにイランが何かするようであれば、自分はイスラエル側に付いてイランを徹底的に潰す」というような、かなり積極的な発言をして問題になりました。

キャスター:前回の大統領選挙に出た時にそういった発言をしたということですね。

堤:はい。それからもう一つ、彼女が国務長官時代にサウジアラビアやクウェートなどおよそ20ヵ国へ、日本円で言うと16兆円ぐらいの武器の輸出を承認しているんですね、国務長官として。一方で同じ時期に、それらの国の政府ですとか軍需産業からクリントン夫妻の財団が数百万ドルの寄付を受けていた。この事実を、ABCニュースですとかニューヨークタイムスそれから非営利の政府監視機関が「これは利益相反じゃないか」と批判をしている。こういったことから、戦争に対して積極的な候補だというふうに見られています。

キャスター:一方の共和党のドナルド・トランプ候補なんですけれども、こちらはどうなんでしょうか?

堤:トランプ候補が訴えるのは米軍の海外介入反対。ロシアや中国などとも関係を改善していく。なので、非常に非戦闘的な外交政策ということで、これは対局にあるわけです。ですので、例えば今年の9月6日にトランプさんの陣営は、彼を支持する退役軍人、上級軍人も含む88人の「トランプさんを支持します」という署名文書を公表しています。それからNBCがこの夏に行った世論調査でも、軍関係者の支持率はヒラリー・クリントン氏の34%の対し、トランプ氏が49%と非常に優勢。

軍関係者は元々共和党候補を支持するという傾向はあるんですが、今回の大統領選挙の興味深いところは、軍需産業はヒラリー・クリントンさんを応援している。ですけれども、退役軍人とか現場の軍関係者はトランプさんを応援している。こういう対立図になっています。

キャスター:ヒラリーさんは、これまでのオバマ大統領の方針をおおむね引き継ぐと言っていると。しかもかなり戦争に積極的な面もあるんだと。一方でトランプさんは、比較的孤立主義と言いますか、世界の警察官的な役割を続けることには否定的だととられるような発言もしているということですね。

堤:おっしゃるとおりですね。

キャスター:その辺がトランプさんの場合には、具体的にちょっと見えない部分もあるけれども、発言の内容だけ見ているとそういった傾向が見てとれると。それが支持にも現れているということなんですね。

堤:そういうことですね。アメリカはご存じの通り世界100ヶ所に基地を持ち、不況の時は「戦争はアメリカにとっての公共事業だ」と言われる国なんです。その中で「米軍を海外の基地から撤退させる」というトランプさんの発言は非常に重いです。これは何を反映しているかと言いますと、国民の間で厭戦ムードが相当高まっているということなんですね。

キャスター:景気はすごくアメリカは良くなってきているという報道も一部ありますけれども、ただその使われ方を含めていろんな意見があるというような報道もされてますね。

堤:おっしゃるとおりですね。例えば、政府発表の16年度の財政赤字が日本円で約61兆円、前年より34%増えているという報道がされる中、この間続けている対テロ戦争の費用はというと、およそ73兆円と相当軍事予算に割いているわけです。

軍事費は拡大する一方で、例えば学資ローンを返せない国民が4000万人を超えている。それから金融危機以降500万人が家を失っている。それから15歳から29歳の若者の3人に2人が、経済的理由から親と同居せざるを得なくなっている。非常に国民生活というのが厳しくなっているわけです。

キャスター:言葉を変えれば、貧富の差であるとか公平性がやっぱりちょっとずれてきているんではないかというような感覚が広がっているのは間違いない、ということなんですね。

堤:そうですね。

キャスター:やっぱり民主党でサンダースさんがあれだけ伸ばしたというのは、そこも一つ原因としてあるんでしょうね。

堤:おっしゃるとおりですね。サンダースさんは特に若者の支持を集めた。やっと自分たちのために政治をしてくれる候補者が現れたということで、支持を集めたということですね。もう一つは、2001年の同時多発テロ以降、戦争の民営化というのが非常に加速しています。

キャスター:戦争の民営化ですか。

堤:はい。兵士だけではなくて、今、派遣社員という形でもうたくさんの国民が戦場に向かっています。

キャスター:民間の会社が現地に行っていて、そこにいわゆる貧困層の人たちが派遣社員として入って行っているということですか。

堤:そうですね。例えばイラクやアフガニスタンで私が取材したところによると、警備員とかトラックの運転手とか軍の中の例えば調理をする人だとか、そうした業務は給料はいいんですけれども、帰国後の補償はない。例えば米兵だったら、帰国して障害があったり生活に困れば補償されるんですね、家族も含めて。そういうのが一切ない。ただ、生活苦から派遣社員として戦地に向わざるを得ない、それしか選択肢がないという国民もどんどん増えています。

一方で、政府にとっては戦争を民間に一部委託することで、正規軍のような退役後の補償など障害コストというのを減らすことができる。それから派遣された民間人が死亡しても、戦死者としての政府発表をする必要がなかったり、反戦の世論を押さえ込める。政治的コストが削減できるというメリットがあります。

キャスター:そういった実態に国民が今少しずつ気づき始めているということなんでしょうかね。

堤:そういうことですね。兵士と民間労働者の比率というのは、第二次大戦の時に7対1、ベトナム戦争で5対1だったんですが、イラク戦争でほぼ同数なんですね。だからこの頃から派遣労働者という形で戦地に行く人が増え始めたということで、実感が広がってきたんですね。

キャスター:お話を伺っていると、来週の8日には新しい大統領が決まるわけですけれども、その後も引き続きそういった視点で見ていく必要がありそうですね。

堤:はい。安全保障問題は日本が米国から最も影響を受ける分野の一つですので、今この大統領選挙の報道って非常に表面的なことばかりなので、社会的・政治的コストの実態をしっかりと検証して、日本にとって何がベストかということを踏まえた国民的な議論が必要だというふうに思いますね。

キャスター:堤さん、ありがとうございました。

堤:ありがとうございました。

キャスター:今週のオピニオン、国際ジャーナリストの堤未果さんでした。

(書き起こしここまで)

10/11/2016(木) 14:13:36

No.15352  ホープ E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
既に完成の域に達しようとしている幽界、暗黒界からの陰りのエネルギーを受けた超国家利権組織による世界支配がここに来て内部に微妙な狂いが生じ始め崩れ始めている・・という話を読んだことがあります。
絶大な財力と正確無比な調査能力や人的組織で何世紀にもわたって世界を支配してきたシナリオがシナリオ通りに運ばなくなりつつある。
英国のEU離脱劇に続いての今回の騒動は、多くの人々の微妙な心理や意識の変遷をメディアも捉え切れていなかった、との報道も盛んになされています。

「金銭物質の欠乏の恐怖」を盾に人間の心・生活を牛耳ってきたエネルギーがギリギリのところで弱点を露呈してきているように感じます。
ここでもキーワードは「人の心」だと思います。
予測せざるを得ないこれからの混沌の世に臨むにあたって、唯一のよるべは不動の信念だと思います。

私達は悠々塾で霊的真理を学ばせて頂いている事を本当に感謝したいと思いますし、学んでいる限りは相応の使命があると思います。

10/11/2016(木) 20:24:39

No.15353  飯沼正晴 E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
>「金銭物質の欠乏の恐怖」を盾に人間の心・生活を牛耳ってきたエネルギーがギリギリのところで弱点を露呈してきているように感じます。<

そうですね。
不安や怖れのなかでは、人は現状にしがみついて、心が動きにくくなってしまいますが、不安や怖れに思っていることが多くの人たちに現実化してしまえば流れも変わってくるのでしょうね。

社会だけでなく気候も自然環境も大きく変わってきています。

ホープさん、お互いにもっともっといい働きを形にしていきましょう!

11/11/2016(金) 13:25:56

No.15354  飯沼正晴 E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
ちょっとお知らせです。

京都での直接ヒーリング・カウンセリングで、今日から数日間はパソコンのメールが読めません。
お急ぎの方は携帯電話か携帯メールにお願いします。

11/11/2016(金) 13:52:20

No.15355  ホープ E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
はい!本当にそうです。地上を離れて本来の住処に帰還してからの次のラウンドのスタートの為にも残りの地上人生を精一杯生き抜きたいものです。

我々は「日に日にあらゆる面において益々よくなっている」のですから。
最近、唱え方を「命はひとつらなり〜日に日にあらゆる〜」とワンセットでやっています。何かしっくりいくような気がします。

11/11/2016(金) 13:54:46

No.15356  飯沼正晴 E-mail
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
>最近、唱え方を「命はひとつらなり〜日に日にあらゆる〜」とワンセットでやっています。何かしっくりいくような気がします。<

ホープさんもそうでしたか。
さきさんも私も、「いのちはひとつらなり。」を先に唱えて、「日に日に〜」とワンセットにした方がしっくりするねという話をしていました。

いずれにしても、この言葉・意識を潜在意識のベースにしてしまうことが自分自身の喜びのためにも、皆に喜びをもたらしていくためにも必要なことです。

今というか以前もやっていたのですが、改めて「対象者の顕在意識や状態がどうであれ、その人の患部や症状や現状に波長(エネルギー状態)を合わせて、そこからその人の健やかな潜在意識にアクセスし、健やかな潜在意識がその人の患部や状態に表現されるようなヒーリングエネルギー」を送っています。

私は、その人の患部や症状や現状にそのまま波長を合わせることが得意ではなく、瞬時に「判断」が混じり込んでしまう傾向があるようです。(全くもって悪い癖です)
それでもおそらくはその効果と思えるようなびっくり現象も起きています。

自分の共振が不十分だったせいか、昨日は朝から急にかなりの腰痛やさまざまなダメージがありましたが、今日はほとんど解消しています。

私自身もそのあたりを克服していきますが、仲間の皆さんの潜在意識の書き換えが進めば、その方法をお伝えしていきたいと思っています。

何だか、いろいろ楽しみです。

機嫌がいいのはそれだけが理由ではなく、実は昨夜さきさんがドネ日記に「脳年齢テスト」のことを書いていて、検索したら脳年齢テストができるサイトがあって、さっそくやってみました。

・計算符号テスト
・瞬間記憶テスト
・図形判断テスト(?)
の3種類をやってみたところ、
図形判断テストは年齢相応だったのですが、計算符号テストと瞬間記憶テストは30歳前後でした。

昨夜はかなりのダメージ状態だったのに、「お、それでもまだまだいけるじゃないか」という感じで、ちょっと嬉しいのです(笑)

11/11/2016(金) 14:45:40

No.15357  エーチャン
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
ちょっとスレ違いになりますが、書かせてください。

今朝のことなのですが、もたらされる出来事が心を鍛えるためのものであるというのが、頭ではなく、心の底から納得できるような感じになりました。(もちろんまだ百パーセントというのではありませんが、でもいい感じです)

不安、心配、恐れを抱かせるような出来事に対し、対症療法的に頭脳を使って物質的次元での表面的な解決を得ようとするのでなく、あくまで心の問題としてとらえ、自分の思い方が間違っているのではないか、どういう風に思えばよいのか、そこで悪戦苦闘していくことで、本当の意味の解決が得られるのではないか、本当の意味の心の底からわき上がる大きなよろこびに満たされるのではないか、ということです。

それは単に個人的問題にとどまらず、今の世界を覆うすべての問題についても同じなのではないでしょうか。

個人的な問題に対処していく中で心の力を培い、そこで生まれる心の喜びが大きく共鳴し、広がっていくことで、間違いなくよろこびの中で霊界の現世としての地上界が浮かび上がってくるのではないでしょうか。そういうシナリオが用意されているのだと信じて、地道に粘り強く努力を続けていきます。

12/11/2016(土) 09:36:19

No.15358  のものも
Re: アメリカ合衆国大統領にトランプ氏当選・・・ 引用
「何があっても大丈夫」
今までの私はこの言葉を、少し怖い意味や恐怖で捉えていたと思います。
いやいや、それこそ私の心の弱い部分ではないかい!と思い直し、最近は、全てを受け入れる強い自分であるように思っています。なので絶対安心のあと、再び唱えるようにしています。

「いのちは、ひとつらなり。みんな大好きありがとう。何があっても大丈夫、絶対安心。
日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」

ワンセットのが、自分だけの世界でなく、全体を通した広がった世界な感じがしますね〜〜

12/11/2016(土) 13:53:24


No.15306 飯沼正晴  E-mail
「天地悠々」後記雑記 引用

まだ印刷発送前の「天地悠々」ですが、後記雑記をここに転載させていただきます。

引き続き、皆さんからの書き込みをお待ちしています。

頭脳意識はむしろ邪魔になりますが、やはりポジティブで柔らかなな顕在意識の協調があってこそ、潜在意識の書き換えも確かなものになっていくのだと思います。

意識(心)を自分の中に沈めて閉ざすのではなく、言葉や行為にして表現することも地上における現実化の一環でしょう。
あれこれと自分なりに躊躇しないで、書き込みしてくださいね〜。
。。。。。。。。。。。。。


◆「天地悠々」二二八号、お届けいたします。

◆相変わらず毎日さまざまなことでそれなりに忙しくしているのですが、気持ちのところでは一息ついた平安感に満たされているこの頃です。思えばこの四年間(実は二十数年間)、「究極のヒーリングエネルギーのマスターキー」を確立というよりも見つけ出すことに意識のほとんどが向けられていたように思います。もちろん四六時中そのことを考えているわけではないのですが、回転するサーチライトのようにどこか落ち着かないものとして意識の中にいつもありました。

◆今でも「究極のヒーリングエネルギーのマスターキー」を見つけ出して確立できたわけではありません。しかし、今、手にしているいくつもの鍵の束の中にすでにそれがあることを確信できています。その安堵感はやはり大きいようです。とはいえ、鍵の束から一つを探し出すのではなく、今、手にしている全ての鍵を融合してこそ、「究極のヒーリングエネルギーのマスターキー」になるわけですから、これからも旅は続きます。

◆さっき、たまたまテレビの「NHK特集」の短い予告を観たのですが、人間の健康や長寿には、病気とは認定できないレベルの体内の慢性炎症が大きく関わっているそうです。しかも最新の研究で、心の満足度によって慢性炎症は大きく左右されることが分かったそうです。物欲や食欲を満たす満足では体内の慢性炎症を防止することができず、自分を役立てることや家族や人との関わりや生きがいなどの心の満足度(つまり喜びです)が、健康や長寿に関わっているとのことでした。それを見ながら、思わず「時代は変わってきたなぁ」と呟く私でした。

◆あらゆる分野・あらゆるところで「心の時代」はすでに始まっているのです。それはこれからさらに激しく大きな流れになっていくはずです。そして、心・意識の大部分を占めている潜在意識を喜びに書き換えていくこと、潜在意識の大元である霊としての意識・魂の意識にしっかりとつなぎ、それを喜びのベースにしていくことの重要性と、それによって顕現されていく健やかな喜びの連鎖のドラマもこれから始まっていくのです。

◆潜在意識が自分自身の現実を作っているという真実、そして潜在意識は喜びベースに書き換えることができるという真実を受け入れるのであれば、何よりもその作業を最優先にしていくことでしょう。しかも、今私たちが提示している方法は「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」という言葉と、「日に日にあらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉を、それぞれ毎日二〇回ずつ唱える(できればそれを何度か)という極めて簡単な作業です。

◆それすらしないで現状に不満を抱いて愚痴を言うことがどれほどの自己矛盾か、誰にでも分かると思います。自分の潜在意識を切り替えようともせずに不平不満を抱き続ける人は、不平不満や愚痴を言うことが好きなのかもしれませんし、「幸せになりたいと思うが、幸せになれない私」という可哀想な自分が好きなのかもしれません。しかし、今はそういう自分であっても、潜在意識を喜びベースに書き換えていけば、必ず幸せになり、愚痴に代わって感謝や喜びの言葉が自然に出てくるのです。

◆「今はそんな気にもなれない」「今は先にしなければならないことを抱えているから、そんな言葉を唱える余裕などない」と言う人にこそ強くお勧めします。せめて毎日十分か十五分のことです。頑迷で面倒臭い自分を一旦は棚上げにして、子供のような柔らかい心で一緒に唱えていきませんか?

