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No.5493 飯沼 ホームページ E-mail
お知らせです 引用
☆☆ 2009年5月の直接ヒーリングのお知らせ ☆☆

☆京都
5月4日(月)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
5月5日(火)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
5月6日(水)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
5月7日(木)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
5月8日(金)  午後1時〜2時半   3時〜4時半

☆篠山での日程は未定です。
篠山での直接ヒーリングをご希望の方はお問い合わせ下さい。
☆遠隔ヒーリングは随時お申し込みください。
☆詳しくは当サイト表紙上部の「ヒーリングお申し込み」をご覧ください。
☆なお、4月の直接ヒーリングのご予約受付は終了しました。
☆予約日以外での直接ヒーリングをご希望の方は、別途ご連絡ください。
(急を要する方に限らせていただきます)

12/04/2009(日) 09:32:25



No.5462 飯沼 ホームページ E-mail
スレッドを改めます 引用
☆のぶよさん・皆さんへ

Nさんに施術をしていただいた件については、すでに話としては終わっているのです。
Nさんが車を運転して来られていても、新幹線で来られていても、それは大きな違いではありません。
Nさんには事前に「雑魚寝でよければ泊まっていかれませんか?」とお伝えしていました。

僕が、のぶよさんにとっての大きな気づきの機会にしてほしいと思うのは、「過剰防衛のあまり、自分が人を攻撃している。今回のことだけではなく、今までもそういうことが何度もあり、それがのぶよさんの念の使い方になってしまっている」というところです。

>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない<
という、のぶよさんの思い方、書き方です。
見かねて注意した人の方が、よっぽど傷ついているとは思いませんか?

「のぶよさんにならどう言ってもいい」などと思っている人がいるとでも言うのでしょうか?
のぶよさんに注意をした人がそう思って言ったと、のぶよさんは本気で思っているのですか?
。。。。。。。。。。。

実際、のぶよさんに注意した人は、「自分のせいでのぶよさんの病状が悪化したのか・・・?」と思い、かなり落ち込んでいます。
その人としては、板の間の部屋に行く度に注意していたにもかかわらず、ただでさえ狭い部屋に横になって、二人目の人が施術を受けていることに、「いい加減にしぃよ」と言ったということでした。
そして、のぶよさんの投稿を読んで謝罪のメールを送っているのではありませんか?

人と人との関わりにおいては、さまざまな行き違いや思い違いが生じるものです。
お互いが相手の事情や気持ちの全てを把握できてはいないのですから、行き違いが生じるのはしかたのないことでしょう。
その時に、修復に向かわせるのか、あるいは摩擦を強め、硬直させていくのか・・・?

今回のことで言えば、のぶよさんは「何度も注意をされていたことを知らなかった」とのことですが、掲示板を読めばその事実はすぐに分かったはずです。
ならば、「いい加減にしぃよ」という注意がたとえきつく思えたにしても、「自分は知らなかったが、あの人はそれまでに何度も注意をしていたのか。それでもNさんに施術をさせ続けていたから、あんな言い方になったんだな。元はといえば、自分たちが無神経だったのだから」と、納得しなければいけなかったのです。

それが「修復」の方向に自分の気持ちを動かすということなのです。
のぶよさんは、強烈に摩擦を強め、人間関係を硬直させる方向だったと思います。

もちろん、時には摩擦を強めることを覚悟の上で踏み込んだやり取りが必要な場合もあります。
しかし、そういう場合は、「そのことが本当の意味で相手の役に立つ」と思ってのことかどうかが大事なのだと思います。
そういうラインで、今回のことを静かに思い返してほしいと思います。

今回の定例会は、「念」のエネルギーがテーマでした。
「念」エネルギーは本人が意識できていない使われ方をしている場合が少なくないというお話もしました。
この掲示板を読む皆さんにとって、のぶよさんの投稿は、まさに定例会のテーマに沿った復習と実習の機会になったと思います。
その意味ではとてもありがたいやり取りになりました。

のぶよさんに限らず、多くの人が「念」のエネルギーを、喜びかどうかとも無関係に、今まで自分が使い慣れてきた思い癖のラインで使ってしまっているのです。
その結果、自分も人も苦しく不愉快になっているのです。
「念」のエネルギーは、現実化のエネルギーでもあるので、喜びに向かって使えば喜びが現実化するし、ネガティブに使えばそういう現実が引き寄せられていくということです。
病や不幸せや災難をも引き寄せていくのです。

「念」のエネルギーを高め、摂理に沿って、自分の魂の意志に沿って、「皆も自分も幸せに、健やかに」と使うことによってこそ、病は癒え、トラブルは解消し、喜びに満ちた日々を送ることができるのです。
。。。。。。

僕の投稿を繰り返しておきます。

こう書けば、非常に厳しい書き方になりますが、のぶよさんの「岩戸開き」のために、あえて書きますね。

のぶよさんの「念」の使い方は、のぶよさん自身の認識とは逆で、「私は悪くない。相手が悪い。誰々が悪い」になっているのです。
過剰防衛のあまり、攻撃に転じてしまっているのです。
それは今回のことだけではなく、今までにも同じようなことがあったように思います。
そういうのぶよさんの「念」のエネルギーが、のぶよさんの体を攻撃しているのだと思いますよ。

のぶよさんの投稿を読んで、のぶよさんの事情や気持ちは分かりましたが、これでは人と和していくことは極めて難しいだろうとも思いました。
のぶよさんは今、そこに気づくべき時を迎えているのでしょうね。
のぶよさんの今後の病状の推移は、一重にそこにかかっているように感じます。

「関節」は「人間関係」にまつわる心を象徴している部位だと伝えられています。
リュウマチは、関節が炎症を起こし、本来ならば自己を守る免疫機能が、自分の関節を攻撃してしまう病です。
のぶよさんの場合は、「自分は悪くない。相手が悪い」という過剰防衛の「念」のエネルギーが、自分の関節を攻撃しているように思います。
今回のことで、このような思い方をしていれば、病状が進むのも当然でしょう。
病とは、神からもたらされたサインであり、自分の魂からのサインでもあると言えます。
それは、「この病を得たことで、大事な何かに気づき、自分のものの考え方や想念・言動、つまり生き方を変えていく機会にしなさいよ。より健やかな自分に変わっていってくださいよ」ということです。

最近ののぶよさんはずいぶんと嬉しい方向に変化してきたのは確かです。
定例会で皆さんのエネルギーによって、のぶよさんの根っこに残っていた「念」が、分かりやすい形で浮き上がってきたのでしょうね。
文字通り、ここからが正念場です!

大きな峠を越えるのは大変でしょうが、のぶよさん自身の幸せためにも、ひがしクンが注ぎ続けた愛念に報いるためにも、どうか「念」の使い方を切り替えていってほしいと思います。
もちろん、僕らも応援しています。

09/04/2009(木) 16:53:00


No.5463  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用
☆皆さんへ

この件でののぶよさんとのやり取りは、これで打ち止めにします。
皆さんにはご心配をかけたり、不愉快な思いにさせたかもしれません。
すみませんでした。

ここで、皆さんにお願いです。

のぶよさんが「岩戸開き」を完遂できるように、皆さんにのぶよさんへの応援のエネルギーをお願いしたいのです。

のぶよさんがこういう思い方、念のエネルギーの使い方を身に染みつけてしまったのは、のぶよさんの幼い頃からの疎外感が強かったからであり、のぶよさんが本来の天真爛漫な自分ではいられなかった状況があったのだと思います。
周囲の人たちとの感覚の違いなどによって、自分らしさを否定され、自分でも自分を喜ぶことができず、無意識のうちに「自分は悪くない」という思い方で自分を守ってきたのだと思うのです。

本来ののぶよさんは、人が好きで、人と和すことを喜びとし、素直で天真爛漫な人だということを、僕は知っています。
彼女が、そんな魂の意志に沿って「念」のエネルギーを使っていくように、皆さん方のエネルギーを高めて、惜しみなく注いであげてほしいのです。
できれば、励ましのメッセージも書いていただければ嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

悠々塾は摂理に沿って「奇跡」を起こす、個も全体も、心も体も社会も癒していく場です。
皆で心を合わせ、願いを高め、嬉しい結果を信じて、のぶよさんに力の限りのエネルギーを送りましょう!

09/04/2009(木) 17:09:00

No.5464  さいこ
Re: スレッドを改めます 引用
のぶよさんへ

こんにちは。
私もひろこさんと同じで、天真爛漫なのぶよさんをまぶしく感じ、羨ましいとさえ思います。
心も身体も健やかになるようにエネルギーを送りますね。
私も今まで喜びに向かえなかった思い癖を、喜びに変えて行きたいと思っています。
一緒に頑張りましょうね!

09/04/2009(木) 18:01:00

No.5465  さき ホームページ
Re: スレッドを改めます 引用
定例会の二部で久しぶりに「愛の歌」を聞きました。
のぶよさんとひがしさんが結婚した時に二人のためにISSINがつくった曲でしたね。
もうすぐ結婚8周年ー。平坦とはいいがたい山あり谷ありの8年を共に歩んでこられたひがしさんとのぶよさん。その道のりがあって今があることを思うと胸が熱くなりました。あの日はちょうど東さんの誕生日で、お二人もウルウルされていたのではないでしょうか。

自分は悪くない、相手が悪い。その念が過剰防衛となり攻撃になる。それが今回のことではっきり見えました。
のぶよさんのなかにはずっとその念が働いていたと思います。
ぬまの言うように最後にそれが浮き上がったのだと思います。

人間、思い違いをする時もあれば、失敗する時も間違う時もあります。同じ場面で同じことを言っても人によって取り方だって様々です。だからトラブルや気持の行き違いってあるものだけど、出来たらみんな仲良く、自分もみんなも幸せや喜びの方にむかっていきたい。そんな健やかさに向かっていきたいです。
のぶよさんの自分は悪くないという念はそれを邪魔してます。
これまでそうやって自分を守るしかなかったにしても、です。

のぶよさん、治りましょうよ!!
のぶよさんがのぶよさんらしい明るさと無邪気さでのびのびと人とかかわり、人と心を交わす喜びをどんどん実感していけたら、のぶよさんのリュウマチは治る!
心と身体はつながっているって私たち知ってますよね。

それを誰よりも喜んでくれるひがしさんのためにも。
治りましょう!治しましょう!
過剰防衛の念の使い方、切り替えましょう。
そのために、そうできるように、私も今回の定例会で学んだことをしっかり意識してエネルギー送ります。

09/04/2009(木) 20:55:05

No.5466  春が来る
Re: スレッドを改めます 引用
のぶよさん

この間の定例会の2部の懇親会の時、のぶよさんは、「最近、治ると思えるようになった。」と明るく話してくれたわよね。

ずっと、周りに気持ちを理解してもらえず、気持ちを縮こめてきたのぶよさん。

話を聞く中で、ひがしさんから、最近、のぶよさんの近しい人に対して、あまりの心ない言葉に大きな声を出して怒った、という話を聞きました。
あの温厚で優しいひがしさんが、たまりかねて、その人に対して初めて声を出して怒ったと・・・

定例会では、みんなから、愛情のこもったエネルギーを送ってもらい、花束を受け取って、とっても嬉しそうだった。
私にも、花束を大事そうに見せてくれたわよね。

優しい旦那様の愛情に包まれて、どうか、心を固くしないで、心身共に軽やかな方向に向かって進んでください。

今回の事をきっかけとして、「治癒」を現実のものとしてくださいね。

花束は、結婚記念日のお祝いの花束でしたよね。
病気を治して、優しい旦那様と、より幸せな日々を過ごしてくださるよう願っています。

09/04/2009(木) 21:28:06

No.5467  yokoyoko
Re: スレッドを改めます 引用
以前、ドネののぶよさんの日記にコメントをさせてもらった者です。
私は人との関わりが苦手で、気遣いがないからとか、人によく思われたいからかなとか思うのですが、どうしてこんなにしんどいのかがわからないんです。「念」なんて思いっきりネガティブな方向に使っているんだと思います。
それに私も同じく膠原病のエリテマトーデスの気があるといわれていますし、勝手にのぶよさんに親近感を覚えてしまいました。

のぶよさん、素敵な旦那様に愛されている自信と誇りをもっと持ってください。絶対大丈夫だと思います。
応援しています。

09/04/2009(木) 22:59:00

No.5468  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
飯沼さんは
>のぶよさんは「何度も注意されていたことを知らなかった」とのことですが、掲示板を読めばその事実はすぐに分かったはずです。
と書かれてます。
でも私は本当に昨日の飯沼さんの書き込みを読むまでそのことを知りませんでした。掲示板は読みましたが、見落としたか、そう書いてあったことに気が付かなかったと思います。
知らなかったのは知らなかったとしか言えません。どうか信じていただけますように。

今回は人のことというよりも自分がパニックになったことで症状が悪化してなんとか助けてほしい気持ちで書きこみました。他の人への配慮が欠けていたというのはそう指摘されたらその通りです。その為に迷惑をかけてしまった人には申し訳ないと思っています。

謝罪のメールはいただきました。メールが来ていたことに気が付いたのが遅くて、返信が遅くなってしまって、そのことで気にされてないか、気にはなっていました。メールを読んでから時間はかかりましたが、できるだけ急いで返信書きました。逆に傷つけてしまってごめんなさいと書きました。

私の傾向については飯沼さんが書いてくださっている通りと思いますが、自分ではなかなか意識できにくい所なのだと思います。向き合っていこうと思います。
私が事実関係を知らないで施術を受けてしまったことは本当のことです。それを知ってて施術を受けたということではないのです。飯沼さん皆さんどうかご理解いただけますように。

............................................................

<ありがとうございます>

ひろこさん、飯沼さん、さいこさん、さきちゃん、春が来るさん、yokoyokoさん、皆さん、
今回のことでは応援ありがとうございます。読ませていただいて凄い嬉しかったです。症状の不安も吹っ飛んでいきそうな感じがしてきます。治りたいと思う方に転換したいです。気持ちの変な思い方も、すぐに固まって緊張してしまうところも、変わっていけたらと願っています。皆さんと一緒にやっていきたいです。どうか見守って下さい。よろしくお願いします。

09/04/2009(木) 23:28:03

No.5469  さき ホームページ
Re: スレッドを改めます 引用
のぶよさん、向き合うところ、意識するところは、
ぬまが何度も提示していること↓↓

>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない<
という、のぶよさんの思い方、書き方です。
見かねて注意した人の方が、よっぽど傷ついているとは思いませんか?

>何度も言いますが、のぶよさんは「自分は悪くない。相手が悪い・誰々が悪い」という過剰な自己防衛によって、人との関わりを損ねているのです。
人との和を壊してでも、「自分は悪くない」という主張を最優先にしているのです。<

そこでしょう。
上の投稿で、同じことしてませんか。
必要なのは私は悪くないということを言わずにいられないのぶよさんの念の使い方を切り替えることです。

10/04/2009(金) 00:06:54

No.5472  えみこ
Re: スレッドを改めます 引用
のぶよさん、こんにちは。

こんな時に私事なのですが、、、

昨年からいろんなことが続いて、3月の初めに倒れてしまいました。
病院での検査は異常なし、
でもからだは全ての機能が低下してしまい、
生きていることさえも苦しいこころの状態でした。
7年前に倒れたときもおんなじ、
自分のありようが変わってないってことですよね。
ずっと、辛く苦しいはずの心の内をほったらかしにしてきて、
からだが動きを止めたことで、やっと自分と向き合うことに
なったのです。厄介で、頑固な自分がいました。


その真っ只中にある私にとって、今回ののぶよさんの出来事は
分かりやすい実践例(ゴメン)でした。ありがとうなのですよ。


自分を保つ、守るために身に付けた思い方は、長い時間と共に
無意識の中にあるのですから、やっかいです。
自分ではよく分からないもの、人からは丸見えなのにね。
そこのところを見ていく作業は一筋縄ではいきません。

のぶよさん、
今回のことで、自分の内に湧き起こる思いを、正直にあるがままを
吐き出し、見ていくことで、まだまだあるはずのものが出てきますよ。
思いもしない自分を見ることにもなるけれど、ね。

その思いを誰かに聞いてもらうことです。
何度も何度も繰り返し作業をしていく中で、
自分がまとってしまったものが見えてくるはずです。
どうしてまとうことにしたのかもね。

幾重にもまとってしまったものは、一人では降ろせないから、
皆んなに助けてもらえばいいのよ。
ここまで生きてくるのにまとったものだから、おいそれとは
片の付くものではないけれど、、、

と同時に苦しさのなかで、ここまで生きてきた自分を労うことも
忘れないでおきましょう。沢山のいたらなさもがんばりも含めて。


克子さんがよくいうでしょう。
ピンチはチャンス!!だって。
乱暴な言い方だけど、いまここで、
まるく納めようとしたり、
自分に都合がいいように
分かったことにしないでほしい。
チャンスをいただいたんだから、これを逃がしちゃだめよ。

喜びに向かう道のりを知ってるのだから、
そこへ向かってほしい。

自分も苦しみのなかにあるからこその、わたしの思いです。

長いことあふれ出ていた涙をすいとってもらって、楽になった。
まだまだ、人のことどころじゃない自分の状態だと思っていたら、
気持ちが動いたのよ!正直、、、嬉しい!

