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No.1830 飯沼 ホームページ E-mail
地上界は本来どうあるべきなのか 引用

地上界は本来どうあるべきなのか

この問いに対する答えを、あなた方は本当は知っています。
「人は人に優しくするべきだ」「人と人は助け合っていかねばならない」「困っている人に親切に」「いつも感謝を忘れずに」「ほかの人のことも尊重て」・・・というように。

しかしながら、すでに知っているこれらのことが、ごく当たり前のこととして今の世でなされているかと言うとそうではありません。ほとんどの場合、これらのこととは違った現実があるのです。むしろ自分の優位を確保することに必死になったり、少しでも物や金銭を得ようと躍起になったり、あるいは人をおとしいれたり、ねたんだり・・・・というように、「本来人があるべき姿」からはずい分、離れてしまっています。

けれども、それでも、あなた方の心には「あるべき姿」は消されずに残っているのです。そして本当はそういった心で生きたいと誰もが願っているのです。

これからあなた方が目指すべき社会は、本来あるべき心の姿を実現していくための仕組みが政治や経済であり、あるべき心の姿を伝えるのが教育であり、自分の心の姿にふさわしい“働き”が仕事となっていく、そういった社会です。それが今すぐ現実のものとはならないとしても、その一歩目はあなた方が作り出すことができます。

今あるところで、あなた方それぞれが、「人としての当たり前の心」でそれを素直に表現して生き始めること、です。そうやって生きることの喜びを知ることができれば、その流れは大きなうねりとなって全体を動かしていくことになるでしょう。たとえ初めはひとりでも、それが喜びであるならば、(もともと求めているのですから)その喜びにひかれて、まわりの人も変わっていけるのです。

やがて、誰もが、自分の優しさを人に向け、躊躇(ちゅうちょ)なく手を差し伸べ、また援助を受けるといった、素直な心のやりとりが当たり前のこととしてなされていけますように。それこそが、心を言葉・行為・行動によって表現する地上界を健やかなものにしていくことであり、“心”と“かたち・もの”が調和した世になっていくことなのです。
。。。。。。。。。。。。

「来たるべき地上界のために」・当サイト本文より

「来たるべき地上界のために」はメールにてご注文ください。

10/03/2007(土) 16:53:49



No.1829 飯沼 ホームページ E-mail
H.Sさんにお知らせです 引用
1月下旬にお電話で遠隔ヒーリングをご依頼いただいたH.Sさん。
近畿地方ご在住の40歳代の男性の方です。
その時の電話で、ご連絡先をメールでお知らせいただくということだったのですが、その後ご連絡を頂いていません。

アドバイスのメッセージのお送り先が分かりませんので、メールにてお知らせください。

09/03/2007(金) 20:25:49



No.1821 飯沼 ホームページ E-mail
縄文まほろば展 引用

今日は夕方から金ちゃんが親友の女性と一緒に来てくれました。
何と何と、その女性が・・・だったのですよ!
「・・・」の部分は金ちゃんが書いてくれると思いますので、お楽しみに。

導きや計らいというものはやはりあるものですね。
今回の青森行きのふたつのテーマ、つまり縄文の人々の心・常識の件と「新しいエネルギーの獲得」が非常に大事なものだったことを改めて思い知らされました。

「霊界側はいつこんな計らいを仕込むのだろうか?」などということに意識を取られるのではなく、自分に与えられたテーマの成就・達成に邁進するべきなのでしょう。
もう一度、何度でも腹を据えなおして成就させます。
必ずそのエネルギーを獲得し、「分かちあい・支えあい」を地上界の常識に戻して見せましょう。

でもね、それにしてもなんという計らいの妙なのでしょう・・・。

07/03/2007(水) 00:19:03


No.1823  金太郎
RE.縄文まほろば展(で繋がった)  引用
はじまりは
DONATIONSHIPわかちあいの準備会で…

飯沼さんがいつもつけている
克子さんのストーンブレスの紐が緩いのが気になってたので
新しい紐に替えるため、金太郎(私)はあずかってました。

昨日、さっそく取り替えに行ってきた!!
大切なものだし、
早く飯沼さんのもとに持っていこうと思ってました。

そして、
ちょうど金太郎(私)の名古屋行きの出張も延期になって、
一日空いたので、

今日は、20年来の幼馴染みで大親友の「李っちゃん」と久しぶりに会って、
その後一人でストーンブレスを篠山口に返しに行く予定でした。

『李っちゃん』とのデートは久しぶりに会うのもあったし、
お互い転職したのもあって、仕事の話とかで、
めちゃめちゃ盛り上がりました☆

私はアート関係のアルバイト、
『李っちゃん』はイベントコンパニオンしてて…

李っちゃん:「最近おっきな展示会があって八日間ぶっ通しやってん、
       青森関係の展示会でー…」
       
金太郎:『え?青森?それってマホロバちゃうんっ??!!』

李っちゃん:『なんでしってるん!!?』

なんと、
大親友『李っちゃん』は「縄文まほろば展」で働いていたのです!!


その後、私が何故、『縄文まほろば展』を知ってるか『李っちゃん』に説明ー。

「やっぱり二人って繋がってるなぁ☆☆」
「なんか嬉しいなぁ☆☆」
「これ偶然ちゃうやんなぁ☆」
と二人で盛り上がってました。

これはやっぱり飯沼さんちまで『李っちゃん』についてきてもらおうと思って、
早速、飯沼さんにメール!
晩御飯の時間もあって食事をごちそうしてくれることにありました!

