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No.9059 飯沼  E-mail
愛は時空を超えて 81  引用
      ☆☆ 愛は時空を超えて 81 ☆☆

            ――  霊界の克との対話  ――

飯沼)おーい、くぅ。

克子)はーい、まーたん、こんにちは。

飯)最近、いろんなことがあって、お前が受信した「ムゥ、その光と影」を手に取る機会があった。
「ムゥ、その光と影」は、2000年12月から2004年1月まで、「天地悠々」に連載した母なる国ムゥの物語で、原稿用紙に換算すれば、たしか250枚ぐらいになるはずだから、全部読みなおすことはできていないけどね。

克)はい、懐かしいですね。
ただし、「お前が受信した」というのは違っています。
普段は便宜上そういう言い方でよろしいのですが、私が筆記したものについても決して私一人で受信したわけではありません。
あなたとエネルギーを共鳴させることによって、高い次元の霊界からの意念や情報を受けることができたのです。
ここでは一応その原則を確認しておきます。

飯)はいよ、了解。
「ムゥ、その光と影」は「地上人類の歩み」に対応しているのだけど、公表したもの以外にもムゥの頃の過去世の個人メッセージはたくさんある。
僕らに関するものだけではなく、いろんな人のその頃の過去世についてのメッセージも受信している。
それらを合わせれば、幾重にも織りなされた実に膨大な物語が浮かび上がってくるね。

克)はい、そうですね。
しかしあれは決して「物語」ではなく、ムゥの末期を時代背景として特定の人たちに焦点を当てた実話です。
しかも実際にあったことのごくごく一部に過ぎません。
こうして霊界に戻った私には、地上にいたころよりもはるかにあの頃のことがリアリティを持って思い起こされます。
今のこの時代に、あの頃を生きた魂たちが志を高めて、続々と地上に再生しているのです。
「あの頃を生きた魂」といっても、人の魂というものはいわゆる「類魂」ですから、全く同じ魂(個霊)が再生するわけではありませんし、ムゥの滅亡以降何度も再生を繰り返している人もいるのですが、ここではそれらの説明は省きます。
もちろん、今の地上にはムゥの時代が終わってから“人”に進化した若い魂の人間も大勢います。
(その説明も省きますが、興味のある人は「地上人類の歩み」をお読みください。)

いずれにしても、ムゥの時の過ちや不十分さを贖(あがな)い、今のこの時代でなければできない(意味がない)ような貢献を意志しているのです。

最初の地上人生がムゥであれアトランティスであれ、あるいはそれ以降の時代であっても、元の人生の負のカルマとその後の人生での正負のカルマに照らし合わせた贖(あがな)いや埋め合わせは必ず今回の人生にプログラムされています。
過ちがあまりにも大きすぎて一度の人生では贖いきれないと認定された場合は、何度もの人生に分けて背負うことになるのです。
「霊的法則に基づかないことは起きない。もたらされたことの全てに意味がある」とは、そういうことです。
困難な試練がもたらされた時こそ地上的損得や感情を越えて、霊的価値観に則して皆の喜びになる方向での解決を図らねばなりません。

あなたの場合はかつてのムゥにおいて、くに(国)を統括する立場でありながら、かげりを深める人々に翻弄されてしまい、リーダーとしての責務を果たすことができませんでした。
最後には人々や多くの仲間たちを残して、闇の者たちに処刑される道を選んでしまいました。
その埋め合わせとして、今回の人生では社会的な地位や評価などを与えられない中で、人のかげりに幾度もさらされながらも、その人の心を分かろうとし、仲間たちを育てながら彼らと共に本当の意味で健やかな社会を目指し続けねばなりませんでした。
しかも、戦いや争いによってではなく、人も社会も癒し尽くそうとすることによって実現させていくというのが魂の意志となりました。

私の場合は、ムゥの頃に戦いに明け暮れるあなたに取り残された思いがして、拭いがたい寂しさを抱えていました。
疑うことを知らなかった私ではありましたが、闇の者たちの陰謀に乗せられて、あなたや子供たちを残して囚われの身に甘んじることになってしまいました。
その過ちは、あなたと出会うまでの今生での寂しさや虚しさだけでは贖いきれず、幸せの絶頂であなたや娘たちを遺して地上を離れることが設定されていました。

かつてのムゥでは、私が闇の者たちの手に落ちたことを知ったあなたは、彼らの求めに応じて一切の責務を放棄して単身彼らの拠点に赴き、「私は全てを失った」という言葉を発した後は固く黙したままで残虐な彼らの手に掛かったのです。
それすらもあなたには重いカルマとなり、今生では地上の私を失った後も働きに邁進することになっていました。
霊界に戻った私と心を合わせて働くことも魂の約束でした。

これらのことはあなたもすでに知っていることですが、今のこの時期に改めて意識し直していただきたいのです。

飯)はい、承知しています。
ヒーリングなどで関わる人の話だが、最近は特にムゥのカルマの再現というのか、やり直しの機会がもたらされているとしか思えない人が目立つように思う。
もちろん、その人のムゥの頃の情報をこちらがすでに把握している場合だけど、そこで伝えられている情景と見事に重なっていて、「本当はあの時にそう言うべきだったんだ。今回の人生で言えてよかった!」と思う人や、「まさにムゥのカルマの再現だけど、この先どうなっていくのだろう」と心配になってしまう人もいる。

克)はい。
全ては摂理に沿って、「佳きに計らわれる」のです。
当然ですが、霊的真理・霊的法則は、地上の人間の損得や都合不都合や感情などをはるかに超えて作用します。
地上的にはいかに重い決断であっても、その人が摂理に沿っているならば、その人自身にも喜びがもたらされるのです。
もちろん地上的な損得計算や自分の感情を優先することで、結局は全てを失ってしまうこともあります。

ひとつ例をあげてお話しいたしましょう。
ムゥにおいて、私が闇の者たちの手に落ちる時のことです。
比較における違いから心のかげりを深めてしまったムゥの闇の者たちによって仕掛けられた戦いではありましたが、もともとは誰も戦いなどということを知りませんでした。
光の者たちは何の喜びもない戦いに赴いたとしても、敗戦につぐ敗戦で疲れ果てていました。
その頃は光の者たちの中にも、人とのさまざまな違いによって心のかげりが広がり始めていました。
アジェリンダン(闇の者たちの王)の策謀に乗せられたあなたの弟も、あなたとの違いに心をかげらせたところに付け込まれたのです。
彼がアジェリンダンから持ちかけられた話は、「あなたの兄に代わってあなたが新たな統率者となって、我々と平和的に共存しよう。その会合の席にはあなたの兄の妻を同席させるように」というものでした。
しかし、実際にはコンプレックスの反動による激しい征服欲に駆られていたアジェリンダンが、ムゥを完全に支配するためにあなたを打ちのめす策謀だったのです。
私は、あなたの弟から「戦いを終わらせることで、人々からの兄への信頼も回復し、あなたもまた以前のように兄と楽しい暮らしが戻ってきます。そのために、今度の秘密会談に同席してください。くれぐれも誰にも言わないように」と、固く口止めされていたのです。
愚かな私は、あなたの役に立ち、しかもあの楽しい日々を取り戻せると聞いて、疑うことなくその話に乗ってしまいました。
でも、たった一人だけにはそのことを打ち明けていたのです。

彼女は私の幼いころからの親友でした。
子供の頃からいろいろな話をしてきました。
やがて私が、ラ・ムゥ様の提案によって、ムゥ始まって以来の「違う傾向の邑の者同士の結婚」の当事者として、若き統率者の任に就くあなたのもとに嫁ぎ、人々の祝福も話題も一身に集めてきたことに、彼女の内心は暗い妬みや対抗心が膨らんでいたことを私は全く知りませんでした。
あなたや子供たちにも黙って、こっそりと屋敷を抜け出す手はずになっていた私はやはり心苦しく、多少の迷いもあって、彼女にだけは事前に打ち明けたのです。
彼女はすぐにそれが陰謀に違いない(捕えられて殺されるに違いない)と気づいたのですが、そんなことは素振りにも出さず、むしろ私を後押しするようなことを言いました。

やがて私が囚われたことを知ったあなたは、弟に近い者たちに事の真相を問いただしましたし、彼女にも詮議の手は伸びました。
彼女は、「私は知りません。聞いていれば親友の私がそんな無謀なことをやめさせないはずがありません。何の話をされているのか、私には何も分りません」と言い張りました。
彼女の家族も彼女が嘘を言っていることは分かったのですが、気づかぬふりをして決して本音を口にすることはありませんでした。
私の責任はもちろんですが、そのことが彼女の重いカルマになったのは言うまでもありません。

その頃すでにあなたは戦いでは何も解決しないことに思い至り、今までよりもスケールの大きな調和のエネルギーや方策について思いをめぐらせていました。
しかし、そのことを理解できそうな人材は見当たらず(というよりも、いたのですがあなたは戦いで共に苦しい思いをしている者たち以外にそういう話をすることを好まず)、結局は誰にも話してはいませんでした。
(それは、今あなたが到達した「分け隔てのない、無条件の祝福と感謝のエネルギーによる一体化」に他なりません。)

結局、あなたが地上的生命を奪われてからしばらくの期間を経て、母なる国ムゥは混乱と絶望の中で海に沈み、地上から消え去ってしまいます。

飯)はい。
その経緯についてはお前が地上にいるころから知らされている。
4月に受信した「愛は時空を超えて75」では以下のように警告されていた。
『表向きには親友・友人として振る舞いながら、内心は妬みと対抗心が渦巻き、「親友・友人」の足を引っ張るために陰ではとんでもないことをしたり言ったりしてきた人もいます。
もしもこれを読んでいる人の中にそういうことが思い当たるならば、自分なりの言い訳を考えずにすぐさま謝罪と十分な埋め合わせをすることです。
私がこの場であえてこのようなことを伝えるのは、それだけの理由があるからにほかなりません。
非難しているのではなく、その人のことを思うからです。
これを読んで思い当っても放置しているならば、いずれ必ず私がこうして伝えた意味を思い知ることになります。』

お前がこういう警告をはするのは余程のことで気にはなっていたのだが、それが誰の事かもはっきりとは確定できず、数か月はそのままになっていた。
ところが9月の初めに「もしかすればその人のことかも」と思っていた人から連絡があり、「すべてを失うような大きなトラブルが生じている」とのことで、助けを求められた。
その人や家族との関わりの中で、まさにムゥの人生と同じことが繰り返されていたことが明らかになりつつある。
悠々塾つながりの人だけでなく、僕たちの別の大事なつながりのグループの人にも、事実や内実を捻じ曲げた悪意に満ちた誹謗中傷をされていた。

それだけでなく、その人はお前に激しい妬みと対抗心を燃やし、お前が病を得た時に「それみたことか」と思い、お前の悪口を言っていたのだそうだ。
それなのにお前が地上を去った直後に、「克子さんの親友」として再び悠々塾の定例会に参加してきた。
「克子さんが病の間の2年半、何の協力もしてくれなかった人がどうして親友なのだ?」と、怪訝に思った人もいたが、そう思った人を含めて優しい仲間たちは黙ってその人を受け入れていた。

お前の病を皆の心のエネルギーで治そうとしていた2年半の間、絶えず「治ればこの人たちが有名になるから、治らなくていい」という不協和音を感じていたが、それはやはり事実だったのだ。
お前の病だけでなく、僕や仲間の活動が飛躍しそうな時には、いつも強烈な妬みからくる妨害のエネルギーを受けてきた。

僕個人としてはもう済んだことだし、そういう思いを向けられることも自分の不徳の致すところであったり、あるいは霊的真理に対する理解や実践の感覚の隔たりであるのだから、今さらどうこう思うわけではない。
でも、その人が自分のしてきたことの恐ろしさが全く分かっていないし、それらのことを明らかにした動機が「すべてを失うことが怖いから」ということなので、それではどうしようもない気がしている。
ましてその人は、「自分が間違っているのなら霊的責任を負う覚悟です」などと公言しているのだから。

克)はい。
まさにその人次第です。
こういうことになることが分っていたから、あえて警告を発したのですが、残念なことです。
その人はまだ全てを明らかにしてはいませんし、そもそも事実や真実の重みなどには関心がないのです。
自分の損得や自分の都合やその時の自分の気持ちが全てであり、それが最優先の段階です。
こういうことを受信するのにあなたは気が進まなかったようですが、こういう形で公にすることもその人のカルマの解消のひとつなのです。
なぜならば、かつてのムゥの時には、重大な罪を犯しながら何ひとつ明らかにはされないままに終わってしまったからです。
そして、その人が人の気持ちだけでなく家族の気持ちすら「分らない」のは、かつての人生で「何のことだか私には全く分りません。私は何も知りません。私は何も聞いていません」という言い逃れを際限なく繰り返した埋め合わせです。
相手が辟易するまで、際限なく自分勝手な主張を言い続けるのも同じです。

先行きは多難ですが、その人の娘が強く指摘できるようになってきたことに救いの光があります。
この非常に大きなカルマは上述のように、その人の問題だけではなく家族の皆にも関係しているのですから、他の家族がこれからその人とどう関わっていくのかによっても(地上的な)結果は大きく変わってくるでしょう。

その人は今も「自分の側からしか物事を見ることができない」という状態です。
そしてその歪みが常軌を逸しているので、他の人間が関わってあげることは逆効果になるのです。
自分の側からだけの説明や言い訳をさせることになるのですし、相手がそれをどう受け止めているかなどは関係なく「自分の話を理解してもらえた」と思い込み、過ちを補強していくことになるからです。

飯)はいよ、分った。
今回の「愛は時空を超えて」はドネ会の前日(8日)に、急にお前から促されて受信を始めた。
まだ受信しなければいけない時期ではなかったし、内容にも違和感を感じながらで、結局その日には途中までしか受信できなかった。
「これは没にするしかないんじゃないか?」と思っていたが、ドネ会の日の深夜、眠ろうとしたときに急に「分った」ことがあった。
というより、お前から伝えられたのだろうね。
それでようやく、今回の受信の意味に納得したんだ。