29/10/2016(土) 16:17:55


No.15307  祐造
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
(下のスレッドへの返信なのですが、こちらに書かせていただきます)

愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。
読んでいて、潜在意識を書き替えることの大事さをますます実感しています。
克子さんが自身の地上での体験を伝えてまでも、潜在意識のベースを喜びに書き換えることの重要性を訴えておられることに、その重さを感じます。

〜〜〜〜〜〜
顕在意識で認識することにその人の心が耐えられない場合は、ほとんど完全に忘却してしまっている場合も珍しくありません。
自分がされたことであっても、自分がしたことであっても、本人は全く覚えていない、認識していないということもよくあります。
しかしそれでも潜在意識にインプットされた情報はその人の現実を作り続けていくのです。
〜〜〜〜〜〜
克子さん(首を絞められた)ほど衝撃的なことではないにしても、受け入れがたいことや、心が耐えられないこと、顕在意識から消し去ることは、誰にもあるのだと思います。
「それでも潜在意識にインプットされた情報はその人の現実を作り続けていく」のであれば、本当に深刻でてごわいことだと思います。
僕たちはたとえ「覚えていない」何か、の内容は分からなくても、
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」
と唱える続けることで、潜在意識を書き替えるこたができるなら、こんなにありがたいことはないと思います。


クーエさんの「自己暗示」の本を読み始めていますが、すごい治癒を実現してはることに驚きです。
また、患者さんに対して、希望や喜びや励ましをふんだんに与えるような話をしながら治療しておられることが印象的です。(これって大事なことかもしれないですね)
久美さんが書いておられたように、「日に日に…」と唱えていると僕もなんだか嬉しい気持ちになります。

〜〜〜〜〜〜
言うまでもなく、潜在意識はエネルギーとしても影響を与えます。
だからこそ、そのエネルギーを自由自在に駆使して、人の心を癒し、人の体を治し、地上界を誰にとっても健やかな喜びの舞台に変えていくことができるのです。
〜〜〜〜〜〜
これはスゴイことですね。
潜在意識を書き替えて、皆さんと一緒に地上界浄化に向けて働いていることを思うとワクワクします。
そんな嬉しい感じで、でも淡々と唱えたいと思います。
エーテルエネルギー高まりそうで、ヨシ!って感じです。

29/10/2016(土) 17:05:56

No.15308  のものも
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
このところ、気持ちが不安定で、どうにもです。

冷蔵庫に「日に日に、あらゆる面において、ますます私は良くなっている」貼りました。
クーエの暗示ですが、命はひとつらなりと違って覚えにくいのは、私だけでしょうか??
俳優って長いセリフ覚えるから、すごいなっていつも思います。
(こんなバカみたいな事言ってないと、やってられないのだぁ〜、癒されに1人で、ふくろうカフェには行きました、実物のが遥かに可愛い、どうでもいい話ですね)

悠々塾に、繋がれた事、いろいろ解消するべきチャンスを与えられた人達だと思います。こんなにも、いろいろ教えてくれるのだから。

毎日20回は、きちんと唱えます!


〜克子さんへ〜

私の知ってる、見せてくれた「顔」は、あの「克子さん」だったから。

やっぱりこの掲示板を借りて謝ります。
ごめんなさい。
いいのよ、そんな事気にしなくてーとか言ってくれるような気もしますが、やっぱり自分の中の最後のケジメのようなものとして、「あの事」は後悔しています。。
飯沼さんと出会った10数年が、何よりも宝物で、本当に良かったです!!

29/10/2016(土) 20:37:29

No.15310  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
祐造さん、のものもさん、恵美子さん、コメントありがとうございます。

のものもさんの言う「あの事」が何なのか、私には全く分かりませんし、そういうことは克からも伝えてもらえません。

でも、それが何であっても、霊界の克は全く気にしていないと思いますよ。
地上の全てを喜びとして霊界で生きているのですし、霊界に戻れば地上人生でのことは半ば夢の中の出来事のようになるようです。
地上に生きていた頃よりもはるかに高次の意識で生き、さらに意識を広げ高め続けているわけですから、地上人生での些細な事はもう思い出せなくなるのだと思います。

私たちが幼い頃の些細なことを思い出せないのと同じでしょう。
個々のことを思い出せなくても、それら全てを含めて今の自分があるのですが、どんな苦労や厄難であっても霊界に行けばそれら全てを喜びに昇華して、つまり魂の向上進化の材料として今の自分があるというところは地上とは違っているのでしょうが。

地上の自分もそういう境地になることができれば、どんな苦労や厄難の中でも自分の心は喜びベースで、やがては実際の出来事も喜びベースでもたらされていくようになるのでしょうね。
。。。。。。

最近は特に皆さんからの書き込みを求めることが増えています。

この掲示板でも確かな共鳴場・エネルギー場を形成したいと思うからです。
もちろん私が書いたことに唯々諾々と同調するだけでなく、反論や疑問・違和感などの書き込みも含めてこそ揺るぎない共鳴場になるのだと思っています。

ですから同調できてもできなくても、その意識を言葉にして書き込んでいただきたいと願っています。
この掲示板に参加することを日常の最優先にしてほしいなどとは言いません。
しかし、せめて優先順位の上位にはおいていただきたいと思います。

何を優先して選択実行していくのかが自分にとっても、自分につながる人たちや皆にとってもの“今”であり、これからのことを決定していくのです。

『「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」と「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉をそれぞれ20回ずつ、毎日(何度か)唱える』という提案に応えて、実行している人・実行しようとしている人は、今までコメントを書いてくれた人たちだけということなのでしょうか?

そうであればそれでも構わないのですが、しかもしもそうであるならば私たちのテーマの成就に向けてのこちらの心づもりも変わってきます。
現状を踏まえて今後の進め方を考えていくのが私の役割でもあるわけです。

このプロジェクトのリーダーとして、そのあたりのことはやはり把握しておきたいので、ご協力をよろしくお願いします。


もう少し書きます。

皆さんがたの多くが日常の忙しさや地上人生の苦難の中にいることは私も承知しています。

しかし、シルバーバーチは「苦難の中に置かれている時こそ、霊的真理にしがみつくことです」と伝えてくれています。

私たちのプロジェクトは、自分を含めたすべての人が摂理に則った豊かな霊的エネルギーの恩恵に浴し、自分を含めたすべての人の地上人生を健やかな喜びに満たし、地上界そのものを光の霊界との共鳴の場に変えていくことです。
その壮大なプロジェクトの一翼を担わせていただいているのだと思っています。

霊的覚醒者や頭脳的優秀者に限定されるのではなく、彼らが先に得た後に庶民がそのおこぼれをいただくという構図でもなく、
どんな状態のどんな人でもその気にさえなれば、豊かな霊的エネルギーの恩恵に浴し、健やかな喜びに満たされた地上人生を生きていけるような方法(マスターキー)を確立して一般化していくことが私たちの願いであり目的です。

温度差はさまざまであっても、ここに集う皆さんは全て同じ願いを共有し、その方向に進もうとしている人たちだと、私は思っています。

「であれば、大事だと思うからこその呼びかけ・提案であるのに、どうしてこんなにも反応しない人がいるのだろうか?」という気になることもしばしばあります。

強制や強要は嫌いですが、「どうなっているのだろう?」という思いが湧くのです。
やる気がないなら、私はそれで構いません。
何ら無理に引っ張るつもりはないのです。
しかし、「本気でやります」という時もありながら、呼びかけにすら応えないのでは、ここをエネルギーの共鳴場にしていくことが難しくなるのです。
そのことは理解していただきたく思います。

30/10/2016(日) 13:32:23

No.15311  のものも
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
「あの事」とは、私が克子さんに最後に挨拶出来なかったとか、そんな事です。

私が克子さんに直接何かをしたわけでなく、心の中で勝手に思ってた事で、書く事でもないしと思って「あの事」と省略してしまいました。
意味深な書き方で、誤解を招いてしまってたら、すみませんでした。

30/10/2016(日) 16:41:19

No.15312  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
はーい、のものもさん。
その程度のことだろうと思っていましたよ〜。

上の書き込みの前半部は、この機会にと思い、皆さんに向けて霊的一般論として書きました。

でも、克のことを今でもそんなふうに思ってくれていること、嬉しいです。
ありがとう。
。。。。。

先ほど畑から帰って、上の投稿の後半部を読み返しました。
私が怒っているように感じるかもしれませんが、私は別に怒っているわけではありません。
今の状況の中で伝えるべきことを書いたまでのことです。

テーマ成就に向けて一定のところまで来ましたし、今年は畑も順調で、他にもいろいろと嬉しいことが続き、私は上機嫌の毎日です。

今年はトマトやナスやピーマンなどが長い期間たくさん採れて、一昨日あたりでようやく収穫終わりでした。
もしかしたらまだ少し採れるかもしれません。
初めて作った黒豆のエダマメも美味しかったぁ〜。

イチゴの定植も終えて、タマネギの苗も順調に生育中で、定植する畝のマルチ掛けも終わり、近日中に植え始めます。
サツマイモの収穫も終えて、大根や白菜やニンジンやキャベツやブロッコリーや秋ジャガイモなども、まずまず順調に生育しています。

特に畑作業の時間を増やしているわけでもないのに、ちょっと不思議でありがたい気分です。

30/10/2016(日) 17:53:02

No.15313  さき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ぬまさんがこのプロジェクトのリーダーの役目を担っているからこの場があります。
いつもありがとう。

昨日まで悠々通信の原稿ができなくてぐずぐすしていました。
内心どうしよう、、、と思いながらも
日に日にあらゆる面において私はますますよくなっている
と唱えて寝たものの、
大事な約束に間に合わなくて焦っている夢や
会議みたいな場面で否定の言葉を浴びてる夢を見て
何度も目がさめました。小心者です。
潜在意識は正直ですね。

克子さんからの追加受信
聞いていた内容でしたし、今の克子さんにとってはすべてが喜びなのだとわかっていても、地上の克子さんの存在をなまなましく感じて心を逸らしそうになりました。
克子さんが腋に抱えた思い。
潜在意識(に沈めた思い)が実際にどんな風に現実化するのか。
具体的にリアルに実感する必要があるのでしょう。

潜在意識だから自分ではわからないし
だからこそ無意識に自動操縦で発動してしまう
ネガティブな潜在意識を書き換えたいです!

今日愛は時空を、、を読み返していてちょっと思ったこと。
報われなさ、寂しさ、我慢、、の例が出てきますね。
これって
我よしでなく、家族や大切な人、皆の喜びや調和を願うからこそ
そこでそれでも頑張ってたりするわけで。
そこで潜在意識に沈み込めた思いが現実化したらたまらんわ。
って感じました。
すみません、たぶん報われなさに反応してます。
毎月手間暇かけて悠々通信をつくっているんですが、皆さん読んで下さっているのかな、とかね。
ごめんさない。
ネガティブな気持ちが沈み込むまえに吐き出させてもらいます。

重たい根っこがあればあるほど動かしにくいものだと思いますが、
潜在意識の働きを知れば知るほど
日に日に、書き変えることが大事なのだと思っています!

30/10/2016(日) 19:07:55

No.15315  あおやま
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用

>「寂しい」という気持ちを潜在意識に沈めこんで、無いもののよう
にして振る舞うことは、あるラインからは美徳ではありますが、やはり「寂しいという気持ちを無いものにし続けなければならない状況」や、あるいは「寂しい」という気持ちを顕在意識で思い知らされる現実がもたらされやすいのです。

>たとえ顕在意識ではもう認識することができなくなっているとしても、ごく普通に考えれば分かることのはずですから、とにかく言葉にして吐き出せばよろしいのです。
そうする方が本来の潜在意識へのアクセスや切り替えがしやすくなる場合が多いのです。

>そして吐き出せたとしても、やはり言えなかったとしても、そうしてきた自分を喜ぶことです。
相手の反応がどうであれ、報われない中・寂しい中でも相手に尽くしてきた自分を喜べばよいのです。
愛とは本来、何の見返りもなくても、絶対の喜びであるのですから。


A氏に「寂しい」「ずっと寂しかった」と伝えてきました。
長い間支えてくれたことにもありがとうと伝えました。

30/10/2016(日) 19:23:43

No.15316  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
さきさん、あおやまさん、書き込みありがとう。

>我よしでなく、家族や大切な人、皆の喜びや調和を願うからこそ
そこでそれでも頑張ってたりするわけで。
そこで潜在意識に沈み込めた思いが現実化したらたまらんわ。
って感じました。<

そういう人も何人も見てきましたし、ほんとにそう思います。

潜在意識に沈めこんだ思い、刷り込んだ(刷り込まれた)情報は一つではなくいくつもあるわけで、そのうちのどれがどういう形で現実化するかは、その人の今回の人生の目的(大元のシナリオ)に則しているのでしょうね。

どのレベル、どの次元の方程式が適用されるかはそれぞれであるにしても、やはり潜在意識が現実を作るのでしょう。

であれば、やはり潜在意識のベースを喜びに書き換えることが、全ての人にとって健やかな喜びの現実をもたらしていくのだと思います。

30/10/2016(日) 19:29:25

No.15317  まゆみ
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用

「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」

毎日唱えてます。
何か変化があれば書き込みしたいと思ってましたが・・・
取り立てて書くほどのことはないですが、いい感じで唱えることができていると思ってます。

潜在意識を書き換えるということの大事さを思います。
自分もみなも喜びの中でいられるようにするには、
喜びに向けて自分自身が変わっていくしかない。

リプトン博士の「思考のすごい力」「思考のパワー」を読んで、
今まで悠々塾で学んできたことをうれしく思いました。
私は不真面目な生徒だったですが(汗)、こうしてここで学んでこれたことに感謝してます。
この思いを11月の悠々通信のリレートークに書かせてもらおうと思ってます。
リプトン博士の本を読んで自分の思いや考えをまとめたい気持ちになりました。
潜在意識でずるずると「ないものにしてしまう」恐れがありますので(汗)ここに宣言しておきます。
(さきさんにはお伝えしましたが・・・)

30/10/2016(日) 21:28:46

No.15318  オレンジ
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
今日は外出中車の後部座席に座っていたので何度となく唱えました。意識をその言葉に集中していると、外食中などふとした時に自然に頭に浮かんでくるのだなと思いました。
自分の為に唱えているのだけど、自然に周りの人にも影響を与えているのかなと思いました。
母親が今日は楽しかったと言いました。

無意識の感覚的な部分で何となく理由はわからないけど、嫌だなと思ったりすることも今日はなく少しだけど何か変わっているのかなと思いました。もちろんネガティブな気持ちも何度もありますがここは、書き換える、頑張ると思いながら唱えています。
自分が健やかになれば人も健やかにできる。ちょっとだけわかるかなあと思います。

30/10/2016(日) 22:57:41

No.15319  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
職場へ向かう途中歩きながら、、車を運転している時、お風呂の中など、ひとりになれるときにボソボソと唱えています。
(寝る前や、寝てる途中で目覚めたとき、だれかといて気持ちが悪い方向へ向かっているときなどは心の中で唱えています)
もっとはっきり言葉にしたほうがいいんだろうな、と思いながらも
まずはここから、と思い唱え続けています。
最初のころは「日に日にあらゆる面においてわたしはますます良くなっている」が暗唱できなくて、それなら同じ意味の違う言葉でもいいのでは?とくだけた言い方でやったりしていましたが、
最近はちゃんと覚えましたので、へんなアレンジはせずにオリジナル?の言葉を唱えています。

それとは別に、自分の苦手なことを克服する言葉も唱えています。

「いのちはひとつらなり みんな大好きありがとう 絶対大丈夫」
の「みんな」は周りの人はもちろんのこと、自分も「みんな」に含まれること。微生物、、、とくに腸内細菌も「みんな」であること。。。をイメージして唱えています。

引越しをして、まだ平常運転ではない状態でばたばたとしていますが、潜在意識を書き換えて、より大きな喜びに貢献したいと思っています。

31/10/2016(月) 04:37:24

No.15320  藍子
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
私も唱えています。
「日に日にあらゆる面において、私はますますよくなっている」は、言っていると元気になっていくので、日中に言っています。運転中とか、洗い物しながらってときもあります。

「いのちはひとつらなり、、」は寝る前に、安眠のおまじないのようになっています。

「日に日に、、、」は自分が輝いていく感じがいて、「いのちはひとつらなり、、、」は世界が輝く感じがします。



>種をまいてからその種が発芽しかけているかどうか土をほじくり返す農夫はいない。

という検証しないことについての話は、わー本当だわ私、そういうことよくやってるなあと思いました。
すぐにわかりやすい結果や成果を求めてしまい、ちょっとうまくいかないと、ああダメだ自分はやっぱりこんなもんだ、と思ってしまう。もったいないことしてるんだと気づきました。

なので、日に日に、ますます、良くなっているんだと自分に唱えることは、私にはとても新鮮でうれしいものです。


どんどんやっていきます。楽しいです。

31/10/2016(月) 06:59:54

No.15321  のものも
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
私も、ようやくアレンジでなくオリジナルで覚えました、なんとか、、。
「 日」から始まって、つぎは「あ」とつぎは「私」とかやると覚えやすいです(笑)

朝起きる前の布団の温もりの中ウダウダしている時。
この時間は誰でも確実に確保出来る時間だと思います。
シンプルでお金がかからないって最高ですね。
今日もやりま〜す!

