KANDAさん、恵美子さん、さきさん、コメントありがとう!
今日から4月。 今月も、「生命(いのち)はひとつらなり。みんな、大好き。ありがとう」を唱え続けていきましょう。
臨死体験をした人の多くが、「自分を含めて、愛によって全てはひとつに融合されている」ということを実感しています。 その人たちの多くは人生観が根源的に変化し、死を恐れることなく喜びに満たされて地上に生きるようになります。 そして、死に至る病が極めて短期間に奇跡的に治癒することも珍しくありません。
つまり、「自分を含めて、全ては愛によって全てはひとつに融合されている」という意識は、究極のヒーリングエネルギーであるのです。
地上の人間に付きまとっている「死への不安や怖れ」を解消・軽減するには、臨死体験をした人たちが書いた本を読むことが近道でしょう。 死後の世界を垣間見た人たちの経験談を読めば、地上的死の真実・真相が分るのです。
アメリカ人の牧師の息子さんが3歳の時に臨死体験をして、向こうの世界に行っている間に、地上では会ったこともない父親の祖父と会って話をし、蘇生してから曾祖父の名前や父親の幼い頃のことなどを話すので周囲の人も死後の世界を受け入れざるを得なくなったという本がアメリカで出版されるそうです。 その子供さんは、「(地上に)帰るのが嫌だった」と言っていたそうです!
愛する息子が地上的生命を失うであろうと医師から伝えられた牧師の父親は、「今まで神に仕えてきた私から、あなたは愛する息子を奪うのか!」と、泣きながら神に怒りをぶつけていたのだそうです。 ちょうどその時、その息子は死後の世界に意識を移行させて、至福の時を体験していたのです。
まさに、「死もまた喜び」なのです。 もちろん、地上に生きることも喜びのはずなのです。
「潜在意識が現実を作り上げている」ということは、疑う余地のない事実・真実だと思います。 「潜在意識をとことん使いこなす」という本は説得力を持ってそれを示しています。 本によらなくても、「潜在意識が現実を作り上げている」ということは、自分の経験やいろんな人の状況を見ていれば、その通りだと分るのです。
ならば、「生命(いのち)はひとつらなり。みんな、大好き。ありがとう」という言葉を唱え続けて、それが潜在意識に組み込まれたら、素晴らしい現実が展開していくことは間違いありません。
別にこの言葉じゃなくても、「自分を含めて、愛によって全てはひとつに融合されている」ということが潜在意識に組み込まれればいいのですが、感覚のところで実感・リアリティがある言葉の方が潜在意識を書き換えやすいと思います。 「無私の愛」や「分け隔てのない無条件の愛」という言葉も同じ意味なのですが、頭脳・左脳を経由する可能性が強く、潜在意識にアクセスしにくいように思います。
毎日何度も唱えていてもすぐに目に見える変化はないかもしれません。 場合によれば、浄化排出として、何かしら嬉しくないことがもたらされる可能性も十分にあると思います。 しかし、幸せに至る過程なのですから、それもまた喜びなのです。 それらに必要な期間(状態)が過ぎれば、必ず素晴らしい現実が展開されていくはずです。
この言葉をいくら唱えても誰にも迷惑はかからないのですから、否定的な意識や疑念を持たずに、信じ切ってひたすら唱えていくことがポイントです。
そして、定例会の時に再確認したのですが、共鳴がそのエネルギーを揺るぎないものにしていきます。 このテーマに限定する必要はありませんから、これからも気軽に積極的に何でも投稿していってくださいますように。 つながりを実感するからこそ、共鳴も大きくなっていくのです。 |
01/04/2015(水) 12:10:42
| No.12970 飯沼正晴 |
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定例会でもお話ししましたが、私はつい最近、「悠々塾が活動を始める前から霊界の強烈な導きの下にあった」という、絶対的な確信を得ました。
まず、『プルーフ・オブ・ヘブン』から抜粋します。 優秀な脳神経外科医である著者が原因不明の脳髄膜炎で7日間も意識不明状態に陥り、確実に死に向かい、死後の世界を明確に実感した時のことです。 。。。。。。。。。。。
