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No.1467 とび&けり  
謝罪と反省 引用
お久しぶりです。

書込みはかなりのご無沙汰になりますが、時々掲示板は読んでいました。

昨年5月から、とある資格取得を目指して、予備校に通いだしました。

教室に座席の指定はありませんが、半年以上も通いますと自分のお気に入りの席ができてくるもので、皆さんだいたい「指定席」をお持ちになっています。
自分のお気に入りの席に先に誰かが座っていると、「やられた。ちきしょー」と思ったことが、弱い私には何度もあります。(情けない…)

というわけで、休みの日などは早めに学校へ行って、席の確保に躍起になっている自分がいます。(我ながら何やってるんだろうと思いますが…)

今日の教室は、私たちの講座の前に他の資格の模擬試験を行っていました。

ところが、「あと10分くらいで終了時間だからいいや」と思って、なんとまだ頑張っている女子学生が一人がいるのに、教室へ入ってしまったのです。
しかも、その学生さんの前の席が「指定席」だったので、ためらいなく、座ってしまいました。

私の他にも数人勇み足(?)をした受講生がいて、終了時に答案用紙を集めにきた係の人から注意を受けました。(当たり前ですが…)

係の人は、その学生さんに謝っていましたが、私はただうつむくだけでした。


行為の後で自らの至らなさに気づくのではなく、なぜ自制ができないのか。何て弱い自分なんだろう。

本当にすみませんでした。

この場を借りてお詫びします。

14/01/2007(日) 21:51:55


No.1468  とび&けり
すみません訂正です 引用
下記のとおり、訂正させていただきます。

>本当にすみませんでした。

>この場を借りてお詫びします。

謝罪の場として、こちらの掲示板をお借りします。

本当にすみませんでした。

14/01/2007(日) 22:02:41

No.1477  ひろこ
Re: 謝罪と反省 引用
とび&けりさん
はじめまして。すてきな気付きですね。日々反省ですが、それは前に進めてるから成長でよ〜。私も失敗、反省を繰り返して、成長していきたいと思っています。

15/01/2007(月) 11:12:17

No.1478  飯沼 E-mail
Re: 謝罪と反省 引用

とび&けりさん、お久しぶりです。
いかにもとび&けりさんらしい、ほのぼのとした書き込みです。

もちろんこの場であなたの気持ちを表明することにも意味はあるのですが、でもあなたがお詫びしたいのはその学生さんに、ですよね。

予備校の教室でそれぞれが「指定席」を決めているのなら、その学生さんもそうかもしれませんね。
だとすれば、何の模擬テストだったかを調べれば、その学生さんに直接謝る機会を作れる可能性はあるのではないでしょうか?

実際に会えるかどうかは分かりませんが、そういう努力もしてこそ、あなたのこの書き込みも生きるのだと思います。
その学生さんに会えて、とび&けりさんの気持ちを伝えられるといいですね。
案外相手は何とも思ってないのかもしれませんが、やはりこちらの気持ちは気持ちですから、伝えてこそですよね。

15/01/2007(月) 12:14:01


No.1476 カピバット  
やっと終わった・・・ 引用
おはようございます。最近は、朝晩は寒い日々が続いており、手足が冷えてしまっています。やはり数年前までのように体が強くないようです(苦笑)。
さて昨日、1月8日の成人の日に予定されていました2つの少年野球チームのコーチ対決が行われました。一昨日は、練習中に転んでしまい、両ひざ、右外太ももをケガしてしまいましたが、昨日の試合には支障はなく、プレイを出来ました。結果は、4−6で敗れてしまいました。特に、チームが3点失った初回には私がしっかりと捕球をしていれば、防げた3点だっただけに悔やまれます。やはり、試合前に極度な緊張感に見舞われ、それが平常心を失わせていたのかもしれません。打撃は、3打数1安打、1打点、1盗塁でしたから、上出来だったと思います。もし次の機会があれば、もう少し心を落ち着かせた上でプレイ出来ると思います。ただ、「もう、次はなくても良いかな」という気持ちもあります(苦笑)。今は、1つの区切りを終えることが出来、ホッとしています。
それでは、まだまだ寒い日々が続きますが、どうかお体にはお気をつけ下さい。

15/01/2007(月) 09:31:43



No.1462 飯沼  E-mail
癒しの講座(1) 引用

☆「天地悠々」第10号(1998年8月発行)より

癒しの講座(1)  飯沼 正晴  

各層の<からだ>について

<からだ>というとき、普通私たちは肉の身体、つまり肉体のことを指しています。ところが、人間の<からだ>は肉体だけで成り立っているわけではなさそうです。肉眼では見えませんが、精神の<からだ>や霊魂の<からだ>があるようです。精神の<からだ>は肉体よりかなり大きく、肉体を取り巻くようにして、あります。

精神の<からだ>は感情と理性の二層から成り立ち、肉体に近い方から感情の<からだ>、理性の<からだ>の順になっています。その外側には、さらに大きな霊魂の<からだ>があります。それぞれの<からだ>にはそれ相応の意識があります。というよりは、意識の層そのものです。そして、はっきりと仕切られているのではなく、境界の部分は重なり会って、エネルギー(情報)の変換が行われています。

この部分は<ダブル>と呼ばれています。肉体と感情の<からだ>の境界には、数センチの厚みの見えない膜のような<ダブル>があり、これが本当の意味での肉体の表面です。肉体の外側にひろがる、これらの見えない<からだ>のことを、オーラと呼ぶことが多いようです。肉眼を越える視覚の開発された人には、実際に見える場合もあります。かつての宗教家たちはちゃんと見えていたようです。おもしろいことに、各層の<からだ>にその宗派なりの名称がついているようです。

もちろん肉体が一番粒子が粗く、鈍重で、感情体、理性体、霊体と、より精妙になっていきます。それ以上のことは私には解りませんが、おそらくもっと精妙で大きな<からだ>が幾重にも広がっているはずです。たぶんそれは人類全体を包む、巨大な<からだ>につながります。巨視的にみると、ひとりひとりの人間は人類という巨大な<からだ>の一細胞だとも言えると思います。

肉体の状態は目の見える人にとっては簡単に識別することができます。肉眼には映らなくても、同じように各層の<からだ>はそれぞれの意識の状態を表現しているのです。各層の<からだ>の知覚機能によって認識できる原理です。黙っていても、何となくその人の雰囲気が伝わってくるのはそのためです。無意識のうちに見えない<からだ>の情報を感じ取っているのです。

<からだ>は総体としてひとつですから、各層は順につながっています。地上界では一般的に、それぞれのはたらきが、肉体に表現された時に意味を与えられます。霊体の意識の輝きも曇りも、最終的に肉体によって言葉や行為として表現されて初めて、地上的な意味をもつのです。

