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No.1513 飯沼  E-mail
愛は時空を越えて 25 引用
  

愛は時空を越えて 25

      ――  霊界の克との対話  ――


飯沼) おぅい、クゥ。
こんにちは。
またまた締め切り前日の受信だけど、今日もよろしく。

克子) はぁい、まーたん、こんにちは。
こちらこそ、よろしく。

飯) 今日は「CENSOREDについて」ということなんだよね?
最近は子供のCENSOREDが頻繁に報道されているからね。
年間3万人以上の人が自ら地上生命を絶つという現状からすれば、CENSOREDは誰にとっても他人事ではなくなってきていると思うんだ。
経済的な理由でCENSOREDする人の数は、交通事故死者数を上回っている。
これは大変なことだろう?

克) そうですね。
確かに大きな問題です。
交通事故の死者が3万人にもなれば、放置できない社会問題になるのでしょうが、CENSOREDに関してはやはり個人の問題に帰結されてしまう傾向が強いようですね。
しかし社会のありようと個人はいつもつながっています。
この問題は、「戦争がなければ戦死者はいない」というほど単純なことではありませんが、それでも全てを個人の問題に帰してしまうのはやはり偏った見方ですね。
社会の閉塞状況やそこからくる希望のなさ、抑圧感などのエネルギーが個人に大きく影響しているのです。
鬱傾向の人が急増していることも同じ理由からです。

話は逸れますが、社会の閉塞感・抑圧感はさまざまなスケールでの「いじめ」の元になっているのですし、過剰な自己存在のアピールや他国・他者に対する無理解や排除、否定につながっているのです。

飯) 全体と個はいつも重なり、つながっているんだから、CENSOREDについても社会の状況と無縁であるはずはないよね。
社会の仕組みや歪みが弱い立場の人たちや、弱さを抱える人たちをさらに追い詰めていくのだと思う。
その意味では社会のありようやどんな社会に向かおうとしていくのかは、きわめて個人的事象のように見える「CENSORED」とも深くつながっているのは間違いないね。
まあ、そうではあるんだけど、ここでは個人のレベルで「CENSORED」について取り上げてくれるかい。
霊的な視点からも、「CENSOREDは絶対にしてはならない」ということを確認しておきたいんだ。

克) そうですね。
分かりました。
その前に、つい最近の件の人のことについてお伝えしておきます。
昨夜、さきさんとあなたとで彼を苦しい状況から抜け出させ、休眠状態に救いあげたことはこちらからの計らいでした。
ここで詳しくは述べませんが、彼は地上を去ってからすぐに激しい後悔の念に襲われ続けました。
もともとは善良で正義感も強く、優しい人柄でしたから、これ以上あの状態においておくことで彼の魂の傷はさらに深くなるという判断で、あなた方に彼の救済を試みていただくことになったのです。
CENSORED後のさまざまな苦しみは、自分が選んだ行為の埋め合わせではありますが、だからといって何も考えられない苦しみの中で、何も分からずにただ苦しみ続けることが全てではありません。
苦しみが鎮まった後に十分な休息をとり(休眠)、目覚めてから自分のしてしまったことについて正面から向き合うことにこそ意味があるのです。
CENSORED後の苦しみと混乱は本人にとっても好ましいものではありませんし、地上界の想念エネルギーにも悪影響を及ぼすものです。

CENSORED者の中には何年、何十年と混乱と苦悶の状況に置かれ続ける人も少なくありませんが、彼らにも救いの手は差し伸べられるべきなのです。
そうは言っても、やはり自分の苦しみに囚われたままで、霊的ヒーラーの呼びかけやエネルギーに反応できない状態の者もいます。
地上の人間でも我を失うほどの狂乱状態にあれば、どんな呼びかけにも反応できない場合があるのと同じです。
それはそれで時期が来るまでは致し方ないのですが、注がれたエネルギーは無駄にはならず、わずかに心が落ち着きかけた隙にすかさずその人の心に届くのです。
その一条の光によって、さらに大きな光につながることができて休眠に移行できる者もいますし、再び混乱に飲み込まれていく者もいます。
それを何度も何度も繰り返さなければ混乱状態から脱することのできない者もいるのです。

幸いにして彼の場合はあなた方の愛念につながることができました。
もちろん休眠から目覚めて再び混乱状態がぶり返す可能性がゼロではありませんが、おそらくは大丈夫でしょう。
あの状況の中でよくやってくれました。
さきさんにとってはまさに初仕事になりました。
迷える死者、混乱のなかでもがき苦しむ死者を救済することは、原理的には誰にでもできるのですが、実際はやはり素質のある者が経験や研鑽を積んでその任にあたる方が効果的です。
それも自称霊能者なら誰でもよいというわけではなく、毅然たる摂理のエネルギーに裏打ちされた深い慈しみのエネルギーが不可欠です。
「これからの働きに期待していますよ。私がついているからね」と伝えてくださいね。

飯) ほい、了解ですよ。
昨夜のさきさんの様子は、お前が自分のオーラに憑依霊を呼び寄せて暗い境涯から救い出す時と全く同じだった。
真夜中に、「自分はなんてことをしたんだ。戻りたい、戻りたい」って泣き叫び出したからちょっと大変だったけどね。
でも、彼はもともと善良な人だったようだし、混乱状態を脱することができたのなら本当によかったと思う。
とにかく今はゆっくり心を休めて、本来の彼の心を取り戻してほしいと願うよ。

克) 本当にそうですね。
次に目覚めた時には家族の方々への申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいになるはずです。
その気持ちを抱いて自分のしてしまったことや自分の人生を辿りなおすのですから、それは本人にとっては決して楽なことではありません。
感情の坩堝(るつぼ)の混乱というのも苦しいものではありますが、それは一種の逃げでもあります。
冷静さを取り戻した後で、自分の過ちを振り返り、sの状況の中で本当は自分はどうするべきだったのか、いかに自分が愛されていたかを確認していく作業こそが大切なのです。
その時は自分の感情ではなく、人として、霊としての良心の呵責に苛まれながら、ひとつひとつを辿りなおすことになるでしょう。
それは本当に、実に大変な作業です。
どのような形で地上を離れたとしても、多かれ少なかれ同じ作業を経て、本来の霊界に戻ることになるのですが・・・。

もちろん、CENSOREDの動機によって良心の痛みもずいぶん違ってくるのですよ。
なかには自分を犠牲にして誰かを守りたいという動機での場合もあるでしょうし、愛する者たちに負担をかけないためにとか、自分の過ちの責任を取ってということもありますからね。
それら、相手を思う動機の場合と、自分の責任回避や困難や辛さからの逃げの行為が同じ扱いを受けるはずはありません。
しかし、いずれにしてもCENSOREDには逃げの要素が含まれているのですし、もしもそうではない場合があったとしても生命を自ら絶つという行為は大きな過ちです。

「良心の痛み」「神の子としての道に反した行為への痛み」というものは、地上の人間にはなかなか想像できないかもしれませんが、それは言葉では言い表しようのないほどのものなのです。
全てのCENSORED者は必ずその行為を深く後悔することになるのです。
CENSORED者が本来の霊界に戻るまでにどれほどの良心の痛みを味わうかを知っていれば、どんな状況に置かれても誰も絶対にCENSOREDなどしないでしょう。
今一度、声を大きくしてお伝えいたします。
どんなことがあっても絶対にCENSOREDなどしてはなりません。
これほど無駄で罪深い行為はないのだと知っておいてください。
地上では「死ぬのが恐いからCENSOREDもできない」という人がいますが、「CENSOREDした後のほうがよほど恐いのです」とお伝えしておきます。

