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No.126 おかあちゃんの娘☆  
しぃチャン長ッッ!!!Σ(´Д`*) 引用
こんばんゎ!姉妹揃って投稿です。笑
(ちなみに,うちゎテスト終わりました!やばかった…)
しぃチャンとこんなに長く離れるんゎ今回が初めての経験で,めっちゃ寂しいか思うたら,案外最初だけで,もぉ大丈夫で♪
まぁ,しぃチャンの寂しさが定規の端っこ…という言葉で開き直れた気もしますが…笑 まぁそんな感じで,寂しがりやのうちですが大丈夫デス★
何かしぃチャンが長くてうちが短かったら嫌(笑)やから,色々書こうと思います!!(*≧Д≦)ノ゜

来月ゎ三田市総体なわけで…しかもその日が定例会という…また何とも言えへんプレゼントですョ…笑
負けられないわけですよ…優勝して帰ってきたいなぁって思う。うん。
ぬまに試合見てもらおぉって思うてたのに,無理やん…↓↓

明後日カラ沖縄です♪
お土産楽しみにしといて下さい!笑(●>v<)b゛
めちゃ楽しみで…でも,兵庫に来てカラ忙しくって,もぉ体が根を上げていたりもします。苦笑
でも,こっちに来るんゎ自分が選んだ道やし頑張るしかないのです!笑
兎に角!朝が早いのです…眠いんだぁ…!

今日ゎ亀チャンが貸してくれたひめゆりの塔のビデオを見て寝ようと思います!でゎ?A…結局たいした事書かんかった?`…ご飯なんでバイバイしますゎ!

29/05/2006(月) 19:54:10


No.128  藍子 ホームページ
ねねぼうへ。 引用
定例会楽しかったね。一緒に夜中にクッキーとチーズケーキを焼いたりして。来月は私チョコケーキを焼く約束をひとみさんとしてしまったわ(でもチョコケーキなんて焼いたことないんだなぁ、、、挑戦します)。ねねの分も残しておくからね。
来月は試合なんやなぁー!定例会を一緒に過ごせないのは淋しいけど、ぜったい優勝して帰ってきてや!!優勝したらみんなで胴上げするからねっ(笑)。

ひめゆりの塔はもうみ終わったかな?
沖縄ではたくさん思い出を作ってきてね。いっぱい感動して帰ってきてね。

こちらでの生活は朝が早くてしんどいみたいやけど、明日も頑張ってね。はよう寝ーや。
おやすみ、ねねぼう。

29/05/2006(月) 23:17:26


No.116 ひとみ  
ちかさんへ 引用
すみません。
NO.115はちかさんへの書き込みです。

もう、ほんとにすみません。

27/05/2006(土) 02:20:11


No.123  ちか
Re: ちかさんへ 引用
ひとみさん

お辛いときに、デリカシーのないお気持ちを聞いてしまったにもかかわらず早速の返信ありがとうございます。

彼女の流産した時と同じ友人の癌がわかったのと同時期でした。

癌の発覚に周りはかなりショックと動揺しているときで、タイミングの悪い事に、彼女に友人の癌の報告をした日が(遠方にいる友人に電話で報告してもらったのですが)手術した日だったようです。

私はその電話した友人からその事をききました。
その時はメールで「辛かったね。来年は戌年やしまた赤ちゃんきてくれるよ!」みたいな短いメールを送りました。

デリケートな事でもあるし、私から他の友人に報告する事はしませんでした。

その後何度も集まっているのに、その話題はまったくでませんでせんでした。
彼女が不妊治療をしているのは皆知っていたので、あえて話題を避けてるんだろうなと思っていました。

彼女はグループ内では唯一ほんわかした性格で、騒がしくおしゃべりなわたしたちの話をニコニコしながら聞いてくれえる、私たちにとっては奇特なひとです。

いつもあまり自分の気持ちを(特に辛い事とか悲しいといったような事は)言わない人です。

3月頃、彼女と二人でゆっくり話す機会があり、手術のときの事を話してくれました。

麻酔がなかなか効かず、手術中に麻酔が切れてしまい「痛い!痛い!叫んだんだけど・・・手術してるとこも見ちゃった・・・」と言っていました。
手術が行われているのを見てしまった彼女の気持ちを思うと胸がつぶれそうでした。

その時も「辛かった、悲しかった」と一言も言わず状況だけを伝えてくれました。

誰も彼女のことを口にしないので、その時初めて「そのこと誰かに報告した?」と聞いたら「○○ちゃんには言ったけど☆☆ちゃんが大変な時やから皆私の事どころじゃないんやろうな〜とおもってた」と。

私からは誰にも伝えていないので、多分皆知らないと思うと伝える事は出来たのですが・・・。可哀そうな思いをさせてしまった事と、私の彼女への対応に後悔で一杯です。
その時「どうしても戌年の子がほしかってん。」とも言っていました。

ゆっくり皆に報告を・・・と思っているときに同じグループの友人のお目出度がわかりました。

彼女の悲しい事、タイミング的に皆に言い出しにくく、彼女にもまだ言えてません。

最近電話で話したときは、仙骨の骨折もやっと治ったみたいですが・・・。

お目出度と悲しい事、どう報告すればよいやら・・・。

ちょっと混乱気味でついつい無神経な質問してしまってごめんなさい。

29/05/2006(月) 11:58:36


No.120 飯沼  E-mail
定例会、お疲れさまでした 引用

定例会に参加くださった皆さん、お疲れさまでした。
2部はまたまた深夜というより朝方までにぎやかな談笑や、ヒーリングが続きました。
ISSINも2度に分けて計6曲歌ってくれて、聴き応えがありました。
よほど嬉しかったのかねねに少々フライングがあったことが分かったので、これは厳重注意しておきました。