しかし実際は、それぞれの<からだ>は関連し合いながらも独自に意識し、活動しています。それぞれの界層の波長に応じたエネルギー(波動)を発しています。無理に歪ませなければ、より精妙な界層のエネルギーが優位を占めてます。その人の属している霊的界層の意識がその人の理性を規定し、最後に行動として表れます。霊体の意識はその人の魂の所属界層の範囲内で、時空を越えて自在に広がります。理性は、その情報を人間の脳がイメージできるように、変換、翻訳します。感情体は、自分がどう思うか感じるかと、自分に重心を移します。そして、肉体は、動きます。

問題は、その人がどの段階の<からだ>の意識にピントを合わせて生きているかです。どの<からだ>の意識の活動が一番活発か、言い替えれば、どの界層の意識を自分の心として生きているかということです。それは時代や社会環境によっても違ってきます。今のこの国では、大部分の人が感情体の意識を基準に生きているように思えます。好きだ、嫌いだ、楽しい、つまらない、腹が立つ、そうしたい、したくない、自分がこう思う、こう思われたい、などの小さな自分を通しての感情が行動の動機になる場合が多いようです。

食欲や性欲などの肉体的な欲求が意識のほとんどを占めている人は、そう多くないと思います。(もっとも、最近はそんな人が増えてきているようではありますが。)逆に「人としてこうあるべきだ」という理性に基いて行動する人は、まだまだ少ないと言わねばなりません。まして、物質や社会的形式や、時空を越えた霊魂の意識を活性化させている人はもっと少なく、それを日々の暮らしの規範にしている人は極めて稀でしょう。

<からだ>の各層は、(ダブル)によって境界が重なり合っているので、互いに接する<からだ>の意識については認識することができます。肉体の意識で生きている人は、感情的な心を持つことはできます。しかし、理性の意識がその人の行動に影響することはほとんどありません。感情体の意識で生活している人は、肉体的なことも近しく感じるし、理性にもかなり行動を制約されます。理性体を軸に生きる人は、感情のことも、霊魂の意識についてもある程度は認識できます。肉体は地上人生での現場ですから、切り離されることはありませんが、かなり遠く感じられます。高層住宅の二階に住んでいる人は、三階のことも一階のこともある程度は分かるのと似ています。四階の人も一階の出入口は使うのです。暗い地下もあるのですが、ここでは触れません。

多くの人は感情の<からだ>を心として、つまり動機として行動しています。
混雑している電車で自分は座っているとします。自分の前に不自由なお年寄りが立っています。この時に、「自分が楽な方がいいのだから席を替わる必要はない。」と思う人は、理性から曇っているので今は問題にしません。
また、弱そうな人を強引に立たせて自分が座る人、善意の人が空けた席に横から割り込んで座って平然としている人についても触れずにおきます。

ほとんどの人は、「席を替わるべきだ。」とは思うのでしょう。理性ではそう考えているのです。しかし実際は「声を掛けるのは恥ずかしくて嫌だし、できれば自分も座っていたい。」というように、自分の感情に流され、肉体的な欲求もあって、理性の意識のままに行動しないことが多いのではないでしょうか。

あるいは、こんな人もいるかもしれません。「自分は親切な人だと思われたいから席を替わろう」。行動は違っていても、いずれの場合も「はずかしい。」とか「自分がそう思われたい。」という感情が行動を規定しています。これが、理性を行動の規範としている人なら、「ちょっと恥ずかしいけど声を掛けて席を替わろう。」「替わってあげるべきだし、自分もその方が気持ちがいいから。」ということになるのです。

理性では分かっているけれども感情が邪魔をして行動に移せない、あるいは理性とは反対の行動をとってしまう。今はそんな人が多いのだと思います。

前章で、私は死後のさまざまな界層についてのべました。肉体や物質に執着をもったままの界層、感情にとらわれた界層、地上人生の全てをありのまま受け入れ、反省し終えた人たちの安らぎのターミナルパーク、それぞれの霊格に応じた生活と学びの霊界の各層・・・のことです。

私たちは死後、地上に生きていた時の心のままの世界に行きます。その心とは、地上で自分のどの<からだ>の意識を軸としていたのかということのようです。肉体の<からだ>も感情の<からだ>も、やがて脱ぎ去る日が来ます。そこにこだわって、死後も長い間その世界にとどまったとしても、いつかは狭くて暗い牢獄から自らを解き放つのです。

肉体意識や感情に拘泥することは、理性や霊魂を曇らせ、健やかな歩みの妨げになります。皮肉なことに、それが病の原因となったり、治癒を遅らせたりもします。さらには、不調和に深く病んだ地上世界の混迷を深めます。

私たち地上人類は今、ともすれば澱みがちになる狭い感情の<からだ>から、理性の<からだ>へと意識を脱皮させる、大きな節目を迎えているのです。

自分の欲望や感情のままに意思し、言葉を発し、行動していく段階を卒業し、「人として」という大きな生命のつながりのなかで生きはじめるのです。

13/01/2007(土) 00:27:21


No.1464  ここ ホームページ
Re: 癒しの講座(1) 引用
霊体と肉体の間に感情体と理性体があるのですか。
それが、幽体と呼ばれるものなのでしょうか?
それは、霊達からはどのように映るのでしょうか?
その部分が、私はうまく理解できませんでした。

私は女房の病状に対して、日常的にマッサージを行って心身の緊張をほぐしています。
心地よく感じる人に共通の位置の部分(ツボ)は、私が幼少からひどい肩こりだった事から、結婚した11年前の時点で予め感覚的に知っていましたが、毎日行う中でその感覚はより実体験的に身に付きました。それ以外にあまり意識しないで行っていたことは光のイメージでした。
20年近く前の看護学校の心理学の実習で、心理学の先生に教えられたことは、呼吸に同期させてマッサージすると言うことと、吸うときに周囲の光のエネルギーを全身で吸い込み、吐くときに掌・指から光が相手に流れ込むことをイメージするのです・・。ということでした。それが、自然に身に付いて毎日のマッサージに生かされています。
東洋医学では、人の身体はエネルギーの塊が肉を着た状態だと考えられているようですね。そのつなぎ目(秘孔)が全身にあり、そこからエネルギーが肉にとって必要な形のエネルギーに変換されて送り込まれ続けている・・。
西洋医学で効率よく解決できる病状もたくさんありますが、西洋医学が解決を困難にしているような疾患では東洋医学のそれを応用する方が解決できることも多いのではないかと最近思います。
陽明学思想的な韓国の感動ドラマ「チャングム」を通してよりそのかんがえが強くなりました。
私が力を入れて関わっている治療(分野的にはとてもマイナーな治療方法)は、本人の治ろうとする力を補助する治療。やってみないと反応がわかりません。その業務を通しても最近考えさせられることが多い毎日です。

