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No.280 藍子 ホームページ E-mail
かやさんへ。 引用
昨日はお忙しいのに時間を作って頂いてありがとうございました。
体調を崩されているとのこと、大丈夫でしょうか。
勉強会前だとおっしゃってましたよね。どうか元気を取り戻しますように。

父の投稿をどうか許してやってください。
失礼ばかり本当に申し訳ありません。

たくさんの方が読む掲示板という場所で、かやさんの霊媒としてやった「仕事」を説明するにあたっては、父はもっと真摯であるべきだったのだと、私も今になって分かりました。

どうかまた、書き込みを再開してください。

>あの伊勢での 私の行動は、
もっと 大きな深いところでの 気づきを促しているのです。
それは 克子さんの願いでもあります。

という部分について詳しく教えてほしいと思います。
体調が治られて、時間が出来たら、是非また書いて下さいね。


昨日はかやさんにたくさんのことを教わりました。
私の閉じていた扉をひとつ開いていただいたようです。
まだこれからのことは分からないけれど、通路として生きてゆこうと強く強く意志しました。

人間ですから、出来ることは限られているかもしれません。
自分の気持ちを守ってしまうこともあるだろうし、相手の気持ちを見つけられないこともあるんだろうと思います。
気付くたびに反省し歩み寄り、再び歩き出すことができますように。

恐れることなく、自分を信じ、導きを信じ、この身を預けることができますように。

かやさん、どうかこれからもよろしくお願いします。
体調がよくなるように、エネルギーを送りますね。

15/06/2006(木) 00:51:07



No.251 カピバット  
今月の定例会 引用
残念ながら、今月の定例会は参加できなくなりました。1週間遅れで父の日のお祝いをすることになり、どうしても今月の24日は兵庫まで行く時間がありません。先月は、第2部だけの参加だった事あり、今月は第1部から参加するつもりでしたが、来月以降に持ち越しとなってしまいました。定例会に参加している時はとても充実しているので、未練もありますが、今月は父のために充実した時間を作ろうと思います(ホントに出来るだろうか?)。
とこれで、1つ気になったのですが、私は通算で3回、定例会に参加していますが、最も遅くまでお邪魔したのが午前2時までです。みなさんは平均でどれくらいまで定例会に参加なさっているのでしょうか?何となく、気になりましたので、質問していました。

12/06/2006(月) 18:03:46


No.252  カピバット
Re: 今月の定例会 引用
>質問していました。
最後の文は、「質問してみました」が正しいです。

12/06/2006(月) 18:05:32

No.255  藍子 ホームページ E-mail
Re: 今月の定例会 引用
カピバットさん、今月お会いできないとは残念です。
父の日のお祝いだなんてすばらしいですね。
私は父の日を祝った記憶がないですよ、ほんとうに!
今月の定例会ではカピバットさんを見習って、父にお酒でも注いでみますね。

二部は夜中の3時や4時、朝までということもあるようです。
私も限界まで起きていますよ。次の日に予定を入れないのが二部を思う存分楽しむコツですよね。でも、今月は次の日にライブがあるので、ちょっと飲みすぎないように気をつけなきゃな、と思っています。


今月の定例会は6月なので、12周年で一部はないようです。
詳しくはまたお知らせがあると思います。

12/06/2006(月) 19:31:35

No.257  はる
Re: 今月の定例会 引用
カピバットさん、先月の定例会で東山動物園の話をしていて、「ぞう列車がやってきた」のぞうを思い出し、帰ってからすぐに絵本を出してきて読みました。何回読んでも、泣いてしまいます。
その絵本をカピバットさんに読んでほしいと思っています。生き残ったぞうの名前は、「マカニー」と「エルド」でした。
今度会えたときには、是非読んでくださいね。

今月は残念ですが、お父さん孝行をいっぱいしてあげてください。
また動物のはなしを聞かせてね。

12/06/2006(月) 20:07:19

No.262  飯沼 E-mail
Re: 今月の定例会 引用

☆カピバットさん、みなさんへ

カピバットさん、残念ですが、しっかりお父さん孝行をお父さん孝行をしてください。
今回のお祝いはとってもいいタイミングですよ。
今ちょうどカピバットさんのところのヒーリング中なので、その日に間に合うようにアドバイスのメッセージをお送りしますね。

それと、今月の定例会は悠々塾の12周年ということで、1部はなしでした。
2時から、ずっと懇親会です。

先日ミューさんとメールでやり取りしていたのですが、昨年の11周年のことを私はほとんど何も覚えていません。
克も一緒だったのに、その克のこともほとんど覚えていないのです。
何度か出血があって、緊張したことだけは覚えています。
お祝いのケーキの箱のリボンを克が髪につけて、「似合う?」って聞いていたとミューさんメールにあったのを読んで、涙が止まらなくなりました。

12周年の集いは、のんびりと過ごしたいと思います。
14日の第4土曜ですので、ご都合のつく方はどうぞ気楽にいらしてください。
また改めて、ご案内いたします。

12/06/2006(月) 22:56:10

No.263  飯沼 E-mail
Re: 今月の定例会 引用
今月の定例会は、24日の土曜日でした。
すみません。

12/06/2006(月) 23:59:55

No.264  ミュー
Re: 今月の定例会 引用
今月は12周年記念ですね。
カピバットさんにお会い出来なくて残念ですが、24日はご家族での幸せな楽しい日になりますね!

そして、飯沼さんの書き込みにあった昨年の、克子さんとの場面・・・ふと思い出した途端に、涙・涙でした。
克子さんが無邪気に「さきさんにつけてもらったのぉ〜似合う?」と、聞いておどけてみせてくれた笑顔が今も眩しくて。。。

私の記憶にある克子さんとの場面、そのひとつひとつ克子さんの表情や声・・・それが昨日のようにふと蘇る時、今も「克子さん・大・大・大好きだよ・・・ありがとう」と涙が出ます。
私には克子さんが他界して1ヶ月くらい経ってからは、地上に近い状態の克子さんを見る事が無くなったので、克子さんと思念ではなく、地上に近い状態で感じる事が可能ならば、私もかやさんに降りた?克子さんに会いたい・・・会いたい・・とても会いたい。

克子さんの思念は、いつも温かく的確で強いけど、地上の私にはやはり「高い次元の克子さん」としての実感です。
だから同じ次元で過ごせた時の、場面や些細なエピソードをふと思い出すと、たまらなく懐かしさでいっぱいになります。

飯沼さん、伊勢でかやさんに繋がった“克子さん”を体感した時の様子や、飯沼さんの実感をどうか詳しく教えてください。

13/06/2006(火) 00:49:43

No.266  ユリカちゃんです。
Re: 今月の定例会 引用
今月も定例会に参加したいと思ってはいるけれど どうなることやら?ヽ( ̄ε ̄)ノ

 ひさしぶりに懐かしい人たちに会いたいし 新しく参加される人にも会いたいし 藍ちゃんたちの歌も聴きたいし 子供達とも遊びたいし・・・♪((*^-^)八(^∇^*))♪
何よりも真由美ちゃんと藍ちゃんの手料理が食べたいし。。。( ^ー^)ハ( ^o^)ノ

要はお塩の仕事と田植えの進み具合と家族の健康具合次第だ
平常心をキープしながら 落ち着いて日常をすごせば おいしいお酒(私は少量しかに飲めない)が飲めるはず・・・ヽ(*^ー^)人(^ー^*)ノ

少しだけ 自分のテンション・チェックをしながら 定例会参加をめざして マインドをコントロールしよう。

オープン・ハートで。。。o(゜∇^☆)/フレー\(*^∇^*)/

13/06/2006(火) 05:06:28

No.267  カピバット
Re: 今月の定例会 引用
はるさん、こんにちは。さっそく東山動物園のホームページにて「ぞう列車」のマカニーとエルドの記事を読みました。戦後直後の人気は凄まじく、昭和60年代のコアラ来園時をしのぐものだったそうです。ただ、昭和30年6月17日に当時の飼育担当者がマカニーとエルドに踏み殺されてしまう、という惨事があったそうです。この事件についてはまったく知りませんでした。この事件で「ぞう列車」は中止なりました。
その後、ゴリラショーが始まり、凶暴な動物のゴリラ、という考えを覆すきっかけにもなったそうです。ちなみに、このゴリラショーには3頭がいましたが、オキというメスのゴリラは現在も東山で健在です。
こうやって動物園の事を書き込んでいるうちに、動物園に行きたくなりました(笑)。今週の日曜日は、雨が降る予報なので、少年野球が中止になったら久しぶりにウォンバットやカピバラに会いに行こうと思います。

13/06/2006(火) 12:59:15

No.268  ひろこ
今月の定例会 引用
12周年記念定例会に参加したいけど、先日亡くなった義兄の49日法要の日なので、残念です。
来月の、1周忌には是非行きたいです。
11周年の定例会は、私にとって2回目の参加でした。
克子さんの髪飾りはっきり覚えています。
私は、1年間毎月カウンセリングをしていただいてたけど、自分の事で必死で、そして何回か主人と大阪でというお話も実りませんでした。克子さんとほとんど話せずじまいでした。
だから、これからずっと、ずっとお友達になり話がしたかった。
ある日、身体の具合が悪いと食事作りがどんなに大変だろうなあって急に閃いて、上手じゃない自分の料理をそっちのけでメニューをいきなりファックスして、夕方ぎりぎりに宅急便で送りました。
次の日のお礼のファックス、大事に取ってあります。

克子さんのうれしそうな顔を思い浮かべて、定例会の事思っています。飯沼さん、のんびりと過ごしてくださいね。

13/06/2006(火) 13:52:08

No.270  飯沼 E-mail
ミューさん 引用
>克子さんの思念は、いつも温かく的確で強いけど、地上の私にはやはり「高い次元の克子さん」としての実感です。
だから同じ次元で過ごせた時の、場面や些細なエピソードをふと思い出すと、たまらなく懐かしさでいっぱいになります。

