一応書けたので、はじめから掲載しておきます。 まだ手を入れると思います。 ご意見等、よろしくお願いいたします。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。
★「新しい私たちの国・日本へ」(仮タイトル)
まえがき
「私たちは何か大事なところで道を間違えてきたのではないか?」 「国も社会も出直さなければ、もっとひどいことが起きるような気がする」
今、こういう言葉があちらこちらから聞こえてくる。 多くの人々が、まだ漠然とではあれ、そう思い始めている。 東日本大震災の被害の凄まじさに涙し、フクシマ原発の事態に恐怖と不安に押し潰されそうになりながら、国民は政治や社会に変化を求め、自らも変化しなければならないと思い始めている。 この国も自分たちも、このままではやっていけないのではないか、と。
東日本大震災やフクシマ原発の崩壊は、それほどまでに大きな衝撃だった。 東日本大震災で私たちは掛け替えのない多くのものを失ってしまった。 3万人に近い死者・行方不明者一人ひとりに名前があり、生活があり、家族やつながる人たちがいて、その人の声があって笑顔があった。 流され破壊された建物や船や機械は数さえ知れず、豊かな農地は塩水に浸かった。 埋立地は元の海に戻り、地形すらも変わった中で今はまだ復興の目処さえ立たない。
フクシマ原発の崩壊は現在も継続している。 短期的にも長期的にも、どれほど甚大な被害になるのか誰にも分からない。 どれほどの人命を危険にさらし、海や土や水や空気をどれだけ汚染してしまうのかも分からない状況が続いている。
私たちがすでに失ったもの、これから失うかもしれないものも計り知れない。 しかし、未曾有の大災害による失意とフクシマ原発崩壊の不安の中にあって、私たちに残されているものは絶望だけではない。 私たちは確かなものも見つけ始めているのだ。 確かなものとは、何よりも人と人との心のつながりであり、分かちあい・支えあい・補いあいの心に根ざした人間同士の生きる姿である。
今回の東日本大震災においても、阪神大震災においても、あれだけの大混乱でありながら略奪行為も暴力行為もなく、極めて困難な状況の中で被災者自身が助けあっている日本人の姿は、世界中に驚きと感動を与えたという。 被災を免れた人たちの多くも、すぐさま今の自分にできることを見つけて、積極的に支援に動いた。 「少しでも役に立てるのなら」と、自分の持っているものを惜しげもなく提供した。
日本という国に暮らす人々の素晴らしさこそが、何よりも確かなものである。 そういう人間の心を豊かに自由に開花させることで、私たちは未曾有の危機を乗り越え、世界に先駆けて「新しい人間の国・日本」を再生させることができるのだ。
私たちが見つけた確かなものはそれだけではない。 人間のスケールをはるかに超越している大自然の営みの全てを、人間には見定めることなどできないことを再確認させられた。 これからの私たちは、人間だけの都合を押し通そうとするのではなく、自然そのものや自然界の生命たちとも共生できる社会の仕組みを取り戻していかねばならない。 それは自然との共生のみならず、自分(たち)だけの利益や都合を押し通す「強い者勝ち・弱肉強食」の悪しき競争社会からの卒業でもある。 熾烈な競争を勝ち抜きながらの経済発展よりも、国民の皆がごく普通に生きていける本当の意味で豊かで確かな社会を作るのだ。
思い返せば、私たちは「お金の論理・お金の権威」に人生を振り回されすぎてきた。 いざとなれば最も信頼できるのはお金や財産ではない。 社会的地位や学歴や知識の多さでもない。 人としての心こそが、最も信頼できるものなのだ。
地震国でありながら、巨大地震や巨大津波を「想定外」として、原発の安全神話を吹聴するような愚かで傲慢な科学であってはならない。 科学者は真理の探究により、すべからく皆の喜びと幸せに貢献すべきであって、利権に群がるような者であってはならない。 政治家は、世界の調和というスケールの中で、ただひたすらにその国の人々の幸せのために働くものであって、自らの権力欲や利権や名誉欲を優先するような者はふさわしくない。 メディアは権力におもねることなく、事実に基づいた情報を提供し、真実を掘り下げて国民に示すのが使命であり、権力による情報操作に加担してはならない。 教育は、知識と共に人間としての豊かな心を育む大事な役割を担っている。 知識偏重教育、管理主義的教育の弊害が今の日本を覆いつくしているかのようだ。 首相や閣僚を筆頭として、もちろん例外はあるのだろうが政治家や官僚や大企業の幹部やメディアの記者に至るまで、人間力が貧弱すぎるのだ。 医学・医療は、人間の体を部品のように扱うのではなく、肉体と心は不可分であることを前提に、ミトコンドリアを含む数千兆〜数京個もの体内微生物と人間の心の関連性を解明していく時期を迎えている。 心のエネルギーによって難病が治癒する事例が少なからずあるというのは、紛れもない事実なのだから。
これからの日本の農業も科学技術も医療も、微生物との共生を抜きにしては成り立たないと思う。 広島や長崎でも、微生物による発酵食品を感謝と共にいただくことによって、被曝障害が発現しなかったという報告がある。 フクシマ原発から排出された放射能の被害者は決して少なくない。 私たちの国・日本はその人たちが不安を払拭できるよう、あらゆる可能性を追求し、努力を重ねる責任がある。