ところで、私がマッサージ・指圧をするとき、集中するほどあくびが頻発します。
また、自分の身体の部分が刺激されるのを感じます。頭のある部分のツボあたりが痛くなったり・・。その部分について尋ねると、相手はそこが痛いと言います。それがガイドのような役割になり、マッサージや指圧の手順に生かされます。
自分の刺激されていた部分が消えると、相手も痛みが軽減しているようなのです。
何故でしょうか?
理由がわからず、思い過ごしなのか?とも考えるのですが、あまり深く考えず、ガイドに役立てています。

14/01/2007(日) 00:23:16

No.1465  ひろこ
Re: ここさん 引用
いつも、興味深く読ませていただいています。
そして、お部屋も拝見しました。ここさんが、その若さでご自分の体験を通して頑張っていらっしゃる姿に感銘を受けています。私も、幼少の頃からひどい肩こりに悩まされて、今も肩こりと頭痛でフウフウ言っていますが、人の身体を癒せる事はなかなか出来ません。ただ私の魂が意思した、困難や試練を乗り越えて共感し、困っている人達に伝えたいという事は出来る限りしていきたいと思います。ここさんが、沢山の人を癒し、これからも私たちに伝えてくださる事を祈っています。

14/01/2007(日) 13:23:26

No.1470  ここ ホームページ
Re: ひろこさん 引用
はじめまして<(_ _)>
少しひろこさんの記事を読ませていただきました。
皆さんからとても親しまれておられるすばらしい方・・という印象を受けました。
とても多くの方を癒していらっしゃるのですね(^o^)
私もひろこさんの強さ、行動力を見習わねばと思いました!
これからもよろしくお願いします!!
ちなみに・・わたしは職場ではとても若い方には属しません・・^^;

14/01/2007(日) 23:20:53


No.1457 ちぃ  
こんにちは☆ 引用
寒い日が続いていますが皆さんお変わりありませんか?

私も最近、ちこさんに招待状を頂いてmixiで日記を書いています。
そこに記載した内容を、家族の話な上、つたない文章でお恥ずかしいのですが、飯沼さんとちこさんに背中を押して頂いたので、こちらにもその内容を書き込ませて頂こうと思います。
長い文章ですが、読んで頂けると嬉しいです♪

*****************

昨日、祖母のお見舞いの後に私の両親と私&旦那様の4人で食事に行きました。
その時、どこからどうなったのか、私の母が「そろそろ親御さんにNOを言ってみ♪」と旦那様に言い始め・・・
そしたら父が「なんやお前、親に反抗した事ないんか?」と。
旦那様は素直に「はい。」と答えてました。

母とはそんな話をしていましたが父とはそんな話をした事がなかったので、内心ハラハラ・ドキドキヾ(≧∇≦)〃

が、私の心配をよそに、両親のスイッチがON!!

まずは母。
旦那様と旦那様の両親の関係性や、旦那様自身の事をよく知っているので、速攻アドバイスに入りました。
両親にNOを言うのは、決して親不幸な事ではないし、旦那様が自分の意見を言えるようになれば、両親は逆に「息子も成長したんだな」と安心するだろう。
もしNOの伝え方がうまくいかなくて、不調和が起きたとしても大丈夫!
ご両親も○○(旦那様)も互いに大切に思ってるんやから、少々不調和が起きたとしても、なんとかなるわ! 愛情ってそんな軟なもんじゃない。
万が一、NOと言った○○の事を受け入れられなかったとしても、この子(私)がおるから、「嫁が悪いからや!」なんて一時避難も出来るしね。
と言っていました。

そしたら父は、旦那様が幼少期の頃、旦那様の両親がどのような親だったのかというところに興味を示し・・・
旦那様は幼少期の記憶がないので答えられず・・・ 私が旦那様の両親から聞いた事、見て感じている事を話しました。
すると父は・・・
自分と旦那様の両親が全く同じである事を話し、旦那様のご両親の気持ちが痛いほどよく分かると。
旦那様の両親の厳しさは、決して、至らない息子だからこそ厳しくしていたのではなく、愛情こその厳しさだったはずだと。
それを受ける子供も苦しいだろうけど、そのような親自身も心の奥では苦しいのだと言い・・・
父の実体験を語り始めました。


私には年の離れた兄が居るのですが、兄はずっと父に押さえつけられて育ちました。
それはもう尋常じゃない厳しさだったそうです。
父としては「世間に出して恥ずかしくないように」という父なりの愛情がゆえの厳しさだったそうですが、それは周囲が虐待じゃないか?と心配する程だったそうです。
父と話す時は常に敬語。ちょっとでも父の意に反するような事をすると、竹刀で殴られ・・・
習い事も進学も部活も就職先も、全部父の指示通り。
母はずっと、そんな育て方に反論をしていたようですが、どうする事も出来ず、兄が20才になった時に、今まで守ってあげれなかった事を詫び、母が必ず守るから、父を殴ってでも良いから反抗しなさい!と言ったそうです。
そんな事を言われても、そう簡単には反抗出来るはずもなく、5年が経過。
父は自分の仕事を継がせると兄を呼び戻して父の元で働かせ始めました。
数ヵ月後に兄は仕事の事で我慢出来なくなり、生まれて初めて父に反論を述べました。
そしたら父は「親に向かって反抗するとはどういう事や!」と激怒。
兄は一瞬黙り「俺は子供の時から今までずっと我慢してたんや!」と父を殴りました。
口答えだけでも許せない父が、親を殴るなんて理解出来るはずもなく、「出て行け!」と言い、兄は家を出て行きました。

父はずっと息子に殴られた事を受け入れられず、怒りが収まるまで数年要しました。
怒りが収まると今度は「どうして息子はあんな事をしたのか」と、言い様のない寂しさが募ったようで・・・
兄と会うようになっても、互いにその件については触れた事がなく、兄の真意が分からぬまま、いつも当たり障りのない会話をしていたそうです。
それから数年後の昨年、奈良県の医師宅放火殺人事件を知った時に、父は犯人である息子さんの気持ちが痛い程分かったそうです。
そして、自分がいかに息子を押さえつけていたか、いかに息子に苦しい思いをさせていたかを感じたそうで、ようやく殴られた事を”あれで良かった”と思えたそうです。
それからは自分でも驚く程、息子がいかに頑張ってきたか・今も頑張っているのか感じられるようになったと。
息子のすばらしいところ、息子だからこその輝きが痛い程分かり、自然と褒めたり労ったりが出来るようになったと。
そしたら兄も、父を労うようになり、しょっちゅう仕事の相談をしてくれるようになり、ようやく敬語も使わなくなったと。
そして先日は兄が「お父さん、殴ってごめんな。でも俺は後悔してないねん。あれがなかったら、俺はお父さんを今みたいに心から尊敬出来なかったと思うから。」と言ったそうです。
父は嬉しくて嬉しくて、父も今まで厳しくしてきた事を謝ったそうです。
今ようやく親子になれたし、ようやく息子自身の人生が始まったんだと、半ベソで話していました。

