☆☆ 愛は時空を超えて 71 ☆☆
―― 霊界の克との対話 ――
飯沼)おーい、くぅ、こんばんは。
克子)はーい。 まーたん、こんばんは。 飯) この前から示されていたテーマが、「進化」につながるものとして自分のなかでようやく確かな実体をもってきたように思うんだ。 まず、2007年2月の「愛は時空を超えて・26」でお前から伝えられたメッセージから抜粋するね。 【人間の想念は願いを形や現実にする力を持っているのです。 その力を健やかではない方向に使ってしまった結果が、思いによる病的症状の現出や、自分の嘘を自分で事実として思い込んでいくということです。 あるいは「自分の心は動かない。自分は変わらない」という思い込みもそれに近いものがあります。 そういう例は決して珍しくないのに、奇跡現象はやはり非常に稀にしか起きませんね。 それは多くの人々が長い年月をかけて「そんなことが起きるはずがない」という常識のエネルギーを積み上げてきたからに他なりません。 「常識・思い方の習慣」の枠を超えて、もっと自由に本来の力を発揮できる人も今は非常に少ないのです。
あなたは霊界のエネルギーとの共鳴度がとても高い人ですが、それだけではなく地上の人間としての思いも実は強い人なのですよ。 もたらされたことを受け入れる力とは別に、「願い」のエネルギーも本当はとても強いのです。 ただ、今の地上における一般的な願いの多くに、あなたはあまり関心がないだけのことです。 そして、あなたの場合は理性のエネルギーが非常に強いのは自分で分かっていますね(笑) 霊的真理・法則に関しては、初めは抵抗感を持ちながらも、あなた本来の理性で受け入れることができました。 私と出会い、確信を持ったあなたは持ち前の愛情深さと正義感とも相まって、地上での霊的真理の普及者・実践者としての道を歩み始めたのです。 それは今の地上界の霊的なものに関わる多くの人たちの意識とは掛け離れていたので、必然的に孤立を強いられることになりました。 そのなかでもあなたは信念を曲げることなく、霊的真理普及・実践の本流としての自覚を持ち続けて、ひたすら私や仲間たちと共に働いてきましたね。 それはこちらでもとても大きく評価されています。 今ではあなたに共感する人たちは以前と比べて格段に増えています。
しかし、理性のエネルギーの強いあなたは、理性で処理できない事柄にはあまり関心を向けずにきたのです。 そのひとつが「奇跡現象」です。 霊的なラインではそれを受け入れ、あなた自身も幾つもの体験をしてきました。 でも、人間の想念・意念による事象・現象に関しては、肯定的に意識を向けようとはしなかったのです。 その意味ではあなた自身も「常識」の枠に一方の重心を置いていたのです。 あなたの目から見て「奇跡現象」を好む人たちは本来の霊的真理からは掛け離れていたのですし、正統派としてのあなたはそういう人たちと同類に見られたくなかったのです。 あなたにとっての理性とは普遍の摂理と同義語だったからです。
それらを越えて、さらに今、あなたに求められていることがあります。 常識(すなわち、人間の想念・意念の集積。思い方の習慣です)の枠を打ち破っていくエネルギーの獲得です。 理性が最も通用しにくい分野に直接影響を与えていくエネルギーの獲得です。 あなたの場合、理性が納得しなければ本気になって動けないという傾向がありますね。 しかし、逆に理性が納得して、それが今どうしても必要であると思えれば、自分でも想像のつかない力が出るのです。 「人間の思いが事実・現実を作り上げている」という事実から、どのような展開が成り立つのか、あなたの理性で十分に吟味してください。 今の世の常識を理性で洗いなおして、地上的現象からも法則を見出し、常識に束縛されない本来の理性を駆使して、真理と事実に基づいた常識をあなたの中に確立するのです。 それを信念として、今の世の常識やひとりひとりの人間の想念の澱の凝縮である頑なさを溶かしてゆくのです。
