実家に帰って来ました。 コロナのこともあってなかなか連絡できませんでしたが、土曜の夕方思い切って連絡してみたら、帰って来なさいとのことでした。
4日に祖母の50回忌の法要を、夫婦二人だけで行うつもりだったようです。 50回忌と聞いたときには、おばあちゃんが呼んでくれたんだと思いました。
帰りは母が駅まで車で送ってくれ、発車まで少し時間があったので駐車場で話しをしました。
子供の頃、弟との扱いの違いについて区別してきたかと聞いてみました。 「弟と差をつけたつもりは全く無い」けど、「言うことを聞かないから追いかけ回して怒った」ことは覚えているとのことでした。 成長した後は、弟が帰省して帰る時には必ず玄関の外に出て見送るのを見てきました、私が帰る時には見送ってもらったことがありませんが、それも意識したことがないとのことでした。 それほど興味がなかったんでしょうね。
母は、克子さんが亡くなる前にカウンセリングを受けたことを覚えていました。 その時、弟との違いについて「子どもの頃、大切にしてもらえなかった」と思っていたことや「大学に行きたかったけど、行かせてもらえなかった」と言ったそうです。それで寂しい思いをさせたのだとわかり反省したと言ってました。 そのことがあって、私の態度にも変化を感じていたと。
私自身については、 娘がお父さんに大事にしてもらう様子に、大切にしてもらえなかった自分との違いから娘に嫉妬し、キツく当たってきたことを正直に話しました。 弟や娘に嫉妬心があったことに自覚はないけれど、 弟との違いが嫉妬に繋がったということもわかってくれました。
もう一つ知りたかったこと。 母に私に対する嫉妬がなかったか聞いてみました。 やはり「NO」でした。誰に対してもそんな気持ちを持ったことは無いと言い切りました。
母は祖父母が年老いてからできた一人娘で、高校を卒業した年に結婚しています。 父との結婚の経緯はまさに、「運命」とも言える不思議な縁に依りますが、相当デタラメな男だったようです。 子供を膝に乗せて可愛がるなんて皆無、そこは弟に対しても同じだったそうです。全く家族を顧みることなく、家付きの一人娘でなければ逃げ出していたと言います。 生活費は入れない上に暴力、毎晩足音を聞くだけで、恐ろしさに震えあがるほど、毎日が緊張だったそう。
世間知らずの小娘ですもの、 耐えかねて家を出てみたものの行くところがなかったし、祖母が困ると思い、続けるしかなかったのだと。 実際子供の頃父の暴力をみたこともありますし、ある程度のことは聞いていましたが、今日改めてその凄まじかったことを知りました。
母が老いた親を安心させるべく言われるまま、世間を知らずに結婚するしかなかったように(お付き合いどころか何度か会った程度だったようです)、もしかすると父もまた、母との結婚のために多くを諦めたのかもしれません。そのことでやり場のない鬱憤が家族に向けられたのかもしれません(推測にすぎませんが)。
ひとしずくに「父を思う日」がありました、父を擁護する気にはなれませんが、今までとは少し違う目線で思うことができる気がします。
祖母は母が30歳になる前に亡くなっています。 今日話しの中で「おばあちゃんは可愛がってくれたでしょう」と母が言いました。確かに優しかったです、だからこそ寂しさを大きくすることになったのですけど。この話しの時には流石に感情が昂ぶりこみ上げるものがありました。 祖母の50回忌の今、この話しができたことは一つの区切りになるんだと思います。
長くなりますが、最後に。 結局母は、弟と差をつけて来たことに自覚も意識もないけれど、夫婦の関係が良くなかったことで、私に当たったり寂しい思いをさせてしまったかもしれないと言ってくれました。母の精一杯の気持ちだろうと思います。もう水に流してもらえないかとの言葉には釈然としないものがありましたが、今、こうして今日一日を振り返ってみると、母が誠実に応じてくれたことに感謝の思いでいっぱいです。 いつまでも子供の頃の寂しさを手放せす、ひがんで固執していた自分を恥ずかしく思います。 新たな母娘の関係を重ねることができる区切りの日となったと思います。
当然のことですが、両親ともに娘のことを気にかけてくれていたようです。 じいちゃん、ばあちゃんが気にしてくれていることを伝えるために、もう一度手紙を書こうと思います。 |
03/08/2020(月) 21:44:05
No.24158 きんもくせい |
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an-gelさん ご自身を恥ずかしく思わないでください。 ご両親のこと、少しでも分かって良かったですね。 それが分からないから、子どもとしては辛さを増すし 混乱を招くし歪むし。 an-gelさんが一歩踏み出したことで(なんて偉そうにごめんなさい) いろいろ理解と受け入れることと、その先の喜びに繋がっていきますね。 an-gelさん、幸せになりましょうね! 一緒にね! もう一度の手紙 きっと届くと思います。 |
03/08/2020(月) 23:27:27
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No.24159 康子 |
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an-gelさん、お母さんとそんなお話しが出来て良かったですね。
今、an-gelさんの心は「幸せ」に向けていっぱい動いてるんですね。
自分と向き合うしんどさと、もちろん一緒の筈なのに…それでも「えいやっ!」としっかり前を向き一生懸命なan-gelさんに涙が出そうになります。
めちゃくちゃカッコいいです!