定例会が始まる直前に、私の次男が怪我をして入院したという連絡が入り、ちょっと動揺していましたが、お陰さまで大事に至らずにすみました。

第1部は今回はネットワークの話が中心でした。
いろいろ越えていかねばならないことはたくさんあるにしても、「本当にできるとすごいね」という感じで、肯定的に受け止めていただけたようです。
さっそく、自分の仕事の夢を語ってくれた人もいて勇気づけられました。
とにかく痛快な試みであることは間違いありません。

「我よし・金が全て」の世にあって、無名の市民たちが心と真実を大切にして、それを表現しながら大きな貢献のためにお金を動かすプロジェクトです。
実際に機能すると、金・かね・カネで閉塞した世の中に風穴を通すことになるとおもいます。
夢を夢見るドンキホーテのようなことを始めようとしているのですが、風車を怪物に見立てる妄想などではありません。
目指すものは、今の世の仕組みや風潮に圧迫されて息苦しさを感じている心と真実を大切に思う人々が、自分の心の自信と誇りを持ってつながっていくネットワークです。
出会いと交流の場です。
どんな内容でも結構ですので、メールでご意見をお聞かせください。

伊勢に行って、実際的な構想を練ってきます。
(6月1〜2日に行く予定です。ちょうどねねが修学旅行中なので)

ヒーリングの働きはもちろんのこと、克から指示されている仕事に加えてネットワーク設立の準備と、ちょっと大変な状態が続きそうです。
でも、遠隔ヒーリングはどうぞご遠慮なくお申し込みください。
私にとってはそれが生業なのに、「お忙しいのに申し訳ありませんが・・・」と添えてお申し込みいただくことが多く、私の方が恐縮しています。
個と全体の癒しが、私の働きです。
私でよければ、喜んでヒーリングさせていただきます。
ただ、アドバイスのメッセージが溜まってしまって、2週間のヒーリング期間中にはお届けできず申し訳ありません。
メールの返信も遅れがちで、ごめんなさい。
ヒーリングエネルギーは、ほとんどの場合受付直後から送らせていただいています。

28/05/2006(日) 23:44:49


No.121  もりさわで〜〜〜〜す。
Re: 定例会、お疲れさまでした 引用
もりさわ一家です。
定例会の様子を、いろいろと想像しながら楽しく読ませてもらいました。私もイッシンの唄、生で聴きたかった。

私達の企画会もほとんど皆んな半徹夜状態で、楽しく無事済ませました。(ノン・アルコールだよ)が、真夜中に一瞬軽い地震を体感し体が大きく揺れ、寝不足かしら?と思っていたら、海外で2度も大きな地震があったとのことを、後で知りました。。。


家のもなぎ(長女・中2・愛称)は、29日(月)に修学旅行に出発します。沖縄に飛行機で行くんですよ。私なんて九洲一周だったのに。。。ねねは何処にいくんだろう?

森澤夫婦はこの20日・21日にカンパ式のお祭り『スローな祭り』を四万十川沿いで行ないました。そのとき、受付で飯沼さんたちの本を紹介しました。いまあの本は、10年来の子供達の学校のPTA仲間が読んでいます。彼女のことだから、いろんな人に紹介してくれていると思います。こんな形で、口コミで広がってくれたら良いと思っています。

この祭りの関係者の中には、お二人がヒーリングをした人が、何人かいます。(今のところ本人が知ってる人と知らない人がいますが。。)私も含めみんな、それぞれのペースで真化しています。。

イッシンと京都で同じステージで演奏した音楽仲間も数人、音楽とワーク・ショップで参加していました。みんな、遠くの人も近くの人も自腹で来てくれ、カンパまでしてくれました。とても嬉しかったです。
最近は、ヒロちゃんもりょうも割とこまめに掲示板を見るようになりましたよ。( ノ ̄∇ ̄)ノ

今度のこちらでの定例会(今回は間違いない)は、4日です。
それでは、またね。。。

29/05/2006(月) 04:46:34


No.96 飯沼  E-mail
5月定例会のお知らせ 引用


5月定例会のお知らせ


日時 5月27日(土曜日)

第1部 
   「癒しの講座」 お話とヒーリングの実習
       
            午後2時から5時
            参加費・1200円
        
第2部 
   「懇親会」   (ISSINのミニライブあり)
             午後5時半ごろからお時間の許す限り        
            参加費・1500円

第1部・第2部とも「悠々塾」にておこないます。
時間厳守でお願いします。

    
☆☆☆最寄駅はJR福知山線篠山口駅です。
     地図の必要な方はお知らせください。(079−594−5094)

。。。。。。。。。。。。。。。。。

今月は「天地悠々」の後記・雑記や「愛は時空を超えて・18」で触れた「心と真実を大切に思う人たちのネットワーク(仮)」のお話になると思います。
まだ構想というか、夢物語のような思いつきの段階ですが、忌憚のないご意見をお聞かせください。

このネットワークについては、まだ掲示板上で具体的なお話をする段階ではありません。
今の段階で、理念や目的を中途半端にして、成果を自分に取り込もうとする人に利用されると台無しになってしまうからです。
以前、あることで同じようなことがあって、「何でも自分に取り込んでのし上がる人はこういう恥知らずなことまでするのか・・・」と呆れたことがありました。
そのときはその人の動機はさておき、その「場」がたくさんの人に知ってもらえてよかったのですが、今回はそれではすみません。

