いやもう、なかなか激しい浄化排出でして・・・。 昨年の夏頃にも、同じような症状が出たことがありました。 あの時は、確かさきさんと一緒に直接ヒーリングを再開することを決めた頃でした。 うちのキッチンで、夜、何気なくさきさんと右手をかざしあってエネルギーの共鳴をしました。 その時、右手をかざしているのに左足から何かが動くというか、抜ける感覚があって「あれ?」と思い、そのことを話しました。 その深夜、タオルケットか薄い夏布団をかけて眠っていたら、ものすごい寒さと強烈な震えで目が覚めたものの動くこともできず声も出せず、やっとの思いで隣の部屋のさきさんを起こし、熱を測ったら39度を超える高熱でした。 翌日も40度を超える高熱で、右足は赤く腫れあがり、動くたびにありえないほどの激痛でした。 それがかなり続いたと思います。 何月だったのか、定例会の時もまだ足が腫れていたのを覚えています。 経緯からして、さきさんの「あられちゃんエネルギー」によって、私の浄化・排出が促されたのだと思います。
今回も、全く同じような症状でした。 浄化・排出とは、新たに取り入れ始めたエネルギーに自分が馴染むための調整作業のようなものだと思ってください。 病者さんの浄化・排出も同じことで、新たに注がれて取り入れ始めた喜びのエネルギーによって、今まで溜め込んでいた喜びではないエネルギーが何らかの形を伴って排出されることです。 みさおさんの不正出血は、やはりそれだったと解釈してよいと思います。
9月の定例会の深夜、夜になって駆けつけてくれたにぃくんやちぃさんも一緒にみさおさんにヒーリングエネルギーを通そうということになり、その場(私の仕事部屋)にいたあきらさん、ちぃさんたちとエネルギーの共鳴をし始めました。 受付けのテーブルや私の仕事机や印刷機などで部屋の空間が狭かったので、私はその共鳴の輪から外れて、共鳴の輪を支援するイメージで輪の外から共鳴に参加しました。 隣の座敷にいたさきさんもすぐに参加しました。 そのままそれぞれがみさおさんにそのエネルギーを注ぎこみました。
その時に私を通して流れるエネルギーがいつもとはかなり違っている感覚がはっきりとあって、ヒーリングの後にそのことを話しました。 すでに右肩がしこる感じもしていました。
共鳴を支援するイメージと書きましたが、その時の私のイメージでは、僭越ながら「皆の共鳴による磁場を守護する」という感覚だったのです。 これは私が思ったのではなく、自然にそういう感覚になってしまったということです。 その場のエネルギーの質も強さもすでに通常のレベルではなかったので、そこに輪の外から支援・守護のエネルギーを送る私は自然にさらに高次のエネルギーにつながってしまったのだと解釈しています、 みさおさんに通している時も、病を厄介なものとか肉体のかげりとかいう捉え方ではなく、もちろん治す目的意識を持ちながらも、「本当は病もかげりも闇もなく、ありのままで全ては元からすでにそのままで健やかなのだ」という(喜びの)感覚が湧き上がり、そのエネルギーが止めどなく私の手から流れ続けるのです。 ヒーリングを終えてからもそのエネルギーの放出は収まらず、「なんだか変だ」と皆に話しました。
あきらさんも似たような感覚でヒーリングエネルギーを通していたそうで、彼の言うことが私の感覚と非常に似ているのに驚きました。
その時ふと思い出して話したのですが、もう10年近く年も前、克が横になった私の頭の下に手をあてて、私の魂の故郷・元の出所についてのメッセージを伝えてくれたことがありました。 口頭でのメッセージだったのでよくは覚えていないのですが、それは「あなたの魂の故郷は、愛と摂理が完全に融合しているのが当然の次元の世界であり、光と闇やかげりが分かたれる前の段階の次元・・・。光や闇の概念すらなく、全てが祝福の喜びに輝く世界」というような内容でした。 そのほかにもかなりたくさんのことを伝えられました。 自分のことにはあまり興味がなかったのでほとんど忘れてしまっていますが、最初に伝えられた言葉は今でも覚えていました。 朦朧とする意識の中で、やたらと涙が流れたように記憶しています。 「自分の魂の故郷のエネルギーと、地上的な喜びのエネルギーを融合して病や地上の闇やかげりを癒していくことが使命です」というようなことも言われたような気もしますが、これは定かではありません。 「かげりに心をかげらさず、この病も地上の闇やかげりも全て癒していくことが今回の人生の目的である」というのは、その後も何度も言われてきましたが。
定例会の深夜に通したエネルギーによって、急にその感覚が自分の中で実体を持ってきたという感じがしました。
