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No.2793 飯沼 ホームページ E-mail
9・11はテロではなかった・・・? 引用

先ほどテレビの「世界丸見え」で、6年前の9・11事件の疑惑について放送していました。
2機の飛行機が激突し、崩壊した2棟の高層ビルのことについてです。
言うまでもなく、「テロとの戦い」が始まり、アフガンを攻め、イラク戦争の口実となった事件です。

皆さんの記憶にもあると思いますが、あの2棟のビルの崩壊の様子は、ビルを爆破解体する時の崩れ方そのままでした。
元々あのビルは非常に頑丈で、大型機飛行機が激突しても耐えられるように設計されていたとのことです。
メディアはほとんど取り上げませんが、アメリカでは学者をはじめ、あの日救助活動をしていた消防士たちやさまざまな人たちが、説得力のある証拠を挙げて、あの事件に疑念を提示しています。
「あれはテロではなく、アメリカ政府上層部やアメリカ軍の自作自演だ」という主張が展開されています。

飛行機の激突による火災ではあのような崩壊の仕方はありえない。
しかも当日、飛行機の激突とは別に、ビルの下層階でいくつもの爆発音を聞いた人たちが大勢います。
ビルの崩壊ビデオには、飛行機の激突とは別に、それよりも下の階で爆発が起きたような破壊や煙が映っています。
疑問点を書けばきりがないほどの物的証拠が明らかにされているのです。

あのビルは事件の数ヶ月前にある実業家が買い取り、「テロ保険」をかけて、結果的に莫大な利益を得ています。
ほとんど報道されていませんが、あの2棟のビルのに隣接していない47階建てのビルも同じ日に「事件の火災」が原因で崩壊しましたが、その崩れ方も全く同じでした。
ちなみに、そのビルもあの2棟のビルと同じ所有者です。

そもそもあの事件の第一報を聞かされたブッシュ大統領は、ほとんど顔色も変えずに、その後も子どもたちに絵本を読んでいました。
そして、あのビルの警備を請け負っていたのはブッシュ代横領の親族(弟だったか)でした。

あのビルだけではなく、ペンタゴンに飛行機が突入した事件に関しても、いくつもの物的証拠を挙げた疑念が提示されているのです。
とてつもなく恐ろしい陰謀によって、世界は動かされているのかもしれません。
政府やマスコミがあえて報道しないところに、隠された真実が厳然と存在しているのかもしれません。

あの事件への疑問は、ここではとても書ききれません。
以下にサイトをご紹介しますので、「もっと知りたい」と思われた方は読んでみてください。
hをttpの前につけてくださいね。

ttp://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/muck_raker.html
ttp://rose.eek.jp/911/

15/10/2007(月) 22:13:37


No.2794  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 9・11はテロではなかった・・・? 引用
 疑惑 : WTCは爆破された可能性

1.一機目が北棟に衝突する6秒前に地下で爆発音があった。元WTC管理人の証言(きくちゆみさんによるインタビュー)

2.WTC保全責任者であったウィリアム・ロドリゲスは、強い衝撃を受けたと思ったら館内放送で「65階がやられた」と告げられ、この爆発で65階から44階までが崩れ落ちたと証言。航空機は100階付近に激突。

3.救助に駆け付けた消防士たちは、ビル解体時のような数回の爆発音をビルの内外で聞いている。ウィリアム・ロドリゲスによると22人の消防士が救助作業中に爆発音を聞いている。

4.当初、ニューヨーク消防署の主任放火調査官は、9月12日のテレビのインタビューにおいて、内部からの爆発がWTCを倒壊させたと証言。

5.WTC北棟から脱出した人や消防士など、多くの人が何度も爆発音がしているのを聞いている。

6.1機目のWTC激突映像を撮影した3人のフランス人カメラマンは、事件直後にWTC北棟に入ると、右手奥に大きな炎が上がっていたと証言している。

7.1機目の航空機は7:45ボストン発のアメリカン航空11便(B767)と言われているが、最初に目撃した女性によると、小さなプライベート・ジェットだったと言う。

8.二機目の航空機がWTCビル突入するよりわずかに早く、同じビルの反対側が爆発を起こしている。

9.南棟に突っ込んだ航空機はユナイテッド157便と言われているが民間航空機なのに窓がなく、他の航空機と入れ替わっていると、米空軍に30年いた軍人や民間航空機のパイロットが証言している。→専門家の証言(英語)

10.南棟に衝突した航空機の胴体下部に部品が不審な物体が取り付けられている(2004年10月23日、ロスで開かれた「911市民陪審法廷」のレポートに、劣化(DU)ウラン弾のミサイルであることが示唆されている)。写真

11.衝突寸前、スローモーションで見ると謎の閃光が見られるが、ミサイルが打ち込まれたとする説がある。YouTubeの画像→9/11 - Mysterious Flash Occuring During Plane Impact(飛行機衝突中の不可解な閃光)

12.近くの大学の地震計が、それぞれのビルの崩壊の8秒から10秒前に揺れを観測している。つまり本来なら残骸が地面に落下した瞬間に最大値を記録するはずなのに、倒壊が始まる瞬間に記録された衝撃のほうが、崩壊したときの20倍以上あった。

13.飛行機が建物にぶつかったとしても破片が溶けて消えることはない。

14.鉄が溶解するには1600℃が必要だが、ジェット燃料ではせいぜい800℃にしかならない。過去に鉄骨高層ビルが火災で崩壊した例はない。

15.ビルの鋼材の中から、通常の火災ではありえない火薬の反応が検出された。ジャーナリスト:アレックス・ジョーンズによると、ビルの瓦礫を調査分析した結果、フッ素マンガンなどが検出され、溶接や焼夷弾に使われるテルミットの反応もあった。

16.コントロールド・デモリション社の社長マーク・ロイゾーはビル破壊の専門家だが、事件2日後「地下7階に相当する、メイン・タワーのエレベーター・シャフトの底部に、鉄骨を溶解させた高温のスポットがあった」と証言。

17.最初に航空機が激突した北タワーよりも、南タワーが先に崩壊したのはなぜか。

18.WTCビル崩壊のとき、一瞬早くビルの真ん中の高さで爆発が起きている。

19.WTC設計の建築家の一人であるアーロン・スワースキ氏は、「ボーイング707が激突しても耐えうるように設計した」と語っている。そのため、WTCの倒壊は、彼にとって大変ショックなことであったという。

20.47階建てWTCの第7ビルが飛行機の突っ込みがないにもかかわらず8時間後に崩壊。このビルから飛行機をコントロールしていた疑いがある。映像 実際、23階には市長の「緊急事態指令センター」があった。このビルの崩壊については公式発表で無視され、マスコミも報道しようとしない。

21.3つのビルは通常のビル解体時に見られるような現象を示している。まっすぐ下に自由落下している。

上にアドレスをご紹介した「911 の真相は?」のサイトからの無断転載なので、数日後に削除します。

15/10/2007(月) 22:28:14

No.2795  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 9・11はテロではなかった・・・? 引用
ポール・ジョセフ・ワトソンの「プリズン・プラネット」2007・1・29の記事の翻訳されたものがありますので、転載させていただきます。

以下引用

ハリウッドの映画監督ルッソが初めて掘り下げる、911の予告とテロとの戦争の捏造をふくむニック・ロックフェラーの驚くべき告白。ロックフェラーの生み出した女性解放、エリートの最終目標としての世界人口削減と電子チップを埋め込まれた群衆。

ハリウッドの映画監督でドキュメンタリー映画作家アーロン・ルッソは、エリートの終局目標は電子チップを埋め込まれた民衆を作りだすこと、テロとの戦争は捏造であるという驚くべき告白を、ニック・ロックフェラーが彼に個人的に語ったことについて、掘り下げている。ロックフェラーは、911発生の11ヶ月前に、イラクとアフガニスタンに侵攻するきっかけとなる”事件“についても予言していた。

ロックフェラーはまた、彼の一族が、家庭を破壊し人口を削減するという、グローバル・エリートの根本的な目標のために、女性解放運動を創出し資金を供給したと語っていた。ルッソは、おそらくエディ・マーフィ主演の「大逆転」の製作者としてもっともよく知られているが、先頃では、連邦準備制度(FRS=米国の中央銀行システム)の、利益のための犯罪的運用を暴露したドキュメンタリー、『アメリカ 自由からファシズムへ』で注目を集めた。

現在、彼は癌と闘っており追加治療を受けているが、ルッソはラジオ司会者と、ドキュメンタリー作家仲間のアレックス・ジョーンズとの着座インタビューの時間を設けて、ロックフェラーが彼に語った、世界がグローバル・エリートによって操られ、演出されていることについての、爆弾発言を立て続けに行った。(アーロン・ルッソ氏は今年8月24日に他界されました)

有名なビデオ作品「Mad as Hell」の発表後、ネバダ州知事選の遊説を開始したルッソは、ロックフェラーに注目され、女性の弁護士を通じて紹介された。ルッソの、変革を求める情熱と能力に着目したロックフェラーは、ルッソをエリート集団に勧誘するため、巧妙な働きかけを行った。

ある会話で、ロックフェラーはルッソに、外交問題評議会(CFR)に加入することに関心はないかと訊ねたが、奴隷どものことなどなぜ気にかけるのかと冷たく問いかけるロックフェラーに、「人々を奴隷化することに関心はない」といって断ったという。

「私は彼に、要はどういうことなのかと訊ねた」とルッソは述べる。「あなたがたは世界中の金を持ち、すべての権力を握り、それが何なのだ、最終目的は何なのだ」、対するロックフェラーの答えは、「最終目的は、社会全体を管理し、銀行家とエリートたちが世界を支配するために、すべての人間に電子チップを埋め込むことだ」というものだった。

ロックフェラーはさらに、ルッソに、もしエリートに加わるならば、当局による過度の監査を免れるべく、彼のチップは特別に配慮されるであろうと確言した。

ルッソは、「9/11発生の11カ月前に、『ある出来事が起こり、その出来事によって、われわれはカスピ海を通してパイプラインを敷設するためにアフガニスタンに侵攻する。石油地帯を奪い、中東に拠点を築くためにイラクに侵攻する。そのあとはベネズエラのチャべスだ』」と語ったと言明している。

