21日・22日はさきさん・にぃ&ちぃさん・あきら&ひとみさん+みおちゃんと私で、奈良県の天河神社と大神神社に参拝してきました。 21日は天河神社の粗くて重いエネルギーに十分に共鳴できなくて、翌日もう一度参拝しなおしました。 今回の参拝のテーマは、「地上的な死を越えて、新しい喜びの地上界を顕していく」というものでした。 今回もさまざまな計らいに導かれました。 また改めて報告します。
フクシマ原発4号機は昨夜も今夜もかなり大量の煙を出しているようです。 はっきりとは分かりませんが、今夜のものは水蒸気の白煙ではなく黒煙のようです。 黒煙発生の直後のライブ映像は停止しました。 何らかの異変が起きていると思われますが詳細は分かりません。 。。。。。。。。
留守中のご投稿、ありがとうございました。 コメント等は明日以降にできる範囲でさせていただきます。 |
23/05/2011(月) 00:47:02
| No.8503 飯沼 |
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★今日は朝から2号機・4号機が水蒸気を噴き上げているようです。 2号機は建屋の屋根の破損部分からだけでなく、建屋下方の壁の破損部分からも時おりかなりの勢いで水蒸気が吹き出したりもしているようです。 絶えず蒸気が上がって漂っているというのではなく、短い間隔で断続的に蒸気が吹き上がっているという感じです。
★福島の父母の皆さんが「フクシマの子供たちを守れ」という願いをこめて20ミリシーベルトの基準値撤回を求めて東京の文科省前に集まっています。 かなりの人数になっています。
★天河神社は「パワースポット」として有名で、芸能人などにも参拝者が多いそうです。 でも、昨夜も書いたようにエネルギー的にはかなり粗く重いものに感じました。 もともとは修験道の拠点であり、南北朝時代には都を追われた南朝を支えた場でもありました。 修験道は、「山岳地での厳しい修行によって悟りと超自然的能力(いわゆる超能力)を獲得し、それによって人々を救う」というものです。 修験道も天河神社も、7世紀に役小角(えんのおづぬ)によって開かれたと伝えられていますが、修験道の歴史はもう少し古いようです。 私の個人的想像ですが、大和盆地に割拠していた豪族が勢力争いに敗れて山岳地帯に逃れ、復権を目的として超能力を獲得するために修行に励んだのが修験道の元ではないかという気がしています。 南朝も、一時は権力の座に就いた後醍醐天皇が吉野に逃れたところから始まっています。 いずれも、再び現世的な力を得ることを強く願ったのだと思います。
現世的な力・能力を得ることを強く願い、そのために超常的な能力を求めるエネルギーは、粗く重いものであるのは当然です。(もちろん善悪ではありません) その後もそういう念のエネルギーの強い人たちがその場に惹かれて参拝を重ね、粗く重いエネルギーが蓄積されてきたのでしょう。
ある程度予想はしていましたが、予想以上にその場のエネルギーは粗く重いものでした。 6人皆が同じように感じていたようで、普段はそういうことを言わないひとみさんが真っ先に「何、この重苦しさは?」と言うほどでした。 宿に向かう車の中でも、口々にそこのエネルギーの重さや馴染めなかったことを言い合っていました。 「参拝に来た神社のことをここまで言う参拝者も珍しいだろうね」というほどに。
夜、宿で、放射能汚染のことやこれからの日本がどうなっていくのかなどの話をし、今の世の中で力を持っている人たちが人々を救っていくためにほとんど何のしておらず、おそらくはこれからもあてにできないことを話しました。 つまり、弱い立場の人たちや苦しい状況に置き去りにされている人たちに心から共感し何とか手を差し伸べていきたいと願う悠々塾につながる者たちが、表に出て、実際に力を発揮していかなければならない。 そういうグループがほかにもあるならば、やがてはつながってその流れが大きくなっていくのだから、それを信じながら、今は自分たちが表に出て働いていかねばならない。 そのために、自分たちがもっともっと力を獲得していくことを願って。
そういう話になれば、「悠々塾症候群」が発症してそれぞれが引いてしまい、その引き方がみんな同じで笑ってしまうのですが、2年前に克が伝えてきたメッセージをちぃさんが携帯に保存していて、それを読んで、皆もようやく前向きになれました。 さきさんの提案で「明日もう一度、天河神社を参拝しよう」ということになりました。 翌日は前日よりもはるかに天河神社のエネルギーになじむことができ、「新しい喜びの地上界を顕すため」に、ここのエネルギーを自分に得ることを意志しました。
今回は「地上的な死を越えて(人々に喜びと救いをもたらしていく)」ということがテーマでもあり、あきらさんのところの愛犬さくらが2週間あまり前に急死したり、さまざまな「計らい」が準備されていました。 ちぃさんはにぃくんと一緒に、お父さんが奇跡的に回復しているとはいえお父さんの死に向き合いながらの数年間でしたし、さきさんは我が子の陽花ちゃんを失い、私も克の死を経験させられてきました。 それだけではなく、宿泊の予約電話をした時に対応してくれた宿のおじいさんが予約の2日後に急死して初七日とのことで、廊下からは祭壇が見え、小さな集落にある宿のすぐ近くでは別の人のお通夜・葬儀が執り行われていて、地上的な死を意識せずにはいられない設定でした。
