前スレッドが長くなったので新しくします。
さいこさん、さきさん、ゆみっぺさん、のものもさん、藍子さん、KANDAさん、あきえさん、なみさん、和也&久美さん、きんもくせいさん、書き込みありがとうございます。
私のことを書きます。
私は「真理の希求」ということにおいて、最も自分が霊性を発揮してきたと思います。
「真理」という言葉にはかなり抵抗があるので、「本当のこと、本当のものを求め続けてきた」と言い換えた方が自分でも落ち着きます。
「本当のこと」とは、地上的な事実や真実も含まれているのですが、私が本当に希求してきたものはやはり「霊的真理に適う(霊界に戻ればそれが当たり前の)、本当のこと・本当のもの」です。
地上的な事実というものは、いかようにも解釈できるものです。 その事実はどのような真実が形になったものなのか、さらにその真実も霊的真理・霊的真実に照らしてどうであるのかによって意味合いが大きく変わってきます。
私は不十分な人間ではありますが、「霊界では当たり前のこと(本当のこと・本当のもの)をこの地上に顕現させて、定着させたい」と思って、生きてきたようです。 時にはのた打ち回りながらも、そこではかなり真っすぐにやってきたと思います。
しかしその反面(半面)、地上限定のもの(感情を含む)に関しては無頓着であったり、無神経であったりしてきました。 全てがそうだとは言いませんが、地上の制度や規範や常識とされているものも地上ならではのもの、地上でしか通用しないものが多いわけです。
金銭・物質や世間的評価などはもちろんのこと、感情にしても、喜びの感情以外は全て喜びに昇華・融合していくために抱く(存在する)ものです。 それを知れば、なぜネガティブな感情を膨らませ、引きずっていくのか、よく分からないというか、自分としては寄り添いにくいことも少なくありませんでした。
私が分かってあげられなかったり、私の意図を分かってもらえなかったりで、人間関係が壊れたこともありました。 でも今は無条件で寄り添いたいと思えるようになってきました。
金銭・物質や世間的評価などによって、その人自身の本当のもの(本当の存在としての心・魂の輝き)を覆い隠してしまっている姿を数え切れないほどに見てきました。 これでもかと言うほどに、ネガティブな感情を自己増幅させて、周囲の人を傷つけながらもどうやら自分が一番苦しんでいる人もたくさん見てきました。
ネガティブな感情という汚水を自分で汲み出すことが難しいのなら、そこに霊としての意識(喜び)という清水を大量に流し込めば、汚水は自ずと薄まって、自分の現状も大きく変わるものなのに・・・。
だからといって今はもうそういう状態の人に違和感を持つわけではなく、そういう感情の偏りも含めて、(普遍の、あるいは地上に生きる霊としての)喜びに調和できるように霊的エネルギーを惜しみなく注ぎ込んで力添えしていくのが私の役割でもあると思っています。
そしてそれもまた、「(霊的真理に適う)本当のこと・本当のもの=調和の喜びへの希求」だと思っているのです。
「自分を役立てる」ということも、私の感覚では(「優しさや善行」というよりも、)「(単に)不調和を調和(の喜び)に向けること。(極端に言えば、摂理を顕現させる法則の作動)」という感じです。
いろいろな面において不十分な自分ですが、こういう人間として(あるいはそれを目指して、またあるいはそうしかできずに)生きてきたことが、私が最も霊性を発揮(地上で表現)していることだと思っています。
さまざまにご支援いただいてきたことはもちろんのこと、その逆のことも含めて今までの全てを喜び、今の自分を喜んでいます。
分かりにくくてすみません。 |
01/12/2016(木) 00:23:56
No.15397 さき |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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前スレッドのコメントは自分のことを書かなかったのであらためて書きます
小学校の5〜6年の時に学校で講演を聞いた時に「自分は誰かのために役立ちたい、そういう生き方をしたい」と強烈に思った記憶があります。戦争の時代を生きた人の話だったのですが、あの時に自分で自分に何か刷り込んだ気がします。 それはさておき 定例会で話したのは、
自分が最も霊性を鍛えられたと思うのは、子どもを亡くしたこと。先天的な病気だったので誰のせいでもないが、その悲しみや辛さや喪失感やさみしさが完全に消えることはないが、そこに留まることなく同じ病気の子どもたち親たちのために出来ることをやってきた。 「今日を生きていられることが幸せ」という厳しい状況のなかにいる子どもたち、親たちに(そういう話をするわけじゃないが)「死もまた喜び」を知るからこそ出来る関わり方、寄り添い方もしてきたと思う。 鍛えられました、という話です。
また1月定例会で自分が変わらなくちゃ!と強く思ったという話をしたのですが、その件で、 知人のお子さんが亡くなられて。泣くことを受けとめるしかなかったのですが、その後も彼女の気持ちを受けとめてきました。 幼い頃から親との関係で激しく傷ついている彼女の潜在意識の刷り込みを喜びベースに書き換えようと関わってきました。 (現在進行形ですが) それは霊界に戻った時に克子さんから褒めてもらえると思います!
