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No.2937 飯沼 ホームページ E-mail
愛は時空を超えて 35 引用

        ☆☆ 愛は時空を超えて 35 ☆☆

              ――  霊界の克との対話  ――

飯沼)おぅい、くぅ。
こんにちは。

克子)はぁい、まーたん、こんにちは。

飯)もうすぐ「天地悠々」の印刷日なのに、うまく受信ができなくて困ってるんだよ。
長いこと呻吟して、やっとつながったって感じ。

克) そうみたいだね(笑)
今のあなたは地上的なやり取りに意識が傾いているからね。
もちろん、霊団や私とは共鳴しているのだし、こちらからの思念も今までどおりに伝わってはいるのよ。
でもそれを地上の言葉にするエネルギーが他のところに使われすぎている、という説明になるかな。
分かるでしょう?

飯) うん、もちろん分かるよ。
僕は元々が、「言葉」で受け取る霊媒ではないしね。
地上のお前はどんな状況でも、自由自在に霊界からのメッセージを受け取っていたが、僕はそうはいかないんだ。
そちらからの思念をインスピレーションという形で受け取るタイプだからね。
言葉に起こしていく作業は苦手だね。

克) 「苦手」とも言えるし、「面倒だ」とも言えるんでしょう?(笑)
あなたの場合はこちらからの情報を「思念の塊」のままで受けて、そのままで理解できているからね。
個別な情報を含んだ全体の情報を受けて、個別的なところも把握できるから、それをあえて細分化して言葉に解きほどいていく手間が面倒なのよ(笑)

飯) そういう言い方はちょっとどうかと思うけどな・・・。
確かに面倒ではあるけど、それだけじゃなくて、やっぱり苦手なんだと思うよ。
だって、例えて言えば、的の中心に意識を合わせなければ「言葉」にしにくいんだもの。
そういう状態を維持し続けるのは、かなりの集中力もいるし、僕にとっては相当疲れる作業だよ。

克) はいはい、まーたん、分かっていますよ(笑)
霊界側でもあなたに個人メッセージを受けるような「霊媒」としての働きに重きをおいているわけではありません。
安心した?(笑)
今までは地上の私に対するある種の郷愁のような気持ちが強く残っていたから、私からのメッセージは受けやすかったのです。
でも、その郷愁からも卒業して、あなたとして地上に生きることにさらに一歩踏み出してくれたからね。
それに、あなたのエネルギーが、(人々の)より地上的な喜びを形にする方向に使われ始めているのも受信しにくくなった原因のひとつなのですよ。

あなたはインスピレーションとして受け取った霊界側の思念に沿って、自分の言葉で発言していくタイプの人ですよ。
それは人を癒す働きにおいても同じです。
こちらからのメッセージを伝える役割ではなく、直接的にエネルギーを注いで癒していくのです。
それはもちろん、直接ヒーリングに限定されるという意味ではなく、「たくさんの地上の言葉を介することなく、エネルギー的に癒し(治し)ていく」という意味です。

霊界側もあなたが「受信」に多くのエネルギーを割くことは望んではいません。
むしろ、あなたが「たくさんの言葉を介してではなく、直接的なエネルギーで、もっとたくさんの人を癒したい」という意欲を高めてくれるのを待っていたくらいなのですよ。
「受信」ということになれば、あなたのなかに「メッセージの内容を違(たが)えてはならない」という緊張が高まります。
「霊界からのメッセージには一切の間違いがあってはならず、修正もすべきではない」という意識が強く働くからです。
しかし、実際はトランス状態での受信の場合は別として、霊界からのメッセージ受信の感覚と、自分の意識の発現の感覚はかなり微妙なものです。

受信メッセージには多かれ少なかれ、霊媒の潜在意識が混じるものなのですが、霊界との共鳴状態の中での「潜在意識の発現」であれば、あまり大きな問題はありません。
元々、霊界通信とは、「地上をいかに生きるべきなのか」というテーマで送るものなのですから。
そこでは、具体的な事柄や事象についての「多少の間違い」は、本当はさほど気にすることではないのです。
しかし、私も経験してきましたが、霊媒にしてみればそこがどうしても気に掛かるところであり、どうしても緊張が高まってしまうものなのです。
それはヒーラーとしてのあなたにとって、決して好ましいものではありません。

緊張や不安は誰にとっても霊界からのエネルギーを遮断する壁になるのですが、ヒーラーにとっては霊力の通路を狭くする大きな要素になります。
それだけでなく、心身に病や症状を抱えている人は、不安や緊張というかげりも深めている場合がほとんどです。
ヒーラーが不安や緊張を高めていれば、対象者とかげりの共鳴を起こしてしまう可能性もあります。
まあ、あなたの場合は切り替えができているから問題はないのですが、原理的にはそういうことになるのです。

アドバイスに関して、あまり「受信」に重きを置かない方向に変えていく時期だと思ってください。
アドバイスが必要な人には、あなたからのメッセージ(アドバイス)でよろしいのですし、そこには霊界からの思念も含まれているのです。
あなたには、「受信」に大きなエネルギーを費やすのではなく、もっと直接的に個も全体も癒していく働きを広げていっていただきたいのです。
地上の人々に必要な、基本的な霊的真理はすでに伝えられているのですし、あなたはそのほとんどを認識できているのですから、「受信」にこだわることはありません。

飯) ほい、ありがとうね。
確かに僕もそうだと思う。
そういう方向でやっていこうと思うよ。
12月の「ヒーラー養成合宿」のことについて、アドバイスしてくれるかい?

克) そうですね。
それについては、この場では具体的にお伝えするわけにはいきません。
この通信はさまざまな人の目に触れることが前提のものです。
「霊的法則の基本」などのメッセージは、多くの人に読まれることによって、少しずつでも本物が認識されていくことになります。
しかし「ヒーラー養成」に関しては、そうではありません。
本当にそれを人の役に立てていける人たちにこそ、伝えていくべきものです。

特に最近のあなた方のヒーリングの実績からも分かるように、あなた方は新しい段階に足を踏み入れています。
かつてのスピリチュアルヒーラーは、「完全なる霊界の道具」であったと言われています。
確かにそうとも言えるのですし、それはあなた方にしても同じです。
こう言う私も、さらに高い階層の霊界の意思の顕現のために働く道具であるとも言えるのです。
それはどこまで次元を上げても、あるいは下げても同じことで、皆が大いなる神のご意思を顕現するための「道具」であるとも言えるのです。

言葉は適切ではありませんが、未進化な段階にあるほど自分のしていることに関する認識も希薄です。
人間はロボットのような道具ではありません。
自分よりも強大な者の意向に、機械的に従順になるような存在ではないのです。
そこに自分の意識が重なってこそ、個霊としての人間の存在意義があるのです。
本来の霊界の霊たちももちろんそうです。

スピリチュアルヒーリングも新たな段階を迎えようとしています。
ただ何も分からず手をかざしたり、意識を無にしてヒーリングエネルギーを送る段階は卒業です。
自分が何をしているのかを認識しながら、より対象者の健やかさの回復に役立つヒーリングを確立し、広めていく段階です。
原理はさほど難しいものではありません。
対象者のオーラという曖昧な表現ではなく、肉体と精神の両方に直接的に(好ましい)効果を及ぼす「接点」も、今あなた方が気づいたところでよろしいのです。
そこを意識してヒーリングエネルギーを注ぐことで、さらに具体的な効果が表れやすくなっている事実からも、それは分かるでしょう?