ロックフェラーはまたルッソに、彼がオサマ・ビンラディンの兵士たちを、アフガニスタンやパキスタンの洞窟に見るであろうこと、また、「真の敵が存在しない、終わりなき対テロ戦争が起こるが、このすべては巨大な捏造なのだ」そして、「政府はアメリカ民衆の支配権を握ることができる」と語った。ルッソによると、語り手のロックフェラーは、冷笑的な冗談のように、驚くべき予言をなしたという。

さらに後の会話で、ロックフェラーはルッソに、女性解放運動をどう思うかと訊ねた。女性たちが参政権を勝ち取ったように、働いて男性と同等の報酬を得る権利に関することだとルッソが答えると、ロックフェラーは笑いながら言い返した。「君はバカだ! あれが何だったのか教えてやろう。われわれロックフェラー一族が、あの運動に資金を出したのだ。われわれが、ウーマン・リブに出資したのだ。すべての新聞とテレビを所有する、われわれロックフェラー財団がだ」

ロックフェラーはルッソに、エリートがウーマン・リブに資金援助した、二つの主な理由を話した。一つは、ウーマン・リブ以前には、銀行家は人口の半数に課税ができなかったこと、二つ目に、彼女らの子供たちを早期から学校に通わせ、核家族の状況を受け入れるよう吹き込み、伝統的な家族形式を崩壊させることができるようになったことだと。

この暴露話は、フェミニストの先駆者の代表で、CIAに資金援助された「ミズ」誌のグロリア・スタイネムが、伝統的な家族形式を破壊するという同じ計画の一部を担っているという、先立っての論考と一致する。

ロックフェラーはしばしば、エリートによって「民衆は統治されるべきだ」、また、「世界の人口は多すぎる」といい、世界人口は少なくとも半分に減らさなくてはならない、とし、権力の手法の一つとしての人口削減という、彼の考えを熱を込めて強調した。

ロックフェラーのルッソとの会話によると、イスラエル―パレスチナ闘争はエリートの支配の手に負えなくなった問題のひとつであり、いずれかの時期にイスラエル市民に、一人百万ドルづつ与えて、アリゾナへ移住させようかという奇抜な考えが真剣に考慮されたという。

16/10/2007(火) 01:13:12

No.2797  さき ホームページ
Re: 9・11はテロではなかった・・・? 引用
9・11がテロではなかったとしたら。。
にわかには信じがたいことですが、さまざまな情報をつきあわせると、あまりにおかしすぎます。とても公式発表どおりだとは思えない。
大変なことです。
アメリカ国民の半分が疑問をもっている、という政府公式見解がまかりとおっているのですから。
なんという世界なんでしょう。
小説1984年に“偉大な兄弟”が支配する未来国家が出てきます。その国の「戦争は平和である 屈従は自由である 無知は力である」というスローガンを思い出します。支配する者にとっては人間なんて、真実とか事実なんてどうでもいいんでしょう。これは小説ではなくて現実なのですが。。

16/10/2007(火) 10:17:50

No.2801  かわぐちまさこ
Re: 9・11はテロではなかった・・・? 引用
飯沼さんがおっしゃるように、私も以前から9.11は テロではなく、自作自演だったのではという疑惑を持ってました。十分ありうる話です。マイケルムーア監督の「華氏911」とゆう映画も話題になりましたよね。
罪もない多くの方々が石油マネー 石油ビジネス の犠牲になったのです。
ビル崩壊で犠牲になった方、そしてアフガニスタン、イラクでどれだけの多くの命がうばわれたかと思うと、あまりの理不尽さに、怒りと悲しみでいっぱいになります。

16/10/2007(火) 23:30:17


No.2798 さき ホームページ 
縄文・真脇遺跡 引用
縄文の真脇遺跡。。
能登半島にあるイルカの来るおだやかな入り江。
そこに4千年にわたって続いた縄文の人々の暮らしがあったという。。
ひとことで4千年と言っても、その時間を思うとめまいがしそう。。
縄文の人々はその地でどんな暮らしを営み、何を思い、どんな日々を生きていたのだろう。

真脇遺跡に向かう道中、うっそうと茂った森の中を行くような単線の能登電鉄にゆられ、バスから窓に広がる日本海を見ながら、ぬまとそんな話をしていた。(以下は根拠なし、ただその時に思ったことです。)

縄文と弥生は非連続なんだよね。
縄文は遅れた原始生活で、そこから稲作が入ってきて原始生活から進歩して弥生時代になったのだという刷り込みがある。けど、その考え方自体が違うんじゃないのか。
縄文には、今の私たちの知ってることの範疇で考えていては捉えられないような、全く違う世界があったんじゃないのか。縄文→弥生→段々進歩→今 という連続性ではとらえることのできない、別の文化、別の価値観、別の暮らしがあったんじゃないのか。

心や愛情を形にして日々生きること。。
誰もがそんな心で生きている世界。。
それは物質的に大変なことがあったとしても、実はとても豊かな世界なんだと思う。
それに縄文の人たちが魂の永遠性をあたりまえに知っていたなら、死は恐れるものではなくなる。
地上で生きること、地上で心を交わしあうことは喜び―。
縄文の人たちは、その喜びを生きていた人たちではなかったのだろうか。
もちろん心をかげらすこともあったかもしれない。けど今のようなかげり深い世の中ではなかったら、かげりを深めることも、かげりに囚われることもない。誰もが互いを思いあい、分かちあうことも、支えあうこともあたりまえだったら、かげりは深まりようもないと思うのだ。そして全ては喜びにつながることを知っていた。
そんな世界をイメージした。

縄文・真脇式土器はとても手の込んだものだった。儀礼的というようり、ただ楽しんで遊び心で、それを「わ〜い」と面白がってつくっているような気がした。またそれを見た人が「わ〜、面白いね〜!」と喜んでくれたら、それが嬉しくて、また調子に乗って造ってみたくなる。
縄文人たちはそんな喜びのなかで日々を生きていたんじゃないかな。
<喜ばれることが嬉しい>それが縄文の価値観だったんじゃないかな。自分もみんなも喜べる世界。。

バスが真脇に近づいてきたら、ふと「還ってきた」という思いがよぎった。そこにつながったら涙ボロボロ。。
<喜ばれることが嬉しい>というのは、特別なことじゃない。
実は誰の中にもそんな気持ちが宿っているんだと思う。
ただ私たち人間はそれを素直にありのままに表現することができにくい世界をつくってきてしまった。あまりにそれを積み重ねてしまったんだと思う。

9・11が謀略なら、それをやった人たちがこの世界を牛耳っている。
その力が今の世界をつくっている。動かしている。。
これってどうよ。その力と対峙するってどういうこと?
これまでの連続性とは、別の価値観、別の世界を形にすることなんだと思う。
まだ間に合うかもしれない。
結果はわからない、けれども考えているだけでは何も始まらない。自分から求めて、自分から動いていかなければ。
地上でやるべきことがあるなら、チャレンジしないとね。
そのために生まれてきたのだから。
意志と意欲を高めて挑みます。
自分もみんなも喜べる世界を、あたりまえにしたい。
この列島に生きる人たちに宿っている縄文の心、その種をよびさましたい、と思ったのでした。

16/10/2007(火) 12:35:25



No.2790 しのしの  
またケンカをしてしまいました。 引用
こんにちは。しのしのです。

またまた今日姉を大ゲンカをしてしまいました。
数日前、前々から嫌いだった客に思いっきり嫌味を言われ、ここ数日いらいらしているところに、この土、日の姉のわがままな行動にとうとう今まで抑えていた気持ちが爆発し、姪っ子や甥っ子の前で、怒鳴ってしまいました。一番やってはいけないことです。
私の心の中に、早く姉に落ち着いてほしいという気持ちと、今までみんなに迷惑をかけた結果、今の姉の状況があるから、ざまあみろっと言う気持ちもあるのかもしれない。今の私は、姉の気持ちに突っ込んで、癒してあげようという気持ちは全くないです。
飯沼さんに、姉のヒーリングをお願いしようと思っていましたが、ちゃんと説明もせず、カウンセリングを受けるよう言ってしまったため、悠々塾のことも誤解を与えたままになってしまいました。ホームページを見てもらおうと思っていましたが、私に家に来ても忙しく動き回っていたので、結局見てもらえませんでした。
多分、もう姉が飯沼さんに連絡することもないと思います。
せっかく、アドバイスいただいたのに、ちゃんとできませんでした。すみません。

14/10/2007(日) 22:22:31


No.2791  飯沼 ホームページ E-mail
Re: またケンカをしてしまいました。 引用
☆しのしのさん

こんにちは。
兄弟姉妹間のトラブルや喧嘩はよくあります。
もちろん、お互いが支えあったり、協力しあって何かを成し遂げていくことも珍しくはありませんが、やはり不調和を抱えている兄弟姉妹のほうが多いでしょうね。

しのしのさんも生身の人間ですから、さまざまな気持ちを抱えながら生活することになります。
いつも喜びだけを感じながら生きていくことは誰にとっても難しいものですね。
どんなに嫌な気持ちになったとしても、すぐにそれを凌駕するだけの喜びのエネルギーをベースに生きていくことができれば、それが最善なのですが、実際にはそうもいかないものです。

でも、できれば他の事柄での不愉快を別の人との関わりに絡めてしまわないように心掛けていく必要はあるでしょう。
まあ、それでも人間どうし、トラブってしまうものではあります。
自分にも落ち度があったと思えたならば、まずそのことについて素直に謝るところから修復は始まります。
もちろん相手の問題もあるのでしょうが、お互いにそれを言い合っていても修復にはつながりません。
起きてしまったトラブルをどう修復していくかも、地上に生きる重要な学びのひとつだと思います。
激しい波風が立っても主張し続けねばならない場合もありますが、これはかなり特殊な場合に限られるでしょう。