あなた自身の常識を、まず理性のところから組み替えていってください。 そのためには日常と離れた時間と空間が必要です。 じっくり時間をかけて組み替えて、それを何度も理性によって補強していくのです。 十分に納得できれば、あなたはそれを信念にできるのですし、実際にそのエネルギーを発揮しながらさらに確信を強めていくでしょう。 それによってあなたがたの働きはさらに力強く広がり、ヒーラーとしてのあなたの力量も想像以上に大きくなるのです。 なぜなら分かちあい・支えあいによって皆が幸せになっていくことを阻んでいるのは今の世の歪んだ常識であるのですし、スピリチュアルヒーラーのエネルギーの作用を阻むのは、その人の頑なな思い込み・思い方の習慣が作り上げたオーラの壁なのです。 あなたがたがそのエネルギーを獲得し、駆使して人々に健やかさをもたらしていくことは、霊界と地上界の(エネルギー的な)統合・調和につながるのです。】 このメッセージを受けた後、僕は青森の三内丸山遺跡に行ったんだけど。もしかしたらそれから4年近く、僕らはずっと同じテーマをめぐって研鑽してきたのかもしれない。 最近になって「進化」というイメージを意識するようにはなったが、自分のなかではなかなか具体的な実感が持ちにくかった。 お前の言うように、僕は理性の枠を打ち破ることに抵抗感を持ち続けていたのだと思う。 何事につけ「筋道」を立てて物事を考えるタイプだからね。 それが先日、ひょんなことから自分のなかで一気に進展したんだ。 きっかけは実に単純なことだった。 Aさんの裁判の傍聴の後、何人かの人と夕食を一緒にしようということになった。 裁判所から少し歩いた神戸駅の近くに、その日に獲れた魚を淡路島から直送で出す居酒屋がある。 とても新鮮でしかも値段も手頃なので、その店に行こうかという話になった。 その店の開店時間は5時で、裁判所を出たのはまだ4時半ごろだった。 僕らは話をしながらあえてゆっくりと歩いていた。 のんびりと信号待ちをしていたら、僕らが歩いてきた道とは違う(直角)方向からHさんが現れたんだ。 彼女は、裁判が神戸地裁ではなく尼崎支部であると思い込んで3時にそこに行ったらしかった。 間違いに気づき、尼崎支部の人からは「今から行っても間に合わない」と言われたのに、「悔しくて神戸地裁に来た」のだと言った。 その日の裁判は4時前には終わり、その後で弁護士さんからの説明があったので僕らもその時間まで裁判所にいたが、普通ならとっくに帰っているところだった。 Hさんが傍聴に来ている人に全く連絡もしないで、出会える見込みなど全くないのに、尼崎支部から神戸地裁に来る気になったことが僕にはありえないことに思えたし、実際にすごいタイミングで出会えたことにびっくりしてしまった。 彼女は大阪の人だから、明らかに逆方向に足を延ばして来たんだ。 僕らが別の道を通って移動するか、あと30秒早くその信号のところに来て道路を渡っていたら絶対に出会えないタイミングだった。 僕の感覚では、実現不可能なはずのことに労力や費用をかけることは無駄としか思えない。 もちろん趣味などは別だけど、趣味というのは自分が楽しむことが目的だから、その目的のために労力や費用をかけることは決して無駄ではないし、理にかなってもいる。 Hさんが裁判の傍聴のためであればそれは完全に実現不可能なんだし、皆に会うことを目的としていたのなら誰かにメールなどで連絡しなければ普通は会えるはずがない。 なのに、彼女は移動中の僕らの前に忽然と現れていつもの笑顔で笑っていることに僕はある種の衝撃を受けてしまった。 大袈裟かもしれないけど頭がくらくらして、怖いとすら思った(笑) 通常の筋道を完全に無視して、願う結果に一気にたどり着いたんだから。 僕にはとても非常識なことに思えたんだね。 おまけに、いくらゆっくり歩いても居酒屋の開店時間には早すぎて、30分ほど隣の喫茶店で待つことになったんだけど、喫茶店を出た時に彼女は「会社に戻って仕事があるから」と大阪に帰ってしまった。 たったそれだけのために、会える見込みもないのにわざわざ尼崎から神戸地裁に来たのだと思うと、僕の理性はまたまた混乱してしまったんだ。 普通に考えれば、これは一等賞金が100万円の宝くじを90万円分も買い込むような暴挙に近いとしか思えない(笑) 当たる可能性はほとんどなくて、当たったとしても得るところは少ないという意味でね。 克) あらあら、いくら親しいからといってもそんなふうに言うものじゃありませんよ(笑) それに彼女のお陰であなたは改めてとっても大事なことに思い至り、ようやくあなたの厚い理性の壁を壊すことができるのですからね。 Hさんのことは彼女の念の力もありましたし、もちろんこちら側からの計らいでもありました。 あなたに思い返していただきたいのですが、通常の筋道からはありえないことがあなたの周囲でたくさん起きているはずです。 それらは偶然の範囲に収まるものではなかったでしょう?