おおよそはあなたがイメージしているようなものでよろしいのです。
あとは、当日までにあなたがた自身が、そこをいかに活性化できるかです。
これからあなた方と共に働くヒーラーたちは、ある意味において「理屈抜きのヒーリングエネルギー」によって、人々を癒していくことになるでしょう。
だからこそ、ひとりひとりの愛と喜びの活性化が重要になるのです。(あまり具体的にお伝えできないので、こういう言葉を使っています)
理屈は簡単ですが、ふさわしくない人がこの方法を使うと弊害もありうるので、ここであまり具体的にお伝えするわけにはいかないのです。

その意味では、今回の参加者はまさに「ヒーラー養成合宿」に参加するにふさわしい人たちです。
その点については、私は改めて断言いたします。

参加者の皆さんは、これまでそれぞれに人一倍の辛さや寂しさ、苦しさを経験してきました。
それぞれがそこでさまざまな傷を負い、たくさんの迷いを抱えながらも、人を思いやる心を失うことなく、悠々塾とつながることによってその心をさらに輝かせてきました。
自分的にはまだまだ迷いの中にあったとしても、自分の至らなさを越えようとし、輝きを膨らませようとしてきたことは紛れもない事実です。

いつもお伝えしているように、そういう自分に誇りと自信をしっかりと持ってくださいね。
くれぐれも、「自分なんかが参加してよいのだろうか」などという思いは持ち込まないように。
それはあなた方にはなかなか難しいことでしょうから、「完全に」などとは言わないから。
「できる限り」で構いませんからね(笑)
だから、できる限り「自分なんかが・・・」という思いを薄くしておいてくださいね。

意志と欲求の最小単位でもある、無数の「それ」が活性化していれば、人の心にも体にも健やかさをもたらしていけるでしょう。
要するに、治していけるのです。
今までのような、「単なる霊界の医師のエネルギーの通路」というものではなく、霊界からのヒーリングエネルギーと、人間としてのあなた方のエネルギーが共鳴・融合したなかで行われる(スピリチュアル)ヒーリングです。

もちろん、全ての参加者がすぐに目覚しい成果をあげるかどうかは分かりませんし、得意分野も治せる程度も人によってさまざまではあるでしょう。
愛と喜びの広さや深さ、傾向や摂理のエネルギーも複雑に作用してくるからです。
でも必ず、自分でも思いもよらなかったような、ヒーラーとしての第一歩になることは間違いありません。
あなた方が参加するのは、まさに文字通り、魂から肉体細胞のひとつひとつまで癒していく「スピリチュアルヒーラー養成合宿」なのです。
これもまた、地上人類の未来につながる新しい道のひとつとして位置づけられるのです。
くどいようですが、不安や緊張でなく、もちろん自己否定ではなく、喜びの中でこそ道は開かれるのだと自分に言い聞かせておいてくださいね。

飯) はいよ、ありがとう。
ちょっと限界だから、そろそろこんなものだね。
今日は他にも聞きたいことがあったんだけど、またにするよ。

克) そうですね。
まーたん、お疲れさまでした。
何かと忙しいけど、十分に楽しみながらやっていってね。
(2007・11・16)

20/11/2007(火) 14:15:03



No.2912 みや  
『江原さん検証シリーズ』を見て思う事 引用
初めて投稿いたします。

勝手ながら以前よりこちらの掲示板を拝見させていただいていました。
霊的真理の深い学びになっており大変感謝しております。

失礼かと思いましたが、一つ申し上げておきたいのです。

宇宙が無限であるかのように広く大きな存在であるように、魂の学び場も無限にあると思うのです。
それと同じように魂の個性(考え方)もたくさんあると思います。

悪い態度や意見などには、本当に怒りがわいてくるでしょうが、私たちは魂の霊性を進化させるべく、地球に生まれてきた仲間ではないでしょうか。

一つの肉体に宿った魂に対して、「悪い考え方だ」「危険な人物だ」と半ば攻撃するような文章を見るのは大変残念です。

それが、今までたくさんの学びを与えてくださった飯沼様の発言であるからこそ、余計に心が苦しいのです。

信頼しているからこそ、本当に悲しく思います。

16/11/2007(金) 23:25:37


No.2913  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 『江原さん検証シリーズ』を見て思う事 引用
☆みやさん

こんばんは、はじめまして。
ご意見、ありがとうございます。
今日は「愛は時空を超えて」の受信などでで、遅くなってしまいました。
明日も仕事が詰まっているので返信できそうになく、それでなるべく簡単に書きますね。
大急ぎで書いていくので、不用意なことを言うかもしれませんが、ご容赦ください。

まず、私は決して悟りきったような人間ではありません。
先生とか飯沼様と呼んでいただくよりも、「ぬま」と呼ばれるほうが嬉しいのです。
最近は「ぬまじぃ」などと呼ぶ、ふとどき者まで現れて、これは今のうちに芽を摘んでおかなければ取り返しのつかないことになると、モグラたたきのようなことをしています。
おっと、こんな話はみやさんには関係なかったですね。
要するに、悟りきったような人間ではないということです。

ですから、私は生身の人間としての感情や感覚も含めた自分として、この地上を生きていきたいと思っています。
だから、楽しければ笑うし、腹が立てば怒るし、悲しければ泣きます。
この掲示板でも、なるべくそういう生身の自分を出していきたいと思ってきました。

しかし、今回のことについて、私は「悪い考え方だ」「危険な人物だ」というようなことは、書いてはいないはずです。
私の気持ちを含めて書いたりはしましたが、あなたが言われるようなことは書いてはいません。

その前に、少し前提が違うように思うので、それについて書きますね。

>一つの肉体に宿った魂に対して、「悪い考え方だ」「危険な人物だ」と半ば攻撃するような文章を見るのは大変残念です。

全ての人間に魂が宿っているのは当然です。
しかし、その魂の輝きが肉体という窮屈な器に押し込められることによって、本来の輝きを発現できていない状態が、地上に生きる人間の姿です。
つまり、魂の意識のままにその人が心を遣い、言動できているわけではありません。
私がモノを言い、エネルギーを通すのは、その人の魂を含めた精神や実際の言動にも、つまり一個の人間全体に向けてです。
魂という言わば神聖な意識に対してだけでなく、さまざまなかげりにまみれた精神や言動もふくめた人間そのものに対してモノを言っているつもりです。
その認識の違いは、案外大きいかもしれないので、あえて書いておきました。

それと、私は「善悪」という概念をあまり用いません。
どちらかといえば、「正誤」の概念でものごとを見ていく傾向が強いと思います。
では、「悪とは何か」といえば、「過ちや間違った状態を意識的に維持継続し、さらに広げていこうとすること」ということになるのかもしれません。
ですから、「悪い考え」と言うことはあまりないと思うのです。
「危険な人物」などという場合は、「誰に対してなのか」が重要です。
もしかすれば私などを、「自分の利益や立場を危うくする者」として、危険人物に思っている人もいるかもしれません。

話が広がってしまってますね。
私はあまり自分の身を守ろうと思わないのです。
自分などよりももっと大きな力によって守られているという確信があるからです。
後は、その力に守っていただけるにふさわしい自分であれるかどうかです。
ですから、私にとって「危険な人物」というような表現はまず、ないと思います。
しかし、善意の、あるいは無意識の人々に対して、誤ったことを伝え続けている人がいれば、その間違いを指摘するのは当然だと思っています。
それは人々にとって、ある意味では「危険人物」に当たるのでしょう。
当然ですが、「検証」は必要です。

その人の間違いが意識的なものであり、指摘されても改める気持ちすらないならば、時には厳しい言葉を使うこともありますし、感情を込めて激しくし対応することもあるでしょう。
それは、嘘や大間違いを元に人々に影響を与えている、つまり人々を騙し、欺いている人に対しても同じです。

たとえばあなたが、たまたまその人が嘘つきの詐欺師だと知っているとします。
その人によって大勢の人々が騙されているのを見て、何も知らない人たちに対してどうしますか?
あるいは、騙している張本人に対して、どうしますか?
「魂の霊性を進化させるべく、地球に生まれてきた仲間」だから、何も言わないか、当たり障りのないことを言っておくのでしょうか?