のぶよさん、きっかけをありがとう。
応援してるから、
それに、一人ではないからね。
がんばろね。

とにかく、まずは自分を見ていくことから、、

10/04/2009(金) 14:49:18

No.5473  あきら&ひとみ
Re: スレッドを改めます 引用
こんばんは。
えみこさん、身体大丈夫ですか?
定例会などでいつも会えるわけではないけれど、会えた時は嬉しいです。なのでどうしているかなと気になっていました。
身体も心も元気になってくださいね。

えみこさんの投稿を読んで、まさにその通りだと思います。
先日の定例会では、東さんが「此処のところいろいろ気付きがあり、大きく変化しだしている」と嬉しそうに言ってました。
のぶよさんにはこんなに優しく、苦しいことも全部包んでくれる旦那さんがいる。
今回の事もその変化の流れの中での、最も越えづらいところなのでしょうね。
これまでにも「自分は悪くない、相手が悪い、誰々が悪い。」という念の使い方をしてきたならば、傍にいる東さんが一番分かっていることでしょうね。
そのあたりを東さんとゆっくり振り返ることで、気付き、越えて欲しいと思います。
へんな言い方ですが、今回の事は僕はぜんぜん悪いことだとは思っていません。(皆さんもそうでしょうが)
きっかけがあるからこそ人は変われるのだと思います。
のぶよさんが変われるか変われないかは、東さんは勿論ですがみんなの責任でもあると思っています。
のぶよさんに限らず、たとえ会った事のない人でもその人が過ちを犯せばやはり皆の責任であるのだと思っています。
ちょっと話がずれてしまったかもしれませんが、えみこさんが書かれている様に「ピンチはチャンス」です。
僕らもエネルギー送ります。

10/04/2009(金) 19:59:40

No.5474  ひとみ
Re: スレッドを改めます 引用
のぶよさん、今はいろんな気持ちがあり混乱しているんじゃないかと心配になります。

いつも傍で支えてくれる東さんや、みなさんの意見は自分には見えなかったり、わからない気持ちを気付かせてくれると思うのです。
自分だけに気持ちを閉じ込めてしまうと、やっぱり自分なりの気持ちになってしまうと思うのです。
失敗したら、またやり直せばいいと思うのです。

のぶよさん、一人じゃないのはわかっていますよね。
みんながいます。そしてみんなも頑張っています。
だから、一緒に頑張っていきましょう。
私達も全力でエネルギー送ります。

えみこさん、大丈夫ですか?
頑張っておられるえみこさんの投稿を読み、私も元気をもらいました。早くえみこさんと会いたくなりました。
また一緒にお話してください。

                 ひとみ

10/04/2009(金) 21:45:09

No.5475  月見
Re: スレッドを改めます 引用
通りすがりで失礼します。

いつも考えさせられることや思わされることが多々あって、
ついつい何度も舞い戻って、こっそり覗かせていただいていました。
ですから、本当は通りすがりではないですね(笑)
こういうのは何と言うのでしょうか。

今回ののぶよさんの件も、自分に返して深く考えさせられるものでした。

このたび、のぶよさんの歩いておられるこの道のりは、
たとえ今、多くを乗り越えて知恵と思慮を備えた方であったとしても、
ほとんどの人にとってかつて通った苦しい道のりであり、
想像できる、あるいは身に覚えのある布石のひとつなのではないかと思います。

自分にとってもそうです。
うまく言えませんが、自分の中の何かとても大切なものを思い出し、
学ばせていただいているような気がしています。

こういう自分のような人間が、少なからずこの掲示板を凝視しているかと思います。
そのような人間のためにも、
そうした何かを、形にして提示してくれるための現場だったかと、
今回、そんな気さえしています。

本当にうまく言えないのですが、感謝しています。
身を洗われているようです。
だからこそ、のぶよさんには、こんな人間のためにもなっているのかと、
少しでも元気がもどり、どうかぜひともこの山を乗り越えていただきたく、
投稿してみることにしました。

それから、この場のすべての皆様に感謝しています。

突然、失礼しました。

10/04/2009(金) 22:53:52

No.5476  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
皆さま、(ドネのSNSにも)、励ましのメッセージありがとうございます。
泣いたり喜んだりしながら読ませていただいています。
書いていただいた言葉の一つ一つが、本当に嬉しくて嬉しくて・・・、本当にありがとうございます。
皆さんに助けていただいて自分の心の傾向について夫と話し合っています。もうちょっと書きたいですが、体力的に無理なので、また明日書きこませていただきます。

11/04/2009(土) 00:40:06

No.5477  あきこ
Re: スレッドを改めます 引用
のぶよさんの気持ちと身体が健やかになりますように、
一緒に勉強させてください。
エネルギー、送ります。

11/04/2009(土) 01:00:26

No.5478  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用

「のぶよさんとのやり取りは打ち止め」と書きましたが、のぶよさんはさきさんの投稿を読んでも何も応えないので、今回は僕個人の立場と気持ちにおいて、書かせていただきます。

>>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない<<
>>始まってすぐに「遠くから来た人に無理させたらいけない」ということを言われ、もう少しだけしてやめるということになったのに、また別の人から同じことを言われ、でした。初めに注意した人の言い方が、寝ころんでいた私に上から見下ろすように私が悪いと決めつけていわれてるように感じたのだと思います。<<


何度も同じところを引用して申し訳ありません。
けれども、ここの部分を読んだ時、僕は椅子から飛び上がるほどに驚きました。

のぶよさんに注意をした二人というのは、8年前にひがしクンとのぶよさんの結婚パーティで初めて「愛の歌」を披露し、定例会の2部でも久しぶりにあの歌を歌ったゆうきと藍子です。
きつい言い方をしたと言われているのは、藍子のようです。

この間の働きかけは、自分の子供に絡んでいたからなどではありません。
あくまで悠々塾の飯沼としてのものでしたが、少なくともそれは分かってもらえると思います。

ですから、この投稿は僕個人の、これでも我慢を重ねた上での抗議です。

のぶよさん、「私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない」ということは、うちの娘がのぶよさんに注意したのは、そういう動機からだったかもしれないということですよね?

僕は何度も、
>「のぶよさんにならどう言ってもいい」などと思っている人がいるとでも言うのでしょうか?
のぶよさんに注意をした人がそう思って言ったと、のぶよさんは本気で思っているのですか?<
と、聞きましたが、それに対してこの掲示板上で、のぶよさんからのまともな返答は、未だにありません。

うちの子供は躾けも行き届かず、言葉遣いもちゃんとしていないかもしれません。
僕に似て我侭なところもあると思うし、ダンナはまるで縄文人の生き残りみたいな男です。
それらのことによってのぶよさんに不愉快な思いをさせたのであれば、親としてお詫びします。

だけど、うちの娘は、誰かが「自分は悪いという念エネルギーを発している」のを感じて、「その人に何を言ってもいい」と思って、「上から見下ろすようにきついことを言う」ような人間ではありませんよ。

人の弱さに付け込んで意地悪な言い方をすることは、まさにイジメであり、人間として最も卑しい感性・行為だと思います。
のぶよさんは、うちの娘がそういう卑しい心の人間かもしれないと言っているのです。
悠々塾に学ぶ仲間に対して、最大の人格否定ではないですか?
しかも僕が何度聞いても、そこには答えない。
これはあんまりじゃないですか?

これがうちの娘でなく、ほかの仲間にだったら、僕は言われた人の気持ちを思って、間髪入れずにのぶよさんに激しく抗議していたでしょう。
自分の娘だったからこれでも我慢しながら、のぶよさんの気づきを促し、待っていたのです。
のぶよさんにあんなふうに書かれたのが、ほかの人じゃなくてうちの娘でまだよかったとは思うけど、それでもうちの娘をあんなに心の卑しい意地悪な人間のように思われ、公開の掲示板でいきなり書かれる筋合いは全くないと思う。
しかも、注意されたせいで急に症状が悪化したかのような書き方、あれは一体なんですか?

いつまでたっても自分のことばかり、何でもかんでも人のせい、自分なりの説明ばかりで、自分が人に与えた痛みにはお構いもなし。
人の気持ちを踏みにじるのもいい加減にしろ、という気持ちです。

のぶよさんの明るいコメントに水を差すようで悪いけれど、皆さんからの励ましのメッセージをもらって嬉しかったのなら、まずは自分が人を侮辱したままだということに気づいてから喜んでほしい。
僕は、上っ面だけの綺麗事は嫌いです。

のぶよさんがはじめに書いたことがどれほど人を傷つけ、貶める言葉かに思い至れば、その後ののぶよさんの側からの説明などできなかったはずだと思います。
ひたすら自分を恥じ、謝らずにはいられなかったと思う。

僕はきついかもしれないけど、のぶよさんのことを「ぶっ飛びトンデモ人間」としてじゃなく、お互いに未熟さを持っているからこそ対等な仲間・友人として、これからも付き合っていきたいと思うから、もう一度聞きます。
今度という今度は、のぶよさんが書いたこの掲示板で、のぶよさんの心の全部でちゃんと答えてください。

「のぶよさんにならどう言ってもいい」などと思っている人がいるとでも言うのでしょうか?
のぶよさんに注意をした人がそう思って言ったと、のぶよさんは本気で思っているのですか?

11/04/2009(土) 01:38:49

No.5479  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
気持ちを向けて下さりありがとうございます。
一人で頑張ってるんじゃなくて、応援してくださってる皆さんと一緒に頑張ったらいいんだと、とても嬉しいです。一人じゃないって思えるのは本当に幸せです。書いてくださってるメッセージを泣きながら読んでる自分に自分で驚いています。
飯沼さんには、厳しいことを書いて下さり、読むのは辛いですが、同時に、それ以上に嬉しいです。私が変われるために言い難い所をあえて書いてくださっていると思い、本当にありがとうございます。

悠々塾のメッセージを初めて知ってから、ここに集う方たちと一緒に私も変わっていきたい、私の病気もメッセージに沿って自分の思い方や言動を点検していくことで快方に向かっていくだろうと思ってきました。悠々塾に繋がることができて、10年前の3月定例会の翌日に初めてカウンセリングに行ってからちょうど10年、悠々塾の皆様に結婚を祝っていただいて今月でちょうど8年です。この間、症状の進行も遅くなっていると思いますし、痛みが耐えられない時はエネルギーを通してもらうことで治まっています。皆様にエネルギーを送っていただいている御蔭です、ありがとうございます。

定例会に仕事としてでなく始めてこられた方に、ヒーラーであっても、して下さいと頼むことはしてはいけないと思ってきましたし、今回もそのつもりは全然ありませんでした。
でも、昨年末あたりから症状が進んできていて不安でした。であったとしても、遠くから来られた方に負担をかけてはいけないという気持ちを優先できなかった自分が情けないですし、あの場にかかわった方々に申し訳なく思います。注意してくれてありがとうと思っていました。

今回情けない自分を曝してるのに、皆さまの書いて下さる言葉が暖かくてとても嬉しいです。一緒だよ、と言っていただいて、幸せです。もう暫く応援して下さい。よろしくお願いします。


書くのに時間がかかります、昨日も途中まで書きかけていましたが、体力的に続かなかったので、あきらめました。でも、書き込みしてくださった方のお気持ちがありがたくて、お礼だけでもと思い、そのことだけ書きこみました。
書いていただいてることを読んでいて、私がずれてしまっていると思いました。そこから飯沼さんやさきさんの書いてくださってることを読みなおしていこうと思っています。遅くなるかもしれませんが、それからまた書きこませていただきます。

途中まででも、書きかけでもとりあえず、書きこみます。

11/04/2009(土) 12:35:17

No.5481  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用

>書いていただいてることを読んでいて、私がずれてしまっていると思いました。

間違いなく、今が一番ずれていると思いますよ。
決定的に。
しかも、おそらくは無意識のうちにも意図的に。

自分の不注意で指に刺さった小さな棘には大騒ぎするのに、尖ったスパイクで人の素足を踏みつけたまま、さらに体重を掛けながら、とっくに済んだ話ではゆったりと反省して見せ、にこやかに美しい感謝の言葉を並べることは醜悪なだけでなく、見ている側にも哀しいことですね。
その痛みや残酷さは、全て本人が背負うことになるのですから。

ここまで大事なことを回避するのは、つまり、のぶよさんにも本当は痛いほど分かっているという証拠です。
そういう自分の現実が受け入れられず、何とか取り繕おうとして苦しんでいるのです。
本人は、「そこまで切羽詰まっている」ということです。
その責めを一身に負って悲鳴を上げているのぶよさんの体が気の毒ですが、本人の心が気づくまでは致し方ないのでしょう。

この書き込みに至るまでの、のぶよさんがひがしクンの前で見せている様子が目に浮かぶようです。
久しぶりに、イエスの言った「白く塗りたる墓」の話を思い出しました。

しかし、僕らはのぶよさんのことを見棄てたりしないし、諦めることもありません。
のぶよさんが強烈に使っている「念」のエネルギーをはるかに凌駕するだけの力を、僕らも獲得していくからです。

皆さん、のぶよさんから心を離さず、逃げ出さず、自分のエネルギーをもっともっと高めて、何がなんでもこの境涯からのぶよさんを救い出しましょう!
本来ののぶよさんは、人が好きで、人と和すことを喜びとし、素直で天真爛漫な人だということを、微塵も疑うことなく信じきって。

11/04/2009(土) 13:43:43

No.5482  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
いろいろ言い訳を書いて申し訳ありませんでした。
あの場で、遠くから初めてこられた方に施術を受けて本当に申し訳ありませんでした。
あの場で注意してくれた人には、そのことに気付かせてもらって本当にありがたかったです。ありがとうございました。
パニックになったのはそれとは別の私個人の問題で、この場に出すようなことではありませんでした。ごっちゃにしてしまい、この掲示板を読まれている方にもご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。
藍子ちゃんには、本当にごめんなさい。それでも応援してますと言ってくれてありがとう。本当にうれしかったです。
飯沼さんには色々とご指摘下さりありがとうございました。昨日から何が問題になっているのか考えていました。遅くなりましたが、お詫び申し上げます。


自分が落ち込んでパニックになってしまった時に、外の世界・状況が分からなくなって自分以外何も見えなくなってしまうということが、今回のことで身にしみて見えました。

飯沼さんに何度も引用されてますが、
>>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない<<
>>始まってすぐに「遠くから来た人に無理させたらいけない」ということを言われ、もう少しだけしてやめるということになったのに、また別の人から同じことを言われ、でした。初めに注意した人の言い方が、寝ころんでいた私に上から見下ろすように私が悪いと決めつけていわれてるように感じたのだと思います。<<


と書いて(思って)しまったのは、そんな自分を表現してしまった結果と思います。
飯沼さんが何度も書いてくださってるのを無視したつもりはないのですが、なかなか分かりませんでした。分かってないのに分かったようには書けませんでした。
結果的にそのことで藍子ちゃんを傷つけていたら本当に申し訳なかったです。
ここを指摘して書いてくださっている飯沼さんに、これについて何も書かずにいたことは申し訳ありませんでした。

ISSINさんには「愛のうた」を歌ってもらって、本当に嬉しかったです。聴いていて涙が出そうでした。ISSINファンの第1号と勝手に自分で思っています。ゆうきくんと藍子ちゃんの人柄も大好きで、ISSINのうたも大好きです。悠々塾で一緒にやっていけるのは本当に嬉しいと思ってきましたし、それが続いていくと勝手に思っていました。
今回のことでは藍子ちゃんのことを誹謗中傷するつもりは全くなかったし、もちろん藍子ちゃんがいやしい心の人間と思ったことは1度もありません。でもそういう表現をしてしまいました。本当にごめんなさい。

>しかも、注意されたせいで急に症状が悪化したかのような書き方、あれは一体なんですか?>

そういうつもりで書いたのではありませんし、そんなことは微塵も思っていません。書いた時に、これを読んだ人がどう思うかというところまで考えが及びませんでした。誹謗中傷を書いたと言われても仕方ないです。本当に申し訳ありません。

昨夜になって、自分が問題の本質からずれていると思いました。とはいえすぐには何が問題になっているかわかりませんでした。
パニックに陥った時、掲示板の文章をまともに読めませんでした。あれからも文章を読むたび緊張していました。まともに文章を読んでいなかった、と思いました。言い訳になるかもしれませんが、確かに読んではいるけど、読んでいない状態になっていたと思いました。あれだけ書いてくださっているのに、本当に自分が情けないです。これから読み直していきます。
今回に限らず、問題を先送りにする、問題を見ようとしない、としょっちゅう夫から指摘されていました。問題をいつまでも持っていたくないのに、しようと思ってもなぜか頭も体も金縛りにあったように動けなくなってしいます。
今回も、遅れ遅れの書き込みで申し訳ありません。

この間指摘していただいたことはじっくり考えていってよい方向に変わっていきたいと思っています。時間はかかっても、変わりたいです。情けない私ですが、これからもどうかよろしくお願い致します。

11/04/2009(土) 15:58:27

No.5483  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
5482番を送ってから5481番読ませていただきました。
書かれている意味がよくわかりません。
私が嘘を言ってると書かれているのでしょうか?
私は私の分かっている範囲の事実を書いてきたつもりです。
飯沼さんの書かれている事実を否定するつもりはありません。
でも私は私の分かっている範囲のことしか書けません。

11/04/2009(土) 16:23:58

No.5484  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
私が嘘を言っていると飯沼さんは言われてるのでしょうか。
私は表現のまずさはあっても本当のことを書いてきたつもりです。私の分かっている範囲の出来事や認識したことをです。それがほかの方と違っていたとしても、私は私の分かっていることを誠実に書いてきたつもりです。
私が知っていて施術を受けたと飯沼さんは思っておられますが、私は前の方が注意を受けたことは知りませんでした。掲示板に書いてあるのを読んだと言われますが、私は掲示板は読みましたが、そう書いてあったとは知りませんでした。
問題から目をそらせる傾向は自分の癖としてあるとは思います。でも自分をごまかしているわけではありません。見にくいから、見るのに時間がかかるのです。
私自身の特殊事情は他の人にはなかなか分かってもらえないと思います。でも自分にできる限り誠実に対処してきたつもりです。
私を嘘つきと言われるなら、私を信頼できないと書いて下さい。

11/04/2009(土) 17:11:10

No.5485  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用
>私が嘘を言っていると飯沼さんは言われてるのでしょうか。

そんなことは言っていません。
のぶよさんが無意識に使う念のエネルギーで、そうなってしまっているのでしょう。

>私を嘘つきと言われるなら、私を信頼できないと書いて下さい。

「本来ののぶよさんは、人が好きで、人と和すことを喜びとし、素直で天真爛漫な人だということを、微塵も疑うことなく信じきって」と書いています。
のぶよさんが善意の人だということはよく知っています。
だから見ていられないのです。

>昨日から何が問題になっているのか考えていました。(←この文は5484から削除したようですが、さっき僕が読んだ時には書いてあったので)

では、もう一度5469と5478を読んでください。
さきさんは何を書いていますか?
僕はのぶよさんに何を訴え、何を質問していますか?(質問に関しては、特に最後の10行ぐらいをちゃんと読んでください)

その上で、何が問題になっていたのか、短くていいですから具体的に書いてみてください。
最大の事柄ひとつについてだけで構いません。
僕は急ぎませんから。
。。。。。。。。。。。。。。。

>私が知っていて施術を受けたと飯沼さんは思っておられますが、私は前の方が注意を受けたことは知りませんでした。

はい。分かっています。
しかし、それはたいした問題ではないのです。
注意をした人の側から見れば、「前にも言ったのに、Nさんに負担を掛けるのもいい加減にしぃよ」ということになるとは思いませんか?
それとものぶよさんは、「(藍子は)自分には初めてなのにきつい口調だったから、自分は傷ついた」と思い、
藍子がそんなきつい口調で言ったのは、「私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人(藍子)に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない」と、まだ思っているということですか?

11/04/2009(土) 17:14:06

No.5486  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
>昨日から何が問題になっているのか考えていました。(←この文は5484から削除したようですが、僕が読んだ時には書いてあったので)

5484は1度書いて送信したら消えてしまったので、再度書いて送信しました。訂正はしていません。(機械は苦手なので)なぜ、飯沼さんが書かれている画面があったのか分かりません。1度目に書いた文章は覚えていません。これについては二人で消えたと言っていたので確かです。飯沼さんの書かれてるのはなぜ?でしょうね。

とりあえずこれだけ訂正します。他はこれから読んで考えます。

11/04/2009(土) 17:58:10

No.5487  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用
>昨日から何が問題になっているのか考えていました。

これは、5484ののぶよさんの投稿からコピーしたのですよ。
コピーしたのは間違いありません。
「飯沼さんの書かれてるのはなぜ?でしょうね」といわれても、コピーした事実以外のことは、僕には分かりません。

いずれにしてものぶよさんは疲れすぎているようですから、少しゆっくり休んだ方がいいと思います。
僕の方は全然急いでいないので、またいつか気が向いたときに5485の作業をしてみてください。

11/04/2009(土) 18:11:42

No.5488  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用
あれ?
5482の内容、変わってませんか?
最初からこの内容の投稿だったら、5485で僕が言った作業をする必要もないということですね。

こんな重大な内容を僕が読み落としていたのなら、失礼しました。

11/04/2009(土) 18:31:28

No.5489  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
>私が知っていて施術を受けたと飯沼さんは思っておられますが、私は前の方が注意を受けたことは知りませんでした。

こう書いたのは、飯沼さんが私が嘘をついていると思っておられると思ったので、これまでの中で、そう思われていると思った所を書いただけです。
なので、飯沼さんが書かれているように
>まだ思っている
わけではありません。

5484のことは不思議ですね。??
不思議な力が働いているのでしょうか??

11/04/2009(土) 18:33:00

No.5490  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用
>まだ思っているわけではありません。

安心しました。

>5484のことは不思議ですね。??

