今日の夕方5時半からのTV番組「報道特集」で、「女医不審死で発見者が新証言」という内容の報道があります。 先に放送された同事件の続報だと思われます。
昨年11月、大阪・釜ヶ崎で野宿する人たちに寄り添って生きてきた女性医師が謎の死を遂げた事件です。 定例会でも真相究明を求める署名をお願いしました事件です。 ドネの活動を通じて釜ヶ崎での夜まわりやお見舞いに参加するなかで、何人ものメンバーがお世話になった方です。 訃報を聞いた時はショックで頭が真っ白になりました。
彼女の生きたこと、彼女の求めたことを知ってもらいたいですし、本当のことが明らかになるようにと思っています。
歴史的な冤罪事件として「三鷹事件」についての報道もあります。 ぬまさん、教えてもらってありがとう。
********************* あわせてご覧になって下さい↓ さっちゃんの会を応援する会 ○ttp://sachan330.exblog.jp/i4/ 右上の家マークから直接HPに行けます。
8月に放送された番組の内容が見れます↓ 大阪 西成「女医の死の真相は?」報道特集1/2 ○ttp://www.youtube.com/watch?v=TAra7vinFT0&feature=related
大阪 西成「女医の死の真相は?」報道特集2/2 ○ttp://www.youtube.com/watch?v=jTVPbiPWd8I&feature=related |
25/09/2010(土) 12:40:30
No.7217 祐造 |
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お知らせ、ありがとうございます。 「報道特集」見ました。 いろんなことが明らかになるほどに「CENSORED」に???が増えていきます。 「CENSORED」では説明できないことが、あまりに多すぎますね。
野宿者ひとりひとりの気持ちを抱きしめるように接しておられた矢島さんの姿が、昨日のことのように思いだされます。 「報道特集」のなかで、「娘を守ってやれなかった…」と涙を流すお父さんの様子は、あまりにも痛ましかったです。
「三鷹事件」 弁護士が「自白したら、罪が軽くなるから認めなさい」と冤罪に加担する話、信じられないけれど、最近もどこかで聞いたことだし、、、。(Aさん)
国や占領軍が自分たちにとって都合のいいように「事件」をおこして、罪のない人を犯人に仕立て上げたのですね。 昨年からの小沢さんバッシングや民主党の党首選のことを思うと、今もその構図は変わっていない気がします。
Aさんの次回の公判、応援傍聴に行きたいです。
さきさん、ぬまさん、お知らせありがとうございました。 |
25/09/2010(土) 21:35:16
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No.7221 飯沼 |
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矢島さんの不審死に関する報道特集、観ました。 私は今までこの「事件」に関する他の報道番組のビデオなども観ていなかったのですが、今回の番組を観て、今までのビデオも観てみました。
それにしても、「西成のマザーテレサ」と呼ばれ、献身的に働き続け、多くの人たちに慕われた矢島さんが地上を去ってしまったことは残念です。 私は夜回りの時に一度だけ矢島さんをお見掛けした程度で、言葉を交わしあったこともありませんでした。
今までの報道ビデオなどを観ると、夜回りのグループの人は生田さんも他の人も取材に答えているのに、矢島さんが勤務していた診療所のスタッフなどの取材が映像になっていないのですね。 そのことはかなり不思議に思いました。
矢島さんの部屋からは本人の指紋すら検出されず、テレビの裏や高い位置の棚などにも全く埃(ほこり)もなかったそうです。 本棚の本からも指紋が出なかったとか。 おそらく誰かがきれいに拭き取ったのでしょう。 それなのに、洗濯機のなかにはまだ洗っていない衣服が入ったままだったそうです。 指紋が出ないほど部屋中をきれいにふき取って、洗濯物は洗濯機の中に置いたままCENSOREDするなどということは不自然すぎます。 そのほかにも証拠隠滅や捜査かく乱を計った形跡がいくつもあります。 プライベートなところでも矢島さんとかなり親しかった人物の関与があったと考えるのが普通でしょう。
11月14日(土)も矢島さんは診療所で遅くまで仕事をしていたそうで、その日の午前4時15分に診療所のセキュリティのスイッチをオンにした記録が残っています。 その数分後に異常を知らせる警報ブザーが鳴り、30分後に警備員が診療所に駆けつけた時には誰もおらず、何の異常もなかったとのことです。 それからの矢島さんは、14日は無断欠勤し、携帯電話にも出ることのないままに16日の午前1時半頃に木津川河口の船着場付近で水死体となって発見されたのです。
こういう経緯からすれば、診療所のセキュリティのブザーはたまたまではなく、その時から矢島さんの不審死につながる出来事が始まったと考えるべきでしょう。 矢島さんは普段から遅くまでカルテの整理などをしていたそうですが、その日も勤務があるのに14日の朝4時過ぎまで診療所で仕事をしていたというのも気になります。