31/10/2016(月) 07:47:02

No.15322  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
まゆみさん、オレンジさん、ゆうきクン、藍子さん、のものもさん、書き込みありがとうございます。

>自分が健やかになれば人も健やかにできる。ちょっとだけわかるかなあと思います。 <

これからもっともっと分かっていくことになると思います!


人間の意識は潜在意識が90%以上であるならば、喜びベースに書き換えられた潜在意識(のエネルギー)が共鳴してこそ、地上的条件や制約をはるかに超えた治癒や改善をもたらすのだと思います。

喜びベースに書き換えられた潜在意識(のエネルギー)が共鳴は、病の治癒や改善だけでなく、あらゆることにおいて健やかな喜びの現実を作っていくでしょう。


潜在意識に刷り込まれた≪情報≫は、本人は全く認識できない場合がよくあります。
習慣的な反復継続によって刷り込んだ≪情報≫でも、顕在意識で認識できない場合はよくあるものです。

まして、顕在意識に留めておくことが苦しすぎて潜在意識に沈めこんだ≪情報≫(経験の記憶など)は、ほとんど全く認識できないことが多いのです。
無意識化しているのですから当然です。

(誰かに促されて)それを認識しようとすれば、抵抗感や反発心が高まるばかりという場合も少なくありません。

しかし、自分では認識できない潜在意識が現実を作っていくのですから、たまったもんじゃありません。

潜在意識は実に厄介で手強いエネルギーです。

だからこそ、それを喜びベースに書き換えれば、それにふさわしい喜びの現実が確かに力強くもたらされていくのです。

まずは自分が習慣的に反復継続して喜びの≪情報≫を潜在意識に刷り込み直す。
その繰り返しの中で、本来の潜在意識の大元である霊としての意識・魂の意識にしっかりとつながり、それが喜びの潜在意識のベースになっていく。

その潜在意識のエネルギーが一定以上に共鳴すれば、地上の常識・条件・制約を超越した究極のヒーリングエネルギーが確立するはずです。

そしてそのヒーリングエネルギーは共鳴場に参加している人(共鳴している人)の誰もが自由に使えるものですから、どんどん人を治し・直し・癒していけるようになるのです。

喜びベースに書き換えられた潜在意識(のエネルギー)が共鳴は、病の治癒や改善だけでなく、あらゆることにおいて健やかな喜びの現実をもたらしていくのです。

本来の喜びベースの潜在意識のエネルギーが共鳴する場が確立するかどうか?
それが全てのカギを握っていると思うのです。

31/10/2016(月) 08:19:35

No.15323  あきえ
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
書き込みができなくて遅くなりました。

私も唱え、本も読み始めていましたが、ちょっとしたもめ事があり、心が疲れてしまって中断していました。
いつもながら情けないなって思います。
何があっても、どうであっても、結局、戻ってくる所は、霊的真理なのだと気付きました。
そして、それを学ばせてもらえるのは悠々塾なのだと思っています。
数日前から、又唱えています。

昨日、昔の古い物を片付けていたら、20年近く前になるでしょうか。息子が書いたアファーメーションのカードが出てきました。
自分のカードも無くしているのに、どうして息子のカードが入っていたのか、なぜ今でてきたのかとびっくりしています。
夕食後、息子と話をしていて、そのカードを見せると、息子は「こんな小さな字を書いていたんだ」と言いながら「お母さん、これって自己暗示よなぁ」って今さらですが言っています。

「いのちはひとつらなり・・・」と「日に日に・・・」は、回数は多いけれど唱えると息子も言っています。
いろいろ昔話をして、「苦しいことも沢山あったけど今が一番幸せだと思う。これから年々もっと幸せになるのかなぁ。」と言っていました。
私にとっては、涙が出るほど嬉しい言葉でした。

潜在意識を書き換えていかなければと思います。

31/10/2016(月) 09:55:28

No.15324  Beagle
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ご無沙汰しています。
実はわたしもやっています。

ほとんど自分の時間がないくせに、子供が寝た後だとか通勤時間だとかを無駄にスマホを触って過ごしていたのですが、
そういう時間を使ってやっています。

わたしは子供のころ、「この問題集を1冊といたら偏差値が5あがる」のような、わりと努力の先がちらっと見えるとどこまでも頑張れるタイプでした。
なので、「20回朝晩唱えたら、潜在意識が変わります」と飯沼さんに何度も言われれば、「わかった!」とやる気になっています。

これによる効果なのかどうかはわかりませんが、多少は無責任な家族のことを憎む気持ちは薄れてきました。

続けてみます。

31/10/2016(月) 14:10:22

No.15325  ホープ E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
久しぶりに投稿します。「日に日に・・」「いのちは・・」毎日唱えています。
理屈抜きにして心の真ん中あたりをイメージしてやっています。何か変化が表れたかというと、これが自分ではよく分かりませんが、そんなことに囚われず気楽にポジティブにやっていきたいと思っています。
とはいえ現実の厳しさはともすればうろたえ平静さを失ってしまう局面もしばしばあります。見事に潜在意識に占領されているのですが、そんな中、先日の呼びかけ投稿の中に「今、抱えている苦しさとは別の所に喜びを見出そうとするのではなく、苦しい現状そのものの中に喜びを見出してしまうのです。」というのを読んで「これだっ!」と思いました。シルバーバーチも
「こちらに帰って振り返ってみれば、困難な時こそが魂の目を開かせるこのうえない肥やしであった事を知って神に感謝するに相違ありません」と語っています。頭で理解したことは結構もろいものだと思います。
ともあれ潜在意識の書き換えを本気でやっていきます。

31/10/2016(月) 19:07:25

No.15326  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
あきえさん、Beagleさん、ホープさん、書き込みありがとうございます。

あきえさん、
>「いのちはひとつらなり・・・」と「日に日に・・・」は、回数は多いけれど唱えると息子も言っています。
いろいろ昔話をして、「苦しいことも沢山あったけど今が一番幸せだと思う。これから年々もっと幸せになるのかなぁ。」と言っていました。
私にとっては、涙が出るほど嬉しい言葉でした。<

私にとっても涙が出るほど嬉しい彼の言葉です。
私が知っているだけでも本当に言葉にできないぐらいのことが次から次へともたらされましたが、家族の絆がつながり続けたことで皆さんの今があるのだと思います。
「少なくとも不幸ではない今が精一杯の幸せ」などと思わないで、今までの苦しさを埋めて余りある幸せが必ず現実になると思ってくださいね。

Beagleさん、
>これによる効果なのかどうかはわかりませんが、多少は無責任な家族のことを憎む気持ちは薄れてきました。<

それはよかったです。
さらに喜びを現実化するのは、「これによる効果なのかどうかは分かりませんが」ではなく、「これによる効果だ」と信じて唱えていくことです。

それと、効果をさらに高めるためには、なるべくネガティブな(喜びでない)思いを潜在意識に刷り込まないように心がけることだと思います。
どんなことでも反復継続して繰り返すことで、潜在意識に刷り込まれていきます。
せっかく「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉を唱えているのですから、それとは逆の言葉や想念を習慣化していれば、プラスとマイナス(という言葉はあまり好きではないので、ポジティブとネガティブと言っておきますが)、差し引きされてしまいます。

まあ、原理的にはそういうことになるのでしょうが、あまり自分の意識や想念を制限しないで、ネガティブな意識を刷り込んでしまっていると思えば、ポジティブな喜びの言葉をその何倍も刷り込んでいけば良いのだと思います。


ホープさん、
書き込み、お待ちしていましたよ(笑)

ちょっと意識が集中しすぎることを避けるために、今、「幸せはガンがくれた」という本を読んでいます。
1995年初版、現在23刷と増刷を重ねている本で、テレビ局のディレクターだった著者の川竹文夫さんは医師から見放された末期ガンを克服した人たちをていねいに取材しています。
昔、テレビでも放送されて大反響を呼んだそうです。

それぞれの人が信じたものは全く違っているのですが、末期がんという状況の中で、何かを信じきることでガンがウソのように自然退縮するのです。
つまり現状が劇的に変化するのです。

それはガンという肉体の現実に限らず、あらゆる現実においても共通する真実だと思います。

ガンを自然退縮させた人たちも著者も、「ガンは心が作る」と言っています。
それもガンという病に限ったことではなく、あらゆる現実は心が作るのだと思いますし、そうであるならば心によって現実を劇的に変化させることもできるはずです。

しかし、もちろん形が全てではなく心が優先ですから、いかなる現状においてもそこに喜びを見出し、感謝できる心こそが実際の現状をも喜びに変えてしまうのでしょう。

地上という場は実にいろいろな試練がもたらされるところです。
であれば、その試練に心を苦しくしてしまうのではなく、そこに喜びを見出して楽しんでしまいましょう。

信じきって、あの言葉を唱え続けることで、現実は必ず変わります。
そういう力が私たち人間には実は備わっていることを信じてくださいよ。
ましてや霊的真理を知り、シルバーバーチの言葉に心惹かれる私たちなのですから!

またいずれ飲みましょう!

31/10/2016(月) 21:16:27

No.15327  エーチャン
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
毎日何回か唱えています。寝るときも唱えるのですが、ここ数日は唱えている間に眠ってしまいます(笑)

イラチの私ですが、結果を気にせず(本当かな?)、唱えることを楽しんでいます。

今までの歴史で、根本にある問題に気づいた人は、有名、無名を問わず何人もいると思いますが、解決への途が開かれることはありませんでした。その途が、今まさに開かれているように思います。

不安定な時代だからこそ、自分の安定を第一に求めず、何よりみんなの安定を求めて、その中で自分の安定も得る、そういうこころになりたいと願います。

31/10/2016(月) 21:47:38

No.15328  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
このスレッドのテーマからは外れますが、15319でゆうきクンが引っ越ししたことを書いています。
書くことの承諾を得ていませんが、まあ許されるでしょう。
かなり不思議な話でもありますし。


何年か前までイッシンさんの二家族は大阪で近所に住んで音楽活動をしていたのですが、ゆうきクン一家が経済的に行き詰まり、みやっちさんの大英断で二家族ともが篠山に引っ越してきました。

私やまゆみさんは全く知らされていなかったのですが、初めて聞いた時にはすでにみやっちさんが篠山で2世帯住宅の中古物件を見つけていました。

結局その物件をみやっちさんが購入し、私たちはお孫さんたちともしょっちゅう会えるというありがたい境遇になりました。
みやっちさんはゆうきクン一家に1世帯分の住居を無償で提供してくれて、彼自身は毎朝早くに家を出て大阪の職場に通勤しています。

みゆきちゃんがすぐ近所の農機会社に就職して、ゆうきクンは音楽をしながら介護職員2級の資格を取得して、すぐ近所のグループホームで仕事をしています。

ゆうきクンのところは1部屋を音楽の仕事場にしていることもあって、子供も大きくなってきたしそろそろちょっと手狭になってきた時に、隣家の人が大阪に引っ越すので売りに出すという話が藍子さんにありました。

藍子さんが、「どれぐらいの価格でしょうか?」と尋ねたのですが、かなり立派な家でもありそれなりの価格でした。(その地域の相場からすればむしろかなり安い価格でしたが)

それでまた藍子さんが率直にゆうきクンたちの経済的実情を話し、音楽活動をするためにもお隣に住めたらありがたいですと話したところ、先方がびっくりするほど値下げしてくださって、あまりに値下げ幅が大きいのでこちらからもう少し高い価格でと申し出たのですが、先方は「この前言った価格でいいですよ」と言ってくださって、あれよあれよという間に気持ち良くすんなりと決まりました。
それで、住宅ローンも通り、先日引っ越ししたという次第です。

その家も二世帯住宅で7LDKの広さなので、定例会に参加する人の宿泊もできます。

しかし、こういうことはいろんな意味でなかなかないことだと思います。
やはり、霊団の計らいというか、シナリオがあるとしか思えません。
そのことの意味はイッシンさんにしっかりと受け止めてほしいと思っています。

なんにしても、とにかくありがたいことです。

みやっちさんには本当に感謝しているジジ&ババです。

31/10/2016(月) 22:15:43

No.15329  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ヌマさん、説明ありがとうございます。
ほんとに大きな流れに乗っているようで、すべての始まりはみやっちさんの篠山へ移住するという決断からはじまったのだと思います。
ほんとみやっちさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
みやっちさん、ありがとございます!

この引越しは不思議で、普通に考えればありえないことが起きていて、僕ももたらされたものにふさわしい働きが用意されているのだと思います。

とどめず、集めず、大きく開放してさらならる働きに貢献したいと思います。

若干の修正ですが、増築されているのでどうあらわせばいいのかわからないところもありますが、たぶん6LDKで、2階にミニキッチンとトイレがある感じの家になります。
とてもおおきな家です。定例会にこられる方の宿泊スペースとしてぜひ使っていただきたいと思っています。
たくさんの方が宿泊の気兼ねなく定例化に参加できることはとてもうれしいことです。
よろしくお願いいたします。

01/11/2016(火) 08:21:56

No.15330  のものも
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
きゃあ〜ミラクルな話がたくさん!
後出しじゃないですけど、みやっちさんには、何か「気配」のようなものを感じてたんです。
霊感あるんじゃないかな〜私(笑)

お隣さんも、私は会った事もないけど、大阪行っても絶対幸せになれますよ!
悪徳霊能者じゃないですけど(笑)

ちなみに、うちは二人暮らしでお客さんは来ないので、1LDKです。
これはこれで楽しいですよ〜〜

01/11/2016(火) 09:31:00

No.15331  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
エーちゃん、のものもさん、書き込みありがとう。

>今までの歴史で、根本にある問題に気づいた人は、有名、無名を問わず何人もいると思いますが、解決への途が開かれることはありませんでした。その途が、今まさに開かれているように思います。<

はい。

強力な霊的覚醒者のもとでの上意下達の集中制ではなく、序列による組織でもなく、それぞれの自由意思を尊重しながら、心を交わし合いながら共鳴のエネルギーを高めていこうとする場は、あまりないんじゃないかと思います。

しかも私たちのところはスピ系の茶話会や読書会のレベルではなく、目指すところを明確にして、それぞれの向上進化によって共鳴場のエネルギーをさらに確かなものにしようとしているのですから。

私は腸内フローラのようなありようをイメージすることがあります。
多種多様な微生物たちが棲み分けながら実はつながりあって、「全体」を構成しているというような共生場・共鳴場です。
そこでは棲み分けることとつながることが相反するものでなく、絶えず変化しながらひとつになってその生命場を形成しているのです。


>後出しじゃないですけど、みやっちさんには、何か「気配」のようなものを感じてたんです。<

気配、ですか?
彼は自分というライン(境界)ははっきりしているので、そのぶん硬いといえば硬いのですが、何につけても自分を役立てていくタイプですね。
多分しんどいこともたくさんあるはずですが、そういうところはあまり見せません。
そういう男なんでしょうね。

ただし、うちの娘と付き合って結婚する時は、そういう気配は私には見せませんでした。
あの時は私、ほんとにびっくりしましたから。


>若干の修正ですが、増築されているのでどうあらわせばいいのかわからないところもありますが、たぶん6LDKで、2階にミニキッチンとトイレがある感じの家になります。<

なるほど、そういう作りの家でしたね。
近所なのにまだ1回しか見に行っていなくて。
家は住めればいい、車は人や荷物を運べればいいとしか思わない人間なので、それ以上の関心が持てないのでしょう。
一応、建築屋の息子なんだけどね。
引越しの手伝いにも行ってないし・・・。

01/11/2016(火) 11:46:36

No.15332  恵美子
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ゆうきくん、
大きな流れにのって下さい!
>とどめず、集めず、大きく解放して更なる働きに貢献したい、

自分のことのように嬉しいです。
この道が決して平坦な道ではないことを、私たちは知っていたし、見守ってもきました。それはこれからも同じです。

ISSINのゆうきくん、藍子さん、みやっちさん、みゆきさん、
それぞれがそれぞれの持ち前を存分に発揮しているからこそ、
今があるのでしょうね。皆さんの頑張りに拍手!!!