お姉さんから一度お電話をいただきましたが、「妹から紹介されたのですが、日にちが取れません」というような内容でしたので、「では非にとが取れそうなときにまたお電話してください」という話になりました。
いつかまたご縁がつながればいいですね。

15/10/2007(月) 13:09:00


No.2789 飯沼 ホームページ E-mail
9月定例会で使用したメッセージ 引用

☆これは「癒しに向けてのメッセージ」として、克が7年ほど前に受信し、「天地悠々」に連載したものです。
この8月以降、定例会ではこの「癒しに向けてのメッセージ」を使用して、分かりやすく学びを進めています。

今、私と一緒に直接ヒーリングをしているさきさんは、克のようにひとつひとつ言葉で伝えることはしませんが、その人の子どもの頃からの傷からくるかげりやそこへの憑依につながって、エネルギー的に解消し、心の方向性を喜びに向け直していくことに関して素晴らしい力を発揮しています。
心身の病や症状を抱える方にも非常に有効です。
もちろん、ご本人が来られなくても、ご家族などが代理で来て、その人を通じてご本人の深いかげりや憑依霊にエネルギーを送ることもできます。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

<胎児期・乳幼児期の傷と憑依について>


同じように憑依を受けても、胎児期・乳幼児期の場合は、さらに憑依からの影響は強くなります。

人は成長とともに、肉体が育ち、心が育ち、理性が育ちます。“理性”は最もあとに成長を始める“からだ”です。理性がまだ十分に育っていない時期は、その意味で心がとても傷つきやすいのです。理解したり納得したり、判断したりする理性のエネルギーに守られていないからです。(注・人の肉体、感情のからだ、理性のからだ、魂のからだ、と何層もの“からだ”によってできています)

この時期に心に受けた傷、抱いたかげりは、むき出しのままですから、そこに憑依を受けやすいのです。受けた憑依がはずれることのないままに、その心のうえに理性が育っていけば、受けた傷や(かげり)と憑依を覆うようにして理性のからだができあがります。

これが、その人の“特徴的な性格”とされる場合が多いのです。そして、その人自身、こういう自分を変えたいと思っても、(分かっているのに)どうしようもないもの、となっていくのです。いつも繰り返してしまう自分なりの行動パターンも、これに起因していることが多いのです。

もちろん、そうなってしまうのには理由があります。「設定」です。今回の人生でその人が越えなければならない「課題」が、カルマとして魂の記憶にあります。そのカルマが今回の人生に影を落とし、そこに向き合いつつ越えていくためには、「状況」が作られねばなりません。「心をかげらせてしまう状況」「それによって表現される心の傾向や癖」「憑依による影響によってかげりが増幅され、問題化すること」それら全てが「設定」のための要件なのです。その人が自らの課題を乗り越えて、カルマを解消し、さらに学んでいくための。

自分のなかにある、どうしようもないと思っている部分、かげりと指摘され、変えたいと思ってもそうしていけないところ、それらのもとは、胎児期、乳児期における心の傷(かげり)とそこへの憑依にあるのだということを、ぜひ認識して頂きたい。

そしてそれを解消する方法があるのだということも。

この人たち(飯沼・堀江)に今、行(おこな)ってもらっている方法は誰にでもできるわけではありません。しかし、幼児期の心の傷(かげり)と憑依について、その仕組みを理解するうえで、道筋は分かりやすいもののはずです。

まず、対象となる者の“心のからだ(オーラとも呼ばれます)”に共鳴しつつエネルギーを注ぎます。これは、感情が引き出されやすくなるために必要なことです。この人たちは意識していませんが、ここでは、対象者のオーラに不足しているエネルギーの要素(たとえば、安心であったり、意欲であったり、楽しさであったり、いずれも喜びにつながるエネルギー)がこの人たちを通じて注がれます。本人が意識できている、できていないにかかわらず、“心のからだ”は足りないものを求める信号を発しているのです。その信号に応えて、エネルギーが充てんされるのです。

次に、この人(堀江)は、対象者の心の傷に同調しつつ、それを意識化する手だてとして、質問や言葉をその人に向けます。こちら側(霊団)からの指示によって、その人の「心の揺れ」の大きかった事柄を思い返してもらいます。たとえば、「今までで嬉しかったことは?」「今までで後悔していることは?」「今の自分からみて、母親はどんな母親だったと思いますか」などというように。決まった質問はなく、その人それぞれの傷(かげり)の糸口となるところから、さらにその奥へとたどっていくのです。

質問への答えのなかに、「鍵」となる言葉や思いは含まれていることが多いのです。その点については、こちら側から指示を送り、さらにそこに深くエネルギーを注ぎます。硬くなり、しまい込まれた感情や傷につながるためです。

その時から、心を時間とともにさかのぼります。学生時代、小学校、幼稚園、乳児期、胎児期と。途中、注いでいるエネルギーが“ひっかかり”“とどこおってしまうところ”で、“その時期の傷”について、意識を合わせます。その時の気持ちをこの人が口にするなかで、本人もまたそこに心の焦点が合ってきます。しっかりとつながれば、忘れていた記憶が蘇えったり、自然に言葉が口をついて出てきたり、泣いたりしてしまいます。抑え難い感情があふれて、しばらくはその感情を実感し、そのなかにいることになります。ひと通り吐き出してしまうと、心は落ち着きます。しかし、その時の傷(かげり)に共鳴して引き寄せられ、長い間一緒にいた憑依霊は、依然としてそのままですから、この人たちがエネルギーをさらに高めて、その憑依霊を本来の霊界へ送ります。強くしっかりとその人に重なっていた場合は、その憑依霊の感情を吐き出してもらい、その傷を癒すために、この人(堀江)のオーラに一時的に憑依させ、この人の口をかりて、言葉を発することにもなります。

対象となる人が抱える傷(かげり)が、決してひとつではありませんから、年齢を行きつ戻りつしながら、傷(かげり)を引き出し、そこにある憑依を解いていきます。

胎児期の傷は、大抵は両親が本人に向けた思いや、妊娠を知った時の“瞬間的な反応(どういう気持ちになったか)”について傷ついたり、それに基づいて「自分はこうするのだ」と意志してしまうことが、やがてはその人の特徴的な性格と言われているものへとつながります。これについては、「誰のせいでもない。まして親のせいではない」ということを忘れずにいて頂きたい。

前述したように、その人の“カルマ”“課題”が、今回の人生に反映され、設定するためには、「向けられる気持ちと、それに対する思い、意志」がどうしても必要だからなのです。強く刻み込まれる傷や意志が、その後の人生に影響を与えていく必要があるのです。その点を理解せねばなりません。どういう両親のもとに生まれるかの選択は、「どう迎え入れられ、どう育てられるか」によるのです。その人のカルマと課題の解消のための最初の協力者が両親だと言えるのです。

このようにして、幼少時・胎児期の傷(かげり)とそこにあった憑依をはずせば、その人本来の心を取り戻し、自らの魂の意識に従って、輝く心で生きられる。それはあくまでも「原理的には」です。ここでどうしても不可欠なのが「本人が意志すること」なのです。受けていた影響がなくなったのは、言ってみればマイナスをゼロにしたにすぎないのです。そこにプラスを重ねていくのが本人の意志です。「どうしていくのか」「どういう自分になろうとするのか」「何を求めていくのか」…。

ただじっとしていて事が運ぶのではありません。自分の意志で動いていくのです。これは誰にも代わってはもらえません。「意志することが生きること」だからです。


<癒しのエネルギーを注ごうとする人たちへ>

以上のような作業をすることが、どうして癒しに向けて必要なのか。癒そうとしてエネルギーを通す時、“人間”には神から注がれているエネルギーをそのまま通すことはできません。不完全な存在が、完全なる存在からのエネルギーをそのまま通すのはどうしてもできません。

しかし、癒しをもたらすために、より精妙なエネルギーを、より力強いエネルギーを、と癒し手は求めるはずです。少しでも役に立ちたいと思うならば。

実際にエネルギーを注ぐ時に、自分のなかに残る「かげりや傷」があれば、その部分は、癒しのエネルギーは通りません。それだけでなく(注ぐことができないだけでなく)、対象者が同様の「かげりや傷」を持っているならば、かげりどうしが共鳴し、それが増幅されてしまいます。病や苦しみの原因となる“かげり”があるからそれを癒したいのに、逆に、それを深めてしまう。それは絶対に避けねばなりません。

癒し手として人に関わろうとする者に対しては、自らの課題に向き合い、かげりを解消していくことを求めるのはこのためです。今回提示したことも、ぜひとも自らに当てはめ、解消することを選んで頂きたい。自分だけでできる作業ではなく、この人たち(飯沼・堀江)の手助けが必要ではありますが。

細かな情報を受け取り、あるいは憑依霊の依り代となることは全ての人にできることではありません。しかし、自らの内に抱えたままの深い傷やかげり、そこへの憑依を解き、そこに光(癒し)のエネルギーの通路が開かれれば、今までよりさらに癒し手としてふさわしいエネルギーを通していくことは可能です。全てを認識できなくとも、エネルギーが自分のところでとどこおらず、注ぐことができれば、対象となる人の、深い傷やかげりにも届くエネルギーが通せるようになるのです。


<病・悩み・苦しさのなかにある人に>

これらの作業(「癒し」)は、もちろん、癒し手を目指す人のためだけにあるのではありません。

病の原因は、“心のかげりや傷”にあるのですし、悩みの理由はカルマとの関連が大きく、今ある苦しさは自らの課題と向き合う機会です。

「どうして自分はこんなんだろう」「こうしたいと思っているのに、なかなか自分を変えていけない」「この性格はどうなっているのか」…どうしようもない自分を抱えている人にとっても、それを変えていく大きなきっかけとなるはずです。

 全ては人生における「設定」です。しかし、それを解消していく手立ては必ずあるのです。  


12/10/2007(金) 13:38:15



No.2785 ちぃ ホームページ 
こんにちは。 引用
先日、皆さんとお話している中でふと思い出した話なのですが、
私が幼少期に一緒に暮らしていた犬のお話をさせて下さいです。

