[ 掲示板に戻る ]

過去ログ閲覧モード


No.3589 飯沼 ホームページ E-mail
明日からフィリピンです 引用

スレッドが長くなったので、こちらでごあいさつします。

今日は夕方に篠山を出て大阪に泊まり、明日の朝フィリピンに向かいます。
今日の夜は宿泊先から掲示板を見ることができると思います。
緊急のヒーリング等の場合は、悠々塾に電話でお知らせいただければ、フィリピンのクリニックのパソコンにメールで取り次ぎができるかもしれません。
明日の朝9時過ぎまでは携帯が通じています。
30日の午後6時半頃にマニラ航空機で関空到着の予定です。(29日はマニラ泊の予定です)

フィリピンは4月と5月が一番暑い季節だそうで、今年はすでに非常に暑くなってきているようです・・・。
篠山ではまだストーブをつけたりする気温ですから、向こうの暑さはきついでしょうが、とにかくせっかくの機会ですから楽しく、自分たちらしい働きをしてきます。
言葉が通じないので、理性の枠を外した理屈抜きのヒーリングになるでしょう。
これがけっこう楽しみです。

スピリチュアルヒーリングですから、地上のどこでしても同じように思うのですが、シルバーバーチの霊訓のなかに、「気候風土(文化的土壌も?)等によっても霊力の発現の仕方は違ってくる・・・」というような意味の記述があったと記憶しています。
その意味でも楽しみです。

現在遠隔ヒーリング中の皆さんのお名前は、もちろんメモして持って行きます。
日本にいる時のようにはできないでしょうが、フィリピンからも遠隔ヒーリングを続けるつもりでいます。

皆様からの応援に感謝いたします。

24/03/2008(月) 13:52:18


No.3592  さいこ
Re: 明日からフィリピンです 引用
飯沼さん、さきさん

気をつけて行ってらっしゃ〜い。
暑さに負けず、楽しんで来てくださいね。
お帰りを楽しみ待っています。

追伸
昨夜は忙しいのに急な遠隔ヒーリングのお願いで、すみませんでした。
亀ちゃん、昨夜はよく眠っていました。
また咳がひどくて眠れないかと思っていましたが、すぐにいびきをかいて眠っていました。
ありがとうございました。

24/03/2008(月) 15:23:12

No.3593  キリコ
Re: 明日からフィリピンです 引用
いまごろ、着いたでしょうか?

25/03/2008(火) 21:27:37

No.3595  キリコ
Re: 明日からフィリピンです 引用
無事に着いたようです・・・
今日あたり、活動開始、でしょう・・・

27/03/2008(木) 22:06:19

No.3596  スーパーじいさん
Re: 明日からフィリピンです 引用
無事に着いて良かったです〜
そして大成功で有りますように!!!
お二人共にお元気でご活躍を!!
みんなで応援しましょう

27/03/2008(木) 22:09:34

No.3597  キリコ ホームページ
Re: 明日からフィリピンです 引用
飯沼さん、さきさん、良い仕事をしたようですね〜

現地では、大騒ぎだったようです。

家のマークから、冨田さんのブログへ飛べますので、
ぜひご覧ください。

30/03/2008(日) 07:30:48

No.3598  スーパーじいさん
Re: 明日からフィリピンです 引用
キリコさん…見ました〜
思わず嬉しくなり書き込みました!!

30/03/2008(日) 11:48:38

No.3599  tomoako
Re: 明日からフィリピンです 引用
飯沼さん さきさん お帰りなさい、お疲れ様でした。

今晩ですよね?帰られるのは。。。

富田さんのブログを見ました、嬉しいです!

暖かい湯船に浸かって ゆっくり休んでくださいzzzz。

30/03/2008(日) 12:05:11

No.3600  キリコ ホームページ
Re: 明日からフィリピンです 引用
多分、飯沼さんやさきさんにとっても、ライフワークになりそうな気がします。
変な物質主義的価値観に毒された日本より、とても素直に霊的価値観を受け入れる土壌がありそうです。
凄い、新鮮かつ喜びに溢れた訪問だったと察します。

30/03/2008(日) 13:46:59

No.3602  まゆみ
無事帰ってきたようです。 引用
『無事着きました。
ヒーリングで忙しく有意義だった。』
という携帯からのメールが入りました。
日本に無事に帰ってきたようです。
お土産話が楽しみですね。

30/03/2008(日) 20:08:10

No.3604  ちぃ
Re: 明日からフィリピンです 引用
わぁ♪ お帰りなさいです!!
フィリピンでのお話〜とっても楽しみです(*^ー^*)
お疲れが出ませんように、ゆっくり休まれて下さいです〜。

30/03/2008(日) 20:40:27

No.3607  あきら&ひとみ
Re: 明日からフィリピンです 引用
お帰りなさい、お疲れ様でした!!

かなりの成果があったようでよかったです。

30/03/2008(日) 20:56:36

No.3608  ひろ&ミュー ホームページ
Re: 明日からフィリピンです 引用
お帰りなさい♪
お話を楽しみにしています!!!
まずは、ゆっくり休んでくださいね。

30/03/2008(日) 22:54:38


No.3601 あきら&ひとみ  
こんばんは 引用
皆さんこんばんは。

お知らせがあり投稿させてもらいます。
ミューさん、ひろさん、あきら、ひとみ4人で〜HEART〜というスピリチュアルカウンセリングの場で働かせてもらっています。
ブログも開いていますが、4人が思う事や日記のようなものを書き込んでいます。
こんな考えをしている人達が〜HEART〜で働いているんだな、と少しでも分かってもらえれば嬉しいです。
まだまだ4人未熟でありますが精一杯頑張っていきますのでよろしくお願いします。
↓  ↓
○○○○://hamaheart.blog113.fc2.com/

