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No.3344 飯沼 ホームページ E-mail
お知らせ 引用

  ☆☆ 2008年3月の直接ヒーリングのお知らせ ☆☆

☆京都
3月1日(土)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
3月2日(日)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
3月3日(月)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
3月4日(火)  午後1時〜2時半   3時〜4時半
3月5日(水)  午後1時〜2時半   3時〜4時半

☆篠山での日程は未定です。
篠山での直接ヒーリングをご希望の方はお問い合わせ下さい。
☆遠隔ヒーリングは随時お申し込みください。
☆詳しくは当サイト表紙上部の「ヒーリングお申し込み」をご覧ください。
☆なお、2月の直接ヒーリングのご予約受付は終了しました。
☆予約日以外での直接ヒーリングをご希望の方は、別途ご連絡ください。
(急を要する方に限らせていただきます)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

2008年は奇数月の第4土曜日に定例会を開催します。
2月は定例会はありませんので、お間違えないようにお願いいたします。

08/02/2008(金) 12:43:42



No.3347 まゆみ  
喜びの輪を広げましょう! 引用
8日です。喜びの輪(和・環・話…)を広げましょう。

悠々塾の定例会が隔月に開催されることになりました。
2月の定例会はありません。
定例会に出席することで勉強しているつもりになっている私です。
なんだか心もとない感じもしますが…

振り返ると今まで習ってきたことは実生活に添ったことばかりだったなと改めて思いました。
それをどう活かしていくかですよね。
どう役立てていくのかですよね。

スピリチュアルな生き方って、特別なことでもなんでもない人間が人間らしく生きることなんだなと改めて思います。

毎月8日に掲げさせていただくこのメッセージに添った生き方をしていこうと改めて思います。


今月もエネルギーの共鳴をみなさんと一緒にしたいと思います。
エネルギーを送る時間がそれぞれ違っても、その心のエネルギーは大きく強くひとつになり、この世界に広がっていくのではないかと思っています。

みなさんよろしくお願いいたします。



    * * *

共鳴させるエネルギー
「不調和から調和へ」

・この人の病が治りますように(全ての人の病が治りますように)
・この人の魂の意志が精神・肉体にまで行き渡りますように
・自らのかげりや闇を光に変えていこう
・自らの魂の意志が、精神・言動にまで行き渡りますように
・全ての人が魂の意志に従って生きられますように


      * * *

『 私たちひとりひとりは、この地上界を変えていこうと意志します。

それは自分の心の闇に光を通すことです。

目の前の人に手を差しのべることです。

遠く離れた人に祈りの心を向けることです。


この地上にある一切の「偏り・不調和」が一掃されることを願います。

そのために、ひとりひとりが今、自分にできることをしていきます。

人として正しく、人として優しく生きます。

自分も人も、皆が幸せになるように、

私たちひとりひとりが霊力の通路となります。 』



『 神の前に進み出で

 深く頭(こうべ)を垂れ 聖なる杯を受けなさい

 いついかなる時も 神の懐深く抱かれていることを
 
堅く堅く信じなさい

 それが不動の柱(霊力の通路)となる 』

      *

08/02/2008(金) 16:57:04



No.3331 鉄ママ  
メッセージ 引用
私達の悠々塾との出会いは、2003年の5月でした。
私と子供たちのことでカウンセリングを受けました。
主人は、霊的なことは一切信じていませんでした。でも、暗示でもなんでもいいママが変わっていけるなら、、、と悠々塾にカウンセリングをお願いしたそうです。
カウンセリングがすすみたくさんのメッセージを飯沼さん、堀江さんから伝えてもらいました。
チビ鉄のことで将来のはっきりしたものがほしかった主人だったと思います。そんな様子をみて飯沼さんが「彼へのメッセージを」と堀江さんに促し、堀江さんがうなづいて伝えてくれたメッセージ
「”早く 強く 多く 大きく”ではなく、その人がその人として自由に伸びやかに自在に生きていくことを認め、喜んでいく。
それが今回の人生で学ぶことである。
その視点に基いて、親は子をどう導きどう育てていくべきかを、多くの迷える親・不安な親に伝えていく。」

彼も私も???
早く 強く 多く 大きく。。。の部分は理解できても、親は子をどう導き・・・・・迷える親・不安な親に伝えていく。の箇所に関しては「俺は人と関わることが嫌い(苦手)だし、こんなのありえない」と主人は言いました。
私もどんなイメージも出来ません。

あれから5年、彼は悠々塾の掲示板も悠々通信も天地悠々も読みません。
私が事細かに逐一「こうだって、ああだって」と伝えます。(私の感想等織り交ぜながら)
鉄やチビ鉄、私の両親、私に対する様々なメッセージ。
そして、悠々塾に繋がる皆さんとの交流、暖かな思い。
少しづつ、でも確実に私はもちろん主人の心に刻み込まれてきました。
つい先日「俺は人のことが恐い。でも飯沼さんや悠々塾に繋がる人たちは俺達のことを信じてくれる。だから俺も信じられる。そこが違う。俺達は絶対に悠々塾から離れることはない。」と言っていました。
結婚して今まで、彼からこのような言葉を聞くのは初めてでした。びっくりしてうれしかったです。

昨日夕食の支度をしている時、フッと主人に伝えられたメッセージを思いだしました。
今チビ鉄のクラスメートとの関わり、クラスメートの両親との話し合い。これって、メッセージが伝えていることじゃない!
主人と二人で堀江さんのきれいな字で書かれたメッセージを読みました。
主人が「一番最初のカウンセリングで今に繋がること全部伝えてもらったんだな・・」と言いました。本当にそうだと感じています。
夕食の支度をしている時、堀江さんが「ほらほら、メッセージ」と肩をたたいてくれたのかなぁと思います。
もう一度堀江さんから届いたメッセージでした。

07/02/2008(木) 11:22:33


No.3334  飯沼 ホームページ E-mail
Re: メッセージ 引用
克が受信した個人宛のメッセージは、その時はピンとこない場合でも、何年もたってから伝えられたことの意味がドッと分かったりすることもあるようです。
克が受信したメッセージには、個人の将来の予言めいた内容はほとんどなかったのですが、稀にそういう内容が含まれているものは、的中しているようです。