その犬は、私が6歳の時に両親が貰ってきてくれた雑種の子犬。
動物と暮らしたい!と切望していたので、初めて対面した時はそれはもう感動で、
あの時の喜びは今でも鮮明に覚えています。
名前は「マック」。私にとってマックは弟でした。
考えてみると、私の幼少期の思い出の大半がマックとの出来事ばかり。
私が寂しい時・悲しい時・嬉しい時・楽しい時・・・
私の心が大きく動いている時にいつも傍に居てくれたのはマックでした。
私の気持ちを全部分かってくれているような、そして受け止めてくれているような、
その上で私に心を向けてくれているような。。。
私が寂しい時は、いつもマックが鬼になってかくれんぼをしてくれたり、
辛い時は涙を舐めて慰めてくれたり寄り添ってくれたり、
時には船を漕ぎながらも私の長い愚痴に付き合ってくれたり・・・。
嬉しい時は一緒になって飛んで跳ねてしてくれたり。
小学校のマラソン大会の時は、日頃ほとんど吠えないマックが私の後ろをワンワン吠えて追いかけてくれ、
おかげで好成績でゴール出来たり。(笑)
マックと暮らす中で、動物にも心がある事、それはとても純粋で輝かしいものである事を教えてもらいました。

マックはとっても優しく愛情溢れる子で、私だけでなく他の動物にも優しい子でした。
当時は残飯をゴハンにしていたのですが、ある時からご飯粒だけを少し残すようになり・・・
それも汁物はきれいに舐めてご飯粒だけを残すので、嫌いになったのかな〜量が多かったのかな〜
と思っていたのですが実はそうではなく・・・
なんと、鳥達の為にご飯を残してあげていたのでした。
初めは飛び散ったご飯粒をスズメが食べに来たのがきっかけだったようで、
以来、あえてご飯粒だけを残すようになったのです。それも毎日!!
しかも、鳥達がご飯を食べに来ると、安心して食べれるようにと
マックは目を閉じて寝たふりをしてじっとしています。
スズメや鳩が毎日マックのご飯を食べに来ていました。

ほかには、捨て犬を家に連れて帰って来て、ご飯と寝床を譲ってあげるのもしょっちゅうでした。
当時はお散歩に連れて行ってあげられない日は、リードを放して一人でお散歩に行ってもらったりしていたのですが、
すると、子犬から老犬まで何度捨て犬を連れて帰って来たことか。
その度、捨て犬用にご飯を出してあげるのですが、マックは「お腹空いてるでしょう。僕のも食べて良いよ!」と
言わんばかりに自分のまで食べさせてあげ・・・
捨て犬が満腹になって残したら、残ったのを食べるという感じでした。
「また連れて帰って来たん?!」と母に言われてからは、連れて帰って来ると捨て犬を自分の犬小屋に入れ、
隠すように犬小屋の前にマックが立って見つからないようにしたり。
マックは、捨て犬・捨て猫・捨てうさぎを見つけるプロで、猫やうさぎはさすがに連れて帰っては来ないのですが、
捨てられている場所まで私を連れて行きました。
その度、マックの思いに突き動かされてその動物を連れて帰り、飼ってあげたいと両親に頼んでは却下され、
里親さんを探して託してはまた次の子・・・。
そういえば、羽を怪我して動けず虫が集っている鳥の居る所に連れて行かれた事もありました。
これがまたうまい具合に、滅多と犬の散歩に行かない父が一緒に行ってくれた時で、
実家で鳥を飼っていた父はお任せあれ!と保護。
傷が治り、そろそろ放鳥しようかと相談している頃、どこで分かったのか親鳥らしき鳥が迎えに来て、
2羽で飛んで行ったという感動の出来事もありました。

そうしてマックは、自分より困っているであろう動物に、なんとか力になれないか考え、
当たり前のように自分のものを惜しみなく分け与えたり、出来ることをしていました。
誰に教えられるわけでもなく。
家族でも友達でもない出会ったばかりの動物に、それも種族を越えて。

動物は脳の機能レベルは人間に比べると未発達だけれど、
心の力は未知なる能力を秘めているように感じています。
純粋でストレートなその心の力を使って動物は色んな事を感じ取って知っているし、
心に基づいて自分を役立てる事も知っているんですよね。
マックは人々が本来あるべき姿を、思いやりや愛情から生まれる喜びや幸せを、
私に教えてくれていたのだと思います。

マック〜、見ててね!
みんながわかちあい支えあう誰もが幸せな世の中を目指して、私も自分を役立てていく。喜びを拡げていく。
そのひとつとして、〜EARTH〜として動物や飼い主さんに関われることが本当に嬉しい。
私もマックに負けないように、心の力を磨いていきます。
人として正しく優しく、自分もみんなも幸せに。
まゆみさん、毎月8日に喜びの輪を広げましょうメッセージをいつもありがとうございます!!

10/10/2007(水) 14:53:24


No.2786  飯沼 ホームページ E-mail
Re: こんにちは。 引用
☆ちぃさん

こんばんは。
これはすごい話ですよ!

シルバーバーチは、「やがて、ライオンと子羊が隣り合って仲良く寝そべる時代が来ます」という意味のことを伝えていますが、それを彷彿とさせる話です。

今は我よしで奪い合っている人間も、もっともっと分かちあいに向けて進化向上していくのでしょうね。

ちぃさんはやっぱり動物のヒーリングをすることになっていたんだと、これを読んで改めて納得です。

10/10/2007(水) 21:39:16

No.2787  さき ホームページ
Re: こんにちは。 引用
ちぃさん、これって実話ですよね。
小鳥にご飯粒をあげるマック。。読んでいるとその場面が浮んできて、まるで絵本とかアニメとかお話の世界のような気がします。
マックってすごい!!
こんな犬がいるんですね。
自分より弱い、より困っている動物に心を向け、自分のご飯を惜しみなく与える。。涙でそうです。
人間の方が学ばされますね。

10/10/2007(水) 22:36:34

No.2788  ちぃ ホームページ
Re: こんにちは。 引用
飯沼さん、さきさん、ありがとうございます^^
マックの事を改めて思い返しながら、そのすばらしい輝きを実感しています。
本当に、マックは人として本来あるべき姿を身をもって教えてくれていたのだと思います。
そしてそこに生まれる喜びや幸せも。
自分の心をどう動かし顕現していくのかがやはり大切なのですよね!
マックは相手を思う気持ちありのままに顕現していたのだと思います。
いたってシンプルに。
自分なりの気持ちがいかに色んなことを制限しているのか実感しています。
マックが私に教えてくれたこと1つ1つを感じながら、マックとの出会いに感謝です♪
それを輝きにしていけるように頑張ります^^

12/10/2007(金) 02:25:00


No.2772 amy  
スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
昨日、HEARTのスピリチュアルカウンセリングを受けました。
ミューさん、ひとみさん、お忙しい中長々とありがとうございました。
先ず持って、御礼申し上げます。

事情があり、子どもの頃から自分の生の感情を封印してきて、ただの
一度も周りの人はもちろんのこと、両親にさえ甘えたことのない私の心が
あまりにも頑なで、随分お2人を手こずらせてしまったようです。
ヒーリングの途中で急にひとみさんが激しく咽てしまわれたときは
内心とても動揺していました。

ただ、お2人から語られる言葉で、この感覚を言葉で表すのは難しいの
ですが、心の芯が絆されていく感じ...そして、いつしか気持ちが楽に
なり、随分本音で話ができたような気がします。多分、この人達の前で
なら本当の自分を表しても否定されないであろうと思う安心感もあった
と思います。

幼い頃からの癖で、いい事も悪いことも他人事のように捉えて、
自分自身を保ってきたせいか、お2人がかけてくれる優しい言葉も、
輝かしい未来へのエピソードもまだ自分の中では半信半疑です。
ミューさんに指摘されましたが、信じることは自分の今までのスタイル
を変えてしまうこと...やはり、未だ相応の恐怖感はあります。

ただ、今朝目覚めたときの何とも言えない気持ちいい感じ...
久々でした。カウンセリングのときにはあまり詳しくお話しま
せんでしたが、実は自分の意思とは思えない感情、例えば、
「もう、そうでもいいCENSORED」と思ってしまうなど、が始終
湧き上がってきては、それを律することで1日が終わってしまう
ような空しい毎日をここ数年送ってきたのですが、不思議な
ことに今日は、ただの1度もそんなネガティブな感情は湧いて
こなかったのです。

また、憑依の影響もあってか、おいしいと思えないのに、ずっと
大量の食事をとることが止められなかった私が、当たり前の量で
満足できるようになり、お陰様でやっと普通の大食漢に戻ることが
できました(笑)。何よりも、食べたときの味が、ずいぶん
変わり、おいしく感じるようになりました。

きっと、大丈夫!

