克子 備忘録 9
この頃から克子はヒーリングの時に指導霊からのアドバイスを受けて伝え始めるようになった。 はじめの頃は短いメッセージを口頭で伝えていた。 しかし、それが段々に長くなって、内容も複雑になり、一度聴いただけでは把握できなくなってきた。 しかも相談者にとってだけでなく、誰にとっても有用な普遍的な内容のアドバイスも含まれるようになってきた。 これを記録しておくには、テープレコーダーを購入する必要があった。 その頃はまだ指導霊との霊線が切れると、10分以上も沈黙が続くことも珍しくなかった。 霊線がつながると、また高度な内容のメッセージを語り続けるのだった。 そういう状況だったので、声を発している間だけテープが回る機能を持ったテープレコーダーが必要だった。 その頃は今にもましてお金のない頃で、電器店に行っていろいろ見て回ったものの、結局購入することができなかった。 3万円程度の臨時出費すらできない状態だったのだ。 しかし、そのまま流してしまうにはあまりに惜しい内容のメッセージなので、記録はしなければならなかった。 仕方なく、私は克子にメッセージを筆記してくれるように頼んだ。 克子が残した膨大な霊界通信は、こんな情けない理由で筆記が始まったのだ。
克子は美しい文字を書く人だった。 子どもの頃、母親から習字を習いに行くように言われ、それが嫌だったので自分で字をかく練習をして文句を言わせないようにしたと、綺麗な字を書くことよりもそのことをちょっと自慢げに話していた。
筆記という方法を取り始めると、私の霊的な情報に関する好奇心はいやがうえにも高まっていった。 98年には、オーラの仕組みやヒーリングエネルギーの通し方などについても次々に質問をして、かなりまとまった通信を受けた。 その時は原稿用紙に筆記してもらって、1枚あたりに要する時間なども計った。 平均すれば、400字詰め原稿用紙1枚あたりを10分程度で埋めていった。 文字が乱雑になることもなく、難しい漢字もすらすら書いていくのだった。 しかも、内容は今までの霊界通信では触れられていない分野にまで及んでいた。 ある高名なスピリチュアリズム研究者にその原稿を送ったら、「間違いなく高次の霊界通信であり、シルバーバーチの霊訓を引き継ぐものだと思われます」という評価をいただいた。
しかしその研究者が私たちの仲間に金銭詐欺まがいの行為を働いていることが分かり、そのことについて善処を要請するとたちまちにして態度が変わってしまった。 それもあって、私たちは、知識よりもいかにして地上を生きていくのか、その動機と言動の重要性を痛いほど思い知ったのだった。 いくらスピリチュアリズムの知識があろうとも、ひとりの人間としての実際の生き方や人との関わり方が、人間としての良心に反するものであれば何の意味もない。 むしろ、偽善者としての過ちと罪を重ねるものであり、それこそが神や守護霊や指導霊たちに対する裏切りと冒涜であると痛感した。 書物をたくさん出版し、内実を知らない人たちの尊敬を集めているとしても、自分の過ちは誰よりも自分が知っているはずのもの。 その過ちを隠蔽するために、人に泥を塗りつけるという行為が、いかにスピリチュアリズムの訓えから逸脱しているかは誰にでも分かるはずのことだ。 守護霊や指導霊がいつも自分を見守っていてくれるということを信じているはずなのに、いざとなればそんなことはお構いなしに嘘偽りや無視に逃げ込んでいく姿に深く失望させられた。 人間は弱い者だから誰でもが過ちを犯してしまうときはあるにしても、それが露見しても詫びることもせずに人を貶めてまで自分を守ることなど、スピリチュアリズムを学んだ人間にはありえないと思っていたが、実際はそうでもないことを知った。 克子も私も激しく心を打ちのめされたことは言うまでもなかったが、「霊的真理を学ぶ地上の人間として、日々をどう生きていくのか」という、実践スピリチュアリズムの重要性を再認識することになった。
個人としてどう生きていくのかという実践と、霊的真理とはあまりにも掛け離れたかげりの蔓延する今の社会とどう関わっていくのかという社会性は、今も悠々塾のバックボーンとして貫かれている。 |
16/08/2007(木) 13:41:38
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