ネットワークの理念と目的に現世的な欲深さが混じって中途半端なものになると、偽善的金儲けになってしまいます。
これだけは避けねば、またしても表の顔を裏の顔が似ても似つかない人がのさばることになります。
そういう人が先に真似をして、いい加減なものを立ち上げることは防がねばなりません。
そのような動きがあれば、これに関しては徹底的に戦います。
理念と目的意識が純粋なネットワークを立ち上げることができれば、後は世界中で同じようなネットワークを作ってもらえれば嬉しいです。

ですから掲示板上でのお話はもう少し先にしますが、「天地悠々」で大体のことは分かっていただけるのじゃないかと思います。
批判も含めてどんなご意見でも結構ですから、メール等でお知らせください。
よろしくお願いいたします。

24/05/2006(水) 16:22:59


No.114  もりさわで〜〜〜〜す。
Re: 5月定例会のお知らせ 引用
今回の定例会は、是非とも参加したかったけど、四国の高知でも、音楽仲間や地球環境改善仲間達との、1か月に1度の定例会会場が、我が家になってしまったので参加できなくなりました。
ほんとうに残念だけど、ようやく、いろんな意味で、”足並みを揃える事ができたかなあ〜”って感じで、内心複雑な心境です。
因みに、我が家での定例会は今年、4か月ぶりなのです。いろんな意味で、ほんとうにお陰様だと思っています。みなさん、どうもありがとうね!
個別には、お礼を言いたい方はたくさん浮かぶのだけど、まだ、夕食の準備中なので、まとめて、
「悠々塾に集う皆さん、いつもありがとうございます。私達も、皆さんのお仲間です。兵庫県での定例会に参加する事はできないけど、忘れないでね!!!!」

追伸・飯沼さん、ヒロちゃんと遼は3月に熊野古道からおいせさん迄、通称・木を植える男のアース・ウォーカーの弟子の一人(鎌倉出身の若い男性)と一緒に歩いて参拝しました。遼は5日間歩き通し、足の裏が水ぶくれ状態でした。それでも、また、機会があれば仲間と地球を歩きたいそうです。
”また、いろんな話をみんなでしたいなあ〜。”とおもっています。

それでは、みなさん、それぞれの定例会を楽しみましょう!こころは、繋がっていますから。。。幸せですね、私達!( ノ ̄∇ ̄)ノ

26/05/2006(金) 20:03:40

No.117  もりさわで〜〜〜〜す。
Re: 5月定例会のお知らせ 引用
追伸です。。。
少し恥ずかしいけど、書きますね。笑わないでよ。

『この幸せと喜びの循環が、世界中に広がり、いい世の中を創っていけますよう、日々、精進していきます。
導きに感謝しながら、私にできる事は何でもやります。』
と、6年くらい前に伊勢神宮に一人でお参りしたとき、誓ってしまいました。
昔、長野県で『200年、命の祭り』というお祭りが開催されました。私は、その事前の打ち合わせに参加した帰りに、横浜の太鼓仲間に会いに行きました。とても不思議なんですが、広い公園でみんなのジャンベの音色を聴いてるうちに無性に伊勢神宮に行きたくなったのです。そうそう、そのとき、同じ公園のスペースで、沖縄の『エイサー』(多分知ってると思いますが)の練習をしていました。

私達の住んでいる高知県は、経済的には、とても貧しい県なので、今、身近な山や海の市町村に、「核」に関するいろんな現実を押しつけられようとしています。
私達の仲間は、心のつながりを軸にした自立型経済的相ゴウ扶助関係をめざしながら、いろんなお祭りやコンサートを行なってきました。その輪は、今、じわじわと、若い息子達の世代までヒトつながりに拡がっていこうとしています。まるで、虹の輪のように。。。
この、今ある緩やかな流れにのって、地道に坦々と平和な現実を創っていこうとしています。日常生活のなかの『平和」の芽に水やりを怠ることなく、自分達の心を検証しあいながら。。。

それでは、みなさん、お互いに有意義な定例会にしましょうね!

27/05/2006(土) 03:59:22

No.118  もりさわで〜〜〜〜す。
Re: 5月定例会のお知らせ 引用
たびたびで、恥ずかしいけど、ヒロちゃんに2箇所のミスを指摘されたので、書き込みます。

今日の我が家での集まりは、『定例会』ではなく『企画会』だそうです。

それと、2回目の書き込み文の『200年』は、『2000年』の間違いです。
たびたび突っ込み入れて、チョー、焦ったゆりかちゃんでした。
それでは。( ノ ̄∇ ̄)ノ

27/05/2006(土) 08:07:52

No.119  飯沼 E-mail
Re: 5月定例会のお知らせ 引用

2006年5月定例会へ向けてのメッセージ

皆さん、こんにちは。
克子です。

今日はいつもと少し違った角度からお伝えします。

今の地上界(世の中)を貫いている価値観は、残念なことに本来の霊界とは掛け離れています。

霊界では、ひとりひとりの霊が地上では想像もできないような喜びの中で暮らしながら、貢献と学びに励んでいます。
(貢献も学びも本来は同じ意味なのですが、ここでは深入りすることを避けて先に進みますね。)
霊界はさまざまな階層と傾向に分かれていて、個々の霊は自分にふさわしい境涯で生きています。
それぞれの境涯については、個々の霊は意識できていない場合も少なくありません。
どこまでの「全体」を意識できるかは、その霊の学びの程度によるからです。
しかし、それら全ての境涯を含めて地球霊界という、ひとつの「全体」が構成されているのです。