○にhttpを入れてくださいね。

悠々塾のホームページ下のリンクバナーからも飛べますので覗いてみてください。

30/03/2008(日) 19:21:09


No.3603  まゆみ
Re: こんばんは 引用
4人それぞれの思いがまっすぐに伝わってきました。
〜HEART〜応援します。
がんばってくださいね。

30/03/2008(日) 20:31:27

No.3605  あきら&ひとみ
Re: こんばんは 引用
まゆみさん、早速見てくれてありがとうございます。

これからもどんどん更新していきますのでよろしくお願いします。

30/03/2008(日) 20:54:14

No.3606  ちぃ
Re: こんばんは 引用
皆さんの力強くもあたたかい思いが綴られた日記を、読ませて頂けるの嬉しいです!!
〜HEART〜の皆さんのご活躍がとても嬉しく私達の励みです^^
私達も〜HEART〜を応援していまぁす☆

30/03/2008(日) 20:55:10


No.3570 祥  E-mail
未来は決まったものなのかどうか 引用
 人は心で思うことによっても未来を作り上げているといいますが、そうしますと、実現された人生は、もともと計画してきたものと、生まれてからの想念や言霊で作り出したものの、いったいどちらなのでしょう。

 気のせいなのかどうか、人生の要所要所で出会ってきた人を思い返してみると、昔夢で出会っているのです。夢でであった時点で、未来として決まっていたのだろうかと疑問に思っています。

19/03/2008(水) 22:37:10


No.3572  さき ホームページ
Re: 未来は決まったものなのかどうか 引用
祥さん、はじめまして。
未来は決まったものなのかどうか、というご質問ですよね。
ぬまさんがまた返信されると思いますが、個人的に思ったことを書きますね。
私はあまりそんな風に考えたことなかったです。決まってたらどうなん?って感じもするし、誰しもいつかは自分の地上人生を振り返る時がくるわけで、その時には「そういうことやったんか」って理解と納得するんじゃないですかね。それでいいんじゃないのかなって思ってます。

地上で生きるってことは、今回の人生で決めた宿題をしにくるわけですよね。宿題のテーマは決まってても、それが解けるかどうかはその人が地上人生をどう生きるのかにかかっているわけで、最初から解けるにちがいない宿題だったら、わざわざ生まれてくる必要もない。
わからないし、先が見えないし、簡単に解けないからこそ、地上で生きる意味があるんやと思ってます。
返事になってないかもしれないけど、未来が決まっていようがいなかろうが、要は自分の地上人生を一生懸命に精一杯に生きることが大事なんじゃないの。というのが私のスタンスです。

20/03/2008(木) 09:13:47

No.3573  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 未来は決まったものなのかどうか 引用
☆祥さん

>人は心で思うことによっても未来を作り上げているといいますが、そうしますと、実現された人生は、もともと計画してきたものと、生まれてからの想念や言霊で作り出したものの、いったいどちらなのでしょう。

「もともと計画してきたもの」というのは、いわゆる魂の意志と解釈しますね。

地上に生まれるに当たって、魂は今回の地上人生での学びやカルマの埋め合わせ等の計画を立てると言われています。
しかしそれは、「自分がどんな(社会的)存在になるか」というような単純なものだけではないはずです。
魂とは実態のある心(意識)でもありますから、地上という物的世界で味わう心(思い)に重点が置かれている場合もあると思うのです。

たとえば、過去世での自分が我がままで、人の気持ちを思うことなく自分の我を押し通して、周囲の人たちに嫌な思いをさせたとしたら、今回の人生では自分がそういう思いを嫌というほどに味わう経験をすることが人生の大きな目的の場合もあるでしょう。
それがカルマの埋め合わせであり、そういう中で自分が「人として優しく、正しく。人も自分も幸せに」と思い、実際にそうしていくことは貢献になるのでしょうし、それがカルマの解消でもあるのだと思います。
「かつての人生で地上に残してしまった“喜びではないもの”を喜びにしていくことが、カルマの解消であり、それはさまざまな意味で貢献となるはずです。

「もともと計画してきたもの」は、人によって千差万別なのだということです。
それは何度もの過去世のテーマも内容も、人それぞれであるのですから当然だといえます。
しかし、全ての人に共通しているテーマは、「いかなる状況の中でも(それを受け入れた上で)、人として優しく正しい思いと言動にを手段として、皆も自分も幸せになっていこうとする」ことだと思います。

祥さんの疑問へのお答えは、「今の自分の状況や状態は、魂の意志と生まれてからの自分の想念や言動が複合的に反映しているのです」ということです。

しかし、大事なことは(いくら考えても答の分かるはずのない)それらについて思いをめぐらせることではなく、今の状況・状態を受け入れて、そこからどうしていくのか、だと思います。

自分の現状は自分自身が作ってきたものですし、地上界の現状は地上人類が選び取ってきたものです。
ただし、「自分の現状は自分自身が作ってきたものです」というのは、今回の地上人生が全てではなく、過去世も含めた、霊としての永遠の生命のごく一部であるということを受け入れているという前提がなければ、軽々に言うべき言葉ではありません。
場合によれば、今、本当に苦しい状態に置かれている人たちの気持ちをさらに踏みつけることになるからです。

それを受け入れるならば、地上界の未来は私たち地上人類が、自分の未来は自分自身が日々の想念や言動によって作っていくのです。
皆も自分も幸せになっていける方向で、(自分が)物事を考え、思い、言葉や行動で表現していくということです。

夢についても、さまざまな要素が関連して「夢」になるので、一概には言えません。
いわゆる「霊夢」というものがあることは私も認めていますし、経験もしていますが、そこにあえて何か大きな意味を見出そうとすることには賛成できません。
もちろん、「霊夢」が人や自分の学びや人生にとっての大きな意味を持つ場合は別ですが、自分なりの「不思議ワールド」に入り込むことで、今、自分がなすべきことから意識を逸らせてしまうにもなりかねません。

私たちは、何度もの過去世でできなかったことを、今度こそ成し遂げるために、こうして地上に生まれてきているのです。
カルマの解消とは、誰にとっても非常に難しいものなのだと思います。
だからこそ、霊的知識を理解することで、自分が今なすべきことに向き合い、カルマ解消に挑むのです。
地上的な損得を超え、今の自分の思いや感情の囚われから解放されて、「皆も自分も幸せに」を、「人として優しく、正しい」手段で実現していくことが、霊的知識に触れた人間のしていくべきことに他なりません。