飯) 確かにそういうことはほんとにたくさん起きていたと思う。 ありえないところで悠々塾の仲間どうしが遭遇という話もいくつも聞いてきた。 そういうことだけじゃなく、理解不能な現象もたくさんあるのも事実だ。
克) 理性とは、筋道に沿って思考するということでもあります。 通常それは今の三次元の地上界の条件の中で、筋道を立てて思考するということになります。 あなたの場合は霊的法則に基づいて考えてもいるのですが、できる限りは地上的な三次元の論理で処理しようとしています。 しかしあなたも知っているように、全ての事柄が3次元の地上界の制約を受けて発現するわけではないのです。 現状がどうであれ、地上界にももっと高次の法則・筋道が発現される余地は十分にあります。
飯) うん、それが「霊界からの計らい」であったり、「進化」でもあるわけなんだよね。 もちろん、未浄化霊のなせる業の場合も少なくないんだろうけど、そこは人間側の動機次第だよね。 今の地上の三次元の条件に制約されずに、「進化による現象・事象の具現化」という道筋も含めて、僕の理性の領域を広げ、組み替える必要があったということなんだろ? 2007年2月のメッセージはそういう意味だったんだと、ようやく腹に落ちた気がするよ。
三次元の世界では、物質や時間・空間に制約されるのが当然で、それが常識になっている。 だけど、これからの人類はそれらの制約を超えて心を具体化していく能力を獲得していくのだと思う。 それはもちろん「自分のために」などではなく、「皆の喜びにつながる誰かの喜びの実現」に自分を役立てていく貢献のためであるのだろう。 自分を役立てていくことを自分の喜びとすることが本当の意味での「皆も自分も幸せに」ということなんだろうね。 そういう意識・心の段階に達した者からその度合いに応じて、時間や空間や物質などの三次元的制約を超えた喜びを具現化していくことになるのかもしれない。 肉体も今の常識を超えた機能を発揮していくのだ。
克) はい。 おおよそにおいてそういうことですし、今はそういう理解で結構です。 それが人間の進化の道筋なのですから、必ずそうなっていくのです。 あなたの意識がやっとそこに到達してくれたことを嬉しく思います。
以前にお伝えしたメッセージを繰り返し、しっかり読み込んでくださいね。 特に以下のところもね。 【今の世の常識を理性で洗いなおして、地上的現象からも法則を見出し、常識に束縛されない本来の理性を駆使して、真理と事実に基づいた常識をあなたの中に確立するのです。 それを信念として、今の世の常識やひとりひとりの人間の想念の澱の凝縮である頑なさを溶かしてゆくのです。 あなた自身の常識を、まず理性のところから組み替えていってください。 そのためには日常と離れた時間と空間が必要です。 じっくり時間をかけて組み替えて、それを何度も理性によって補強していくのです。 十分に納得できれば、あなたはそれを信念にできるのですし、実際にそのエネルギーを発揮しながらさらに確信を強めていくでしょう。】
飯) はいよ、分かった。 この前、さきさんと話していたんだけど、 「今の地上界は不正や隠蔽がまかり通り、真実というものが覆い隠されてしまっている。 不正や隠蔽は今の地上ならではの手法によってなされていて、今の地上的な力を持たない者たちが隠された真実を明らかにしていくのは至難の技だ。 しかし、そんな条件をものともしないで明らかになっていく力を真実そのものが持っている。 なぜなら、それが真実であるから。 だから僕らは、地上的な諸々の条件に囚われてしまわずに、まず何よりも『真実は必ず明らかになる』と信じきることだと思う。 真実は必ず明らかになることが摂理なのだから、それは必ずそうなるのだ。 心身の病にしても、健やかなことが摂理にかなっているのだから、必ず治癒に向かうのだ。 なぜならそれが摂理であるのだから。」
克) はい、そのエネルギーをあなたやさきさんをはじめとする仲間たちに定着させることはとても重要です。
たとえて言えば、幼い子供はしばしば感謝ということが分からなかったり、身勝手なことをしたり言ったりするものですが、その最も大きな理由は「事の分別がつかない子供だから。未熟だから」にほかなりません。 もちろんその子なりの理由や原因もあるのですから、その子の身になってそこを掘り下げていくことは意味のあることです。 しかし、細かな原因を追求しすぎたり、その子の現状を否定してもどうにもならないことがほとんどでしょう。 結局は、その子の成長を信じて関わり続け、自らが大人としてのお手本を示していくことが最善の方法になるのです。
今の地上界は価値観が自分中心で金銭・物質が偏重され、虚偽や隠蔽や強欲や吝嗇で溢れかえり、生命にとっては健やかな状態ではありません。 その最大の原因は、「未熟だから」です。 地上界もそこに生きる人間の多くも、今はまだ未熟な段階にあるのです。 「魂の学び」という言葉を口にする者ですら、(調和に向けての)貢献を抜きにした魂の学びなどありえないことが分かっていない場合が多いのです。
