18日の夕方6時半頃に大阪南港を出航したフェリーは、予想よりは乗客が多かったといっても、それでもとても空いていました。 一人で行くならやはり寝台が気を使いませんが、1等以外の寝台は男女別室。 今回はさきさんといろんな話をしたかったので、2等の一般席にしました。 1人当たりのスペースがとても狭く、乗客が多ければ巨漢の私は完全にはみ出してしまいます。 空いていたので1人で2人分以上のスペースを確保できて、寝台よりもはるかにゆったりでした。 天候も安定し、瀬戸内航路なので、船もほとんど揺れません。 エンジンの絶え間ない振動と全身に響く重低音が、日常からはるか離れた気分にさせてくれます。 携帯の電波が不安定で、電話やメールの応対にはちょっと不自由しました。 克から改めて伝えられた「岩戸開き」のことでなかなか眠れず、掲示板へのコメントを携帯に打ち込んだり、夜の海を見たりしながら少し眠りました。
翌朝5時半に船内で朝食、6時40分に別府港に到着。 別府は高校の修学旅行以来でした。 さすが温泉の町、港まで温泉の匂いが立ち込めています。 JR別府駅までバスに乗り、延岡行きの特急まで2時間近くあったので、駅の近くの「高等湯」という自治会経営の温泉に入りました。 入浴料はなんと300円。 建物は大正時代の感じで、風呂もかなり古いものでしたが、お湯は気に入りました。 湯治客用の宿泊個室は1泊2500円という看板に気持ちが動きました。 狭い玄関で待っていると、髪の毛からしずくが垂れそうなさきさんがリュックを背負って出てきて、思わず笑ってしまいます。 脱衣場にドライヤーも鏡もない、共同温泉なのです。 本人が言うには「禊(みそぎ)だから、髪の毛も洗った」とのことでした。 別府駅の喫茶室でコーヒーを飲みながら、「岩戸開き」の話をしているとあっという間に時間が過ぎ、宮崎行きの特急に乗り込みました。 延岡までは2時間あまりです。 別府で買って、電車の中で食べた温泉卵の美味しかったこと!
高千穂行きのバスの本数が少なく、1時間に1本あるかないか。 次のバスが20分後とのことで、それに乗らなければその1時間後になるので、延岡駅のうどん屋さん「弁慶うどん」で大急ぎで昼食を済ませました。 駅のうどん屋さんなのに、感激するほど美味しい店でした。
延岡から高千穂までは1時間半あまり。 旧型のバスで、私は足が前の座席につかえて座ることができません。 仕方なく一番後ろの、横長の座席の真ん中に座りました。 そこは前が通路で座席がないから座ることができたのですが、つかまるところがなく、舗装はされているもののとんでもなく曲がりくねった山道なので、座席からずり落ちそうになるのを足に力を入れて踏ん張らねばなりませんでした。 規格外れの私はこんなところでも苦労するのです・・・。
高千穂は美しい山間地。 山も谷も川も曲線的に折り重なる棚田の感じも、関西とは違っていました。 まあ、棚田を上から見ることは滅多にありませんし。 高千穂では、バスセンター前の喫茶店に荷物を預ってもらい、地域のコミュニティバスに乗って、岩戸神社に向かいました。 旅先の路線バスは地域の人たちが乗っているので、それだけでそこの雰囲気を感じられて私は好きです。 マイクロバスのなかでは明るいおばあさんに声を掛けてもらいました。
岩戸神社に併設されている資料館には、縄文や弥生の遺物がかなり無造作に展示されていました。 高千穂には、陣内遺跡という縄文の遺跡があるのです。 出土している弥生土器は、北九州式のものだとのことでした。 岩戸神社では、宮司さんの案内で「天の岩戸」を遥拝できます。 と言っても、「天の岩戸」と呼ばれる洞窟は、川の向こう側の崖にあるので、木の陰になっています。
そこから少し歩いたところに「天の安河原」と言われている場所があります。 天の岩戸に籠もってしまった天照大神をどうして引き出すかを、神々が相談したという場所です。 そこには間口20メートル、奥行き30メートルの大きな洞穴があり、小さな社がありました。 人は誰もいません。 その洞穴で、さきさんと、「岩戸開き。たまき(魂喜・魂輝)、あまねく人々に」と丹田から声を発してゆっくりと3度唱えました。 後でさきさんも同じことを言っていましたが、体に不思議な振動が起こり、足元がふらつきそうになりました。 それだけではなく、私は左の頸から背中にかけて、体のやや内のほうで振動しながら何かが流れるような感覚がはっきりとありました。 あるいはそこで流れが詰まることによる違和感なのかもしれませんが、最近の遠隔ヒーリング中にもあったものより数倍強い感覚でした。。
また岩戸神社に戻り、同じ言葉を唱えて参拝しました。 宮司さんの話では、岩戸神社の大きな銀杏の木はとても珍しい種類で、同じものは諏訪大社にしかないとか。 諏訪大社は縄文系(出雲系)の拠点なので、不思議でどこか嬉しい気がしました。