これは祥さんに向けてではありませんが、霊的知識やスピリチュアリズムは、社会や自分の現状から目を逸らさせるためのものではないのです。
霊的知識やスピリチュアリズムが、現実逃避の麻薬であってはなりません。
厳しく過酷な現世の現状の中にあっても、己の心に光の霊界や浄土の喜びを抱き、そこから始めて現世の隅々にまで生きる喜びの光を実際にゆきわたらせることなのだと、私は思っています。

20/03/2008(木) 14:50:22

No.3574  飯沼 ホームページ E-mail
補足です 引用

掲示板上でのご質問にお答えする場合、ご質問の内容から少しズレたり、話が広がっても、他の読者の皆さんの参考にもなるようにという視点で書くことにしています。
そういう意図ですので、どうぞご理解くださいますように。

20/03/2008(木) 15:18:56

No.3594  祥 E-mail
Re: 未来は決まったものなのかどうか 引用
 お礼が遅くなりましたが、どうもありがとうございました。
 手を差し伸べることのできるタイミングでパッと手助けができたらなあと思うことしきりです。もっと自分に力があれば良いのに。
 フィリピンでのヒーリング活動、気持ちばかりですが応援しています。
 

27/03/2008(木) 21:06:41


No.3590 飯沼 ホームページ E-mail
【私のスピリチュアル】  引用

冊子の原稿募集中です。
こちらの制作意図をうまく説明できていないのですが、「うん、こういう感じの原稿を集めて冊子にしたかったんだ!」と思った原稿をひとつ、著者の同意を得てご紹介しておきます。
もちろん、皆さんのイメージで自由に書いてくださればよいのですが、実感のこもった原稿なのでイメージが湧かない方は参考になさってください。
。。。。。。。。。。。。。。。

「スピリチュアリズム」という言葉を知ったのはいつ頃だったでしょうか。多分、数年前テレビの番組だったように思います。
 年をとって、なかなか横文字が理解できないでいましたが、「スピリチュアリズム」という言葉は、耳に心地よく響いてきました。声に出して言うには、むつかしいなあという思いがしていました。
 人は、この世だけの命ではなく、肉体はなくなっても魂は生き続けていくということ、目には見えない、ちょっと不思議な世界というふうに思っていました。

 私にとって、このような考え方は、新しいものではありませんでした。
 私は、悪いことをしてお金を儲け、おもしろおかしく生きていく人、人を傷つけても平気で生きていける人、いくら働いても貧しくそれでも一生懸命生きていく人と、同じなのだろうか、同じでいいのだろうか、同じであるはずがない、それならどこで違ってくるのだろう。亡くなってから、やはり天国とか地獄とかあるのだろうとか、私がウソをついたり、心の中で悪い思いをもったり、憎んだりした時、これは人にはわからないけれど、これって誰が裁くのだろう、きっと神様がいて神様と自分にはウソはつけないのだ…とか思う子供でした。テレビもない時代で、誰から教わったわけでも、誰かに確かめたわけでも書物を調べたわけでもなかたように思うのですが、なぜかそんなことを思っていました。

 高校に入り、聖書に出会いました。私の小さい時からのくせで、深く物事を考えたり、どこまでも追求したり、疑ったりすることもなく、何でもすぐに信じてしまう性格のようでした。
 それから何十年もたち、息子が体調をくずすようになった頃、友達の影響もあって、精神世界(?)のことに興味をもつようになり、「前世」とか「来世」、「輪廻転生」、「カルマ」とかそういう本を読むようになりました。

 魂はずっと続いて転生を繰り返し、自分で人生を選んで生まれてくるということを知り、だから同じ環境で育っても、それぞれに違うのだと自分の中で納得したりもしました。
 自分で選んできたのなら仕方ないのかと妙に落ち込んだり、あきらめてみたり、よし!それならと頑張ってみたりもしました。

 困っている人がいれば手をさし出し、出来ることがあればさせてもらう、という思いは何となく持っていましたが、息子が精神的な病気になってからは、自分の子供もちゃんと育てられないのに、人のためになんて出来ないと思うようになり、そのうちつらい日々の中で、そんなことを考える余裕すらなくなっていき、ある日突然、心が動かなくなり、何の感情もわいてこなくなりました。人とのかかわりも持たなくなっていきました。
 何年も続くつらさを誰にもわかってもらえないと思い、一人でもいいと思っていました。

 息子の病気を受け入れることさえ、かかえきれなくなって、「こんなにつらいのなら死んだ方がいい、死んでしまいたい」と思うようになりました。ふと祖母のことを思いました。 

 私の祖母は今から30年前、81才の時、自らの命を断ってしまいました。誰にも気づかれないように、雨の降る夜、山に入って…。
 聞いた時、とてもつらかった。81才まで頑張ってきたのに、絶対に自から命を断つことだけはしてはならないのに。
 海辺の私の家から、二つバスを乗り継ぎ、一日に一往復しかないバスを降り、そこから山に向かって坂道を20分位登って行くと、山の中に祖母の家があります。小さな頃の私は体が弱く、二度程、命を落としかけたことがあったそうで、貧しく常に病院にかかれない私を、祖母はお灸をして私を助けようとしてくれました。いやいやながらも祖母の家にいっていたのをうっすらと覚えています。私にはやさしい祖母でした。子供の頃は、祖母につくしやわらび、栗やみかんを取りにつれて行ってもらった楽しい思い出があります。大人になって、祖母のつらい日々はわかってはいたけれど、他県に嫁いだ私は、なかなかたずねていくことは出来ませんでした。でも、命を断つ程に悩んでいたなんて…。この世のつらさはなくなったのかも知れないけれど、祖母の魂はどこへ行ったのだろうと、いつも気になっていました。

 CENSOREDという行為が、どれ程残された人々を苦しめ、悲しみの中に沈めてしまうことか。
 祖母はただ楽になりたかっただけだったのだろうか、どこに行くのかを知らなかったのだろうか…と思っていました。

