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No.6063 まゆみ  
小さな国の大きな奇跡 引用

またキューバの本を読みました。

「小さな国の大きな奇跡」 キューバ人が心豊かに暮らす理由
NPO法人アテナ・ジャパン代表 吉田沙由里 著


知りたかったキューバの人々の暮らしが書かれていてとても興味深く、またまた感動しました。


キューバは社会主義国で医療も学校もみんな無料。
(自由に外国に行けないとか規制はある。)
どんな職業についても賃金にそんなに格差はない。
必要最低限の食料は低価格で国民全員に配給していて、
閣僚級の人でも有名人でも一般のひとたちと同じように配給所に並ぶ。
でもその配給は到底満足いくものではない。
足りない分は買わなければなりません。
働いて得る給料では満足いく生活はできなくて、副業で工夫しながらの生活。
それでもキューバの人たちは明るく、心豊かに暮らしている。
(亡命する人もいる。)

すごく感動したのは医療体制と国際貢献のことです。
国民220人に対して医師が一人いる。
ファミリードクターといい、地域に診療所が設けられ健康管理がなされる。
世界でも長寿の国になった。
医療システムや医者の数、その技術力は世界に誇れるものを持つ。
が、病院の設備は悪く医療機器は充分ではなく経済難の実態は明らかだ。


キューバでは現在、2万5000人の医療専門家や技術者がラテンアメリカをはじめ70ヶ国で人道支援や医療協力を提供している。

そして私が感動したのはこのプログラムです。↓

1999年、ハバナにラテンアメリカ医科大学が開設された。
この大学は、ラテンアメリカやアフリカ諸国をはじめとした貧困層を対象に、外国人が医師になるための6年間の総合基礎医師養成プログラムが設けられ、すべて無償で受けられる。
また留学のための渡航費や在学期間の宿泊費、食費といった最低限の生活費が保障されている。
卒業後医師の免許を取得すると、彼らはそれぞれ自国に戻り、半年間医師として無償で地域に貢献すること、さらにその後も貧しい地域を中心に働くことを義務付けているのだ。

↑始まったばかりの取り組みで、自国に帰ったときのいろいろな問題も指摘されていますが、
全世界の貧しい人々に無料の医学教育を提供し、自国の貧しい人々を救う医師を育てる・・・
とても感動しました。

その他にもたくさん感動するキューバの医師団の話が書いてありました。


チェ・ゲバラの娘さんの手記もありました。

厳格だった父は、閣僚時代も国民が享受できない利益や快適さを放棄していました。ですから、当時からわが家も、ほかのキューバ人家庭と同様に食料が不足していたのです。

と・・・

本の中には革命のときの話も書いてあり、ゲバラとカストロはすごい!
どう表現していいかわかりませんが・・・
すごいです。
この二人を尊敬するからこそ、国民は厳しい状況を乗り越えられたんだと思います。

16/09/2009(水) 14:19:42


No.6067  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
キューバについての紹介、ありがとう。

確かにキューバは今の日本が参考にすべき魅力的な国だと思います。
革命に身を投じ、革命を成就させた、カストロやゲバラの動機は、民衆への愛だったのだろうと思います。

残念なことに他の国での「革命」は権力闘争で、扇動された民衆が利用されるケースが多かったように思います。
しかもなぜか、大資本家の資金援助を受けて、共産主義革命が成功しているのです。
ロシア革命も中国革命もそうだったようです。
そういう「革命」では、庶民は革命政権に利用され、「反革命」のレッテルを貼られて弾圧されるケースも珍しくありません。
ロシア(ソ連)でも、ツアー体制を打ち倒すために共に戦った民衆のグループが、革命成立後に革命政権から武力攻撃を受けて壊滅しました。

キューバはいいですね。
人々がとても明るそうです。

人々が明るいといえば、スペインは今、失業率が20%の大不況ですが、家族・親戚のつながりが強いこともあって、それなりに暮らせているようです。
もちろん大変そうではありますが、日本やアメリカとは少し様子が違ってるみたいですよ。

17/09/2009(木) 10:56:00

No.6071  さき
ぬまさん 引用
次元の違う話で、あえて言うことではないのかもと思いつつ、、

>残念なことに他の国での「革命」は権力闘争で、扇動された民衆が利用されるケースが多かったように思います。

これは言いすぎなんじゃないでしょうか。
人びとが、民衆自身が変革を求め声をあげ行動すること抜きに革命の成就はないです。扇動しようとした人もいるだろうし、扇動された人もいるでしょう。けどそこには必ず民衆のため、民衆とともにあろうとするリーダーの存在があるし、その人たちの動機に、ぬまさんのいう「民衆への愛」がなかったとは決して思いません。

そういう要素はあると思うけど、扇動された民衆と言ってしまうと、変革を求めた人たちの願いをそこにおとしめてしまうようで、私は違和感があります。リーダーたちの願いも民衆への愛も。(結果的に願いとは別物にからめとられてしまったとしても。)

問題は(政治権力の奪取?っていうのかな)その革命の成就後の社会をどう築くのかという時に(旧来の土台から抜け出せなくて、あるいは干渉によって、権力闘争になってしまって)失敗したってことなんじゃないのでしょうか。そういう意味では、あらゆる革命がまだ未完なんだと思うんです。
私は形としては(今のところは)失敗したとしても、一生懸命に命がけでよりよい社会を求めたたくさんの人たちの願いにつながっていきたいって思うんですが。そこはぬまさんと違わないと思うんですが、いつもぬまさんと話をしていて「んっ?」って思うところです。

余計なことだったら削除します。

17/09/2009(木) 23:33:07

No.6072  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
>>残念なことに他の国での「革命」は権力闘争で、扇動された民衆が利用されるケースが多かったように思います。

>これは言いすぎなんじゃないでしょうか。

はい。
この表現は、僕も問題があると思っていました。
仕事の合間に超短時間で返信を書いたので、後で読み返したときには、他の箇所の表現も自分でも違和感がありました。
こんなこと言っても、何の言い訳にもならないけど、すみません。
さきさんへのお詫びだけでなく、かつて社会の変動期に立ち上がり、旧権力や新しい権力の犠牲にされていった人々にも申し訳なく思います。
『残念なことに他の国での「革命」は権力闘争で、我慢の限界を越えて立ち上がった民衆が、民衆の代表を自称する「革命家」に利用されるケースが多かったように思います。』と訂正します。

革命家は、「民衆のために」と言うものです。
でも、それがどこまで本音・本心であるのかは、革命成就後の社会の仕組みや、そこに生きる人々の扱われ方を見なければなりません。
革命が人々の解放であるならば、革命後の社会や人々がそれ以前の社会よりもはるかに解放されていなければ、何のための革命だったのかということです。
もちろん新しい社会を敵対者から防衛しなければならないのですし、新しい社会はさまざまな問題が生じるものです。
だから、ある程度の制約は仕方がないのかもしれませんが、それでも、そうだからこそ「革命家」は振りかかる問題に対処しながらも、やはり人々の豊かな自由を目指し続けてこそ革命家だと思うのです。
共に戦った民衆の自由を奪い抑圧する「革命家」は、新しい権力者でしかありません。
庶民・民衆への共感と愛があれば、自国の人々だけでなく、他国の庶民・民衆をも蹂躙するようなことはできないんじゃないかと思うのです。

あえてこんな事を書きましたが、
「私は形としては(今のところは)失敗したとしても、一生懸命に命がけでよりよい社会を求めたたくさんの人たちの願いにつながっていきたいって思うんです」という、さきさんと僕も同じ思いでいます。

ちなみに、明治維新などは、「人々のために」というスローガンすらなく、「人々と共に」戦ったわけでもなかったのですが・・・。

18/09/2009(金) 00:24:10

No.6073  さき
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
そんな、あやまってもらわなくても、です。
でも気になってたので、気持共有できてよかったです。

18/09/2009(金) 02:09:58

No.6074  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
「革命」という言葉が飛び交って、「やっぱり飯沼はサヨクだ」と思われているかもしれませんね(笑)

「私は形としては(今のところは)失敗したとしても、一生懸命に命がけでよりよい社会を求めたたくさんの人たちの願いにつながっていきたいって思うんです」という、さきさんの思いに共感していますが、それは「革命」に身を投じた人たちことだけではありません。

サヨクと思われるのは居心地がよくないので、最近僕が書いた文章の一節をご紹介しておきます。
。。。。。。

私たちの国は、前の戦争でアジアや太平洋地域の人たちに理不尽な被害を与え、数百万人の人たちをCENSOREDしまいました。最終的には日本の国土も焦土と化し、兵士と民間人を合わせて三百万人以上の人たちが死にました。その後、「奇跡の復興」を遂げ、日本人の勤勉さが大きく評価されましたが、奇跡の復興に貢献した人たちも今は老人となりました。苦しい中で戦後の日本を支えて働いてくれたお年寄りたちは、今、本当にその人生を感謝されて豊かな老後を送ることができているのでしょうか。

軍隊に志願し、あるいは徴兵によって戦場に送られた人たちの多くは、「愛する日本を守るため」という思いだったのでしょう。国家の指導者が始めた戦争の、軍部の上層部が考えついた稚拙で残酷な作戦に従事し、実際にはほとんど戦果をあげることもなく死んでいった若い特攻隊員の人たちも、「愛する国のために」飛び立ち、散っていったのだと思います。それは見ず知らずの異国の地で銃弾に倒れ、病や飢えに死んでいった兵士たちも同じでしょう。

彼らが思い描き守ろうとした国は、今のような日本の姿だったのでしょうか。人を人とも思わず、お金のために使い捨てにし、お年寄りのみならず若い人たちも子供たちまでもが、自分の人生を喜べず、将来に希望を持てず、本当の自分の心をおおらかに表現することができないような国になることを願って、彼らは自他の殺戮に身を投じたのでしょうか。
私は戦後世代で、戦争中や戦後の悲惨さを直接に体験したわけではありません。でも、他国・自国の人々にあれだけの犠牲を強いたのですから、日本人として生まれ、日本に生きる人間として、この日本をせめてもう少し良い国にしなければ、自分が死んでから彼らに顔向けができないように思うのです。

そんなことを思っても、私自身がお金の余裕もなく日々の生活に追われる身です。だからこそこの国の今と未来について、同じような境遇に生きている、圧倒的多数の「庶民」といわれる皆さんと一緒に考え、心から誇りに思える国に作り変えていきたいのです。かつてこの国に生き、死んでいった人々のことを思いながら、今を生きるお年寄りや子や孫たちの世代が心豊かに生きることのできる日本にしてこそ、私自身の人生も豊かだったと思えるような気がします。
。。。。。。。。。

ここには書いていませんが、誤った判断で戦争を選び、たくさんの人たちを踏みにじり、使い捨てにして殺した、国の指導者や軍部の上層部の人たちも、今はほとんどが地上を去っています。
彼らが、向こうの世界で安心して自らの過ちを反省し、誰ももう二度と愚かで残酷な過ちを繰り返さなくてよい地上界を作るために、もうひと頑張りしてから、僕も向こうに帰りたいと思っています。

18/09/2009(金) 10:33:58

No.6075  さき
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
ぬまさん、

>国家の指導者が始めた戦争の、軍部の上層部が考えついた稚拙で残酷な作戦に従事し、実際にはほとんど戦果をあげることもなく死んでいった若い特攻隊員の人たちも、「愛する国のために」飛び立ち、散っていったのだと思います。
彼らが守ろうとした国は、今のような日本の姿だったのでしょうか。

じーんとしました。
彼らの思いに報いたいです。
それはさておき、私も革命って言葉を使ったけど、思い描いていたのは、地上人類の歩みの中で圧政や独裁に抗した人たちや、植民地からの独立解放のために戦った人たち(いわゆるサヨクに限らずですよ)、この国で百姓一揆に身を投じた人たちや、和人の支配に抗したアイヌのリーダーたち、 足尾鉱毒事件の先頭にたった田中正造とか、、です。

18/09/2009(金) 11:00:43

No.6076  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
☆さきさん

>私も革命って言葉を使ったけど、思い描いていたのは、・・・

なーんだというか、えっというか、そうだったんですか・・・。
僕は、『他の国での「革命」は』ということで書いたので、これはさきさんのほうがズレてたんだね。
もちろん思いは同じなんだけど、にゃんだか丁寧に謝って損したような気分もちょっとありだわや(笑)

いずれにしても、闘争主義や暴力での変革や革命は、どちらの側の人間の身も心も傷つけてしまう。
田中正造の言ったように、まさに「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国」という今の時代にあって、
どこかの感性豊かな女性がかつて土器(!)に刻んだ言葉のように、『かくめいは春のように』でやっていきたいものです。

18/09/2009(金) 13:19:56

No.6077  さき
Re: 小さな国の大きな奇跡 引用
☆ぬまさん、感性豊かな女性って書いてくれてサンキュ。
おばさんって言われなくてよかったわ。
まぁあれを土器!(うちにある備前焼の花瓶です)に刻んだのは20歳位の時だけどね。でもって「かくめい」ではなくて「KAKUMEI」でーす。

☆まゆみさん
キューバの話からずれてしまってすみませんでした。
キューバの医療プログラムは先進的だと思います。
ゲバラや革命の精神が生きていることの証ですね。
紹介ありがとうございます!

ちょうどこの前読んでた本に、
>人間はなぜか利他的な人間の「本気」に「感染」する、、
ってことが書いてあって、ゲバラを紹介してました。
今の社会って、そういう「本気」と「感染」があまりに欠如してるんだと思います。ゲバラはすでに伝説ですが、やっぱりカッコいい。

19/09/2009(土) 02:38:11


No.6060 飯沼 ホームページ E-mail
「病についての通信」 「日々をスピリチュアルに」 引用

☆ある人から、「歯周病」についての質問がありました。
ちょうど今、製作中の「病についての通信」にそれについてのメッセージがあったので、転載します。

「病についての通信」は、まゆみさんがさきさんに応援してもらいながら、編集作業中です。
今月の定例会が終われば、悠々塾の二間の座敷が印刷・製本作業場になります。

僕の方の原稿も、遅くても10月中には書き上げて、印刷・製本にかかります。

2冊とも、11月28日の関東定例会に必ず間に合わせます!(と、自分にきつく言い聞かせています・笑)

完成したら、どうか皆さん読んで、少しでも広げていってくださいね。

☆「日々をスピリチュアルに 第2号」の原稿も、どうぞ書いてくださいね。
普通の人が日々の暮らしの中で気づいたこと、変化し始めていることや変化の兆しを、普通の人の感覚で伝えていくことが、今とても大事なのです。

病、子育て、恋愛、結婚、仕事、職場での人間関係、お金のこと、家族のこと、自分のこと、社会のこと・・・。
人間はさまざまなことで行き詰まり、摩擦を起こし、悩むものです。
それらの結果のみならず、そういう状況の中で「どう心を遣うのか、心をどう動かすのか。どう言動に表していくのか」がとても大切なことであり、それが「地上に生きる」ということでもあります。

「スピリチュアルに」とは「霊的に」という意味ですが、霊とは意識、すなわち心です。
地上という物質次元で、生身の人間としてのさまざまな悩みやトラブルをありのままに受け止め、「人として優しく、正しく。自分も人も幸せに」の方向で喜びに変えていこうとすること、その過程にこそ人生の意味があるのだと思うのです。

原稿を書くにあたっては、今どれだけその方向に心が向き、どれだけ実際の言動にできているかは、たいした問題ではありません。
「頭では少しは分かっているのだけど、実際にはほとんどそうできていない」でも構わないのです。
そう思えているところがすでに気づきであり、悩み苦しみながらも向き合っているということですから。

今の世の中の人たちの多くは、その段階にも至っていない場合がとても多いのです。
そういう人たちに共感と少しでもヒントを提供していくために、あるいは、今のあなたの心をこの地上で「原稿」という形にしていくことそのものに意味があるのです。
こういう冊子を継続して発行していくこと自体にも大きな意味があるのだと思います。
原稿を書いてくださる人がいなければ、発行できません。

難しく考えずに、書いてみてくださいね。
創刊号に書いてくださった人も、よろしければ、またお願いします。
。。。。。。。。。。。

■舌・歯

この器官には大きくふたつの意味がある。ひとつは、「言葉を発すること」について。あるいは発された言葉そのものにまで意識を及ばせることについて。もうひとつは、経験する、実感するという意味での「味わうこと」と、実際に食べるなかでの「味わい」について。 

 ・まずひとつ目の「言葉を発すること」について。

 人の心が喜びを求めるものであり、肉体もそうであり、いつも“健やかさ”の方向に動こう(働こう)としている。だとすれば、言葉を発するにあたっても、そこに「喜び」の要素は不可欠である。どういう言葉を発したか。「舌」や「歯」自身は、喜びにつながる言葉を発することを求めている。しかし、人が発する言葉はそればかりではない。悪口、嘘、噂話、批判、皮肉、こめられる敵意、恨み、憎しみ、嘆き。自己否定、自己肯定。自慢、無神経。発される心のエネルギーを、具体的な言葉に変換する部位であるが故に、込められる心のエネルギーの影響を、直接的に受けるのである。

 「舌」や「歯」が本当に発したい言葉、それは、人への優しさ、思いやり、尊敬、いたわり、心遣い、愛情のこもった言葉なのである。それは言葉を発する自分自身にとっても、向けられる相手にとっても喜びにほかならないからである。

 言葉は人と人との関係を、心と心のつながりを、「喜び」にも「かげり」にもできる力を持つ。また、人の心を動かし、人を動かすほどの力を持つ。その「言葉」を発する器官が、「舌」であり、「歯」なのである。

 自分の発した言葉が、どういう影響を人に及ぼすのか、どういう結果を招くのか、大抵のことは、経験的にあなた方は知っている。逆に、「そんなつもりではなかった」と、心と言葉と結果の違いに驚いたり、意表を突かれたりする。そのような時は、さらに言葉を重ねて思いや意志を伝える必要が生ずる。それによって理解が深まったり、誤解が解けたり、という嬉しい結果がもたらされることが多い。しかし忘れてならないのは、言葉を発したのは「自分だ」という点である。何かしらの心のエネルギーを、「言葉」という形にしたのである。そこには自ずと責任が伴うのだ。それを認識したうえで発される言葉は力を持つ。人のことを思いやって発された言葉には温もりがある。そういう言葉を発することが、舌にも歯にも本来の役割であり、喜びであり、健やかなことなのである。

・もうひとつの「味わうこと」について。

 人の心の要素は実に多様である。多様な要素をただ持っているだけではない。同時に、求める。与えたいと思う。“交流”させたいのである。人間にとって、さまざまな思いを経験することが地上人生の目的のひとつでもある。そのなかでも特に「喜び」は、強く求めるものなのである。

 人と交わし合う心(思い合う、助け合う、いたわり合う、尊敬し合う)を実感すること、人から愛される喜びを実感すること、安心のなかに身も心も置くこと。「心」の喜びだけでなく食べる楽しさも、味覚(おいしさ)も、体に触れ、触れられることも、眠ることも…。さまざまな心と体の喜びを「実感」したい。それが地上に生きることならではのものだからである。それが与えられなかったり、得られなかったりする暮らしは、「味気ないもの」である。喜びのない暮らしに潤いはない。

 舌や歯が食物を取り入れる際に、物理的に「砕く」だけでなく、「味わうこと」に関わるのは、取り入れるエネルギー(食物)のさまざまな要素が肉体にとって必要だからだけでなく、そこに「喜び」という「心」が介在するからである。さまざまな喜びを心は取り入れ、実感し、自らの心のエネルギーとするからである。

 生きていることを喜べる実感あってこそ、人はいきいき生きられる。舌と歯によって砕かれた食物が肉体に取り入れられていくというのは、「心」の側面から見ると、そういう意味なのである。

動かぬように思えても、実際の「舌」はじっとしてはいない。その動きに大小はあっても、決して止まってはいない。人の心もそうである。その動きをありのままの「言葉」に変換して表現し、伝える。そしてその交わし合いのなかで、人は生きる喜びを実感する。その素晴らしい役割を「舌」と「歯」は担っているのである。

その人が自分本来の心にふさわしくない言葉を発した時、あるいは発した言葉が人に与える影響に気づくべき時、発した言葉への責任を考えなければならない時、喜びをさらに感じるべき時、「舌をかんでしまうこと」や「口内炎」、「舌癌」の症状となる。その重みによって症状の段階は違うが、いずれも共通項は「言葉を発すること」と、「喜びの実感」にまつわるかげりである。

 日々の暮らしのなかに、強く、あるいは急に、味気なさを感じてしまった時、「味覚障害」や唾液の量の変化が現れる。

歯に表れる症状として、原因不明の痛みの場合、前述したようなことに気づくようにというサインの場合が多い。しかしそれだけでなく、もうひとつ大事なことがある。自分が発したい言葉、発するべき言葉を心にとどめたまま、何かのために“頑張って”いた、それが苦しい時にも痛みとなり、また虫歯となることもある。(歯を食いしばって頑張ったこと、それが「大変だった」という気持ち)

虫歯のほとんどは、暮らしの全般について(その要素はひとりひとり違うから)何かしらの「喜びでない実感」――いわゆるストレス――があった時に生ずる。単に歯磨きをしないから、甘いものを食べ過ぎて、という物理的要因が「原因」ではない。なぜなら、どうして磨かないのか、どうして甘いものを食べ過ぎたのかというところにこそ、本当の原因があるからなのである。

「歯周病」の場合は、言葉を発し、あるいは地上的な喜びを実感するうえでの“基本となる”歯が使えなくなってしまう可能性をはらむ。それは「虫歯」以上に根本的なところの問題である。よって発される言葉そのものよりも、それを発する「動機」(そう言ってしまう本当の気持ち、本音)に何らかのかげりがあるということである。もしくは本来は地上での暮らし、人生の喜びを実感する、その“もとのところ”に問題があるということである。つまり、「喜びを求めるその動機、求め方、求める対象」に関して、何か考え直さねばならないところがあるということである。

あなた方にとって、「舌」や「歯」の位置付けは、さほど大きくなかったかもしれない。しかし、改めて自らを振り返ってみる機会にして頂きたい。今、実際に何の症状もないとしても。

15/09/2009(火) 12:03:24


No.6061  ひろこ
Re: 「病についての通信」 「日々をスピリチュアルに」 引用
「病についての通信」とても、とても楽しみにしています。
飯沼さん、まゆみさん、さきさん、お手伝いの皆様お疲れ様ですが
よろしくお願いいたします。

「日々をスピリチュアルに」の原稿・・あ〜迫ってきた・ですね。
どうしよう・・・早いものでもう秋です。

世界中の人達が平和で喜びで土地を耕し、自然を喜び生きていける
世の中になりますように・・・

15/09/2009(火) 18:55:18

No.6062  さき
Re: 「病についての通信」 「日々をスピリチュアルに」 引用
「病についての通信」いいですよ〜。
まゆみさんの編集をお手伝いしてます。
昨日、校正もかね久しぶりに全文を読みました。

身体の各臓器や器官(胃、腸、肺、心臓、腎臓、肝臓、子宮、血液皮膚、骨、目、鼻、耳、、などなど)が象徴する心の要素についての記述(克子さんの受信)が全部載っています。
病の意味、病に至ったその人の心の苦しさを解消するために、病を癒すため治すために、実用的具体的で大変役に立つと思います。
他にも、鬱について、癌について、認知症について、アトピーや風邪の意味、などなど内容充実してます。

心の要素も含めての病の癒し、その実践のために、皆さまに役立てて頂けること請けあいの本です。一家に一冊ですね。
完成をお楽しみに!!!

15/09/2009(火) 19:53:16

No.6064  あきら&ひとみ
Re: 「病についての通信」 「日々をスピリチュアルに」 引用
>> 2冊とも、11月28日の関東定例会に必ず間に合わせます!(と、自分にきつく言い聞かせています・笑)

おおっ、大変でしょうが頑張って下さい。
2冊とも、とても楽しみにしています。

克子さんとヌマが受信した病の通信、つくづく凄い通信だと思います。
多くの人に伝えられるように僕らも頑張っていきたいと思います。

16/09/2009(水) 19:24:40

No.6065  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「病についての通信」 「日々をスピリチュアルに」 引用
☆あきら&ひとみさん

ほーい、頑張りますよ。
いつもありがとうね。
今度の定例会で、関東定例会の相談をしましょう。

17/09/2009(木) 10:38:07

No.6066  ちこ
Re: 「病についての通信」 「日々をスピリチュアルに」 引用
飯沼さん、まゆみさん、さきさん、ご苦労様です。
色々忙しい中での原稿書きや製本作業は本当に大変だと思います。
ですが、きっとたくさんの人に喜びや安心を与える本になると思います。
首を長くして楽しみに待っています!
頑張ってください!

17/09/2009(木) 10:40:30


No.6058 飯沼 ホームページ E-mail
大丈夫かな? 引用

新政権に対する、マスコミの報道はずいぶんネガティブな意図が感じられますね。

今の政治空白状態がまるで新政権の責任みたいな報道が目立ちますが、7月21日に国会を解散して、8月30日の選挙まで、40日間の空白を決めたのは、自公民の政府だったはずなのに。
8月30日の総選挙で民主党が大勝、自民・公明が大敗して、政権交代が確実なのに、首相指名の特別国会は9月16日まで開かれない。
解散から2ヶ月近い政治空白期間を決めたのは麻生さんの責任なのだから、せめてこれぐらいはちゃんと踏まえて報道しなければいけません。

ついでにもうひとつ言えば、「新政権の閣僚人事がまだ固まらない」とさかんに報道されています。
でもね、自民党政権の頃はどうだったのかを、マスコミは忘れてしまっているのでしょうか?
総選挙の後、首班指名までに閣僚人事が決まっていたことなんて、一度もなかったと思うのですが。

しかし、新政権が発足しても、今の感じではマスコミ揃ってのネガティブキャンペーンが続くのかもしれませんね。
民放各社は、不況で企業の広告が激減して、赤字経営になっているとのことです。
広告主に顔色を伺いながらにしても、報道機関を自称するならばもう少し公正な報道をしていかないと、国が滅びます。

首相に就任したら、鳩山さんは総責任者ですから、マスコミや野党や官僚やアメリカや企業からの非難を受けるのでしょうし、閣内や党内からも多分かなりの不協和音が立ち始めるでしょう。
相当に強い意志と根性がなければ、疲れ果てて嫌気が差してしまいそうですね。
下手をすれば来年夏の参議院選挙で民主党が敗北し、またまた政局が混乱することも十分に考えられます。
参議院選挙で民主党が負けたら、鳩山さんの退陣・解散要求が高まるでしょうし、下手すりゃ安倍さんの二の舞にもなりかねません。

官僚さんたちや大企業もそれを期待して、マスコミもネガティブキャンペーンを繰り返していくでしょう。
圧倒的多数の庶民の支持を集められる思い切った政策を、早い時期から実行できるかどうかが全ての鍵を握っています。
これからの1年間が、新政権の全てを決するでしょう。
変革と実行に手間取っていたら、たちどころに形勢は逆転します。
鳩山さん、大丈夫かな?