霊界は「地球霊界」だけではありません。
水星霊界もありますし、金星霊界もあるのですよ。
それらを含めて、言葉にすれば「太陽圏霊界」となるような「全体」を構成しているのです。
それもまた、「銀河圏霊界(という言葉になるのでしょうか?)」の一部なのですが、これも「全宇宙霊界」のほんの一部にすぎないのです。
全宇宙の全てが大いなる神の御意思の顕れであり、大いなる神の御姿の顕れなのです。
そして、神の御意思・お働きは、いかなる意味においても停滞することはなく、完全なる調和そのものとして、激しく緩やかに成され続けているのです。
いかなる次元の全体と全体、あるいは全体と個、個と個においても、実は相互補完がなされています。
だからこそ、神は完全なる調和なのです。
それが神の摂理であり、愛なのです。
(個であれ「全体」であれ次元の低い側からはそれが分からないだけで、それを未熟というのです。)

低い次元の話で言えば、心を闇に落とし人としての言動を見失っている人がいれば、その人が本来の道に立ち戻るように働きかけること、心からそう願ってあげることも相互補完の行為だと言えます。
もしも、その人が今は全く受け入れられない状態でならば、慈しみのエネルギーを送ることもそうなのです。
そのことによってその人を取り巻く小さな「全体」は調和(の方向)に向かうのです。
このことはまたいずれ改めてテーマに選んでお伝えする機会を設けますね。
ここで分かっていただきたいのは、不十分な状態にある(置かれている)存在が必要としているエネルギーを提供することが、(神の)摂理なのだということです。
それがすなわち愛であり、神(宇宙)は活性化された愛のネットワークであるからこそ、全き調和であり全き愛なのです。

さて、本来の霊界では、満たされたなかでさらなる進化向上に向けてエネルギーを提供されたりしたりするのですが、今の地上はそうではありませんね。
さまざまな要素において、はっきりと不足している人たちがたくさんいます。
その原因もさまざまですが、その大きなひとつが自分(たち)さえよければ、まず自分(たち)のためにという、「我よし」の価値観です。
自分の喜びと人の喜びが切り離されてしまっています。
自分(たち)のために得ようとし、集めようとします。
集めたものを自分(たち)に留めようとします。
集めたものを自分(たち)のためにさらに増やそうとし、あるいはそれを使って別のものを得ようとします。
今の世を貫いている価値観は、そういう「我よし」です。
地上界は長きにわたって、そういう価値観がまかり通ってきました。
その結果が、今の世のありさまです。

しかしその地上界も当初の神の計画によって、いよいよ新しい時代を迎えることになりました。
地上界の浄化です。
本来の霊界との共鳴を取り戻すのです。
地上が霊界の写し世となるのです。
この時代に生まれるにあたって、そのことを強く意識して地上に赴いた大勢の魂がこの地上に生きています。
そのほとんどは今の地上の価値観に埋もれて、魂の意志に沿って自分を表現することができていない状態です。
たとえ才能や素質を備えていても、今の地上界のエネルギーに共鳴(迎合ですが)できなければ、世に出る機会すら与えられないことが多いのです。
特別な才能をもたない人生を選んだ人たちも、それぞれの持ち場において自分らしさを発揮することができず、孤独感・孤立感を募らせることが多いのです。
今は「強いもの勝ち・お金が全て」の世ですが、自分は本来の人としての心を大切にしたいと願う人たち、自分は今の世の中になじめない、やっていけないと思う人たちの総数は決して少なくありません。
そういう心の人たちは、本来ならば社会や周囲に影響を与えていく役割の人なのです。
ところが現状は、そういう人たちに限って今の社会に押しつぶされそうになっています。

問題はそういう心の持ち主たちが、分散され孤立させられていることです。
その人たち同士の心と心がつながれば、共鳴しあうエネルギーはとても大きくなります。
自由と協調の原則の下、「人として優しく正しく、自分も皆も幸せに」と願うエネルギーは響きあい、そこから流れは広がってゆくでしょう。
それがこの人が考えているネットワークです。
個人個人はそこで、心が響きあう(可能性の高い)多くの人たちに自分の仕事や活動を知ってもらう(宣伝する)場にもなりますし、実際の物のやり取り(販売)もできるでしょう。
自分の考えや気持ちを綴って、表現する場にもなります。
そこでは心と真実を大切に思う人たちの間で、あるいは多少傾向の違う人たちの間で心を交わし合う嬉しい交流も深まるでしょう。
出会いの場にもなるはずです。

そして、そのネットワークに参画することは自分だけの喜びではありません。
この人が後でお話しするような、明確な目的がそのネットワークにはあるのです。
ひとりひとりの力は小さくても、同じ方向に心を向けている人たちが協調すれば、驚くほどの貢献ができるのです。
「強い者勝ち・お金が全て」の、今の世の風潮に違和感を抱き、うんざりしている人たちは実はたくさんいるのです。
人間には全て、神の御心の一滴(ひとしずく)が宿っているのですから当然です。
今から立ち上げようとするそのネットワークが、実際に今の世の一服の清涼剤になるのか、あるいは試みだけで不発に終わるのか、あるいは投じた一石が想像を越える波紋を広げていくのか、それはこちらからは言えません。
しかし、広がる可能性があることは確かですし、広がれば世の流れ・お金の流れが変わり始めるのも間違いありません。
いずれにしても、霊界側は今回のプロジェクトを応援しています。

今、このメッセージを読んでいる人のなかには将来ネットワークのスタッフとして働く人もいるでしょうし、ネットワークに参画している人も大勢いるでしょうね。
私もとても楽しみです。
皆さんも、自分たちの夢の実現として一緒にやっていってくださいね。

(2006・5・26受信)

27/05/2006(土) 10:10:52


No.115 ひとみ  
(No Subject) 引用
こんばんは。
明日から、いやいやっ、今日からご旅行ですね。
いいですね。
楽しんで来てくださいね。ご報告楽しみにしています。