『李っちゃん』とともに悠々塾へと出発しました。

玄関に入るなり、
飯沼さんは「やっぱりこの子かぁ」とニコニコ。

『縄文まほろば展』で『李っちゃん』と飯沼さんは話をかわしてたそうです…
ほんまにびっくり。

こんなことってあるんですね、、

「縄文まほろば展」で3人が繋がるとは、、、

飯沼さんと金太郎
金太郎と『李っちゃん』
『李っちゃん』と飯沼さん

そして今日、「縄文まほろば展」で繋がった3人が出会うことになったのです。
やっぱり、やっぱりこんなことってあるんですねぇー…。

これを文章でうまく表現できないのがもどかしいです。

07/03/2007(水) 00:57:13

No.1824  飯沼 ホームページ E-mail
Re: 縄文まほろば展 引用

そうなんですよ。
2月15日、春一番の嵐が吹き荒れていた日、私は寝台特急「日本海」が運休になっているとも知らずに、荷物を大阪駅のコインロッカーに入れて、地下鉄を乗り継いで大阪歴史博物館に行ったのでした。
そこでは青森県の縄文遺跡からの出土品の大展示会「まほろば展」が催されていたのでした。
博物館の隣の建物の1階で、「まほろば展」の出張コーナーがあったので、まずはそこに立ち寄りました。
青森の案内パンフレットや三内丸山遺跡のパンフレットなども置いてあったので、何種類かもらう時に、そこにいた縄文ルックの女性に声を掛けたのです。
「ネエちゃん、お茶行こうか?」だったか「仕事何時まで?」だったかではなく、「本会場にはどう行くの?」かなんかだったと思います。
その後、「青森から来てるの?」と聞いたので、印象に残ったのです。
それで、隣のビルの博物館の10階から6階に階段で降りて行ったときに、ちょうどその女性が6階の入り口にいたのです。
私は思わず、「あれ、さっき下にいた人ですね?」と声を掛けると、その女性は「はい、交代で今上がってきました」とにこやかに答えてくれました。
その女性が、何と金太郎の20年来の親友だったのです!!

今日の午後、金太郎からメールが来たときに、「もしかすればあの女性かな?」と思いましたが、そうじゃない可能性の方が高いわけですから、密かに楽しみにしていたら「やっぱり!」でした。

これはもう確率では計算できない話で、やはり霊界側の計らいでしょうね。
その目的は、青森行きのテーマがいかに重要なのかを改めて印象づけるためでしょう。

今日は嬉しくなって一緒にお酒を飲みました。
李っちゃんはずいぶん気さくな人で、ミニ・ヒーリングなども交えて、楽しい時間を過ごしました。
完全に余談ですが、お酒を飲んで赤くなった金太郎の可愛いことカワユイこと。
李っちゃんは、ねねが言うには「みさおさんとヤマちゃんを合体させた感じ」
おお、まさにその通り!

霊界側からとっても分かりやすくて嬉しいOKサインをもらって、勇気百倍、頑張ります。
必ず、あのエネルギーを十分に通せるようになって、先日の定例会で強く願った自分になってみせますとも。

07/03/2007(水) 02:25:57

No.1826  キリコ
Re: 縄文まほろば展 引用
不思議な「縁」というのも、あるものですね。

確率論的(大の苦手科目)には、ありえない偶然・・・

08/03/2007(木) 22:23:10

No.1828  ひろこ
Re: 縄文まほろば展 引用
不思議な繋がりですね。
6階に降りた時、入り口で女の人が会釈してくれたような気がするんだけど。飯沼さんに追いつくのが必死だったので。
定例会で飯沼さんだけ願いを言ってもらえなかったよ???
実現して教えてくださいね。

まゆみさん
楽になってよかったです。
体質なんですね。誰にでもそれぞれ違う体質があって、それと付き合っていけばいいんですね。
そういえば、私も白血球が少ないのを、ある先生は「これは大変だ」というので慌てたら、違う先生は「そういう人も多いよ。体質だよ」って言われて気にしていないことに気が付きました。
でもまゆみさん、無理はしないでくださいね。

ドネーション準備に携わって下さっている皆さん
そして埼玉組さん
いつもお疲れ様です。ほんとに頭が下がる思いでいます。
なかなかお手伝いする事が出来無いのが残念ですが、宜しくお願いします。

09/03/2007(金) 00:45:15


No.1825 まゆみ  
喜びの輪を広げましょう。 引用
8日です。喜びの輪を広げましょう。

みんなの夢を載せ「ドネーションシップ わかちあい」(NPO準備中)がもうすぐ出航します。
ひとりでは何もできないと思っていても、たくさんの人が集まれば大きな力になります。
分かちあいの輪を広げていくことは、喜びの輪を広げていくことです。
あなたも一緒にこの船で夢を広げていきましょう。
詳しいことはここをみてくださいね。
http://pre.donationship.org/


今月もこのメッセージをここに掲げさせていただきます。
そしてみなさんとエネルギーの共鳴をしたいと思います。
それぞれできる時に…声に出してみるのもいいですね。
みなさんよろしくお願いいたします。

    * * *

共鳴させるエネルギー
「不調和から調和へ」

・この人の病が治りますように(全ての人の病が治りますように)
・この人の魂の意志が精神・肉体にまで行き渡りますように
・自らのかげりや闇を光に変えていこう
・自らの魂の意志が、精神・言動にまで行き渡りますように
・全ての人が魂の意志に従って生きられますように


