その頃の克子は、病者さんの治癒に向けてのメッセージを受けて、口頭で伝えていた。 まだ彼女が霊能者としての働きを確立しつつあった初期の11月11日のことだった。 丹波地方の11月の夜はかなり冷え込み、部屋の隅にストーブを置いて部屋を暖めていた。 その日の夕食後、摂食障害の人の直接ヒーリングをした。 まだ憑依霊を克子のオーラに呼び込んで、彼女がその憑依霊の言葉を語り、私が諭して霊界側から迎えに来ている霊たちに憑依霊を引き渡すというやり方の頃だった。 この方法は時間もかかり、克子もトランス状態を長時間維持しなければならず、ダメージも大きかった。
その日もそうで、憑依霊を送るのに数時間を要し、トランス状態から普段に戻った克は疲れきっていた。 地上を去った後も暗い想念を手放せないままの未浄化霊を長時間にわたって自分のオーラに呼び込んでおくのは、彼女にとってはかなりの違和感を実感することだった。 自分とは異質な波動を自分の心の領域に招き入れ、包み込むのだから、表情も険しく、暗く苦しそうになり、ダメージを受けるのは無理のないことだった。
仕事を終えて彼女は立ち上がり、好みの紅茶でも入れようとしたのだろうが、「少し疲れました」と言って、部屋の反対側の隅にあったストーブの前に座り込んだ。 私も彼女の横に座り込んで、少しねぎらいの言葉を言った。 彼女が座り込んですぐに、「何だか体が震えます」と言って、自分の両方の手のひらを広げて見始めた。 傍に座っている私にも、克子の手も体も小刻みに震えているのが分かった。 私は「疲れたんだろう。お疲れさまだったね」と彼女をねぎらいながらも、心配が高まってきた。 彼女の全身の震えは段々激しくなって、何かの異変が起きているのは明らかだった。 私はどうすることもできず、彼女の背中を撫でながら見守るしかなかった。
しばらくして震えは収まる兆しを見せ、彼女の顔がとても穏やかになってきた。 普段の彼女よりもさらに高貴で、心の内奥に微笑みと慈しみを湛(たた)えているようなという形容がふさわしい、美しい表情だった。 つい今しがたまで憑依霊に自分の体を貸し与え、地上の思いに囚われたままの死者を安心できる境涯に送り届けたばかりだとは到底思えない表情になった。
しばらくの沈黙の後、克は静かに語り始めた。 「わたくしは母なる国○○の○○○○○○。あの頃あなたは戦いに明け暮れ、わたくしは寂しい思いをしていました・・・・・・・・・」 美しい声でそう語り始めた克子はそのまま、今は伝説になっている「母なる国」に起きたことを語り続けた。 よどみなく格調高い日本語であったが、固有名詞に関しては聞き慣れない発音の言葉だった。
一人称で私に語りかける克に引き込まれて、いつの間にか私もその頃のことを思い出したかのように返答し、問いかけていた。 二人の来客がいることも忘れて、私たちは「母なる国」の頃に戻って語り合っていた。 克は霊媒であるから、霊界の誰かが彼女を通じて語ったとしてもさほどの不思議はないのだが、私までもがまるで何かの芝居の役柄に徹しているかのようにその者として語っているのだ。 実際、克子と私のやり取りを見ていた来客は、芝居を観ているような感覚になったと言う。 一人の女性は感激して「こんな場面に自分が居合わせてよいのだろうか」と泣いたという。 私自身、全く知りもしないことのはずなのに、まるで確かな記憶があるかのように次々に言葉が出てきて語り合っていた。 しかも自分の口から語られることに、なんとも言えない現実感があり、ある種の懐かしさを感じながらだった。
克子を使って語りかけてきた存在は、いわゆる憑依霊などではないことは明らかだった。 語ることの内容も言葉遣いも克子の表情も、憑依霊を送るときとは全く違っていた。 しかも話の内容は、かつて私と克子が同じ日の同時刻に離れた場所にいて「思い出した」、ある過去世の情景に沿っているのだった。 私たちの「語らい」が終わったのは、朝方だった。
「これはどういうことなのか・・・」 私は自分も引き込まれた出来事に困惑してしまった。 もしも克子が何らかの目的を持って、意図的にそういう場面を作ったとすれば、疲れ果てていたあのタイミングはありえない。 そんな気力も体力も残っていなかったはずだ。 しかも克子一人が語り続けるのではなく、途中からは私も加わって「語り合った」のだ。 克子が勝手に作ったシナリオが通用するはずもなかった。 「これは何か自分たちの思いも寄らないことが始まろうとしているのかもしれない」と思った。
克子が単なる霊能者ではないことはどうやら確かなようだった。 私自身、少し前までは霊的世界など信じてもいなかったのに、まるで何かに計らわれたような経過をたどってきた。 自分たちの知らないシナリオがすでにあって、自分たちはその1ページ1ページをめくりながら演じているのかもしれない。 今までのことも単なる偶然や自分たちの考えや思いだけでこうなったとすれば、あまりにも不思議すぎる。 「何が始まるのかは分からないが、これはしっかり心しなければいけないのかもしれない」と、私は思った。 何よりも興味本位の人たちに掻き回されるのは防がねばならないと思った。
克子の容姿からして、「美人霊能者」としてマスコミの興味本位の扱いを受けることも十分にありうることだった。 それで、私は克子とも相談の上でふたつのことを決めた。 ひとつは、悠々塾を宗教団体や組織や規約等を持ったグループにはしないこと。 もうひとつは、マスコミ等には一切接触しないことだった。 この基本姿勢はその後も堅持し続けている。 |
01/06/2007(金) 22:05:30
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