お返事の方、遅くなってしまいましてすみませんでした。
気にかけていただいて、ありがとうございました。
ちかさんの、お友達も辛い経験をなさったのですね。
その後、お友達は大丈夫ですか?
今回の事で、私はみなさんから、気持ちを向けていただいた方なので、ちかさんのどのように気持ちを伝えたらよいか?の問いかけになんてお答えしていいのだろうと思ってました。
私だったらと考えたら、相手に心からの気持ちをむけることではないかなぁと・・・何でもそうだと思うのですが、その気持ちはしっかり相手に伝わるものだと思います。

状況が状況だけに、相手の反応を気にしてしまう気持ちもわかります。
でもそういう辛い時こそ、気持ちをむけてもらった私は、ほんとに嬉しかったですよ。
ちかさん、大丈夫です。(私が言うのもへんですね)
お友達にはちかさんのお気持ち伝わっていると思います。

ちかさん、ごめんなさい。何だか自分でも何を言っているのか分からなくなってしまいました(笑)
失礼があったらすみません。。

今日は定例会です。
みなさんに会ってパワーをもらいたいと思ってます。
今回は、ちかさんご夫妻に会えませんが、来月は会えるかな?
是非、来てくださいね。

            

27/05/2006(土) 02:13:39



No.113 ちか  
いってきま〜す♪ 引用
☆飯沼さん
お忙しいのにすみません。
また、機会があればもう少し教えてくださいね!

今回は(も?)のんび〜り『ゆる旅』してきます。
「メッセージの内容を心から思える自分になりたいです」という気持ちで参拝してきます。

あいにくお天気がわるいようですが、遷宮の陸挽きが観られそうで楽しみです。

去年も遷宮の神事があって、内宮の扉の内を観る事ができました。。
とても厳かな雰囲気でした。
 
鰻屋さんの場所知りたかったです。。。
旅行の準備していたら遅くなって、書き込みさっき見ました。
克子さんとお二人でほのぼのされてたんでしょうね。
私たちもお二人のようになれたらいいな。。。

☆祐造さん
お体は大変だけど、ゆる〜りしてくださいね♪
私は子供の頃、「クラゲ」になりたかったです。今でも!
水饅頭のような透明で波でゆ〜らゆらに憧れに似たものがありました。あんな風になりたいなぁ〜〜。。

今の私は卵の殻の中にいるようです。
殻から抜け出せるようにツンツンして抜け出します!!

だだの多動性に戻ってしまうのも、どうなのかとちょっと心配です。

ゆる〜り楽しんでください♪

本気で生まれ変わったら、クラゲになりたい。。。

明日8時に出発なのにダラダラしちゃいました。

26/05/2006(金) 03:18:23



No.112 祐造  
ゆる〜く漂う“祐ゾエア” 引用

皆さんありがとうございます。
励ましの言葉が嬉しいです。
ですが、なかなか“そうなのかな”という感もあり、つくづく自分に対する自信のなさを思います。
気づいたことは大きいのですが、「で、これからどうするのか」ということを考える時、実感がないのです。何か重圧が急になくなって、無重力の中を漂うゾエアのような気分です。不思議な感覚です。
「○○をしなければ」という思い方にしばられずに、「○○をしていきたい」という欲求に従いたいところです。
(注:ゾエアとは甲殻類の幼生。海中をプランクトンのように漂っている。子どもの頃図鑑でゾエアを見て自由でいいなあと思った。)

思えば、今まで世の中になじみにくかったし、幼い頃から自分から何かをしようとしても否定されたり、喜んでもらえないことが続いたので―自分の欲求に従って何かを為す―という時、ワクワクするよりも「どうせうまくいかない」という思い方になってしまうのです。

「自分の心に自信を持つ」ここからですね。
焦らずいきます。
皆さんの言葉をかみしめつつ、今の状態を自分自身の解放とこれからへのステップの機会にしたいです。
幸い(?)まだ仕事に復帰できる程、体が回復していないので、しばらくはゾエア気分でゆる〜く漂います。

26/05/2006(金) 00:04:44



No.104 ちか  
ひろこさん 引用
お忙しい中、メッセージ本当にありがとうございました。

今の私はまったくの「自分中心」に浸りきっているので、とてもとても・・・。

やはりメッセージの内容のような確固とした意志が持てるまで参詣するのはお預けした方がよいのでしょうか?

大きな心になりたいです。

メッセージを心にしっかり刻みます!

25/05/2006(木) 01:59:57


No.111  飯沼 E-mail
ちかさん 引用

こんばんは。
返信が遅くなってすみませんでした。

すぐに資料が出てこないのですが、ひろこさんと同じでよいと思いますよ。

あまり難しく考えずに、「自分中心(自分の都合、自分の気持ち中心)の今の世の中を変えたい。そのために私(たち)は自分の役割を果たしたい」という意識で参拝なさればよいのではないでしょうか?
せっかくですから、楽しく行ってきてくださいね。

私も来月早々に3〜4年ぶりで参拝します。
克と一緒に泊まった宿にまた泊まることになりました。
内宮のすぐ近くの鰻屋で、克が「美味しいね」と嬉しそうに鰻重を食べていました。

25/05/2006(木) 22:40:23


No.109 藍子 ホームページ 
伊勢へ。 引用
とうとうと言うか、ようやくと言うか。
父が伊勢へ行く決意をしたようです。
ずーっと前から伊勢へ行くようにと克子さんからもあったのに、なかなか行かず、どうしてなのかなぁと思っていたのですが、6月1日に行くことになりました。
快く仕事のおやすみをもらえたので(親孝行しっかりしておいでや、と言われました・・・)私も同行しようと思います。

