まだ夜回りをしたことが胸の中でチカチカしています。
私が住んでいた丹波にも京都にも 彼らの姿はありませんでした。
大阪に兄と住むかもしれない、となったとき 私は初めものすごくものすごく嫌で、
「だって大阪は汚いんだもん。臭いんだもん」と
平気な顔で言っていました。 それでも住むことになって 私たちの住んでいる地域は野宿者の方々が少ないこともあって ほっとしていたのを覚えています。
ビッグイシューという野宿者の方々が販売している雑誌があって それは見かけるたびに買うようにしていました。
でも、野宿者の方々への拒否感というのは根強く 夜回りに参加することになった時も 大変なことになってしまった・・と胸の内でドキドキしていました。
でも実際夜回りをすると、汚いとか臭いとかそんな感覚はどこかへいき、
出会う野宿者の方々が元気でいてほしいと願ったり、 悲惨な事件がもう起こらないように願ったり、 行政のやり方に腹をたてたり・・・
まったく見方が変わってしまったのです。
これは不思議な体験でした。 「知り合う」ってこういうことなのか、と気づきました。
自分の世界の境界線、その中と外。 今まで私の世界(小さな世界)の中に野宿者の方々はいなかったです。
彼らがどんな生活をしようが私にはなんら関係がなかった。
それが知りあうことによって一気に 自分の世界の出来事、自分の問題として浮かび上がったのです。
私にできることをやっていきます。 あの日は何にも役にたたなかったけど、 参加させてもらったことに感謝しています。ありがとう。 |
28/04/2008(月) 21:41:20
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