大きな家、いいですねえ。
集う場が広がって、人がどんどんつながっていきそう。
いろんなことができそうな予感〜わくわくです。

皆さんの投稿も嬉しいことがあって、こちらまで嬉しくなります。

いのちはひとつらなり、みんな大好きありがとう、何があっても大丈夫。
日に日にあらゆる面において、私はますます良くなっている。

いろいろあって、大好きなコーヒーやアルコールを止められていたのですが、もうそろそろOKが出そうなので、今日は少し奮発して美味しいワインを久々に買いました(笑)こんなことが嬉しくて、るんるんしてしまいました。

01/11/2016(火) 19:45:13

No.15333  みやっち
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ゆうきくんたちの引越しが無事に終わって良かったです。
この引越しまでの流れはまったく予想出来なかったです。
まさかこんな展開になるとは。
うちも赤ちゃんが生まれて絶妙なタイミングでした。
すべては計られているのだとあらためて思います。
ISSINはしっかり働いていかないといけませんね。
頑張っていきましょう!

さて、僕も潜在意識を書き換えるために楽しみながら前向きな気持ちで唱えています。
意識の中で唱える時は脳を意識しているせいか寝られなくなります。
だから夜寝る前や電車の中で寝る前には唱えないようにしています。
赤ちゃんが生まれ、忙しくバタバタしていて、イライラすることもありますが大好きな可愛い家族に囲まれて毎日を幸せに過ごせています。
この幸せな気持ちで唱えて潜在意識を喜びベースに書き換えて、喜びを広げていきたいです。

02/11/2016(水) 23:25:46

No.15334  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
恵美子さん

ほんとにそう思います。
まだ引越しの整理もそこそこなのですが、イベントでお世話になっている車椅子を使われているミュージシャンさんに早速お越しいただきました。
改善すべき点などいろんな気付きがありましたが、こうしてお客さんを招くのは嬉しい事でした。

たくさんの方とつながれる場になれるよう活用していきたいと思います。

みやっちさん

今までありがとうございました。
ほんとにお陰さまで嬉しい結果となりました。

>ISSINはしっかり働いていかないといけませんね。
もちろん頑張ります!
藍子の産休中に地元のイベントのお手伝いをすることで、いろんな人とのつながりがもてました。
産休がなければイベントの手伝いをすることもなかったし、たくさんの人とつながることもなかったと思います。
これも大きな流れのなかで用意されていたことのように思います。

大きな流れを感じながら、さらにISSIN頑張ります!

03/11/2016(木) 09:11:08

No.15335  猫都
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
>しかし、シルバーバーチは「苦難の中に置かれている時こそ、霊的真理にしがみつくことです」と伝えてくれています。

最近、忙しくて掲示板から遠ざかっていました。
私、何やっているんだろう、こんな時こその悠遊塾なのにと思ってました。
掲示板を開けてみるといっぱい書いてあって、その中に上の文が...
私また同じこと繰り返すとこやったわあと、苦笑い。

「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」と「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」唱えています。
いのちはの時は、最初すごい抵抗感がありましたが、日に日には、心地よさや、頭の中で広がっていく感じがします。

今、母のことですごく腹が立っていて、小さいころからの痛みや辛さ、恨みなんかがこみ上げてきてイライラマックスです。
唱えることで変わっていけばと、いやいや変わっていくと思います。

いつもありがとうございます。

03/11/2016(木) 14:51:17

No.15336  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
恵美子さん、みやっちさん、ゆうきクン、猫都さん、書き込みありがとうございます。

地上という境涯はなかなか厄介なところです。
魂の学びのレベルで言えば、主に3段階の者たちが混在しているのですし、それぞれが過去世のカルマを抱え、自らの魂の輝き・意識を十分には発揮しにくい状態で地上を生きるわけです。
しかも地上という次元では魂の意識やエネルギーもさまざまに制約を受けてしまいます。

シルバーバーチが伝えたところによれば、あのイエスでさえも霊格の高さよりも霊的エネルギーを使いこなすことによって、さまざまな奇跡を起こしてきたそうです。

高度な霊性は、地上ではさほどの意味を持たないということでしょう。
小学校の算数に高等数学が役に立たないのと同じです。
逆に言えば、優秀な数学者でも小学生レベルの計算間違いはしてしまうのだと思います。

小学生の中には、自分が間違った時に問題が難しすぎると文句を言って今の自分の段階に甘んじようとする子もいますが、大人がそれをやってはいけません。
「必ずクリアできるのだ」と思って取り組んでいけばクリアできるのですし、もしもそうできなくても必ず次につながるのです。

人によれば、「許し難さを超える」ということが大きなテーマになっている場合もあるでしょう。
潜在意識に「許し難さ」が根付いている間は、なかなか幸せを実感できないことがもたらされ続けるのです。

顕在意識でそれを書き換えていくのはなかなかなので、潜在意識を書き換えようとしているわけですが、それでもやはり顕在意識(理性や感情)を今の自分に甘んじる方向に使っていれば、そのぶん潜在意識の書き換えに手間がかかるはずです。
(と言っても今の自分を否定しても向上進化にはつながりにくく、かえって今の自分の囚われてしまうことになるのです)

潜在意識が90%だとしても、顕在意識は10%あるわけですし、それが潜在意識の書き換えを阻もうとすれば書き換えの作業が進みにくくなるのは当然です。


ゆうきクンには本当に本来の流れに乗ってほしいと願っています。
今もたらされている状況(健康診断で肺に影が発見されて、医師がすぐに紹介状を書いて、急いで専門医の診察を受けるようにと言われ、再検査の結果がまだ出ていないという状況)の中で、自分がどう心を動かし、どんなエネルギーをどのように使っていくのか・・・?

もちろん不安や緊張ではなく、しかし「確定診断が出てから」というふうになんとなくやり過ごすのではなく、今の段階から意識もエネルギーも全開にしてほしいと思っています。
「肺ガンの疑い」ということですし、もしも肺ガンであれば確定診断が出るにはまだかなり時間がかかるはずです。

今までさまざまなことについてなんとなくやり過ごす傾向があったと思うのですが、そういう不十分さを一気に取り戻して余りある意識もエネルギーも全開にする機会にしてほしいと切に願っているところです。
地上という境涯で喜びの現実をすぐさま形にするエネルギー獲得してほしと願います。

その迫力、そのエネルギーがこれからのイッシンの力強い活動を作っていくはずです。
。。。。。

書き加えておきます。

「肺ガンの(かなり強い)疑い」ということであっても、ガンという言葉やそこに集積されている世間的なエネルギーに囚われる必要は全くありません。

著者自身が腎臓がんだった「幸せはガンが暮れた」の川竹文夫さんも、『ガンは治らない』という思いがガンを治りにくい病気にしているのではないか?」と見抜いておられます。

実際、あの本に登場する末期ガンを病院の治療によらずに治した人が話すことを読めば、「どんな病気でもそうであるように、ガンも自分で治せる。自分の心で治せる」ということが実感できます。

この本は20年以上前に出版されていますが、今はもうそういう事例が山のようにあるのです。

ちょうどゆうきクンが再検査だった日に、2〜3年前にそれなりの大きさの大腸ガンでしばらく遠隔ヒーリングをさせていただいた人から連絡が入りました。(他のご家族への遠隔ヒーリングの依頼でした)

遠隔ヒーリングの依頼を受けた頃、その人の大腸ガンは転移も発見されておらず、十分に手術で対応できる状態でした。
私もとりあえずは手術を受けた方が無難じゃないかと思って、少しそういうことも言ってみたのですが、その人はなぜか「手術や抗がん剤投与を受けないで自分のガンを治したい」という思いが強くて、しかも「治るに違いない」と信じきっておられるようでした。

遠隔ヒーリングをしてしばらくしてからの病院での検査では、初めに発見されたガンは消えていたのですが、かなり離れた大腸の別の場所にまたそれなりの大きさのガンが見つかりました。
それでまた遠隔ヒーリングを続けたところ、けっきょく後でできたガンも消えているようで、先日の電話でもとてもお元気そうでした。

この人は病院の治療を受けないということで力んでいるのでもなく、頭脳であれこれ考えての選択でもなく、むしろ「病院の治療ではない方法で自分のガンを治したい」というシンプルな願望と、「必ず治る」というとても自然な信念があって治ったのだと思います。

その日にその人から連絡が入ったことも何かの計らいだと思って、ちょっと紹介しておきます。

04/11/2016(金) 12:06:21

No.15337  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
経緯を簡単にさらえます。
先週の金曜日に職場の健康診断のため地域の内科で健康診断を受けました。
そこの胸部レントゲンで1センチくらいの丸い影があるといわれました。
僕は12年くらい前にも健康診断でひっかかり、その時はサルコイドーシスの疑い、というもので
肺の組織を採取して検査すれば診断がついたのですが、生体検査をしてもそもそも治療法というものは特にはないらしく、
あえて検査はしませんでした。次の年の胸部レントゲンではひっかからなかったので自然治癒したのだと思います。

そんな経緯もあり、今回の健康診断の結果も「来月くらいに大きなところで診てもらいます」と考えていたのですが、そこの医師は
「こういうのは先延ばしにすることじゃないから、」といって早速紹介状をかいて呼吸器科がある大きな病院の予約をとってくれました。

それが今週の水曜日でした。
(その呼吸器科の先生は週に一度水曜日にしかこられません。)

見た目30前半の若いドクターで、職歴や僕のアレルギー、住んでいる家は鉄筋か木造か?ペットは飼っているか?粉塵は?などいろんな質問を受けました。
地域の内科から持ってきたレントゲン写真も見てもらったのですが、「よく見つけたなぁという感じです」といわれました。
ド素人の僕からみてもはっきり丸い影が見えるのに、、、と内心「この人大丈夫かな?」と思ったのは確かです。

結局「このレントゲンからは肺のどこに(どの位置に)(何かが)あるのか、(そもそも)ないのかわかりません。」と言われました。
検査としてレントゲンを正面からと側面から、CT、血液検査はサルコイドーシス、腫瘍マーカー、感染症、アレルギーなど、可能性のあるものをしています。
来週の水曜日に結果が出ます。

どうせまたサルコイドーシスで、またほっときゃ治るんだろう。。と思っていたのですが
「肺がん」の可能性もあることはあります。
そういうことはぜんぜん考えていなかったのですが、よく考えたらひとはいつ死んでもおかしくないものです。
どういうタイミングで大病に罹ったとしても、同じように。

でも僕には死ぬまでにやるべきことが山のように残っています。というより、まだ何ひとつ残せるものがありません。
人を癒す音楽、人を癒す歌。
僕はもっと、それこそ「必死」になってその課題に向き合うようにと、この機会に教えられているように思います。
もたらされるものにはすべて意味があるのですから。

流されず、ないものにせず、しっかりと受け止めレシーブしてトスにつなぎ、さらにアタック!したいと思います。
検査の結果が出たらまた報告します。


あと、関係ないのかもしれませんが、ここ最近腰の調子がすこぶるよくて、
昨日子どもらと公園で遊んでいたら僕がはしゃぎすぎて滑って転んでいまい、そのときに右手の手首を捻挫してしまいました。
一晩寝て起きたときにものすごく腫れていてヨメさんに笑われました。
いまは腫れも収まりつつありますが、これも何か意味があるように思いました。

弱い部分、弱点を克服して大きな働きに貢献できるように自分を見直していきたと思います。

05/11/2016(土) 01:38:27

No.15338  みゆるん
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ゆうきくんの肺の影のこと、すぐ大きい病院に行って診てもらうようにいわれて、検査の結果が出るまではわからない、とはいっても
やっぱりびっくりしましたし、なんで?と思いました。
ゆうきくんの仕事、まだまだ残っていますし、これからやし、
うれしいことが続いている中で、どういうこと?と思いました。
ガンやったとしたら、って思ったら不安にもなりました。
ずっとイライラとすることが多かったのですが、輪をかけてイライラが増していました。
昨日、久しぶりの家族の外出で公園へ遊びに行ったのですが、その最中、ゆうきくんは右手首を捻挫し、下の子は左足の親指のつめがはがれ、けがをしてしまいました。
肺のことにしろ、怪我のことにしろ、わたしがあかんのちゃうかと思いました。わたしにも原因あるなと思いました。

ガンかもしれない、ということはわかっていますが、ガンだと思ったら、その影がガンになってしまうかもと思っていました。
自分が思ったら引き寄せてしまうと思って考えないようにしていました。
でも、それも違うような気がしてきました。
違いますね。
わたし自身も改めていきます。
すみません。

05/11/2016(土) 02:32:50

No.15339  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
上の書き込み、騒ぎを起こしたようで、すみません。

>どうせまたサルコイドーシスで、またほっときゃ治るんだろう。。と思っていたのですが
「肺がん」の可能性もあることはあります。
そういうことはぜんぜん考えていなかったのですが、よく考えたらひとはいつ死んでもおかしくないものです。
どういうタイミングで大病に罹ったとしても、同じように。<

はい。
「ほっときゃ治るだろう」という思い方も面白いとは思いますよ。
何かにつけて、「そのうち何とかなるだろう」という思い方も面白いとは思いますし、だから「ぎりぎりでセーフ・判定微妙」というあたりで何とかなってきたのかもしれませんが・・・。



ここからは一般論として皆さんに読んでほしいのですが、
>弱い部分、弱点を克服して大きな働きに貢献できるように自分を見直していきたと思います。<

という視点も大事なのでしょうが、これでは「自分の弱い部分のチャンネル 」に合わせたままでドラマが展開する。(自分の弱点という土俵の上で負け相撲を取り続ける)ということになりがちです。

この意識が潜在意識に書き込まれたら、「絶えず弱点を克服しようとする自分」、つまり「いつまでたっても弱点を克服できない自分」が現実化するわけです。

同じ意味で、
>わたしがあかんのちゃうかと思いました。わたしにも原因あるなと思いました。<

という思い方や自己否定も、「自分のせいかもしれないと思い、自分を否定しなければならない現実」を引き寄せていくのです。

私の経験から言えば、自己否定の強い人に限って、なかなか自分を変えていけないように思います。
自分のせいだと思い、自分を否定することでどこか安定(パターンが固定)してしまうのでしょう。

自分が克服すべき弱点や課題に意識を向けることは大事なことですが、弱点や課題の延長上で意識を働かせるのではなく、弱点や課題になっていることの対極にある自分(つまりすでに完全に克服している自分)として意識を働かせ、言動していくことが最短の道だと思います。

まあ、それがなかなか難しいわけですが、地上人生というものをお芝居の舞台だと思って、今の段階で引きずっている自分がどうであれ、意識を切り替えて新しい役柄の自分を演じてみると変化の手応えを感じて切り替えやすいんじゃないかと思います。

05/11/2016(土) 09:43:15

No.15340  藍子
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ゆうきくんの件、驚きました。そこまで大変な再検査だったということを知りませんでした。

家のことで、イッシンは導かれてるんだ、しっかりやんなさいと言われているんだと確信しました。そこにきてのゆうきくんの再検査。

癌、という響きが本当に癌を癌たらしめていると私も思います。
でももし癌だったとしたら、、と想像してみると、きっとイッシンにとって意味あることなのだろう。たとえば癌だったけど治ったんですよと癒しの音楽を広めるチャンスになるとか。悠長に構えてるのでもっと必死になりなさいと言われているのかとか。

どうであれ、この現実をプラスに働かせるのはイッシン次第なのだと思います。絶対、悪いようにはしない、ならないと思います!!
癌であってもなくても、あの時の再検査の件のおかげで今があるねと言える未来に進んでいきます。

日に日に、ますます、良くなっていっている。

05/11/2016(土) 10:44:26

No.15341  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
>自分が克服すべき弱点や課題に意識を向けることは大事なことですが、弱点や課題の延長上で意識を働かせるのではなく、弱点や課題になっていることの対極にある自分(つまりすでに完全に克服している自分)として意識を働かせ、言動していくことが最短の道だと思います。<

これですね。
自分が求める自分の姿を自分に言い聞かせて、実際にそのとおりに行動していくことで現実は引き寄せられるんですね。

口癖で「あかんわ〜」「無理やわ〜」とかネガティブ発言が多いのですが
それも切り替えていきます。

「がんかもしれない」という現状はたくさんのことを考えさせくれます。
僕は「浮世離れしている」と言われることがあるのですが、
たぶんどこかで「なんとかなるものはなんとかなる。どうにもならんものはどうにもならん」
という考え方があるからだと思います。
結果はすでに決まっているから「なんとかなるものはなんとかなる」し「どうにもならんものはどうにもならん」わけです。