「自分中心(自分の都合、自分の気持ち中心)の今の世の中を変えたい。そのために私(たち)は自分の役割を果たしたい」

伊勢では私もそう祈念しようと思います。

25/05/2006(木) 19:48:48



No.97 祐造  
怪我の功名? 引用

日曜日、印刷・発送作業で悠々塾へ行った。
私はまだ首が痛かったので作業は手伝えなかったが、ねねちゃんや他の皆にも会えてプレ定例会気分を味わい、泊まってゆっくり飯沼さんと話をすることもできた。

そして翌日、帰宅してから何とも気持ちが重く、体調もすぐれない。
「昨夜の自分の言葉には違和感があった?」という話をきっかけにさきと話をしていると、どんどん気持ちが沈んでいく。
原因はどうやら自分の抱いている「飯沼さんのように」という気持ちに関係するようだ。
このところ自分でも停滞気味だと感じてきただけに、一層重たくなって、海中に沈みゆく鉄球のようにどうしようもない気持になった。
心のバランスを崩すってこういう感じなのかと初めて感じた。
その時にさきにすすめられてISSINのHPの藍子さんに日記を読んだ。
「あの人」(5/19)。。。今の自分が陥っているところを指摘されたようだった。

私は飯沼さんと出会って、初めて心の底から尊敬し信頼できる人に出会った思ったし、飯沼さんのようになりたいと思ってきた。
さきと出会い二人で飯沼さん・克子さんのそばでの働きが増えてくると、いつのまにか自分の立場にプレッシャーを感じるようになっていた。
「飯沼さんのようになりたい」と思いながらもその違いは大きく、停滞のなかでの気持ちの空回りは、自分でも気づかぬうちに「飯沼さんのようにならなくては」という枠をこしらえて不自然な言動となって表れてしまっていたようだ。
二人で話しながらやっとそのことに気づいた。

思い返せば飯沼さんからは「自分のような人間が何人もいたって仕方がない。祐造さんは祐造さんにしかない持ち味を発揮してほしい」と言われていた。
頭では理解しながらも気持ちは焦り続けていたようだ。
飯沼さんがもしもおかしなことを言いだしたら、「それは違う」と言うように意識してきたし、今もそのつもりでいる。
しかし「飯沼さんのように」が偏重しすぎると「飯沼さんが正解」という方向になりかねない。
「自分の感覚と良心に基づく判断をにぶらせることは危険」とさきに指摘される。そのとおりだと思う。
それを一番危惧し、がっかりするのは飯沼さん自身だろう。

自分らしく自分の持ち味で、一段づつ積み上げていきたいと思う。
悠々塾に集う人々が自分らしく輝いていくことで、それぞれの色合いを持ち寄り、幅広く深みのあるエネルギーを作り出すことが出来るのだろう。私も自分ならではの色合いを発揮していきたい。
今回事故でむち打ちになり首を傷めたのは、自分のつくったこの枠、縛りから自由になる必要があるからでもあると思う。
一旦、後戻りしたとしても、そこから始めたい。

24/05/2006(水) 17:56:14


No.98  藍子 ホームページ
祐造さんへ。 引用
こんばんは。日記を読んでいただいたようで嬉しいです。

実は前々から祐造さんの様子を見て気になっていたので、先月の定例会の二部で時間があれば祐造さんにあの日記に書いたことを伝えたいなぁと思っていました。でもタイミングがつかめず、また今月にでもお話しようと思っていたのですが、なぜか日記に書こうという気持ちなって書きました。祐造さんが読んでくれることを念頭に置いて書いたので、読んでもらえて本当に嬉しい。ありがとう。

日記に書いたのはこういうことでした。

あの人になりたい、あの人のようでありたい、と願うにしてもそれは今の自分を縮めることでも否定することでもない。あの人がもし尊敬する人と出会ったらどうするか、それを考えてみれば分かる。あの人は決して尊敬するからといって、その相手と自分を比べたり、相手に従順になったりはしないだろう。尊敬する人の尊敬する要素を柔軟に自分に取り入れながらも、むしろそういう相手にこそ、自由に確固とした自分を表現してゆくだろう。


祐造さん、私も父のようになりたいと願う者のひとりです。父のように、自分の全てをかけてこの地上を健やかな方へ変えてゆこうと意志し、まさにそのために癒し手、導き手として生きてゆきたい。父のように誰からの評価をも気にせず自分の信念でもって発言し行動したい。父のように、相手の深い場所に手の届く者になりたい、そう思っています。でも決して父になりたいわけじゃない(笑)。そんなん嫌ですよね(笑)。私として、です。「私」という自分にしかない過去や経験、感受性、方法でもって、父のようになりたいのです。

祐造さんは尊敬されるべき人ですよ。
「祐造さんのようになりたい」とこれから思われるべき人です。
父のようになりたいのなら、そこを目指してほしい人です。自分だけが持っている輝きを自由に表現してこそ、ああいうふうになりたいと、相手を変化させられるのでしょうね。だから、どうか自分を小さくせずに、導き手として柔軟であってほしいと思います。