      * * *

『 私たちひとりひとりは、この地上界を変えていこうと意志します。
それは自分の心の闇に光を通すことです。
目の前の人に手を差しのべることです。
遠く離れた人に祈りの心を向けることです。

この地上にある一切の「偏り・不調和」が一掃されることを願います。
そのために、ひとりひとりが今、自分にできることをしていきます。
人として正しく、人として優しく生きます。
自分も人も、皆が幸せになるように、私たちひとりひとりが霊力の通路となります。 』


『神の前に進み出で
 深く頭(こうべ)を垂れ 聖なる杯を受けなさい

 いついかなる時も 神の懐深く抱かれていることを
 堅く堅く信じなさい

 それが不動の柱(霊力の通路)となる』

      *

08/03/2007(木) 08:23:46



No.1819 鉄ママ  
あれから 引用
一月の定例会では、私の実家に留まっていた未浄化霊を皆さんのお蔭で霊界へ送ることができました。改めてありがとうございました。
あれからの実家の様子ですが、母が入院し寂しがる父が鉄に「寂しいから泊まりに来て」とメールがありました。
それまで、未浄化霊が怖くて絶対に泊まらなかった鉄ですが、霊界に送れた事があり、本当に久しぶりにじいちゃんと枕を並べて寝たそうです。「俺、じいちゃん変わったと思う。」とその時に言いましたが、私は今までのこともあってその言葉を信じられませんでした。
父は、母を毎日見舞っていました。父の母に対する思いがあっての事だと感じるのですが、私が見舞いに行って聞く父への愚痴がそれまでの事とダブってしまい、変なところで母に共感し父を責めました。(母と二人で)
やっぱり お父さんは変わらない
心の中では、「どうしたらいい?どうしたらいい?このままではいけない。」

母が退院したので、私は退院のお祝いに「何かおいしいものでも食べに行こう。」と母を誘いました。
迎えに行くと「お父さんにも声をかけて。」と母が言いました。
いつも、母は父の気持ちを気づかっていました。以前の私は「父の機嫌をとってる」ととらえていました。でも、父に対する母の思いやりなのだと、ようやく気付きました。
父は「わしは行かん、わしの分でおいしいもん食べて来い。」とニコニコして言いました。びっくりしました。
私は小さい頃お父さんっ子でした。その頃に見た顔。
食事をしながら、「お父さんは、お母さんじゃないとダメだったと思う。」「本当は、すごく心配してるのに心配を怒りで表現してしまうお父さんがいる。」と話すと、母は照れくさそうに笑っていました。
あれ?なんか変わってきた?と感じています。
もっともっと、調和にむけて出来る事をしていきたいと思います。

05/03/2007(月) 02:11:37


No.1820  飯沼 ホームページ E-mail
Re: あれから 引用

☆鉄ママさん

こんばんは。
あれ以来、いい感じになってきたようですね。
よかったです。
鉄クンも優しいですね。

>もっともっと、調和にむけて出来る事をしていきたいと思います。<

そうですね。
皆がですが、ますは気づいた人から、そう思えるようになって人から行動に移していくことが大切だと思います。
大袈裟な話に聞こえるかもしれませんが、地上界の不調和のエネルギーを軽減・解消していかなければ、そう遠くない将来に地球規模のとんでもないことが起きるような予感がしてなりません。

アメリカの24州で蜜蜂が大量失踪しているそうですし、日本でも伝書鳩が行方不明になる事例が増えているそうです。
これらはもしかすれば地磁気の乱れが関係しているのかもしれませんね。

いずれにしても、ひとりひとりの人が不調和を調和に向けていくことは、自分としての幸せだけではなく、地上人類としての全体にも意味を持つことのように思います。

それでは、またね。

06/03/2007(火) 00:35:03


No.1812 飯沼 ホームページ E-mail
明日は「ドネーションシップ」の準備会です。 引用

明日4日は「ドネーションシップ わかちあい」の準備会です。
もう6回目になります。
毎月15名前後の人たちが集まります。
皆こういうことは全くの素人ばかりで、でも、「あまりにも酷い世界の格差に知らん顔はできない。自分も何かをせずにはいられない」という思いと、「明日のくに」への夢に惹かれてここまできました。

それぞれに思いはあるのでしょうが、おそらく共通した思いは「今日を生きることすら困難な人たちに何かしていきたい」という思い。
そして、「同じ願いや気持ちでドネーションシップに参加する人たちとつながっていきたい」という思いでしょう。

「ドネーションシップ」が他のNGOやNPOとどこが違っているのか、それは分かりません。
なぜなら、私たちは他のNGOやNPOを全て知っているわけではないからです。

ただ、ドネーションシップは寄付(分かちあい)をすることだけが目的ではなく、会員どうしが同じ人間・庶民として語りあったり、相談しあったり、販売したり購入したり、お店を訪ねたり・・・というように、つながりあっていくことにも重点を置いています。
独身者同士が「ハートフルレター」というネット上の場で、メッセージのやり取りをしながらいつしか惹きあって人生の伴侶となる・・・。
自分たちもこころ豊かに生きていきたい、そういう場を作りたいと願っています。