▼前スレッドのコメントに書きましたが 生きるか死ぬか、全てを失うか、、という状況がもたらされないと自分がこの地上で慣れ親しんできた思考のパターン、生活や言動のスタイルを変えることができない。なかなか出来ないから、今の地上界は金銭物質優先、我よし強いもの勝ちの状態になっている。 それはもう仕方ないと、あきらめたくないんです。 心の喜びを知る者たちが、その喜びを表現し共鳴させ、形にし、広げていくことが求められているんです。皆さんのコメントがその共鳴を豊かにし深くし広げていきます。 皆さんが話したこと、書いて下さいね! 話さなかったことも、定例会には参加できなかった方も是非! |
01/12/2016(木) 07:40:18
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No.15398 オレンジ |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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定例会でお話しさせて頂いたこととは違う内容ですが。
私は長年会社勤めをしてきました。全体で70人ほどいます。 日々人間関係でいろんなことが起こります。
特に同じ事務所内の女性に関してはいろいろ気を使ったり、話を聞いてあげたりしてきました。会社という所は利益追求の場所なので20人いたら、その20人がいろんな陰りの感情を発しています。
しばしば事あるごとにこの人が健やかになりますようにと祈ってきました。でも特に経営者には「あなたのここが悪いのよ!」と自分なりの思いで改善に向かう祈りをした時は、翌日誰かから私についての指摘をされたりして反省することもありました。悪まで私からその人を見た側面で祈ることはよくないとだんだんわかってきました。
いろいろ気を使っていた時は会社の玄関先の木の枝に野バトが巣作りし、二羽の子供の成長が毎日見られましたが、ここ数年は来なくなりました。地球浄化が進むにつれ、これでもかといううほど、人間性が劣化し、歯止めがききません。もうどうにもならないのだとあきらめて会社では日々を送っていますが、時々思い出しては
「いのちはひとつらなりみんな大好きありがとう。日に日にあらゆる面において私達はよくなっている。」と唱えています。
私が霊性を発揮してきたのは人一倍祈ったことだと思います。 また諦めないで頑張ろうかなと思います。 |
01/12/2016(木) 08:24:41
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No.15399 飯沼正晴 |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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☆みさおさんの書き込み、代理投稿します。
定例会ではありがとうございました。 定例会で、お話しましたが又同じ事を書かせて頂きます。
私は、高齢者施設で働いています。その中の95歳の女性が 寂しさ、体のしんどさからか 段々と精神面で不安定になっていきました。 以前からフロアで1人で歌を唄ったりしていたのですが、周りの利用者に「うるさい!」と怒鳴られたり、スタッフからは「自分でできる事は自分でして下さい」と言われていた。
多分寂しく、ほんとうにしんどかったのだと思う。 そのうちに、「ここは年寄りのくる所やのに、年寄りを大事にせぇへん」「この前も警察よぼかなと思ったわ」と言われ始め…… それから夜中に奇声をあげるようになっていき、これ以上は施設では面倒を見れないので精神科への転院との話になり、息子さんも話し合いの為呼ばれた。