飯沼さん、伊勢でかやさんに繋がった“克子さん”を体感した時の様子や、飯沼さんの実感をどうか詳しく教えてください。 <

そうですね。
外宮参拝の後、うなぎ屋に歩いて向かう道で、少し後ろを歩いていたかやさんがいきなり私と腕を組みに来ました。
「これは私じゃなくて、克子さんがそうしてほしいと言っているから。克子さんは皆の前でこんなふうにしたかったみたい」、とのことでした。
それには納得でしたが、後から「エーー」とか「へぇーー」とかの声が聞こえていたので、結構緊張していましたよ(笑)

うなぎ屋さんに入って、2階の座敷に座り、しばらくは店員さんの「お木曳き」の説明を聞いていました。
この店は注文してからうなぎを釣りに行くのじゃないかと思うくらいできてくるのに時間が掛かりました。
かやさんは私の横に座っていたのですが、そのときのオーラの雰囲気は、克が横にいるような感じがしました。

克から後日伝えられているところによれば、克がかやさんに「入った」というのは、かやさんはそんなふうに感じたということで、実際に「入った」わけではないそうです。
克はすでに地上的な「思い」は完全に昇華しています。
しかし、それは地上的な愛念が消滅したということではなく、昇華されたエネルギーとして克のオーラに溶け込んで(融合して)いるのだそうです。
かやさんは霊界からのメッセージを伝える霊媒というだけではなく、「思い」のエネルギーへの感受性の強い霊媒なので、昇華されて克のオーラに溶け込んでいる「(克の)思い」をスポットライトで照らして際立たせてくれたのだそうです。

「昇華されている克の思い」を地上的なものとして実体化するには、かやさんのオーラに共鳴させて増幅する作業が必要なのだそうです。
だからかやさんは、「自分のなかに克子さんが入ってきた」という感覚があったということだそうです。

「思い」への感受性が強いということは、霊媒としてのかやさんの優れた特性です。
地上の人間は「思い」のエネルギーに反応しやすく、自分の重いに捉われている状態の人たちを本来の心に導くに当たっては不可欠なエネルギーだからです。
しかし、克からはかやさんのその特性は、言わば「諸刃の剣」でもあるとも伝えられています。
かやさん自身の思いや、彼女が関わる人たちの思いのエネルギーが、彼女の霊的回路に影響を及ぼす可能性もあるからです。
自称霊能者のほとんどは、「自分の思い」を尤もらしく言い換えているに過ぎません。
かやさんの場合は、確かな本来の霊的回路が開けているので大丈夫なのですが、厳しい論理的検証を決して疎かにしないようにと伝えられています。
これはどんな霊能者にも言える、当然のことなのですよね。

私は、煙たがられそうですが、介入にならないように気をつけながら、折に触れて審神(さにわ・検証者)としての見解も伝えていこかと思っています。
(かやさん、ご迷惑でしょうが、その節には「情報のひとつ」として受け止めてくださいね)

今回伊勢でお会いする前に、かやさんと克と私の最初の人生でのカルマも伝えられていました。
そのことはお話しするつもりはなかったのですが、かやさんが私の横に座ったときに、「きっと伝えられている通りなのだろう」と確信したので、一部のみお話しました。
というか、かやさんのほうから、克と彼女の過去世での間柄についての話がありました。
具体的な内容には触れませんでしたが、間柄は、私が受けていたものと同じでした。

うなぎ屋さんでは、かやさんの霊能力の確かさを示す話もあったのですが、ここで紹介するのはちょっと・・・、なのでまたいずれ。

13/06/2006(火) 18:35:26

No.271  かや ホームページ
Re: 今月の定例会 引用
飯沼さん、いろいろとありがとうございます。

> 外宮参拝の後、うなぎ屋に歩いて向かう道で、少し後ろを歩いていたかやさんがいきなり私と腕を組みに来ました。
> 「これは私じゃなくて、克子さんがそうしてほしいと言っているから。克子さんは皆の前でこんなふうにしたかったみたい」、とのことでした。


いきなりでしたから、驚かれたでしょうね。ごめんなさい。
あの時は、考えるよりも先に体を動いていました。
以後 あのようなことはいたしません。

なんといいましょうか、私 いつもそんなことしないんですよ。
男性に自分から触れにいくことは、それも初対面の方にそんなことしたことありません。ただ 克子さんは、私に対して親密な感情をもっていてくださっていて、明るくちょっとふざけて、でも強い気持で、「そうしてみたい!」って思いがあったんですね。
そして、その思いをわかって欲しかったという感情です。
私が言うのも変なのですが、「かやさんだからお願いできるの。」っていう感情が伝わってきたんです。だから私もそれに共鳴して いつになく無防備に 行動したんです。私と克子さんとは、生前はお会いしたこともないのですが、非常に信頼感と親密感があるんですね。
ですから とても共鳴しやすいのでし、克子さんのお願いだから、克子さんの気持ちだからという理由で、そうしました。

しつこいようですが、
私は、霊がこうしたいと言っているから という理由で行動したのは、
あの時が始めてですし、これからもよほどのことがない限りしません。

私は、個人的には、飯沼さんに触れたいとは思っていません。

もし どなたかが亡くなった方の感情を受けて、その方の思う行動をとって下さいとお願いされても 応じる事はできません。
私は、もともとそのような特質をもつ霊媒ではありません。

> 克から後日伝えられているところによれば、克がかやさんに「入った」というのは、かやさんはそんなふうに感じたということで、実際に「入った」わけではないそうです。

> かやさんは霊界からのメッセージを伝える霊媒というだけではなく、「思い」のエネルギーへの感受性の強い霊媒なので、昇華されて克のオーラに溶け込んでいる「(克の)思い」をスポットライトで照らして際立たせてくれたのだそうです。

まったく そのとおりだと思います。私は、入ったと感じたというよりも、入ったとしか表現できなかったのです。 私なりの表現でいいますと、克子さんの思いが、私の胸に入った。 ということになります。
私は私としての感覚と思考と感情をもったままで、克子さんの思いを受けて行動したのです。
端的に言いますと、克子さんの思いを果してあげよう。
そう思ったのです。
>
> 「昇華されている克の思い」を地上的なものとして実体化するには、かやさんのオーラに共鳴させて増幅する作業が必要なのだそうです。
> だからかやさんは、「自分のなかに克子さんが入ってきた」という感覚があったということだそうです。


はい。わかります。
言葉は難しいですね。ただ 入ってきたと表現すると なにかコントロールされているような印象ですが、私は私の意思で、克子さんの思いを行動したんです。
>
> 「思い」への感受性が強いということは、霊媒としてのかやさんの優れた特性です。
> 地上の人間は「思い」のエネルギーに反応しやすく、自分の重いに捉われている状態の人たちを本来の心に導くに当たっては不可欠なエネルギーだからです。
> しかし、克からはかやさんのその特性は、言わば「諸刃の剣」でもあるとも伝えられています。
> かやさん自身の思いや、彼女が関わる人たちの思いのエネルギーが、彼女の霊的回路に影響を及ぼす可能性もあるからです。


それは、自分でも非常に強く実感しております。

> 自称霊能者のほとんどは、「自分の思い」を尤もらしく言い換えているに過ぎません。
> かやさんの場合は、確かな本来の霊的回路が開けているので大丈夫なのですが、厳しい論理的検証を決して疎かにしないようにと伝えられています。
> これはどんな霊能者にも言える、当然のことなのですよね。


ええ、もっともだと思います。論理的検証は、必要不可欠なことであると考えます。 ただ、論理的検証だけに片より、拘るのもまた偏狂になってしまう怖れも少なからずあると思います。のびやかに受ける感覚、
感性、そこから広がる可能性を遊ばせるゆとりも必要です。
バランスが大切だと思います。
>
> 私は、煙たがられそうですが、介入にならないように気をつけながら、折に触れて審神(さにわ・検証者)としての見解も伝えていこかと思っています。


どうぞよろしく御願いいたします。

> 今回伊勢でお会いする前に、かやさんと克と私の最初の人生でのカルマも伝えられていました。
> そのことはお話しするつもりはなかったのですが、かやさんが私の横に座ったときに、「きっと伝えられている通りなのだろう」と確信したので、一部のみお話しました。
> というか、かやさんのほうから、克と彼女の過去世での間柄についての話がありました。
> 具体的な内容には触れませんでしたが、間柄は、私が受けていたものと同じでした。


はい。そんなお話させていただきましたね。
今日いただいたご本に書かれていたこと、私が、以前受けていたことと同じでした。 私は、これは私の未熟なところなのですが、情報を論理的、言語的に捉えることが苦手なんです。感性で捉えるんですね。
全体を映像的に空間的に捉えて言語を使わずに理解するんです。
うまく説明できませんが、考える前にわかっているんです。
そして それを自分なりの言語を使って表現しますので、やはり感覚的な表現になります。

私は、まだまだ未熟であります。日々実践の中から学んでいます。
これからもよろしくご指導、ご指摘下さい。

でも、思うのですが・・・
飯沼さんの受信に関しては、どなたがサニワなさるのですか ?

今までの受信メッセージやシルバーバーチの霊訓と 照らし合わせてサニワされているのでしょうか ?
それで すべてがカバーできますか ?

私達人間は、思いの生き物です。 
その思いは、活字の中から杓子定規に計れるものではないと考えます。

13/06/2006(火) 20:49:02

No.274  かや ホームページ
Re: 今月の定例会 引用
最後に・・・。

あの伊勢での 私の行動は、
単に みんなの前で飯沼さんと腕を組んで歩きたかった克子さんの思いを果たしたかった、理解してもらいたかっただけではないのです。

もっと 大きな深いところでの 気づきを促しているのです。
それは 克子さんの願いでもあります。

そして 伊勢神宮の あの日あの時の エネルギーを、私を媒体として
悠々塾のみなさんに感じとっていただきたいとの意思がありました。

だからこそ 私もあの場所に呼んでいただけたと理解しておりました。


ありがとうございました。

14/06/2006(水) 00:41:36

No.275  飯沼 E-mail
かやさんへ 引用

>私は、個人的には、飯沼さんに触れたいとは思っていません。

はいはい、分かってますって。
どうせそうでしょうよ(笑)
私は照れながらも「ああ、そうだったのか」って、結構いい気分だったんだから、こんな身も蓋もないようなことをあからさまに言わないでくださいよぉ(笑)
もしかして、私の返信が気に触ったのかなぁ?

