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No.4421 川口雅子  
みさおさんへ 引用
みさおさん。いつもあなたの笑顔や笑い声にはげましてもらってまいたよ。あなたは多くの人たちから愛され、必要とされています。
もっと、もっと、もーっと自信をもってくださいね。
そして今回のみさおさんのメッセージがとても私の心にひびいています。

「思ってほしい より
 思って 思われ
 皆が、嬉しい気持ちで いたい 」
「家族や人と 思い合い 好き と いう気持ちを 大切に
 暮らして いきたい と 思っています
 皆さん ほんとに
 ありがとうございます 今も 幸せですが
 もっと 幸せに なれる様に 頑張ります」

私のこれからの生き方へのメッセージだと感じました。
みさおさんが、今以上に自分らしく幸せになれますように!!!

26/09/2008(金) 09:22:06



No.4411 飯沼代理投稿 ホームページ E-mail
みさおさんからです 引用

皆さん エネルギー ありがとうございます
今日 診察に 行きましたが 診断は 厳しい内容でした
ひろこさん 付き添ってくれて 心強かったです


今 私は 病気が わかる前より 幸せです
飯沼さんが 書いてくれた 掲示板に 皆さんからの 言葉
お一人づつ 私の心を 満たして いってくれました
私は ずっと 自分は 人から (家族も 含め) 自分が 思う程 相手からは 思われないと 思っていました
特に この7年程 その気持ちは 年々 強くなっていき 病気が わかった時も しょうがない あんな気持ちだったもの… と 思いました
病気を 診断された 当日
夜 ふと こんな 気持ちは 前からだ…
病気に なったから 病気に なる前関係なく… やはり 自分は とても 淋しかったのだ と

そして 皆さんからの 書き込み 頂いたメールを 見て 少しづつ 少しづつ 嬉しくなったり 安心できたり
人は 私の事を わかってくれてたのだと 何度も 何度も 読みました
読む度に 空っぽだったものが 埋められて いく様で
そして 自分の気持ちが 変わっていくのが わかりながら
あと 1つ 気がかり な事が ありました
家族です
家族に 思われてる と いうのが 頭では わかりながら どうしても 思えなかったのです

そして 大学病院で なんと 言われるか と不安に 思っていた時に あきらさんからメールを もらいました
皆さんからの 書き込みで 気持ちが 和らいだ 所に
ここまで 思ってくれているのだ(あきらさんは)
それなら
委ねよう
私は 委ねよう
どちらに なっても
私は 幸せなんだ
そう思えました

そして 家族
今日 妹には 来てくれて ありがとう
と 心から 言えました
家族 一人づつに 優しくしていきたいです
これからは
思ってほしい より
思って 思われ
皆が、嬉しい気持ちで いたい

(人も含め)、自分の 思い通りに したい
それを 越えて 人の気持ちを わかり
共に 喜び合って生きていく

私が 昔 提示してもらった 越える課題と 生きる目的です

自分の 思い通りに したいから
そうならないと 寂しく、 感情を 乱す(特に家族にです)
わかっていながら
なかなか 超えれなく 以前 血圧が 上がった際も 受け入れられない感情が 高まった時に そうなる
と 教えてもらいながら なかなか 超えれませんでした
今回 病気に なり 初めて わかりました
生きる目的
ほんとは 自分が したかった事なのだ

今まで 寂しい思いを した際 家族の せいに したけれど
(確かに一方的に理不尽な事は、ありましたが) 自分の 課題が 絡み 目的とは 正反対の気持ちを 押し通して きました
この前まで あまり 生きる 気力が なかったのですが (病気になる前から)
今は 治して 家族や 皆さんと 一緒に いたい まだまだ みんなと 歩んで いきたい
自分の 好きな 人に 寂しい思いを させたくない と 思います

治療の事は 今は 考えられなく
それより 家族や人と 思い合い 好き と いう気持ちを 大切に
暮らして いきたい と 思っています
皆さん ほんとに
ありがとうございます 今も 幸せですが
もっと 幸せに なれる様に 頑張ります

25/09/2008(木) 01:43:30


No.4412  さき ホームページ
Re: みさおさんからです 引用
みさおさん
今日はどうしてるかな。
メッセージのひとことひとことに、みさおさんを感じながら読みました。
これまでさみしかったこと、ご家族への思い。。
そしてみさおさんの気持ちが少しづつ変化していったこと。。

>思ってほしい より  思って 思われ
>皆が、嬉しい気持ちで いたい

そこにあるみさおさんの気持ちが嬉しくて、愛しくて、抱きしめたくなりました。
これまで何度もふとした言葉のはしばしに、陽花のことを思ってくれるみさおさんの気持を感じて泣きそうになったことがあります。
みさおさんの人を思う気持ち、そこにこめられた情愛の深さ、ひたすら人に喜んでほしいという思い。。
それがこれからもっともっと喜びのなかで通いあいますようにと願い、祈ります。
みさおさんに治ってほしい。
嬉しいことをいっぱい味わってほしい。
幸せになってほしい。今よりもっと。
これまで尽くしてきた分、必ず幸せになってほしい。
必ずそうできるって信じます。
一緒に治していこうね。
一緒に歩んでいこうね。
しんどい時、辛くなった時は電話してね。
一人で抱えないでね。無理しないでね。
私に出来ることがあったら駆けつけます。
私の方がちょっと上だけど、みさおさんとは同世代だよね。
さみしさも苦しいこともわかちあって一緒に生きていきたいです。
みさおさん、LOVE!

25/09/2008(木) 08:42:43

No.4413  飯沼代理投稿 ホームページ E-mail
みさおさんから追加です 引用
大事な事を 報告するの 忘れてました

皆さんから エネルギー送ってもらってから
腹痛
腰痛
胃痛 が すぐ 治まりました

今も 上記の 痛みは ありません
エネルギー送ってもらうまでは 上記 3つの 痛みが ありました ありがとうございます

25/09/2008(木) 14:33:31

No.4414  ひろこ
Re: みさおさんからです 引用
みさおさん
昨日はつきそいさせてもらってありがとう。
私が治療に通った大学病院だったのも、
通勤の途中の場所であったのも、仕事の時間が空いたのも、
導きに違いないと思いました。
診察待ちの2時間中ずっとおしゃべりしていたよね。
自分も皆も幸せになりたい。
悠々塾に出会えた人は、最初は自分が楽になりたいとの動機でも、本当は人にも自分にも優しく、正しく生きたいと願っている。
悠々塾で学んだ話を待合室でしているのを、心の澱を身体に溜めて、病を抱えて病院に来ている人達がいっぱい聞いてくれたらいいなあと思いました。
先生のお話を聞いている時私は横にいるだけで、みさおさんは本当に頑張っていました。
食事をしている時の素早い心遣い、キャリーバックを持っている私の為にスロープに誘導してくれるみさおさん、私が付き添いをしてもらっているようでした。

みさおさんに幸せで生きてほしい。
ご家族の人と思い思われ過ごしていってほしい。
ずっとずっと願っています。
昨日も今日も一日会社や電車の中で涙ぽろぽろです。
みんなのエネルギー薬がいっぱいみさおさんに流れますように・・

25/09/2008(木) 18:49:56

No.4415  まゆみ
Re: みさおさんからです 引用
みさおさん。
痛みが治ってよかったです。
厳しい状況の中、みさおさん、大丈夫かな…と心配でした。
でも投稿を読んで、
みさおさんに気持ちの変化があったことがとてもうれしく思いました。


私は自分の病気が治ったとき、気持ちが変わったからだって思いました。
でもその気持ちがどう変わったのかうまく説明できないでいました。
でもみさおさんの投稿の中に「共に喜び合って生きて行く」
というのを見つけて
こういう気持ちに変わったんだ…って思えました。
そしてみさおさんがそういう気持ちに変わっていけたことが
とてもうれしく思いました。
(うまく書けませんが…)

頼りない私ですが、少しでも力になりたいと思っています。
みんなと一緒に病気を治しましょう。
そしてこれから共に喜び合って生きて行こうね。

みさおさん
これからいっぱい幸せになってね。



ひろこさん。付き添いお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

25/09/2008(木) 21:03:24

No.4416  スーパーじいさん
Re: みさおさんからです 引用
みさおさん・・・遅くなりゴメンナサイ!!
やっと仕事の都合が付き、
土曜日には参加出来る様になりました!!!

掲示板を見て直ぐに書き込みたかったのですが・・・
(やはりお会いしたかったので・・・)
でも直ぐにエネルギーは送りましたよ〜

何故か私の周りにもこの様な事が多いです(不思議ですが…)

では・・・Mさんと行きますね〜

25/09/2008(木) 22:01:45

No.4418  飯沼代理投稿 ホームページ E-mail
Re: みさおさんからです 引用
☆きんもくせいさん

メール、読みました。
ご投稿は一旦、削除しましたので、もう一度投稿してくださいね。
メールでお知らせしたのですが、メールが戻ってきたので、ここでお知らせします。
投稿欄の下(送信ボタンの左)の空欄にパスワードを入れておけば、投稿者が削除できます。
パスワードは、半角の数字やアルファベットを数文字入れてください。

「引用」の白丸をクリックすればその投稿が全部コピーされます。

26/09/2008(金) 00:53:54

No.4419  あきら
Re: みさおさんからです 引用
何度もみさおさんの文章読んでます。

頑張ろう!治しましょう!