克)はい、もちろんこちらからのインスピレーションです。
ムゥのある時期から、ムゥの人々は比較においてのかげりを抱き始め、コンプレックスの反動による「支配欲」に駆られる者たちすら現れてきました。
それも深い闇ではありましたが、彼らには「自分としての目標」と言えるものがありました。
自分がのし上がるために、彼らなりに必死に頑張ったのです。
もちろん、ムゥにおいてのかげりは「闇の者たちの集落」に移住した者たちにのみあったのではありません。
一般の者たちにもかげりは生じました。
しかし、それは決して邪悪なものではなく、人との比較によって自分の存在価値を見失ったり、初めての混乱や戦闘によって不安や悲しみを深めたり、希望や喜びを感じられなくなったり、心のつながりを手放してしまったりというようなものでした。

かげりが蔓延してきたムゥでしたが、「人の不幸を願う」というかげりはすぐに生じることはありませんでした。
ある時期までは闇の者たちですら、「人の不幸を願う」「人の不幸を自分の喜びとする」ということを知らなかったのです。
ところが、私の「親友」であったその人は、暗い妬みを増幅させて、人(私)の不幸を自分の喜びとしてしまったのでした。
ムゥに初めて生じた「人の不幸を願う。人の不幸を自分の喜びとする」というエネルギーは、それから徐々に闇の者たちに伝播・増幅されていくことになります。
それから1万年余り経過した今では、人のかげりのひとつとして決して珍しいものではなく、むしろ蔓延しているのです。

本来の人は、(自分を含めた)皆の喜びを自分の喜びとしていく存在です。
学びや傾向の違い、よって担う働き(貢献)の質やスケールの違いを多様性の表れとして受け止め、存在するもの全てに、分け隔てなく、無条件の祝福と感謝のエネルギーを注ぎ、その喜びのエネルギーを健やかに循環させることを喜びとするものなのです。
かげりが生じ始めた初期に、人との違いに心をかげらせた者たちは、自分を喜ぶことができにくくなっていきました。
本当は自分という存在を喜びたいのに喜べないのは惨めで苦しいものです。
その惨めさに耐えられなくなった者たちが、「自分のみの喜び」を追求していきました。
そのためには人を踏みつけにしたり、傷つけたり、抹殺したり、騙したりということもするようになっていきました。
いわばそれがかげりの第1段階です。

その後、上述のように「人の不幸を願う。人の不幸を自分の喜びとする」という第2段階のかげりが生じました。
見方によればそれは第1段階のかげりや闇よりも邪(よこしま)で、さらに質(たち)の悪いものです。
それゆえに、そういう闇を抱えてしまっている人が少なくない今の時代でも、「人の不幸を願い、それを喜びとする」という心が自分の中で膨らめば、自らの良心のチェック機能が作動する場合が多いのです。
残念なことにそれでも今は、人の不幸を願い、人の不幸を自分の喜びとする人たちが増えてしまっているのですが。
しかし、それは神の子である人間としての本来の心から最も掛け離れた暗黒界の心です。
そういう心の要素を持ってしまっている人たちは即刻、「真人間としての心に立ち返ろう」と強く意志していただきたいのです。
そして、「人の喜びを自分の喜びとしていこう。自分はそういう人間に戻ろう」と。

かげりや闇にまみれた今の地上界ですが、第2段階のかげりが軽減するだけで、驚くような変化が顕れていくのです。
今回の通信の内容に心をかげらせるのではなく、自らの暗部に光を当てて、「出直し、生き直し」の一環としていただきたいのです。
ひとりの人間の大きな過ちが、それを知った者たちの光の喜びを高める機会に貢献することによって、背負わねばならない責任も幾ばくかは軽んぜられるというものです。

飯)はい。
今の時期にこういうことが判明することにも意味があるのだと思う。
明日は出雲の熊野大社に参拝して、本当の意味での「ムゥの再興」を改めて誓い、熊野大社前の「ゆうあい熊野館」に投宿して冊子の原稿を書いてきます。
と言ってもせいぜい3〜4泊だから、書き上げるのは無理だろうけどね。
出雲の地から、遠隔ヒーリングも気合いを入れてやらせてもらいます。
先日、この15年間ぐらい受け続けてきたであろう暗いエネルギーの大排出があって、なんだかまた脱皮したような感覚もあるし、出雲、楽しみです。
さきさんは1泊だけだけど、明日松江で落ち合って一緒に参拝してきます。
出雲の意味は、「出(い)ず、ムゥ」だということだしね。

克)はい。
必ずや意義深い参拝になるでしょう。
執筆だけでなく、地上の諸々からしばし離れて、いろいろな意味でしっかりリフレッシュしてきてください。
ここしばらくの間は暗いエネルギーとの関わりが続き、あなたも疲れています。
闇のエネルギーに心を乱すことなく、彼らの真の幸せに向けて必死になって関わったあなたがたは霊界から大いに評価されているのですよ。
かげりに心かげらせる癖のあったあなたも、ずいぶん成長したものです(笑)

飯)はいはい、お褒めにあずかって光栄です。
どうせ修行中の駒ですからね。
せいぜい頑張りますよ(笑)

克)いえいえ、そんな意味で言ったのではありませんよ(笑)
「そういうところは相変わらずだ」とあなたのお父様がおっしゃっていますがどうしますか?

飯)うへっ、先に進んでください。

克)あなたがたはいつも霊界側の計らいの下(もと)にいます。
今の無力な自分(たち)を基準にするのではなく、あなたがたの夢(皆の喜び・幸せを実現する)のスケールを基準に、勇気を出しておおらかに前進を続けてくださいね。
目覚めた魂にとって、地上に怖れるものなど何もないのです。
皆さんがたさえ本気になってくだされば、それぞれの魂の意志の実現のために、霊界側からも惜しみない支援がもたらされるのです。
それを信じて、自分を縮めることなく働きに邁進してくださいね。

飯)はい、ありがとう!
それじゃあ、またね。

克)はい、まーたん、またね(笑)
(2011,10,10)

11/10/2011(火) 00:08:51


No.9060  puhpuh
Re: 愛は時空を超えて 81  引用
受信ありがとうございます。

幼い時から何をやっても許される妹と何をしても認めてもらえない私・・・ 思い当たる節があって、はっとしました。思い出すと本当に恥ずかしい。
今はお互いの思いも言いあうことができるような関係になりました。311以降スムーズに打ち解けるようになったのです、不思議ですが。

今は職場で一緒に働いている人や私の母親は、人の不幸を喜び、幸せを妬み、不満をずっと言っている人がいます。その人の言動が毎日私の心を疲れさせます。その人の心の中はどうなんだろう・・・
どうか、いつか気づいてくれますように。

12/10/2011(水) 15:46:45

No.9061  さき ホームページ
Re: 愛は時空を超えて 81  引用
12日の深夜に高速バスで松江から帰ってきました。
久しぶりに訪れた熊野大社の空気は清浄ですがすがしく、心洗われました。
ぬまさんと参拝し「ムゥの再興」を誓いました。

今回、積極的に人の不幸を願う、人の不幸を喜びとするという心のリアリティーに触れて自分の意識も心も混乱しました。
「良心のチェック機能」が作動するからです。
そうではないものを見せられて混乱し動揺しとまどいました。自分の心が何処に行ってしまうかかわからない不安に襲われました。
ムゥの崩壊の時も同じだったのではないでしょうか。
喜びのみの心で生きてきたムゥ人たちはムゥのなかで広がっていくかげりにどうしていいかわからなくて、自分の心をかげらせていったのです。

やり直しです。
放射能にまみれ地上的な生存の基盤も脅かされているなかで、私たちがやり直しをするのです。
光の存在であったラ・ムゥは最後に自分の存在を無数の小さな粒子にかえてその姿を消しました。
その粒子はすべての人々のなかに飛び込みました。
ラムゥが託した光の粒子を私たちはいただいています。
この場につながるみなさん、自分の心を信じ、心のちからを信じて、みんなの心をつないでいきましょう。
信じるべきは人の心です。
「良心のチェック機能」が作動するから人は動揺し戸惑い、不安や恐れをふくらませてしまうのです。その自分の心を信じましょう。

昨夜冊子の原稿を書いているぬまさんからもらったメールです。
>子供にマスクすらさせていなかった人たちをはじめとして、
>福島の人たちはこれから健康障害が出始めると
>不安や恐れを増幅させる。
>それは戦いや混乱に疲弊したムゥの末期に似ている。
>そういう人たちの気持ちに寄り添って、
>「分け隔てのない無条件の祝福と感謝のエネルギー」による
>一体化と新しい社会の仕組みを訴えることで、
>僕らはムゥできなかったことをやり直すんだと思う。

みなさんも心をあわせて下さいますようお願いします。
出雲に行ってから知ったのですが、ちょうど明日明後日と熊野大社のお祭りでした。境内ではその準備がすすめられていました。鑽火祭(さんかさい)という神慮一体のための「神事」(亀太夫神事)がおこなわれます。
神慮一体=霊界の心との一体化・顕現とすると、ムゥの再興ですね!

13/10/2011(木) 08:49:58


No.9049 さき ホームページ 
「心を離すこと」なく 引用
(悠々塾と出会うまで)私は過去世とかカルマとか全く考えたことも意識したこともなかったけど、人は自分でも意識しないうちに、つき動かされるように強烈な魂の意志が働く瞬間があるのだろうと思います。そのスイッチを入れるための設定や計らいが常にもたらされているのだと思います。そうして、みんな、かつて出来なかったことのやり直しをしている。そのチャンスをいただいている。のでしょうね・・・と、思うことあって開いた「天地悠々」に掲載されていた「ムゥの物語」のしめくくりの部分がぐっと響いたので紹介します。
(「天地悠々」第75号・2004年1月発行より)

・・・・・
かつてのムゥに生きた人々は、自分たちの幸せに気づかぬほどに幸せでした。
「幸せ」と思えるのは、そうではないと感じる経験、心の痛みがあってこそです。

あなたがた人類がこれまで経験してきたこと、繰り返してきた過ちの数々は、「地上に生きる者の幸せ」を本当に分かり、喜び、感謝するための副教材でした。

神から降りそそがれる愛に対し、喜びと感謝を還していくという健やかな循環のなかに、全ての人の地上人生が組み込まれていきますように。神と全ての生命の循環を乱し、不調和を紡ぎ出してしまった愚かさすらも、喜びの循環のなかで浄化され、本来以上の輝きに変わる。
地上に生きるあなた方は、その恩恵に浴しているのです。しかし、これらのことが分かるのは、霊界に戻り、さらに学んでからのことでしょう。しかしこうして昔語りをする機会を与えられた私は、敢えてそれをお伝えします。

ひとりひとりの人生に、たくさんの物語があります。そしてその物語には、もとになる物語があります。幾重にも織りなされたあなた方ひとりひとりの人生が喜びに彩られますように。
ムゥの人々が犯した共通の過ちとは、「心を離したこと」です。いかなる時も、いかなる状況にあっても、「心を離すこと」なく、「心をひとつ」にさえしていれば・・・。というのは私だけの後悔ではありますまい。何事もそれに尽きるのです。

幾多の試練も困難も、あなた方にとっては必要なもの。苦しさ辛さの前に崩れるしかなかった脆(もろ)い心の時代を終わりにし、ムゥの過ちを越えた、たくましく、しなやかな心を輝かせてください。
これで私の昔語りは終わりです。
「ムゥの再興」を心待ちにして。

06/10/2011(木) 10:10:57


No.9050  ひろこ
Re: 「心を離すこと」なく 引用
さきさん、ありがとうございます。
私が悠々塾に初めてお世話になったのは、2004年3月だから
昔語りの天地悠々はもっていないけど、克子さんが病を抱かえながら受信してくださってる様子が目に浮かびます。
感謝です。

>「心を離すこと」なく、
>
> 幾多の試練も困難も、あなた方にとっては必要なもの。苦しさ辛さの前に崩れるしかなかった脆(もろ)い心の時代を終わりにし、ムゥの過ちを越えた、たくましく、しなやかな心を輝かせてください。


困難は必要不可欠なものでした。というか・これからもだと思いますが、脆い心の時代を終わりにし、心を輝かせたいと思います。

06/10/2011(木) 14:23:13

No.9051  飯沼 E-mail
Re: 「心を離すこと」なく 引用
「ムゥの光と影」は、克が受信して「天地悠々」に連載した物語でした。
原稿用紙に換算すれば250枚ぐらいになったと思います。

特に最近、幾人もの人との関わりの中で、「ムゥにおける人生のやり直しをしているのだ!」と思うことがあります。
そういう人は以前にムゥでの人生のカルマの情報を受信しているのですが、過ちを犯したところや不十分だったところから1万数千年年の歳月を超えて、“やり直せるかどうか”という局面を迎えているとしか思えないのです。
「魂の意志というものは、まさに時空を超えて継続しているのだ」ということに、涙が出そうな感慨を覚えます。

状況設定や周囲の人たちの配剤の妙というのか、複合的で緻密な整合性に呆然とすることが続きます。

克の受信によれば、ムゥの末期には「すべてを焼き尽くす兵器(核兵器)」も使われ、地震などの天変地異も続いたようです。
日本中が放射能に汚染され、地震や気象災害が続き、劣悪なる者たちの支配がほぼ確立し、人々が希望や心の力を萎えさせてしまっている今が“その時”であることは明らかです。

つい先日も、思わず「さきさん、今こそまさに“その時”だ!」と声に出して言ってしまいました。

私が実感としてようやくそこに至った、「すべての存在、すべての生命に無条件の祝福と感謝を」というエネルギーは、
まさに、
「神から降りそそがれる愛に対し、喜びと感謝を還していくという健やかな循環のなかに、全ての人の地上人生が組み込まれていきますように。」というものと同じです。
無限多重の生命相互の「無条件の祝福と感謝の喜びのエネルギーの循環」こそが、地上的なかげりの全てを超える健やかさへの回帰の原動力なのです。

そのエネルギーが惜しみなく、すべての存在、すべての生命に注がれ、この地上で一定以上のレベルに達した時、
『神と全ての生命の循環を乱し、不調和を紡ぎ出してしまった愚かさすらも、喜びの循環のなかで浄化され、本来以上の輝きに変わる』のです。

そのために私たちはこの困難の時期を自ら選んで、「今度こそは」と、地上に生まれてきたのです。

起て、光の戦士たち!
まだ起てなくても、せめてその目を開けろ、目を覚ませ。
あなたの眼差しにすら、あらゆる生命を癒す光のエネルギーがこもっているのだから!