不思議でもなんでもありませんよ。
ぼくは間違いなくコピーしたのですから、その内容で投稿されていたのです。
千里眼でもコピーはできませんからね。
それに、たとえそちらの画面から消えていたとしても、のぶよさんが「昨日から何が問題になっているのか考えていました。」というのは、その通りでしょう?
この数日の状況で、何が問題になっているのか考えていなければ、そのほうがよっぽど不思議ですから。

5482も、僕が読んだ時には、「・・・もちろん藍子ちゃんがいやしい心の人間と思ったことは1度もありません」の部分はなかったと思いました。
それで5485で、一昨日の夜のさきさんの短い投稿と、僕の昨夜の投稿を読み直して、何が問題になっているのかを短くまとめるように、と書いたのですが・・・。
こちらはとっても不思議です。

>不思議な力が働いているのでしょうか??

そうですね。
強烈な念のエネルギーが働いているのかもしれませんね。

いずれにしても、僕の気持ちは前に書いたとおりで、「本来ののぶよさんは、人が好きで、人と和すことを喜びとし、素直で天真爛漫な人だということを、微塵も疑うことなく信じきって」ということです。
のぶよさんが善意の人だということはよく知っています。
だから見ていられないのですが。

あれ?
今見たら、またまた5482に「昨日から何が問題になっているのか考えていました。」という文が入ってますね。
ここにも書いてたんですね。
だけど僕がコピーしたのは、間違いなく5484の短い文章の冒頭か2〜3行目の「昨日から何が問題になっているのか考えていました。」でした。

もう、いいですね?

11/04/2009(土) 19:11:33

No.5491  のぶよ
Re: スレッドを改めます 引用
>自分の不注意で指に刺さった小さな棘には大騒ぎするのに、尖ったスパイクで人の素足を踏みつけたまま、さらに体重を掛けながら、とっくに済んだ話ではゆったりと反省して見せ、にこやかに美しい感謝の言葉を並べることは醜悪なだけでなく、見ている側にも哀しいことですね。
その痛みや残酷さは、全て本人が背負うことになるのですから。

>この書き込みに至るまでの、のぶよさんがひがしクンの前で見せている様子が目に浮かぶようです。久しぶりに、イエスの言った「白く塗りたる墓」の話を思い出しました。

この二つのことについて、どういう意味かわかりません。
どういう意味で書かれてるのでしょうか?

5482については、途中まででも書きこんでおいたほうがいいのだろうかとの思いで1度送信しましたが、最後まで書いてから出した方がいいと思いなおし、削除したと思います。書き込みが遅れ遅れになっていたので、途中ずつ出していった方がいいのか迷ったからです。でも区切りのいいところまで書いたほうがいいと思いなおしたと思います。そのことについて言われても、1度目に送った通りの文章は残していないので言いようがありませんが。
5484については・・・、控えが無いのではっきり言えませんんが「昨日から・・」とそこにも書いていたのかなぁ?と思っていたので、でも色々書いても、ですね。

上の二つの文についてはお答えいただきたいです。よろしくお願いします。

我が家は今コピー機のインクがかすれてるのでなかなかコピーしても読みにくいです。文章の行き違いがあったら申し訳ありません。

11/04/2009(土) 19:48:28

No.5492  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スレッドを改めます 引用
自分の至らなさや、強烈な念を歪めて使っていることに思い至れば、説明されなくても自ずと分かります。
その日を楽しみにしています。

のぶよさんは、何がなんでも「自分は悪くない」と主張して人に嫌われるよりも、人と仲良く関わっていきたいのですよね?
そして、病気を悪化させるのではなく、できるならば治したいと思っているのですよね?

これは回答を求めているのではないので、回答はいりません。
僕自身が確認したかったので書いたことですが、のぶよさんも落ち着いた時にもう一度考えてみるのもいいと思いますよ。

11/04/2009(土) 20:47:11


No.5470 飯沼 ホームページ E-mail
さきさんの千里眼・・・? 引用
定例会の翌日、さきさんが見た「地楽」というお酒は、実は5年前から製造休止になっていることが分かりました。
昨日、春が来たさんが酒造会社に問い合わせてくれました。
これで、「地楽」は定例会の時にはなかったことが確定しました。

しかし、さきさんの話を詳しく聞けば聞くほど、さきさんが思い違いをした可能性はゼロでした。
やはり、さきさんはそこにはない「地楽」のビンを見たのです。
これは、さきさんにある種のサイキック能力が開かれてきていると考えた方が妥当でしょう。

実はさっきも、さきさんとの電話で面白い話を聞きました。
さきさんは今日の夕方、掲示板への僕の投稿を読んで、返信しようと思いながら、少し眠ってしまったそうです。
連日の直接ヒーリング等で、疲れが溜まっていたのだと思います。
眠りかけた時に、さきさんには悠々塾の掲示板が見えたそうです。(もちろん、パソコンは閉じていて、掲示板が見えるはずもありません)
さきさんに見えた掲示板には、さいこさんからの返信が入っていたそうです。(内容までは見えていませんが、「さいこさんが返信入れてる」とはっきりと思ったそうです)
さきさんは、僕の投稿を読んでできれば一番目に返信しようと思っていたので、ちょっと気になりながらもそのまま少し眠りました。
そして目が覚めて、パソコンを開いたら、さいこさんのコメントが投稿されていたので驚いたそうです。

もちろん、さきさんはそういう作り話をする人ではありませんし、この話も他の話が終わった後に、「どうでもいいことなんやけど・・・」と、控えめに話してくれたものです。
実はこの働きを始めた頃に、僕にも同じようなことが起きました。
地上次元のことで、時空間を超えた情報につながったことが何度かありました。
僕の場合は、そういう能力は発達しませんでしたが、さきさんはこれからもっともっとこのような能力を多分野にわたって開発していきそうな気がしています。(今、気づきましたが、僕も定例会以降、その能力が高まっているようです)

これも、先日の定例会のテーマであった「念のエネルギー・エーテルエネルギー」の使い方のひとつなのです。
こういうエネルギーによるサイキック能力は、これから悠々塾に学ぶ他の人にも発現していく可能性が高いでしょう。
「地の岩戸開き」、これからが楽しみです。
。。。。。。。。。。。

念のエネルギー・エーテルエネルギーは、「現実化」のエネルギーです。
意識や心の動きにも使われるものですし、具体的な現象・行為等の全てに形を変えて使われる性質のエネルギーです。
だから、そこに無い物を見るために使えば、実際に「見える」のです。
さきさんは、「地楽」というお酒を意識したことによって、実際に「地楽」のビンを見、「悠々塾掲示板」を意識したことによって、それを見たのです。
エーテルエネルギーを今までよりも格段にたくさん取り入れて使えるようになった証拠だと思います。

この能力は摂理に沿って使えば人の役に立ちます。
「ベールの彼方の生活」には、人類が今の地上の価値観を卒業してからという条件付きで、このエネルギーを使って、物質を自由に作り出していく(物質化)と伝えられています。

逆に、「自分に都合の悪いものは見ないため」にこのエネルギーを強く使えば、目の前にあるのに「見えない」という、自分なりの現実を作ります。
こういう使い方は、自分にも人にも本当の喜びにはなるはずがありません。

念のエネルギー・エーテルエネルギーは、病や症状だけでなく、その治癒などをはじめ、あらゆる「現実・現象」に直接作用するエネルギーだといえるでしょう。
だからこそ、摂理に沿って霊的エネルギーと融合させて使っていくことが、本来の喜びや健やかさを引き寄せていくのです。

10/04/2009(金) 00:31:19


No.5471  飯沼 ホームページ E-mail
Re: さきさんの千里眼・・・? 引用
先日の定例会では、「地の岩戸開き」をテーマに、肉体や物質や地上的な事柄全てに直接作用するエネルギーの取り入れ方や高め方を一緒に学びました。

次回の定例会では、さらにそのエネルギーの取り入れや使い方をテーマにするつもりです。
エーテルエネルギー・念のエネルギーは、「現実化」のエネルギーですから、それをより多く取り入れ、本来の喜びのために使っていくことで、その喜びが現実化していくのです。

しかし、私たちはそのエネルギーを歪めて、とても無駄に使ってしまう癖をつけて、そのことに気づかない場合が非常に多いということです。
念のエネルギーは、本来の霊的エネルギーとは異質なものですから、決して「高尚」なものではありません。
むしろ、非常に粗い次元のエネルギーです。
「何がなんでも」「どうしても〜したい」「こうせずにはいられない」というものです。
だからこそ、摂理・霊的エネルギーとの融合が不可欠なのです。

物質界である今の地上は、そういう粗い次元の世界なのですから、今の地上に生きている全ての人間は、この粗いエネルギーを持ち、使っているのです。
地上的なものに作用するためにはそのエネルギーが必要だということです。
問題はその使い方です。

それ以前に、「何がなんでも」というエネルギーを使うことや表現することを怖れたり、回避してしまうタイプの人間もいます。
「良い人症候群」ですが、そういう形で自分を守っているとも言えるでしょう。
しかし、「違うものは違う!」「ほんとはこうだろう!」と、自分の全てのエネルギーで表現しなければ地上の人間には響かず、状況も動かないケースもたくさんあるのです。
本当は「そうしなければ自分の気持ちが収まらない」はずなのに、綺麗に処理しようとしてしまうことがどうなのか、ということです。
誰にでもそういう粗いエネルギーや思いはあるのですから、それを薄めたり抑え込んでいることにも、実はそのエネルギーは使われているのです。
それもまた、念のエネルギー・エーテルエネルギーの無駄遣いといえるでしょう。

今の世は、自分勝手な思いの強い人が、「そうしなければ自分の気持ちが収まらない」というエネルギーを平気で使い、それが許されているからこういう世の中になってしまっているのでしょう。
そういう人たちと同じ表現方法を取る必要はありませんが、どういう対応をするにしても、その人たちよりもはるかに大きなエネルギーでの、「違うものは違う!」「ほんとはこうだろう!」という思いがなければ、現状は変わらないのではないかと思います。
特に大事なことに関しては、その迫力が絶対に必要なのです。
。。。。。。。。

定例会で、70歳代のおばあさんが、32歳の引ったくり犯を自転車で追跡して取り押さえたという例を挙げました。
その後また、今度は80歳代のおばあさんが、自宅に押し入った20歳代の強盗を取り押さえたというニュースが流れました。

普通ではありえないことですが、その人の念が、エネルギー的に犯人を制圧したのです。
これはかなり特殊な例ですが、人間はこういう力を発揮できるのですから、それを法則的にも理解し、実際的にも使いこなしていくことで、「自分も皆も幸せに生きることができる、明日のくに」は実現するのです。

10/04/2009(金) 13:57:08


No.5461 ひろこ  
のぶよさん 引用
今のぶよさんと1時間ぐらい電話していました。

わたしはのぶよさんとよく似ています。
私は自分はだめな人間・自分が悪いと思っているのに
自分のことを指摘されたりすると、元の何が間違っていたかという事を外して、自分を正当化して相手のせいにしてしまう事が多々ありました。
それは、子供にも主人にもいつも指摘されていました。

のぶよさんの本来の天真爛漫な明るさや純粋さはいつ会ってもまぶしいほどです。
最後の膿を出すためのいい機会だったですよね。
身体の変形の恐れを越えて、一番難しくて、一番やり易い自分を変えて行ける材料を与えられたことを喜んで、身体が健やかになって欲しいと思いました。
お互い無理のないように頑張ろうね。
のぶよさんの明るい声を聞けてよかったです。

飯沼さん・さきさんへ

昨日は突然のカウンセリングのお願いにもかかわらず、時間を調整して下さってありがとうございました。

主人が私を思ってくれる気持ちと私の気持ちがかみ合わずに引き寄せる課題の事が理解できました。

私の中の今まで誰にも言えなかった気持ちをヌマさんがずばり引き出してくれたときはびっくりしました。

のぶよさんに書いた事と同じ、一番難しいことが一番簡単な事でやり易いことが分かりホッとしました。
「随分前から言ってたんだけどなあ・・・」ってヌマさん笑ってはりましたが、何年かかったか・・課題をどれだけ抱えたか・・・
まだまだこれからですがやっと理解できそうです。

さきさんとのエネルギーのパワーはすごくて
昨日会社で一人になって、脱力感で身体が動かず椅子を並べて1時間寝ていました。今日も同じ感じです。

電車で主人に♡マークのメールを送ったら
会社まで迎えに来てくれた娘が
「ひゃ〜〜〜・・・」と目をまんまるく・・・していました。
「お父さんびっくりして一緒にいる○○(息子)の前でうろたえてるよ〜。」なんて言ってました。

嬉しいです。ありがとうございました。

09/04/2009(木) 16:25:10



No.5446 飯沼 ホームページ E-mail
定例会以降 引用

定例会以降、参加者に嬉しい変化が起きているという連絡が相次いでいます。

引かずに、ここでもご紹介くださいね。

04/04/2009(土) 23:59:39


No.5447  ちぃ
Re: 定例会以降 引用
こんばんは。定例会ではありがとうございました^^
スーパーじぃさんからご指導頂いた丹田呼吸法、日々意識して鍛えています!
ご指導頂きありがとうございました!
定例会以降、私にも嬉しい変化がありました。
お恥ずかしい話なのですが、私は家事という家事が全て苦痛でしかなく、日々いかに手抜きするかに力を注ぎ、ギリギリになって仕方なくするというのがこれまでのパターンでした。
洗濯物はいつも最大限に溜まってから、大嫌いなアイロンはにぃくんが出勤する直前にその日着る1枚だけをかけ、洗い物は次の食事を準備する時に行い、家の掃除はにぃくんのご機嫌が悪くなってからという荒れ様。
しかも、ここ数カ月は仕事が忙しかったため更に苦痛でしかなくなり、家事をした事ににぃくんが気付いてくれないとイライラしたり。。
それが、定例会の翌日から自分でも気付かなかったのですが、家事の全てが楽しくて仕方なくなり、今しなくて良い事までちゃちゃちゃーとやっちゃったりして。
溜まっていたYシャツを鼻歌を唄いながら一気にアイロンをかけ、お掃除も丁寧に、洗濯は洗濯機までお掃除して、毎日の食事もにぃくんの喜ぶ顔を想像しながらにぃくんの好きな物を作り・・・。
にぃくんのお顔を思い浮かべながら新婚さん気分で浮かれて家事をしている自分に気付き、うきゃー!と驚きながらもそんな自分を喜んでる私。
にぃくんはというと、何が起きたんだと不思議顔。
考えてみたらにぃくんと暮らし始めて少ししてからずっと、私はこんなだったのでした。
私はもともと家事は好きで、今よりうんと仕事も忙しかったのに、それでも家事を手抜きすることはありませんでした。
でもきっかけは記憶にないのですが、ある時から家事が嫌になったのです。
にぃくんに「なんかね、家事が楽しくて仕方ないよー」と言ったら、「いつまで続くか分からんから何とも言えない」とにぃくん。
「もしかしたら丹田鍛えたからかなー?」と言ったら、「もっと鍛えて!」とにぃくん。(笑)
とにもかくにも楽しくて毎日浮かれモードで家事をしていたのでした。
そしたら職場で・・・ これまた恥ずかしいのですがしゃがんだ時に尾骨を強打してしまい、激痛に見舞われ、家事どころか動くことさえままならなくなってしまい・・・
ここ数日激痛で苦しんだのですが、ヌマに遠隔して頂いたおかげで昨夜からお料理が出来るようになりました。
それがまた嬉しくて♪
そしたら偶然かと思いますが、作ったおかずがめちゃ美味しかったのです!
その美味しさは私の腕ではありえないので、「料理の腕まで開花した?」と調子に乗っていたのですが、にぃくんはたまたまだと。(笑)
にぃくんの言うようにいつまで続くか分かりませんが(笑)、今はとにかく家事がというのか、にぃくんのために何か出来ることが嬉しくて仕方ないです。

それからもう1つ、定例会の少し前なのですが、嬉しいことがあったのでご報告させて下さい。
私が仕事で担当させて頂いてる患者さんが、微熱が続いていたので精密検査をされたところ、CTで膵臓に陰影が見つかり、腫瘍マーカー等は検査していなかったので腫瘍疑いと診断されました。
そして翌日にMRI等、精密検査を受けるとの事だったので、その場でエネルギーを送らせてもらったのですが、帰宅してからにぃくんに相談し、二人で霊体手術を行いました。
すると検査の結果、異常なし!
長く続いていた微熱も、36.7〜9℃とギリギリのところではありますが、平熱が続いていてヤッター!なのでした。
なんて言いつつまたもや「本当に膵臓に腫瘍があったのか分からない・・・」なんて言い出す始末で。。。
なにやってんだか・・・ですが、これからどんどん治していきたいと改めて思っています。

05/04/2009(日) 04:15:07

No.5448  オレンジ
Re: 定例会以降 引用
3月29日(定例会翌日)の夜知り合いから久々にメールが入りました。
そのままの内容を書きます。

「○○ちゃんへ。長い間(実際は3月17日〜)腰痛で休んでたの。明日から出勤します。腰痛は特に変化なしで今日も相変わらず湿布と薬で痛み止めてます。仕方ありません。又、ボチボチ始めます。ウオーキングも水泳も毎日リハビリしてますが変化ありません・・
しかし、しないより続けていけば・・・とコツコツ頑張ります。椅子から直ぐに立ち上がれなくて・・・では又〜」

彼女は50代前半だと思います。いつかは知りませんが首の後ろの脊椎を手術してからずっと腰痛持ちで、階段を上がるのもゆっくりゆっくりでないと上がれません。何度かエネルギーを送って痛みが和らいだこともあったけど、効果がないこともあって彼女の腰痛を治すのは無理だと思っていました。なのでこのメールをもらってもやっぱり無理だと思いました。
でもしなければと思いエネルギーを送りました。

3月30日夜のメールです。
「何ヶ月ぶりに腰の痛みが無いんです。不思議なんですが・・・
ありえない?けど本当なんです。始めて今日だけ痛くないんです。
元気だし・・・情緒も安定♪ 何なのかしら・・とにかく???
不思議です。・・しかし明日はやはり痛くなるのか・・・取りあえず御礼を」

4月3日夜のメールです
「何故か○○ちゃんのパワー貰ってから今日までずっと元気で腰痛もないんです。何か1年振りに清々しい朝の目覚めで早朝ウオーキングしてます。食事制限も順調です(彼女は太って血圧が高いのです)
気分もとてもいいです。・・・がここ急にの回復で自分でもトンネルから抜け出た感じで安定してます。」
という内容でした。
彼女にエネルギー送る時は一瞬不安になったけと、定例会で勉強した通りにお腹を膨らませて「何が何でも治す!絶対に治す!」
とそれだけを信じてエネルギーを送りました。気合が入り過ぎた為に首も肩もガチガチになっていました。

それからもう一つ
2月22日に知り合いのAさんから妹のBさんについての悩みで電話をもらいました。

Bさんの嫁ぎ先はBさんと御主人、御主人の両親、御主人の妹さん夫婦と3世帯それぞれが同じ敷地の中に家を持っています。
昔から御主人と父親は仲が悪かったそうです(父親がとても難しい人で夫婦喧嘩もしょっちゅうだとか)
その父親が突然お前達には土地をやらない。道路脇の1メートル分だけやる。あとは全ての財産を妹夫婦にやると言ったそうです。
Bさん宅には妹さん宅の前を通らないと入れないそうです。

Bさんも定年前の御主人もそれなら家を出ようということになり、心配したAさんがどうにかならないものだろうかと電話をしてきたのでしたが、私には到底無理と思い「多分無理だと思いますがエネルギーは送ってみます」と言いました。