愛する人がそうしてしまった人には辛い話ですが、これは事実ですからどうしようもありません。
どうぞ衝撃と悲しみを越えて、幸せに向かって胸を張って進んでいっていただきたく思います。
CENSORED者が死後に辿る道を知っているなら、CENSOREDなどできないはずなのです。
CENSOREDしてしまった人に対しては限りない慈しみの愛念を送り、その人が早く混乱状態を脱することができるように援助してあげていただきたいのです。
どんな人にも必ず救いはもたらされます。
それが救いというものです。
それもまたその人の心の状態次第なのですが、慈しみの念と祈りはその人が真っ当な心を取り戻す手助けになるのです。

たとえ本来の霊界に戻ることができたとしても、CENSOREDはもちろん大きな負のカルマとして残ります。
やがて埋め合わせのために地上に再生した人生では、必ず「もう死んだ方がマシだ」と思うような状況がもたらされることになるのです。
あるいは、自分の愛する人に突然に他界される悲しみを味わうことになるのです。
それらを越えて地上に生きていくことが人生の大きな課題になるのだと心得ておいてください。(もちろん、そういう思いをする人の全てが過去世でCENSOREDをしたという意味ではありませんよ)
逃げようとしたことからは逃げられず、必ず向き合うことになるのですし、それができない間は平安な状態はありえません。
さらに逃げる前よりも大きな負荷を背負うのですから、CENSOREDほど割に合わない行為はないと断言いたします。

飯) ありがとう。
全くその通りだと思う。
個人の意志と共に、ひとりひとりが追い詰められることなく、困難を越えて生きようとする意欲の持てる人間関係や社会を築き上げていくことも不可欠だと思う。

ちょっと質問したいんだけど、霊は人間として地上に赴く前に、今回の自分の人生のプログラムを大枠で決めて生まれるというよね。
自分の死ぬ時期についてもほとんどの人が魂のところでは把握しているって。
CENSOREDの場合はどうなのだろう?
もちろん人間には自由意志が与えられているから、CENSOREDというものは全く以ってその人の誤った自由意志の行使ということになると思うんだけど。

克) その通りですよ。
CENSOREDすることを決めて“個霊が”地上に赴くことはありません。
ただ、「死ぬしかない。死んだほうがマシ。苦しくて生きていけない」という思いを越えて真っ当に生きるということを課題にして生まれる人は少なからずいます。

飯) でも、子供はどんな親のもとに生まれるかも選んだ上で地上に生まれるんだろう?
そうなると、子供が幼い頃に親がCENSOREDしてしまった場合はどう理解すればいいのかな?
親のCENSOREDはその子にとっては突発事態なのに、親が早く他界することも想定してその子は生まれてきたってことになるの?
「偶然はなくて全てが必然」だとしたら、親の誤った自由意志の行使によるCENSOREDも「必然」ということになってしまうだろう?
つまり、「その人はCENSOREDすることになっていた」ということになってしまうんじゃないか?

克) CENSOREDが必然などということはありません。
あくまで本人の誤った自由意志の行使です。
でも、前にも伝えたように、ある次元(この場合は個霊の意識のレベル)においては完全に自由意志の範疇であっても、その自由意志もさらに高次元の意識における摂理・法則に規定されているのです。
摂理・法則は重層的に織り成されているものだからこそ、全ては摂理のなかなのです。
「摂理の奥にもまた摂理がある」とはそういうことです。
その仕組みを地上の言葉で説明することはできません。
たとえ表現できたとしても、ほとんどの地上の人間には理解できないでしょうから、役に立つ情報にはならないでしょう。
あなたもこの質問を「検証者」としての立場から出したまでのことですから、ここではこの説明で収めてくださいね。

飯) はいよ。
僕もそのほうがいいと思いながらの質問だった。
ただ、論理的矛盾とも思える事柄について何も言及しないのはよくないかなと思って聞いたことだから。
ありがとうね。
今日はそろそろこの辺で。

克) はーい、まーたん、またね。
いつもお疲れさま。
そして、いろいろありがとうね。
いつも傍にいて一緒に働いていますよ。
疲れた時こそ私を思ってね。

(2007・1・19)

21/01/2007(日) 12:59:18


No.1517  ひろこ
Re: 愛は時空を越えて 25 引用
今朝、庭で咲いてた花を机に飾り彼女を思い掲示板を開いたら、「愛は時空を越えて」がありました。
飯沼さん、克子さん、さきさん、祐造さんお疲れ様でした。
一気に読みました。
明子とこの事の意味がやっと理解出来たのが一昨日でした。唯々驚き、悲しく、残された方々の顔を思い浮かべて心で抱きしめる事しか今の私にはできません。どうか、どうか皆さんの幸せを毎日祈り続けていますとお伝え下さい。

飯沼さんや、さきさんのような力があればと残念ですが、自分に出来る事を周りの多くの人に伝えていければと思っています。

21/01/2007(日) 16:08:10


No.1505 すみ ホームページ 
スピリティズムによる福音 引用
スピリチュアリズムの大きな流れの中で、18世紀にフランスで生まれ、今日も世界の様々な国で受け継がれているアラン・カルデックの提唱した「スピリティズム」について、日本で勉強会などを行っております。
このたび、「スピリティズムによる福音」という人間のモラルについて霊達の指導をもとに記されたアラン・カルデックの著書を日本語訳いたしました。幻冬舎ルネッサンスより発売されております。
(ISBN4−7790−0102−1)
死後の世界の研究や現象面、霊界の研究ばかりに目をむけるのではなく、本来の人間としてどう生きるべきか、という部分に的を絞り解説しています。イエス・キリストもスピリチュアリズムで同じように、再生(リインカーネイション)について教えた上で、道徳的な教えを説いているという内容のものです。是非、皆様も一度ご一読下さい。

20/01/2007(土) 21:51:06


No.1506  ここ ホームページ
Re: スピリティズムによる福音 引用
すみさん。
ご無沙汰しています。
いづれ近いうちに読ませていただこうと思っています。
すばらしい知識を理解できるように表現していただきまして有り難うございます。

21/01/2007(日) 00:45:46

No.1512  飯沼 E-mail
Re: スピリティズムによる福音 引用
☆すみさん

はじめまして。
ご投稿ありがとうございました。

そちらのサイトは、共感を持って時々訪問させていただいていました。
こうしてつながれたことをとても嬉しく思います。

「スピリティズムによる福音」(幻冬舎ルネッサンス)、早速取り寄せて読ませていただきます。

21/01/2007(日) 12:54:39


No.1503 yuka  
カピパットさん・飯沼さん、有難うございました(・0・)/ 引用
*カピパットさん、<飯沼さんはもう私のパソコンの理解がまだまだ不足している事をご存知ですが(・・;)> すぐに返信をさせていただいたのですが・・・飯沼さんの封筒のマーク?だったでしょうか・・?に返信。掲示板にはありませんでした。まだ、分かりませんが・・初めての返信。感激と何だか一人じゃないという・・・勇気を頂きました。   
I appreciate it.
         