さらに先へ進んでいくと、広大な虚空の中へ入っていった。果てしない広がりが続くまったくの闇だったが、そこでは限りないやすらぎも感じられた。漆黒の闇であるにもかかわらず、光も満ち溢れていた。すぐ近くにいる実感のする光の球体、オーブ(玉響とも言う)のひとつが放射している光らしかった。オーブはあの輝く存在の天使たちが奏でていた調べのように、ほとんど固形のようで、生きていた。 奇妙なことだが、私の置かれた状況は、子宮の中の胎児に煮ていた。子宮の胎児はプラセンタと呼ばれる物を言わない相棒とつながり、そこから栄養を受け取って、あらゆるところに存在していながら姿は見えない母性との関係を仲介してもらっている。私の場合は胎児の“母親”に相当するものが、宇宙とそこにあるもの全体の母親、言い換えれば神や創造主、根源などと呼ばれる存在だった。神の存在は極めて間近に感じられ、自分との間に全く距離がないように思えた。しかしそれと同時に無限に広大であることがわかり、それに対して自分がいかに比べものにならないほどちっぽけであるかを思い知らされた。昏睡から覚めた後で記憶を書き留めながら、私は神を指すのに“オーム”という代名詞をよく使っていた。そこで本書でもときどきこの言葉を用いることにしたい。“オーム”というのは、無私の愛を注ぎ、全知で全能である神、言葉をもってしては説明のできない存在につながる響きとして記憶していた音だった。 オームと自分を隔てているものは、純粋な、無限の広大さなのだ。オーブが傍についてくれているのはそのためなのだと、私は気づいた。完全な理解が得られたとは言えないが、オーブは自分とその自分を包み込んでいる途方もない存在とを取り結ぶ、ある種の“通訳者”であることがはっきりとわかった。 そこでは、自分がもっと大きな世界に生まれ出ようとしているように感じられた。宇宙そのものが巨大な子宮になっていて、オーブがその行程をたどる私の案内役を務めてくれているように思われた。 。。。。。。。。。。。。
オーブは、最近は写真そのものを撮ることがほとんどないので分からないのですが、以前の写真にはよく写っていました。 ただ、オーブといわれるものはその場に漂う埃と光の方向によっても写るものでもあり、自分の写真に写っていても私自身はほとんど関心を持っていませんでした。 しかし、この本を読んで、何枚もの写真に写っていたオーブはやはり私を導く霊的存在であったのかもしれないと思い直しました。
それよりも衝撃を受けたのは、「オーム」についてです。 著者は、「“オーム”というのは、無私の愛を注ぎ、全知で全能である神、言葉をもってしては説明のできない存在につながる響きとして記憶していた音だった。」と書いています。
ずっと前にも掲示板に書いたような気もしますが、「オーム」については強烈なことがありました。
氷上町で空き家を借りて「悠々塾」という名前のフリースペースとしてオープンしたのが1994年6月でした。 もう21年も前のことになります。 私はすでにヒーリング能力が芽生え、見えないエネルギーの存在に自分自身が戸惑いながらも、依頼を受けてのヒーリングはさせていただいていました。 「悠々塾」というフリースペースは当時の友人数人がそれぞれ自由に使う場として開いたものですが、私はヒーリングの場所として使うつもりでした。
その頃の私は有機農業を生業としていて、収穫した野菜をセットにして週に2度、神戸を中心とする消費者のところに宅配していました。(1回の走行距離は250〜300キロになっていました)
「悠々塾」のオープンの日の少し前のことです。 野菜の配達で車を運転していた私は、神戸市須磨区の白川台のあたりで、突然に「オーム」という言葉が意識に浮き上がり、その言葉を唱えました。 なぜそんな言葉を唱えたのかは覚えていませんが、何か特別な理由があったわけではなく、自分でも分らないままに唱えていたという感じだったと思います。 住宅街でゆっくりと走る場所でしたがさらに車のスピードを落として、口をほとんど開けずに、口腔や胸に響かせるように低い音で何度か唱えました。
そのとたん、私はものすごいエネルギーに打ちのめされ、押しつぶされそうになってしまいました。 目の前が真っ白になった感じで、車の運転もできなくなって、しばらくの間、車を路肩に止めて、回復するのを待たねばなりませんでした。 運転を再開してからも、雲の上にいるような不安定さと何とも言えないダメージが残りました。
それから数日してからのことです。 「オームという言葉を悠々塾のオープンの集いで10回、皆で唱えるように」という強烈なインスピレーションがありました。 その頃はあのオーム真理教が東京で地下鉄サリン事件を起こす前ではありましたが、そういう変な新興宗教団体があることは私も知っていました。 なので、「悠々塾」のオープンの集いで「オーム」という言葉を唱えることには、私自身が強い抵抗感がありました。 しかも、10回唱えるにあたっては、まゆみさんが「ひとつ、ふたつ・・・」と数えながら先導するというインスピレーションが付け加えられ、まゆみさんの反発は必定だと思いました。