でも、もし「がんだったら」。。。これは「なんとかなるものだからなんとかなる」と僕は思っていますが、普通の人はどうでしょうか?
同じように子どもが大きくなる途中の家庭で、もし「がんだったら」。。。と想像すると
心が苦しくなります。

たくさんの人が抱えている、こういう苦しさ、生身の気持ち、どうしようもない情念、孤独と寂しさ苛立ち。。。

もっともっとたくさんの人の心に響かせる歌を作るには、自分自身がその感情に触れ、味わうことが必要だったのかもしれません。
いまがそのために用意されている機会なのかもしれません。

たとえ「がん」であってもウソのように治るのだし、なんの心配もしていないのですが、
いまの気持ちをしっかりと味わうことで次のステップへといけるのだと思います。

いまもたらされている現状をしっかりと受け止め、さらなる貢献の肥やしにします。

05/11/2016(土) 12:07:50

No.15342  みゆるん
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
とにかく、理想に向けてやっていきます。
最短の道、行きます。

07/11/2016(月) 13:57:55

No.15343  入道
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ゆうき君…あなたはえらい。
正木先生の自分の心で超えることに意味がある…を思い出します。
私はとんでもない系で、なぜか自分でも分かりませんが、もし癌に
なっても一切動揺せず普通の生活を送ってしまいます。
「絶対なおらない」と医者に宣告された強直性脊椎炎も簡単に超えました。

08/11/2016(火) 16:01:50

No.15344  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
入道さん

ただ再検査を受けるだけなので、現時点ではそんなに大事ではないとは思うのですが、
可能性としては「がん」かもしれないというのはあります。
たとえ「がん」だとしても治らないものではなく、必ず治るものなのだから、今心配する必要もないのですが、
もたらされた状況をしっかり自分で受け止め、自分の感情や感覚、アンテナやキャパシティを大きく広げる機会にしたいと思います。

>「絶対なおらない」と医者に宣告された強直性脊椎炎も簡単に超えました。<

すごいことですね!
「絶対に治らない」病気なんてないんだし、心の力で病気は治るっていう証左ですね。

08/11/2016(火) 22:57:54

No.15345  ゆうき
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
今日、検査結果がでましたので報告いたします。
現段階ではこの影ががんなのか、サルコイドーシスによるのもなのか、肺炎などの跡なのかわからない、との事でした。
年明けにまたCTを撮り、どう変化しているかによって今後を考えましょうとの事でした。
健康診断のレントゲンでは左肺に影が写っていたのですが、CTで右肺にも同様の影が発見されました。

レポートには「胸部左右S1+2に冠状断で8mm大の結節を認めます。要followしてください。浸潤影や斑状影無し。胸水無し。縦隔LN腫大なし。甲状腺異常無し」とのことでした。
血液検査でも腫瘍マーカーは正常値で、サルコイドーシスの値はギリギリ正常値でしたが、アレルギーに関してはかなりオーバーしていました。
アレルギーはこれから腸内細菌を元気にしていけば改善していくと思います。

いろいろ気持ちを向けていただいてありがとうございました。
今回の事で自分自身も学ばせてもらったことが多々ありました。この経験を役立てていきたいと思います!

09/11/2016(水) 15:15:22

No.15346  飯沼正晴 E-mail
Re: 「天地悠々」後記雑記 引用
ゆうきクン、お疲れさまでした。

経過観察ということですが、いずれにしても新たなエネルギー獲得の機会にしてほしいと思います。

今日がキミの誕生日だったことを、今朝、藍子さんに言われて思い出しました。
もしかして40歳になるのかな?

この日が新しい出発の記念日になりますように!

09/11/2016(水) 15:40:25


No.15291 飯沼正晴  E-mail
☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
     
 ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆

             ――  霊界の克との対話  ――



飯沼)こんにちは。
いつもお世話になっております。

克子)はい、こんにちは。
こちらこそ、お世話になっています(笑)


飯)先日、また浜村温泉の「旅風庵」に泊まって、いろいろと思いをめぐらせてきた。
それについては掲示板にも書いたし、核心部分はまだ言葉にできない段階だから、ここでは特に書かないけど、多分かなりいい感じだと思う。


克)はい。
今回はこちらからも特に触れませんが、とてもいい感じだと思いますよ。
じっくりと熟成させるとのことですが、それと並行して、都会の雑踏の中に身を置いて、ごくごく普通の人たちとの共感のエネルギーをあなたの中に根付かせていってくださいね。
いつもお伝えしていることですが(笑)


飯)そうだね。
僕は20歳の頃に、かなり唐突・意味不明に「とにかく庶民の一人として生きていこう」と決めた。
実際には世間並みの暮らしからもはみ出すような時期が続いたが、意識のところでも実はなかなか世間一般の人と同調することが難しかったように思う。

世間の多くの人たちが求め、守ろうとしているものが理解できなかったわけではないし、自分の中にもそういうものがなかったわけでもないが、それを当たり前のように最優先にした日々の繰り返しの中で歳をとっていく人生にはほとんど魅力を感じることがなかった。

今は僕も歳をとったせいか、しばしば逆境に見舞われながらもひたすらにそういう世間並みの幸せを追い求めてきた人の人生の年輪に共感としみじみした感動を感じることも多くなったが・・・。

若い頃からずっと、「自分にしかできないことがある」なんて思える身の上じゃなかったが、やはり世間一般というものには馴染みにくかったのだと思う。
今でも世間一般をコントロールしている価値観や規範などよりもはるかに優先されるべきというか、本来的に優先であるものに則して(根ざして)生きていっていいのだと思っている自分がいる。


克)はい。
それでよかったのですよ。
もちろんあなたにも過ちや不十分さも多々ありましたが、あなたはつまり地上に生きる霊としてのより本来的なものを希求しながら生きてきました。
それは今の地上の価値観や規範などとは乖離するところが多く、霊的真理についての知識がなかった頃のあなたはさまざまなに悩み苦しみ、いろんな面で摩擦が生じて自分の心を摩耗させながら生きているような年月が続きました。

それでもあなたはありのままの自分として、より高次の喜びを追い求めることしかできなかったのです。
より高次の喜びとは、皆の健やかな喜びということです。

もちろんあなた自身に「より高次な喜び」などという意識も認識もなかったのですが、自分自身が傷つき、いくつもの困難や葛藤を抱えながらもあなたはそういう生き方を貫いてきました。


飯)いやいや、そんないいものじゃなくて、とりあえず自分にはそういう生き方しかできなかっただけだと思うよ。
自分が納得できない“本物でないこと”に、自分自身を売り渡すことはできないからね。


克)はい。
逆説的に聞こえるかもしれませんが、そういうあなただから、世間一般の人が求めている幸せを楽々と手にできているのです。
それが法則でもあるのです。


飯)いやいや、楽々という表現は違っていると思うけどね。
ただ、そう言われてみたら、僕は世間並みの幸せというものを優先的に願ったわけではなかったな・・・。

お金のことではまさに人並み以上に苦しい状況が続いたし、家族を十分に養うこともできない自分に情けない思いもしてきたが、それでもそういうこと(世間的な価値基準)を最優先には思わなかったような気がする。
思わなかったというよりも、思えなかっただけなんだけどね。
お金がなかったわりには小まめな倹約というものもあまり身についてこなかったし。

家族や周囲の人に苦しく嫌な思いをさせることは、内心ではけっこう気にしてはいたが、それでも自分のしたいようにしかできなかった。
まあ気ままな人間ですよ(笑)


克)まあ、そういう面は私も否定はしませんが(笑)
しかし、あなたが今の幸せを手にできているのは、それを優先的に追い求めたからではなく、もっと高次の喜び(皆の幸せ)を意識の最優先にして、もちろん過ちや不十分さはあったにしても、そういう生き方を貫いてきたからだということです。
あなたにももちろんさまざまな自分としての気持ちもありますが、それに囚われることなく昇華させる回路を使おうと、そこに関しては努力もしてきました。

つまり、世間的にはさまざまに苦しい現状の中でもあなたはそれらに囚われずに、それらを越えてさらに高次の喜びの実現に向かってきたのです。
あなたがよく使う喩えで言えば、十の桁や百の桁での調和の喜びを実現しようとしていれば、一の桁や小数点以下のことは自ずと調和的喜びに集約されていくということです。

それはもちろんあなたに限ったことではなく、誰にとっても適用される法則であり、地上人生という舞台の原理的シナリオなのです。
自分の気持ちや利害損得や自分の喜び・自分の幸せしか見えなくなっていれば、逆にそういうものすら手にしにくくなってしまうのです。
もちろん、地上人生のシナリオは人それぞれですから、皆が同じ形の幸せを手にするということではありませんが、それでも自分が幸せである喜びを実感できることになっているのです。

そしていずれ地上界は、多様でありながらも同じ方向に向かう・具体的には違っていても同質の喜びの地上人生がさまざまに咲き乱れるような舞台になるでしょう。
あなたはそこでも先駆けとして、早咲きの花を大きく咲かせてくださいね。


飯)僕にも(特にお金のところでは)不安がないわけじゃないし、それ以上に自分がこの地上人生で担っている役割を果たしきれるのかどうか、心もとない面はありますよ。
しかし、不安や報われなさなどの意識を潜在意識に沈めこんだままでは、結局はそれが現実化するのだから、もっともっと大きく潜在意識を書き換えていこうと思っているところだ。
自分でもそれなりの手応えもあるので、とにかく続けていきますよ。


克)はい、そうしてください。
すでにあなたも気づいていますが、潜在意識のベースを霊としての意識・自らの魂の意識に切り替えていくことはとても重要です。
潜在意識に根付いた不安や恐れが現実化することはすでに皆さんも理解できていると思います。

しかし潜在意識が現実化するのは、それだけではありません。

例えば、誰かのために尽くして(力になって)いても、相手や状況によってはなかなか報われないことが続く場合もあります。
そういう場合に、「報われなさを潜在意識に沈めこみながら、尽くしていく・力になっていく」というのは、今の地上の人間としては上出来でしょう。
誰にでもできることではありません。
そういう人は地上では報われなくても、霊界に戻る際には大きくねぎらわれ、地上で抱いていた報われなさなど一気に解消するほどに、報われる喜びに満たされるでしょう。

しかし、潜在意識に沈み込んだ「報われなさ」が大きくなれば、地上では「報われなさを感じざるを得ない現実がもたらされ続ける」ということになるのです。
もちろん潜在意識に沈み込んでいる意識は単一ではないので、必ずいつもそれが優先的に選択実行されるとは限りませんが。(もっといえば、どういう状況でどの潜在意識が選択実行されるかも潜在意識にインプットされているのですが)

「寂しい」という気持ちを潜在意識に沈めこんで、無いもののようにして振る舞うことは、あるラインからは美徳ではありますが、やはり「寂しいという気持ちを無いものにし続けなければならない状況」や、あるいは「寂しい」という気持ちを顕在意識で思い知らされる現実がもたらされやすいのです。
さまざまな種類の「我慢」という思いについても同じです。

そういう場合は、潜在意識に溜めこんだ思いを一旦は口にして吐き出してしまうことでよろしいのです。
そして、言えなかった自分をねぎらい、いたわってあげることです。

たとえ顕在意識ではもう認識することができなくなっているとしても、ごく普通に考えれば分かることのはずですから、とにかく言葉にして吐き出せばよろしいのです。
そうする方が本来の潜在意識へのアクセスや切り替えがしやすくなる場合が多いのです。

そして吐き出せたとしても、やはり言えなかったとしても、そうしてきた自分を喜ぶことです。
相手の反応がどうであれ、報われない中・寂しい中でも相手に尽くしてきた自分を喜べばよいのです。
愛とは本来、何の見返りもなくても、絶対の喜びであるのですから。

そして、改めて潜在意識を本来のものに書き換える言葉(「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」)を繰り返して唱え続けることです。

「潜在意識が現実を作り出している」という真実・法則が分かれば、潜在意識を書き換えるための労を惜しむことなどなくなるはずです。

言うまでもなく、潜在意識はエネルギーとしても影響を与えます。
だからこそ、そのエネルギーを自由自在に駆使して、人の心を癒し、人の体を治し、地上界を誰にとっても健やかな喜びの舞台に変えていくことができるのです。

特に子どもは親の言葉だけでなく、親の潜在意識のエネルギーをそのまま自分の潜在意識にインプットするものです。

例えば、親が「自分は人に溶け込みにくい人間だ」と潜在意識に刷り込んでいれば、親自身だけでなく、その子どももそういう傾向を強めていくのです。(これも、どの潜在意志が優先的に影響を及ぼしていくかはそれぞれなので、必ず皆がそうなるというわけではありません。)
そういう場合も、親がどうしていくのかはすでに何度もお伝えしています。
そうやって誰もが、自分も皆も健やかな喜びの地上人生を現実化していけばよろしいのです。

種を撒けば必ず芽を吹くのですし、それからも倦まず弛まず続けていけば、必ず花が咲き、果実も実るのです。

それでもその簡単な作業すらせず、あるいは現状を嘆き、自分なりの解釈で現状に留まることを選ぶ者も特に当初は少なくないでしょう。
人間には自由意志が与えられているのですから、それはそれで致し方のないことです。
「たかが地上人生」なのですし、自らが撒いた種を自らが刈り取ることでよろしいのです。
「されど地上人生」と思うのであれば、自分がどうしていけばよいのかはすでに何度も伝えられているのですから。

自分の損得や都合や気持ちばかりを軸にしていれば、いつまでたってもその土俵での出来事・ドラマが展開していくのですし、相手にも損得や都合や気持ちはあるのですから、お互いに摩擦を越して不調和が生じるのは当たり前でもあります。

病やトラブルなどの意味はその人の進化向上の機会でもあるわけですから、向上進化につながらない治癒や解決は地上的にはラッキーなことではあっても、霊的にはさほどの喜びにはなりません。
もちろん先に治癒や解決がもたらされて、そこから向上進化につながっても全く構わないのですが、自らが引き寄せた病やトラブルであるのに自らを顧みることも変化させようともせずに、嘆きや不平不満ばかりを主張しているのでは、やはり遠回りになることは否めません。

そういう人の潜在意識を書き換えるには、共鳴の力や継続的なヒーリングが必要な場合が多いということです。


飯)分かりました。
話は変わるけど、一昨年も去年も僕は真冬の夜中にもあまり寒さを感じなかった。
もちろん寒さを全く感じないわけではなく、それまでと比べてはっきりと違っていたということだが。
あまりに違っているのでいろんな人に言って、「歳のせいで寒さに鈍感になっているんじゃないですか?」などと言われるぐらいだった。

ところが、今年はまだ冬にもなっていないのに、昼間でも寒くて落ち着かない。
特にこの一週間ぐらいは、大げさでなく寒さが身に染みる感じがして、暖房をつけてその上で厚着せずにはいられない。
たいしたことじゃないのだが、余りに去年との差が大きいので・・・。
それに最近、時々スイッチが入ったように、5分おきぐらいに尿意を催して、その度に大量排尿が続くことがある。


克)はい、それはあなたの潜在意識の書き換えの過程におけるエネルギー的排出です。

あなたも人間ですから、特に幼い頃に母親から潜在意識に刷り込まれてきた偏った意識もそれなりに残っています。

あなたの場合は、働きにおいて大きな確信を得たということと、前回の地上人生での母親(瞼の母という存在でした)であった人との交流の喜びによって、自分の潜在意識に刷り込まれていた今生での母親からの影響をエネルギー的に排出しているのです。(それもまた法則なのですが、言葉で表現できる範囲を超えているので割愛します)

ただ、高校生の頃のその人との出会いはもちろんシナリオ通りですし、再会はより高次のシナリオに移行したからこそのものです。(それも含めてシナリオ通りとも言えますが)
だからこそ、再会のきっかけとなったイベントの日に、50年近くも前にあなたとその人をつないだ後輩とそっくりな男性があなたの前を通り過ぎたのです。(あなたはその後輩がつないでくれたことも忘れていましたが、後で思い出してシナリオ通りであることを実感することになっていたのです。)


飯)はい。
あの日は、イベントが終わってから全く別の旧友と会うことになっていて、駅の通路で携帯電話で連絡している時に、僕の前から高校生の頃の後輩(Y)とそっくりな男性が通りかかってきた。
Yとはもう何十年も会っていないが、顔だちも表情も歩き方も醸し出している雰囲気も全てがあまりにそっくりだったので、僕は「Yだ!」と思って声を掛けようとしたが、すぐに電話を切ることができず、そのまま彼は通り過ぎて人ごみに紛れていった。

しかし後になって考えれば、Yは後輩とはいえ僕よりも1歳下なだけだから、すでに60歳を過ぎている。
通りかかった男性はそんな歳ではなく、もっと若かった。
まあ、だからこその男性に昔のYを見て、「Yだ!」と思ったのだが(笑)

しばらく前にその憧れの先輩の女性から(←もうちょっと別の表現はないものかと自分でも思う)、高校生の頃によく僕に付きまわっていたYが、別に頼んだわけじゃないのに、勝手にその先輩につないでくれたことを聞いて、「そういうことだったのか」と納得したのだった。

とすれば、再会のきっかけになった日にYとそっくりな男性とすれ違ったことにもやはりそれなりの意味があったのだと思った。
しかし、なんだかシナリオというのは確かにあって、面白いというか不思議な気がするね。


克)はい(笑)
お互いに今を喜びながらありのままの自分で関わっていくことで、お互いが働きにおいても個人としてもさらに大きな喜びを得る(もたらし合う)ことができるでしょう。

個人としてあなた方が思っている以上に大きな意味のある再会ですよ。


飯)分かりました。
この話をしていたらまた急に何度も大量排尿が続くし、クシャミが何十回も連続で出て、実に変な感じですよ。
ということで落ち着かないから、今回はこのあたりにしますよ。


克)はい、分かりました(笑)
気楽に構えて、さまざまな制約や制限を超えて、本来のあなたのエネルギーを取り戻してくださいね。
それが皆の喜びになることはあなたももう分かっているのですから。


飯)はーい、了解です。
いつも、ありがとう!