定例会の翌日からなんとも言えないしんどさと宙に浮いたような感じがありました。 さきさんと共鳴したら、前夜のエネルギーの感覚が甦りましたが、さきさんが帰った後、何度かやってみてもどうもうまくいきません。 すでに右肩や右ひじなども関節が痛み始めていました。 翌々日の30日の夜には、妙な寒気が始まり、体中の関節や筋肉や皮膚が痛み始めました。 深夜、布団の中で震えが出て、40度近い高熱でした。 起き上がるのも大変なのに、1時間おきに大量の排尿があって、「あ、またあの浄化・排出の大波が来た来た」と思いながら苦しんでいました。 エネルギーで自分の体やオーラがバンバンになっている感じがするので、布団の中で遠隔ヒーリングをしたら少しは楽になるのが分かりました。 ただ、寒くて布団から手を出せないので、眉間からエネルギーを出そうとするのですが、高熱で頭がぼやけてうまくいったとは言えませんが。
昨年の時は、左足が恐ろしいほどに腫れあがり、右足も少し腫れて痛みました。 今回はその残りの排出であるかのように、左足はなんともなく、右足も前回の左足よりは少しマシだったと思います。 でも、膝の関節も腫れて痛むので、膝を着いてしか立ち上がれないのにその膝が痛いのには参りました。 前回と違うのは、今回はほとんど食欲がなく、昨日までは食べられなかったことです。 「この機会に、人間は食物を食べなくても普通に生きていけることを証明するために、40日間程度の断食をしようか」とまゆみさんに言ったら、「もうちょっと普通の人の喜びになることをしたら?」と、即座に却下されました(笑) 胸の奥に痛みに近い違和感があって、それは昨日あたりから胸の苦しさ・息苦しさに変わってきていますが、解消の方向にあると思います。 昨日は高い熱はありませんでしたが、自分のオーラのエネルギーが濃くなったり薄くなったりする感覚があって、薄く感じた時に体温を測ると35度台だったりしました。 右の内腿の奥の腱なのか、筋状にかなりの痛みがあって、その部分の皮膚もやはり筋状に痛いのですが、昨日まではそこは外見上は何も変化はありませんでした。 昨夜あたりから、内腿の痛みのある部分が筋状に赤くなってきて、痛みもより表面に浮き上がってきた感じがしています。 これはきっと、今の私には共存できない異物となった何かが排出されているのだと確信しました。 脛やふくらはぎはあまりに腫れて、張り裂けんばかりに痛いので、昨夜から苦し紛れにアロエエキスをガーゼに染み込ませて湿布していました。 昨夜はまだすごい熱を持っていて、濡れたガーゼから湯気が出るぐらいで、すぐに乾いてしまう状態でした。 今日は、赤みはかなり引いて、それよりもあんなに熱かったところが妙に冷たく硬直している感じです。 なんとなく、体の芯が冷えている感覚があります。
今日はようやく、頭の中の感じも落ち着いてきて、こうして長い文書も書けるようになりました。 数日振りに風呂にも入れそうです。 ただ、動くと肉も皮膚も引き裂かれるような激痛があるのと、やたらと眠くしんどいのは残っています。
ちょうど藍子さんも京都での同窓会に出席するために明日は京都へ行くそうなので、今日の夜からみやっちと藍子さんが篠山に来てくれて、明日はみやっちが車で京都まで送ってくれることになりました。 これはほんとに助かります。 今の状態では、仕事はできるのですが、足が痛くて電車の乗り降りもできそうにありませんから。 案外、明日になれば歩けるようになるのかもしれませんが、やはりご老体ですからこういう時は楽をさせてもらうに限ります(笑)
というところで、今回の浄化・排出も峠を越えつつあると思います。 これだけ何度もきつい思いをするのですから、何か今後の嬉しいことにつながっていかなければ、やってられんという気がします(笑) “スーパーぬま”になれれば嬉しいと、素直に願いを書いておきます。
今の自分的には、病や闇やかげりに対する違和感というようなものが薄くなりつつあるのかなとも感じています。 病も人間の闇やかげりも、もちろん本来のものに立ち戻るべきものに変わりはありませんが、そういう思いと同時になんだか全てが愛おしいように思えるのです。 うまく言えませんが、病もかげりも闇も、「あるべきではないもの、あってはならないもの」ではなく、「全ては元の光の中にあるものであり、だから病の闇もなくてよいものであり、そんな苦しい表現をしなくてもよいものなんだよ」とでもいうような感覚です。 いや、少し違いますね。 やはり、もう少し根源的に、「病や闇やかげりそのものも本来はありのままで健やかなのだ」という感じになるのでしょうか。 もちろん、病や闇やかげりがそのままでよいというのとは全く違った意味でです。 やはりうまく表現できませんね。 もう少し言葉を変えて言えば、病や闇やかげりに対して、違和感や対立的要素を内在させない接点でもって関わっていけるということなのかもしれません。 こういう表現をすれば、卑近的に過ぎる感じがします。 まあ、このあたりのことは追々に言葉で表現可能になっていくのでしょう。