私は、「魂の霊性を進化させるべく、地球に生まれてきた仲間」だからこそ、「間違いは間違い、嘘は嘘」と言うタイプの人間です。
騙されている人々にも本当のことを伝えようとします。
本当のことを知っているのに何も言わなければ、間違いや嘘がはびこったままになってしまいます。

そういう意味では、魂の個性が異なっているのかもしれませんが、しかし、全ての人間の魂の故郷である本来の霊界には、嘘や偽りはなく、未熟さによる間違いはあっても、意図的な間違いはないのです。
意図的な嘘や詐欺的行為は本来の霊界には存在しないのですし、それらは幽界や暗黒界のものだと言えましょう。
ならば嘘や欺瞞や詐欺的行為を知りながら、黙っているのは幽界や暗黒界に加担することです。
さらに、嘘や欺瞞や詐欺的行為に対して、本当のことを指摘する者を妨害するとしたら、まさに幽界や暗黒界の手先になっていると言えるのです。
そのような生き方ができないから、私は今こうしているのだと思います。

長くなってしまいました。
最後に、これはスピリチュアリズムに限らず、人間として真っ当に生きるために大切なことだと、私が思っていることがあります。
ひとつは言行を一致させようとしていくこと。
口先で言うだけで、実際の行為行動や生き方を自分の言葉に沿わせないつもりならば、言いたい放題のことが言えるのですし、大嘘もつけるのです。
もうひとつは、「人に言うことは自分でも実行しようとする」です。
自分ができてもいないことで、人に指摘や忠告をすることを私は好みません。
自分を省みずに、人には何でも言えることになってしまうからです。
それらも地上での学びに含まれているように思います。
みやさんはいかがでしょう?

17/11/2007(土) 03:00:47

No.2914  みや
飯沼様改め『ぬまさん』へ 引用
たくさんの言葉での返信ありがとうございます。

どうやら、私も知識が足りず、ぬまさんの考えを理解していなかったのかもしれません。

大変不用意に書き込みしましたこと、申し訳ございませんでした。

足りない知識や一直線な知識で言葉を発するのは本当に恐ろしいものですね。

そして人に対して言葉を使う事には、慎重さと愛と知識が必要なのだと思い知らされました。

反省しています。

まだまだ霊性が未熟な部分が多いようです。

これからも、霊性を磨き、大いなる光を放つべく精進したいと思います。

ありがとうございました。

17/11/2007(土) 17:19:58

No.2915  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 『江原さん検証シリーズ』を見て思う事 引用
☆みやさん

ご理解いただけたようで、嬉しいです。
文章がついつい長くなってすみません。
これからもよろしくお願いいたします。

18/11/2007(日) 01:49:43


No.2907 さき  
この間の投稿を読んで、思うこと。 引用

27時間テレビの一件、地震で被災された子どもたちに励ましの手紙とリンゴを送ったWさんの気持ちを思った。
頼んでもいないのに勝手に霊視され、公共の電波で「ボランティアに入れあげて、本人だけがいい気になってる」などと言われたら、どんなに傷つくだろう。
BPO(放送倫理・番組向上機構)で問題として取り上げられるのは当然だと思う。
ブログも閉鎖されたそうで、気がかりだ。
善意を傷つけられたWさんに応援の気持ちを送りたい。
テレビ局のやり方はそれとして問題にされるべきだけど、スピリチュアリズムの普及を掲げて活動している江原さんの霊視が、一人の人を大きく傷つけたってことを彼はどう受けとめるんだろう。

霊とか魂とかいうとおどろおどろしい怪しげで胡散臭い世界だった。江原さんは(魂の永遠性という意味を含んだ)スピリチュアルという言葉を一般に広げた人だと思っている。そこでは大きな役割を果たされたと思っている。江原さんからスピリチュアリズムを知ってこの場につながった方も多い。
実際に何度かお会いした江原さんはとても楽しい人だったし、一緒に大笑いしたことも思い出す。

その後、江原さんの別の側面を見せられたが、人のことをどうこう言うより、自分が日々をどう生きるのかを大事にしたいと思ってきた。
スピリチュアリズムを学ぶってことは霊がどうとか語るより、実際に「人のために自分を役立てること」につきると思ってる。
スピリチュアルとか言わなくても、魂の永遠性を信じてなくても、日常のなかで思いやりや愛情を形にすることが、スピリチュアルな生き方なのだと思っている。
Wさんが地震の被災者を励ましたいという気持ちを込めて手紙とリンゴを送られたことは、まさにそういうことだったと思うのだ。


スピリチュアルなんて言わなくても、みんな一生懸命に自分の日常を生きている。家族、学校、友人、職場、地域、色んな関係のなかで、悩みや苦悩を抱えながら生きている。
安心して暮らしたい、幸せになりたいって、そう思いながら。
その悩みや苦悩に寄り添って、思いやりや愛情を膨らませていく、皆が喜べる方向に向かっていくことが人間同士の学びなんだと思う。
自分さえ良ければいいという価値観が世の中の主流にみえるけど、ほとんどの庶民はそのなかで日々悩みながら生きてるのだと思うのだ。
業務命令でプリンの賞味期限を延ばしたパート職員に、経営者がパートの独断でやったことにする署名を迫るような世の中なんだもの。雇用されて働く人の3人に一人が非正規雇用で、働いても生活保護以下の所得しかないワーキングプアと呼ばれる人たちがどんどん増えているんだもの。

スピリチュアリズムは、そんな庶民の努力や苦悩を冒涜するものであってはならないと思うのだ。

「江原啓之・本音発言」を読んでみた。正直読むに耐えない。
これがスピリチュアリズムなのか?
スピリチュアリズムを伝えようとしている人の言葉なのか?
その場その場で自分に都合のいいことを言ってるだけにしか聞こえない。
聖フランチェスコやマザーテレサを尊敬していると言い、霊能的な世界の宮城まりこを目指して、ライフワークはホスピスに賭けようと思っていると言って来て、ここに来て「私人である私が得たお金を何に使おうと自由ではないでしょうか」って言う?
「貧乏がつらいのにその生活から脱することのできない人は本人に責任があると思います」って言う?
(本物でない)鬱(うつ)はわがままとか言う? (本物かどうかを誰が決めるの?)

これで「スピリチュアリズムをアカデミックな思想としてきちんと確立させたい」って言われたらたまらない。
こんなのスピリチュアリズムとは違うよ!って言いたくなる。
ぬまの検証にある、江戸時代の武士の割合や守護霊の数の問題。
これだけとっても、つじつまが合わないしおかしすぎる。
スピリチュアリズムは、一生懸命にこの地上を生きている人たちの心の琴線に触れ、生きがたい世の中の勇気や希望になってこそ、本物の生きた思想になるのだと、私は思う。

16/11/2007(金) 00:16:21


No.2908  飯沼 ホームページ E-mail
Re: この間の投稿を読んで、思うこと。 引用
☆さきさん

次の「検証」の後で書こうと思ってたことを先に言われてしまった・・・。
でも、ありがとう。
その通りだと思います。

16/11/2007(金) 00:44:52

No.2909  通りすがりの犬
Re: この間の投稿を読んで、思うこと。 引用
通りすがりの犬です。

実は、被害者Wさんのりんご園のHP内にあったはずの【掲示板】
すらも無くなってしまいました。

ブログだけでは留まらず、掲示板までも無くなりました。
自分は、スピリチュアルとか、良く分かりませんが被害者Wさんの事を知り、彼女の行動に感動した者です。
Wさん、気の毒でなりません。

貴方方も、どうぞお気をつけ下さい。
残念ながらお箸の価格は、分かりません。

16/11/2007(金) 10:29:38

No.2910  飯沼 ホームページ E-mail
Re: この間の投稿を読んで、思うこと。 引用
☆通りすがりの犬さん

こんばんは。
どこかで言葉を交わしあったことがあるような気がするのですが、私の思い違いでしょうか?
お気遣い、ありがとうございます。
ご覧のとおり、今のところこちらは大丈夫です。