マスコミのスタンスが見えているので、民主党は国民に直接訴えかける情報手段を整備しなければ、ネガティブキャンペーンに負けてしまいます。
記者会見に記者クラブ以外のジャーナリストの参加を許可し、インターネットを活用し、衆参各選挙区で情宣活動を粘り強く続けることぐらいしか思い浮かびませんが。
とにかく、大多数の庶民に支持される政策を力強く実行していかなければ、新政権は意外と短命に終わるかもしれません。
民主党、大丈夫かな?

おっと、肝心なことを書き忘れていました。
新政権がどうであれ、地上界の浄化は推し進められ、必ずや「明日のくに」は実現するでしょう。
僕も頑張りますよ。
皆さんと一緒にね!

13/09/2009(日) 22:19:16


No.6059  さき
Re: 大丈夫かな? 引用
ぬまさん、軽やかな文章ですね。(内容は軽くないけど、、)

>新政権がどうであれ、地上界の浄化は推し進められ、
>必ずや「明日のくに」は実現するでしょう。
>僕も頑張りますよ。 皆さんと一緒にね!

読みながら思わず最後に、はーい!と返事しました。

政権交代して、世の中って変わるんだ!って空気がありますよね。
今のままではやっていけない、暮らしていけない、変わってほしいという切実な欲求が政権交代につながった。
それをどう実現させられるかは今後にかかってるわけで、民主党政権にまかせてたら上手くいくってもんじゃない。
何をするにも一度に全部上手くいくわけないし、いちゃもんつけみたいな報道も多い。今から!ですものね。

これまで甘い汁を吸ってた人が既得権益を手放すって大変なことだから、色んなところですごいせめぎあいが起こってくるんでしょうね。甘くないですね。
今を好機にしないと、と思います。

14/09/2009(月) 23:15:40


No.6036 みさお  
ペット検査 引用
こんにちわ
9月2日に ペット検査の結果を聞きました
ぶどう糖を注射し全身の癌を調べる検査です
結果 再発なしでした 腫瘍マーカーも正常値でした

最近 考え込む事があり報告おそくなりました
まゆみさんの 喜びの輪 を目にし我にかえりました
まゆみさん ありがとう やはり掲示板に載せてもらえたら
何か機会になります
飯沼さんの 今の自分を喜ぶ ほんとそうだな
そして さきさんの
あなたにしかできないことがある〔今の自分がどうであれ〕
友人の事で悩んでいましたが 友人に伝えたいです
今のあなた〔友人〕がどうであれ 私はあなたが生きていてくれた
ら あなたにしかできないこと まず、あなたがいてくれることが嬉しい

病気が治ったのに またかげりを抱いてしまう
そんな自分に自己嫌悪しましたが 以前とは どこか違うのも
わかります 切り替えが前よりできるようになっている、、
無理をしなくなった、、
仲間の一人が 私の癖について伝えたくれた事もあり 何かあった際に違うラインで自分を見れるようになった
そして今日から もっと至らない自分でも認め そして治る喜びを
広げていきたいです
喜びの輪
何ヶ月か前までは みさおさんの病がなおりますように
と書いてもらっていたな、、、 としみじみ思いました
ありがとうございました

10/09/2009(木) 15:23:08


No.6037  さき
Re: ペット検査 引用
みさおさん、検査異常なし、よかったね!
もう大丈夫だと思ってても、報告聞くと嬉しいです。
安心しました〜

かげりってあるよ。
乗り越えたと思ってもまた別のところでかげりを抱いてしまう。
きっとどこまでいってもあるんだと思いまーす。
そのなかで鍛えられるし、成長できた自分もいる。
喜びのなかで一緒にすすんでいきたいよ〜

PS.
何人かの方からコメントいただいてたけど返信できなくって、すみませんでした。(一人っ子で自己中とよくぬまに言われています。。笑)

10/09/2009(木) 16:37:21

No.6038  ひらり
Re: ペット検査 引用
みさおさん、良かったね!!

みさおさんは完治されたと思ってたので心配はしてませんでしたが、報告はなによりこの掲示板を見てらっしゃる『今』病に苦しんでる方々の励みになりますね。

みさおさんの頑張りはとても立派だと思います。一つ一つ乗り越えられて今日のみさおさんが居る・・・とても嬉しいです。

無理せず自分のペースで皆一緒に歩いて行けたら良いですね。

10/09/2009(木) 17:27:33

No.6039  飯沼 ホームページ E-mail
Re: ペット検査 引用
みさおさん、大丈夫だと思ってたけど、PET−CTも腫瘍マーカーも異常なしでよかったです。

2日ほどメールの返信が来なかったので、検査がらみではないだろうとは思いながらも、実は気になっていました。
友だちと、いろいろあったんですね。

人は皆それぞれ、いろいろでいいのだと僕は思っています。
自分なりにその人に良かれと思っていろんな働きかけをしたりもしますが、やはり日々をどう生きるか、人とどう関わっていくかを選ぶのはその人自身です。
それが生きるってことでもあるんだしね。

その人の人生のプログラムや、過去や今のその人の考え方や思い方の優先順位に沿って、その人としての言動があるのですから、自分にできることをした後はその人が選んだことを尊重しながら関わっていけばよいのだと思います。
何も事情を知らないので、的外れなことを言ってるのかも知れませんが、まあ、僕の基本姿勢です。

「ここはとても大事なポイントだ」と思えば、それに応じた働きかけはしますが、それでも、その人に僕の思い通りにさせようとは全く思いません。
それだけの強い働きかけが今のその人には必要だと思うからそうするだけの話であって、その人の選択を尊重するという気持ちがあるからこそ、そこまでの働きかけができるともいえるでしょうね。

僕にはその人がこちらの働きかけに沿わない理由もある程度は分かるし、その結果どういう展開になっていくのかも見える場合が多いので、なんともいえない気持ちになってしまうことも少なくないのですが。
「何でここで僕の言うことを聞かないのかなあ・・・」という気持ちになることもあります。
でも、元々はその人が好きだから強く働きかけもするわけで、幸せへの道に立ち戻るための僕のアドバイスに従おうと背こうと、その人のことが好きだという気持ちは全く変わることがありません。

みさおさんがどんなに相手の幸せを願い、しかもその思いや情が厚い人であるか、僕はよく知っています。
だからこそ、友人とのことでもいろんな思いが分厚くなる場合があるのでしょうが、元々の「その人のことが好きなんだから関わっている」という基本の輝きを曇らせてしまっては、もったいないと思いますよ。
これは多くの人に言いたいことなんだけど、基本が「好き」という喜びや輝きなんだから、生身の人間同士いろいろあったとしても、そこは揺るがせることなくやっていければいいですね。

今回のその友人がもしかしてぼくのことだったらどうしようとちょっとびくびくしながら(笑)、事情も分からずに思うまま書いてしまいました。

10/09/2009(木) 18:14:16

No.6040  きん
Re: ペット検査 引用
みさおさん、検査結果異常なしでよかった!!
私だったら(自分本位な思い方かもしれませんが)、
検査結果するたびになんかドキドキしてしまうかもしれません。

みさおさん色んなことで自信持ってほしいです。
みさおさんいっぱいいっぱい頑張って、
自分の課題に向き合って乗り越えてきて、
そのひとつひとつの作業は簡単なものじゃなかったと
思う!!すごいことだとほんとに思います。
誇りを持ってほしい!
それに、色々教えてください。
みさおさんの何気ない言葉や、笑顔や、キラキラしてる
瞳には励まされます。
チョコとか手袋やパンプキンライトとかも色々くれたり、
色んなみさおさんの思いやりをもらってばっかりです。
みさおさんはそうやって色んな人に愛情を表現していってるんだと思う。

みさおさん、思い込むことや悩みが沢山あったんですね。
みさおさんのためなら深夜でもいつでも連絡くださいね!
なんの役にも立たないかもしれないけど、
みさおさんの気持ちを受け止めるよ!
距離は遠くても心はいつも一緒で近くにいます。
みさおさんの心の支えになりたいし。
問題があったら、智恵もないしずれてるかもしれないけど、
一緒に考えていこう!みさおさんのためなら!!です。

みさおさんの心が喜びで満たされますように。

10/09/2009(木) 18:35:05

No.6041  きんもくせい E-mail
Re: ペット検査 引用
みさおさ〜ん。
よかったですね!!
絶対に大丈夫と思っていましたが、毎回の検査のたびに安心と喜びが大きくなります!
この結果はすごいことですよね!
嬉しいな。。。

飯沼さんのみさおさんへの返信も心に響きました。

>「ここはとても大事なポイントだ」と思えば、それに応じた働きかけはしますが、それでも、その人に僕の思い通りにさせようとは全く思いません。
それだけの強い働きかけが今のその人には必要だと思うからそうするだけの話であって、その人の選択を尊重するという気持ちがあるからこそ、そこまでの働きかけができるともいえるでしょうね。


みさおさんのお仲間も、まさにみさおさんにもっともっと幸せになってほしいからこその働きかけをされたのですよね。
それを素直に受け止めて前に進んでいかれるみさおさん。
同じように友人や周りの人たちに気を配られるみさおさん。
そんなみさおさんはとても魅力的です!

そして、私はそんな素敵なみさおさんに出会えたことがすごく嬉しいです。
みさおさん、ありがとう!!

10/09/2009(木) 19:46:24

No.6042  まゆみ
Re: ペット検査 引用
みさおさん。検査結果、異常なしでよかったね。
治ってるってわかっていても、うれしいです。

「喜びの輪」のこと書いて下さって、ありがとう。
私も我にかえることができました。
自分の気持ちに囚われて2ヵ月抜けてしまいました。
大事なことに気づかせてもらいました。

みさおさん。ありがとう。
一緒に喜びの輪を広げていきましょうね。

10/09/2009(木) 20:40:38

No.6043  カモミール
みさおさんへ 引用
検査結果問題なくてよかったねっ。

そして、友人の件で悩んでいた事。。。。

気持ちの整理が出来たみたいですねっ。

みさおさんが私にかけてくれた、

「○○○な気持ちを将来の自分の為に受け止めよう」は

すごく響きました。


これからは○○○な気持ちから逃げずに対峙していくよっっっ。

いつも励ましてくれて〜あ・り・が・と・う〜

10/09/2009(木) 22:34:26

No.6045  あきこ
Re: ペット検査 引用
みさおさん!!検査結果、ほんまに良かったー
いつもみさおさんの文章に安心をもらってる感じがします。
母がみさおさんと嬉しそうに電話してるのを見るのも嬉しい。
今まで色んなことを思い出すとなおさら嬉しい!!
みさおさんがいてくれてほんまに嬉しい。
ありがとうーーー

10/09/2009(木) 23:01:54

No.6046  なみ
Re: ペット検査 引用
みさおさん、よかったですね!!
私も、みさおさんはもう治って大丈夫だと思っていましたが、こうして検査結果を聞くととてもうれしいです!!

みさおさんがひとつひとつ頑張って、乗り越えてこられたことが形となって、本当にすごいことだなとまた改めて思いました。

定例会でみさおさんに会えるのを楽しみにしています。

11/09/2009(金) 11:24:34

No.6047  みゆき
Re: ペット検査 引用
みさおさん
検査結果、どうもなくってめっちゃ嬉しい!!
すごい!!
よかったぁ〜
娘をいつもかわいがってくれ、おもってくれてありがとうです。
親子共々、みさおさんから、いっぱい気持ちをもらってます。

11/09/2009(金) 12:32:37

No.6048  さいこ
Re: ペット検査 引用
みさおさん

検査結果、大丈夫で良かったね!!
みさおさんて、本当に色々と気遣いができる素敵な女性だとあらためて思いました。
雰囲気もとっても柔らかくなったと思います。
みさおさんにはいろいろな事を教えてもらいました。
ありがとうね!

11/09/2009(金) 14:38:03

No.6049  あきら&ひとみ
Re: ペット検査 引用
みさおさん、嬉しい報告ありがとうございます!
みさおさんが全てをみんなにさらけ出し、乗り越えてきた結果ですね。
ほんとに凄いや〜!!
それに会うたびにどんどん綺麗になっていくしね!
みさおさんは私達に沢山の勇気と希望を与えてくれました〜(今もですよ!)
いっぱいありがとうを伝えます!
みさおさん、ありがとう!!!

11/09/2009(金) 21:16:40

No.6050  えみこ
Re: ペット検査 引用
みさおさん、
嬉しい報告です!!!
いろんなことあるよね。

みさおさんのありのままの気持ちが綴られていて、
こちらまで素直になれますね。

12/09/2009(土) 08:42:49

No.6051  えみこ
Re: ペット検査 引用
PS,,飯沼さんのみさおさんへの返信、

きんもくせいさんに同じく、
大きな安心感、、、、、いえそれ以上のもの。。
何度も読み返してしまいました。
ありがとう。

12/09/2009(土) 08:53:18

No.6052  ちぃ
Re: ペット検査 引用
みさおさん、良かった〜! とっても嬉しいです^^
>今のあなた〔友人〕がどうであれ 私はあなたが生きていてくれたら
>あなたにしかできないこと まず、あなたがいてくれることが嬉しい

私もみさおさんが居てくれることが本当に嬉しいです!
私の大きな大きな喜びだよ!!
そして心強い!!
改めてこれまでたくさん頑張ってきたみさおさんに労いの気持ちでいっぱいです。
みさおさんの細やかで大きな愛情、とっても素敵です^^
大好きだー!!

12/09/2009(土) 11:12:31

No.6054  ゆりか
Re: ペット検査 引用
みさおちゃんへ
 検査の結果に異常がなくてほんとによかったね。とても嬉しいです。
 いろんな人に、ありのままの深い愛情を素直に表現しているみさおちゃんは、とても素敵です。
そして、そんなみさおちゃんの愛情は、大切な友人にも、きっと伝わっていると思う。
私はいつも、定例会でみさおちゃんに会うたびに、みさおちゃんの温かい心と言葉に励まされてきたもの。
「この場から自分の存在を消してしまいたい」と思っていたときでも、みさおちゃんの言葉に癒されていたもの。
みさおちゃん!!これからも、いっぱい、喜びの輪を広げていこうね。私も、一皮むいて、もう一皮、喜びの輪の中で、みさおちゃんや仲間達と一緒に歩んでいくよ。
いっぱい、いっぱい、ありがとう!!

 

12/09/2009(土) 17:37:11

No.6056  みさお
Re: ペット検査 引用
今 さきさん家にお邪魔してます〜
コメント有難うございます コメント嬉しくて何度も読んでます

さきさん 飯沼さん ひらりさん きんちゃん きんもくせいさん まゆみさん カモミールさん あっこちゃん なみさん みゆきちゃん さいこさん あきらさん&ひとみちゃん えみこさん ちいさん
ありがとう〜
さきさんとも話してたのですが 治ったこと自信を持って 治る喜び広げていきます

飯沼さんの 書かれていること まさにその通りです
今は 友人を好きと思う気持ちそれでいいのだとおもいました
心配から 思いが分厚くなってしまいがちですが 信じる
病の際 今生では 信じきること 人も体も
と 言うメッセージの言葉も思い出しました

報告させて頂き喜んでもえらるのは とても力になります
今病の方への 力になれるよう生きていきたいです
また 書き込みさせて頂きます

ありがとうございます

12/09/2009(土) 19:35:39

No.6057  みさお
Re: ペット検査 引用
ゆりかさん
書き込み ありがとう
昨日 入れ違いに なっていたみたいで ごめんなさい
ゆりかさんは 一皮むけたよ
最近 他の書き込みされてるのを読んで そう思いました
ゆりかさんの 踊り 楽しみにしてるからね

13/09/2009(日) 16:47:00


No.6034 飯沼 ホームページ E-mail
お知らせです 引用
☆☆ 2009年10月の直接ヒーリングのお知らせ ☆☆

☆京都
10月3日(土)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月4日(日)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月5日(月)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月6日(火)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月7日(水)  午後1時〜2時半   3時〜4時半

☆篠山での日程は未定です。
篠山での直接ヒーリングをご希望の方はお問い合わせ下さい。
☆遠隔ヒーリングは随時お申し込みください。
☆詳しくは当サイト表紙上部の「ヒーリングお申し込み」をご覧ください。
☆なお、9月の直接ヒーリングのご予約受付は終了しました。
☆予約日以外での直接ヒーリングをご希望の方は、別途ご連絡ください。
(急を要する方に限らせていただきます)
。。。。。。。。。。。。

■9月定例会  
日時 9月26日(土曜日)
第1部 「癒しの講座」 お話とヒーリングの実習
       
午後2時から5時
参加費・1200円
        
第2部 「懇親会」 

午後5時半ごろからお時間の許す限り (ISSINミニライブあり)    
参加費・1500円
    
☆☆☆最寄駅はJR福知山線篠山口駅です。
地図の必要な方はお知らせください。
(079−594−5094)
。。。。。。。。。。。。

10/09/2009(木) 00:36:57


No.6035  飯沼 ホームページ E-mail
Re: お知らせです 引用
☆篠山での定例会は今年は9月が最後になります。
12月には篠山で納会を持ちたいと思います。

今年はちょっと変則になりましたが、11月28日は関東定例会(さいたま市大宮)になります。
詳しいことが決まれば、お知らせいたします。

10/09/2009(木) 00:44:02


No.6032 まゆみ  
喜びの輪を広げましょう! 引用
喜びの輪を広げましょう!

(2ヶ月抜けてしまいました。すみません。)

8日です。喜びの輪(和・環・話…)を広げましょう。



投稿NO6013↓のさきさんの言葉に勇気をもらいました。


あなたには、あなたにしかできないことがある。役割がある。(今のあなたがどうであれ!!)
そのためにこの地上に生まれてきたんだから。
一緒に、この地上に、喜びを広げていきましょうよ、と呼びかけたいです。



さきさん、ありがとう。



今病気の中で苦しんでおられる方に健やかな回復を願ってエネルギーを送りつづけたいと思います。

みなさんよろしくお願いいたします。

    * * *

共鳴させるエネルギー
「不調和から調和へ」

・この人の病が治りますように(全ての人の病が治りますように)
・この人の魂の意志が精神・肉体にまで行き渡りますように
・自らのかげりや闇を光に変えていこう
・自らの魂の意志が、精神・言動にまで行き渡りますように
・全ての人が魂の意志に従って生きられますように


      * * *

『 私たちひとりひとりは、この地上界を変えていこうと意志します。

それは自分の心の闇に光を通すことです。

目の前の人に手を差しのべることです。

遠く離れた人に祈りの心を向けることです。


この地上にある一切の「偏り・不調和」が一掃されることを願います。

そのために、ひとりひとりが今、自分にできることをしていきます。

人として正しく、人として優しく生きます。

自分も人も、皆が幸せになるように、

私たちひとりひとりが霊力の通路となります。 』



『 神の前に進み出で

 深く頭(こうべ)を垂れ 聖なる杯を受けなさい

 いついかなる時も 神の懐深く抱かれていることを
 
堅く堅く信じなさい

 それが不動の柱(霊力の通路)となる 』

      *




08/09/2009(火) 07:57:27


No.6033  ひろこ
Re: 喜びの輪を広げましょう! 引用
まゆみさん
ありがとうございます。
改めて、携帯のフォルダへ転送しました。心安らぎます。

さきさんへ
>あなたには、あなたにしかできないことがある。役割がある。 
>そのためにこの地上に生まれてきたんだから。
>一緒に、この地上に、喜びを広げていきましょう

わたしも、勇気でます。
いつまでも、じぶんに出来ない事を思ってても仕方がないですね。
自分の役割を大切に・・・・・

08/09/2009(火) 09:51:00


No.6029 飯沼 ホームページ E-mail
政権交代 引用

総選挙も終わり、初めての本格的な政権交代が起こりました。
民主党の圧勝は、事前のマスコミの調査のとおりでした。
小選挙区制になってからの最高の投票率だったそうですが、それでも事前の調査よりは低かったように思います。
もしも投票率が70%を越えていたら、結果はさらに自民党に厳しくなっていたでしょう。
小選挙区で落選した「大物議員」の比例区復活ができなくなっていたかもしれません。
あれだけ「民主圧勝・政権交代確実」と連日報道されれば、それほど積極的でない「浮動票」と言われる人たちのなかには、「あえて自分が投票に行かなくてもいいだろう」と思ってしまう人もいたでしょう。

新型インフルエンザの流行の報道も、投票率に影響したと思います。
選挙後の報道も、民主党の勝利(つまり民意です!)に対してかなりの違和感を醸し出しているように感じます。

元自民党の幹部的議員で、自公連携に反対し、今は弁護士として債務者救済などの仕事をなさっている白川勝彦さんは、「自民党・公明党はこの10年間でマスコミを完全に掌握している。それはかつて自民党にいた自分でも『ここまでやるか』と思うほどになっている」と言っておられます。

「マスコミは公正中立ではない」ということを、しっかり認識した上でニュースや新聞を見なければ、民意は誘導されてしまうでしょう。
新聞にしても民放にしても、大企業からの広告宣伝費を主な収入源にしているのですから、広告主の意向に逆らいにくいのも当然でしょう。
1年間で企業から献金を何十億円ももらっていた自民党が、大企業に都合のよい政治をしてきたのと同じです。

開票日の深夜の鳩山さんの記者会見をみました。
30分間でしたが、どんな質問にも極めて適確に、しかも誠実に回答する様子にとても好感を持ちました。
鳩山さんはやはり、今までの日本の政治家にはいなかったタイプの政治家だと思います。
政治家ですから、当然、駆け引きはできるのでしょうが、今までの日本の大物政治家のように、「ワシは腹芸ができる、懐(ふところ)の深い大物なんだぞー」といかにも狡猾そうな連中とは違っています。
余談ですが、政治家としてはよく分かりませんが、僕は個人的には小沢一郎さんという男も好きで、「もしかしたら小沢さんは高杉晋作の生まれ変わりじゃないか」と思うぐらいなのですが(笑)

新政権の前途は多難でしょう。
まず、鳩山さんが党や新政権をまとめていけるかという問題があります。
大不況・デフレから脱却することも極めて難しいでしょう。
アメリカの経済も内面ではますます厳しいようです。
官僚の人たちが、素直に利権や既得権を手放すとも思えません。
製造業の派遣雇いの禁止を公約に掲げていますが、現状のような大不況下でそれを断行すれば、中小企業は大打撃を受けるでしょう。
といって、今のような人間を使い捨てにする雇用方法を続けていてよいはずはありません。

年金制度もすでに実質は破綻しているのですから、根本的な立て直しが必要でしょう。
無年金者はますます増えています。
いくら年金を払っていなかったといっても、その人たちが生活に困窮すれば、政府として放置はできません。
その人たちへの援助をすれば、年金を払っていた人たちからは「不公平」の声が上がるでしょうし、そもそも国民年金支給額ではとてもじゃないけど暮らせません。

民主党は財源を一括して、最低毎月7万円の基礎年金の全員支給を政策として掲げています。
これは「労働報酬が有る・無いに関わらず、全ての国民に最低所得を保証していく」という、ベーシックインカムにつながる政策だとも言えるでしょう。
大不況が長引くと予測されて、実質1000万人の大量失業時代であり、先の見えないデフレ状態に陥っています。
何らかの思い切った政策が必要でしょう。

ベーシックインカムというのは、全ての国民に一定の金額を支給する代わりに、所得税か消費税を大幅増税するという考え方です。
もちろん、国家予算の優先順位の大幅見直しも必要です。
ある研究者の試算では、全ての国民に毎月7万円の基本所得を保証していくことは、十分に可能だそうです。

ベーシックインカムは、「富(所得)の再配分・分かちあい」の考え方なので、高所得者層は今よりも所得減になりますが、その研究者の試算では年収1000万円以下の人は所得が増えるとのことです。(独身者の場合は、年収500万円のあたりで減収・増収が分かれる)
ベーシックインカムについては、賛否両論あって当然です。
でも、もしも実現されれば、少なくともお金のことに関する庶民の不安は薄らぐでしょう。
それは究極の内需拡大になり、経済は活性化されます。
モノを買うということだけではなく、人の活動が活発化すれば、何らかの形でお金は動くのですし、仕事も増えて、結果的に税収も増えるのです。

社会的に有意義でも、収入につながらないからできない仕事や働きはたくさんあります。
お金になるかどうかに囚われずに、自分がしたい仕事や活動をしていけることにもなるでしょう。
犯罪も激減するでしょうし、CENSOREDも減るはずです。
今の時点で、ベーシックインカムを掲げているのは新党日本だけですが、出口の見えない大不況と人々の困窮・閉塞感を打ち破り、新しい社会へのビジョンとしてこれから議論されていくのかもしれません。

外交も、アメリカと中国が急接近し、北朝鮮とも実際にはうまく付き合っているようです。
日本を孤立化させる意図が透けて見えているように思います。

いろんな意味で、非常に難しい局面で、民主党は政権についたようです。
マスコミからは、新政権に対する否定的な情報は今後も流され続けるでしょう。

でも、戦後初めての「政権交代」の流れを作ったのは、国民が変化を求めているからにほかなりません。
この流れを、皆の本当の喜びになるような、さらなる変化につなげていけるのか。
鳩山さんだけでなく、僕ら国民にとっても大事な局面だと思います。