しかし、そのインスピレーションは有無を言わせないほどの強烈なもので、私は逆らうことすらできません。 仕方なくそれを受け入れて、まゆみさんに話しましたが、案の定、激しく反発されて、どう言っても同意してもらえません。
「なぜ、そんな言葉を唱えなければいけないのか? なぜ私が先導しなくてはいけないのか?」と聞かれても、「僕にも分らないけど、何か分らない存在から強くそう指示されるから。『これから始めようとしていることは神事(かみごと)である』と伝えられているから」としか答えられないのですから、同意しないのも当たり前です(笑)
揉めにもめて、ついには友人に仲立ちをしてもらって、ようやくオープンの時に「オーム」を唱えることができました。 「悠々塾オープン」の話は、私の知らないところでいろいろ伝わっていたようで、当日は50名前後の人が氷上郡氷上町(現在は丹波市)の辺鄙なところに集い、その家は大勢の人でごった返していました。 大半は初対面の人でしたし、それ以降は会っていない人も少なくありません。
克もその時に幼い子供たちと一緒に参加していました。 克とはその年の4月に、知り合いの消費者グループのリーダーに頼まれて、そのグループのイベントとして三田で小さな講演会の講師をした時が初対面でした。 (今は定例会の常連のTさんは、その頃その消費者グループで働いていたそうです。最近それを知って、やっぱりご縁なのだと思いました)
その後の悠々塾の活動で、「オーム」という言葉については全く関連も見いだせないままに20年あまりが過ぎていきました。 私は時々そのことを思い出して、「あれはいったい何だったのだろう? なぜ、唱和する必要があったのだろう? 結局は何の意味もなかったのに、なぜあの時はあんなに強烈なインスピレーションで指示があったのだろう?」と思うことがありました。 「オーム」という言葉がマントラ(聖句)として唱えられていることは知りましたが、悠々塾の活動とはあまりしっくりくるものでもありません。
この20年あまりのことを思えば、霊界側の導きと計らいを疑う余地はないのですが、あの「オーム唱和」についてのことがあるので、どこかで信じ切れない部分が残っていたのです。
ところがつい最近になって「プルーフ・オブ・ヘブン」を読み、「“オーム”というのは、無私の愛を注ぎ、全知で全能である神、言葉をもってしては説明のできない存在につながる響きとして記憶していた音だった」の一節によって、長年の疑念が一瞬にして氷解してしまったのです。
まさに「プルーフ・オブ・ヘブン」の著者が実感してきた「オーム」の意味において、悠々塾もオープンの集いで「オーム」を唱和する必要があったのだと、心の底から納得しました。 私が車の中で唱えた時に実感したエネルギーも、そういう次元につながった証しであったのだと分ったのです。 まさに今の時期に、そのことの意味を知ることになったのも霊界側の計らいなのでしょう。
とすれば、「悠々塾」の活動は初めから霊界側の導きと計らいの下にあったのだということでしょう。(私自身が願ったわけでもないのにヒーリング能力が発現し、何の興味もなく、むしろ否定するほどの価値もないと思っていた霊的なことに引きずり込まれていること自体、まさに導きとしか考えられないことですが)
一点の迷いもなくそれが心の底から確信できたことは、何ものにも換えがたい大きな喜びであり、自信になります。 しかも、今の時期に合わせてそれが計らわれていたということは、今、私たちがやっていること・向かおうとしていることが、霊界の計画通りのものであることの証拠でもあると思います。 私は、間違っていなかった。 私たちは、間違っていなかった。
地上に生きる生身の人間としてのさまざまな過ちや不十分さはあったにしても、大筋においては間違っておらず、むしろ目指すべき的のど真ん中に向かって進んでいるのだと思います。 ということは、今、私たちが始めていることは自分や皆の幸せに向けて、地上人類の霊性進化・次元上昇に向けての愛による闘い(さまざまに枝葉を伸ばした小我に執着する自己との闘い)であろうと思うのです。 そして、倦まず弛まず続けていれば次の導きがもたらされ、必ずや自分も皆も幸せになることが約束されていると思うのです。
霊界側の導きに感謝し、全ての人との出会いと関わりに感謝しながら、改めて呼びかけます。