>論理的検証は、必要不可欠なことであると考えます。 ただ、論理的検証だけに片より、拘るのもまた偏狂になってしまう怖れも少なからずあると思います。のびやかに受ける感覚、感性、そこから広がる可能性を遊ばせるゆとりも必要です。バランスが大切だと思います。

まさにそういうことです。
まさに、バランスをとるという意味において、克は、「かやさんの場合は、確かな本来の霊的回路が開けているので大丈夫なのですが、厳しい論理的検証を決して疎かにしないように」と伝えてきているのです。

かやさんは誤解しておられるのだと思うのですが、「論理」とは、瑣末なことに拘り、重箱の隅をつつくような屁理屈を並べ立てることとは全く異なるものです。
のびやかな感覚や感性がある一方で、頑なに拘るいびつな感覚や感性もありますね。
論理についても同じなのですよ。
理屈に拘り偏狭に陥った「論理(?」)もあれば、整合性に裏づけされて、そこから広がる可能性を組み立てていく「論理」もあるのです。
論理的なことは、決して杓子定規で不自由なことではないのですよ。(本当は、ね)
論理とは、人間の感性を狭い檻の中に閉じ込めるものではなく、感性を歪ませることなく最大限に広げていく支柱なのです(本当は、ね)

>うまく説明できませんが、考える前にわかっているんです。

その感覚は私にも分かります。
かやさんが受ける感覚も、インスピレーションの一種なのでしょうね。
ただ、今まで受けたインスピレーションが100%正しかったかといえば、おそらくはそうではないでしょう。
なかには本来のインスピレーションではなく、瞬間的に自分の潜在意識から発したものもあったと思うのです。
もしも今まではそういうことはなかったとしても、これからもないという保証にはなりません。
自分の意識の次元が変われば、受ける次元も内容も変わるものなのですから。
そういう場合は自分でも変化・変節に気づかないことが多いはずなので、論理的検証が大切なのだと思います。

>でも、思うのですが・・・
飯沼さんの受信に関しては、どなたがサニワなさるのですか ?
今までの受信メッセージやシルバーバーチの霊訓と 照らし合わせてサニワされているのでしょうか ?
それで すべてがカバーできますか ?

私は、さまざまなまともな霊媒を介して伝えられてきた「霊的真理・霊的法則」に沿っているかどうかは意識しています。
「シルバーバーチの霊訓」も、そのうちの大きな柱の一つです。
ただ、私は何かを絶対化して、それを教条化するタイプではありません。
そういうのはどうも、私には窮屈に感じられます。
それにシルバーバーチ自身が、「霊的啓示は、それぞれの時代や民族にふさわしい形でもたらされる」という意味のことを伝えています。

特に私の「受信」の場合は、知らないことを言い当てるのではありません。
これは私に限らず、本来の霊能者は、「人が本来のその人として、人としての本来の生き方ができるように。その結果として、その人も周囲の人も皆も、生きる幸せを実感していけるように」という目的で、アドバイスをしていくのが役割だと思っています。
人間がより神の子として生きるための情報を霊界から受けて、人間に伝えるのが霊媒の役割だと考えています。
霊界の様相に関しては、過去の優秀な霊媒たちによって、すでに十分な情報がもたらされていると思っています。
この地上を「神の子・肉体をまとった霊」として生きるに十分な情報はすでにあるのです。
後は人間が実際にどう生きていくのか、です。
過去世の話は個人的には確かに興味深いものもありますが、「だからどうしたの?」というのが私の基本的なスタンスです。
過去世のカルマは今生に持ち越しているのですから、過去世のことなど知らなくても、今生ではいかなる状況がもたらされても心を陰らせずに生きようとすればいいのですから。

というわけで、私の検証の基準は、「人が本来のその人として、人としての本来の生き方ができるように。その結果として、その人も周囲の人も生きる幸せを実感していけるように」ということに、沿っているかどうかです。

その意味では、いわゆる霊媒でなくても、悩みを抱える人に適切なアドバイスのできる「普通の人」はたくさんいると思います。
「普通の人」の場合は、おかしなことを言えば「おかしい」という反応が返ってくるのに、霊媒がおかしなことを言っても無批判に受け入れてしまう人が多いことがおかしいと思っています。
だからこそ、霊媒は自らが伝える情報をしっかりと検証して、自分の霊的能力に対する責任を果たしていかねばならないとも思うのです。

もちろんこれは、「霊媒が完璧でなければならない」などと言っているのではありません。
全てのことが分かる霊媒、何も間違わない霊媒など、存在しているはずがないのです。
いかに優れた霊媒であっても、地上に生きる生身の人間としての限界や不十分さをもっているからこそ、自分の思いに溺れてしまわないような姿勢と点検が必要だという話です。
それによって、霊媒の資質はさらに大きく開花していくのだと思うのです。
これはかやさんのことを指しているのではなく、一般論としての私の見解ですから誤解しないでくださいよ。

>私達人間は、思いの生き物です。 
その思いは、活字の中から杓子定規に計れるものではないと考えます。

確かにそうだと思います。
けれども、「思い」というものは各人各様です。
それぞれの人のそれぞれの思いがあって、だからこそ人は「自分や人の思い」で苦しむのです。
その個々人の「思い」を融和し、調和していくのが「理性」であり、さらに次元の高い「霊性」です。

誤解しないでくださいよ。
私は、霊的回路も開きながら「思い」を重視するかやさんを否定しているわけではありません。
まともな霊媒が少ないなかで、かやさんは霊媒として本来の道を歩んでおられるのだと思います。
これからのご活躍を期待しています。

と、また煙たがられてしまいますが(笑)、情報のひとつとして読んでください。

あ、今日は娘がお世話になって、ありがとうございました。

かやさんと一緒に伊勢神宮を参拝した意味は、とても大きいと思いますよ。
内宮の境内に入るなり、私の手からエネルギーがほとばしり出たのも、かやさんと一緒だったからだと思います。
あの夜は、かやさんの予言どおり、私は大量の寝汗をかきました。

これを投稿する前にミューさんとのやり取りを読みましたが、人の霊的感覚も同じだとは限りません。
それは人の感覚や感性が異なっているのと同じです。
人間同士、同じじゃないから面白いのだと思います。
なんか、かやさん、ちょっと過剰反応してないかなぁ?
内宮参拝の後で、克が伝えてきたメッセージを思い出してくださいよ。

14/06/2006(水) 01:00:59

No.277  飯沼 E-mail
そ、そうだったんですか・・・ 引用

昨夜のかやさんの彼女らしくない様子が気になって、さっき電話してみました。
やっぱり、昨夜はかなり怒っておられてようです・・・。
しかも、私が全く意識していないところでの話だったので、驚いたり、謝ったり、笑ったり(ゴメン)の電話になりました。
かやさんは、「もう書かない!」と言っているので、私のほうから説明しておきます。

なんと、270の私の書き込みの、冒頭の部分が不適切だったのです。
私はてっきり後半の部分で、かやさんが過剰反応しているのかと思っていましたから、「えーーっ、そうだったの?」でした。

かやさんは、初対面の人と腕を組んで歩くような人じゃないのに、霊媒として克の要請に応えて皆の前で私と腕を組んだのに、それを私が茶化したような書き方をしたことに憤っておられたのです。
「飯沼さんは、サニワなんでしょう?」と言われてしまいました。
伊勢でのことは「霊的行為」なのだから、そこを皆さんにちゃんと分かるように書かなかった。
それどころか、茶化して書いたことで女性としてのかやさんは傷ついた。
ということでした。

言われてみればその通りだと思います。
と言いながら、言われた後でも「言われてみれば」という認識しかもてない私ですが・・・(あ、またまたゴメン)
確かに言われてみれば(まだ言ってる!)、申し訳ないことでした。
かやさん、ごめんなさい。

かやさんは、霊媒としてさまざまな情報を伝えたり、ヒーラーとして人の心や体を癒すことには確かな力を発揮しておられます。
しかし余程のことがない限り、他界した人の要請を受けて地上に残された人と腕を組んだりはしないことを、改めてお伝えしておきます。
だから間違っても期待したりしないように(←あ〜ぁ、この一言でしばらくは口も聞いてもらえなくなるのでしょうね。でも、怒りながらもここを笑って受け止めるぐらいの、かやさんの実力に見合った余裕を見せてほしいという願いを込めた余計な一言の、つもり、です)

14/06/2006(水) 14:04:19

No.278  飯沼 E-mail
うーん、反省です 引用

上の277の書き込み、ヒンシュクものなのかもしれませんね。
自分的にはかやさんにエールを送ったつもりだったのですが・・・。
これは私の感覚・感性の問題ですね。
反省しています。
かやさんは体調を崩されたということです。
きっと私のせいです。
かやさん、重ね重ねごめんなさい。

14/06/2006(水) 23:35:35


No.269 かや ホームページ 
みゅーさんへ 引用
みゅーさん はじめましてかな ?
かやです。こんにちは。

今日 藍子ちゃんと奈良でお会いしてきました。
また詳しいことは、藍子ちゃんに聞いていただくとして、
今日撮った 藍子ちゃんの携帯の写真があるんですけど、(藍子ちゃんに送ってあります。)やさしく光が射して、藍子ちゃんが包まれている写真なんですけどね、その光の中に、克子さんがいますよ。
見せてもらって下さい。

みゅーさんに きっとメッセージが伝わると思います。


飯沼さん ご本ありがとうございます。
また お話させて下さいね。

13/06/2006(火) 18:09:10


No.272  ミュー
かやさんへ 引用
はじめまして(*^_^*)。
教えていただき、ありがとうございました。
早速藍子ちゃんがPCに送ってくれて、お写真を見せていただきました。

せっかく教えていただきましたのに、光の中に包まれているお写真の中に、克子さんの姿を感じる事が私には出来ませんでした。
克子さんからのメッセージを受け取りたかったのですが、ごめんなさい・・・私には受けられなかったようです。