今日1日の感触で、不安が随分解消されて確信に変わって来ました。
もちろん、いただいたメッセージに書かれていることは、まだまだ
実感はありませんし、長年の習慣からか、自分のことと捉えるには
もう少し時間がかかりそうなのですが、いつかはこの苦しい状況を
脱して、きっと私にも幸せだと感じることができるようになる、
そう信じられるようになったことが一番の成果だと思います。

たった1日のそれも数時間のことで、ホント?と思われる方がいらっ
しゃるかも知れませんが、これが私の実体験です。

ほんの少しの勇気でこんなに自分の気持ちが動くとは思いません
でした。本当に、ありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願い致します。

08/10/2007(月) 20:49:13


No.2773  ミュー ホームページ
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
☆amyさんへ

昨日はカウンセリング、お疲れ様でした。
また、嬉しい書き込みをしてくださり、ありがとうございます。

長い間、ご自身を律しながら頑張ってこられたamyさんの中に閉じ込められた気持ちや言葉を解放して行く事で、この先益々輝かれてゆかれるという確信を感じました。
そんなamyさんとの出会いと、変化への一歩を踏み出すお手伝いをさせていただけた事が本当に嬉しく思います。
昨日は、思わぬ形で霊界の克子さんからのメッセ−ジにも、喜びが湧きましたね。

進み歩む中での波はあったとしても、その時は任せて!全力で押す押す(笑)私達がついています。
だからamyさん、大丈夫です!!この嬉しい出会いと、先への喜びを膨らませる心をしっかり繋いでいきましょうね。

こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いします。

08/10/2007(月) 22:26:50

No.2775  ひとみ
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
 
 amyさんへ
こんばんは。嬉しい書き込みをありがとうごさいました。
amyさんがどれだけ自分の気持ちを抑えながら、頑張ってこられていきたのか・・・。私達はしっかりと受け止めましたからね。
今は、amyさんの頑張ってきた心を休ませてあげてくださいね。
それから、私がカウンセリング中に咳き込んでしまったのは、気にしないでくださいね。
私も幼い頃、なかなか母親に甘えたりという事ができなかったもので、今も悪戦苦闘しながら、歩みよっている最中です。
わかってはいるんですが、大人になってしまうと難しいものです・・・。
でも、昨日私自身も、あらためて気付かせていただき、頑張ろうって思ったところでした。
こちらこそ、ありがとうございました。

こうやってamyさんにお会いできたこと、心から嬉しく思っています。そしてamyさんの前向きな言葉が、嬉しいー!これが私達のパワーになるんです。
これからもどうぞどうぞ宜しくお願い致します。

09/10/2007(火) 00:14:51

No.2776  鉄ママ
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
おはようございます。
私も、7日に飯沼さんとさきさんのカウンセリングをうけてきました。
飯沼さん、さきさん、ありがとうございました。
anyさんと同じく私にも、憑依の影響がありました。
自分では、まったく意識がなかったので本当に驚きました。
さきさんの様子は、「誰が私の気持ち分かるの!分かるわけないじゃない!」ととても激しいものでした。
それは、まるで私のチビ鉄に対するそのものでした。
私は、自分の中にある二面性に気付いてはいました。
とても穏やかで優しい感情があるかと思えば、一転、激しい怒りに襲われる自分がいました。
そんなギャップに戸惑う事が多々ありました。
それが私の性格、と思ってきました。小さいころから。
ようやくそのギャップから、解放されるのかな、と思います。
カウンセリングをうけてから、幾日もたっていないのでなんとも言えないのですが、チビ鉄に対していつもならちょっとしたことで、怒りがこみ上げてきてバーーン!とぶつけてしまい朝から怒鳴り声が響くのですが、それはありません。不思議なくらい。
私が戸惑っています。(本当?だいじょうぶ?気のせいじゃない?)

私は、容姿の事も散々言われてきたのですが、飯沼さんに「前世では、綺麗な人だった、女を武器に、、、」と聞き妙に納得しました。
私は、とにかく女々しいことが嫌で、女を武器にするのも、しているのを見るのも、たまらなく抵抗がありました。納得、です。
それじゃ仕方ないって。(いろんな意味で)
前世で綺麗だったんならよかったじゃない、とも思いました(笑)

anyさん、私も長年の思いかたの癖や習慣があり戸惑っていますが、幸せになりましょうね。お互い喜びに向けてがんばりましょうね。

09/10/2007(火) 09:52:22

No.2777  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
☆鉄ママ

先日は遠いところからお疲れさまでした。
でも、直接ヒーリングをさせていただいてよかったと思います。
先月の定例会のテーマでしたが、幼児期に受けた心の傷やそこへの憑依は、オーラの下層に強い影響を及ぼすので、理性や気持ちではどうすることもできず、自分の性格の一面になってしまっている場合が多いのです。

今回は憑依が鉄ママに馴染みすぎていて、さきさんがつながるのに多少手間が掛かりましたが、つながってからのさきさんはすごかったですね(笑)
さきさんの目が普段とは違って、文字通り何かに取り憑かれたようになっていたので、ちょっと怖かったです(笑)

>チビ鉄に対していつもならちょっとしたことで、怒りがこみ上げてきてバーーン!とぶつけてしまい朝から怒鳴り声が響くのですが、それはありません。不思議なくらい。
私が戸惑っています。(本当?だいじょうぶ?気のせいじゃない?)

ヒーリングではマイナスをゼロ(近く)にしただけですから、後は本人の意志と意欲、つまり努力次第ということになります。
後で定例会のメッセージをアップしますが、「自分で意志することが生きること」と伝えられています。
とにかく、嬉しい変化を喜んでいくことが大切です。
喜びのエネルギーこそが、嬉しい変化を定着させるのです。
不安は禁物です。
そうは言っても人間ですから怒りがこみ上げることもあるでしょうし、ついつい今までの自分の癖に流されてしまうこともあるものです。
「これはいかんな」という状態になれば、今度は定例会の時などにでもちょっとヒーリングをしていきましょう。

>「前世では、綺麗な人だった・・・」

「今生でも鉄ママは綺麗な人ですよ」と、さきさんも私も言いましたよ(笑)

☆anyさん

はじめまして。
嬉しい書き込み、ありがとうございます。
anyさんの具体的なことは分かりませんが、流れとしてはよく分かるように思います。
HEARTのヒーリングを受けて本当によかったですね!!
これからもお気軽に書き込みしてくださいね。

☆さっちゃん

スレ違いですが、この前はついつい余計なことを書いてごめんね。
嬉しさと親しさのあまりではあったのですが、後でいろんな人からきつくたしなめられました。
うちの嫁(!)からも、「親子で似てるんじゃないですか」なんて言われて喜んで、いや、反省しているところです(笑)
ちょうど能登に行っているときにさっちゃんからのメールをもらったのです。
頭が縄文の人々のことで一杯だったので、返信をしそびれてしまいました。
その日はかなり歩いたので、そのあと私は疲れて眠ってしまって、そのままになってしまいました。
元気なさきさんは宿泊施設に備えてあった専門書を読んでいたそうで、翌朝には「真脇遺跡のことなら任せて!」なんて言うほどになっていました。
さっちゃん、またね!

☆ミューさん、ひとちゃん

この間は、「ミューさんたちが僻むんじゃないかな」なんて言いながら、EARTHの出発祝いをしていましたよ(笑)

HEARTの皆さんのいい働きが嬉しいです。
能登に行ったことで、ヒーラー養成合宿で伝え、共鳴すべきヒーラーとしてのエネルギー的真髄(というほどのものでもないけどね)を実感してきましたよ。
「悠々塾症候群」と言われる自己否定や引っ込み思案が、いかにヒーラーとしての力を削ぐものであるのかも分かりました。
みんなに共通のテーマですから、必ず私が率先して越えて見せますよ。
導きと計らいの妙というのか、時期やエネルギー的な適確さも改めて思い知りました。
またお話します。

09/10/2007(火) 14:31:34

No.2778  ミュー ホームページ
ヌマへ 引用
>この間は、「ミューさんたちが僻むんじゃないかな」なんて言いながら、EARTHの出発祝いをしていましたよ(笑)

これは恐らく、「ミューさんたち」じゃなくて、“ミューさんが”でしょ〜?(大笑)

それについてはちゃんと!?先日の定例会で「いいないいな〜私達の出発祝いはいつなの〜?埼玉にはみんないつ来るの〜?」と、誰にとも無く(主にヌマに向けて!)帰り際、大きな声で言い放ってきましたから大丈夫です(多分、酔っ払いヌマは聞いていなかったと思うけど・・笑)。

お陰で、私によくある僻みやいじけ虫(違う形で表現されるタチの悪い状態!!)にはならなかったので、安心していてくださいね。
いや〜ねぇ!もう!そんな子供じゃないんだから・・・←返って怪しい!?無理がある?!(笑)

「〜EARTH〜」の出発祝いの集いは、私達も本当に嬉しくて、ひろはその日「あー今頃みんな盛り上がってるだろうなぁ〜近かったら、仕事帰りに乱入するのになぁ〜」とかなり残念そうでした。
にぃさん&ちぃさんと、こうして一緒に進んでゆける喜びは私達にも大きく、心強さと感謝が溢れています。
これからも、悠々塾で学びを進めながら、新たに旗揚げしてゆくであろうみんなに期待!!していてください(にぃさん&ちぃさんの分も、きっちり言い切っておいたからね・笑)。

ヒーラー養成合宿が、今から楽しみです!!
濃い時間と、参加者には必ず“何らかの変化が起きる”と思っている私です。

09/10/2007(火) 16:00:31

No.2779  飯沼 ホームページ E-mail
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
☆ミューさん

>これは恐らく、「ミューさんたち」じゃなくて、“ミューさんが”でしょ〜?(大笑)

すごい!
その通りでした。
さすが霊能者だわ。
ミューさん以外のHEARTの皆さん、失礼しました(笑)
「アレ(ミューさんのことです)は変に子供じみたところがあるからね」とも言ったけど、あの日に集まった人は誰も同意しなかったので、ミューさんこそ安心してください(笑)

定例会の帰り際って、もうほとんど朝だったでしょ?
覚えてるはずないよ(笑)

09/10/2007(火) 17:49:11

No.2781  鉄ママ
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
カウンセリングの後に、きんちゃんと待ち合わせをして、お茶しました。
その時に、定例会のメッセージを持ってきてくれていて読ませてもらいました。
「自分で意志することが生きること」
そのことについて二人で話しをしました。
意志していきます。

飯沼さんとさきさんは優しいので「今もきれいだよ」と。。。
と思うところがいけないんですよね。あかんあかん。

anyさんじゃなくてamyさんでした。間違えてごめんなさい。

09/10/2007(火) 21:11:08

No.2784  amy
Re: スピリチュアルカウンセリングの感想です。 引用
○鉄ママさんへ

こんにちは、amyです。
ステキなレスをありがとうございました。

私の方は、気分は上々なのですが、どうやら心と身体に溜め込んだ
ものがまだまだあるらしく、中々咳が止まりません。
でも、澱みを出してしまうことも必要らしいので、上手く付き合い
ながらしばらく様子を見るつもりです。

実は、私がカウンセリングを受けてみようと思ったきっかけは、
鉄ママさんの前回の書き込みでした。自分が感情を封じ込めたきっか
けも、不調和の理由もそのときはほぼ分かっていたので、鉄ママさん
のコメントにインスピレーションを感じたのかも知れません。
(だから、今回コメントをいただけて嬉しいです)

そして、それを形にする勇気をもって本当によかったです。

私も、女性らしさ、ひいては喜怒哀楽という人として当たり前の
感覚を取り戻すことも今後の課題の1つとして、挙げられている
ようです。また、それを取り戻すためのステップもこの先用意
されているようなのですが、ワクワクする反面、一方でちょっぴり
気後れする自分もいます(気後れしている方が今は大きいかな?)。

ただ、自分の気持ちに正直に、感情を押し留めることなく生きて
いけるよう少しずつ努力をしていきたいと思います。
何せ、ミューさんひとみさんの押せ押せコンビ(笑)がしっかり
サポートしてくださるそうなので、そのお言葉に甘えてみようかと
思います。

今まで意識的に人の好意に甘えることを避けていたのですが、
決して悪いことではないんだと、今更ながら思います。
まだまだハードルは高そうですが、いつか心から人と真直ぐに
向かい合える人になりたいと思います。

鉄ママさん、これからもいっぱいの喜びを感じて、幸せになりま
しょうね。そして、この掲示板をご覧になっている皆さんもご一緒に!