「ドネーションシップ」の会員さんたちは全て、より苦しい人たちのために年間1万円(一口)の会費を出して参加した人ばかりなのです。
それを共通項として、それぞれがネット上で、あるいは実際につながっていくことで、きっとたくさんの喜びを生み出していくのではないでしょうか。
金・かね・カネの世の中で、損得ばかりの世の中で、見返りを求めないお金を出して、そのお金は自分よりももっと苦しい人たちの援助として役に立つ。
そういう活動に賛同・共感する人たちが増えていけば、支援できる額も増えるのですし、仲間も増えていくのです。

この掲示板からもたくさんの人が会員になってくださっていると聞いています。
会費だけでなくカンパをしてくださる方も少なくないと聞き、本当にありがたく涙が出る思いです。
今まで悠々塾の働きを続けてきて本当によかった。
心からそう思います。

「ドネーションシップ」はまだ準備会の段階です。
4月末か5月に本サイトをアップして出航予定です。
そこから初年度が始まるのです。
それなのに、すでにたくさんの参加費やカンパが送られてきて、初年度に100万円以上の金額を援助に回せる見込みが立っているそうです。
(今、世話人さんから電話があって、「本サイトの立ち上げに約100万円必要なので、まだまだそこまでの見込みは立てられないが、少なくてもその金額は絶対目標です。今の勢いで皆さんからのご協力やご参加があれば十分に可能な金額です」、とのことでした。補足・修正しておきます。先走ってすみませんでした)

名も財も持たないごく普通の庶民が「分かちあい、支えあうことによって世界中の人々が少しでも幸せになっていけるように。生きていることを喜び合えるように」という大きな夢を描いて、こつこつと話し合い、計画し、試行錯誤しながら準備を始めて数ヶ月。
世話人の祐造さんは、雇用保険が切れても就職もせず、「ドネーションシップ」の準備にかかりきりです。
もちろん現状では人件費などはありません。
yokoさんは、わずか数ヶ月しか使用期間のない「準備会サイト」を「真剣かどうかは見れば伝わるのだから」と言って、忙しいのに心のこもった素敵なものにしてくれました。(上の家のマークから行けます)
「ハートフルレター」を受け持っている人たちは、準備会以外にも何度も集まって話し合いを重ねていると聞いています。
全部は書ききれませんし、私自身把握しきれていないのですが、それぞれの人たち皆の思いがあって、ここまできたのだと思います。
素敵な仲間たちで、そういう人たちと共に生きていける自分は本当に幸せだと思います。

とはいえ、「ドネーションシップ」はまだまだ極めて小さな小さなグループです。
世界には差し伸べられる分かちあいの手を必要としている人たちが、お金や物資を必要としている人たちが数えきれないほど置き去りにされているのです。
その人たちと比べれば多少なりとも、いいえ、本当は格段に「豊かな」私たちが、同じ庶民どうしとして手を差し伸べ、つながっていきましょうよ。

この国の中で、おそらくは「勝ち組」ではない私たちだから、もっと苦しい人たちの状況や気持ちに共感をもてるのではないでしょうか?
庶民の心意気によって「分かちあい・支えあいのドネーションシップ」をもっともっと大きな船にして、それがいつかは「明日のくに」「明日の世界」になる夢を実現させましょうよ。
分かちあい・支えあいが当たり前の世の中になれば、自分を含めて誰ひとり取り残されることのない、皆が喜びと幸せを実感できる世界になるのです。
それだけは間違いないのです。
自分としての苦しさや大変さはいろいろあるにしても、だからこそ自分の展開を変えるためにも、分かちあい・支えあいの方に一歩を踏み出しませんか?

長く書いてしまいました。
すでに参加してくださっている皆さま方には心からのお礼を申し上げます。
そして、まだ参加してくださっていない皆さんには、どうぞ参加してくださいますように、心の全てでお誘いいたします。

03/03/2007(土) 23:52:19


No.1817  祐造&さき
Re: 明日は「ドネーションシップ」の準備会です。 引用
参加してくださる方々がドネーションシップに向けてくださるお気持ちに、胸が熱くなります。
みなさまありがとうございます。
出発はこれからです。
みなさん、どうかご参加ください。
そして一緒に明日のくにをめざしましょう!

今日は準備会です。今から行きます!

04/03/2007(日) 08:22:28

No.1818  武道家ヒロ
Re: 明日は「ドネーションシップ」の準備会です。 引用
皆さん お早うございます!

今日は準備会でしたか〜
丁度、法要と重なり参加できませんが〜(泣)

来月あたりには出航でしょうか〜?
そうなれば一回も参加できず口だけになってしまいます〜
本当に申し訳なく思っています。

今日も素晴らしい集いになりますように!!

04/03/2007(日) 09:06:11


No.1793 飯沼 ホームページ E-mail
天木直人さんのブログ 引用

天木 直人(あまき なおと)さんの今日のブログにリンクしておきます。
上の家のマークから飛べます。
この投稿だけで、またすぐにいつもの「ドネーションシップ準備会」のサイトへのリンクに戻します

ごく簡単な天木さんのプロフィールです。

天木 直人(あまき なおと)

1947年       山口県下関市生まれ
1969年       外務省入省
2001〜2003年  在レバノン国特命全権大使
2003年8月     イラク戦争に反対し事実上の解雇処分を受け外務省を離れる。その後自由な立場から言論活動を続ける

28/02/2007(水) 16:37:03


No.1799  さき
Re: 天木直人さんのブログ 引用
飯沼さん、読みました〜。
今日のとこだけだけど興味深かったです。
声をあげるだけじゃなくて、実際に新しい関係をつくっていくっていう流れは、ドネーションシップでやろうとしていることとも重なってますよね。
よしっ!って感じです。