 私は知っていて祖母と同じ思いでいる。思うだけではあるが、ダメだなあと思っていた時、息子の先生に「お母さんもう限界ではないですか。去年の秋位からお疲れのようだと思っていました。息子さんにちょっと入院してもらって少し休まれたらどうですか。」と言われびっくりしました。本当に限界だったのです。わかってくれる人がいたんだ、半年間も息子だけでなく私のことも気にしてくれていたんだと、つらさが一瞬遠のいていくのを感じました。
 人から癒されたのは、はじめてのような気がしました。あまりつらいと木漏れ日の中に出かけていきました。つらい現実があってもそこに行けば、心がからっぽになって癒される気がしました。私が癒されるのはいつも自然からでした。
 人にわかってもらえたということが、こんなに嬉しいんだと涙があふれました。人とのかかわりを持ってもいいんだと思いました。

 つらいことは重なり、そんな時「スピリチュアル」を学んでいる人々に出会って、こんなに心の優しい人達がいるんだということを知り、私はこの人達の中でも癒されてきました。皆さんそれぞれに何かしらのことをかかえてスピリチュアルに出会われたのだと思うのですが、それでも誰もが「人として正しく人として優しく、皆も自分も幸せに」という生き方を実践されているのです。そういう生き方が本当の「スピリチュアル」なんだと学びました。

 つらいことは追い討ちをかけてきたけれどスピリチュアルを生きている人々に、助けられ、癒されて、以前のように、大きく取り乱すこともなく、つらさの中にあっても、人の痛みもわかろうと思うし、皆んな幸せになってほしいし、自分も幸せになりたいし、人の喜びも嬉しいと思える自分が嬉しいのです。

 お金がなくて助かる命も助からない子供達が沢山いると聞きます。私には、ほんのわずかなことしか出来ませんが、ほんの少しでも多くの人がつながれば、わかちあいが出来ると思っています。
 マザー・テレサが日本にこられた時、お話を聞きに行きました。すぐ近くにおられるシスターは、小柄でサンダルばきで、どこにでもいそうなこのシスターのどこに素晴らしい働きをされている力があるのだろうと思いました。そして話されたことは、やはり愛の実践ということでした。

 お腹をすかせた貧しい少年が、やっとパンを一個買えるだけのお金を手にしたのですが自分よりも貧しい人のために空腹をがまんしてそのお金をさし出したのです。裕福であり余ったお金をいくら出されても、その少年のパン一個のお金は、どれだけ愛に満ちていることでしょう。たとえわずかでも、心の痛みの伴うものであってほしいというお話をされたと覚えています。

 私には小さな硬貨しかできませんが、この硬貨がなければパンを買うことも出来ないわけでもなく、かといってぜいたくをしているわけでもなく、余っているものでもありませんが、わずかでも、喜んで困っている人の役に立ててくれるドネーションシップの存在が私には嬉しいのです。

 心が痛む程のものではありませんが、困っている人達を思う心は、大きくそわせていきたいと思っています。
 子供にも負い目を持ちながら、正しく生きてこれなかった悔いもあり、何度も何度もくじけますが、「今からでも遅くはないのです」と言って下さる声に励まされ、それが嬉しく、スピリチュアルな生き方を、特別でもなく、ごく普通に、あたり前に「自分も皆も幸せに」と生きている人々と一緒に生きていきたいと思っています。そして皆んなが助けあっていける世の中になればいいなあと思っています。

24/03/2008(月) 14:35:02



No.3565 飯沼 ホームページ E-mail
「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用

◆「愛は時空を超えて」にあるように、3月25日から30日まで、フィリピンの貧しい村で無料クリニックを開いておられる冨田さんのところへ行ってきます。冨田さんのクリニックは昨年、「ドネーションシップ」が初めての分かちあい(寄付)で100万円を支援させていただいたところです。行ってからのことは行ってみないと分からないのですが、難病の患者さんも多いそうなので、ヒーリングをさせていただくことになると思います。

◆フィリピンはスペイン・アメリカの植民地支配の名残りで、数十人の地主が国土の半分を所有している国です。当然、大部分の人々は貧しく、人々の大半は一日1ドル以下の生活を強いられているそうです。貧しさゆえに病院にも行けない人たちのお役に立ってきたいと思っています。

◆「先進国」といわれる日本でも、格差や貧困が大きな社会問題になってきています。不安定な雇用が激増する中で失業による貧困や、低賃金ゆえに働いても生活保護支給額以下の収入しか得られない人々が激増しています。「グローバリズム」という弱肉強食の市場原理が存続する限り、日本はもちろん、世界の貧困問題は解決しないでしょう。そして遠からず、崩壊が始まるのです。

その混乱の中で、「せめて自分たちは普通に暮らしたい」というささやかな願いを大事にする、庶民といわれる人々がまたしても踏みにじられていくのでしょうか。歴史を見れば、いつの時代もそうでした。

◆しかし、今度こそは世界中の庶民が同じ轍を踏まされるのではなく、分かちあい、支えあい、補いあいの「明日のくに」の理念とビジョンとネットワークを構築していきたいものです。これから私たちが広げていくのは戦いの火の手ではありません。もちろん生ぬるくいい加減な物分りのよさや迎合でもありません。

きっぱりとして優しい愛を広げ、あらゆるところにその愛の花を咲かせ、そこに実った喜びの果実を皆で分かちあうことなのです。初めは小さく少しでも、皆で分かちあえば分かちあうほど、その果実はさらに大きくたくさん、豊かに実っていくはずです。夢物語として一笑に付されるかもしれませんが、決して難しいことではないのです。私とあなたと彼や彼女が、世界中の彼や彼女を自分と同じ人間と思い、隣人を愛し、手を差し伸べさえすれば、いとも簡単に実現するのですし、私たち自身も地上に生きる喜びを実感できるのです。