Wさんのサイトの掲示板も閉鎖ですか・・・。
何とも言いようのない気持ちになりますね。
Wさんのサイトの彼女の文章をこの掲示板の読者の皆さんにも読んでほしいと思うのですが、アドレスをあげればまた嫌がらせの投稿やメールも予想されるので控えざるを得ません。
転載してもよいかどうかをお尋ねしているところです。
放送後3ヶ月以上が過ぎているのに、江原さんはWさんに謝罪もしていないようです。
そこに彼の人間としての未熟さ、傲慢さが表れていると思います。

箸の値段は、8400円で間違いないと思います。
削除した人の投稿に、「箸も値段は高いが、言われる筋合いはない」ということが書いてありました。

16/11/2007(金) 20:46:23

No.2911  通りすがりの犬
Re: この間の投稿を読んで、思うこと。 引用
こんばんは。
飯沼さんとは、ずーと前に、言葉を交わしております。

りんごのHPを見ると、Wさんの優しさが、伝わってきました。
Wさんの名誉回、復願っております。


飯沼さん、本当に、お気をつけ下さい。

16/11/2007(金) 21:51:38


No.2896 飯沼 ホームページ E-mail
江原啓之 感謝箸 8400円? 引用

現代人は、食事をする時に、地球の恵みを“いただいている”という感謝の気持ちを忘れがちです。そのような感謝の気持ちを忘れずに日々過ごしていれば、環境問題にも敏感になれると思うのです。

末永く使っていただけるよう、老舗の箸業者さんが取り扱っている箸と同等の本格派箸を、カジュアルに仕上げました。私たち個人にできることなど、大海に一石を投じるようなことかもしれません。しかし、1人1人が実践を始めることが大切だと思うのです。
。。。。。。。。。。。。

上のように謳って販売されている「江原啓之 感謝箸」の値段が、8400円という話は本当なのですか?
間違いないとは思うのですが・・・。
この掲示板を読んでくださっている人の中には、「感謝箸」の値段をご存知の方もおられるでしょう。
もしも、8400円(税込み)ではないのなら、是非お知らせください。

15/11/2007(木) 14:27:33


No.2900  キリコ
Re: 江原啓之 感謝箸 8400円? 引用
いや、ユニセフグッズやWWFパンダショップのように、売り上げの半分を、いや、7割くらいをユニセフに寄付するんじゃないですか?
しかも、ユニセフ協会ではなく、ユニセフジャパンに。
いや、もしかしたら、WFPかな?

まさか、全部自分の利益にするなんていう貪欲なこと、しないでしょう〜〜!!!

15/11/2007(木) 21:43:47

No.2901  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 江原啓之 感謝箸 8400円? 引用
>いや、ユニセフグッズやWWFパンダショップのように、売り上げの半分を、いや、7割くらいをユニセフに寄付するんじゃないですか?

残念ながら江原さんのサイトの「感謝箸」の案内には、そういうことは一切書かれていなかったんですよ。
だから寄付込みじゃないと思うのですが、それも含めて、どなたか情報をお願いします。

15/11/2007(木) 21:58:01

No.2903  キリコ
Re: 江原啓之 感謝箸 8400円? 引用
寄付込みであれば、それは、とっても素晴らしい実践だと思うのですけれど。
間伐材を利用した箸で、
いま、日本では、林業組合が経営難と後継者難でくるしんでいて、山林が荒れ放題になっているので、そのための資金援助をするというのなら、
最高なのですが。

15/11/2007(木) 22:13:28


No.2891 ひとみ  
スレッドお借りします 引用
こんな時にすみませんが、悠々塾のホームページの下の方にリンクしてある、“精神世界”を皆さん是非クリックしてから掲示板に飛んでくださいね。
最近は25〜30番あたりに居ます。
こんな時だからこそ多くの方に見てもらいたいと思います。
皆さんよろしくお願いします。

14/11/2007(水) 19:44:51


No.2892  あきら
Re: スレッドお借りします 引用
すみません、どっちでも良いのですが名前間違えました、ひとみではなくあきらです。

14/11/2007(水) 19:56:22


No.2861 飯沼 ホームページ E-mail
「週刊文春」11月8日号、要旨 引用

「善意のボランティアをペテンにかけた江原啓之とフジテレビ」要旨

今年の7月28〜29日に放送された、「FNS27時間テレビ みんななまか(仲間)だっ ウッキー!ハッピー!西遊記」においてのこと。
企画内容は、孫悟空に扮した香取慎吾と特別ゲストが「ハッピーサプライズ」を仕掛けて全国の一般人を喜ばせるというもので、 そのうちのひとつが江原啓之の“素人スピリチュアル・カウンセリング”だった。

そこで霊視を受けることになった美容院経営のAさん(50歳女性)。
選ばれた理由は善意のボランティア活動だった。
Aさんは父の死後、美容院と同時に10年以上にわたってリンゴ園を経営している。
'04年に起きた新潟県中越地震の際、Aさんはリンゴ45,000個に励ましの手紙を添えて、被災地の子供たちに送った。'06年にはイジメで悩んでいる学校などに向けて、リンゴと手紙を送っている。

しかし番組は、そんなAさんに悩みがあるのだとナレーションで提起する。
<リンゴをタダで送るため、リンゴ園の経費がかさみ、肝心の美容院の経営が苦しくなってきたのです。このままいくと、リンゴ園を手放さなければいけない危機。こんなとき、お父さんが生きていれば何て言ってくれるだろうか>
そんなAさんを心配した美容院スタッフの手紙により、香取慎吾が立ち上がるという“体裁”で番組は進行する。
そしてAさんに内緒で、次のような“ドッキリ作戦”を決行するのだ。

?@「講演会の依頼が来た」とウソをついてAさんを東京に呼び出し、ウソの講演会場に連れて行く。
?A何も知らないAさんの前に、講演会の司会だと言って香取慎吾が登場。有名人との思わぬ遭遇にAさんは動揺しながらも喜ぶ。
?Bウソの講演会場には、かつてAさんからリンゴを送られた被災者たちが駆けつけていて、「Aさんありがとう」などと書かれた横断幕を手に、Aさんを大拍手で迎える。
?C香取が講演会のウソを暴露。江原が登場し、亡くなったAさんの父親の声を聞かせる。

無論Aさんは、自分が江原に“霊視”されることなど知る由もなかった。

「ウソ講演会」の収録参加者が明かす。
「江原さんが出てくるまではよかったんです。りんごをもらった人たちからの温かい大拍手にAさんが感激してハンカチで涙を押さえていました。ここまでは文字通り“ハッピーサプライズ”だったんですが…」
問題はその後だった。
「突然現れた江原さんが、『亡くなったお父さんが、このままではお店が大変なことになると言ってますよ』
なんてAさんのボランティア活動を侮辱するようなことまで言い始めたんです。」

江原の説教の要旨は単純だ。
「ハッキリ言ってごめんなさいね、お父さん自身も守護霊さんもおっしゃってるから言うんだけど、Aさんが悪い。下手なの」
「厳しい、現実的なアドバイスをお父さんは今日、届けてる」
──Aさんは美容院の経営をおろそかにして、ボランティア活動に入れあげ、人から感謝されることで自分ばかり喜んでいる。 それでは美容院スタッフにも迷惑がかかる」「“両方の車輪”がうまく回っていない」と江原は言うのだ。
番組では、Aさんは「働きもせず、身分不相応にボランティア活動ばかりしている女性」として描かれている。
そして最後に、江原の話を目を潤ませながら聞いているようなAさんの姿を映し出し、 番組はこんなナレーションで締めくくられるのだ。
<亡き父のメッセージによって心の迷いが晴れたAさんに、いつもの笑顔が戻りました>