かやさんに、お手数をおかけしてしまうのは大変申し訳無いのですが、あのお写真から私に伝わるメッセージを、よろしければ教えていただけないでしょうか・・・。

どうぞよろしくお願いいたします。

13/06/2006(火) 23:28:53

No.273  かや ホームページ
Re: みゅーさんへ 引用
申し訳ありません。

私 よけいなこと書きすぎましたね。
出過ぎたことばかりしてしまったようです。

ミューさんは、ミューさんの感覚を大切になさって下さい。

ほんとうに 失礼しました。

もう書き込みは、控えます。

お騒がせしました。

13/06/2006(火) 23:44:34

No.276  ミュー
かやさんへ 引用
かやさん、どうかどうかあやまらないでください・・・。

メッセージも感覚も、受ける霊媒や特性(言葉が適切でないかもしれません)によっても違い、より多面的なものだと私は思います。
なので情報は、より多い方が良いと思っています。
その齎された情報を、自身で検証しながら学び取り、これからの言動に反映させ、自らの進むべき道を選択してゆきたいと思います。

ですので、かやさんが受けてくださった貴重なメッセージを、いただけたらとても嬉しく思い、教えていただきたく思いました。
かやさん・・・私こそ、お会いしていないにも関わらず、こうしてお手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。

いつか、かやさんにお会い出来る日を願っていきます。
その時には、どうぞよろしくお願い致します。

14/06/2006(水) 01:59:22


No.245 りん  
不思議な夢。。。。 引用
今日は明け方不思議な夢をみたので書き込みします。。私にはこんな感覚は初めてでした!夢というか実際に体験しているようなそんな感覚です。
 夢の内容
飯沼さんにヒーリングをうけています、、飯沼さんが近寄ると何ともいえないゆらゆらしたそれはそれはとても心地が良い感覚になりました。。でもゆらゆらしたと自分その下に重い自分もいる感覚です。
飯沼さんはそのゆらゆらな自分を持ち上げてくれようとしている感じなのに、私は重い自分と引き離したらいけないと思ってくっついたままなんですが、やっぱり飯沼さんを信じてゆらゆらな自分に意識を集中したかんじです。飯沼さんがひっぱってくれたら自分の身体からストンと重い物がおちていきました。。
 そしたら身体が軽くなりました。。
夢というか自分が体験したかのような感覚で目が覚めたらあたたかな感覚に包まれているような感じで気持ちがいいのです。。
 なんだか不思議で不思議で。。でも意味があると思いましたが
とっても不思議でした。。
 今日は朝から体調もよかったんです!!

10/06/2006(土) 18:08:52


No.250  飯沼 E-mail
Re: 不思議な夢。。。。 引用

☆りんさん、皆さんへ

こんばんは。
実は昨夜、NO234の書き込みをしているとき、書こうかと思いながら書かなかったことがありましした。
それがりんさんの見た夢とあまりにも重なっているので、驚いています。
うまく言葉にできるかどうか分かりませんが、以下に書いてみます。

本来人間は霊であり、霊界から地上界に赴いた存在です。
霊界では、皆が何不自由なく満たされたなかで暮らしています。
お互いがお互いの喜びのために生きているのです。
霊界では、誰もが自分を守る必要がありません。
奪いにくる者も、攻撃してくる者もおらず、自分の心を隠す必要もなく、また隠すこともできないから、何も守る必要がないのです。
霊界にあるのは、与える喜びと学ぶ喜びです。

しかし、地上界ではそうはいきません。
ほとんど全ての人が「自分を守ること」に大きなエネルギーを使っています。
自分が持っている物や自分の肉体もそうですが、そればかりでなく、「自分」という存在そのものを守ろうとして汲々としているように思えるのです。
それによって、逆に本当の自分を見失ってしまっているように思えるのです。
必要のないときにも過剰に自分を守ることが身についてしまって、さまざまなかげりや歪みが生じているように思えるのです。

地上においても神や霊界からの庇護を受けているのだから、本当は自分を守る必要などないのです。
もちろん今の地上は、霊界とはずいぶん違う世界なので、全く自分を守らなくていいとは言いません。
一定の注意を怠ることはできません。
しかし、少なくともほとんどの人がしているような過剰な自己防衛が、自分も人も苦しくさせていることは間違いないでしょう。

この自己防衛本能は、おそらくは、動物から進化してきた「ヒト」の名残りではないかと思うのです。
最も動物の延長上に形成された肉体は、まさに生理的に自己防衛反応を示します。

人間の「心の体」であるオーラは、感覚・感情・理性・霊体・・・というように、次元の異なる意識が層をなしています。
いわゆる地上的なオーラは理性の層までですから、少なくともその層までのオーラは自己防衛の意識を本能的に持っているのでしょう。
まさに地上的な肉体にまとわりつくように、意識も地上ならではの価値観である「自分を守ること」に重心を置いている状態です。
りんさんの夢での、「重い自分」です。
夢でりんさんが感じた「ゆらゆらした自分」は、霊界としっかりつながっているオーラの層、つまり霊性・霊的意識ですね。

今の地上界では、自己防衛の意識から完全に解放されることはないのかもしれません。
しかし、霊には自己防衛本能はないはずですから、人間も霊性が開発されるにつれて、自己防衛の意識は薄くなっていくのだと思うのです。
少なくとも、それが最優先になることはなくなるでしょう。

霊的意識・霊性が、オーラの理性や感情、感覚の層にまで浸透してくればどうなるのか?
そうなれば、動機も考え方も気持ちも感覚も言動も、全てが与えることの喜び、自分を役立てることの喜びに満たされていくのでしょう。
もちろん、「人として優しく、人として正しく、皆も自分も幸せに」を願い、それに沿っていくことが喜びになっていくのだと思うのです。
それだけではなく、本当の自分らしさをおおらかに表現していくことが、自分にとって自然なことになっていくでしょう。
シルバーバーチは、「霊性が進化するにつれて、霊はその個性がはっきりとしてきます」という意味のことを伝えています。
それは、より本来のその人(霊)らしくなっていくという意味だと思います。
地上的に言えば、その人としての魅力が増していくということだと理解してよいと思います。
本当の、本来のその人としての輝きが増していくのですから当然です。

話がまた長くなってしまいました。
昨夜の投稿を書きながら私は、今の地上の人間の心(オーラ)には相反するふたつの方向性があることを思っていたのです。
一方は無限の霊界・神の方向性であり、解放・開放・拡散・・・です。
もう一方は「自分を守る」という方向性であり、閉鎖・閉塞・凝縮・凝集・・・です。

この「自分を守る」という意識に霊性・霊的エネルギーを浸透させることができれば、人間はその全存在で「肉体を持って地上に生きる霊」となっていくだろうと思っていたのです。
それによって、今回の自分の地上人生のテーマに基づいてもたらされるさまざまなトラブルにも、魂の意識に沿って対処・対応していくるようになるはずだと思いました。
課題の克服、調和の実現です。
自分に閉塞しなくなるのですから気持ちが軽くなる、自分の気持ちに捉われなくなってゆくはずなのです。
本当の意味で自分らしく、軽やかに健やかに地上人生を生きることができるはずなのです。
病の治癒にもつながるでしょう。

ヒーリングによって治る病者さんもさらに増えるのです。

話が逸れますが、克は、肉体も感情(の上位)も理性も解放されていましたが、「感覚」の層だけは解放されていませんでした。
それは幼い頃の恐怖の体験の傷を、完全に払拭することができなかったからです。
感覚以外の心(オーラ)には霊性が浸透していたから、全く死を怖れることもなく、しかし治っていく希望と努力を失わず、痛みもないままに他界したのだと思うのです。
痛みがないことと、私たちの病室の雰囲気が明るいことに看護師三も驚いていました。

克の幼い頃(から)の傷の感覚は、残念ながら私には共有できないものでしたが、克のような経験とその後の霊性の開発は極めて特殊なものでしたから、一般の病者さんののヒーリングとは意味合いが違っています。

私は、多分、ヒーラーとして一歩前進できたと思います。

昨夜、私は書き込みをしながら同時にこのようなことを考えていました。
ちょうどその夜に、りんさんが私のイメージと重なる夢を見たという話はとても嬉しいです。
大きな意味があると思います。
りんさん、嬉しい話をありがとう!

昨夜考えていたことも今日書いたことも、「知識」としては私にとっては特に目新しいものではありません。
しかし、私の「気づき」としては、とても大きなものがあるのです。
この気づきに導いてくれたのは、伊勢でかやさんが私に伝えてくれた克からの言葉でした。
昨夜の書き込みをしているときに、伊勢でかやさんが伝えてくれた克の言葉の真意に突然つながったのです。
かやさん、ありがとうね!

11/06/2006(日) 01:56:35

No.265  りん
Re: 不思議な夢。。。。 引用
飯沼さん、そうだったのですか。。
やっぱり大きな意味のある夢だったのですね(^^)
私はてっきり寝ている間に飯沼さんに会いにいったのかな?って思っていました。。
 私はまだまだ「自分を守ること」の方が強くて、もう卒業して相手を思っていく回路を広げないといけないと思いました。。
そうじゃないと相手に癒しのエネルギーをいっぱい注いでいけないなぁと思います。どんな時もまず、相手の事を思える自分になりたいと思います。。よぉーし、引き続き努力します。。

13/06/2006(火) 02:56:08


No.253 飯沼  E-mail
子猫がきました! 引用

以前からねねは、ことらに来たら猫を飼いたいと言っていました。
うちには14〜15歳の犬がいるので、私はそいつに気兼ねして乗り気ではなかったものの、結局押し切られて猫を飼うことにしました。
ペットショップで買うのではなく、捨て猫か貰い手のいない猫がいれば、という条件でした。

一昨日、事故で顔を怪我した次男が帰宅しました。
傷跡は多少残るかもしれないものの、心配したほどの傷ではなかったのですが、昨日は藍子も弟の様子を見に帰ってくることになっていました。

するとどうでしょう。
突然に藍子の友人から、「飼えなくなった子猫がいるんだけど・・・」というメールが入ったというのです。
即決で、その子猫を貰うことになりました。
前に飼っていたネコとそっくりな、黒いオスの子猫です。
まぁ、可愛いこと、可愛いこと!