26/09/2008(金) 01:08:36

No.4420  きんもくせい E-mail
Re: みさおさんからです 引用
みさおさんの淋しさが心に突き刺さりました。
> 思って 思われ
> 皆が、嬉しい気持ちで いたい
> 共に 喜び合って生きていく

そうですよね。そうしたいですよね。
みさおさんとはまだお会いした事はありませんが、私も一緒に頑張りたいと思います。

みさおさんが喜びをふくらませていっぱい幸せになっていかれるよう、強く信じて祈っています!!



飯沼さん、
相変わらずご面倒をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。
ご丁寧にありがとうございました。

26/09/2008(金) 09:01:35


No.4409 あきら  
ドネメッセージから転載です 引用
今日、飯沼さんのほうにみさおさんから電話があったようで、
僕とひとみが昨日みさおさんに、ドネーションシップのSNSからメッセージを送ったものを、この掲示板に転載してほしいという事なので、お恥ずかしながら転載します。


みさおさん、こんばんは、あきらです。

みさおさん、どんなに辛く、苦しく、怖いでしょうね。
僕は、これからみさおさんが治癒に向かうまで、僕の全てをみさおさんに捧げます。
普段の生活の中でも、いつでもみさおさんが治ることを祈り続けます。みんなの思いやひとみの思いや僕の思いが必ず、みさおさんの治りたいという気持ちと一緒になって、必ず治癒へ向かいます。
みさおさん、治そう、絶対に治そうね。
僕らでよければ、いつでも電話なりメールしてください。
定例会で待っててね。

みさおさんの気持ちを思うと言葉にできないくらいだけど、でもこんな辛い気持ちじゃたりないくらい、もっともっとみさおさんは辛いと思います。
みさおさんには素敵な仲間達がいっぱいいるよ!
みさおさん、その仲間達を信じてね。
決して一人なんかじゃないんだよ、一緒に絶対治そうね。
                     ひとみ   

○○○○-○○○@docomo.ne.jp
090-○○○○-○○○○      あきら携帯

○○○-○○○○.1@docomo.ne.jp
090-○○○○-○○○○     ひとみ携帯

24/09/2008(水) 23:21:32


No.4410  飯沼 ホームページ E-mail
Re: ドネメッセージから転載です 引用

みさおさんとの電話の中で、「いろんな人から個人メールをもらって嬉しい」という話が出ました。
あきらさんのメールに大感激したとのことだったので、「掲示板に転載してもらってもいい?」と聞いたところ、OKが出ました。
連絡したらあきらさんは驚いていましたが、きっと照れながら投稿したのでしょう。

この後、みさおさんからも報告が入るそうです。

24/09/2008(水) 23:46:32


No.4407 飯沼 ホームページ E-mail
長くなったので、新しい欄に書きます。 引用
☆ひとみさん、皆さん

お父さんの症状が落ち着いてきておられるようでよかったです。
伊勢で、「ここまで計らわれてきたんだから、あきら&ひとみさんもヒーラーとしての働きの機会が計らわれていくんだろうね」と話したけど、まさに間髪を入れずにそうなりましたね。
にぃ&ちぃさんも、ちぃさんのお父さんが退院した直後に瀕死状態の子猫のヒーリングが計らわれたのと同じですね。

伊勢での携帯の件があって、それが霊界側からのOKサインだったと分かってから、あきら&ひとみさんはある出来事を思い出しました。
それは数年前、ふたりが悠々塾と出会う直前か直後のことでした。
鉄筋の住宅に住んでいる時、突然ふたりに携帯のものだと思われる音楽が、すぐ真後ろから聞こえたという話です。
隣の部屋の音がそこまではっきりと聞こえるはずもなく、自分たちの携帯の音楽でもなかったので、「なんだろう?」とふたりで不思議に思ったことがあった。
それはそのまま忘れていたけれど、伊勢での携帯の出来事とつながって、「実はその頃から伊勢での携帯のことまで、霊界側は計画して、ふたりに暗示していた」と納得がいきました。

そういえば、克が他界した年の年末(そちらでのクリスマス会の時)には、ふたりの今の家の壁に、回転する十字架のような光が写った写真が複数枚撮れていたこともありました。

まさに、私たちは輝きも闇も、光もかげりも併せ持った生身の人間として、無限の霊界のエネルギーにつながり、地上の闇やかげりや病と霊的エネルギーの接点となることによって、無限の霊力を通し注ぐ通路として働いていくのです。
私たちは霊界の道具、霊界の末端の同調者・協力者なのですから、「自分」に強く囚われたままでは霊界との共鳴ができません。
しかし同時に、私たちは普通の生身の人間であり、それぞれにかげりも闇も抱えていることによって、地上の闇やかげりや病と霊的エネルギーの“ジョイント部分”として働けるのです。
もちろん、自分の闇やかげりを光に転換していこうとする進化向上の意志と意欲があればこそ、霊界の道具たりえるのです。

誰にも自分としての気持や思いはあるのですし、それでよいのですが、しかしそれに拘泥せずに、今、本当に必要とされていることの方向に自分を役立てていく準備が整った者から、さまざまな分野で働きが与えられていくことになるはずです。
導きを信じて焦らず、しかし意欲を高めて、気持ちよく自分を役立てていきたいものです。

自分なりの思いに重心がかかりすぎて相手や全体との調和を乱す方向にある状態の人には、それに気づき、それを改めていく機会が提供されていくはずです。
そこでさらにかげりを深めれば、さらに自分にとって嬉しくない状況がもたらされて、そこから自らを改めていく機会にするしかないのです。
そのように、霊界からの導きは、それぞれの役割やカルマに照らして完璧にもたらされるもののようです。
不十分な自分をいびつに守ろうとしたり、そのために人に責任転嫁したり、人を攻撃したりすることにエネルギーを使うのは無駄なことですし、それがかげりや闇なのです。
霊界から守っていただける自分になっていけばよいだけのことですし、いつかは皆がそうしていくのです。
学べば学ぶほど、人間は完璧な霊界の計らいの下に生かされている存在だと分かってくるものです。
調和に向かわせたい、闇やかげりを光に転換したい、病を治していきたいと願う皆さんには、いくらでもお手伝いさせていただきます。

みさおさんが卵巣癌だと診断されたという連絡は、伊勢で私たちが最初にエネルギーの共鳴をして、夕食を食べ始めようとしたその時に入りました。
思えば、今年のお正月、大神神社での初詣の直後、神社の境内にいるときにtomoakoさんのご主人のくも膜下出血の連絡が入りました。
そのタイミングにも意味があるのでしょう。
私たちがそこに見出すべき意味は、「あらゆることが導きの中で計らわれているのだと認識し、安心して癒しの働きに自分を役立てていけばよいのだ」ということなのだと思います。

私が悠々塾の働きを始めたことも、導きと計らい以外の何ものでもありませんし、皆さんが悠々塾につながったことも、導きと計らいがあればこそでしょう。
導きや計らいをどう受け止め、自分がどうしていくかは、まさに自分次第です。

私自身が振り返ってみれば、「もたらされたこの状況で自分はどうしていくのか」がいつも問われていたように思います。
日々、あらゆる場面で選択の機会が提供されているのでしょう。
日々、選択の機会なんて言えば、まるでクリーニング屋さんか電器屋さんのようですが、自分の心身に染みついた汚れを洗い流していくという意味でも、日々が洗濯です(笑)

先ほど、みさおさんから連絡がありました。
今日は大学病院に行きました。
ひろこさんが付き添ってくれたそうです。

また本人から報告があるかもしれませんが、かなり腹水が溜まっている状態ですから、「手術をすれば大丈夫」と楽観できる段階ではありません。
今月の定例会はみさおさんの治癒や、参加者のヒーリング回路を開くためにも、とても大事です。
皆でみさおさんの直接ヒーリングをするつもりで参加していただきたいと思います。

24/09/2008(水) 16:06:59


No.4408  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 長くなったので、新しい欄に書きます。 引用
掲示板、通算でもうすぐ90万アクセスですね。
記念品は出ませんが嬉しいです。

24/09/2008(水) 22:35:58


No.4364 飯沼 ホームページ E-mail
伊勢から戻りました。 引用

伊勢から戻りました。

伊勢志摩地方は台風13号の進路に当たっていましたが、必ず大丈夫と信じて疑いませんでした。
克からは、事前に、「伊勢神宮参拝に大きな意味を見出そうとせず、これまで伊勢神宮を参拝した人々の願いにつながってください。今回はあなた方がエネルギーを共鳴させることがメインですから、使命感を持ちながらも気楽にね」と伝えられていました。
メンバーは、さきさんと私と、にぃ&ちぃさん、あきら&ひとみさんの6名です。
今回、この6名が克から指名されたのは、それぞれのエネルギー的な特徴や傾向を共鳴させることによって共有していくことが最大の理由でした。
それだけではなく、それぞれの最初の人生でのつながりと役割を取り戻していくということもあったようです。

予定では19日のお昼頃に伊勢市駅で待ち合わせ、外宮と内宮を参拝して、克と行った鳥羽・答志島の旅館に宿泊することにしていました。
伊勢志摩地方に大雨や暴風警報が発令されていたようです。
昼食を摂っていると旅館から電話が入り、鳥羽から答志島への連絡線が、台風の影響で2時45分以後の便は欠航になると知らされました。
それで急遽、予定を変更して、また近鉄電車に乗って鳥羽に向かい、伊勢神宮参拝は翌日にすることにしました。
かなり急いでやっと船に間に合い、短い時間ではありますが、大揺れに揺れる小さな船で答志島に向かいました。

克からは、「これから皆さん方は、嵐の中、大波を越えて働いていくことになります。でも、必ず守られることを信じてくださいね」と伝えられました。
旅館の客は、私たちだけでした。