なので、万が一、旦那様と旦那様の両親が不調和になったとしても、自分達は出来る限り協力する。
と言ってくれました。

そしたら母が・・・
でも、○○はもう準備が出来てるんじゃない?
あんたほんまに力強くなってきたし、父と息子の不調和経験者のこの子(私)も傍に居るんやし、準備万端やで!と。
そしたら父が「○○はどう思う?」と聞きました・・・
「現実的にどうしたら良いのかがやっぱりイメージ出来ない」と旦那様。
「思った事があったらな、それをそのまま言葉にするだけや。でも○○は多分、自分の思った事すら封印してしまうと思うから、親が言った事に対し、まずは自分がどう思うのか素直な気持ちを自分の頭の中で意識するようにしてみ。それが出来るようになったら、気持ちを言葉で出したくなるやろから、その時は抑えんとそのまま伝え!後の事はそれからまた考えたらえ〜わ。」と母。

旦那様は「頑張ってみます。頑張ります!」と答えていました。

両親のアドバイス、とても嬉しかった・・・
我が親ながら、なかなかすごぃぞ!!と思いました。
でも、それと同時に、「どうして私の気持ちはちゃんと理解してくれないのよ(*≧m≦*)」とちょっぴり憤りの感情が!
う〜ん、私と両親というラインも、まだまだクリアしていかなければいけない事がたくさんある・・・

昨日は『家族』について色々考えた1日でした。
家族って愛情という歯車がうまく咬み合えば大きな幸せを実感出来・・・
でもちょっぴり歯車の傾向が違ったりするとうまく咬み合えなかったり・・・
しかも生じたズレを修正するのはなかなか根気が要る!
でもまたうまく咬み合い始めた時はとてつもない喜び・・・

さぁ、どうしていくか?の答えは1つですが、なかなか難しいね。(笑)


*****************

出雲に行く際、お見送りに来ていたにぃくんを見て、何人かの方から「にぃくん変わったね!」と嬉しいお言葉を頂戴し、にぃくんに伝えたところ、とても喜んでいました。 ありがとうございました!
本当に、どんどん力強さが増してきています(*^▽^*)
にぃくんらしさ♪を感じれるようになってきて、私もとても嬉しいです!
これからもどうぞ宜しくお願い致します☆

11/01/2007(木) 17:18:21


No.1458  飯沼 E-mail
Re: こんにちは☆ 引用


こんばんは。
mixiの日記、昨日も今日も嬉しく読ませてもらいました。

お祖母さんのことは、彼女の攻撃的自己防衛の壁を溶かして、お祖母さんがずっと出せずにきた本当の気持ちを引き出して満たしてあげられたこと、お見事でした!
色々と大変だったと思いますが、これでお祖母さんの人生は幸せ・喜びが基本モードになりましたね。
本当にお疲れさまでした。
お祖母さんはある意味「準備完了」なのでしょうが、残された地上での日々でたくさんの喜びを味わってくださいますようにと祈ります。

にぃくんも次へ進む時期なのでしょうね。
それにしても、ご両親の愛情深さとアドバイスの的確さに胸を打たれます。
弟子入りしようかな?

11/01/2007(木) 22:39:26

No.1459  ちぃ
もう1つの日記も♪ 引用
またまたちぃです。
先ほど書き込ませて頂いた日記の前に、祖母についての日記を書いていました。
前後してしまいましたが、そちらの日記もUPさせて頂きます。
これもまた長いのですが、宜しければ読んでやって下さい。

*****************

今日は3週間ぶりに祖母に会いに行きました(*^▽^*)

祖母は昨年3月に脳卒中を発症し寝たきりとなり、
現在、老人保健施設に入所中なのですが、その老健でノロウィルスが伝染し、
先月半ばから面会禁止になっていました。
スタッフの方が祖母にはその旨を伝えて下さっていましたが、
祖母の心の状態を考えると、規則上面会禁止と頭では分かっていても
きっと不安で仕方ないだろうと思っていました。

ようやく今日から面会がOKになり、今日はちょうど旦那様の お仕事がお休みだったので、早速2人でGO!!
祖母はどんな顔をするだろうか・・・ 何て言うだろうか・・・
向かう道中、ずっとそんな話をしていました。
私も旦那様も答えは、「きっと怒るだろう・・・」でした。

祖母は寝たきりになってから長い間、怒りを爆発させてばかりでした。
それはもう尋常じゃなく、起きてる間中ずっと怒っている状態。
大声で暴言を吐き、手当たり次第に物を投げ、暴力も有りです。
でも、飯沼さんをはじめ、色々な方のおかげで祖母が怒りを爆発させる事は無くなりました。
ずっと鬼のような形相をしていたのが、最近では笑顔も見せてくれるようになり、冗談も言い始めているようでした。
でも、それは家族以外の人だけにであって、祖母の心はまだまだ頑なな部分があり、家族に対しては、無表情・無口の状態でした。
特に”ありのままに素直に思いを伝える”というのがとても難しい状態でした。
家族以外には優しい言葉や温かい言葉を言えても、家族には素直になれず・・・
毎週、面会に行っていますが、喜んでもらった事は1度もありません。
でも、私の旦那様が行くと祖母は大喜びし、心から「いつもありがとう」と言ってくれていました。
それを聞く度、私は寂しく・・・。
私にはそういう温かい言葉を掛けてくれないこと事態が寂しいのではなく、そういう思いを祖母が家族には表現出来ない・家族と祖母の関係が寂しくて。。。

祖母は幼少期に両親の愛情を受けて育っておらず、
”自分は誰からも愛されていない・必要とされていない”という傷があるようです。
(詳しくは書きませんが、一般論ではなく、”祖母に関しては”です。)
そして結婚しても、夫や子供達に愛情を注ぐ事が出来ずにいたので、そんな母親だったのだから子供達から愛されるはずがないと思っているようで、子供達からの愛情を喜ぶ事が出来ないようでした。

でも、祖母はうまく表現出来なかっただけで、本当は子供達を愛していたと思います。
だからこそ子供達は、複雑な思いがありながらも、今、祖母に出来る限りの協力をし愛情を注いでいます。

祖母も子供達も互いを思い合っている。
いつか、祖母が少しでもありのままに気持ちを表現出来るようになったら・・・
祖母自身も子供達もどれだけ幸せだろう・・・と、私はそんな日が来るのを願い続けていました。