ということで、ご心配をお掛けしましたが、そろそろ落ち着いてきました。 ずいぶん長くなりましたが、自分の記録のためにも書きました。
今日になって急に、出雲と萩に行きたくなりました。 この前、伊勢に行ったばかりですし、いつ頃とかは全く未定ですが、できれば年内に。 一緒に行こうと思われる方がおられましたらお知らせくださいね。 日にちが合えばということになるでしょうが・・・。 2泊3日の予定になると思います。 |
03/10/2008(金) 16:35:34
| No.4490 さき |
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ぬまさん、落ちついてきてよかったです。 前回は去年の7月、天地悠々の印刷発送の時でした。 (あられちゃんエネルギーって意味不明なんですけど。。) 理性の枠を超えるってのがその前から提示されてたテーマでしたね。 今回はその仕上げだったのかな。 激しい症状で大変だったと思うけど、ぬまがさらにぬまらしくなっていくための浄化排出だったんでしょうね。 この地上で自らの魂の意志にそっていくための。。
>かげりに心をかげらさず、この病も地上の闇やかげりも全て癒していくことが今回の人生の目的である・・・ 定例会の深夜に通したエネルギーによって、急にその感覚が自分の中で実体を持ってきたという感じがしました。<
↑↑この変化、ドキドキします。 “スーパーぬま”始動ですね。 地上の喜びのために一緒に働いていけたら幸せです。 |
04/10/2008(土) 02:31:42
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| No.4494 飯沼 |
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☆さきさん
そうだったね。 言われて思い出しました。 しかし、なんでわずか1年前のことを忘れてるんだろう・・・。 こっちの方が心配になってくるよね。
「理性の枠を越えるための浄化・排出の仕上げ、納得です。
一昨日は夜がけっこう遅くなって、昨日はそれほど眠っていたわけじゃないのに、昨夜は眠気はあるものの覚醒状態でなかなか眠れず、布団の中でかなり長時間遠隔ヒーリングをしていました。 やっと新しいエネルギーに馴染みかけてきたという気がします。 だけどまだ完全ではないようで、今朝は頭痛がしています。
京都でエネルギーを共鳴させるのが楽しみです。
足は、朝一番は激痛でしたが、1時間もすればかなり楽になっています。 では、後ほど。
あ、「あられちゃん」は「アラレちゃん」なのかな? メガネをかけた怪力スーパー少女のアラレちゃんですよっ。 |
04/10/2008(土) 09:16:29
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| No.4503 あきら |
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>もちろん治す目的意識を持ちながらも、「本当は病もかげりも闇もなく、ありのままで全ては元からすでにそのままで健やかなのだ」という(喜びの)感覚が湧き上がり、そのエネルギーが止めどなく私の手から流れ続けるのです。
この喜びの感覚、素敵!というか凄い! この言葉を見ただけでも、凄い高次の悟りとでも言うのかな、やっぱぬまってすげーなと思います。
> ヒーリングを終えてからもそのエネルギーの放出は収まらず、「なんだか変だ」と皆に話しました。 > > あきらさんも似たような感覚でヒーリングエネルギーを通していたそうで、彼の言うことが私の感覚と非常に似ているのに驚きました。
そうなんですよね、僕もちょこっとだけ僕なりのその感覚を味あわせて貰いまして、ヒーリングを終えてもなんだかずーとっエネルギーが出てる感じがして、とても変な感じでした。
> 「自分の魂の故郷のエネルギーと、地上的な喜びのエネルギーを融合して病や地上の闇やかげりを癒していくことが使命です」というようなことも言われたような気もしますが、これは定かではありません。
自分の魂のふるさとのエネルギーかぁ。想像しただけでも嬉しくなってしまいますね。 スーパーぬまの誕生に期待してます。 |
05/10/2008(日) 01:37:28
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