19/01/2007(金) 22:13:25


No.1510  飯沼 E-mail
Re: カピパットさん・飯沼さん、有難うございました(・0・)/ 引用
☆yukaさん

こんにちは。
実はまだyukaさんがどなたなのか分からないのですが、掲示板へのご参加ありがとうございます。
書き込みもはじめは大変ですが、慣れればどうってことないものですから、これからもどうぞご参加くださいね。

21/01/2007(日) 12:43:51


No.1454 飯沼  E-mail
地震・・・ 引用

この2〜3日で、震度2以上の地震が9件ありました。
しかも震源地は北海道から九州まであちこちに散らばっています。
こういうことはさほど珍しくはないのかもしれませんし、これが大地震の予兆というわけではないにしても、どうもこの揺れ方は気になります。
比較的長いスパンでの話ですが、何かが動き始めているような気がしてならないのです。
といっても不安を煽るつもりではありません。

地上界が大きな変化の時期を迎えているのは間違いなさそうですから、自分の気持ちへの囚われを薄くして、地に足をつけて、なすべきことをしていくまでです。

ひとりひとりがもう一段階ずつ霊性を高め、全ての人が喜びのなかで新しい地上界の幕開けを迎えることができますように。
自分も人も、皆が幸せになるように、私たちひとりひとりが霊力の通路となることができますように。

そう祈らずにはいられません。

11/01/2007(木) 01:33:24


No.1460  ここ ホームページ
Re: 地震・・・ 引用
日本は地震が多い国・・私は恥ずかしながら気にしていませんでした^^;
意味があるとすれば・・何でしょう?
地球が活動し表面の部分が活動する事で破片の境目にエネルギーがたまります。
活動自体が盛んになっているのでしょうか?けれど、そういう記事は最近見かけませんでした。
活動は同じだけど、エネルギーを蓄積しすぎないで適度に開放しているのか?そうすれば、地震の被害はとても少なくなるでしょう。
けれど、小さな地震で開放されたエネルギーが開放されにくい歪みに偏って蓄積されることで各地のエネルギーが開放されにくい部分に集中して貯まります。それらは重責すれば大きいエネルギーかも?
私は仕事で医療に携わっていますが、身体の異常は何らかのメッセージの反映のように最近感じて時々考えます。
同じ状態で同じ治療をしても反応が全く違います。意識不明の重篤な方が治療の90分後には普通に会話しているかと思えば、ほんの半日前まで笑っておられた方が亡くなられる・・。
地球の活動にも同じ事がいえるのでしょうか?

12/01/2007(金) 00:31:09

No.1461  飯沼 E-mail
Re: 地震・・・ 引用

☆ここさん、皆さんへ

あ、地震に関しては私が「どうも気になる」ということに過ぎません。
日本は確かに地震の多い国で、震度1とか2の地震は毎日数回は起きているようです。
ただ、2日あまりの間に震度2以上の(余震ではない)地震が9回も起きるという、その偏りはちょっと気になるところです。

地震でも病でも、あらゆる現象は幾つものラインからの意味を持っているのだと思います。
このあたりのことを書き始めるととてつもなく長くなってしまいそうです。

さっき、ふと思い立って、10年位前に書いてその後「天地悠々」に連載した「癒しの講座」を少し読み返してみました。
まだ堀江が霊界からのメッセージをまとまった形では受信していなかった頃の私の文章です。
数年前にもまゆみさんが掲示板に掲載してくれたのですが、もう一度掲示板への掲載を始めようと思いました。
昔の文章なのでかなり荒削りの部分が気になるのですが、基本的なことは表現できていると思います。
読み返してみると、今、私たちがしていること、しようとしていることに改めて納得できました。

「天地悠々」に掲載したのは、その頃に私が書いたものの一部でした。
残りの原稿もどこかにあるはずなので、一度探して読んでみたくなりました。
でも、どこにあるのだろう・・・?

13/01/2007(土) 00:04:38

No.1463  ここ ホームページ
Re: 地震・・・ 引用
先ほど、温暖化と地震という言葉が浮かんで気になり少し調べていました。

大気の温度が上がると、大陸のプレートの移動速度が速くなり、自転も早くなり、地磁気も強くなるそうです。海水の活動にも刺激を与えます。
結果、地球規模で地震が多発するようになるようなのです。

温暖化、何とかしたいですね。
炭酸ガスでエネルギーが作れたらなぁ。

13/01/2007(土) 01:10:13

No.1494  ここ ホームページ
Re: 地震・・・ 引用
飯沼さんこんにちは。
やはりどうも・・地震が気になるのです。
それに、地震と数々の悪いニュースがオーバーラップするのです。
別のものと考えられないのです。
関わりを感じます。
いつも通りの生活を続けていていいのか・・と焦りのような感覚もあるのです。
凡人の戯言かもしれませんが・・。

18/01/2007(木) 02:22:00

No.1495  飯沼 E-mail
Re: 地震・・・ 引用
☆ここさん

こんにちは。
そう言えば、私が地震のことについて書いた後(13日)に、千島列島でM8.2の巨大地震があったそうですね。
日本各地にも津波警報が発令されたそうです。

昨日の夢のなかでの話ですが、私が地震を察知したのは「川の異変と地すべり」からでした。(あくまで夢の話です・笑)

地球という一個の生命体にとっては人類というのは細菌やウイルスのような存在なのかもしれませんね。
数千年の長きにわたって人類が発し続けてきた毒素や情報(想念)は、地球という生命体にも影響を及ぼさずにはいないでしょう。
地球がひとつの生命体であれば、蓄積されたその毒素や情報(想念)に対して、何らかの反応を発現するのは当然だろうと思います。

私にヒーリングの力が出始めた頃から、その地球浄化の時期が近づいているように感じてきました。
というよりも、根拠もないのに確信として感じられてきたのです。

書き込みを通dける時間がなくなったのでまたいずれということにしますが、天変地異を怖れるのではなく、人類が人として真っ当に生きていくことが結果的に人類の大きな厄難を回避して、新しい地球にふさわしい人類としての道を拓くことになるのだと思います。

中途半端な返信ですみません。

18/01/2007(木) 13:29:54

No.1498  ここ ホームページ
Re: 地震・・・ 引用
天変地異を怖れるのではなく、人類が人として真っ当に生きていくこと・・
同感です(^o^)
わたしも、地震そのものに不安を抱いていると言うよりは、それを起こすほど不調和な行為を人類が続けていて、それに歯止めがかかりにくくなっていることについて焦りを感じているのです。
けれど、頻繁に頭に浮かぶ「焦らないで」、「焦ってはいけないんですよ」という言葉でその焦りもあまり強くなりすぎないで抑えられています。