日本は変わらねばならない。 国も社会も私たちも「出直し、生き直し」を求められているように思う。 今、私たちは格差や貧困に喘ぐ人たちや使い捨てにされていく人たちを見て見ぬふりをしながら我が身を守り、経済動物として値踏みされ、心を縮めて生きねばならなかった弱肉強食のあの日本に戻すことを願っているのだろうか? 1年間で3万人以上もの人が自死に追いやられ続けた13年間を、まだ延長するのだろうか? 「人として優しく正しく、皆も自分も幸せに」という心と願いを形にしていけば、「私たちの国・日本」は必ず豊かな再生を果たすに違いない。 今、私たちがどちらを選び、その実現のために何を言い、どう動いていくのかが問われているのだ。 この国が滅んでいくのか、「新しい喜びの国・日本」として甦るのか、私たちは今その岐路に立っている。
「政権交代」がかねてからの諸問題の重さをどうにもできないことが分かってしまった頃、東日本大震災・フクシマ原発の崩壊の非常事態がもたらされた。 しかし、こうなるずっと前から当たり前の日常を失い、さまざまな形で非常事態に晒されながら、政治から見捨てられてきた人たちは数千万人もいるのだ。
国の土台である国土そのものが激しく揺さぶられ、やがて火まで噴き上げそうな今こそ、画期的・根源的でしかも確実に有効な施策を講じなければならない。 早急にベーシックインカム制度(基本所得保障・生活手当)を導入し、全ての人が最低限の生活をしていけるようになるところから震災・原発の被災地も復興が始まり、私たちの国・日本も真の再生を果たしていくのだ。 |
16/04/2011(土) 00:43:51
| No.8315 飯沼 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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◆日本の社会も人も重く疲れている
東日本大震災・フクシマ原発の崩壊以前から、私たちの国はいくつもの問題を抱えていた。 労働者の所得はこの10年間で大幅な減少を続け、庶民の多くはただ暮らしていくことに追われ、社会は明らかに疲弊していた。 ワーキングプアといわれ、働いているのに生活保護費以下の収入に留まる人たちは1000万人を超えている。 相対的貧困率は2006年の時点で15,7%。 先進国では最悪レベルだった。 その後の現在に至るまで、格差・貧困が改善されたという実感はなく、むしろ悪化の一途をたどっている。 年金制度や社会保障への不信から、中間所得層までもが消費を控えて老後のための貯蓄に回し、経済社会の血液である金銭は健やかな流れを阻害されてしまっている。 近代国家においては「富の再配分」の役割を担うはずの税制も、日本ではその機能を失い、OECDからの指摘を受けても、政府は改善しようともしない。 一抹の不安を感じながらも「国民の生活が第一」の政治を期待して、国民は政権交代を選択したが、鳩山政権は理想の高さと人柄の良さは新鮮だったにしてもかなり国民をがっかりさせた。 菅政権は、既得権を手放そうとしない官僚などの勢力に取り込まれたのか、いともあっさりと国民を裏切った。 福島原発崩壊への対応はあらゆる面においてあまりにもお粗末であり、政府はすでに存在意義を失っている。
しかし、私たちが目の当たりにしたのは内閣の無能だけではない。 その後に隠然と居を構えている、個々の国民の人生や心情などとは掛け離れたところで硬直化した、巨大な官僚機構の姿が浮き上がってきたのだ。 彼らは電量会社や金融機関などをはじめとするあらゆる巨大企業に天下りし、影響力を行使して便宜を図り、お互いに有形無形の見返りを受けながら、巨大な利権集団を築いてきたに違いない。 善良な国民の生き血を吸いながら、庶民の苦しさなどにはお構いなしに、その利権勢力は成長を続けてきたのだろう。 福島原発崩壊による国民的危機の真っ只中における政治家や官僚や巨大企業・東電の態度・対応を見て、それを再確認させられた。 しかし、この国難の時代、もうそれは終わりにせねばならない。 明治維新以降の150年近くにわたって築き続けられてきた利権的官僚機構を解体し、彼らに「国民のために働く真っ当な公務員」の道を進んでもらわなくてはならない。 本心ではそれへの回帰を願っている官僚が大勢いることを信じよう。
まずは、本当に国民の生活を第一にする一定数以上の政治家たちが勇気を奮って声を上げ、国民を信じて行動に移すことだ。 政治への不信は根深いとはいえ、国民の多くが「国民の生活を第一」の政治を願っていないはずがないのだ。 なぜならば、国民の多くは暮らしに追われ、格差に苛立ち、将来への不安に怯えているのだから。 長年にわたって、社会全体が疲弊してしまっているのだから。 その上に、東日本大震災と福島原発崩壊の惨事が覆いかぶさっているのだ。 政治家が我が身を捨てて国民のために行動すれば、それを支持する国民は決して少なくない。 この危機にあっても政治家が何の変化も見せず、相変わらずの永田町の論理でしか動かないならば、いかに従順に飼いならされた日本人でもいつまでも黙っているとは限らない。 幸か不幸か、今の時代は組織に属さずフリーな立場の国民が数多くいるのだ。 その人たちの多くは、政治に守られることもなく、今の世の実態を骨身にしみて味わってきた人たちだ。 政治家や官僚や大企業がいつまでも己の利権と立場の確保に執着しているなら、突き上げてくるマグマの圧迫に耐えかねた山々が火を噴き始めたとしても、「想定外」の事態ではないだろう。
◆まず何よりも、ベーシックインカム導入を!