民主党政権は「企業団体による政治献金」を禁止するでしょうから、財界をパトロンにしていた自民党のように、露骨な財界の利益のための政治にはならないでしょう。
圧倒的多数の庶民を無視した政治はしにくくなると思います。
鳩山さんは「気のエネルギー」などにも理解があるようなので、新しい政治家として新しい日本を作っていくリーダーになる可能性はあるでしょう。

しかし、民主党政権が行き詰って、人々が希望を失えば、この国は危険な方向に誘導されていく可能性も十分にあるでしょう。
今まで2度の世界恐慌は、2度の世界大戦で克服(?)されたという事実を忘れてはなりません。
日本が生贄(いけにえ)にされる可能性があると思います。
「大正デモクラシー」といわれる時期の直後から、かつての日本は急速に軍国化を進め、侵略戦争への道を歩みました。
そうならないように、僕らも心していかねばなりません。
圧倒的多数を占める庶民の側から、「庶民社会へのマニフェスト」を提示して、新しい時代への流れを作っていきたいものです。
。。。。。。。。。

これは選挙結果が出た直後に書いたのですが、掲示板のテーマが別にあったので、投稿を控えていました。

03/09/2009(木) 11:48:52


No.6030  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 政権交代 引用
読み返してみたら、鳩山さんを絶賛しているような印象を与えてしまうかもという気もします。
僕は鳩山さんには非常に危険な側面もあると思っています。

憲法改変論者で、国連軍に日本も参加し、指揮権を国連軍に委ねるということを明言し、アジアの通貨統合・アジアそのものの統合という動きに肯定的でもあります。

ただ、自民党のように財界との金のつながりが強くなく、労組とのつながりもさほど緊密ではありません。
そこでは、政権や党の支持基盤を「国民・民意」に置くしかないという面が強いだろうと思います。
つまり、民意を無視した政治はしにくいということです。

03/09/2009(木) 14:49:31

No.6031  ひろこ
Re: 政権交代 引用
今度こそは、政権交代してよかったなあという世の中に
なってほしいです。
市民の大多数はテレビや新聞のマスコミで左右されます。
私の周りの人はここで知り得た事を伝えても、
信じてくれない人が多いです。
鳩山政権は今までにない貴重な人達を閣僚に選んでくれて
マスコミ等も変わっていってくれることを祈っています。

06/09/2009(日) 02:50:28


No.6009 さき  
一緒に考えていきたいです 引用
以下は個人的に頂いたメールです。
大事なことだと思ったので、ご了解を得て私の責任で要旨を紹介させてもらいます。

>・・・今議論になっている文章も本当に摂理・真理にかなったものと受け止めています。世の中を憂い、何とか世の仕組みを変えたいがために大きな愛をもって問題提起をされているのだと思っています。

>ただあの文章を読んだとき(また以前の文章からも)、私のようなものはこちらに来てはいけないんだ・・・。と思ってしまう自分がいました・・・・。

>私は一般の地方公務員で、いわゆる国のキャリアと呼ばれる人や銀行員・大企業の社員などよりははるかに給与水準が低いです。でも確かにワーキングプアと呼ばれる人が多数いる中、安定した、生活に困らないだけのお給料をいただいています。
公務員の仕事は確かに無駄なことも多いのかもしれません。でも他の多くの同僚と同じく、私自身少しでも住民のためになればと思い、自分の身分に多少の誇りを持って働いています。

>きっと今の安定した地位にいる人たちの多くは、自分なりの努力をしてきたと思っている人たちが多いのではないかと思います。(私も正直に言ってそこに繋がってしまう自分います。)だからといって不安定な生活を強いられている人を見て見ぬふりをしていいなんてことには絶対になりませんが・・・。

>今の地位を築くに至ったその人なりの苦労(家族を養うために歯を食いしばってがんばったことや耐えがたいことを耐えてきたことなど)の一端を認めてもらえることで、心に余裕ができ、周りのことを思いやれるようになるのではないか・・・。
今回のこととは全く論点がずれているとは思いますが、こんなこと考えていました。

>小さな自分なりの気持ちにとらわれている自分が恥ずかしくなったり、でもそれが私だし、私のような未熟な人間が世の中に多数いるのだろうと思ってみたり・・・。

>でもこんな小さな自分を乗り越え、自分が自分に誇りを持ち、弱い立場におかれている人を気遣っていけるような人間になりたい、いやなっていこうと思います。

**********
この地上には大きな偏りと格差がある。
生存もおびやかされている人がいる、自分よりより困難な立場にある人がいる。
そのことと、(それぞれの)自分の日常をどうつないでいくのか。
ということが問われているのだと思いました。

今の時代のなかで、今日を生きるのも困難な人たちへの共感をこめて、格差を語ることが、年収があるとか、生活が一定安定している、ということを、悪いとか非難するとか、全くそんな意図がなくても、それを責められているように受け取られる方もあるのかな。。
そんなことを考えてたら、このメールをいただいて、やっぱり〜、と思いました。

Aさん(とさせてもらいます)のような誇りを持って、同じようなお気持ちで仕事をされているたくさんの方々と一緒に、喜びのなかで進んでいきたいです。〜〜と、お返事しました。
自分もAさんと同じような気持ちになったわ、という方がいらしたら、同じ思いをお伝えしたいです。

で、Aさんが書いてくださった、
>だからといって不安定な生活を強いられている人を、見て見ぬふりをしていいなんてことには絶対になりませんが・・・。<
ということを、どう実現していけるのか、形にしていけるのか、ということを、皆さんと一緒に考えていきたいです。(理屈じゃなく、それぞれの生き方として、実践的にね。)

30/08/2009(日) 23:33:18


No.6010  さき
繰り返しになるのかもしれませんが 引用
ここまでで終わろうと思ったのですが、

6998のエーチャンのコメントをお読みして、やっぱりひとこと。
>・・立場の違いというのか、同じ人間であるのに、お互い傷つけ合う、あまつさえ殺し合う、そういう今の社会のあり方に私は耐えられないのです。・・・お互い、相手を人間としてみる、金持ち、名家の人間、低額所得者、庶民、その他国籍、人種等、違いを探せばいくらでもあるでしょうが、それでも同じ人間、同じ人間として違いを乗り越え、理解し合い、互いのこころの成長をはかる、これこそスピリチュアリズムだと思うのです<。
↑↑↑
おっしゃっていることはわかるのですが、↓↓
>立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない・・<
のかな? とやっぱり思ってしまいます。

立場が違う者同士が、理解し合うということは、相手の立場を知ることから始まります。自分のものさしで相手を見るのではなく、相手の置かれている立場を知ることです。
それが相手を同じ人間としてみるということだと思います。その努力をせずに、自分のものさしを押しつけながら「立場が違っても同じ人間。人間どうしわかりあえるはず」って何度言ってもお互いに理解し合うことなんてできっこない。

Aさんが書いておられる、
>だからといって不安定な生活を強いられている人を、見て見ぬふりをしていいなんてことには絶対になりませんが・・・。<
ということをそのままにしておいたままで、互いに理解しあうなんてできないと思うのです。

マリ―アントワネットが、フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」って言ったとか。。
そこまでなくても「ホームレスは働けばいいのに」と思ってる人は多い。親は子供にホームレスには近づくなと教え、少年たちが襲撃する。
同じ人間としてみられていないのです。その眼差しのなかで生きることを強いられている人たちが全国に数万人いるということ。そのことを知ること。その人たちの立場を理解すること。その人たちが同じ人間としての眼差しのなかで、ともに生きられる社会にしていくこと。

それが、ぬまさんの言葉↓↓の意味だと受け取っています。
>庶民は、憲法25条に保証された、健康で文化的な生活を享受する権利を主張していってほしい。胸を張って、公的支援を求めていけばよいのだ。

互いの心の成長をはかることと、地上界の偏りの仕組みを健やかにしていくことは、どちらも不可欠で同じこと。同時進行なのだと思っています。
繰り返しになったのかもしれないですが、やっぱり伝えたかったので。

最後にもう一回、
>だからといって不安定な生活を強いられている人を、見て見ぬふりをしていいなんてことには絶対になりませんが・・・。<
ということを、どう実現していけるのか、形にしていけるのか、ということを、皆さんと一緒に考えていきたいです。(理屈じゃなく、それぞれの生き方として、実践的にね。)

30/08/2009(日) 23:37:06

No.6013  さき
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
もう少し補足です。

>今の地位を築くに至ったその人なりの苦労(家族を養うために歯を食いしばってがんばったことや耐えがたいことを耐えてきたことなど)の一端を認めてもらえることで、心に余裕ができ、周りのことを思いやれるようになるのではないか・・・。
今回のこととは全く論点がずれているとは思いますが、こんなこと考えていました。

Aさんや同じような気持ちを抱かれる方がおられたのだと思います。そのことをしっかり受けとめたいです。メールを下さったことに感謝します。自己点検しつつ、ひとりひとりの人が頑張ってきたことが、喜びにつながるようなプロセスを一緒につくっていきたいです。

5971で書いたように、無神経に人を踏みつけながら、自分は善意なのよ、悪気はなかったのよ、、、っていうような人間にはなりたくない。そう思ってきました。結構そういう人を目の当たりにしてきたからかもしれません。(気づかなかったなら、事実を知った時、コトが明らかになった時に、開き直ったり、自分を守ったりしないであやまる、です。)事実に対して謙虚でありたいのです。そこにこもっている心のエネルギーが、引き起こす反応があるのかもしれないと思いました。

完璧な人間なんていない。どんな人も輝きもあれば、かげりもある。いいところも悪いところも、長所も短所もある。誰もが自分自身のなかにある光と影、そのせめぎあいのなかで生きている。いいところ、喜べるところばかりじゃない。失敗もする、間違いも犯す。人を傷つけるし、嫌なことも言うし、嫌な態度もとる。いじわるや当てつけもする。自分を守るために周囲に迎合したり、恐れから沈黙したり。。やさしくも正しくもない部分を持っている。そして、そんな自分との葛藤のなかで生きている。そのなかで重く積み重ねてしまった時間、重く積み重ねてしまった自分もいる。

そういう存在である自分を肯定する。そういう存在である自分を喜ぶ。それは嫌な自分や喜べない自分、自分の短所やかげりをそのままにしておいていいってことでは断じてない。
ありのままに、今ある自分。そんな葛藤のなかで生きている自分を喜べたら、そこで変に自分を守ったり、過剰反応したりすることも薄くできるのでしょう。事実や真実に謙虚になれる、愛情や人の気持ちに、素直になれるのだと思います。人として正しくやさしくに、沿っていきやすくなるのだと思います。今回のやりとりを通じてあらめてそれを実感しました。

戦争をやめましょう。格差をなくしましょう。
いじめをなくしましょう。いのちを大切にしましょう。
↑↑
たぶん、ほとんどの人が、そうだね、私もそう思う、って言うでしょう。けど、実際にこの地上がその方向に向かっているかと言えば、そうはなってない。実現のため必死で頑張っている人はいる。私もその人たちに連なりたい。けど悲しいかな全体としては、むしろ地上界は逆の方向にすすんでいる。それが現実だと思うのです。

世の中の仕組みや社会の現実と、ひとりひとりの願いが、かい離しているのだと思います。
かい離させるような仕組みがあるからです。
かい離させるような力が働いているからです。

その仕組みや、その力を、見ていかないと、見抜いていく力をつけないと、って思う。
でないと、人の善意ややさしさが、自分もみんなも幸せにという願いが、その仕組みや力にからめとられていってしまう。
人間が世の中の仕組みや現実をつくっているはずなのに、いつの間にか人間がその仕組みの道具になって(されて)いって。いいように利用され使い捨てにされていってしまう。(それが悔しいんです)

その逆転をひっくりかえすことができるのは、この仕組みのしわ寄せを受けている人たち、おかしいと気づいた人たち。。人間です。そしてすべての人が人間らしく生きられる社会や仕組みをつくらなきゃ、って思う。そのために自分を役立てていくことが、この地上にあって霊的真理に沿って生きること、なんだと思っています。

人が言動する、表現することの多くが、その人の念の次元での歪みの影響を受けているのだと思います。
いい悪いではなく、殆どの人が(もちろん私もです)自分なりの理由をつけながら、(本当の願いや正直な気持ちに蓋をして)自分の歪んだ念の次元で動いている。それを守っている。

私はそんなつもりじゃない。だって○○だったから。私はこんな目にあわされたんだから。あの人だってこんなんだから。。
自分なりの理由をつけながら、自分のなかで働いている「そうせずにはいられない」あるいは「そうはするもんか」という念の次元での歪みを言動に反映している。

そこに地上界に溜まっている重たい次元の(幽界的)エネルギーが大きく影響を与えている。
念の歪みが反映された言動は、歪み→歪みの連鎖を生みます。この連鎖を逆転しないと、いつまでたっても地上の現実は変わらないんじゃないか。と思います。

ここは、頑張りどころです。
自分も周囲も(みんなも)喜べる方に、心を(言動を)動かせていくこと。自分の存在を喜ぶことです。
誰もが抱えている念の歪み、という要素を薄くしていくこと抜きに、いじめも格差も戦争もなくならないでしょう。

自分の長所や輝きを喜べずに、ないものにすること→貢献できる力、その人にしかできない役割があるのにしないこと。
それは本人の自己評価がどうであれ、社会的な評価がどうであれ、利己的なんだと思います。

あなたには、あなたにしかできないことがある。役割がある。(今のあなたがどうであれ!!)
そのためにこの地上に生まれてきたんだから。
一緒に、この地上に、喜びを広げていきましょうよ、と呼びかけたいです。(ながくなってすみません。)
〜2009.8.31 政権交代が実現した日に〜

31/08/2009(月) 08:03:26

No.6014  みやっち&藍子 ホームページ
Re: 一緒に考えていきたいです 引用

さきさんの言葉に感動しました。

お金があるとかないとか、立場とか業種などは全部ぬきにして、
人として人間として、僕には僕にしかできないことがあると思う。

僕にしかできないことをやっていきます。
 
                         みやっち

私も自分の存在を喜ぼうと思います。
自分のしたいこと、やるべきことにしっかり目を向けて、
ごまかさずに生きたいとあらためて思いました。
現実は小さなことの繰り返しだけど、
何もできない自分に浸ることなく一つでも二つでも
出来ることをしたいと思います。

                          藍子





          

31/08/2009(月) 20:15:53

No.6015  さき
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
みやっち&藍子さん、コメントありがとうー☆

伝えたい気持ちがつのって書いたものの長くなったし、投稿した後で、読みにくいし自分なりの気持ちが入りすぎているかなとか、思っていました。
伝わって嬉しいです!
と言ったものの、ISSINの「喜びの歌」にはすでに私が伝えたかったことのエッセンスが詰まってると思いまーす。(ISSINってすごいよ)

私も喜びのなかで、自分に出来ることを一つでも二つでもしていきたいです。

31/08/2009(月) 21:38:35

No.6016  あきこ
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
さきさん、色んな気持ちや意見を
書いて下さってありがとうございます。

>念の歪みが反映された言動は、歪み→歪みの連鎖を生みます。こ>の連鎖を逆転しないと、いつまでたっても地上の現実は変わらな>いんじゃないか。と思います。

今日は、改めて自分なりのものさしでしか見ていない自分を
反省していました。。。
もう一歩前へ、歪みを薄くしたいです。
さきさん、また色々教えてください☆

31/08/2009(月) 22:24:31

No.6017  Glass Age
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
さきさん、すごい迫力ですね。身が引き締まりました!

僕は実は、さきさんが紹介されたAさんと同じような立場の人間です。

でも当初の飯沼さんの文章にそれほど違和感は感じませんでした。
むしろ、スピリチュアルな集まりでは、ふわふわとした毒にも薬にもならないような言葉が飛び交っていることが多いですが、悠々塾では、社会や政治の問題から目をそらさずに、きちっと向き合ってるところがとても新鮮で、共感できました。

ただ、僕の経験から言ってもスピリチュアルに集う人たちは、とても穏やかで心やさしい人たちが多いので、飯沼さんの文章は、そういう人たちにとって、やや刺激的で過激に映ったのかもしれません。より多くの人から共感を得ようと思ったら、もう少し書き方を変えるという道もあるのでしょうが、きっと飯沼さんはそういう性分の方ではないのでしょうね(笑)。それでいいと思います。

僕は逆に、幼い頃の体験からか、自分の個性や内にもっている思いを抑えて、周りに合わせすぎるという癖があります(直接ヒーリングでずばり見抜かれました)。飯沼さんの言葉を借りれば「魂の輝き」を表に出してこなかったということかもしれません。これまでそういう生き方をしてきましたが、そろそろ限界に来たみたいで、実は、この夏に非常に苦しみまして、その最中に悠々塾に出会った次第です。

一方、エーチャンさん(はじめまして!)の思いも痛いほどよくわかります。僕は若いころから政治や市民運動などに関心があって、それなりに学んだり、かかわったりしてきましたが、どこか違和感がありました。何かが欠けているような感覚です。それはきっとエーチャンさんがおっしゃってることとつながってると思います。
紹介されてたケア・ハーディ(シルバーバーチを愛読してるのに見逃してました!)のことをもっと知りたくなりました!

そういうわけで、スピリチュアリズムをベースに、社会にもしっかりかかわっていくという姿勢の悠々塾やドネーションシップわかちあいの存在は、今の僕にとって、とても大切です。毎日たくさんの刺激を受けています。

とりとめのない文章になってしまいましたが・・・

31/08/2009(月) 22:26:07

No.6018  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
■Aさんのメールを読んで。

Aさんが、地方公務員として、安定した、生活に困らないだけの収入を得て、ご自分の仕事に誇りを持っていらっしゃることは素晴らしいことだと思います。

地方公務員の総数は、正規職員で約300万人だそうです。
その他に、非正規職員が数十万人いるそうです。
非正規職員のほとんどは、正規職員の半分以下の給料で、いつ解雇されるかも分からない不安定な状態で働いています。
ワーキングプア状態の非正規職員も少なくないそうです。(官製ワーキングプア・布施哲也・七つ森書館)

■ここからは一般論として

僕は思うのですが、
自分に与えられている境遇を喜べる人は、大いに喜べばよいのです。
何の負い目を抱くこともありません。
今の時代、非常にたくさんの人たちが生活に窮し、自分の境遇を喜びにくくなっています。
喜べる境遇を与えられている人が、それを喜ばなければ、もったいなさ過ぎるでしょう。

自分が喜べるところを大いに喜び、喜べない状態に置かれていると思われる人たちが、その人の境遇を喜んでいけるように願い、今、自分にできることを何かしていくことで、喜びは広がっていくのだと思うのです。
自分ひとりではたいしたことはできなくても、同じ思いの人たちと心と力を合わせれば、きっと何かができるのです。
そして、自分や自分に与えられているものを、誰かのために役立てていくことが、実は自分にとっても最大の喜びになるのではないかと、僕は思います。

今の地上界は霊性進化の節目を向かえ、激動の坩堝(るつぼ)にあるのでしょう。
それは、信頼するに足りる内容のさまざまな霊界通信が伝えているとおりだと思います。
地上界の価値観が大きく転換するのです。
神のご意思が、今までよりもはっきりとした形になって顕れる時期を迎えているのだと思います。
価値観の天地が入れ替わるのです。
それは、人間の都合や気持ちをはるかに越えた、神の経綸であり、地上界のプログラムなのだと受け入れるしかないのでしょう。

今までは、自分の得たものを守って減らさないように、あるいは増やすことが「自分が幸せになる条件」として、まかり通っていたのでしょうが、これからはそういうやり方はもう通用しなくなっていくように思うのです。
自分の得ているものを誰かのために役立てていくことで、自分も本当の幸せを得ることができるのではないかと思うのです。
幸せの条件はお金や社会的立場だけではありませんね。
ということは、お金や社会的立場を保持していても、自分としてはいつまでたっても幸せだと思えない状況がもたらされ続けるような気がします。

僕はこの仕事をしてきて、「本当に神や霊界には全てがお見通しなのだ」と、思い知らされるようなことを数えきれないほどに目の当たりにしてきました。
全てをお見通しの霊界からの計らいは、これからさらにきっぱりと実地に移されていくように思います。
スピリチュアリズムを知っているかどうかなどには関係なく、ましてや悠々塾とつながっていようがいまいが、誰もこの地上人類の霊性進化のプログラムからは逃れられないのです。
たしか以前に克からも伝えられていましたが、これは変な脅しなんかではなく、自分が幸せになっていくための、最も確実な方法なのだと思います。

変に自分を守って何かにこだわっていくのではなく、自分を役立てる喜びに皆さんがつながっていけると、きっと間違いなくもっと素敵な人生、もっと輝く地上界になりますね。

『自分の長所や輝きを喜べずに、ないものにすること→貢献できる力、その人にしかできない役割があるのにしないこと。
それは本人の自己評価がどうであれ、社会的な評価がどうであれ、利己的なんだと思います。』
『あなたには、あなたにしかできないことがある。役割がある。(今のあなたがどうであれ!!)』

■(「幸せになるためにはどうすればよいのでしょうか?」というメールを、最近何通かいただいているので、この投稿はその返信を兼ねて書きました。)

31/08/2009(月) 23:31:33

No.6019  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
◆これは決してAさんに向けてのことではなく、僕の気持ち・感覚なので、どうかその意味で読んでほしいのですが・・・。

>きっと今の安定した地位にいる人たちの多くは、自分なりの努力をしてきたと思っている人たちが多いのではないかと思います。(私も正直に言ってそこに繋がってしまう自分います。)
>今の地位を築くに至ったその人なりの苦労(家族を養うために歯を食いしばってがんばったことや耐えがたいことを耐えてきたことなど)の一端を認めてもらえることで、心に余裕ができ、周りのことを思いやれるようになるのではないか・・・。

こういう気持ちは僕にも分かります。
社会的に成功している人たちは、(一概には言えないとしても)能力や自分の努力が報われたから今の収入と地位を得ているのは、その通りだと思います。

ただ、僕がひねくれているのかもしれませんが、今の格差社会において、解雇されたり、低所得で不安定な仕事についている人たちは、「じゃあ、自分たちが努力をしないで、歯を食いしばって頑張ってこなかったから、今の状態に置かれていると言うことなのか」と受け取る人も少なくないように思ってしまうのです。
それって、自己責任論に行き着くのじゃないかと。
春が来るさんとのやり取りの時にもそう感じて、やや感情的に「今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。」と書いてしまったのでした。
ただでさえ苦しく厳しい状況に追い込まれている人たちの気持ちを思えば、いたたまれない気持ちになるのです。

問題になった僕の投稿で、僕も「立場によって受け取り方や感じ方はいろいろなんだな」ということを学びました。
自分では全くそういう気持はなかったので、言われて、さきさんと話したりしているうちにようやく気づいたのですが、高収入の人や一定の安定と収入を得ている人たちへの配慮が足りなかったのだと思いました。

それと同じように、あるいは僕よりももう少し、春が来るさんやAさんも、今の社会で虐げられている人たちへの共感や心遣いが足りないのではないか、だからそういう表現になるのではないかと思ってしまう僕がいます。

同じ人間であっても、今の世の仕組みの中で、成功につなげていく能力や努力の違いはあるのかもしれません。
ですから、能力がある人が努力や幸運によって、どんなに大きな成果や報酬を手にしても、僕はそれはそれでよいのだと思っています。

ただ、その一方で、生きることさえ苦しい状況に追い込まれていく人たちが置き去りにされてしまうことがいたたまれないのです。
すぐには社会のシステムを変えることもできず、何がしかの支援もできないのであれば、せめて同じ人間としての共感の心を向けずにはいられないのです。

すみません。
話を蒸し返すつもりは全くありません。
誰を責めているのでもありません。
そういうことではなしに、ただただ、僕の気持ちを書きたかったのです。
。。。。。。。。

完全失業者が359万人います。
企業が政府の補助を受けて、仕事がないのに雇用を維持している、企業内失業者は600万人もいるそうです。
この人たちは近いうちに解雇されることになる可能性が高いので、実質的に約1000万人の失業者がいる状態です。

皆が、「生きていてよかった」と思える社会になることを、切に願います。

01/09/2009(火) 18:30:00

No.6020  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
すみません、もう少し書かせてください。
以前、相談を受けた30歳代の男性のことです。

彼は独身時代、福祉施設に勤めていました。
好きな人ができて、結婚するにあたり、子供ができた時のことを思えば、その施設での給料では生活が苦しすぎるので、転職しました。
実際、結婚して間もなく奥さんは妊娠しました。
不規則な勤務で、深夜にも呼び出しがかかるような仕事でしたが、一定の給料があったので、彼は頑張っていました。

子供が生まれてしばらくした頃、その会社の経営不振によって退職を余儀なくされ、次の仕事はなかなか見つかりません。
ようやく就職先が決まりましたが、出来高払いの仕事で、この不況下のことですから、極めて低所得です。
油断をすれば事故で生命に関わる仕事なので、緊張や責任の重圧はいつもあります。

しかし、奥さんと子供の待つ家に、持って帰れる給料は少なく、奥さんは生活の苦労と将来の不安が募ります。
給料を持って帰っても、「ありがとう。お疲れさま」とはなかなか言えない状態になってしまいます。
感謝やねぎらいよりも、つい不平や不満が口から出るようになってしまいます。
収入に負い目のある彼は、「俺も頑張っているんだ」とは言いにくく、でも疲れややりきれなさは募ります。

些細なことからの夫婦喧嘩も多くなり、次第に会話も少なくなって、彼は家では自分の世界に篭るようになってきます。
それがお互いの喜びであるはずもなく、夫婦はさらに気持ちが通わなくなって、子供の前でも言い争いをするようになってしまいました。

そういう中で、彼は体調を崩し、しばらくの間仕事を休まなくてはならなくなります。
出来高払いの仕事なので、さらに収入は落ち込みます。
「これから自分たちはどうしていけばよいのでしょうか?」という相談でした。
二人とも真面目な人で、責任感や努力が欠けているわけではありません。