名前はまだ確定していません。
ねねは「イチ」を主張しています。
私は、黒猫なので「ヤマト」「タンゴ」「ピンポン」などの案を出していますが、極めて不評です。
あ、意味、分かりますか?
黒猫ヤマト。
黒猫のタンゴ。
黒猫ヤマトの宅急=卓球=ピンポンです。
子猫を譲ってくれた藍子の友人が丹後半島の出身だそうなのと、丹後半島は克とも何度も行った所なので、私はタンゴを押しているのですが、どうも形勢不利です。

前に買っていた猫は、ゆうきが大阪で新聞配達のアルバイトをしていた頃、溝で鳴いていた子猫を見つけて、ちょうど藍子が京都から三田に来る日だったので、籠に入れて連れて来たのでした。
一日だけ三田において、氷上に連れて行ったのだと記憶しています。
ねねがまだ小学校にも行っていない頃で、しぃとねねが子猫をめぐって激しいバトルを繰り広げていました。
あまりのバトルの激しさに克が呆れて、子供たちを叱っていたのが昨日のことのようです・・・。

しかし、ずっと長い間「猫をもらってくれないか」などという話はなかったのに、このタイミングで突然にそういう話が舞い込み、しかもその日に藍子がこちらに戻ることになっていたなんて、やはり、こういうのも「計らい」なのでしょうね。
ちょっと不思議な気がします。

12/06/2006(月) 18:09:30


No.254  カピバット
Re: 子猫がきました! 引用
飯沼さん、こんばんは。ねねさんが猫を飼いたい、という話は聞いたことがありました。多分、ねねさんから直接聞いたと思いますが。ところで、ねねさんが子猫に「イチ」という名前を付けたがっている理由は何でしょうか?以前に猫を飼育されていたようなので、最初の「イチ」という意味ではなさそうですし。
飯沼さんの付けたがっている名前の理由はすぐに分かりました。「タンゴ」は、最初は分かりませんでしたが、すぐに皆川おさむさんの「黒猫のタンゴ」だと分かりました。
つい先ほど、今月の定例会には参加できなくなりました、と書き込んだばかりですが、再来月以降、ムーちゃんとともに新しい仲間に会えるのを楽しみにしています。

12/06/2006(月) 18:35:40

No.256  藍子 ホームページ E-mail
Re: 子猫がきました! 引用
イチ君、とつけたのは私でした。
篠山に着くまでの間、ねねが名前をつければいいと思いながらも、なんとなし顔をみて「イチ君」と呼んでいたのでした。意味はまったくありません。
イチでもヒャクでもセンでも良かったけれど、「イチ君」という響きが知的で可愛いかなぁと思ったのよ。
もっといい名前を思いついたら教えてね。タンゴとかヤマトは嫌ですからね。

とにかく可愛いので、私はまた今度いつ篠山に帰れるかなぁと予定の隙間を探っています。
定例会の人気者になりますね。
ムーちゃんともども、今後よろしくお願いします。

12/06/2006(月) 19:42:18

No.260  ちぃ
Re: 子猫がきました! 引用
わぁ〜(*^ー^*) にゃんこが仲間入りしたのですね♪
ねねちゃん良かったね〜!! 弟くんだね!!
お名前、イチ君に決定?? 可愛いお名前だぁ〜☆
実はね・・・ 我が家にも黒猫さんが居るんですよぉ〜!!
しかも! 名前がね〜 な・な・なんと!!

『タンゴ』なのです!!!

私の名誉のため(笑)、名付け親は私の父です。飯沼さんと同じく「黒猫のタンゴ」からだそうです。
タンゴなんてありえない! しかも女の子なのに絶対ありえない!と反対したのですが、当時は実家に居たので、タンゴという名前にしなければ飼ってはいけない!という父に逆らえず、母に助けを求めると「ゴンタやしゴンタを反対から読んだらタンゴやん!ぴったり☆」と・・・結果、2対1の多数決で負け「タンゴ」になりました。
タンゴですよ・タンゴ!!(笑) 
「団子」に間違えられる事もしばしば・・・です。(笑)
恥ずかしいのでお名前を聞かれると「たんたん」とお答えしています。(笑)
が、たんたんの息子が他界してから急に「タンゴ」にも「たんたん」にも反応しなくなり、息子の呼び名であった「むぅ」にだけ反応するようになりました。
今では本名「たんたん」・呼び名「むぅ」で、”タンゴ”はどこかへ消えちゃいました〜〜〜!!
でも、父は相変わらず無視されてもされても「タンゴ!」と呼んでいます。(笑)

ねねちゃん、お名前考えるの楽しいよね♪ うちの子になるんだぁ〜!!って実感するというか嬉しいよね♪ 可愛いお名前つけてあげてね〜〜〜!!
飯沼さん、ピ・ピ・ピンポン??? 「それはないで〜!」とにぃくんが言っています。(笑)
私達も子猫ちゃんにお会いするのを楽しみにしていまぁす!!!
にゃんこの事で何か悩んだりしたら何でも聞いてね〜!! 唯一の得意分野です☆

12/06/2006(月) 21:30:34

No.261  ろでぃ
Re: 子猫がきました! 引用
子猫と聞いて書き込まずにはいられないろでぃです。
子猫・・・嗚呼なんて甘美な響き!我家の元子猫(!?)8匹の遠い昔を思い出してしまいます。
猫がわたしと旦那の縁を結んでくれましたから、猫さまさまです。猫さん無しの生活は想像できません!

猫だけじゃなくこの地球にある生命すべてが訳あって存在しているのだと思っています。教わることもたくさん。命あるもの同士お互いいたわりあって存在できたらいいな。言葉が通じないからこそ心で伝え合えたらいいな、と思っています。

いつか飯沼さんちの猫さんに会える機会があったらいいなあ。

12/06/2006(月) 22:05:13


No.259 ひろこ  
時間がないけど、書きたかったので 引用
まあ、まあ@^0^@親子で何を面白い事言ってはるんですか?
黒猫ヤマトやら、タンゴやら、ひゃくやらせんやら ハハハ
迷惑なイチ君ですが、いいところの子になってよかったにゃ〜。
黒猫は家の守り猫といいますから。
我が家は白猫じいちゃんですが。どうか、お友達に・・・
悠々塾のイチからの新しいはじまりですね。

ネットワークの事、主人が大賛成です。それまで自分がもっと地を固めて自分に出来る事を役立てて行きたいと思っています。
私も、夢の中で足元から喜びを感じている不思議な気持ちになりました。
そんな時もあるのに、不安と恐怖のつぼに吸い込まれている時がよくあります。ふ〜です。
そんな時は、パッパパッパパ〜ってやってます。
山より大きなししは出ん・・・ですね。

12/06/2006(月) 20:27:18



No.220 あきこ  
こんにちはーーー。 引用
いつも母がお世話になってます!!
昼寝してすっきりのあきこです。
ミューさん、ひとみさん、あやかちゃん
コンサート楽しそうっっっ!!!
私も最近またドリカム大好きで
出勤中はドリカム聞いて寝ぼけた頭起こしてます。
ISSINの曲も聴いてますよ!!
WHOLEが一番好きですー^O^
ちなみに藍子ちゃん、彼氏はまだ出来てないですー>o<

この間の伊勢でも母がお世話になったみたいで。
ありがとうございます。:^O^:
母の天然っぷりは仕事でも活かされていて(?)
父はその憤りを誰かに分かってほしいらしく、
私に言いにきます。ほんとに・・・。
時にはおもしろいんですけど。。。

ひとみさん、またあそんでくださいー!!!^O^

07/06/2006(水) 16:50:19


No.225  藍子 ホームページ E-mail
こんにちは、あきこさん。 引用
お元気そうでなにより☆
あきこさん、超プライベート情報を掲示板にひょうひょうと書いているから、読んでる私の方がアタフタしました。いいの?そんなにオープンに書き込んで。。。
じゃあ、彼氏出来たときもここで教えてねー。

あのね、伊勢で鰻を食べたときね、ひろこさん「主人に食べさせてあげたい」って言ってたよ。なんだかそういう気持ちって、ほんわかしていいなぁーって思った。お父さんのこと大好きやねんなぁーって思ったよ。お父さんにもよろしくお伝えくださいね。

また定例会でたくさんお話しよう!また来てね。

07/06/2006(水) 23:43:06

No.249  あきこ
Re: こんにちはーーー。 引用
☆藍子ちゃん☆
じゃー彼氏ができた時には喜んで報告するねー!!
いつになるやら・・・(^_^;)
藍子ちゃんとは同じ世代なので勝手に親近感持ってます。^0^
ここ最近はなかなか定例会にも行けてないけど
夏までには行きたいなあーと思ってます。
ねねちゃんにも会いたいしっっっ*>o<*
また飲みましょう。。。

10/06/2006(土) 23:44:05


No.138 飯沼  E-mail
   ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用


愛は時空を超えて 19

―― 霊界の堀江との対話 ――



飯沼) おぅい、クゥ、こんにちは。

克子) はぁい、まーたん、こんにちは。

飯) 今日は、緊急でお前の方から伝えてほしいことがあって、この受信を始めたんだ。
今苦しいことを抱え、苦難のさなかに置かれている人たちに向けて、そちらから伝えてほしい。

克) はーい。分かりました。
これは私からお伝えするよりも、「シルバーバーチの霊訓」を読んでもらった方が良いのですが、あなたからの要請なので私なりにお伝えしますね。

人生とは地上だけのものではありません。
皆さん方は地上という次元の低い限られた世界に生きているのですが、全ての人がやがて地上を去って「死後の世界」で生きることになります。
闇の暗黒界や暗い幽界に落ちてゆく死者は別にして、本来の霊界に戻る人たちは全て、自分の地上人生を振り返るのです。
そのときは、本当に自分の地上人生についての全てのことが分かります。
心からの理解と納得ができるのです。

地上の皆さんは何か苦しいことに遭遇すると「なぜ、自分が・・・」「なぜ、この子が・・・」という思いを抱きます。
私などはまだ霊界に戻って年月がたっていないので、愛情に基づくそういう感情や感覚は十分に実感があるので、そっと抱き締めに行ったり、涙をぬぐってあげずにはいられないことがよくあります。
実際にそういうときにその人のオーラに喜びの反応が表れることも珍しくないのですよ。
私だけではなく、愛念でつながった霊たちはいつもそんなふうにして地上の皆さん方を見守り、慈しんでいます。
そして今苦しい思いに沈み込んでいる人たちが、一日も早くそこから心を引き上げて喜びを見出し、喜びに向かって歩み直してほしいと願うのです。