娘さん、おじいちゃんおばあちゃんの思いを聞いたら、嬉しいやろな〜。 そしてan-gelさんのご両親も嬉しいでしょうね。
そうやってan-gelさんの周りに幸せがまた増えて、幸せが幸せを呼んで〜どんどん増えて。 そして気がついたらan-gelさんとご家族みなさんの現実が変わっていた! 必ずそうなると思います!
an-gelさん、これからも応援しますからね!
よーし!私も頑張るぞぉ〜!
深夜に起きたら眠れなくなりました。掲示板覗いたらan-gelさんの書き込み見つけて思わず、笑。
あと飯沼さんの畑 これから定例会の時に見れますね! 農業は未経験だし「わー、きゃー」言うだけで役に立ちそうもないなぁ…。笑 うーん…でも 皆んなで楽しそうやなぁ〜
おやすみなさい |
04/08/2020(火) 02:23:54
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No.24160 藍子 |
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an-gelさん、丁寧に書いてくださってありがとうございます。長い間の心の内を言葉で表現すること、勇気がいったと思います。 掲示板に書いて、思い切って親に連絡して、そしたら50回忌だから帰ってこい、って言われるという流れ、導かれているなあと思います。
お母さんとゆっくりお話できてよかったです。おかあさんにはおかあさんのそのころのつらさがあったんですね。そうやっておかあさんのそのころの気持ちを知ることが昇華させることに繋がるんだと思います。
康子さんが書いているように、an-gelさんの周りに幸せが増えて、いつの間にかan-gelさんご家族全員の現実が変わって、、、 周りを幸せにすることって自分が幸せになることと同義なんだなと思いました。 (しかし、康子さん、夜中の寝起きにこれだけしっかり書き込めるのさすがです、すごいぜ康子さん)。
娘さん、ご結婚されてますます幸せになってほしいです。手紙、うれしいと思います。本当のところでは絶対的にうれしいと思います。何度でも書いてあげてほしいと思います。 娘さんの気持ちになると泣きそうになります。どうか、これからもan-gelさんの本当の気持ちを、伝えてあげてほしいと思います。
an-gelさんとの仲良し親子の姿、いつか見たいです。
喜びの現実が待っていますね!!ほんとそんな気がしてなりません。an-gelさん、応援しています。本当にずっと応援しています。
小学5年生で自分が死んでも誰も悲しまないと思ったan-gelさん、愛は時空を超えるということなので、子供のころのan-gelさんに愛念を送ります。待ってるよ、って伝えます。あなたのことが大事で心配で幸せになってほしいと願っている者が未来にたくさんいるよ、と伝えます。
愛されているってしっかり実感してください!私もan-gelさんが大好きなんですよ!! |
04/08/2020(火) 08:52:33
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No.24161 飯沼正晴 |
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an-gelさん、書き込んでくれてありがとう!
