朝起きたとたん、今日は涙が溢れ出ました 涙が出ながら書き込みします。 それは、あのお父さんが、 普通のことを普通に、誰も居ないところで、 ちゃんとやってたからです。
嬉しい 嬉しい 嬉しいよーーーー あのお父さんがやで!! 嬉しいぃぃーーーー
相変わらず、お父さんは、おかしな人なんだけど ちょっと、騒動があったのだけど それでも、普通のことが普通に出来ていたので それは本当に嬉しいです。
お父さんの問題行動は おそらく20年以上続いてたのだと思うのだけど 実際、私がその事で関わってきた期間は7年くらいだけど あのお父さんが人として、 それも誰も居ないところで ちゃんとやっていたことが昨日発覚されました。 驚いています。
ちょっとした騒動の中で(あるまじき行為)、それはされてたので 私は最初、その普通の行動に気づけませんでしたが あとになって、感動しています。
いかなる事でも人は愛情で癒せるんですね 自分のことになると、そんなことあるのかね?と 半信半疑なところもあったと思います。 あまりにも、長い出来事で悩まされてきたので。
今後、何があるかわからないけど、、 それでも今回はお父さんの頑張ったことに拍手です。 これは、おめでとうだから 近々、ご飯でもまた誘おうと思います。
エーチャン、聖書ありがとうございます。 マタイの続き、気になるので、今日も投稿待ってますね!
Bさん、おかえりなさ〜い 嬉しいよーーー やすこちゃん、お疲れさま〜〜
皆さんにも喜びが伝染しますように〜 わーい |
07/05/2023(日) 05:52:44
No.36780 飯沼正晴 |
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のものも、嬉しかったね。 というか、嬉しいこととして観測できて良かったね!
眼差し=観測のエネルギーによって、物事の意味合い=現実はどうにでも変わる。 そして、眼差し=観測によって意味づけされた現実が、その方向でまた新たな現実を造っていくのだろうね。
のものものお父さんのこともそうなんだと思います。 腹立たしさや情けなさに泣きながらも、のものもはお父さんへの眼差しを喜びの方向にシフトしてきました。 まさにその眼差しのエネルギーが現実を造っているのですね。
エーちゃん、 新約聖書のなかの「山上の垂訓」の部分の転載、ありがとう! 一度皆さんも読んでもらいたかったのだけど、私が転載するよりもエーちゃんの方はふさわしいと思ってお願いしました。 引き続き、よろしくお願いしますね。 。。。。。
昨夜、Hさんからメールが来ていました。 グループラインでのことへのお詫びと次女さんや会社の現状報告、お兄さんとは秋に会うことなどが書かれていて、グループラインで私が提示したことや掲示板に先日書いたキーワードのことなどはスルーでした。 メールの最後の部分だけを転載させてもらいます。
>これまで何回も厳しいと思った事はありますが、悠々塾から気持ちの面でも離れようと思った事はありません。 ただ、もう出たり入ったりの状況は卒業したいと思っています。 次回は、中途半端な参加ではなく、喜びと共に参加させていただきたいと思っています。 アコさんへの共鳴では、アコさんご本人、そして他にも私のエネルギーに対して疑心暗鬼の方がおられました。それは、仕方のない事だと思っています。 ただ、そういう思いを持たれたままでは、共鳴を削ぐことになりかねないと思います。
次回、参加させていただく時には、それらを払拭する私が変わったという証し、即ち、次女が喜びに着地する事、 会社が再生する事と共に参加させていただきたいと思いながら過ごしてきました。 今は、自分が「自分なり」を越えていく努力をしていくだけ、と。 まだ、道半ばです。
しかし、飯沼さんはじめ、何人かの方から「待ってる」というお気持ちを向けて頂きました。 ありがたい事だと思っています。 この様な言い方は、おこがましいかもしれませんが、私の参加が、もし、幾ばくかでも、みなさんの喜びに繋がる可能性があるのであれば、定例会に参加させていただきたいと思います。<
ということなので、Hさん自身が「こういう気づきを得て、自分は変わった」と思えてから、掲示板や定例会に参加してください。 この状態では、またすぐに同じことを繰り返すように思います。 掲示板や定例会に参加しなくても、つながっていることは間違いありません。 |
07/05/2023(日) 08:42:25
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No.36781 のものも |
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あっ、は〜い! 私の気持ちとしては、まだ残っている部分はありますが 今回のことは、父の成長と観測したいと思います。 父にとっては、とてつもない一歩だと思っています(笑) |
07/05/2023(日) 08:58:00
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No.36782 やすこ |
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のもちゃん
>眼差しのエネルギーが現実を造っているのですね。< ほんと、のもちゃん↑やね。 一つ見方を変えると景色がガラッと変わるもんね!のもちゃんはすごいよ!良かったね、嬉しいね!