旅館に早くついたので、夕食までにたくさんと話をし、1回目のエネルギーの共鳴をしました。
「三種の神器」のエネルギーを作りました。
その前に、克からあきら&ひとみさん・にぃ&ちぃさんの最初の人生でのカルマについて、短く伝えられました。
1回目のエネルギーの共鳴は、気合が入っていましたが、それぞれに緊張感があったようでした。
それでも、胸のあたりを強く押される感じや後に強く押される体感があった人もいたようです。

夕食の後も温泉にも入らず、部屋に戻ってさまざまな話をし、何度もエネルギーの共鳴をしました。
それぞれが気楽に真剣に楽しく話していました。
何の遠慮もなく、とても和やかな時間を共有できていることが嬉しかった。

そして、夜中の2時半ごろに、「そろそろ温泉に入ろうか」ということになり、最後のエネルギーの共鳴をして、ある病者さんに遠隔ヒーリングをしました。
意欲は高まったままでしたが、緊張は完全に解け、皆がリラックスして心をひとつに重ねて、共鳴と遠隔ヒーリングをしました。
例によって、私は体の奥から熱感が沸きあがってきてサウナ状態で、手のひらはきめの細かいビニールでコーティングしたかのようにつるつるになっています。

ちぃさんとひとみさんの手のひらには、またまた金(銀)粉が発生して、ラメが入ったように光っています。
そして、にぃくんの左手の手のひらははっきりと赤くうっ血して、大きさも厚ぼったさも、右の手のひらとは完全に別人のもののように変化しているのでした。
右手と左手のあまりの違いが誰の目にもはっきりとしていて、自分の左手のありさまに戸惑うにぃくんの様子がなんだかおかしくて、みんなでお腹を抱えて大笑いしました。
その日のエネルギーの共鳴が、とてもうまくいったことは間違いないと思いました。
本当に意欲的に、和やかに楽しく、充実した1日でした。

まだ皆の笑いが収まらないときに、にぃくんは部屋のトイレに行きました。(小ですから、ごく短時間です)
その直後、ちぃさんのカバンから携帯の着信メロディが鳴り響きましたが、ちぃさんは不審そうに携帯を取り出しました。
ちぃさんの電話の着信メロディではなかったそうです。
着信時に表示される光の模様も、ちぃさんが設定していないものだったそうです。

でも、携帯を見てみると、にぃくんからの電話でした。
にぃくんはいつも携帯をロックして、ズボンのベルトに付けているのです。
すぐに、戸惑った顔をしてにぃくんが部屋に入ってきました。
「携帯なんて触ってもいないのに、トイレで突然に、留守電サービスの音声案内が鳴り出した」と言うのです。
実は私はにぃくんがいたずらしたのかと思っていましたが、にぃくんの様子をみているとそうではなかったことがすぐに分かりました。
ちぃさんはにぃくんに改めて自分の携帯の電話を掛けさせました。
着信メロディは全く違っています。

その時、克から「今回の6人でのエネルギーの共鳴は成功しました。霊界側からの“OKですよ”の合図です」と伝えられましたが、もう少し確かめてから皆に言おうと思いました。

皆でいろいろと検証が始まりました。
まず、にぃくんの携帯はいつもロックがかかっていて、誤操作の可能性そのものが非常に低い。
にぃくんは、最近ちぃさんの携帯に電話をしておらず、誤操作で「リダイアル」のキーを押してもちぃさんの携帯には掛からない。
発信履歴でも、ちぃさんの番号は下の方にあるので、誤操作をしたとしても、ちぃさんには掛からない。

ここで残る可能性は、にぃくんがトイレからいたずら電話をかけてきたということだ。
しかし、どう見てもにぃくんにその様子はない。

そしてもしも、にぃくんがいたずらをしたとしても、ちぃさんが設定しているにぃくんからの着信メロディがその時だけ別の曲に変わっているのはありえないし、それはにぃくんにはできない。
ちぃさんは電話がかかってきた後も、ずっと部屋で皆と一緒にいて、にぃくんからの着信メロディを元に戻すことはできない。
しかし、着信メロディが違っていることに驚いたちぃさんが、にぃくんにもう一度電話を掛けさせた時のメロディは、明らかに前回のものとは違っていた。
しかも、にぃくんは音声サービスの音が外に聞こえるような設定にはしておらず、その方法すら知らなかった。

これらのことをどう考えても、「人間がすることは不可能」と断定せざるを得ません。
僕も、克からの「“OK”のサインです」という祝福の伝言を伝えました。
皆もそのことを納得し、感激のあまり泣き始めました。

自分たちが共鳴したエネルギーの強さや大きさの実感があり、金粉現象や、にぃくんの手のひらの異変などからも、今まで自分たちが経験したことのないエネルギー的磁場が創出されたことは疑いなかったのですから、克からの伝言は十分に納得できるものでした。

このように、その日の最後に、とても感動的なことが起こったのでした。
それから温泉に入りましたが、気持が高揚して眠る気にならず、ほとんどの人は朝の5時半まで話し込んでいました。

朝は7時半に起きて朝食を食べ、睡眠不足をものともせずに、またまたエネルギーの共鳴と遠隔ヒーリングをしました。
昨日とは打って変わって穏やかな海を渡って鳥羽に戻り、伊勢神宮を参拝しました。

私も個人的にいくつかの気づきがあり、克からの思念を受けたのですが、それはまた次の機会に書くことにします。

この2日間で体得したエネルギーは全て、癒しを必要としている人々に注ぎ、役立てていくとともに、ゆくゆくは悠々塾と共に歩む全ての皆さんに伝授していきます。

あっという間の2日間でしたが、予想以上に充実した共鳴の旅になりました。
参加した皆さん、お疲れさま。
本当にありがとう!!

20/09/2008(土) 23:43:48


No.4365  さき ホームページ
Re: 伊勢から戻りました。 引用
伊勢行きを前に台風が接近、大雨暴風警報の伊勢に行きました。
こんなの合わせようと思っても合わせられないよっていうくらい台風の進行進路と私たちの予定が重なっていたので、まるで嵐のなかで行くってことの象徴のようだと感じていました。
大揺れの船の中で伝えられた克子さんからの「必ず守られます」という言葉に胸が熱くなりました。

あきらさん、ひとみさん、にぃさん、ちぃさんと、6人の組み合わせで会うのも一緒に過ごすのも初めてでしたが、船の欠航で早くに宿についてゆっくりのびのびと、おしゃべりして、なごやかな時を過ごしました。にぃさん、あきらさんの、これまで知らなかった思わぬ一面も見せてもらってへ〜って思ったり。。そんなこんなで心を通わせながら緊張しつつも喜びのなかでエネルギーの共鳴をしました。
そして最後にもらった「サイン」。。もうどう考えてもあり得なくて、人間が意図的に仕組んでしようと思っても絶対出来ないことで。。ぬまから電話がつながったのは「OKのサイン」だと言われたら嬉しくて。。これまであった色んなこと、味わってきたことが全部今日のためにあったのだと思うとじ〜んとこみ上げるものがありました。

特別なことじゃない普通の人のあったかさややさしさを顕現していきたいんです。自分も皆も幸せになりたい、なってほしい。そう思って生きてきました。そんな自分の気持ちに自信をもって霊界と地上をつなぐエネルギーの通路になっていきます。

克子さんとぬまさんが泊まった同じ宿の部屋の窓から、雨も止み、風も波もおだやかになった海をながめ、その空がだんだん明るくなってくるのを見ていました。
夜明けでした。いろんな思いがこみあげてきて涙がでそうでした。
翌日は前日の嵐が嘘のような晴天でした。
キラキラ光る静かな海を渡って伊勢に参りました。
にいさん、ちいさん、あきらさん、ひとみさん、ぬまさん、ありがとうございました!!
一緒に、この地上に喜びを顕現するために働いていきましょうね!!
これからもよろしね!

21/09/2008(日) 13:08:25

No.4377  あきら&ひとみ
Re: 伊勢から戻りました。 引用
伊勢での2日間、大変充実して楽しい時間をありがとうございました。
にぃさんちぃさんが、ちぃさんのお父さんの病を乗り越え、更に二人の絆が深くなっていることに心温まる思いでした。

いろいろな話をしましたが、その中でも後から結果を照らし合わせてみると、全てが霊界から計らわれているのだと疑問の余地がないほどの完璧さに驚嘆!!しました。
だからこそ、自分達にしっかり自信を持ち、確かな霊力の通路・ヒーラーになろうと改めて思いました。
みんなと沢山語り合えたことがとても嬉しかったです。

そんな中、新たにページはめくられているようで、ひとみの父親が今日救急車で運ばれました。
2・3日前から胃の後ろ辺りが痛かったらしく、今日の診断では急性胆のう炎であろうという診断でした。
明日、改めて詳しく検査をします。
手術の可能性もありますが、適切な治療をすれば完治する病気と知って安心しました。
ひとみも僕も娘として義理の息子として、ヒーラーとして自覚を持ってお父さんの病の治癒、それに付随したいろいろな意味を調和・喜びに向かえるよう頑張ります。

みさおさんの病も必ず治したいと思います。
みさおさん、みんなが付いているから安心してね。

21/09/2008(日) 22:00:06

No.4388  ちぃ
Re: 伊勢から戻りました。 引用
2日間ありがとうございました!
いらぬ遠慮や気遣いが必要無く、自分らしくのびのびと楽しく過ごせる事がとても嬉しかったです^^
日頃あまり話さないにぃくんがすっかり安心して楽しそうにものすごく喋っていて驚きました!
本当に想像以上の素敵な旅になり感動でいっぱいです。
1度目の共鳴よりも2度目・3度目となるにつれ緊張が解れ、お風呂に入る前の共鳴の時は集中しながらもすごくリラックスしていて、安心と喜びのなかで共鳴出来たのを実感しました。
そしたら霊界から携帯を介してOKのサイン!
共鳴が成功したという事もとても嬉しかったのですが、見守って頂いてることを実感して感動し、ありのままの私で良いんだと思ったら込み上げ、これまで頑張ってきたことをとても嬉しく思いました。
翌朝目が覚めて外を見た時はあまりの好天に感動しました。
克子さんの「これから皆さん方は、嵐の中、大波を越えて働いていくことになります。でも、必ず守られることを信じてくださいね」というメッセージを思い出し、嵐の後には穏やかな輝かしい時が待っているという事を実感。
今の世の中を見れば待った無しの状況である事は目に見えているし、まさに嵐なのだと思います。
そのなかで、皆それぞれが幸せを願い求めていることを伊勢神宮で実感しました。
そしてみさおさんの病、ひとみさんのお父さんの病・・・。
私達も皆さんと共に、これからも自信を持ってヒーラーとして自分達を役立てていきたいと思っています。
本当にありがとうございました! これからも宜しくお願いいたします!