06/10/2011(木) 21:17:31

No.9052  飯沼 E-mail
Re: 「心を離すこと」なく 引用
タイトルは「ムゥの光と影」ではなく、「ムゥ、その光と影」でした。

07/10/2011(金) 14:09:11

No.9053  飯沼 E-mail
Re: 「心を離すこと」なく 引用
『ムゥ、その光と影』 ?@
    ――スサノオとクシュリナーダ

この物語を語ることができる日を、私は長い間待ち続けておりました。かつてのムゥでの出来事を、そしてその間の趨勢(すうせい)を余すところなく知る者が、語らねばならない日が必ず来ることを知っていたからです。

 光と喜びに満ちたムゥがなにゆえに沈んだのか。それを知ったあなた方が、再び光あふれる「くに」を構築、いいえ、復興くださるように。

 悲劇を知ることで、求めるべき幸福が分かるのです。

1.ムゥの起こり
  〈地上で生きる人間として〉

 神の計らいにより、霊界から地上へと「人間」は赴くことになりました。あなた方の思う「進化」とは別の、もうひとつの生命の流れです。初めから「サル」ではなく「人」として、その人たちは地上に赴きました。

 母親の胎内に宿るのではなく、物質化によって肉体を形づくり、地上にその存在を顕現させたのです。彼らは霊界での生き方の延長上にありました。何ものにもとらわれることなく、喜びのみに生きるのです。今のあなた方の想像力では及ぶことのできない、自由自在な生き方が、そこには展開されました。心、思いをそのまま形や肉体に表現するのです。それは「見えない心のエネルギー」を自在に操ることでした。

 それからしばらく後の“人間”はやがて、その時地上に存在する物と関わりを持ち始めます。ようやく地上との交流が成立したのです。空腹を満たすのに自らが何かを作り出すのではなく、採取して口にすることを覚えます。相手に何かを伝えるのは思念のやりとりではなく、声と言葉という「音」を媒介とする方法も身につけました。意識が常に霊界の方を向いていた頃に比べれば、自らの暮らす地上に、肉体によって根づいたと言ってよいでしょう。

 こうして、霊界から地上に赴いた“人”は、地上で生まれ、生き、去って霊界に戻る者たちとなりました。そうやって“人”が地上になじんでいくにつれて、それぞれの“人”の間に、はっきりとした傾向の違いが現れました。共に生きていくうえでその傾向の違いは、補い合うことや助け合うことを意味しますし、そこに役割や働きというものが生まれます。いわば、与えられている能力や力によってどう生きるかが定まる、そういうものです。それでよかったのです。自分にないものは持っている人に補ってもらう、自分の持てる力は最大限活かそうとする、配剤により、必ず誰かにもたらされている。だから与えられていることを誰もが喜びとできる。誰も惜しむことはない。それぞれが自分の心と体でおおらかに、生きることを喜びとできていたのです。この頃は、まさに霊界での生き方が地上でもそのまま形を成していた時代でした。

 傾向の違いを越えて、全体をあまねく照らすエネルギーを強く発する心、その心を持つ者はそう多くはありませんでした。調和されたこの国の象徴となる存在として人々はその人を「ラ・ムゥ」と呼びました。「ムゥ」とは光、あるいは光の心、「ラ」とは太陽、よって、光の源である太陽のように調和されたエネルギーに共鳴できる者という意味であり、同時にそれは、それぞれの人の持つさまざまな傾向のエネルギーをひとつに調和させることを働きとする者、という意味でもありました。

 神のエネルギーの一部を頂いて自分たちが存在すること、私たちはそれを知っていました。等しく皆が、神の一部なのだということを。全ての要素、全てのエネルギーの源である神に、自分たちは確かにつながっている、その喜びが、自分たちの国を「ムゥ」と呼ぶことになったのです。

 こうして幸せな時は続きました。それは変わることのないものであるかのように思われたほどでした。しかし、地上に、敢えて“人”を遣(つか)わした神の意志とは、もっと大きく深いものだったのです。形を成した地上で喜びのうちに地上人生を全うするだけでは、次元の違う場所に喜びを変換しただけにすぎないのです。これでよし、と神がうなずかれるのではありません。“人”を地上に遣わした本当の目的は、ここから始まるのです。それは、もうひとつの“違い”が人々の間に生じてからのことでした。

(「天地悠々」38号・2000年12月発行)

07/10/2011(金) 14:52:36

No.9054  飯沼 E-mail
Re: 「心を離すこと」なく 引用
『ムゥ、その光と影』 
    ――ムゥの末裔たち

「ムゥの再興」とは。

 かつてのムゥを蘇えらせることではありません。豊かさを享受し、とらわれのない心で生きていた時代を再現するのではありません。

 ムゥの崩壊、アトランティスの滅亡に際し、人々はあらゆる“かげり”を持ちました。かげりの種は今や蔓を伸ばし、葉を繁らせ、「偏り」というたくさんの実をつけてしまいました。この実が育つほど、大地である人の心は枯れていくのです。
 繁った木を切り、実を取り去るだけでは、大地の豊かさは取り戻せません。“かげり”の種を取り除いたうえで、枝も葉も幹も、全て養分として大地に還すことです。

 地上の人々が、かげりを抱き、自らのかげりに翻弄され、出口をなくしていく過程は、新たなる光、新たなる喜びを手にしていくために必要な過程でした。もともと与えられていた喜びを引き継いでいくだけではなく、生じたかげりを越えることで、光は一段と輝きを増すのです。かげりを越えて手にする喜びは、以前にも増して強く大きいのです。

 崩壊や滅亡以降の人類の歩みは、再びの崩壊、滅亡に向かっての歩みではありません。同じ過ちを二度と繰り返さないための学びの過程でした。学びきれずに再生を繰り返し、今に至ったとしても、今度こそ「再構築」はかないます。

 人のかげりを恥ずべきもの、醜いもの、あってはならぬものとして疎んじ排斥しようとしなければ。ないもののようにしてしまわなければ。

 自らの存在を、「至らぬもの」として分かるまで、過ちが繰り返されたのです。自らを「至らぬ者」と分かるまでに、長い年月が費やされたのです。
 人類が自らの愚かさに気づかぬ限り、現状は変わらない。崩壊や滅亡への歩みを進めようとしている者は、まだ気づいていない者なのです。

 かつてのムゥでは、各々の違いを当然のものとして受け入れ、違いに見合った役割によって相互扶助が成り立っていました。それは、自と他の別なく共存するのが当然の社会だったからです。生まれた時からそうだったからです。
 「違い」を「差異」と認識し、比較において心をかげらせるのは、自と他の区別が強まるからです。

 自と他を分けることが、分断、隔絶、排除、否定につながってしまう時代は終わりを告げるのです。自と他を個別のものとして認識したうえで尊重すること。自分として、自分であることを喜ぶこと。その両方ができるなら、自らの存在を喜び、同じようにして他の存在をも喜べます。それによって違いを認め合ったうえでの相互扶助が成り立つのです。

 人々の心に芽生えたかげりが、人のあり方を変え、社会やくにを崩壊に導いたのだとすれば、人々の心に新たにかげりを越えた光と喜びとをもたらしていかねばなりません。

 かつてのムゥに生きた人々、ムゥの末裔たち、そしてアトランティスを創り、そこに生きた人たちは、この数百年の間に再生し、ムゥの再興を果たすでしょう。

 かつてのムゥに生きた人々は、自分たちの幸せに気づかぬほどに幸せでした。「幸せ」と思えるのは、そうではないと感じる経験、心の痛みがあってこそです。
 あなた方人類がこれまで経験してきたこと、繰り返してきた過ちの数々は、「地上に生きる者の幸せ」を本当に分かり、喜び、感謝するための副教材でした。

 神から降り注がれる愛に対し、喜びと感謝を還していくという健やかな循環のなかに、全ての人の地上人生が組み込まれていきますように。神と全ての生命の循環を乱し、不調和を紡ぎ出してしまった愚かさすらも、喜びの循環のなかで浄化され、本来以上の輝きに変わる。

 地上に生きるあなた方は、その恩恵に浴しているのです。しかし、これらのことが分かるのは、霊界に戻り、さらに学んでからのことでしょう。
 しかし、こうして昔語りをする機会を与えられた私は、敢えてそれをお伝えします。

 ひとりひとりの人生に、たくさんの物語があります。そしてその物語には、もとになる物語があります。幾重にも織りなされたあなた方ひとりひとりの人生が、喜びに彩られますように。

 ムゥの人々が犯した共通の過ちとは「心を離したこと」です。いかなる時も、いかなる状況にあっても、「心を離すこと」なく、「心をひとつ」にしてさえいれば…。というのは私だけの後悔ではありますまい。何事もそれに尽きるのです。

 かつてのムゥやアトランティスについて、あるいはその末裔について、語ろうとすれば物語は尽きません。あなた方ひとりひとりに数十年の人生があり、それを一言で言えるものではないからです。

 ましてこの時代は、今のあなた方の時間概念とは違う時間の流れがありました。一度の人生のスパンが違っていたのです。
 今のあなた方は長寿だとしてもせいぜい百年と少しです。しかしムゥにおいては、数千年を生きる者も珍しくはありませんでした。物語をするに当たってはその歳月を、皆さん方のスパンに合わせて語らざるを得ず、当時の暮らしの様子についてはこと細かにお伝えできませんでした。
 アトランティスにおいては、管理という名の下での生命操作、寿命操作が行われていましたから、ムゥの人々の寿命と同じではありません。

 しかしながらムゥにおいても、喜びのみの暮らしから、「かげり」が生じ始め、人々の心に芽生えるようになるにつれて、人々の寿命も短くなっていったのです。

 空間の概念も同様に、重力の影響を受けることなく自在に移動することが可能でした。
 心のエネルギーに関しても、あなた方がいわゆる超能力と呼ぶ力は誰にでも備わっていました。霊界では当然持ち合わせているものだからです。

 幾多の試練も困難も、あなた方にとっては必要なもの。苦しさ辛さの前に崩れるしかなかった脆(もろ)い心の時代を終わりにし、ムゥの過ちを越えた、たくましくしなやかな心を輝かせてください。

 これで私の昔語りは終わりです。
 「ムゥの再興」を心待ちにして。

(「天地悠々」75号・2004年1月発行。その後、再受信にて加筆)

07/10/2011(金) 15:02:56

No.9055  あきどん
Re: 「心を離すこと」なく 引用
飯沼さん
『ムゥ、その光と影』、私はまだ読んだことがなかったので、
掲載をありがとうございます。

先日、もっていた「アマテラス」という漫画を、ふと読み返したくなり読むと内容はほとんど忘れていて、また新鮮によめ、なるほどと思ったりしていました。
主人公が、クシュリナーダの生まれ変わりというお話でした。
スサノオの奥さんだと改めてわかりました。
アマテラスというタイトルなのに、主人交がクシュリナーダというのは、どうしてなんだろうと思ったり。。。

その前、9月に、出雲に行き、以前からよく知っていた須佐神社、出雲大社と参拝し、
(ゆかり館に泊まり、飯沼さん、克子さんは、ここで朝食を食べられたのかしらなどと感慨深い気持ちになったりして)
その後、八重垣神社に初めて参拝しました(有名な神社ということで)。
八重垣神社が、スサノオとクシュリナーダの神社なんだと
気がついたのが、行ってみてからでした。

なんだか、最近のことと、奇遇だと思いついコメントしました(^^)
私事で失礼しました。
興味深く読ませていただきます。
私も目を覚ましたいです。

07/10/2011(金) 16:24:45

No.9056  あきら&ひとみ
Re: 「心を離すこと」なく 引用
なんとコメントしていいか分からないけど、
「心をひとつに」
何時でもそうありたいと思ってます。

08/10/2011(土) 00:15:35

No.9057  まゆみ
新しい喜びの地上界へ 引用
新しい喜びの地上界へ

8日です。いつものようにメッセージを掲載いたします。


「神から降りそそがれる愛に対し、喜びと感謝を還していくという健やかな循環のなかに、全ての人の地上人生が組み込まれていきますように。」

魂の意志に添い、今のこのときを輝かせ突き進んでいきましょう。




福島原発、土、海、地球上の全ての生命に「無条件の感謝と祝福のエネルギー」と謝罪のエネルギーを。

これからも「新しい喜びの地上界へ」向けて、みなさんとエネルギーを共鳴させたいと思います。
みなさんよろしくお願いいたします。




今病気の中で苦しんでおられる方に、健やかな回復を願ってエネルギーを送りつづけたいと思います。

みなさんよろしくお願いいたします。

    * * *

共鳴させるエネルギー
「不調和から調和へ」

・この人の病が治りますように(全ての人の病が治りますように)
・この人の魂の意志が精神・肉体にまで行き渡りますように
・自らのかげりや闇を光に変えていこう
・自らの魂の意志が、精神・言動にまで行き渡りますように
・全ての人が魂の意志に従って生きられますように


      * * *

『 私たちひとりひとりは、この地上界を変えていこうと意志します。

それは自分の心の闇に光を通すことです。

目の前の人に手を差しのべることです。

遠く離れた人に祈りの心を向けることです。


この地上にある一切の「偏り・不調和」が一掃されることを願います。

そのために、ひとりひとりが今、自分にできることをしていきます。

人として正しく、人として優しく生きます。

自分も人も、皆が幸せになるように、

私たちひとりひとりが霊力の通路となります。 』



『 神の前に進み出で

 深く頭(こうべ)を垂れ 聖なる杯を受けなさい

 いついかなる時も 神の懐深く抱かれていることを
 
堅く堅く信じなさい

 それが不動の柱(霊力の通路)となる 』

      *




08/10/2011(土) 09:22:23


No.9038 飯沼  E-mail
9月定例会のこと 引用

定例会に参加してくださった皆さん、お疲れさまでした!
今回は久しぶりにあきら&ひとみさんも参加で、みおちゃんとあゆむさんも初顔見せになりました。
前回に引き続いて克の娘のねねも参加していました。

そして何よりも、またまたすごいエネルギーの定例会になりました!