「ベーシックインカム制度」とは、「全ての人に無条件で、政府が一定額の基本所得を支給する」という制度のことだ。 「恒久的な生活手当」と言ったほうが分かりやすいかもしれない。 大震災や原発崩壊の被害者だけでなく、格差や貧困でズタズタになってしまった今の世の中を、全ての人が最低限の生活をしていけるような社会に作り変えていくのだ。 ベーシックインカム制度が実現すれば、働いている人にも働いていない人にも、収入の多い人にも少ない人にも、老若男女を問わず、全ての人に一律に無条件に最低限の生活を支える基本所得が保証される。 研究者によって、月額5〜8万円程度の支給額が試算されている。 早急に、一人当たり月額5〜8万円程度のベーシックインカムを恒久的に支給する制度の実施について検討を始める必要がある。 一定期間は被災した県の住民には月額8万円、それ以外の都道府県民には月額5万円というような配慮も考えねばならない。
今回の震災や原発崩壊の被害は甚大だ。 福島原発の後始末と原発破綻による賠償費だけでも、数十兆円を要するだろう。 直接の被害を受けていなくても、その影響による二次被害・三次被害によって生活を破壊される人たちは非常に多い。 複雑多岐にわたるそれらの被害を、政府や行政が網羅して把握することなど不可能だ。 被災者・被害者に該当するかどうか、線引きして仕分けすることなどできないのだ。 被災者・被害者に支援や賠償をするのは当然であるが、そこで不公平感が生じれば、国民の心に亀裂が入ってしまう。 この国難の折、国民の心が分断されてしまえば日本の再生はできない。 何よりも大事なことは、この国に生きる全ての人々が心を合わせて日本を再生していくことだ。
財源の問題は当然ある。 しかし、研究者の試算によれば、所得税を一律45%にすれば、全国民一人当たり月額7万円のベーシックインカムが支給できる。 それでも夫婦と子供2人の世帯の場合、年収1000万円以下の世帯では増収になるとのことだ。 まさに、日本の税制が富の再分配機能を回復するのだ。 強い者勝ちの世の中が、分かちあいの社会に移行するのだ。 ベーシックインカムはいくつもの社会保障制度を統合できるので、行政経費が軽減される。 しかし、ベーシックインカムを基礎としながらも必要な社会福祉保障は継続しなければならない。 ベーシックインカムでカバーできない部分をていねいにフォローしてこそ、ベーシックインカム制度の理念は実現されるのだ。 ベーシックインカムとは別立てでの被災者への支援、原発の被害者への補償・賠償は当然である。 全ての人の存在を尊重し、皆が胸を張って生きていける社会構築のためのベーシックインカム制度を、社会的弱者の切捨てに悪用してはならない。
ベーシックインカムによって所得減になる高額所得者はサラリーマンではなく経営者の側の人たちが多い。 ベーシックインカムによって企業の失業保険の負担なども軽減され、経営者の給与を引き上げることも可能だろう。 デフレも解消して企業の利益も増えるのだから、そうしたいのなら所得税分ぐらいの補填はできるはずだ。 高額所得者はベーシックインカムによって損をするのではなく、今まで優遇されてきた分を社会に還元すると理解すればよいのだと思う。 この国難の時期に、高額な所得税を不満として外国に移住する高額所得者がいれば、それは日本にとって損失ではなく、幸いである。 そんな強欲な有力者などこれからの日本には不要であり、残った者たちが手を携えて、この国を立派に再生していくだけのことだ。
もちろんベーシックインカムの財源は所得税に限定する必要はない。 日銀券とは別に政府通貨(公共通貨)を発行するという方法もある。 ヨーロッパなどはユーロとその国の通貨の二種類のお金が流通している。 政府通貨の発行は貿易や投機マネーと、実際に国民の生活に使うお金を分離するという意味でも興味深いのだが、それらは今後の専門家の検討に委ねたい。
そもそも、15年ほど前から国債の発行が急激に増加し、今では国と地方を合わせた借金総額は1100兆円を超えている。 国民一人当たり860万円以上もの負債を抱えている計算になる。 にもかかわらず国民の大多数の収入は減り続け、庶民のほとんどは生活が苦しくなっている。 こんなおかしな話があってよいはずがない。 今までの日本が間違っていたことは明らかだ。