読んだ人たちが自分と親や兄弟姉妹とのことを思い返す、貴重な機会になると思います。
タマゴが先かニワトリが先かの話じゃないですが、幼子は弟や妹が産まれたら自動的に兄や姉にされてしまいます。 それまでは一人っ子として親の愛情や関心を独り占めすることが当たり前だったわけですから、境遇や立場の変化に適応しにくい子も多いでしょう。
お母さんは産後の疲れも十分に癒えないうちに、赤ちゃんのお世話に追われるわけです。 そういう状況で、上の子のさまざまなアピールに対して、温かさや優しさで対応してあげられないことも少なくありません。
そういう親の対応に傷ついた上の子は、「可愛くない態度」を身につけていくこともよくあることです。 親がそこで上の子の気持ちになって、接し方を大きく変えてあげられるといいのですが、実際には親にもそういう余裕がなく、日々の大変さや自分の気持ちで一杯いっぱいになったまま月日が経っていくことになりがちです。
そして、お互いにそれが当たり前になって固定化し、お互いの間に造ってしまった壁を打ち破れないまま年月を重ねていく。
こういうケースを何度も見てきました。
親子関係だけでなく、兄弟姉妹関係でもしばしばあることです。 自分の側からの思いを増幅させて固定化していくということは、夫婦や他の人との関係でもありますね。
今までや今がどうであれ、修復してお互いの喜びに向かうことに、遅すぎることはありません。 なぜならば、それがこの地上に生きる意味の一つであるからです。
お互いに不十分であり、ボタンの掛け違いをした昔に戻ってやり直せないのであれば、誰がどうだった・どちらがどうだったということを超えて、まずはどちらかが大きく赦して(あるいは心から謝って)、そこからやり直す・昔にさかのぼって書き換えていくことができるのでしょう。
地上の年月やその時その時の行為行動は不可逆であっても、意識、ましてや愛は時空を超えて現実に作用するのです。 自分の意識が切り替われば、過去への思いや認識も変わります。 そして過去が喜びとなって、現在や将来のさらなる喜びの現実を広げていくのです。
必要でないことはもたらされません。 試練も逆境も許し難さも、自分自身の潜在意識(あるいは魂の意識)がその時の自分にふさわしく現実化したものであり、もちろんそれは罰などではなく、自分自身の向上進化に向けての練習問題として必要であるからです。
全ての人が難所を越えた清々しさを味わうことができますように。
みんな健やかに、幸せになれ! 全部なおった、幸せになった! |
04/08/2020(火) 12:00:44
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No.24162 an-gel |
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キンモクセイさん、康子さん、藍子さんありがとうございます。
飯沼さん、母に対する違和感、不信感を払拭すること、というか、思春期の反発心を持ち続けたままでは娘との関係を修復はできないと思っていました。母の認識がどうであろうと、子供の頃の寂しさを伝えることで自分の気持ちに整理をつけることは不可欠でした。
>今までや今がどうであれ、修復してお互いの喜びに向かうことに、遅すぎることはありません。
>なぜならば、それがこの地上に生きる意味の一つであるからです。 地上の年月やその時その時の行為行動は不可逆であっても、意識、ましてや愛は時空を超えて現実に作用するのです。 自分の意識が切り替われば、過去への思いや認識も変わります。 そして過去が喜びとなって、現在や将来のさらなる喜びの現実を広げていくのです
過去に対するネガティブな意識が変われば、引き寄せる将来の出来事も変わってくる。全ては自分の心の持ちよう次第ということですね。 過去、膨らませた寂しさや抱えた憎しみは、この先の大きな喜びを引き寄せるための試練。霊性進化への最初の一歩を踏み出す足がかりとするための苦しみだったと受け止めています。 |
04/08/2020(火) 21:37:46
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No.24163 飯沼正晴 |
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>過去に対するネガティブな意識が変われば、引き寄せる将来の出来事も変わってくる。全ては自分の心の持ちよう次第ということですね。<
今、過酷な状況に置かれている人たちのことを思えば、「全ては心の持ちよう次第」と言ってしまえば、ちょっと語弊があるように思います。
人間の意識は90%が潜在意識で、10%が顕在意識だと言われています。 意識が現実化することは法則としてそうだと思うのですが、潜在意識やましてやカルマ(の埋め合わせ)などは通常は認識できない領域の意識です。
だからこそ、潜在意識の書き換えが大事なのです。 何かを反復継続することによって、潜在意識に刷り込まれていきます。
私が提案していることを繰り返し反復継続していくことで、潜在意識は上書きされ(書き換えられ)、いずれは潜在意識の大元の魂の意識とつながってスパークするでしょう。
そうなれば、いともたやすく健やかなる喜びを現実化できるようになるはずです。
眠るときの作業だけでなく、日ごろから何かにつけて喜びの言動・喜びに着地させる言動を表現して、それが当たり前になっていけば、それもまた潜在意識に刷り込まれていくのです。 |