○飯沼さんへ

こんにちは、amyです。
実は...飯沼さんとは「初めまして」ではないんです。

克子さんが地上にいらっしゃったときに、メッセージ受信を一度、
直接のカウンセリングを一度受けています。
実は、そのときも同じ内容を伝えていただいたのですが、当時は
私の方に言葉の意味を正しく受けとめる力がなかったようで、
今の自分を守ることに精一杯で、そこから前に進むことができて
いませんでした。

また、そのときに一つ約束をしたことを、実は今だ果たせておらず、
そのことが心の負担になって、Heartのみなさんともアクセスする
ことさえも躊躇しておりました。

ただ、やはり今のままではいけないという思いから、すがるよう
にHeartにアクセスしたものの、なかなかそれを言い出せず、
カウンセリングの最後の最後でその事実を伝えたところ、ミュー
さんが、「今日ここに導いてくださったのはきっと克子さんだよ」
おっしゃってくださって、涙がこぼれました。

また、今回のカウンセリングで、自分自身を大きく変容させる
大きな転機が目の前に迫っていることを教えていただきました。
にも関わらず私の心にキャパシティがなく、前にも後ろにも
進めない状態でもあったそうです。
そんな状況を見かねて、そっと背中を押してくださったのが、
きっと克子さんであるのだろうと思っております。この場を借りて、
改めて御礼をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。

また、もう一つ今回いただいたメッセージの中に、私の魂の
意思は、人と人との心を繋ぐ役割を果たすことなのだそうです。
それをどういう形で実現するのかはまだ漠然としたイメージしか
ないのですが、心をしっかりと前に向けて、その役割をまっとう
していきたいと思います。そして、みなさんともきっとそんなに
遠くない将来、何らかの形で、ご縁があるような気がしています。
(ひとみさんやミューさんともそういうお話をしました)

どうぞ、これからもよろしくお願い致します。

amy

10/10/2007(水) 00:26:38


No.2783 カモミール  
尚さんへ 引用
私が掲示板に江原さんの事を書き込みしたがゆえに、また文字での論争が始まるのかと神経質になってしまいました。

いたずらに。。。。

なんて大変失礼な事を申し上げてしまい、謝らなくてはいけないのは私の方です。

申し訳ありませんでした。

09/10/2007(火) 22:36:10



No.2762 尚  
お邪魔します 引用
こんにちは 初めて書き込みします

高校生の息子が命に関わる病気にかかり
看病している時、スピリチュアルのHPをネットサーフィンする内
こちらのサイトを見つけ 拝見させて頂いていました

9月末 看病の甲斐なく息子は他界致しました

家族皆が健康で 笑いが絶えず 幸せに満ちた毎日でしたので
自分がこのような状況になることなど想像を絶する事態です
(誰しもそうだとは思いますが・・・)

しかし息子の供養の為 残された家族の為 
前を向いて明るく元気に生きていこうと思います


息子が亡くなって以来(まだ2週間です)
カモミールさんが書き込まれている
「三人目」の方の書籍を心の頼りにしていました

スピリチュアルカウンセラーと名乗られる方々を
なんの疑いもなく信じていました(悪徳商売もあるだろうに)

私には霊感も「女の勘」と言われるものもありません
実感がありません

しかしスピリチュアル・・・という世界自体を信じています
霊的世界はあると思っています

「三人目」の方は矛盾しておられるのですか?
私も論争は嫌です
しかし飯沼さんの見解をお伺いしたく、書き込みさせて頂きました

おめでたい書き込みが続いておられる中、突然ごめんなさい
失礼します
 

07/10/2007(日) 11:03:38


No.2763  飯沼 ホームページ E-mail
Re: お邪魔します 引用
☆尚さん

はじめまして。
お辛いなかでのご投稿、ありがとうございます。
今から仕事で、今日はもしかしたら夜も仕事で時間が取れないかもしれません。
近日中に改めて返信させていただきます。

ただ、尚さんが江原さんの本で癒されていることには何の問題もなく、それでよいのだと思います。
しかし、尚さんのような方が大勢いらっしゃるからといって、江原さんの言っておられることがそれでよいということにはならないと思っています。
というところで、また後日。

07/10/2007(日) 12:44:13

No.2764  飯沼 ホームページ E-mail
Re: お邪魔します 引用
☆尚さん

夜の仕事の前に少し時間が空きました。
江原さんについてのことを書くほどの時間は取れないのですが、尚さんに少しお聞きしたいことを書いておきますね。

私はカモミールさんへの返信のなかで「いずれ改めて私の見解を公表しますが」と書いています。
2週間前に息子さんが他界したということは、いかに霊的世界を信じておられても、常人ならばあえてこのような内容の投稿ができるような状態ではないように思います。
私はいずれ見解を公表すると書いているのですから、私が書くのを待って、むしろ江原さんの直接のカウンセリングを受けた経験があるカモミールさんに何か聞きたくなるものではないのでしょうか?
いずれにしても息子さんが他界されて2週間で、そういうことに意識が向くことに驚きを感じています。

それほどまでに霊的世界への揺るがぬ確信を持っていらっしゃるならば、近代医療による治療を受けながらでもどうしてスピリチュアルヒーリングを受けてみるということがなかったのかと不思議に思うのです。
悠々塾の掲示板を読んでくださっていたようなので、食事もほとんどできなくなった末期癌の方が元気を回復し、食事も摂れるようになって退院されたという書き込みや、そのほかの驚異的な回復の書き込みなどもお読みになっていると思うのですが・・・?

それでもスピリチュアルヒーリングを受ける気にならない程度の意識しか悠々塾に向けておられなかったのならば、そんな私の江原さん批判など、もっと意に介されないのではないでしょうか?

もちろんスピリチュアルヒーリングを受けたからといって、全ての病気が治るというわけではありません。
しかし、治る可能性があるのにヒーリングに関しては気持ちが動かず、私の江原さん批判に関してはあえて書き込みをなさるほどに反応するところがどうも腑に落ちないのです。

よろしければそのあたりのことについて返信をいただけませんでしょうか?
尚さんの返信とは別に、江原さんのことについては近日中に書かせていただきます。

では、そろそろ仕事の準備にかかります。

07/10/2007(日) 19:35:53

No.2767  尚
Re: お邪魔します 引用

常人ではない・・・と表現され
なんと言っていいのか・・・
普通の一主婦です

特別に信仰している宗教もなく
江原さんの回し者でもなく

迷惑ならば2度とこちらに来ようとは思いませんが

返信を、とのことでしたので
誠に動揺しておりますが 今書けるだけのことは書こうと思います

スピリチュアルな世界に関して
飯沼さんに頂いた返信を読んで、
「揺るがぬ確信」と言われるものは持っていなかったのだと思います

こちらのHPに辿り着く前に見つけたサイトで
あるカウンセラーの方を知りました

息子が白血病の治療の途中、原因不明の脳症を患い
MRIでもCTでもアイソトープでも
病理所見が見当たらず

もしかしたら霊障かも・・・と思い、
精神世界に興味はありながらも
カウンセリングは1度も受けたことはなかったのですが
初めて相談したいと思いました。

霊障かもしれない・・・とお返事を頂き
家族全員の写真を送って 霊視していただきました

その結果、我が家には因縁も霊障もなく
そして「お子様の病気は治ります」と言われました

息子は私たち両親を信じている、と
決して諦めず、回復を信じて夫婦協力して看病を続ける様
言われました

結果、息子は亡くなってしまいましたが
最後の1週間は敗血症で全身に毒素が回り
とても見ていられないような状態で
壮絶な闘病となりました

霊視して頂いたHさんが
「治ります」と言って下さっていなければ
私も主人も壊れてしまっていたかもしれません

気をしっかり持ち、
回復を信じ、子供の生命力を信じ、
最後まで息子を看病できたのは
「治る」と言われたお陰だったからなんです

結果、治りませんでしたが
すべてお見通しの上の返事だったのだと信じています

スピリチュアルの世界は信じています

Hさんも飯沼さんも(ろくに掲示板も読んでいないのに申し訳ありません)

江原さんについても
その一人だったのです

かき回すつもりはありません

息子の供養だけを考えたいのに
主人の実家の特定の宗教での信仰なのか供養なのかわからない様な
供養の仕方に胸を痛めているのです

こちらのHPをろくに読みもせず
かき回してしまうようになり
本当に申し訳ないと思っております

07/10/2007(日) 23:33:59

No.2768  飯沼 ホームページ E-mail
Re: お邪魔します 引用
☆尚さん

早速に返信をいただき、恐縮しております。
尚さんのご投稿に疑念を差し挟むような返信をして申し訳ありません。
公開の掲示板の管理者として、霊的な事柄に対する審神(さにわ=検証者)としての質問として、失礼をお許しください。