僕は奥さんに、彼の辛さや頑張りを話し、彼に感謝とねぎらいの心と言葉を向けるように伝えました。
彼の気持ちを引き出し、共感とともに、僕からもねぎらいました。
大事なことはきっと伝わったと思います。

でも、今の社会の仕組みが続く限り、彼らの生活の苦しさや、将来への不安は拭うことは難しいでしょう。
僕もスピリチュアルカウンセラーですから、「そういう状況の中で、どういう心を抱き、どういう言動をしていくのか。こういう時こそ、不満や不安ではなく、感謝とねぎらいと安心を持つように。必ずふさわしく導かれるのだから」ということは伝えます。
それが幸せに向かう唯一の道筋だということも知っています。

それでも、「今の社会が人間にもう少し優しければ。もう少し格差が是正されて、皆がささやかでもごく普通に生活していける社会であれば・・・」と思わずにはいられないのです。
分かってはいても、やはりいたたまれない気持ちになってしまうのです。

それは霊的真理を学び、伝える側の人間として未熟なのかもしれません。
でも僕は、社会の仕組みに虐げられながらも自分たちのささやかな幸せを願い、それが叶わない苛立ちに傷つき、傷つけ、時には自分の人生に絶望感を抱いてしまう人たちと共に、彼らに少しでも希望と安らぎをもたらすために、生きていきたいのです。
僕も長い間、同じような思いを抱いて生きてきました。
今でも、経済的に余裕があるとはとてもじゃないけど言えない状態ですが、僕は「これが自分の働きだ」と思える、何ものにも換え難い喜びの中で仕事をさせていただいています。
でも、生活を維持するために働いているのに、生活できないぐらいの低収入で、雇い主の都合でいつ解雇されるかも分からないという状態に置かれている人たちが大勢います。
あるいは使い捨てにされて、終わりです。
だから、そういう人たちに寄り添って、「僕らは同じ仲間なんだよ。大丈夫、必ず幸せになれるから」と言い続けたいのです。

年配の人でも、幼い頃の貧しさや家庭環境によって、その後の数十年もの人生が影響され続けている人もたくさんおられます。
そういう意味では、ほとんど全ての人がそうでしょう。
もちろん、育った家庭の心のありようが陰を落ちしている場合も少なくありません。
でも、お金や目に見える境遇によって傷ついたままの人も大勢おられます。
60数年前の戦争で体験したことや目にしたことが、その後の人生を歪めてしまった人も少なくありません。
兵士として人を殺し、戦友の死を目の当たりにし、あるいは幼い子供が、焼け焦げた死体がいたるところに転がっている中を逃げ惑うのですから、トラウマになるのも無理はありません。

全ては必然であるということを知ってはいますが、やはり「もう少し時代が人間に優しかったならば、この人の人生は大きく違っていただろうに・・・」と、なんとも言えない気持ちになってしまいます。
だから何としても、人間に、皆に優しく平和な時代を作っていきたいのです。

01/09/2009(火) 21:11:03

No.6021  春が来る
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
ぬまさん、さきさん

>それと同じように、あるいは僕よりももう少し、春が来るさんやAさんも、今の社会で虐げられている人たちへの共感や心遣いが足りないのではないか、だからそういう表現になるのではないかと思ってしまう僕がいます。

カウンセリングでいろいろな苦しい状況に置かれている人達と直接話す機会が多いぬまさんやさきさんは、きっと私よりもずっと切実に現在の格差社会のひずみを感じておられるのだと思います。

>立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・

私は、この文章によってAさんの様に思われる方がおられるのではないか、と感じました。しかし、この文章に続いて、

>しかし、ぬまさんの仰りたいことの趣旨は分かりますし、エーちゃんさんも趣旨はご理解されているように思うのです。

と、書いています。決して、ぬまさんを責めるつもりで書いたのではありません。

私が、大変な状況の人たちのことを「分かっていない」、と言われれば反論できません。
ただ、私なりにではありますが、15〜6年前から、アフリカの子供達やアフガニスタン、国境なき医師団などに支援をさせていただいています。釜が崎でホームレスの方々を支援するキリスト教系の団体にも衣類やお米を送ってきました。
(この様な事を言うつもりはなかったのですが、いきがかり上、お許しください)

(このままの社会システムでいい、というわけではなく、)一方に理解を示そうとする事が、即、もう一方を理解しようとしていない、ということになるのか、この様な論理が私には分かりません。

>それって、自己責任論に行き着くのじゃないかと。
春が来るさんとのやり取りの時にもそう感じて、やや感情的に「今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。」と書いてしまったのでした。

私は、現在、大変な状況に置かれている人達に対して「自己責任論」を抱いたことはありません。むしろ「自己責任論」を批判的に見てきました。
この様に思われたのなら、残念です。
しかし、ぬまさんがそう思われたのなら、私にそう思わせるものがあるのか、自分を見つめていこうとは思います。
「わたくし」的な事で、もう論戦を繰り広げるつもりはありません。
ただ、私はAさんの文章から、Aさんが「自己責任論」を展開される方だとは感じませんでした。

>きのう、京都までの道すがら、去年受けた直接ヒーリングの事を思い出していました。(その節はお世話になりありがとうございました)

主人と私は、ある事で、今の世の中の仕組み造りに直接かかわっている人と、かかわらざるをえないようになりました。
傲慢で屈辱的な対応に、幾度、憤りを覚えたことでしょう。
でも、会う度に5時間程話したり、電話でも4時間程話していく中で、次第にこちらの言う事に理解を示してくださるようになりました。
決して、迎合ではなく、言うべきことは言ったつもりです。
そして、後には、人前で、私達と関係を持てたことを誇りに思う、と言ってくださいました。
その間、私達がとってきた言動に対して、克子さんがねぎらいの言葉を伝えてきてくれた事がとても嬉しかったです。

この様に、少し前に書きましたが、私達がそのご夫妻に対して憤り、関係を断つことは簡単でした。この直接ヒーリングの際、ぬまさんやさきさんは、主人と私が受けた屈辱的な対応に目をうるませて共感してくださいましたね。うれしかったです。

ただ、その頃は、そのご主人の仕事の厳しさ、お仕事の厳しさからくるご夫婦のすれ違い、そして、ご夫婦それぞれの淋しさを知っていましたし、私達に対して信頼を置くようになってくださっていたので憤りはありませんでした。
初めは、「離婚」という言葉も出る程、夫婦仲の悪かった、そのご夫妻の関係も変わってきました。私は、そのご主人がお仕事においても変わっていってくださる事を願っています。(なまいきに思われるかもしれませんが・・・)

「釈迦に説法」の様に感じられたらお許しくださいね。

このご夫妻は物質的な面においても、とても利己的でした。
そのご夫妻と真剣にかかわっていた時、私達の頭にあったのは「地上人類の歩み」に書いてあった、次の箇所でした。

「彼らは一時的な戦いの終結や、形ばかりの平和を求めてはならなかったのだ。凝集する者に限りなき光を注ぐことにより、かげりを乗り越える光、新たなる『調和』を目指さなければならなかったのだ。
攻撃に対して防戦で応えるのではなく、攻撃に対しては、さらに大きな慈しみと許しとによって応えるべきだったのである。」

主人と「全ての人の魂に神性が宿っているはずやもんね・・・」と言いながら、その事を信じてそのご夫妻と向き合った日々を思い出していました。





























ぬまさん、さきさん
>それと同じように、あるいは僕よりももう少し、春が来るさんやAさんも、今の社会で虐げられている人たちへの共感や心遣いが足りないのではないか、だからそういう表現になるのではないかと思ってしまう僕がいます。

カウンセリングでいろいろな苦しい状況に置かれている人達と直接話す機会が多いぬまさんやさきさんは、きっと私よりもずっと切実に現在の格差社会のひずみを感じておられるのだと思います。

>立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・

私は、この文章によってAさんの様に思われる方がおられるのではないか、と感じました。
しかし、この文章に続いて、

>しかし、ぬまさんの仰りたいことの趣旨は分かりますし、エーちゃんさんも趣旨はご理解されているように思うのです。

と、書いています。

私が、大変な状況の人たちのことを「分かっていない」、と言われれば反論できません。
ただ、私なりにではありますが、15〜6年前から、アフリカの子供達やアフガニスタン、国境なき医師団などに支援をさせていただいていますし、釜が崎でホームレスの方々を支援するキリスト教系の団体にも衣類やお米を送ってきました。
(この様な事を言うつもりはなかったのですが、いきがかり上、お許しください)
(このままの社会システムでいい、というわけではなく、)一方に理解を示そうとする事が、即、もう一方を理解しようとしていない、ということになるのか、この様な論理が私には分かりません。

>それって、自己責任論に行き着くのじゃないかと。
春が来るさんとのやり取りの時にもそう感じて、やや感情的に「今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。」と書いてしまったのでした。

私は、現在、大変な状況に置かれている人達に対して「自己責任論」を抱いたことはありません。むしろ「自己責任論」を批判的に見てきました。
この様に思われたのなら、残念です。
しかし、ぬまさんがそう思われたのなら、私にそう思わせるものがあるのか、自分を見つめていこうとは思います。
「わたくし」的な事で、もう論戦を繰り広げるつもりはありません。
ただ、私はAさんの文章から、Aさんが「自己責任論」を展開される方だとは思いませんでした。

>きのう、京都までの道すがら、去年受けた直接ヒーリングの事を思い出していました。(その節はお世話になりありがとうございました)

主人と私は、ある事で、今の世の中の仕組み造りに直接かかわっている人と、かかわらざるをえないようになりました。
傲慢で屈辱的な対応に、幾度、憤りを覚えたことでしょう。
でも、会う度に5時間程話したり、電話でも4時間程話していく中で、次第にこちらの言う事に理解を示してくださるようになりました。
決して、迎合ではなく、言うべきことは言ったつもりです。
そして、後には、人前で、私達と関係を持てたことを誇りに思う、と言ってくださいました。
その間、私達がとってきた言動に対して、克子さんがねぎらいの言葉を伝えてきてくれた事がとても嬉しかったです。

この様に、少し前に書きましたが、私達がそのご夫妻に対して憤り、関係を断つことは簡単でした。この直接ヒーリングの際、ぬまさんやさきさんは、主人と私が受けた屈辱的な対応に目をうるませて共感してくださいましたね。うれしかったです。

ただ、その頃は、そのご主人の仕事の厳しさ、お仕事の厳しさからくるご夫婦のすれ違い、そして、ご夫妻それぞれの淋しさを知っていましたし、私達に対して信頼を置くようになってくださっていたので憤りはありませんでした。
初めは、「離婚」という言葉も出る程、夫婦仲の悪かった、そのご夫妻の関係も変わってきました。私は、そのご主人がお仕事においても変わっていってくださる事を願っています。(なまいきに思われるかもしれませんが・・・)

「釈迦に説法」の様に感じられたらお許しくださいね。

このご夫妻は物質的な面においても、とても利己的でした。
そのご夫妻と真剣にかかわっていた時、私達の頭にあったのは「地上人類の歩み」に書いてあった、次の箇所でした。

「彼らは一時的な戦いの終結や、形ばかりの平和を求めてはならなかったのだ。凝集する者に限りなき光を注ぐことにより、かげりを乗り越える光、新たなる『調和』を目指さなければならなかったのだ。
攻撃に対して防戦で応えるのではなく、攻撃に対しては、さらに大きな慈しみと許しとによって応えるべきだったのである。」

主人と「全ての人の魂に神性が宿っているはずやもんね・・・」と言いながら、その事を信じてそのご夫妻と向き合った日々を思い出していました。






























ぬまさん、さきさん
>それと同じように、あるいは僕よりももう少し、春が来るさんやAさんも、今の社会で虐げられている人たちへの共感や心遣いが足りないのではないか、だからそういう表現になるのではないかと思ってしまう僕がいます。

カウンセリングでいろいろな苦しい状況に置かれている人達と直接話す機会が多いぬまさんやさきさんは、きっと私よりもずっと切実に現在の格差社会のひずみを感じておられるのだと思います。

>立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・

私は、この文章によってAさんの様に思われる方がおられるのではないか、と感じました。
しかし、この文章に続いて、

>しかし、ぬまさんの仰りたいことの趣旨は分かりますし、エーちゃんさんも趣旨はご理解されているように思うのです。

と、書いています。

私が、大変な状況の人たちのことを「分かっていない」、と言われれば反論できません。
ただ、私なりにではありますが、15〜6年前から、アフリカの子供達やアフガニスタン、国境なき医師団などに支援をさせていただいていますし、釜が崎でホームレスの方々を支援するキリスト教系の団体にも衣類やお米を送ってきました。
(この様な事を言うつもりはなかったのですが、いきがかり上、お許しください)
(このままの社会システムでいい、というわけではなく、)一方に理解を示そうとする事が、即、もう一方を理解しようとしていない、ということになるのか、この様な論理が私には分かりません。

>それって、自己責任論に行き着くのじゃないかと。
春が来るさんとのやり取りの時にもそう感じて、やや感情的に「今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。」と書いてしまったのでした。

私は、現在、大変な状況に置かれている人達に対して「自己責任論」を抱いたことはありません。むしろ「自己責任論」を批判的に見てきました。
この様に思われたのなら、残念です。
しかし、ぬまさんがそう思われたのなら、私にそう思わせるものがあるのか、自分を見つめていこうとは思います。
「わたくし」的な事で、もう論戦を繰り広げるつもりはありません。
ただ、私はAさんの文章から、Aさんが「自己責任論」を展開される方だとは思いませんでした。

>きのう、京都までの道すがら、去年受けた直接ヒーリングの事を思い出していました。(その節はお世話になりありがとうございました)

主人と私は、ある事で、今の世の中の仕組み造りに直接かかわっている人と、かかわらざるをえないようになりました。
傲慢で屈辱的な対応に、幾度、憤りを覚えたことでしょう。
でも、会う度に5時間程話したり、電話でも4時間程話していく中で、次第にこちらの言う事に理解を示してくださるようになりました。
決して、迎合ではなく、言うべきことは言ったつもりです。
そして、後には、人前で、私達と関係を持てたことを誇りに思う、と言ってくださいました。
その間、私達がとってきた言動に対して、克子さんがねぎらいの言葉を伝えてきてくれた事がとても嬉しかったです。

この様に、少し前に書きましたが、私達がそのご夫妻に対して憤り、関係を断つことは簡単でした。この直接ヒーリングの際、ぬまさんやさきさんは、主人と私が受けた屈辱的な対応に目をうるませて共感してくださいましたね。うれしかったです。

ただ、その頃は、そのご主人の仕事の厳しさ、お仕事の厳しさからくるご夫婦のすれ違い、そして、ご夫妻それぞれの淋しさを知っていましたし、私達に対して信頼を置くようになってくださっていたので憤りはありませんでした。
初めは、「離婚」という言葉も出る程、夫婦仲の悪かった、そのご夫妻の関係も変わってきました。私は、そのご主人がお仕事においても変わっていってくださる事を願っています。(なまいきに思われるかもしれませんが・・・)

「釈迦に説法」の様に感じられたらお許しくださいね。

このご夫妻は物質的な面においても、とても利己的でした。
そのご夫妻と真剣にかかわっていた時、私達の頭にあったのは「地上人類の歩み」に書いてあった、次の箇所でした。

「彼らは一時的な戦いの終結や、形ばかりの平和を求めてはならなかったのだ。凝集する者に限りなき光を注ぐことにより、かげりを乗り越える光、新たなる『調和』を目指さなければならなかったのだ。
攻撃に対して防戦で応えるのではなく、攻撃に対しては、さらに大きな慈しみと許しとによって応えるべきだったのである。」

主人と「全ての人の魂に神性が宿っているはずやもんね・・・」と言いながら、その事を信じてそのご夫妻と向き合った日々を思い出していました。

































ぬまさん、さきさん
>それと同じように、あるいは僕よりももう少し、春が来るさんやAさんも、今の社会で虐げられている人たちへの共感や心遣いが足りないのではないか、だからそういう表現になるのではないかと思ってしまう僕がいます。

カウンセリングでいろいろな苦しい状況に置かれている人達と直接話す機会が多いぬまさんやさきさんは、きっと私よりもずっと切実に現在の格差社会のひずみを感じておられるのだと思います。

>立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・

私は、この文章によってAさんの様に思われる方がおられるのではないか、と感じました。
しかし、この文章に続いて、

>しかし、ぬまさんの仰りたいことの趣旨は分かりますし、エーちゃんさんも趣旨はご理解されているように思うのです。

と、書いています。

私が、大変な状況の人たちのことを「分かっていない」、と言われれば反論できません。
ただ、私なりにではありますが、15〜6年前から、アフリカの子供達やアフガニスタン、国境なき医師団などに支援をさせていただいていますし、釜が崎でホームレスの方々を支援するキリスト教系の団体にも衣類やお米を送ってきました。
(この様な事を言うつもりはなかったのですが、いきがかり上、お許しください)
(このままの社会システムでいい、というわけではなく、)一方に理解を示そうとする事が、即、もう一方を理解しようとしていない、ということになるのか、この様な論理が私には分かりません。

>それって、自己責任論に行き着くのじゃないかと。
春が来るさんとのやり取りの時にもそう感じて、やや感情的に「今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。」と書いてしまったのでした。

私は、現在、大変な状況に置かれている人達に対して「自己責任論」を抱いたことはありません。むしろ「自己責任論」を批判的に見てきました。
この様に思われたのなら、残念です。
しかし、ぬまさんがそう思われたのなら、私にそう思わせるものがあるのか、自分を見つめていこうとは思います。
「わたくし」的な事で、もう論戦を繰り広げるつもりはありません。
ただ、私はAさんの文章から、Aさんが「自己責任論」を展開される方だとは思いませんでした。

>きのう、京都までの道すがら、去年受けた直接ヒーリングの事を思い出していました。(その節はお世話になりありがとうございました)

主人と私は、ある事で、今の世の中の仕組み造りに直接かかわっている人と、かかわらざるをえないようになりました。
傲慢で屈辱的な対応に、幾度、憤りを覚えたことでしょう。
でも、会う度に5時間程話したり、電話でも4時間程話していく中で、次第にこちらの言う事に理解を示してくださるようになりました。
決して、迎合ではなく、言うべきことは言ったつもりです。
そして、後には、人前で、私達と関係を持てたことを誇りに思う、と言ってくださいました。
その間、私達がとってきた言動に対して、克子さんがねぎらいの言葉を伝えてきてくれた事がとても嬉しかったです。

この様に、少し前に書きましたが、私達がそのご夫妻に対して憤り、関係を断つことは簡単でした。この直接ヒーリングの際、ぬまさんやさきさんは、主人と私が受けた屈辱的な対応に目をうるませて共感してくださいましたね。うれしかったです。

ただ、その頃は、そのご主人の仕事の厳しさ、お仕事の厳しさからくるご夫婦のすれ違い、そして、ご夫妻それぞれの淋しさを知っていましたし、私達に対して信頼を置くようになってくださっていたので憤りはありませんでした。
初めは、「離婚」という言葉も出る程、夫婦仲の悪かった、そのご夫妻の関係も変わってきました。私は、そのご主人がお仕事においても変わっていってくださる事を願っています。(なまいきに思われるかもしれませんが・・・)

「釈迦に説法」の様に感じられたらお許しくださいね。

このご夫妻は物質的な面においても、とても利己的でした。
そのご夫妻と真剣にかかわっていた時、私達の頭にあったのは「地上人類の歩み」に書いてあった、次の箇所でした。

「彼らは一時的な戦いの終結や、形ばかりの平和を求めてはならなかったのだ。凝集する者に限りなき光を注ぐことにより、かげりを乗り越える光、新たなる『調和』を目指さなければならなかったのだ。
攻撃に対して防戦で応えるのではなく、攻撃に対しては、さらに大きな慈しみと許しとによって応えるべきだったのである。」

主人と「全ての人の魂に神性が宿っているはずやもんね・・・」と言いながら、その事を信じてそのご夫妻と向き合った日々を思い出していました。

02/09/2009(水) 12:45:06

No.6022  春が来る
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
すみませ〜ん。

メモ帳に書いて、コピーして貼り付けようとしたのが、うまくいかなかった、と思って、四つも重なってしまいました。(泣)

出来れば、この投稿と↑の三つの文章を削除していただけないでしょうか?

お願いします。

それか、部分的削除ができなければ、全部削除してください。

もう一度、投稿し直します。

02/09/2009(水) 12:51:57

No.6023  エーチャン
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
飯沼さん

やはり、私の書き方がよくなかったようです。私の違和感の中身をうまく表現できなかったと思います。

最初に確認しておきますが、No.6011で飯沼さんがおっしゃっていること、私はよく分かりますし、私もそう言う気持ちをもっと強く持ちたいと願っています。

その上で、最初の私の投稿で述べた違和感について、もう一度説明させて下さい。

数ヶ月前、アメリカの保険会社AIGが幹部に高額のボーナスを出すというニュースが流れました。金融危機で破綻した会社が約束事ととはいえ、そのような高額のボーナスを出すという話に非難が殺到し、幹部連中は悪者扱いされました。表面的事実だけを見れば、悪者扱いも仕方ないでしょう。しかし、私はどうしてもその取り扱い方、報道の仕方に違和感を感じ、それは私のブログにも書きました。こういう幹部連中を強欲人間と決めつけてよいのか?そうではない、これらの人々の中にも良心に目覚める人もきっといるのです。人間は変わりうる、決めつけだけは絶対にいけない。

私は同じような決めつけを飯沼さんの以下の表現に感じてしまったのです。

「年収1500万円以上の世帯も、200万世帯以上ある。
その人たちが、今の社会のシステムを作り、(あるいは)その恩恵を受けているのだ。」

私は決して高額所得者を弁護するために言っているのではありません。人間を属性(所得水準、家柄、地位、人種、国籍等)で判断することにつながるような表現の仕方に抗議しているのです。

今なお、世間では人間を属性で判断する人が間違いなく半分以上いると思います。こういう人間観は分かりやすい、受け入れやすいのです、だがやはり人間は属性で判断できるものではなく絶えず変わりうる存在なのではないでしょうか。これはもうわかりきったことで、飯沼さんにこういうことを申し上げるのはまさに釈迦に説法で、大変失礼なことであると思っております。しかし現実には人間を属性で判断する、ということを半ば無意識のうちにしてしまう人が少なからずいるのです。スピリチュアリズムを標榜する別の人々のホームページをたまたま見たとき、「○○○人は霊性が低い」と書かれていてどきっとし、猛烈に腹が立ったたことがあります。

属性で人を見る、判断する、決めつけるということが人間の対立の一つの、そして決して小さくない、源泉となっていると思えてならないのです。しかもこういうものは、条件さえ整えば、粗雑であればあるほど、伝染しやすいように思うのです。(たとえばナチスの反ユダヤ主義)

飯沼さんの意図、考えはもうよく分かっているつもりです。特にNo.6020では飯沼さんの思いが直截に伝わってきて、「ああ、この人にはついていける」と改めて思わされました。(こんな人間がついてくるのは迷惑だとは思いますが)そして、No.6020の読後には最初に抱いた違和感も消えてしまいました。

最後に、飯沼さんに対し、大変失礼なこと、特にNo.6008の殴り書きのような投稿を書いてしまったことを深く反省しております。私自身いかに粗雑な人間であるか、思い知らされました。どうかお許し下さい。

さきさん

No.6013の投稿、本当に感動しました。改めてさきさんのすごさを実感しました。

「自分の長所や輝きを喜べずに、ないものにすること→貢献できる力、その人にしかできない役割があるのにしないこと。
それは本人の自己評価がどうであれ、社会的な評価がどうであれ、利己的なんだと思います。」

これはもう参りました、としか言いようがありません。がんばろうという意欲が湧いてきました。ありがとうございます。

Glass Ageさん

はじめまして。ケア・ハーディについてもっと知りたいとのこと、うれしいです。私の場合、シルバーバーチの本で出会ってから、あまり時間がたっていない頃、古本屋で次の本を見つけたのです。

「人類の知的遺産 55 ケア・ハーディ 著者:小川喜一」(出版社:講談社)

500円でしたから迷わず買いました。今では私の宝の一つです。現在は絶版になっていますが、大きな古本屋、あるいはアマゾン等では古本が入手できるかと思います。また、ある程度の大きさの図書館では蔵書しているかと思います。著者の小川喜一さんのケア・ハーディへの惚れ込みようが、文章を通して伝わってきます。実際、ケア・ハーディはそれだけの人物だと思います。

02/09/2009(水) 13:56:23

No.6024  代理投稿
飯沼さんより 引用
春が来るさんへ。
はーい。僕は責められているなんて全く思っていませんから大丈夫です(笑)
僕は、今の格差社会の実態を、統計上の数字で書いただけでした。そして、高収入層に属している人たちが、社会的富の配分や企業における利益の配分の権限を持っていることを示唆しました。

昨夜の投稿、は全くもって感覚のレベルの話なので、またまた不快な思いをさせてすみません。
僕ももちろん、春が来るさんやAさんを責めているのでも批判しているのでもありません。
ただ、今の格差社会で比較において、立場的にも経済的にも恵まれいる人が、「自分たちはストレスの中で責任を担っているから」とか「自分たちは努力してきたから」と言ってしまえば、低収入の中で家族を養う責任に苦悶している人たちや努力していても低収入に置かれている人たちはどう思うだろうかと思って、なんだかいたたまれない気持ちになったのです。
何も批判されたわけでもないのに「自分はこんな気持ちになった」と、敢えて自分の立場の気持ちを表現せずにいられないなら、非常に厳しい立場に置かれている人たちの気持ちも考えてこそ、立場の違いを越えた理解になるんじゃないかと感じました。僕なりの感覚かもしれませんが、違う立場に置かれている人たちの気持ちを考えてみてほしくて書きました。
昨夜も書いたように、春が来るさんやAさんの気持ちは分かるのです。僕の書き方がそういう気持ちにさせてしまったのだと思いました。
だからこそ、春が来るさんやAさんにも立場の違う人たちの気持ちにも心を向けてみてほしいと思うのです。