22/09/2008(月) 09:45:48

No.4398  ひとみ
Re: 伊勢から戻りました。 引用
みなさん、本当に貴重な時間をありがとうございました。
台風によって、はじめに予定していた伊勢神宮への参拝も変更になり、これからどうなるんだろう?と思っていましたが、それも私達がしっかり共鳴できようになっていた計画?とは、驚きでした。
みんなと一緒にたっぷり時間も過ごせましたし、そのおかげでとってもリラックスした状態でみんなと共鳴することができました。
そして、最後の最後に不思議な出来事・・・。
はじめはみんな訳が分からず、一つ一つ確かめて・・・。
ヌマから「OKのサイン」だと伝えられ、何ともいえない気持ちになりました。
まだどこか自信が持てない自分がいたのはわかっていましたが、この出来事があり、今のこの私でできる事があるんだ!と本当に心から思えました。

このエネルギーをめいっぱい使って、たくさんの人の役に立ちたいと思いました。
これからもみなさんと一緒に頑張っていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

そして、あきらが先に報告した通り、この余韻にひたる時間もな
く、伊勢から戻った次の日に父が入院しました。
昨日は痛みもひどく、話すこともほとんどできない状態でしたが、
今日は昨日よりは顔色もよく、話もできるかんじでした。
今日の処置は胆汁や膿などを取り除くための管を入れたようでした。
今日は母が朝から病院にいって手続きをしたり説明を受けたりしたのですが、聞きなれない言葉が沢山のようで、うまく私達に説明できなくて・・・。(ちぃさんに教えてもらったり、病院からの報告をみてわかりました)
母自身もあまりの突然の出来事に少し疲れているようですが、みんなで頑張っていこうと伝えました。
まだ、父は起き上がれる状態ではないですし、体は沢山の線が繋がっていて、いつもの父の姿を思うと辛いですが、私達家族がしょんぼりしている訳にはいかなので、母と妹にも協力して頑張ろうと話しました。
また、報告させていただきたいと思いますので宜しくお願いします。

そしてみさおさん!本当にいつも周りのみんなの事を考えてくれていて、明るく楽しい雰囲気を与えてくます。
今度は私達が、大好きなみさおさんの病を治しますからね。
みんなを信じて一緒に頑張っていきましょうね。
 
                    ひとみ

23/09/2008(火) 02:20:22

No.4399  tomoako
Re: 伊勢から戻りました。 引用
ひとみさんの お父様も 治癒へと向かいます様に

心よりお祈りいたします。

23/09/2008(火) 08:54:45

No.4405  ひがし&のぶよ
Re: 伊勢から戻りました。 引用
ひとみちゃん、
急なことで大変でしたね、その後お父様のお加減はいかがですか?早くお元気になられますようお祈りします。

24/09/2008(水) 10:45:32

No.4406  オレンジ
Re: 伊勢から戻りました。 引用
ひとみさんへ
お父様のこと大変でしたね。ご家族の愛情をめいっぱい送ってあげて下さい。
そしてお母様が心労で疲れを出さないように(私は経験が有ります)
支えてあげて下さいね。
一日も早くよくなられますように祈ってます。

24/09/2008(水) 10:57:07


No.4362 飯沼 ホームページ E-mail
不安ではなく、確かな自分への希望を 引用

明日、明後日と伊勢に行きます。
克からの指示で、さきさんとにぃ&ちぃさん、あきら&ひとみさんとでエネルギーの共鳴です。
「破魔」のエネルギーの通路を確立して、必ず皆さんに伝授いたします。

昨日、2005年の6月に克が受信した長いメッセージを読み返しました。
克が他界したのは同年の7月27日ですから、極めて厳しい時期にA4の用紙6枚にきれいな文字でメッセージを筆記していたことに、改めて驚きました。
実は私は、そのメッセージの存在そのものが記憶から抜け落ちていました。
あの頃は日々が本当に大変で、その日その日を送ることで精一杯だったのでしょう、具体的なことをあまり覚えていないのです。

そのメッセージを読んで、改めて克の受信の的確さに驚愕しました。
その頃は何の兆候もなかったいくつものことについて、見事に書き連ねられているのです。
事実としての「予言」だけでなく、本質的なところでも完璧なメッセージでした。

それらを考え合わせれば、明日からの伊勢行きも霊界側では何年も前から予定されていたとしか思えません。

克からエネルギーの共鳴を指示された時、私はすぐに伊勢を思い浮かべました。
でも、あきら&ひとみさんの家からの距離が遠すぎるので、伊豆か愛知県あたりが中間点かなと思っていたのです。
いずれにしても私が言えば、それで決まってしまいそうなので、「行き先を相談してね」とだけ言いました。
そしたらすぐに、ひとみさんは「駅のポスターを見て、伊勢って思った」ということで、ちぃさんは「埼玉と京都の中間点だから(どこが?・笑)」という理由で、伊勢に決まりました。

伊勢についてのメッセージは先日ご紹介しましたが、「破魔」、すなわち闇に光をという別のメッセージを克は受信していたのです。
3年余り前のメッセージが、なんと今の時期に起きていることをまさに予言していたのです。

個人のレベルでも、社会・全体のレベルでも、今はまさに闇を光に転換する時期のように思います。
それができなければ、個人も地上界も大変なことになっていくのでしょう。

『コントロールによってエネルギーの方向性と範囲・対象が規定されることにより「形」が定まる。凝集、収斂(しゅうれん)するというのが「支配」の仕組み。』

意志と意欲と愛を以って、不当な支配・コントロールから脱却していくべき時期を迎えているのだと思います。

金融不安・金融危機はまだまだ続くでしょう。
そしてこれは、1923年のアメリカ大恐慌や、日本のバブルやその崩壊と同じように、ごく一部の大富豪たちによって周到に計画されていたもののようです。
世界中の政府や人間を、お金によって完全に支配しつくすため。
世界中の冨の全てを自分たちに集めるために。

ここで詳しく書くことは控えます。
しかし、日本もさらに経済が混乱して、社会的弱者にさらに厳しいしわ寄せがいき、社会的弱者そのものが激増することになるでしょう。
それは、決して他人事ではありませんし、たとえ自分の身に降りかからなくても、他人事にしてよいはずはありません。

NO.4357にも書きましたが、この機会に、お金の支配・呪縛から解放される道を選び、できるところから実行していきましょう。

今は銀行等の金融機関はもちろん、エネルギー産業も兵器産業も自動車産業も、マスメディアも製薬会社も穀物流通や肥料や種苗ですら、その大部分がごく少数の財閥の傘下におかれています。
はっきり言えば、政治家や政府も、科学者の多くもそういう少数者の支援やコントロール下にあるのです。

アメリカのFRB(連邦準備制度)は、大富豪の銀行家によって設立・運営されており、彼らの利益のために自由にドルを刷り、政府に利子をつけて貸しているのです。
アメリカの大恐慌の時もそうであったように、今回もアメリカの経済を握る人たちは、自分たちに都合のよいバンクは税金を投入させて残し、そうじゃない企業は潰すのかもしれません。

日本の企業の多くも、そういう彼らの系列下に組み込まれています。
小泉さんの「構造改革」とはそういうことだったのです。
だから、金融機関に何十兆円もの税金をつぎ込み、国や自治体の借金を1000兆円近くに増やしても、「規制緩和・経済の自由化」をしても、大多数の庶民の暮らしは破壊され続けているのです。
麻生さんに庶民の視点がほとんどないことは明白です。

今現在の国と地方自治体の長期債務残高の合計は、921兆4945億円あまりです。
利子がつきますから、新たな借金をしなくても1分間で何千万円も借金が増えていきます。
この現在額で国民一人あたり、727万円がかかっています。
1世帯あたり、2090万円です。
これももちろん増え続けています。

私たちはさまざまな形で税金を徴収されているのに、いつの間にか一人あたり700万円以上の借金まで背負わされて、その上まだ「財政再建のためには消費財の増額が必要」だとか、「社会保障の充実のためには消費税の増額が必要」だとかよくも言えたものです。
「ふざけるのも誤魔化すのもいい加減にしろ。今まであなた方は一体なにをしてきたのだ。私たちはもう騙されないよ。私たちは庶民として自律的に生きていきます」と、きっぱりと意志表示してやりましょう。