私は、以前のその人の笑顔を思い出した。 「昔○○高校の前で、タバコ屋しててん。パンも売ってて毎日学生が買いにくるんよ。」楽しそうに話されていたなぁ そうや、その話をしようと思い,話しかけると「みんな、おばちゃん、おばちゃんて言うてくれて…」と話し出し、その利用者さんの当時の輝いている顔が浮かんできた。
Kさんは、学生に学校遅れるから早く行きやや、雨降るから気をつけて帰らなあかんよとかいつも学生の事気にかけてたんちゃう? と言うと 「みんな、自分の子供みたいやった」と嬉しそうな笑顔。
そういえば、ここ最近は険しい表情ばかりだったなぁ Kさんは、優しくてしっかりしていて、もし学生間のいじめを見たら「あんたら、何してんの!そんな事したらあかん!」て言う人だろな そしていじめられてる子には「大丈夫か」と言う人だろな その話の中、いのちは ひとつらなりを心の中で唱えながら,Kさんの輝きに触れた様に思った。
そして翌日くらいから、kさんは落ち着きを取り戻した。 車椅子もリクライニングに代わり体も少し楽になった様子。 それからも、少しでも体が楽な様にと気にかけるようにし、話しかけるようにしている。
フロアで歌を唄っていたのもしっかりしやんなと自分を奮い立たせていたのか、そういえば最近歌わないなぁ、体がしんどいからかもしれないけど…
Kさんを下の名前で呼ぶと嬉しそうにされる。 「昔は○子ちゃんと言われててん」 私も○子さんと呼ぶ。 その人の嬉しい事を少しでもしよう。
最近は、私がお世話する度に 「知り合いがおって良かったわ」 「あんたうちのタバコ屋来てたもんなぁ」と言われている。 どうやら、私は知り合いになっている。 心細さから、安心に変わったなのならそれで良し!
Kさんは、昨日95歳のお誕生日でした。 これからも、○子さんに喜んでもらうよ、安心してね。
看護師も巻き込んでkさんの落ち着きを喜び、看護師からも「最後までここにいてもらおう」と言ってもらえてます。
もう1つ、定例会でお話した事がありますが後日又改めて投稿させて頂きます。 |
01/12/2016(木) 11:06:06
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No.15400 恵美子 |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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定例会参加の皆さんお疲れ様でした。 皆さんの投稿読ませていただきました。 遅ればせながら、書き込みします。
〜今までの人生で自分が霊性を発揮したと思うこと〜
私は今大切にしている”はたらき”があります。 それは町が行っている赤ちゃんや子どもの健診時、その場に居合わすことです。(月3回くらい) 何をするかというと、、、 お母さんや赤ちゃんの間に居て、それとなく赤ちゃん同士、お母さん同士が交流できるよう橋渡しをするみたいなことです。 (おせっかいなおばあちゃんが世話をやくようなもんです) 保健師さんに相談をうけた時、二つ返事でうけました。
健診は結構時間がかかり、初めてのお母さんは緊張してしまったり、コミュニケーションが取れず、辛い思いをしているようなのです。それぞれがうつむいてスマホをしていたりもします。 ちょっとしたきっかけでお互いの子どもの話ができたり、悩みを聞いてもらったりするようになります。
こんな”はたらき”方ができている、なんていいんでしょ(笑) これまでの道のりで身に着けたそのすべてでこの”はたらき”をしているのだと思っています。
ここまでの道のりは決して楽なものではありませんでした。 世間一般からみても?苦労続きの道のりでした。 霊性を問いただされたことも度々ありました。 その苦しさを経験し、超えてきたからこその今の"受容"なのだと思います。 ”持ち合わせた深い愛情を喜んで使っていく” 今やっと、ここにたどりついたかな〜 本領発揮ここからです!