今日、ようやくその日がやって来ました\(*^▽^*)/

今までですと、祖母は寂しさや辛さを表現するのが一番苦手だったので、いくら精神的に安定したとはいえ、寂しさや辛さを感じた時だけは”怒り”で表現していました。
「そろそろ帰るよ〜」と言うと激怒。「寂しい?」なんて聞いた日にゃ〜「お前はアホか!さっさと帰れ!」と大激怒でした。
なので、今回は3週間も会えなかったので、寂しさだけでなく不安もあったと思うので、大激怒するはず!と私も旦那様も思い込んでいました。

が、予想に反して、祖母は私達の顔を見るなり、大声を出しながら大粒の涙を流しました。
あまりの予想外の出来事に思わず「おばぁちゃんどうしたん??」と聞くと・・・
「辛かった。会えないのは知ってたけど本当に辛かった。」と言いました。

今・・・辛かったって・・・言った・・・
祖母が・・・辛かったって・・・言った・・・

と一瞬、事態が飲み込めなかったのですが、祖母が素直に「辛かった」と言えた事が私は嬉しくて嬉しくて・・・
思わず祖母を抱きしめました。

「おばぁちゃん、寂しかったよね。辛かったよね。
でもみんなもおばぁちゃんに会えなくて辛かったんよ。
みんなでいつも、おばぁちゃんどうしてるやろ?って話してたんよ。
毎日おばぁちゃんの事思ってたんよ。
みんな、おばぁちゃんの事大好きやからね!!
これからもずっと大好きやからね!!」
と、私もありのままの思いを伝える事が出来ました。

大声を出して泣いている祖母はまるで子供のようでした。
そんな祖母が愛しくて愛しくて仕方なく、私は孫でありながら、祖母の母親で居るような気持ちでした。

私はかなりの泣き虫なので、旦那様は、祖母と一緒に私も大号泣すると予想したらしく、”俺はど〜すりゃ良いんや!!”とかなり焦ったようですが(笑)、もちろん私は感動しましたが、それよりも愛しさが勝り、涙は出ませんでした。
こんな私にも母性があったようです。(笑)
それは私にとっても大発見の嬉しい気付きでした。

そして、ありのままに祖母に思いを伝えれた事もとても嬉しい出来事でした。
頑なな祖母に対し、愛情表現をする事が大切だとアドバイスを頂いていたので意識していた部分もあり、そう出来ていると思っていました。
でも、愛情を伝えても頑なな祖母を見る度、”私なんかが愛情表現したって祖母は嬉しくないんだ”と思って、どこかでセーブしていたように思いました。

私達より一足早く、私の母が面会に行っていたのですが、
その時も祖母はずっと泣き続けたようです。
そして、母にも何度も辛かった気持ち・寂しかった気持ちを伝え、会えた喜びや今までの感謝の気持ちを何度も伝えてくれたそうです。
母もありのままに気持ちを伝え、抱きしめたそうです。

やっと、祖母と家族の気持ちが通じ合い始めた。そんな気がしました。
それは祖母も、祖母の子供達も、もちろん私もずっと願い続けてきた事だと思います。
ようやく幕が明けました!
この喜びは一生忘れない!!
そしてこれからも楽しみです(*^ー^*)

*****************

11/01/2007(木) 23:15:16


No.1456 ひろこ  
地震 引用
>ひとりひとりがもう一段階ずつ霊性を高め、全ての人が喜びのなかで新しい地上界の幕開けを迎えることができますように。
自分も人も、皆が幸せになるように、私たちひとりひとりが霊力の通路となることができますように。

わたしも、祈り、そして自分の気持ちへの囚われを薄くして、地に足をつけて、なすべきことをしていきます。毎日ふ〜ふ〜いいながらですが・・・

まゆみさん
あれだけ歩いて、3階まで階段を上ったのに、数値が下がっていてよかったです。家族のそして皆さんの優しさを受けてもっと良くなってくださいね。

佑美さん
こちらこそ佑美さんの優しさで温かくなりました。Sちゃんが私の胸で眠ってくれて嬉しかったです。礎さんは若くみえる事に自信を持ってくださいね。これからは一緒に若作り(鏡を見る度に去年はこんなじゃなかったと落ち込みますが・笑)をして楽しみましょう。これからも、沢山の人のために、力を発揮してくださいね。

武道家ヒロさん
御身体の具合は如何ですか?
祐造さんに肩こりのつぼ、秘伝があると伝えて下さって有難うございます。私には、朗報です。楽しみにしています。
一昨日からドクダミを飲んでいると、忙しくても身体が楽に感じます。いつになるか分かりませんが、定例会でお会い出来るのを楽しみにしています。

ちこさん
お正月、頑張ってたんですね。ほんとにお疲れ様でした。背中を摩りたい気持ちで一杯です。一番大事なことは、まず家族から不調和を調和に戻していく事だと思います。一緒に努力しましょうね。

11/01/2007(木) 13:55:20



No.1451 まゆみ  
喜びの輪を広げましょう。 引用
8日を何日かすぎてしまいましたが、このメッセージをここに掲げます。
今年もみなさんと一緒にエネルギーを共鳴させていきたいと思います。
新年早々忘れてしまい恥ずかしいですが、みなさんこれからもよろしくお願い致します。


共鳴させるエネルギー
「不調和から調和へ」

・この人の病が治りますように(全ての人の病が治りますように)
・この人の魂の意志が精神・肉体にまで行き渡りますように
・自らのかげりや闇を光に変えていこう
・自らの魂の意志が、精神・言動にまで行き渡りますように
・全ての人が魂の意志に従って生きられますように


      * * *

『 私たちひとりひとりは、この地上界を変えていこうと意志します。
それは自分の心の闇に光を通すことです。
目の前の人に手を差しのべることです。
遠く離れた人に祈りの心を向けることです。

この地上にある一切の「偏り・不調和」が一掃されることを願います。
そのために、ひとりひとりが今、自分にできることをしていきます。
人として正しく、人として優しく生きます。
自分も人も、皆が幸せになるように、私たちひとりひとりが霊力の通路となります。 』


『神の前に進み出で
 深く頭(こうべ)を垂れ 聖なる杯を受けなさい

 いついかなる時も 神の懐深く抱かれていることを
 堅く堅く信じなさい

 それが不動の柱(霊力の通路)となる』

      *

10/01/2007(水) 11:08:31


No.1452  まゆみ
Re: 喜びの輪を広げましょう。 引用
昨日血液検査しました。
CKの値は805でした。少しよくなっています。とても体は軽くなっていて いい感じです。気持ちの部分でもずい分かわったかなと思います。

いままで筋肉に負担をかけないようになるべく動かないようにしていました。
私が動かなくていいようにまわりの人が気をつかってくれました。
それはとても私を安心させてくれました。人の世話になりたくないと意地になっていた部分はそのやさしさで解けてなくなりました。