これはあくまで僕の気持ちと願いであり、指摘やアドバイスではありません。

☆実は今、外出中なので代理投稿してもらいます。

02/09/2009(水) 17:10:58

No.6025  春が来る
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
分かりました。

ぬまさんの仰ったこと、しっかりと胸に受け止めます。

02/09/2009(水) 20:58:00

No.6026  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
☆春が来るさん

帰ってきて掲示板を見たら、6021はすごい重複投稿になっていますね。
スレッドが長すぎて、僕の携帯からは読めなくなっていたので、本文だけ転送してもらって読みました。
重複投稿のことも聞いたのですが、管理者のパスワードを覚えていなくて・・・。

今から全文削除したら、投稿のつながりが前後してしまうので、このまま置いておきましょう。

春が来るさんの方で投稿者パスワードを入れてあれば、修正できますよ。

☆エーチャンさん

真意を理解してもらえてよかったです。
AIGの幹部の高額ボーナスへの批判と属性がどうつながっているのか僕には理解できませんが、この件はまたいずれということで。

02/09/2009(水) 23:22:42

No.6027  春が来る
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
ぬまさん

>帰ってきて掲示板を見たら、6021はすごい重複投稿になっていますね。

ごめんなさ〜い。
メッセージ欄に貼り付けたら、真っ白だったので、数回貼り付けてしまいました。
私の文章の下の空白部分が画面に出ていて真っ白だったようですが、すべて、貼り付けられてたようで、こんな事になりました。

投稿者パスワード、分かりませ〜ん。
それに、また変な事をしてしまいそうで・・・(-д-;)

場所をとって申し訳ないのですが、お許しください。


エーチャンさん

途中でコメントをいただいていたのに、失礼しました。
話の流れがありましたので、落ち着いた時に、と思っていました。

あらためまして、こちらこそよろしくお願いいたします。

AIGに関しては、私も思う所があるのですが、また、機会がありましたら・・・

03/09/2009(木) 07:52:17

No.6028  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 一緒に考えていきたいです 引用
>それに、また変な事をしてしまいそうで・・・(-д-;)

何を今さら可愛いこと言ってるの?(笑)、

03/09/2009(木) 10:30:07


No.5984 Glass Age  
真剣勝負にどきどき 引用
こんばんは。新参者のGlass Ageです。
飯沼さんと皆さんとの丁丁発止の真剣勝負にどきどきしました。
皆さんすごいですね!
飯沼さんも結構意地っ張り(失礼!)なら、他の皆さんも一歩も引かずに自論を展開されていて、圧倒されました。
こういう自由に書き込める掲示板はすぐに炎上しがちですが、そうはならずに、しかも真剣勝負が展開されているのは、きっと皆さんの間に信頼関係があるからなんでしょうね。
とても貴重だと思います。

と言うのも、スピリチュアルな集まりというのは、どうしても一人の人が教祖やスターのような存在になって、まわりの人たちが自由にものを言えない関係になりがちです。

悠々塾は、どう見てもそんな風になりそうもないな(笑)・・・という意味で、とても貴重だと思いますし、逆に安心感をもちました。

第三者的な感想になってしまいましたが、新参者なのでご容赦を。

28/08/2009(金) 23:34:19


No.5985  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
☆Glass Ageさん、皆さんへ

投稿、ありがとうございます。
そんなふうに、今回のやり取りを読んでもらえて嬉しいです。

僕って、意地っ張りなんですかね?(笑)
まあ、「こんなに説明しているのに、なんで分からないんだ?」と思ってしまう傾向はあるようですから・・・。
いい歳をして、至らぬことです。

それと、僕は幼い頃から、人の言葉の奥にある動機(本音)が実体を持って伝わってくるということがありました。
小学校の低学年の頃も、たとえば先生が言っている言葉と違う動機を持っていたりすると、言葉よりも動機の方に実体を感じてしまう子供でした。
でも周囲のクラスメイトは誰もそんなことは感じてはおらず、自分だけが感じていることが苦しくて、いつも孤独感を抱いていました。
「皆はどうして(本当のことが)分からないんだろう?」という思いがずっとありました。
それがあまりに苦しかったので、見えない情報は一切ないものにして、形あるもののみに意味を持たせる唯物論者になっていました。

スピリチュアリズムを知って、「オーラにはその人の全ての想念・動機が、ありのままに刻まれている」ということを知って、僕の子供の頃のことが納得できました。
人のオーラの情報を感じ取っていたのだと思います。
堀江と出会って、彼女も子供の頃からずっとそうだったという話を聞いて、初めて人とそういう思いを共有できたのです。

その堀江も霊界に戻り、その彼女から「その人の動機の底にある“願い”を見るように」と伝えられています。
分かってはいるのですが、そこはまだまだ僕の課題として残っていると思います。

MOMOさんという方の“動機”はかなり強烈でしたが、皆さんは僕と同じようには感じなかったのかもしれません。
僕はその動機に反応して、あの返信を書いたという面もあり、それについては何人かの仲間から、「過剰反応しているのではないか」と注意を受けてしまいました。

実は、単に過剰反応して書いたというだけではなく、ここでは公表すべきではない他の理由があって、あえてああいう対応をしたのですが、いずれにしても、僕の書き方に不快感を持った方もおられたと思います。
お詫びいたします。

まあ、僕は決してお上品でお行儀のよい人間ではありませんし、自分としての感情も出していってこそ自分だと思っているし、他の理由もやはりあるので、これからもああいうことはあるかもしれませんが。

こういう感じのところですが、これからもよろしくお願いいたします。

29/08/2009(土) 01:44:18

No.5986  ゆりか
Re: 真剣勝負にどきどき 引用


Glass Ageさん、はじめまして!

「飯沼さんと皆さんとの丁丁発止の真剣勝負にどきどきしました。
皆さんすごいですね!」
     ↑
同感です。
私もどきどきしながら掲示板を読ませてもらっていました。
途中で、何度か投稿しようとトライしたのですが、最初に投稿されたエーちゃんさんの話の筋から逸れることなく、自分の感じた事を率直に、話をややこしくすることなく書こうと思っている間に、NO.が、どんどん増えていったので、後半では、完全に第三者の立場に立っていましたよ(笑)
掲示板への書き込みというのは、時間内で済ませる会議と同じような感覚があって、書き込むタイミングを逃すことが多いです。
皆さんの書き込みを読みながら、もっと積極的に書いていきたいと思いました。

「スピリチュアルな集まりというのは、どうしても一人の人が教祖やスターのような存在になって、まわりの人たちが自由にものを言えない関係になりがちです。
悠々塾は、どう見てもそんな風になりそうもないな(笑)・・・という意味で、とても貴重だと思いますし、逆に安心感をもちました」
   ↑
ほんとにそうですよね!!
それぞれの個性があって、全員が学びの途中にいる仲間やね!って感じで、安心できるんですよね。
私は、今、ドネの活動や悠々塾の事を、現実社会の中で、毎日を必死で生活している多様な価値観をもった人達に宛てての、いい塩梅の紹介文を書こうとしているのですが、なかなかむつかしいです。
でも、今の世界の現状やこれから先の事を思うと、行動せずにはいられない!!っていう自分の気持ちに素直に従って、書き上げていくつもりです。
Glass Ageさんの書いてくださったこの文章は、直接私に宛ててのもではないけれど、何かしら沢山の元気をもらえたので、お礼を言いたくて。。。
どうもありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします。







   

  

29/08/2009(土) 02:01:10

No.5987  さき
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
Glass Ageさん、ゆりかさん、
投稿ありがとうございます!!

みなさんどんな風に感じておられるのかな。
内容についても、雰囲気についても、他の方ももっと書いてくれたらいいんだけど。。と思いながらやり取りしていました。
ゆりかさんの書かれてるタイミングとかもわかるし、自分だって公開の場で書くのは気も使うし、書きにくいのもわかるんですけどね。

それぞれの個性や持ち味ってあるわけだし、感じ方ってみんな違うと思うし。違いがあっていいわけだし、あって当たり前だし。違うことが、分断や対立になるんじゃなくてより大きな喜び、普遍の方向に向かうような、そんなやりとりの仕方や関係性の築き方を、皆さんと一緒に(ドタバタしながら)互いに鍛えあいがら、創っていきたいと思っています。

実践としてのスピリチュアリズム、それをぬまが書いてたようにこの地上で形にする、一般化する、ってそういう作業抜きにありえへんと思ってます。
それって、みんなが、ひとりひとりが置かれてきた環境や立場のなかで培ってきたものが、役立つことやより大きな喜びになっていく、ということでもあると思うんです。一緒にそういうプロセスを創っていきたいんです。

ぬまさんも私も、そんなに立派でもよく出来てるわけではないです。(あたりまえですが。。ぬま、一緒にしたら怒るかな?)
だから皆さんと一緒に学びながら、一緒に変わっていきたいです。
そのなかでしか、地上界は変わらないです。

だからみなさんの声を聞かせてほしいし、できたらこういう場面でも掲示板に参加してほしいなって思ってます。
私自分で寛容なほうだと思うけど、ここは譲れないと思ったら黙ってられないところがあります。そのことで気づくこともあります。
人って「真剣勝負」のなかで鍛えられるんだよね。
今回のやりとりで気づいたこともあるし、またあらためて書きたいです。

ゆりかさん
>それぞれの個性があって、全員が学びの途中にいる仲間やね!って感じで、安心できるんですよね。
私は、今、ドネの活動や悠々塾の事を、現実社会の中で、毎日を必死で生活している多様な価値観をもった人達に宛てての、いい塩梅の紹介文を書こうとしているのですが、なかなかむつかしいです。
でも、今の世界の現状やこれから先の事を思うと、行動せずにはいられない!!っていう自分の気持ちに素直に従って、書き上げていくつもりです<

同感です!!同じこと、したいと思ってます。
めちゃ嬉しいわ、ありがとう〜

★追記です
私がこんな風に言えるのも、偉そうに書けるのも、この場をつくってくれているぬまさんがいてくれるからこそだと思います。
ぬま、いつもありがとう。

29/08/2009(土) 10:08:41

No.5988  ちぃ
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
こんにちは。私もドキドキしながら拝見していました。
Glass Ageさんの
>こういう自由に書き込める掲示板はすぐに炎上しがちですが、そうはならずに、しかも真剣勝負が展開されているのは、きっと皆さんの間に信頼関係があるからなんでしょうね。
>とても貴重だと思います。
>と言うのも、スピリチュアルな集まりというのは、どうしても一人の人が教祖やスターのような存在になって、まわりの人たちが自由にものを言えない関係になりがちです。
>悠々塾は、どう見てもそんな風になりそうもないな(笑)・・・という意味で、とても貴重だと思いますし、逆に安心感をもちました。

を拝見して、ほんと!その通りだーと思い、そういう場を提供して下さっているヌマや、そういう場を作って下さっているヌマや皆さんに改めて感謝です!

私は自己主張が激しいわりに、どうでもいい事は必要以上に話すのに、自分の意見や考えを表現するのは苦手で、ましてやそれが相手と異なる場合は更にです。
それはこの掲示板に限らず、ブログでもそうで、実生活でもそうです。
自分としての考えがしっかりあって、伝えたいなと思うし、伝える必要性も分かっているのに書けない・言えない。
どんな風に思われるだろう、どんな風に言われるだろう、否定されたらどうしよう、間違ってたらどうしよう、そればっかり考えてしまって書けないのです。

ここのところ、このままではいけないのにどうしても言えなくてずっと悩んでいた事がありました。
それは上記に書いた思いから言えなくなっていたのですが、にも関わらず、相手が激しい人だから言えない、言ったら大変な事になるから言えないと、相手の問題かのように捉えている私が居て。。
でも先日、不調和がもうほんとにギリギリのところに来て、しかも別の仲間にSOSを出されてようやく意見を伝える事が出来ました。
今までの思いが爆発するかのように、ズバッと言ってしまったのですが、私が想像していたのと違って波風立たず相手に伝わりました。
もちろん、相手には相手の考えや気持ちがあってそれを伝えて下さいましたが、大変な事になるわけでなく、その後、皆が確実に変化して良い方向へ動き始め・・・
私が自分に自信が無く、と同時に相手や皆を信じきれていないからこれまで言えなかったのだと思います。
申し訳なく思うと共に、自分が思っていた以上に信頼してもらえていた事を嬉しく思いました。

たとえ相手にも問題があったとしても、躊躇する理由は自分の中にあるのだと思いました。
自分を信じて自信を持ち、と同時に、相手を信じ、調和や幸せを願って、これからも自分の思いや考えを伝えていきたいと改めて思っています。

そしてもう1つ。さきさんの言葉から大切な事に気づかせて頂きました。
>それぞれの個性や持ち味ってあるわけだし、感じ方ってみんな違うと思うし。違いがあっていいわけだし、あって当たり前だし。違うことが、分断や対立になるんじゃなくてより大きな喜び、普遍の方向に向かうような、そんなやりとりの仕方や関係性の築き方を、皆さんと一緒に(ドタバタしながら)互いに鍛えあいがら、創っていきたいと思っています。

私は感じ方や考えが違って当然だと思いながらも、違うことを否定的に受け止めてしまっているところがあると思います。
やっぱり私はダメなんだと思ったり、私の気持ちや考えを分かってくれない!と思ってしまったり、否定されたと思ってしまってるなーと。
今更ながら目から鱗です。
違いがあるからこそ学ばせてもらうことがたくさんあって、そしてまさに
>みんなが、ひとりひとりが置かれてきた環境や立場のなかで培ってきたものが、役立つことやより大きな喜びになっていく、ということでもあると思うんです。
だと思いました!!
自分を喜ぶことと人(相手)を喜ぶことはやっぱり同じなのだと改めて実感しています。
私もほんとに頑張ります!

29/08/2009(土) 13:32:37

No.5989  春が来る
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
きょう、主人に今回のやりとりを読んでもらいました。(平日は疲れて帰ってくるので、込み入った話はほとんどしません。)
主人は私の考えを分かってくれていますが、私の言いたいことが伝わっていないと思うとのことでした。
私の文章力では、私の言いたかったことを伝えられていない、ということです。ひとえに私の文章力のなさです(苦笑)
そして、論点がズレているということです。お騒がせしました。

>今度会ったときに、また、ぐだぐだやりあいましょう(笑)

ぬまさん、その方がお互い思っていることが伝わりやすいですね(笑)
特に、私の様に、文章力がない場合(苦笑) 
まあ、これも「勉強」なのでしょうが・・・

克子さんが言ってきてくれているように、地上人類は霊性進化の大きな節目を迎えているのだと思います。
搾取・抑圧・虚偽等による独占・占有から、真実・自由に基づく分かち合いの地上界に変わっていくべき時なのだと思います。

私が(自分なりの)視点で言いたかったのは、この変化がさきさんが言っているように、「違うことが、分断や対立になるんじゃなくてより大きな喜び、普遍の方向に向かうような、そんなやりとりの仕方や関係性の築き方」の中で、成されていくことを願う、ということでした。

きのう、京都までの道すがら、去年受けた直接ヒーリングの事を思い出していました。(その節はお世話になりありがとうございました)

主人と私は、ある事で、今の世の中の仕組み造りに直接かかわっている人と、かかわらざるをえないようになりました。
傲慢で屈辱的な対応に、幾度、憤りを覚えたことでしょう。
でも、会う度に5時間程話したり、電話でも4時間程話していく中で、次第にこちらの言う事に理解を示してくださるようになりました。
決して、迎合ではなく、言うべきことは言ったつもりです。
そして、後には、人前で、私達と関係を持てたことを誇りに思う、と言ってくださいました。
その間、私達がとってきた言動に対して、克子さんがねぎらいの言葉を伝えてきてくれた事がとても嬉しかったです。

明日は、選挙の投票日です。

派遣切り、雇い止めをされて職と住まいを失いネットカフェ難民となった人々やホームレス状態になった人々の多くは、住民票がないため選挙権がありません。
これらの方たちは、この4年間の政治による最大の犠牲者と言えると思うのですが、政治に異議申立てをしたくても、選挙で投票によって意思表示することさえ出来ません。

明日は、これらの方たちの代弁者になったつもりで、20歳になり、初めて投票をする娘と共に投票に行ってきます。

29/08/2009(土) 14:36:30

No.5990  ゆりか
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
ぬまさん・さきさんへ

その堀江も霊界に戻り、その彼女から「その人の動機の底にある“願い”を見るように」と伝えられています。
    ↑
動機って 大切なものですよね。
今存在している全てのものは、神からの喜びのエネルギーを注がれているのだから、みんな何らかの喜びがあるからこそ、地上で生きている筈やし、心は際限なく伸縮するものやから、自分への囚われの濃淡さの違いによっては、他者から向けられる精一杯の愛さえも感じれない状況もできてしまう。
でも、自分で気がつかない(まだ気がつきたくない?)動機の底にある願いに喜びのエネルギーを注いでもらうことで、人は、より大きな喜びに共鳴できるチャンスをもらえるんだと思う。後は、本人があきらめることなく努力し続けることで、人は、本来の自分に近くなれるのだと思う。
一言で言えば、「全てを受け入れる(嫌な事も嬉しいことも)」ってことを、ややこしく書いた気がするけど、このまま投稿させてもらいます。

とても熱いさきさんの文章から、いっぱいのエネルギーをもらった気がしてます。
ありがとう!!
めっちゃ嬉しいわ〜っていってもらえて、すっごく嬉しい!!

私も、さっさと、自分も廻りの人も喜べる形で全体に貢献できる人に変わりたい!!
だから自分の動機の点検をしながら、ヌマさんと克子さんが用意してくれたこの掲示板に、もっと気楽に自分の意見を書いていきますので、よろしくお願いしま〜す。

29/08/2009(土) 15:36:24

No.5991  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
☆ゆりかさん

ゆりかさんが書こうとしている紹介文、僕もムッチャ楽しみです。
楽しみながら書いてね!

ドキドキさせてごめんね。
だけど、大丈夫ですよ。
「オバサン、また癖が始まったな」って感じで。(←こんなこと言ったら怒られるかな、どころじゃ済まないかもね。コワイから内緒にしてね・笑)

☆さきさん
>ぬまさんも私も、そんなに立派でもよく出来てるわけではないです。(あたりまえですが。。ぬま、一緒にしたら怒るかな?)<

別に全然怒らないけど、僕とさきさんはかなり違うからね。
僕は少なくとも、
浴槽を洗う時に、バランスを崩して、残り湯のなかに頭から落ちたりはしない。
トイレに他の人(男性←僕じゃなかったからいいけど)が入っているのに、鍵のトラブルだと思い込んで、ノックもせずに、鍵をこじ開けて戸を開けたりしない。
寝て起きたままの格好で、歯磨きだけして、京都から大阪の紀伊国屋書店まで行ったりしない。

これを書いてたら、今、さきさんからメールが来て、ドキッとしたから、ここまでにしておきます(笑)

☆ちぃさん
ちぃさんの職場での不調和を見事に調和した働き、頑張りましたね。
単一の白ではなく、カラフルで可愛い模様のボールを、躊躇なくど真ん中にストレートを投げ込むような、ちぃさんが頼もしくて素敵です。
どんな剛速球に見えても、相手のミットに納まったときには、ちぃさんの心そのままのカラフルで可愛い模様のボールに戻ってるんだからね。
ちぃさんが自信を持てばコントロールも安定して、デッドボールも格段に少なくなるから大丈夫だよ(だから、にぃくん、もう安心していいよ・笑)
これからがますます楽しみです。

☆春が来るさん
ダンナさんが、「論点がズレてる」って言ったんですか?
逞しくなりましたね(笑)
人はそれぞれでいいのだけど、正義や無謬さが一枚看板になると、ついからかいたくなってしまうタチなので、すみません。
決して挑発してるわけじゃないので(笑)

ちょっと真面目に言えば、春が来るさんの議論は自分の情緒・感情がキーになっているので、話の材料が自分の気持ちとのリンクで手当たり次第になって、論点がズレていくのだと思いますよ。

情緒・感情ってヤツは、理論武装なんてせずに、自分の気持ちとしておおらかに表現した方が、本来の春が来るさんらしいと思うんだけどな。
春が来るさんが、豊かに内在させている情愛や情緒を自分でも持て余しているから、それを理性として表現しようとしすぎるのかもしれませんね。
それじゃチグハグになるし、もったいないと思いますよ。
ここはとっても大事なところだと思うから、ちょっとコワいけど(笑)、そのうちまた、やり合いましょう。

29/08/2009(土) 17:03:12

No.5992  春が来る
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
>ダンナさんが、「論点がズレてる」って言ったんですか?

はい。はっきり言いました(笑)

>「オバサン、また癖が始まったな」って感じで。
    ↑
これって、私のこと? (`・∧・´)

とにかく、不快な思いをされた方々、申し訳ありませんでした。

直接ヒーリングの時、克子さんから伝えてもらって、「ささえ」にしている言葉のもうひとつは「地上の人間は未熟です」という言葉です。

この様に断言してもらうと「安心」出来ます(笑)

私は不器用だけど、未熟なりにも、出来るだけ、目の前の事から逃げないで向き合う努力をしてきたつもりです。
そうすると、間違いや失敗も多くなります。
でも、「未熟」なんだから、間違ったり、失敗をすれば、反省して、またそこから歩みだせばいい、と思っています。
この世の生を終える時、その方が後悔が少ないのではないか、と・・・

ですから、また、お騒がせをするかもしれません。
どうぞ、その時は、ご遠慮なくご指摘くださいね。
かなり「おてんば」かもしれませんが・・・(笑)

29/08/2009(土) 20:10:08

No.5993  さき
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
ぬまさん、途中でメールが来てよかったわ。
和みと喜びを提供してもらってることに感謝してね。

?@お風呂ブーツを履いてたので滑った。
?A勝手に鍵のかかるトイレに人が入ってるとは思わなかった。
?B起きてた時のままで寝たから・・・成りゆき上。
皆さん、誤解なきよう。笑 

29/08/2009(土) 20:12:28

No.5994  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用

?@バランス崩して、残り湯に頭から突っ込んだのと、どう違うの?
?A普通はノックぐらいしてから鍵をこじ開けるでしょ。しかも、鍵をかけて入ってるのに、いきなり戸を開けられた被害者男性(噂によれば○○っちさん)の驚いた様子に、さきさんは10分間以上も笑いこけてた。
?B何の言い訳にもなってない。というか、もっと悪くない?

ところで、あのオバハン(←可愛くないから格下げしました・笑)は、僕が書いた大事なこと、ちゃんと読んだのかなあ?

29/08/2009(土) 20:37:18

No.5995  春が来る
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
>ところで、あのオバハン(←可愛くないから格下げしました・笑

(`ヘ´#)

>ちょっとコワいけど(笑)、そのうちまた、やり合いましょう。

ええ。やり合いましょう! ・・・(笑)

29/08/2009(土) 21:17:35

No.5996  Glass Age
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
投稿して、たった一日で、おそろしい数のレスに目が回りそうです(苦笑)。
僕の文章に、とても好意的な反応をしていただきありがとうございます。また、皆さんの熱い文章にとても勇気づけられました。

飯沼さんの「人の言葉の奥にある動機(本音)が実体を持って伝わってくる」というくだりには「なるほど」と感心しましたが、そのあとの堀江克子さんの「その人の動機の底にある“願い”を見るように」との言葉にはもっと驚きました。

「動機を読む」というと「相手の言動を素直に受け取らず裏を読む」というようなひねくれたニュアンスが残るのに対して、「動機の底にある“願い”を見る」というのは何とも深い言葉ですね!そんなふうに他者を見ることができたらすばらしいと思います。

他の方々の言葉にもひとつひとつコメントしたい気持ちもありますが、このあたりにしておきます。

なお、さきさんの?@〜?Bの内容と、「オバハン」という言葉は見なかったことにします(笑)。

29/08/2009(土) 22:47:01

No.5997  ひろこ
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
具合悪かった身体がようやく回復して
掲示板開いてびっくりしました。

ぬまさん、春が来るさん、さきさん、エーチャンさん、ゆりかさん
ちぃさん、今回もよく頑張らはったですね〜〜
新参加のGlass Ageさんで一息でした。
皆様お疲れ様でした。
明日は選挙に行ってゆっくりしてください(^0^)

勉強になることがいっぱい。
明日ゆっくり読ませて頂きます〜。

さきさん、気をつけてね。
私が言うのもなんだけど@@@

30/08/2009(日) 00:13:05

No.5998  ちぃ
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
ヌマ、嬉しいお言葉ありがとうございます^^
にぃくん、良かったねー♪ もう安心していいってー!良かった良かったー!(他人事・笑)
ヌマ、分かりやすく説明して頂いてありがとうございます。
最近、職場でも例え話で説明して頂くことが多くて^^
みんな、説明うまいなーと思っていたのですが、私に合わせてくれていたのですね!
そういう事だったのかー!きゃー!(笑)
って書いて、私はごまかしているのですよね。(笑)

春が来るさん、
うんうん、大丈夫ですよー!! なぁんにも心配ナッシングです!!
私、春が来るさんのこと大好きです^^
色んなこと教えて頂いていつも感謝しています。
知的な春が来るさんも大好きですが、おてんば春さんにワクワクしています!!
なんならズッコケル春さんを見てみたい^^
ずっこけてしまっても大丈夫!
私は最近、自分として許せない失敗をしたり、一生懸命鎧を被って隠そうとしていた所がひょっこり顔を出してしまったり・・・
そうして、ずっこけまくりなのですが、思っていたより痛くないのです^^
こけそうになった時に、こけないようにバランスを取ろうとして、変に体を捻ったりする方があちこち痛くって。
素直にそのまんまこけた方が楽ちんかもしれません。
というよりも、こけないようにあちこち見ながら緊張して歩いてるのがしんどくなって、にも関わらず小さな石に躓きやすかったり、進むべき道が分からなくなってしまったりする事に割が合わないような気がして。(笑)
でも私は、緊張して歩くか、暴走するかのどちらかしか術を知らなくて。。
軽快にスキップして歩いて、派手にこけてワーって笑いたいのが最近の私の願望でした!
そしたら先日、やってしまいました。
私、気を抜いてスキップしすぎてそのまま溝にはまったのですよ!
もうありえないおバカな事をにぃくんに言ってしまったのです。

月と太陽は別物ではなく1つの物体。
表が太陽で裏が月。太陽が夕方にクルッと裏向いて月になる。
だから先日の皆既日食?月食?の仕組みが分からなくてにぃくんに聞いたのです。
そしたらいつもどんな時も私をあたたかい眼差しで見守ってくれているにぃくんが、見た事の無い冷めた目で私を見て・・・
「はぁ?本気で言うてんの?」と。太陽と月が同時に見える事があるやろと言われてハッとして。
言われてみたらそうだった!と気付いたのですが、時既に遅し。

これまで私はあんぽんたんなのに、そう思われるのは嫌だったりして、しっかりしてますのよ!な鎧を被っていました。
悠々塾と出会ってあんぽんたんな面を随分出せるようになったのですが、にぃくんに対してそうした部分を見せるのが最も嫌だったのです。(苦笑)
そういう面が出そうになったら攻撃も惜しみません。(苦笑)
いつもどんな時もにぃくんは悪者。
私は、私の言う通りにしていたまえ!な勢いでした。(泣)
なので私にとって太陽と月の事は大失態でした。
「あほやと思ったんでしょ?!でもね、残念ながらそんな嫁を選んだのはにぃくんなんやからね!恥ずかしいのはにぃくんなんやからね!」って責めたりして。
恥ずかしいのは間違いなく私だよ!です。
でも、にぃくんはやっぱりあたたかい眼差しでした。私は仔猫ちゃんになった感じでした。(笑)

こけそうになったら誰かが優しく手を差し伸べてくれたり、強く引っ張ってくれたり。
時にはクッションになるよう下敷きになってくれたり、こけそうになっているのを頑張れ!って手を差し出したいのを我慢して見守ってくれていたり・・・。
こけてしまっても、大丈夫?って膝についた砂を払ってくれる人が居たり、抱えて起こしてくれる人がいたり。
こけて痛いよーと泣いているのを見て、大丈夫!自分のちからで立てるよ!ほら頑張って立ってみなさい!ってお尻をペンペンしてくれる人も居たり。

でも、これまで私はそうした優しい手や眼差しに気付かなかったり、私を信じて励まし、お尻ペンペンしてくれる人の手を、なんなのよー!って振り払おうとしていたと思います。
こけそうになった時には変に動いて騒いで、手を差し伸べようとしてくれている人を困らせていたとも思います。

誰でもみんな、こける時もあって、優しい手になる時もあって。

春さん、春さんにも優しい手や眼差し、お尻をペンペンして下さっている方がたくさん居ますよ^^
もちろん、私もその一人です。
でも私は優しい手というより、一緒にスキップして溝にはまりましょうよ〜な手だったりして^^
春さんのこと、大好きですよ!