(2016・10・25)
。。。。。。。

今日、ちょっと読み返していたら、追加で伝えられてきたのでそれもアップしておきます。

(追加受信)

克)喜びではないこと(情報)が潜在意識のベースにインプットされていたら、地上的には喜びとして受け止めにくいことが現実化します。
病や事故やトラブルや孤独やさまざまな悩み・不調和がもたらされるということです。
それは継続的・断続的にもたらされる場合もありますし、突然にもたらされる場合もあります。

潜在意識こそが、地上人生のシナリオであるのですから、それは当然の法則でもあります。

顕在意識で認識することにその人の心が耐えられない場合は、ほとんど完全に忘却してしまっている場合も珍しくありません。
自分がされたことであっても、自分がしたことであっても、本人は全く覚えていない、認識していないということもよくあります。
しかしそれでも潜在意識にインプットされた情報はその人の現実を作り続けていくのです。

私の場合もそうでした。
私が生まれたことによって父親は遠洋漁業の漁船の乗組員を辞めて、小名浜から福島市内に転居しましたが、その後しばらくの期間は不安定な生活が続きました。
私が幼い頃、両親の不和によって父親は夜も外出することが多く、母親は毎晩のように痛飲する日々でした。

私が6歳の時、酔った勢いで、母親は夫に対する当てつけのつもりで無理心中を思いつき、まず、家の二階ですでに眠っていた私の首を絞めたのです。
私には何が起きたのかも分からず、恐怖と苦しさのあまり抵抗することもできませんでした。
うめき声をあげる私の様子に、はっと我に返った母親はすぐに手を離し、そのまま階下に降りていきました。

どうして自分がそうされたかも分からないままに、恐怖に打ちのめされた私はそのまま眠ってしまいました。
翌朝、私は恐る恐る母親のいる下に降りて行ったのですが、母親は何事もなかったように普段通りの様子でした。
私に背中を向けて髪をとかしている母親の様子は普段通りでしたが、私は昨夜私の首を絞めたのはこの人だと確信しました。
そして、母親の様子から、このことは誰にも言ってはいけないのだと悟ったのです。

その頃の父母の事情もよく分かっていない私には、なぜ母親がそんなことをしたのかも分かるはずはなく、「自分が何かいけないことをしたからだ」と思うしかありません。
しかし、私には自分がそこまでのことをしたという覚えは全くなく、幼い私が出した結論は「私は自分の落ち度を人に見せてはいけない」ということでした。
「母親は私にはそうしたが、横で眠っていた弟にはしなかった」ということから、自分の存在に対する自信のなさと、姉という言葉への嫌悪感もインプットしてしまったのです。

自分の存在に自信を持てない人間が自分の至らなさを人に見せないようにしなければならないと思えば、「ソツなく関わりながらも本当のところでは人に対して心を開けない。人と心の底から関われない」ということになります。
そういう私でしたが、あなたと出会い、激動の中で共に働き共に生きたあの10年余りの期間が私の地上人生の宝物でした。

幼い頃のあの出来事はすぐに潜在意識に沈めて、私は全く覚えていませんでしたが、やはりその≪情報≫は現実化し続けていたのです。

私の潜在意識には母親から刷り込まれていた、「自分が大事(他人に与えるなんてとんでもない)」という≪情報≫も同時にインプットされていて、あなたと出会ったことで自分本来の意識が目覚めてからも、母親への恐怖・従属という無意識のエネルギーと摩擦を起こし続けていました。

それが「腋に抱えた思い」として腋のリンパの腫瘍として形となり、潜在意識に刷り込まれた「与え続けることへの違和感」は乳房の腫瘍となりました。
それが「腋に抱えた思い」として腋のリンパの腫瘍として形となり、潜在意識に刷り込まれた「与え続けることへの違和感」は乳房の腫瘍となりました。
それでも潜在意識に沈めこんだ感情を吐き出すことも解消することもできなかったことで、肺のガン性リンパ管症も併発することになりました。

(肺全体のリンパ管にガンが転移したことで呼吸も苦しく、CTでは肺全体がガン化して白く写っていた。「道中での死亡もあり得る」という医師の反対を押し切り、緊急用の酸素ボンベを携行して参加した長野合宿。文杭峠の入り口で、車椅子の上から突然、「みんな大好き! ありがとう!」と大声で叫び、行く時よりもはるかに元気になっていた。帰ってからのCTでは明らかに肺の状態は改善していた。=飯沼補足)


私が病を得てしばらくしたある夜、あなたにヒーリングエネルギーを注いでもらったすぐあとに、あの幼い日の恐怖が突然に甦り、私は夢遊病者のように暗い部屋の壁に背中を押し付けて、恐怖におののきながら周囲を見回していました。
それでも甦ったのは幼い頃のあの時の恐怖心と反応だけで、あの出来事のことは全く思い出しませんでした。


あなたの勧めで霊団からのメッセージを受信して、その出来事のことを知らされましたが、それでも自分では思い出せなかったのです。
かなりの期間をかけてあなたと話しているうちに、ごく断片的に少しずつは思い出せてきましたが、それでも実感のある記憶とは程遠い状態でした。

あなたは[そこにこそ治癒のカギがあるに違いない]として、何度も何度もその話をしましたね。


初めの頃は完全に否定して、「かっちゃんは頭がおかしくなったんじゃないの?」とまで言っていた母親も、私の病状が悪化して呼吸も苦しくなった頃になって、ようやくその事実を認めてくれました。
それでも、私の実感は蘇らないままでした。

そして、私が地上を離れる10日ほど前になって、病室を訪れた母親に対して、私は突然、「苦しかったんだから! どうしてあんなことをされるのか、私には全く分からなかったんだから! あんなひどいことをして、ちゃんと謝ってよ!」と激しく訴えたのです。

後であなたも言っていましたが、あの時は自分がそうされた時の気持ちがそのまま甦って、幼児のように泣き叫びました。
あなたは「これで治癒へのスイッチが完全に入った」と言っていましたが、あなたも感じていたように、もう私の肉体は苦痛を生じさせないことが精一杯で、回復に向かう余力は残っていませんでした。
というよりも、もっと高次のシナリオによって、私はあの時期に地上を離れることになっていたのです。

私事を長くお伝えしましたが、これは母親を責める意味で伝えたのではありません。
すでに母親ともこちらで再会しています。
そしてこれを皆さんにお伝えするのはその母親の希望でもありました。
(母親は今、深い悔悟の念と共に、それもまた地上の自分が演じることになっていたシナリオであったことを十分に理解しています。
このように、いかに自由意志による過ちであっても、それもまた高次のシナリオには織り込み済みのことであるのです。もちろん地上の人間には知る由もないシナリオであり、地上の人間はやはり喜びの意識を地上の言動によって表現することが(地上的)喜びになるのですが)


自分にも幼い頃の境遇による潜在意識へのネガティブな刷り込みはあって、それがまさに自分の今や将来の元のシナリオになっていることを思い、潜在意識のベースを喜びに書き換えることの重要性を一人でも多くの皆さんに分かっていただきたいのです。

そして、(それが全てではありませんが)とりあえず今は提示されている言葉を20回ずつ毎日何度も唱えることを、自分の日課として組み入れていただきたいのです。

25/10/2016(火) 20:49:49


No.15292  さき
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
ぬまさんお疲れ様です。
今月も受信ありがとうございました。
寒け?は大丈夫ですか。

毎月この通信を読ませてもらうのは楽しみでもあり、自分の日常を点検する機会にもなっています。
こうして毎月この通信を読むことで、悠々塾につながる皆の意識がつながっていくし、この共鳴場のベースになっているのだと思います。

クーエの自己暗示を読んで、その治療、癒しのシンプルさに鳥肌がたちました。
癒しは本来特別な能力や技術に頼るものではなく誰にでも出来ることなんだと。本来の体の力、いのちの力を信じて委ねればいいだけなんだと感じました。
ぬまさんの言ってたマスターキーのすぐ傍まできていると感じています。

難しく考えずに
潜在意識を本来のものに書き換える言葉
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」
この言葉を唱え続けることで自然に自分の心と体に浸透し作用していくのだと思います。
この言葉を空気のように自分のベースにしていきたいです。

今日は暑かったし、私は仕事から帰って来てからお風呂に入って扇風機にあたってますよ〜

26/10/2016(水) 19:28:15

No.15293  のものも
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
毎回毎回、自分の事として読めるのですが、今回は特に特に!!
あーチカラ入るな、全く。
この状況に、もうこれで終わりにしてくださいよって感じなんですけど。
(ふくろうカフェでも行って、癒されますかね〜。)
もう相手と自分を見るのでなく、自分の善のみ、人として優しくの気持ちで動こうと思います。
嗚呼、出来るのだろうか、、。
上がったり、下ったりで。

クーエさんの本、なんか不思議だと思ってたのは、たぶん自分が患者さんになったつもりで読んでたからだと思います。
読みながら、暗示にかかっているようです。
まだ、読んでる段階ですが、クーエの暗示をクーエ氏になったつもりで、低い声に出してたまに読んでます(笑)

私は、「日に日にあらゆる面において、私は良くなっている」は朝のイメージがします。
「命はひとつらなり。みんな大好き、ありがとう。絶対安心」は夜のイメージがしました、なんとなく。

26/10/2016(水) 20:46:16

No.15294  エーチャン
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
ヌマさん、合いは時空を超えての受信、投稿、ありがとうございます。

ちょっと色々あって、ボーッとしているのですが、何度も読み返したいと思います。

26/10/2016(水) 22:43:01

No.15295  あきら&ひとみ
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
こんにちは。
なかなか書き込みできずにすみません。

ぬまさん、受信お疲れ様です。いつもありがとうございます。

「いのちは〜」の言葉はだいぶ浸透してきているような・・。というか困った時の呪文(笑)としていつも登場します。頼ってばかりです(笑)

「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」
元気になる言葉です。
どうしてもいのちは〜の言葉と一緒に唱えてしまうんですが、なるべく静かな時間を作り、唱えたいと思います。
この言葉が自分に浸透してくれたら、こわいもんなしですね。

さきさん、こちらも昨日はとても暑かったです。この温度差にやられないように自分の心が元気でいれるよう頑張ります。

ひとみ

27/10/2016(木) 10:13:47

No.15296  キン
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
飯沼さん、受信ありがとうございます。
久々の書き込みです。
気持ちを切り替えようと思い書き込みさせていただきます。

いのちはひとつらなりみんな大好きありがとう。だいじょぶ。
日に日にあらゆる面において私はますます良くなっている。を
ポストイットに書いて色んなところに貼り付けて唱えています。

去年から変わりたいと思い何度も何度も唱えています。

ふと、唱えながら、
日に日に実際良くなってるなぁと実感することもあって
飯沼さんをはじめ、ここに繋がる皆さんや家族、命の繋がりに感謝せずにはいられない瞬間があります。

小さい時には想像もできなかったと思います。

ありがとうございます。
潜在意識を変えて本来の魂の輝きの如く煌めかせたい!と思います。
受信を読んで胸打たれました。
ありがとうございます。

27/10/2016(木) 12:44:50

No.15297  あおやま
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」

駅まで歩く道々、電車の中、バイクで走りながら、信号待ちの間、食器を洗いながら、掃除機をかけながら・・・・

一日中、いろんな場面で思いついた時に唱えています。

いのちはひとつらなり、みんな大好きありがとう。大丈夫、絶対安心。

27/10/2016(木) 12:55:14

No.15298  みゆるん
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
受信、いつもありがとうございます!

親の潜在意識が子どもに影響する
というのに、めっちゃ反応してしまいました。。。

クーエ氏の言葉と、いのちは〜の言葉、わたしも
運転中や家事しているとき、あと、気持ちが落ち込みそうになったり、
あかんあかんと思う時、唱えています。
実際、日に日に何か良くなってると思います。
手やカラダのかゆみも以前とは比べもんにならないくらい、
少なくなっています。
かゆくなっても、せやねんな〜と思って寝ている時にかゆくなることが多いので、最近は、起きてなんやかんや用事をするようにしたら、いつの間にかかゆみはなくなっていて、しかも用事も済ませられるので嬉しいです。
何かしら良くなってるし、進んでもいる、と思ったら元気出ます。
引き続き、言葉を唱えて自分に染み込ませていきます。

27/10/2016(木) 13:47:16

No.15299  飯沼正晴 E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
さきさん、のものもさん、エーちゃん、ひとみさん、きんちゃん、あおやまさん、みゆるんさん、コメントありがとうございます。

今日、ちょっと読み返していたら、追加で伝えられてきたのでそれもアップしておきます。
読み直さずに、とりあえずそのままアップするので、後で修正するかもしれません。

(追加受信)

克)喜びではないこと(情報)が潜在意識のベースにインプットされていたら、地上的には喜びとして受け止めにくいことが現実化します。
病や事故やトラブルや孤独やさまざまな悩み・不調和がもたらされるということです。
それは継続的・断続的にもたらされる場合もありますし、突然にもたらされる場合もあります。

潜在意識こそが、地上人生のシナリオであるのですから、それは当然の法則でもあります。

顕在意識で認識することにその人の心が耐えられない場合は、ほとんど完全に忘却してしまっている場合も珍しくありません。
自分がされたことであっても、自分がしたことであっても、本人は全く覚えていない、認識していないということもよくあります。
しかしそれでも潜在意識にインプットされた情報はその人の現実を作り続けていくのです。

私の場合もそうでした。
私が生まれたことによって父親は遠洋漁業の漁船の乗組員を辞めて、小名浜から福島市内に転居しましたが、その後しばらくの期間は不安定な生活が続きました。
私が幼い頃、両親の不和によって父親は夜も外出することが多く、母親は毎晩のように痛飲する日々でした。

私が6歳の時、酔った勢いで、母親は夫に対する当てつけのつもりで無理心中を思いつき、まず、家の二階ですでに眠っていた私の首を絞めたのです。
私には何が起きたのかも分からず、恐怖と苦しさのあまり抵抗することもできませんでした。
うめき声をあげる私の様子に、はっと我に返った母親はすぐに手を離し、そのまま階下に降りていきました。

どうして自分がそうされたかも分からないままに、恐怖に打ちのめされた私はそのまま眠ってしまいました。
翌朝、私は恐る恐る母親のいる下に降りて行ったのですが、母親は何事もなかったように普段通りの様子でした。
私に背中を向けて髪をとかしている母親の様子は普段通りでしたが、私は昨夜私の首を絞めたのはこの人だと確信しました。
そして、母親の様子から、このことは誰にも言ってはいけないのだと悟ったのです。