バスの時間が合わなかったのでタクシーに来てもらい、高千穂神社に向かいました。 ドライバーさんがいろいろと説明してくれるので、「天孫降臨神話は実は渡来人(弥生人)が縄文人を征服したことの、弥生人側からの正当化であるという説は、地元の人たちは聞いたことがあるのでしょうか?」と尋ねてみましたが、「そういう話は聞いたことがありません」とのことでした。
高千穂神社は、さきさんが前に行った時にとても怖い・気持ちが悪いと感じたと言っていました。 行ってみると確かに異様なエネルギーが漂っています。 境内が暗いということもあるのかもしれませんが、たとえば大江山の元伊勢神宮なども木々が繁って暗いのに、こういう感じは全くありません。 言葉にすれば語弊がありすぎますが、ある種の妖気が漂っているのです。 いつもは飛び跳ねているさきさんなのに、ここでは一人では歩けないほどに怖がっていました。 由緒書きや他の資料を見たら、『高千穂神社の主祭神は三毛入野命(ミケヌノミコト)、神武天皇の兄弟。主祭神である三毛入野命が悪神「鬼八」を退治したとされる伝説がこの地方には残り、ゆかりの「猪掛祭」は今も受け継がれている」とのことです。』
長くなるので端折って書きます。 旅から戻って急遽取り寄せた、「天皇家の“ふるさと”日向をゆく」(梅原猛)を斜め読みしました。
「天孫降臨」したニニギノミコトはアマテラスの孫に当たり、アマテラスの夫はなぜか記載されていません。 古事記・日本書紀によれば、「天孫降臨」したニニギノミコトのひ孫に4人の男子がいます。 4人の兄弟は、高千穂・日向から大和地方の征服に向かいます。(神武東征) すでに大和を治めていた長脛彦(ナガスネヒコ)軍に破れ、紀伊半島に上陸して再度大和に向かいます。 長男は戦さで死亡し、4男の神倭伊波礼琵古命(かんやまといわれひこのみこと)が初代天皇として(神武天皇)今の奈良・橿原神宮で即位します。 次男も3男も何となく死んだことになっていますが、戦死ではなく、兄弟間での勢力争いがあったのかもしれません。 梅原さんもそういう説のようです。
高千穂神社は、死んだはずの3男の三毛入野命(ミケヌノミコト)が故郷の高千穂に戻り、「鬼八」という鬼を切り刻んで殺したことと関連している場のようです。 鬼八とは1人ではなく、ましてや鬼などでもない、おそらくは縄文系先住民たちのことでしょう。 「天孫降臨」の後も、熊襲・隼人と呼ばれる西南九州の先住民は何度も反乱を起こしています。 「天孫降臨」した弥生人の主力が日向から大和に向かったことで、高千穂でも先住民が勢いを盛り返していたのでしょう。 鬼八征伐というのは、個人ではなく、縄文系の先住民たちへの武力弾圧だったはずです。
それはあまりにも残虐だったようで、鬼八の怨念によってさまざまな祟(たた)りが起きたという伝承、その後数百年間も実際の人間を生贄として捧げてきたという歴史があるそうです。 神社は祟り鎮めの目的で建立される場合が少なくないのです。 激しい戦闘で気が荒くなり、弟から排除された三毛入野命(ミケヌノミコト)の鬱憤晴らしでもあったかもしれません。 有名な高千穂神楽も、殺戮された人々の霊を鎮めるためではなかったかと梅原さんも暗に書いていたような気がします。
私たちが高千穂に行っている時にはそこまでの知識はなかったのですが、三毛入野命(ミケヌノミコト)の鬼八退治の由緒書きを読んで、「考えられるとすれば、それに関連した妖気だろう」と話しました。 高千穂神社の妖気は、おそらくは三毛入野命(ミケヌノミコト)の激情と鬱屈した支配欲や、残酷な形で殺された側の人々やその家族たちの思いに引き寄せられた暗いエネルギーが寄り集まっているのかもしれません。
こういう史実・伝説を何も知らないのに、さきさんは数年前に高千穂神社のエネルギーを感じ取っていたのですから、さすが喜びの通路となる霊媒だと思いました。 心の喜びや調和をベースにしているからこそ、その場に引き寄せられている暗い想念に違和感を感じ、反応するのですから。 高千穂神社でも、全身全霊で「岩戸開き。魂喜、あまねく人々に」と唱えました。 その途端、今までの何ともいえない妖気が軽くなったように感じました。 さきさんも同じように感じたそうですから、私の勝手な思い込みではないように思います。
それから、高千穂峡に歩いていきました。 高千穂峡は写真で見るほうが綺麗だと思いましたが、とても気持ちの良い場所でした。 さきさんはボートに乗りたがり、釣堀で魚釣りをしたがっていましたが、いずれも却下。 タクシーにきてもらってバスセンター前の喫茶店で荷物を受け取り、宿まで歩きました。 高千穂の宿は、ネットで見つけて予約したところで、かなりハズレでした。
まだ終わらないので、続きはまた書きます。 |
23/02/2009(月) 19:54:43