まさに感動のハッピーサプライズ――しかし、実はこれ、大ウソなのである。
まず、Aさんの美容院は決して経営難ではない。
前出の収録参加者が憤る。
「収録は2時間もかかりましたが、放送は数分。番組で流された以外にも、現場でAさんは江原さんからずっと酷いことを言われ続けていました。・・・正直、収録がどうなるのか心配でした」
江原のデタラメな霊視に笑顔になるどころか、憤慨するAさん。目を潤ませたのはりんごをもらった人たちの感謝の拍手にであって、江原の霊視に対してではない。ところが、番組ではAさんの怒りや反論は一切カットされている。
現場にいたもうひとりの参加者も放送を見て驚いた。
「『えっ?』という感じでした。それこそAさんが江原さんの言葉に涙したみたいに、つなぎ合わせてある。聞けば、Aさんは番組放送後、相当辛い思いをされているようです。地元では『経営難の美容院』と囁かれ、“ボランティア好きなおばさん”だという視線に晒されて、人間関係もギクシャク・・・。いわば全国ネットで人格を全否定されたようなもの。・・・」

しかし、テレビを見た人たちには、そんな収録現場の事情などは分からない。
重ねて言うが、Aさんは自ら望んで江原の霊視を受けたわけではないし、美容院の経営に行き詰っているわけでもない。江原の主張は全くの虚偽である。
さらに取材を進めると、番組制作方法にも多くの問題点があることが判明した。
「Aさんが“偽善者だ”と誹謗中傷されて落ち込んでいるので、彼女を励ますためにぜひ来て欲しい」とウソをついて、関係者を集めた。
さらに(講演会場の)観客の半分以上はサクラだった。
元をただせば、番組組みの発端になった、美容院のスタッフが出したという手紙も、実は番組スタッフによる“ヤラセの手紙”だったのだ。
江原のデタラメな霊視とフジテレビのヤラセが、一体どれだけ多くの一般人の善意と感謝の気持ちを踏みにじったことだろう。

フジテレビに取材したところ、Aさんに注目したのは応募ではなく、番組側のリサーチによることを認めた。
そして、番組側が書いた手紙を美容院側が送るという形をとったのはヤラセではなく「演出の一環だ」と開き直っている。
またサクラの存在についても認めた。
実はこの“問題番組”に対しては、BPO(放送倫理・番組向上機構)が重大な関心を寄せており、すでに関係者のヒアリングも始まっている。
「BPOが調査を始めたと知ったフジテレビは血相を変えAさんに謝罪し、『27時間テレビその後SP』で手のひらを返したように、Aさんの慈善活動の素晴らしさを 喧伝しましたが、あれが彼らの誠意なのでしょうか。11月9日に開かれる放送倫理検証委員会では、この件について何らかの議論があるはずです」

09/11/2007(金) 13:45:34


No.2863  キリコ
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
よく皆さん誤解していますが、テレビ局やタレントは、決して庶民の味方でも、国民の味方でもありません。

主婦の味方みたいな顔して、テレビ界に巣食っている寄生虫みたいなアナウンサーやタレントも、男女を問わず、決して、庶民の味方でも、主婦の味方でも、普通のおばさん代表でもありません。

巨大な発言力と影響力、高額の収入が保証された、官僚以上の権力を持つ、現代の特権階級です。

それでいて、いんちきな害毒を垂れ流しても、なんの責任も取らず、本当に怖いものには一切手を触れず、報道せず、批判せず。

民放テレビ局などというのは、その程度のいい加減な連中だと思ったぐらいが、ちょうどよろしいと思います。

いい加減だけれども、超エリートです。
お医者さんよりも、三菱よりも、高給取りの、特権階級です。

民放テレビ局は、けっして、庶民ではありません。

ライブドアのホリエモンがつぶされたのは、テレビという権力に手を出そうとしたからではないでしょうか?
トラの尾を踏んでしまったのです。

給与水準が普通のサラリーマンと比較して、極端に高すぎないのはNHKの社員だけです。

もちろん、民放テレビ局のなかには、非常に真摯に番組作りに取り組む方々もいますが、どちらかというと、地方局が制作した番組が多い。
まじめな番組作りを心がける人は、左遷されたりするのでしょう。

ま、それはともかくとして、民放の番組を見るときは、タレントの連中の意見なんて、その程度と思って、話半分で楽しむべきです。

なんとか総理(芸人タレント)とかね(笑)。

娯楽と割り切れば、面白い番組もありますが、罰ゲームとか、
他人を批判したり罵倒したり、集中攻撃したり、いじめたり、
そのような番組が多いですね。

最近は、民放のテレビ番組、見る機会が少なくなりました。

10/11/2007(土) 20:25:32

No.2864  尚
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用

江原さんにしろ 詐欺まがいのカウンセラーにしろ
ある程度の知識があるはずで

死後の世界や仕組みがわかっていながら
物質(金銭や名誉)にこだわり
真実を捻じ曲げたり 人を騙したり

スピリチュアルな世界がわかっていればいるほど
人として間違ったことをするのが怖くなるのでは、と
思いますが・・・

知っていながら
どうして出来るのでしょうか

10/11/2007(土) 23:27:55

No.2865  キリコ
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
>>2年ほど前の自著や雑誌では、「ホスピス建設が自分のライフワーク。2年以内に建設する」と表明しながら、今になって自著で「私は公約を掲げて当選した国会議員でもないし、私人がお金をどう使おうと勝手ではないか」と開き直るのはいくらなんでも酷すぎませんか?

これは、本当に酷いなあと、思いますね。
多少は江原さんに期待している私ですが、これが本当なら、非常に残念です。
豪邸建ててもですね(本当に豪邸かしりませんが)、ホスピス中止しようともですね、
たとえば、「ホスピスを自分で建設するのではなく、同様の活動を行っている団体に寄付していくことを検討中です」とか、「スピリチュアリズムの観点から、なにを、どのように行っていくのが最も良いことであるのか、なにが世のため人のためであるか、現在模索中です。ホスピスだけではなく、いろんな選択肢を検討中です」とか・・・・

そのような方針転換の結果であるというのなら、理解できるのですが・・・

完全な開き直りにしか、読めませんね。


残念です。

11/11/2007(日) 21:28:36

No.2867  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
>そのような方針転換の結果であるというのなら、理解できるのですが・・・

「週刊文春」のインタビューで「ホスピスはライフワーク。2年後には建設」と言ってからもうすぐ2年です。
自分の著書で、「ホスピスはライフワーク。数年以内に建設する」と言ってから数年が経ちます。
「ライフワーク」という言葉はそんなに軽いものではないと思います。
しかも、「2年後」にとか「数年以内に建設」いうには、それなりの具体的・現実的な計画が進んでいるから言える言葉でしょう。
しかし、実際には何の計画もないのに、それどころか、ホスピス建設などする気もなかったのに、自分のイメージをよくするためにアドバルーンを上げていたということだと思います。

そもそも、数年前までは「孤児院建設」だったのです。
それが急にホスピスに変わったのは、自分をマリア・テレサのイメージに重ねたいという動機があったのではないかと想像できます。

「江原啓之の本音発言」という本を、知り合いに見せてもらって、ちょっと読んでみましたが、とんでもないことが書いてありました。
まさに、江原さんの「霊視」が出鱈目だということを自分で証明しています。
正確を期するために本からその部分を抜粋して、明日にでも投稿します。

12/11/2007(月) 00:30:42

No.2869  キリコ
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
>>正確を期するために本からその部分を抜粋して、明日にでも投稿します。

著作権だのなんだのと、言って来ませんか?

12/11/2007(月) 05:04:33

No.2870  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
>著作権だのなんだのと、言って来ませんか?