私も40歳までは霊的なことなど、全く信じていませんでした。
今でも、「自分が信じたいから信じている」に過ぎないのに、それを絶対視してしまう、検証を伴わない霊能オタクのような人たちは苦手です(笑)

ですから、鉄パパのような人に、こう言っていただけるのは嬉しい限りです。
元々、悠々塾は組織でも団体でもなく、規約もない自由参加のグループです。
スピリチュアリズムを軸にしていますが、
「自分が、人としてどう生きていくのか。家族をはじめとする周囲の人たちとどう関わっていくことが、相手や自分にとっての本当の喜びになるのか」
「もたらされた試練やトラブルを自分に都合よくではなく、本当の意味で調和的に解決していくにはどうすればよいのか。今までの自分のままで逃げたり、相手のせいにしてしまうのではなく、筋は通しながらも相手の苦しさをもっと分かろうとし、自分の価値観や思い方を変えていこう。自分が成長できた分だけ、人への眼差しも、自分の言動も変わっていくのだから」
「自分もさまざまな苦しさを抱える中でそういう作業をしていくことは容易ではない。だからこそ、信頼しあえる仲間と共に、分かちあい、支えあい、補いあいながら、一歩ずつでも本当の喜びに向かって進んでいこう」
という場が「悠々塾」です。

いろんなことはあったとしても、「信じるべきは人の心」と霊団からは教え導かれてやってきました。

鉄ママ・鉄パパが大変な思いの中で続けている、チビ鉄のクラスメートとその親たちとの関わり、私も時には胸が締め付けられる思いで、またある時は胸が熱くなりながら読ませていただいています。

自らの魂が決めてきた働きを始めれば、試練は打ち続いたとしても、ふと気がつけば個人としての自分は以前よりもはるかに幸せを
実感できるものです。
鉄ママ・鉄パパも、きっとそうだと思います。
克も穏やかに微笑みながら、おふたりを見守り、応援していますよ。
これからも、この地上を照らしながら生きる仲間として、よろしくお願いしますね。

というところで、さきさん、ドネのSNSに書いた鞍馬寺のことを、ここにも転載してね。

07/02/2008(木) 21:55:03

No.3346  yuka E-mail
Re: メッセージ 引用
鉄ママさん 初めまして‥ yukaと申します。
☆ 読ませていただき‥ 涙が溢れて来ました‥ ご事情はよくはわかりませんが‥ とても嬉しい思いでいっぱいです‥ 。


08/02/2008(金) 13:20:37


No.3340 さき ホームページ 
いろいろ。。 引用
☆yukaさん
携帯からの投稿、嬉しいですよ。頑張っておられるんですね!
私も応援してますよ!!

☆鉄ママさん
投稿読んでうるうるしました。
克子さんがすぐそばにいるようで。。
ちび鉄くんのクラスメート・親ごさんとのお話をお聞きして、鉄ママと鉄パパの愛情の大きさに感動してます。
克子さんのメッセージそのまま!!やと思いました。

☆節分の翌日、立春ですね。ちょうど予定が空いてぬまと鞍馬山に行きました。
鞍馬山の案内に書いてあったこと、面白いので紹介します。

鞍馬山の本尊は尊天(そんてん)―私たち人間をはじめ万物を生かし存在させてる宇宙生命、宇宙エネルギーだそうです。
(以下鞍馬山のチラシより)

〜〜鞍馬山の信仰は、尊天を信じ、ひとりひとりが尊天の世界に近づき、ついには尊天と合一するために、自分の霊性にめざめ自分に与えられた声明を輝かせながら、明るく正しく力強く生きていくことにある。宗教にも人種にも国境にもこだわることなく、ひとりひとりの真のめざめと、共に生かされている万物の調和を祈るのである。
また「生活即信仰」を合言葉に、「非行悪言を慎み、己を完成する。真実真心を以て、世に尽くす人となる。尊天より御力を戴きて、強き信念に生きる」。。略
このような生き方をする人が増えて、ろうそくの灯が周囲を明るく照らすように、世界中が明るく豊かになることを理想とする。〜〜

山の上の空気はとても気持ちがよかったです。
今回は雪も残っていて行けなかったのですが、今度は奥の院にも行きたいです。

08/02/2008(金) 11:11:10


No.3343  飯沼 ホームページ E-mail
Re: いろいろ。。 引用

鞍馬寺には数年前にも行きましたが、鞍馬寺の教えはスピリチュアリズムそのものですね。
前に克も一緒に行った時も、そんな話をしましたね。
本堂に平和運動のパンフレットなどが置いてあったのが印象的です。
さきさんが子供みたいに、積もった雪に傘を突き刺して、傘が壊れてしまったのも印象的でしたが・・・。

08/02/2008(金) 12:06:42

No.3345  yuka E-mail
Re: いろいろ。。 引用
さきさん!こんにちは!
ありがとうございます。さきさん、その節は大変お世話になりました。
どうにか今‥電車や人目が随分気にならず?の日々です。 が‥ 大変です。 明日は明日の風が吹くで、開き直ってはいけませんが、今の精神状態では 思わずにはいられず‥とりあえず 明日に向かいます。ダメならダメで。飯沼さんに言って頂いたように‥ 。大変心強いです。 頑張れたら、ドネーさんに参加したく、それが私の目標のひとつでもあります。でも 辞めそうで 自信が無いのも本心です。裏腹で‥ダメですね(苦笑)明日は頑張ります。ありがとうございました。