第1部での学びと非常にレベルの高いエネルギーの共鳴。(霊としての喜び)
第2部での、理屈抜きで楽しく和気藹々の喜びの共鳴。(地上の人間としての喜び)
家が弾けんばかりの賑やかさのさなかに、9時になれば見事にエネルギーを切り替え、静寂のなかでフクシマに向けての共鳴のエネルギーが行われる。
そして、みんなが決して特別な人を装うのではなく、それぞれに越えるべき悩みもかげりも未熟さも抱えながら、だからこそ仲間たちと一緒に「人として優しく、正しく。皆も自分も幸せに」を求めようとする、ありのままの普通の人たち。

参加者の皆さんのエネルギー的な幅や奥行きの深さ、すなわち底力を思い知らされました。
「悠々塾って本当に凄い」、改めてそう思いました。
定例会に参加している人たちはもちろんのこと、参加できなくても心でつながっている皆さん方も含めた人たちののエネルギーが大きく共鳴すれば、今の3次元の地上の常識を超えた貢献ができるに違いないと確信しました。
放射能からの害を薄め、あらゆる病の多くを治し、地上の偏見に満ちた価値観やかげりや偏りを越えて、全ての人や生命の存在が無条件で祝福され感謝される美しい地上界を顕していけると思いました。
この人たちと一緒に心と力を合わせれば、必ずできると確信しました。

今回は2部でも思いがけないことがいくつもあって、びっくりするやら嬉しいやらでまだその余韻が続いています。
なんだかいろんな方々に嬉しい変化やその兆しが感じられて、全体のエネルギーが間違いなく前進していることが分りました。
ゆうき君が潜在させているエネルギーの迫力、にぃくんとみやっちの漫才師顔負けの激論・・・。
女性陣がやっていた「3次元を超えるトレーニング」とやらの(実質はジャンケンで負けた人の罰ゲームの)内容を知らずに盛り上がっていた自分がバカみたいですが・・・。

いろんな方が2部の食べ物を持ち寄ってくださり、本当にありがとうございました。

とにかく、「悠々塾ってほんとに凄い!」の一言に尽きる定例会でした!

26/09/2011(月) 13:38:46


No.9039  飯沼 E-mail
Re: 9月定例会のこと 引用
★上着(パーカー)の忘れ物があります。
今からの季節のものなので、知らせてもらえれば送ります。
その他にも、今までの忘れ物がかなり溜まっていますがどうしましょう?

★この欄にはふさわしくない書き込みですが、「陸山会事件」に有罪判決だそうです。
すでにこの国には公正・公平な裁判など存在しなくなっているようです。
福島原発の放射能被害を最小限に抑えるために捨て身になって声を上げなかった小沢一郎さんという政治家に、私はもうほとんど期待も持ってはいませんが、この判決はひどすぎるでしょう。
このままいけばこの国は滅びますね。
というか、すでに民主国家としては完全に滅んでいる状態なのでしょう。
今の日本はあらゆる意味において、利権国家・利権社会にほかなりません。
間違いなく「浄化」の対象です。
私たち自身もひとり一人が、浄化される側に立つのか、浄化を進める側に立つのかを実は厳しく問われているのだと思います。

26/09/2011(月) 14:20:01

No.9041  さき ホームページ
Re: 9月定例会のこと 引用
みなさん定例会お疲れ様でした。
二部はにぎやかでしたねー。いつもなごやかでにぎやかですが、いつもと違うパワーを感じました。
これまでの境遇を理由にしてとどまるのではなくて、これまで学んできたことを力にして、この地上界で実践する、形にしていく節目なのだと思います。
というのが一部のテーマでしたが、そのエネルギーとパワーが二部のにぎやかさ!にも反映してたんじゃないかな。
喜びって力強くて解放的なものですね。
その底知れないパワーを実感した定例会でした。
参加されたみなさんひとりひとりの多様な個性や心の力があの場を顕現していたのだと思います。
ぬまさんの言うように悠々塾ってすごいと思います。
この喜びをふくらましていきましょう。
皆さんありがとうございました!

そうそう初めて篠山に来たみおちゃんも初めてとは思えないくらい定例会の場になじんでましたね。
あゆむちゃんもたくさん抱っこさせてもらって大満足でした!

26/09/2011(月) 17:05:42

No.9042  鉄ママ
Re: 9月定例会のこと 引用
定例会、ありがとうございました。
今のままではいけない。
私達は、さらにさらに強く地上界の浄化の為に、悠々塾に繋がったものとして意志していかなければ、と思いました。
飯沼さんの話しから、私達は地上界の浄化、喜びの世界を顕現させるための先駆者として、時に雨が降り、時に雪が降り、嵐になっても、大きな岩が転がって危ういことも、その度血が流れることがあって、地上的にはその肉体を失うかもしれない。
でも、その壁を打ち砕いて後に続く彼らの為に、道を作らなくては、と思いました。
一人一人の輝き、まぶしいくらいの光。その光を持って周りを照らしていくことを思いました。
三次元の価値観からの脱却。

二部では、すこ〜し酔って‘茶色いおばちゃん‘がハメをはずしお騒がせしました。

26/09/2011(月) 20:40:26

No.9043  オレンジ
Re: 9月定例会のこと 引用
今回もたくさんのお泊りでしたね。定例会では長い間おじゃましてありがとうございました。久々に第二部ではとっても楽しく賑やかなひと時でした。というのも「茶色いおばさん」の思いつきで半強制的ではありましたが、3次元を超えるという名目のおかしなゲームがありました。

忘年会や歓送迎会でちょくちょくありそうですが私達にはドキドキ、ハラハラの楽しいゲームでした。
多少の恥ずかしさや遠慮から普段では恥ずかしくてできないような
こともみんなと一緒なら怖くない的な気持ちで随分気持ちが開放的になったし、たまにはいいのではないかと思います。遊びを通して親しくなったりもしますしね。
半分酔ったTさんのパワー全快もおもしろかったです。

第一部でのヒーリングの実習を通してまだ難しいなと思ったことはエネルギーを通す対象者は目の前にいるんだけれども、あなたイコール私(もう一人の自分)、しかもエネルギーを通す自分自身が神の慈しみの中で生かされている喜びを充分に実感していなかったら対象者のミトコンドリアを充分に活性化させることができないこと、「無条件の感謝と祝福のエネルギーはまだまだ至福感を感じるのが難しいこと」飯沼さんのその言葉によって不十分な自分を思いました。(その不十分さによって喜びが半減することはないですが)

ヒーリングの実習の言葉を繰り返し心に刻んでこれからもエネルギーを送ります。

26/09/2011(月) 21:51:16

No.9044  飯沼 E-mail
Re: 9月定例会のこと 引用
コメント、ありがとうございます。

今は本当に大変な時代です。
どう考えても平時ではなく、まさに戦時の状況です。
フクシマからの放射能の問題だけでなく、国や社会全体が崩壊しつつあるのだと思います。
システムそのものはまだ形を失ってはいませんが、生命や真実が健やかに存在できなくなっているのです。
それを崩壊と言うのだと、私は思います。

放射能のことは定例会でも言いましたが、1950〜60年代の主に米ソの大気中核実験による放射能が世界中に降り注ぎました。
その頃から癌や糖尿病などが激増しているのです。
それに気づいた科学者たちが政府に強く働きかけたことで、大気中の核実験は停止されました。
つまり、低線量被曝の被害があまりにも大きいことはすでに認知されているのです。

チェルノブイリ事故の後、ロシアでの人口が著しく減少しています。
チェルノブイリに近いベラルーシやウクライナでの新生児死亡率も激増しています。
母親の胎内で死亡した胎児は、新生児の死亡としてカウントされませんから、実際にはもっと多くの幼い生命が失われているのです。

このままでいけば日本の状況も大変なことになると考えるのが当たり前です。

フクシマ原発は収束には程遠く、溶融した核燃料がどこにあるのかも分からず、分かったとしても少なくとも数十年は全く手をつけられないのです。
つい先日、1号機の格納容器につながる配管内が可燃性ガス(水素)で充満していることが分かりました。
3月の水素爆発を引き起こした時の水素が配管内に残っているとのことですが、それだけではなく、高線量の放射線によって水が分解されて大量の水素が発生しているようです。

今回見つかった配管だけでなく、おそらくは1〜3号機の原子炉建屋やタービン建屋の配管内は、水素が充満していると考えるべきです。
水素は酸素(空気)と混じれば、静電気の火花でも爆発の危険があります。
溶融した核燃料が吹き飛び、全く手がつけられなくなるどころか近寄りもできなくなる可能性があるのです。

原子炉建屋の地下室に、日量300トン程度の地下水が流れ込んでいることも判明しました。
高濃度に汚染された建屋の環境で、これだけの量の地下水の流入を食い止めることは不可能に近いと思います。
循環式水質浄化装置が稼働しても、汚染水は増え続けるのです。
いずれどうしようもなくなって、海に流すしかなくなるのではないかと危惧しています。

政府も自治体も、被曝を最小限に抑えるための努力をしていないのですし、国民の多くも意識を逸らしてしまっているので、東北・関東だけでなく日本中の人々が被曝し続けるのです。

これから実際にさまざまな放射線被害が形になってくれば、あらたに妊娠出産する母親たちは、子供を授かった喜びよりも不安や心配に心を押しつぶされてしまうようになっていくでしょう。
まさにロシアンルーレットの恐怖が蔓延していくのです。

そういう悲惨な状況を軽減するだけでなく、フクシマから新しい喜びの地上界を顕していくために、どうかお力をお貸しください。
というよりも、一緒に働いていきましょう。

私やさきさんは、「自分はこの時のために生まれてきたのだ」という実感と自覚があります。
鉄ママのようにそういう自覚を確固たるものにしていける人も増えていくでしょう。
でも、今の時点ではそこまで思えない人も少なくないと思います。
それで構わないのです。
いつ意識のスイッチが入るかは人それぞれです。
エネルギーのスイッチは、いくら頭で考えてもONになるものではありません。
だから、今の自分としてでいいので、被曝している人たち全ての健やかさを願い、被曝による健康被害の治癒・改善を願い、そのために「できる範囲で、でもできる限りの役に立っていきたい」と意志していただきたいのです。

繰り返しますが、意識の温度差があっても構わないのです。
自分の現状を誰かと比べて、心を重くすることだけはしないように。
意識も個性も感性も境遇もそれぞれの、多様な人たちが喜びでつながっていることこそが悠々塾の最大の強みであり、地上界の浄化のひな型・けん引役としての真骨頂なのだと、私は思っています。

自分はまだまだ未熟な存在で、これからも成長進化していく存在なのだという霊的真理を心に叩き込み、それゆえに自分の至らなさを受け入れて真摯に向き合いながらも、今の自分というものを謳歌していただきたいのです。
私たちはみんな不十分だからこそ、こうして地上に生きているのです。
不十分な自分を否定する必要もなければ卑下する必要もありません。
「自分はこんなに不十分な人間だから」と遠慮する必要もないのです。
不十分な自分を守ろうとするから、成長進化のコースを回り道してしまうのです。
自分を縮めず、遠慮しないで、とっても不十分な自分をもおおらかに祝福しながら、あらゆる生命や自分を含めた全ての人を無条件に祝福し、感謝していきましょう。

もちろんこれは究極のイエスマンになるということではありません。
時には激しくぶつかり合いながらでも、その人の健やかさを喜びとして願う心があれば、無条件の祝福や感謝のエネルギーは膨らむのですし、注ぐことができるのです。

27/09/2011(火) 15:11:54

No.9045  みやっち
Re: 9月定例会のこと 引用
不自由担当のみやっちです(笑)
定例会、ありがとうございました。

2部の後半ではにぃさんとの漫才師顔負け?の激論でみなさんを驚かせてしまい
すみませんでした。
ふと部屋全体を見渡すと、みなさんに注目されていて少し恥ずかしかったのですが
納得出来ない事はそのまますませられないのであのような事になりました。
(すこーしだけ酔っていましたが大事な事はちゃんと覚えています。)

僕がこの数日、考えて、やってきたことがすべて否定されたみたいなのと
(おもいっきり考えがひっくり返ったので)いらん事すんなみたいに言われたように
感じられたので(実際はそんな言い方ではないのですが)はっきりさせておきました。
最大の目的は大きく働いていくことですので今は(というか定例会の次の日には)
納得していますし、いい方向にひっくり返ったのだからよかったと思っています。
少しは僕も役に立ったのでしょう。

なにせ僕の周りは天才ばかりが集まっていますので、嬉しいのですがどうしたら
いいのか戸惑う部分や難しい面もありまして・・・・・。
まぁ不自由担当として我慢しない程度にがんばります(笑)。
にぃさん、ありがとうございました。
そして、すみませんでした。

僕個人としてはこの大変な時に、出し惜しみせずにエネルギーをどんどん使っていきたいです。
変に自分を縮めず、遠慮せず、自分に自信を持ってどうどうと言動に表していきたいです。
そしてもし言動が間違っていたら素直にあやまります。
(ゆうきくんの事はあたたかく見守ります!)


