◆2013年9月定例会に向けてのメッセージ
みなさん、こんにちは。 克子です。
先日来、この人(飯沼)が掲示板に書いてきたように、今までで最大のエネルギー的な変化を迎えています。 それは単にエネルギー的変化というだけでなく、意識・認識においても根源的な変化・組み換えでもあります。 しかしながら、今のこの人はそのことを言葉で説明する段階には至っていません。 この人自身がそのエネルギーを実際のヒーリングにどう組み込んでいくのか、というよりもそのエネルギーを揺るぎないベースにしてヒーリングエネルギーをどう組み替えていくことができるのか、まだまだ始まったばかりに過ぎません。
そういう段階ではありますが、仲間の皆さんがたにヒーリングの力を伝授(ダウンロード)していくことはできるはずです。 もちろん、誰かれなく闇雲にとはいきません。 ひとつは、この人との共鳴状態の問題があります。 それはもちろん従属を求めているのではありません。 感情レベルの違和感は、(あくまでもこの人の側からすればの話ですが)実はそれほど問題にはなりません。
必要な場合は異論を述べ、意見を交わし合いながらも、地上で共通の目的を持っていることを喜ぶということです。 それは言うまでもなく、「人として優しく正しく、皆も自分も幸せに」ということです。
もうひとつは、霊主体従の価値観・生き方の(方向性としての)確立です。 霊主(体従)の度合いはさまざまになるのでしょうが、まずはそれでよろしいのです。
しかし、霊としての意識(愛や摂理)よりも、金銭・物質への執着を優先すると決めている人たちや、霊としての意識(愛や摂理)よりも、自分の気持ちや都合(小我)を優先すると決めている人たちは、その執着を手放さねば良きヒーラーにはなれません。 目指しているものがスピリチュアルヒーリングですから、これは当然のことでしょう。 (スピリチュアルヒーラー云々というよりも、上述の人たちはこれから人生の底が抜けたように、喜びを失っていくことになるのです)
誰もが不完全な存在であり、物質界という地上においてはその不完全さがさらに際立つものです。 ですから今の不十分な自分を否定する必要などありません。 (それはかげりの増幅にすぎません。) しかし、いかに不十分な自分であっても、やはり本来の方向へと成長進化することを希求し、それを形にしていくことは極めて重要です。
皆さんがたは一般の多くの人たちよりも、真理や真実をより知っているはずです。 そういう者として、今の状況の中で実際に自分がどうしていくのかが問われているのです。 今日は、福島原発の事故の現状や今後の成り行きなどについて話を聞き、少しでも生命や健康への被害を食い止めるために、確かなヒーリングの力を身につけることと、もう少し一般的な(社会的な)ところで自分にできる貢献を考えてみてください。
事故直後から、皆さんがたが「筒先」となって一心に送った福島へのエネルギーは、それなりにではありますが確かな形になっています。 あらゆる生命を分け隔てなく祝福し感謝することによって生じる喜びのエネルギーは、未だ明らかにされていない生命のつながり、喜びの共鳴のパワーを引き出していくのです。 そのことに揺るぎない確信を持ち、仲間たちと共鳴しながらポジティブに注いでいくならば、まさに奇跡的な健やかさの回復、健やかさの増進がもたらされるでしょう。 それはすなわち、地上界の霊性進化ということでもあるのです。
本日の定例会にはホープさんも参加の予定です。 議会においては孤軍奮闘になるであろう彼に限りない支援と共感のエネルギーを注いでください。 |
26/09/2013(木) 20:18:53
| No.11541 さき |
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| Re: ◆2013年9月定例会に向けてのメッセージ |
引用 |
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メッセージを読んで背筋が伸び身が引き締まりました。 定例会楽しみにしています。 不完全な者同士ですが願う方向はひとつ。 皆さんと共鳴していきたいです。 |
26/09/2013(木) 20:53:12
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| No.11542 さき |
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| Re: ◆2013年9月定例会に向けてのメッセージ |
引用 |
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今月の悠々通信から
はじめに 原発事故で福島から関西に避難された方の話です。 その方は福島での暮しを断念して避難先で飲食のお店を開業。 しかし二年半が過ぎても福島を思い「福島県人として何ができるのか」と考え続けている。 現在もひと月に一度は地元に帰る。 ------------------------------------------------------------ 警戒区域からの強制避難、自主避難。県内避難、県外避難。家も仕事も何もかも失った人、放射能から子どもを守るために避難した人。福島で暮らす人、暮らし続ける人。避難先で新たな出発をした人、福島に戻る人。先の見えなさ、補償の有無、仕事や経済状況、家族関係。それぞれの事情や立場の違いから、これまでにはなかった摩擦や軋轢が生まれている。 皆んなが苦しい。 ------------------------------------------------------------ 「分断を乗り越えることが(この現実のなかで生きる)人間に与えられたテーマだと思っている。」 その方の言葉が心に突き刺さった。 「皆がどの立場にあっても、ともに困難のなかで生きている。」 それが真実であり、共通の立場である、とおっしゃった。 それを共通認識にしていくために今も毎月福島に通っているのだと。
国や行政や大企業、自分の都合や利権が人々をバラバラにしている。その力にいのちや生活を翻弄され、しわ寄せを受けるのはいつも力を持たない庶民だ。 同じ人間として、同時代を生きる者として、困難をわかちあい共に生きたいと思った。 自分の前にある分断を乗り越えたいと思った。 一庶民である自分に現状を一気に解決できる力も妙案もない。けれど、言いたい。 無力感やあきらめに陥って心を離してしまうのはやめよう、と。 心を動かし続けよう、寄り添い続けよう、困難をともに生きよう、と。
自分もしんどい、自分も苦しい。だが、皆んなが苦しいのだ。 心折れず、心を壊さず、心をかげらせず、日々生きること自体が試練だ。 けれどもそれが霊である人間として「生きること」なのだと思う。そこで心を動かし、自分に与えられた「心の力」を発揮することが、魂の喜びであり人生の目的なのだと思う。 心の力は目に見えない。 けれどその力は無限。 心の力を使うことは喜びであり、その喜びは共鳴する。 私たちの持つ心の力を信じよう。 どんな困難のなかにあっても誰もが日々を健やかに変えていく力を有している。その喜びを知る者として、共に生きよう、生き続けよう。 新しい喜びの地上界をつくるのは、心の力であり喜びの共鳴である。 |
27/09/2013(金) 08:51:57
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