★最後になりましたが、「掲示板から」で呼びかけている原稿、よろしくお願いします。


19/03/2008(水) 13:56:04


No.3566  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
というわけで、25日から5日間ほど、フィリピンに行ってきます。
現在ご依頼を受けている皆さんには、フィリピンからも遠隔ヒーリングをさせていただくつもりです。
個別にできなかった場合は「皆さんへ」というイメージでヒーリングさせていただき、ヒーリングの日数も延長いたします。

24日午後から30日夜までは連絡がとれなくなります。(飛行機の搭乗時刻や手続きの関係で、篠山を24日に出発します)
緊急のご用件の方は、悠々塾にお電話いただければ、もしかしたら冨田さんのパソコンに連絡を入れられるかもしれませんが、確かではありません。

今回のフィリピン行きへの皆さんからのご支援・応援に感謝いたします。

19/03/2008(水) 14:23:23

No.3567  さき ホームページ
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
昨年初めて冨田さんとお会いしてから、いつかフィリピンのクリニックを訪問させてもらいたいと思っていました。
こんなに早く実現するとは!嬉しい驚きです。
この機会を与えられたことを喜びます。

助産師・看護師の冨田さんのクリニックにはお金がなくて病院に行けない人たちがやってきます。2006年に生まれた赤ちゃんは170人、年間5000人の患者さんを診ています。
冨田さんのブログにはそんなクリニックの日常や訪れる人たちのことがつづられています。(右上の家マークから行けます。是非御覧下さい)

貧しさのなかで、貧しさが生み出され続ける構造のなかで、貧しさゆえに、食べられなかったり、病院に行けなかったりして、死んでいく人がいる。

自分たちにできることって何なんだろう。
生きてくってどういうことなんだろう。
幸せってなんなんだろう。
ブログを読ませてもらってると、考えさせられることがいっぱいです。

冨田さんが伝えてくれるフィリピンの子どもたちの笑顔。
フィリピンの人たちのおおらかなたくましさ、あかるさ。。

冨田さんや彼女につながるフィリピンの人たちから、人間にとっていちばん大切なことを教えられ、与えられているのだと感じています。
だから今回、直接クリニックを訪問させてもらって、冨田さんや彼女につながる人たちに会えるのはすごく嬉しいです。

彼女の活動・生き方を尊敬してます。
ドネーションシップがクリニック維持に少しでもお役に立てたならこんなに嬉しいことはありません。
またそこにとどまらずに、今回の旅がドネーションシップのめざす「わかちあい」「明日のくに」への航海に、さらなる希望の風をはらませる一歩となったらいいなって思ってます。

いのちはひとつらなり。人は互いに思いあえるもの。
心は響きあうもの、通いあうもの。
その人を思う気持ち、愛情はきっと伝わる。
そう信じて、喜びを求め、喜びを願って。。行ってきま〜す。

19/03/2008(水) 20:34:38

No.3568  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
フィリピンはかなり暑くなってきたそうです。
常夏の国の夏ですね。


村々の巡回医療に同行することになるようです。

「多分、歩き回る日もあると思いますので、よろしくお願いします」という、冨田さんからのメールに少々たじろいでいます。
暑いのは苦手だし、何しろ極度の運動不足ですから・・・。

19/03/2008(水) 22:05:02

No.3575  キリコ
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
>>暑いのは苦手だし、何しろ極度の運動不足ですから・・・。

今日から毎日、お散歩しましょう。

現地では、塩分と水分の補給は、こまめに。
下痢予防も。
体力がおちると、腹に来ますから。

「ミイラ取りがミイラに」なんてことにならんように・・・(笑)

21/03/2008(金) 06:03:21

No.3576  キリコ
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
水分補給には、けっこう、皆さん気を使いますが、
一番盲点となるのは、塩分補給です。

塩分控えめなんてのは、普段の生活で心がけることであって、
熱帯地区で体を動かすときは、塩分補給は絶対に必要です。

それにしても、今回行くときにあわせたかのように、十数年ぶりの超円高ですね。

凄いご縁というか、偶然というか・・・
非常に高いレベルでの、応援があるように存じます。

21/03/2008(金) 06:27:15

No.3577  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
☆キリコさん

いろいろとありがとうございます。
私もさきさんも胃腸は丈夫ですが、キリコさんのお勧めに従って「ビオフェルミン」を飲み始めています。

私は普段から塩分控えめとかには全く気遣いしてないのですが、血圧は上が120台です。
克が病気の時は血圧も150程度になっていたのですが、やっぱり緊張していたのですね。
コレステロール値も楽々で基準値内ですし、この前の献血時の検査データーでは、全部の項目が基準値内でした。
しかも献血前の数日間はお酒を飲む機会が続いていたのに、肝臓数値も全く問題なしでした(笑)
私は普段は夜も仕事のことが多いのであまり飲みません。
でも、飲み会や定例会の2部などでは、たいして酔わないくせに大酒を飲みます。
うちの父方は糖尿病の家系なのですが、血糖値も正常です。
普段から全く摂生らしきことはしていないので、周囲から呆れられています(笑)
食物からの影響は確かにあるのでしょうが、やはり物質よりも気持ちや心のエネルギーの方が、人間の体には優位なのだと思います。
私も子供の頃は病気ばかりしていましたし・・・。

それと、円高は私たちには関係なしですよ(笑)
円高というよりも、ドル安ですね。
飛行機代はもう振り込んでるし、冨田さんの村ではお金を使うこともなさそうですし、小額しか両替しません(笑)

しかし、元々カラクリだった「紙幣」が、その本性を現しそうな様相を呈してきました。
アメリカの中央銀行にあたる「連邦準備銀行」は、日本の「日銀」などとは少し違っていて、財閥系の民間銀行なんですね。
そこが独自の判断でドル札発行を調整しているそうです。
その国のというか、今や世界の基軸通貨であるドル紙幣の発行権が政府ではなく、営利目的の銀行家に握られているのですよ。
ケネディ大統領は、ドル紙幣発行権を政府に取り戻そうとしたから暗殺されたという憶測もあるそうです。