2月24日のAさんの報告によるとBさんの御主人が今までBさんがいてくれたからこそ今の自分はある、本当に感謝しているとBさんを大変労ってくれたのでBさんはそれだけで嬉しかったそうです。
Bさんはこんな大変なところはいつ出て行ってもかまわないと思っているけど、Bさんの御主人がやはり年齢が年齢なのでこのまま今の所にいようと言ったそうです。

その後おじいさんもおばあさんもとても穏やかで調子がよくて今まで挨拶してもBさんには知らん顔していたのにおじいさんおばあさんからおはようと挨拶してこれまでにないいい顔でびっくりしたそうです。今ではおじいさんとも畑で仲良くしていて親子関係は至って良好だそうです。

この件に関しては私は「3世帯が仲良くなりますように。みんながすこやかに」とただ祈っただけでした。

2月22日のさきさんの書き込み??5287で皆様も一度声にしてみて下さい〜このエネルギーに触れ〜を読んだ時私は3回「岩戸開き〜」
唱えました。なんだかふわっとして幸せな気分になりました。
飯沼さんとさきさんが岩戸開きをしてからはっきりいつからとは言えませんが何かが変わったと思っています。自分でも不思議なのです。

05/04/2009(日) 19:56:52

No.5450  鉄ママ
Re: 定例会以降 引用
私は2部から参加させていただきました。
悠々塾へ向かう途中頭がなんとなく痛くなりました。
着いてからお酒を少し飲んで本格的に痛くなってきました。
頭が痛くなると私は必ず寝込みよくなるまで3日かかります。
でも、この3日かかるというのも実は私の「念」がそうさせているのかもしれません。
そう、必ず3日なんです。
調子の悪い私をみて、鉄、きんちゃん、みさおさん、ひとみちゃんがエネルギーを通してくれました。
鉄は「師匠も呼んでくる」と飯沼さんにもお願いしました。
飯沼さんが「鉄の子育ては大変だった。」「鉄がかわいい」「鉄ママの子離れは大変だよ」と言いました。

帰って主人に話しをすると「鉄はママが大好き。ママは鉄が大好き。横でみているチビ鉄がかわいそうだ。」と言いました。
私も分かっていました。
鉄に対するものとチビ鉄に対するもの。。。。

頭痛が治まると私はいつものようにチビ鉄を攻撃しました。
それをみていた主人に叱られました。
「ママは鉄のことは認めて信じているだろう。でも、チビ鉄に対してはどうなのか。いい子だね、と認めてやっているのか。飯沼さんやさきさんたちに「チビ鉄はいい子だよ。」といくら言われてもちっとも信じていないだろう。」と言われ返す言葉がありませんでした。
そうなんです。私はチビ鉄が生まれてから(大げさでしょうか)
チビ鉄に対して発する言葉は、否定的なことばかりなんです。
ほんの些細なことで文句を言い、叱り付けてしまいます。
鉄は鉄で「ママを困らせるな。」と私に輪をかけてチビ鉄を押さえつけます。
7歳違いの兄弟ですがチビ鉄は「兄ちゃんには絶対負けたくない!」という気持ちが強く、腕力では到底かなわないので口で反撃します。
鉄は「学習しないやつ!」とまたさらに圧力をかけます。
私は聞いておられず「うるさーーーーい!」と3人が大騒ぎになります。
こんなことをどれだけ繰り返してきたでしょうか。
10のうちチビ鉄の話しを聞き優しくしてやれるのは1ほどしか出来ない私です。
「ママは鬼ばばあ。」「俺と兄ちゃんとどっちが好き?」「なに!って嫌な声をださないで。」「比べないで。」
こんなんじゃダメだ、と思う次の瞬間私はチビ鉄に苛立っています。

飯沼さんにヒーリングをお願いしました。

その日の夕食時、鉄とチビ鉄がいつものようにやり始めました。
テレビの音。鉄の携帯から流れてくる今時の音楽。二人のガチャガチャした会話。
いつもなら「テレビ消して!二人ともうるさい!」と怒鳴っています。
それが、ちっともイライラせず冷静な私がいました。
話は鉄の小さい頃(チビ鉄と同じ歳)の話になり鉄が「ママも父ちゃんもチビ鉄には甘い。俺の時はもっと厳しくて恐かった。父ちゃんはチビ鉄のことを怒ったことがあるのか?」と言いました。
私は目が点になりました。
「ママは鉄の時とチビ鉄と変わりがないと思う。父ちゃんはチビ鉄を叱るほうが鉄の時より多い。」と話しました。
ただ、私たちの中に鉄とは違ったところでチビ鉄を心配しているのは確かです。その関わり方に鉄は甘さを感じているのかもしれません。

ゆっくりとチビ鉄をみていると「こんなに複雑なことを考えているんだ・・・」とか「優しいな。」と思ったり。
今まで普通の会話を交わしていなかったことに気がつきました。
どれほどみてなかったんだって感じです。
私は私の「念」でチビ鉄の感情を無視し、彼が彼らしく存在することを否定していたのだとおもいます。もっと言えば彼自身を生殺しにしていたのだ、と思うくらいです。

頭が痛くなったことから、繋がりました。
「だいじょうぶ!」と丹田に力をこめて頑張ります。

07/04/2009(火) 18:37:55

No.5451  のぶよ
Re: 定例会以降 引用
定例会ではエネルギーを送って頂きありがとうございました。治るほうへ向かっていきたいです。1週間前になってしまいましたが、定例会2部でNさんに施術していただいた件での書き込みの時に私の思い方の癖が出ました。
定例会の翌翌日から帰省し、父が頭を打って病院に行ったりで(幸い大したことなくて、でもいろいろあって)、定例会でのことはすっかり忘れていました。帰宅して掲示板を見ると定例会でのことが沢山書いてあり、急いで斜め読みすると、あの時きつく言われた、私だけ責められた、2回も注意されたということが思い出されて、殆どパニック状態でした。見かねた夫が(Nさんに何か不都合があったから私がパニックになりかかってると思ったらしい)掲示板に
書いたらいいと言ってくれ、状況もよく思い出せないまま、ただ自分が悪いという思いだけから書きました。何が問題になっていたのかは、大分経って気持ちが落ち着いてから掲示板を上から順番に読んで漸うわかりました。間違っていたとはいえ治りたい気持ちをすぐに行動にされたはるさんが羨ましかったです。あの時は「のぶよさんもしてもらったら」と勧められて施術してもらうことになったのでした。始まってすぐに「遠くから来た人に無理させたらいけない」ということを言われ、もう少しだけしてやめるということになったのに、また別の人から同じことを言われ、でした。初めに注意した人の言い方が、寝ころんでいた私に上から見下ろすように私が悪いと決めつけていわれてるように感じたのだと思います。「車で9時間です」と言われるのを聞き、言われた通りと思いましたが。でもなんであんな言われ方をしないといけないのかという思いが残
っていたと思います。
私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない、私が私の思い方や気持ちを自分で否定して無いものにしているのかも知れない、ただ闇雲に自分の悪いところを見つけ出そうとしてしまうのかもしれない、それが今回のことに出たのかもしれないと思いました。今までにも同じようなことあったと思いました。
多分その度に、責めるところが尽きると自分自身を責めてそれが今の自分の病気になったように思いました。この数日で目に見えるほど症状が進む筈ではないのに、気のせいか関節の変形が進んだなと感じます。この件が無くても、最近また関節の変形が進んでいて、このまま進んだらどうなるだろう、考えただけで不安になります。
定例会の帰りには、Nさんに言ってもらったことで、自分の状態を客観的に見ることが出来そうな気がして、そうできたら治る方に向えるかもしれない、と思っていました。
これ以上悪くなったら困る、では弱いから、治りたい、と
強く思いたい、と思いました。

07/04/2009(火) 22:36:54

No.5452  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会以降 引用
この数日は時間が取れないので、どうしても気になったところだけ今コメントしておきます。

☆のぶよさん

>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない、私が私の思い方や気持ちを自分で否定して無いものにしているのかも知れない、ただ闇雲に自分の悪いところを見つけ出そうとしてしまうのかもしれない、それが今回のことに出たのかもしれないと思いました。今までにも同じようなことあったと思いました。<

のぶよさん、僕の感想を率直に書きますね。
特に上に引用した部分について言えば、僕は逆ではないかと感じました。
こう書けば、非常に厳しい書き方になりますが、のぶよさんの「岩戸開き」のために、あえて書きますね。

のぶよさんの「念」の使い方は、のぶよさん自身の認識とは逆で、「私は悪くない。相手が悪い。誰々が悪い」になっているのです。
過剰防衛のあまり、攻撃に転じてしまっているのです。
それは今回のことだけではなく、今までにも同じようなことがあったように思います。
そういうのぶよさんの「念」のエネルギーが、のぶよさんの体を攻撃しているのだと思いますよ。

のぶよさんの投稿を読んで、のぶよさんの事情や気持ちは分かりましたが、これでは人と和していくことは極めて難しいだろうとも思いました。
のぶよさんは今、そこに気づくべき時を迎えているのでしょうね。
のぶよさんの今後の病状の推移は、一重にそこにかかっているように感じます。

「関節」は「人間関係」にまつわる心を象徴している部位だと伝えられています。
リュウマチは、関節が炎症を起こし、本来ならば自己を守る免疫機能が、自分の関節を攻撃してしまう病です。
のぶよさんの場合は、「自分は悪くない。相手が悪い」という過剰防衛の「念」のエネルギーが、自分の関節を攻撃しているように思います。
今回のことで、このような思い方をしていれば、病状が進むのも当然でしょう。
病とは、神からもたらされたサインであり、自分の魂からのサインでもあると言えます。
それは、「この病を得たことで、大事な何かに気づき、自分のものの考え方や想念・言動、つまり生き方を変えていく機会にしなさいよ。より健やかな自分に変わっていってくださいよ」ということです。

最近ののぶよさんはずいぶんと嬉しい方向に変化してきたのは確かです。
定例会で皆さんのエネルギーによって、のぶよさんの根っこに残っていた「念」が、分かりやすい形で浮き上がってきたのでしょうね。
文字通り、ここからが正念場です!

大きな峠を越えるのは大変でしょうが、のぶよさん自身の幸せためにも、ひがしクンが注ぎ続けた愛念に報いるためにも、どうか「念」の使い方を切り替えていってほしいと思います。
もちろん、僕らも応援しています。

08/04/2009(水) 00:24:56

No.5453  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会以降 引用
☆のぶよさん

もしも、のぶよさんが「自分が言われた」という気持ちに囚われて、僕の投稿が受け入れられなかったら、のぶよさん自身が「人のことをどう言っているのか。どう書いているのか?」を見ていってくださいね。

>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない

こんなことを思う人がいるとでも言うのでしょうか?
もしも本気でそう思っているのなら、のぶよさんはその捻じ曲がった根性を叩き直さねばいけませんし、過剰防衛で書いたとしたら、「自分は病気だから、人にどう言ってもいい」と思い込んでいるのではないですか?

「あんなにひどいことを言われた」のではなく、実際にはのぶよさんが「こんなにひどいことを言っている」のです。
これは今回だけのことではないので、のぶよさんの思い方の歪みとして非常に重要なところだと思います。

僕の投稿に対しても、「あんなにひどいことを言われた」と、自分を被害者のように思っているのかもしれません。
しかし、のぶよさんの昨夜の投稿の文面があまりにひどかったから、僕も厳しいことを率直に書くことにしたのです。

苦しいでしょうが、今こそ乗り越えていきましょう。

08/04/2009(水) 12:55:59

No.5455  のぶよ
Re: 定例会以降 引用
飯沼さん、お忙しい中コメントありがとうございます。
定例会の日は、その前夜からとにかくもう無性に嬉しくて嬉しくて
仕方ありませんでした。
定例会1部では皆さんにエネルギーを送ってもらって、久しぶりの
人に会えたり、2部では夫が花束をもらって、ISSINさんが「愛の
うた」を歌ってくれて、Nさんの施術を受けれることになって、・
・・、思っていなかった嬉しいことばっかりで本当にうれしかった
です。
施術が始まってすぐ位に突然注意を受けて、多分そのタイミングと
言われ方にびっくりして、何とも言えず悲しかったです。言われた
ことは本当にその通りでしたし、言い難い所を言ってくれたのだと
思います。でもその言われ方に傷ついたと思います。帰る時には、
その時に何も言えなかったのだからもう気にしないでおこう、と思
っていました。
でも掲示板を部分的に読んだ時にあの日喜んでいた自分が悪かったと殆どパニックという状態になりました。(子供のころ、喜んだらあかん、調子に乗ったら失敗すると言われてきました。自分が自発的にしたことで失敗すると、ほらそうなったでしょ、というようなことを言われ、喜んだらいけないと思ってきました。でも嬉しい時は喜んでしまうから、あの日花束をもらった時から心配になっていました。だからやっぱり喜んだからいけなかったと思ってしまったと思います。)
後で自分でも何でそこまでと思いました。やっぱりあの時のことが気にかかっているからと思いました。それをそのまま書いたらいいと思っても、何か重くてなかなか書けなくて、時期を逸してしまってもう書かない方がいいと思ったりしました。でも気になるし、変形は進んでいくし、どうしたらいいか悩みました。
掲示板に飯沼さんの「定例会以降」というのがあったので、定例会
の後にこういうことがあってこう思ったという形で書けばいい、と
思い、漸う思い切って書き込みました。
内容は当初書きたかったことと違ってしまいました。それでもとに
かくこの日までに書きこんでないといけない、妙な思い方です、そ
う思い昨夜書き込みました。何であんな風に思ってしまったのかそ
の理由を見つけないといけないと一生懸命考え続けて思いついた理
由を書いています。飯沼さんの指摘してくださった通り過剰防衛の自分なりの勝手な理由をつけてしまったと思いました。

あの時、言われて傷ついたと思っている私の気持ちはおかしいですか?。
その場で「ちょっときついよ」と言ってたら大したことなくすんでいたことを後になって言うと過剰なことになってしまって、こういう書き込みになってしまいました。その場で軽く言えるようになれたらと切に思います。その時の嫌な気持ちが残ってなんとかしたくて書き込みました。
あの時言ってもらって気がついて良かったと思ってるのに、後になって嫌だと思っていた気持ちが残っている自分の気持ちが苦しくて、どうにかならないかとの思いで書きこみました。どうしたらいいか、教えてください。

08/04/2009(水) 16:10:41

No.5456  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会以降 引用
今日はもうすぐまた仕事なので、のぶよさんにだけコメントします。
投稿してくださっている他の皆さんには、明日移行に返信しますね。

☆ということで、のぶよさんに

>でも嬉しい時は喜んでしまうから、あの日花束をもらった時から心配になっていました。だからやっぱり喜んだからいけなかったと思ってしまったと思います。

そういう気持ちは分からなくはありませんが、あの日のテーマは「想念が現実を作り上げるのだから、それを意識して、喜びに向けてエネルギーを使っていこう」というものでしたね。
そのラインから、のぶよさんの思い方やエネルギーの使い方を考えてみてください。

>施術が始まってすぐ位に突然注意を受けて、多分そのタイミングと言われ方にびっくりして、何とも言えず悲しかったです
>あの時、言われて傷ついたと思っている私の気持ちはおかしいですか?。


はい、とってもおかしいです。
僕は、のぶよさんたちが施術をしてもらっていたことも知らなかったので、どういう言い方で注意を受けたのかも知りません。
ですが、僕が聞いている話では、のぶよさんが施術を受ける前から何度か注意をしていたということでした。
その人(たち)にしてみれば、埼玉から9時間も車を運転して参加してくれているNさんに施術をさせていることに驚き、何度か注意をしたにもかかわらずのぶよさんが二人目として施術してもらっていることが申し訳なく、いたたまれなかったのだと思います。

それがどんな言い方であったのかは知りませんが、Nさんの疲れや、Nさんは普段仕事でしている施術をするために定例会に参加なさったのではないことに思い至れば、強い口調でたしなめるのも分かります。
「注意しても、お疲れのNさんを、自分の言いように使ってるけど、無神経もいい加減にしなさい!」ということでしょう?
その人のそういう気持ちは、おかしいですか?

その時にのぶよさんが「ちょっときついよ」と言っていれば、「きつく言うのも当たり前でしょ? 何を勝手なことを言ってるの」という展開になったかもしれませんよ。
のぶよさんは考え違いをしているというか、大事なことがまるで分かっていないのです。

僕がもっとおかしいと思うのは、
>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない<
という、のぶよさんの思い方、書き方です。
見かねて注意した人の方が、よっぽど傷ついているとは思いませんか?

「のぶよさんにならどう言ってもいい」などと思っている人がいるとでも言うのでしょうか?
のぶよさんに注意をした人がそう思って言ったと、のぶよさんは本気で思っているのですか?
もしも本気でそう思っているのなら、のぶよさんはその捻じ曲がった根性を叩き直さねばいけませんし、過剰防衛で書いたとしたら、「自分は病気だから、人にどう言ってもいい」と思い込んでいるのではないですか?

のぶよさんは、その人がその時にどう言っていれば、心から納得できたのでしょう?
Nさんに対する無配慮を注意したその人に、そこまでの配慮を求めるのぶよさんが、その人に対してどれだけの配慮をして投稿したのでしょう?
そういうのを「ダブルスタンダード(対象によって基準を変えること)」と言うのだと思うのです。
自分が傷ついたと言いながら、それ以上に人を傷つけていることに気づきませんか?

08/04/2009(水) 18:18:09

No.5457  のぶよ
Re: 定例会以降 引用
飯沼さんの書かれていることが事実なら、私も飯沼さんが書かれている通りと思います。
ですが、私は○○さんが施術してもらわれてる間、しばらくは見ていましたが、ずっとはいませんでした。たいていは横の畳の部屋で他の人と話をしていました。なので、○○さんが注意を受けていたことはまるきり知りませんでした。○○さんは注意をされなかったのに、私だけが注意を受けたと思いました。
○○さんが私に「のぶよさんもしてもらったら」と言って勧めてくれて、喜んで施術を受けました。その間○○さんは横にいて見守ってくれていました。
注意をけているのに他の人に勧めるなんてことがあるとは露ほども思いませんでした。

私にはなぜ○○さんがこのような対応をされたのかわかりません。もし私の言ってることがおかしいと思われるなら○○さんに確かめてみてください。

08/04/2009(水) 19:33:29

No.5458  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会以降 引用
☆のぶよさん

>なので、○○さんが注意を受けていたことはまるきり知りませんでした。○○さんは注意をされなかったのに、私だけが注意を受けたと思いました。

はい。
そうだったのかもしれないとは思っていました。
しかし、そうだったとしても、大筋では何も変わりません。

それに、のぶよさんは施術をしてもらうことをいきなり勧められたのですか?
それとも、先に施術を受けたはるさんの次にしてもらうことになっていたのでしょうか?

いきなり施術を勧められたとしても、その時点で、「長時間の運転でお疲れでしょうし、こんなことをするために定例会に参加なさったのではないと思いますし」と、辞退すればよかっただけのことなのです。
違いますか?

その時にそういう配慮ができなかったことは致し方ないことだったとは思います。
しかし、自分の無配慮を恥ずかしく思っているならば、もしも多少きつく注意を受けたにしても、今のような恨みがましい気持ちになること自体がおかしくないですか?
僕がもっとおかしいと思う事実は、

>私は自分が悪いという思いが念エネルギーになっていて、それを感じた人に私にならどう言ってもいいと思わせてしまっているのかもしれない<
という、のぶよさんの思い方、書き方です。
見かねて注意した人の方が、よっぽど傷ついているとは思いませんか?

「のぶよさんにならどう言ってもいい」などと思っている人がいるとでも言うのでしょうか?
のぶよさんに注意をした人がそう思って言ったと、のぶよさんは本気で思っているのですか?