「生命(いのち)はひとつらなり。みんな、大好き。ありがとう」を唱え、自分の潜在意識を切り替えていきましょう! |
01/04/2015(水) 15:38:47
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| No.12971 エーチャン |
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飯沼さんが掲示板で紹介して下さった「喜びから人生を生きる」を今日読み終えました。また時間をおいて是非読み直したいと思うのですが、感じたことを列挙します。
1.臨死体験の際に、意識が肉体から解放されることで、人間、生き物だけで無く、物質も含めて全てがつながっているということが当たり前のように分かるようになる。
2.ほぼ全ての人間が、いろいろな人間社会の決まり事に縛られて不自由になっていること、そればかりか、むしろそういう不自由さを自ら求めているのではないか、とすら思えました。
3.頭で考えるよりも気付きの方が重要であること
他にも色々感じたことはありますが、まだ咀嚼し切れていませんので、とりあえずということで。
「いのちはほとつらなり、みんな大好き ありがとう」が重要であることは、この本を読んで改めてよく分かったと思います。 |
01/04/2015(水) 22:41:44
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| No.12972 さき |
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ぬまさんの感動が伝わってきます。 悠々塾オープンの時の話は聞いたことはありましたが、まゆみさんとのやりとりとか詳しいことは初めて知りました。 あらためて最初のインスピレーションのエネルギーのものすごさを実感しました。
まさに >“オーム”というのは、無私の愛を注ぎ、全知で全能である神、言葉をもってしては説明のできない存在につながる響きとして記憶していた音だった< その響きでありそのエネルギーにつながったのでしょうね。 この20年あまりの全てがあって今がある。 そのことに感謝します。 私はこの15年余くらいしかしりませんし、今の定例会に来ている仲間ででオープン時の時にいたのは東さんくらいでしょうか。 でもそこからこの悠々塾という場が、今がはじまったのですよね。
これまでも幾度か節目を感じてきました。 私が定例会に参加するようになってからも、距離のできた方もあるし、あらたにつながった方もあります。 何で私が、、と思ったこともあります。 けど今、それぞれに機会があり縁あってつながった仲間の皆さんがいてくれます。 そのことがすごく嬉しいです。 この場につながる皆さんとの共鳴、確かな共鳴を感じています。 いのちの喜びがみなぎるエネルギー場を実感しています。 それがすごく嬉しいのです。
今、あらたな節目というより、 これからが本番と感じています。 これまで学んできたこと経験し培ってきたことの全てを形にする時だと。 やるぞ、です。 皆さん縁あってこの場につながったことを喜んで下さいね。 皆さんが大いなる導きと計らいのなかにあります。 自分なんて、自分は例外、とかナシですよ。
いのちはひとつらなり、みんな大好き、ありがとう。
みんな大好き、ありがとう!です。 一緒にこのエネルギーを共鳴させていきましょう。
おまけに、 生まれ育った共同体で朝のお勤めのときにいつも オーウン三唱ってやってました。 「オーーーーー」と、のばして「ウン」としめる感じです。 それも大いなる存在につながる響きでもあったのかなと再認識しました。
☆エーチャン コメントありがとうございます。体調はもう大丈夫ですか。 そちらの本はまだ読んでませんが私も読んでみたいです。 |
02/04/2015(木) 07:56:15
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| No.12973 エーチャン |
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さきさん
ありがとうございます。体調はかなり回復していると思うのですが、咳がまだもう少し残っています。定例会では皆さんに迷惑をかけたと思います。申し訳ありませんでした。
この種の本を読むとすごく感動するのですが、それをことばにしようとすると、その感動が抜け落ちて言ってしまいます。ともかく、この本の著者はそういう伝わりにくいことを懸命に伝えようとされていますので、とりあえず読んで頂くのが一番良いかと思います。