金融不安で、アメリカ連邦準備銀行はドル札を大量に印刷して、証券会社にまで貸し出しています。
日本が保有しているアメリカ国債は民間を合わせて500兆円とも言われています。
日本の財政赤字の大部分は、アメリカ国債を買っているからとも言えるわけです。
アメリカが発行している国債の40%(うろ覚えで確かではありませんがその程度)を日本が買っているのだそうです。
アメリカが怖くて、売ることもできなかったのです。
ドル安になれば、その差額は日本にとっては莫大な損益になります。
ドル札の化けの皮がはがれて、元の木の葉に戻ってしまうのでしょうかね。
税金でアメリカ国債を買っているのですから、これほど酷い税金の無駄遣いもないと思うのですが・・・。
最初から向こうさんはそのつもりで、日本はハメられてたのでしょう。
というよりも、日本の主な政治家たちもグルだったということでしょうね。
ドルを維持するために、日本が公的資金という税金でドルを買い支えるようにとの要請が、アメリカから出されるかもしれません。
庶民の血税をアメリカや巨大企業に貢ぐのはもうやめてほしいものです。

フィリピン行きには関係ありませんが、大変なことが起きているのは間違いなさそうですね。

またまた話は広がりますが、今年はテレビで「東京大空襲」の番組がいくつかありました。
なんだか、アメリカ信奉のマインドコントロールから覚めてき始めているような気がします。
「鬼畜米英」などと言いながら、完膚なきまでに痛めつけられた上で戦争に負けて、進駐してきた米兵たちは表向きは当時の日本の憲兵よりもはるかに紳士的で、物を与えてくれたり、自由な雰囲気を持っていた。
「鬼畜米英」を叫んでいた有力政治家からも、アメリカのCIAのエージェントになる人物が出てきて、一気にアメリカ追随の風潮になった。
これで庶民もアメリカ信奉のマインドコントロールにかかってしまったんではないかと、私は思います。
日本の大中都市はほとんど全て激しい空襲を受けて、25万人以上の庶民・非戦闘員が殺戮されたのですから、その衝撃は私たちの想像をはるかに超えていたでしょう。

ベトナム戦争に失敗し、「大量破壊兵器保持」などという大嘘でイラク戦争を始めたのに、イラクは混乱するばかり、しかも嘘もバレてしまったり、狂牛病等でのアメリカの出鱈目なゴリ押しが目立ってきたりして、戦後60年たって日本人もようやくマインドコントロールが解け始めているように思うのです。

きっと、これからは政治も経済も人々の心のありようも、今までとは違う、かなり根底的な変化が起きていくように思います。
それはやはり、混乱の中でということになってしまうのでしょうが・・・。

21/03/2008(金) 10:39:04

No.3578  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
☆キリコさん

余計なことを書きましたが、塩分補給に気をつけます。
生水は飲まないつもりなので、昼間っから、缶ビールにイカの塩辛ですかね・・・?
なんて不謹慎なことはせずに、ペットボトルのミネラルウオーターは向こうで買って、塩分はスルメ、じゃなくて乾燥梅干ですね。
まだ何も準備していないけど・・・。

向こうは急に暑くなって、冨田さんも暑さバテしたそうです。
4〜5月が一番暑い季節だそうですね。
温水シャワーなんかもなくて、水浴びだそうです。
そういう暮らし、好きですから嬉しいですね。
邪魔にならないように、そして、いい働きをしてきますよ。

21/03/2008(金) 11:29:21

No.3583  KANDA
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
こんにちは。
飯沼さん、さきさん、もう少しで出発ですね。
体に気をつけて行ってきてくださいね!!

冨田さんのブログを読ませていただいて、
「私なんかもう駄目〜」なんてすぐ思ってしまう自分がいるのに、
出来ることは違っていても、自分が今居るところで、何か誰かの役に立てる事はないか?といつも思いをめぐらせる自分が居ます。
そんな思いにさせてもらえます。

報告が遅くなりましたが、娘は症状も良くなり、
以前にも増して、元気で笑顔で過ごしています。
(いたずらが多くて、標的になる息子が迷惑していますが・・笑)
ありがとうございます。

23/03/2008(日) 14:19:08

No.3585  tomoako
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
いよいよ明日からですね☆ 
あちらの気候を思うと ちょっぴり心配です(-_-;) どうか ご無理をなさいませぬよう・・・

飯沼さん、さきさん お気をつけて〜 

日本から ずっと、ずっと、、帰ってこられるまで 応援しています(^o^)丿

24/03/2008(月) 01:41:21

No.3588  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「天地悠々」125号、後記・雑記から 引用
☆KANDAさん、tomoakoさん

ありがとうございます。
KANDAさん、娘さん、よかったですね。

今日は夕方に篠山を出て大阪に泊まり、明日の朝フィリピンに向かいます。
今日の夜は宿泊先から掲示板を見ることができると思います。

フィリピンは4月と5月が一番暑い季節だそうで、今年はすでに非常に暑くなってきているようです・・・。
篠山ではまだストーブをつけることが多い気温ですから、向こうの暑さはきついでしょうが、とにかくせっかくの機会ですから楽しく、自分たちらしい働きをしてきます。
言葉が通じないので、理性の枠を外した理屈抜きのヒーリングになるでしょう。
これがけっこう楽しみです。

応援に感謝いたします。

24/03/2008(月) 11:19:50


No.3582 カピバット  
ただいま、帰りました 引用
おはようございます。

つい先ほど、自宅に戻りました。今回も皆さんにはお世話になり、ありがとうございました。帰る途中、ずっと米米クラブの「浪漫飛行」を聴きながら、帰りました。でも、車を運転してして「浪漫飛行」は少しおかしいですね。しかも、助手席に女性もいないので「浪漫飛行」の「ろ」の字も無い(苦笑)。何年も車の中で「浪漫飛行」を聴き続けて、ようやく気付いた矛盾点です。というわけで、これから朝の薬を飲んで、休みます。
今回も本当にありがとうございました。今後も宜しくお願い致します。

23/03/2008(日) 07:26:17


No.3584  ちぃ
Re: ただいま、帰りました 引用
おはようございます^^  昨日はお疲れさまでした☆ 
浪漫飛行〜 懐かしい!
飛び〜まわれ〜カピバットさん〜♪