何度も言いますが、のぶよさんは「自分は悪くない。相手が悪い・誰々が悪い」という過剰な自己防衛によって、人との関わりを損ねているのです。
人との和を壊してでも、「自分は悪くない」という主張を最優先にしているのです。

のぶよさんの投稿に一貫しているのは、「自分は悪くない。相手が悪い・誰々が悪い」という過剰な自己防衛だと気づきませんか?
今回の投稿では、「○○さんが悪い」かのような書き方になっています。
「自分は○○さんに勧められて、Nさんの施術を受けていただけなのに、きつく注意されて傷ついた」といわんばかりです。

>もし私の言ってることがおかしいと思われるなら○○さんに確かめてみてください。

ということは、のぶよさんの言ってることはおかしくないと、のぶよさんは思っているということですか?
注意をした人の言い方ががおかしかった、○○さんがおかしかったのだということですか?
この一連ののぶよさんの投稿に書いていることが、のぶよさんは自分ではおかしいとは思えていないということなのですか?

どうやらそのようなので、のぶよさんは大事なことがまるで分かっていないと言っているのですよ。

何度も言いますが、のぶよさんは「自分は悪くない。相手が悪い・誰々が悪い」という過剰な自己防衛によって、人との関わりを損ねていることに気づいてほしいのです。

>注意をけているのに他の人に勧めるなんてことがあるとは露ほども思いませんでした。

こういう書き方が、人を激しく傷つけるとは思いませんか?
僕が言っているのはそういうところなのです。

09/04/2009(木) 03:45:16

No.5459  のぶよ
Re: 定例会以降 引用
施術してもらったことでNさんに負担をかけて申し訳なかったと思っていることは、前にも書いていますし、あの時注意を受けたその場でNさんにお詫びしています。
注意を受けたことについても、言い難い所を言ってもらい、私の気付かなかったところと言ってもらい、あれ以上Nさんに負担をかけることにならなくてよかったと思っています。
なので、もうその件で書き込みはしない筈でした。
でも掲示板を見た時にパニックに陥ってしまい病状が進んでしまい、原因をいくら考えても分からなくて、とりあえず書きこんだら何か突破口になるかもしれないとの願いで書き込みました。
その時の経過に関しては飯沼さんの書かれているのとは違っています。私は知らずにしてもらったことを私が知っててしてもらっていることになっているので、それは辛いです。
言い訳と取られるのは嫌ですが、その時の経過については説明させてもらいたいです。
事前に確かめなかったのが悪いと言われますが、知らなかったとしても確かめなかったのはよくなかったと、その通りと思います。それに関してはお詫びします。

あの時、○○さんが施術を受ける前に○○さんから「施術してもらうから次にしてもらったら」ということを言ってもらってました。定例会では、前に飯沼さんも書かれてたとおもいますが、その場の話の流れでしてもらうということはあると思うので、今回もその場の話の流れで施術してもらうことになったと思いこんでいたと思います。前にも書きましたが、○○さんがNさんの所まで行って頼まれてたということは知らなかったし気が付きませんでした。私は座っていた席の近くの人と話をしている時に○○さんに声をかけられて○○さんの方へ顔を向けたと覚えています。
私が施術してもらう前に、Nさんに「私はリューマチですが施術してもらってもいいですか」と聞きました。「大丈夫ですよ」と言ってくださり、受けることになったのでした。
Nさんが車で9時間かかってこられていたことは、前にも書きましたが、施術が始まってすぐに注意を受けてNさんに聞いて初めて知りました。車で9時間というのは大変だと思いNさんに申し訳ないと思い、すぐにここまででいいです、と言いました。それでもNさんは区切りの所までして下さったのです。
その日のうちに帰られるということもその時聞いて初めて知りました。
泊っていかれたら、と言いたかったですが、主催者で無い私が言ってもいいか迷って言えませんでした。後で他の人も交じって話してる話の流れで泊っていかれたらと言いました。
2部の初参加の方の挨拶の時にNさんが埼玉から来られてることは聞いたので知っていました。でも、いつも埼玉から来られてる方は公共の交通機関できて泊っていかれてるので、漠然と同じようなのかと思っていたと思います。なので「車で9時間です」と聞いてびっくりしました。
「露ほども思いませんでした」という表現の仕方の悪さはすみません。なんであれほどきつく注意を受けたのか、而も私だけ注意を受けたと思ったのか、と何回も何回も考えてるのに、○○さんが注意を受けていたかもしれないと1度も思いつかなかったので、何で思いつかなかったのだろうかという思いで書きました。1度でもそう考えてたらこんなに悩まなかったかもしれないのに、と思いました。

「辞退すればよかっただけのことなのです」
と書かれてますが、その時の成り行きやNさんの事情を知らなかったのでそのまま受けてしまったのですが、知っていたら辞退していたと思います。してもらいたい気持ちはありましたが。1部の時にNさんが「整体師をしています」と言われていたのを聞いて、話を聞けたらいいなとは思っていました。これまでにもNさんと同様の職業の方が来られてることはありますが、ここに仕事で来られてるのでない人にして下さいと頼むのはしてはいけないと思ってきました。
でも遠くから車で9時間もかかってこられたその日のうちに帰られる初参加の方に私も負担をかけたのだと思い、Nさんに申し訳なかったと思っていたので、最初の書き込みではそう書きました。
それでもパニックになってしまって、パニックになる原因がどうしてもわからなくて、今回の書き込みになりました。
Nさんへの配慮が欠けていたと思いますし、前にも書きましたが、それで注意されたのだと思っていますし、言い難い所を言ってもらったのだと思っています。

09/04/2009(木) 12:59:44


No.5454 さいこ  
遠隔ヒーリングのお礼と報告 引用
こんにちは。
飯沼さん、さきさん、お礼とご報告が遅くなってすみません。

お陰様で、腰の痛みは全く無くなりました。
ただ無理をしないように気をつけてはいます。
3月の初め頃に会社でギックリ腰になってしまいました。
何とか歩けていたのですが、まだ症状が軽いうちにエネルギーを送ってもらって治したいと思い、翌朝遠隔ヒーリングをお願いしました。
その日は会社を休んで1日寝ていました。
その日お風呂から上がってから、腰の痛みが楽になっているのに気づきました。
「すごい!!」長期治療を覚悟していたので嬉しい限りでした。
翌朝も昨日よりも明らかに楽になっているのが分かりました。
日に日に良くなっていって結局一週間くらいでほぼ完治しました。
ありがとうございました。

腰の痛みも無くなったので翌週には福島県まで叔父の葬儀に参列する事ができました。
伯父の最後の様子を少しご報告させていただきます。
伯父は元気な時よりはずいぶんと痩せて小さくなっていましたが、安らかな顔でした。
亡くなる数時間前に病院に泊まりこんで看病をしていた叔母が「お父ちゃんもう消灯時間だから寝ようね」と言って叔父の顔を両手で撫でたそうです。
すると伯父も手を伸ばして、同じように叔母の顔を両手で撫で返したそうです。
いままでこんな事をしたことなかったのに…と叔母は思ったそうです。
そしてその数時間後、眠るように静かに息を引き取りました。
伯父は十二指腸乳頭癌という病気を患っていました。
抗癌剤の治療も「あんな苦しいのは嫌だ」と言って断ったそうです。
二月の初め頃に体中に黄疸が出て入院、余命1ヶ月、もっと早いかもしれませんと医者から言われました。
82歳という高齢でした。従姉から私の所へ「こんな状態だから、いつどうなるかわからないから覚悟しといてね」と連絡が入りました。
私は飯沼さんに遠隔ヒーリングをお願いしました。
正直私の気持ちの中で高齢だしもう駄目かもしれない…忙しい飯沼さんの手を煩わすだけかもしれないと躊躇しました。
その気持ちも伝えて飯沼さんにメールしました。
飯沼さんから「僕は地上的に治すことだけが役割ではないと思っているので、どんな状況の方でもヒーリングをさせてもらえるのは嬉しいです」と返事を頂きほっとしました。
さきさんにも温かい気持ちのこもったメールをもらって安心しました。
伯父の身体は、一時は回復の兆しも見えて良かった!と思っていたのですが、急に気力がなくなって食欲もなく、少しでも動くとしんどいといった感じだったようです。
でも不思議と痛みはない状態でした。
飯沼さんには、痛み止めの点滴したとお知らせしましたが、伯母に確認してみるとそんなにたいした痛みでなく、モルヒネも使わなかったと…痛みはその1日だけで後は痛みを訴えることはなかったそうです。
葬儀にはたくさんの村の人たちに参列していただき、労いの言葉、感謝の気持ちを伝えて下さいました。
伯父は長い間、村の議員を務めていました。議会では弱者の側にたって随分と激しい論争をし、正しいと思ったことには一歩も引かず、相手が村長であっても意思を通してきたようです。
村の人たちの中には、伯父のことを厳しい人と敬遠する人もいたようですが、家での伯父は普通のお父さんといった感じの人です。
私も子供の時は、おっかない、厳しいというイメージをずっと持っていましたが、大人になるにつれて、ユーモアのセンスがあって優しい人だと分かるようになりました。

飯沼さんが伯父にエネルギーを送って下さった時間が、伯父が息を引き取る少し前だったと聞いて、本当に安らかに地上を離れることが出来たんだ…。
寂しいとは感じましたが、これでよかったのだと思いました。
これからも年に1度は福島に帰って、子供の時から慣れ親しんだ伯父の家で、親戚たちが集まってわいわい言って楽しみたいと思います。
それが伯父に対するいちばんの供養になるような気がします。
飯沼さん、さきさん、本当にありがとうございました。

08/04/2009(水) 15:31:33



No.5449 HW  
直接ヒーリングの御礼 引用
土曜日の直接ヒーリング有難うございました。メールの仕方が分からなくて、やっと何とか使えるようになりました。
お二人に言われた母との事、実行できるか自信がなかったのですが翌日駅のホームで母と帰りの汽車を待ってる時、何故か突然涙が溢れてきて、同時に、母に言わなくちゃという思いがこみあげてきて・・そのときは自分の感情にびっくりして言えなかったのですが降りる駅に着くぎりぎりの所で少し話ができました。
でもやはり自分の辛かった思いを口にすることは出来なくて、素直に歩み寄れない自分を詫びる言葉のみでしたが・・
本当はお二人に言われたように、自分が子供の頃からどれだけ苦しくて辛かったか伝えられたら良かったのだけど、やっぱり怖くて言えなかったですね。言っても分かってもらえないという思いもあって。だけど母を恐れる反面、歩み寄れない自分を申し訳なく思ってたのも事実で今回その思いだけでも伝えることができたのは私にとって大きな一歩でした。おまけに次の日も朝から電話してみたりして。私ってお二人に言われたようにホントはいい人なのかも?なーんて思ってみたりしました<笑>
言葉にするのは私にはすごく難しいことだけど、いい方向に向かっていけたらいいなと思います。長々とすみません。有難うございました。

07/04/2009(火) 15:55:49



No.5441 飯沼 ホームページ E-mail
(地の)岩戸開き 引用

アメリカの経済破綻が近づいてきているようで、ドルは基軸通貨としての役割を果たせなくなってきているようです。

日本はアメリカ国債を600兆円も保有していると言われています。
一体どうするつもりなんでしょうかね。
中国も多額のアメリカ国債を保有していますが、中国はドル崩壊に備えてさまざまに準備をしているそうです。

日本はアメリカからも完全に見棄てられていますね。
まあ、アメリカは、まだ日本を利用できるところは利用しつくそうとはするのでしょうが。
それでもアメリカに尻尾を振って擦り寄っていく日本って見ていてほんとにみじめですが、そうしている人たちは自分の取り分は抜け目なく蓄えています。
一番とばっちりを受けて、全てを失って放り出されるのは私たち一般の国民、庶民なのですから、呆れている場合ではありません。
郵政民営化によって開放される国民の資産をごっそり持ち出したら、いよいよ用済みでしょうかね?
政府やマスコミを信用していたら、いざとなれば、「自己責任だ」と言われて、ほんとに谷底に突き落とされてしまうことになるでしょう。

庶民が、自分だけのささやかな幸せを守ることでよいと思い、それ以上のことに心や行動を向けなければ、いずれ必ずそうなります。
結局は自分(たち)のことしか考えていなかったという意味においては、いずれ味わわねばならない凄惨な日々も「自己責任だ」と言いたくもなりますが・・・。
(テレビや新聞等のマスコミが、政治的意図に基づいてどんなことをしてきたのかは、私の個人ブログをお読みください。この投稿の家のマークから行けます)

さて、そういう話はまたいずれということで、しつこく「地楽」のことを書きます。

どうやら、先日の定例会に「地楽」を持ってきてくださった人はいないようです。
それ以前にあったのなら、私が気づいているはずですが、「地楽」を見た記憶は全くありません。
そして、「地楽」のビンを持ち帰った人もいません。

では、さきさんが見たと言う「地楽」はなんだったのか?
普通に考えれば、さきさんの勘違いということでしょう。
実際、さきさん以外の人で「地楽」を見た人もいないようですから。
「地楽」のビンは誰がどこを探しても見つかりません。

私は、さきさんの勘違い・思い込みの線も十分に意識に入れながら、さきさんから経緯を聞いてきました。
そのあらましは昨日の投稿に書きましたが、どう考えてもさきさんの思い違いではないのです。

さきさんは、「天楽」の包み紙のこともしっかりと記憶していました。
「路上有花」は青い綺麗なビンだったと、これに関してもさきさんの記憶は確かでした。
「路上有花」を「地楽」だと勘違いしていたのではないそうです。

「地楽」については、ベージュ色のラベルに癖のある字で「地楽」と書いてあったことを記憶していて、昨夜検索で「地楽」の画像を見たときに、「やっぱりあった。定例会の時、私はこれを見たんだから」と思ったそうです。

日曜日にみさおさんが、「路上有花」の説明を書いた紙を見せた時も、「春が来たさんが差し入れてくれたのは『路上有花』と『天楽』で、それとは別に『地楽』という銘柄のお酒を誰かが持ってきてくれていて、『天楽・地楽』が揃ったことがスゴイ」と思ったそうです。
さきさんの記憶にブレはありません。

と昨日書きました。
さきさんの思い違いだとすれば、さきさんはもちろん日曜日に「地楽」を見ていないことになります。
「地楽」という銘柄のお酒が実際にあることすら知らないのです。
「地楽」を見ていなくて、そういうお酒があることすら知らないのなら、さきさんが日曜日に、「春が来たさんとは別に『地楽』という銘柄のお酒を誰かが持ってきてくれていて、『天楽・地楽』が揃ったことがスゴイ」と思うはずはないのです。

これは明らかに、「地楽」がそこにあるからこその思い方です。
もちろん、さきさんはこんな嘘をつく人ではないのですし。
そのあたりのことは、5410から始まるスレッドの後半を読んでいただければ分かります。

では、これはどういうことなのか・・・?

私は、やはり、今回の「(地の)岩戸開き」が神事(かみごと)だったとのサインとして受け止めようと思います。
今回の定例会は、九州への「岩戸開き」の旅に引き続いてのものでした。
あの時、フェリーの中で克から伝えられた言葉を思い起こし、改めて腹に据える必要がありそうです。

「岩戸開き、唱える言葉は『たまき(魂喜・魂輝)あまねく人々に』」
「神事(かみごと)ならば、霊界の導きを微塵も疑うことなく、使って頂く喜びのみで更なる働きに身を投じるように」
「神事(かみごと)に関しては、理性的検証ではなく、霊的直感の回路を用いるように」

無理に信じてくださいとは言いませんが、おそらくはさきさんにだけ感応する波長で「地楽」がそこに在ったのでしょう。

「ひふみ神示」を筆記した岡本天明さんも、千葉県成田市の麻賀多神社で最初の自動書記をした昭和19年、戦争末期で物資が不足しているにもかかわらず、その場に現れた老婆に酒食をご馳走されています。
後に天明さんが再び麻賀多神社に参拝し、その老婆を訪ねたところ、そんな人物ははじめからいなかったということでした。

にわかには信じがたいですが、そういうことってあるのだと思います。
今回のことも、検証の目とは別の次元で、
「神事(かみごと)ならば、霊界の導きを微塵も疑うことなく、使って頂く喜びのみで更なる働きに身を投じるように」という言葉に従っていきます。

改めて、「(地の)岩戸開き」定例会に参加してくださった皆さん、ありがとうございました!
これからもっともっと、皆も自分も幸せになっていきましょう!

03/04/2009(金) 11:23:45


No.5442  飯沼 ホームページ E-mail
Re: (地の)岩戸開き 引用
◆ひふみ神示 第02巻  下つ巻(四百つまき)
第十六帖 (五八)

 知恵でも学問でも、今度は金積んでも何うにもならんことになるから、さうなりたら神をたよるより他に手はなくなるから、さうなりてから助けて呉れと申しても間に合わんぞ、イシヤの仕組にかかりて、まだ目さめん臣民ばかり。(以下略)

(イシヤとは、フリーメーソンと言われる政財界人の活動内容非公開組織(秘密結社)のことと思われます。フリーメーソンの元は、中世ヨーロッパの石工組合ですが、その後、中身は激変しています。アメリカ建国にフリーメーソンが深く関わり、初代大統領ワシントンもフリーメーソンの会員で、独立式典にフリーメーソンの紋章をつけて臨んだそうです。1ドル札にもフリーメーソンのシンボルであるピラミッドに目玉のマークがあります)

03/04/2009(金) 14:13:10

No.5443  さき ホームページ
Re: (地の)岩戸開き 引用
ぬまさん、大変な時代ですね。
今の世界を動かしている人たちは、そこに生きる人間のことなんかこれっぽちも考えてないし、乱暴な言い方すれば国も政府もその世界の仕組みの道具になってると思います。

ささやかな幸せを大切だと思い、大切な家族、大切な人を守りたいと思う。
そんな庶民のささやかな幸せを私は限りなく愛しく思います。

けど、世界の仕組みはそんなこと全くお構いなしです。
65億分の1のにんげんひとり、生きようが死のうが、傷つこうが苦しもうが、どうなったってかまわないんです。
そこになんの躊躇も、配慮も、顧みられることもありません。
そういう人たちがこの世界を牛耳っているんです。
まさに自分たちさえよければいい、そういう人たちです。

ささやかな幸せが、大切だからこそ、愛しいからこそ、
私はその仕組みに、その力に、屈したくはない。
にんげんがにんげんとして生きる喜びや幸せを求めたい。
庶民のささやかな幸せが大切にされる世の中を求めたい。
その願いをないものにはできない。

この圧倒的な力の前に、夢物語のようなたわごとなのかもしれない。けどその力に尻尾を振っていいように使い捨てにされるくらいなら、このまま「自己責任」と言われて谷底に突き落とされるよりも、たわごとかもしれないその願いにかけたい。
自分もみんなも幸せに生きられる世の中を、関係をつくっていきたい。そう思います。

「地楽」の件、昨日ぬまと何度もやりとりして、やっぱり実際には地楽のビンはないとわかって怯えました。
自分が大きな勘違い、思いこみをしているのか、、、
何度も思い起こして考えましたが、私はそもそも「地楽」という銘柄のお酒があるなんて知らなかった。日曜日に春が来るさんが持ってきた「路上有花」と「天楽」とは別に「地楽」のビンを見た。その時に「地楽」ってお酒もあることを知った。蔵元もチェックして「天楽」と同じ小鼓で一緒なんやと思った。それで期せずして「天楽」と「地楽」がそろったなんてすごい!と思った。
それだけは思い違いのしようもないことです。