04/08/2020(火) 23:16:10
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No.24164 飯沼正晴 |
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以下は特定の誰かにというわけではないのですが、ちょっと書きますね。
地上に生きていれば、心を陰らせてしまうことがいろいろと起きるものです。
こう言われた、ああ言われた。 〜〜された。 〜〜してくれなかった。 欲しいものが手に入らない。 〜〜だと思われた。(思われているに違いない) こんなことになるとは思ってもいなかった。 こんなはずじゃなかったのに。 〇〇があんな人だとは思ってなかった。 裏切られた。
等々、いくらでも出てきそうです。
「自分の意識が現実を造っている」ということは、今はちょっと棚上げにしておきましょう。
でも、自分の人生の主役・主人公は自分自身です。 ドラマでも映画でもお芝居でも、主役が共演者の言動や自分の境遇にグチグチしていれば、陰りがテーマのような楽しくない作品にしかなりません。
主役がどうしていくかで、そのドラマや映画やお芝居は決まるのです。 共演者のせいにしたり、共演者に変わることを求めるのは、自分が主役であることを放棄するに等しいことで、それではドラマや映画やお芝居の展開が変わるはずがないのです。
それは実際の人生でも同じです。
何か自分の意に反したこと、意に添わないことがもたらされた時に自分がどうしていくのかが、文字通り自分の現実を造っていくのです。
とはいえ、陰りに満ちたこの地上界ですし、価値観も感性も異なるいろんな人がいるのですし、自分にもさまざまな気持ちはあるものです。 いろんな喜びでない気持ちになることも当然よくあることです。 自分としての気持ちを無いものにするのもどうかと思いますが、少なくとも自分の喜びでない気持ちに拘泥してそこに埋没する、暗くちっぽけで傍迷惑な自分は卒業したいものです。
主役である自分が一念発起してそこから脱却するだけでも、自分を含めたその舞台の幸福度は格段に高まるのです。
分かってはいても、身に染み付いた癖はなかなか払しょくできないものですが、だからこそ顕在意識でも切り替えを強く意志して、潜在意識の書き換え作業もやっていきましょう。
普遍意識にちょっとでもつながれば、「いろいろあってもたかが自分の気持ち」と思えてくるものです。
自分の意識の中で喜びでない気持ちが占める部分が小さくなれば、健やかなる喜びを現実化する回路の夾雑物が激減するということですから、つまり喜びが現実化しやすくなるのです。
もちろんその逆もあります。 主役が共演者の言動や自分の境遇にグチグチしていれば、どんな舞台(現実)になっているのかを考えれば、すぐに分かる話です。 |
05/08/2020(水) 11:55:41
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No.24165 飯沼正晴 |
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なんだか盛り上がらない書き込みで、スミマセンね〜
同じことばかり、しつこいってことなのかな?
長い長い梅雨が明けて篠山も暑くなりましたが、梅雨明け当初からどこか風が涼しくて、例年のお盆過ぎのような感じです。
畑は長雨による過湿と日照不足で、少なからずダメージを受けてしまいました。 スイカは10個も収穫できないままにダメになって、枝豆もサヤはついているのになかなか実が太りません。 ナスも花があまりつかず、収穫もボチボチですが、これから盛り返してくれるでしょう。
雨に弱いトマトは、今年は雨除けをしなかったのに持ちこたえてくれて、それなりに収穫できています。
もともとが日当たりの良くない畑なので、こういう天候の時にはもろに影響を受けてしまいます。 来年からは日当たりもいい畑になるので、待ち遠しい気がします。 |
06/08/2020(木) 22:58:05
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No.24166 あきどん |
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いえいえ、そんなことないです。 なるほどなと思って。ちゃんとコピー保存しました。 心にとめてやってきます。
篠山はすずしいのですか。 こちらは梅雨明けから連日の猛暑で、ちょつときつい毎日です。午後には頭が働かなくなります。先日の散歩中頭がクラクラしたのは、猛暑のせいか、ダウンロードのせい、どっちだろうと思いつつ。猛暑のせいかもですね。気をつけます。 |
07/08/2020(金) 00:04:02
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No.24167 飯沼正晴 |
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あきどんさん、書き込み、嬉しいですよ〜
篠山も32〜33℃ぐらいにはなるので暑いのですが、例年の盛夏の暑さとはちょっと違うように感じるのです。 。。。。
今日は「日本の夏」という感じで、とても蒸し暑いです!
