聖書の中からのお話で、イエス・キリストが5千人を養ったというお話があります。 みんながイエスを慕って、お説教が聞きたくて 5千人くらいの人が荒野の中をついていったのです。 しかし、だんだん食べ物がなくなって、みんなお腹が空いてくる。 その時イエスが5千人を養うという奇跡が起きたのです。 最期食べ物がなくなって、パンが5つしかない。 弟子が「これをどうやって分けるんですか。」と言うと イエスがそれを祝福して、感謝してみなに分けたというのです。 すると、7つの籠にパンがいっぱいになって帰って来たというお話しがあります。
それは奇跡だというのですが、 天から降ってきたわけではないのです。
イスラエルという国はほとんどが砂漠で、 旅するときはみんな食べ物や飲み物を準備していくのです。 荒野でイエスのお説教を聞こうと思っているからには、 それだけの準備をしてきたはずなのです。 そういうときに、イエスがわずかのパンを祝福して分けてあげた。 そしたら感激したある一人の子供が自分のパンを差し出した。 すると、その愛の電波がみんなに伝わって、みんながありったけの物を出して、分け合って食べて、そして、余った。 お腹いっぱい食べて余った。
(東城百合子さんの「自然に生きる」より転載) *****************************************************
奇跡とは降って湧いてくるわけではなくて、分かち合いたいという純粋な子供の心が1人1人に伝わって、みんなが分かち合おうという気持ちになったから。 克子さんが伝えてくださっていた、これから起こるであろう数々の奇跡の1つは、こんな風に起こるのだなぁと思いとっても感動しました。 これってまさしくドネーションシップが目指す『明日のくに』ですよね。 ドネーションシップが最初の1人の子供のように世界に分かち合い・支えあいの心を発信していけますように。。。 |
04/04/2007(水) 14:37:18
| No.1942 飯沼 |
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☆ちこさん
>奇跡とは降って湧いてくるわけではなくて、分かち合いたいという純粋な子供の心が1人1人に伝わって、みんなが分かち合おうという気持ちになったから。 克子さんが伝えてくださっていた、これから起こるであろう数々の奇跡の1つは、こんな風に起こるのだなぁと思いとっても感動しました。 これってまさしくドネーションシップが目指す『明日のくに』ですよね。 ドネーションシップが最初の1人の子供のように世界に分かち合い・支えあいの心を発信していけますように。。。 < ちこさんの力強い言葉がとても嬉しいです。 これからの変化は、おそらくは、分かちあい・支えあいが皆の常識になるまでの悲劇と混乱から始まって、地上人類はやっと分かちあいを常識にできるかどうかでしょうね。 それを常識にできた人々の間では、物質をめぐって新たな現象が起こり始めると私は考えています。 つまり、物質に縛られるのではなく、自らが物質を霊的真理に沿って健やかに動かせるようになった地上人類は、物質に対して新たな段階に入るのだと思います。 まあ、それははるか先のことなのでしょうし、それ以前に地上人類は大きな峠を越えねばなりません。 その大峠を越えるための杖が「分かちあい・支えあい」であることすら、ほとんどの人々は知らないままの状態です。 力のある人たちがさらに自分に集めようとし、力のない者たちもそれなりに今の自分を守るために身動きが取れなくなって、自分よりもはるかに苦しい状況に置かれている人々のことには無関心なままなのが、今の世の主流です。 そこから「明日のくに」のミニチュアを形作りながら、世界の全てが「明日のくに」になることを目指して進むのですから・・・。 だからこそ、自分らしく、楽しくやっていきましょう(笑) |
06/04/2007(金) 22:10:44
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