だから安心して、ジィさんの
>僕が書いた大事なこと、ちゃんと読んだのかなあ?
に、また答えてあげて下さいね^^
ジィさんは可愛いところがあって寂しがりんぼだから、ほったらかしにしたら拗ねちゃいますから。(笑)

あーヌマみたいにもっと上手に簡潔にまとめたいー。
長々とすみません。

30/08/2009(日) 02:06:50

No.5999  春が来る
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
☆ Glass Ageさん
「オバハン」という言葉は見なかったことにします(笑)。

お心づかい、ありがとうございます。
でも、今回は「オバハン」と呼ばれることがうれしかった♪

☆ひろこさん
お身体、大丈夫ですか?
無理しないでくださいね〜

☆ちぃさん
>でも、にぃくんはやっぱりあたたかい眼差しでした。私は仔猫ちゃんになった感じでした。(笑)

ちぃさんって、ほんっとにかわいいのね♪ ごちそうさま〜!
そして、心よりありがとう。

>一緒にスキップして溝にはまりましょうよ〜な手だったりして^^

たまには、溝にはまるのもいいかもね〜(笑)そして、お尻ペンペンもよろしくね♪

>>だから安心して、ジィさんの
  >僕が書いた大事なこと、ちゃんと読んだのかなあ?
  に、また答えてあげて下さいね^^

うっ、ごまかせなかった(苦笑)

直接ヒーリングで言われたのは、私の副守護霊は「完璧でないと・・・」でした。

私は、4人兄弟で兄が3人います。
4人目の私を身ごもった時、母は、「母親として十分な事をしてやれるか?」「ちゃんと育てられなければ母親としての育て方など、
自分のせいになるのではないか?」と思ったそうです。

私は母のその思いを受けて、母の胎内で、「自分は人に批判されない、後ろ指を差されない人間になるよ。」と思ったそうです。
そして、お母さんが好きだから「ちゃんとやってみせるよ。」と決心したようです。
だから無理にでも自分がちゃんと出来ていると思いたい。自分がちゃんとやれているか、が私にとって大きいみたいです。
意識していなくても、しみついている様な気がします。
(以前よりは随分薄れてきたとは思うのですが・・・)
だから、特に最近、みなさんに窮屈な思いをさせているのではないか、と思いながらもどうしようも出来ない自分がいました。
ですから、今回の事は私にとって必要な事だったのだと思います。(お騒がせして、申し訳なかったですが・・・)

ヒーリングでは、「童のように。天真爛漫に。」と言われました。
ちぃさんの様に、かわいく、天真爛漫になれたらいいな〜

最後になったけど、ジィさん、ありがとう!(笑)

30/08/2009(日) 10:19:24

No.6000  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
☆ひろこさん

大丈夫ですか?
ひろこさんは、普段から無理しすぎだと思いますよ。
選挙、行ってきました。
マスコミの事前予測がどの程度正確なのか、あるいは、「民主圧勝・自民惨敗」の事前アナウンスが、選挙結果にどの程度影響を及ぼすのか、興味があるところです。
今晩は美味しくお酒を飲みながら、選挙速報を楽しみます。
でも、キッチンのテレビは映りが悪いし、座敷のテレビはその日の機嫌でスイッチが入らないことがあるんですよ〜。

☆Glass Ageさん
子どもの頃の僕は「相手の言動を素直に受け取らず裏を読む」という気持ちも能力もなかったのに、まさに「人の言葉の奥にある動機(本音)が実体を持って伝わってくる」という感じでした。
この働きを始めてからは、その人の言動の動機だけじゃなく、その人がまだほとんど全く表現できていない、内在の輝きが「実体を持って、分かる」こともよくあります。
それはその人が見せている様子とは真逆だったりすることも少なくなく、伝えても「???」という感じになるのですが、僕にしてみれば考えて言っているのではなく、「見たものは見たのだから間違いない(と思う)」ということになります。

そういうところは、その人が今生で発揮できるようになれるかどうか、その人の人生の課題とも関連しているので、大事なところで越えられなくて、僕が間違いなく見た輝きを発揮できない状態が続く人もいるのですが。
魂の意志をこの地上で顕現するということは、それぐらい困難が伴うことなので、その人が本来の輝きを発揮し始めた時にはほんとに嬉しくて、僕のほうが泣いてしまいます。
「この人を信じ続けてきてよかった」と、心の底からの喜びがわいてくるんです。
そして、今のその人がどんな状態に陥っていても、そういうこととは別に、僕はその人の本当の心の姿をないものにはできないし、いつもどこかで信じ続けているように思います。

こんなふうに書けば、僕はとてもよく出来た人間のようですが、ご存知のように(!)全然そんなことはなくて、腹も立てれば傷つきもしますし、愚痴を言わずにはいられなくなったりして、メダカや金魚やネコに癒されています(笑)

☆ちぃさん
あの喩えは、ちぃさんという人を見事に言い表していると、自画自賛しています!

「太陽と月が同一物体だと思ってた」という話は、あまりにスケールがでっかくて、最初は言ってる意味が分からなかった(笑)
イギリスの地図上の場所が全く分からなかったり(←他にもいたけど)、唖然とするような話があるよね。
不自然なことには理由があります。

分からないはずがないのに、できないはずがないのに、「分からない・できない」という面を強調している人は、「無意識に誰かをかばっている」&「〜のせいで自分はこうなってしまったというアピール」の場合がよくあります。
周囲の人たち(たいていは家族ですが)への、思いやりや思いが深い人に限って、そうなる人が多いようです。
「自分は自分でいい。自分は自分としてやっていこう」でいいんだけどね。

☆春が来るさん
>うっ、ごまかせなかった(苦笑)

やっぱりね。

喜んでもらえてみたいだから、これからは「オバハン」って呼んであげますよ。
「○○ババさん」って呼ぼうかな?(○○は苗字の前半が入ります)
ちょっと流行らせたくなった(笑)

30/08/2009(日) 11:51:17

No.6003  ひろこ
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
春さん
天真爛漫やで〜

じぃさん(失礼)のお陰やね。(私より一つ上だけやけど)
ぬまさん、この頃全身でぶつかってくれるよね。
フル回転・・・

私も、選挙行ってきました。晩はゆっくり楽しみます(^0^)
裁判官の国民審査に自分の思いを参加できて良かったと思います。

私もこれからは無理しないで行きます。ありがとうございます。
天真爛漫私も、春さんに続くつもりです〜

30/08/2009(日) 12:08:41

No.6004  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
>天真爛漫私も、春さんに続くつもりです〜

それって、ズレの共鳴増幅って意味じゃないですよね?
ほぼ同じ歳のひろこさんから「じぃさん」と呼ばれたとはいえ、失礼しました。

さあ、仕事に戻ります!

30/08/2009(日) 13:05:37

No.6006  ひろりん
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
なかなか厄介なズレを修正して、本来の天真爛漫に向かう・・・。
共鳴増幅からは足を洗いますよ〜(^0^)

30/08/2009(日) 14:00:06

No.6007  ちぃ
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
ヌマへ
>分からないはずがないのに、できないはずがないのに、「分からない・できない」という面を強調している人は、「無意識に誰かをかばっている」&「〜のせいで自分はこうなってしまった」という場合がよくあります。
ドキッ。
前者も後者も、両方の思いが同じ相手に対してあるなーと思いました。
兄です。
やっぱり私は兄が大好きなんだなーと思ったら泣けてきました。
そして、私は本当は出来る子なのかな、と思ったらドキドキしてきました。(苦笑)

>「自分は自分でいい。自分は自分としてやっていこう」でいいんだけどね。
兄との比較において心を翳らすという私の課題ともリンクしていますよね。
しかも、9月にお願いしている直接ヒーリングの翌日、兄に会う予定です。
わぁー♪ 宜しくお願い致します^^

春さん
私ね、色んな人から自己否定が重症って言われているんです。
自分では中等度ぐらいだと思っているのですが。(笑)
春さんはですね、自信の無さが重症です!!
やったー! お仲間発見♪
一緒にスキップして溝にはまりましょうね^^
どんな時も繋いだ手、離しませんからね!

30/08/2009(日) 18:42:12

No.6008  エーチャン
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
飯沼さん、さきさんと春が来るさんの丁々発止の議論を経て、うまく収まってきているのに、再度私が投稿して問題をぶり返すのは気が引けますので、ちょっと補足のようなことだけ書かせて下さい。

春が来るさん

コメントいただきどうもありがとうございます。お礼を申し上げるのが遅れてしまいました。どうかお許し下さい。

私はいつも春が来るさんの投稿を楽しみにしています。最近では温暖化というかむしろ寒冷化について投稿されたのが特に頭に残っています。私の体感では温暖化が進んでいるように思えるのですが、太陽の活動が弱まってきており、この先寒冷化が進むとの懸念がある、という新聞記事を昨年の秋くらいに読んで、本当のところどうなるのだろう、と気になっていたからです。春が来るさんの投稿を読んで、寒冷化の方がむしろ重要な問題である、ということを認識することが出来ました。今後とも是非投稿をお願いします。(ただ、私は筆が遅いので、コメントを書こうとああでもない、こうでもないと考えている内にタイミングを逃してしまう、ということがしばしばです、この点はご容赦をお願いします。)

さて、今回の私の投稿に関してです。

「立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・」

そうですね、立場の違いというのか、同じ人間であるのに、お互い傷つけ合う、あまつさえ殺し合う、そういう今の社会のあり方に私は耐えられないのです。(といって、私は今まで散々人を傷つけたと思います、そのような人間がこういうことを言うのは矛盾かもしれませんが、それでもやはり耐えられないのです)、お互い、相手を人間としてみる、金持ち、名家の人間、低額所得者、庶民、その他国籍、人種等、違いを探せばいくらでもあるでしょうが、それでも同じ人間、同じ人間として違いを乗り越え、理解し合い、互いのこころの成長をはかる、これこそスピリチュアリズムだと思うのです。

思っていることをわっと殴り書きのように書いてしまいました。また、問題をぶり返すことになるのでしょうか?飯沼さん、どうかお手柔らかにお願いします。

30/08/2009(日) 19:42:25

No.6011  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
☆エーチャンさん

こんばんは。
こういう展開になって、エーチャンさんが書きにくくなってしまったんじゃないかと思っていました。

「地球温暖化論に騙されるな!」(著・丸山茂徳、講談社)も、科学的データに基づいた分かりやすい本ですよ。

>>「立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・」

>そうですね、立場の違いというのか、同じ人間であるのに、お互い傷つけ合う、あまつさえ殺し合う、そういう今の社会のあり方に私は耐えられないのです。<

僕の文章が、「お互い傷つけ合う、あまつさえ殺し合う、そういう今の社会のあり方」に向けていこうとしていると読まれたのであれば、僕の表現が悪かったのか、読まれたかの問題でしょうとしかいえません。
それがどちらの問題かを論じるつもりはもうありませんが、心外ではあります。

僕は、この格差社会にあって、傷つき、家族を養うことや生きることさえ困難な状況に追い込まれている人たちからの相談も受けています。
働いてもごく普通の生活ができない、解雇されて次の仕事が見つからず家賃すら払えなくなっている人たちが、ものすごくたくさんいるのです。
健康保険料を払えなくなっている人たちが何十万人もいるのです。
経済的理由でのCENSORED者も増える一方です。
今の格差社会が、今も、人間を傷つけ、生きることさえ苦しくさせている現状から、僕は目を逸らすことはできません。

>お互い、相手を人間としてみる、金持ち、名家の人間、低額所得者、庶民、その他国籍、人種等、違いを探せばいくらでもあるでしょうが、それでも同じ人間、同じ人間として違いを乗り越え、理解し合い、互いのこころの成長をはかる、これこそスピリチュアリズムだと思うのです。<

言葉としてはその通りだと思います。
では、「同じ人間として違いを乗り越え、理解し合い、互いのこころの成長をはかる」とは、実際的にはどういうことなのでしょう?

厳しい状況に置かれている人たちは、そのことで不満や不平や妬みや憎しみや自己否定などに心をかげらせることなく、健やかな願いを実現していくために努力していくことで、心の成長をはかれるのだと思います。
しかし、非常に苦しい状況に置かれたならば、多くの人が心にかげりを抱いてしまうことは、人間である限り致し方ないことだとも思います。
だからこそ、もう少し楽な状態の人や周囲の人たちが手を差し延べていくことが大事なのだと思うのです。

僕の投稿には裕福層の人たちに何かを求めるようなことや、攻撃するようなことは一切書いていませんでした。

でも、あえて言えば、裕福層の人たちや経済的に余裕のある人たちは、非常に厳しい状況におかれている同胞に対して、自分の得ているものを分かち合っていこうとすることで、「心の成長」が得られるのではないでしょうか?
「霊性進化」とはそういうことじゃないのでしょうか?

今の時代ですから、僕は、「天国に入るにはどうすればよいのですか」と聞いた金持ちの弟子に対して、あのイエスが言ったように、「自分の財産を売って、貧しい者たちに施しなさい」などとは言いません。
そのイエスの言葉を聞いて金持ちの弟子がうなだれて立ち去った後でイエスが言ったように、「金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るよりも難しい」などとも言いません。

シルバーバーチのように、「地上で財産を貯えた者は、死後、何らかの責任を問われる(お咎めを受ける、だったかな?)」とも言いません。

しかし、「富の配分の不公平を看過することはできません」というシルバーバーチの言葉には心から共感するのです。

今の格差社会は、まさに富の配分の不公平がもたらしたものです。
その是正の方法は、今までの歴史のように、闘争や憎しみではなく、「分かちあい」によってなされてこそ、地上人類の心が成長したと言えると思うのです。

僕らの目指しているものは、「パイの奪い合い」ではなく、「分かちあい、支えあい」による、「皆が生きていてよかった」と思える世界なのです。
裕福な人たちも、貧困にあえぐ人たちも、立場や違いを越えて協力しあって、皆の心と力で、「皆がごく普通の暮らしを営める社会・世界を作っていきましょう。皆が生きていてよかったと思える世界に変えていきましょう」ということです。

「分かちあい」を強要しては、すでにそれは「分かちあい」ではなくなるので、強制すべきことではありませんし、それぞれの意識に沿ってでよいのです。
ただ、今、現実に暮らしが成り立っていない人たちが大勢いて、ますます増えている現実があるのですから、政治主導でセイフティネットの拡充は、緊急にしなければならないと思います。
それを多くの人たちが望んでいるからこその、政権交代が実現したのだと思うのです。
「経済的な格差をなくして、全部平等にしろ。それを力で奪い取れ」などと言っているのではありません。
「分かちあいの心によって、皆がごく普通に暮らせるような社会、皆が健康で文化的な生活を享受できる社会にしていこう」と言っているのです。

「分かちあい」の理念がスピリチュアリズムに反しているとは全く思いません。
「シルバーバーチの霊訓」などを読めば、「分かちあいの精神と実践」こそがスピリチュアリズムではないのかとも思っています。
もちろん、僕のこの考えやスピリチュアリズムに関する見解を誰かに押し付けるつもりもありません。
別のスピリチュアリズム観を批判しようとも思いません。
僕は、そういう議論はすでに終えています。
「スピリチュアリズム」というラベルには何のこだわりも持っていません。
スピリチュアリズムという言葉を用いるならば、僕らはすでに、実践スピリチュアリズム、スピリチュアリズムの実際化・一般化・普遍化の働きを始めているつもりです。

僕は信念を持ってそう思っています。
僕はこの問題では、「意地っ張り」と思われるほどに(笑)、この内容で同じことを繰り返し書いてきました。
エーチャンさんの感覚やご意見を批判しようとも思いませんが、僕が僕である限り、この考えは変わりません。
エーチャンさんの感覚や考えと違っていても、そこは「違い」として分かってもらいたいと思うのですが・・・。

僕も走り書きになってしまいました。
さっきまでいろいろ電話が入っていて、開票速報が気になっています。
読み返しもしないで投稿するので、不適切な言い方や変換ミスなど、どうぞご容赦をお願いいたします。

30/08/2009(日) 23:39:58

No.6012  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 真剣勝負にどきどき 引用
別欄にさきさんからの投稿があります。
皆さん、読んでみてくださいね。

30/08/2009(日) 23:57:45


No.5951 飯沼 ホームページ E-mail
愛は時空を超えて 55  引用
     
      ☆☆ 愛は時空を超えて 55 ☆☆

         ――  霊界の克との対話  ――

飯沼) おーい、クゥ、こんにちは。

克子)はーい。まーたん、こんにちは。

飯)いろいろと慌ただしい8月で、僕の方からは受信のテーマも思いつかないんだけど、今、僕が感じていることを書いてみるね。
その後で、そちらから何か伝えてもらえるかな?

克)はい、分かりました。
遠慮なく、何でも書きたいことを書いていってね。

飯)日本では、地球温暖化説に反して、かなり涼しい夏になっている。
雨も多く、野菜も不作で値段が高騰し、稲の生育にも影響を与えているとのことだ。

「地球温暖化は、人間の経済活動によって排出される二酸化炭素が原因」という説は、その信憑性が非常に怪しい。
「地球の気温に影響を与えるのは、主に太陽活動や宇宙線などの天体活動で、大気中に0.03%しか含まれていないCO2の影響はほとんど無視できる」という説のほうが正しいように思う。
そもそも、地球が温暖化しているかどうかも、実は定かではないようだ。
世界の主要な4気候観測機関が、「2007年に地表の平均気温が約0.6〜0.7度下がったと発表している」し、その後も気温は低下しているそうだ。

アメリカのCIA調査グループが、先にアメリカ国防総省・ペンタゴンに提出したレポートでは、「近い将来、地球環境の激変によって、ヨーロッパ全域は凍土となり、農産物が一切実らない不毛の地となり、世界各国で食料戦争が起こる」と警告を発しているそうだ。

どうやらIPPC(気候変動に関する政府間パネル)の、「我々を取り巻く気候システムの温暖化は決定的に明確であり、人類の活動が直接的に関与している。」という見解は、何らかの意図に基づいて作成された可能性があると思う。
実際、この見解は、かなり曖昧なデーターと、強引な議事進行によって決定されたという話もどこかで読んだ覚えがある。

僕らは、意図的な大嘘に騙されているんだと思う。

アメリカの9.11事件も、少数のテロリストの犯行だとすれば、どう考えても、ありえない矛盾がありすぎる。
あれがアルカイダのテロでないとすれば、あの事件を理由として始まったアフガニスタンへの侵攻も、イラク戦争も、まさに嘘の言い掛かりをつけて始めた大量殺人犯罪だ。
イラクやアフガニスタンでは、一般人が100万人以上殺されているという。
「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」という戦争の理由は虚偽だったと、戦争を始めたアメリカ大統領自身が認めた。
世界で一番早くイラク戦争支持を表明した、日本の小泉元首相は、知らん顔のままだ。

アメリカ発の世界金融恐慌・大不況も、やっぱりおかしい。
そもそも、サブプライムローン破綻が予測できなかったはずがないし、早い段階から警告している人たちもいたのに、あえて破綻まで突っ走ったとしか思えない。
しかも破綻した後は、天文学的な借金をしてまで、膨大な税金をそれらの企業につぎ込んでいる。
そんな膨大な金が返せるはずもなく、いや、それ以前にそれでも金が足りなくて、世界の基軸通貨であるドルが、遠からず破綻する可能性が高い。

日本でも、この10年余りの間に、国債等の政府の借金だけで、500兆円も増えている。
今現在の、地方を含めた日本の借金総額は、1000兆円を超えていて、これは国民一人当たり850万円にもなる。
赤ちゃんと夫婦の3人家族で、2500万円の負債を背負っている計算だ。
そんな大金を使えば、もう少し国民も豊かになるはずなのに、実際はこの10年あまりで、庶民のほとんどの暮らしは苦しくなっている。
苦しくなっているどころか、さらに追い詰められ、社会保障も不十分で、セイフティネットもズタズタだから、この先さらに庶民は大混乱に陥るだろう。

政府は、「社会保障を拡充するには、消費税を大幅に増税するしか財源がない」と言っている。
今度の総選挙で、政権交代が実現すれば、消費税の増額は延期されるのだろうし、多少はマシな政治が行なわれるのかもしれないが、ドルが破綻すれば、激しく混乱するのは間違いない。
庶民のほとんどは、さらに厳しい状況に追いやられていくだろう。

そもそも、20年前に消費税が導入された時も、「社会保障の拡充のために」という名目で、「福祉目的税」というイメージだった。
しかし、実際にはこの20年で、社会保障は大きく後退した。
この20年間で、国民が支払った消費税は210兆円以上になるが、その一方で大企業等の法人税負担は、180兆円も減ったそうだ。
高額所得者の負担する所得税率も大幅に少なくなっている。

明らかに金持ちを優遇するシステムなのに、庶民が仕事を失い、住む家を追われ、日々の食物に窮しても、「自己責任」などと思わせる雰囲気が未だに残っている。
喩えは悪いが、これは「日本が戦争に負けたのは、兵士が駄目だったから」と言うのと同じだ。
あの戦争は元より、帝国主義国家間の利権争いであり、兵士を使い捨てにすることを前提とした、国家や軍部の上層部による無謀な戦争だったからこそ、数百万人の国民が死に、数え切れないほどのアジアの人々をCENSOREDしまったのだ。
庶民同士が、「共食い」させられたのだ。
それと同じ仕組みが、今も継続しているとしか思えない。

今、多くの人々が追い詰められているのは、「自己責任」なんかじゃなく、明らかに政治や社会システムの責任だ。
労働者の50%以上が、年収300万円以下の賃金しか得ていない。
年収が200万円以下の世帯が、100万世帯以上、300万円以下の世帯が700万世帯ある。
年収700万円以上の労働者は10%以下であり、そのほとんどが大企業の従業員か公務員だ。
年収1500万円以上の世帯も、200万世帯以上ある。
その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ。

書き始めればキリがないが、庶民は、憲法25条に保証された、健康で文化的な生活を享受する権利を主張していってほしい。
胸を張って、公的支援を求めていけばよいのだ。
銀行や企業は、税金から膨大な公的支援を受けてきているのだ。
それが一般庶民にも適用されるのは当然なのだから、堂々と要求していけばよいのだ。
それは、自分のためだけではなく、同じ境遇に置かれている、何百万・何千万人の庶民の役に立っていくことなのだ。
全国民に一人当たり850万円もの負債を背負わせている政府や自治体が、全ての人間の「健康で文化的な生活」を保証するのは当たり前なのだから。

日本では政権交代が起きるかもしれない。
自民党は2007年実績で、168億円の企業献金を受け取っている。
そのうち、経団連からの献金は約30億円にもなっているそうだ。
財界の献金で養われているのだから、自民党政府が財界・企業の利益につながる政治をするのはある意味で当然だっただろう。
民主党が本当に庶民の側に立った政治を行なうのかどうかは、今はまだ分からないが、自民党政府よりはマシにはなるだろう。
そして、民主党は企業献金を禁止すると公言しているから、財界とのつながりは自民党よりは薄いだろうが、ある面では自民党よりも経済グローバリズムに積極的なのかもしれない。

どちらが政権についても、ドル破綻や新型インフルエンザの大流行などに伴う社会の混乱には、十分に対処できないように思う。
そういう状況の中で僕ら庶民は、日々を生き抜きながら、新しい社会に向けて、具体的に何をどうしていけばよいのか・・・。