私もヒーラーとして、非常に厳しい状況にある方が治るための希望と意欲を放棄してしまわないようにという意図に基づいて情報をお伝えすることはあります。
「治る可能性」を信じて、地上での関わりを全うしていただくためです。
そういう場合は、もしも結果が願っていたものではなかった場合の責めは全て自分が負うという覚悟のもとです。
それでも「治ります」とはなかなか断言できないものです。
自分の責任を回避するという意味ではなく、発した言葉には責任が伴うからです。

尚さんがHさんという「霊能者」の言葉を極めて善意に受け止めておられることは、とりもなおさず尚さんの善良なお人柄の反映であるのでしょう。
「全てをお見通しの上で」との受け止め方によって、尚さんが納得なさっておられるならば、私などがそれ以上のことを尚さんに申し上げる立場でもありません。

因縁という言葉は通常はカルマという意味において使われています。
であるならば、因縁がないということはカルマがないということになると解釈するしかありません。
しかし、人間はカルマの解消のために地上に生まれてきてるというのが、霊的法則の基本です。
かつての人生での過ち、喜びにできなかったものを(負の)カルマと言い、過去世での過ちを購い、喜びとできなかったことを喜びとするために生まれてきているという考えです。
そこからすれば、「因縁がない」という言葉には、霊的法則に照らしてみれば非常に大きな疑問を持たざるを得ません。

そういう「霊能者」さんの言葉を全て善意に受け止めて、そこに救いを見出していくことがどうなのかということでもあります。
救いを見出していくことを否定するものではありませんが、その一方で「霊能者」も人間であり、間違いもあれば、欲得もある場合が少なくないのです。
信じる人たちの善意、信じたい人たちの善意が、「霊能者」の悪意に利用されているとすればどうでしょう?
詐欺師は一時的に相手に希望を持たせるからこそ、詐欺行為が成り立つのです。
カモにされるお人好しがいるから詐欺は成り立つのです。
残念ながらそういう「霊能者」が世間にはたくさんいます。

詐欺師の特徴は、最終的には自分の言葉に責任を持たないことだと思います。
霊能者の真贋はなかなか見極めにくいかもしれませんが、何よりも自分の言葉に責任を持たない霊能者は詐欺師と同等です。
当たりもしない「予言」を乱発して、当たらなくても何の責任も取ろうとしない「霊能者」は、詐欺師と同じです。
残念ながら、江原さんはご自分の言葉に責任を持っておられないと私は思います。
また改めて書くことにします。

お辛い状況の尚さんに不愉快な思いをさせたことをお詫びいたします。
すみませんでした。

08/10/2007(月) 00:38:37

No.2769  尚さんへ
Re: お邪魔します 引用
尚様

大変お辛いことと存じ上げます。

以下、客観的に書きます。

まずは東大法学部教授長谷部恭男著「憲法と平和を問いなおす」ちくま新書P85の記述です。

「集団偏向group polarization」は、同じような意見や傾向を持った人々が集まって討議を重ねると、最初よりも、その意見や傾向が過激化するという現象で、宗教上・政治上のセクトにしばしば見られる。ある問題について、一定方向に向けた議論ばかりが提供されると、それに説得されて各自の立場がそれらにつられるという事情や、周囲の人間に気に入られたい(嫌われたくない)という気持ちから、各メンバーが集団全体の方向に合わせて意見や態度を変えていくという事情が、この現象の原因として考えられる。
 この現象が民主社会にもたらす影響を考察したシカゴ大学のサンスティン教授は、この傾向は、マスメディアの視聴行動にも、また、インターネット上のディスカッショングループにも顕著に見られることを指摘する。こうした現象が好ましくない結果をもたらすことを避けるには、マスメディアの場合も、また、ディスカッショングループの管理者の場合も、なるべく多様な意見を紹介し、単に周囲の人間がそう思っているからだというだけではなく、根本の論拠にさかのぼって真剣に問題を考える態度を養うことが重要である。
 表現の自由がもつ公共財としての性格に着目するならば、単に各自がいいたいことを言う自由が保障されれば足りるというわけではないことが、こうした問題にも示されている。」

また、荘司雅彦弁護士著「人を動かす交渉術」平凡社新書では、このように述べられています。

 P153〜
 最近は、「ロジカルに考えなさい」だとか、「論理的に間違っている」だとか、とかく「論理」「ロジック」といったことが声高に語られることが多いので、「論理的に考えることが重要だ」、と思い込んでいる人も少なくありません。 
 しかし、ビジネスにおいても、裁判においても、論理的に考えただけで必ず一つの答えが出るというものではありません。
 いい例が民事裁判です。
 原告と被告、いずれも論理的な主張を繰り広げて戦いますが、判決となればいずれか一方が勝訴します。
 では、敗訴したほうの論理は間違っていたのかというと、決してそういうわけではありません。論理を積み重ねていっても、必ずしも普遍的な真理や答えにたどりつけるわけではないのです。

 更に、引用します。憲法とは何か」長谷部恭男著、岩波新書です。
 「P8
2 立憲主義の成立
(中略)
 価値観・世界観は単に多元化しただけではない。それらは、相互に比較不能である。つまり、異なる価値観・世界観を比較して優劣をつける共通の物差しは存在しない。ミラン・クンデルの小説「存在の耐えられない軽さ」の冒頭部分で、主人公のトーマが、田舎町でたまたま出会ったテレサと結婚すべきか、それとも独身のプレイボーイとしての生活を続けるべきかを迷う部分がある。トーマは考える。

 どちらがより善い生き方かを知るすべはない。比べる基準が欠けているからだ。

 トーマが実際に選んだのはテレサと結婚する道であり、そして、それは物語の結末が示すように、二人にとっては致命的な選択だった。しかし、それより善い選択があったわけではない。異なる生き方は比較不能である。
 異なる価値観・世界観は、宗教が典型的にそうであるように、互いに比較不能である。しかも、各人にとっての自分の宗教は、自らの生きる意味、宇宙の存在する意味を与えてくれる、かけがえのないものである。かけがえのないものを信奉する人が対立すれば、ことは深刻な争いとなる。人生の意味、宇宙の意味がかかわっている以上、ヨーロッパの宗教戦争がそうであったように、簡単に譲歩するわけにはいかず、対立は血なまぐさいものとなりがちである。
 こうした比較不能な価値観の対立による紛争は、二十一世紀初頭の今も、いまだに世界各地で発生している。

 しかし、人間らしい生活を送るためには、各自が大切だと思う価値観・世界観の相違にもかかわらず、それでもお互いの存在を認め合い、社会生活の便宜とコストを公平に分かち合う、そうした枠組みが必要である。立憲主義は、こうした社会生活の枠組みとして、近代のヨーロッパに生まれた。(引用者注ここでの「立憲主義」の意味は、通常憲法学で言うところの「立憲主語」とはかなり意味合いが異なる。通常の立憲主義とは「国家権力を制限する、拘束する」というところに主眼を当てて定義される。しかし、長谷部教授は幅広くかつ深い近代の歴史洞察の元、新たに「立憲主義」について新たな意味づけを与えている)
 そのために立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分することである。私的な生活領域では、各自がそれぞれの信奉する価値観・世界観に沿って生きる自由が保障される。他方、公的な領域では、そうした考えの違いにかかわらず、社会のすべてのメンバーに共通する利益を発見し、それを実現する方法を冷静に話し合い、決定することが必要となる。
 このように、立憲主義は、多様な考え方を抱く人々の公平な共存をはかるために、公と私の二つに区分する。これは、人々に無理を強いる枠組みである。自分にとって本当に大切な価値観・世界観であれば、自分や仲間だけではなく、社会全体にそれを押し及ぼそうと考えるのが、むしろ自然であろう。しかし、それを認めると血みどろの紛争を再現することになる。多元化した世界で、自分が本当に大事だと思うことを、政治の仕組みや国家の独占する物理的な力を使って社会全体に押し及ぼそうとすることは大きな危険を伴う。」

 以上、当該サイトの傾向を見極めることです。結局は、ご自身の判断です。そして、今スピリチュアリズムは、上記の宗教と同じように、互いの批判誹謗中傷にやっきになり、自己の正当性を主張するという「万人の万人に対する闘争」(ホッブス「リバイアサン」)状態に陥っています。そのような愚かしい世界に足を踏み入れてはいけません。

 それとは関係なく、安心して下さい。死後の世界はあります。また、亡くなった息子さんも魂の存在として、現世の個性をそのまま残して存在します。経験的に、私は何度もそのようなことを直接証明できる場面に何度も遭遇しています。

 そして、ご自分の判断で、当該サイトや当該人物、当該書物、当該テレビ番組や当該公演をご判断下さい。自分のことは自分で決めるのです。言論は自由です。その中で、自分の信頼するに足りるものはご自分でご判断下さいね。

 亡くなった息子さんの浄化向上を祈念します。そして、尚様の心が癒されるよう応援します。

08/10/2007(月) 04:30:36

No.2770  飯沼 ホームページ E-mail
Re: お邪魔します 引用
>今スピリチュアリズムは、上記の宗教と同じように、互いの批判誹謗中傷にやっきになり、自己の正当性を主張するという「万人の万人に対する闘争」(ホッブス「リバイアサン」)状態に陥っています。

今スピリチュアリズムがそういう状態に陥っているとは思いません。
独善的に自己の正当性を主張することと、「スピリチュアル」としてテレビ等でまかり通っていることの問題点を指摘することの意味は全く異なっています。
「万人の万人に対する闘争」などという状態でないことは明らかなのに、あえてこういう表現をするところをみれば、あなたが躍起になっているのではないでしょうか?

>そのような愚かしい世界に足を踏み入れてはいけません。

などと言いながら、長々と引用してまで投稿してくるあなたの思いの深さを感じます。
長々と他人の文章を引用はしても、「客観的」に書いてなどいないのですよ。
あなた、何サマのつもりですか?