08/02/2008(金) 12:45:22


No.3306 飯沼 ホームページ E-mail
悠々塾定例会を隔月開催にします 引用

悠々塾は発足以来10数年間にわたって、「定例会」を毎月開催してきました。
元々は、その頃ヒーリング能力が芽生えてきた私に会いたいという人が増え、おひとりずつお会いする日にちが取れなかったので、「定例会」という形で設定したのが始まりです。
その後はゲストをお招きしてお話していただくというスタイルに移行しました。
阪神大震災のあった年の1月の第4土曜が、ゲストを招いた定例会の始まりになりました。
「シルバーバーチの霊訓」の翻訳者の近藤千雄氏を講師に迎えたこともありました。
今は霊界の人となった堀江克子が霊媒としての秀でた能力を発揮し始めてからは、毎月彼女が受信した「定例会に向けてのメッセージ」を軸に、私がお話しするというスタイルになりました。

4年ほど前に現在の篠山市に移転したあとも、そのスタイルでの定例会が続きました。
堀江が霊界に戻ってからは、私が彼女からのメッセージを受信し、それに沿ってお話してきました。
数ヶ月前からは、定例会に向けての新たなメッセージの受信を中止し、10年ほど前に彼女が受信していた「癒しに向けてのメッセージ」を使って、参加者が語り合うというスタイルに変更しています。

「癒しに向けてのメッセージ」によって提示されたテーマに関連する参加者の実際的な話を聞き、自分のことも語るという定例会のスタイルは座談会のようですが、私は気に入っています。
スピリチュアルヒーリング・スピリチュアルカウンセリングの、確かな実習の場にもなっています。
本当に大切なことは、手前勝手な霊的真理や何とかの法則によって相手を「査定」することなどではなく、まずは相手の状況や気持ちに共感をもって接し、その人が健やかな喜びにつながり、それが膨らむように関わっていくことです。
霊的知識を頭で覚えるだけで、日常の生活や人との関わりにおいて「実践」してもいないのに「分かった者」のつもりでいる「スピリチュアルな人たち」が多いことに、私は強い違和感をもってきました。
愛や霊的真理を建前にしながら、本音や実際の日常のところでは自分の優位性を追い求め、物質的にも精神的にも我欲を押し通そうとする「スピリチュアルな人たち」がいくら増えても、この地上界に健やかな喜びは広がらないからです。
私たちはこれからも、「日々をどう生きるのか、人とどう関わっていくのか、今の地上界の現実の中で自分が何をしていくのか」をテーマにして、実際的に学んでいきたいと思っています。

そして、悠々塾とは別立てですが、昨年にはNPO法人「ドネーションシップ わかちあい」が発足し、すでに活動を開始しています。
「ドネーションシップ わかちあい」は、年会費一口1万円の会員制NPOで、会費のほとんど全てを、今、金銭的な援助を必要としている人々に分かちあい(寄付)し、会員どうしは会員専用SNS(ミクシーのようなもの)で交流を深めています。
あるいは、自分のHPやブログを紹介したり、事業者の方は自分のお店や会社を紹介できます。
さらに、「ハートフルレター」という、心を交し合える相手との出会いの場もあります(独身者のみのオプション参加制です)
「ドネーションシップ わかちあい」の活動が始まり、「ドネ会」という開かれたスタッフ会議も基本的に毎月ひらいています。

悠々塾の定例会と「ドネ会」は、今のところメンバーが微妙に重なっており、両方の集まりが週末開催なので、毎月参加することの負担が大きくなっています。
常連メンバーに既婚者が増えるにつれて、その傾向は増していくと思われます。
さきさんや私も、京都での直接ヒーリング、ドネ会、「天地悠々・悠々通信」の製作・印刷、定例会と、ほとんどの週末の予定が決まってしまいます。

そこで、しばらくの間、悠々塾の定例会を隔月開催にしてみようと思いました。
10数年間、毎月第4土曜は定例会と決まっていたのを、隔月にすることに戸惑いもあります。
しかし、私たちが目指しているものの活動が広がってきている現実に対応できる日程に変更することによって、さらに充実した学びや活動になっていくのだと思います。

このような事情で、今年の悠々塾定例会は、3月・5月・7月・9月・11月の奇数月に開催します。
12月の納会はできればやりたいと思っています。
第1部は今のやり方で続け、第2部の懇親会ももちろん続けます。
霊界の堀江も異論はないようです。

急なお知らせですが、ご了承くださいますようお願いいたします。

31/01/2008(木) 14:01:54


No.3312  ひろこ
Re: 悠々塾定例会を隔月開催にします 引用
飯沼さん、色々な事お疲れ様です。
そしてこれからもよろしくお願いします。

04/02/2008(月) 00:41:46

No.3332  みさお
Re: 悠々塾定例会を隔月開催にします 引用
そうですか、、、
何年も 毎月第四は 定例会と思ってきたので
寂しい気にも なりますが 活動の場が広がってきた意味でも
あると いう事で、、、
飯沼さん 長い間 毎月有難うございました
又 ドネ会に お邪魔します
まゆみさんも 毎月 お料理有難うございました。

07/02/2008(木) 20:38:03

No.3333  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 悠々塾定例会を隔月開催にします 引用
☆ひろこさん、みさおさん

コメント、ありがとうございます。
重大発表だったので、力を入れて書いたのに、(いつもどおり!)ほとんど反応がなくて、ちょっと拗ねていたのです(笑)

定例会の日の前日はまゆみさんはすごい買い物をして、夜から準備に掛かり、当日は早朝から昼過ぎまでずっとキッチンに立っています。
まゆみさん、長い間、毎月ありがとう。
隔月にはなったけれど、これからもよろしく。

07/02/2008(木) 21:13:16

No.3335  さき ホームページ
Re: 悠々塾定例会を隔月開催にします 引用
ぬまさん、まだ拗ねてる?
最初にぬまから話を聞いた時に「えっ〜!」「それってどうなん?」って、思いつく限りの疑問を投げかけてみました。
私が悠々塾とであって、初めて定例会に参加したのが99年の7月です。それ以降、手帳の第4土曜日には必ず最初に「定例会」の文字を入れてきました。定例会に合わせた悠々通信の発行もあり、毎月それを軸に暮らしてきました。
定例会はみんなに出会えるし、必ず何かその時その時のテーマや学びの実践となるような出来事があって、考えさせられたり宿題をもらったりしながらも、何よりの楽しみでした。
その毎月必ずあるものだった定例会が隔月になるというのは想像もできなくて、ぐずぐずと色々言ったのでした。(定例会依存症?)
さまざまな状況やこれからへの展開のなかで、それもありかなと頭では思いつつも、さみしかったんですね。

