10月1日に八戸に来て、もう4日が過ぎました。 2日は縄文是川遺跡の文化財センターに行きました。 東北北部から北海道南部には同系列の縄文遺跡がたくさんあって、今それを世界遺産に登録しようと運動しているそうです。
泊まっているのは、八戸駅から徒歩15分程度のところにある和風ビジネス旅館のような宿です。 食事は付いていないので、時間が制約されません。 食事は外食か、外出した時に買ってきています。 近くに飲食店がほとんどないので、連泊者にはちょっと不便ではあります。 駅の近くに漁師さんのグループが経営しているという海鮮居酒屋があって、そこは最高です! 宿に隣接して天然温泉の共同浴場があり、早朝5時から10時までの営業時間内であれば宿泊者はいつでも入れます。 私は巨体なので、ビジネスホテルの風呂が苦手で、この宿にしたのでした。
是川遺跡文化財センターは昨年だかにとても立派な建物になったそうです。 300点を超える展示品のすべてが国の重要文化財で、祈りと呼ばれている「合掌土偶」は国宝です。 是川遺跡からは土器や土偶だけでなく、木器なども出土していて、それらに彩色された漆塗りの美しさに魅入られました。 出土した瞬間はもっと色鮮やかだったそうですが、3000年の時を経て、今もその美しさは十分に感動的です。 機の皮を剥いでつなぎ合わせた容器や、細く裂いた竹で緻密に編みこんだ小さなカゴや、おそらくは世界最古の(弦)楽器だろうといわれている木製品にも漆の色が残っていました。 木製や石を薄く磨いた剣なども展示されています。 おそらくは大陸との交流によって、縄文人たちは剣というものを知っていたのです。 しかし縄文時代には戦乱というものがなかったといわれているので、彼らは人を殺めるためにその剣を使うことはなく、祭祀のみに使用していたのです。 ボランティアのガイドさんが、「この剣で一体何を断ち切ろうとしたのでしょうね」と言っていましたが、死者の地上への未練を断ち切るために使ったのではないかと、私は思いました。
たとえば、幼い子供を残して地上を離れた母親などは、やはり地上への未練が残る場合もあったのではないかと思うのです。 死後一定期間を過ぎても、地上にとどまっている魂に引導を渡すために使われたのではないかと思いました。 土器なども非常に細かく丁寧な細工や模様が施されていて、驚きの連続でした。 成型した壺や皿の粘土が乾く前に細い紐を転がして模様をつけているのですが、模様の向きからすれば右撚りの紐と左撚りの紐を使い分けていたのではないかと考えられているそうです。 (紐を動かす方向を逆にすればいいのですが、それでは説明のつかないことがあるそうです) それらも、ガイドさんが「どうしてここまで精密な細工をしたのでしょうね」と言っておられましたが、私は思わず「神からの恵みを盛る器だから、できる限りの感謝を表現したのでしょう」と言ってしまいました。 狩猟につかっていた弓にも漆塗りが施されているのも、単に弓の耐久性を高めるだけでなく、やはり神からの恵みをいただくことへの深い感謝と喜びがあったのではないかと思うのです。
ガイドさんも私の話に興味を持ってくれたようで、いろいろ話しながら3時間以上かけてじっくり観てまわることができました。
その日の午後は、種差海岸というところに行きました。 ここは八戸出身の三田さんに勧められたので行ったのですが、太平洋の荒波が打ち寄せては砕ける岩礁海岸と、そこまで続く天然の芝生のなだらかな丘陵の対照的な様がが何とも美しく、ウミネコがたくさん遊んでいる光景に癒されました。 海辺の芝生に座って何時間も海を見ながら、「異質なものの融合」を意識して遠隔ヒーリングもさせていただきました。
長くなるので今日はここまでにしますが、一つ問題を出しておきます。 正解は誰にも分からないので、頭の体操、意識の体操として、一緒に考えてみてください。
是川遺跡の土器の中に、とても興味深いものがいくつもありました。 今の時代でいえば陶器の急須のようなものもあります。 急須のように筒口がついているのですが、その筒口の先が容器の高さの半分もないのです。 これでは、水などを入れてもすぐに筒口からあふれ出してしまい、非常に使い勝手が悪いはずです。
別の土器の器(壺や円柱形のものもあります)には、器の下のほうに小さな穴が開いているのです。 縄文人は、一輪挿しや花瓶の下のほう(底ではなく、底に近い高さの側面)に直径5ミリぐらいの穴を開けた容器を作っていたのです。 これでは液体を溜めておくこともできず、容器としての用をなしません。 こういう土器と筒口の短い急須のような器は同じ思想から作られたものだと思われます。 しかし、今もどうしてそんなものを作ったのか、何に使っていたのか、まったく分からないそうです。 縄文人はおそらく酒を造って飲んでいたであろうといわれています。