23/03/2008(日) 17:19:33

No.3586  カピバット
Re: ただいま、帰りました 引用
ちぃさん、

おはようございます。

そうですね、「浪漫飛行」は1990年にシングル化された曲ですから、もう18年前の曲ですね。ちなみに、私はまだ小学校6年生でした。

>飛び〜まわれ〜カピバットさん〜♪

そうですね、いろいろ飛び回りたいですね。もちろん、恋人も一緒にね(笑)。

24/03/2008(月) 08:30:10

No.3587  飯沼 ホームページ E-mail
Re: ただいま、帰りました 引用

カピバットさん、ちぃさんを初め、定例会に参加してくださった皆さん、お疲れさまでした。
2ヶ月ぶりの定例会でしたが、充実した内容で、楽しい時間を過ごせました。
今回お話した内容やヒーリングの実習したこと、どうぞ継続してチャレンジしていただきたく思います。
学びは、日常で実際に言動に表してこそ意味をなすのです。
何度つまづいても転んでも、いつかはクリアしなければならない課題であれば、挑み続けるしかないでしょう。
何度も失敗したとしても、それは決して恥ずべきことではありません。
本当に恥ずかしいのは、今の自分の至らなさ・不十分さに意識を向けず、本当は自分でも感じているのに挑みもしないことです。

2部でも個人的なお話ができなかった方がたくさんいて、申し訳ありません。
私としても残念ですが、また次の定例会でお会いしましょう。

次の定例会は、5月24日(土曜)の予定です。

5月の定例会でまたお会いしましょう。

24/03/2008(月) 11:03:04


No.3579 飯沼 ホームページ E-mail
明日は定例会です 引用

明日は2ヶ月ぶりの定例会です。

今月は悠々塾に宿泊する人が多く、今お聞きしている人以上はとても泊まれません。
すみませんが、ご了承をお願いいたします。

21/03/2008(金) 14:10:24


No.3580  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 明日は定例会です 引用

篠山は夜からかなり寒くなってきました。
明日の気温は分かりませんが、大阪あたりよりはかなり寒いと思います。
服装にお気をつけくださいね。

21/03/2008(金) 21:32:31

No.3581  ひろこ
Re: 明日は定例会です 引用
又寒くなりましたね。
篠山は寒いでしょうね。
私は明日も仕事です。
定例会が終わって3日後にフィリピンへ出発☆
時差もあるし、急に暑い国・・だし・・・
くれぐれも無理をなさらないようにしてください。

冨田さんがこれからもお元気で過ごされますように・・・
どうかよろしくお伝え下さい。

22/03/2008(土) 00:25:22


No.3561 MO-MO  
(No Subject) 引用
はじめまして。最近母が若くして病気(癌)で他界しました。以前より霊界通信に書いてあるような物事については興味がありましたので、今回HP内を熟読させていただきました。ありがとうございます。一つ疑問があります。

誰しも今回の人生の目的があり、そして、どこに生まれ・いつ死ぬかといった "青写真"が予め設定されている(定めて肉体を選ぶ)とのこと。

その一方で「病」は心の翳り等が身体に現れたものとあります。

その心の翳りから生まれた病によって死亡する、というのはどういうことなのでしょうか。結局、心の翳りを今生では克服できなかったということでしょうか?しかし一方、おおよその死期も予め設定されているとなると、「翳りを克服できずに病で亡くなる」という青写真であって、闘病も含めたその過程での気付き・学びが
人生に設定された課題・目的なのでしょうか。

どのように考えれば宜しいでしょうか。

特に癌では、取った治療の方法・その人の生命力等によって生死が分かれたり、少なくとも、多少の寿命は異なることもあろうかと思います。
(ただ、これは現世的な発想であって、5年・10年・20年程度の違いは霊界?から見ると一瞬なのだろう、という気も致しますが・・・・)

ご助言頂ければ幸甚です。

18/03/2008(火) 19:47:00


No.3562  飯沼 ホームページ E-mail
(No Subject) 引用
☆MO-MOさん

はじめまして。
お母さんが最近、お若くして他界されたとのこと、さぞお辛かったことでしょう。
お見舞い申し上げます。

さて、ご質問の件ですが、当サイトにもありますように、まず「かげり」とは決して、「良くない心」というような意味ではありません。
「喜びに変換できない状態の心」という言い方が適切であると思っています。
私たち人間は、その人の魂の傾向や学びの段階、あるいは過去世からのカルマや今生で果たすべき役割などに基づいて、さまざまなテーマを担っています。
それらの多くは、初めからは「喜び」として受け止めにくいものでしょう。
そこでさまざまな思いを味わいながらも、それらを喜びとして受け止めていく、あるいは喜びに変換していこうとしていくことが、課題であります。

その人の魂は、今回の地上人生の青写真を(死期に関しても)おおよそは把握していると言われています。
しかし、それは何歳の何月何日というような期日ではないと思います。
しかも、その人の人生の青写真にしても、一本のテープに書かれているような、単純なものではないだろうと思います。

人は決して一人で生きるものではありません。
関わる人との関係性や具体的な対応によっても、自分の心のありようはさまざまな様相を呈すものです。
もたらされた事柄に対する自分の心のありようにしても、決して単純なものではなく、複雑な要素が絡み、複雑な心の発現があるものです。

「いかなる状況においても、周囲の人がどうであれ、自分は喜びの心を軸にして生きよう」と、魂は意志して生まれてきているのでしょうが、実際には完璧にそうはできるものではありません。
その時々で、やはり揺れ動きながら、いくつもの選択肢のなかから、ひとつを選択することの連続なのだと思います。
結果から手繰り寄せれば、全ては一本のテープのように見えるのですが、実際には無数のジグソーパズルのピースを組み合わせ、繋ぎ合わせながら、自分の人生を紡いでいくのでしょう。