1980年頃に比べて日本のGNPは約2倍に「成長」している。 しかし、税収は消費税分を除外すればほとんど増えていないのだ。 高所得者層や企業は何十年も減税の恩恵を受けてきた。 1980年には14兆円余りだった国債発行額が2010年には160兆円を超えている。 国債を購入するのは経済的に余裕のある層の人々だろう。 国債を購入すれば利息が得られる。 その利息は国家予算の支出に組み入れられ、国民の皆で負担する仕組みだ。 これでは庶民の暮らしが苦しくなるのも当然である。
意図的であったかどうかは問わないにしても、ここまで国の財政を悪化させ、国民を追い詰める失政を繰り返してきた政・官・財界の人たちが、「ベーシックインカムは財政的に難しい」などと言う資格はない。 国の富を循環させ、皆の幸せのために使ってこそ、本当の意味での豊かな国になるのだ。 これから私たちが再生させようとする日本は、そういう国であってほしい。 それは圧倒的多数の国民の願いであるはずだ。 その実現のためには今までの枠や概念に囚われず、スピーディにシンプルにストレートに、この国に生きる全ての人間が健康で文化的な生活を継続していけるような制度を導入するのだ。 今ならば国民の支持によってベーシックインカム制度を導入できるし、今こそベーシックインカム導入が必要なのだ。 |
16/04/2011(土) 00:45:40
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| No.8316 飯沼 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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◆ベーシックインカムが導入されたら、どんなことができるのか
まず、震災被災者や原発の被害者の方々の生活や人生再建の経済的基礎となる。 被災地では会社や工場も甚大な被害を受けた。 ベーシックインカムがあれば従業員を解雇せずに、会社や工場の再建をしていける。 ベーシックインカムの財源を増税した所得税でまかなうのであれば、被災者の所得税を減免すれば生活再建はさらに進む。 被災地に行ってボランティアをしたいと思っている人たちも少なくない。 復興には何年もの年月を要するだろう。 ベーシックインカムがあれば、ボランティアに行きやすくなるのは当然だ。 自分はボランティアに行けない人でも、ベーシックインカムによって所得が増えれば、ボランティアに行く人への経済的支援がしやすくなるだろう。 あるいは、増えた所得の一部を寄付して、継続的に被災地の復興支援を続けることもできる。
研究者の試算では、所得税45%で一人あたり月額7万円のベーシックインカム制度が導入されれば、月額年収400万円の世帯(妻は専業主婦・子供一人)の場合、500万円程度の年収になる。 同じ条件で年収300万円の所帯なら約400万円になるのだ。 ほとんど全ての人が今の生活苦から解放され、気持ちさえあれば収入の一部を支援にまわせるだろう。
ベーシックインカムが及ぼす効果は被災地支援だけではない。 年老いた親の介護をしたいが仕事を辞められないという人も、せめて子育て期間中は子供と一緒に過ごしたいが仕事をしなければ生活ができないという人も、それが可能になるのだ。 農林水産業に就きたい人たちも、安心して踏み出せるだろう。 芸術や文化的な活動もしやすくなり、独自の研究に打ち込むこともできる。 利益や営利を中心にしない、心を込めた手作りの店も出しやすくなるだろう。 それら全ては、稼ぎ出す金銭は多くはないかもしれないが国の礎を守り、社会を豊かにし、人と人とのつながりを生み出していく掛け替えのない働きをなしていくのだ。
ベーシックインカムなどが導入されれば働かなくなる人が増えて社会が衰退するという反対意見もある。 しかし、ベーシックインカムが支給されてもそれは最低限の生活保障にすぎず、ほとんどの人は何らかの仕事を続けるだろう。 しかも今の日本には働きたくても仕事がない人たちが何百万人もいて、働いていても生活が成り立たない人たちも何百万人もいるのだ。 人間性を無視するような競争社会で傷つき、心身を病む人たちも何百万人もいる。 すでに今までの経済原理では人間も社会も疲れ果て、限界に達していたのだ。 ベーシックインカム導入のデメリットよりもメリットのほうがはるかに大きい。 |
16/04/2011(土) 00:47:17