短い抜粋なので大丈夫だと思います。

それにもしも訴えられても、それで「江原スピリチュアル=スピリチュアリズムではない」ということを、世間のたくさんの人々に知ってもらえるなら、十分に意義あることで本望ですよ。

12/11/2007(月) 10:16:06

No.2874  キリコ
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
>>それにもしも訴えられても、それで「江原スピリチュアル=スピリチュアリズムではない」ということを、世間のたくさんの人々に知ってもらえるなら、十分に意義あることで本望ですよ

ペーパーバーチさんと、飯沼さんの共通項、
それは、「男」だということです。しびれた。

12/11/2007(月) 19:20:34

No.2883  冷静に
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
キリコさんへ

あなたは、ネット中毒者のようですね。

であれば、ペーパーバーチが悠々塾をどんな言葉でいかに攻撃したか、知らないのですか?どんな言葉で、飯沼氏及び・・・人格否定したか知らないのですね。

まあ、いいです。あなたは何も知らないのだということを覚えておいた方がいいです。ここは怖い世界ですよ。自分の言論、少し反省した方が身のためですよ。見ていられません。

13/11/2007(火) 22:05:42

No.2887  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 「週刊文春」11月8日号、要旨 引用
ペーパーバーチさんだけじゃなく、キリコさんにもいろいろ言われましたよ。
ねえ、キリコさん(笑)

「冷静に」さんこそ、その後の経緯を知らないのですか?
いずれにしてもこんなくだらない話で無意味なやり合いをすることで、本質が紛れてしまうことを避けたいので、キリコさん、この件での返信は我慢してね。

14/11/2007(水) 02:42:40


No.2882 冷静に  
(No Subject) 引用
「生きがいの創造?V」飯田史彦著 引用P321〜
「スピリチュアリズムの方法」
中略

「どうしてこの人たちは、スピリチュアルな概念を知っているにもかかわらず、これほど心に余裕のない寂しそうな表情で、しかも性格が激しくて攻撃的なのだろうか」

「精神世界の本ばかり読んでいると、このようにバランスを欠いた、奇妙な性格になってしまう」という現実を痛感し、私は暗い気持ちになるのです。

私は、「スピリチュアルな知識そのものが人を救うわけではなく、その知識をどのように活用すべきであるかという思考法こそが大切なのだ」と、気づいてきました。バランスの取れた正しい活用方法を身につけないままで、スピリチュアルな知識だけをむさぼり食べても、毒にしかならないのです。

これは、飯沼氏、あなたにぴたり当てはまります。

13/11/2007(火) 21:53:17


No.2884  飯田史彦はニセ博士
Re: 引用
飯田史彦は、日本平和神軍が運営するイオンド大学から学位を買った、ニセ博士。
こんなの信じてるとは、お間抜けですね。
文科省の調査も進んでいるようだし、そのうちクビになるかもね。
せめて、斎藤貴男のカルト資本主義ぐらい読んどこうね。

13/11/2007(火) 22:16:51

No.2885  冷静に
Re: 引用
飯沼氏、読んだら、消していいですよ。

私は、あなたが心配です。

私もちょっと言い過ぎました。すいませんでした。

私は消し方を知らないのです。

全てのことには意味がある。

今回のことも、冷静に見ていた人。心配していた人。言葉に出来ない思いを抱えていた人。憎しみで一杯の江原ファンの方(これは文春の書いたことなので、私には真偽不明ですが・・・)、様々です。

私は、飯沼氏のことを悪くは思っていないのです。

しかし、一部余りにおかしなところがあるな、この人と思ってもいます。

そして、人には思想信条の自由があることの意味をも知って欲しかったのです。これは、大学一年で習うことですよ。18歳の子供でも知っていることなのです。それがいい年の・・・

まあ、いいです。目障りなことでしょう。消して下さい。そして、少しゆっくり時間をおいて考えて下さい。

悠々塾には、大変素晴らしい方が多いです。そういう方と冷静に、多角的に、審議することです。

江原さんのことは、以前も書いたように、もし江原さんに問題があれば、天が裁きます。あなたが、何も裁く必要はないのです。

そして、自分の人生を大事に生きて下さい。

以上です。

13/11/2007(火) 23:35:17

No.2886  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 引用
今日は意義深く大事な用があり、今、帰ったところです。

>江原さんのことは、以前も書いたように、もし江原さんに問題があれば、天が裁きます。あなたが、何も裁く必要はないのです。

ということは、あなたは森さんとか言う人なのでしょうか?
私も以前も書いたように、あなたの理屈で言うならば、私の行為は天が裁くのであって、あなたが何もコメントする必要はないのです。
以前に自分が書いたことを覚えているのなら、言われたことも忘れずにいてくださいね。
そして、自分の人生を大事に生きて下さい。

以上です。

14/11/2007(水) 02:35:47


No.2866 ゆうき&みゆき  
結婚パーティーありがとうございました! 引用
流れとか空気とか読まずに書き込みまーす♪

僕らの結婚パーティーに沢山の方に参加していただき誠にありがとうございました!
無事にパーティーを終える事が出来ました。
皆様のお陰です。ありがとうございました。

僕らは明日から新婚旅行へ出掛けます。北海道です。
くどいようですが、トワイライトエクスプレスで行ってきます。
A個室ロイヤル席です。いや〜夢のようです。

目一杯のんびりしてきま〜す♪

12/11/2007(月) 00:00:22


No.2868  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 結婚パーティーありがとうございました! 引用
☆ゆうき&みゆきちゃん

昨日はこちらこそありがとう!
すでに出雲。須佐神社で結婚式を挙げて、ふたりが一緒に暮らしてから2ヶ月近くたっているので、気楽な気持ちで披露パーティに行きました。
パーティが始まる前に、清楚で優しいウエディングドレスに身を包んだみゆきちゃんが、白いカラーの花束を持っている姿を見て、うぅときてちょっと泣いたよ。

パーティは1時から始まって、3時ごろまではただただ和やかな雰囲気を楽しんでいたのだけど、ゆうきがみゆきちゃんのために作った曲をピアノの弾き語りで歌い始めたら涙が出てきて、その後、みゆきちゃんがお父さんやご家族への手紙を読み始めるともう涙が止まらなくなってしまったよ。
そのまま「新郎の父親の挨拶」になったので、ちょっと恥ずかしかったです(笑)


昨日は2次会・3次会と遅くなって、今日は京都のイベントで歌ったんだよね。
明日は雨の予報だけど、雨でも雪でもふたりでの旅行は楽しく幸せでしょう。
旭川ではもうかなり前からストーブを焚いているそうだし、明日からはやや強い冬型気圧配置になるそうだから暖かくしていってね。

改めておめでとう!
行ってらっしゃい!

12/11/2007(月) 00:55:35

No.2872  さき ホームページ
Re: 結婚パーティーありがとうございました! 引用
いいパーティーでしたね!!
みゆきちゃんのドレス姿、とても綺麗だったよ〜!
二人の結婚パーティーに参加して、みんなと一緒にお祝いできたこと、すっごく嬉しかった〜!!
二人の幸せそうな姿にしみじみと幸せな気持ちになりました。
ありがとう♪

今日から新婚旅行なんですね〜。
トワイライトエクスプレスはもう出発しているのかな。
素敵な旅を楽しんできてね!

12/11/2007(月) 13:50:00

No.2873  ミュー ホームページ
Re: 結婚パーティーありがとうございました! 引用
ゆうきくん&みゆきちゃん♪ 溜息が出る程に素敵なおふたりで、感動!感動!の結婚パーティーでした!!!