矢島さんのご両親は医師で、遺体に対面した時、後頭部のコブや首の後の圧迫痕などから、CENSOREDではないとすぐに分かったそうです。 それが警察や検死医に分からないはずはありません。 おそらく警察は他殺をCENSOREDと誤って判断したのではなく、他殺の可能性が高いと知りながら、何らかの事情で「CENSORED」の判断を下したのではないかと思います。 それは逆に言えば、矢島さんの不審死に関与したと思われる人物が分かっているからで、その上で捜査に手心を加える事情があったのではないでしょうか。
警察は捜査を再開したとのことですが、今から犯人逮捕につながる確たる証拠を発見できるかどうかだと思います。 矢島さん行方が分からなかった昨年11月14日未明から、遺体が発見された16日午前1時半ごろまでの間に、矢島さんと誰かが一緒にいたところを目撃している人が現れたら捜査は進展するのでしょうが・・・。 |
26/09/2010(日) 14:05:47
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No.7222 みさお |
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以前ドネで 矢島さんに関する報道番組を紹介された時に初めて見ました 矢島さんは 写真でお顔を知っているだけでした。 ビデオの矢島さん 動いている矢島さんを見て 絶対CENSOREDではない と思いました。 矢島さんに 診察してもらっているおばさんの みんなを見捨てるような人ではない
お祭りでの矢島さんの顔 今からも これからも釜が先の為に 釜が先と共に と伝わってきます。
矢島さんの部屋の指紋が拭きとられていることを観た際 指紋ふきとるの、短時間ではなく 時間かかるのでは…… と ふと思いました。
生田さんの言われてた様 自分がいなくなった時 みんなへの影響力 みんなの落胆 十分に わかっておられる方のはずです。
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27/09/2010(月) 21:45:43
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No.7227 飯沼 |
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大阪・西成の医師、矢島祥子さんの不審死については警察も再捜査をしているようで、遠からず真相が明らかになるように思います。 というか、釜ヶ崎で昼夜を問わず献身的に働いてこられた矢島さんの突然の死が、納得のいかないままに「CENSORED」で処理されてよいはずがありません。
先日の報道番組で、飛松五男さんという元刑事の人がご遺族の依頼を受けて真相解明に動いておられることを知りました。 飛松氏のブログがあります。 ttp://tobimatu.blog15.fc2.com/page-4.html
そのなかの9月6日の記事に、 「3兄弟、弁護人、私が現場釜ヶ崎での調査、見分、結果 CENSOREDの可能性、皆無 一部容疑者も浮上」 「現場釜ヶ崎の住民、各種団体への調査。皆異口同音にさっちゃん先生のことを『素晴しい、やさしい女医さん』『釜ヶ崎の宝だった。まさに日本のマザーテレサ』と称賛の声と『絶対、犯人を捕まえる。捕まえて』と力強い協力体制。」 という文章があることを、さきさんから教えてもらいました。
9月16日のブログには、 「今までの警察捜査、一部関係者の『矢島祥子先生はCENSOREDした』の情報を鵜呑みした捜査状況が推察 一部関係者そのものに捜査を攪乱している事実が一部あり その者と担当捜査員との関係が判明した」 という記事もあります。
かなり捜査(調査)が進んでいるようです。 しかし、この時期に「一部容疑者も浮上」などとブログで公表すれば、容疑者が逃亡する恐れがあると思うのですが、それは当然分かりながら公表したということは、「容疑者」が絶対に逃亡できない立場の人物であることを示しています。 もしも逃亡したら、「自分が犯人だ」と告白するも同然という立場の人物でしょう。 それを踏まえた上での揺さぶりだと思われます。
矢島さんが溺死体で発見されたのは昨年11月16日の午前1時半頃でした。 群馬からご家族が駆けつけた時には、警察はすでにCENSOREDの可能性が高いと判断していました。 高崎市で検死医もしていたご両親は、その説明と矢島さんの遺体の状況が食い違っていることに強い不審感を抱き、その日から真相解明に奔走してこられたのです。 ということは、遺体が発見されて数時間で警察は「CENSORED」と判断したことになります。
飛松さんのブログにあるように、矢島さんのことをよく知っている誰かが、「CENSOREDの可能性が高い」と捜査官に思わせたのでしょう。 遺体発見後数時間で警察に事情を聞かれる立場の人はかなり限定されてきます。 野宿者ネットワークの人たちや矢島さんが通っていたカソリック教会の人も「CENSOREDするなんてありえないと思った」と言っています。 とすれば、「矢島さんはCENSOREDした可能性が高い」と警察に思わせた人物は、ほとんど特定されてしまいます。