28/02/2007(水) 22:04:02

No.1802  あきどん
Re: 天木直人さんのブログ 引用
飯沼さん、プログの紹介ありがとうございます。
プログ見ました。最近の分だけですが。
元気が出てきました。「ご近所の底力」というTV番組が好きでしたが、「新市民」という動き、出てきているんですね。

01/03/2007(木) 10:04:42

No.1803  飯沼 ホームページ E-mail
では、もうひとつご紹介 引用

私がほぼ毎日読んでいるブログをもうひとつご紹介します。(他にもあるのですが、超有名ブログだったり、本人の承諾を得た方がよさそうだったりなので)

白川勝彦さんという人のブログです。
また家のマークから飛べるようにしました。
元の「ドネーションシップ準備会」に戻すのを忘れていたら、どなたか言ってくださいね。

白川さんは新潟県出身で、東大在学中に司法試験に合格した弁護士さんです。
65歳くらいだと思います。
元自民党の代議士で、自治大臣・国家公安委員長や自民党の政調会長などを歴任した実力者です。
自民党が公明党と連立を組むことに反対して自民党を離れ、ここ数年は議員ではありません。
元自民党の政治家ですが、とてもバランスのとれたリベラリストだと思います。
代議士の職になくても、本当の意味での政治家なのでしょうね。
こういう経験豊かでありながらスジを曲げず、しかも大局から政治を見ることのできる人が日本にまだいてくれることはありがたいことだと思います。
こういう人を政治の表舞台に立たせないのは、国家としての大きな損失でもあるとさえ思います。
ご本人はもう選挙には出ないと言っていますが、なんとももったいない話です。

今日のブログでは、私も近いうちにこの掲示板で書きたかった「暖冬と地球温暖化」のことに触れていました。
こういう視点を持っていなければ、情報操作によって私たちも「洗脳」されてしまうのです。
「本当はどうなのか」という検証の視点は、健やかな社会のためにも、自分が自分らしく生きていくためにも不可欠なものだと思います。

01/03/2007(木) 18:25:36

No.1815  ちぃ ホームページ
私のお勧めブログを紹介させて下さい♪ 引用
お勧めのブログを紹介して頂きありがとうございます(*^―^*)
興味深く拝見させて頂きました!
素敵なお考えをお持ちの政治家さんがいらっしゃるというのは、希望が持てるような気持ちになりました!!
正直、私は政治に無関心でした。お恥ずかしいのですが、投票には1度も行った事がありません。
国民の幸せを願っている政治家なんていらっしゃらないと思い込み、選挙演説を聞こうともしていないのに、「選挙の時だけ良い事を言っている」と思い込み、どんなお考えをお持ちの方が立候補されているかさえ知ろうともしていませんでした。
そして、一庶民の私の力じゃどうにもならないという諦め。。。

そんな時に、きっこさんの「きっこのブログ」に出会いました。
きっこさんはヘアメイクアーティストさんなのですが、多彩な人脈がおありになるようで、TVや新聞だけの情報では知り得る事が出来ないであろう情報を提供して下さっています。
私達の住んでいる日本の国がどんな国なのか、私達の知らないところでこれからどんな風になっていこうとしているのか、きっこさんの日記を拝見して頂ければ感じて頂けると思います。
そして、一庶民の私達の力は決して微力ではないという事も感じて頂けるように思います。
お家のマークに私もリンクを貼らせて頂きます。
宜しければ是非、読まれてみて下さい!

04/03/2007(日) 02:53:41

No.1816  キリコ
Re: 天木直人さんのブログ 引用
「きっこの日記」は、かなり偏った意見が多いです。
参考になる意見もありますが、
書かれている意見がすべて「真実」だと、捉えてしまうのはどうかと・・

優秀な外務官僚として、外交の第一線にいて、自らの信念を貫いた天木氏とは、レベルが違うと思います

「きっこの日記」は、マスコミからの報道とはまた違った視点で書かれたひとつの見方という捉え方をされるほうが良いと思います。

何事もバランスが大事なので、「右寄りの意見」も「左寄りの意見」も、一つの見方として参考にするということであれば、
「きっこの日記」も、参考になるサイトだと思います。

04/03/2007(日) 07:09:10


No.1794 のりぴー  
私ごと・・・ 引用
何度か書き込みさせてもらっています。
私は、コミュニケーションをとったり自己表現をするのが苦手で・・・家族ともどうやって接していいのか?ってとても悩んでいました。
不安感や体調不良もあったりしてこれから私どうなるのだろう?
みたいに思ってました。
だけど、ここへ来て大嫌いと思っていた家族(特に母親)が、大好きなことにきずいて、もっと甘えてもいいことにもきずいて、もっと楽してもいいことにもきずきました。
今日、母と出かけ、母と腕を組んでみました。とても嬉しくてとても安心しました。
前までは、街でそんな光景を見てばかばかしいと思っていたけど違いました。私もそうしたかったみたいです。
何か買ってあげると言われても本当は欲しいくせに「いい!いい!」って言ってました。周りの子達は、自分で買ってるし自分もそうしなきゃいけないと思っていたし、恥ずかしいことだと思っていたから・・・
でも、「ありがとう」って買ってもらっておいたらよかったんだって思いました。結局、買ってもらうのに・・・
素直でないようです・・・
側にいれることがとても幸せです。
母にはかないません。家族みんな母に頼ってます・・・
お母さんが居てくれてホントよかった!!