それと飯沼さんの「オーム」なのですが、私はヘミシンク(モンロー研究所)のCDを持っていて、以前(もう10年くらい前)聞いていたのですが、そのCDのどこかにも「オーム」と言っている部分があったような気がするのですが、どの部分で出てくるかちょっと思い出せません。実を言うと、ヘミシンクのCDを聞いていると必ず途中で寝てしまうのです!一端寝てしまって、起きたらまだCDが続いている、そのときに「オーム」を聞いたような気がするのですが、、、頼りない話で申し訳ありません。 |
02/04/2015(木) 13:26:14
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| No.12974 飯沼正晴 |
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☆エーチャン、さきさん、コメントありがとうございます!
悠々塾のオープンが1994年6月で、最初の定例会が翌年の1月でした。
古い空家を借りて(最初は無料でした)、フリースペースとしての場に「悠々塾」という名前を付けただけで、定例会なんてものをやろうなんて全く思っていませんでした。
オープンの時に集った人たちのほとんどは、定例会に参加していなかったと思います。
定例会を始めた理由も、私と会って話したいという人が増えてきて、私は有機農業をしていたし、ヒーリングの働きも始めていたので、普段は時間を割くことができなくなって、いっそのこと定例会という形でに日にちを決めていろんな人とお会いしようと考えたのでした。
その頃の私は人前で話すことがとても苦手で、定例会も第1部はゲストをお招きしてお話を聞いて質疑応答をするという形でした。 私自身が学ぶというか、見えない世界のことを見極めたいという意欲が旺盛で、ゲストにいろいろと質問を重ねて追い詰めてしまうような場面も少なくなかったように記憶しています。 私自身は追い詰めるつもりなど全くなくて、疑問に思ったことを言っただけのことで、そこからいろんな話が展開していくことで「真理・真実」にアプローチしていきたかったのですが、ゲストを困らせたりしてしまっていました。
人前で話すのが苦手と言いながら、オープンの時には原稿もないのに滔々と話していたようで、自分でも不思議な気がしていました。 それ以来、定例会でもずっと原稿もなしに話し続けてきましたから、話をすることが苦手ではなかったということなのでしょうね・・・。
まあ、使われる身ですから、自分でもよく分からないままの20数年間でした。
さきさんも、オーウン三唱というのをやっていたとは驚きました! 悠々塾オープンよりも数年前に、大江山のある合宿でさきさんと初めて出会った時に、「〈見えないエネルギーについても〉感性豊かな人だな」と感じたのは、さきさんのそういう積み重ねもあったからかもしれませんね。
エーチャンはヘミシンクのCDも聴いていたのですかぁ? 私は「シルバーバーチの霊訓」や「ベールの彼方の生活」などを読んだ後で、モンローさんの著書を読みました。 モンローさんが幽体離脱して知ったことと、霊界から伝えられていることが重なっているというか、同じことを別のラインから言っていることが明らかに思えて、一気に疑念が払拭されました。
オームについては、アレグザンダー博士の一文で十分に納得できましたから、ヘミシンクのCDを左脳で聴いて「オーム」を探していただかなくて大丈夫ですよ〜(笑) |
02/04/2015(木) 23:26:31
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| No.12978 あきら&ひとみ |
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03/04/2015(金) 17:44:06
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| No.12979 飯沼正晴 |
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あきらっち、ありがとう!
今日のしのしのさんの投稿にまた長い返信をしています。 皆さん、読んでくださいね〜! |
03/04/2015(金) 22:34:40
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