だから春が来るさんの投稿を読んで、実はもっとすごかったのよって伝えたくてそれを書いた。その時に、ネットで検索したら小鼓の「地楽」ってお酒があったから、ほら、あったでしょうって思った。(しかも自分の見たビン!)。だから悠々塾に「地楽」のビンがあったことだけは疑いもしませんでした。

ぬまに神ごとやって言われて、この投稿読んで

「岩戸開き、唱える言葉は『たまき(魂喜・魂輝)あまねく人々に』」
「神事(かみごと)ならば、霊界の導きを微塵も疑うことなく、使って頂く喜びのみで更なる働きに身を投じるように」
「神事(かみごと)に関しては、理性的検証ではなく、霊的直感の回路を用いるように」

↑↑これ読んで泣きました。
なんで私やねん、わたしそんなつもりじゃなかったのに、って。
ただ普通に、自分もみんなも幸せにって願っただけのに、って。

>神事(かみごと)ならば、霊界の導きを微塵も疑うことなく、
>使って頂く喜びのみで更なる働きに身を投じるように

このことばを反芻してます。
自分が定例会で言ったこと、この場で言ったこと、
しっかり腹におさめて喜びのなかで働いていきたいと思います。

03/04/2009(金) 17:01:54

No.5444  あきこ
Re: (地の)岩戸開き 引用
さきさんパワー全開ですね☆
この間の定例会も意義深かったです(いろいろ)
ぬまさんとさきさんの説明の補足があって
分かりやすかったです。
(ほんまに理解出来てるのかは別にして・・・汗)

03/04/2009(金) 23:39:37

No.5445  飯沼 ホームページ E-mail
Re: (地の)岩戸開き 引用
今日のニュースによれば、アメリカではこの15ヶ月で510万人の雇用が失われたそうです。
アメリカの人口は約3億人。

日本でも、これからの数ヶ月で200万人が失業するという予測があります。

フランスでは300万人規模のデモが行なわれました。
アメリカでは、数年前から大規模な暴動を想定して、鎮圧の準備が完了しているとの情報があります。

日本も遠からずもっと厳しい状況に陥る可能性が高いのです。
ぬるま湯に浸るのではなく、日々の暮らしだけに意識を向けるのではなく、できるところから変えていなけば、状況に対応できなくなってしまうでしょう。

04/04/2009(土) 11:23:51


No.5410 さき ホームページ 
定例会お疲れ様でした 引用
ぬまさん、皆さん、定例会お疲れ様でした。
丹田呼吸法を指導して下さったスーパーじいさんありがとうございました。
今回の定例会はぬまさんが書いてくれたように「(地の)岩戸開き」、「念」のエネルギーがテーマでした。
ぬまさんと、いい定例会にしたいね、と話しながら準備しました。
その過程で克子さんと飯沼さんが8年前に受信したメッセージを再認識し、自分自身が健やかさとは逆行して使ってる「念」のエネルギーを意識したり、気づくことが多かったです。めずらしく私も少しテーマについて話をさせてもらいました。

その時も言いましたが、人間は魂の意識を顕現させようと地上に生まれます。けど、カルマであったり、どんな国のどんな両親のもとに生まれるかといった人生の課題の設定をするなかで、そうやすやすとは魂の意識を顕現できないようにするんだよね。
その負荷やハードルのなかで葛藤しながら、自らが決めた人生の課題にチャレンジするのが、肉体を持って地上に生きることの意味なんだと思います。
そこでは見事に、自分が一番やりにくいことをするようになっている。
最初から完璧にできたら地上にいる意味はないから。不十分さや至らなさはあってあたりまえです。
そのなかで自分が日々何を選んで、何を言動していくのか、何を顕現していくのかが問われているんだと思います。
その時、自分が何を顕現するのかに大きな影響を与えてるのが「念」のエネルギーなんだと思います。

その人と気持を交わしあいたいのに、逆のこと言ってしまう。
ありがとうとか、ごめんねとか、好きとか、簡単なことが言えない。
喜びや調和に向かいたいのに、そのために動けない。
頭ではわかっても、気持ちがついていかない。
よくありますよね。私もあります。
だって、でも、あの人だって、私だって、、どうしようもなく反射的に湧いてくる感情が、頭ではわかってることを(私の感覚で言えば半ば生理的に)邪魔をするんだよね。
その生理的な部分を引っ張ってるのが、自分が身につけた「念」のエネルギーの使い方の癖なんだと思います。(そうせずにはいられないという次元のものです)

どうするのがいいとか、どうしたい以前に、自分が生まれ育ったなかで身につけた「念」の部分での癖に影響されながら、日々選んでいることの結果として今の自分があるんだと思います。
それが地上の人間だと思うから。
そこでは何が間違ってて、何が正しいなんてないと思う。
自由意志を自由意志として行使したらいいんだと思う。
けどその癖は往々にして、自分の健やかさや喜びも邪魔してたりもする。
(自分もみんなも幸せになることに逆行して使われたりする)
だからもしそんな自分の癖に気づいたらなら、そうだなって思ったなら、
どうしようもなく動けない自分を動かしたいと思ったなら、
今回の定例会で学んだことを使ってほしいです。
私も使います。使いたいです。
地上はある意味、形にしてこそ意味がある世界だから。
形にすることの喜びを一緒にわかちあいたいです。
自分にもみんなにも嬉しいことを、ひとつでも実際に形にしていきましょうね!!!

慣れない話をしたし、念のエネルギーを意識してたこともあるし、二部はちょっとお疲れモードになってしまいました。遠方から初参加されたNさん、Kさん、みなさん、ちょっとボーっとしててあんまりお話できずにごめんなさいでした。

30/03/2009(月) 23:36:01


No.5411  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用

>最初から完璧にできたら地上にいる意味はないから。不十分さや至らなさはあってあたりまえです。
そのなかで自分が日々何を選んで、何を言動していくのか、何を顕現していくのかが問われているんだと思います。
その時、自分が何を顕現するのかに大きな影響を与えてるのが「念」のエネルギーなんだと思います。<

まさにそういうことだと思います。

定例会の1部で、「念」のエネルギーについてずいぶんお話しました。
ニュースで報道された、大阪の72歳のおばあさんが、32歳の引ったくり犯の男を自転車で追跡して、取り押さえて警察に引き渡した話。
おばあさんの被害額は150円程度だったし、体力では若い男にかなうはずがない。
しかし、たいした額じゃない・追いつくはずもない・自分の身に危険が及ぶという理性も、怖いという感情などをものともしない「逃がすものか!!!」という「念」が、犯人を含めた状況をエネルギー的に制圧してしまった。
犯人の自転車のチェーンが外れたことも、「逃がすものか!!」のエネルギーが作用したと考えられる。

「念」のエネルギーが、現実を作り上げていく。
それは病にしても、その治癒にしても同じ。
「念」は現実・物質・肉体・行為行動に直接作用するエネルギー。
そして、「念」のエネルギーは、霊的エネルギーとは別のところからいくらでも取り入れることができる。

「念」は本人が意識していなくても、自分の思い癖に沿って使われて、形を成してしまう。
それは、理性はもちろん、感情とも逆の形をとる場合もある。
「念」は、意識とは不連続の場合がある。
たとえば、同じ「大好き」という気持ちでも、人によって表現は違っている。
「大好き」なのに、大嫌いであるかのような表現をしてしまう人もいるし、ストーカーのようになってしまう人もいる。
何かをする時や、病気を治そうとする時に、「自分にはできない」という念が働けば、それは現実を作っていく。
ということをお話しました。

そこでスーパーじいさんが補足してくれた、「できないと思うそのことにもエネルギーは使われているのです」ということは、極めて重要です。

「念」という、現実化のエネルギーをどんな方向でどう使っていくのかが大事なのです。
それは本当の意味で、ポジティブに使うべきエネルギーです。
ポジティブとは、「自分にいいように、自分に都合よく」ではなく、「喜びに向けて積極的に」という意味です。
自分にとってだけの喜びは「我よし」そのものです。
人間には誰にでもそういう要素はあります。
それが今の地上界を作り上げているから、あらゆるかげりが蔓延し、今、地上界の浄化の時期を迎えているのです。

「念」を、「皆(相手)も自分も幸せに」の実現のために使っていくこと、自分の魂の意志を「念」にまで行き渡らせ、融合させることは、肉体・物質にも、愛と摂理の霊的エネルギーが直接作用するということであり、それが「地の岩戸開き」であるのです。

話を移しますが、定例会の2部の件で、今日ほかの方から電話をいただきました。

その人からの電話は、「はるさんが施術してもらっているのを見て、自分もしてほしいと言って、してもらいかけたが、結局他の人と代わった。自分も遠方から9時間も運転して来られたNさんへの配慮が足りませんでした」という内容でした。

その人にも言いましたが、他の人が施術をしてもらっているのを見て、「自分もしてほしい」と思うことは、むしろ自然なことだと思います。
その時点でのNさんは、すでに定例会の参加者に施術をしてくれているNさんなのですから。
もちろん、そこでも「Nさんは長時間運転してきて疲れておられるだろうから」とか、「Nさんは普段からプロとして治療しておられるのだから、こういう場でお願いするのは失礼だし、こういうことをしに参加されたのではないだろう」とかは、考慮すべきことであったでしょう。
僕の書き込みで、そう思えたならば、「ああ、そうだったな。配慮が足りなかった。Nさんのお疲れのことに意識がいかず申し訳なかった」と反省し、今後に生かしていけばよいだけのことです。

実は僕も彼の施術にはすごく興味があって、座敷で彼と話しているときに「ちょっとやってみてくれない?」と言いそうになって、「あ、いかん、いかん」と自制したのでした。
もうちょっと疲れていたら、もうちょっとお酒を飲んでいたら、危ないところでした(笑)
それに僕の場合は、働きとは関係のない場やそういうモードじゃない時にいきなりヒーリングやメッセージを求められて対応に苦慮する経験があるから、Nさんの立場で考えることができたのでしょうし。
だから、安易にお願いしたはるさんやほかの皆さんの気持ちも、よく分かります。

本題に戻ります。
誰かに指摘されたからといって、そこで落ち込んだり、自分を責めたり、過剰に申し訳なく思ったりすることに使うエネルギーは、決してポジティブなものではありません。
つまり、それは誰の喜びにもならないエネルギーなのです。
自分を責めたり、落ち込んだり、「自分が言われたとうこと」にこだわっることが、大きな不調和や病に発展していくのです。
そう言えば、また、「自分はそういうふうに思ってしまうタイプだから」と落ち込んだり、過剰防衛したりする人もいるかもしれません。
それは、良いとか悪いとかの問題ではなく、事実であれば仕方がないのですから、まずはそういう自分の現状をありのままに受け止めればよいのです。
その上で、「そういうエネルギーの使い方を切り替えていこう!」と、全身全霊で念じるのです。
今までの自分や誰がどうしたどう言ったなどは、この際どうでもよいのです。
ポジティブに「念」のエネルギーを使っていくとはそういうことです。
ここは他の皆さんにも強調してお伝えしておきます。

そもそも、Nさんはちょっと頼まれたからといっても、疲れていて施術が無理ならば「いいですよ」とは言わない人だと、僕は思います。
彼はプロの治療家ですし、しかも本物のヒーラーです。
そういう人は、たとえサービス精神や断りにくい雰囲気があったとしても、施術をするかどうかはご自分の確かな基準で毅然と判断なさるはずです。
彼が疲れておられたのは事実でしょうが、「今の自分には良い施術ができない」と思ったら、頼まれても断っていたと思います。
本物というのはそういうものです。

疲れているにもかかわらず、彼が施術してくださったのですから、彼の施術を受けた人は、それを喜び、心から感謝することでよいのだと思います。(Nさんに対しては)

僕が今回この件をあえて掲示板で指摘した動機はそういうことではありません。
はるさんとは長い付き合いなので、彼女の傾向やエネルギーの使い方はよく知っています。
彼女のしんどさや苦しさ、寂しさも僕なりにですが分かっているつもりです。
そして、もちろん本来の彼女についても、僕はかなり分かっています。
だからこそ、今回はかなりの衝撃を与えることで、彼女の魂にカツを入れ、思いグセの厚い壁を打ち壊し、彼女が本来の、元のはるさんに還るきっかけを作ろうと思ったのです。
今回のことを、はるさんの「岩戸開き」の機会にしてほしいのです。
それが彼女の体調の改善だけでなく、人との関わりやこれからの人生の喜びと幸せにつながっていくという確信があればこそのことでした。

逆効果になる可能性も想定済みです。
僕に言わせれば、「一時的な逆効果も効果のうち」なのです。(そもそも、地上人生など、極めて一時的なものであるのですが)
一概には言えませんが、逆効果もそれだけの意味があったということです。
ど真ん中の絶好球をファウルしてしまうのはバッターの問題ですが、ツーストライクまで来ていれば、難しい玉を見送るよりも何がなんでもバットに当てなければいけないわけですから。

正直に言えば、僕の指摘によってはるさんはもっと気持ちを硬くしてかげらせてしまうんじゃないかと思っていました。
もしかしたら悠々塾とも離れるかもしれないけど、でも、そこから始めればいいんだと。
地上的な具体的なことろではどうであっても、一度つながった縁が切れてしまうことはないのですし、必要があればいつかはまた改めて出会うのですから、僕は「今その人にどうしても必要だと思ったこと」を最大限の心の力を込めて伝えればよいのだと思っています。(人によっては、別の形で気づきを促していく必要の場合もあります。それは僕の判断ですが、その判断がいつも正しいかどうかは分かりません)
後は本人自身と霊界の導きと計らいや克に委ねればよいのです。
それに、はるさんにはみさおさんをはじめとする仲間がついてくれているのですから。

もちろん、話を聞いて驚きましたし、定例会の主宰者としてNさんにお詫びし、他の皆さんの自省も促さねばなりませんでした。
しかも、Nさんが帰る前に、「自分はこういう場にいろいろ行ったことがあるが、悠々塾の人たちは変に危ういところがなくてとってもいい人たちですね。こういう雰囲気の場は、僕の知る限り初めてです」と言ってもらってました。
僕も嬉しくて「ほんとに皆、善良で優しくて、心の綺麗ないい奴らなんですよ。善良であるからこそ皆、自分に自信を持てていなくて、その意味ではダメ人間の集まりなんですが。でも、彼らが秘めている力と輝きを僕は見てしまったから、何としてもそれを引き出してあげたい。それは僕にしかできないようにも思うんです。とにかく僕もこの仲間のことだけは誇りに思えて、悠々塾の最大の自慢です」と偉そうに言ってしまっていたので、翌日に話を聞いて「おいおい、あんなに褒めたのに俺に恥かかせるなよな・・・」でした(笑)

さきさんの投稿を読んで、皆さんの心に響き、魂を揺さぶるんじゃないかと思いました。
この投稿は、自分では意識できていない「念」の次元にも響く内容とエネルギーです。
もう一度、頭ではなく、心の全部で読んでくださいね。
声に出して読めば、自分の念を動かし、実際の血肉や言動になっていくと思いますよ。

31/03/2009(火) 13:39:30

No.5412  響
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
昨晩は、何度か痛みで夢うつつの状態になり、朝、重たい体を引きずるように起き上がりました。
上半身だけ、マラソンを走った後のように、疲れきっていました。
暗い気持ちで、この掲示板を開き、さきさんの書き込みを見て、まさしく自分のことだと思い、希望の光が見えたような気がしました。
すぐに、「頭ではわかっても、気持ちがついていかない」ことを、行動に移してみました。
結果はやっぱり、相手も自分も嬉しい気持ちになり、周囲の人にも安心や喜びをもたらすことができたと思います。(小さなことですが)
すると、心が軽くなって、絶え間なく痛かった体が、ふっと痛くない時間もできたりして、それでもやっぱりまた痛くなるのですが、同じ痛みでも、心が軽いと感じ方が違うのです。
昨日、遠隔ヒーリングをしていただいたおかげで、さきさんの書き込みに反応することができたのだと思います。
どんなに、感謝の気持ちや、喜びの気持ちが大事だとわかっていても、心や体が辛いときは、なかなか気持ちを切り替えられないですから・・。

31/03/2009(火) 14:56:41

No.5413  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
☆響さん

こんにちは。
昨日からの遠隔ヒーリング、すぐには効果が出なかったようですね。
響さんも「岩戸開き」の時期を迎えているようなので、こちらにもそれに見合うだけのエネルギーが必要ですね。
今度の直接ヒーリングでゆっくりとお話しましょう。

今の響さんは、かなり嬉しいことや安心できる状況もあって、今までの張り詰めた気持ちや、強い不満を抱きながらも自分の果たすべきことを頑張ってやり続けてきた苦しさなど、澱として出せ始めている状態だと思います。
まずは理屈抜きで、自分をねぎらい、いたわってあげてください。
優等生症候群は棚上げにして、痛みや苦しさを訴え、甘えることができればもっと早く痛みは軽減するのですが、そうできるかどうかは微妙なので、まずは理屈抜きで自分をねぎらうところから始めましょう。

>どんなに、感謝の気持ちや、喜びの気持ちが大事だとわかっていても、心や体が辛いときは、なかなか気持ちを切り替えられないですから・・。

病や症状にはいくつかの違ったラインからの意味があります。
病の本人にはもちろんのこと、周囲の人にも意味があるのですが、それらの兼ね合いが、それぞれの今回の人生のテーマに即して見事に設定されているのです。

僕が引用した響さんの文章も、それはまさにそうなのですが、その人のテーマによって両極の意味を含んでいます。
簡単に言えば、病を得たなかでこそ「感謝や喜びの気持を膨らませて、それを実際に表現していく」ことは、大枠では皆さんに共通のテーマであり、努力目標ではあります。
しかし、一時的にそういうことを棚上げにしてでも、自分の苦しさを余すところなく吐き出し、甘える段階が必要な場合もあるのです。
周囲への配慮を怠らず、優等生的に自分の役割をきっちりとこなしてきた響さんの場合がそうです。
「優等生」の枠が強い縛りになってしまっているケースって、案外多いのですよ。
逆に「優等生じゃない自分でも認めてほしい。そんな自分の気持ちを分かってほしい」という思いが、病や症状になって表れるケースも少なくありませんが。

とりあえず、ありのままの自分を自分でそのまま認めて受け入れるところから始めて、喜びに向かえれば、病になる人は半減するでししょうし、治りももっと早いのですが・・・。

31/03/2009(火) 15:48:18

No.5416  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
☆皆さんへ

昨日・今日と長々と書きましたが、これは特定の人へのものではなく、今の時期、皆さんにしっかり読んでいただきたくて書きました。
僕もかなりのエネルギーを費やして書きました。
できれば走り読みではなく、しっかりと読み込んでほしいと思います。
ご意見やご感想、ご質問などがありましたら、遠慮なくお書きください。
答えられる範囲でお答えいたします。

上にも書きましたが、さきさんの投稿、内容もエネルギーもすごいですから、ほんとに声に出して読むといいと思いますよ。

今回のテーマは、悠々塾とはつながりのない方々にも大事なことだと思っています。

31/03/2009(火) 20:34:28

No.5417  飯沼 ホームページ E-mail
みさおさんからのメールです 引用
はるさん
定例会後 掲示板を 毎日何度も読み、 はるさんが 落ち込んでないか 一瞬心配も しましたが
はるさん 持ち前の 素直な 雰囲気が 感じられ 私 嬉しい
私も 自分の事と 重ね 思いながら 読んでます

これからも
一緒に 進んで いこね
私の事も 心配してくれて
ありがとうね

私も 頑張っていくからね

定例会
とても 意義深い会でした

今日
早速 叔母の いつもの 態度に ムッと きた時に 丹田に 手を あて

魂の意志
魂の意志
と 思いました
自分が以前より何かが 変わったような
もっと深く
叔母との関係も見えました

飯沼さん
さきさん
スーパーじぃさん ありがとうございました

この文章を 書いてる今
つけっぱなしのテレビ番組から
千と千尋の
主題歌かな

あの曲が 好きなのですが
流れました
やはり
今からの事
全て、みんな
祝福してもらえてる 守られてる と思いました

春が来るさんが差し入れて下さった お酒

地と天の2本
まだ余韻に浸ってます

いろんなことに感謝しております

31/03/2009(火) 22:21:02

No.5418  あきら&ひとみ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
私もはるさんがNさんに施術してもらっているところを通りかかり、「私もしてもらいたい」と言ってしまっていました。
どんなにお疲れだったかと安易な発言に申し訳なく思っています。
とても配慮が足りなかったと反省しております。
すみませんでした。
                ひとみ

01/04/2009(水) 00:20:47

No.5419  さき ホームページ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
ぬまさんの

>誰かに指摘されたからといって、そこで落ち込んだり、自分を責めたり、過剰に申し訳なく思ったりすることに使うエネルギーは、決してポジティブなものではありません。<
↑↑
この部分は、自分に言われる気がしました。
私、結構そういうとこでエネルギー使ってます。
それ以前に、「言われたくない」から、あらかじめ過剰に自分を守ろうとヘンに余計な気を使ってたりします。

無駄なことしてると思います。
実は定例会の前の夜にぬまさんと打ち合わせしてて、自分の考えてたことと別の意見を出され「私にはわからないもん」と、いじけてクシュッとなってました。切り替えようとしたけどなかなか抜けられなくて、、しーちゃんに励まされて切り替えることができました。(ありがとね、しーちゃん)
無駄なことしないで、もっと上手にエネルギー使いたいです。
自分もみんなもの喜びのために使いたいです。

みさおさん
投稿読んで「もらった!」って思ったよ。
丹田に手をあてて、
魂の意志、魂の意志、
私もはまった時にやろうと思います。

01/04/2009(水) 01:09:58

No.5420  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
☆みさおさん

>はるさん 持ち前の 素直な 雰囲気が 感じられ 私 嬉しい

みさおさんには分かると思うけど、はるさんって、見かけや雰囲気はそうは見えないのに、実は天然系なんだよね。
本人は分かってるのかな?