家族や多くの仲間達に助けられました。
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01/12/2016(木) 15:17:26
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No.15401 ホープ |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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私の霊的意識の芽生えは10年くらい前に事業が行き詰った事がきっかけでした。実はその数年前から下降線のカーブを描き苦しくなっていたのですが・・。 自分の苦しい境涯を眺めながらその原因を知りたくて、そして無性に「本物とは」「真実とは何か」を追及したくて様々な霊的書物を読み漁りました。 何故なら世の中のどんな偉い人や学識のある人が書いたものでも所詮この世の影響を受けていて自分の心の追及を充たしてくれるような気がしなかったからです。 その点霊界からの本物(と自分が思い感じるもの)のメッセージは本当に己が希求していたものを充たしてくれる様な気がしたのです。 結果は予感通りでした。特にシルバーバーチとの出会いは真実を確信できるものでしたし、間もなく悠々塾と出会う事によって”霊性”とは何か?を日々の生活の中での実践を通して身に着けていくことを学びました。 そしてそれを人との係り合いを通してどう発揮していくのか、を思いテーマとしてきました。
数々の失敗もありましたし、自分が既に忘れていた”小さな親切”を感謝され心の底から清々しさと喜びを感じたことも有りました。 中でも5年前、地上を去った義父との死の前一年間の係りは、今思えば自分の霊性を発揮できた忘れられないものだったと思います。 気難しく酒乱気のある義父に周囲は手を焼き距離を置く感じで、それまでは私も同様でした。しかし血管の劣化で片足を切断、更に肺がんの義父とメニュエルで身動きできない義母の二人暮らしの環境を見てほって置くことなどできず、義父の複数のショートステイ渡り鳥送迎などどっぷりと係るうちに互いの間に心の通いが芽生え、死の直前に際し、私にこれまでの自分の想いや家族周囲に対する詫びを託されました。 それまで敬遠気味であった義父でしたが、心を開いて接することができ、何とも言えない感動による涙を流したことがありました。
やむに已まれぬ滅私の行為が霊力そのものなのだ、とさきさんに言われた事があります。
議員という四年間の境涯を通して広く公的な視点で、”人の本当の喜び”や”望んでいるもの”を経験もできました。 自分の潜在意識を書き換えながら発信していきたいと思います。 |
02/12/2016(金) 15:47:51
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No.15402 ゆりか |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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自分が言いたい事を軸にして人と会話するのでは無く、相手の人が喜んで下さる様な会話が以前よりずっと多くなった今が、最も霊性を発揮していると思います。これは、「いのちはひとつながり みんな大好き ありがとう 何があっても大丈夫」 を 唱え続けたおかげに違いないと思っています。 長い間、パソコンの不調で掲示板を見れず、一昨日、やっと掲示板に繋がり、「日に日にあらゆる面で私はますます良くなっている」 も共に唱えだしたら、潜在意識に刻まれていると思われる、ある人への許し難さを如実に表現している夢を昨日観ました。 私の潜在意識には、まだまだ多種のネガティヴな気持ちがあるのでしょうが、二つの文章を唱え続け、自分の魂が喜ぶ言葉を使う努力を喜んでしていこうと思ってます。
内容が抽象的過ぎてすみません。 |
03/12/2016(土) 00:17:18
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No.15403 みやっち |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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以前(まだ20歳代後半の話です)結婚していて、その女性は結婚から数ヶ月して悪性リンパ腫という血液のがんを患いました。 その時に私は彼女が望むこと全部をしようと決めて、出来るだけの事をやりました。 悠々塾を知ってお世話になったのもその時期でした。 結果的に彼女はこの世からいなくなってしまいました。 約2年間の結婚生活でした。 その時は必ず治る、治すと信じていました。 毎日病院に行ったりで体力的にも精神的にもきつかったと思いますがとにかく必死で不思議と不安とかはなくて、 つかれとかほとんどなく、振り返るとあっという間でした。 この時がまぁまぁ今までで一番よくやったのかなと思います。