矢島さんは、11月14日から16日未明にかけて、部屋の鍵を開けたままで不在だったようです。 これは拉致監禁されていたのではなく、何らかの事情によって矢島さん自身が同意の上で行先を伏せて留守にしていたのかもしれません。 街のなかで拉致し、2日間も監禁して、さらに木津川まで移動させるのは不可能に近いでしょう。 監禁していたのなら犯人が見張っていたはずなので、14日と15日のアリバイがない人物はすぐに特定されてしまいます。
部屋の鍵が開いたままになっていたことは奇妙ですが、逆にもしも鍵が閉まっていたら、どうなっていたでしょう? 14日は無断欠勤をして電話にも出なかったので、くろかわ診療所のスタッフが部屋まで様子を見にきています。 15日にも診療所のスタッフが部屋を訪ねています。 もしも、部屋の鍵が掛かった状態で連絡がとれず行方も分からなければ、アパートの管理会社に言って部屋の鍵を開けて調べることになっていたでしょう。 鍵を開けるにあたって、警察に通報しなければならなくなるかもしれません。 群馬のご両親にもその時点で連絡をとらねばなりません。 鍵が閉まっていたら、14日の時点で騒ぎが大きくなる可能性が高かったと思います。 ということは、鍵が開いていたほうが「犯人」には都合がよかったのかもしれません。 その時点で矢島さんを殺害する計画であったかどうかは分かりません。 犯人と矢島さんとの間に何かの事情があって、話がこじれて殺害してしまったのかもしれないと思います。
矢島さんの自転車は自宅から1キロあまり離れた木津川沿いの市営住宅の駐輪場に置かれていたそうです。 遺体はそこから2キロ程度下流の木津川河口の渡船場で発見されているので、犯人は自転車が発見されたあたりで殺害もしくはCENSOREDして、遺体が流されたと思わせようとしたのでしょう。 遺体の髪の毛が渡船場の鎖に絡まって流れなかったので、その場所で発見されたのであって、それは犯人にとっても想定外のことだったのではないでしょうか? その場所に矢島さんの靴が片方浮いていたようなので、おそらくはそこが殺害現場かもしれません。
ビデオで観れば、渡船の乗船口は桟橋ではなく、分厚いプラスティックのようなフロートなので、水面から30センチ程度上がっているだけです。 渡船は日中のみ運行しているようなので、夜は案外人がいないのかもしれません。 そこが殺害現場なら、昼間は渡船が運航しているので犯行は無理です。 矢島さんの携帯電話は15日のお昼過ぎまで呼び出していたそうです。 その後は呼び出しもしなくなったのですが、これはその時間帯に携帯電話も水没して使えなくなったのかもしれませんし、あるいは電源を切ったのかもしれません。
矢島さんの遺体には後頭部に3センチぐらいのコブと耳の前から首の後にかけてのスジ状の圧迫痕と、右側だったかの手足に多少の傷があったそうです。 後頭部を殴られ、しゃがみ込んだところを引きずるようにして川に落とされたと考えられます。 その上で犯人は水面でうつ伏せになった矢島さんの首を後から押さえて溺死させ、その時に圧迫痕が付いたと考えれば辻褄が合います。 あるいは上半身だけを水につけて首の後を押さえつけて窒息死させたのかもしれません。 CENSOREDに見せかけるつもりだったのなら、圧迫痕が付くことは想定外だったのでしょう。
矢島さんの右手首に赤い紐が巻かれていたことの意味は深いのだと思います。 普段はそういうものをしていなかったということなので、その赤い紐に犯人の特別な思いが込められているような気がします。 いずれにしても、犯人は心理的に追い詰められていると思います。 いずれは逮捕されるのでしょうが、その前に自首してくれることを願わずにはいられません。
それとは別に、釜ヶ崎の人たちのために本当に献身的に尽くしぬいた矢島さんが、なぜ34歳の若さで殺されねばならなかったのか・・・? 彼女の働きと人生に少しでも報いることが私たちにできるとすれば、それはどういうことなのか・・・? いろいろ思うことがあります。 |
01/10/2010(金) 11:50:27
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No.7228 飯沼 |
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NO.7227に書いたことは、今報道番組などで明らかにされている情報を材料にしての、私の個人的見解です。 決して断定しているわけではありません。 実際には、私などが全く知らない真実がある可能性もあります。
今、真実が明らかにされることを強く求める動きが起きているので、少しでもその動きを後押しできればと思って書きました。
それと、矢島さんの人生について考え、「自分にも何かできることがあるんじゃないか」と、皆さん方にも自分の生き方について考えていただきたいという思いもあります。 |
01/10/2010(金) 20:43:41
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