>地と天の2本

今回の定例会は、いつもにもましてお酒の差し入れをたくさんいただきました。
「天楽」と「地楽」という銘柄の清酒に感激でした!
皆さん、いつもありがとうございます。

☆ひとみさん

そうでしたか。
もう気にしないように。
それよりも、投稿の他の部分を読んでね。
長いし、漢字もかなりあるけどね。

☆さきさん

そういえば、定例会前、特に前日はひどく咳が出てたのに、始まるとぴたっと止まっていたね。
やっぱり、浄化の咳だったみたいですね。
定例会中、僕は鼻炎がひどかったけど。

>それ以前に、「言われたくない」から、あらかじめ過剰に自分を守ろうとヘンに余計な気を使ってたりします。

本人は守ろうとしているつもりなんだろうけど、傍目からは攻撃にしか見えない場合がよくあるんだよね。
攻撃は最大の防御とは、よく言ったものだと思うわ。
そう思いませんか?

01/04/2009(水) 02:09:44

No.5421  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
>本人は守ろうとしているつもりなんだろうけど、傍目からは攻撃にしか見えない場合がよくあるんだよね。
攻撃は最大の防御とは、よく言ったものだと思うわ。
そう思いませんか? <


       あ、これって一般論としてですからね。

01/04/2009(水) 11:05:35

No.5422  さき ホームページ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
↑↑
ぬまさんが言いたいことはわからないでもないけど、こういう風にまとめてしまったらここでは一般化しすぎな気がします。

身につけてしまった健やかさや喜びと逆行する「念」のエネルギーの使い方の癖を、どうしたら喜びの方に切り替えられるのかってことがテーマだと思うんです。

傍目からは攻撃にしか見えないくらい本人は必死になる。
そこにその人の「こうせずにはいられない!」っていう「念」のエネルギーが働いている。その次元を自分で意識できたら理性で切り替えられるけど、「念」はそうじゃないところで働いてしまうからやっかいなんだと思います。
攻撃したくてするわけじゃないわけでしょ。
理性的客観的に「そうだな」って切りかえられたら苦労しないと思うんです。

「念」のエネルギーの使い方の癖って、「そうせずにはいられない」というせっぱつまった思いで必死に自分にたたきこんで身につけたものだと思うんです。
たぶん幼い時期に味わった恐れや不安やかげりに根っこがあって、即物的ですごく身体に近い次元での、自分の方を見てほしい、愛情を向けてほしい、不安や恐れからのがれたい、安全や安心を得たいといった単純な気持が元になってる気がします。

それは自分にとって(動物的、生理的に)必要不可欠な欲求だから、必死になって喜びや安心を得ようと体を張って頑張って頑張って身につけるんじゃないのでしょうか。
自分がそうやって(いわば人生かけて)頑張って身につけた癖をつかって、人はその人になっていく。
だから、その「念」のエネルギーの使い方の癖とは別に、そこで自分が注ぎこんだエネルギー(頑張ったこと)を誰かにわかってほしいという思いが人間にはあるんだと思う。
それがわかってもらえずに、同じ「念」の次元で溜まっていくと、尚更素直に健やかさや喜びには向かいにくくなる、で、ますますわかってもらいにくくなる。。連鎖にはまってしまうのでしょうね。

何が言いたいのかわからなくなってきましたが、思ったのは念のエネルギーも、その癖も、否定的なもの、悪いものじゃないってことを言いたかったんです。
頑張ってきたからこそ身につけた癖です。
頑張った動機は(その元は)不純なものじゃないと思うんです。
そこは胸はってほしいです。
ただもし自分が、その癖を嬉しくないことに使ってるなと思ったら、その使い方を切り替えようとしたらいい。
その癖をつかって人にも自分にも喜びをもたらせるなら、そこはどんどん活かせばいい。
要は「念」のエネルギーも、身につけた癖も、使い方の問題なんだと思います。
だから、自分にもみんなにも嬉しいことに、それを使いましょうね!ってことです。
考えて思ってるだけじゃなくて、ちっちゃなことでも実際に使うことです。そんな風に使えたらやっぱり嬉しいんです。その喜びを実際に体感することで、やっかいな癖もきっと嬉しいものに変わっていきますよ〜。

01/04/2009(水) 13:28:52

No.5423  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用

まさに、さき殿のおっしゃるとおりです。
さすが、さきちゃん!!

まあ、ちょっと言わせてもらえば、僕も「念」のエネルギーを否定したり、悪いものだと思ってるわけじゃないのですが。
「人の一念、岩をも砕く」と言われているように、念のエネルギーというのは本当にすごいものだと思う。

「ひふみ神示」にも、「念が物を作り、動かすのじゃ」みたいに伝えられているしね。

だけど、いくら「念」のエネルギーがすごくても、本来のその人として表現していくべき姿=摂理に逆行していれば、結局は本人も周囲の人も苦しくなる。
念のエネルギーが凄ければ凄いだけ、苦しい現実を作り上げてしまう。
あるいは、もしも地上では何とかやっていけても、自分がCENSOREDばその歪みは全部自分にかかってくる。

だからせっかくの念のエネルギーを、自分も人も苦しくなるように使うのではなく、自分も人も幸せになるように使ってほしいし、僕も改めてそうしていこうと思う。

今までは、「どうしてか分からないけど、自分はいつもこうなってしまう。こうしてしまう。こうせずにはいられなくなってしまう」と思ってきたことの原因が、実は「念」のエネルギーだと分かってほしい。
分かるだけでなく、使い方を変えていってほしい。

「念」のエネルギーにも取り入れ方や、使い方があって、今からでも切り替えていけるんだということを知ってほしい。
自分でも抑えられない「念」のエネルギーが、病気や問題行動の元になっている場合が多いのだから、そこを調整すれば健やかさを取り戻していけるんだから。
自分ではどうにもならない場合が多いと思うから、躊躇せずに、遠慮しないで、ヒーリングを受けてほしい。
そして、みんな健やかに、幸せになってほしい。

ほんとに強く強く、そう思います。

01/04/2009(水) 16:43:50

No.5425  はる
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
☆飯沼さんへ

天然系ってよくわかっていますよ。私の一言で回りから笑い声でドッとわくことがあります。それは、ただのおばか系なだけで、とんちんかんがおもしろいみたい(笑)

☆みさおさんへ

みさおさん気にかけてくれてありがとう!
今回の定例会参加は一番の目的はみさおさんに会うこと。どんなにきれいになったのかって・・うん元もときれいだけど、少し痩せてスレンダーな顔立ちでふわっとした感じで髪がお人形さんみたいで美人になってたよ。。ひさしぶりだったもんね。。

私も元気になったら遊びにいこうね!

01/04/2009(水) 20:37:45

No.5426  春が来る
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
お酒のこと、書いてくださって恐縮しています。

実は、みさおちゃんと、「治ったら一緒にお酒で乾杯しようね!」と約束していました。
そして、その時、持って行くお酒は「小鼓」と、私の中で決めていました。

ずっと前、はっきりとは覚えていませんが、おそらく「地上人類の歩み」が出版された時だったと思います。
その時も定例会に「小鼓」を持って行ったのを、克子さんが覚えていてくれて、その後、仕事を終えた節目の時に、「『小鼓』を買ってきてお祝いしたのよ。」と話してくれたのを覚えています。

私の中での小鼓は、お祝いの席で打って奏でられる、というイメージです。

その「小鼓」を、ヌマさんの「治った」というコメントを見て、今回の定例会に持って行こう、と思い、「小鼓」という銘柄の中から2種類のお酒を用意しました。

でも、みさおちゃんにお酒を渡しても、「治った」と確信出来なくて、不安そうで、私に「今日飲むかは春さんが決めて・・・」と・・・。

くしくも、その日は「岩戸開き」の定例会。

私は、そのお酒に込められた意味をみさおちゃんに見せました。

そのお酒の一本は、小鼓の銘柄の中の「路上有花」(ヌマさん。正確には「地楽」ではなく「路上有花」です。 笑 )

「路上に咲く一輪の花に感動するような悟りを開く境地が味わえる酒」そんな思いをこめて命名されたものです。

「 正覚(悟り)に至る道は、荒行に耐えるだけではありません。路上に咲く一輪の花に感動した時でも悟りがあります。同じようにお酒を美味しいと感じた時にも悟りがあります。荒行・難行ではなく、日常の物事に感動する心を持つことが悟りへの近道かもしれません。」と説明書きにあり、それをみさおちゃんに見せました。
日常のささやかな事にも、もっと喜びを感じて欲しくって!そして、ここまで頑張ってきた事、治ってきた事を喜んで欲しくって!

私は「今日を喜ぼう!それから、治癒を確かなものにしようよ!そして、きょうは岩戸開きの日。」と言ってお酒を開けてもらいました。

もう一本は「天楽」

箱には、「無言丙心説」と書かれていました。

「言葉が無くとも心豊かになること数知れず」という意味の込められたお酒。

話している内、みさおちゃんが、「混ぜて飲みたいな〜。」と言ったのを聞いて、
ふと、「天」と「地(路上)」が混ざる・・・

『「天」と「地」のエネルギーが融合して、大きな力になればいいのに!』 と思いました。

みさおちゃん、「喜び」を身体中に染み渡らせて、「治癒」を確固たるものにしてね!

P.S. お酒の宣伝をするつもりはありませんので(笑)

01/04/2009(水) 21:11:59

No.5427  ツインズ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
さきさんのNo.5422を読ませていただいて、今までの自分と現在の自分の全てがわかったような気がしました。
何とも言えない深い共感を覚えています。自分を否定することなく、健やかな方向へ向かっていきたい。素直にそう思えました。

01/04/2009(水) 21:36:22

No.5428  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
☆はるさん

そうか分かってたんか、
と言いながら、
どこが頓珍漢だったのかは分かってないんじゃないの?
と、まだつっこんでみる。

☆春が来たさん

あ、そういうことでしたか。
今日、定例会の時にいろんな方からいただいた珍しいお酒のなかから「地楽」という銘柄を探したのですよ。
いくら探してもビンもなかったので、中身を飲んだ後のビンを誰かがお持ち帰えりしたのかな、なんて思ってました。
僕って、そういう思い違いが結構多くて、娘に叱られてます。
いずれはご飯を食べた直後に、「食事はまだ?」と何度も聞く老人になるのですかね?

☆のぶよさん・ひがしクン

ほや、そうでしたか。
お留守の間に掲示板の書き込みがたくさんになったけど、頑張って読んでね。
のぶよさん、念のエネルギー、絶対強いから!
自分も人も治してしまえるよ。

定例会の日に、しぃにプレゼントしてくれたしぃの絵、素晴らしかったです。
心をそのまま描き込むことが、ひがしクンにはできるんですね。
見たとたんに、しぃも僕も涙が出ました。
しぃは、マジ泣きでしたね。

01/04/2009(水) 21:38:53

No.5431  ひがし&のぶよ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
飯沼さん、
絵のこと褒めていただいて、ありがとうございます。
突然しぃちゃんの大きな眼からやはり大粒の涙がボロボロッとこぼれるのがとてもはっきりと見えました。ヌマさんも泣いてくれました。本当に心が通じたんだなぁと思って嬉しくなりました。
もう1枚も、今苦戦中です、楽しみにしていてくださいね。
花束どうもありがとうございました。嬉しくて今もしげしげと見ています。(ひがし)


いろいろ配慮が足りなくてご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。
頑張って掲示板読みます。
念のエネルギー強いですか〜?
毎晩、薄暗い所で飛び回ってるのが見えるのですが、エーテールエネルギーかなぁ・・・。
治りたいです。
飯沼さん、皆さん、よろしくお願いいたします。(のぶよ)

01/04/2009(水) 22:28:47

No.5432  さき ホームページ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
どっちでもいいけど。。
定例会の時に「地楽」ってお酒ありました。
たぶん、春が来るさんが持ってきてくれたお酒とは別にどなたかが持ってきてくれたものだと思います。
日曜日に「天楽」ともうひとつ「地楽」の両方のお酒のビンがあって、天と地だと思ってびっくりしましたもの。
偶然そろったんだと思います。

01/04/2009(水) 23:21:33

No.5433  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
>日曜日に「天楽」ともうひとつ「地楽」の両方のお酒のビンがあって、天と地だと思ってびっくりしましたもの。
>偶然そろったんだと思います。


エーっ、さきさん、「地楽」って銘柄のお酒もあったの?
間違いない?
「路上有花」という銘柄のお酒はあるんだけどね。
「地楽」というのはないんだよね。
明日、また探してみよっと。
だけど、これ以上どこを探せばいいのやら・・・。
あったら凄いね。
というか、間違いなくあったのなら、それがなくなってるのも凄いけど。
いや、なくなってるのは凄いと言うより、「地の岩戸開き」がまだ完了していないという意味に解釈できるから、ちょっと問題だね。

しつこく確認するけど、さきさんの思い違いじゃないんだよね?

01/04/2009(水) 23:33:43

No.5434  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
さきさん、もしかして、エイプリルフール?
まさかね?

01/04/2009(水) 23:36:41

No.5435  さき ホームページ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
もう4月1日は終わりだよ〜。
「地楽」ってあったよ。さっき検索したら小鼓の「地楽」ってあった。そのビンを見ましたもの。探してみてね。

01/04/2009(水) 23:50:30

No.5436  オレンジ
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
あと2本のお酒はひらりさんだと思いますよ。
丸ちゃんがあまり飲まないので持って来られたと直接ひらりさんから聞きました。

02/04/2009(木) 14:18:32

No.5438  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
>あと2本のお酒はひらりさんだと思いますよ。

はい。
ひらりさんからは3本セットの箱入りのお酒を差し入れていただきました。
今回の定例会は他の方からもお酒の差し入れがありましたし、前の定例会の時に差し入れてもらったお酒も出ていた可能性もあります。

やっぱり「地楽」のビンは、どこを探してもないんですよ。
さきさんは定例会の翌日に、僕の仕事部屋の座卓の上にあったのを見たそうです。
何本かのお酒が僕の部屋の座卓の飢えにあったのは僕も記憶していますが、銘柄は見ていません。
さきさんは、「天楽」の包み紙のこともしっかりと記憶していました。
「路上有花」は青い綺麗なビンだったと、これに関してもさきさんの記憶は確かでした。
「路上有花」を「地楽」だと勘違いしていたのではないそうです。

「地楽」については、ベージュ色のラベルに癖のある字で「地楽」と書いてあったことを記憶していて、昨夜検索で「地楽」の画像を見たときに、「やっぱりあった。定例会の時、私はこれを見たんだから」と思ったそうです。

日曜日にみさおさんが、「路上有花」の説明を書いた紙を見せた時も、「春が来たさんが差し入れてくれたのは『路上有花』と『天楽』で、それとは別に『地楽』という銘柄のお酒を誰かが持ってきてくれていて、『天楽・地楽』が揃ったことがスゴイ」と思ったそうです。
さきさんの記憶にブレはありません。

しかし、どこを探しても「地楽」のビンはないんですよね。
誰かが持って帰ったなんてことはありえないし、そもそもさきさんが「地楽」のビンを見たのは日曜日でしたから。

そういえば、前にもどこかに書きましたが、15年ぐらい前にも、神棚に掛けていたお守りが消えたことがありました。
克に出会うまで、僕はひとりでヒーリングをしていて、出雲の須佐神社から送っていただいたお守りに長い紐をつけて、首から掛けていました。
入浴の時にはそれを神棚に掛けていたのですが、たまには風呂から上がってもお守りをつけるのを忘れることもありましたが、とても大事に扱っていたのです。
克と出会ってしばらくした頃、「双方の髪を交換し、新しいお守りに入れて、身につけるように」というインスピレーションがあって、その時僕は「じゃあ、今までのお守りはどうするんだ?」と強く思いました。
その時、お守りは神棚に掛けていたのですが、見るとなくなっていたのです。
どこを探しても、結局みつかりませんでした。
それでも探し回っていると、急に体が押し潰されるように動かなくなって、「探す必要はない」と納得するしかありませんでした。

そんなこともありましたし、皆で出雲の須佐神社に行った時の「(天の)岩戸開き」の時の写真は、時空が歪んでいるとしか思えない写真でした。
出雲からの帰りに、「今回のことは神事(かみごと)でした」とインスピレーションで伝えられました。
写真が現像されたのはその数日後のことです。

まだ分かりませんが、今回も「(地の)岩戸開き」のエネルギーが何らかの形になったのかもしれません。

02/04/2009(木) 16:38:56

No.5439  春が来る
Re: 定例会お疲れ様でした 引用
ヌマさんが、「地楽」と「路上有花」を勘違いされたのではなかったのですね。
失礼しました。

何というか、不思議な感慨深いものを感じます。

私は、いつも差し入れをしているわけではありません。

定例会も毎回出席しているわけではありません。
今回も二女が春休みで帰ってきていて、自動車学校に通っていて、ストレスを感じているという状況で、主人もその日は出張の予定だったこともあり、間際まで、出欠を決めかねていました。

でも、克子さんのメッセージを読み、「行きたい」と強く思い、決めた22日の夜に、みさおちゃんの治癒と岩戸開きのお祝にと思ってお酒を頼みました。
でも、注文から一週間かかると書いてあったので、間に合わないのではないか、と思い、木曜日には、「天楽」が手に入らないか、心あたりの方に聞きもしたのですが、その時点では、その人も無理だと・・・