世界の経済を牛耳っている者たちは、「私たちが作った今の社会のシステムから外れたら、君たちは生きてはいけないよ。そうだろう?」と余裕たっぷりに脅しながら、庶民をお金で支配しつくそうとするでしょう。
そんな脅しに乗ったら、にんげんとしての魂まで抜かれたようになって、家畜か鬼畜のようにしか生きられなくなってしまいます。

だからこそ、私たちは私たちの価値観の転換によって、本来のにんげんとしての暮らし方・生き方を始めていかねば、完全に取り込まれてしまうのです。
今からすぐにでも、お金を軸としない暮らし方、創意工夫と庶民どうしのつながりによる本当の意味で豊かな暮らし方を始めていきましょう。
できるところから、豊かな気持で。

私たちが暮らしていくには、最低限の一定のお金は必要ですが、まず何よりも私たちは、「自分らしい心で生きていくことが、自分にとっての幸せであり、人間にとっての幸せなのだ」という価値観をしっかり持ちましょう。
「人はお金のみによって生きるにあらず」なのです。
その、にんげんとしての誇りと、人間はひとり残らず神の分け御魂を戴いている存在であるという自信が、自分を守り皆を救うのです。

食物のことは先日書きましたが、できれば発酵食品は意識的に摂るようにすることをお勧めします。
腸内微生物層を整えることが心と体の健やかさにつながると考えるからです。
もちろん、心のありようによってそれは整備されるのですが、醗酵食品によって補助することも必要かと思います。

とにかく、お金のことで気持を追い詰められるのではなく、これを機会に価値観や感覚や暮らし方を切り替えていくチャンスにしようという思い方が大事です。

私たちも、闇やかげりを光に転換するエネルギーの通路を広げ、心のエネルギーによって心身の病が治るという事実をさらに形にしていきます。

闇の仕組みは九分九厘まで完成しています。
だからこそ私たちは今から皆さん方と一緒に、それら全てを光に反転させていくのです。
「今がその時!」だと私は感じるのです。

18/09/2008(木) 13:26:26


No.4363  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 不安ではなく、確かな自分への希望を 引用

☆参考のために抜粋しておきます。

*「大不況は偶然の出来事ではない。慎重に企てられたものだ。国際銀行家たちは世界に絶望的な状況をもらたしておいてから、すべての人間の統治者として自分たちが姿を現わすことを企む」ルイス・マクファーデン(下院銀行通貨委員会委員長)

*「金融資本主義の権力者たちには一つの遠大な目的があった。それは、民間の手で世界的な金融管理システムを作り上げ、各国の政治システムと世界経済全体を支配できるようにすること。それ以外の何ものでもなかった」キャロル・キグリー博士『悲劇と希望』より

*紛れもない真実とは、君も私もわかっているように、アンドリュー・ジャクソンの時代以降、巨大な権力中枢の財政部門が政府を所有してきたということだ」 フランクリン・D・ルーズヴェルト(第32代米国大統領)

*「わたしたちの通貨と金融制度のとんでもない不公平を人々が理解しさえすれば、一夜にして革命がおこるだろう」
アンドリュー・ジャクソン(第七代米国大統領)

*「われわれは、皆さんが好むと好まざるとにかかわらず、そのうち世界政府を作るであろう。唯一の問題は、それが合意に基づくものであるか、それとも征服によってなされるのかである」ジェームズ・ウォーバーグ(ポール・ウォーバーグの息子)が1950年2月17日に合衆国上院でおこなった演説より
(注・ポール・ウォーバーグ=アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)の議長で、大財閥のロックフェラー家とも結ばれていた)

*「エネルギーを支配することで国家を支配できるが、食物を支配することで個人を支配できる」ヘンリー・キッシンジャー(1990年のビルダーバーグ会議での発言)

18/09/2008(木) 13:31:09


No.4357 飯沼 ホームページ E-mail
金融不安を越えて自律的な暮らしを始めよう 引用

アメリカの投資銀行のリーマンブラザーズが破綻した。
アメリカはもちろん、日本や世界の金融不安はさらに高まるだろう。

アメリカ政府の財務長官は「モラルハザード(倫理崩壊)を招く」として、リーマンブラザーズの救済に公的資金(つまりは税金)を投入することを拒否し続けた。
かつて日本政府が銀行に多額の公的資金を投入したのに比べ、これは一見、「公平」のようにも見える。
しかし、実は今年の3月に投資銀行のベアースターンズがJPモルガンチェースに救済合併されるときには、300億ドル(3兆円以上)の公的資金をJPモルガンチェースに援助している。
アメリカ当局はこの先も、1000〜2000億ドル(10〜20兆円以上)の公的資金を金融会社の救済にあてる予定だと言われている。

日本の年間予算は一般会計が約83兆円だから、いかに多額な公的資金が投入されるということがわかる。
日本でも1998年の金融不安の時には、総額30兆円の公的資金(税金・国債)が金融機関に提供(投入)された。
莫大な税金が投じられてから10年、大多数の人々の暮らしはさらに苦しくなっている。
何かおかしいと、私は思う。

ちなみに日本の国家予算は2重構造になっている。
国会で内容を審議される「一般会計」83兆円とは別に、「特別会計」といわれる予算が単純総額で368兆円(実質は178兆円)あり、この内容の不透明性が指摘されている。
やはり、何かおかしいと思わないだろうか?

話を戻すが、アメリカ合衆国という国家を牛耳る人たちのやっていることは、まさに「???」だ。
またまた話が逸れてしまうが、アメリカは石油利権を得るためにフセインに虚偽の言い掛かりをつけてイラク戦争を始めたといわれている。
しかしつい最近、イラク政府はイラクの有望な油田の採掘権を中国やロシアにも開放した。
9.11事件にしても、陰謀と言うにはあまりにも杜撰であり、「外部からのテロではありえない証拠」が山のように残されている。
まあ歴史を見れば、今までの戦争や侵略もそうではあったのだが、それにしてもボロが見えすぎているような気がする。
何かがおかしいと、私は思う。
まあ、今はそれを言いたいのではないからこれ以上はそこには踏み込まないでおこう。
と言いながらもうひとつだけ。
南米の国ボリビアでは、選挙で先住民系のモラレス大統領が選出されている。
それはアメリカの企業にとっては都合が悪い。
ボリビアを植民地にしていたのはスペインだが、アメリカは今まで南米を思い通りに搾取し続けてきて、その結果、反米・非親米政権が選挙によって次々に誕生している。
ところが、そのボリビアでアメリカが陰で糸を引いた反政府暴動が発生しているそうだ。
9月10日、モラレス大統領は、ボリビア駐在米国大使がボリビア政府の転覆を謀ったとして、同大使の国外退去を命じたのだ。

今度こそ話を戻そう。
リーマンブラザーズの倒産によって、アメリカの金融不安は加速するのだろう。
それ以前から中国の株価も暴落している。
当然、日本もそれらの影響を被って、金融不安・経済不安が高まるだろう。
外資系の保険会社の倒産も噂されている。
経済パニックに陥る可能性もある。
世界経済が崩壊するかもしれない。

今ですら多くの庶民はかなり厳しい暮らしを強いられている。
その一方で、テレビなどでは、いわゆる「勝ち組や中流」を基準とした商品の広告が繰り返されている。
しかし、そういう暮らしに手の届かない人々は実際には非常に多いのだし、これからはさらに「貧困者」が増えていくのだろう。
それはおそらくは誰が総理大臣になっても、どの政党が政権を握っても、大きくは変わらないのじゃないかと思う。
今の政治家や官僚に、ワーキングプアと呼ばれる人たちの生活の実情や生活実感が理解できるとは思えないし、理解する気があるとも思えない。
そういう中で、世界や日本の経済はさらに破綻・混乱に向かっている。

では、私たち庶民はどのように日々の暮らしを守っていけるのだろう?

まずは、中流を基準とした生活様式から、こちら側の意志で脱却することだと思う。
さまざまな物を手に入れるにはお金がかかる。
そして、欲しいものを買えることが「豊かな暮らし」だと、私たちは思い込まされてきた。
高級品志向も憧れめいて刷り込まれているのだろう。

しかし実際には近い将来、この国に暮らす人々は、日々の食物にすら不足する時代を迎える可能性は十分にあるのだ。
それは世界的に見れば、決してとんでもないことではない。
世界の多くの人々は今も十分に食べることさえできていないのだし、飢餓状態に置かれている人々が何億人もいるのだ。
いわゆる「先進国」に暮らす大部分の人々と、「貧しい国」に暮らすごく一部の人々だけが、「お金による(ある程度の)豊かな暮らし」を享受してきたに過ぎない。
それは、お金による(ある程度)豊かな暮らしを享受している人々から、ごく一部の者たちが莫大なお金をからめ取る目的のもとに作られたシステムだったのかもしれないのだ。
欧米(特にアメリカ)型の経済や社会は、まさに金が金を生むシステムだったように思う。
私たちは、それにうまく乗せられていたのだ。

経済グローバリズムは、金が人を喰う社会を作り上げてしまう。
そして、今の社会は実際にそうなっているのだ。
金融不安がさらに高まれば、「金融システムの維持」の名目で、またまた税金が投じられる可能性は高い。
その一方で庶民の貧困は広がり、2007年にワーキングプア人口は1000万人を超えて、今も増え続けている。
これは全労働者の25%にあたる。
日本のCENSORED者は年間3万人を超えているが、そのうちの2万人以上は働いている人たちだという。

ワーキングプアとは、働いても生活保護支給額以下の賃金しか得られない人々のことだ。
生活保護受給世帯は150万と言われている。
生活に困窮しても、受給申請が窓口で受けつけてすらもらえないケースが非常に多く、生活保護を必要としている人々は、実際にはさらに膨大な数になっているはずだ。
1000万人のワーキングプアの人たちも、生活保護費との差額を受給する権利があるのだ。
日本はつい先日まで、「戦後最長の好景気」が続いていた。
その一方で、圧倒的多数の人々の暮らしは厳しさを増し続けた。
働いても生活保護費以下の収入しかない人が1000万人もいて、最低生活を保障しているはずの生活保護は申請すらさせてもらえない実情だ。
何だかおかしいと思わないだろうか?

