ご迷惑、ご心配をおかけしました。 電話に出られず、メールの返信もできませんでした。 すみません。
39度を越える高熱は結構きつかったですが、もうほぼ回復しました。 来月下旬の数日間、フィリピンの貧しい人たちの村に、ヒーリングを兼ねて、そこの無料クリニックを見学に行くことになり、一昨日の夜にそのことを考えていました。 貧しさのために病院に掛かることができない人たち、言葉が全く通じない人たちへのヒーリングです。 私は布団に入ってから眠る前に、働きについて思いをめぐらせることがよくあるのです。。 そこで、あることに気づいて眠りました。 それは一言で言えば、「治る喜び」というものでした。 ○○○○○○○が喜びにしか反応しないとすれば、肉体にとっても精神にとっても、最大の喜びは健やかさの回復、つまり治ることです。
私は自分がヒーラーであることを知り、それを受け入れてからずっと、ヒーリングというものは誰にでもできるものだと信じてきました。 そしてそのためには、ヒーリングの原理を普遍化しなければならないとも考えてきました。 理性に偏っていた私は、「法則によってこそ普遍化できる」と思い込んできたようです。 「その法則が一般に受け入れられるには、まず私たちが実績を積み重ねていくことだ」と思っていました。 それは今でも間違っているとは思いませんが、それが全てではないことに思い至ったのです。 霊的法則・ヒーリングの法則の普及は大切なことですが、それとは別のラインでの「治る喜び」こそが、○○○・・・の活性化を強く促すエネルギーだったのですね。 こんな簡単なことが、今頃になってやっと腹に落ちたことが多少情けなくもありますが、それでも嬉しいです。
思いがけないことで癒しの働きを始めた頃、まだ片手間にひとりでしていた頃は、治ることが嬉しくて、不思議で、面白く、知的好奇心を掻き立てられながらも無心でやっていたのでしょう。 それが克とこの働きを始めてからの10年余りは、その意味では原理や法則が分かってきたぶん、「治さねばならない」という義務感やプレッシャーが強くなりすぎてきたのだと思います。 まして克が病気になってからは、そのプレシャーがさらに強まったことは、自分でも意識できていました。 その呪縛からの脱却のようです。
そのせいか、克に関連する、懐かしく不思議な夢を見ました。 直接に克は登場しませんでしたが、10歳くらいの見覚えのない男の子が、克とも私とも懐かしいような親しみを込めて、克と私の働きをたどるようにあちらこちらに場所を移動しながらガイド(説明)してくれました。 残念ながら夢の全てを覚えているわけではありませんが、夢の最後に私はその子に「ありがとう」と言ってハグしていました。
多少風邪気味ではあったのですが、目が覚めた時には熱が出そうになっていて、体温を測ると逆に時間を追って下がっていきました。(私は普通の時は36,6度が平熱です) その日は、朝は36.6度、数時間後は36.2度、さらに35,9度と下がり始めました。 仕事をしていたら、珍しく急にチョコレートを食べたくなって、時節柄たくさんあった(笑)チョコレートをかなりたくさん食べました。 それでエネルギー的に準備が整ったのか、それから急に熱が出始め、夜には39度になっていました。 39度の熱はかなりしんどかったのですが、1時間半おきに大量にオシッコが出て、落ち着いて寝ていられない状態でした。 脱水症状に陥らないように、水分だけは補給し続けました。 まるで体内の水分を全部入れ替えるかのような大量排出でした。
今日は発熱による体に痛みはまだ残っていますが、全体的にずいぶんすっきりしています。 頻尿・多尿もピタリと止まりました。
明日は、さいこさんと亀ちゃんの結婚パーティです。 元気になっていきますよ。 |
15/02/2008(金) 09:16:35
| No.3392 tomoako |
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15/02/2008(金) 10:29:11
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