またまた畑のことですが、今借りている畑は山ぎわで、人も車もあまり通りません。 多少雑草が生えていても全く問題はないのですが、来年から借りる畑は家の近くで道路に面していて、雑草の管理をちゃんとしたいと思っています。
畝の上は自然分解マルチや刈り取ったライ麦などを敷いていくことで雑草管理ができるのですが、畝と畝の間の谷の雑草はそうもいきません。 うちにある小型耕運機は2輪なので、谷を耕耘するのはちょっと手間がかかります。 もちろん、できないことはないのですが。
数日前に今借りている畑の耕耘・畝上げをしている時にふと、「一輪の管理機があればいいのにな」と思いました。 とはいえ新品を買うほどのこともないし、中古でもそれなりの金額はします。 で、「まあ、いいか」と思ったのですが、昨日みゆきちゃんから電話が入って、「古い一輪の管理機があるけど、そちらで使いませんか?」とのことでした。
あまりのタイミングに私は絶句するほどでした。 価格は整備費+αか整備費のみでいいそうです。
そしてさっそくさっき軽トラに積んで持ってきてくれました。 さすがに古いけど、十分に使えそうです!
実は、草刈り機に取り付けて、畝の表面などを軽く耕耘・除草する器具も取り寄せたのですが、草刈り機につけたり外したりするのがやや面倒で、「もう1台草刈り機があればいいのにな」と思っていたら、みゆきちゃんが「草刈り機をもらったのですが、そちらに…」と言うのです(笑)
なんだか最近こういうことがやたらと多くて、不思議な気がします。
そういえば車でも同じようなことがありました。 ある人が自動安全機能の付いた車に買い替えるので、今その人が乗っている車をうちで使わないかという話が来ました。 うちの車もまだよく走るのでもう1回ぐらいは車検を受けるつもりだったので、一度はお断りというか辞退しました。 その人が乗っている車は、2年ほど前に新車で買ったかなり上等のハイブリッド車でしたし。 私は上等の車に乗ることにやや抵抗感があったりします(笑)
電話で辞退した後、下に降りるとテーブルの上に車検の案内のはがきが置いてありました。 それを見るとうちの車は平成17年だったか、15年ぐらいも前の年式でした。 まだ10万キロも走っていなくて、私は15万キロ以上は走って廃車にするので全然気にしていませんでしたが、年式が古くなればいろいろ経費もかかるし、その人の話に乗って車を替えることにしました。 その車は7人乗りでその人も年に何度かは使うそうですが、実質的にはその車をもらえることになりました。
こういうことが続くって、いったい何なのでしょうね。 |
07/08/2020(金) 08:13:40
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No.24168 あきどん |
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飯沼さん、現実化がすごいですね。 私たちもいつかそうなれるように頑張りたいです。
>地上世界は今、隷従・隷属の管理社会が完成に近づくのか、あるいは真に自由で豊かな健やかなる喜びの地上界へと切り替わっていくのか、重大な分かれ道にあります。 皆さんがたが健やかなる喜びを現実化するエネルギーを使いこなせるようになることは、自分自身の幸せのみならず、すべての人々の幸せに重なっていることを肝に銘じていただきたいのです。
春が来るさんも引用されていた、定例会のメッセージのこの部分、まさにと思います。
最近、いろいろ情報みたり、世の中の流れをみて怖くなります。
急いで作るワクチン(普通なら何年もかけないと作れないというのに)を使わせようとしてるように見える国やマスコミ。 世界の医師らも声明を出してるの見ました。 人にいままで試したことないmRNA ワクチンとか。。。なんでて感じです。
https://mobile.twitter.com/nakamuraclinic8/status/1288856654734213121?s=21&fbclid=IwAR1vTiPutJKABZwDvDs3Na9iN31vHPTjyNFlElJ37UVuN9Yvlap7nFMphFo より ドイツ人医師らの声明「医学的に必要のないワクチンです.必要性を示すエビデンスがありません. そもそもワクチンを試さないといけないほど症状のひどい人はドイツにはいません.さらに,mRNAワクチンという新しいタイプのワクチンは,従来のワクチンと違って,遺伝子を改変します.その影響は予測不能です.