筋肉に負担をかけないようにしなくてはいけないのは同じだと思いますが、日常的なところの無理をしない程度なら大丈夫。(動いた時のしんどさが違います。軽くなっています。)
飯沼さん長い間そうじ、洗濯、買い物としていただきありがとうございました。この場をおかりしてお礼申しあげます。(詳しい事情は省きますが、一番お世話になりたくない人に一番お世話になりました。そして安心感をもらいました。)

みなさんにもご心配をおかけいたしました。
数値的にはまだ治ったとは言えませんが(急にひどく悪くなることもないようですし)、今の環境に甘えさせていただくことで治っていくように思います。
気持的にはもう病気ではない宣言をしたいところです。ですのであまり気を使わないでくださいね。

本当にみなさんありがとうございました。
これからも自分の課題と向き合い、人の役に立てるよう自分にできることをしていきたいと思います。

と、ここまで書いて8日のメッセージ掲載を忘れているのに気づきました。しっかり自分の課題に向き合っていない証拠です。気をひきしめます。これからもよろしくお願いいたします。

10/01/2007(水) 11:11:52

No.1453  さいこ
Re: 喜びの輪を広げましょう。 引用
まゆみさん、いつもありがとうございます。数値下がっててよかったですね。これからもますます良くなりますに(^-^)v

11/01/2007(木) 00:54:55

No.1455  あきどん
Re: 喜びの輪を広げましょう。 引用
ホントに喜びの輪を広げましょうですね!
まゆみさん(返信は、はじめましてですが)、いつもありがとうございます。
体調が良くなられておられる報告を見るたびうれしくなります、ますます良くなられますように!

そして、皆様、本年も宜しくおねがいいたします。
ホントに喜びの輪の広がった年にできるといいですね。

11/01/2007(木) 09:04:14


No.1445 佑美&礎  
皆さん、お世話になりました 引用
出雲のツアーに参加する機会を与えていただき、
ありがとうございました。

祐造さん、さきさん本当にお疲れ様でした。
とても有意義な参拝となりましたこと本当に
感謝いたします。

さきさんにお会いできて私は幸せでした。
ありがとうございます。

ねねさん、ウチのちびっ子たちと心を通わせてくださり
本当にありがとうございます。
ねねさんの強さと弱さと融合できないもどかしさのような
ものを感じました。
でも、丁度今の時期、当たり前に通ってくる道です。
私もねねさんと同じ年齢の頃、同じ思いを沢山経験しました。
そして、苦しみました。
でも、そのことが今の自分を形成
してくれました。ねねさんが本当に自分を受け入れて
分かるようになるには数々の経験が必要なだけです。
心の葛藤を経験するからこそ、人はより輝いてゆけるのだと
私は思っています。
私は本当にお会いした瞬間に、ねねさんが大好きになりました。
ウチのちびっ子たちもですね!
ありがとうございました。

ひろこさん、毛糸の帽子誉めていただき、
ありがとうございました。
とても温かなやさしい想いを本当にありがとうございました。
あまりたくさんお話できなくて、ごめんなさい。
結構、私は人見知りするようです(^-^;)
今回、改めて気付いた私の一面でした。

永田さん、ウチの大きい坊ちゃまにお付き合いして
下さり、本当にありがとうございました。
すごく、楽しかったようです。
今朝、祐造さんとさきさんから写真が届いていました。
その写真を見て「お兄ちゃんだ!」と指を指して
喜んでいました。

Hさんご夫妻、早速、絵本検索してみましたので
近いうちに本屋さんに買いに走りますね!!
良い本を本当にありがとうございます。

Kさん、Nさんご家族の皆さん、武道家ヒロさん、
うちの礎さんのユニークなお話にお付き合いくださり
ありがとうございました。
私はあまり、お話できず、ざんねんでした。。
また機会がありましたら良いお話をお聞かせ下さい。
武道家ヒロさん、署名頑張ってください!
コチラでも集めることが出来れば、協力いたしたいので
宜しければ、おっしゃってくださいませ。

飯沼さん、
本当にこの機会を与えていただき、ありがとうございました。
須佐神社の大杉は何だか沈黙をし、まるで眠っているかの
ようにかんじました。
良い方たちの良い思いで再び、素晴らしいエネルギーに
満ちた大杉に戻りますことを心から願います。
お会いできて本当に嬉しかったです。
本当にありがとうございます。

沢山の方とお会いでき、お話しする機会が与えられましたのに、
全ての方と交流出来ませんでした。
個人的にお話できた方にコチラの掲示板を使わせていただき、御礼をさせていただきました。
ありがとうございます。

09/01/2007(火) 09:58:11


No.1446  武道家ヒロ
Re: 皆さん、お世話になりました 引用
佑美&礎さん…今晩は!!
此方こそ有難うございます!!
この書込みを見て身震いしました!
なぜだか分かりませんが…嬉しっくてね〜
山口に行きたいなぁ〜って考えていたんですよ〜
これと云った理由は無いのですが…なぜでしょう?(笑)
もっともっとお話がしたいのでしょうね〜きっと!
その日を楽しみにしていま〜す!
今、練習から戻ってきたばかりなので、
雑用に取り掛かります…とりあえず連絡まで…
本当に有難うございました!!

09/01/2007(火) 22:05:00

No.1447  飯沼 E-mail
Re: 皆さん、お世話になりました 引用

☆佑美&礎さん

こんばんは。
遠いところから須佐神社初詣に参加してくださってありがとうございました。
初対面だったのに全然そういう感じがしなくて、結局ゆっくりとお話しする機会を逃してしまいました。
でも少し言葉を交わしただけで、共通するものを感じ取れて嬉しかったり、安心したりしていました。

なんとなく佑美&礎さんを私と克のイメージと重ねていて、礎さんはもっとふけておられるのかと思っていたのに、思いのほかお若い感じだったのでそれがちょっと気に入らない(笑)と言えるかな?
祐美さんはきっと、対等でありながら全部を受け止めてもらって甘えたり、甘えさせてあげたりというタイプの人だと思っていました。
礎さんとは、まさにぴったりですね。

須佐神社の大杉に柵がめぐらされて、エネルギーが封じられたように感じています。
特に大杉の辺りは以前とは比べ物にならない感じになってしまいました。
神社の方のお話では、柵をしてからもそれを乗り越えてなかに入る人がいて、刃物で樹皮を削って持ち帰る人もいるそうです。
柵も壊されて、補強したそうです。
見るに見かねて神社の人が怒鳴るということもあるのだそうです。
「涙が出ますよ」と嘆いておられました。
本当になんと言えばよいのか、須佐神社が有名になるきっかけを作った者として改めてお詫びをしました。

機会があれば、今度は出雲の熊野大社にも行ってみてくださいね。
須佐神社とはまた違うエネルギーの神社です。
克とは熊野本宮や那智大社にも行きましたが、出雲と熊野ではエネルギーがずいぶん違っていました。