世界中がシーフードブームで人口の多い中国が財力をましてそれに追い打ちをかけている・・といった記事を最近新聞で目にしました。魚の数は限られています。世界中が財力に物を言わせてマグロを取り合い・・おかしな話です。食べようとする人数が増えても限りのある特定の食材の量をおさえようとはしません。それぞれが無限に欲の限り確保し続けようとします。結果、その種が滅びかけてから慌ててルールをつくることになります。確保できない人のことや滅びかけている種の事、他の生態系への影響にはなぜこれほどまでに無関心なのでしょう・・。
動物実験や、毛皮のはぎ取り、食材としての高等動物の大量殺戮の問題・・それらも、動物たちの気持ちを考えるととても辛い。
環境破壊がいやなのに生活のすべてがあまりに環境破壊に繋がるものばかりです。やめようと思えば今の生活は出来ません・・。
世界連邦は当初の計画で2013年に成立するように計画されています。
世界連邦の仕組みでは、地球上のすべてのものは所有者がありません。平等に借りる形になります。
災害が起きても失う家も車も土地も最初からないのです。
天災である国であったところがなくなっても、かつて他の国であった場所に引っ越すだけです。
究極的にはお金自体があまり意味を持たない仕組みなのです。
すべての命が一繋がりだという考えの元、すべてのものは生活に必要な分だけ配分されるのです。
けれど、それには世界規模での人類の意識向上が必要なのです。利己的な意識では実現できない仕組みなのです。
早くそのような世界を実現したいですね・・(^_^)
(わたしも学びが足りません^^;・・自己研鑽に励みます)

19/01/2007(金) 01:44:56

No.1504  ここ ホームページ
訂正<(_ _)> 引用
すみません。
2013年は設立条約に加盟した国で設立連合を結成する予定の年でした。
世界連邦の設立は2020年頃を予定されており、その後世界憲法にに基づいて世界の問題の処理を始めるように計画されています。
訂正します。

20/01/2007(土) 00:27:52


No.1501 すなめり  
言葉の受け取り方について 引用
以前、飯沼さん、川口さん、みぃさん、私で、教育基本法改正の話しが箇々の掲示板で有りました。

その中の話しで、少し言葉の捉え方の行き違いが有ったのでは?と思っていました。うまく説明できなかったのですが、中日新聞の社説に良いヒントが有りました。一応、紹介まで。

○「公共」は国境を超える 週のはじめに考える「コモンズ」の悲劇とは(中日新聞社説)
 http://www.chunichi.co.jp/00/sha/20070114/col_____sha_____000.shtml

19/01/2007(金) 16:20:39



No.1448 のりぴー  
明けましておめでとうございます! 引用
今年もここへこさせてください。
どうぞよろしくお願いします。

09/01/2007(火) 22:47:02


No.1450  飯沼 E-mail
Re: 明けましておめでとうございます! 引用

☆のりぴーさん、KIKUCHIさん、すなめりさん、カピさん、みなさまへ

おめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますね。
今年は定例会にも来れるといいですね。
でも、焦らずにやっていきましょう。

「ドネーションシィップ」のサイトももうすぐできるのでそちらにも来てみてくださいね。

ここさんも書いておられるように、「私自身や周囲の人間性などが別に急に変わったわけでもないのに視点が変わっただけでとても楽になるという事に気がついたのです」というようなことは実際にあるのです。

私はこのお正月に皆さんとバスで出雲に行きました。
出雲へは堀江と何十回も車で行ったので、風景のいたるところに思い出が残っています。
本当になんでもない建物や高速道路の標識を見ても、そのときに交わした言葉やふたりの雰囲気が甦ってくるのです。
昨年のお正月や夏に出雲に行ったときには、車のなかで何度も涙が流れました。
ところがバスで行くと、車とは目の高さがかなり違うのですよね。
それだけのことで、目に入る風景はずいぶん違っていました。
同じ道を走っているのに、感情を刺激しないのです。

そんなふうに、状況や環境は同じでも、視点の違い・視座の違いによって受け止め方や思い方も大きく変わる場合もあるのですよ。
今まで地を這うようにひとつひとつに引っ掛かっていた自分の気持ちが、なんだかウソのようになることだってあるのです。

克は『自分が本当に幸せになりたいと願うのならば、自分の思いに囚われすぎず、好き嫌いにこだわりすぎず、自分よりも貧しい人たちの幸せを願い、実際に自分にできることをしていくことです。この場合の“貧しい”とは金銭・物質も心の貧しさも含みます。自分よりも寂しい人、苦しい人、病や不安を抱えている人、過ちやかげりを抱えている人・・・のことです。その人たちの幸せを願い、実際に何かしていくなかで、自分の幸せは後からついてくるのです。それでよいのです。霊的法則・真理とはそういうことなのです』と伝えてきています。

最初はそれほど乗り気にはなれなくても、自分のことを少し離れて、自分よりも困難な状況に置かれている人のために自分にできる何かをしていくことで、自分の思いからも解放されていくという道筋もあるのです。

もちろん強制するものではありませんが、あまり深く考えすぎずに「ドネーションシップ」にも参加してみませんか?
「自分の状態がもっと改善されてから」ではなく、「自分も苦しいけれど、もっと苦しい状況に置かれている人たちがいるのだから」という考え方は、自分の視点を変えていくことにもつながっていくのだと思いますよ。

☆すなめりさん

メールありがとうございます。
「自分の柄じゃないよ」と見せながら、でも温かい眼差しで勉強を教えているあなたの姿が目に浮かぶようです。
将来はまた別の道があるのかもしれないけど、今のすなめりさんには適職だと思うのですが、どうでしょうか?
定例会で会えるのを楽しみにしていますよ。

10/01/2007(水) 01:03:45

No.1491  すなめり
Re: 明けましておめでとうございます! 引用
お世話になっております。
せっかくのご好意の記なのに、返事が遅れて申し訳ありません。
どうも、最近、気持ちの整理がつかずでして・・・。
どう返事をお返し仕様かと・・・。

子供達には感謝しております。何より新鮮な気持ちにさせてくれるのですよね。「自分の柄じゃないよ」という態度は見せてないつもりですよ。しかし、私は塾の講師としては失格かも。

淡々と授業を行えば良いの筈なのに、どうしてもやっちゃう癖。
それは、生徒の疲れなどを感じた時の余談。多分、今の職場の中で、私が一番、余談を多くしています。

この子に関して言えば勉強なんてしない方が幸せに生きられるのじゃないか?
なんて、思ってしまう悪い癖を抑えながらの授業も有ったりです。

そして、私は思うのです。コレは単なるお節介であり、独り相撲じゃないかと。

その繋がりから、自分の過去を振り返るのです。

自分は今まで何をして生きてきたのか?。
その時、その時、人に気を配ったつもりだが、結果、自分の回りの人も、自分も不幸にしてしまった。
結局、私の生き方は、自分の一人よがりで、結果として人を不幸に陥れてきたじゃないか。
その時、その時は、精一杯の誠意で人に接したきたつもりでも、そんなの続きやしないし、実際、続かなかった。
実は、相手は、自分の誠意など望んでいなくて、完全に自己満足の世界で生きてきたのでは?。
もしかしたら、自分が自分に望む態度を誰かに押しつけがましく要求していて、その様子に誰かが仕方なく付き合ってくれて居ただけかも?。
もしかしたら、自分の様なヤツが一番に質が悪いヤツかも・・・?。
なんて心が痛んだりもするわけです。まぁ、私は相変わらずです。

話しは変わりますが、経済的事情で、定例会参加は、いつになることやら・・・。でも、人は会わなきゃ駄目ですよね。インターネットの世界の怖さは、どれだけ連絡を密にしても、その人の10%も分かり得れない筈なのに、どんどん、その人のイメージを自分でつくりあげて、その人を分かった気に成ってしまう事と聞きました。