私でもそうなんだから、ぬまさんやまゆみさんはもっとですよね。
それに定例会に参加するのは物理的等でなかなか難しくても、この場を通じて心でつながっている方々もたくさんおられますよね。
スピリチュアルな考え方に限定しない、ドネという新たな活動、分かちあい支えあいを軸に人と人との関係性を築いていくあらたな場所もはじめました。
これから、それぞれがそれぞれの周囲の方々との関係のなかで、あるはドネやいろんな場所やつながりをつうじて、「人として正しくやさしく」「人も自分も幸せに」ということを日々の言動にしていくということなのでしょうね。
それこそが実践スピリチュアリズムですよね。

やっぱりまだちょっとさみしいけど、定例会を隔月にするというぬまの選択を、私たちのめざす実践スピリチュアリズムをさらに顕現していくことにつなげたいですね。。というか、つなげましょうねっ☆皆さん!!

07/02/2008(木) 23:52:45

No.3338  ひろこ
Re: 悠々塾定例会を隔月開催にします 引用
いっぱい書きたいのに時間が無いので短くて;^0^;;
1ヶ月はすぐに過ぎるから大変でしたよね。
飯沼さん、まゆみさん長い間泊めて頂いたりして本当にお世話になりました。いつも、いつも大変だろうなあって思いながら居心地がいいし、美味しい食事がいっぱいあるし、いつでも勉強できる事がいっぱいで楽しみにしていました。

2ヶ月に1度でもはやいですよ〜。
ドネもこれから発展できますように♪♪♪

08/02/2008(金) 00:56:48

No.3339  ミュー ホームページ
Re: 悠々塾定例会を隔月開催にします 引用
え〜ヌマ!拗ねてたのですか〜(笑)
私は悠々塾が篠山に移転してからの参加でしたが、もう何年もほぼ毎月お邪魔させていただいたのだなぁ〜と、これまでのいろんな事を思い出しながら読ませていただきました。
私達埼玉からは、新幹線よりも安価になる超割りや2ヶ月先の安い航空券狙いで、定例会参加を考えながら予定を立てたりしていました。
定例会に参加されている方に「え〜?!毎月埼玉から?大変ですね」と、よく驚かれたりしましたが(笑)、私達にとってこの定例会で学ぶ様々な事や出会いはとても貴重な事ばかりなのでした。

今回、人として思い合い助け合う実践の場「ドネ」の広がりと共に定例会が隔月になるのは、準備する側のみなさんにとっての負担を思えば、良案なのではないかと思いました。
今後も学びが詰まった隔月の定例会を楽しみに、日常でもしっかりと実践してゆきたいと思います。
これまで毎月の定例会、本当にお疲れ様でした。
いつも準備をしてくださったヌマ、まゆみさん、みなさんありがとうございます!これからも、どうぞよろしくお願い致します。

08/02/2008(金) 01:31:30


No.3323 みさお(飯沼代理投稿) ホームページ E-mail
みさおさんからの報告 引用

相変わらず PCが なく ドネには 携帯から アクセスしてます
近々 ヤマダ電機で 掲示板を見て(ちょくちょく見てます)書き込む つもりですが 先に 報告させて下さい

先週 同僚に 「今月 生理痛が なかったよ」と ニコニコ顔で
言われ ・と思い出していくと
昨年末 子宮内膜症と 卵巣嚢腫で 生理痛が ひどい と聞き「私も 両方 患ったから 痛みわかるわ で 悠々塾に ヒーリングしてもらい 治った」と 話しました
6年程前の事です
今 反省ですが いつも その時の苦しみばかりを言い 良い結果は 報告も せずに すみませんでした
今 思えば 苦しみばかり みていたと 思います
しかし 治った事には 以前から感謝しています
今月の 定例会 表現だと 聞き 又 じっくり 読み私も 表現していきます

さて ここからなのですが「みさおさん ありがとう」と 言われ そう いえば 先月(合宿後) その人に エネルギーを 三回程 送ったのです
「いつも12月1月2月は特に、生理痛が酷く1日3回痛み止めを飲むのに今月今回は、1度も飲んでないよ」と
私は 「無理せずに 痛んだら 薬飲ん でね 又 痛んだら 言って」 と 伝えましたが 「痛くないのー」と 嬉しそうに 言ってくれてます

毎朝 その人の 顔を 見たら 嬉しくて その人の 顔を 見ただけで 嬉しいです
嬉しくて 走りたくなります
合宿に 行って 本当に 良かったです

その人には 先月、 まず悠々塾で ヒーリングを 習ってる人に エネルギーを 頼んであげる と 言ってました(それは私の事です)
報告でした〜

05/02/2008(火) 23:39:49


No.3329  さき ホームページ
Re: みさおさんからの報告 引用
みさおさん!すご〜い!!
どうしたのかなと思って読んでいると。。私もニコニコ顔になりました。
最後のひとことにはクスッと笑ってしまいました。
みさおさんって可愛いですね〜。

>毎朝 その人の 顔を 見たら 嬉しくて その人の 顔を 見ただけで 嬉しいです。嬉しくて 走りたくなります

私も一緒に走りたくなりました〜。

06/02/2008(水) 11:49:16


No.3308 飯沼 ホームページ E-mail
☆癒しに向けてのメッセージ・5 (2008年1月定例会) 引用

☆癒しに向けてのメッセージ・5 (2008年1月定例会)

「表現する」ということ

 あなた方が地上で生きるのは、「魂の意志を、肉体によって表現すること」にほかなりません。
 しかし、魂の意志そのままに生きることのできる者はほとんどいないのが今の地上界です。そうしにくいような状況・条件等があり、それを阻(はば)もうとするもので溢(あふ)れているからです。