28/02/2007(水) 18:55:07


No.1797  さき
Re: 私ごと・・・ 引用
のりぴーさん、こんばんは〜。
お母さんと腕を組んで歩いているのりぴーさん。
その喜びと幸せと解放感が伝わってきて、うれしくなりました。
>お母さんが居てくれてホントよかった!!
 ↑↑
お母様はどんなに嬉しかったでしょうね。
今日ののりぴーさんの嬉しさがこれからもっと広がっていきますように!

28/02/2007(水) 21:58:31

No.1800  ちぃ
Re: 私ごと・・・ 引用
のりぴーさん、はじめまして^^ ちぃと申します。
のりぴーさんの書き込みを拝見し、私も嬉しくなりました!!
実は私も母に対し嫌悪感があり、一時は顔を見ただけでも声を聞いただけでも腹が立って仕方ないほどでした。
でも、飯沼さん&克子さんのおかげで、母に愛されている事、そして私も母の事が大好きである事に気付かせて頂きました。
その途端、母に甘えたくて仕方なくなり・・・ 母と手を繋ぎたいとか、膝枕してもらいたいとか、抱っこしてもらいたいとか・・・ 思い描いていました。
とはいえ、そうしたい!という欲求はあっても、こんな年になって・・・とか、嫌がられたらどうしよう・・・などと思い、なかなか出来ずにいました。
いざ、手を繋げた時は、安心感と喜びで本当に本当に嬉しかったです!!
今でも、その時の母の手の感触や温もりはずっと忘れる事なく感じていて、思い出しては胸が熱くなっています!
まだ、ぎこちなく甘えている部分がありますが、私の甘えを受け入れてもらう度に、安心感がUPし、そして、嬉しそうにしている母を見ると、また次も甘えやすくなったり^^
のりぴーさんもこれからどんどん素直に甘えられるようになってくると思います(*^ー^*)
のりぴーさんのお母様、とてもとても喜んでいらっしゃると思います!!
その喜びを胸に、のりぴーさんだけでなく、お母様も今まで以上にどんどん輝いていかれると思います♪
そしてお母様とのりぴーさんの絆もどんどん深くなり、喜びが広がっていくと思います☆
私は先日、ようやく残っていた母に対するわだかまりが解消しました!(多分・笑)
のりぴーさんの書き込みを拝見し、改めて私自身の喜びを再確認させて頂けました。
ありがとうございました(*^▽^*)
一緒に、たっくさん甘えん坊しましょうね♪♪

01/03/2007(木) 00:26:49

No.1804  はる
私の母のこと 引用
母のこと聞いてください。

私の両親は、毎日喧嘩が絶えずDVが目の前で繰り返されながら、大きくなってきました。そんな両親を嫌いだと思い、若いころは早く家を出たいと思っていました。
その両親も年をとり、それでも喧嘩をしながら寄り添うように生活している姿を見ていて、結婚してもこうはなりたくないと思っていました。
子どもの前では絶対に夫婦喧嘩はするまいと思って、嫌なこと思ったことを口に出さずに結婚生活を送っていましたが、それも長く続きませんでした。そして、離婚・・・
結婚して少しずつ両親を理解し始め、子育てして苦労を重ね生活することの大変さを経験しました。
母は、うつ病にかかり何度もCENSOREDを図りました。飯沼さん、克子さんに助けられながら、両親の大切さがわかり、そして父母がお互いに思い合う大切な存在なのだと思えるようになって、やさしい言葉を掛け合うようになりました。
私は、母のことを大切に思っていること、ずっと生きていてほしいと泣き叫び、やっと母がCENSOREDしないで生きていこうという意欲を持つことができました。母のこと大好きで、会ったときはいつも肩を抱くように愛情を示しました。
ある日、母は一人で逝ってしまいました。死因はCENSORED未遂で身体を痛めていたのだと思われますが、心臓麻痺でした。
この世からの苦しみから逃れることができて、母は喜んでいるかもしれませんが、私にとって手をつないだり、肩を抱くことができなくなって寂しさを感じます。でも生きている間に、母を愛していることを言葉で言いつづけ、母もその気持ちを受け入れてくれたので思い残すことはありません。
母に感謝しています。ありがとう!

01/03/2007(木) 19:00:02

No.1807  のりぴー
おはようございます。 引用
さきさん、ちぃさん、はるさんありがとうございます。
最近とても感情が高ぶって泣いてしまう毎日です。(飯沼さんすみません・・・)
泣くの嫌いって母がよく言っていたのでぐっとこらえてました。父も怖かったですし・・・特に形相が・・・
今朝、まだ寝てる私のところへ母が来てくれて手をにぎって「いってらっしゃい!気を付けてね!」って見送りました。母も「気を付けや!」って言ってくれました。
手は冷たかったけど、愛情がこもっていました。
家事をいっぱいしてざらざらして力強いんですよ!
それだけで幸せです。前もたくさんこんなことあったのになんでなんだろうな?と思います。
ほんとに甘えたくてしかたないです。ひっつき虫の様にひっついていたいです・・・
ちぃさんの言われてることがなんだか分かるような気がします・・・これから、いっぱいいっぱい甘えてゆきます・・・