魂が自分の地上人生の青写真を把握しているといっても、それは、すでに決定されているものではないと思うのです。
幾通りものシミレーションとして把握しているということではないかと、私は考えています。
自分が何かひとつのことを思い、言動で表現すれば、それはひとつの結果でありながら、また次の選択の原因になっていきます。
これがジグソーパズルのピースですから、幾とおりもの組み合わせがありえます。

角張ったピースの面には同じ形の面のピースしか組み合すことはできないでしょう。
角張ったピースに、曲線のピースをあてがってしまえば、どこか現実味や真実味のないものになってしまいます。
けれども、角張ったピースに当てはまる、角張ったピースの面を組み合わせても、その反対側の面(辺)の形は自由に選ぶことができます。
もっと角張ってギザギザしたものでも、優しく丸みを帯びたピースでも、自分の意志で選ぶことができるのです。
一番新しいピースが、今の自分ということになるのでしょうね。

どのピースを選ぶかは自由意志で、あらかじめ決まってはいないのだと思うのです。
もちろん、魂は今回の人生のテーマを把握しているのですから、選ぶべきピースの形は認識しているはずです。
どのような形や彩のピースを繋いでいき、どのような色彩の人生模様を編み上げていくのが、自分の人生の目標なのかを知っているのです。
でも、地上のほとんどの人は自分の魂の意志から隔絶された日々を生きているのですから、魂が選択すべきと意志したピースを選択できない場合も多いのでしょう。
しかし、大いなる神や学びの進んだ霊は、人間の自由意志さえも実は把握できているのでしょう。
「摂理の奥にも摂理がある」ということなのでしょうね。

喩(たと)えが悪くて、余計に分かりにくくなったかもしれませんね。
すみません。

何が言いたいかといえば、それぞれの地上人生にはいくつもの選択肢による幅があって、魂が把握している青写真とは、そういう幅も含めてのものではないかということです。

そうでなければ、喩えは適切ではないかもしれませんが、幼い子供の親がCENSOREDしてしまうケースなどは説明不能になってしまいます。
「幼い子供を残してCENSOREDする」という青写真はありえません。
しかし、その子供の魂は、「幼くして親と死別する」ということは、人生の青写真に含まれているはずだからです。

分かりにくい話ですみませんね。
でも、これはしっかり分かっていただきたいのですが、どんな人でも完璧な地上人生というものはありえません。
そして、何がその人にとっての「不十分」になるのかは、その人の人生の課題や学びの段階によって、さまざまなのです。
不十分さという言葉も、かげりと同じく、「喜びとして受け止め、喜びとして表現しきれない状態」のことを指すのです。
それにあなたもすでにお分かりのように、わずか数十年間の人生が、その人(霊)にとっての全てなどではありませんから、霊的視野で眺めれば、「全ては佳きに計らわれている」ということになるのだと思います。

私でよろしければ、またご質問ください。
分かる範囲でお答えいたします。

19/03/2008(水) 00:57:07

No.3563  飯沼 ホームページ E-mail
(No Subject) 引用
昨夜、大急ぎで書き込んだせいかどうか・・・、分かりにくい文章ですね・・・。

私が「喜び」という言葉を使う時は、単に「自分(だけ)にとっての嬉しいこと」との意味ではありません。
「自分にも皆にも本当の喜びとなることを、自分の喜びとしていく」という意味を含んでいます。

19/03/2008(水) 12:29:38

No.3569  MO-MO
Re: 引用
飯沼さま

早速ありがとうございます。母の人生のテーマはなんだったのか、54年の人生でどの程度不十分?・達成?されて今一休み中なのか・・・これについてはまだもやもやしていますが、私自身が母の死によって、学んだことは

・困難から逃げない。目をそらさない。
・その人の気持ちになって考えること、行動すること
・辛いこと・不満よりも今与えられている幸せを考える
初歩的な話しですが、心に刻んでいます。
「自分にも皆にも本当の喜びとなることを、自分の喜びとしていく」・・・にも繋がりますね。母の死をもって、全くこれらが出来ていない、精神的に未熟な人間であったことを、思い知らされました。

頂いたメッセージ、多分 時がたってから読み返すと、今日現在読み取った文脈とまた違って、あるいは、更に深い部分で腑に落ちる落ちる部分がありそうだ、感じております。

改めまして、ありがとうございました。

19/03/2008(水) 22:25:48


No.3564 飯沼 ホームページ E-mail
3月定例会のお知らせ 引用

 
日時 3月22日(土曜日)
第1部 「癒しの講座」 お話とヒーリングの実習
       
午後2時から5時
参加費・1200円
        
第2部 「懇親会」 (ISSINのミニライブあり)
午後5時半ごろからお時間の許す限り        
参加費・1500円
    
☆☆☆最寄駅はJR福知山線篠山口駅です。
地図の必要な方はお知らせください。
(079−594−5094)
。。。。。。。。。。。。。

4月は定例会はありません。

19/03/2008(水) 13:52:19



No.3560 ゆうき&みゆき  
長くなったのでこちらに 引用
さきさん、藍子、みやっちさん、キンちゃん、
さいこさん、ひろこさん、祐造さん、あきら&ひとみさん、
tomoakoさん、ひがしさん夫妻、みさおさん、ゆりかさん、
にぃ&ちぃさん、のりぴーさん、ひろ&ミューさん。
そして、ヌマじぃ。まゆみバーバ。

嬉しいお言葉ありがとうございます。
少しだけ今の心境を・・・

正直、嬉しいです。
でも嬉しいだけではなく、同時にやはり不安でもあります。
不安な要素は考えれば考える程出てきます。
でも僕らの赤ちゃんは、僕らの元に生まれてくる事を望んで
やってきてくれるのだと思えば、多少は気持ちが軽くなります。

まだまだ小さな命です。
この命が成長し、この世に生まれてくる頃には
僕らも、新米パパ、新米ママとしての心構えが出来ていると思います。

焦らず、挫けず、地道に僕らも成長していきます。
色々お世話になるかも知れませんが、
これからも宜しくお願いしま〜っす!

16/03/2008(日) 23:14:30


全4014件 [ ページ : << 1 ... 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 ... 402 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

Rocket Board Type-X Rocket BBS