飯沼さん、さきさん、ありがとうございました。


27/09/2011(火) 22:45:02

No.9046  飯沼 E-mail
Re: 9月定例会のこと 引用
お、みやっちさん、定例会お疲れさまでした。
にぃくんとの「激論」は見どころ満載で、とても面白いものでした。
一見すれば真面目なツッコミであるはずのみやっちが、ぷー太郎のにぃくんとの掛け合い漫才では見事なボケ役に見えるところも最高でした。

ゆうき君のエネルギーについては全く想定外の展開で、僕自身がびっくりしてしまいました。
「父親でありながら、こいつのどこを見てきたんだろう・・・?」という複雑な気持ちになりました。
人は見かけによらないものです。
というか、「これがその人というように表に見せている様子(エネルギー)は、本当は真逆の場合がしばしばある」ことを再確認させられました。
まあ、その本来のエネルギーが実際に表現されていくかどうかは、全くその人次第なのですが。

みやっちの関わり方を否定などしていませんよ。
とりわけ、「ゆうきくんは音楽のことだけ考えていればいい」と言ったとのことですが、それが正解なのだと思います。

彼のエネルギーについては認識をおおいに改めましたが、僕のISSINへの関わり方のスタンスは先日のメールのままにするつもりです。

僕のメールにみやっちが動じることなく、むしろ少し怒っていたという話を聞いて頼もしくもあり、ありがたくもありました。

また今度は僕ともいろいろ「議論」しましょう(笑)

27/09/2011(火) 23:26:00

No.9047  ひとみ
Re: 9月定例会のこと 引用
ぬま、さきさん、そしてみなさんお疲れ様でした。

一年半ぶりの定例会!
美桜が生まれてからなかなか定例会に参加できなかったのですが、今回は美桜も一緒にお邪魔させてもらいました。みなさんは変わらずに優しく、あの柔らかい雰囲気に懐かしくとても嬉しかったです。
そして、美桜も生まれてはじめての定例会にしっかりなじんでいたようでした。みなさんによくしていただいたり、ききちゃん、あまねちゃん、そしてすっかりお姉ちゃんになったひなちゃんに遊んでもらい、美桜も楽しそうでした。
帰りの車中は案の定爆睡でした(笑)
ほんとにありがとうございました。

久々にみなさんにお会いして、一人一人がパワーアップしているのを感じました。
二部の時間もほんとに賑やかでしたが、ぬまが言ってたように9時での共鳴にはみんなが心をひとつに福島へのエネルギーを送ることができ、何だかじーんとしてしまいました。
いつもみなさんと一緒にエネルギーは送っているのですが、私の個人的な気持ちで悠々塾でみなさんと一緒にエネルギーを送りたいってずっと思っていたので、あの場にいれて、ほんと嬉しかったです。
やっぱりみんなとだと凄いですから!
この凄い人たちと一緒に、私も地上での役目を果たしていきたいと思いました。
にぃさん&みやっちバトルも何だかよかったです。(変な意味じゃないですよ!)言いたい事を言い合ってお互いの気持ちを理解して・・。たとえぶつかっても最後は前より相手を好きになっているような、そんな感じでした。
って勝手に思ってました。すみません。


今回は、前日からお世話になり、ぬま、さきさんをはじめまゆみさん、そしてみやっち、あいちゃん、ききちゃん、道中美桜の相手をずっとしてくれたきんちゃん、ありがとうございました。
ほんとに楽しい時間を過ごさせてもらいました。
ありがとうございました。
追伸
定例会でも体調不良だったあきらは、戻ってからもなかなか風邪?排出?がおさまらず熱もあり体がダルダル〜みたいです・・。
大好きな美桜ともお風呂に入れな〜い(泣)

28/09/2011(水) 14:47:53

No.9048  あきら&ひとみ
Re: 9月定例会のこと 引用
今日はだいぶ体調がいいのでやっと書き込みます。

定例会お疲れ様でした、お世話になりました。

一部ではうっかり寝てしまって(←体調のせい)、所々しか記憶にないのですが、テープを借りているので後でしっかり聞きます。

体調は悪かったのですが、みんなに会えてとても良かったです。
僕もこれまでやこれからの事を全て受け入れ、霊力の柱として頑張りたいと思っています。(行きつ戻りつですが)
9時の共鳴の時間、共鳴が始まると美桜が天袋の辺りに飾ってある克子さんとぬまの写真を指差して「あれ、あれ」と指差してました。
当たり前かもしれないけど、克子さんがこの場にいるんだな、美桜には感じるのかもしれないなと思いました。

また出来るだけ参加しま〜す。

28/09/2011(水) 19:00:00


No.9032 飯沼  E-mail
愛は時空を超えて 80 引用
     ☆☆ 愛は時空を超えて 80 ☆☆

             ――  霊界の克との対話  ――

飯沼)おーい、くぅ。

克子)はーい、まーたん、こんにちは。

飯)こちらはまた台風の影響で雨が降っている。
前の台風の影響の豪雨で大きな被害を受けた地域では土砂崩れによる「堰止め湖」が再び崩壊し、大きな土石流が発生するのではないかと案じられている。
あの豪雨で大きな被害を受けた地域は、僕らが「神武東征」の逆コースを辿った道筋と重なっており、大きく様変わりしてしまった見覚えのある場所が何ヵ所もテレビに映されていた。

克)もたらされることの全てに意味があるのですが、それについてはコメントを控えておきます。
誤解が生じる恐れが強いのですし、地上の価値観を基準にしている人間には理解できるものではありません。
一般論として言えば、雛型(霊的仕組み)の成就というものはいつも地上の価値観・基準をはるかに超えたものであり、人間の理解の到底及ばないものなのです。
ですから、もたらされた事柄を受け入れながら、これ以上の被害が出ないことを祈り、その地域の人たちの無事を祈り、犠牲になった人たちのスムーズな移行を祈り、人も地域も健やかさを取り戻していくことを祈り、自分にできる支援をさせていただくことが肝要です。

それとは別に、人間の文明の脆弱さを思い知り、自然に対する畏敬の念を抱かざるを得ないような現象はこれからも続いていきます。
人間の傲慢さを省みて、本当の意味でのすべての生命との共生の社会に移行する必要に気づいていただくための計らいです。

飯)分りました。

克)はい。
これまで何度かにわたって、霊界における価値観(摂理)や実態と、今の地上の常識や価値観・実態がいかにかけ離れているかをお伝えしてきました。
私有・所有・金銭についてや地上的死の意味、あるいは貢献ということについてをテーマにすることが多かったのですが、悠々塾は地上界の浄化の雛型としての意味も有しているので、お伝えしたテーマと重なる事柄も実際にもたらされていきます。
貢献のために自分が持っている物や金銭や労力・エネルギーを快く提供した者は満たされ、そうできなかった者は失うだけでなくさらなる試練が与えられるのです。
今回は「支配」ということについてお伝えいたします。

本来の霊界にもさまざまな段階や傾向の層(世界・境涯)があるのですが、それら全ては完全なる秩序によって調和されています。
ただし同じ死後の世界であっても、幽界や暗黒界はそうではありません。
幽界とは、かげりや闇を手放せず、惑わされている者たちの生きる世界であり、暗黒界とは闇に生きることを意志した者たちの世界です。

本来の霊界にもそれぞれの階層に応じたリーダーや統率者は存在していますが、それは地上的なイメージの「支配者」とは全く違っています。
霊界におけるリーダーは、その階層においてひときわ霊性が高く、霊力に秀でている霊が担う役割です。
この場合の霊力とは、あらゆる分野、あらゆるラインの意識(エネルギー)のことです。
それら全てを貢献に使える霊が皆の信望を集め、皆を導くリーダーとして働くのです。
霊界における貢献といってもやはりさまざまですが、全ては霊力の向上、霊的進化の手助けをするということに帰結します。

自らの境涯を離れて、比較において学びが未熟な階層の者たちを導く霊的リーダーたちも数多く活躍しています。
もちろん霊界のみならず、非常に未熟な段階でかげりを深めている地上界の霊性進化を促す大霊団を統率する偉大なる霊もいらっしゃいますし、その指揮のもとに各分野を受け持つ霊団にも立派なリーダーがおられます。

地上の現状においては、霊性の高さがリーダーの条件になっていないのは言うまでもありません。
各分野にも霊性の高いリーダーもいるのですが、多くの場合、実際に世の中を動かしているのはそれとは無縁の地上的価値観に基づく要素を強く持った者たちです。
もちろん、いかに地上といえども、それだけで上に立つことはできません。
地上的価値観に基づく多くのものを備えながら、争ってまで人の上に立つことを好まない人間も少なくありません。
多くの場合、地上で上に立つためには、「自分」を中心とした強烈な欲求が不可欠です。

霊界の各層でも、リーダー自身がやがてさらに上層階に移行するのですから、新たなリーダーはその任に就くにあたって自らの意志を高めねばなりません。
しかしながら、霊界には後継者争いなどは存在せず、リーダーの補佐をしている霊たちの中から自然な形で新たなリーダーが育っていくのです。
こういう説明をすれば、霊界が地上の会社や地方自治体組織のように思えるかもしれませんが、そうではありません。
霊界では、その階層に生きる霊たちがそれぞれに多様につながり合いながら、喜びの中で学びを進める暮らしをしています。
学びとは、さらに霊性(神性)を高めていくことです。
その階層に生きる者たちが、さらに霊性を高めていけるようにさまざまに計らうのがリーダーの役割です。
当然のことながら摂理というラインに沿った社会ですが、それは決して規制や強制ではなく、地上の組織のような息苦しさは微塵もありません。
イメージしにくければ、「悠々塾」や「ドネーションシップ わかちあい」のような仕組みと雰囲気というか、両者を融合させたようなものを想像していただければよいと思います。

話が逸れましたが、霊界のリーダーも自ら意志してリーダーの任を担うのですが、それ以前にその階層の霊たちの支持と尊敬があってのものなので、競争もなければ強引さもないのです。
霊界のリーダーは「皆の霊性進化を手助けするため」という動機が全てであり、地上のリーダーには「自分に力を集めることや自分の力を奮うこと、自分の意を押し通すこと」というような、「支配」のエネルギーの強さが目立ちます。
これももちろん全てではありませんが、そういう者たちが今の世界や国を牛耳っているのも事実です。

霊界には「支配」などというものが存在する余地がないのです。
地上における「支配」は決して世界や国といった大きなスケールにおいてのみ存在しているのではありません。
あらゆる分野の組織から家庭・家族や個人的人間関係に至るまで、いたるところに「支配」の構造、専横と従属のエネルギーが見受けられるのです。

飯)はい。
今の世の中を牛耳っている人たちや、組織や家庭で専横的に振るまっている人を見て、「どうしてそこまでしなければならないのか?」「どうしてそこまでしてしまうのか?」と、不思議に思うことがある。
世界を牛耳っている者たちは、当然のことながらすでに十分な資産・金銭を手にしている。
企業や会社の上層部の人たちにしてもそうだ。
官僚などにしても、一般の国民の多くとの比較において高給を得ているのだし、退職金や年金も十分に保証されている。
だったら、世界的にも国内的にもこれだけ格差や貧困が人々を苦しめているのだから、もう少し皆がそれなりに豊かになる手立てを講じることの方が自然に思えるのに、彼らはそうはしない。
それどころか、組織内の者に対する「いじめ」としか思えないような言動も珍しくない。

家庭においての「支配者」が夫である場合もあれば妻である場合も子供である場合も祖父母などの場合もあると思うけど、僕が今まで見聞きした「家庭内支配」のなかには、やはり「なぜ、そこまで強烈に自分を押し通さねばならないのか?」と不思議に思うこともあった。
「支配」と「コンプレックス」は“対(つい)”になっている場合が多いように思う。
「コンプレックス」といっても、内実はさまざまだと思うけど。

克)はい、そういう理解でよろしいと思います。
言い換えれば、自分としての満たされなさに囚われて、取り憑かれてしまっているような状態です。
霊界における自分としての目的はあくまでも霊性の向上ですから、意識(霊界では意識が実態そのものです)はより高次元を志向しています。
しかし、霊としての自分を意識できないまま、それゆえに極めて地上的な欲求を追い求めれば、物質や感情の次元においての自分の存在意義や力を横に広げていくことしかできないのです。
ましてや心が満たされなければ(心が貧しいままであれば)、地上的な自分の力を確かめたい、味わいたいという欲求は留まることなく激しくなっていくのはある意味で自然な成り行きです。
「支配」という、暗く歪んだ自己実現の道を求め続けることになるのです。

そういう者にとってのコンプレックスの対極にあるのは、自分の絶対的な優位ということになります。
つまり、「支配」です。
それが間違っていることは言うまでもありません。
しかし、彼らの意識にはそれしか目に入らないのです。
「支配」を自己の目的としてはっきりと意識している者もいますし、意識できないままに「支配」への欲求に駆られてしまっている者もいます。

彼らの武器は、実際の武力や暴力の場合もありますし、金銭力や権力(制裁権)や有形無形の権限であったりもします。
弱者や困窮者が多い方が、自分の優位性を実感できるのですから、彼らが本気になって格差や貧困の解消のために動こうとしないのも当然です。
そこには搾取の構造以上の闇があるのです。

格差や貧困の構造を根っこから変えようとすることは、彼らにとっては優位性を危うくすることであり、自己否定にすら思えるのです。
自分の権威・権力を認めたうえで自分に傅(かしず)いてくる者たちにおこぼれを恵んでやったり、自分の資産には全く影響のない範囲で寄付をしてみせるのが、彼らにとってはさらなる自己確立になるのです。
自分の意に沿わない者がどんな状態であってもお構いなしですし、むしろ積極的にそういう者たちを潰すことに喜びを感じたりもします。

飯)「ベールの彼方の生活」にも、下劣で悪質な「支配」のことが書かれてあったと思う。
あれは「暗黒界」の情景だったけど、地上も似たようなものだからね。

克)はい、今の地上界は多くの部分で暗黒界や幽界の影響下におかれていますから、同じような仕組みや情景はいたるところに見られます。
「支配」を成り立たせるためには「従属する者たち」の存在が不可欠です。
「従属しない者」が多ければ、「支配」は成り立ちません。

支配を志向した者が死後も自らの過ちを認めることができなければ暗黒界に行くのは当然ですが、地上で理不尽な従属者の立場を自らの意志で選択した者の中には、やはり暗黒界に行く者もいるのです。
「支配者」の方が先に地上を去って暗黒界に堕ちた場合は、「従属者」が死後に「支配者」からのエネルギーに引き寄せられていくこともあります。
「従属者」の方が先に地上を去った場合は、別の暗黒界の「支配者」に引き寄せられたり、あるいは幽界でさまよっているうちに「(地上での)支配者」が地上を離れ、その者が暗黒界に行って引き寄せられることもあります。
ですから、それほど多くはありませんが、地上での家族が暗黒界で地上と同じような「家庭内専制君主」の下で「支配と従属の家族生活」を続けることもあるのです。

家庭における支配に用いられる道具は、社会的支配よりも実にさまざまです。
もちろん、金銭や暴力や大声・暴言、非協力というようなものもありますが、家族の感情にまつわる(付け込んだ)さまざまなことが武器となりうるのです。
自分に同意させるまで、相手が辟易するほどに同じことを言い続けるとか、自分がいなくなる(離婚・家出など)かのような脅しも使えますし、ひどい場合は自分の生い立ちや持病すら使ってしまう者もいるありさまです。

「今の地上界は幽界や暗黒界の影響下にある」ということの意味は、「非常に未熟な者やかげりが深い者が、今の地上界では上に立っており、霊として人として、決して放棄できないはずの大切なものを地上的な何らかの価値あるものと引き換えにしてしまう者が多い」ということでもあります。
それらの者たちによって「支配と従属」、すなわち支配の構造は維持され、補強されているのです。
本来であれば未熟な者として、学びの進んだ者の教えを乞うべき者が、真っ当な心(意識)を売り渡すことのできない者たちを踏みにじりながら、地上世界をここまで歪めてきたのです。