克) はい。
10年前に、私たちが受信した「地上人類の歩み」にもあるように、今の世は最終的に金銭(利益)がひとところに集まるようなシステムになっています。
人々が生きるに必要な物が足りないのではなく、分配の仕方が偏っているのです。
搾取・収奪と独占のシステムが貫かれています。
彼らはさらに占有するため、自分たちの利益のためにさまざまな種類の膨大な量の情報を流し、これからも世界を操作していこうとするでしょう。

しかしながら、今回はそういう企てが最終的に成功を収めることはありえません。
以前からお伝えしているように、地上人類は霊性進化の大きな節目を迎えているのです。
搾取・抑圧・虚偽等による独占・占有から、真実・自由に基づく分かち合いの地上界に変わっていきます。
分かち合いと言うよりは、本当は「与え合い」なのですが。
それはあなた方人間がじっとしていてそうなる、そうしてもらえるというものではありません。
地上界の浄化は、地上人類の意志と意欲と行動によってなされるべきものだからです。
今、地上に生きているひとりひとりの人間が、新しい価値観を確立し、それに沿って日々を生きていかねば、地上界の浄化は成し得ません。
人間が霊的真理に触れ、それぞれの魂の意志に目覚めるために、霊界からも長い年月にわたって、さまざまな形で情報をもたらし続けてきました。
それらの情報を受け入れた人間が、実際にどうしていくかに全ては懸かっているのです。

現在もそうですが、地上は今まで、本来の霊界よりも幽界や暗黒界の影響下に置かれてきました。
「自分の利益や自分勝手な気持ち」を優先することが、当たり前のような世界です。
人を利用してでも自分に集め、自分が得たものに執着して与えようとはせず、自分の思い通りにならなければ相手を攻撃する。
それでは皆が幸せになれるはずがありませんね。
そういう時代が長く続いてきたのです。
ですから、どんな人も多かれ少なかれ、今までの地上界の幽界的な部分を引きずっているものです。
それは止むを得ないことですし、そういう自分を否定しても何の進歩にもなりません。
否定もまた、幽界的なかげりなのです。
自分の至らなさに思い至ったのであれば、そこを本来の喜びに変えていってこそ進歩・成長になるのです。

今日は「摂理」というものからお伝えいたしましょう。
摂理とは、神の経綸であり、それを言い換えるならば「神の秩序」です。
本来の順に沿った調和ということです。

物事には全て、優先順位があります。
霊界にも地上界にも、霊にも人間にも、(現象の元になる)あらゆる要素が存在しています。
しかし、本来の霊界では、神の分け御魂を戴いた霊としての優先順位に皆が沿っているから、結果的に皆が幸せの中で生きる喜びに溢れているのです。

地上でも、「人として優しく、正しく。皆も自分も幸せに」を最優先にしていけば、霊界の写し世となり、皆が幸せを実感しながら生きていけます。
今回は、それが地上界に根付くまで、浄化の現象が続くと思ってください。
混乱したり、分からなくなれば、「今の自分は何を最優先にしていけばよいのか」をしっかり考え、それを実行していくことです。
考えても分からなければカウンセリングを受ければよいのですし、分かっていても実行できなければヒーリングを受ければよろしいのです。
それぐらいに大事なことなのです。
とにかく、自分が摂理(本来の優先順位)に沿って生きていこうとすることです。
自分が得ているものを、いくら必死になって守ろうとしても、摂理に反していれば失い、あるいは無価値なものになっていくでしょう。
廃れていく今の地上の価値観よりも、霊的価値観に意識を移行して、実際の言動で形にしていくことです。

といっても、肉体や金銭、物質を疎かにしてよいはずはありません。
霊的優先順位に沿って、大切に使っていくことが求められているのです。
それは、たとえば金銭を自分の喜びや楽しみに使ってはならないという意味ではありません。
自分としての喜びを求め、実現していくことは大切なことです。
でも、そこに調和がなければ、単に自分勝手にお金を使っているに過ぎないのですから、やがて痛い目にあって、自分の身勝手さを思い知らされるでしょう。
国や自治体にしても、限られた収入のなかで、どのような優先順位で使っていくのかが、問われているのです。
個々人や家庭における家計も同じです。
限られた収入であれば、なおさら優先順位をしっかりと意識していく必要があります。
あなたが以前に書いたように、商品を買う(買わされる)のではなく、本当は何が必要なのかを見極めながら、あるいは創意工夫を楽しみながら、金銭に依存する度合いを薄くしていくことも大切です。

今、皆さん方がしっかりと意識しなければならないことは、地上界は大きく変貌しようとしており、今までの価値観ややり方が通用しなくなってきているという事実です。
金銭を軸に据えた(大量)消費社会は、もう終わるのです。
拝金や物質偏重の世の中が終わるのです。
いつまでもお金や物質を得る喜び、あるいは、得られないことへの不満や不安に留まっていてはいけません。
もちろん、金銭や物質の配分についての偏りは矯正されねばなりませんが、それは金銭や物質の奪い合いではなく、「人として優しく、正しい社会」の実現に向けてです。

飯) はいよ、ありがとうね。
本人はお金を使っているつもりでも、実際にはお金に使われているってケースも珍しくないからね。
今の世の中では、やはり一定のお金は必要ではあるが、お金に囚われて、お金に人生を使われるというのは、貧しいことだと思う。
いずれにしても、金銭が権威を持つ時代は終わろうとしていると、僕も思う。。
絶対的に足りなかったり、お金を持っていても買えない状況に移行していく可能性が高いのだろうね。
日本はお金や物資がそれなりに潤沢な時代が続いてきたから、そこから意識を脱却させるのはそう容易くはないのかもしれないけど、抗えない大きな変化には、自分の方が適応していくしかないんだよね。

克) そうですね。
今の時点で、「お金よりも心が大事。お金よりも心を優先して生きていきたい」という意識を持てている人たちは、言葉だけではなく、実際にそういう生き方に切り替えていっていただきたいと思います。
それが自分や皆の幸せを実現していくのです。
霊として、人としての本来の優先順位を回復するのですから、幸せにならないはずがないのです。

飯) ありがとね。
じゃあ、またよろしく。

克) はーい、まーたん、またね。
(2009.8.18)

19/08/2009(水) 20:35:37


No.5961  エーチャン
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
以下の書き込みは、飯沼さんにメールで送ったものに変更を加えたものです。



いつもすばらしいメッセージを届けていただき、本当に感謝です。

ただ、最初に飯沼さんが語られている部分に少し違和感を感じました。それは、特に

「庶民は、憲法25条に保証された、健康で文化的な生活を享受する権利を主張していってほしい。胸を張って、公的支援を求めていけばよいのだ。」

という部分です。私の曲解かもしれないのですが、これを読むと、「私たち庶民も応分の取り分をもらう権利がある、パイの取り分をよこせ」というような主張につながるのではないかと思うのです。私も庶民ですし、カネのことでは困っています、それでも生活は一応成り立っているだけ庶民の中では恵まれている方であって、もう生活が出来ないというところまで追い込まれている人々も少なくないと思います。そういう社会の現状を見るとき、飯沼さんの発言は極めて妥当であると思います、が、それでもどうしても違和感があるのです。

その直前にある

「労働者の50%以上が、年収300万円以下の賃金しか得ていない。
年収が200万円以下の世帯が、100万世帯以上、300万円以下の世帯が700万世帯ある。
年収700万円以上の労働者は10%以下であり、そのほとんどが大企業の従業員か公務員だ。
年収1500万円以上の世帯も、200万世帯以上ある。
その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ。」

という部分と併せて読むと、庶民と一部の大金持ちの対立、そして分配の問題に焦点が当てられていることが一層鮮明になる気がします。分配の問題、さらには金持ちへの憎悪に結びつくのではないか、そこに私の違和感があります。(私のあまりにも歪んだ解釈かもしれませんが)

ここで、私の尊敬するケア・ハーディ(James Keir Hardie、1856-1915 イギリス労働党の初代党首)の手紙の一節を紹介することにします。19世紀末から20世紀初め、大地主、資本家対労働者という階級対立の構図(階級闘争)を作り上げることに反対する彼は、次のように記します。


「大地主や資本家を単に非難するだけでは、我々は前進しない、というのは、立場が変われば非難する側の人間(労働者)も非難される側(大地主、資本家)がしていることを全くそのまま行うことになるだろうからである。大地主、資本家も労働者も悪しき制度によって産み出されたものなのであって、非難されるべきは、取って代わられるべきは、そのような制度なのである。」

階級対立(現代的に言えば、格差ということになるのでしょう)を産み出す社会制度、そしてその根幹にあるこころのあり方、価値観こそ、変えなければならないというのがケア・ハーディの考え方です。

そしてその考え方は、私がスピリチュアリズム(シルバーバーチの本であり、天地悠々のメッセージ、そして克子さんのメッセージです。)で教えられたこと、つまり現在の地上を蔽う価値観(それは幽界、暗黒界の強い影響を受けたものなのでしょう)を根本的に変えねばならない、ということと直接的に繋がると思います。この価値観の転換が起これば、パイの奪い合いなど全く起こらない、克子さんの言葉を借りれば「与え合い」が根本の価値観に据えられることになるからです。

克子さんは次のように語っておられます。

「今、皆さん方がしっかりと意識しなければならないことは、地上界は大きく変貌しようとしており、今までの価値観ややり方が通用しなくなってきているという事実です。
金銭を軸に据えた(大量)消費社会は、もう終わるのです。
拝金や物質偏重の世の中が終わるのです。
いつまでもお金や物質を得る喜び、あるいは、得られないことへの不満や不安に留まっていてはいけません。
もちろん、金銭や物質の配分についての偏りは矯正されねばなりませんが、それは金銭や物質の奪い合いではなく、「人として優しく、正しい社会」の実現に向けてです。」


皆さんどのように思われるでしょうか、一つの問題提起として捉えていただければ幸いです。

24/08/2009(月) 13:06:10

No.5962  さき
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
エーチャンさん、こんにちは。お久しぶりです。
書かれているような違和感を感じられる方って他にもあるのかなぁと思いながら投稿を読ませてもらいました。
私はぬまさんの文章を読んで、パイの取り分をよこせとか、金持ちへの憎悪といったことにはつながらなかったので、、他の方の意見も聞きたいところです。

この国のなかに格差があるのは現実だし、地球規模ではもっと大きな偏りと格差がある。生存さえもおびやかされ、ないがしろにされている人たちのなんと多いことか。
そんなのおかしいやん、わかちあっていこうよ、というのは(持ってる人への非難ではなく)生きるためのしごくまっとうな分配の問題であると思ってます。
それは強い者勝ちからわかちあいへ、自分もみんなも幸せにへ、心のあり方、価値観が変わっていくってことでもあると思うし。。

>今、多くの人々が追い詰められているのは、「自己責任」なんかじゃなく、明らかに政治や社会システムの責任だ。

という意味において、人々の暮らしや生存を守るためにあるのが本来の政治でしょ!という意味において、私は指摘された部分を小気味よく読んだのですが、うーん、何が違うのかな?

24/08/2009(月) 16:32:43

No.5963  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
☆エーチャンさん

コメント、ありがとうございます。
「愛は時空を超えて」はかなりの労力を費やして受信しています。
受信し終わって掲示板にアップしても、反応がなければ、やっぱりちょっと寂しいです。
だから、僕が書いた文章の読まれたかとしては予想外ではありましたが、ご意見を書き込んでくれて嬉しいです。

>分配の問題、さらには金持ちへの憎悪に結びつくのではないか、そこに私の違和感があります。

分配の問題を金持ちへの憎悪に結び付けようとは全く思いません。
むしろ、裕福層や多少なりとも経済的に余裕のある層の人々が、意識も行動も「分かちあい」の方向に動かしていくことを願っています。

生活に必要な金銭や物資という意味での富の分配形態は、社会の根幹だと思っています。
それはその社会の価値観や、社会を構成する人々の心の反映であるからです。

「ドネーションシップ わかちあい」の仲間の多くも、今の日本においてはさほど余裕があるわけではない人たちが多いのですが、それでも世界には1日1ドル以下の生活を強いられていう人々が何十億人もいる状況です。
日本にも僕らよりもはるかに厳しい生活状態に置かれている人たちが大勢います。
僕らがわずかな余裕の中から、あるいは日々の生活を切り詰めた中から、年会費を持ち寄って何がしかの役に立てていってもらうという、ささやかな「分かちあい」のシステムもあります。

しかし、それは目に余る、社会的不公平や不公正を看過することではないと、僕は思っています。

さらに言えば、「階級対立」という言葉が資本家階級と労働者階級という区分であるならば、今の社会はすでにそういう分け方では収まらなくなっていると思うのです。
大企業の組織労働者、零細企業の未組織労働者あるいは非正規労働者間の格差は、決定的なものになってしまっています。
公務員でも、同じ仕事をしていても臨時職員と正規職員では、給料に何倍もの差があるなんてこともザラにあります。

組織労働者は、未組織労働者や非正規労働者が極めて劣悪な労働条件に置き去りにされていることで、自分たちの取り分をかろうじて確保しているのが現状です。
企業間においても、大企業が下請け企業に不当とも言える厳しいシワ寄せを強いている現状があります。
中小零細企業は、倒産しないために、従業員の労働条件を悪化させ、さらに低賃金でいつでも首を切れる非正規従業員を増やしていく、そうせざるを得ない。

そういう状況の中で、働いていても生活保護で支給されるよりも少ない賃金しか得られない人たちが1000万人近くにもなっているのだと思うのです。
もちろん、内部留保の資金を潤沢に保有していても、ちょっと仕事が減れば派遣社員を大量に解雇する大企業も少なくありませんが。
では、大企業が諸悪の根源かと言えば、大企業は大企業で、国際競争とやらに勝ち残らなければ、企業の維持存続ができないという状況です。

実際には、「パイの奪い合い」をするとしても、すでに誰が敵なのかすら見定められない社会の仕組みになっているのだと思うのです。
だから、自分を守るために心を縮めて頑なになってしまったり、鬱状態に陥ってしまう人が多いのでしょう。

確かなことは、最終的には弱い立場の人たちが、最もシビアにシワ寄せを受けてて、ごくごく普通の生活すら成り立たなくなってきているということです。
人間としてのごく普通の心の健やかさを維持できなくなっている人も非常に増えています。

いろんな意味で、弱肉強食の社会になっていると思います。
それって結局は、弱い者いじめの社会だと思うのです。
僕は、そういう状況の社会をそのままにしていてよいとは思いません。

ごくごく普通の生活すらできなくなっている人たちが、「自分たちにも健康で文化的な生活を!」と声を上げていくことはとても大事なことだと、僕は思います。
ただでさえ苦しい日々で、「自己責任」などという嫌な言葉で押さえつけられて、声を上げにくい人たちが非常に多い状況だからこそ、勇気を出して声を上げていくことが重要なのだと思うのです。
「パイの奪い合い」ではなく、その社会での最低限の生活を保障していくのが政治の役割だと思っています。
あるいはそういう声を聞いて、多くの人々がどう心を動かし、どういう社会にしていこうとするのかです。

政府は銀行や企業の経営が成り立つように、莫大な税金を投入して支援し続けています。
ならば、社会的に弱い立場に置かれて、生活に困窮している人たちが、「自分たちにも公的支援を!」と主張することは、「パイの奪い合い」ではなく、「公正で公平な社会を実現しよう」という主張であると、僕は思います。
もちろん、自分たちの暮らしを点検し、創意工夫によってお金が中心の暮らしや社会を卒業していくことと併行であってほしいと思いますが、それは各人の意識次第です。

スピリチュアリズムでは、「人類はひとつの意識体であり、地上の同胞である」と伝えられています。
同胞が日々の食物にも困り、雨露をしのぐ家すらも失っていることを知って、自分がどうしていくかが問われていると思うのです。
「皆がそれなりの暮らしを安心して営めるように」という思いが高まるからこそ、分かちあいの社会につながっていくと思うのです。
強い者勝ちの弱肉強食の社会を「分かちあい・支えあい」の社会に変えていってこそ、地上界は大きく変貌し、今までの価値観ややり方とは違う地上界に進化していくのだと思っています。

長々と書いて、結局は僕の主張を補足しただけなので、さらに違和感を持たせてしまったかもしれませんね。
まあ、僕が階級闘争やパイの奪い合いを主張しているのではないと、分かっていただければありがたいです。
他の皆さんも、どうぞご意見や感想をお書きください。

しかし、エーチャンさん、ケア・ハーディを尊敬しているって、なんだかすごいというか、エーチャンさんらしいというか、やっぱりすごいですね。
ケア・ハーディさんは、シルバーバーチの霊訓にも少し登場してましたっけ?

さきさんも、コメントありがとうね!

24/08/2009(月) 23:07:10

No.5964  エーチャン
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
さきさん、飯沼さん

私のコメントに対する書き込み、ありがとうございます。


「まあ、僕が階級闘争やパイの奪い合いを主張しているのではないと、分かっていただければありがたいです。」

これはもう私もよく分かっているつもりです。


ただ、一点だけ言わせてください。

私は数年前まで普通のサラリーマンをしていて、スピリチュアリズムも全く知らず、現世的価値観にどっぷり浸かった生活をしておりました。今もそのころの価値観から抜けているとは到底言えないと思います。そういう意識、価値観で、飯沼さんの書かれているのを読むと、「分配の問題、さらには金持ちへの憎悪に結びつく」のではないかと思われるのです。要は、こころの問題としてではなく、モノの問題として捉えてしまう、ということです。

私自身、この問題は重要だと思いますので、日を改めて再度書き込みをしたいと思います。



ケア・ハーディとの出会いは、シルバーバーチの霊訓です。(近藤先生の訳ではキア・ハーディとなっていたと思います。)彼はシルバーバーチの交霊会に登場しますが、実は生前からスピリチュアリストでした。彼の伝記には、無二の親友とともに熱心に交霊会に出席したということが書かれています。

25/08/2009(火) 07:26:45

No.5965  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
昨日、久し振りに二人の友人と会いました。ひとりはお医者様の奥様で、里山を守るなど環境保護の市民活動を行っている人。もうひとりは弁護士の奥様で、ゴミの問題に関心を持ち、食器をリユースする市民活動などを行っている人です。

正直、今の社会状況から言えば、経済的には恵まれている人たちだと思います。

しかし、本音トークをする内、二人ともご主人のお仕事の責任の重さを言っていました。

現在の医療現場は過労死もあり得るような、医師の使命感に頼ってなんとか機能しているような状況です。その上、ミスをすれば訴訟を起こされる可能性もあるという、緊張とストレスの中でのお仕事です。また、弁護士の方は、訴訟内容によっては身の危険を感じることもあるそうです。

もちろん医師や弁護士の方にもいろいろな方がいらっしゃると思いますが、良心的に仕事をしようとされている方にとっても、今の価値観の中では、責任の重さに見合う報酬を受け取られることも仕方がないのではないか、と思うのです。
(もちろん、ぬまさんは、この様なことは理解された上での発言だと思いますが・・・)

>今、多くの人々が追い詰められているのは、「自己責任」なんかじゃなく、明らかに政治や社会システムの責任だ。
 労働者の50%以上が、年収300万円以下の賃金しか得ていない。
 年収が200万円以下の世帯が、100万世帯以上、300万円以下の世帯が700万世帯ある。
 年収700万円以上の労働者は10%以下であり、そのほとんどが大企業の従業員か公務員だ。
 年収1500万円以上の世帯も、200万世帯以上ある。
 その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ

あまりにひどい格差、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という憲法25条が守られていないことへの義憤から書かれたのだと思うのですが、この年収別に人を区別するような書き方には誤解を生じる恐れがあるのではないか、ということをエーちゃんさんは危惧されているのではないでしょうか?
立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・

しかし、ぬまさんの仰りたいことの趣旨は分かりますし、エーちゃんさんも趣旨はご理解されているように思うのです。

文章に表現するということは、つくづく難しいと私自身感じています。
私の文章を読まれた方に、じゃあ、あなたの文章はどうなの?と思われれば何も書けなくなります。
限られたスペースで、言いたいことに的を絞れば、いろいろな事に対する配慮が難しいこともあります。

ただ、今回のエーちゃんさんのご意見は、私は貴重だと感じています。
ただでさえ、世の中に閉塞感を感じるこの頃、この場は自由闊達にものを言える場であって欲しいと願うからです。
(もとより、ぬまさんはそれを望んでおられると思いますが・・・)

以前、お世話になった直接ヒーリングで、克子さんに言われた、
「自信を持って。反省することは必要ですが、天真爛漫に、自分の思ったことを言動に表わしていくように。」という意味の言葉が、私が投稿する時のささえになっています。
また、躊躇することが、足の痛みとして表れたこともありましたし・・・

以上の様なことから、申し上げ難いことを投稿させていただくこと、拙い文章の中でもその中で言おうとしている趣旨、をご理解いただければ幸いです。

25/08/2009(火) 17:40:24

No.5966  さき
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
春が来るさん

同じ文章を読んでも、人によって感じ方の違いがあって当然です。それぞれが感想や意見を出しあうなかで考えが練られたり、相手への理解が深まることも、気づきもあると思ってます。

でもって、エーチャンさんが意見を出して下さって、私は他の方の感じ方も聞きたいと思いましたし、エーチャンが再度の書き込みをして下さるのを楽しみにしてます。

なので、春が来るさんの
>今回のエーちゃんさんのご意見は、私は貴重だと感じています。
ただでさえ、世の中に閉塞感を感じるこの頃、この場は自由闊達にものを言える場であって欲しいと願うからです。

というコメントにはえっ??と、思いました。
自由闊達にものが言えない雰囲気かな??
引き気味の方が多いけど、皆さんがどんどんこの場に参加してくださったらいいと思ってますよ〜。

それはさておき、
人として正しくやさしく。自分も皆も幸せに。
言いようによっては曖昧で抽象的な言葉ですが、私は自分の日常のなかで、日々の言動・実践のなかで、それを少しづつでも形にしていくことが、自分が地上で生きることの意味だと思ってます。

でもって、ぬまさんが書いてる、
>働いていても生活保護で支給されるよりも少ない賃金しか得られない人たちが1000万人近くにもなっている。<
>世界には1日1ドル以下の生活を強いられていう人々が何十億人もいる状況です。<
というのがこの地上の現実です。

年収の話はこの国の現実の情報であってそれ以上でも以下でもないと思うんですけど。格差や貧困があるって言うことが、
>立場の違いを超えて理解をし合おうという姿勢が、少なくともこの文章からは感じられない、という事なのではないかと・・・<
ということになるんでしょうか??
エーチャンはそれをおっしゃってたのかな。

医者や弁護士が緊張とストレスのなかにある、、
>今の価値観の中では、責任の重さに見合う報酬を受け取られることも仕方がないのではないか、と思うのです。<

と書かれたことの意味を考えてほしいです。
(仕事に見合った報酬は当然だし、高収入を責めるわけでもないですけど。)

2008年の労災での死傷者は12万9260人だそうです。
ストレスと過労で亡くなった弁護士や医者もあるでしょうが、それよりもっとたくさんの人が3Kと言われるような労働現場で亡くなってます。彼らには緊張もストレスも責任の重さもないのでしょうか。彼らの収入は、その危険やキツさに見合っているのでしょうか。時給300円の労働者と言われる外国人研修生の作業中の事故や死亡は過去最多でした。

よりしわ寄せを受けている人、より苦しい立場にある人がいること。そこに心を向けること。それなくして立場の違いを越えて理解しあうことなんてできないと思います。人として正しくもやさしくもありえないと思います。
ちょっとえっ?と思ったので、私も思ったことを書きました。

25/08/2009(火) 22:24:14

No.5967  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
☆エーチャンさん

重ねて確認しておきますね。
僕は、「生活に必要な金銭や物資という意味での富の分配形態は、社会の根幹だと思っています。それはその社会の価値観や、社会を構成する人々の心の反映であるからです」と思っています。

シルバーバーチも、「神は全ての人間を養うに十分なものを与えてくださっています。問題はその独占や搾取にある」という意味のことを伝え、『地球の富の分配の不公平さを見て平然とはしていられないのです』と、はっきりと言っています。

僕は、世界における、あるいは日本における、極端な分配の不公平さは是正されなくてはならないと思っています。

今の日本の極端な所得格差の「事実」を書くことが、なぜ「憎しみ」に結びつくとエーチャンさんが思うのかが、僕にはよく分かりません。
僕らが用いる方法は、摂理に則った「分かちあいや愛による調和」以外にはありません。
それは、皆が肉体を携えた霊として、物心両面から本当に豊かな地上人生を実現していくことであるとも思っています。

エーチャンさんの次の書き込みをお待ちします。

☆春が来るさん

僕は高額所得者のことをとやかく言っているのではありません。(ただ、今の世の中の仕組みや賃金体系を作っている人たちのほとんどは高収入を得ているのも事実だと思います。)
働いているのに生活保護額以下の収入しか得られない状態に追いやられている人たちや、企業の都合で使い捨てにされてしまう人たちのことを言っているのです。
身の危険や緊張を伴う仕事に就いていても、生活が成り立たないほどの低賃金の人たちが数えきれないぐらいいるのが現実です。

今の社会の収入の基準は、職務上の責任や緊張やストレスや身の危険なのでしょうか?
「今の価値観の中では、責任の重さに見合う報酬を受け取られることも仕方がないのではないか」ということであれば、職務上の責任や緊張やストレスや身の危険のなかで働いている何千万人という人たちが、もっと高収入を得られる賃金体系でなければおかしいとも言えてしまうと思うのですが?