全ての人が地上人生のプログラムを霊界であらかじめ決めてから、地上に赴きます。
病も死期もそうですし、人との出会いや関わりなどの地上人生での重要な事柄は全て設定されているのです。
それらを過去世との絡みで説明することも可能です。
地上人生におけるほとんどのことは、何度もの過去世と絡んでいます。
いわゆる「カルマ」ですね。
過去世があって今回の人生があるのですから、それは当然なのです。
カルマは正のカルマ、つまり喜びをさらに積み上げていくものもあります。

しかし、問題になるのはやはり負のカルマでしょう。
負のカルマとは、過去世において喜び以外のエネルギーのままその人生を終わってしまったものです。
それを今回の人生では喜びにすることによって、カルマが解消されるのです。
その意味では、過去世の情報を知らなくても、今生でもたらされた苦難や試練を喜びにしていくことで十分だと言えます。
エネルギーとしては同じことなのです。
過去世の過ち・至らなさ・不十分さが、同じテーマで形を変えて、今生で向き合い越えるようにもたらされるのですから同じことなのです。

個別の事柄やテーマはそれぞれに異なっていますが、根本は同じです。
「喜びではないものとしてもたらされたものを、喜びに変えていく」ことです。
自分だけの喜びではなく、「人も自分も幸せに」という喜びです。
愛に基づいた喜びです。
もたらされる「喜びでないもの」の内容は、その人のカルマと学びの段階によって決められています。
その人の学びの段階とカルマの大きさとの関係で、今生では解消しきれない場合もありますが、それでも試練や苦難に向き合って心を闇にしないで喜びに向かおうとすることでふさわしく計らわれます。
いずれ霊界に戻った時には必ず大きくねぎらわれ、地上の喜びをはるかに上回る喜びに満たされるのです。
全ては導きのなかなのです。

こちらからはそういうことがそのまま分かるのですが、地上に生きている皆さん方にはやはり実感としては分かりきらないでしょう。
でも、そこにこそ意味があるのです。
こちらのように、地上での苦難の意味やその解消法が分かっていれば、誰でもが何も迷うことなく「喜び」に向かっていけるでしょう。
問題の意味も答えも全て分かっているのですから、当然です。
しかし、全部は分からないなかで苦難に際しても心を闇にせず、そういうときこそ心のエネルギーを高めて向き合い、越えていこうとするからこそ、皆さん方の心は鍛えられるのです。
遠回りも決して無駄にはなりません。
皆さん方にとっては日々の苦しい現実でしょうが、こちらから見れば、いずれゴールインするためのトレーニングなのです。
トレーニングの邪魔をして、台無しにするわけにはいきません。
いずれ必ず皆さん方も納得する時がきます。

そうはいっても、敢えて遠回りをする必要はないのですから、霊界側からは許される範囲で援助し続けています。
誰にも肩代わりできない皆さん方の地上人生ですが、同時に誰ひとりとして捨て置かれることはありません。
絶え間ないエネルギー的援助を受けているのです。
問題は、霊界側からの援助のエネルギーが届かない状態に皆さんが陥ってしまうことです。

いかに愛情に基づくものであったとしても、心配や嘆きは霊界からの援助のエネルギーを遮断します。
適切な判断は大切ですが、あきらめも焦りも力みも、霊界との共鳴を弱めます。

大丈夫。
何があっても必ず大丈夫なのです。
今は苦しくても、いずれ必ず喜びに変わります。
その喜びを早く引き寄せるには、苦しいなかでこそ向き合い、喜びに向かい、喜びを見出していこうとする意志と意欲です。
信頼できるヒーラーのヒーリングを受けることも、後押しになるでしょう。

しかし、それとは別に、地上の人間としての悲しみや嘆きの感情をありのままに吐き出して、心を軽くすることを私は否定いたしません。
分かってはいても、地上の人間には地上ならではの感情があるものです。
それに捉われてしまったり、引きずってしまうことがかげりです。
心許せる人にそれを聞いてもらって、軽くすればよいのです。
心に重いものを抱えたまま、そうではないようにするよりも、ありのままに吐き出して、心全体を軽くした方がよいのです。

でも、泣きながらでも、上位の(次元の高い)意識では忘れないでください。
皆さん方ひとりひとりは、神の分け御霊を戴いた霊です。
だから、この地上において、愛に基づいた喜びを実感し、その喜びを顕現させるために今も生きているのです。
苦しければ苦しいほど、背負うものが重ければ重いほど、愛を感じ、喜びを感じる機会は実は多いのです。
「人として優しく、人として正しく、皆も自分も幸せに」と願い、その方向に向かおうとしている限り、必ず幸せを実感して生きていけるのです。
私の、霊界側の援助を信じてください。

皆さん方の決めてきた課題を肩代わりしてあげることはできません。
それでは皆さん方が地上に生まれた意味がなくなってしまいます。
でも、どんな辛いこと苦しいこと悲しいことも全て摂理・法則によって網羅されています。
とすれば、摂理に沿って対応することによって、必ず喜びに変わるのです。
なぜなら、摂理は愛であり喜びであるからです。

皆さん方の優しさが裏切られることはありません。
愛が裏切られることは絶対にないのです。
皆さん方の人としての正しさが裏切られることはありません。
摂理が裏切られることは絶対にないのです。
ただ、地上ではそれが喜びとして実感できるまで、「時間」という壁を通り過ぎねばならないことがあるだけです。

思慮深さも必要ですが、考えてもどうしようもないことばかりを考えすぎてはいけません。
心を重くするだけです。
人間である以上、自分なりの思いに停滞することもあります。
でも、皆さん方ひとりひとりの心には、その霧を吹き飛ばす力が備わっているのです。
重い気持ちで身も心も動かなくなるために生まれてきたのではありません。
皆さん方はそんな情けない存在ではないのです。
それを信じることができれば、どんな人でも今までの自分では考えられなかったような力強い喜びのエネルギーが充填されるのです。

意識を自分に閉塞させなくなることが、悟りです。
それぞれのカルマが絡んでいますから、そう簡単に悟りに至ることができないかもしれません。
しかし、いつかは必ず悟ることができます。
今の苦しみは必ず喜びに変わるのです。

いかなる現状であれ、心の底から受け止めて、涙も枯れて打ちひしがれようとも、立ち上がったときには胸を張って、光に向かって歩き出してください。
挫けないで。
でも、無理もしないで。
ありのままの、そのままの心の力を膨らませれば大丈夫。
それで必ず大丈夫です。
そうして皆さん方は心を成長させていくのです。
私はいつも皆さん方を応援しています。
抱き締めています。

飯) ありがとう。
さっそく、掲示板にアップするよ。

克) はい。
私もおひとりおひとりに愛念を注ぎます。

(2006・5・30)

30/05/2006(火) 23:26:37


No.143  飯沼 E-mail
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用

急いでアップしたかったので書きませんでしたが、克からの皆さん方への大きくて深く強い愛念を感じながらの受信でした。
ちょっと惚れなおしましたよ(笑)←最大の喜びをさらに積み上げると言う意味で〜す。(と言っておかないとね)

心を開いて、言葉に込められているエネルギーを取り込むようにして、たくさんの方々に読んでほしいと思います。

31/05/2006(水) 00:48:32

No.147  飯沼 E-mail
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用

ねねは今日から修学旅行です。
今まゆみさんがお弁当を入れているところ。
もうすぐ学校まで送っていきます。
「ねねがいないと寂しい?」と何度聞かれたことでしょう(笑)
ほんとに、可愛いねねです。

31/05/2006(水) 05:42:49

No.157  もりさわで〜〜〜〜す。
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
飯沼さ〜〜〜ん、ねねちゃんは、飛行機だいったのかな?

なぎは昨日16時ごろ、無事、帰宅しました。沖縄ではず〜と雨だったらしいのですが、『帰りたくない!』と思うほど楽しかったようです。
凪は2回目の沖縄だったのですが、はじめてのときはちいさかったので覚えてない事を悔しがっていました。だから、よけい嬉しかったみたいです。。今回は飛行機での移動だったので、今、体の調整中らしく、帰ってきてからず〜と爆睡中だす。船旅の方がゆっくりと楽しめるのに。。。忙しすぎてかわいそうに思っている母でした。

02/06/2006(金) 09:11:00

No.174  すなめり
みんなが好きです 引用
悪戦苦闘の日々。
眠れず、掲示板をみました。
この受信?私の為?
って思ってしまう身勝手さも自己中な私ならでは。
ありがとうございました。

04/06/2006(日) 02:15:17

No.196  ルナ
みんなが好きです 引用
すなめりさんの件名。
にんまりニコニコしてしまいます。
すなめりさんが毎日心やすらかに眠れるように
祈らずにはいられません。なぜだか。。

大きなお世話でしょうが。。おやすみなさい。

05/06/2006(月) 22:30:48

No.199  すなめり
Re:みんなが好きです 引用
> すなめりさんが毎日心やすらかに眠れるように
> 祈らずにはいられません。なぜだか。。
>
> 大きなお世話でしょうが。。おやすみなさい。


ありがとうございます。定例会に出られる様に成るまで書き込まないつもりでしたが、ついつい。いつもロクな事を考えない私ですが、それなりに次を見据えています。多分、私は大丈夫。きっと。
ありがとうございました。
(掲示板で遊ばない様、先達に注意されないうちに退散です)

06/06/2006(火) 05:53:11

No.214  ルナ
Re: みんなが好きです 引用

> (掲示板で遊ばない様、先達に注意されないうちに退散です)

先達の意味が解らなくて辞書で調べました。。

意味は(その方面での先輩・案内者)ひとつ賢くなりました。
きっと使わないだろうけど、ありがとうございます。

もう一言、私はすなめりさんが身勝手で自己中なんてことは感じた事、ないです。 
                      

06/06/2006(火) 20:25:28

No.216  飯沼 E-mail
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
☆すなめりさん

>掲示板で遊ばない様、先達に注意されないうちに退散です

そうそう、掲示板で遊ばないように、ねっ。
説得力抜群でしょう?