08年の秋に6人で伊勢に行ったときには、みさおさんががんの診断を受けたという緊急連絡があり、京都に6人が集まったときにも一昨日も仲間が急に激しく体調を崩しているとの連絡が入って、真剣に6人でエネルギーを共鳴させて送るように計らわれました。 体調が悪くなった人は大変ですが、私たちにとっては共鳴を高めるありがたい機会になりました。
決して誤解してほしくないのですが、6人が悠々塾の中心となって働いていくという意味ではありません。 前にもちょっと書きましたが、それぞれの組が両極といえるほどエネルギー傾向が違います。 それはつまり、6人が共鳴することでほとんど全ての傾向のエネルギーを網羅できるということでもあります。
またまた誤解を避けるために書いておきますが、その違いはもちろん光とかげり・闇(正と邪)というものではありません。 誰かの光が強くて誰かの陰りが強いという意味などでないことは言うまでもないのです。 かげりや闇は文字通り光の影にすぎないのですから、ここで言うエネルギー傾向には光もかげりも関係なく、純粋な意味での質的傾向の違いです。 「受容性」と、「(摂理に沿って生きてもらうための)強制力」という基本ラインでの傾向の違いです。 これは一方だけでは弱点(偏り)にもなりかねないのですが、この異質なエネルギーが共鳴・融合すれば非常に大きな力になります。 6人というのはその組み合わせとして克から指名されたメンバーであって、それだけのことです。 ですから、「あの6人は特別なのだ」というような受け止め方はしないでほしいのです。
まして今はそんなことに意識を向けてエネルギーの無駄遣いをしている時期ではありません。 それぞれの力を高め、仲間同士の共鳴を高めて、今を癒し、今後のさらなる働きに備えていかねばならない時なのです。 |
23/05/2011(月) 15:34:29
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| No.8504 飯沼 |
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山本太郎という俳優さんが、福島の人たちに避難を訴えるビデオを公開しています。 ttp://www.youtube.com/watch?v=F_39VGIPhcU&feature=related |
23/05/2011(月) 16:25:54
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| No.8505 飯沼 |
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☆佐々木さま
悠々塾サイトや「癒しと愛は時空を超えて」に収録されている「霊的法則の基本」から引用して、ご質問にお答えいたします。 。。。。。。
死んだらどうなるのか
目的を持って地上に生まれた皆さんでも、必ず死を迎えます。「死」も「生」と同じように予め決めてくるのです。どのような時期にどのような状況で死を迎えるのかは設定済みです。
「死」とは魂が肉体から離れることを言います。
別の言い方をするならば、(皆さんの)生きる次元が地上から霊界に変わることです。その時に、物質次元の肉体は、地上(物質次元)に脱ぎ去り、霊界へ移行するなかで霊体(魂の体)が残ります。肉体の上の次元のオーラ(感情や理性、つまり心)は消えてなくなるのではなく、霊体の色どりとして共鳴・調和していきます。地上的な感情や理性は学びとして霊体に残る(刻まれる)のです。感情と理性は霊体に融け込むのです。
こうした経過は次で詳しく伝えますが、先に、その流れに乗れなかった場合について伝えましょう。皆さんの言う「成仏できない状態」です。 本来戻るべき霊界に行けない霊が行く先は幽界・暗黒界という世界です。薄暗く重苦しい、沈んだ世界です。誰も自分からそこへ行こうなどとは思いません。それなのに、なぜ暗い世界へ行ってしまうのでしょう。
死とは、心(感情や理性)のオーラが魂(霊体)に融合すること、と伝えました。その前提として、心と魂の共鳴があります。そこでは、心に深いかげりやとらわれがあれば、魂との共鳴は難しくなります。魂に融け入ることができません。地上時代に経験した喜びや幸せ、感謝といった輝きは魂に溶け込むのに、そうでないかげりは浮き上がっていきます。その人全体を見た時、残ってしまうかげりの方が多ければ、次の次元(喜びのみの世界)へは移行できません。たとえかげりを残しながらでも、魂への共鳴が強ければ次の段階へ進めます。 地上に生きていた時に、執着やとらわれが強ければかげりの状態でとどまってしまうのです。 肉体という最も重たいものを脱ぎ、次いで心が軽くなっていく。軽くなるほどに上に上がっていく。そうイメージしてください。重たい“かげりの心”を抱えたままでは、なかなか上がっていけません。その人なりの重さでとどまる、そこが「幽界」なのです。