 魂の意志とは

 全ての魂に共通のもの(意志)、それは「より健やかな喜びを求め続けること」。「より広い愛、より深い愛、より強い愛を学び、顕現(けんげん)させていくこと」。

 魂にとっては全てが喜びにほかなりません。もたらされること全てが、です。何ものをも喜びとして受けとめることができるのは、いかなることも(いかなるかげりも)いずれ必ず解消され、喜び(光)に転換されることを知っているからです。
 幾度もの地上人生を繰り返し、そのなかでいかに苦しみ、いかに悲しみ、心をくもらせても、癒されて健やかさのなかに生きられることを知っているからです。

 ですから、地上に生まれるたびに、たとえどんな思いをしようとも、自らの新たな学びのために、また学びきれなかったものを改めて学ぶために、最もふさわしい状況を(それがいかに苦しいものであろうとも)選択・設定することができるのです。
 絶えず進化を求める以上は、学びきれていないところを学ぼう、越えられていないものを越えよう、まだ実感できていない愛情の広がりを知ろう…と、意志するのです。

 あなた方が歩む人生(越えるべき自らの課題、人との出会い、起こる出来事…)は、あなた方の魂の意志によってもたらされたことなのだと認識して頂きたい。こうなることを分かったうえで、生まれてきているのです。とすれば、この人生でいかなることが起ころうとも、どういう心になろうとも、それは魂にとって意志の反映であるがゆえに、全て喜びとなるのです。


 魂の意志の「表現」について

本来はあなた方の人生、あなた方の存在の全てが、魂の意志の表現のはずです。魂の意志は、霊体を経て理性(のからだ)、感情(のからだ)、肉体(行動)へと変換され、行きわたるからです。地上で生きるあなた方は、それぞれの“からだ”で自分を表現するのです。それは、「思い描く理想」であり「こうあるべきという価値観・人生観」であり、「感じ方」「思い方」であり、「言葉の遣い方」「行動の仕方」によります。

 しかし、最終的に、人との関わりのなかでの「表現」を思えば、それは具体的な発言・行動を指します。なぜなら、理性や感情における動き(どう考えたか、どう思ったか)は目には見えず、耳に聞こえぬものだからです。
 霊界においては思いも考えも実態あるものとして互いに認識できるために、思念そのものがすでに表現ということと同時になっています。

 けれども地上界においてはそうはいきません。肉体という地上的・物質的手段によって「形」をなしてこそ意志として伝えることが可能となります。見える形、聞こえることによって、やっと「実体」となる世界です。発言してこそ、行動してこそ、という世界にあなた方は生きている。それを忘れてはならないのです。互いの心を大切にし合うのは当然のことであり、物より心が優先されるという基本的な考え方に立つとしても、自分たちが今生きている世界においては、それにふさわしい形での表現という次元にまで魂の意志を変換させ、表現していかねばならないのです。


 地上における「表現」について

 肉体は地上において「表現する」手段です。それは言葉のみならず、表情・体の動き・行動で示されます。肉体にとっては「心を表現することが喜び」なのです。そしてその心は、「嬉しい」「楽しい」「といった喜びだけでなく、「悲しい」「苦しい」「恐い」というようなかげりの場合ももちろんあるわけです。

 肉体による「表現」とはそれだけではありません。「体の状態そのもの」、も指します。体調の良し悪しから始まって、「病」も、肉体によって心を表現したものにあたります。肉体自体は素直に心を表現してしまいますから、「病」とは心の、直接的な表現となります。

 「心(思い)」を言葉で伝えようとする時、あなた方は何のためらいもなく、ありのままを表現(表現の巧拙(こうせつ)は別にして)しようとするでしょうか。抵抗感・恥ずかしさ・恐れ…。
 「考え」を伝えようとする時、何かがそれを歪(ゆが)めてしまうことはないでしょうか。先入観・常識・一般論…。

 特に「自分の本当の気持ち」を伝えること、表現することにあなた方は強い抵抗感を持ちます。表現しない方、あるいは少し変形させて表現するほうを選んでしまう方が多いのです。ありのままを口にすることが、何かいけないことであるかのようにすら思う人もいます。

 配慮・心遣いは人との関わりのなかではもちろんなくせません。しかしながら「本当の気持ち」「本当のこと」といった“事実”に根差したものは、本来誰にとっても喜びとなるもののはずなのです。なぜなら“事実”とは、魂からの意志がそのまま反映されているものだからです。しかしこれは、“最終的には喜びであるはずのもの”ということですから、全ての場合について、その時すぐに皆が喜べるものかと言えば、そうではない場合もあるのです。表現された“本当のこと”“本当の気持ち”が、一時的に人の心を揺らすことになったり、その人の周囲に波風が立つことになったりもするでしょう。しかし最後には、その「本当の」ということが喜びとなっていくのです。「事実」に向かって人の心は調和していくからです。

 そこでは躊躇(ちゅうちょ)しないで頂きたい。
 ありのままの心をありのままに表現することこそ、喜びなのだと確信して頂きたい。わがままに、自分勝手にということではもちろんありません。
 (しかし、まわりの者からそう見える者の“今の学びの段階”が、わがまま自分勝手な状態である場合はまた別の話です)

02/02/2008(土) 23:59:14


No.3317  スーパーじいさん
Re: ☆癒しに向けてのメッセージ・5 (2008年1月定例会) 引用
読んで深く反省しております〜
そうですね〜

言葉を選んで・・・意思と違う場合も有ります

『ありのままを口にすることが、何かいけないことであるかのようにすら思う人もいます。』

ドッキ!!でした〜(笑)

特に会社などですね〜

『しかしながら「本当の気持ち」「本当のこと」といった“事実”に根差したものは、本来誰にとっても喜びとなるもののはずなのです。なぜなら“事実”とは、魂からの意志がそのまま反映されているものだからです。』

ホントそうだ!!と思います

明日の出会い(会話?)からジックリ考え(?)
素直に…活きたいですね〜

やってみよう!

 ありがとうございます!