僕が病院に会いに行きたかったし、彼女の様子を知りたかったし、出来るだけの事をしてあげたかった。 そして生きてほしかった。 だから人の為にというのにどうしても抵抗がありました。 霊性を発揮したかどうかもわかりません。 頑張ったとか言いたくないのでまぁまぁよくやったぐらいにしときます。 あといなくなった時のさみしさとかが本当に凄すぎて言葉でどう表現したらいいかわかりません。 もちろん忘れてたわけじゃないけど自然に意識がつながるのをさけていました。あの時のさみしさを思い出したくなかった。 今回つながると電車の中でも会社でも涙がでてしまったのにはさすがに自分でもびっくりしました。 今は子供が3人もいて毎日「うるせーな〜」とか言ってるのに(笑)。 投稿しようと決めてからは何か気持ちがすっきりしました。 |
03/12/2016(土) 01:17:15
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No.15404 みゆるん |
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Re: 今まで自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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みやっちさん 書き込み読んで、改めて、 小さい時から、わたしには想像できないような、いろんなことがあってそのたびにいろんな思いがあったと思います。 でも、自分自身がしたいから、ということで 周りの人たちに、誠実にやさしく、親切に、その時必要なことを ずっとされてきて、いま現在もそうされていて。。。 ほんまにほんまにすごいです。 わたしたち家族も物心共々、支えていただいていて、 ほんとうに感謝感謝の毎日です。 ありがとうございます。
自分のことを書きますが、 いろんなことがあって、人と関わるのがいまだにこわかったり躊躇したり、苦手意識がありますが、 人は好きで、分け隔てなく接することができるのがいいかなと思います。 それと、食べたいな、とか食べてみたいな、とか、思ったものが ひょんなところから舞い込んできて、食べられるということが 多いので、食べ物に関して、霊性を発揮していると思います。 |
03/12/2016(土) 07:33:02
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No.15405 ゆうき |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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定例会ありがとうございました。 その時もお話しましたが、僕は自宅から徒歩圏内にある、グループホームとデイサービスが一緒になったような施設で 週に何度かですが、高齢者の介護の仕事をしています。 「日に日にあらゆる面において、わたしはますます良くなっている」をボソボソと唱えながら出勤しています。
施設での仕事内容は、送迎、入浴、排泄や食事の介助、体操やレクレーション、バイタルや様子の記録など、 毎日がバタバタでけっこうハードな面もありますが、それはそれで楽しくさせていただいています。
僕が霊性を発揮しているのは、まさに「今」だと思います。 今僕は利用者さんに「笑ってもらう事」を意識して仕事をしています。 「笑う」って素敵なことで、気分が晴れるのはもちろんですが、「笑い」が免疫力を高めるのは知っていますし、 笑うことはやはり喜びに他ならないと思うからです。
どんなカタチであれ、笑ってもらえるように、小ネタを仕込んだり、こけてみたり、変な動きをしてみたり、オトボケをしてみたり。。 いろいろと研究しながら仕事にあたっています。
今まで僕は工業系で工場での勤務がほとんどで、鉄やガラスや電車やらを工具を使って造っていました。 こういうふうに人間を相手に仕事をするのはまったくの初めてで、どうなるか不安もあったのですが、 なんとか出来ているようで、そういう自分を発見できたのも嬉しく思っています。