そして「天楽」が届いたのは、定例会がある日の午前中でした。

02/04/2009(木) 17:51:35


No.5403 飯沼 ホームページ E-mail
昨日の定例会のこと 引用

28日の定例会には大勢の皆様にご参加いただき、「地の岩戸開き」を行なうことができました。
遠方より初めてご参加いただいた方々や、懐かしい顔、いつもの顔ぶれと、私にはとても心強いメンバーでした。
昨日は参加できなかった方々からの応援・共鳴も感じながらの「地の岩戸開き」でした。
無事、完了させることができて、心からの安堵を味わいました。
予定通り、武道家のスパーじいさんには、丹田呼吸法をご教授いただきました。
本当にありがとうございました。

第2部においても、ご参加くださった皆さんおひとりおひとりと、あまりお話できませんでした。
状況からはやむを得ぬこととは言っても、残念でもあり、申し訳なくもありました。
また、関東から初めて、車で駆けつけてくださり、その日のうちに帰らねばならない治療家のNさんに、長時間にわたって施術をさせたという無礼があったことを、今日になって聞きました。
初対面のNさんを、懇親会の場でそのような形でお使い立てしてしまった失礼を、主宰者として大変申し訳なく、また恥ずかしく思います。
私からNさんにお詫びいたします。

堀江からも伝えられていたように、「地の岩戸開き」が実際の形になるかどうかは、これからの私たち次第です。
かげりを深め、混迷する地上界の浄化、地上人類の霊性進化に向けて、「我よし」を越えて、ヒーリングの力をさらに高めて、「皆も自分も幸せに」をはっきりとした形にしていきましょう。

29/03/2009(日) 21:12:16


No.5404  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 昨日の定例会のこと 引用

Nさんから、「私は全く気にしていませんし、大丈夫ですよ」というご連絡をいただきました。
Nさんは東京で開業しておられる整体師さんです。
技術だけでなく、エネルギー的にも非常に優れたヒーラーであることは、Nさんとさきさんと私でエネルギーを共鳴させたことによって、私も十分に確認させていただきました。
Nさんに施術をお願いした人も「ものすごく気持ちがよかった。楽になった」と言っていたと、昨日聞きました。
それについては、本当にありがたいと思いますし、よかったと思います。

しかし、それでよいはずはないのです。
「相手にとってどうなのか」という視点を抜きにしては、調和も幸せも成り立ちません。
遠方から定例会に参加してくださった初対面のNさんに施術をお願いし、周囲の人から注意を受けても取り合わずに、続けさせてしまったことは、その本人にとって大きな課題が浮き上がってきたと思います。
自分が相手の立場・状況だったらどうなのかを考えることは、健やかさの基本です。
こういう場でこのような指摘を受ける不愉快さは私も承知の上ですが、そこで心をかげらせずに、本当の元からの健やかさに立ち戻る喜びの機会としていただきたく、あえて書いています。
ここで心をかげらせるのか、健やかな喜びに向かうのかが、肉体の健やかさ・人生の幸せに向けた大きな分かれ道だと思うからです。

今回の定例会のテーマは、「(地の)岩戸開き」でした。

人間は、自分でも意識できないところで「念」のエネルギーを使い、それが実際に肉体や好意行動、物質や現象を形作っている。
そのエネルギーはしばしば摂理(愛や調和や真実)に反する使われた方をしてしまう。
自分のありのままの(本来の・本当の)感情とも相反する形で、全く自分勝手に使ってしまうことも珍しくない。

「念」のエネルギーそのものには意味はなく、「顕現する・具体的な形にする」ということに使われるエネルギー。
人間はしばしば、「念」のエネルギーを摂理とも無縁に、自他の喜びとも反して、自分の使いやすいように、自分の思い癖のままに使ってしまっている。
それこそが、病や不調和やトラブルや不幸せの重大な原因である。

その「念」のエネルギーを、霊的エネルギー(摂理・愛・思いやり・調和協調=自分にも相手にも嬉しいように)に融合させ、摂理に沿った使い方をしていこう。
自分の魂の意志と念のエネルギーを融合させて、「何がなんでも魂の意志を形にしながら日々を生きていこう。そうすれば必ず幸せになっていける」というものでした。

「念」として使われるエネルギーの解説や、自分も人も癒し(治し・直し)、喜びや幸せを形にするための使い方、無尽蔵にあるそのエネルギーの取り込み方などを一緒に学びました。

「念」はしばしば、自分の理性や感情ともつながらないで動き、形を成してしまいます。
本人にはなかなか意識できない場合が多いということです。
だからこそ、「人間は摂理を体現するために肉体をまとった霊として地上に生きる存在なのだ」という強い自覚が必要なのですし、「何がなんでも、魂の意志(愛・真実・調和)に沿って、日々を生きるのだ」という強い意志が求められるのです。
それでこそ、魂の喜びは顕現され、生身の人間としての幸せも手にできるのです。

非常に強い念のエネルギーを発揮して、一時的に摂理に反したことを現実化したとしても、結局は摂理に反しきることはできません。
ですから、たとえば自分が得をするために(損をしないために)念のエネルギーを使ってうまくやっても、結局いつかは利子をつけてその埋め合わせをさせられることになるのです。
別の意味から言えば、念のエネルギーを摂理に沿わせることによって、病も治る原理です。

今の自分の病やトラブルや喜びではない状態は、自分があまり意識できないところで強力に使ってしまっている「念」が形を成して、現実化している可能性が高いということでもあります。
それは意識できているかどうかに関わらず、自分が慣れ親しんだエネルギーの使い方であるだけに、本人だけではなかなか切り替えていくことが難しい場合が多いのでしょう。

私たちも、今までよりもさらに大きく強力なヒーリングエネルギーを獲得できつつあります。
どんな病や、どんな悩みやトラブルや不和・不調和にも作用し、治し、癒していけるエネルギーです。
全部をすぐに一発でというわけにはいかないかもしれませんし、治る過程や期間がその人の魂にとって必要な場合もあるのです。
しかし、そこで心をかげらせず、諦めることなく治癒や幸せを信じていけば必ず治り、もしも治らない場合でも必ず幸せを実感できるのです。

病を治し、不調和を調和して自分も皆(相手)も幸せになっていくことは、個人の喜びに留まらず、地上界の浄化のひとつの現われでもあります。

人によってふさわしい時期はあるけれど、時には停滞や逆行もあるけれど、人間は必ず魂の意志の顕現に向けて変わっていくのです!
私はそのことを信じて疑いません。
なぜなら、それこそが大いなる摂理であり、実際に、関わる方たちが変化し輝いていく事実を数えきれないほどに見てきたからです。

今回の定例会を経て、私たちも改めて意志を高め、新たな意欲に燃えています。
悠々塾で学ぶ仲間たちが、スーパーヒーラーに育つ日が近づいています。

どんどん治していきますよ!
私が忙しいからと、ヒーリングの依頼を遠慮なさる方が多いと聞いています。
忙しいのは確かですが、「個も全体も癒す」のが私の魂の意志です。
経済的に困窮しておられる方は、お申し込み時にそう言ってください。
私もほとんど全く余裕のない経済状態なので料金をいただけると助かりますが、お金のためにこの働きをしているのではありません。
癒しが優先であり、「困った時はお互いさま」で構わないのです。
とにかく、どんどん治していきたいのです。
治りたい方、幸せになりたい方はどうぞご遠慮なく、直接ヒーリング・遠隔ヒーリングをお申し込みください。

自分の病を治し、自分の心が健やかになって人と喜びを交し合えることは、決して自分だけの喜びではなく、皆の喜びになるのです。
病やかげりや対立や抗争・紛争が充満しているこの地上界を、健やかな喜びで満たしていくことが、地上界の浄化なのだと思います。
病を抱えておられる方、悩みやトラブルを抱えておられる方は、躊躇することなく、自分のためにも皆のためにも病を治し、健やかな幸せに満たされて生きていきましょう!

☆出張ヒーリングを兼ねたミニ勉強会や懇親会なども、お声を掛けていただければ喜んで出向かせていただきます。
直接ヒーリングは、お1人1時間半で1日お2人までが集中できるのですが、お1人1時間で5名までなら可能です。

30/03/2009(月) 14:53:40

No.5405  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 昨日の定例会のこと 引用

☆ひふみ神示
地(くに)つ巻 第十六帖 (一五三)

 神が臣民の心の中に宝いけておいたのに、悪にまけて汚して仕まうて、それで不足申してゐることに気づかんか。
一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか。
それはまだよいのぞ、神の面(めん)かぶりて口先ばかりで神さま神さま てんしさま てんしさま と申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな臣民一人もいらんぞ、いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ、犬猫は正直でよいぞ、こんな臣民は今度は気の毒ながらお出直しぞ、神の申したこと一分一厘ちがはんのざぞ、その通りになるのざぞ。

うへに唾(つば)きすればその顔に落ちるのざぞ、時節ほど結構なこわいものないぞ、時節来たぞ、あはてずに急いで下されよ。
世界中うなるぞ。
陸が海となるところあるぞ。
今に病神(やまいがみ)の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ、今に重くなりて来ると分りて来るが、その時では間に合はん、手おくれぞ。
この方の神示(ふで)よく腹に入れて病追ひ出せよ、早うせねばフニャフニャ腰になりて四ツん這ひで這ひ廻らなならんことになると申してあらうがな、神の入れものわやにしてゐるぞ。
九月二十三日、ひつ九のか三。
(改行は飯沼がしました)

30/03/2009(月) 17:28:56

No.5406  はる
Re: 昨日の定例会のこと 引用
定例会で旋術を受けたのは私です。定例会当日悲鳴をあげるほど体調が悪い状態で参加したのが悪かったのか、整体師とお聞きしNさんのご行為に甘えてしまった自身の行為を恥じています。
Nさん、参加者のみなさんすみませんでした。
相手のことを思いやる心が私には足らないと思います。
飯沼さんのおっしゃるとおりです。自分勝手だと反省しています。
自分さえよければの考えが(心の癖が)病を増幅させているのでしょう。嫌な思いをさせたことお許しください。

30/03/2009(月) 19:38:34

No.5407  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 昨日の定例会のこと 引用

はい。
Nさんと懇親会で話をした成り行きでNさんの方から施術をしてくださったのかもしれませんが、後で聞いた話でははるさんが離れた席からNさんのところに行って、別の部屋で施術をしてもらいながら他の人と話をしていたとのことだったので、こういう厳しい指摘になりました。

Nさんご自身からは「気にしていません。楽になったようでよかったです」との連絡をいただいています。
ですから、僕ももうこれ以上は問題にするつもりはありません。

はるさんの根本からの気づきと、これからの変化によって、今回のことは本当の意味で「よかった」ということになるのだと思います。
こういう場での指摘で、お互いに嫌な思いをしたのですから、何としてもはるさんも岩戸開きをして、元の健やかさのはるさんに還ろうね!
それを願うからこそ、はるさんのしんどさを分かった上で、あえてこんなに厳しいことを書きました。
はるさん、ごめんね。

体にも心にも無理をさせる必要はないけれど、心も体も健やかになることを信じきりましょう。
それが結局は、今のはるさんの苦しさを、周囲の人たちにも分かってもらいやすくするのだと思います。

30/03/2009(月) 20:24:36

No.5408  はる
Re: 昨日の定例会のこと 引用
飯沼さんの厳しい言葉の裏に私に対するやさしさを感じています。
ただ、身体が厳しい中で前向きにエネルギーを使って何かをするのは、余裕もなく大変です。時と場所を考えてのことですが、助けをどこかに求めたくなります。
Nさんは頑張り過ぎないでゆったりと時間を過ごしたほうがいいと言われました。つっ走ってきた私にとって気持ちが楽になりました。
こうありたい自分に向かって、課題に沿って生きていくのは、非常に重荷に感じ、反対に心を翳らせているようです。
「本当に私はこれをしたいと思っているのか」と問いながら、気持ちのいい方へ動いていきたいです。
これって間違っているのでしょうか?

30/03/2009(月) 20:53:59

No.5409  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 昨日の定例会のこと 引用

はるさんの気持ちは、それはそれで構わないと思うのです。

課題はメッセージ等によって提示されるから「課題」として認識できるのかもしれませんが、実際には、日々、自分の越えるべき問題点(つまりそれが課題です)を抱えながら、人との関わりにおいて「自分の問題点=課題」を表現しながら、人間は生きているのです。

課題を越えるためのメッセージに沿って生きようとしているから重荷に感じるのでしょうか?
もしもそうなら、自分の課題を知る前は、重荷に感じることもなく、心をかげらせることもなかったのでしょうか?
そうではないだろうと、僕は思うのです。
「課題」を意識しようがしまいが、自分の課題というものは自分の一部としていつも引きずっているもので、だから、なすべきことができなかったり、嬉しくないことが起きたり、不調和を調和できずにこじらせていくことになるのだと思うのです。

そもそも人間は越えるべき課題があるからこそ、この地上に生まれてきていると、僕は思っています。
そして、人間というものはあまりにも未熟すぎるので、地上にいる間は完全には程遠いレベルでの学びを続ける存在です。
つまり、人生の全科目で全部100点は取れっこないのです。
まして僕ら人間は、過去世で赤点のままでその人生を終えているのです。
つまり、自分の魂にふさわしく生きることができなかったから、今こうして地上に再生しているのです。
皆、その程度のものなんですよ。

だから、少しでも向上できたところを自分で喜んでいかなければ、息切れしてしまいます。
喜びこそが心身の健やかさの元になるのですし。
しかしそれも重荷なら、自分の思うようにすればよいのです。
「こうありたい自分に向かって生きることが重荷だったり、心をかげらせるのなら、きっと今は「こうありたい」とは思っていないということでしょう。
本人が願っていないことを誰も強制することはできませんし、聞き入れる必要もありません。
基本的には本人の自由です。
もちろん、その責任は本人が自分の人生として背負いながら、それに見合った人間関係のなかで生き、地上を離れてから改めて清算することになるのです。

「本当に私はこれをしたいと思っているのか」と問いながら、というのはどうなんでしょうね?
喜びというものは、頭で考えるものではないと僕は思っています。
「気持ちのいい方へ動いていきたい」というのは間違いじゃないと思いますよ。
ただ、その場合にこそ、人の気持ちや状況との兼ね合いが必要になるでしょうね。
頑なな遠慮ではなく、ゆったりとした心遣いというものがなければ、楽しく和やかな人間関係は築けませんから。

もうひとつ、これが定例会のテーマでもあったのですが、「念」というものは、気持ちのいい方にだけ使うのではなく、むしろ「自分の気のすむように」使ってしまうことがよくあるものです。
それはしばしば自分にとっても喜びではなく、どうみても自分の快にもなっていないのに、本人は今まで使い慣れてきた「念」の使い方に終始して、本人も周囲も不快になっている場合が少なくありません。
「念」のエネルギーの使い方が間違っているのです。

だから、「念」のエネルギーを「自分にも人(相手)にも嬉しいように使っていくことを強く意志し、「何がなんでも自分はそうできる」と信じ、「何がなんでも自分はそうするんだ」という念を高める定例会だったのです。

ちょっと分からないというか、はるさん自身でたどってみてほしいので、質問しておきます。
僕への回答を求めているのではありませんので。

>Nさんは頑張り過ぎないでゆったりと時間を過ごしたほうがいいと言われました。つっ走ってきた私にとって気持ちが楽になりました。

ということは、はるさんに向かって「ゆったりとした時間など持たずに頑張って、突っ走りなさい」と言う人が今もいるということでしょうか?
そういう人がいたとしても、実際にはすでに遠い過去のことで、今ははるさんの「念」の使い方によって、過去の幻影に実体を持たせているだけではないのでしょうか?

30/03/2009(月) 22:12:58

No.5414  はる
Re: 昨日の定例会のこと 引用
こんなにいろいろと飯沼さんが私に心の傾向に対して指摘や注意をしてくれるの始めてですよね。良く頑張っていると誉め言葉はありましたが・・・
今の職場でいろいろ自分の行動や言動に対して注意をしてくれ、人間関係をつくっていくのってこういうことなんだと学ぶことがたくさんあり、この年で人から言われるのはとてもつらいことなんだけど、言ってくれて気づかさせてもらうことに感謝をしています。自分では勢いっぱい人との関係を築いているつもりでも、なんとなく気まずくなったり、わだかまりができたりで自分で気づかないことがたくさんあった。

人との気持ちや状況との兼ね合いが必要なのに自分の気持ちを優先させて行動することだったり、相手に対して変に遠慮があってゆったりした心遣いが足らなかったりだったことがが原因なんですね。

「岩戸開き」「念」とか文章を何度読んでもピンとこないので理解が悪いのかな、それとも時期が未だきていないのかなとも思いますが、こんな劣等性でも引きずられながらなんとかついていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

Nさん、定例会ではお疲れのところ大変申し訳ありませんでした。でも出会えてよかったです!日曜日は大変でしたが(好転反応)きょうは本当に楽になりました。ありがとうございました。この場を借りてお礼を申し上げます。
Nさんは立派な治療家です!

31/03/2009(火) 19:52:12

No.5415  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 昨日の定例会のこと 引用
☆はるさん

了解です。
これからも一緒に進んで行きましょう!!

31/03/2009(火) 20:26:05

No.5424  ひがし&のぶよ
Re: 昨日の定例会のこと 引用
書き込み遅れて申し訳ありません。昨日まで出かけていて先ほど掲示板読み、事の重大さを認識しました。
定例会の日、私もNさんに施術していただきました。始まって少し経って確か「遠くから来た人に無理させたらいけない」と注意を聞き、Nさんに尋ねると「車で9時間です」と言われ、びっくりして、ここまででいいですと言いました。Nさんは「バランスがあるので、そこだけやっておきます」と言って下さり、そのまま甘えさせていただきました。その後途中から夫も加わって、Nさんのリューマチ患者さんたちのお話をお聞きしました。
Nさんに施術していただいて楽になったらいいなという気持ち強かったと思いますが、遠くからこられた而も初参加の方に対する配慮が欠けていたと思います。
Nさん、主催者の飯沼さん、参加された皆様、本当に申し訳ありませんでした、心からお詫びします。
Nさんには丁寧に親切に施術してくださって本当に感謝していますと同時にNさんの事情を配慮するよりも自分の気持ちを優先させてしまったと思います。本当にごめんなさい。(のぶよ)


途中からリューマチの話をのぶよと一緒に聞きました。ひとつひとつ丁寧に答えて下さり誠実な方だと思いました。ことの事情についてよく分からず、結果的にNさんに負担をかけてしまいました。お詫びします。(ひがし)

01/04/2009(水) 19:40:03

No.5429  ひがし&のぶよ
Re: 昨日の定例会のこと 引用
あれから色々なことがあって、記憶を呼び戻しながらですが、
Nさんが帰られる時、遠いし車だし、お気をつけて、ありがとう、の気持ちで、玄関前に立っていたました。
その時主催者の飯沼さんにNさんに施術していただいとことを伝えれたらよかったのに、やはり私にはそこまでの配慮がなかったと思います。申し訳ありませんでした。(のぶよ)


ぼくもいっしょにそこにいてNさんを見送りましたが、そこまでの配慮は及びませんでした。至らなさをお詫びいたします。(ひがし)

01/04/2009(水) 21:46:35

No.5430  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 昨日の定例会のこと 引用
☆ひがし&のぶよさん

返信、さきさんが書いたスレッドに入れてしまったわ。

>その時主催者の飯沼さんにNさんに施術していただいとことを伝えれたらよかったのに

その時に聞いてたら、僕も「そりゃよかった」って言ってたかもです(笑)
とにかく、気持ちを縮めないで、エネルギーを切り替えて、全力噴射しようね。

01/04/2009(水) 22:25:10

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