04/02/2008(月) 19:14:21


No.3314 tomoako  
悠々塾へ集うみなさま 引用
その節は 大変お世話になりました。

やっと落ち着いております。

一人でも多くの人のお役に立ちたいと思い 入会したドネーションシップわかちあい。

私が 一番 お世話になってしまいました〜(~_~;)

ドネでは会員SNSといって 会員同士の語らいの場があります。

自分のプロフィールや日記を公開して、他の会員の方と交流することができます。

この場から 分かちあいと支えあいの心をベースにした、新しい人とのであい、

新しい人との関係が生まれ、広がってきています。

楽しいときには皆で喜び 辛いときには皆で励ましあいと・・・・


以下は2月3日にドネに書いた私の日記です..._〆(・∀・@)

たくさんのドネ仲間から 喜びのメッセージをいただいております(~o~)


♪o○..........。♪o○..........。♪o○..........。♪

昨日は、6日にお世話になった 個人病院のN先生のところへ お礼かた

がた 診察に行った夫。。。。

次男も 頭痛を 訴えるため 診察してもらった > 結果、姿勢が悪いか

らとの事

ついでに私も  動脈の硬さを調べる検査をしてもらったりと。。。

N病院は myファミリーで貸しきり状態になってしまった、、、

きっと、騒がしかったに違いない(/_;)

なんせ 夫はN先生の診察を受け 大変な事になっているとN先生の

自家用車で 県立病院へ運んでもらったから 感謝の気持ちでいっぱい

過ぎている。
 
N先生「あの、映像から判断して、死!! もしくはうまくいって(ありえない)後遺症ありの寝たきり状態だと思っていました。三分の一が死、三分の二が後遺症あり 何の後遺症も無く 数週間で退院できる人は
10%にも満たないですよ、私も驚いています!」と 

今後の療養についてのアドバイスも頂いた♪

また、昼からは 毎月 糖尿病と 肝臓病で通っている 私立病院へと・・・・

なんだか 忙しかった。。

検査の結果 肝臓も糖尿も 数値がいいから 来なくていいけど まぁとりあえず 4月に来て見ますか?

びっくりたまげたtomoako夫婦!!! ヒーリングしてもらってよかった(~o~)

改めて 生かされている実感が 我が家へ 充満してる。。。

そんな中 例の 誤診をした病院から 電話がかかってきた。>遅すぎ〜

病院:「すみません メールチェックが遅れてしまいまして・・・」

遅れてしまってどころではないぞぃ と思ったが

すぐさま夫に代わり 長々と 話しをしていた。

最後の夫の締めは「今後 このような事の無いよう 気をつけて下さいね」

冷静な夫の態度は 素晴らしいと思った、私だと 何を言い出すやら(^^ゞ 


♪o○..........。♪o○..........。♪o○..........。♪

04/02/2008(月) 04:29:08


No.3315  tomoako
Re: 悠々塾へ集うみなさま 引用
ひとりではちっぽけな願いであっても、「わかちあい」の心が集まり広がれば、世界は大きく変わるでしょう。
世界中の誰もが喜びの中に生きる「明日のくに」を目指して一人でも多くの皆様の「ドネーションシップわかちあい」へのご入会をお待ちしています。

04/02/2008(月) 04:35:51

No.3316  さき ホームページ
Re: 悠々塾へ集うみなさま 引用
tomoakoさん☆
ドネーションシップの紹介ありがとうございます。
ドネを通じて、心が通い合うこと。。
嬉しい時は喜びあい、辛い時は悲しみを分かち合う。。
そんな関係が生まれていることが嬉しいです。
この喜びを皆様と共有していきたいですね。
右上の家マークから、ドネのサイトに行けます。
皆さまぜひ見て下さいね。

tomoakoさん、N先生の言葉にあらためてどれほど大変な状況だったのかを実感しました。
何度でもですが、ホントによかったですね!!
貸し切り状態のN病院、ご家族の様子を想像して顔がほころびました。
ご家族の喜びが膨らみますように!!

04/02/2008(月) 09:11:34


No.3309 和音  
一念発起 引用
こんばんわ★!
ヘタレ道脱出よりも、ヘタレの階段のぼってる気がします。
そんなこんなな自分ですが、今日は近畿大会でした。
減量が前日やったため、昨日から滋賀に行って一泊してきました。
何かホンマに試合って実感がなくて、あんま緊張してなかった自分は、昨日の夜、噂のAと(一応名前は伏せます)『星になった少年』を見てから寝ました。
何が辛かったって言うたら、口にできた6個の口内炎!!
このことは後で話しますが、かなりの宿敵でした。

試合前のアップで道場に行っても珍しく緊張は殆どありませんでした。
(さすがに試合直前は緊張でしたけどね…)
一回戦目は大阪の堺東ってところでした。
試合始まって先鋒はまだ初心者やから負けるのは予想の内やったんです。やから自分とAは絶対に勝たなアカン状態でした。
Aは勝つやろうって思うてたら予想外(汗
なんと引き分け。かなり焦りました。
相手に一点ある状態で自分の大将戦…
絶対に1本勝ちせなアカンくなって…相手は1本で負けへんかったら内容勝ちやからって、逃げる逃げる…(苦笑
自分がポイントは取ってたけど、1本じゃなかった。
ラスト30秒になったら焦りはピーク。でも投げて押さえ込んで1本勝ちしました。何とか一安心…でも、1対1で代表戦。
もちろん自分が代表…2試合連続はしんどかったけど、1本勝ちして一回戦突破!!
2回戦目は京都の立命館と。ボッロボロ(苦笑
自分は勝ててたかもしれへんかったから余計に悔しかったんです。
結局、立命は準優勝。
今回の負けは自分にとってかなり大きかったです。
今の学校で柔道やるんが嫌って気持ちがすんごいあったから、『近畿終わったらやめよっかなあ…』って想いがちょっとあった。
でも、今回の負けで、ホンマに強くなりたい思いました。
(前の強くなりたいって気持が嘘やったわけじゃないですけど。)
やから、ちゃんと進級して、柔道頑張りたい。

明日おとんと病院に行ってきます。ずっと逃げてたアカンし…
明日に近づくにつれて最初は1個やった口内炎もどんどん増えて6個ですよ。(死)
体って正直やなって改めて実感する出来事でした。