国民の最低生活を保障することは、憲法25条の「生存権」によって、政府の責任であり義務なのだ。
国や地方自治体の財政が厳しいからといって、国民や住民の最低生活すら切り捨てるのは、本末転倒なのだ。

☆日本国憲法 第25条 
すべて国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

こういう現状に対して、意見を述べればキリがないので、今はふたつだけ提案をしたい。

生活保護を受給する必要があっても、窓口で受けつけてもらえないような状況は、即刻解消しなければならない。
そうはいっても政府や行政はなかなか動かないのだし、受給申請に行く個人はやはり立場的に弱い。
弁護士が同行すれば、窓口の対応が変わったという話はよくあることのようだ。
ならば、生活保護受給をサポートするNPOなどに、弁護士名の入った「生活保護の支給要請書」を委託し、弁護士の支援を背景に申請できるような態勢をとることはできるはず。
行政は、とにかく申請を受けつけて、適正に審査するのが当然なのだから。
これなら弁護士もあまり手間を取らないだろう。
それでも、窓口で却下するなら、典型的なケースで皆が支援して(判例獲得のための)裁判を起こせばよい。
困窮している同胞がせめて最低限の生活ができるように協力するのは、私たちにとって当たり前のことではないだろうか?
生活保護を受けることを恥だなどと思うことはない。
本来税金とは、そういうところに十分に使われるべきものだし、それは「困った時はお互いさま」のひとつの形なのだ。

もうひとつは、私たち自身が、お金を軸とした暮らしからできるだけ脱却していくことだろう。
企業はあの手この手で、人々の購買意欲を増進しようとする。
物を買うこと・お金を使うことが、「豊かで、いい暮らし」であるかのように、私たちは思い込まされてきた。
「豊かで、いい暮らし」を手に入れるためには、より多くのお金を稼がなくてはならない。
そしていつの間にか、全てにお金がモノを言い、お金が全ての世の中に成り果ててしまっている。
金のためなら何でもしてしまう企業や人間が増えすぎている。

しかし、実際はお金で生身の人間が豊かになどなれるはずがないのだ。
私たちは、自分らしく、自分として、家族や仲間や仕事上の関わりを持つ人たちと接してこそ、幸せを実感できるのではないだろうか?

長くなったので先を急ぐ。

これから始まる金融不安・経済危機を、私たちは庶民の知恵とつながりで泰然と迎え撃ち、そこから新しい社会のありようを広げていく機会にしていけばどうだろう?

金にならないものは切り捨てるという価値観の結果、この国の農業も漁業も林業も崩壊してしまっている。
その結果として、この国に金がなくなれば庶民が飢える時代が近づいてきているのだ。
特に沿岸漁業や近郊農業を切り捨てて金に換えたことは、大都市住民にとって大きな不都合が振りかかるかもしれない。

まずは食生活を変えていくことだ。
肉食を減らし、国産野菜と「大衆魚」といわれる近海魚を中心にしていくことだ。
「地産地消」を軸にしていく暮らし。

衣料品や生活用品なども、できるだけ使い回しをしていけば、それだけお金への依存度は下がる。
新たにお金を使わせるための広告に乗せられるのはもうやめよう。
お金を出して便利さや快適さを買うのではなく、ひとりひとりの創意工夫によって、お金に支配されない暮らしを目指していけばどうだろう?
もちろん、最低限のお金は必要だ。
けれども、意識的にお金を軸にした暮らしから脱却していこうとすれば、かなりの部分でそれは可能ではないだろうか?

これは質素倹約というイメージではなく、お金を節約するためでもなく、私たち庶民が本当の意味で豊かに生きるためのポジティブな方法なのだと思う。
もちろん、個人の趣味や嗜好品を否定するのとは全く違う話だ。
自由を制限する方向性ではなく、本当の意味での自由を広げていく発想であり、方向性なのだ。
テレビやCMで見せられる「豊かで、いい暮らし」を基準にして、そのために心をすり減らし、身体を壊すような暮らし方には、こちらから決別してやろうよ。

繰り返して言えば、これはお金を使わないために心を縮める暮らし方ではなく、庶民が庶民として心も体も健やかに、豊かに暮らしていくことなのだ。
自律的な暮らしや、そのための創意工夫は実は楽しいことだと私は思う。
私たち庶民は、縄文の頃から長きにわたって、そうやって暮らしてきたのだ。
(私などが言わなくても、すでにそういう暮らしをなさっている皆さんには釈迦に説法でお許しください)

かつての日本には「ハレ(晴れ)の日」と「ケ(褻)の日」があった。
「ハレ(晴れ)の日」は特別な日であり、「ケ(褻)の日」は普段の日常のことだ。
それはおそらくは縄文の人々から受け継がれてきたものだと思われる。
私たちもハレの日は、(できる範囲で)与えられた喜び・そうできる喜びをおおらかに楽しめばよいのだと思う。
それぞれの価値観や人との関わりによって、どのような時がハレの日にあたるのかはさまざまでよいのだから。
とにかく大事なことは、お金に依拠する部分をできる分野から、できるだけ減らしていくということ。
心を縮めて我慢するのではなく、創意工夫やひと手間かけることによって、暮らしの内実を豊かにしていくということ。
そして、誇りをもって、そのような自律的な暮らし方を喜びとして伝え、広げていくことだと思う。

何度も言うが、それは貧乏臭く惨めな暮らしなどではない。
お金の節約というラインからしか見ないのは、まだお金を基準にしているということだ。
お金は基準ではなく、指標のひとつに過ぎないという価値観が重要なのだ。
いつの間にかお金に支配されてしまった私たち庶民の暮らしや社会を、もう一度、本当の意味で豊かにしていくことなのだ。
絡めとられ、奪い取らて久しい、にんげんとしての誇りと自由を取り戻していくことなのだ。
物質やお金を追い求め(あるいは追い回されて)、心を固くしてあくせく生きるのではなく、本当の自分らしく、本当の自分たちらしく自由に柔らかに、地に足をつけて豊かに生きていくことなのだ。
そういう暮らしでお金が余れば、ハレの日に使うなり、(世界の)誰かのために役立てればよいだけのことだ。

金融危機を理由にして、おそらくはまた庶民に不安を与え、恫喝し、さらに庶民を締め上げるような仕組みにしようとしている者たちがいるように、私は感じている。
全てが裏で仕組まれているのではないかという気がしている。
そうでなくても、今の世界や世の中は庶民にとって、十分に生きにくくなってしまっている。
ならば、今こそ私たち庶民としての価値観を再構築し、それに基づいた暮らしを取り戻していこう。
それはどこからでもすぐに始められ、きっと「皆も自分も幸せに生きられる社会」につながっていくのだから。

「それでは経済が後退して、人々の暮らしがさらに混乱する」という意見もあるだろう。
しかし、地球環境からしても、資源問題からしても、このままでは破滅するしかない。
お金を中心にした価値観や生き方や仕事のしかたが、皆を豊かに幸せにすることはできないという事実を、私たちはすでに経験したのだ。
皆を幸せにできないどころか、自分自身の心と体も健やかに生きることさえ非常に困難になってきてはいないか。
つい先日までの「戦後最長の好景気」のなかで、中小の企業や商店は倒産し続けた。
会社は潰れなくても、利益を伸ばしても、従業員は使い捨てのようにリストラされ、あるいは劣悪な労働条件を強いられている。
滑り台から突き落とされる罰ゲームを怖れて、にんげんどうしのつながりを断ち切って、まさに椅子取りゲームの椅子にしがみつくしかないような生き方をさせられているのだ。
「これ以上の経済の混乱は避けねばならない」というアピールそのものがfake(まやかし)なのだ。

私たちはお金に魂を売り渡すような生き方はしない。
私たちは、にんげんは、人から何かを奪わなくては生きられないような存在ではない。
人を傷つけるのではなく、お互いが癒しあい、高めあって生きることができるのだ。
にんげんとしての豊かな心をさらに広げながら、にんげんどうしが心を通わせあい、手を取り合って生きることができるのだ。
もう騙されない。
もう誤魔化されない。
もう彼らの思い通りにはならない。
私たちは私たちとして、にんげんとして生きていこう。
にんげんとしての自律的な日々の暮らし方によって、私たちは「明日のくに」の住人になっていくのだ。

16/09/2008(火) 21:52:15


No.4358  さき ホームページ
Re: 金融不安を越えて自律的な暮らしを始めよう 引用
ぬまさん♪
読んでたら心が弾んできました。(ぬまの意欲がこもってる!?)