そしてここで経験した事は、僕の音楽活動にも大きく影響していくものだと思います。 人の気持ち、感情にもっと近づいた楽曲を作り、表現していけると思います。 「日に日にあらゆる面において、わたしはますます良くなっている」を実感している毎日です。 |
03/12/2016(土) 08:49:55
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No.15406 ぽんた |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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定例会には参加できませんでした。 ここでみなさんの話を読ませていただいて、感動して手をたたいたり、涙したり切ない気持ちになったりしました。
「霊性を発揮したこと」と自分で思えること、さらに考えましたが、こちらで前述した友人のこと以外に本当に思いつかなかったので、おもいあぐねて、
夫に「ねえ、神様に褒めてもらえるような私のいいところってどういうとこだろう?」と聞いてみたら、「小動物に愛を注ぐところ。」という意外な返事をもらいました。夫のいやがる蜘蛛を、私は手にとって外に出します。それから道を歩いていて、どうも犬や猫や虫たちに声をかけているらしいです。「猫ちゃん、どこ行くの」とかカマキリに「こんなとこで何してるの」とか。口に出して言ってるつもりじゃなかったのですが、出てるようです。小動物だけじゃなく、大動物もいれば声をかけると思います。象でもライオンでも。
夫は軽く答えただけだし、ズレた内容かもしれないですが、でもこれも言われてみれば確かに悪くない自分だと思います。小さなことですが‥‥はい。 |
03/12/2016(土) 11:32:38
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No.15407 春が来る |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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様々な試練を乗り越え、霊性を発揮、貢献されている皆さんのお話をすごいな〜と思いながら読ませていただきました。
「定例会に参加させてください。」というメールを送った後、掲示板で定例会のメッセージを読み、出席を躊躇する自分がいました。 自分には、その様なことを話す資格はない、と・・・ 定例会で、自分の番が来た時、「必死になったことはありますが埋め合わせなので、『霊性の発揮』ということでは・・・」と言いかけた時、飯沼さんが、「埋め合わせも霊性の発揮だから」という様なことを言ってくださいました。 それで、義母のことを話させていただきました。
5年前、主人の父が亡くなり、その5か月後、義母が癌だという診断を受け、手術をすることになりました。 手術は無事に終わり、順調に回復して、約5カ月間の入院生活の後、退院することになりました。 その時の義母の状態は、要介護度4。認知症のランクが3ということでした。
その頃、主人の体調が悪く、娘のこともあり、私が一人で主人の実家に住んで義母の介護をすることにしました。 退院前に一人で住んで、大掃除や車椅子に必要なスロープの手配などをしながら義母の退院を待ちました。 義母が退院してきて、朝、起きてすぐに下のお世話をすることから一日が始まるという日々が始まりました。 デイサービスのある日には、自宅に戻り、洗濯、掃除、食事を作って、また、あわただしく義母の所に戻る、という生活でした。 主人の実家から自宅までは、車で1時間程かかるのですが、ギリギリまで用事をし、出来るだけ早く戻れるよう、真っ暗な細い山道を超えて帰るようにしました。
主人の実家は、田舎にある昔の家なので、トイレが外にあります。 「熊が出たので気をつけてください。」と有線放送で流れ、ご近所の人からは、猿やアライグマが出ると聞くような環境でしたので、夜、真っ暗な庭に面したトイレに行くのは怖かったです。
秋には、義父の一回忌も親戚の方々に来て頂いて、無事に済ますことが出来ました。
その様な状況の中で、私はみるみる7〜8キロ、痩せていきました。ケアマネージャーさんやご近所の方が心配してくださり、すぐにはなかなか入れないので、特養老人ホームの申し込みだけでもしておいた方がいいと勧めてくださいました。 しかし、自分がすると言った以上、私が申し込みをしてはいけない気がして、そのまま日が過ぎて行きました。
お正月には、義弟夫婦、姪、娘夫婦も一緒に賑やかに祝い、義母も嬉しそうにしていました。 この頃には、義母の認知症の症状もほとんど見られなくなったように思います。