なぜ彼らはそんな急須や土器を作ったのか、それらを何に使っていたのか、一緒に考えてみませんか? |
05/10/2012(金) 01:39:32
| No.10136 それいゆ |
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八戸にはずいぶん沢山の遺跡、遺物があるのですね。
>頭の体操、意識の体操、、 というよりはイメージです。 私が生まれ育った津軽地方は漆塗りや木工細工、あけびの蔓を 編んだかご細工、そんなものが沢山あり、今も受け継がれています。
秋になると山(岩木山)にのぼり、きのこや山葡萄を採ってきて、 保存食にしていました。 山葡萄はぶどう酒、ワイン? 子供の私たちは、お酒になる前の葡萄ジュースを飲むことができました。それは美味でした。
器の下のほうに小さな穴があるのは、、 そこから熟成した葡萄汁がポタポタと滴り落ちる、、、 収穫の喜びを皆で祝ったのではないのかな。 そんな具合にはいきませんかね。
ワイン樽や醤油樽も下の方に穴がありますよね。 ま、栓がついてますが、、、、
ゆるやかな時間の中で、いいものができたことでしょう。 |
05/10/2012(金) 18:16:51
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| No.10137 ゆうき |
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不思議ですね。 僕はいくつか思い浮かびました。
常に足りない状態にある、急須や土器。 これらを作って、神様(大自然)にお願いしたのじゃないかな?って思いました。 「私たちはまだ足りていないので、どうぞお恵みを・・・」といった祭事に使ったのでは?とか
水は大切なのだとわからせる教材として使ったのではないかな?とか、
ほかには、自分たち人間は不完全なものをつくるまだ未熟な生き物だという事を神様にわかってもらい 自分たちの慢心を戒めているのではないか?とか、
あと、これは一番初めに思い浮かんだのですが、不完全なものも存在する(存在させる)ということ。 ちょっと説明が難しいのですが、完璧なものだけではなく、そういった穴のあいた土器にも愛情というか感謝をもって 作ったのだと思いました。(自分たちが不完全なのにこうして生かされているのは、神様(大自然)のおかげなので 不完全である土器を作り、神の愛を体現した・・・)
いろんなことが頭に浮かびます。 でもほんと生きる事を喜び、目一杯楽しみ、そして感謝しながら生きる生活だったんだろうなぁ、って想像しました。 |
05/10/2012(金) 20:17:44
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| No.10138 ひらり |
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ヌマさん、こんばんは。 ゆったりとした時間を過ごされてるんですね♪
>急須のように筒口がついているのですが、その筒口の先が容器の高さの半分もないのです。
足るを知る・・・自分だけが沢山欲するのじゃなく、皆が大切に分け合うその時必要な分だけで十分なのだと・・・。そんな感じがしました。
青森の旅、楽しんで一杯充電して帰ってきて下さいね♪ |
05/10/2012(金) 21:57:13
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| No.10139 みやっち&藍子 |
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急須の方は、そこにお酒を入れて、急須の口からみんなで回し飲みに使ったんではないでしょうか。宴会などの遊びの一種で。
高知の友人からもらったオチョコには底に穴が開いていて、その穴を指でふさいで、飲みきらないと机の上にオチョコを置けないという物があったので、それを思い出しました。
花瓶の方は、茎の切り口にだけ水を上げればよいという考えから、その穴からお水がこぼれない程度に水を入れたのでしょうか。。
みやっち
きゅはじめ読んだときは、「足るを知る」的な考えで、物質的には少量の水でも、大きな急須に入れて、ありがたく頂くのかなーと思いました。
あと、雪国なので、積もった雪をその急須に入れて、徐々に溶けてゆく雪を飲料水としてその口から飲んでいたのかなーとか。