それでは、またお会いする機会もあると思いますので、その時こそゆっくりとお話しましょう。

09/01/2007(火) 22:32:12

No.1449  永田椿
Re: 皆さん、お世話になりました 引用
佑美さん&礎さん

こんばんわ。

こちらこそ、ありがとうございます。

こどもから慕われるなんて普段あまりないですから、
とてもうれしかったですよ。

お二人とももっと話したかったなぁと、
いまさらながら少し残念に思っています。

お互い大阪からは遠くに住んでいますが、
またお会いできる機会を楽しみにしてます。

りおんくん、またあそぼうね^o^
(名前あってますよね?うろ覚えですみません。。。)

09/01/2007(火) 22:48:36


No.1423 飯沼  E-mail
新年のメッセージに代えて 引用
  ☆出雲・須佐神社にて受信したメッセージ・2件 (03.11.13)


☆来るべき地上界へ向けて、この国この地上界を導かんとする者たちの魂を鼓舞する。

今まさに地上界は混迷のなかにある。
そこに光明を灯し、灯台とならんとする者たちは、今地上界のあちらこちらで目覚めんとしている。
自らの使命・役割・掲げる理想と、意識・感情がひとつに結ばれようとしている。
この覚醒は、一定数の者の意識変化を契機として始まった。
未だ形を伴わず、認知・評価されぬとしても。
その任を負った者の目覚めを促すには十分である。

共通の目的・共通の理想を抱く者どうしは必ず導きによって結び合う。
今回の浄化においては、各々の場所での孤軍奮闘をさせることにはならない。
なぜならば到達する境涯の基調は、相互扶助・協調・調和だからである。

地上人類の歩みは、まだ行き着く所に足を向けてはいない。
行き先を知る者たちはひとりでも多い方がよい。
先導役もひとりでも多い方がよい。
地上人類が、この混迷のなか、迷うことなく進み行けるように。

隣にいる者の幸せを、ひとりひとりが願えたらよろしい。
そしてそのために言葉を用い、行為で表現したらよろしい。
自らに余裕のある者は、もうひとりの幸せを願い、そのために言葉と行為を尽くせばよろしい。

越えるべき障壁は実在する何物かではない。
人の心のなかにある、人と自分を隔てる壁なのだ。
それを取り払うものは、善意であり、親切であり、真実であり、尊重尊敬である。
全ての人が人にもたらすことのできるものばかり。

導き手とは、いかにしてこの障壁を外すかを伝えることのできる者を指す。
障壁を外すための手助けをする者を指す。
その任に預かるのは「人の幸せを願うことのできる者」に他ならない。

自ら進み出ることに何の羞恥を感ずることがあろうか。
貢献の意志と意欲こそ、神への捧げ物に最もふさわしい。
大いなる祝福と支援は必ずや霊界からもたらされるだろう。
神の叡智も祝福も、全ての人々の前に等しく用意されている。
ただその光に浴するかどうかは、その人なりの時機がある。
促されて進み出たとしても、それを光明と見なさず、顔をそむけてしまうだろう。

躊躇し、ためらう暇(いとま)はない。
ひとりの者の自覚と決意が、そこに連なる人々の目覚めになるのである。
自らの魂が志願した今回の地上界浄化の時機への再生だとすれば、いち早く名乗りをあげ、貢献を意識に据えた人生を踏み出そうではないか。
              
(地上界浄化の一翼を担う霊団)


☆地上に生きる全ての人たちに。

特別・特定の者だけが役割を担っているのではありません。
ひとりでも多くの人の参画によって地上界は変わるのです。
社会を変える・仕組みを変える、ということを提唱するのではありません。
社会も仕組みも、そこに生きる人々の意識の反映だからです。

弱い者・力のない者がさらに苦しい状況に立たされる。
強い者・力のある者の言い分が通る。
真実は覆い隠され、嘘や偽りが通ってしまう。
無関心・無視に鈍感でいられる。
社会の状況と人の心の状況は呼応しているのです。

しかし、それでもなお、救いのない社会のなかで失われぬものがあります。
あなた方の心から消し去ることのできぬものです。
それは人間としての良心です。
どんな状況にあっても、何によって覆われてしまっても、決して良心は失われることなく輝きを放っています。
なぜならそれは、全ての魂に共通の要素だからです。
人を生かしめているものは肉体ではなく魂です。
ならば永遠に良心が失われることはありません。

そして、その良心に最も訴えるのは愛と真実です。
ゆえに、どのような状況にある社会も「人の心によって救われる」のです。
人の意識の変化が社会も仕組みも変えるのです。
あなた方ができるたったひとつの親切が、たったひとつの思いやりが、その種となるのです。
自らの言動がやさしさや正しさから発したものならば、そこに喜びと誇りを持ってください。
決して照れたり恥ずかしがってはなりません。
その心・その言葉・その行為行動が「当たり前」の世の中になるのです。
そういう世の中にしていくのはあなた方ひとりひとりの力なのです。

思いやりに満ちたひとつの言葉、ひとつの行為行動は霊界からは地上に灯された明りに見えるのです。
あなた方の言動で、暗くよどんだ地上は、明るく澄みきったものにしていけるのです。
地上界を美しく温かな世界に変えていくために、あなた方は今の時期を選んで生まれてきました。
自分自身の心を美しく温かなものに変えていこうとするのと同じです。
それが「自分もみんなも幸せに」ということなのです。
                    
           (あなた方と共にあってあなた方を導く霊団より)

02/01/2007(火) 18:07:23


No.1426  ここ ホームページ
Re: 新年のメッセージに代えて 引用
初めまして、京都在住の「ここ」と申します。
検索していて目にとまり、見入ってしまいました。
また伺わせていただきます!

04/01/2007(木) 00:54:02

No.1438  飯沼 E-mail
Re: 新年のメッセージに代えて 引用
☆ここさん

はじめまして。
ここさんのサイト、少しですが読ませていただきました。
あらゆる意味で敬意を表します。

私が自分で望んだわけでもないのにこの働きに導かれた頃、確かな根拠などないのになぜか確信をもって唐突に「分かったこと」がありました。
それは「生命はひとつらなり」ということでした。
ここさんの「宇宙観」を読んで、何か共通のものを感じました。