知識は自分の立場をよくするためでも自分をひけらかせるためのものではなく、さらなる真理・真実の解明や実践に向けての責任を伴っています。 金銭にしても、自分としての喜びを縮めることはありませんが、その使い道の選択はいつも問われているのです。 自分よりも貧しく、生きることが苦しくなっている者たちに提供し、あるいは意義のある活動の支えに使ってこそのものです。 私は断言いたしますが、これからの地上界では、能力や財産や金銭を有しているのに、それらを人の喜びのために使おうとしない者は、地上的にいかに優秀であっても裕福であったとしても、自分としての幸せを実感することはできないでしょう。 地上界の価値観が成長・進化する大変動期ですから、今までよりもそのことがはっきりと見えてくるのです。
いずれにしても地上界も人間も間違いなく進化します。 それがいつ成就するかは地上の人間次第ですが、必ずそうなることは決まっているのです。 今までの価値観や生き方・暮らし方を切り替えていける者はそれだけ早く本当の幸せを実感し、なかなかそうしようとしない者はいつまでたっても満たされません。 物質や金銭などに束縛される状態から解放されて、自分自身の本当の願いと心に沿ってそれらを自由に使いこなしていく段階に入ります。 地上人類もいつまでも未熟なままではいられないということです。
抑制されていた霊性が開発されるにつれて三次元の地上の制約からも解放されていくのです。 それは物質や金銭というものだけではなく、時間や空間の制約も超えて「目的」を実現していく能力の獲得も含みます。 霊界には金銭や食物は不要なので存在すらしていませんが、必要な“物”は意念(心のエネルギー)で作るのです。 もちろん、自分以外の霊たちが作ってくれたものを使わせていただくこともよくあります。 時間や空間に制約されることもありません。 行きたいところや会いたい者のところへも瞬時に移動できるのです。 霊界における制約は摂理と学びの段階の違いのみです。 と言っても、摂理を制約であると感じている霊はほとんどいないのですが。 霊界では皆が摂理に沿って生きることが当たり前であり、喜びでもあるからです。 ただし、自分の学びの段階以上の階層へは行けません。 ダメージを受けたり、エネルギー的に共鳴できず、ついていけないのです。 学びの進んだ者は必要があれば自らの波動を落として、より低い階層に行くことはできます。 何らかの役割を担っての貢献のためにですが、自らの波動を落とすということは不自由なことではあります。
今の時期は光の霊界から数えきれない霊たちが大挙して、地上界の浄化を促すために地上に赴き、援助しています。 地上の人間は皆それぞれのカルマを抱えているのですから、何事もすんなりとはいかないものです。 そういうなかで全人類が地上に生きることを喜べるように働いていくのがあなたがた悠々塾につながる人たちの使命です。 何事も努力なしに成し遂げることはできません。 どうか地上の現状に心を埋没させることなく、倦まず弛まず、進んでいっていただきたいのです。
それが皆の喜びになるという確信があれば、あれこれと思い悩まず、ストレートに実現を願うことです。 それでこそ願いは実現するのですし、人間にはそういう力が備わっているのです。 もちろん全ては摂理のなかで裁量されていくことですが、ストレートに願えない弱さが目的の実現を妨げる不十分さは越えていかねばなりません。 がっかりすることや傷つくことを怖れて、一直線に願うことに臆病であってはなりません。 しかしそれは願いが実現しない現状や結果を受け入れずに、自分や相手や状況を否定することではありません。 無条件の感謝のエネルギーとストレートな願いが融合すれば、誰もが今までとは別人のような力を発揮できることをお伝えしておきます。
飯) ありがとうね。 このところ波動的に少しノイズがあったんだけど、段々すっきりしてきたよ。 前にも言ったけど、財産やお金があろうがなかろうが、学歴や世間で評価される能力があろうがなかろうが、民族や国籍や家系などにも関係なく、皆がそれなりに暮らしていけて尊重されて自分としての人生を健やかに生きていけるような、そんな世の中に作り変えたいと思っている。 それが10代の頃からの僕の夢だ。 ずっと変わらぬ夢ではあったが、同時に「そんなことができるはずがない。ここまでになってしまった今の世の中が変わるはずがない。今の世の中の仕組みに飼い馴らされてしまった人々はもう、皆の幸せを実現するために社会を変えることを望んでなんかいないんじゃないか」とも思ってきた。 でも、「進化」のエネルギーにつながり、お前からのメッセージを受けて、僕の奥底からのエネルギー的な変化を実感している。