| No.5301 さき |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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ぬまさん、続きと梅原さんの本の紹介ありがとうです。 「鬼八征伐」という話があったんですね〜。 私が高千穂神社に行ったのはもう8年も前です。 なんともいえない怖さ・気味悪さを感じて、自分の思いすごしなのかな、気のせいかなと思いながらも、よっぽどだったんですよね。高千穂神社は怖い感じがしたってずっと言ってましたもの。 今回、ぬまさんがここは異様、おかしい、何かあるはずだと言ってくれたんで「やっぱり!」「そうでしょ!」って連発してました。 背中がゾクゾクする感じで身体が震えて、境内で何度も「怖い」「怖い」って言わずにいられなかったです。 一緒に克子さんから伝えられた言葉を唱えたら、すっと軽くなって震えが止まって、ほっとしました。 「鬼八征伐」の話で納得です。
ぬまさん、高千穂峡は綺麗なところだったね。 たぶんボートから見たらもっと綺麗だったよ〜♪
高千穂はきり立った深い谷をわたりながら入っていった深い山の奥に開けている地域で、谷の間に間に棚田や集落が広がっていて、きっと豊かな縄文系の人たちの村があったんじゃなかなって話していました。 |
23/02/2009(月) 23:30:52
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| No.5302 あきら |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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さきさん可笑しいね。 ちょっとした物語を読んでいるようで、続きが楽しみです。 |
23/02/2009(月) 23:37:20
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| No.5305 ちぃ |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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>ちょっとした物語を読んでいるようで、続きが楽しみです。 うんうん、私も引き込まれながら読ませて頂いています☆ でも難しい漢字がいっぱい! ひとちゃん、読めた?(笑) ちぃはね、雰囲気はつかめた!! ヌマ、こんなコメントでごめんなさぃ。(苦笑) 続きを楽しみに待ってます♪ |
24/02/2009(火) 00:25:05
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| No.5307 飯沼 |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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☆さきさん
>ぬまさん、続きと梅原さんの本の紹介ありがとうです。
梅原さんの本は面白そうです。 行く前の読んでおけばよかったけど、そしたらいきたいところが増えて、とても現地2泊じゃ回れなかっただろうね。 本の写真も綺麗だし、時間ができたらちゃんと読み直したいです。
>「鬼八征伐」という話があったんですね〜。
そうだったね。 高千穂では、鬼八の話はほとんどしなかったんだった。 大和で死んだはずの三毛入野命(ミケヌノミコト)が高千穂に帰って何をしたんだろうってところから僕らの推理が始まったんだったね。 それで、「もしも腹いせで先住民たちを残虐に殺したとすれば、この妖気の意味は納得できる。そういうことが実際にあったのかもしれないな」という話をしていたんだったね。 鬼八の話はどこかに書いてあったように思うけどね。 僕の報告、大急ぎで書いたものだから適当に補足してね。
☆あきらさん
>さきさん可笑しいね。
うん。 鹿児島の宿の前のかなり大きな川に木のつり橋がかかってて、橋の下あたりに鳥が数羽いたんだけど、「あの鳥は何だろ?」って僕が言ったら、さきさんは「サギやん!」と大きな声で言ってた。 僕もサギぐらいは知ってるから「違うだろ?アヒルの種類だと思うけど」と言っても、「ぬま、サギもいろんな種類があるんよ。あれはどう見てもサギやん!」と自信たっぷりに主張し続ける。 あんなメタボで短足のサギがいるわけないのに。 ちょうど宿のオジサンが通りかかったから聞いてみたら、案の定「北京ダック」だった・・・。 文字にしたらそれだけのことだけど、その様子が何とも可笑しいんだよね。 |
24/02/2009(火) 00:28:34