私は経済社会の専門家じゃないから難しいことはわからないけど、やっぱり今の世の中何かおかしいと思いますもん。
先日ぬまから貸してもらった「金融権力」(本山美彦・岩波新書)を読んで、あたらめて「お金がお金を生むシステム」がどれほど巨大に膨れあがっているのか。そのシステム→実体のない<虚構世界>が、いかにいのちや暮らしにかかわる<現実世界>を好き放題に食い物にして操っているのかってことに、寒気がしました。

お金を持つこと、消費することが<幸せ>なんて誰が決めたんでしょうね。
それを否定するつもりはないけど、そこに人と人との心の通いあいや、生きた関係、人間やいのちに根ざした暮らし、労働や文化があってこそ、それが幸せや喜びになるんだと思うんです。
お金のために庶民どうし、弱い者どうしが、互いに足をひっぱりあって殺しあうような関係はごめんです。
そんな関係を強いるお金のシステムから自由になろうよって言いたいです。
いのちや暮らしをないがしろにするシステムにとりこまれるのはやめようよ、そこから降りようよって言いたいです。

>今こそ私たち庶民としての価値観を再構築し、それに基づいた暮らしを取り戻していこう。
それはどこからでもすぐに始められ、きっと「皆も自分も幸せに生きられる社会」につながっていくのだから。<
↑↑
同感です。
この地上に幸せと喜びあふれること。そっちに向かっていくこと。
そのために、ホントに大切なものは何なのかってこと。
それを伝えてるのがスピリチュアリズムなんだと思います。
それを胸張って伝えていきたいです。

17/09/2008(水) 00:06:18

No.4359  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 金融不安を越えて自律的な暮らしを始めよう 引用
>読んでたら心が弾んできました。(ぬまの意欲がこもってる!?)

ほい、ありがとさん。
なぜか急に書いてしまいました。

「金融権力」は、注文してやっと届いたと思ったら、僕が読む前にさきさんが持って帰ってしまったのでしたね。
僕も読みたいです。
僕も経済とかはよく分からないけど・・・。

17/09/2008(水) 00:51:36

No.4360  あきどん
Re: 金融不安を越えて自律的な暮らしを始めよう 引用
飯沼さんがおっしゃったこと、そうだ、そうだと思いました。

長いこと、人は、心を置き去りにして、お金を中心としたやり方に振り回されてきたのですね。本来の人の喜びを履き違えて、今、人々は何か違うと気がつき苦しんでいる。
このやり方では、社会にひずみが生じてどうしようもなくなりつつある。
お金を中心にしないで、心を中心にした生き方、工夫した生活、その方が本来の人の喜びを感じられ人生を楽しめること。私も工夫して生活をもっとお金から心を中心にしたものへシフトして喜びを感じて生きていきたいです。
お勧めの本を私も読みたくなりました。

17/09/2008(水) 16:52:48

No.4361  ひろこ
Re: 金融不安を越えて自律的な暮らしを始めよう 引用
今日、会社の人とプレゼンで偶然にも
「ハレ(晴れ)の日」と「ケ(褻)の日」の話をしていました。
夜にも娘と自律的な暮らしの話をしていたので掲示板を見て不思議に思った次第です。

18/09/2008(木) 01:33:49


No.4352 さき ホームページ 
意欲のエネルギー 引用
土曜日のドネ会にまき&ちこさんが来てくれました。
まきさんの就職が決まって、二人で会いに来てくれたのでした。
まきさんに会うのは久しぶりでした。
痩せてたけどきりっとしてて、その変わりようにびっくりしました。
話してても自然体で変な力が入ってない。カッコつけずに正直素直。
けど生き生きとした喜びとやる気にあふれてる。
心が大きく動く時、人はこんなに変わるんだと実感しました。
まきさんが病気で動けなくなってからずっと支えてきたちこさんも、まきさんの変化がホントに嬉しそうで、笑顔が弾んでました。
まき&ちこさん、これまで長かったけど本当によかったですね。
二人の新たな出発に大きな拍手を贈ります。

まゆみさん、さいこさんからの嬉しい報告に続いての、まき&ちこさんからの嬉しい報告。
二人の喜びエネルギーに刺激されました!!

皆が帰ってからも久しぶりの話がつきず、夜遅くなってからまき&ちこさんさんとぬまと私とでエネルギーを共鳴させました。
まき&ちこさんのエネルギーは「意欲のエネルギ―」が強いとぬまが言って、二人の雰囲気を思い浮かべるとなるほどって感じがしました。
意志とか、頭で考えて、ということだけでなく、自分がこうしたいという「意欲」なんですよね。
私自身がそこに共鳴しきれないようで、その後めちゃ眠たく眠たくて。。(翌日も!)
二人にエネルギー送ってもらいました。(ありがとう!)

人間って感情があるから、心が動く、心を動かしてこそ、それが生きた言動に反映していくんだよね。
そこを動かすのは「意欲」なんですよね。
不足を実感。しっかりそこにつながっていきたいです。

15/09/2008(月) 23:09:53


No.4354  まき&ちこ
Re: 意欲のエネルギー 引用
さきさん、遅くまでお邪魔してしまってすみませんでした&ありがとうございました!
私たちも久しぶりにお会いできて、ゆっくりお話もできて本当に嬉しかったです。
もう眠いのは大丈夫でしょうか?(笑)

病気になってからの私たちは動きたくても動けない、動いたとしてもまったく楽しくないという状態がずっと続いていました。
けれど、そうして抑えられてきた本来の「意欲」が開放されたとき、えもいわれぬ喜びと幸福感に満たされ毎日が楽しくて仕方なく、じっとしていることができず楽しみを求めて遊び(動き)まわりました。そして遊ぶ(動く)ことでまた喜び・楽しみが増し、さらに「意欲」が増していくという、プラスのスパイラルに完全にはまったような気がします。
気付きを得るまでは本当に苦しいばかりの日々でしたが、これほどの大きな喜びに繋がれるとは思ってもいませんでした。
人は変われる、いえ本来の自分(光)に戻っていけるということを実感しました。
そして旦那さんは仕事の初日だった昨日、さっそくその喜びが形としてあらわれ、固定客の獲得と販売に成功しました。

旦那さんの病気はパニック障害・躁鬱病・不安神経症・自律神経失調症と様々な病名がつけられ、様々な症状があり苦しみたおしましたが、それでも気付きをきっかけにぴたっと症状が治まったのです。
同じような症状で今苦しんでおられる方々も、きっと治るということを信じて乗り越えていかれることを祈っています。

そして、これまで手を焼かせ続けた旦那さんを見放すことなく力を貸してくださった飯沼さん・克子さん、最後の一押しをしてくださったさきさん、本当にありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします!

16/09/2008(火) 11:22:05

No.4355  まき&ちこ
Re: 意欲のエネルギー 引用
先日行った玉置神社のご祭神は國常立命なのですが、さっきふと気になって家の近くの国中神社のご祭神を調べてみると同じ國常立命でした。
今まですっかり忘れていました。(←罰当たり)
玉置神社はとても心地よく旦那さんも私もとても気に入りました。
玉置神社に惹かれたのも意味のあることだったのかと思い嬉しくなって追伸しました(笑)

16/09/2008(火) 15:14:28

No.4356  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 意欲のエネルギー 引用
まきちゃんの嬉しい変化はドネ日記で知っていましたが、実際に会ってみれば想像をはるかに上回る確かな変化でした。
今までのまきちゃんは何だったんだと思うほどの大変化ですね。

ずいぶんと長い期間がかかったけど、それは無駄じゃなかったと言うよりも、必要なものだったのでしょうね。
あるラインから言えば、それがカルマの解消に必要な「埋め合わせ期間」とも言えるのでしょうし、別の意味からは、これからのまき&ちこさんが本当の幸せと貢献の力を発揮していくための準備期間だったのでしょう。
まさにそれが伝わってくる、ふたりの幸せそうな様子とエネルギーの漲りを実感させてもらいました。

まさに、心と体・行動は一体であることがよく分かりました。

「意欲」というエネルギーは、とっても大事なものです。
「頭では分かっていても、そうしなければと思っていても、なかなか気持ちがそうはならない」という人はとても多いのです。
意欲とは、「自分の喜びとして、自分が動いていくための原動力」です。
そのエネルギーがなければ、楽しく生きることはできないのですから。
もちろん、自分が課題に向き合い、それを越えていくことを喜びとしてやっていくのも、意欲のエネルギーがあればこそです。
意志のエネルギーだけでは、人間らしい楽しさは得られないでしょう。
霊界では、あらゆることに関して、きっと意志と意欲が融合しているのだと思います。

またエネルギーの共鳴をしましょうね。
先日は改めて、「やっぱり悠々塾につながる人たちは、ヒーラーとしてのすごい素質を持って、地上に生まれてきているんだ」と思いました。

国中神社は、何年も前に克と主張ヒーリングで伺ったお宅のすぐ近くの神社です。
そこのご祀神が國常立(くにのとこたち)大神だったのを忘れてたとは・・・(苦笑)

16/09/2008(火) 21:07:26


No.4353 飯沼 ホームページ E-mail
2008年10月の直接ヒーリングのお知らせ 引用

☆☆ 2008年10月の直接ヒーリングのお知らせ ☆☆


☆京都
10月4日(土)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月5日(日)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月6日(月)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月7日(火)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
10月8日(水)  午後1時〜2時半   3時〜4時半

☆掲示板でお伝えした「副(反)守護霊」に関するヒーリングも、この期間にさせていただきます。

☆篠山での日程は未定です。
篠山での直接ヒーリングをご希望の方はお問い合わせ下さい。

☆遠隔ヒーリングは随時お申し込みください。
☆詳しくは当サイト表紙上部の「ヒーリングお申し込み」をご覧ください。

☆なお、9月の直接ヒーリングのご予約受付は終了しました。
☆予約日以外での直接ヒーリングをご希望の方は、別途ご連絡ください。
(急を要する方に限らせていただきます)