イエスの弟子が病人を治せなかった時にイエスが弟子を叱って言った、「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここからあそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない」という言葉を信じようと思う。 僕は「そう言うイエスも山を移動させていないし、自分のことを信じてもらえない人の病気は治せなかったのに」と思う人間だったけど、心を入れ替えます(笑) 「信仰」という言葉を使うと宗教的になるけど、信仰とは自分も人も全ての生命も、神の祝福を受けて生かされている霊的存在だと信じて日々を生きることだと思う。 つまり、地上に生きているのに三次元を超えているということだ。
今の地上界は与えられた自由意志の使い方を間違えて、明らかに摂理を逸脱している。 だから人間をはじめ生命たちがその存在を祝福されず、健やかに生きていけない。しかし神の経綸ならば、この地上界も摂理にかなった世界になって、そこに生きる人間や生命たちも尊重され祝福されて皆が健やかな喜びのなかで生きていけるようになるに決まっているのだ。 その皆の喜びのために、僕はひたすら心も力も尽くしていくよ。 状況分析をしないで行動するHさんを見習わなくちゃいけないね(笑)
克) そうですね。 あなたにとっても非常に大きなテーマですから、調整しにくいのは分かります。 もう一度、前のメッセージを読んで、進化のエネルギーに馴染んでいってくださいね。 それではまーたん、またね。 (2010・12・3) |
05/12/2010(日) 10:16:17
| No.7475 ひろこ |
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ぬまさんへ > 大袈裟かもしれないけど頭がくらくらして、怖いとすら思った(笑) くらくらさせて申し訳ありません(^0^) とは言っても、どうしてぬまさんがびっくりしているのかが 逆に不思議だったんですよ。 左利きだから、理性の脳の働きが悪いかも・・天然・・
でも今回の時空を超えてで、いかに自分がかげりの念を使いっぱなしだったかと言う事が分かりました。
主人の夢に白蛇を登場させたくらい、人の念と言うのはすごいんだなあって思いました:^0^:
克子さんが亡くなる2ヶ月前に、「マイナスの事が思い浮かんだら即きりかえる」と書いて下さったのが頑固に出来なくて・・・。 それはそれは難儀な事でした。 かげり10 対希望0 が9対1になり、8対2になり・・・ 少しずつ・・・かげりのエネルギーはとても苦しいです。 それよりも、希望の念に切り替えるのはもっと苦しい事でした。
おかげさまです。
ところで、神戸地裁とネットで検索したら尼崎と出たのが間違いの発端でした。それも、友達のもらったフランス人が書いた思い込みの本を読みながら電車に乗りました(^0^)
「もし本庁でしていても、裁判のやり直しはすぐに終わるので 行っても無駄ですよ」と何度も言われたけれど 「いいですから道順を教えてください」と・・・ 尼崎支部は往復2000円弱タクシー代を使ったのですから一緒だぁ〜
会社の途中で抜けてきたし、早く帰らなくてはと会社の人達 への後ろめたさがあって、立花の駅では大阪行きか西明石行きに乗るかうろうろして・・でも足は西明石行きの階段を下りてました。 肝心な裁判に傍聴出来なかったけれど、会えないという気持ちは なかったです。
帰りにふっと気が付くと、息子の事があったのは10年前のちょうど12月です。 あの時「きみの事なら、どんな事でもする。そして退学もさせないし、留年もさせないから」と冬休みを返上し友達も参加で、息子のために授業をして下さった先生が亡くなった事が分かりました。 先日息子が先生のお宅にお参りに東京から帰ってきました。
仕事の事で辛かったときに、克子さんから「息子さんが手伝ってくれますよ」とメッセージ頂いたなあって思い出しています。
なんか・・・生まれて初めていろんな喜びを身体で感じれる自分になった事が嬉しいなあと思っています。
おかげさまです。ありがとうございます。 |
06/12/2010(月) 21:16:25
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| No.7476 あきら&ひとみ |
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ひろこさんの話も今回の時空もとても興味深いというか、重要な内容だとじっくり読ませてもらいました。
毎回読んでるけど、僕は記憶力が良い方ではないので以前の内容を覚えてなかったりして、克子さんの話は全て繋がっているのだなと改めて驚いたりしています。 早く冊子にまとめてくれることを望んでます。
地上的な常識に囚われているって、僕自身 相当思い当たります。 誰かにエネルギーを送る時は勿論、良くなって欲しい、こうなって欲しいと純粋に願うけど、自分の根本の枠が常識に囚われていたらエネルギー的にもマイナスなのだろうと思います。 今回の内容は何度も読み返させてもらいます。 受信、お疲れ様でした。 |
07/12/2010(火) 00:04:23
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