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| No.8317 飯沼 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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◆自然エネルギーの活用で、脱原発・脱化石燃料の日本を
東日本大震災と福島原発の破綻は、今までよりもさらに日本の国力を弱体化させる。 ただでさえ衰退の一途をたどっていた日本に未曾有の天災と人災が降りかかってきたのだ。 円の価値が下落すれば、さらに日本の経済は混乱する。 アメリカの財政事情も極めて厳しく、危惧されているようにドルが破綻すれば、日本の経済も奈落の底に転がり落ちるのは確実だ。 震災と原発破綻の影響は甚大であり、日本の輸出は今までのようにはいかない。 国の経済力が減退すれば、輸入も大きく制約される。 長年にわたって日本は食糧やエネルギー資源などを輸入に依存してきたが、早急に自給と内需を軸に据えたビジョンを打ち立て、実行に移さねばならない。 これ以上国力を落とさないために、国民の生活を守るために、これは極めて緊急性のある課題だ。
日本は、化石燃料のほとんどを輸入に依存し、年間輸入総額は25兆円にのぼる。 輸入総額の30%が化石燃料なのだ。 当然のことながら、亡国の危険をはらむ原発はもうやめねばならない。 最初から分かっていたことではあるが、原発がいかに危険で効率の悪いシステムであるか、私たちは思い知らされたのだから。 廃炉の技術すら確立しておらず、できたとしても作業員の大量被曝と膨大な費用が伴うのだ。 しかも使用済み燃料や廃棄物は半永久的に密閉保管しなければならず、日本ではその場所すら当てがないのが実情なのだ。 原発そのものの危険性の議論は棚上げにしても、地震大国である日本に原発は無理であることは明らかだ。 大いなる自然の営みを、人間の勝手な都合で「想定」することなどしてはならないのだし、できるはずがない。 現在進行中の大惨事に学ぼうとしないことは、まさに亡国の愚である。 原発利権に群がってきた政・官・財・学の面々の責任は極めて大きく、心からの反省と謝罪をしないのであれば、彼らに今後の日本の道筋を語る資格はない。 「危険性を指摘されていたにもかかわらず、コストが掛かるから安全対策をしなかった」というのは、犯罪行為そのものである。 新しい日本は、決してそのような恥知らずで残酷な国であってはならないのだ。
これから私たちは、日本ならではの条件と特性とを生かし、自然や他の生命たちとの共生・共存のなかで、全ての人間が尊重される、分かちあいと支えあい・補いあいの社会を作り上げていくのだ。 原発はもちろんのこと、化石燃料への過剰依存から脱却して、創意工夫によってさまざまな自然エネルギーを活用していく時期を迎えている。 利権集団の圧力を廃したうえで、政・官・財・学が本気になって知恵と技術を結集すれば、それは実現するはずだ。 洋上風力発電などをはじめ、安全で有効な技術はすでにいくつも提示されている。 日本と同じ島国のイギリスでは、10年以内に総電力の30%を洋上風力発電で賄う計画を実施しているのだ。 私たちの国は、使い捨ての浪費社会から再生可能な循環型社会に変貌していかねばならない。
再生可能な循環型社会への移行は、震災復興や原発崩壊による被害の補償や原発そのものの後始末によって、経済力を落とさざるを得ない日本にとっての至上命題でもある。 日本の輸入総額の30%は化石燃料が占めている。 その割合は世界的な需要の増大や投機行為による原油の値上がりによって、さらに上昇していくと考えられる。 実際に、10年ほど前には化石燃料の輸入額は5兆円だったが、2009年は23兆円だ。 日本の穀物輸入総額が1兆円程度なので、23兆円はいかにも大きな輸入額だ。 日本の国力の衰退やアメリカの経済事情によって、円の価値が激しく下落する可能性もある。 いずれにしても化石燃料の大量輸入は、日本にとってさらなる重石になっていくだろう。 資源エネルギー庁の資料によれば、1980年頃と比べて日本のエネルギー消費量は約2倍に増加している。 しかし、工場などの産業部門で消費されるエネルギーはほとんど増えていない。 家庭や事務所・店舗などの民生部門での消費と、自動車や鉄道・航空機などの運輸部門がそれぞれ2倍程度増えた結果である。 つまり、工業部門を削減しなくても、家庭や店舗での省エネと地産地消的な取り組みによって化石燃料の輸入をかなり減らしていけるのだ。