飯)確かに今の地上界は、上下が逆さまというか天地が逆になっているように思う。
本当に価値あるものが疎かにされ、その場限りのものや地上限定の価値しかないものが偏重されている。
そういう虚構・幻想に支配されているように思う。
しかし、多くの人たちにとって、支配の構造をひっくり返していくのはなかなか難しいことだとも思う。
そういう構造に庇護されていなければ不安だという人も少なくないからね。
誠実で自分に自信を持ちきれない人が、社会や家庭でも圧倒的に強く振る舞う者に従ってしまうというのもよくあることだし。
マインドコントロール状態になって、無意識のうちに自分としての判断を放棄していることも珍しくない。
それに、社会でも家庭でも「支配者」の立場にいる者は、弱い立場の人の考えや気持ちの入り込む余地がないほどに一方的で冷酷だからね。

克)そのように相手の立場や状況や気持ちを慮(おもんばか)れないことが、まさに未熟さの証明なのですが、それすら分らない者が地上界を牛耳っていることを(霊界側としても)いつまでも見過ごすわけにはいかないのです。
上下が逆になっている現状を本来の順に立ち戻らせるために、これからもさまざまな計らいがもたらされるでしょう。
「支配」の本質に気づいた地上の人たちが、それらの計らいに呼応して本来の霊として人としての自分に立ち戻ろうとしていけるかどうかです。

お金に依存しない生き方やお金に魂(心)を支配されない生き方を仲間たちと共に模索し、確立していくことは、地上的な権力や権威に阿(おもね)ることなく、支配の構造を根本から崩し、本当の意味での全ての生命が共生する社会の構築とも重なっているのです。
権力や権威に従属せずに生きていこうとするのは不安が伴うかもしれませんが、実はそう願っている者の方が圧倒的多数なのです。
なぜならば、自らの霊性の一切を打ち捨てて、支配を志向する人間など本当はほんの一握りに過ぎないのです。

地上界の大浄化のこの時期に、霊界側に呼応して真っ当な人間としての声を上げ、多様な行動を起こし、自立した生き方を始めていただきたいのです。
そういう人たちには必ず霊界からの力強い支援と身に余るほどの祝福がもたらされるでしょう。

闇に取り憑かれた支配者を打倒したり排除する必要はありません。
彼らに影響されず、彼らに影響されている同胞たちに本当の喜びを体現してもたらしながら、支配者からの影響を大きく超える影響を与えていけばよろしいのです。
影響される側から、影響を与える側への脱皮の時期であるのです。

飯)はい、分りました。
今回のメッセージはいささか唐突で過激な印象すらあるが、こういう内容が伝えられる意味は分かるような気がするよ。
「悠々塾は地上界の浄化の雛型であり牽引役である」と伝えられていることの意味をもう一度しっかりと肝に銘じます。

克)はい、そう受け止めていただければ嬉しいです。

飯)ありがとうね。
それでは、また。

克)はい、まーたん、お疲れさまでした。
またね。。

(2011・9・21)

22/09/2011(木) 08:46:52


No.9033  ホープ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 80 引用
飯沼さん受信有難うございました。この度のメッセージは身につまされます。己の心境を”見透かされた”ような、そしてその心境に対して実にタイムリーなメッセージだと感じます。
自分の思いを、意識の動きを形にして行動に移すことの難しさを痛感している昨今です。

22/09/2011(木) 09:45:23

No.9034  さき ホームページ
Re: 愛は時空を超えて 80 引用
ぬまさん、受信お疲れ様でした。
考えさせられました。

地上における最初のかげりが、他人との比較において心をかげらせたというものでしたね。
自分の優位性を確認したいという欲求は地上の人間にとって普遍的?で根深いものなのだと思います。その欲求が強いほど支配を志向するのでしょう。未熟なほど闇にとり憑かれてしまうのでしょう。

>社会でも家庭でも「支配者」の立場にいる者は、
>弱い立場の人の考えや気持ちの入り込む余地がないほどに
>一方的で冷酷だからね。

ですね。こういう一方的さと冷酷さをまのにあたりにすると、わけわからんくなっていました。けどそれってほんのひとにぎりの闇にとり憑かれた者の悲しい欲求。未熟だからこそ一直線に突き進める、自分中心にどこまでも凝集するエネルギーがなせる技なのだと思いました。
こんなもんに影響されてる場合じゃないですね。

他の人間なんて関係なく、見境なしに、自分が優位に立ちたいとか、仕返ししたいとか、そんな子供じみた気持ち。
単純だけど、単純だからこそ、それが地上では力を持っているのだと思います。幽界、暗黒界の影響も受けてしまうのでしょうし。
あー、ばかばかしいー。
逆転しましょうね。

22/09/2011(木) 10:59:22

No.9035  あきどん
Re: 愛は時空を超えて 80 引用
メッセージ受信ありがとうございました。
心に染み渡りました。

>権力や権威に従属せずに生きていこうとするのは不安が伴うかもしれませんが、実はそう願っている者の方が圧倒的多数なのです。
なぜならば、自らの霊性の一切を打ち捨てて、支配を志向する人間など本当はほんの一握りに過ぎないのです。

ここを読み、元気が出てきました。

22/09/2011(木) 16:01:58

No.9036  まゆみ
Re: 愛は時空を超えて 80 引用
ヌマさん。受信お疲れさまでした。
さきほど広島から帰ってきたところで、まだゆっくり読めてないのですが…
すみません。この場をお借りしてご報告させていただきます。
父の手術は無事終わり、高齢とは思えないほどしっかりとして落ち着いています。
父のことに心を向けていただき、本当にありがとうございました。
また定例会の2部のお料理のこともたくさんの方から助けていただけるようで、とても有難く思います。
みなさん気を付けてきてくださいね。

22/09/2011(木) 22:05:42

No.9040  K
Re: 愛は時空を超えて 80 引用
>闇に取り憑かれた支配者を打倒したり排除する必要はありません。

これが自分ごときにはとてもできなさそうで、ずっと後ろめたさがあったので、こう言っていただけると自分にも自分なりに出来る事があるのだと、勇気が沸いてきます。

26/09/2011(月) 14:49:02


No.9037 飯沼  E-mail
2011年9月定例会に向けてのメッセージ 引用

☆2011年9月定例会に向けてのメッセージ

みなさん、こんにちは。
克子です。

地上人類が初めて抱いた“かげり”は、「人との比較において」というものでした。
それから数万年の間、地上人類はかげりをさまざまに増幅・発展させながら、今日に至っています。
皆さんがたを含む誰もが何がしかのかげりを抱えながら生きているのですが、たとえどのようなかげりを抱えているとしても、全ての人が神の分け御霊(みたま)を戴いた霊であることに変わりはありません。

かげりの海に下した碇(いかり)を引き上げさえすれば(あるいは断ち切りさえすれば)、いつでも神の子である霊として地上の日々を生き直すことができるのです。
私は断言いたしますが、皆さんがた人間は決して3次元の地上に縛りつけられる存在ではありません。
大いなる意識、大いなる意志の一部として、地球という星を生命の楽園に進化させるために派遣されているのです。
その光栄なる働きのなかで、霊としての自らのエネルギーを鍛え高めようと意志して赴いているのです。
その作業は何万年もかけて、幾百世代にもわたって、数えきれない悲しみや苦しみを重ねながらも営々と繰り広げられています。

「地上人類の歩み」で受信したように、今は地上人類の第2段階の終盤から第3段階に移行の時期にあたっているのです。
第1段階は地上人類がかげりを知らず「霊界の写し世」としてあった時期、第2段階は偏りやかげりを深める時期であり、言うまでもなく第3段階はかげりや偏りを越えて地上人類の意志によって、霊界と完全に共鳴した「新しい喜びの地上界」を構築していく時期です。

であるならば、皆さんがたが偏りやかげりの蔓延する第2段階に軸足を置いていたのでは、地上界の霊性進化の足を引っ張ることになってしまいます。
とはいえ、皆さんがた自身も地上に赴くにあたっては、自らの過去世や先祖・先人のかげりを引き継いでおり、それゆえにさまざまな境遇が与えられています。
とりわけ、胎児や乳幼児の時の境遇は、その後のかげりの元を形成し、そこから抜け出せない人も少なくありません。
ここでは詳しい説明は省きますが、それらの境遇はどのようなものであったとしても、それに影響されることなくそれを越えていくためにこそ与えられているのです。

与えられた境遇が辛く厳しいものであったとしても、そこに埋没して喜び薄いいびつな人生を生きるのか、境遇を飛躍のバネにして重いカルマを断ち切るのかが問われているのです。
人としてなすべきことはすでに繰り返しお伝えしています。
地上に生きる霊として、真っ当な人として。
答はそれ以外にないのです。
過去世において、与えられた条件や境遇のせいにしてかげりを深めたり解消できなかったから、今回の人生での条件や境遇が設定されているとも言えるのです。
霊的法則は厳密に適用されるのですから、今回の人生で飛躍のバネとできなければ、いずれ再び同じかさらに厳しい設定がなされるということです。
それは誰にとっての喜びにもなりません。

子供の頃の境遇に恵まれている人でも、その後の人生で心にかげりを持たなかった人はいないでしょう。
今までの人生で特に大きく心をかげらせることのなかった人でも、この先にどんな試練が待ち受けているかは分りません。

「人間は地上のことに心を縛られてしまうような存在ではないのだ。どんな苦しいことをも喜びに変える力を持っている神の子なのだ」という真理を、改めて強く深く心に刻み込みましょう。

。。。。。。。。。。

☆ヒーリングの実習

あなたの前にいる人は、何がしかの苦しみや悲しみ、あるいは不安や満たされなさを抱えています。
いくつかの過ちや、いくつもの後悔も抱えているかもしれません。
人生に深く絶望している状態かもしれません。
あるいは(顕在・潜在している)病を抱えているかもしれません。
もしかすれば、この先そんなに長く地上にいられないのかもしれません。
有害物質や放射能を体内に蓄積させてしまっているかもしれません。

「幸せに生きたい」と願ってはいても、自分がどうすれば幸せになれるのかも分からず、希望を見失っているかもしれません。
そういう人生に疲れ、自分自身にも疲れてしまっているのかもしれません。
あなたの前にいる人とあなたは同じではないかもしれませんが、「かげりを光に。皆も自分も幸せに」という、同じ志を持って地上に赴き、何がしかの重荷を背負いながら地上の日々を生きているのです。
あなたの前にいる人は、実はもう一人の自分なのです。

その人(もう一人の自分)に向けて、深い共感とともに、心からの「無条件の感謝と祝福のエネルギー」を注ぎましょう。
その人の何層かのオーラ(心の体)の無数の粒子のひとつひとつに染みわたるように。
その人の肉体の細胞ひとつひとつにも、細胞内のミトコンドリアのひとつひとつ、体内微生物たちのひとつひとつにも染みわたるように。
何も考えずに、静かに、ただただ「無条件の感謝と祝福のエネルギー」を注ぎましょう。

22/09/2011(木) 23:56:42



No.9031 さき ホームページ 
メモです 引用
>影響を受ける側から、影響を与える側へ
>自分の意識を切り替えることが不可欠なのだとかんねんしました。
と先日書いたことについてのメモ。思いつくままに。

○意識を切り替えないと、心の動かし方も、意識の動かし方も、表現や言動のし方も、自分の慣れ親しんだスタイルに流される。
結果、これまで通りの自分、これまで通りのことしかできない。
影響を受ける側にとどまってしまう。願いを形にできない。

○自分が言動する時の心の動かし方。
少しでも役立てれば、、という思い方をしてきた。
皆の喜びや幸せを願う気持ち、愛情にもとづく言動であれば、それがどんなにささやかなことであっても、すぐに伝わらなくても、形にならなくても、いつか必ず全体に作用する、いつか必ず伝わると信じて疑わない。

けど、それだけじゃ足りない。
結果にしたい、形にしたい、してこそだから。
結果を求めてこそ。←これが弱い。エネルギーが足らない。

○恐れと不安
人がこわかった。周囲の人との違い。(子どもの頃のこと)
自分の心をどう表現していいかわからなかった。
心も(体も)どう動かしたらいいのかわからなかった。
「世間」や周囲になじもうとする自分と、なじめない自分。
心と体の動かし方、怖れや不安を払しょくできないままなじもうとするか、なじめない自分を表現する時は瞬発力で動かす。
どちらも自分らしくない。

○悠々塾の仲間に出会って自分の心に自信が持てた。(ありがとうございます!)
だからこそ、これまでの心と体の動かし方ではやってられなくなってきた、のだと思う。

○どうしようもない自分を抱きしめる
自分の嫌なところや至らなさに意識をむけると、恥ずかしくてごめんなさい、すみませんって感じ。
悠々塾症候群といわれる「自分なんて」「私なんかが」という思い方にはまり込む。これまた自分への囚われなのだと思う。そこにとどまって、自分にできること、できるはずのことをしない、しようとしないのは、同じくとても恥ずかしいことなのだろう。
そのどうしようもなさも含めて抱きしめられていることに感謝の気持ちがわきあがる。

○今の社会、世間の価値観や、地上や三次元の常識
実は儚いものだが、実際に力を持ってもいる。
それを無意味化する、新しい現実を顕現したい。
そのために自分自身の意識と心の使い方を変えたい。
影響を与える側になりたい。

21/09/2011(水) 11:42:25



No.9029 あきら&ひとみ  
お知らせです。 引用
関東定例会のお知らせです。

10月22日(土)14時から関東定例会を開催します。
場所は前回と同じ埼玉県の志木市民会館パルシティです。
参加費1500円。
関東定例会終了後、交流会もありますのでこちらもあわせてご参加ください。
初参加の方も大歓迎ですので、というよりぜひご参加ください。
よろしくお願いします。

また後日お知らせさせていただきます。

今週末の篠山の定例会に僕らも久しぶりに参加します。
だいぶ久しぶりなので楽しみにしています。
さきさんの情報も衝撃的でしたが勉強になりました。
まゆみさんの大変な時に前日からお世話になる予定ですが、よろしくお願いします。

20/09/2011(火) 00:29:07


No.9030  さき ホームページ
Re: お知らせです。 引用
あきらさん、ひとみさん
関東定例会よろしくお願いします。
二人を中心に関東での拠点ができていて、人と心をつなぐ寄りどころになってきていると思います。
皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。
関東の皆さん、(まだお会いしたことない皆さんも!)
よろしくお願いします。