どこかに幽界・暗黒界という場所があるわけではないのです。その人の抱くかげりで世界ができるのです。皆さんが何かを思い描いている時、そこにひとつの世界ができますね。それと同じです。自分のかげりが作り出した世界が幽界です。すでに同じようなかげりの世界は無数にありますから、同じものどうしが一緒になり、ひとつの世界ができます。 悲しみ、寂しさ、妬み、肉欲、金銭欲、高慢、攻撃、恨み、自責・・・。地上の人間が抱く全てのかげりに対応する世界がそこにはあります。 かげりの心のみで生きる世界ですから、愛情に根ざした心はありません。だから暗く、重苦しいのです。
本来戻るはずの霊界は、地上と比べてより細やかな次元の世界です。しかし幽界の次元は、地上よりやや粗い次元の世界です。そして、今地上に生きる皆さんは、喜びだけ心で生きることはできていません。絶えず何かしらのかげりが心に生じます。
幽界の霊も、地上の人間も「心」で生きているのは同じ。地上の人間が抱くかげりと幽界のかげりは同じものです。同じかげりがつながれば、その世界(幽界)の影響を受けます。
今の地上界にある喜び以外の“かげり”。愛情とは対極の要素です。 不正、偽り、ごまかし、偏見、差別、独占、支配、抑圧、暴力、不公平・・・。 社会にたくさんのかげりがあるのと同様に、人間の心にも多くのかげりの種はあります。 (以下は略します) 。。。。。。。。。。
幽界という境涯は、これらのかげりにとらわれている状態であり、暗黒界という境涯はそういうかげりの世界に生き続けることを自分の意志で選択した者たちの世界です。
同じ内容のかげりでも、(できるならば抜け出したいと思いながら)自分でも苦しみながらかげりの状態に囚われてしまっているのと、その状態に留まりつづけることを自分で意志して選択するのでは、意味合いもエネルギーもずいぶん違ってきます。
それは地上に生きていても、地上的な死後であっても同じです。 幽界や暗黒界というのは、死後限定の世界ではなく、地上に生きながら幽界に生きる人もいれば、暗黒界に生きている人もいるのです。
しかし、地上はさまざまな意識(心)の状態の人たちが生きる場ですから、光の心で生きる人たちの影響でかげりや闇から脱する機会に恵まれることも少なくありません。 残念なことに、自分のかげりを照らされた光が眩しくて、さらにかげりを深めて闇を選択してしまう人も少なくないのですが。
死後の世界は基本的には同じような意識の段階の者たちごとの社会で生きることになるので、幽界や暗黒界から抜け出ることが難しくなるのです。 それもまた埋め合わせのひとつでもあるのでしょう。
「ベールの彼方の生活」には、暗黒界の者たちが、死後順調に学びを進めているであろうかつての知人たちの悪口を言い合う場面が語られています。 自らのかげりにつまづいて闇を選択してしまった者たちは、光の道を進む者たちの悪口を言って貶めなければいられなくなるものなのかもしれません。
相手のためを思うならば、直接的に指摘してあげるか、言っても相手が受け入れられない状態であればその人が気づくように祈ってあげるか、少なくともその人が気づいてくれることを願うものなのですが。 自分勝手な気持ちで、悪口しか言えない状態がすでに幽界・暗黒界に堕ちてしまっているということなのでしょう。 |
23/05/2011(月) 21:26:54
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| No.8506 飯沼 |
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フクシマ原発4号機の煙は今のところ激しくなっていないようです。 1号機のサプレッションチェンバー(格納容器下部の圧力抑制室)の放射線量が、22日に急上昇しました。 毎時196シーベルトというとんでもない線量です。 7シーベルトが、100%致死ラインです。 23日には33シーベルトに下がっていますが、計器故障でなければ何か異変が起きているのだと思います。 というか、すでに大異変の真っただ中なのですが、さらに事態が悪化する可能性は十分にあります。
1号機は4月8日に、圧力容器下部の放射線量が100シーベルトに急上昇しました。 その時は計器の故障とのことでしたが、それは怪しいと思います。
1号機の燃料がメルトダウンしているのは確実で、今回は圧力容器底部よりもさらに下方にある、格納容器下方のサプレッションチェンバーの放射線の急上昇です。 溶融した燃料がサプレッションチェンバーに落下して、外に流れ出始めているのかもしれません。 あるいは、サプレッションチェンバーあたりに落ちた燃料が一時的に小臨界した可能性もあるでしょう。
25日ぐらいまでは、北海道を除いて全国的に放射能が拡散する風向きだそうです。 子供たちや若い人たちは雨に濡れたりしないように、十分に注意してください。
放射能の拡散予報や、個人的にガイガーカウンターで計測した数値がネットで公表されたりもしているので、それらを参考にしながら上手に生活していってくださいよ。 |
23/05/2011(月) 21:54:27
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| No.8507 飯沼 |
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やっぱり変ですね!