ゆうきくんのこれ以上ないよ!!と言わんばかりの笑顔と、みゆきちゃんの喜びに包まれた美しい笑顔を、しっかりと心にも焼き付けてきました。
あの場に居られて、私達もとても幸せでした。
ありがとう・・ありがとう。。。

北海道はもう寒くて、今年は異様に早くインフルエンザが流行しているので、どうかどうか気をつけて、一生涯残るであろう嬉しい思い出をたくさん作ってきてくださいね♪
お土産話を楽しみにしています。

12/11/2007(月) 17:19:51


No.2871 通りすがりの犬  
被害者のブログ 引用
こんにちは。
この件の被害者Wさんのブログが、江原氏ファンの嫌がらせの書き込みにより、全記事削除に追い込まれました。
かなり酷い事を、書き込まれておりました。


気の毒でなりません。ああいった書き込み、僕は、許せませんでした。

どうぞ、気をつけて下さい。

12/11/2007(月) 12:02:30



No.2862 飯沼 ホームページ E-mail
「江原啓之スピリチュアル=スピリチュアリズム」ではない 引用

この数ヶ月間に、この掲示板にも江原啓之さん(のことと思われるものも含めて)いくつかの投稿がありました。
それらの返信に、「江原さんのことについては、近いうちに何らかのことを書きます」と書いてから数ヶ月が過ぎました。
私は私で忙しく、書いたところでおそらくは本人の変化にはつながらない文章を書く気にはなれなかったのです。
今までの経験から、江原さんに批判的なことを書けば江原さんの支持者からの執拗な投稿が予想され、それへの対応に時間と労力を割く気にもなれませんでした。
しかし、最近また江原さん絡みで新たな問題が起きているので、「スピリチュアリズムを人生の軸にしている者」としての見解を表明しておきます。
少しでも多くの人たちに、「江原スピリチュアル=スピリチュアリズム」ではないことを理解していただきたいのです。
長くなってしまいましたが、よろしければお読みください。

まず、夏にちらっと観た「天国からの手紙」で、たくさんの子供の死傷者を出した実際の交通事故の被害者のご遺族を出演させて、江原さんが矛盾に満ちたことを平気で言っていることには大きな違和感を持ちました。
江原さんの話の内容以前に、「ご遺族から事前に聞き取りをしたり、テレビ局が調査をして把握した情報が“江原さんの霊視”として語られているのではないか。だとすれば、実際の事故のご遺族の子を思う気持ちを弄び、その涙すらも演出に使おうとすることで、これは絶対にしてはならないことだ」と感じました。
以前に他の番組では、「番組スタッフが聞き取りをした内容がそのまま“霊視”として江原さんの口から語られた」と出演者に暴露され、テレビ局もその事実を否定しなかったということもあったので、あり得ることだと思ったからです。

私は数年前に江原さんとは何度かお会いし、夜を徹して語り合ったことも一度ならずありますが、江原さんが今テレビで見せておられるような「霊視」能力があるとは到底思えません。
根拠はもちろんありますが、ここでは触れません。
そして、「江原さんはごまかしなどは一切用いない人なのか」と言えば、残念ながらそうではありません。
姑息なごまかしや開き直りをいくつも見せられてきたことで、私たちは江原さんと距離を置くことになったのです。
人間は誰もが未熟で、時には過ちを犯してしまうものだと思います。
それは「霊能者」であっても、「霊的真理の普及者」であっても、人間である限りは致し方のないことでしょう。
私なども当然のこと、未熟で過ちや欠点の多い人間です。

しかし、自らを「霊的真理の普及者」と言うのであれば、低劣なごまかしなど用いず、過ちを犯したときには真摯に詫びて、その反省を今後に生かしていくべきであろうと思います。
口では「自分は特別な存在ではない。人間だから間違いも犯し、弱さもある」と言いながら、実際には日常的にごまかしを用いたり、その場限りの言い逃れや開き直りの詭弁を繰り返すのでは、「何のために霊的真理を学んでいるのか」ということです。
言行の不一致は人間の未熟さのひとつですが、明らかに建前と本音が違っていたり、狡猾な動機で表の顔と裏の顔を使い分けているとしたら、これは欺瞞であり、ペテンです。
2年ほど前の自著や雑誌では、「ホスピス建設が自分のライフワーク。2年以内に建設する」と表明しながら、今になって自著で「私は公約を掲げて当選した国会議員でもないし、私人がお金をどう使おうと勝手ではないか」と開き直るのはいくらなんでも酷すぎませんか?

私は江原さんを完全に否定するものではありません。
その場限りの嘘や言い逃れをする癖があるにしても、些細なことで感情が抑えられなくなって手がつけられないほどに激高するにしても、自分の思い通りにならない者に対してはかなり残酷な面があるにしても、他にも人間として、あっと驚くようないくつもの問題点を抱えているにしても、本来の彼は善良で楽しい人物だと思います。
今はどうかは知りませんが、少なくともかつては何らかの「霊能力」もあったと思っています。
そして、「人間はCENSOREDば終わりではなく、死んでも魂(心)は生き続ける」ということを、大勢の人たちが受け入れる「入り口」となる働きは十分に意義深いものでありました。

しかしながら、江原さんが広めてきたものは「スピリチュアリズム」の理念から掛け離れたものになっていると、私は思います。
それは単に「私の考えるスピリチュアリズムと異なっているから」ということではありません。
「スピリチュアリズムとどう違っているのか」は、ここで詳しく述べる余裕がありませんが、「シルバーバーチの霊訓」や「ベールの彼方の生活」や「(モーゼスの)霊訓」やアラン・カルデックが編纂した霊界通信などを読めば、言葉以上に本質的なところから違っていることが分かります。
「何をどう言い、どう書いているか」よりも、「何をどう考え、思い、実際にどうしているか」が大切なのです。
口では「現世的価値観、物質的価値観に浸ることのないように」と言うのであれば、「そう言っている本人が実際はどうなのか」が大事なのです。(これは私が貧乏人なので妬みで言っているなんてことではありません・笑)
以下に要点のみ示しておきます。

「人間はCENSOREDば終わりではなく、肉体の死後も生きる次元を変えて魂は生き続ける。人間の本質は霊(魂・心)であり、本来ならば人間は死後、自分の地上人生の全てを振り返って悔い、反省し、あるいはねぎらわれ、地上人生の全てを感謝と理解と納得という喜びに昇華し、愛と摂理の喜びに満ちた本来の霊界に戻り、そこで貢献と学びに生き続ける。そのことを受け入れた者として、地上での日々を実際にどう生きていくのか。実際の行為行動も大切であるが、その動機(心)が本質であり重要なのだ。死後の世界では一切のごまかしは通用しない。全てが白日の下に晒され、自分の人生を振り返ることになる」というのがスピリチュアリズムであるのです。

「どう生きていくのか」についても明確に示されています。
「死後も通用する生き方をしていくように」ということであり、それはつまり「(動機を純粋にしながら)人のために自分を役立てていくこと」です。
口先の言葉でどんなにいいことを言っていても、そこに本当の心がなければそれはごまかしであり、死後その責任を問われて恥ずかしい思いをするのです。
私なりに一言で言えば、「本当のことを大切にしながら、自分を役立てていくこと」ということになります。
「人の役に立っていく」という言葉はどこか偽善的な雰囲気がして、私個人としてはあまり好きな言い方ではないのですが、「人の置かれている状況に共感し、その人(たち)に何か自分にできることをしたい」という心に偽りや打算がなければそれでよいのですし、もしも自分の動機に不純物が混じっているとしても、それを薄くしながら自分を役立てていくことが学び・成長でもあると思うのです。

スピリチュアリズムというものは、自分の現世的な利益や都合のためにあるのではない。
むしろそれを越えて、(自分も含む)皆の喜びや幸せのためには自分がどうしていけばよいのかを示す道標であると思っています。
自分を苦しく押し縮めて歪めるのではなく、(受容や忍耐が必要なこともあっても)ありのままの柔らかな自分として、人も自分も幸せにと願うからこそ、人との関わり方や自分のありようについてもたくさんの学びや成長があるのです。
そして人間は地上を離れてからもその学びを、喜びのなかで続けていく存在なのだと思います。

さて、以前「週刊文春」で、かつてのスタッフたちが実名を出してまでも江原さんの行為を明らかにしました。
スタッフの女性へのいじめや暴行、猫への虐待行為などです。
江原さんはその記事を事実無根として、「名誉回復のために法的措置も検討している」と公式サイトで表明しましたが、そのままになっているようです。
今年1月の「週刊現代」では、「安倍総理は去年よりも今年の方がよくなる」という「霊視」を公表しました。
今年も残りわずかですが、安倍元総理の今年はどうだったでしょうか?
この公表した「霊視」についても何か責任を取ったのでしょうか?
「江原さんの未来透視は当たらない」ということは、外れの多さからご自身も知っているはずなのに、なぜ性懲りもなく無責任な「霊視」をやめられないのでしょうか?