その頃の父母の事情もよく分かっていない私には、なぜ母親がそんなことをしたのかも分かるはずはなく、「自分が何かいけないことをしたからだ」と思うしかありません。
しかし、私には自分がそこまでのことをしたという覚えは全くなく、幼い私が出した結論は「私は自分の落ち度を人に見せてはいけない」ということでした。
「母親は私にはそうしたが、横で眠っていた弟にはしなかった」ということから、自分の存在に対する自信のなさと、姉という言葉への嫌悪感もインプットしてしまったのです。

自分の存在に自信を持てない人間が自分の至らなさを人に見せないようにしなければならないと思えば、「ソツなく関わりながらも本当のところでは人に対して心を開けない。人と心の底から関われない」ということになります。
そういう私でしたが、あなたと出会い、激動の中で共に働き共に生きたあの10年余りの期間が私の地上人生の宝物でした。

幼い頃のあの出来事はすぐに潜在意識に沈めて、私は全く覚えていませんでしたが、やはりその≪情報≫は現実化し続けていたのです。

私の潜在意識には母親から刷り込まれていた、「自分が大事(他人に与えるなんてとんでもない)」という≪情報≫も同時にインプットされていて、あなたと出会ったことで自分本来の意識が目覚めてからも、母親への恐怖・従属という無意識のエネルギーと摩擦を起こし続けていました。

それが「腋に抱えた思い」として腋のリンパの腫瘍として形となり、潜在意識に刷り込まれた「与え続けることへの違和感」は乳房の腫瘍となりました。
それでも潜在意識に沈めこんだ感情を吐き出すことも解消することもできなかったことで、肺のガン性リンパ管症も併発することになりました。
(肺全体のリンパ管にガンが転移したことで呼吸も苦しく、CTでは肺全体がガン化して白く写っていた。「道中での死亡もあり得る」という医師の反対を押し切り、緊急用の酸素ボンベを携行して参加した長野合宿。文杭峠の入り口で、車椅子の上から突然、「みんな大好き! ありがとう!」と大声で叫び、行く時よりもはるかに元気になっていた。帰ってからのCTでは明らかに肺の状態は改善していた。=飯沼補足)


私が病を得てしばらくしたある夜、あなたにヒーリングエネルギーを注いでもらったすぐあとに、あの幼い日の恐怖が突然に甦り、私は夢遊病者のように暗い部屋の壁に背中を押し付けて、恐怖におののきながら周囲を見回していました。
それでも甦ったのは幼い頃のあの時の恐怖心と反応だけで、あの出来事のことは全く思い出しませんでした。

あなたの勧めで霊団からのメッセージを受信して、その出来事のことを知らされましたが、それでも自分では思い出せなかったのです。
かなりの期間をかけてあなたと話しているうちに、ごく断片的に少しずつは思い出せてきましたが、それでも実感のある記憶とは程遠い状態でした。

あなたはそこにこそ治癒のカギがあるに違いないとして、何度も何度もその話をしましたね。

初めの頃は完全に否定して、「かっちゃんは頭がおかしくなったんじゃないの?」とまで言っていた母親も、私の病状が悪化して呼吸も苦しくなった頃になって、ようやくその事実を認めてくれました。
それでも、私の実感は蘇らないままでした。

そして、私が地上を離れる10日ほど前になって、病室を訪れた母親に対して、私は突然、「苦しかったんだから! どうしてあんなことをされるのか、私には全く分からなかったんだから! あんなひどいことをして、ちゃんと謝ってよ!」と激しく訴えたのです。

後であなたも言っていましたが、あの時は自分がそうされた時の気持ちがそのまま甦って、幼児のように泣き叫びました。
あなたは「これで治癒へのスイッチが完全に入った」と言っていましたが、あなたも感じていたように、もう私の肉体は苦痛を生じさせないことで精一杯で、回復に向かう余力は残っていませんでした。
というよりも、もっと高次のシナリオによって、私はあの時期に地上を離れることになっていたのです。

私事を長くお伝えしましたが、これは母親を責める意味で伝えたのではありません。
すでに母親ともこちらで再会しています。
そしてこれを皆さんにお伝えするのはその母親の希望でもありました。
(母親は今、深い悔悟の念と共に、それもまた地上の自分が演じることになっていたシナリオであったことを十分に理解しています。
このように、いかに自由意志による過ちであっても、それもまた高次のシナリオには織り込み済みのことであるのです。もちろん地上の人間には知る由もないシナリオであり、地上の人間はやはり喜びの意識を地上の言動によって表現することが(地上的)喜びになるのですが)


自分にも幼い頃の境遇による潜在意識へのネガティブな刷り込みはあって、それがまさに自分の今や将来の元のシナリオになっていることを思い、潜在意識のベースを喜びに書き換えることの重要性を一人でも多くの皆さんに分かっていただきたいのです。

そして、(それが全てではありませんが)とりあえず今は提示されている言葉を20回ずつ毎日何度も唱えることを、自分の日課として組み入れていただきたいのです。

27/10/2016(木) 17:35:22

No.15300  のり〇ー
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
途中からとても真剣に読み入ってしまいました。とりあえず20回唱えます。

27/10/2016(木) 20:40:23

No.15301  ぽんた
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
いつも受信をありがとうございます。
圧倒されてしまいました。

幾重にも折りたたまれた奥にしまわれて、事実を指摘されても思い出せないような経験が、自分のすることなすこと、そしてたった今の自分の成り立ちにも大きな影響を与えているのですね・・・・。
途方にくれています。

どうしたらいいのかわかりませんが、とにかくこのふたつの魔法の言葉を日に20回づつ唱えます。
これらの言葉が、そこに届くのですね。

28/10/2016(金) 00:22:52

No.15302  飯沼正晴 E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
のり○ーさん、ぽんたさん、コメントありがとうございます。

のり○ーさんからのメールの返信に、「掲示板に挙げている言葉をそれぞれ20回ずつ、毎日何度も唱えるように」と返信しようと思っていました。
ぜひ、続けてくださいね。
のり○ーさんの細やかな優しさが喜びとして、ポジティブに表現できるようになると思いますよ。


ぽんたさん、困惑する必要は全くないと思いますよ。

潜在意識についてのさまざまな原理や方法が明らかになったのですし、その書き換え方法も分かってきたわけです。

であれば、あとはわくわくしながら実行していくだけですね〜。
。。。。。。。。。

今回の「愛は時空を超えて」に、私の高校の後輩(Y)のことを少し書きました。

そのあとで克から追加で伝えられたこともあったのか、ちょっと思い出したことがあります。

私は40歳ぐらいまで、兵庫県の氷上町で田畑を借りて有機農業をしていたのですが、「障がいを持った人たちと共に暮らし、働く」という場だったこともあって、特に初期の頃はいろんな人が手伝いに来ていました。

克と出会う10年ぐらい前には、福島市出身のMさんという青年が数カ月滞在して手伝ってくれていました。
(次男坊が産まれた頃で、ちょうどその頃に父親が経営していた工務店が倒産して、いろんな意味でバタバタしている時期でした)

克と出会ってだいぶたった頃に、「そういえば福島市出身のMさんという青年が手伝ってくれていた時期があった」というような話をしたのでしょう。
いろいろ話しているうちに、そのMさんが克の通っていた付属中学の同級生だったことが分かったのです。
確か、同じクラスにはならなかったが隣のクラスだったということでした。

今にして思えば、これもまた克との出会いが必然であったことを示すサインであり、シナリオ通りだったということなのでしょうね。

28/10/2016(金) 13:37:44

No.15303  よっしー
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
愛は時空間を越えてを、受信していただき、
ありがとうございます。潜在意識のベースを、喜びに書き替えることが、とても重要であることを、ひしひしと感じました。親の潜在意識が影響するというところを読み、はやく喜びをベースとした潜在意識に書き替えなくてはと、ちょっと焦りますが、言われているように、気楽にたのしい気分で、「いのちはひとちらない。みんなだいすき。ありがとう。絶対大丈夫」と、「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」を
何回も唱えていきたいです。ポジティブな気分で唱えたいとあ思います大元のところの潜在意識を信じてそこにつながっていきたいです。

28/10/2016(金) 23:14:18

No.15304  きんもくせい
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
愛は時空を超えての受信、そして追加受信、ありがとうございます。
克子さんが、改めてご自身のことを伝えてくださって、今まで克子さんや飯沼さんやここに繋がる人たちから、いかに多くを気づかせていただいたかを思います。
そして、全てシナリオなのだということに向き合うしかないのだと思いました。
そのシナリオの中には喜びもあれば、自分としては喜びとは思えないものもありますが、潜在意識のベースを喜びに書き換える重要性。

自分の育った環境もその後の人生も、出会いも出来事も、全てが潜在意識を喜びに書き換えるシナリオなのだと思えば、喜びに書き換えるしかないでしょ。と思います。
とにかく、20回唱えます。
集中して20回以上唱える方が、何だか気持ちが強くなっていく感じがします。
まずはやっていきます。

29/10/2016(土) 00:58:47

No.15305  飯沼正晴 E-mail
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
よっしーさん、きんもくせいさん、コメントありがとうございます。

どんどんやっていきましょう!

29/10/2016(土) 16:04:46

No.15309  恵美子
Re: ☆☆ 愛は時空を超えて141 ☆☆ 引用
”愛は時空を超えて”ありがとうございます。

克子さんがご自身のことをあらためてここで伝えてくれたことがありがたいです。
思うに任せないことが続くなかにあっても、変わっていきたいという意思がとても大事なのかなと思うのです。
皆が、喜びの意識で生きられれば、世の中が大きく変わるはず。

いのちはひとつらなり、みんな大好きありがとう、何があっても大丈夫。
日に日にあらゆる面において、私はますます良くなっている。
唱えることが習慣になってきていますよ。
20回唱えたら、そのエネルギーにしばらくひたっています。

加えて、、、
まだ起きてもいないことを心配せず、
何かあったときには、ベストを尽くし、あとはゆだねる。
思うに任せないことが多い地上人生の中で、それでも今ここに生きているということが、大きな計らいのなかにあるということ。

何があっても大丈夫、絶対安心、ということですよね。

30/10/2016(日) 09:37:07


No.15270 飯沼正晴  E-mail
また、呼び掛けです 引用
前の投稿、皆さんからの反応は少ないですが、どのように読んでもらっているのでしょうか?

クーエ氏の本を注文して読む人も、読まない人もいるようですが、ここでまた呼びかけをします。

「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」という言葉と、
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉を、
毎日それぞれ20回(以上)ずつ唱えて、自分の潜在意識に書き込むことを呼びかけます。

できればそれぞれ別の時間帯に唱える方がいいのでしょうが、それが難しければ連続して唱えても構わないのです。
いろいろ条件を付けてしないよりは、不十分なやり方でもした方がいいに決まっています。

とりあえずの注意点としては、20回数えることにあまり意識を割かないことです。
クーエ氏は、ひもに20個の結び目を作って結び目を指でたどりながら唱えることも勧めていますが、まあそこまですることもないでしょう。
もう一つのコツは、顕在意識であまり強く思わないことでしょう。
なんとなく脳の中心部をイメージして潜在意識に刷り込みながら、顕在意識を軽く添わせる感じでいいと思います。

眠りに入りかけている時や朝の目覚めの時、ゆったりとお湯に浸かっている時、車の運転中や自転車に乗りながらとか、電車に乗っている時などがいいと思います。
状況にもよりますが、できれば自分に聞こえる声に出して唱えます。

そして、「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」とは、
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」ということでもあるのです。
そのことは今、しっかりと認識してください。

つまり、自分の魂の意識に沿って、霊としての意識を優位にして「霊主体従」で生きれば、おのずと地上的にも健やかな喜びの現実がもたらされていくのです。


「特殊暗示」の言葉を考えて、個人的に抱えている困難や苦しさからの脱却を図るのもやればいいと思いますが、その場合は「困難や苦しさの土俵の中で(今のチャンネルに合わせたままで)、現状を否定しても解放にはならない。むしろ、今の苦しさにさらにはまり込んでしまう」ということを踏まえておきましょう。
「今の〜〜が嫌だから、そうではない自分になりたい」というのでは、現状に囚われたままになっているということです。

例えば、病にある自分に基づいて病気ではない(元気になった)自分をイメージしても、本当の健やかさはもたらされにくいのです。
今の苦しさや寂しさに基づいて、苦しさや寂しさから抜け出せた(幸せな)自分をイメージしても、本当の幸せにはなりにくいのです。

クーエ氏も言っているように、個別なことについての「特殊暗示」は諸刃の剣であることは分かっておいてほしいと思います。

とはいえ、「特殊暗示」もコツをつかめばストレートに効果を発揮するはずです。
そのコツは、現状がどうであっても今に喜びを見出すことです。
今、抱えている苦しさとは別のところに喜びを見出そうとするのではなく、苦しい現状そのものの中に喜びを見出してしまうのです。

しかし、それはなかなか難しいことであるでしょう。
なので、個別のことについての「特殊暗示」の効果を高めるためにも、潜在意識の大元を書き換えることが重要なのです。

ということで、
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉と、
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」という言葉を、
毎日それぞれ20回(以上)ずつ唱えて、自分の潜在意識に書き込むことを呼びかけます。

21/10/2016(金) 13:30:49


No.15271  さいこ
Re: また、呼び掛けです 引用
ぬまさん、遠隔ヒーリングありがとうございます。
ひざの痛み、だいぶ楽になりました。
まだ、少しだる痛い感じはありますが、日に日に良くなっています。あと、もう少しです。

私の場合は最初は「ひざは治った。全部、治った」と20回唱えてました。途中から「日に日に、あらゆる面において 私はますます良くなっている」も唱えるようにとアドバイスを頂きました。

ひざは治った…と唱えて時はどうしても早くに治りたいと結果を求める気持ちが強くあったように思います。
でも日に日に…を唱えるときは何となく、気分が明るくなるような感じがします。


鳥取で大きな地震がありましたね。
大阪もけっこう揺れました。
うまく言えないのですが、私たちの意識にのんびりしてる時間はないぞ…と言われているような気がしました。変な言い方ですみません。

大きな被害になりませんように…。
震源地辺りで主人の教え子が温泉旅館をしています。
心配です。

21/10/2016(金) 14:55:13

No.15272  飯沼正晴 E-mail
Re: また、呼び掛けです 引用
鳥取県で震度6弱・M6,6の地震ですね。
メール打ち込み中に携帯の緊急地震速報が鳴ってびっくりしました。
篠山は震度3ですが、大した揺れではありませんでした。

鳥取・島根地方は少し前から大きな地震の予測が出ていて、実は今回の浜村滞在ではちょっと気にしていました。

地震科学探査機構のメルマガから、最新の地震予測情報を転載しておきます。(ここしばらくは同じような予測です)
。。。。。。。

〇レベル5
(震度5以上の地震の可能性が極めて高く緊急性がある)
南関東周辺

〇レベル4
(震度5以上の地震が発生する可能性が極めて高い)
南海・東南海地方
南西諸島
九州
東北・北関東の太平洋岸、奥羽山脈周辺
鳥取県・島根県周辺
北信越地方・岐阜県

〇レベル3
(震度5以上の地震が発生する可能性が高い)
北海道釧路・根室・えりも・中央部周辺
北海道道南・青森県
。。。。。。。

昨今の状況からは関東地方は極めて要注意だと思います。
とはいえ、日本のどこで巨大地震が起きてもおかしくありませんが。
まして、今の日本は1000年ぶり、あるいは400年ぶりの地震活性期に突入しているようですし。

あ、また少し揺れました。

どうぞ皆さん、地震への備えをしておいてください。
と、実はほとんど何の備えもしていない私が言うか・・・?