>もう一言、私はすなめりさんが身勝手で自己中なんてことは感じた事、ないです。 
    
私もルナさんと同意見ですよ。

「愛は時空を超えて・19」は何人もの方から「自分のために?」とメールをいただきました。
多少なりともお役に立てているなら嬉しいです。

06/06/2006(火) 21:02:03

No.221  はる
すなめりさんへ 引用
私もすなめりさんが好きです。
若い人にこう言うのは照れますが、すなめりさんっていい人ですよね。
是非、定例会で会ってみたいですね。
今月、ぜひぜひいらしてください!!!
(毎月参加していない私が言うのは変ですが・・・)

07/06/2006(水) 19:58:01

No.222  すなめり
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
>そうそう、掲示板で遊ばないように、ねっ。
>説得力抜群でしょう?

説得力?・・・。
「別に・・・」と言いたいところですが、
「それなりに・・・」としておきます。
理由は遠隔ヒーリングでお世話に成っているから。
遠隔ヒーリングなんて・・・?と思ってた私ですが、不思議と効力あるみたいで、今の私にとってはホントに必要で、飯沼さんに嫌われて辞められたら困るから(笑)。

> 私もすなめりさんが好きです。

はるさん。ありがとうございます。でもね、飯沼さんも同じなのですが、私の事を買いかぶり過ぎです。私は現在、単なる流浪に過ぎません。将来も危うい。正直、何故、私の様な者が此処で受け入れられ、良くして頂いてるのかも良く分からず、落ち着かない気分さえ覚えてしまいます。

せめてもの恩返しに成るかどうかも分かりませんが、ソレとして、何かコトあった際に、参考になるかどうかも良く分からないですけど、飯沼さんに、レポートの様な形でメールで報告しています。まぁ、自分の為ですけどねー。それでは失礼します。

07/06/2006(水) 21:12:43

No.223  飯沼 E-mail
Re:すなめりさん 引用

>説得力?・・・。
「別に・・・」と言いたいところですが、
「それなりに・・・」としておきます。

説得力というのは、このところ掲示板で遊びまくっている私が「掲示板で遊ばないように」って言えば・・・、ということですよ。
分かってくれてる?

では、メールお待ちしています。
あ、メールの文字、もう少し大きくしてもらえるとありがたいです。

07/06/2006(水) 22:57:27

No.227  すなめり
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
>分かってくれてる?
>
> では、メールお待ちしています。
> あ、メールの文字、もう少し大きくしてもらえるとありがたいです。


ごめんなさい。場の雰囲気を読むことが、できてませんでした。
今は、とりたててご報告することも無いです。日々、自分で決めたカリキュラムをこなしています。序々に膨らましていこうと思っています。何かあったら大きな字でご報告します。

えーと、はるさん。自分が自分に納得できたら、定例会に参加しようと思ってます。そのときは、よろしくお願いします。じゃ。

08/06/2006(木) 02:16:41

No.235  はる
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
> えーと、はるさん。自分が自分に納得できたら、定例会に参加しようと思ってます。そのときは、よろしくお願いします。じゃ。
すなめりさんって繊細で頭のいい人だと思います。
なんだか息子の友達で閉じこもりでパソコンおたくのUくんと会話しているように思いました。
ご自分に納得できてなくてもお気軽にご参加くださいね。では。

08/06/2006(木) 19:04:17

No.239  ウララン
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
>自分が自分に納得できたら、定例会に参加しようと思ってます。そのときは、よろしくお願いします。じゃ。

えーっつ、いつですかそれはー。
私なんか、勢いで初参加しちゃいましたよー。
あいたいなー、あいたいなー。
きてーきてーきてーきてー♪定例会。
さて、スナメリさん困ってると思うので、この辺で。
レスしなくていいですよ。
わたしゃ、そんなことで傷ついたりしません。
これ本当です。

09/06/2006(金) 18:31:21

No.241  おかあちゃんの娘☆
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用

  **すなめりさん**

こんばんゎ。初めましてですね☆★
まず初めにごめんなさいを言ぉうと思ってました。っていうか今ぬまと話ししてて思いました。。笑
うちゎすなめりさんがズット女の人や思うてました。。
したらぬまが『おっさんやで!笑』って言うカラ…『え゛ぇぇ!?』って感じでめちゃびっくりしました。汗

今回、すなめりさんに書こうと思うたんゎ、皆が≪すなめりさんコール≫をしとったから♪うちも会いたい♪
やから、定例会で待ってまぁぁす♪
                    ●○和音○●

09/06/2006(金) 20:20:47

No.242  すなめり
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
<したらぬまが『おっさんやで!笑』って言うカラ…『え゛ぇ!?』って感じでめちゃびっくりしました。汗>

和音さんはじめまして。おっさんとは失礼やね。でも、そういう歳だなー。和音さんの活き活きとした文章は、ココ、掲示板の清涼剤。楽しく読ませて頂いています。その調子で居てくださいね。

ウラランさん。はるさん。お気遣いありがとうございます。
えーと、自分が自分に納得できたらというのは、ある意味、悠々塾で言うトコロの神なる摂理と折り合いがついたらとでも言うべきかな?。コイツがなかなか上手くいかない。

はじめ、私は悠々塾に反旗をあげました。今でも、心理の面から、第三者から客観的に見れば、両親が悪い事に成る。その親でさえ「アイツ(私)の人生は辛過ぎる」と言う。でも、私は私の親も散々な人生だった事を幼い頃から感じて知っていた事を序々に思い出して、悠々塾で、かつて堀江さんに言われたとおり、今では、とても親をいとおしく思う時も多い。

残るは神なる摂理との折り合いをどうつけるか?。いくらカルマといえども、ここまで人を苦しめるのが神なる摂理?。自分で自分を客観的に見る事はなかなか出来ないけれど、人知れず心から血をダラダラと流す様な感を覚えてでも、人にした事は自分に返ってくると心して生きてきたつもり。私からすれば、真逆の代償で、神なる摂理が憎らしい。それでも、もう神なる摂理にすがるしか無い自分が居て良く分からない。正直、前世だのカルマだのあの世だの、どうでも良い。上手く表現できないけど、多くを忘れたい。心の止血をしたい。今が欲しい。それなりの未来を感じたい。欲張り過ぎだけどね。

「人として優しく、人として正しく」?。だから何?。生き難くて仕方ない者を更に苦しめてどうする?。って最初は思ったけれど、色々な悩みを抱えた方々がみえるなか、私に電話で付き合ってくれた飯沼さんはソレを分かっている様子で、今では、ある意味、防波堤的な言葉かな?とも思う。勝手な自己解釈だけれど。それでも、素直で無い私は違和感を持っていて、私の場合、「人として優しく、人として正しく、それは誇り」なら少し違和感も減るかな?って勝手に一言足して、解釈しようとしたりしている自分が居る。まぁ、それでも、未だに良く分からないけど。もう少し、悪党に成りたいしね。そりゃ、結婚もしたい。それなりの生活が出来るお金も欲しい。

私らしく、理屈っぽく、愚痴っぽく成っちゃったけど、少しでも、本音を言っていかないと定例会は無理かな?。「大丈夫、きっと自分は大丈夫。之だけ乗り越えてきたから」と思う時も有るし、絶望する時もある。日々、気分はうつろだけど、時が慣らしてくれるのかな?。って思う時もある。でも、時は容赦なく過ぎる。焦る。現実と向き合う程、無情を感じる。

アップするかどうか悩んだけど、その場をとりつくろう様な返事は辞めて、本音をアップしました。恥をかくことも、本音を出して、さらしモノにされることも、今の私には大事だから。

辛い人が多くみえるなか、私だけ愚痴っぽく、勝手に場の雰囲気を乱してごめんなさい。やはり、掲示板は苦手かな?。考えすぎちゃう。日々のカリキュラムに戻ります。

それから、私なんて、会っても目にも止まらない、記憶にも残らない様な普通のおっさんですから。では、失礼します。

09/06/2006(金) 21:00:11

No.243  飯沼 E-mail
Reすなめりさん、皆さんへ 引用

☆すなめりさん、こんばんは。

>おっさんとは失礼やね。

あはは、失礼しました。

>残るは神なる摂理との折り合いをどうつけるか?

そういうことですね。
摂理とは要するに神の法則ですから、愛とか真実とかによって織り成されているわけです。
もちろん、人間がその意味を認識できる「摂理・法則」は、ほんのわずかなものでしょうがね。
いずれにしても、われわれは摂理・法則から逃れられないわけです。
自分にとって嫌なことでも不都合なことでも、起きる時には起きてしまう。
それを神のせいにしてみても、誰か人のせいにしてみても、何の解決にもならないし、楽にもならない。
じゃあ、自分のせいにしたらどうかといえば、自己否定に苛まれてもっと苦しくなってしまったり・・・。

結局は、もたらされたことを受け入れて、少しでも嬉しい方向に動かしていくしかないんですよね。
「嬉しい方向」といっても、自分だけに嬉しい方向に動かしていこうとすれば、人との絡みでうまくいかない。
「自分も人も嬉しい方向」を見定めて舵を取らなければ、「嬉しくないこと」が連続でもたらされるでしょう。
そこでまた人を動かそうとすれば、またまた面倒なことになってしまう。
人には人の気持ちがあって、自分の思い通りには動いてくれないものですからね。
(自分なりの思いを越えて「皆も自分も」というスケールで思考言動していくことを身につけていくために学んでいるのに、「自分の思い通りにしてくれなかった」と言って腹を立てる人も多いですよね。)

まずは自分を動かしていくしかないのですし、それが一番楽だったりもしますよね。

嬉しい方向を目指すのならば、嬉しいことを手段・方法に選ばなければ、嬉しくはなりませんよね。
自分が幸せじゃないと思って苦しんだり不満を持つのは、自分が幸せになりたいという願いがあればこそ。
人間関係に苦しみ悩むのは、人と仲良くやっていきたいという願いがあればこそ、です。
「自分が幸せを実感したい。人と仲良くやっていきたい」と願っているのに、それとは逆の手段や方法(憎しみや嫌悪や否定や攻撃・・・)を用いればどうなるかは明らかなんですがね。

喉がカラカラに渇いて苦しい時に熱湯を飲んで嬉しいかといえば、そんなわけはありません。
やっぱり、冷たい水を飲んでこそ嬉しいのです。
それなのに我々人間は時として、自分で熱湯を飲んでみたり、相手に熱湯を浴びせかけたりしてしまうのですよね。
自分が選んだことでもやっぱり熱いから大騒ぎしたり、やけどさせた相手からねじ込まれたり・・・。