エーちゃん ありがとうございます。 聖書は読みたいと思った事はあるけど、ちゃんと読むのは初めてです。 今日はゆっくり読んでみますね。解説もありがたいです! |
07/05/2023(日) 09:50:29
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No.36783 のものも |
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やすこちゃん 昨日は、お疲れさま〜 ってか、本当ありがとうね!! おかげで、ドツボにハマらず、すんだわ〜(笑) |
07/05/2023(日) 09:53:12
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No.36784 Bさん |
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のもちゃん、 よかったね! うれしいね!!
一言、言いたくて。 仕事してきます〜。 |
07/05/2023(日) 12:45:59
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No.36785 エーチャン |
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ヌマさん
はい、引き続き担当させていただきます。毎日、昨日と同じ分量位を投稿していこうと思います。
のもちゃん
お父さんのこと、良かったねえ!ヌマさん、そしてやすこさんの投稿も合わせて読みながら、私も勉強させてもらったような、シナリオの転換、あるいはチャンネルの切り替えというのは、そういうことなのかと思いました。私もわかったつもりでいたけど、いつの間にか忘れてしまう、まだ意識にしっかり根付いていないんだと思います。でも気付かせてもらって本当に良かった、ありがとう!
やすこさん
コメントありがとう。励みになります。これからしばらく毎日投稿していきますね。
以下、マタイによる福音書、5章の後半部分を投稿します。 ちなみに、各段落の冒頭にある小見出しは、聖書本文にはありません。新共同訳の訳者が読者の参考のために挿入してくれたものです。
姦淫してはならない 「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、私は言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」
離縁してはならない 「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」
誓ってはならない 「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。しかし、私は言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」
復讐してはならない 「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、私は言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。誰かが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」
敵を愛しなさい 「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、私は言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」
・・・・・・・
一点だけ、上記に出てくるミリオンは、古代ローマのマイルで、およそ1,480メートルだそうです。(ウィキペディアペディアで調べました。) |
07/05/2023(日) 15:29:52
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No.36786 あきどん |
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のものもさんが、 お父さんの嬉しいことを、どんどん観測できてすごいです!
エーチャンさん、聖書の転載ありがとうございます。
私には、聖書はなんだか難しいところもあるし、よくわからないところもだいぶあるように思います。だからすんなり読めない感じです。 飯沼さんは弟子より理解できてたて思えるって、すごいですね。。。
最初の、「心の貧しい人々は幸いである、 天の国はその人たちのものである。」からわからないと思ったけど、 自分の持ってる本の英文では、 Happy are those who know they are spiritually poor; the Kingdom of heaven belongs to them! なら わかる気がするんですが。 悠々塾で学んだことに当てはめて考えつつ読んでいきたいです。 |
07/05/2023(日) 16:24:39
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No.36787 飯沼正晴 |
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エーちゃん、お手数ですがよろしくお願いしますね!
シルバーバチによれば、イエスは「地上界の浄化・地上人類の霊性進化」の霊界側の総元締めであるそうですから、この時期に地上のイエスの訓えの痕跡に触れておくのもいいかと思って。 聖書って、たぶん今でも世界一のベストセラー書だと思うのですが、案外読んだことのない人が多いようですし。 クリスマスはみんな知ってるのにね。
それぞれに思うところなどを書き込んでくれたら嬉しいです。
あきどんさん、 >飯沼さんは弟子より理解できてたて思えるって、すごいですね。。。<
いやいや、そういう意味じゃないですよ(笑) 私はなぜかカソリック系の幼稚園に3年間も通って、寝る前にお祈りなんかもしていて、イエス様という存在は身近に思っていたようです。(「天にましますわれらが神よ」というアレです)
当時の政治活動に馴染めないものも感じて、高校2年の頃に初めてちゃんと聖書を読んだとき、聖書の中の弟子たちはなんだか頼りなくて、ごく普通の人たちという感じで描かれているように思ったのです。 「山上の垂訓」などのところでは、斬新な価値観に私自身が魂を揺さぶられるような感覚もあって、「イエスのような人間になれないのは言うまでもないことだが、自分のような人間でもイエスの弟子にはなれるかもしれない」と思いました。
それ以降は、実際にはそれとはかけ離れたダメ人間ではありましたが、「こういう場面でイエスならどう言うか? イエスならどうするか?」ということが基準の一つとして頭のごく片隅にあったような、なかったようなという感じで、とても出来の悪い弟子ではあったかもしれません(笑)
前にも書いたような気がしますが、高校2年か3年の時にふと教会に行って牧師の説教を聞いた後、「ベトナム戦争のことをどう思うか?」と質問しました。 牧師が何の躊躇もなく「共産主義者は神の敵です」と言ったので、こりゃダメだと思って、それからは教会には行かなかったけど。
しかし計らいというべきか、23歳の時にまた教会の人たちと縁ができて、「人間イエス」の視点で見て社会活動もしている牧師さんにはいろいろ教えていただきました。 |
07/05/2023(日) 17:09:09
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No.36788 のものも |
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Bさん ありがとう〜! お仕事、お帰りなさい〜〜
エーチャン 私からも、気づきをありがとね〜!