本当にご迷惑ばかりかけて申し訳ありません。反省の毎日です。

17/01/2007(水) 14:31:13

No.1492  すなめり
追記です。 引用
場の空気を暗くして申し訳ありません。
子供たちが、どれだけの可能性を持っているか?。塾の講師というのは、そういう発見や、その時の喜びもあるのだと分かりました。

英語がサッパリだった子に、筆記体でスラスラっと書いてみせたのですね。「格好いい!」と目を輝かせました。「先生、宿題の場所、それで書いてぇ」と自分から宿題を希望したのです。この子のやる気を出させる方法は、こんな些細の事だったのか・・。と発見、感心したり、

受験目前の子に「親にも学校の先生にも言えない悩みとか不安とかある?。あったら俺に言って」と聞いたら、「面接でイジメ問題とか。学園生活のこととか・・・と色々と聞かれるみたいで・・・」と自信なさげな不安な様子。「へーそーなんだ。他に聞かれそうな事は?。考えてみて」と、生徒から出てくる言葉を全て私が箇条書きにメモしていたら、そのメモを「先生それ欲しい」って言うのです。「なら、もっと綺麗に書いたのに、こんなんでいいの?」と聞いても、「うん」って持って帰ったのですね。その箇条書きに対して、返答を自分で作文してみることで問題解決だそうです。

そんな瞬間は、やはり嬉しいものです。

17/01/2007(水) 23:26:32

No.1493  飯沼 E-mail
Re: 明けましておめでとうございます! 引用
☆すなめりさん

>(削除) でも温かい眼差しで勉強を教えているあなたの姿が目に浮かぶようです。
将来はまた別の道があるのかもしれないけど、今のすなめりさんには適職だと思うのですが、どうでしょうか?<

きっとそうだと思っていましたよ。
うちのねねもお世話になりたいですよ、ほんとに(笑)

実は昨夜、地震と騒乱(戦乱)の夢をみていました。(阪神大震災のことはほとんど意識になくて、今日のニュースで思い出した程度だったのですが。)
何度も目が覚めたのに、眠るとまたその夢の続きが始まるのです。
予兆を感じた私たちが避難を勧めたのに間に合わず、地震に破壊された街で人々は争い続けていました。
そういう状況の中で私たちは必死に何かしているのですが、なかなか思うようにいかず、夢なのに重い疲れが残った一日でした。

18/01/2007(木) 01:33:02

No.1496  ミュー
すなめりさんへ 引用
のりぴーさんの、スレッドに失礼いたします(#^.^#)。
すなめりさんが塾で子供達に信頼され、そこで導く嬉しさを実感されているご様子が伝わり、私も嬉しく思いました。
と言うのも、私達はこちらでもとても助けられ感謝しているのですが、昨年娘がいじめの事で深く傷つき悩んでいた時に、娘が通う塾の先生方達にも全てをお話しに行きました。
その時の利益を越えた温かい対応と励ましが、とても心に響いた事がありました。
その先生の中でも、いじめられた辛い経験のある方や、いじめを受け続け、成人した今でも心の傷で通院されている姉を想う先生のお話には涙が出ました。
あやかの望む夢を叶えるには、今の塾の科目やテストが出来ていても難しいので、塾の科目を減らすかこちらは辞めて、これからは、必要科目に専念した方が近道だと言う進路のアドバイスを真剣にしてくださいました。
それは、塾としての対応というよりは、ひとりの人としてこれからのあやかに沿ったアドバイスでした。
「音楽を支えにがんばっているあやかさんの夢を、是非叶えてあげてください。希望進学出来た時には、是非教えてください・・・待っています」という言葉がとても心に響きました。

こうした考えの先生の下で教わるから、子供達はそれぞれ目標達成の意志を固め、がんばってゆけるのだと思いました。
きっと、すなめりさんのこれまでの経験、考え方、感性は揺れ動く時代の多くの子供達にとって光になるのだと思います。
他の先生では伸び悩む個性の強い!?子供さん程、すなめり先生なら伸びていけるのではないでしょうか。
人との出会いは、本当にありがたい・・・すなめり先生から、違う角度で学ぶ楽しさや意欲を引き出してもらっている子供さんがいらっしゃるという事に、とてもそう思いました。
何だか嬉しいです。
すなめりさん、ありがとうございます。

18/01/2007(木) 20:36:18

No.1497  飯沼 E-mail
Re: 明けましておめでとうございます! 引用
☆のりぴーさん、yukaさん、他の皆さんも

メール、ありがとうございます。
よければ掲示板にも転載してくださいね。

18/01/2007(木) 20:49:08

No.1500  すなめり
ミューさん江 引用
あのー、本当に、本当に、私は、そんなたいそうな人間ではないのですよ。

私は、愛情に恵まれなかった人間です。そんな人間が子に教える資格など無いと思うのですよ。

無い袖は振れないといいます。私は、無い袖を振らざるを得ない宿命の元に生まれました。それでも、無い袖を振ろうとして、しなければならないとして、したいとして生きてきた。結果、自分も、回りの人も不幸にしてしまった。

そして、今、再び無い袖を振って居るわけです。どっと疲れますよ。このまま私が続けることは、結果として、愛情の搾取に繋がると思うのです。だから、この仕事は、続けたくないと思っているのですよ。

子供達から新鮮な気持ちを頂いて、それに慣れてしまったら、さようならの詐欺師みたいなものかも・・・です。だから、先生と呼ばれることにすら違和感を覚えちゃうのですよ。愛情を搾取をしていないか?。身勝手な押し売りをしていないか?。・・・と、私の場合は、得に自己点検が必要なのです。

でもでも、ミューさん、お返事ありがとう。
ミューさんのお子さんは、幸せモノだなーっと思いました。

19/01/2007(金) 15:52:54


No.1487 yuka  
初めまして ・・・ 引用



    どう・・・話して・・?打ち込んでいけばいいのか・・ 
   どんな事でもいいのでしょうか・・・?

16/01/2007(火) 10:59:59


No.1488  カピバット
Re: 初めまして ・・・ 引用
はじめまして、yukaさん。私は、2003年の秋頃からこちらの掲示板に参加させていただいているカピバットです。私の過去の投稿を見ていただければ分かるかと思いますが、私の投稿は、私、あるいは私の身近に起こったことを書き込んでいます。どんな事を書き込んでも問題はないと思います。ただ、人に知られたくない悩みなどは、直接、飯沼さんのメールアドレスに書き込まれた方が良いかと思います。私も最初は緊張しましたが、ここに書き込む方々は、みなさん良い人ばかりです。気楽に書き込んで良いのではないでしょうか。

16/01/2007(火) 13:56:39

No.1490  飯沼 E-mail
Re: 初めまして ・・・ 引用

☆yukaさん、
カピバットさんの返信の通りですが少し補足しておきますね。
掲示板ではプライベートなご質問に私がお答えするのはちょっと無理な状態です。
でも、皆さんからのアドバイスは期待できると思いますよ。
実は、個人的なメールにも返信できないことがほとんどです。
申し訳ないのですが、ヒーリング・カウンセリングをご依頼の方への対応で精一杯の状態なのです。
プライベートなことでのご相談の場合は、遠隔ヒーリング・カウンセリングをお申し込みください。