さらに、今回また11月8日号の「週刊文春」に「善意のボランティアをペテンにかけた江原啓之とフジテレビ」という記事が掲載されました。
7月28日から29日にかけて放送された「FNS27時間テレビ みんななまか(仲間)だっ ウッキー!ハッピー!西遊記」という番組のなかでのことです。
美容院を経営するかたわら、10年前に他界したお父さんのリンゴ園も経営し、中越沖地震の被災者やいじめが続く学校にりんごと手紙を送った50歳の女性(Wさん)を、頼まれもしないのに何重にも騙して東京に連れてきて、「ドッキリ」で江原さんが「霊視」し、「このままでは店が大変なことになる」というお父さんや守護霊からのメッセージを伝え、さらに「美容院の経営をおろそかにしてボランティアに入れあげ、人に感謝されて自分だけが喜んでいる」などと言ったというのです。
しかも収録の時には彼女は江原さんに反論していたのに、放映された番組では、他の場面で彼女が涙を見せている映像をつなげ、「亡き父のメッセージによって心の迷いが晴れたWさんにいつもの笑顔が戻りました」というナレーションで締めくくられたというのです。
(別欄・2861に記事の要旨を上げておきます)

この番組の江原さんが出演した部分に関しては、放送倫理検証委員会(BPO)が審議しています。

江原さんはご自分が週刊誌を足場にしてこられたのに、以前の「週刊文春」の記事については「週刊誌が書くことを鵜呑みにしてはいけない」ということを言っていたそうです。
その一方で「週刊新潮」に自分の反論の記事は掲載させる時点で、すでに語るに落ちているのですが、今回は少し事情が違っています。
りんごを送った女性はサイトやブログを持っておられ、「週刊文春」の記事を読んだ上で「(文春が)全貌を詳しく調査している」という意味のことを書かれていたからです。
文春の記事は、事実関係を踏まえているという意味でしょう。
放送後のWさんは店にも立てず、外出もできない時期が続いたそうです。
テレビでの江原さんの「霊視」ですから影響力も大きく、周囲の人たちからもさまざまなことを言われ、ずいぶんとお辛い思いをされたそうです。
彼女のブログには「自分から霊視をお願いしたわけでもないのだし、まして自分は一般人なのだから、ああいう扱いはされたくなかった」ということが書かれていました。
BPOが審議を始めたことで、フジテレビは彼女に謝罪したそうです。
テレビがやらせや過剰な演出をしているということは私も聞いてはいましたが、ここまでひどいものだとは思っていませんでした。

いくら「ドッキリ」でも、ここまで嘘を重ねて一般の人を収録に引っ張り出すという企画は、もちろんテレビ局の責任です。
しかし、この企画に乗って、収録の時に大勢の人たちの前で長時間にわたって、善意の人を誹謗中傷し、さらに「編集」という名目の歪曲を経て全国に放送され、善意の女性を深く傷つけたことを、江原さんはどう受け止めているのでしょう?
そもそもその美容院が経営難であるという設定そのものがテレビ局の嘘の演出であり、江原さんは虚構を鵜呑みにして「霊視」し、全国放送されることを知りながら、霊界のお父さんや守護霊からのアドバイスのメッセージを伝えたのです。

この女性は「地震の被害を知って、じっとしていられずに行動した。自分はりんごを送りたかったのではなく、励ましの手紙にりんごをつけたのです」と書いておられます。
その手紙やりんごを受け取った人も喜び、その手紙を今も保管している人もおられるそうです。
Wさんはとても優しい方のようで、もうこの問題は収束させたいと思っておられるようです。
ブログには「人間は誰にも色々の心を持っているんだと思います。環境に支配され理性や方向性を見失ったり相手の立場や心を踏みにじってしまったり・・全ては・・人間だから。私は突然の嵐で、何もかもが見えなくなってしまい人を恨んだり憎んだりもしました。私は自分自身さえ見失ってしまい苦しんで苦しんで・・そして知ることが出来た・・・私達人間の心の弱さを。皆、同じ人間。だから私は人を許すことが出来ました」と書かれています。
そのご意向は尊重すべきであると思います。
(無断転用ですが、Wさんのお人柄がそのまま表現されている言葉なので、どうしてもご紹介したいと思いました。お許しください)

しかし、今回のことについて、やはり江原さんは何らかの行動に出なければならないと私は思います。
彼女のブログを読む限り、江原さんからお詫びなり釈明があったとは思えません。
もしも今も江原さんが、彼女が「ボランティアに入れあげて、自分だけがいい気になっている」と思っているのであれば、何もする必要はないでしょう。
あるいは、「今回のことは全てテレビ局の責任で、自分には何の落ち度も責任もない」という考えならば、やはり何もしなくてもよいでしょう。
江原さんがこのまま何もしないでいるならば、それは「自分には何の落ち度もない。彼女は自分が言ったとおりの人物だ」ということになるのです。
もしも今でも江原さんがそう思っているとしても、テレビの全国ネットで放送することを前提に、しかも大勢の人たちの前で善意の一般人を誹謗し、深く傷つけたことの責任は免れるものではありません。

「スピリチュアリズムや霊的真理を普及するためにテレビに出ている」と公言している江原さんですから、それにふさわしい行動をとるのは極めて当然のことです。

同時にこの際、江原さんが出演しているさまざまな番組で、いわゆる「やらせ」や事前にスタッフから提供された情報を「霊視」として伝えることがあるのかどうかも、正直に明らかにすべきだと思います。

「オーラの泉」のテレビ朝日は「信じてしまう視聴者もいるということを念頭に置きながら番組を制作する」というコメントを出しています。
これは普通に読めば、「オーラの泉は虚構として制作している」ということでしょう。
しかし実際には、江原さんの「霊能力」として信じきっている人たちが極めて大勢いるのです。
自分が信じているだけでなく、江原さんへの批判に過剰反応する「信者」のような人たちも少なくありません。

「スピリチュアリズム」を看板として掲げるのなら、まず何よりも真実を最優先にしなければなりません。
そして、「霊視や肉眼では見えないパワーによって、自分がうまくやる、現世で成功していくこと」よりも、「自分を役立てていくこと」こそがスピリチュアリズムの掲げる理念であるのです。

相手を思いやる心、人の痛みに共感する心、大変な状況・苦しい状況にある人に手を差し延べようとする心、人間どうしが分かちあい支えあっていこうとする心と行動こそが全ての人間にとって大切なことだと思うのです。

江原さんには、どうか今回のことで、もう「スピリチュアリズム」を歪めることをやめて、「相手を思いやり、人の痛みに共感し、大変な状況・苦しい状況にある人たちに手を差し延べ、人間どうしが分かちあい支えあって生きていこう」ということを伝え広め、スピリチュアリズムの本筋に立ち戻っていただきたく思います。
今回のことや今までのことで、Wさんや視聴者や読者に謝罪するのは当然ですが、これからは本当のスピリチュアリズム・霊的真理を伝えていくことでこそ、埋め合わせが始まるのだと思います。
どうか無視や見え透いた言い逃れで自分の立場を守ろうとせず、支持者の前だけで自分に都合のよい話をするのでなく、「ここが人間としての正念場」と、本来の道に立ち戻っていただきたいのです。

最後になりましたが、「スピリチュアリズム」の普及と実践に携わる者として、Wさんには私からもお詫びせずにはいられません。
今回のことについて、大変申し訳なく思います。
しかしその一方で、今回のことでWさんのような方がおられるのを知ったことは、私にとってとても嬉しいことでした。
Wさんは深く傷つけられたのですが、今回のことでWさんのことを知り、Wさんの本当の気持ちに共感した人たちは大勢いると思います。
挫けずに、これからもWさんらしく行動してくださることを願っています。

09/11/2007(金) 13:58:46


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