あとは、土瓶蒸しみたいに、具材重視の料理作るときに使ったとか???いろいろ、考えてみると楽しいですね。
花瓶などの小さな穴は、、、わかりませんー。実物見てみたいなあと思いました。
藍子 |
05/10/2012(金) 22:15:07
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| No.10140 みゆきん |
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土器について話している時、お兄さんが「穴があいているのでためることができない」といいました。 それで、ためることは意味がなくて、穴からでる水分は、自分にいただいたものを与えさせていただいて、そうすることですべてなくなるかといったらそうでなくて、また何かしら自分自身に与えられたり、いただいたりして、それをまた与えさせていただいて、、、ということなのか。。。 あと、足るを知る、ということなのか。。。 など考えました。
そして、 急須は、水やお酒を、その時必要な分だけ入れられるようにしてあるのだと思いました。 花瓶は、生ける草花に必要な最小限の水を入れられるようにしてあると思いました。 お水やお酒は、なくなったらまた必要な分だけいただきます。 草花のお水は、最小限の水量にすることでいつも新鮮なお水にできます。 無駄使いしなくてすみます。無駄にしなかった分、ほかの人たちに水やお酒がまわっていきます。 草花は新鮮なお水、うれしいと思います。 みんな共に生きている、という感じがしました。
急須や土器、みてみたいです。 種差海岸にも行ってみたいです。 |
05/10/2012(金) 22:49:44
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| No.10141 それいゆ |
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ゆうきくんのコメント読んでたらスイッチが切り替わり、補足、
それぞれに役割、使い道があるということ、、、 完成されたものという認識があったのでしょうか。
それと、ひとところに溜め込むことがないことの象徴。 ひらりさんの"足るを知る”にも通ずるのかな。
実際に見てみたいですね。 |
05/10/2012(金) 23:39:06
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| No.10142 それいゆ |
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ゆうきくんのコメントを読んでたらスイッチ入ったので補足。
それぞれに役割があるということ、、 そもそも完全、完成されたものという認識の仕方をしたかな。
それと、ひとところに溜め込まない、とどめない、、 ひらりさんの”足るを知る”に通ずるのかな、、
今夜の体操はこれまで、、 |
05/10/2012(金) 23:50:02
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| No.10143 飯沼 |
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いろいろな考えや想像が出てきて、面白く読ませてもらっています。
答えが分かっていることは調べればそれなりに分かるのですが、だれにも答えが分からないことを考えてみることも大事だと思っています。
まして、この列島に生きた私たちの祖先でありながら、おそらくは価値観も生活様式も今とは大きく違っていた縄文の人々の心のありようや考え方や実際の暮らしぶりを、用途不明の土器などからイメージすることは、私たちの意識の幅を広げることになるような気がします。
私が子供のころ、親父が「考古学はロマンだ。わずかな出土物(の意味)をつなぎ合わせて、その時代の人々の考え方や生活様式などの全体を解明していくのだから。しかしそれもまた、新たな出土物によって、大きく修正していかねばならない…」みたいなことを言っていたのが記憶に焼き付いているのですが、確かに親父が言ってた通りだと思います。
話を戻しますが、 急須のような土器の大きさは、土瓶蒸しの土瓶と同じぐらいか、それよりも少し大きい程度です。 筒口のない器の大きさはさまざまです。
一輪挿しとか花瓶とかと書きましたが、形や大きさをイメージしてもらうためで、下の部分に穴の開いた土器に花を活けていたわけではないように思います。