偉そうにごめんなさい。失礼があったらどうか指摘してくださいね。
祐造さんはもっともっと本当は本当に揺るぎなく先頭に立ってゆく人だと確信しています。

また定例会でお話しましょうね。
今日悠々通信と天地悠々とどきました。いつも本当に編集作業ありがとうございます。むち打ち、早く治りますように。

24/05/2006(水) 22:54:04

No.100  ろでぃ
Re: 怪我の功名? 引用
柔らかな強さを持つ祐造さんですら、心沈めるときがあるのだと知りすこおし心が軽くなりました。

生きてると色々あるものですね。
ひとりジタバタしたり落ち込んだり。

でもだからこそとても愛したい。

うまくいえないんですけど、祐造さんの書き込みに私は勇気をいただきました。駄目な私でも大丈夫!って思ってもいいのかなって思いました。

24/05/2006(水) 23:04:30

No.101  はたぼん
Re: 怪我の功名? 引用
プレッシャーがかかるの、無理ないです!もしわたしが
祐造さんと同じ立場だったら、プレッシャーだけではすまないと思います。えらいことになりそうです。
ある時、随分年下の大切な人からかけてもらった言葉があります。
「○○ちゃんは○○ちゃんやから」
とてもシンプルなことだけれど、なかなかそう思えない自分がいました。
人と比較して落ち込んだり、対抗心を抱いたり。
その人と同じようにしようとしたり。
でも、それは違うんだと、この言葉で気づきました。
わたしは、わたしのやり方で、自分の持っているものを生かして行動したり言葉にすればいいんだって。
だから、彼女の言葉を借りて
「祐造さんは祐造さんやから」祐造さんらしくがいいです!
祐造さんのこと大好きだし、(変な意味じゃないですよ)
尊敬しています。
定例会の1部で真剣にメモをとっている姿、天地悠々・悠々通信の編集作業、広報部の立ち上げ、いろんな人からの相談…。
自分のことで忙しい中、これだけのことをやってのけて、しかも誠実に、柔らかく対応されている祐造さんは、ほんとにすごいと思います。
祐造さん、これからもっとすごくなるんですね!
あぁ、でもくれぐれも無理はしないで下さいね。
おからだ大事になさって下さい。
定例会でお会いできるのを楽しみしています。

24/05/2006(水) 23:16:29

No.102  ミュー
祐造さんへ 引用
祐造さん、私は悠々塾に繋がって以来これまでずっと、真摯な祐造さん&さきさんの存在に、多くを教えていただいてきました。
それは、悠々塾で出会う事が出来たからだけではありません。

祐造さんの大きな輝きを、身を以って感じたからです。
祐造さんの輝きは、大元の安定した器の大きさだけでなく、角度を変化させて見ると、また違う繊細な輝きを放ち・・それが幾重にもなっているような印象です(上手く言えなくてごめんなさい)。
その自分自身にしかない閃光を放つ事を、あえて避けて(避けたい)というまるでリミッターが設定されているような、不自由さをここから解放してゆく・・・その大きな変化の時を迎えているのですね。

祐造さんは、真摯で温かいだけではない、祐造さんが人々を導いてゆくというリーダーとしての強さが既に備わっているという事を、大きく喜んでほしいです・・・そして、強く言動してゆく場にある事を胸を張って現していってくださるのを、強く待ち願っています。
飯沼さんと同じ方向に向かい、そこで飯沼さんにはない輝きを存分に発揮して地上で多くの魂を導いてゆくのが、祐造さんなのだと思います。
それは、他の誰とも違う祐造さんにしか出来ない大切な役割だと思います。

私も悠々塾で、みなさんと同じ方向を向いて精一杯歩いて行きます。
この地上で、飯沼さんのような人になりたいです。
時には飯沼さんが眩し過ぎて、目を伏せてしまう時もたくさんある私だけれども、迷い躓き停滞してしまう今の等身大の自分は、行くべき方向を知っているから、強く望んでいるからこそなんだと思っています。

祐造さん、これからもどうか導いてくださいますよう、よろしくお願い致します。
今世で祐造さんに出会えた事を、とても誇りに思っています。

辛いムチ打ちが、どうか早く楽になりますように・・・。

25/05/2006(木) 00:57:39

No.105  飯沼 E-mail
Re: 怪我の功名? 引用

悠々塾は組織なんかではなく、会員制のグループでもない。
従って、綱領や規約も会則もない。
それは克と共に悠々塾の活動を始めるときから決めていたことです。

こういう世界に足を踏み入れるはるか以前から、私は既成の組織には何の魅力も感じていませんでした。
組織は組織の維持・発展のために、そこに属する個人を部品化し、規制します。

組織によって自分が縛られるのも嫌ですし、人が縛られているのにも違和感を感じます。
愛も真実も、自由の元にそれが行われなければ、価値は半分以下だと思います。
もう少し言えば、真理は自由の喜びと共にあるのだと思うのです。

霊的真理を本当の意味で学べば学ぶほど、自分本位や自分勝手は少なくなっていくでしょう。
しかし、それは例えば「シルバーバーチがこう言っているから、スピリチュアリストはこうするべき」などというものではなく、たとえそれに従うにしても、自分の気持ちも含めた自分の全てでそれを選び取ってこそ本当の学びになるのだと思っています。
従属は本来の喜びではなく、進化向上・成長が喜びだからです。
その意味で私は、たとえシルバーバーチの訓えであっても、それを教義のように扱って優等生のように振舞っている神経の持ち主たちには大きな違和感を持ってしまいます。
「そんな窮屈にしていて、何が面白いの?」と聞きたくなります。
あるいは、「自分は先生で、皆さんは生徒です」なんて大きな顔をして言う人には、思わず「アホか?」と言いたくなってしまうのです。(1点減点)

単なる「霊的知識」ならまだしも、活きた霊的真理というものはそんな教条主義や固定化された関係性の中にあるはずがないのですから、「あんたら、偉そうに言う前にそれぐらい分かれよ」と思ってしまいます。
あ、そういう人をも受け入れて、自分の心を翳らせないのが私の課題だというのは承知の上で、ちょっと調子に乗っています(笑)

しかし、固定された定かなるものが何もないグループの危険性はもちろんあります。
そこのリーダーが絶対化されていくことです。
その危険性は前述のグループでも同じですが。
これがある意味では、最も危険なことかも知れません。
私は一応、悠々塾の主宰者であり、リーダーですから、そこのところには実は神経を使っています。