責任ということで言えば、低賃金で使い捨てにされていく人たちも、自分の身を養い、あるいは家族を養わねばならないのです。
生きていく責任があるのです。
自分や家族の生活が成り立たないほどの、劣悪な労働条件を強いられ、総理大臣からは「カネがなければ結婚しないほうがいい。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」とまで言われてしまう人たちに、僕は同じ人間として深い共感を抱きます。
春が来るさんの投稿からは、今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。

口答えをするようですが、僕も自分の思ったことを書いてみました。

25/08/2009(火) 22:59:44

No.5968  エーチャン
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
春が来るさん、さきさん、飯沼さん

コメントありがとうございます。

平日はなかなか時間がとれませんので、問題点を整理してこの週末に書き込みします。

26/08/2009(水) 07:13:55

No.5969  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
>ただ、今回のエーちゃんさんのご意見は、私は貴重だと感じています。
ただでさえ、世の中に閉塞感を感じるこの頃、この場は自由闊達にものを言える場であって欲しいと願うからです。

これを書いたのは、

>書かれているような違和感を感じられる方って他にもあるのかなぁと思いながら投稿を読ませてもらいました。

の文章にエーちゃんさんのような受け止め方をする人はほとんどいないのではないか、という様な意味の、さきさんは意識していなくても印象を持つ人もおられるのではないか、と感じたからです。

さきさんの書かれた事を批判するつもりはないのですが、私のコメントに「えっ??と、思いました」と書かれていたのでその説明として書かせていただきます。


医者や弁護士が緊張とストレスのなかにある、、
>今の価値観の中では、責任の重さに見合う報酬を受け取られることも仕方がないのではないか、と思うのです。<

と書かれたことの意味を考えてほしいです。
(仕事に見合った報酬は当然だし、高収入を責めるわけでもないですけど。)


「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という社会システムが作られるべきだと、もちろん私も思っています。

>今の価値観の中では、責任の重さに見合う報酬を受け取られることも仕方がないのではないか、と思うのです。<
と、書いたのは、今の社会システムに問題があると思うので、個人は責められるべきではない、という事を強調する意味もあり「仕方がないのではないか」という書き方をしたのです。「今の社会システムの中」で、社会の為に一所懸命仕事をしている人が結果的に高収入であっても、他の人が責めるべきではない、と思いますし、さきさんは、(高収入を責めるわけではないですけど。)と
書いておられるのですが、

>年収700万円以上の労働者は10%以下であり、そのほとんどが大企業の従業員か公務員だ。
 年収1500万円以上の世帯も、200万世帯以上ある。
 その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ
 
の、「その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ」の箇所に、一所懸命、社会の為に働いて結果的に多少経済的に恵まれている人と、既得権益や自分の出世や欲望の為にあるべき姿勢とかけ離れた形で仕事をしている人とをひとまとめにした書き方に無理があるのではないか、と感じたのです。
高収入を得られている人の中にも社会の為に一所懸命働いておられる人もいるのではないか、ということを言いたかっただけなのです。
そこにエーちゃんさんが違和感を持たれたのではないかと・・・
(それから医師と弁護士について書いたのは、たまたま前日に会って直接、話を聞いたばかりだったので実例として挙げたまでです。ちなみに良心的にすればする程、経営状態は厳しく、友人宅は同業の中で収入は少ない、ということでした)

前回も述べましたが、私はぬまさんの仰りたい事の趣旨は理解しているつもりですし、少し前の投稿にも書きましたように、この様な受信を目にすることが出来るということを、とてもありがたく思っています。

今回の投稿は、エーちゃんさんとぬまさんの論点がかみ合っていないように感じましたので、敢えてエーちゃんさんが気にされている論点に絞って書かせていただきました。
ですから、必然的に高収入の人に的を絞って書いた形になりました。

>今の社会の収入の基準は、職務上の責任や緊張やストレスや身の危険なのでしょうか?

この様なことを言うつもりはありませんが、一要素ではある、と思います。ですから、ぬまさんがおっしゃるように「職務上の責任や緊張やストレスや身の危険のなかで働いている何千万人という人たちが、もっと高収入を得られる賃金体系でなければおかしい」と思います。
CENSORED者が毎年3万人程も出るような社会は異常だと思いますし、その人達は氷山の一角で、海面下には数えきれないほどの恵まれない人々がおられるのだと思います。

>責任ということで言えば、低賃金で使い捨てにされていく人たちも、自分の身を養い、あるいは家族を養わねばならないのです。
生きていく責任があるのです。

ですから、私は、すべての人々が、健康で文化的な生活を営める社会になることを望んでいます。
一所懸命働いても、健康で文化的な生活を営めない人がおられる社会はおかしい、と思います。

>自分や家族の生活が成り立たないほどの、劣悪な労働条件を強いられ、総理大臣からは「カネがなければ結婚しないほうがいい。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」とまで言われてしまう人たちに、僕は同じ人間として深い共感を抱きます。

私もその様に思いますし、舛添氏の「怠け者に税金使わぬ」発言には憤りを感じます。

>春が来るさんの投稿からは、今の社会の仕組みのシワ寄せをもろに被っている人たちへの共感が感じられなくて、とっても残念に思いました。

エーちゃんさんとぬまさんの論点がかみ合っていないのではないかと感じていた時、「他の皆さんも、どうぞご意見や感想をお書きください。」とありましたので、論点がかみ合うことを願って投稿させていただきました。ぬまさんの仰りたいことは理解しているつもりです。

最後になりましたが、私は、社会システムが今のままでいい、という様な意味のことを、今まで言ったことは一度もありません。
現在の社会システムに問題があると思うからこそ、私に出来る範囲ではありますが、この掲示板やドネの日記に社会的問題だと思うことを書かせていただいてきました。
しかし、私の発言の趣旨をご理解いただけなかったようで残念に思います。

26/08/2009(水) 15:25:29

No.5970  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
NO.5967は、書きかけた時に相談の電話が入り、終わってから書き上げて投稿したら、さきさんの内容とダブっていました。
春が来るさんを刺激しすぎることになってしまったようですね。
すみませんでした。

>年収1500万円以上の世帯も、200万世帯以上ある。
>その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ。


という書き方は、不十分でした。
せめて、「その人たちが、今の社会のシステムを作り、あるいはその恩恵を受けているのだ。」とすべきでした。
誤解を招くような書き方をしてしまったことをお詫びします。
ごめんなさい。

春が来るさんは、「年収別に人を区別するような書き方」に反応して、「高収入を得ている人たちにもいろいろあるのですよ」と、良心的高収入層を弁護することに重心があったように感じました。
なので、春が来るさんの投稿内容にズレと違和感を感じました。

僕は、将来にも日々の生活にも不安を抱かざるを得ない状況に追い込まれている人たちに、「胸を張って、不足しているものを主張してほしい」と言いたかったのでした。
それは本人のためでもあり、同じ境遇にある他の人たちのためでもあり、格差社会の是正のためでもあると思うからです。
今の格差社会を是正し、皆がそれなりに暮らしていくには、総所得をどう再配分していくかという問題にいきつくからです。
それが唯一の方法ではないでしょうが、ベーシックインカム的な施策を導入するか、税負担の累進化を強化していくことは必要でしょう。
いずれにしても、高所得者層が今のように優遇されすぎていれば、格差は縮まらないのですから。

「これではやっていけない!」という声が高まるなかから、「分かちあいの社会」への移行の必要性が認識されていくのだと思います。
それを「パイの奪い合い」と捉えるか、「分かちあい社会への移行」と捉えるかは、その人の感覚によるのだと思います。

エーチャンさんは、「要は、こころの問題としてではなく、モノの問題として捉えてしまう、ということです。」と書いておられるように、「スピリチュアリズムに学ぶ者であるならば、今までの階級対立と混同されかねないラインからアプローチするのではなく、まさにスピリチュアルなアプローチの方法があるのではないか?」とおっしゃりたいのではないかと思っています。

今の僕は、臓器移植の話の時にもそうだったように、スピリチュアリズム(霊的真理)を受け入れている人たちにしか通用しない手法を避けています。
僕自身はスピリチュアリズムを人生の規範にして生きていきたいと願う者ですが、特に社会的なことについては、唯物論者を含めて、より広範な人たちに発信していきたいと思っています。
もちろん、モノから入ったとしても、モノだけの話で留まるわけではなく、心(霊・精神・気持ち)を軸に据え直すためにです。

本当の意味で、スピリチュアリズム(霊的真理)を今の世の中で一般化・具体化していきたいのです。
大それた言い方ですが、人々の意識(価値観・気持ち等も)を融和統合していける発信者になりたいのです。
摂理と自由意志に基づいた融和統合=調和の形成を目指してみたいのです。
まあ、そんな大それた話ではなく、僕自身のお勉強としてです。

僕自身が伝え方の軸やスタイルに関して、まだ試行の過程なので、誤解を招いたり、「(スピリチュアリズムと)矛盾している」と受け取られることもあろうかと思います。
なんせ、まだお勉強中なので(笑)
なので、エーチャンさんの指摘や春が来るさんの投稿も参考になっています。

26/08/2009(水) 17:52:25

No.5971  さき
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
話がふくらんできましたね。

春が来るさん、皆さん、
私の投稿で、自由闊達にものが言える場であってほしい、って思われたんですね。
あらら。。って感じです。笑
最初のエーチャンの投稿を読んで、大事な指摘なのかなって思ったので、他の方の意見も聞かせてほしいところですって、促したつもりだったんです。
そういう印象を与えたなら、すみません。


昨日投稿してから考えてて、
ただ事実として<所得格差がある>ということを言うことが、なんで分断や対立や敵意をあおるように受け取られるのかなと。。
金持ちは悪だとか、高収入を受けるのは間違いとか、言ってるわけじゃないんだけど、そう聞こえるってことなんですかね。

まさに、春が来るさんが、
>高収入を得られている人の中にも社会の為に一所懸命働いておられる人もいるのではないか、ということを言いたかっただけなのです。<
って書いておられますものね。

私、春が来るさんの正義感やまっすぐさが好きなんですよ。
前にも言ったけど、この場でもドネでも社会的な問題や情報を提起して下さることもすごくありがたく思っています。
好きやし余計にわかりあいたいと思うこともあったりするんですよね。

以下は私のこだわり、私が大事にしたいと思ってることとして聞いて下さい。春が来るさんにどうこう言いたいということじゃないです。

>高収入を得られている人の中にも社会の為に一所懸命働いておられる人もいる<
その通りやと思います。実際にそういう人もたくさんおられると思います。
けど、いやな言い方をしたら、例えば麻生首相だって舛添大臣だってそう思ってるんだと思うし、それを支持する人もいるでしょう。
社会のために一生懸命働いてるって、誰がどう判断するんでしょう。

人間って物的にも心的にも社会的立場としても、既得権益があったら、なかなかそこから動くこと、変わることはできません。
自分では善意のつもりで、無神経な人もたくさんいます。
自分で悪気はなくても人を踏みつける社会のシステムに加担しているかもしれない。世界の圧倒的多数の人たちのなかでは、私だってそうです。
そのことに敏感でありたいと思うのです。
愛や調和を語りながら、同じ地上を生きる人の痛みに鈍感でありたくないのです。
形ではなく心、って言うことが、今の歪んだ現実をそのままにしておくことあってはならないと思ってます。
この地上の現実を直視して、どうするのか。
実際にどう生きるのか。

人として優しく正しく、と思っていても、誰しもこの地上の歪みやねじれを抱えています。
良心のセンサーをフルに働かせていないと、この社会の仕組みのなかで、誰しも気づかないまま人を踏みつけているかもしれない、そう思うんです。
価値観が変わるということは、自分の生き方が変わるということだと思います。
それって終わりのない歩みだと思います。
自分のやさしさや正しさの中身を点検しながら、少しづつでもホントのことに近づいていけたらって思ってます。

思いつくままにだらだら書いてしまったかもですが、投稿します。

26/08/2009(水) 22:24:26

No.5972  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
鈍いので、後になってわかったのですが、僕の読み間違いかもしれないので・・・。

さきさんの、以下の文章を読んで、
>書かれているような違和感を感じられる方って他にもあるのかなぁと思いながら投稿を読ませてもらいました。
私はぬまさんの文章を読んで、パイの取り分をよこせとか、金持ちへの憎悪といったことにはつながらなかったので、、他の方の意見も聞きたいところです。<

春が来るさんは、
「さきさんの文章が、自由闊達にものが言えないような雰囲気を与えているという印象を持った」ということだったんですね?

そうだったら、ちょっとびっくりです。

27/08/2009(木) 15:30:15

No.5973  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
>春が来るさんは、
「さきさんの文章が、自由闊達にものが言えないような雰囲気を与えているという印象を持った」ということだったんですね?

そうだったら、ちょっとびっくりです。

さきさんの文章に関しては、後で読み返せば、私が初め抱いた印象は感じませんでした。
ただ、ぬまさんの文章を読んで、エーちゃんさんが投稿されたお気持ちも分かるような気がしていた時、さきさんの

>書かれているような違和感を感じられる方って他にもあるのかなぁと思いながら投稿を読ませてもらいました。

という文を見て、私自身、その時は、投稿し難さを感じた覚えがあったのです。

私も、自分の考えを文章に表わすことの難しさはつくづく感じています。
私も、「まだまだ勉強中」です。
気分を害されたのなら、申し訳ありません。

今、「世界一幸福な国、デンマークの暮らし方」(PHP新書)千葉忠夫著を読んでいます。

貧しい国民生活の苦しさを経験したデンマークは、それをきっかけに、貧困は国家の政策で克服できる、いや、克服しなければならないという考えに到達しました。

その思いの背景にあるデンマーク政府と国民の一致した考えこそ、国民の「共生」という考えです。
霊的視点から見れば、もっともっと進化した形があるのでしょうが、まずは、この「共生」という社会システムになることを望んでいます。
 
それから、この機会にもうひとつ付け加えさせてください。
ぬまさんの、

>喩えは悪いが、これは「日本が戦争に負けたのは、兵士が駄目だったから」と言うのと同じだ。
あの戦争は元より、帝国主義国家間の利権争いであり、兵士を使い捨てにすることを前提とした、国家や軍部の上層部による無謀な戦争だったからこそ、数百万人の国民が死に、数え切れないほどのアジアの人々をCENSOREDしまったのだ。
庶民同士が、「共食い」させられたのだ

という箇所なのですが、確かにぬまさんの仰るように、無謀で悲劇的な戦争は、一部の権力者によって実行されていきました。
しかし、その点を見るだけでは、再び戦争を止められない危うさがあると思うのです。
当時、戦争に反対する人や批判的な人達を「国賊」「非国民」であるとし、「庶民」が「庶民」を監視するという社会が、より戦争への道を突き進む要因になった、ということを私達、庶民ひとりひとりが教訓として頭に置いておかなければいけない、と思うのです。

私は、以前、流行した「KY」という言葉にとても違和感がありました。
漠然とその様に感じていた時、今の日本の安全保障に警鐘を鳴らす「日米同盟の正体」という本の中で、次の文章を目にしました。

【山本七平は『「空気」の研究で第二次大戦の作戦を引用しつつ、戦艦大和の出撃が無謀であるとの論拠があるにもかかわらず出撃したのは「空気」ゆえだったとして、「(空気は)非常に強固でほぼ絶対的な支配力をもつ『判断の基準』であり、それに抵抗する者を異端として、『抗空気罪』で社会的に葬るほどの力をもつ超能力である」と説明した。山本七平は空気を読む社会に警鐘を鳴らした。・・・

・・・今日の日本社会では空気に逆らうことをとがめる風潮が一段と強まった。2007年から08年にかけてKY(空気を読めない、空気を読めの略)という言葉が流行した。あいつはKYだから困ると互いにささやき、その人物を自分たちの仲間、組織からはずしていく。
政治の世界でも、小泉純一郎総理時代、郵政民営化をめぐり、この流れがピークに達した。自民党内で郵政民営化に反対した議員は除名されただけでなく、選挙時、刺客が送られた。組織の指導者の見解に反対したら抹殺される。その動きに対し世論は反対せず、むしろ喝采する。この動きに筆者は怖さをかんじた。自己の考えをもち、それを自由に発言する。それは民主主義の原点ではないか。】

二度と同じ過ちを繰り返さない為に、私達ひとりひとりが、時代の「空気」を作っているという自覚が必要だと思うのです。

27/08/2009(木) 16:19:29

No.5974  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
前の投稿の補足です。

私自身、自分の文章に自信があるわけではありません。
前にも書きましたが、そこでは克子さんの言葉をささえにして、ようやく投稿出来ているところがあります。
今回の投稿に関しては、私の立場では投稿しないですませる事もできました。
その中では、私なりの葛藤があった、という事をご理解いただければ幸いです。

27/08/2009(木) 18:04:26

No.5975  さき
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
春が来るさん

最初にそんな印象を与えたのねって思っただけで、気分を害してはいませんよ。
で(内容についてじゃなくて)思ったんですが、、
この場は立派なことや正しいことを言わなきゃいけないとか、どっちが正しいとか間違ってるとか、、そういったことで成り立ってるわけじゃないと思うんです。

この場につながる人が、ありのままに自分の気持ちや考えを表現して、気持を通わせあったり、考えを深めたりする、交流と学びの場だと思ってます。
その人がその人らしく伝えたいこと、聞いてほしいことを書いたらいいのであって、そこでは文章がどうとか関係ないと思います。

>自信を持って。反省することは必要ですが、天真爛漫に、自分の思ったことを言動に表わしていくように。<

という意味の克子さんの言葉。
春が来るさんは春が来るさんのままでOKだよってことじゃないのかな。
天真爛漫でいきましょうよ〜。

27/08/2009(木) 20:22:25

No.5976  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
限りなく論が展開しそうなので、一言、二言だけコメントします。

>今回の投稿に関しては、私の立場では投稿しないですませる事もできました。

こういう書き方は、それこそ独特の空気を醸し出しているように、僕は感じます。

僕は、春が来たさんが本音のところでおっしゃりたかったことは、「今の価値観の中では、責任の重さに見合う報酬を受け取られることも仕方がないのではないか、と思うのです。」ということではなかったのかと思うのですが、違うのかな?

僕も人の言葉を借りて言うならば、若い頃、鶴見俊輔さんが「建て前とは、本音を覆い隠すもの」みたいなことを言ってらして、「確かにそうかもしれないけれど、こういう世の中って面白くないな」と思ったことがありました。
天真爛漫に、ありのままの本音を言い合える関係が、僕は好きです。

あ、電話なので。

27/08/2009(木) 20:32:49

No.5977  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
>今回の投稿に関しては、私の立場では投稿しないですませる事もできました。

と書いたのは、エーちゃんさんの投稿を補って「書く」という意味においてです。
そして、その内容がさきさんの書かれたように

>書かれているような違和感を感じられる方って他にもあるのかなぁと思いながら投稿を読ませてもらいました。

という内容だったので、果たして私の書いた文章で分かっていただけるだろうか?という思いと、自分の書いた内容には最後まで責任を持たなければいけない、という思いからくる重さがあった、という事です。
社会的な問題について書く時にも、自問自答はあります。
それは、その内容がどれ位受け入れていただけるだろうか?とか、タイミングを見てとか、必要な事だろうか?等ということです。

本音」で言うと、「改正臓器移植法」について書いた時、表現する事の難しさを感じました。ですから、硬い書き方になっていると自分で分かっていても、書き方がどうしても硬くなってしまうのです。
もっと、天真爛漫に「喜び」の中で書ければいいのですが、正直、これが今の私の状態です。

ぬまさん

私が一番言いたかったのは、

>「その人たちが、今の社会のシステムを作り、その恩恵を受けているのだ」の箇所に、一所懸命、社会の為に働いて結果的に多少経済的に恵まれている人と、既得権益や自分の出世や欲望の為にあるべき姿勢とかけ離れた形で仕事をしている人とをひとまとめにした書き方に無理があるのではないか、と感じたのです。
高収入を得られている人の中にも社会の為に一所懸命働いておられる人もいるのではないか、ということを言いたかっただけなのです。

ここです。

27/08/2009(木) 20:56:17

No.5978  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
☆春が来るさん

「愛は時空を超えて」の僕の文章を読んでいただければ分かると思うのですが、僕は年収1500万円以上の世帯が200万世帯以上あるという統計上の事実を書いているのです。
他の年収層の人たちに関しても、一所懸命仕事をしている人と、そうじゃない人はいるのでしょうが、そういうことには全く触れてはいません。
なぜ、高収入の人については、一所懸命、社会の為に働いて結果的に多少経済的に恵まれている人と、既得権益や自分の出世や欲望の為にあるべき姿勢とかけ離れた形で仕事をしている人とを区分しなければいけないのか、春が来るさんの視点がズレていると思うのです。
それに、年収1500万円以上の人たちは、やはり今の社会のシステムの中で恩恵を受けているからそれだけの収入を得ているのだとも思います。
そこは春が来るさんご自身も、「今の価値観の中では」と言っておられるとおりです。
今の価値観があって、今の社会のシステムがあるのですから、同じことじゃないですか?

僕は所得格差の実態を書いただけの話なのです。
しかも、高額所得者のことではなく、日々の生活にさえ支障をきたしている人々のことを書いているのです。

エーチャンさんの指摘は、「モノからか心からか」というところで、僕にも理解できます。
春が来るさん独自の視点は分かりますが、エーチャンさんの指摘を補っているのかな?
僕が書いた内容ともズレているとしか思えないのです。

際限なく話が続きそうなので、取りあえずこのあたりで休止にします。

27/08/2009(木) 21:31:56

No.5979  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
私も、いつまでもこの様に論を展開するつもりはありませんが、明日は朝から夜まで用事で出かけますので、最後に、「本音」で言わせてください。(今までも書き方は硬くとも、本音で言っていたつもりですが・・・)

>今回の投稿に関しては、私の立場では投稿しないですませる事もできました。

こう書いたのは、「そうだったら、ちょっとびっくりです。」というぬまさんのコメントと、今までのやりとりの中から、ここまで書かないと、私の言いたいことを分かっていただけない気がしたからです。

それと、今の私には、内容が「天然痘テロ」の様な重い、ある意味神経を使う投稿の後、何も反応がなければ、書いて良かったかどうか分からなくて、次に書く時、投稿すること自体に緊張がある、ということです。

それから、今回投稿した動機は、ぬまさんとエーちゃんさんの論点がかみ合っていないように感じたので、私が書くことで、少しでも論点が、より、かみ合えばいいなぁ、という願いからです。

27/08/2009(木) 22:48:56

No.5980  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
はーい、そうでしたか。
僕も諸般の事情で返信できないこともあるので、すみません。

人は誰にもその人なりの思い方があり、その人なりの守り方があるものだということで、いい歳をした大人らしく(笑)この場を収めましょう。

27/08/2009(木) 23:46:54

No.5981  春が来る
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
ぬまさん

5976を見た後、5977の続きとして5979を書きました。
用事をしながらメモ帳に書いたのを5978は見ないで投稿しました。
失礼しました。
明日は、朝から京都の娘の所に行かなければならなくなりました。

5976の

>限りなく論が展開しそうなので、一言、二言だけコメントします。

>あ、電話なので。

を読んで、もうそろそろ休止にしたい。忙しい、ということが伝わってきて、ああいうコメントになりました。

私の書いた事がズレていたのなら申し訳ありませんでした。

もう少しいい終わり方をしたかったのですが、残念です。

28/08/2009(金) 00:35:08

No.5982  MOMO
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
エーチャンさんや春が来るさんの言っていること
私は分かる気がします。

最近特に思うのですが、飯沼さんの書かれている
内容が刺激的(過激的?)というか、上手く言えないけど前と少し
論調が違ってきているように思います。ただの私の気のせいかも
しれませんが・・・。

正直、今回の内容を見ていると論点より自分の意見を押し通そう
としているその姿勢の方が、私は目に付きます。もう少し色々な
意見が言える雰囲気にしないと、言いたくてもなかなか自分の意
見を言えない人も結構いるのではと思いました。

このことは、掲示板だけではないかもしれませんね。人との関わり
の中で、無意識にそういう所が出ているとすれば、ますます言えな
い、言ってもらえないかもしれませんね。

お節介なこと少し言い過ぎました。すみません。

28/08/2009(金) 03:26:11

No.5983  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 愛は時空を超えて 55  引用
☆春が来るさん
天真爛漫で、ほんと、可愛い人ですね。
参りました(笑)
今度会ったときに、また、ぐだぐだやりあいましょう(笑)

☆MOMOさん
恐ろしく深夜に、善意に溢れるご投稿、ありがとうございました。
生意気なことを言いますが、なかなかお上手な文章ですね。
あなたのお人柄が滲み出ていると感じました。
お節介だなんて、とんでもありません。
言い過ぎましただなんて、まだ言い足りないのじゃありませんか?
言わずにはいられないお気持ちだったのですね。
なんだか少し痛々しいです。
こういうことをあなたに言わせてしまったことを申し訳なく思います。

最近、僕の論調が変わってきているのは、世の中が大変な状況になり、さらに大変な状況に向かいつつあると思うからです。
いろいろと資料を調べているうちに、マスコミでは全く報じられない「驚くべき事実」があることを知り、「情報のひとつ」としてこの掲示板でも紹介しています。
もちろん、僕自身がその情報の整合性を検証した上でですが、それでも、無理に信じさせようなどとは全く思っておらず、判断は読者に委ねているつもりです。
ですから、僕の論調の変化も、刺激的な投稿が増えているのも、決してあなたの気のせいではありません。

掲示板のことだけでなく、僕の人との関わりについてまで、想像たくましいご意見をいただき恐縮です。
ご忠告に留意していこうとは思いますが、最終的には僕は僕としてやっていきます。
誰かの意に沿うためにこの働きをしているのではありません。
僕はそういう人間なので、すみませんね。

僕がこういう人間であるにもかかわらず、よい仲間たちに恵まれ、ほんとに幸せな人間だと感謝しながら活動させてもらっています。
そこのところは、あなたはご存じないか、認めたくはないのでしょうが、あなたの思いがどうであれ、それが事実なので、ご心配なく。

人間同士ですからいろいろありますが、僕は人を信じる喜びを知っています。
文面から察するに、あなたは僕への反感とは別に、どうやら人を信じることができない方のように感じました。
それは人生最大の寂しさだろうと、痛ましく思ってしまうのです。
ただの私の気のせいかもしれませんが・・・。

今後ともこの掲示板を読んで、またご意見をご披露くださいね。

28/08/2009(金) 07:45:15

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