16/09/2008(火) 10:12:35



No.4349 飯沼 ホームページ E-mail
伊勢について(5年前のメッセージ) 引用
☆「天地悠々」72号から転載

[03/09/30]

伊勢参拝について、メッセージを受信してみました。

伊勢に参ることの意味

―前提―

コントロールによってエネルギーの方向性と範囲・対象が規定されることにより「形」が定まる。凝集、収斂(しゅうれん)するというのが「支配」の仕組み。

霊界における神と個霊との関係性は、絶対的な信頼と帰依。神からの絶対的な守護。
この関係性を地上で顕現したのが「支配」。

違うのは、地上においては力(武力・権力)によるコントロールであって、この違いは根源的な違いだった。なぜならそこに「愛」が欠けていたから。

―あなた方のこれまでは―

形や力よりも愛・信頼・摂理という本質に重点をおき、それに沿って生きようとしてきた。
形や力に依らず、形にとらわれないあり方を求めようともしてきた。

しかし、地上においては「形」を伴ってこそ安定状態を得られ、実感と確信を得られる。

この点が霊界との違いである。地上は喜びを形で表現する次元なのだから。

地上では、形を伴わなければ喜びとなりにくい。
それは「力」にはなりにくいという意味でもある。

本質は普遍のものとして、常に存在する。
けれども「形」として表すことができなければ「顕現」には至らない。

―これからは―

地上に生きる人々を現実に幸せにしていくために必要な「形」あるいは「顕現」。

これまで培ってきた本質に添う力を形にしていくことで、本質と形は融合し、普遍的な喜びを実現できる。
法則を具体化すること。摂理を顕現すること。全体にとっての喜びを個の上にももたらしていくこと。

各々が求める安定状態のなかでの幸せ・喜び。
実感できる喜び。
物と心、形と本質をつなぐため、どちらの波動にも共鳴しなければならない。

極めて地上的・地上で作用するエネルギー(力や形に重点があり、収斂・凝集の方向をさすエネルギー)に共鳴するための参拝。

地上を霊界の写し世にするには、闇に光をあまねく届かせなくてはならない。(そのためには光と闇の分断を解かねばならない。本来ひとつのものだったのだから。)

今までは伊勢のエネルギーが持つ、形を成す(権威を示す)という側面ばかりが人々に受け入れられ、求められ、崇められてきた(全てではないが)。

これからはその形をもとにして、地上的な喜びと霊的(本質的)な喜びをひとつに融合していかねばならない。
愛と摂理に貫かれた仕組みへの移行、変化、再構築、ということである。

Q)比較的最近のことではあるが、霊界側からの指導により私たちも「形を成す」ことを意識してきましたが。

A)本質・普遍・摂理・心…に重心がある者と、形・力(地上的な)…に重心がある者とでは、その違いは決定的であり、あなた方はその点に違和感を持ってきた。
自分たちも「形を成す」のだと思えても、「ああはなりたくない」と思ってしまう。
象徴的な者たちとの関わりが続いたのは、彼らの持つ地上的なエネルギーに触れるためでもあった。

伊勢はその意味では、“おおもと”であるから、これまでのことを踏まえて改めて共鳴の意志を高めてもらいたい。

Q)これから伊勢神宮に参拝する人たちは、どのような気持ちで祈念することが望ましいのか。

A)自分の幸せを願うのは結構なことである。しかし、「自分も皆もともに幸せに」と願うことである。同時に、常に見守られていることへの感謝を。



[03/10/06]

今回の伊勢神宮参拝について(メッセージ)

ひとつは、「破魔」のエネルギーの通路となるため。
本来的にはないはずのものをあるべき姿に転ずるためには、それを消し去るのではなく、エネルギーの方向を反転させるべきである。
ないはずのものである「闇」を反転させるならば、共鳴し飲み込まれるのではなく、共鳴して接点を作り飲み込む側にならなくてはいけない。
あなた方はこれを意識しなければならなかった。
エネルギーを注ぐ際に、それぞれの人の心の闇を拓いてその闇を包み込み、光に反転させるために。
否定し、消し去るのではなく、本来のものに戻すために。

もうひとつは、地上次元への更なる共鳴を強めるため。
物質的・肉体的・具体的・感情的な次元、形を以って表現される喜びとかげりの次元への共鳴と作用を高めるため。
地上の人が求める喜びを、あなた方はもっと提供していけるようにならなくてはいけないのであるし、それを思いながら、どうしても苦手意識や違和感を拭えずにいたから。

Q)このメッセージを読んだ人たちに向けて

A)・自分のなかにある心のかげりを否定しないでください。
 それは、本来の光の心が暗転してしまったのですから。
 もう一度転じて、光に戻すべきものなのですから。

・自分の幸せを大いに求めてください。
 そして同じくらい皆の幸せを願ってください。

15/09/2008(月) 16:51:05


No.4350  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 伊勢について(5年前のメッセージ) 引用

[03/10/07]

「魔(心の闇)」について メッセージです。

闇もかげりも、本来の霊界にはないものです。
愛に連なるさまざまな心を光とするならば、それぞれの心と対極にある心が闇です。
光の心は神の御心に近づく方向性を持ちますが、闇の心は神の御心から遠ざかる方向性を持ちます。

“かげり”は、光の方を志向しつつもそれに向かえないという矛盾をはらむ心です。
しかし、“闇”は違うのです。光から遠ざかる意志を含むのです。
これは「幽界と暗黒界の違い」と同じです。
心の“かげり”によって形づくられた幽界は、人間の心の弱さ、哀しさ、未熟さによって成り立つものです。
しかし暗黒界は、自ら“かげり”の心に生きることを意志した者が織りなす世界です。

自分の困難や試練を嘆き、悲しむのはかげりです。しかし、他の者も同じような目に遭うことを願ってしまえば、そこには闇が生じます。
うまくいかない自分を思い人を妬んでしまうのはかげりです。しかし、その人を陥れたり、失敗のための画策をすれば、そこに闇が生じます。
気持ちのうえで人を嫌い、疎んじ、否定するのはかげりです。しかし、何かしらの形(言動)でその人を傷つけ、否定してしまえば、それは闇の心が為せるわざ、となります。
不平不満を持つのはかげりです。だからと言って誰かに与えられているもの、誰かが手にしているものを奪うこと、失わせることは闇の心の表れです。
その人が求めているもの(こと)を知りながら与えないのはかげりですが、逆のものを向けるのは闇です。

けれども、“かげり”も“闇”も、もとは光なのです。裏返しです。だからこそ、光に還ることができるのです。

闇を否定してみても、それを消し去ることはできません。
あなた方が心のかげりを持つ以上、そのかげりはいつ闇にまで深まっていくか分からないからです。
しかし、その闇を拓く力はあります。闇もかげりも全てを包んで慈しむ心です。

《神の御心は全てに対する祝福。かげりも闇も祝福のなかで存在を許されている。しかし、存在を許されている状態(段階)にとどまることは法則に反する。なぜならば全ては進化・向上の道を歩むからである。ということは、存在が許される状態(段階)からの変化・移行はいずれその時期を迎える。
地上人類が作り出してしまったかげりも闇も、本来的には人類自らが光に転ずべきものである。ゆえに、かげりと闇を、否定・嫌悪・無視するところを越え、“あるもの”として受け入れる段階を経、解消(昇華)するところまで進まなくてはならない。それが地上人類のカルマ解消であり、地球の次元の移行となる。》


[03/10/08]

「魔(心の闇)」について 補足のメッセージです。

人の心の闇を“あるもの”として受け入れるとは、それを見聞きし、触れたとしても、自らの内にかげりを抱かずにいられる状態を指します。
しかしそれだけでは、闇を光に昇華させるにはいた至りません。

闇を抱える人を思いやることができるか。
闇を抱える人を慈しむことができるか。
愛すること、大切にすること、尊重することができるか。

心を揺らさないという段階の次にくるべきものは、このいずれかの思いを向けることができる、という心のありようです。
そう思える人はその時点で、見せられた闇を包み込んだことになります。
そう思えた人にとってはすでに“闇”ではないからです。
(その時点で思いやりの対象、慈しみの対象、愛する対象、大切にする対象、尊重の対象だからです。)
これが昇華ということです。

自分の心の闇を昇華させていくには、同様に、まずは自らの内なる闇の心をあるがままに見、“あるもの”として認識することです。
闇を抱える自分は誰からも愛されていないのだろうか、と自らに問うのです。
答えは誰に対しても同じです。

「あなたを慈しむ存在、あなたを愛する存在、尊重し大切にしてくれる存在がいる。それは神であり、霊界から見守る数多くの霊たちである」(「そして、あなたと共に生きている人たちである」)

どんな闇を抱える自分であっても、限りない祝福を神から注がれて今を生きている。
闇の心を含む自分の存在全てが、神に抱かれている。
これが事実です。
いくら否定しても、この真実は微塵の揺らぎもありません。
それを信じ、喜び、感謝できた時、こうして生きる自分を喜べた時、闇の心には、光へ向かう方向のエネルギーが賦与されます。
これが昇華です。

15/09/2008(月) 16:54:19

No.4351  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 伊勢について(5年前のメッセージ) 引用
☆一応、注釈しておきます。

>闇を抱える人を思いやることができるか。
>闇を抱える人を慈しむことができるか。
>愛すること、大切にすること、尊重することができるか。


といっても、闇に支配されたり、迎合したり、加担することではないのは言うまでもありません。
あくまでも摂理に沿った、本来の光に反転させるためのものです。
光に向かう方向性と意志を曖昧にすることは、すなわち闇を助長することだと私は思います。

15/09/2008(月) 17:30:01

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