2007年3月定例会に向けてのメッセージ
皆さん、こんにちは。 克子です。
人と人との出会いや何らかのグループとの出会いなどの全ては、たまたまではなく全て(エネルギー的な)理由があってのことです。 そして、つながりが形成されることも、それが断ち切られることにも、やはり理由があるのです。 特につながりが密になっていく場合は、幾つかの(エネルギー的な)共鳴があります。 その共鳴は、そこにつながる人たちの共通点でもあります。 悠々塾と出会い、そこからつながっていく人たちにもいくつかの「共通点」があります。 ポジティブな(輝き)部分では人としての優しさや情愛に満ちた思いやり、正義感といったものが共通点になっています。 その半面、やはりネガティブ(かげり)の部分での共通点・共鳴もあるのです。
今日はそのネガティブ(かげり)の共通点にひとつに焦点を当てて、それを克服してさらに輝きの共鳴を高めることが定例会のテーマです。
悠々塾につながる皆さんのほとんどは、自分の気持ちや考え(価値観)を押し付けてくる強引な人に傷ついてきた経験を持っています。 それは身近な人の言動であったり、幼い頃の自分ではどうすることもできない悲しみや寂しさだったり、歪んだ今の世間や社会の常識の重苦しさであったりとさまざまです。 ほとんどの人が抗いようのない大きな圧力(それは強引な者たちの歪んだ願いであったのです)に傷ついて、自分としての願い・願望・欲求というエネルギーを健やかに表現しにくくなってしまったのです。
地上界のエネルギー的な仕組みは、摂理・愛という縦の流れと、人間としての願望・欲求という横の流れによって形成されています。 肉体をまとった霊として、いかに摂理に即した願いを抱いても、人間としての願望のエネルギーが十分に伴わなければ、その願いは地上ではなかなか実現しないのです。 逆に、摂理に反した自分本位の願望であっても、地上の人々の願望のエネルギーとうまく噛み合ってその流れに乗れば、地上においてはある程度その願望は実現させることができるものなのです。 もちろん、それが摂理に反したものであれば、地上を去ってから全てを思い返して、またやり直すことになるのですが・・・。
「願えば叶う」と言われていますが、願いさえすれば全てがかなうものではありません。 しかし、強く願うことによって現実化していくものがあるのが地上です。 「願えば叶う」ということが真理であるかどうかは別にして、願いによって引き寄せられる現象は事実としてあるのです。 霊界は摂理に即した意志と霊としての意欲がいつも交わりあっています。 だからこそ思念が実態を作っているのです。 地上界ももうしばらくでこういう霊界と共鳴した世界になるのですが、今の地上界はまだまだ願望が突出した歪な世界です。
皮肉なことにこの地上界に摂理と愛を顕現させていくにも、地上的な願望・欲求のエネルギーが不可欠なのです。 精妙なスピリチュアルなエネルギーと、物質的ともいえるサイキックなエネルギーが融合することによって、皆さん方の働きはさらに現実世界で力を発揮していけるのです。 今こそそれが求められているにもかかわらず、「地上の人間としての願望(やその変形したもの)」によって傷ついてきた皆さん方は、地上の人間として自分にもある願望のエネルギーをおおらかに、健やかには発揮しにくくなっているのです。
スピリチュアルなエネルギーとサイキックなエネルギーは、別のものとして扱われています。 それは本来的には確かにそうなのですが、実はもっと本来的には融合しているものでもあるのです。 意志と意欲は本当は不可分一体のものなのです。 ここではその説明は省きますね。
今日は、理屈抜きの願望のエネルギーを高めること、つまり願いを実現させるエネルギーの回路を大きく開く作業をしましょう。 このエネルギーの強さはその人の霊性とは何の関係もありません。 それは地上で力を発揮した人たち、発揮している多くの人たちの真の姿を見たならば一目瞭然です。 しかし、皆さん方の高い霊性をこの地上で発揮し、形にしていくためには、この回路のエネルギーを最大限に活性化しておく必要があるのです。 |
24/03/2007(土) 10:51:14
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