地産地消というのは農産物に限ったことではない。 石炭の80%のエネルギーを有する木炭や、さまざまな有機素材を原料にしてバイオエネルギーの生産・消費のシステムは作っていけるのだ。 大都市集中型の社会や経済から、それぞれの地方の特性を生かした地方分散型の社会・経済への移行は日本再生の必須条件である。 それに伴い、中央集権的な官僚政治も巨大な利権集団も弱体化し、解体されていくだろう。 とはいえ、中央の政治が無策なままでは地方分散型の社会・経済への移行はできない。 大都市に集中している人たちが地方に移住できるような条件・環境を整えてこそ、それは実現するのだ。 そのためにも、ベーシックインカム制度の早急な実現が必要なのである。 |
16/04/2011(土) 00:48:17
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| No.8318 飯沼 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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◆被曝被害の防止・軽減と、心身の健康のために微生物の研究・導入を
福島原発からの放射能放出はいつ収束するかも分からない状態が続いている。 事故発生当初からレベル7の事態であったにもかかわらず、事態の深刻さを隠蔽し続けた政府・東電の責任は極めて重い。 隠蔽に関わった者たちは全て厳重に処罰されることは当然である。 責任の追及とは別に私たちは、被曝した人たちの健康被害を防ぎ軽減するためのありとあらゆる方策を考え、提示していく必要がある。
微生物は強い放射能のなかにあっても生きることができ、放射性物質を安定した物質に変える働きがあることがアメリカのNASAによって明らかにされているという。 広島・長崎の原爆投下地域が数十年以上も草1本生えない不毛の地になるとの予測を覆し、非常に早く浄化されたのも土壌中の微生物の働きによると言われている。 さらに、広島・長崎で強い被曝を受けたにもかかわらず、生酒や生味噌などの発酵食品を摂取していた人たちのなかには、被曝障害を発症しなかったケースもあると伝えられている。
地球上には無数の種類の微生物が生息している。 人間の体内にも、主に腸内に100種類以上、100兆個以上の微生物が生息している。 そこには善玉菌と悪玉菌がいるが、ほとんどはその時の状況次第でどちらにも組みする「日和見菌」であるといわれている。 とすれば、善玉・悪玉という問題ではなく、人間と微生物の健やかな共生の度合いが鍵を握っていると考えられる。 微生物たちの生態や働きなどは未解明の部分が多い。 微生物は放射性物質を安定させたり、放射線によって傷ついた体細胞のDNAの修復に関わる酵素を産出する働きがあるのかもしれない。
人間の1個の細胞中にはミトコンドリアという「微生物」が数百〜数千個も生息している。 人間の体細胞は約60兆個といわれているので、ミトコンドリアの総数は天文学的な数字になる。 人体とは、ミトコンドリアを含む極めて多様な微生物の集合体であるともいえるのだ。 ミトコンドリアは、人間が呼吸によって取り入れた血中酸素を使ってグルコース(ブドウ糖)を分解し、エネルギーを産出する「細胞内のエネルギー工場」と説明されてきた。 研究が進み、最近では「細胞分裂の司令塔」としての働きも解明されてきた。 放射線によって細胞のDNAが傷つけられることから放射線障害は始まる。 であるならば、腸内細菌などの体内微生物相の調和・活性化や細胞内微生物ともいえるミトコンドリアの活性化は、放射線障害の予防や改善につながるはずだ。
最近では医学者からも、腸内微生物やミトコンドリアの活性化の重要性が提示されている。 「ストレスによってミトコンドリアの活動が阻害される」という見解もある。(安保徹新潟大学大学院教授) 今、本当の意味での先進的な医師や医学者によって、心と肉体が相互に密接につながっていることが解明されつつあり、その説は私たちの生活実感とも符合するので多くの人々に支持されている。
◆心こそが人間の本質、生命は心でつながっている