そんなふうに見てみると、神が人間を苦しめるのではなく、人間が苦しい方を選んでいる場合が多いものです。

人間は本来霊界の住人で、地上には学びのために訪れた旅人です。
泣いても笑っても、しばしの期間の地上滞在なのですから、楽しく学べばいいのだと思います。
そのためには、自分の非や至らなさを認めて素直に謝ったり、相手のことを理解したり、どうしようもないことを受け入れながらもあきらめずによりよい方向を目指したり・・・、ということが必要になるでしょう。
人間が霊的存在だということを受け入れない人でも、そんなふうにできればきっとその人も周囲の人も幸せになっていけるのだと思うのです。

「人として優しく、人として正しく。皆も自分も幸せに」というのはそういうことだと思うのです。

自分の過ちにいつまでも拘泥していても、済んでしまったことはどうしようもないのですから、自分を顧みて、謝って次に備えることです。
自分のしてしまったことが自分に返るのであれば、やり直しの機会をいただけるということですから、ありがたいことです。
そのやり直しの人生を、我々は今生きているのですから、ちょっと心せねばね(笑)

相手がどうしたとか、どうされたとかをいつまでも引きずっていても、それで幸せになれるはずがないと思うのです。
そういう人と縁を結ぶことにも意味はあるのですから、多くの場合は自分の気持ちを表明したり、本来の道を提示したりする必要はあるとは思います。
でも、それ以上に引きずってみても仕方がないのならば、自分の気持ちを動かしていくしかないのでしょう。
といっても、気持ちを動かせない状態の人に無理強いしても仕方がないのですし、その期間にも意味があるということなので、見守るしかないこともありますが・・・。

たかがしばしの地上人生。
「されど地上人生」かもしれませんが、人間が皆、神の子であリ、やがては喜びのみの霊界に戻リ、霊界において永遠の生命を生きるものならば、やはり、「たかが地上人生」なのです。

そんな地上人生で、人を憎んだり嫌悪したり、意地悪く無視したり、貶めたりするほどのこともないのです。
そんな地上人生で、自分が得をするため、自分の弱さや過ちをを守るために人を騙したり、誤魔化したり、ずるく立ち回ったりするほどのこともないのです。
多寡だか数十年間の地上人生を生きる自分に、そこまで執着・拘泥することはないのです。

そういう自分への執着、つまり我よし・自分なりの執着を洗い流せば、人は皆神の子なのですから、「人として優しく、人として正しく。皆も自分の幸せに」と願い、そう生きることが当然の喜びになるのだと、私は信じています。

その意味では、決して特別なことではなく、むしろ本来の自分に回帰することだと思うのです。

地上に生きる人間である限り、過ちはつきものです。
私もよく自分の至らなさを思いますし、悪党呼ばわりされることも珍しくありませんよ(笑)
「人として優しく、正しく。皆も自分も幸せに」というテーマはを掲げているからといって、私を含めて悠々塾に集う人たちがそれを完全にできているかと言えば、絶対にそんなことはありません。
自分の至らなさ、不十分さを知っているから、それを越えていきたいと思い、自分を情けなく思ったり、否定してしまいがちだから、心を交しあえる人たちの中で、自分を喜んでいきたい。
少しでも本来の自分に近づきながら、自分を役立てていきたい。
そう思っている人たちばかりです。

決して特別な人たちが集まるわけではありません。
今の世にあって、いろんな悩みのなかで、でも自分の人生を真っ当に生きたいと願う普通の人たちですよ。
定例会への参加や、掲示板への書き込みを「特別なこと」だと思わずに、どうぞ気楽に参加してみてください。
と言っても、無理強いしているのではありませんので。

特にすなめりさんへというわけじゃなしに、浮かんできたことを書きました。

10/06/2006(土) 02:14:41

No.244  りん
すなめりさんへ 引用
はじめまして、りんです。和音ちゃんの書き込みを読んで私もびっくりしました。すなめりさんがおっさんだったなんて笑。。。
私のイメージは若い感じで、でも、、すなめりさんにあやまりたい事があります。。
 最初すなめりさんの事を掲示板で知ったとき、なんか理屈っぽくて意地っ張りでへそ曲がりな人だなぁぁと思っていたからです。
だけど、違うんだーって思いました。。
 悠々塾につながるのも、自分を変えたいと思っているからなんだろうなぁって。本当は素直な人なんだろうなぁって。勝手に解釈してすみません。
 すなめりさん、へそ曲がりなんて言って本当にごめんなさい!!

10/06/2006(土) 06:12:25

No.248  すなめり
Re:    ☆☆  愛は時空を超えて 19 ☆☆ 引用
○飯沼さん。
長文で、ありがとうございます。
受信と合わせ、コピーして、また読みます。実感として自分のモ ノにするのは、なかなか難しいと思うから。

○りんさん。
私は、おっさんだってぇ。だから余計に焦るんだけどね。理屈っぽいのは昔から。意地っ張りで無きゃ生きてこられなかったなー。へそ曲がりっていうのはちょっと違う。ああいう見方もあるし、こういう見方もある、ソレがこうつながって、枝分かれしてどうのこうのと・・・。背景から考えちゃう結果からかな?。自己評価だけど。だから、今は、新聞も読まないし、意識してニュースも見ない様にしてる。 ほら、理屈っぽいでしょー。(笑) では。 

10/06/2006(土) 23:16:01


No.229 CRUSADE ホームページ 
派遣命令を拒否した初の米軍将校 引用
「侵略に値することをしてもいない国民に対する不法で不道徳な戦争に加担することを、私は拒否する」
イラク派遣命令を公然と拒否した米軍人が話題になっています。
第2歩兵師団第3旅団の日系人のワタダ中尉ですが、支援サイトには家族の写真と共に彼の紹介と主張、支援者の見解が掲載されており、全米各地から続々と賛同署名が集まってきています。
賛同者の発言を一つ一つ読んでいくと力強い感動を覚えます。
本日は記者会見も行われ、支援サイトに掲載される予定です。
やはり米国人主体の行動が重要ですが、皆さんもAdd your name today.されてはいかがでしょう。
右上は支援サイトへのリンクです。

08/06/2006(木) 07:30:23


No.231  さき
Re: 派遣命令を拒否した初の米軍将校 引用
CRUSADEさん、紹介ありがとうございます。
軍隊といえども、自分の良心に反する命令に従う必要はない。
上官の不当な命令は拒否することができる。
「抗命権」という言葉を思い出しました。
私も賛同したいです。 (でも英語が・・困った。。)

08/06/2006(木) 08:40:29

No.233  CRUSADE ホームページ
前途 引用
記者発表が刺激したのでしょう。
今日になって支援サイトに突然荒しが現れました。
アジア系であることに対する差別発言まであります。
予想できたことなのでしょうが、私自身心理的なダメージを受けました。
彼はこれから国を二分する論争の渦中に身を投じることになるのでしょう。

物事は一筋縄ではいかず、正しさは常に試練を課せられ、それを乗り越えてこそ本物になっていくのだということを改めて認識させられた思いです。
私にとっては昨日の嬉しさが、人生を通して積み重ねられてきたプレッシャーの一部となり、また一つ加えられたのだと感じています。しかし、これは今まで慣れ親しんできた、あのリアルな感覚である事も確かです。

08/06/2006(木) 16:39:34

No.247  飯沼 E-mail
Re: 派遣命令を拒否した初の米軍将校 引用

☆CRUSADEさん

お久しぶりです。
ご紹介ありがとうございます。

組織に属する人が、正面から組織の命令に「NO」を言うことは実に勇気のいることだと思います。

ちなみに日本でも、いつだったか香川県警の裏金作りを告発した警官が報復配転の命令を受けましたが、つい先日のなってようやく「配転は不当」との司法判断が出ていましたね。

ワタダ中尉も、この先さまざまなことに巻き込まれていくのでしょう。
組織内部からのこのような発言・行動はインパクトが大きいがゆえに圧力や嫌がらせも受けることは必至ですね。
「自分たちのこと」しか見えていない者たちからは、口汚い言葉を浴びせられて、バッシングを受けるのでしょう。
人生を賭けて、自らの信念を貫こうとしている彼が、無責任な誹謗中傷に傷つかないことを祈ります。
意地の悪い人は、どこからそんな言葉が出てくるのかと呆れるほど相手を貶める言葉を吐きますからね。
しかし、いかに反発や悪意の言葉を向けられても、その一方では心を同じくする人たちの共感によって支えられることは間違いありません。
それを願い、それを信じましょうよ。

私は個人的には、CRUSADEさんのかきこみのなかの、
>私にとっては昨日の嬉しさが、人生を通して積み重ねられてきたプレッシャーの一部となり、また一つ加えられたのだと感じています。しかし、これは今まで慣れ親しんできた、あのリアルな感覚である事も確かです。<
の部分に感じるものがありました。
というか、言葉は不適切ですが、興味をもちました。
いずれお会いできるときを楽しみにしております。

10/06/2006(土) 21:27:16


No.246 スヌーピー  
届くといいな・・・ 引用
最近、とても苦しんでいる人が近くにいるのを知って、良くなるようにと祈るけど、
他に何かできないのかと思います。
早く現実世界、こちらに戻ってきて欲しいと願います。きっと暗闇が長くて、それが当たり前に思えたり、抜け出すという思いすら抱けなくなってるのではないかと思うと、
何か1秒でも苦しみを忘れられるお手伝いができればと心から思います。
でも祈るしかできなくて・・・
それで良いって分かってても、信じれば伝わるって知ってても、何もできてない
気がし、何やってるんだろーって思う。。

人は言います『他人の事に介入したらかえって迷惑だ。』
じゃあ、行動に起こさず本当に祈るだけ、私みたいなのが祈るだけでいいんでしょうか?
その人のカルマ、自分で選んだからとはいえ、何かできないのでしょうか。
祈ります、願います、これからも。
エネルギー通します。届くかわからないけど、届いてほしいです。

近くの同い年や若い子事を知り書込みしました。
暗い意味ではなく、何かできないかと。。ごめんなさい。

10/06/2006(土) 19:48:48


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