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| No.5308 さき |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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ぬまさん。あの鳥はね、仲居さんがバリケン種ってアヒルだって言ってたよ。普通のアヒルもいたけどね。 大雨で上流から流されてきて住みついて、もう二代目三代目だって言ってたよね。 そのバリケン種ってのをつり橋で真上から見たら背中がちょっと青っぽくて、サギにみえたのよ。 なにも可笑しくないよ。(あきらさんも!) それより北京ダックって料理と違うん?って思ったんだけど、アヒルの種類なん? |
24/02/2009(火) 00:52:05
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| No.5309 飯沼 |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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夜に依頼があった人の遠隔ヒーリングして、みさおさんに乾杯してます。 あの言葉を唱えると、やっぱり手ごたえが違う。 九州から戻ってから嬉しい報告をいくつももらったし。
>ぬまさん。あの鳥はね、仲居さんがバリケン種ってアヒルだって言ってたよ。
オジサンは「北京ダック」って言ったんだけどな・・・。 北京ダックは料理でも言うけど、鳥の種類にもあるみたいだよ。
>そのバリケン種ってのをつり橋で真上から見たら背中がちょっと青っぽくて、サギにみえたのよ。
だから、無理して真上からだけ見なくても、普通に見れば体形の違いで分かるんだってば。
>なにも可笑しくないよ。(あきらさんも!)
いくら本人が否定しても可笑しいものは可笑しい。 |
24/02/2009(火) 01:22:02
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| No.5310 あきどん |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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高千穂では、そのような、出来事があったんですね。 岩戸開きの言葉を、ヌマさん、サキさんが、高千穂で唱え、お2人とも同じように感じられたことを読み、感慨深い気持ちになりました。 サキさんの「元に還ろう」という感じ、なるほど、、、と思いました。
宿で、鳴き声の会話をされていたのは聞いていましたが、よくきいてなくて、おもしろい会話を聞き逃しました。残念です^^ あのときは、焼酎でぼーっとして、また、田舎では野外からの色んな鳴き声は珍しくないので特に気にならなった私です。 |
24/02/2009(火) 16:49:51
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| No.5311 飯沼 |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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☆あきどんさん
鹿児島ではお世話になりました。 ありがとうね。 いろいろ話せて嬉しかったです。
さきさんがアヒルをサギだと主張したのは、あきどんさんが宿に到着する前でした。 隼人駅から妙見温泉までのバスが1時間半以上待ちだったので、タクシーに乗ったら早く着きました。 それで、先に温泉に入って、吊り橋から川を見ていたんです。 |
24/02/2009(火) 23:21:36
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| No.5312 あきら |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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> なにも可笑しくないよ。(あきらさんも!)
可笑しい=楽しいってことで。 |
24/02/2009(火) 23:40:53
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| No.5313 飯沼 |
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| Re: 高千穂・岩戸開き・上野原縄文遺跡の旅 2 |
引用 |
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>可笑しい=楽しいってことで。
ってことで、さきさんよろしく。 |
25/02/2009(水) 01:02:04
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