私たちは今、「心のエネルギー」というものの実在を認めていくべき時期を迎えているのだ。 そしてそれが、肉体や他の生命に影響を及ぼし、作用するという事実を素直に認める時期を迎えているのではないだろうか。 「心のエネルギー」などと言えば、科学者を自認する方々からは嘲笑を受けるかもしれない。 しかし、ひとたび事が起きれば制御不能に陥る核エネルギーを「制御可能」と思い込み、大いなる自然の営みのスケールを人間の勝手な都合で「想定」し、「日本の原発は絶対に安全だ」という非科学的な妄言を吹聴してきた科学者たちには何をも嘲笑する資格などあろうはずがない。 日本に原発を建設することを看過してきた科学者の方々も、「分かった者」として上からモノを言う資格はないのだ。 ましてや今の科学や医学では放射線障害を防ぐことも、改善させることもできないのだから、「心のエネルギー」であれ何であれ、被曝した人たちに役立ちそうなことは総動員するのが当たり前ではないか。
私の経験からは、ミトコンドリアを含む微生物たちが人間の想念・心のエネルギーに反応することは間違いない。 「心のエネルギー」を軸として、ミトコンドリアや微生物やその集合体である人間の病などに関われば、非常に興味深いことに気づかされる。 彼らは私たち人間の想念・心のエネルギーを感じ取り、人間の健やかさを回復・増進化したり、逆に人間にとっては不都合な傾向を深めたりもするのだ。 人間の発する想念エネルギーが、微生物たちにとって喜びとなるものであるかどうかが、結果的に人間の健やかさや心地よさを左右するということだ。
自然界にも体内にも、人間にとって好都合な発酵菌もいれば、不都合な腐敗菌も病原菌棲息している。 特定の発酵菌を培養して発酵食品を作ろうとしても、失敗して腐敗菌が繁殖してしまうこともある。 しかし、普通ならば数日で腐敗するはずのものでも、人間が微生物たちの喜びになる想念エネルギーを注げば腐敗せずに発酵し、その状態が極めて長期間維持されるのだ。 たとえば、塩素を抜いた水にご飯を沈め、空気を遮断せずに置いておくと、10日もすれば腐敗してくるだろう。 同じ条件で作った同じものに、微生物を意識して「分け隔てのない無条件の感謝と祝福の想念エネルギー」を注げば、1年が経過しても腐敗せず、芳香を漂わせ、穏やかな発酵状態を維持してくれるのだ。 ただし、「自分(人間)にとって都合のよい結果を得ようとする想念」が混じりこめば、腐敗に転じるのが早くなる。 この事実から私たちはとても大事なことに気づかされる。
共生とは強制ではない。 人間(自分)にとって都合のよい状況を作るために、相手を善玉・悪玉・日和見・病原菌などと選別して、悪玉の力を削いで排除し、善玉には評価と力を与えて日和見をも取り込もうとすることは共生ではなく強制なのだ。 自分の思い通りにしようとすることなのだ。 肉眼には見えず名もなき微生物といえども、一個の生命である。 ミトコンドリアを含む、生命である微生物たちが何京個、何十京個と複合的につながりあって私たちの体は成り立っている。 それら微生物たちに、自分の都合・不都合を超えて分け隔てなく、「存在している生命に対しての無条件の尊重や感謝や祝福の心」を向けることで、彼らも健やかに活動でき、調和に満ちた環境が整備されるのだ。 それは結果的に、人間の体を健やかにしてくれる。 言うまでもないが、そういう想念を最も小さき生命である微生物にまでも注ぐことによって、体だけではなく心の健やかさも甦るのだ。 しかし、これは宗教ではない。 肉眼には見えず、計測もできなくても、間違いなく実在している「心のエネルギー」は、あらゆる生命同士の間で交流し、影響を及ぼしあっているという事実なのだ。 実は、そんなことは普通の人間ならば皆が昔から知っている。 それを無いものに貶め、無意味であるかのように扱ってきた今までの物質偏重の科学が未熟だったにすぎない。
東日本大震災の想像を絶する被害を知って、人々の心が動いたから、物資や金銭や人間も大きく動いたのではないか。 現地に派遣され、必死の救助活動や支援活動に従事している自衛隊員などの公務員も、職務としての役割を越えた人間としての心で働いているのだと思う。 硬直化したシステムに囚われ、心を動かさなかった政府・官僚たちに、最も欠落しているのが「心のエネルギー」なのだ。 「心のエネルギー」こそが、人間や社会の最も基本となる要である。 |
16/04/2011(土) 00:49:34
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| No.8319 飯沼 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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◆拝金主義の世の中から、心といのち輝く共生の社会へ!