地震だけでなく、巨大な太陽嵐(太陽フレア等)が地球を直撃したら、コンピューターや通信網・発電所や電気機器などがことごとく全滅して、つまりすべてのインフラ・ライフラインが壊滅して、今の文明が終わるといわれています。
(これはトンデモの話じゃなくて、アメリカ政府などは対策を呼び掛けているそうです。対策など無いのですが・・・)

そしてそれはいつ来ても不思議ではなく、今の時代だからこそ壊滅的な影響を及ぼすのです。
実際に2012年の太陽嵐は地球のすぐそばを通りました。
あと1週間ずれていたら、今の文明は終わっていたのです。
そして、この先10年間でその規模の太陽嵐が地球を襲う確率は12%なのだそうです。

私たちはそういう危うい時代に生きているということです。

だからこそ、今の時期、霊としての意識を高めて霊主体従で生きることが求められているのだと思います。
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」の心と、それに基づいた日々の生き方です。

何物も何事も自分に留めず、自分自身をも自分に留めず、宇宙を統べる(成り立たせている)大いなる調和と愛の喜びに自分を同調共鳴させ、その喜びに自分を解放していくことです。

21/10/2016(金) 15:12:40

No.15273  さき
Re: また、呼び掛けです 引用
職場で地震のニュースを聞いてびっくりしました。
京都でも少し揺れました。

>私たちの意識にのんびりしてる時間はないぞ…
>と言われているような気がしました。

さいこさん↑↑同感です。
いつどこで大きな地震があってもおかしくない。
一日一日、その時その時を、大切にしたいです。

ぬまさんの呼びかけ
私はいのちはひとつらなり、、
を心のなかで(自分自身に馴染ませるように)唱えてから
クーエの一般暗示の言葉を唱えています
一般暗示の言葉
最初はピンとこなかったのですが
やっているうちにイメージがわいてきました。

地上的な意識、今の地上界の影響に染まった 
自分の潜在意識のベースを
本来の自分、自分自身の魂の意志、
霊主体従につなげる言葉なんだと感じます。

21/10/2016(金) 18:30:07

No.15274  のものも
Re: また、呼び掛けです 引用
鳥取付近の方、大丈夫でしょうか。
最近の飯沼さんの旅行先でしたから、益々のんびりしていられないと後押しされているようで、無事を祈るばかりです。

「日に日に、あらゆる面において、ますます私は良くなっている」

私は乗っけから、パワーをいただいているようで気分が上がりました〜。
強くなっていくようなイメージです。

「いのちはひとつらなり。みんな大好きありがとう」と一緒に唱えて、体得出来ればと思います。

周りを見ても、どこまで自分に集めて止めての繰り返しで、一体何がしたいのだろうと思います。

21/10/2016(金) 21:23:18

No.15275  祐造
Re: また、呼び掛けです 引用
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」という言葉と、
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉、
毎日唱えています。

あと、京都で飯沼さんからアドバイスしてもらった「特殊暗示」の、
「自分は、自分だ! 自分は、自分として生きている」
も毎日してます。
(僕は幼いころ、両親に気を遣て、意向に沿うように生きようと潜在意識に刷り込まれているので、それの書き換えです)
本来の自分らしく、誇りをもって生きたいです。

ボーっとタバコをすいながらとか、車を運転しながら唱えています。
やる前は少しおっくうだったりもするのですが、やればなんてことないのです。
毎日、そんな感じです。

22/10/2016(土) 00:13:27

No.15276  ゆみっぺ
Re: また、呼び掛けです 引用
おはようございます。本が届いたので、読み始めました。思考のパワーより、私は読みやすいです。朝晩唱えています。

22/10/2016(土) 08:30:46

No.15277  エーチャン
Re: また、呼び掛けです 引用
注文していた「自己暗示」が昨日届きましたので、これから読み始めようと思います。

ヌマさんの投稿No.15259に書かれている:

・・・・・・

クーエは自身の治療経験によって、「特殊暗示よりも一般暗示こそが大きな効果を生み出していく」と主張しています。
その理由は、特定の状態を改善したいと唱える時には、具合の悪さ・状態の悪さを意識の元に据えてしまうからということです。

これはまさにその通りで、以前に私が書いたように「喜びでないチャンネルに意識を合わせたままで、それを否定してもなかなか喜びには切り替わらない」ということと全く同じ意味です。

・・・・・・

この意味がよくわかるし、何とかよろこびベースに切り替えようと思うのですが、いい感じになってきたかなあと思っていると、ちょっとしたことですぐによろこびでいチャンネルに戻っている、ということを繰り返してきました。

今度こそ何が何でもよろこびベースに切り替えたい、何が何でも切り替えるんだと思ってやってきます。「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉と、「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」という言葉を、毎日それぞれ20回(以上)ずつ唱えます。

ちょっとばたばたしていて、今日からスタートです。1週間ごとにどんな変化が現れたか、投稿していこうと思います。

22/10/2016(土) 09:20:29

No.15278  あきどん
Re: また、呼び掛けです 引用

「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」
毎日20回唱えています。10本の指で数えながらあっという間でいい感じです。
ぽんたさんのおっしゃる通り、私にもこの言葉はしっくりくる気がします。

「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」
の、絶対大丈夫の前に、「何があっても」と付けると、何かあるのか?とちょっと怖くなるというかネガティブな気持ちになる気がするので、自分はつけないようにしたいです。

思考のパワーは、アマゾンで購入し今、読んでいるところでした。
クーエさんの本は図書館に別なタイトルのがあったので、そちらをまず昨日借りたところです。

22/10/2016(土) 09:57:00

No.15279  飯沼正晴 E-mail
Re: また、呼び掛けです 引用
さいこさん、さきさん、のものもさん、祐造さん、ゆみっぺさん、エーちゃん、あきどんさん、コメントありがとうございます。

祐造さんも書いているように、確かにやる前はちょっと億劫な気になりますね。
でも、意識を整える時間も含めて、5分もあれば一つの文言を20回以上唱えることができます。
3種類の文言を唱えたとしても1日に15分ですから、やる気さえあれば誰にでもできることだと思います。


>何とかよろこびベースに切り替えようと思うのですが、いい感じになってきたかなあと思っていると、ちょっとしたことですぐに喜びでないチャンネルに戻っている、ということを繰り返してきました。< (一部校正しました)

「自己暗示」の本にも書いてありますが、「〜〜になりたい。〜〜をしたい」という願望形で潜在意識に刷り込めば、いつまでたっても「そう願っている自分」が実現してしまうわけです。
つまり、「いつまでたっても願いは実現しない。(だから願い続ける)」ということになってしまいます。

時制的に多少の違和感があっても、「自分は〜〜になっている」という完了形の言葉で唱えることもポイントの一つですね。
そして、「願いが叶って〜〜になったら、〜〜しよう」ではなく、すでにそうなった自分として言動していくことです。

それと、効果を検証しようとしないことですね。

クーエ氏も書いていますが、「種をまいてからその種が発芽しかけているかどうか土をほじくり返す農夫はいない」のですし、そんなことをしたら逆に発芽を妨げてしまいます。

植物によって発芽に要する日数・期間はまちまちですが、種をまいて水をやり続けたら必ず発芽するのです。
まずはそのことを考えるまでもない常識として刷り込んでしまうことでしょうね。
。。。。。。。

前の投稿で少し書いた太陽嵐のことですが、2012年の時は地球のすぐ近くを通り過ぎてから公表された(観測された?)ようです。

巨大な太陽嵐が地球に到達しても、人間以外の生物には何の影響もないでしょう。
人間でも、きれいな水が流れる川や湧き水の近くで、文明の利器に依存しないで、作物を栽培して自給的な生活をしている人たちもあまり影響を受けないでしょう。
今の文明の恩恵(あるいは縛り)を受けている人ほど壊滅的な打撃を受けるのです。

発電所の機能も復旧できないほどに破壊されて、コンピューター系は全部が壊れてしまうので、飛行機はもちろんのこと電車も戦車も車も船舶も軍艦もミサイルも使えなくなります。
銃の弾も生産できなくなるし、とりあえず戦争はできなくなりますね。
だからといって奪い合いの争いがすぐになくなるわけでもないでしょうが、文明の破壊によって機動性を奪われてしまうので、争いの規模は極めて小さくなるのでしょう。

だとすれば、それも悪くないのかなぁと思ってしまうほどに、今の地上界は弱肉強食の拝金主義がはびこりすぎています。
それはもう天の意志によってガラガラポンとリセットされても文句の言えない状態です。

本当に一人ひとりが地上に生きる霊としての自分の意識・生き方を確立して、それにふさわしい日々の生活・人との関わりに切り替えていかねば、全てを失ってから「今まで通りなど通用するはずがなかったのだ」と思い知らされることになるのでしょう。

22/10/2016(土) 11:42:25

No.15280  エーチャン
Re: また、呼び掛けです 引用
ヌマさん、コメントありがとうございます。

> 「自己暗示」の本にも書いてありますが、「〜〜になりたい。〜〜をしたい」という願望形で潜在意識に刷り込めば、いつまでたっても「そう願っている自分」が実現してしまうわけです。
> つまり、「いつまでたっても願いは実現しない。(だから願い続ける)」ということになってしまいます。
>
> 時制的に多少の違和感があっても、「自分は〜〜になっている」という完了形の言葉で唱えることもポイントの一つですね。
> そして、「願いが叶って〜〜になったら、〜〜しよう」ではなく、すでにそうなった自分として言動していくことです。


この部分はわかっているような気がします。

>
> それと、効果を検証しようとしないことですね。
>
> クーエ氏も書いていますが、「種をまいてからその種が発芽しかけているかどうか土をほじくり返す農夫はいない」のですし、そんなことをしたら逆に発芽を妨げてしまいます。
>
> 植物によって発芽に要する日数・期間はまちまちですが、種をまいて水をやり続けたら必ず発芽するのです。
> まずはそのことを考えるまでもない常識として刷り込んでしまうことでしょうね。


効果が出ているのか、すごく気になる人間です。種が発芽しているかどうか土地を掘り返す農夫です。この部分は改めます。

作業をしていこうとすると、次々に自分の変なくせに気づかされますねえ。でも、やっていきます!

22/10/2016(土) 15:44:17

No.15281  のものも
Re: また、呼び掛けです 引用
鶴の恩返しも、絶対中を覗いてはいけませんでしたよー(笑)

ぼちぼち読んでいます。
この本を見に行った時、確か心理療法の場所に置いてありました。他も、とりあえずチェックしましたが、こんな不思議な本はこの本だけだったと思います。
もし、私が本屋の店員なら、どこの場所に置くか迷いますね。
なので、この本を見つけたのが奇跡的なような。
とにかく面白いです。

22/10/2016(土) 16:27:32

No.15282  なみ
Re: また、呼び掛けです 引用
私も今日から「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」、「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」を毎日唱えていきます。

実は、家のトイレに「私は日ごとにあらゆる面で良くなっている。能くなっている。善くなっている……」という言葉を10年近く前から貼って眺めてはいるんですが、これといって……。
やっぱり20回以上繰り返し唱えるということや、寝る前や目覚めたときなどに潜在意識に刷り込むというのが、とても大事なのかもと思いました。

「自己暗示」の本も今日少し読んでみました。
行間が詰まってて読みにくそうと思ったら、読み始めるとおもしろくて、とても読みやすいです。
時間を見つけて、早く続きを読みたいと思っているところです。

22/10/2016(土) 19:16:11

No.15283  みさお
Re: また、呼び掛けです 引用
クーエ氏の本、注文しました。

日に日に あらゆる面において 私はますます良くなっている

私はこの言葉は、最初から入りやすかったです。
さきさんと同じく、いのちは ひとつらなりを唱えてから
日に日に…を言う様にしています。
いのちは ひとつらなりは基本やなぁとしみじみ思います。

日に日にを言い始めて、すぐにあっと思う事がありました。
仕事の事です!
今日は、楽しんで仕事をしていると 
仕事が終わってから、「仕事というより、私はやはり人に喜んでもらいたいんやなぁ」と感じながら帰宅しました…

ほんとうにいつ何があるか、わからない
本来の自分 魂の意志に繋がります。

23/10/2016(日) 08:31:19

No.15284  和也&久美
Re: また、呼び掛けです 引用
このところ目の回る忙しさだったのですが、徐々に時間が取れるようになってきているので、気が付いた時には唱えるようにしています。
唱えやすい言葉ですね。
唱える回数も増やしていきたいと思っています。
潜在意識を書き替えていきたいです。

                   和也

「日に日に〜」と唱えていると「喜びに向かっているのかな?」となんだか嬉しい気持ちになります。

いろいろバタバタしてなかなか時間がとれませんが、少しでも時間のとれる時は「日に日に〜」「いのちはひとつらなり〜」「特殊暗示」をそれぞれ唱えるようにしていました。
でも、掲示板を読んだら特殊暗示は難しいところもあるようなので、「日に日に〜」と「いのちはひとつらなり〜」を時間のとれる限りできるだけたくさん唱えて行きたいと思います。(今週くらいから時間がとれるかも知れないので)

                   久美

23/10/2016(日) 15:55:44

No.15285  春が来る
Re: また、呼び掛けです 引用
クーエ氏の本、読んでいます。
リプトン氏の本と共に、この本を紹介してくださったことに感謝です。
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」という言葉と「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉を、朝、起きる前と就寝時に20回(以上)、それから、日中のふと思いついた時、重い気分を感じた時などに唱えています。
この二つの言葉からは、今を生きている喜びと希望を感じるように思います。

「あなたは、われとわが身を疲労させているのです。努力すればするほど、それだけ、とりのぞきたいと思う観念がたちかえってきます。容易に、簡単に、何よりもまず努力せずに、そういう観念を変えてゆかなくてはね」というクーエ氏の言葉に習い、日常でも、ふと思いついた時などに習慣の様に軽やかに唱えていこうと思っています。

23/10/2016(日) 16:23:19

No.15286  オレンジ
Re: また、呼び掛けです 引用
クーエ氏の本読んでいます。

>この本には「もぐら塚」という言葉が何度か出てきます。
>その人の想像力(潜在意識)次第では、モグラ塚が巨大な山のよ>うに感じてしまう。
>些細なことなのに、無意識の想像力によって克服できない困難な>ものに思えてしまうという意味なのですが、〜

意志と想像力の箇所で、ん〜いろんな場面で悪い方に想像力働かせて自分を追い込んでいるよなあと思います。
毎日唱えています。
良い方に想像力を使っていきます。

23/10/2016(日) 20:28:33

No.15287  しのしの
Re: また、呼び掛けです 引用
私も唱えています。
気持ちが今までと全く違って、何かパワー全開って感じです。
今までは唱えていても、どこかで否定的に感じてしまうというか、何度やっても何の変化を感じてしまうと、こんなことやってどうなるのか。と頭のどこかで、思いながら唱えていた感じがします。
でも今回は、全く否定的に感じないというか、むしろできないわけがないと思っている自分がいます。なので、ワクワクしながら唱えています。

自己暗示のことで、思い出したのですが、大学受験の頃、どうして成績が上がらないのだろう、どうやったら英文の長文問題が読めるようになるのだろうと思いながら、勉強していたころはなかなか成績が上がらなかったような気がします。でもある時から、この英文読解問題、読めるねん。とかできると思いながら、勉強していると成績が上がってきたような感じがしました。
以前の私は、自己暗示を簡単にかけれてなのかなと思いました。
だから、難しく考えずに、誰でも簡単にできるものなのかもと思って、やっていきますね。

23/10/2016(日) 21:41:35

No.15288  にぃ&ちぃ
Re: また、呼び掛けです 引用
頑張りま〜す!!
にぃ

遅くなりましたが、ヌマさん、おかえりなさいです!
「いのちはひとつらなり。みんな大好き。ありがとう。絶対大丈夫」と、
「日に日に、あらゆる面において、私はますます良くなっている」という言葉、
毎日、唱えています。
私もおもいのほかすんなり言葉が入ってきて、唱えると嬉しくなります。
続けていきます!
本も読みます!
ちぃ

24/10/2016(月) 15:43:14

No.15289  ちづこ
Re: また、呼び掛けです 引用
なかなか落ち着いた時間がとれなかったりしますが、唱えています。
わたしも効果が出なくて焦ったり、喜びベースのいい感じだなぁと思っていても、急にネガティブにスイッチが入ったりしてます。
ぬまさんの書いてくれたポイントしっかり刷り込みます。
今日からもっとリラックスして、唱えてみようと思います。

25/10/2016(火) 14:29:28

No.15290  飯沼正晴 E-mail
Re: また、呼び掛けです 引用
エーちゃん、のものもさん、なみさん、みさおさん、和也&久美さん、春が来るさん、オレンジさん、しのしのさん、ちぃさん(ついでににぃクンも)、ちづこさん、コメントありがとうございます。

もちろん、クーエ氏の誘導自己催眠が全てではありませんが、大きな要素の一つであることは確かなので、皆さん一緒にやっていきましょう。

潜在意識が手強いものであるからこそ、それが霊としての喜び・普遍の喜びに書き換われば、誰もがすごい喜びを現実化できるのです。

いつ芽が出るか、いつ花が咲いて実が成るかは人それぞれでしょうが、疑うことなく凹むことなく、やり続けていきましょう。

25/10/2016(火) 19:45:47

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