私もすごく家が嫌い(苦手?)でした。
なるべく家にいないようにしたらいいと思ってました。
でも、「嫌い嫌い」といいながら好きだったんだと思います。
私の家は、祖父、祖母もいてます。だから、小さい頃から、母と祖母の関係とか母と祖父、母と父の間に入りこんでました。なんとか仲良くして欲しいのだけど・・・せめて、母と父が仲良くしてくれれば・・・母が私にいろいろ愚痴っていたのでみんなのこと嫌いなんだと思っていました。
もしかして、私がちゃんとしてないから?(弟は、ちゃっかりしてるし)
でも、今年に入って父と母の写真をとってあげたら、母が父のそばにうれしそうに寄り添っていて、は〜って肩の力が抜けました。なんや〜って・・・
ここに、来られたおかげです。

02/03/2007(金) 11:15:13

No.1808  のりぴー
続き・・・ 引用
でも、少し不安なこともあって。。。
母と離れるのが嫌だな・・・とか
このまま母が帰ってこなかったらって思うこともしばしばです。
いろんな気持ちを抑えてきたんだな〜って・・・
それだけ母が好き!ということを教えていただきました。

02/03/2007(金) 13:11:23

No.1814  ちぃ
Re: 私ごと・・・ 引用
☆はるさんへ

お母様のお話やお気持ちを聞かせて下さりありがとうございます。

>私は、母のことを大切に思っていること、ずっと生きていてほしいと泣き叫び、やっと母がCENSOREDしないで生きていこうという意欲を持つことができました。母のこと大好きで、会ったときはいつも肩を抱くように愛情を示しました。

生きる苦しさの中から、生きていこうと意欲を持つという事は決して簡単な事ではないと思います。
はるさんがご自身の苦しさや辛さを越え、お母様やご両親のお気持ちを理解し、全力でそのように愛情表現された大きな愛情のパワーに、そしてはるさんの輝きに感動しています!
はるさんと同じく、お母様もはるさんと愛情を交わし合えた事は何よりの喜びであり、今も変わらず、お母様もはるさんを大きな愛情で見守って下さっていると思います。
愛情の持つ大きな力や幸せを改めて感じさせて頂きました!
私も躊躇なく愛情を表現していけるように頑張っていきます。ありがとうございました!


☆のりぴーさんへ

お母様との触れ合いの中からたくさんの愛情を感じておられるご様子に、私まで嬉しくなりました!
お母様の愛情を実感し満たされていくうちに、どんどん心に安心が広がっていかれると思います。
そして、お母様とのりぴーさんの愛情の絆が深まっていくと、今度はそこからまたどんどん喜びが広がっていかれると思います!
我が家は、私と母の不調和と同じように、母と祖母(母の母親)の不調和もあったのですが、私と母の不調和が消えていくうちに、母が祖母に抱いている違和感も解消されていき関係が良いように変化したり、急に父まで嬉しい変化をしたりという事がありました。
人と人は本当に繋がっているのですね!! 
自分が変わる事で周りの人達の幸せにも繋がり、喜びが広がっていくというのは、本当に大きな喜びなんだなぁと実感しています♪
一緒に、ありのままにたっくさん愛情表現をしていきましょうね(*^―^*)

04/03/2007(日) 02:43:20


No.1811 飯沼 ホームページ E-mail
お知らせとお願い 引用

?@このサイトの表紙に「アマゾン」のリンクを貼っています。
そこからアマゾンに入って買い物をすれば、いくらかの(たしか3%だったと思います)還元金が入る仕組みです。
半年毎の合計になるのだったと思います。

その還元金はどこかに寄付することにしています。

ところが、前回の還元金は何とゼロだったのです。
私自身が自分のサイトを通すのを忘れたままでアマゾンに注文をしていました(笑)
2回目の還元金の通知はまだ来ていません。
通知が来ればお知らせいたします。
還元金があれば、「ドネーションシップ」に寄付させていただきます。
どうぞ皆さん、本やCDなどを買うときは悠々塾サイト表紙のアマゾンから注文してくださいね。

?A悠々塾サイト表紙の下部に、リンクコーナーがあります。
「精神世界」の青いマークを毎日クリックしてくださいね。
「精神世界」でのランキングが下がって、新しい方の目に触れにくくなってきました。
毎日クリックするのは結構面倒で、私などもパスしてしまうことがあるのですが、よろしくお願いいたします。

03/03/2007(土) 13:54:49



No.1810 飯沼 ホームページ E-mail
克子備忘録  6 引用

    克子備忘録 第2章 霊能者として(続き)

克子の霊的能力が開発されてきたことで、私たちのことを理解できない人たちも現れ始めていた。
それまでの私は「死後の生」は受け入れ始め、「人間は死んだら終わりではないようですから」ということは伝え始めてはいた。
「シルバーバーチの霊訓」などもすでに読んでいた。
しかし、自分が霊的なことに関わろうなどとは思いもよらなかったし、心霊治療(霊的ヒーリング)などには非常に違和感が強かったのだ。
その私が手のひらを返したように霊的なことを語り始め、霊的なヒーリングを取り入れ始めたのだから、いぶかしく思われるのも無理はなかった。

そこでそういう人たちに霊的なことへの理解をしてもらおうと思い、入門書として「母と子の心霊教室」(潮文社)を出版社から直接20冊取り寄せて、読むことを勧め始めた。
「母と子の心霊教室」が届いて箱を開けてみると、どうしたわけか一冊だけ「霊体手術の驚異」という本が混じっていた。
出版社に連絡したところ、「何かの間違いで紛れ込んでしまったのでしょうから、取り替えます」とのことだった。
送り返すのも面倒だったので、そのまま置いておくことにした。