ヒーリングはすぐに始められますが、アドバイスのメッセージの順番は1ヶ月くらい先になってしまいます。
状況によって順番を早めることはいたします。
経済的に切迫していらっしゃる場合は料金は頂きませんので、ご依頼のときに遠慮なくお申し出ください。

まずはどこからでも、口にするか文字にしてみれば楽になるものですよ。

☆カピさん
こんばんは。
代返、ありがとうございます(笑)
突発的なことでこの数日、バタバタしていたので助かりました。
コーチ陣の対抗試合ですか。
楽しそうですね。
でも、子供たちが応援に来てたりしたら、やっぱり緊張するでしょうね。

16/01/2007(火) 22:22:39


No.1475 ミュー  
気がつけば・・・ 引用
年が明けてからもう!半月ですね・・・様々な場面に心動きながらも、私は自分のキャパの狭さにトホホ気味に過ごしていました(苦笑)。
いつも、この掲示板で読ませていただいているみなさんのがんばりに勇気が湧き、お顔が浮かびジーンと嬉しくなりました。
来週は今年初めての定例会、みなさんとお会い出来るのを今から楽しみにしています!。

私事なのですが、先日、あやかにとっての大きな挑戦「ソロコンテスト」がありました。
当日あやかはこれまでに無い緊張で、始まりのお辞儀をするのも忘れてしまう程でした(それを見ている私達も、益々ガチガチ・・・笑)。
そして、演奏が始まってからは、少しずつ緊張が解れてくれる事を祈りました・・・がっ!練習時から難関だった最後の1音を“派手に”失敗してしまいました。
演奏が終わり、廊下で待っていた私の顔を見るなり涙を浮かべ「ママどうしよ〜やっちゃったよ・・・」と(普段かなり生意気なあやかもさすがに・笑)これ以上無いほどの不安な(可愛い)表情で落胆していました。
結果は、大きなミスがあったので、審査員の総評は銀賞、中には高く評価してくださった審査員の温かな講評もいただきましたが、あやかが目指していた「特別賞」には手が届きませんでした。

会場には応援にきてくださった方々が、労いと温かい言葉を掛けてくださり、あやかは精一杯無理をして、明るく応えていましたが、会場を出るなり堪えていた涙が堰を切り、家に着くまでの車中、「こんなに悔しかった事は今まで無かった、もっともっと練習して、来年は絶対に貰う・・・悔しいぃ」と号泣でした。
私達も、これまで本番で失敗した事がなかったあやかが、屈辱感を味わったであろう場面では、見ていられない程に可哀想で残念ではありましたが、あやかがこうして悔しさだけでなく、その中からこれからの先を目指そうとする姿を見て、あーこれで良かったのだなぁと強く思いました。

大会の翌日から、「今年はまた基礎からやる!!!」と、もう一度基礎練習を丁寧に励みだし、「もう舞台のソロで緊張しないように、大会にどんどん出たいから」とソロコンテストを探している今のあやかにとって、これはとても大きな意味のある失敗でした。
どうやら自分が納得する演奏が出来るようになるまで、あやかの熱い挑戦は続くようです。

改めて、あやかを応援してくださった方々に、心よりお礼申し上げます。

15/01/2007(月) 02:26:11


No.1479  みーじゅ
Re: 気がつけば・・・ 引用
ミューさん、こんにちは^^

あやかちゃんの大会、終わったのですね!
目指していた賞は取れなくて残念だったみたいですが、
銀賞受賞、良かったですね!!!

今回のことで、意欲を新たにすることができたみたいですし、
生活に張り?が出来て良いですね^^
来年に向けて頑張ってもらって下さいね!!

目標があるということは、とっても素敵ですよね!!
これからも応援しています〜!!!

15/01/2007(月) 12:21:21

No.1486  オレンジ
Re: 気がつけば・・・ 引用
ミューさんへ

綾歌ちゃん、残念だったけどいい経験でしたね。銀賞もらえてよかったですね。光景が目に浮かぶようで楽しく読ませて頂きました。
私はコンクールに出たり、人前で演奏することには音楽以外に図太さと強さがどうしても必要だと思います。それと向上するための負けん気の強さ。それが自分自身をより鍛えてくれるのだと思います。綾歌ちゃんはその要素を充分もっておられるみたいですね。
12月に始めてお会いした時に「私はトロンボーンを愛しています。トロンボーンなしでは生きていけない」と言っておられましたよ。今の綾歌ちゃんには生きていく支えなのだと思いました。
コンクール以外に公開レッスンというのもありますよ。
トロンボーンの公開レッスンは他の楽器に比べると数少ないかもわからないので、いろんな楽器店に問い合わせるのもいいかも。
公開レッスンはプロの奏者が皆のまえで教えてくれるのですが、コンクールに出る子達もなるべく上がらないようにという目的で申し込むみたいです。トロンボーン協会も調べてみたらどうでしょうか?
これから楽しみですね。今までの辛い経験がきっと綾歌ちゃんの音楽を豊かにしてくれるのでしょうね。
頑張って下さいね。

16/01/2007(火) 08:07:14

No.1489  ミュー
Re: 気がつけば・・・ 引用
☆みーじゅさん ☆オレンジさんへ

温かい返信をありがとうございました。
私は昔からジャンルを問わず音楽が大好きですが、なにせひたすら聴くしか能がないので、あやかの音楽を演奏する側の情熱や拘りを、十分に理解してあげられない時があります(苦笑)。
なので、みーじゅさん・オレンジさんは演奏する側の心理を理解してくださるので、応援やアドバイスがとてもありがたく参考になります。

次はコンテストではないのですが、ステージでソロ演奏をするのが3月なので、本人曰く「あの失敗を挽回するから見てて!次は絶対に外さない!」と、強気の発言をしていました(ひぃ〜っ!願わくば・・・次は安心して観ていたいものです・笑)。
こうしてあやかが希望や目標を持ち情熱がある限り、私に出来そうな“情報集め”をしていきます(知らない事だらけなので・・苦笑)。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします(*^_^*)。

16/01/2007(火) 16:08:07


No.1473 飯沼  E-mail
mixiに・・・ 引用

昨日は大変な日でした。
ちょっとここには書けないので、mixiの日記に書きました。

15/01/2007(月) 01:23:15


No.1474  飯沼 E-mail
Re: mixiに・・・ 引用
☆差し障りのない部分をここにあげておきます。

(略)

スピリチュアリズムでもCENSOREDを厳しく戒めている。

日本では金銭問題でCENSOREDする人が激増しているという。
その数は交通事故死者数をはるかに上回っている。
金銭問題といっても、中身はさまざまだろう。
心の逃げ場としてのギャンブルにはまって、消費者金融から金を借りて利子がかさみ、追い詰められてのCENSOREDも多いと聞く。
最も同情されないCENSOREDだ。
実際、消費者金融から金を借りている人のCENSORED率は、一般に比べて非常に高い。
もちろん、事業を維持するため、家族の生活を支えるために消費者金融から金を借りて深みにはまり込んでいく人も少なくないはずだ。
いずれにしても、CENSOREDは絶対にしてはならない。