その冬は40センチ程の雪が2回ほど積もりました。雪かきをしたり、雪を見ながら外の水道で汚れた物を洗っていたことを思い出します。 年が明けてしばらくして、義弟が、義母の入院前にした特養の申し込みの効力が消えていなくて、新しく出来た特養に入れるとケアマネージャーさんが知らせてくださいました。 周りの人達の勧めもあり、義母も納得し、特養にお世話になることになりました。 特養に入る日、義母は私に、「気の毒じゃった。ありがとう。」と言ってくれました。
義母と二人で暮らしたのは7か月ほどですが、その7か月後の3年前の秋、主人の実家のある地域が台風の被害に遭いました。 近所の人の話では、夜中に急に濁流が押し寄せてきたそうです。 義母が寝ていた部屋の鴨居の上のガラス板は割れ、冷蔵庫なども倒れた状況でした。主人の実家は、床上2メートル浸水しました。 一人で動けない義母と私では、なす術がなかったと思います。 特養のある所は大丈夫だったので、これで良かったのかな、と思えました。 今も病院の付き添いなどはしていますが、次女が一緒に行った時、以前の様なぎこちなさがなくなった、と言ってくれました。
今年のお盆にお墓参りをした時、小鹿が逃げずにじっと私の方を見ていました。 お墓で小鹿を見たのは、結婚して初めてのことでした。 とっても可愛かったので、スマホで撮りました。 帰ってからその画像を長女に見せると「おじいちゃんやわ。おじいちゃんに似てるやん。おじいちゃんがママにありがとうって。おばあちゃんをよろしくって。」と言いました。 少しは役に立てれたのかな、と思えた瞬間でした。
いろいろなことがありましたが、私にとって必要なことだったのだと思えます。 今は主人も元気になり、こうして過ごせていられることに感謝しています。 一時は、「生まれてこなければよかった。」と打ちひしがれた時もありました。 しかし、今、進化こそが生まれてきて、ここに存在している意義だと思えます。 実際に進化していくことは難しい、ともしばしば感じますが、だからこそ、「いのちはひとつらなり。・・・」と「日に日に・・・」を唱えていきます。 今が如何に未熟でも、らせんの様に上に行ったり、下に行ったりしながらでも、気がつけば、全てを包含して、喜びが大きくなっているようにしていきたいと思っています。 |
03/12/2016(土) 15:20:02
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No.15408 ちぃ |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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定例会ではありがとうございました!
私は兄に謝罪をしたことをお話しました。 兄は優しくて、時に両親よりも厳しいところがあって怒ったら怖いけど頼もしく、 悠々塾で学ばせていただくようになってから兄に対するライバル意識があったことを自覚しましたが、 子どもの頃からとても仲良しで、ずっと大好きな兄でした。
ですがある時から、兄に対し違和感や不信感を感じるようになりました。 とはいえ大好きな兄に違いなく、ぶつかって関係が崩れるのが怖かったし、 心が大きく動いたり、どうしたら良いのか分からなくなると、 私の課題でもあるのですが無かったことにしようとしてしまうところがあり、 心の奥底にそのまま押し込んで見ないようにしていました。 ですが兄が兄嫁と結婚することになってから、心がざわつく出来事が増え、 いつしか自分の気持ちでいっぱいになってしまった私は、ある出来事をきっかけに、 これまで押し込んでいたものが一気にパンクしてしまいました。
そうして、負の感情でいっぱいになった私は、突然一方的に2人と一切の連絡を絶ちました。 両親は激怒でしたが、頑として聞き入れないまま、 2人に対する許し難さを増幅させ、怒る両親に対しても不信感を増幅させながら数年が過ぎ、 絶対ゆるさない、もう二度と会うことはないと固く決めていました。
そんな時、にぃくんと出会い、結婚することになり、 全て話して今後も一切連絡を取り合うつもりはないことを理解してほしいとお願いしました。 にぃくんは私の気持ちを受け止め、労ってくれ、大泣きする私を受け止めてくれたのですが、 「でも俺はお兄さんや兄嫁さんと家族になるわけだからご挨拶に行ってくるよ」と言ったのです。 てっきり理解してくれると思っていたし、何かと自分の思い通りにならないと怒る私ですが、 この時は良い意味でガツンと頭を叩かれたような衝撃があって。 以降、にぃくんは強制するのではなく、自分で考えるよう色んな角度から話をしてくれました。 