書き込みを読んで思い出したのですが、 筒口の短い急須のような土器や、下のほうに小さな穴の開いた一輪挿しや花瓶のような土器の中には、底が平らではないものもありました。
つまり、水や酒を入れても、底が丸く(尖って)いるのでどこかに置くこともできず、短い筒口の先や器の下部の小さな穴から漏れ出してしまうというシロモノです。 |
05/10/2012(金) 23:51:11
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| No.10144 さき |
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ぬまさん、ゆったり八戸での時間を味わってるみたいですね。 是川遺跡はいつか私も行ってみたいです。 漆の技術はとても手のかかるものだと思います。 そんな技術や文化を花開かせていた縄文の人たち、 使いにくい急須も土器に穴があるのも意味あってでしょうね。 祭礼とかに使う象徴的なものかな。 他にも書かれていますが、わかちあうとか、循環するとか、とどまらないとか、それが喜びだって知ってたのかなと思います。 あるいは、穴のあいた土器はすごく実用的な意味があるのかなとか、、考え中です。 底のとがった土器は見たことあります。確かとがった部分を土に部分に埋めて立てとくためじゃなかったかな。 頭の体操、思わぬひらめき。 皆さん、思ったこと書いてみて下さい。 |
06/10/2012(土) 14:18:02
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| No.10145 まゆみ |
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いろいろ縄文時代のこと想像してみるのおもしろいですね。 ですが、私は何もイメージできず考えてて、みなさんの書き込みをみて、そうかも、そうかもという具合です。 イメージ膨らますために実物見てみたくなります。 是川遺跡にも行ってみたいです。
ゆったりとした時間が流れていただろう縄文。 土器などにしても、せっせと作らなくてもよかったでしょう。 創造する喜びいっぱいに、土器にきれいな模様をつけたり、土偶をつくったりしたのでしょう。
そう思うと実用的なことではないのかな、と思ったり… いろいろイメージしているところです。 |
06/10/2012(土) 17:36:37
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| No.10146 あきどん |
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皆さんの発想が自分が思いもしなかったことを書かれていたりして、興味深かったです。 私が、はじめ思いついたのは、畑の土などに埋めて、そこに水を入れて、ちょっとずつ水を土に浸透させる入れ物です。 旅行で家を数日空け水をやれないとき、ペットボトルの下に穴をあけたり工夫したことがあったのでまず浮かびました。
それと、先の尖った焼き物の容器は、鹿児島の離島のお土産でもらったことあります。さきさんのおっしゃるように外で飲むとき、土に刺すそうです。
ヌマさん、旅行を楽しんでください。 |
06/10/2012(土) 23:33:29
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| No.10147 あきら&ひとみ |
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いろいろと考えてはいましたが、なかなか頭が回らないというか、思いつかないでいました。 みなさんの発想を聞いて、なるほど〜なるほど〜って。 あきらとも話しながら、考えていました。 急須は、筒口の先が低い位置にあるということなので、中身は沢山入れられない。 私の中では縄文の時代は、平等とか、わかちあい支えあいって イメージがあるので、誰かが多くではなく、誰でも平等に飲み物を飲む為に出来ている土器かなぁって。 もう一つの方は、何に使うのかはわかりませんが、先が尖っているので地面に置けない。だからぶら下げてつかうものなのかなぁって。
う〜ん、難しい。 でもどんなものでも、自分の為にではなくみんなでとか平等にとかを考えながら作っていたのかなぁって思いました。
ひとみ もう一つの方は馬で移動中に付けていた物かな? あきら |
08/10/2012(月) 00:23:52
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