あきどんさん いつもありがとね〜!
角度を斜めにしたので、 いや、そう言う事じゃなくて!と 新喜劇でツッコミされそうな内容ですが〜(笑) |
07/05/2023(日) 17:55:46
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No.36789 エーチャン |
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あきどんさん
確かに、「心の貧しい人々は幸いである」という部分は分かりにくいですよね、あきどんさんが紹介してくださっている英訳、そして私は別の英訳を見ているのですが、どちらも、spiritually,あるいはspiritという語を使っています。つまり、霊が、あるいは霊的に貧しい、ということのようです。ちょっと今、インターネットでも調べたのですが、やはり原語は、心の貧しいというより、霊的に貧しいという表現になっているようです。
ただ、それでもわかりにくいと思います。「霊的に貧しいということを自覚している人々は、」と解釈するようです、原文にはない「自覚している」という部分を追加して解釈するようです。
ちなみに、ルカ福音書の該当箇所では、「心の」という語は削られ、「貧しい人々は幸いである」となっています。あるいは、マタイが「心の」という語を追加したということかもわかりません。 |
07/05/2023(日) 17:56:23
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No.36790 あきどん |
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飯沼さん そうだったんですね。 キリスト教とご縁があったんですね。
イエスは「地上界の浄化・地上人類の霊性進化」の霊界側の総元締め、、、 なんだか すごい、て思いました。 そういう意味では私もご縁があったのかな笑
>この時期に地上のイエスの訓えの痕跡に触れておくのもいいかと思って。
なるほどです。了解です。
エーチャンさん 早速調べていただいてありがとうございます。 「霊的に貧しいということを自覚している人々は、」と解釈すると、私も納得できます。でも、自覚しているという部分は原文にはないんですね。 そうなんですね。。 解釈とか難しそうですが、心で感じるようにも努めたいと思います。 また、わからないところなど書くかもわかりませんが。
のものもさん 角度を斜めに、なるほどです^ ^ |
07/05/2023(日) 18:17:41
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No.36791 飯沼正晴 |
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ま、屁理屈を言えば、「心の貧しい人々は幸いである」というのは、「地上人生では心が貧しかった人ほど、地上を離れて霊界に戻る時には大きな喜びに満たされる」という意味にも解釈できなくはないですね。
新約聖書に収録されているマタイ伝やルカ伝などの福音書・イエス伝は、イエスの死後数十年たってから編纂されたと言われています。 それらの元になっている「Q資料」があったという説が有力です。
そもそもイエスも弟子たちも古代ユダヤ人ですから、元の福音書・イエス伝は古代ヘブライ語で書かれ、おそらくは古代ローマの公用語であったラテン語やギリシャに翻訳されて、そこから広げられていったのでしょう。
しかも西暦300年ごろの数か月間にも及ぶ二ケア会議で、さまざまな福音書が取捨選択されて、おそらくは内容も改ざん・編集されているようです。 なので、一言一句を見ていく意味はほとんどないと思いますよ。
私が面白いと思っているトマスによる福音書などは聖書としては認定されていない、いわゆる外典です。 イエスの弟子の一人(愛人?)であったマグダラのマリアによる福音書・イエス伝と思われる、「マリアによる福音書」というのわずか1〜2ページですが発見されています。 |
07/05/2023(日) 19:38:12
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