皆さん、こんばんは。 ねねが、数日中にこちらに転居してくることになりました。 すでに今日の午前中に東京で転出届を出して、こちらに郵送してもらいましたので今回は間違いなく実現します。 大急ぎでまとめたねねの荷物も運び出して、11日にこちらに届くそうです。
ねねの強い希望である三田市の前の中学校への転入は、ねねの現状を校長先生や柔道部の顧問の先生が重大に受け止めてくださっているので、叶えられる可能性が高そうです。 教育委員界との折衝はまだこれからですが・・・。 明日、こちらに住民登録をしてから、実際の転校の手続きに入ります。
養子縁組の手続きが済むのはまだだいぶ先になるようなので、修学旅行への参加や高校入試との絡みで早期に転校を父親に許可してくれるように要請していたのですが、ずっと拒否されていました。 ところが、ねねのリストカットが判明し、昨夏以来ねねが精神的な苦しさに圧迫され、何度も「もう限界だ」と訴えても放置してきた父親の責任を追及する構えをこちらが見せると、「即転居、転校」の許可が出ました。 ただし、「転校後はねねに係る費用についての一切を私(飯沼)が負担することと、ねねに関しての責任の一切を私が負う」という誓約書の提出が引き換え条件です(!)
「ねねが高校卒業後、もしも美術系の大学等への進学を希望し、そのときに私に経済的な余裕があれば喜んで私が負担するが、その余裕がない場合に父親としてねねに援助してやってもらえないでしょうか?」という要請は即座に拒否でした。 もう一点、「未成年者を養育するのだから、その責任を私が負うのは当然だが、ねねの精神状態をここまで追い込んだご自分の責任に関してはどのようにお考えか?」という問いには全く答えがありませんでした。 「責任の自覚」に対して何の回答もないのが、「責任の自覚」に関する何よりの回答だと納得しました。 私としては納得のいかない点も多々あるのですが、今は何よりもねねを保護することを最優先にして、誓約書を送りました。 実際のところ、ねねの状態は食欲不振・睡眠障害も伴い、決して放置しておけるものではありません。
ともかくも、近日中にこちらに来ることができるようになったことは嬉しく、ホッとしています。 昨年夏にねねが東京に連れて行かれてからこの間、皆さま方には言葉にできないほどにお世話になり、支えていただきました。 本当にありがとうございます。 5月1日も、当日のねねの様子を聞いたミューさんが「これ以上ねねちゃんをあの環境に置いておけない」と、行動に出てくれたことが正面突破につながりました。 あれがなければ、こんなに早く話はつかなかったでしょう。
今日、家裁の担当官に報告をしました。 ねね本人の聞き取り調査の日程は決まっていませんが、こちらに来てから改めて東京家裁に呼ばれることになります。(だからこちらに住民票を移してから神戸家裁に養子縁組の申し立てをしたいって言ってたのに・・・) ただ、一般論として、当事者同士の合意があっても、本人の経済的状況が不安定になる場合は「不許可」になることもありうるとのことでしたので、それはちょっと気になります。 ねねの父親は大企業の管理職ですから、それに比べて私は「職業欄に何て書けばいいのだろう?」という仕事ですし(笑)、はるかに収入も少なく、安定していないのは確かですから・・・。 しかし、何がどうであれ、ねねの心をこれ以上つぶしてしまうわけにはいかないので、これでよかったと思っています。
住民票の移動の件は5月1日に決まっていたのですが、急に話が覆った前例もあるので、転出届を発送したことを確認してから公表しました。 ねねがこちらに来ても母親と死別した寂しさのなかであることは変わらず、きっといろいろなことはあると思います。 何かあるたびに、「何がねねの本当の幸せにつながっていくのか」を軸にしての関わりを続けていきます。 と、まあ、それほど意識しなくてもあの子が2歳の頃からずっと関わってきたので、なんてことはない親子なのですが。 また近日中にお知らせします。 |
08/05/2006(月) 21:25:00
| No.23 飯沼 |
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○○○ ○ 様
ご無沙汰いたしております。 飯沼です。
ねねの養子縁組の件につきましては、本来ならば大人同士が子供の幸せと将来のために話し合うべきところをそれができず、子供たちに負担をかけてしまいました。 寂しいなかでも受験勉強を優先すべきしぃや、精神的に苦しい状況にあるねねに、さらに精神的苦痛を与えることになったことを申し訳なく思います。 今後は、大人同士としての良識に基づいて話を進めて参りたく思います。 どうぞよろしくい願いいたします。