まず、なるべく自分の不十分さも隠さないようにしています。
実は実物の私は掲示板で表現している私よりも、もっとちゃんとしているのです!
というのは嘘ですが、自分をできた人間に見られないようにしているというか、そんなふうに見られるのは嫌いです。
そんな人間じゃないのを自分で知っているからです。

そしてここからはマジですが、自分を学んだ真理に照らして(なるべく・笑)厳しい目で検証していくこと。
それにはシルバーバーチの訓えや他の真っ当(と思われる)知識も活用します。
そして、私や悠々塾との距離もさまざまな何人かの信頼できる人たちをそれぞれ(勝手に)定点に見立てて、その人たちが抱いていると思われる共感や違和感から、自分の言動を見てみるということ。
これはもちろん、定点の人がいつも定点であるわけではなく、その人自身の問題でのブレもありますが、何人かの信頼できる人を定点として意識していると、かなり客観的に自分の位置(言動の問題点なども)は把握できるものです。
それを踏まえたうえで、やはり言わねばならないことを言い、しなければならないことをしていくこともあります。
しかし、そういう場合でも自分を検証する目と併用すれば、自分が見えなくなってしまう可能性は極めて低くなるはずです。

話がややこしくなってきましたが、祐造さんの書き込みへの返信でしたね。
祐造さんの輝きを私は早い時期に見て、しかも彼はとても信頼できる誠実な人ですから、もちろん「定点」のひとりです。
しかも、実質は悠々塾のスタッフとして大きな存在感のある人です。
そういう彼が、私の「イエスマン」になってしまうことが、私には一番困ることでもあります。
それはもう何年も前から彼には何度もお願いしていることでした。
彼と出会った頃、彼は不自然に自分を縮めている人でした。
そういう彼も段々に力を発揮してきて、私も彼のことをさらに信頼するようになってきました。

その彼が最近、私に迎合しているかのようなところが目についてきて、私も気になっていました。
と言っても、多分よそのグループやサポーターズクラブ(って固有名詞じゃないですよね?・2点減点)等とは比べものにならない程度だとおもいますよ。
公開の意見交換・対話の場を持たずに「分かる段階に達した人にだけ分かればいいから議論はしない」等と言いながら、「スピリチュアリズムはどんな宗教よりも高度な宗教です」と公言し、他の宗教やグループを一方的に批判したりとか、掲示板で批判を禁じているなんていうのは、ファシズムですから。

また話が逸れましたね。
彼にはそんな気はなかったのかもしれませんが、私から見ていて、彼が私の枠の中に納まろうとしているように感じられたのです。
それは私のためにも彼のためにもなりませんし、悠々塾にとっては危険なことと言わねばなりません。
それで、意地の悪い私はいろいろと彼を挑発してみるのですが、根が善良な(のか鈍いのか)彼はなかなか態度を改めません。(この場合の態度を改めるとは、彼が私に反発することです・笑)

彼と話していて、彼が私の言ったことを単に補強するようなことを言えば、私はそういう言い方に違和感を示したりしてきました。
例えば私が「10」と言った時に、彼も「10」と言うだけでは、私には面白くないのです。
彼が「10」と言って、私も「10」と言うしかなければ、それは嬉しいことですが。
私が「10」で、彼が「11」ならもっと嬉しいのです。
彼が結果的に私と同じ「10」と言うにしても、「5+5」とか「3+7」とか「12-2」とか、いろいろあるはずなのです。
それが彼の持ち味なのですから。

こういうことを書くと彼はますます分からなくなるのかもしれませんが、私は彼を見込んでいますから、見込んだ限りは彼の輝きや素質を彼として最大限に引き出していきたいと思っています。
これは悠々塾に集い、一応私を信頼してくれている全ての人に対するわたしの関わり方です。
信頼する後輩が、自分(私)の枠に収まろうとしていることは、寂しくもあり申し訳のないことでもあります。

自分の気持ちに拘泥して、いくら諭されても文句を言い続ける人や、自分の思い通りにしてくれないからと逆恨みされるのは嫌ですし、その人の考えているようなことはすでに私が検討した上で言っているのに分かってもらえないのも困ります。
しかし、そういうことでなければ、私は批判や忠告をしてもらえることは嬉しいことだと思っています。
私の間違いや思い違いに気づける機会ですし、そうでなくてもその人のその人らしさを発見するよい機会になるからです。
悠々塾は、そこに集う人たちが本来のその人らしく自由に開放的にやっていきたいと願っています。

でも、祐造さんは怒ると怖いんですよね。
本当に青筋立てて怒りますからね(笑)
私にはそういうのは無しにしようね。

あ、それと、こう言われたからって、私を批判しなければならないなんて思うのは迎合だから(笑)、お手柔らかにね。

25/05/2006(木) 02:49:31

No.106  飯沼 E-mail
Re: 怪我の功名? 引用

改めて読み返してみると、なんだか分かりにくい変な文章ですね。
克がいた頃は、こういう投稿は一応読んでもらって意見を聞いてからから投稿していたのですが、ひとりになるとどうもいけません。
祐造さん、気分を悪くしないでね。
真意は分かってくれると思うんだけど・・・。

25/05/2006(木) 07:41:38

No.107  りん
Re: 怪我の功名? 引用
祐造さん、身体の具合いはいかがですか、、?
私は祐造さん、さきさん夫妻に一度しかお会いしたことがありませんが、お二人のエネルギーに感動して、私もがんばろうと思いました。。
私も祐造さんを心から応援しています!!
(たよりなくてすみません)
だけど、本当に本当に応援しています!!

25/05/2006(木) 09:57:01

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