微生物にしても人間にしても、生命が健やかであり、調和を形作っていくには、分け隔てなく無条件で存在を祝福され感謝されることが最大の条件である。 それぞれの違いをも含めてお互いを尊重しあえば、生命総体としての自由でポジティブな調和は自ずと形成されていく。 それが共生社会であり、私たちは日本がこれからそういう国として再生していくことを願っているのだ。 全ての人に分け隔てなく無条件に、基本的な生活手当であるベーシックインカムが支給されることは、まさに共生社会の幕開けになる。
「ベーシックインカムが支給されれば、嫌な仕事に就く人がいなくなる」という意見もあるが、そういう意見は日本人の心を知らないからにすぎない。 しかし、従業員を使い捨てにするような会社や部下を人間扱いしない上司がのさばるような会社には人が集まらず、淘汰されていくだろう。 結果として、社会は今よりもはるかに浄化され、暮らしやすくなる。 社会的ストレスや将来への不安も生活苦も軽減され、お互いが支えあい補いあう余裕が生まれ、人と人とのつながりも回復していくことによって、病も減少し、発症した病も治りやすくなるだろう。 ミトコンドリアを含む体内微生物との共生が広く理解され、さまざまな醗酵食品を感謝と共にいただく習慣が普及すれば、病は激減するはずだ。 微生物たちとの共生を心がけることで、ガンをはじめとする難病が治癒や改善された実例を私は少なからず目の当たりにしている。 ミトコンドリアや体内微生物たちは、宿主以外からの人間の心のエネルギーにも反応する。 これは福島原発崩壊による被曝障害への有効な対策になりえるだろう。
今の日本はさまざまな病が蔓延し、1年間の国民医療費総額は35兆円に達している。 老齢化に伴い、国民医療費は増加の一途をたどっている。 厚労省による1993年の推計では2025年には100兆円を超えるとされていたが、その後厚労省は下方修正を繰り返した結果、2025年の国民医療費は52兆円と推計されている。 庶民は医療においても切り捨てられるということだ。 一体誰のための政府なのか。 しかし、今ですら国民健康保険料の負担は重く、滞納者は全加入世帯の2割・450万世帯にのぼり、病院に行けない人たちが激増している。 日本はすでに完全に行き詰っているのだ。 今の延長上に日本の未来は描けない。 ベーシックインカム制度の導入は、個々人や社会を健やかに活性化するだけでなく、国家財政をも救済する。 今の日本に必要なものは、先見性を持って総合的に根本から国を立て直すビジョンを描ける勇気ある優れた政治家と、それを後押しする国民の声だ。
私たちの国・日本の出直しと国民の生き直し。 それは決して難しいことではない。 社会の仕組みが、一人ひとりの人間に備わっている優しさや正しさを歪めるものでなければ、自ずとそういう世の中は形成されていくのだ。 とりわけ1万年の長きに渡って戦乱の形跡がなかったという縄文の心を受け継ぐこの国は、世界に先駆けて新しい国に作り変えていけるはずだ。 縄文の心は消え去った過去のものではない。 繰り返すが、あの阪神大震災でも、今回の東日本大震災でも、被災者の方々は惨憺たる状態に投げ込まれながら、略奪も暴力もなく、助けあい、分かちあい、支えあって、世界中の人々に深い感動を与えた。 被災を免れた人たちの多くも、すぐさま今の自分にできることを見つけて、積極的に支援に動いた。 「少しでも役に立てるのなら」と、自分の持っているものを惜しげもなく提供した。 その日本の心を生かしてこそ、東日本大震災・福島原発崩壊の危機を乗り越えて、日本が世界に胸を張って示すことのできる「地上人類の新しい夜明け」である。
私たちは宣言する。 私たちの国・日本は、全ての力と心を集めて未曾有の天災と人災を克服する。 ひとりひとりの人間を尊重し、自然やあらゆる生命と共生していく価値観に基づく国に生まれ変わる。 分かちあい・支えあいのなかで、人と人・人と他の生命たちが心を通わせあえる優しく正しい国を目指し、実際にそれを構築していく。 新しい日本の実現こそが、この国難に際して多大なる支援と心を向けてくださっている世界の国々、世界の人々に対する心からの恩返しになると信じるからである。 |
16/04/2011(土) 00:50:40
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| No.8322 恵美子 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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ぬまさん、ご苦労さまでした。 何度も読み返しました。 私を含め、多くの人がこれから生きていく手がかりを求めています。 指し示してくれるはずの人たちの姿はもうどこにもみえないからでもあります。
悠々塾が歩んできた道のり、そしてこれから目指す道のりが 示されていますね。
このメッセージは全ての垣根を越えて受け入れられるものになると 思います。 より多くの人々に届くよう、 受け取った私達一人一人が動いていこうとおもいます。
ありがとう! |
16/04/2011(土) 09:25:55
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| No.8323 あきら&ひとみ |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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お疲れ様でした。 こんなに分かりやすく構成もしっかりした文章なのに、きっとぬまはイメージが湧きあがるように書き上げたのだろうなと想像できるくらい、エネルギーを感じます。
多くの人の心に染み渡るメッセージだと思います。 |
17/04/2011(日) 01:17:13
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| No.8324 飯沼 |
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| Re: 4・16 東日本大震災〜福島原発崩壊〜新しい喜びの地上界へ |
引用 |
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今日の、「わかちあい祭り」は大成功でした! また、さきさんから報告があると思います。 感激しています。
恵美子さん、あきらっち、感想ありがとう。 僕も今日原稿をプリントして初めて通して読みました。 我ながらよく書けていると思いました。 「わかちあい祭り」では僕はほとんど役に立てることがなかったので、原稿に手を入れていました。 細々とかなり手直ししました。 関東定例会には間に合いそうです。 |
17/04/2011(日) 01:54:05
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