☆今日はまゆみさんのお父さんの手術です。
 無事に終わるように祈っています。

21/09/2011(水) 10:13:47


No.9021 さき ホームページ 
放射能が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響について 引用
放射能が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響について
ttp://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/1fd72f91c20816b26d754a3f8dbc4163より転載
・・・・・・・・・・・・・・・・・

Peace Philosophy Centreより
ttp://peacephilosophy.blogspot.com/2011/09/chris-busby-series-concern-over-heart.html

【ご参考】
すでに1970年代にアブラム・ペトカウ博士の「ペトカウ効果」に触発されて、アーネスト・スターングラス、グールド、ジョン・ゴフマン、肥田舜太郎、ラルフ・グロイブといった学者が低線量被ばくによる遺伝子障害によって各種の免疫障害が引き起こされ、心臓病、糖尿病、脳性障害、脳性麻痺や精神障害、流産、不妊症、未熟児、低体重児の増加、乳幼児死亡率の劇的増大等々の「ガンや白血病以外の症状」を多発させているという指摘がなされてきました。

ここでは、参考までに以下の3つの紹介だけしておきます。
●アーネスト・スターングラス博士の青森講演2006年
ttp://fujiwaratoshikazu.com/2011disaster
●ラルフ・グロイブ、アーネスト・スターングラス[著]、『人間と環境への低レベル放射能の脅威―福島原発放射能汚染を考えるために―』
ttp://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/03cfe6d28b04a8e518ee6a9d73b8e95c
●ドイツ人医師、ジーデンドルフ女史が「チェルノブイリは遺伝子の中で荒れ狂う」のなかで、「脳障害」「不妊」「糖尿病」などが遺伝子障害として多発しているベラルーシの現状を報告しています。
ttp://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/2f7dbec88afae5b028b4215c0e4f278f
●崎山比早子氏による指摘は、下記で訳者が紹介しています。

=====以下全文転載=====
Wednesday, September 14, 2011
クリス・バズビー: 原発事故が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響 
Chris Busby: Serious Concern over Heart Diseases of Children of Fukushima

See Dr. Chris Busby's 10-minute talk on the serious
concern for heart diseases caused by cesium
contamination.
原発事故で放出される放射性物質からの被ばくが原因のガンや白血病はよく知られていますが、このバズビー博士の指摘は、もうひとつの重要な疾患、心臓病について深刻な指摘をしていいます。10分間のビデオ報告に田中泉さんが日本語字幕を付けてくれました。下方にビデオリンクと、田中さんによる英日対訳を紹介します。これを紹介してくれた森田玄さんに感謝します。

★このブログのこれまでのクリス・バズビー氏関連の記事はこのリンクをどうぞ。See past articles by Chris Busby.

★また、このブログのチェルノブイリ原発事故健康影響関連の記事で、心臓疾患に触れているものも紹介します。See IPPNW report on the health
effects of the Chernobyl nuclear disaster, which refer
to heart diseases.

IPPNW「チェルノブイリ健康被害」新報告と、首相官邸資料「チェルノブイリ事故との比較」との驚くべき相違(このブログ開始以来2番目に多く読まれている記事です)
ttp://peacephilosophy.blogspot.com/2011/04/blog-post_17.html

★映画「チェルノブイリ・ハート」を見ても、放射性物質の子どもの心臓への深刻な影響がドキュメントされているのがわかる。(英語版全編リンク)
Also see film Chernobyl Heart that documents serious
heart diseases of children.


Busby on children's heart attacks in Fukushima
■【ビデオ】福島の子どもたちの心臓発作について
ttp://www.youtube.com/watch?v=oqiPZ39ljjw&feature=player_embedded#!

Chris Busby
クリス・バズビー
Translation by Izumi Tanaka
訳:田中泉

I'm Christopher Busby, I'm a an expert on the health
effects of ionizing radiation.
クリス・バズビーです。私は電離放射線の人体への影響に関する専門家です。

And I want to talk to you about Fukushima and
Chernobyl.
福島とチェルノブイリについて、お話します。

What I want to say is that the models that are used to
determine the effects of radiation always concentrate
on cancer and leukaemia.
お伝えしたいのは何かというと、放射線の影響を見定める際に使われるモデルは、いつも癌と白血病にばかり着目します。

And so, the current risk model will say how many
cancers are expected after Fukushima and how many
cacers are expected after Chernobyl, and so forth.
現在のリスクモデルでは、福島の事故で癌がどれだけ増えるとか、チェルノブイリによる癌はこれだけだとか、そういう話になります。

But we know from Chernobyl that radiation causes a
whole range of diseases and one of the diseases that it
seems to cause is heart disease.
でも我々はチェルノブイリの経験から、放射線はありとあらゆる病気を引き起こすことを知っています。その一つが心臓病です。

And I want to talk to you about heart disease effect on
children.
ここでは、子どもたちの心臓病についてお話したいと思います。

Now, a colleague of mine, Professor Yuri Bandashevsky,
became quite famous, because he studied the cesium 137
exposure to children in the areas that were
contaminated by Chernobyl accident in Belarus.
私の仲間、ユーリ・バンダシェフスキー教授は、チェルノブイリ事故によって汚染された地域に住むベラルーシの子どもたちにセシウム137の被ばくがもたらした影響を研究し、かなり有名になりました。

He discovered, in the late 1990s, he discovered that
the children who were contaminated to the extent of
having a only 20 to 30 bequerels per kilogram, which is
not very much, of cesium 137 were suffering cardiac
arrhythmias, that's heart wasn't beating properly, and
they were suffering heart attacks and dying.
バンダシェフスキーは、1kg当たりわずか20-30ベクレルという微量のセシウム137に被ばくした子どもたちに不整脈がみられることを、1990年代後半に発見しました。また子どもたちは心臓発作を起こし、亡くなっていました。

And it's a very serious matter.
これはとても深刻な問題です。

So wasn't a question of leukaemia and cancer on these
children although that occured as well, but there are
very high rates of heart diseases on these children.
白血病や癌の話ではありません。白血病や癌もありましたが、これらの子どもたちの間では心臓病になる確率がとても高かったのです。

So children were manifesting heart diseases which are
normally only found in old people.
通常なら高齢者にしかみられない心臓病が子どもたちの体に表れていたのです。

And this got me thinking about how this could be at
what apeears to be low-level of contamination.
私は考えさせられました。一見したところ低レベルの汚染なのに、これはなぜだろうと。

So I started looking into this and what I find was
truly extraordinary which I shall share it with you.
調べてみたところ、本当に驚愕の事実が判明しましたのでお伝えします。

The heart of a child at the age of about two to five is
about this size, and the age of about ten it's about
this size, and we know from measurements to be made,
how many cells there are in the heart of a child.
2〜5歳位の子どもの心臓は、この位の大きさです。10歳位だとこの位です。また子どもの心臓の中の細胞の数は、計測から分かっています。

A five-year-old has a heart which is approximately
220grams in weight, a lot of it, of course, is blood.
5歳児の心臓の重さは220gです。その大部分はもちろん血液です。

So if you take the blood out and leave the muscle
tissue, there's about 85 grams of muscle tissue in the
heart of a child aged five.
そこから血液を抜くと筋肉組織だけになります。5歳児の心臓にはおよそ85gの筋肉組織があります。

This is all data.
データとしてはこういうことです。

Now we actually know also, though, the size of the
heart muscle cells, so we know how many heart muscle
cells there are in the child's heart.
ところで心筋細胞の大きさに関してもわかっています。だから子どもの心臓には心筋細胞がいくつあるのかもわかります。

There are about three billion muslce cells, the number.
Three billion.
心筋細胞は30億個という数あります。30億個。

And what we can do is we can put 50 becquerels per
kilogram of cesium 137 in a thought experiment, we can
put into the heart muscle,
それで何ができるかというと、ここで仮に、1kg当たり50ベクレルのセシウム137が心筋に入るとしてみましょう。

and a becquerel is one disintegration per second, so we
can see how many disintegrations as how many electron
tracks come from the cesium 137 in a period of about a
year.
1ベクレルというのは1秒につき1回の原子核崩壊ですから、そのセシウム137から約1年間でどれだけの原子核崩壊があるか、つまりどれだけの電子飛跡が出るかわかります。

And when we do this, I mean it's really simple it can
be done on the back of an envelope, what we find is
that there are many many more electron tracks
traversing the cells than you can imagine.
これは本当に単純で、封筒の裏側でも使って計算できます。やってみると、想像をはるかに超える量の電子飛跡が細胞内を通っていることがわかります。

And in fact it works out that if only one percent of
those cells were killed by the electron tracks of that
level of cesium 137, if only one percent were killed,
you would loose 25% of all the muscle cells in the
heart.
しかもそのレベルのセシウム137の電子飛跡で心筋細胞のわずか1%が死ぬと、心臓の心筋細胞全体の25%が失われるのです。

And this is very serious because the heart is an
extraordinary organ, the muscle cells in the heart are
autonomous, they just contract and they contract and
they contract for the whole period of life of the
individual.
心臓は驚異的な働きをする内臓ですので、これは大変深刻です。心筋は自律的に収縮を繰り返しています。人の一生を通じて収縮し続けています。

And everyday they pump seven thousand litters of blood
through the body. Truly extraordinary.
そして一日7000リットルの血液を体中に送り込みます。本当に驚異的です。

And we live for seventy years so this heart beats away
continuously for the whole of your life span.
我々が生きるのは70年間ですね。心臓はその一生を通じてずっと脈打ち続けます。

But of course these cells are non-replacable by and
large.
でももちろん、これらの細胞はほとんど入れ替わりません。

It turns out that only 1% of these cells can be
replaced in a year.
一年間でこれらの細胞のうちたった1%しか入れ替わらないのです。

So if these cells get damaged or if particular number
of these cells get damaged, they cannot be replaced in
a short period of time,
これらの細胞のすべて、または一部が損傷されても、ただちには入れ替わりません。

so a year's exposure to 50 becquerels per kilogram of
cesium 137,
1キロあたり50ベクレルのセシウム137に被ばくするということはつまり−

and incidentally cesium 137, we know from experiments,
binds to muscle so this is where it goes,
ちなみにセシウム137は筋肉に蓄積されることが実験で分かっています*。

just like iodine goes into the thyloid gland, the
strontium goes into the bone and goes to the DNA,
cesium 137 goes to muscle.
ヨウ素が甲状腺、ストロンチウムが骨そしてDNAに行くように、セシウム137は筋肉に溜まります*。

*訳注:6月下旬に原子力資料情報室のUstで崎山比早子さんが「原発事故と放射性セシウム」というお話をされました。そのなかに「2003年のベラルーシの論文」のことが出てきました。映ったスライド資料にBandazhevskyの文字が見えましたのでバンダシェフスキーの論文だと思います。セシウムは甲状腺に一番蓄積され、それから心筋、脾臓、腎臓、内分泌系にも蓄積されるということ、そして重量当たり取り込まれる量でみると、子どもは大人の3倍(甲状腺、心臓)となる、と仰っていました。
ttp://cnic-movie.blogspot.com/2011/03/cincnews-20110326.html 

It will concentrate on the muscle tissue of a heart.
心臓の心筋組織に蓄積されます。

So this child's heart, after one year of exposure to
that level of cesium, which is quite a small level,
will have approximately 25% of its cells destroyed.
つまり、そのレベルのセシウムに一年間被ばくさせられる子どもの心臓においては、微量にもかかわらず細胞の約25%が破壊されることになります。

Now, we would therefore expect to find effects and the
same effects that were found by Bandashevsky.
したがって、福島でもバンダシェフスキーが発見したのとまったく同じ影響が出ることが予想できます。

And it does seem, from what people have been telling me
about, in the Fukushima affected area that they are
actually suffering heart atacks.
実際、私が聞いているところでは、福島の子どもたちの間に心臓発作が起きている様子です。

So, there are two things that followed from this, which
are terribly important.
これから導かれる大変重要なことが2点あります。

The first thing is that children in that area should
immediately be scanned using ECG, electrocardiograms,
all hospitals have this device, to see they have
conduction problems.
まず、その地域の子どもたちの心電図を速やかに取り、心臓伝導系に問題がないかをみるべきでしょう。どんな病院にもある設備ですから。

Because the first manifestations of this damage to the
heart muscle cells would be conduction problems which
can be shown on these ECGs,
なぜかというと心筋細胞へのダメージが最初に現れるのは、心電図で見てとれる刺激伝導系の問題だからです。

in fact this is how Bandashevsky found this and
incidentally, Bandashevsky, when he reported this, was
sent to jail.
バンダシェフスキー本人も、この方法で見つけています。ちなみに彼はこれを発表したことによって投獄されました。

And the government wouldn't believe it and said he was
scare-mongering.
政府はバンダシェフスキーの言う事を信じようとせず、恐怖を煽っているのだとしたのです。

So they sent him to jail, he was in jail for several
years until eventually Amnesty International, European
Parliament issued him with an international passport,
one of only twenty-five that have been issued, and got
him out of jail.
バンダシェフスキーは数年間投獄され、アムネスティと欧州議会が国際パスポートを発給してくれるまで出獄できませんでした。過去に25回しか発給されていない国際パスポートの一つです。

So I worked quite close with Bandashevsky who was a
hero, he received the Edward P. Radford Memorial Prize
for Radiation Biology at Lesvos Conference where he
gave this paper that showed there were these increases
in the heart diseases in the children.
私はバンダシェフスキーとずいぶん緊密に仕事をしましたが、英雄でした。子どもの心臓疾患の増加に関する彼の報告は、(ECRRの)レスボス会議の時に発表されたものです。この会議で、彼は放射線防御のためのラッドフォード記念大賞を受賞しています。

So the first thing that has to be done is that the
children have to be checked out for conduction problems
with the ECG.
というわけで、まずやらなければならないのは、子どもたちの心電図をとって心臓伝導系に異常がないかどうかをみることです。

- Evacuated.
- 避難させることですよね。

And if, yes, in the course if any of them are suffering
from these problems be immediately evacuated, but if
any of them are suffering from these problems, ALL of
the children should be evacuated.
ええ、心臓伝導系に問題が出ている子がいたらすぐに避難させるべきです。でも、もしそういう子が一人でもいたら、すべての子どもを避難させるべきです。