「世界共同体」は、今、私たちが立ち上げようとしている「ドネーションシップ」とも重なるもののように思います。

是非、連絡を取り合っていきたく思いますので、よろしくお願いいたします。

07/01/2007(日) 00:49:34

No.1443  ここ ホームページ
Re: 新年のメッセージに代えて 引用
サイトにいらして読んでいただけたこと、とても嬉しく思います。
わたしは昨年1月から春頃にかけていくつもの出来事を経験し悩む中、昨年半ばに大きく視点が変わるという体験をしました。そして私自身や周囲の人間性などが別に急に変わったわけでもないのにしてんが変わっただけでとても楽になるという事に気がついたのです。また、出来事の一つ一つがとても新鮮で新しい発見につながていることにも気付いて感動を覚え、それまでのただの雑談形式のHPをリセットして気付いたことを書き留める形式にしました。
もし同じような悩みを持っておられる方がいらっしゃれば、何かの役に立つかもしれないと思ったのです。身の回りの身近な出来事に焦点を当てるつもりでした。
しかし、出来事を丁寧に感じようとした結果それまでは浮かんでも常識に沿わないとか信じられないなどの理由で自分の中で抹CENSOREDきたインスピレーションに沿うことになり、浮かんだものが良心に反しないと判断する場合にはそれに身を任せて進んでみろということを繰り返した結果世界の色々な出来事も気になるようになり特に貧富の差と戦争の存在が気になりだし・・・私のサイトのリンクにあります世界連邦の荻野先生とメールを交換することに繋がり、11月から12月頃に哲学や宗教とその根源についてインスピレーションに沿って学んだ結果あの宇宙観を得ました。なるべく荻野先生の著書にあります西田哲学の宇宙観を発展するような形で表現してみました。
 私は凡人だと自覚していますが、頻繁(波がありますが)にインスピレーションが浮かぶ事実は否定できません。一時過敏になりすぎて携帯メールのパケット通信のように区切り区切り頻回に浮かんできて戸惑ったことさえあります。実はみんな(凡人でも)こんなにインスピレーションが浮かんでいるのにそれを否定して居るために自覚に至っていないだけではないか・・?などと思っています。
 私は本当はもっとより多くの方が幸せになれる視点で行動し生きたいという気持ちが強くなっているのです。けれど、家庭・社会での生活上色々と制約がありどうもそれは私の人生の大きな課題のようです。このように視点が変わったきっかけもその制約上からの苦悩から発しており私はそれらに感謝し愛で報いようとしています。
まず、女房の出会いと経験を妨げないようにしてそれを最優先した生活に持ってゆくことがいま考えている今年の課題です。女房はどうも、生活から一旦出て人生を客観的に静思するべきというインスピレーションと興味をもって打ち込める趣味で誰かと出会い、関係を築くべきというようなインスピレーションを感じているようです。女房は元々直感が人一倍強いので、それを大切にしたいと思っています。また一時の頻繁すぎるインスピレーションでの戸惑いと焦りで一時足下をおろそかにしかけていることに気付きました。私の人生は身近な課題のそれを基本とし余力で可能な範囲で広い視点に立った行為を行うべきなのかもしれないと思っています。

ドネーションシップというのは、どなたがお考えになったしくみでしょうか?確かにわたしのインスピレーションと見事に重なりますよね(^^)↓http://dp.tosp.co.jp/index.phpocd=user&oid=3927052&page=1&tno=-1&eno=30&topFlag=&action=blog_view_entry&pno=2
世界連邦は主に国連や国・都道府県のレベルで働きかけを行っていらっしゃいます。↓
・・・一昨年8月、日本国衆議院が「世界連邦実現への道」を謳った決議をしました。今度は政府がその気になる番です。昨年11月、世界連邦運動国際理事会(ニューヨーク) は日本提案の「国会決議の世界化」を全面的に受け入れました。国会決議の世界化とは、日本が国会決議で「世界連邦実現」を誓約したように、世界連邦主義者のいる他の国々でも、それぞれの国会で「世界連邦実現」の決議をしましょうということです。そのことによって 全世界に「世界連邦実現」の輿論を盛り上げ、やがて国連総会で「世界連邦実現」の決議、さらに国連帯性から世界連邦体制への移行へと進ませましょうとの願いをこめています・・・
 しかし、実際に世界共同体の国民となるべき個人のレベルの事までは現状手が回らないようなのです・・。そこで、前記のアドレスの内容のような仕組みの同時進行が必要になってくると思われるのです。
60年にもわたり温められてきた世界レベルの構想です。いまそれを大きく実行に移す時期に来ていると感じるのです。私個人はそれに大した力添えは出来ないかもしれないと思いますが、その実現を強く願い身近な課題のクリアを妨げない範囲で可能な限り関わりたいと思っています。

09/01/2007(火) 02:33:07

No.1444  ここ ホームページ
Re: 新年のメッセージに代えて 引用
もう一つ・・
世界共同体の必要性を理解するには、飯沼先生や荻野先生、西田幾多郎先生、王陽明先生達のおっしゃる「生命はひとつらなり」という考え方が不可欠なのだと思っています。
わたしも理屈ではなく、心が“それが事実だ”と訴えかけるのです。そして荻野先生にその共通点を見いだしたのです。私同様特殊な能力を持っておられないと思いますが、そろってそれが正しいというインスピレーションを感じたということにも命の繋がりを覚えます。
人はそれをふまえてこそ、人は何故人を愛し合うべきなのかという問いに答えが見いだせると考えています。そして、永遠に生き続けながら学び成長する命とそれを支える宇宙の働き(ルール,法)が理解出来ると考えています。
今後ともよろしくお願いします。

09/01/2007(火) 02:59:53


No.1442 すなめり  
(No Subject) 引用
あけまして、おめでとうございます。
何月になるかは分からないけれど、
今年は、この生意気面を皆様にお見せいたします。
つまり、定例会に参加させて下さい。
お手柔らかに、よろしくお願します。

08/01/2007(月) 04:48:21



No.1441 kikuchi  
ご無沙汰してます 引用
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

ずっと定例会にも行った事がなく、ご無沙汰しっぱなしですが。
克子さんの命日の少し前に
何か集いのお知らせがあるかなと思ってホームページを拝見しましたが、
特に見当たらなかったので黙祷だけさせて頂きました。

昨年は定職に就きたいと希望しながらも
前半、職場が定まらず、短期のものをつないだり、
(一年で6箇所です。一時は正社員にもなったのですが)落ち着かなくて、
後半はお稽古事の舞台が多くていつもより力を入れていたり、
年末は仕事が忙しくなったりで
ここを訪問する余裕がなかったのですが、
一番の原因は単に時間の使い方が下手なだけなんです。

用事が片付かないというか、
部屋も片付かなくて、
順番にがんばれば片付きそうなのに他のことに逃げたり
余計なことをしてしまってまた時間がなくなるという
甘えといえば甘えでそうなってしまっています。

で、ここの記事、読みたいのだけれど量が半端じゃないので
まとめて読めないし、
結局、読めていません。

今年は(年賀状もまだという情けない状態ですが)
用事も部屋もすっきりさせて、
やりたいことをやりたい時にできるようになりたいです。
悠々塾の掲示板も過去記事を余裕で読めるくらいになりたいです。
(しかもちゃんと仕事しながら・笑)

07/01/2007(日) 17:38:06


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