長々と失礼しました。でわ、また(^ω^)ノ

03/02/2008(日) 23:11:54


No.3311  ひろこ
ねねぼうちゃん 引用
そっかあ〜、口内炎6個もあったら痛くて大変やなあ。
一回戦の堺東は近いから知ってるよ。
痛いのによく頑張ったよ。
ねねちゃんのこと応援してるからね(^0^)

04/02/2008(月) 00:38:27


No.3304 飯沼 ホームページ E-mail
悠々塾サイトより 引用

スピリチュアリズム
  −はじめに−

「自分はどうしたらいいのか」「自分は何をしたらいいのか」その具体的なことが見えないために、前へ進むことができず、先を思うこともできず、立ちすくみ、うずくまる人々がいかに多いことか。

「現状を変えたい」「自分が変わりたい」という欲求が高まっていても、あきらめてしまうのは、“どうしていいのか分からない”からです。そこでは、人々が目指すべき方向を示し、導くスピリチュアリズムが果たしていく役割は大きいと言えます。

しかし、スピリチュアリズムを知ることのみに興味関心がいってしまい、「自分が実際にどう暮らし、どう行動しているか」から離れてしまえば、それは本末転倒となります。いかに生きるべきかを知れば知るほど、それを実践につなげていかねばならない責任が生じます。

なぜならば真理の普及が目指すものは、実際にそうやって生きていこうとする人々を増やしていくためだからであり、この地上界を思いやりと愛情に満ちた世界にしていくためなのです。そこでは、知ることで「得をする」ためでも、知ることで「特別な人になる」ためでもありません。知ることで得られるべきものは「謙虚さ」や「貢献の心」や「公平公正な態度」や「人を尊重すること」といった神に見せるに恥ずかしくない「人としての心」です。それまでの至らぬ自分に気づき、恥ずかしさを覚えることです。自分の動機のなかに曇りがある(あった)ことを自覚・意識し、それを変えていこうとする意欲です。

霊的真理を知ることは、幸運を手にすることが目的なのではありません。自分を顧ることで、結果的にその人が輝く、ということはあるとしても。自分の至らなさを知ることで人との関わり方、接し方が変われば、その人は当然「幸せ」を感じながら暮らしていけるでしょう。

手軽に「いいこと」を手に入れる方法として、「学び」があるのではありません。

「霊的真理」はあなたの心を写す鏡のようなもの。そこで写し出されたあなた自身の心がいかなるものか。あなたの言動がいかなるものか。それを自分の外から客観的に見つめるための手助けなのです。しかし、決してそれはあなたにとって“甘いもの”でも“優しい”ものでもないかもしれません。時には厳しく示されるものです。その前で素直に、真摯にあろうとすることは実は難しいのです。そうできている者は非常に少ないのが現実なのです。

「霊的真理」を口にするのは簡単です。スピリチュアリズム、スピリチュアルな、という言葉の響きやイメージであたかも自分が「真理」を手にしたかのような気分に浸ってしまっても、それは何の意味もありません。

自分の言動、自分の動機、それらを顧ることが本当にできるかどうか。それが、本当の「スピリチュアリスト」であるか否かの分かれ道だと言えるのです。

 −概要−

地球霊界の誕生、地球の誕生、地上人類の誕生、といった霊的進化のプログラムにおいて、霊界側からの働きかけは地上人類の霊的進化の援助を担う。そのひとつがいわゆるスピリチュアリズムである。

霊界側からの働きかけがこの数百年で始まったのではない。地上人類が誕生する以前からその働きかけはあったのであるし、霊界側からの援助のもと、地上人類はその歩みを進めてきたのである。

限りない進化向上を続けているはずの霊界が、なぜそれよりも次元の低い「物質世界」を誕生させたのか。個々の霊は、なぜあえて肉体という衣をまとって「地上人生」を送るのか。喜びのなかで学びを進める霊の在り方が、違った形での「学び」を設定されたのはなぜか。

「神」は全てを喜びとする。それはひたすらに次元を高めて進むだけではない。あらゆる次元に喜びを広げていくことをも喜びとする。

そこで「物質世界」においても、全てを喜びとできるようなプログラムが設定されたのである。霊界には存在し得ない「物質」という波長の世界にまでも神の喜びが浸透し尽くすために。

その最終的な目的が完遂されるに至るまでの、地球霊界にまつわる壮大かつ緻密なプログラムはすでにある。それに沿って、地球の歩み、地球上の生命の歩み、そして地上人類の歩みは進んできた。

地上人類は、与えられた「物質」「かたち」の世界にどっぷりと浸り、その次元に共鳴する心で生きている。「霊界」には本来存在しなかった幽界・暗黒界というものまで作り出しながら。幽界・暗黒界は地上のかげりの延長上に作られた世界である。そして、この世界からの影響は本来の霊界側からの影響力を凌ぐほど大きくなった。

たび重なる「戦い」や「殺戮」「支配・服従」「独占」によって魂の学び、魂の喜びとは相反するもので地上界が覆われていく。愛や真実、正義といった摂理にかなった心は曇っていく。「物質界の全て」を喜びとする、という地球霊界誕生の目的からはるか遠くまで離れてしまったかのような状況が続く。

しかしこの状況もまた地上人類の進化のプログラムには設定済みのことなのである。人類自らが作り出したかげりの集積は、人類の未来を暗いものにしていく。病、貧困、飢餓、抑圧、差別、暴力、争い、事故…。生命と尊厳を脅かすものへの恐れが人々を追い詰めていく。

どうしようもない閉塞感や恐怖のなかで、暗い未来を照らす灯りを人々は求める。未来への希望を抱けるような「何か」、今を喜びとできるような「何か」を求める。それはその時々で、宗教であり、科学であり、思想であり、物質であった。しかし、それだけでは人々が「恐れ」から解放されることにはならなかったのである。