1号機のサプレッションチェンバー下部の放射線量、23日は33シーベルトに下がったと書きましたが、今もう一度見たら23日の値が201シーベルトに訂正されていました。 20分ぐらい前には確かに33,1シーベルトと記載されていたのです。
この放射線量が間違いないのなら、やはり何かとんでもないことが起きている可能性があります。 くれぐれも注意してください。 |
23/05/2011(月) 22:11:05
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| No.8508 みさお |
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山本太郎さんのビデオ見ました。
よくぞ言ってくれたと思います。
また書き込みさせて頂きます。 |
23/05/2011(月) 22:42:51
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| No.8509 ひろこ |
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先ほどのニュースで2号機3号機もメルトダウンしているのを 明日発表するというと言っていました。
ため息ばかりですが、気持ちを切り換えて 今日もお祈りして寝ます。 |
24/05/2011(火) 00:10:15
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| No.8510 People |
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福島4号地震で傾斜崩壊危機! 1.2.3号燃料容器漏!ガンダーセン(日本語字幕)
○ttp://www.youtube.com/watch?v=YA3xDz0ZfZo&feature=player_embedded#at=690 |
24/05/2011(火) 00:38:41
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| No.8511 さき |
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ぬまさん、 物質に対する心の優位性の確立すること、地上的な死の意味を知ること。それを越えて何があっても大丈夫ということを伝えていくこと。知識としてではなく実践していくこと。 愛は時空を・・で提示されたのはまさに霊的真理そのもので。悠々塾の集大成みたいでした。
天河神社で感じたことです。 これからこの悠々塾の集大成を働きとして実践して行く時に、あと最後のブレーキが「悠々塾症候群」かもしれません。 自分の至らなさや自分の嫌なところを知るからこそ、「私なんかが」と引いてしまう。自分が前に出たらまるで悪いことをしたみたいに感じる方が多いです。 天河神社に行った夜に、自分たちがやるしかないという話になったら、あきらさん、ひとみさん、ちぃさんの様子が同じように変になってみんな「私?」って顔をしてました。あまりに同じ様子なので可笑しくて笑ってしまいました。 この場につながる多くの皆さんが同じ傾向を持っていると思います。 誰かがやってくれる、そんな誰かがいるんだったらいいけど、いません。 じゃあどうするのか、です。 (不十分であっても)私がやるしかない、と思えるのかどうか。 そう思ったところで何ができるかわかりません。けどそう思うところからしか、そう意志することからしか、何もはじまりません。
私も最初は悠々塾の定例会でぬまさんの隣に座ることにもなれませんでした。落ち着かなくて、何で自分がここにいるんだろうと逃げたくなる気持ちもありました。けどだんだん変わってきた自分がいます。皆さんに支えてもらい皆さんに成長させてもらってきたと思います。本当にありがたいです。 人は変わります。生きることは意志することです。 意志することが別の自分、別の現実を顕します。 エーチャンが書いてくださっていたように、どんな闇を抱えた自分であれ祝福を受けているのだと思ってほしいです。 ダメな自分、嫌な自分もあるけれど、そこに気持ちを引きずられずに、皆さんに「私がやるんだ」と意志して欲しいです。 (自分自身にも言い聞かせながらやってます。) |
24/05/2011(火) 14:37:03
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