Because it means that there will be sub-clinical
effects from the cesium 137 in heart muscle.
それは、心筋内のセシウム137による潜在的な影響があることを意味しているからです。

And it will not be repaired. Heart cannot be repaired.
Heart tissues cannot be repaired these children will
suffer for the whole of their life and they will die
young, which brings me to the second point.
心筋や心臓は修復できません。子どもたちはその後の一生を通じて苦しみ続け、早死にするでしょう。そこで2番目の重要点が出てきます。

The second point is this; if you die from heart attack
or from heart disease, you will not die from cancer,
because cancer is essentially a disease of old people,
so you get genetic damage and it goes on and on and on
and eventually you get cancer.
それはこういうことです。心臓発作や心臓病で死ぬ人は、癌では死にません。なぜなら癌は基本的に高齢者の病だからです。遺伝子の損傷が起きて、そこから長い期間を経て癌になります。

By and large what happens is that cancer rates go up
very sharply as you get old.
だいたいの場合、癌の発症率は年齢が上がると共に急増します。

But I can tell you this that the heart disease effects
go up very much more quickly, so what you will find in
areas like Fukushima that are contaminated by these
radionuclides is not necessarily enormous increase in
cancer.
でも、それに比べて心臓疾患の影響はずっと早く現れることは間違いありません。だから福島のような放射性元素で汚染されている地域で癌が莫大に増えるとは限らないのです。

There will be an increase in cancer, but you will find
big increase in heart disease.
癌は増えるでしょう。しかし心臓病の方はもっと増えるでしょう。

And actually when we look at Belarus, we find those
things, we find increase in cancer, but we find big
increase in heart disease, enormous increase in heart
disease.
実際ベラルーシを見てみるとそうなっています。癌も増えてはいますが、心臓病の増え方はとにかく甚大です。

And as a result of this, the demographic index of the
Republic of Belarus has fallen sharply after the
Chernobyl accident, and now gone into negative
replacement.
そしてその結果、ベラルーシ共和国の人口はチェルノブイリ事故後、急激に減り、今ではマイナスに置き換わっています。

So, in fact it goes on like this, that the population
of Belarus will disappear.
ですから、実際このように続いていくとベラルーシからは人が消えるでしょう。

And this is what we would expect to see in Fukushima.
そして、福島でも同じことが起きると思います。

So I am warning you all now to start looking at heart
disease, heart attacks and keep getting children out
there quickly.
ですから皆さん全員に警告します。これから心臓病、心臓発作を注意して見ていて下さい。子どもたちをその地域から速やかに逃がして下さい。

This is all simple stuff, you can do these
calculations, I've done these calculations and I
produced a report which will be put on the internet
shortly and you can have a look at.
これはすべてとても単純な話です。計算できます。私はこれらの計算をして報告書をまとめました。まもなくネットに上げますのでご覧下さい。

And the European Committee on the Radiation Risk has
also released early the Bandashevsky paper that he gave
at the Lesvos conference and
欧州放射線リスク委員会の方でも、レスボス会議でバンダシェフスキーが発表した報告書を公開しています。

that is on the website of European Committee on the
Radiation Risk which is  ttp://www.euradcom.org/.
欧州放射線リスク委員会のサイト
ttp://www.euradcom.org/に載っています。

*訳注:訳者にはそこからでは見つけられませんでした。でもこちらのリンクでそれらしき論文そのものにアクセスできます。ttp://radionucleide.free.fr/Stresseurs/Radioactive_caesium_and_heart_eng.pdf

So thank you for listening.
ご清聴ありがとうございました。

18/09/2011(日) 12:59:24


No.9022  飯沼 E-mail
Re: 放射能が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響について 引用
さきさん、情報ありがとう。

注目すべきショッキングな情報だと思います。

フクシマ原発は7月と8月下旬にも再臨界していたようです。
今も放射能を排出しているのですし、まだまだ何が起きるか分かりません。

昨日は三陸沖でマグニチュード5,5〜6,3の地震が7回も起きました。
これは注意すべき現象です。

後で報道記事を探しますが、東大の地震研究チームが「この先30年間で首都圏でM7以上の地震が起きる可能性は98%以上」と発表したそうです。

東南海地震も遠からず起きるとそ予測されています。
600年前の東南海地震に伴う津波は、36メートルのあったという調査報告もあります。

注意は必要ですが、ちっぽけな存在に過ぎない人間が、自分で自分を守れるなどと思っていたら大間違いです。
大きな存在に守っていただけるような生き方をしてこそ、守られるのです。
もちろん、地上で生き長らえることが「守っていただいた」ことになるのかどうかも分かりません。
人間はいつ死ぬかも分からないのですから、いつ死んでも大丈夫なような日々を生きることです。

腹を決めて地上的な囚われを手放し、地上に生きる霊として、霊的真理を自分の日々の規範として生きていくことを求められているのだと思います。

18/09/2011(日) 14:09:40

No.9023  飯沼 E-mail
Re: 放射能が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響について 引用
「いのちに未来を」の脱原発ステッカー、2300枚印刷したのですが、お陰さまで完売いたしました。
「完売」といっても、見本としていろんなグループに無料配布したりもしたので、全部が売れたわけではありませんが。
でも、ありがたいことに赤字にはならず、印刷屋さんに追加発注しました。
ご購入くださった皆さん、ありがとうございました!

冊子(「福島の人たちへの手紙」)の原稿書きは難航しています。
この2週間、どうしても集中しなければならないことがあり、原稿書きが進められませんでした。

また気合いを入れ直して書き上げます!

18/09/2011(日) 14:25:58

No.9024  さき ホームページ
Re: 放射能が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響について 引用
人間はいつ死ぬかも分からないのですから、いつ死んでも大丈夫なような日々を生きることです。
腹を決めて地上的な囚われを手放し、地上に生きる霊として、霊的真理を自分の日々の規範として生きていくことを求められているのだと思います。

ぬまさん、そのとおりですね。
自分が地上になじむ?折り合いをつけるために身につけたスタイルがあって、そこで溜めてきた澱があって、排出中なのだと思っています。
自分の慣れ親しんだ意識の使い方、気持ちの動かし方、表現の仕方、体の動かし方があったんだけどそれがズレてきてるのを感じています。
移行したい、移行させたい。
影響を受ける側から、影響を与える側へ、です。
そこにしっかりつながります。
5月末から肩痛続いていますが、自分の意識を切り替えることが不可欠なのだとかんねんしました。それが私にとっての喜びなのだと思います。

18/09/2011(日) 18:15:47

No.9025  飯沼 E-mail
Re: 放射能が子どもたちの心臓に及ぼす深刻な影響について 引用
>5月末から肩痛続いていますが、自分の意識を切り替えることが不可欠なのだとかんねんしました。それが私にとっての喜びなのだと思います。<

だから最初からそう言ってるのに。
まあ、歳のせいとも言ったかもしれんけど・・・。

18/09/2011(日) 21:10:15


No.9016 飯沼  E-mail
お知らせです 引用
☆☆ 2011年10月の直接ヒーリングのお知らせ ☆☆

☆京都
10月1日(土)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月2日(日)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月3日(月)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月4日(火)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月5日(水)  午後1時〜2時半   3時〜4時半

☆篠山での日程は未定です。
篠山での直接ヒーリングをご希望の方はお問い合わせ下さい。
☆遠隔ヒーリングは随時お申し込みください。
☆詳しくは当サイト表紙上部の「ヒーリングお申し込み」をご覧ください。
☆なお、9月の直接ヒーリングのご予約受付は終了しました。
☆予約日以外での直接ヒーリングをご希望の方は、別途ご連絡ください。
(急を要する方に限らせていただきます)

。。。。。。。。。。

■9月定例会 
 
日時 9月24日(土曜日)

第1部 「癒しの講座」 お話とヒーリングの実習
       
午後2時から5時
参加費・1200円
        
第2部 「懇親会」 
午後5時半ごろからお時間の許す限り (ISSINミニライブあり)    
参加費・1500円
    
☆☆☆最寄駅はJR福知山線篠山口駅です。
地図の必要な方はお知らせください。
(079−594−5094)

17/09/2011(土) 10:04:15


No.9017  飯沼 E-mail
Re: お知らせです 引用
私事ですが、まゆみさんの広島のお父さんが昨日入院し、今月21日に手術の予定だという連絡がありました。
今まで非常にお元気だったのですが、やはり85歳という高齢なので、まゆみさんは今朝、広島に向かいました。
手術が終わってからの22日に篠山に戻る予定です。

そういう事情なので、今月の定例会(懇親会)の準備が十分にできないかもしれません。
できればで結構ですので、可能な方は何か食べるものを持ち寄っていただければ助かります。
まだまだ気温も高く、保存の問題もありますので、くれぐれも無理のない範囲でお願いいたします。

なお、持ち寄っていただける方は、「こんなものを持っていけると思うよ」と21日までに知らせてもらえるとありがたいです。

17/09/2011(土) 10:19:21

No.9018  tomoako
Re: お知らせです 引用
まゆみさんのお父様の手術が 無事に終わり 治癒へと

むかわれますように。。。

17/09/2011(土) 18:13:01

No.9019  ひろこ
Re: お知らせです 引用
まゆみさん
このところ、お忙しい事が続いているので
どうかお身体ご慈愛ください。

17/09/2011(土) 19:06:06

No.9020  祐造
Re: お知らせです 引用
まゆみさん、広島のお父さんのこと心配ですね。
どうか早く良くなられるようにと願っています。

僕も何か一品持参しますね。
いつも甘えてばかりですので、こんな時ぐらいは…って思います。
まゆみさんも無理なされませんように。

18/09/2011(日) 00:29:33


No.9012 さき ホームページ 
夜回り〜私たちの無関心 引用
※リクエストがあったので転載させてもらいます。
ドネ事務局ブログより↓↓祐造さんの日記です。
ttp://blog.goo.ne.jp/donationship/e/3647f6b52e6282a0fb235bafbbb6bd42

◆夜回り〜私たちの無関心

先週の土曜日に、
野宿者ネットワークの「夜回り」に参加させてもらいました。

野宿者ネットワークの「夜回り」は、
夜の8時に釜ヶ崎の「ふるさとの家」を出発して、
6つのコースに分かれて、野宿している人に声をかけてまわります。
身体の調子は大丈夫か、困ったことはないか、
いやがらせや襲撃はないかなど尋ねたり、
医療・生活相談や炊き出しなどの情報を伝えて歩きます。
冬季はカイロや寝袋の配布などの支援も行います。

野宿者ネットワークのホームページ ↓ 
ttp://www1.odn.ne.jp/~cex38710/network.htm

今回は「日本橋コース」を歩きました。
リーダーのNさんは、歩きながら
野宿している人たちを取り巻く状況を、参加者に話してくださいます。
どこのコースを歩いてもそうなのですが、
野宿者を排除するために行政が設置したフェンスや柵などが
不自然で冷たい光景を作り出しています。
南海電車の線路沿いの歩道は、アスファルトが剥がされ、
一面に低木が植えられて更にフェンスで囲まれている。
(こんなん歩道とちゃうやん!)

恵比須町近くの公園は
高いフェンスに囲まれ、夜には扉が施錠されている。
行政の追い出しに従わない公園の野宿者たちのテントは、
「行政代執行」の名の下に強制的に撤去されてきました。
そうしてこんな公園になってしまったのです。
互いに助け合って「生活」してきた野宿者たちの
大事なコミュニティーも、こころの交流の場も破壊されてきたのでした。
そんな野宿者たちを「仲間」と呼び、
こころから寄り添い応援してきた
「野宿者ネットワーク」の人たちを僕は尊敬します。

行政にとっては、
野宿者のいる町並みは不名誉に映るのかもしれません。
でも、野宿せざるを得ない人たちを生み出し続けている
「この社会」こそが、不名誉なのだと思うのです。

〜〜こうして行政が野宿者を邪魔者扱いして、
力ずくで排除し続けている様子を見て育つ子供たちは、
無意識のうちに「野宿者は邪魔者だ」「排除の対象だ」とすりこまれる。
実際、野宿者を襲撃して怪我を負わせた少年たちの多くが
「ホームレスは邪魔者だから退治した」などと話す。〜〜
Nさんからそんな話を聞くと、なんとも言えない気持ちになりました。

野宿者を排除する行政も、それを見習う少年たちも、
ひょっとしたら私たち大人の「無関心」が生み出しているのかもしれません。
僕は長年「無関心」に生きてきました。
何も知らないころは
「ちゃんと働けばいいのに」と思っていたことさえありました。
そんな僕は野宿者と「無関係」だったのではなく、
意識すら向けないことが
彼ら彼女らを否定してしまっていたのかもしれません。

岡真理さん(京都大学大学院教授。専門は現代アラブ文学)
の言葉を思い出します。
〜〜パレスチナから日本に来た人は
路上生活者を見てショックを受けるんです。
こんなに豊かな日本に路上生活者がいるということではなく、
路上で人が暮らしているのに
周りの人が当たり前のように通り過ぎる、その事実に。
あれだけ家屋破壊があるパレスチナで
路上生活している人なんていないんですよ。〜〜

夜回りに参加させてもらう度に、考えさせられます。

★『「ホームレス」と出会う子供たち』というDVDがあります。
とってもおすすめです。
ドネ事務局さんから、会員さんに貸し出しされていると思います。
(送料のみ負担)

「ホームレス」と出会う子供たち↓ 
ttp://class-homeless.sakura.ne.jp/moshikomi2.pdf

15/09/2011(木) 18:43:50


No.9013  飯沼 E-mail
Re: 夜回り〜私たちの無関心 引用
転載、ありがとうございます。
ちょっとバタバタしていて、掲示板に落ち着いて書き込みができないのですが、この祐造さんの日記は皆さんにも読んでほしいと思いました。

15/09/2011(木) 18:58:38

No.9015  祐造
Re: 夜回り〜私たちの無関心 引用
つたない日記を転載してくださり、ありがとうございます。

野宿者ネットワークの方々が夜回りで出会った野宿者数は、この10年ほどは減少し続けていたそうですが、ここ1年間はほぼ横ばい状態で、ここではじめて底を打った可能性があるそうです。(野宿者ネットワークニュース)

格差は広がるばかりなのに、この先消費税率が上がれば、無保険で病院へ行けないひとや、野宿になる人・CENSORED者が増えるのは確実だと思います。

ベーシックインカムを!!って思います。

16/09/2011(金) 02:07:24

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