ねねやしぃとは、あの子たちがまだ幼い頃から家族のように関わってきました。 お互いに心を開きあい、気持ちの全部で関わってきました。 私の家族も、私と克との働きと様子を見て、理解とともに応援してくれました。 私の子供たちのみならず、まゆみさんもそうでした。 私の家族は皆が克を慕い、克の子どもたちを自分の子供、自分たちの妹のように思っています。 それぞれにいろいろな思いを越えて理解と協力が得られたことは、まさに奇跡のような幸せです。 そして、克が病を得、他界してからは特に、信頼できる仲間たちもしぃやねねにさらに温かい心を向けてくれています。 そういう環境に育ったねねが、自分の母親を愛し、今も慕う者たちの傍で暮らしたいと願うのは無理のないところではないかと思います。 聞くところによれば、そちらでは克の思い出話ができるような雰囲気ではないとのことで、そちら様方のお気持ちは分かりますが、ねねにしては寂しい限りでしょう。 まして、母親と死別した中学生が、一人で夕食を作り食べなければならない日も少なくないとすれば、精神的に限界をきたしても不思議ではありません。 ねねは心が重くなると、体も動かなくなるタイプですから、このままでは不登校や引きこもりになっていく可能性もあると思います。 引きこもりは、いわゆる中流のサラリーマン家庭に多いと言われています。 私たちも何人かの引きこもりの子供に関わりましたが、その元は「親に自分の気持ちを分かってもらえなかった」という思いと希望のなさであり、反抗の一形態です。
今のところねねは、こちらに来ることを希望にして頑張るつもりでいてくれるようですが、日々の寂しさが募るとまた体調を崩すのではないかと案じています。 それは決してねねのわがままではありません。 確かに、気持ちの問題ではありますが、募る寂しさや不満が解消されなければ本人もどうしようもないと思います。 分かってはいてもどうしようもなくなる人間の気持ちは私にも分かりますし、○○○さんにもお分かりになるのではないかと思います。 そして、寂しさを重く抱えている子供の気持ちは、私にもあなたにも分かるはずだと思うのです。 おそらくはあなたも子供の頃、「自分の親がこんなふうであってくれればいいのに・・・」と思ったことがあるでしょう。 誰にも子ども時代があり、子供としての気持ちがあったのですから、その気にさえなれば自分が親になっても子供の目線で自分を見てみることはできるのです。 あなたは本当は子供の気持ちを分かってあげられる人だと思います。 どうかもう一度、子供たちの心に視線を合わせてやっていただきたくお願いいたします。 あなたのお気持ちを逆なでするのを怖れながらも説教じみたことを書きましたが、あの子たちの健やかな成長は、あなたも私も共通の願いであるので、あえて申し上げました。 私などに言われるまでもなく、すでにこのようなことはご存知であれば、どうぞ笑い飛ばしてください。
さて、昨夏にも言いましたが、私はできれば当面の養育者としてねねを育てていくのが一番よいのではないかと考えています。(ねねに係る費用に関しては、あなたが出すのがお嫌でしたらこちらが負担いたします) 養育者としての形の方が、ねねとあなたの将来にとって良いのではないかと思うのです。 しかし、こちらで暮らしたいというねねの希望をかなえるにあたって、やはり養子縁組を条件となさるのなら、私は喜んでねねを養女に迎えたいと思います。 養子縁組については、父親であるあなたからの承諾を頂いていますし、ねねも「一日も早く」と願っていますので、早急に手続きをとりたいと思います。
つきましては、○○○さんとねねの戸籍謄本をそれぞれ1通ずつ。 それと、ねねの住民票を取り寄せてください。
東京家裁に問い合わせたところ、手続きを開始してから許可が下りるまで、今回のような案件の場合は2〜3ヶ月を要するかもしれないとのことでした。 調査官が入って、子供の福祉の面からねねの気持ちを聞くことになるようです。 ねねの方も、「上申書」という形で、早く許可してもらえるように気持ちを伝えることになっています。 うまくいけば1ヶ月で許可される可能性もなくはないようですが、遅れる可能性のほうが高そうです。 許可が遅れれば、ねねがこちらに来る時期も遅くなって、高校入試に非常に不利になると思われます。 できれば、養子縁組の手続きよりも先に、ねねの住民票をこちらに移し、転校して高校受験に備えるのがねねにとっては良いと思います。 しかし、父親であるあなたがそれを許可なさらないようなので、養子縁組を急ぎ、入試への諸問題はねねが努力して越えていくつもりになっています。
最後にまた出過ぎたことを申しますが、ねねが私の養女になっても、どうかねねとあなたとの親子の絆は断ち切らないでやってください。 私はあなたの子供たちへの愛情は知っているつもりです。 ねねもあなたに対して愛情を持っています。 ただ、今の状況ではそれを表現することができないだけです。 状況の変化と時間の経過によって、人の気持ちは変わっていくものです。 私はねねが将来あなたに対して、「いろんなことがあったけど、お父さんの子供でよかった」と思えるように育てていきます。 私がねねを養女にするについての唯一の条件が、「将来ねねが結婚する時には、お父さんに“花嫁の父親”になってもらうこと」でした。 これはねねも了承しています。
どうか、ただでさえ寂しい子供たちを、あなたと私の気持ちに巻き込んでさらに苦しくさせてしまうことがありませんように。 そして、今のねねの気持ちを、今は大好きな母親との思い出を共有できる者(達)のなかで暮らしたいのだと、理解してやってくださいますようお願いいたします。
長くなりましたが、それでは、戸籍謄本2名分と、ねねの住民票の件、よろしくお願いいたします。 なお、それらをいつ準備していただけるかをお知らせください。 それに合わせて上京し、家裁に申立書を提出いたします。 お忙しいとは思いますが、ねねのためにどうか一日も早くお願いいたします。
2006年4月13日 飯沼 正晴 |
08/05/2006(月) 21:31:10
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