しかし、別の視点から見てみれば、きわめて安易に金を貸し、高い利息で大儲けする会社がたくさんある。
もともと金が足りないから借りるのに、20%を越えるような利息がつけば、普通に考えれば返せなくなる人が大半ではないのだろうか?
安易に借りる方にも問題があるのは当然だ。
しかし、ここまで大きな社会問題になるのは、借り手の責任だけではない。
仕組みや制度の問題があるのだ。

消費者金融業者はどこから貸し出し資金を調達しているのか。
一般の銀行からの融資によるところが大きいという。
銀行は預金者からの金を消費者金融に貸して利子を稼いでいるのだ。
消費者金融はさらに高い利子をつけて、銀行から金を借りられない人に金を貸す。
その結果、追い詰められた浅はかな庶民は家族や親族に泣きついて穴埋めしてもらう。
そこには家族や親族の不和が生じるだろう。
さらにそれで追いつかなければ自己破産、CENSOREDにまで追い込まれていく。
消費者金融は生命保険に加入させているので、借り手が死んだら丸儲けだ。
銀行にもしっかりと利子が入る。
こんなバカな話があるのだろうか?
浅はかな庶民はまるで彼らの餌食にされているかのようだ。

しかも、消費者金融業者には、日本銀行をはじめとする金融機関からの天下りが公然と行われている。

彼らの繁栄の陰で、浅はかな庶民が自ら生命を絶ち、遺された家族は金ならぬ鉛を飲まされている。

ずる賢いセレブたちよ。
自分の利益のためには人のことなど顧みもしない特権階級の人たちよ。
勝ち組を自認する人たちよ。

僕らは名もない庶民として、庶民の、庶民による、庶民のためのネットワーク社会を構築してみせる。
ごく普通の人間の思いやりと分かちあいを軸にして、皆が普通に幸せになれるような社会を必ず作り上げるのだ。

ずる賢いセレブたちよ。
自分の利益のためには人のことなど顧みもしない特権階級の人たちよ。
勝ち組を自認する人たちよ。

ごく普通の人間の思いやりと分かちあいに目覚めなければ、あなたがたこそが地上人生の負け組みなのだ。

浅はかな庶民たちよ。

頼むからもう少し賢く、素直になってくれないか。
太古の昔から、僕ら庶民は金のみによって生きるものではなかったじゃないか。
分かち合い、支え合い、補い合って生きてきたじゃないか。
語り合い、信じ合い、知恵を出し合ってきたじゃないか。
「自分はひとりじゃないこと」
それが僕らの財産だったじゃないか。
それを元手に、皆が普通に幸せになれる社会を作ろうよ。

全ての庶民よ。
人生の苦難に負けて自ら生命を絶った者たちの霊よ。
一緒に新しい社会を構築しようよ。
力を貸してくれ!

15/01/2007(月) 01:28:23

No.1482  飯沼 E-mail
Re: mixiに・・・ 引用

■日銀の元役職員5人、消費者金融大手4社に「天下り」

日本銀行の水野創理事は(06年12月)7日の参院財政金融委員会で、大手消費者金融4社に日銀の元役職員5人が、再就職していたことを明らかにした。


■大手消費者金融5社に、業界を監督していた旧大蔵省と財務省の官僚OB23人が役員や顧問として天下り、うち4社に5人が現在も在籍していることがわかった。旧大蔵省銀行局長や印刷局長など本省の幹部経験者のほか、業界を監督する全国の財務局の元幹部も含まれている。大手消費者金融の関係者は「監督官庁の天下りを受け入れることでパイプをつなぎ、銀行から安定的に融資を引き出せた」と話している。

 有価証券報告書や各社への取材をもとに朝日新聞社がまとめた。天下り官僚を最も多く受け入れているのは武富士で、80年からこれまでに計9人。84年には大蔵省官房審議官を経験した秋吉良雄・元北海道開発事務次官が社長に就くなど3人が社長、副会長、副社長の各ポストに就いた。

 プロミスは83年から6人で、うち2人が会長、1人が副会長に就任した。アコムは85年から4人、アイフルは83年から3人(うち会長1人)、三洋信販は84年に1人を受け入れ、現在も三洋信販を除く4社に計5人が在籍している。90年代半ばには5社に十数人が在籍した時期もあったが、00年代は数人で推移している。

 旧大蔵省のOBには、銀行局長や印刷局長、税務大学校長ら幹部のほか、金融機関の検査業務にあたる金融検査官や上席金融検査官、国税庁幹部が含まれる。

■国家公務員法は、離職後2年間は退職前のポストと密接な関係にある営利企業への再就職を原則禁じている。OBらの大半は、この期間が過ぎてから天下りしていた。ある社の顧問に入った元幹部は「退職後、数年たって役所から紹介を受けた」と話す。

■大手消費者金融の元幹部は大蔵OBを受け入れた効果について「『銀行向けの看板』の威力が大きかった。銀行の融資が増えるとともに、銀行の役員が派遣されるようになり、資本面の不安が消えた」と話した。最高幹部として天下った大蔵OBは「会社からは、『(行政処分など)何か問題があった時にちゃんと相手(役所)を説得してくれ』と頼まれた」と証言している。

15/01/2007(月) 14:37:31


No.1466 飯沼  E-mail
癒しの講座(18)・・・順番を変えて掲載します 引用

「天地悠々」第27号(2000年1月発行)より

癒しの講座(18)  飯沼 正晴

地上界の浄化を視野に(8)

<全的健やかさを求めて>

今の地上界の不調和を、摂理に沿って調和の世に戻していく道のりを思うと、気が遠くなりそうです。
しかし私は、「悠々塾」での癒しの活動を通じて、病者さんたちの多くが、その内面に、人としての優しさ温かさ、清さ正しさなどを湛えておられることを知りました。と同時に、今の世を勝ち進むためにはむしろ邪魔にさえなる、そのような心を、自分でも持て余している方の多いことも知りました。

それゆえに抱え込む、秘めたる孤独や戸惑い、あるいはその裏返しとしての反発心が、自分や周囲の人の心を傷つけていることを知りました。
その方たちも競争社会のなかで、人並みやそれ以上の席を確保するために、同じ動力で動かされる歯車のように、頑張らねばならなかったのです。そうするのが有利だという世の仕組みになびく打算と、ふとした折に頭をもたげようとする掛け値なしの優しさ。
自分の思いを通そうとする狭量さと、すべてを受け入れて包み込んであげたいという寛容さ、それらの間で、多少軋みながら人の心は揺れるもののようです。

もしも今の世の仕組みの重しが取り除かれるならば、守らねばならない社会規範や過剰な物質がなくなった時、ほとんどの人は、人本来の優しさを取り戻すだろうと確信することができました。

そのことは、阪神淡路大地震の被災地でも実証されています。「魂を揺さぶる地震」とも言われるように、あの厳しい状況のなかで、利害を越えた良心の声に従って行動した人々が、何と多かったことでしょう。

私は阪神淡路大震災は、これから起るであろう地上世界の大浄化の雛型だったと感じています。
1995年の年明けから、私も堀江さんも「何が起こるかは分からないが、何か起こる。」という強い予感があり、緊張が解けませんでした。1月17日も、その前日深夜まで「一体何が起こるんだろう。」と電話で話し、眠りについた数時間後に、大地は激しく動きました。