タイトルからしてその頃の私なら自分では絶対に買わない本であったが、手元にあればつい手にとって読むことにもなるものだ。
その本に書かれてあった「霊体手術」とは、他界した外科医がチャップマンという霊媒を通じて、患者のダブル(肉体とオーラのつなぎ目の層)に手術を施す治療法だった。
霊媒のチャップマンはもちろん医師ではなく、患者の肉体に触れもしない。
自分の霊体を他界した外科医に使わせるのだという。
一通り流し読みした私は、この本に書かれていることはおそらくは偽りではないのだろうとの印象は持ち、霊体手術の原理は分かったが、それ以上の興味は湧かなかった。
普遍化への道筋を持たないものに対して、私はあまり興味を持てなかったのだ。

ちょうどその頃に、「肝臓癌の末期で今日明日がヤマだと医師に言われ、遠方の親戚が病院に向かっている」という女性の家族からの連絡があった。
その女性は数年前に大腸癌からの転移の肝癌で余命2〜3ヶ月と言われている時に、私にヒーリングの依頼があった人だった。
その頃はまだ克子とも出会っていない頃だった。
私がヒーリングを始めてすぐにその人の状態は非常に改善され、CTの画像からも癌の影は消えた。
それから数年は元気に働き、富士登山もしたということだった。
しかし、ヒーリングによって一旦は解消した気持ちの澱は、それから再び蓄積されて再発につながってしまったのだろう。

医師から「今日明日がヤマ」とまで言われている状態なので、心のところからのヒーリングはすでに有効ではない。
家族の人の愛情で包んでお見送りすることを勧めたが、「冷たいですね」と言われて、そのままにしておけなくなってしまった。
その時にふと、「霊体手術」のことが思い浮かんだ。
「克子なら、もしかすればできるのかもしれない」と思ったのだ。

私は克子に電話をして、その患者さんの状況と「霊体手術」のあらましを説明した。
克子はすぐに「霊体手術」の原理を理解し、「できるかどうかは分かりませんが、それしか方法がないのならばやってみます」と答えた。
そしてすぐに病院に向かった。
病院の駐車場で克子と落ち合って、簡単に打ち合わせをしてすぐに病室に向かった。
腹水が溜まって臨月の妊婦さんのような患者さんに少し言葉をかけた後、「霊体手術」を始めた。

私は患者さんと克子にエネルギーを送って、その場をエネルギー的に支え、克子は患者さんの体に手を触れることなく、ダブルをイメージして手を動かし始めた。
始めてすぐに患者さんが、「体を切り開かれるような痛みがある」と言ったことで、私たちは実際に「霊体手術」が行われていることを確認できた。
克子は、患者さんの患部を切り開いた後、中から何かを掻き出すような仕草を繰り返していた。
掻き出した何かを上に向けた私の手のひらに移していくのだった。
30分くらいはその作業を続けたのだろうか、やがて克子は少し疲れた様子で「終わりました」とつぶやいた。
私の手に積み上げられた「見えない何か」は、私と克子がエネルギーを注いで分解した。

「霊体手術」が終わった後、患者さんの顔色は明らかによくなっており、末期癌の激痛も治まっていた。

三田の克子の家に戻った私たちは、今日のことはどういうことだったのか話し合ったが、自分たち自身が何がなんだか分からない状態だった。
すると、「ドクター・スガハラ」と名乗る霊が、克子に語りかけてきた。
といっても、私には「ドクター菅原」の声は全く聞こえないのだが、彼は今日の「霊体手術」のことについて説明したのだという。

その患者さんは翌日から歩き、看護師さんを驚かせた。
激痛も以前とは比べものにならないほど緩和されていた。
担当の医師は私に「何をしたのですか?」とつぶやくように聞いてきた。

その人が他界するまでの40日間、私たちはまさに霊的な闘いのような日々を経験することになった。
その患者さんの霊的素質が開き始めたために、非常に強力な霊的な妨害にその人が反応し始めたのだ。
どう見ても憑依されているような言動をし、家族に呼ばれた私たちが病室に駆けつけると、スイッチが切り替わったように元のその人に戻ることが何度もあった。
あるいは見舞いに来る人のエネルギーに反応して心身の状態が悪くなり、顔色も土気色になって、私たちがヒーリングエネルギーを通すとすぐに回復することもよくあった。
その患者さんは薬に過敏反応を起こす人だったが、入院後40日の頃、看護師さんの勧めで睡眠薬を飲んだ直後に意識混濁に陥った。
その直後から、何度も大量に排泄を繰り返し、妊婦さんのようだったお腹は完全に普通の状態に戻った。
そこからの回復を期待したのだが、そのまま他界したのだった。
今思い返しても、本当にいろいろな現象がおき、私たちを心霊治療に導いてくれた。

40日の間にはこんなこともあった。
大腸のポリープの手術ために同室に短期入院していた女性が、手術当日にはポリープが消えていたのだ。
手術当日、不安そうに病室を出たその患者さんは、しばらくしてまた病室に戻り、「何がなんだかさっぱり分からない。先生も首をかしげていた。無いものは取れないんだから家に帰るしかないんだって」と言いながら帰宅していった。
おそらくはその病室そのものが癒しのエネルギーに満ちていたことによるポリープの消失なのだろうと、私たちは理解した。

03/03/2007(土) 13:27:32


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