08/10/2007(月) 10:42:14

No.2780  尚
こんにちは 引用

お名前 ハンドルネームがなかったので返信しにくいのですが
息子の浄化を祈って頂き、私の応援をして下さった方
ありがとうございます
息子が存在することを信じ 心の支えにし
頑張っていこうと思います


飯沼さん
正直、誤解が解けた様子でホッとしております
返信ありがとうございます

私は普段から 良く言えば比較的冷静であり
悪く言えばクールというか
感情的になったり、ヒステリックになることが 
女性のわりには少ない方だと思いますので
常人でない・・・という表現をされた時、

息子が亡くなったばかりで
「前を向いて頑張っていく」と宣言してしまうのは
私らしいといえば私らしく、
誤解を生んでしまったのも仕方のないことだと思っています


Hさんの件について、
そういえば、「息子が亡くなりました」とメールしてから
返事が途絶えました

それまでは お礼のつもりで返事を期待していないメールについても
3日もすれば返事をくれていたのに

最後のお礼のメールのつもりが
仏壇等の相談を書いてしまい
また相談料金が発生するのかな・・・等の気持ちもあり
返事は結構です と書いた為かと思っていましたが
そうではなかったのかもしれませんね

残された兄弟が
「お兄ちゃん死んだやん あの人詐欺やったやん」と言っていました

詐欺師だったのかもしれません
飯沼さんに指摘され 初めてそう思いました

しかし しつこいようですが
「治る」と言われたことは 確かに心の支えになりました

守護霊様が詐欺師のメールを使い
おかしくなってしまいそうだった私を
支えてくれたのだと思うことにします


飯沼さんがおっしゃっていたヒーリングについてなのですが
これは本当に純粋に質問です
指摘でも文句でもありませんので それを前提にぜひお答え頂きたいのですが

息子の命に関わるような病気
脳症を患い、多臓器不全にまで陥り
見るも無残な様子になっていくのを見て

親ばかではありますが
本当に良い子だったんです
通夜には500人近い人たちが駆けつけて下さいました
たくさんの友達がいました

そんな息子がこんなむごい目に会うのは
きっと解消しなければならない何か大きなカルマがあるのだ
と 思っていました

Hさんに因縁や霊障がないと言われたことを
悪い霊の憑依のようなものはないとだけ受け取り
因縁=カルマというのは知りませんでしたので。

解消しなければいけないカルマがあって
重い病気にかかっている時、
ヒーリングによって楽にしてもらったり
病気を治してもらうことはいいのですか?

亡くなってしまってから遅いのですが
お時間あればお返事お願い致します


「癒しと愛は時空を超えて」
書店で予約してきました 楽しみにしています

いつか、息子の言葉を受信して頂きたいと思っております

09/10/2007(火) 20:06:34

No.2782  飯沼 ホームページ E-mail
Re: お邪魔します 引用

> 飯沼さん
> 正直、誤解が解けた様子でホッとしております
> 返信ありがとうございます


こちらこそ大変失礼いたしました。
江原さんのことで何か書くと、一部の支持者の方がハンドルネームを変えてしつこく投稿してくることが何度もあったので、質問させていただきました。
ごめんなさい。
「常人ならば」というのは、「世間一般の精神力の方ならば」という意味で使いましたが、ご不快にさせてしまったことをお詫びします。

尚さんがその霊能者の言葉を支えにおそらくは人生で最も苦しい試練に耐えることができたのですから、尚さんにとってはそれでよかったのだと思います。
それとは別に、そういう言葉を断定的に伝えたその「霊能者」さんがどれほどの重みと責任を意識していたのか。
「霊能者」さんの責任はまた別のものだと思います。

> 息子が亡くなったばかりで「前を向いて頑張っていく」と宣言してしまうのは私らしいといえば私らしく、 誤解を生んでしまったのも仕方のないことだと思っています

そう言える尚さんはやはりお強い方なのですね。
本人にとって多くの場合、死は解放であるのですが、いかにそのことを知っているとは言え、愛する者との死別はどうしようもなく悲しく辛いものに違いありません。
シルバーバーチはそれを「ある種の自己憐憫です」と伝えているのですが、分かってはいても込み上げてくる感情は際限がないかと思うほどです。
そういう感情に溺れてしまうことは決してよいことではないにしても、地上に生きる生身の人間としての感情に蓋をしたままであることも、何らかの問題の種になることが多いものです。
生々しい感情を遮断することなく、理性や霊性に昇華・融合させていくことが地上での学びのひとつであろうと感じています。

> 解消しなければいけないカルマがあって重い病気にかかっている時、 ヒーリングによって楽にしてもらったり病気を治してもらうことはいいのですか?

治療家は、治る準備の整った人の病しか治すことができません。
治る準備を整えるお手伝いをさせていただくのもヒーラーの仕事ですが、それでも結果的に治る方と治らない方はおられます。
よいとかよくないとかではないと思います。
ヒーラーとの出会いもまた、霊界からの導きと計らいによるのです。
といってもご神託によってヒーラーとの出会いが計らわれるわけではありません。
ほとんどの場合は人を介してになります。
その意味ではよいヒーラーや霊能者を人に紹介することは、詐欺師まがいの霊能者の被害にあう人を減らすだけでなく、霊界のお手伝いをすることでもあるのでしょう。

息子さんは争いごとを好まず、調和や和合を求める青年だったのではないでしょうか?
柔和で豊かな感情も、時には激しく発露を求めるものです。
それゆえに、彼自身にもあるさまざまな感情との折り合いというところで、彼としての地上での学びを続けてきたのだと思います。
また、そういう彼が早世することで、多くの人に「地上で生きている自分」を意識させる機会を提供したのでしょう。
私はヒーラーとして、息子さんが地上におられた間に関わる機会がなかったことは残念に思います。
しかし、おそらくは息子さんの場合は私などが関わらせていただいたにしても、目に見える形ではあまりお役に立てなかったように思います。
幸いにして、彼はご家族の愛情に包まれて心は十分に満たされていたのですから、尚さんは今なにも後悔なさることはありません。

辛く苦しい闘病生活から解放された息子さんをねぎらい、慈しみ、尚さんご自身にも同じねぎらいと慈しみの心を向けてください。
そして、ご自分に向けて何度でも、「本当に辛かった。苦しかった。地獄のようだった」と言葉にしてください。
腹の底から何度も何度も泣いていいのです。
その後、「自分は本当によくやった。自分が潰れずに頑張ったから、家族の皆があの辛く苦しい時期を越えることができたんだから」と改めてご自分をねぎらってください。

09/10/2007(火) 22:01:08


No.2771 まゆみ  
喜びの輪を広げましょう。 引用
8日です。喜びの輪(和・環・話…)を広げましょう。

次々と新しい出発が続いています。(2007年は記念すべき年ですね。)

「ドネーションシップわかちあい」 ○ttp://donationship.org
「〜HEART〜」  ○ttp://hamaheart.blog113.fc2.com/
「〜EARTH〜」  ○ttp://www5.plala.or.jp/EARTH/ 

(○に「h」をいれてください)

とてもうれしいこと続きです。
こうして思いを顕現させていくことで喜びも大きく広がっていくのですね。
魂の意志に従って生きていきたいと改めて思います。


今月もみなさんと一緒にエネルギーを共鳴させたいと思います。
みなさんよろしくお願いいたします。


    * * *

共鳴させるエネルギー
「不調和から調和へ」

・この人の病が治りますように(全ての人の病が治りますように)
・この人の魂の意志が精神・肉体にまで行き渡りますように
・自らのかげりや闇を光に変えていこう
・自らの魂の意志が、精神・言動にまで行き渡りますように
・全ての人が魂の意志に従って生きられますように


      * * *


『 私たちひとりひとりは、この地上界を変えていこうと意志します。

それは自分の心の闇に光を通すことです。

目の前の人に手を差しのべることです。

遠く離れた人に祈りの心を向けることです。


この地上にある一切の「偏り・不調和」が一掃されることを願います。

そのために、ひとりひとりが今、自分にできることをしていきます。

人として正しく、人として優しく生きます。

自分も人も、皆が幸せになるように、

私たちひとりひとりが霊力の通路となります。 』



『 神の前に進み出で

 深く頭(こうべ)を垂れ 聖なる杯を受けなさい

 いついかなる時も 神の懐深く抱かれていることを
 
堅く堅く信じなさい

 それが不動の柱(霊力の通路)となる 』

      *

08/10/2007(月) 15:06:56


No.2774  ミュー ホームページ
Re: 喜びの輪を広げましょう。 引用
まゆみさん!いつもありがとうございます。
私は、まゆみさんが毎月載せてくださるこのメッセージを、自分が共鳴し難い状態の時や、光の絆を強く高めたいと思う時に、心を合わせ共鳴しています。

魂の意志を顕現させる事は、きっと誰にとっても容易い事ではないと思うのだけれども、そこに伴う喜びや輝きは言葉では言い尽くせないものがあるのは確かだと感じています。
だからこれから先も、「人としてやさしく正しく、人も自分も幸せに」の場面も思いも、たくさん実感していきたいです。

まゆみさんに日頃の感謝を込めて・・・どうかこれからもよろしくお願いします☆彡

08/10/2007(月) 22:45:04


No.2765 カモミール  
すいません 引用
飯沼さんへ

私の書き込みによってまた○○さんの件で、掲示板をおさがわせするような事になってしまい申し訳ありませんでした。


尚さんへ

書き込み読まさせて頂きました。
私には特別な能力は全く備わってはいませんが、尚さんの書き込みの一部に「私には霊感も「女の勘」と言われるものもありません
実感がありません」を読んだ時、なんとなく不自然さを感じました。→これが女の感なのかもしれませんが。。。。

そして、私はスピリチュアルリズムや霊界を否定したつもりは全くありません。

私自身、霊界の存在もヒラーの存在も疑うことなく信じています。


いたずにら、書き込みをなさっているのであれば辞めて頂きたいと
思います。

07/10/2007(日) 22:29:45


No.2766  尚
Re: すいません 引用

いたずらに書き込みなどとんでもありません

お騒がせしたのですね
本当に申し訳ありません

07/10/2007(日) 23:11:22

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