そうしてようやく兄や兄嫁、両親の気持ちを考えてみると、 自身の至らなさに、許すとか許さないとか言える立場ではない、 謝りたい、謝らせてもらいたいと思い、にぃくんが「俺も一緒に行くから大丈夫や」と言ってくれ、 兄に連絡をすると会うことを快諾してくれて謝罪することができました。 兄も兄嫁も快く謝罪を受け入れてくれ、それからずっとにぃくんと一緒に関係を築いてきています。 そんなにぃくんに本当に感謝していますし、許してくれた兄と兄嫁にも本当に感謝なのですが、 今もどこかで躊躇したり、葛藤したり、違いを違和感として感じてしてしまう私が居るのが現状です。 ですが、だからこそかもしれないですが、被害者意識でいっぱいになっていたあの時、謝りたいと心から思えたことは、 指導霊さんから褒めてもらえるかもしれないと思いました。 いのちはひとつらなりの心で私らしく喜びを広げていけるよう、潜在意識を切り替えていきたいです。
1月と3月の定例会、ドキドキしますが楽しみにしています! よろしくお願いいたします。 |
04/12/2016(日) 03:56:42
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No.15409 飯沼正晴 |
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Re: 今までの人生で自分が(最も)霊性を発揮したと思うこと |
引用 |
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さきさん、オレンジさん、みさおさん、恵美子さん、ホープさん、ゆりかさん、みやっちさん、みゆるんさん、ゆうきくん、ぽんたさん、春が来るさん、ちぃさん、書き込みありがとうございます。
お一人おひとりへのコメントは控えますが、しっかりと読ませていただいています。 皆さんそれぞれに「霊性の発揮」ということに意識がつながりかけているようですし、そこはまだ弱くても皆さんの潜在意識の書き換えが進んでいる・本来の潜在意識の表層を覆う澱の解消(排出)の途中にあることを感じました。 これからがますます楽しみです!
個別のコメントは控えると言った先からではありますが、ホープさんのお義父さんへの関わりを思い出して、改めて胸が熱くなりました。 あの時はホープさん自身も非常に苦しい状況の中で、お義父さんのことに関してまさに喜びの連鎖を目の当たりにしました。
お義父さんを主人公にしての一つの舞台というのか、お義父さんを幹にしていくつもの枝を茂らせたお義父さんの人生の樹は、棘にまみれて見るも無残な姿のままで枯れようとしていました。 その樹の枝の先っぽの方に位置していたホープさんが優しい一輪の花を咲かせたことで他の枝にも生気が通い、次々に棘をつぼみとした花を咲かせ、ささやかな花ではあっても香しい喜びに包まれて、お義父さんの生の舞台は本来の次元に移行できました。
人の心と言動(霊性の発揮)が地上で形を成し、それが連鎖してまたほかの人の心と言葉と行為に花を咲かせていくという感動の舞台を思い出しました。 。。。。。。。
一昨日から昨日にかけて、まゆみさんの慰労を兼ねて一泊旅行に行っていました。 二人ともちょっと乗り鉄さんで、特にまゆみさんはできるだけたくさんの路線に乗りたいようなので、今回は篠山口から谷川に行き、そこから加古川線で加古川、姫路からは姫新線で二度乗り換えながら林野駅まで行って湯の郷温泉に泊まりました。 二日目は林野駅から津山・新見駅乗り換え経由で倉敷で途中下車して昼食・ちょっと街歩き、倉敷からは赤穂線経由で播州赤穂まで行って地元産の牡蠣や魚の夕食を食べ、播州赤穂始発の新快速で大阪まで行き、また乗り換えて篠山に戻ってきました。
大半が一両のワンマンカーの各駅停車の列車で、何度も乗り換えておっそろしく時間がかかりましたが、特に何かの話をするわけでもなく、二人でボーっと列車に揺られて車窓の景色を眺めていました。
今回は今までで最高にまゆみさんが速く歩けるようになっていて、乗り換えの駅の階段もそれなりに速く上れるようになっていたことがとても嬉しかったです。 特に倉敷駅のホームから改札階に上がる階段は人が多くて、途中で休むこともできず、流れのままに一気に上っていました。 階段を上った近くに椅子があったので、少し座ることを勧めたのですが、「なんで座らんといかんの!?」と怒られる始末でした。 さすがに私もちょっとムッとしたのですが、「まあ元気になった証拠だ」と思って事なきを得た次第です(笑)
心臓につながる冠動脈の1本が完全に詰まっていて、心臓の三分の一は機能していないそうですが、ますます良くなっていることを実感しました。 ありがたいことです。 |
04/12/2016(日) 12:09:48
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