金銭経済の弊害、つまり生活物資(サービスも含む)の交換媒体を逸脱した 凝縮、偏りによる格差が益々顕著となっている。 通貨は本来の目的から、格差を通じて支配の媒体と変質して、その流れが加速 している。 そこに社会の調和を乱すあらゆる混乱の一原因がある。 いつの間にか金銭は人間互いの必要物資の便利な交換媒体から、金銭そのもの を求めるという過剰競争を通じて力の論理の道具と変質しつつある。
民はこのシステムの中で生きてゆく為に長い長い年月その生活スタイルを 定着させられてきた。そしていつの間にやら“世の中とはそんな所”という 言わばマインドコントロールに掛かって身動きさえも失ってしまっている。 世のあらゆる分野の問題を、とことん突き詰めていくと結局“金銭を如何にして多く得るか”、という人間本来の喜びからピント外れの目的意識に行き着く。 「人間本来の喜び」からピントが外れているのだから、その結果が今日の世界的行き詰まりであることは理の当然である。 そしてその支配者層も市場経済主義をコントロール出来なくなり始めた。
ではどうすればよいのか・・。実は理念としては決して難しいことではなく極めてシンプルなことなのである。 「やり直し」すればよいのである。つまり多くの人間が、金銭地獄システムの 呪縛から開放され、少なくとも今よりは“安心し、楽しい、嬉しい”の方向に 舵を切り直せば良いだけのことなのである。
ところがこれを実践という段階になると、とてつもなく困難である。 実は、人々の意識を変えていく・・というのが最大の難関なのである。 大半の人々が、その金銭呪縛システムのマインドコントロールの中で休み無く動かねば生活して行けない現状であるし、意識を広げる余裕もない。 そして支配する側は己の都合の悪い方向には否定的で圧力をかけようとする。 仮に今の現状に疑問や問題意識を持ったとしても、殆どの人が上記の状態 の壁に跳ね返され、結局失望し“夢物語”を捨て“長いものには巻かれるしかない”という結論に落ち着いてしまう。
だが此処へ来て世の中の推移は、もうその繰り返しの終焉を向かえている。 何故なら支配する側、される側に関わらず世の中そのものが機能不全に陥り あらゆる分野に崩壊の兆しが見え、危機が迫りつつあるからである。
しかし、落ち着いて考えてみれば、この不調和の原因の大半が金銭を媒体とした支配構造だとすれば、そこを変えてゆくことによって、不調和が調和の方向に大きく軸足を移すことになる事になる。 意識改革というものを全ての人に語り納得させることは不可能である。 民は長い歴史を通じて“支配”というものを肌で感じて知っている。 心を硬くし縮めている、そして大きな改革には懐疑的である。 これを言葉だけで納得に導くのは大変なエネルギーを要すし難しい事である。
ベーシックインカムという税の再分配制度の概念を語っても殆ど興味を示さない、或いは苦しい己の環境からこの制度に理解を示すものの、現実化できると 思っている人は大変少ない。一部の制度支持者が居るものの、具現化に向けて さし当たって現実的な活動としてはこの制度の利点を語り署名運動までの域を 出ない。つまり他に具体的にすることが無いからである。
地域通貨プロジェクトの意味と必要性はここにある。 ベーシックインカムの雛形として、現行法制度の中で現実の営みとして機能 すれば、百の論理より体感として遥かに多くの人に理解と説得性を認識して もらえ、そこに面白さと楽しさ、喜びが介在していれば、このプロジェクトが 活性化し拡大するごとに賛同者が増えることになる。 そしてこれが一地域のみならず大きく拡大する事によって、人々は頭ではなく 心で「分かち合い、助け合い」の利点と意味を体得、理解することに繋がる。 これが本格的に機能し始めると、おそらく間違いなく楽しく実生活に溶け込み 管理され支配されている現行の金銭システムへの執着が薄れていく。 何故ならば、安心と楽しさ、喜びの営みの循環が自分の生活に直接的につながっているからだ。 そしてこれが一定以上の拡大をした時、世の流れは加速度的に調和の方向に 動き出すと思うのである。 支配する側も金銭経済の支配の無意味さを結果として知る事となり、必然的に 修正方向に舵を切らねばならなくなる。
人間がそれぞれ自分ならではの持っているものを出し合い助け合い、分かち合う事が喜び、ということがこの世の摂理とするならば、正にこのプロジェクトはその摂理に合致したものであって、ならばどうにかして成し遂げなければならない。 人間は明るいところに集まる。楽しい所に集まるのであるから。 |
30/06/2012(土) 15:43:22
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