6千名を越える方々の死と、崩壊した街の記憶、重い現実と数多くの課題、それとわずかな可能性を残して、時は過ぎていきます。あまりにも重く苦しい犠牲にもかかわらず、また、多くの人々の支援と努力のなかにあっても、いまだあの震災を、魂の目醒めの雛型として成就させることはできていません。
霊的覚醒のための試練は、次に持ち越されたと言わねばならないのでしょうか。

「悠々塾」でのさまざまな方との出会いから、私はある確信を持つに至りました。それは、今の大浄化の時代に、ある種の使命に近い役割を帯びて地上に生まれている魂の人たちが、かなりの割合でいることです。

地上の競争社会に適応しきれない魂の持ち主たちで、その人たちは、今の世の仕組みに対して戸惑いや違和感を拭いきれない場合が多いようです。損得づくで行動することを好まず、いきおい、さまざまなところで損をさせられたり、妙に正義感が強かったりで、トップ集団を快調に走るのは苦手なようです。
それどころか、学校や職場の競争意識や駆け引きに心を傷つけ、実現させるべき使命や夢を見失っている人も少なくありません。学業や労働よりもむしろ、強い者勝ちの仕組みに嫌気がさして、横道にそれていく若者たちも多いのだと思います。

今の世の仕組みや規範の方が、魂を宿す人としての道に反していることが多いのです。それになじめないからといって、ふてくされたり、自分の心や身体を粗末に扱わないでほしい。
学業優秀で、学校でも職場でも勝ち抜いてきた人たちが作った社会が、この張りぼての世なのです。身を飾りたてるばかりで、魂を磨こうとはしない。その真似をして外見ばかりにとらわれず、身も心もある、人としての誇りを持って、堂々と生きてほしい。
掛け替えのない若い日々を、安易さのなかにやり過ごすような生き方だけはやめてほしい。
そして、今の世の基準からは評価されることは少なくても、全てが変わる地上界の大浄化の時には、必ず多くの人々の役に立ってほしい。そのための準備をすぐにでも始めてほしいと思うのです。

教職にある方々にもお願いがあります。何より、生徒たちの心を育んであげてほしいと思うのです。時代につれて世の価値観は変わります。変わらぬもの、それは人としての正しさに裏打ちされた心の優しさ、温かさです。

かつてこの国では、多くの教師たちが教え子を戦場に送ったことを後悔しました。戦時社会で役立つ人間になるように教育したことで、それが崩壊し否定されてから、苦しみと悲哀を味わわねばなりませんでした。

今の学校教育は、目に見える数値で成果を競う、経済至上社会で役立つ人間を育てようとしすぎてはいないでしょうか。
私の言う霊的なことを受け入れて頂けるかどうかは別にして、競争と選別の制度のなかで、心を寂しくしている生徒が増えているのは事実です。
競争に勝つよりも、生命の側に立てる若い人たちを育てなければならないでしょう。体制は、いつも教育に干渉するものです。だからこそ、教える人の柔らかな知恵と勇気が必要なのだと思います。

子育て中の方にも、同じことが言えます。新しい時代に生きる子供の可能性を、摘んではなりません。
近い将来、分け与える心、分かち合う心、扶け合う心、あらゆるものを慈しみ、こよなく愛する心しか役に立たない時代になります。そのような心の者しか、地上に存在できなくなるのです。たとえ私の言うようなことが起こらなくても、我が子がそんなふうに育ってくれれば幸せではないですか。
子供は皆、光に向かって魂を大きく成長させる可能性を内在させています。子育てをする人の光のエネルギーに抱かれて、スクスク育つのです。

また乳幼児期は、肉体の意識や感情体の意識を、喜びで満たす大切な時期でもあります。豊かな愛情を注いでくれる人に、実際に身体を抱かれることによって、乳幼児の肉体の意識は喜びを体得していきます。
もう少し成長すると、育てる人の正流の理性に裏打ちされた愛情を受けて、子供の感情体も豊かに育まれていきます。そして子供は、自分や他人の身体や感情を大切にすることを、喜びのなかで学んでいくのです。愛情があれば、粗暴や無関心にはなりようがないからです。

カルマとも絡んださまざまな理由で、十分にそうしてもらえなかった子供は、その後の人生で多少苦しい思いをしながら、肉体意識や感情体を育てていかねばなりません。
平安な喜びに満たされて、それらの<からだ>の意識は完成され、その後年齢とともに成熟していくのです。

大人になっても、それらの<からだ>が十分に成長していない人は意外と多いものです。その人たちはどこかバランスを欠いていて、人との関わりに、問題を生じることが多いかもしれません。
結果を見て非難したり、排除したりしても、自分の気が済むだけで、その人たちの役には立ちません。どう接すれば、その人たちが喜びに満たされて成長していけるのか、理性と愛情で考えねばなりません。
そして、平安な喜びを必要としている<からだ>に伝わるように、波長を合わせて行動で示すのです。手を握るとか、肩を揉むとか抱くとか、情愛のこもった言葉をかけるとか…。
長年傷ついてきたその人の意識は、そう簡単には癒されないかもしれません。そうしようとする自分自身が完全でないことにも気づくはずです。
うまく伝わらなくて無力感を持ったり、失敗もあるでしょう。しかし、動機が光の喜びに向かうものであれば、お詫びは必要ですが、悔いることはありません。その経験を次に生かせるように、失敗をしっかりと受け止めればよいのです。
響き合う仲間と共に行動すれば、自分の不完全さはいくらかカバーしてもらえます。

人は、エネルギーを必要としている人の役に立とうとすることによってのみ、自らの魂も磨いていけるのです。物的エネルギーを必要としている人には物質を。身体的エネルギーを必要としている人には、介護や手助けや触れ合いを。感情のエネルギーを必要としている人には、惜しみない愛情を。理性のエネルギーを必要としている人には知識や論理を。
必要に応じて融通し合えばよいのです。満たされていない人に、不足している種類のエネルギーを届ける。つまり、曇りを光に変えていく。これが自らの曇りを光に変え、さらに輝かせていく唯一の方法なのです。

癒すことは癒されること、これは真実を語る言葉です。そう考えると、誰にでも何かできることがあるでしょう。慣れてくると段々に、もっと精妙で大きなエネルギーを届けられるようになります。
ひとりの人が、今、そうすることから始まって、響き合う仲間が集い、至る所が光のサークルになり、やがて地上界は輝く界層へと変容していきます。
物質も、身体も感情も理性も魂も輝き、それらを蝕んでいた傷さえも癒され、輝き始めます。全的健やかさの喜びに輝きます。

14/01/2007(日) 15:50:40


No.1469  ここ ホームページ
Re: 癒しの講座(18)・・・順番を変えて掲載します 引用
とても強く共感します。
すばらしい言葉です(^o^)!!

14/01/2007(日) 23:11:04

No.1472  飯沼 E-mail
Re: 癒しの講座(18)・・・順番を変えて掲載します 引用
☆ここさん

ありがとうございます。
返信できないですみません。

15/01/2007(月) 01:22:04

No.1481  飯沼 E-mail
Re: 癒しの講座(18)・・・順番を変えて掲載します 引用
あれ?
金太郎、返信消しちゃった?

15/01/2007(月) 14:16:50

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