物質界で生まれ、物質界で生きる人間にとって、長年なじんだその世界から離れるということは大きな恐怖なのである。今まで全く経験のない「死」への恐れは簡単に払拭できはしない。ゆえに、「死」に結びつくもの――病、飢え、物質の枯渇――を恐れるのである。
この「恐れ」から人々を解放するために霊界側からもたらされたものが「霊的真理の普及」を目的とするスピリチュアリズムなのである。地上の人間が最も恐れる「死」とは、苦しいもの嫌なものではなく、次の次元への移行の過程に過ぎないこと。「死んだ」のは肉体のみであり、魂(心・意識)は永遠に生き続けているのだということ。少しも怖いことはないのだということ。それを知らしめるために、「霊」の存在を証明し、「霊界」について語った。そして、人類が「生と死」への認識を変え、愛と摂理にかなった地上人生を生きられるよう導くのである。

人間が作り出した今の地上のかげりを解消していくためには、まず「認識・意識、それまでの常識」を変えねばならなかったのである。霊界側からの導きに耳を傾け、そこで示される霊的真理に目覚め、あらゆる恐れを越えて希望を見出していけるように。この地上世界も霊界につながる世界として、かげりのない世界を再構築していけるように。地上という物質世界において、神の意志・喜びが顕現されるように。

スピリチュアリズムとは、人類の進むべき道標となるものである。そこに示される霊的真理は、この先の人類が「当たり前のこと」「普通のこと」として認識していくべきものである。その意味で、霊的真理を知り、学ぶことは、何ら特別なことではない。そしてもうひとつ、知識を得るだけでは先へは進めない。それを「実践すること」が不可欠である。なぜなら、この地上界は「かたち」「物」の世界なのであるから。知り、学び、思い、考えたことを言動に表現する場、顕現する場なのである。「知るだけ」に意味はない。

霊界においては意念が実体をもつ。思ったこと、考えたことは即(霊界における“形”となって)顕現される。地上界においては、思っただけ、考えただけ、では形を伴わない。学ぶこととそれを実践すること、その両方でやっとひとつのものなのである。「知識」を頭のなかだけ、紙のうえだけで終わらせてはならない。霊的真理を知ることの意味は、地上においては、「実践するため」なのである。

よって、霊的知識の多い少ないがその人の魂の学びの程度と一致するとは限らない。知識には乏しくとも、思いやりと愛情をもって人と関わり、自分を役立てる者は学びの進んだ魂の持ち主と言えるのであるし、知識ばかりで実践が伴わない者は、かえって知識が邪魔をしていると言ってよろしい。

現実のこの世界を変えていこうとするならば、必要とされるのは意志と行為・行動である。今、スピリチュアリズムを学ぶ者、学ぼうとしている者に最も求められるのは、霊的真理に沿って生きることである。具体的な自分の暮らしが、心正しく心優しいものとできるかどうかである。自分を役立てようとできるかどうかである。

摂理・法則は厳然たるものであり、わずかな隙間もそこにはない。だからと言ってそれは、「予め定まったようになるのだから、自分は何もしなくてよい」ということにはならない。それは地上人生の放棄であり、地上に生まれた意味を全く理解していないことになる。厳然たる摂理・法則、大いなる意志、導きと計らい、それらに全てを委ねることは大事なことである。
この全託の意識は、人々を「恐怖」から解放するひとつの道筋なのだから。だがしかし、そこで自分の心を尽くし力を尽くすことなくば、それは摂理・法則に反し、大いなる意志に背くことであり、導きも計らいもさらに厳しいものがもたらされることになるのである。

道標を与えられたのならば、その指し示す道を懸命に進んでゆく。それこそが、霊界側と地上の人間との協同作業である。地上人類の霊的進化の主役はあくまでも地上の人間なのだから。

31/01/2008(木) 10:41:19


No.3305  飯沼 ホームページ E-mail
悠々塾の目指すもの 引用

       −めざすもの−

今の社会や世の中が、人の心を押しつぶしそうになっていることを皆が感じています。実際に、そのなかでは自分の心で生きられなくなっている人も大勢います。「何かが違う。」「どこかを変えていかなくてはならない。」そう思いながらも、どうしようもできないまま、心を痛めるばかりの人たちも。人が人に優しくすること、人が人を助けていくこと、人と人とが心をひとつにすること・・・。それは人として当たり前のことのはず。けれども今は、その「当たり前のこと」ができてはいない。
だから皆が苦しい。だから皆の心がしぼんでいく。

当たり前の心で、当たり前に生きていくこと、それだけですでに、心と心は喜べることをたくさん生み出していけるのです。
ありのままの優しさも思いやりも素直に出して人と関わっていこう。人としての正しさを貫いて行動していこう。そうすれば、今まで押しつぶすしかなかった「心」のふくらみを取り戻していけるのだし、自分もそうしていきたいと思っていた人たちも、そうしていける。

人が恐れているたくさんのこと、死・病・飢餓・貧困・崩壊・災害・・・。それらの本当の意味を知ること。どうすれば恐れを喜びに変えられるのかを知ること。そして実際にそうしていくこと。
ここに集う人たちは、何らかの形で、人々が持つ怖れを喜びに変えていくために自分を役立てていこうとする人たちです。

真実を伝えること、病を癒すこと、互いに助け合う社会にしていくこと・・・。いずれも、人に与えられている“心の力”“喜びを分かち合い、共鳴させる力”によってなされることです。ここは、“人が人としていきいきと、そして健やかに”それを目指してさまざまな活動をしていく場なのです。今は、人の心とからだとを癒していくために(誰にでもできることだから)どうしていけばいいのか、が中心ではありますが、癒し合う人々の生きる社会のあり方、それをどう構築していくのか、その活動にも広がっていくでしょう。

求める人にはいつも開かれているところです。特別な人のみが集まるところではありません。もしも信じるとすれば、それは「人の心」だと言えます。特定の“何か”を信じることを要求するところではなく、“修行”の場でもありません。和やかさを共有しながらも、目的に向かって共に学び、共に働こうとする意志を持つ人たちの集いの場なのです。
地上に生きる人たちが、再び、心の自由と喜びとを取り戻していくために。

31/01/2008(木) 10:43:24

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