でも、そうなりませんように、ていう、オーダーの仕方ではいけないんですよね。 肯定的なオーダーします。 |
07/08/2020(金) 12:30:36
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No.24169 飯沼正晴 |
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あきどんさん、ありがとう!
新型コロナをめぐる支配層の動きの裏には、何かとんでもない魂胆・思惑がありそうな気がしています。
それとは別に知人からの情報ですが、あるイベントで小さなクラスターが発生しているそうです。 口元だけをカバーするアクリル製のカバーをつけていた人は感染して、マスクをしていた人は陰性だそうです。 マスクはウイルスは通してしまいますが、飛沫感染はある程度防ぐことができるようです。
>でも、そうなりませんように、ていう、オーダーの仕方ではいけないんですよね。<
はい。 「そうなりませんように」では、結局のところ「そうなる」という場でのエネルギーの使い方になって、そのエネルギー場を補強することになってしまうのかもしれませんね。
ヘンな喩えですが、ハンバーグをキャンペーン中のレストランに入って「ハンバーグじゃない料理をお願いします」と言っても、自分が食べたいものを注文したことにはなりませんから。 |
07/08/2020(金) 14:49:54
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No.24170 康子 |
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飯沼さんの周りで起こること、すごいです。 これは計らい、現実化なんですね!
私も、(私も…とは違いますね、笑) とても些細な事ですが一度だけ「こういうのを導き」っていうのかな〜と思ったことありました。
これからは自分を使いたい、使って何かに役立ちたいと思ったら本当に突然
そうなれるように、そう出来るように人と出会い、環境を与えてもらって…気が付いたらそのようになっていた。ということがありました。
偶然が重ならないとあり得ないような…そんな感じで、 導き?引き寄せ? 何かわからないけど、大きな何かに背中を押されてるみたいでした。
周りにある空気?のようなものに 「さあ、もう大丈夫」 「応援するからがんばれ!」
って、笑って言ってもらったんだ…と思って。 私はもう大丈夫だし頑張れるんだと、嬉しくて泣けました。
なんかその時のこと、ちょっと思い出しました。 こんな気持ちになれるなんて、そんな時が来るなんて 、ありがとう。病気にも出来事全部にもありがとうと思います。
コロナ、身近で増えてきています。 小さなクラスターになってもおかしくないのに、他の人は感染しなかったり、その逆もあります。
否定の気持ちでなく、 コロナさんへの共鳴続けます! |
07/08/2020(金) 19:48:15
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No.24171 のり○ー |
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私の身近でも出てきました。驚きと落ち込みと今は、落ち付きました。 |
07/08/2020(金) 22:10:51
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No.24172 のり○ー |
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07/08/2020(金) 22:17:02
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No.24173 春が来る |
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あきどんさん
最近、ワクチンに関する本を数冊読みました。 私なりに思うところはあります。
【隷従・隷属の管理社会】への計画の一端を見る様な気持ちにもなります。
【重大な分かれ道にあります。】とも伝えられてきている中で、以下の事を思います。
「愛は時空を越えて 185」で伝えられた 【あなたも分かっているように、地上的喜びの共通項は「安心に裏打ちされた楽しさ」です。】 【飯)うん。 要するに、気持ちのところでの共感や楽しさに満ちた場で、潜在意識をエネルギー的に書き換える実習を繰り返すことのほうが近道だということだね? 克)はい、そういうことです。】
【重大な分かれ道】である今、ぬまさんが仰っている近道、気持ちのところでの共感や楽しさに満ちながら、潜在意識を書き換えていきたいと思っています。 なので、今、ここでは、ワクチンについての言及は控えさせていただきますね〜
>最近、いろいろ情報みたり、世の中の流れをみて怖くなります。<
怖くなる気持ち、分かりますが、一緒に喜びの中で進んでいきたいですね。
それにしても、ぬまさん、今度は、一輪の管理機や車ですか!(驚) ホントに次々と地上的な喜びが現実化していってますね〜!(喜) |
08/08/2020(土) 00:24:41
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No.24174 のものも |
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>口元だけをカバーするアクリル製のカバーをつけていた人は感染して、マスクをしていた人は陰性だそうです。
ウイルスはビニール系に付着しやすいようですよ〜〜 私は、スーパーの発砲スチールは すぐにお皿に移し替えて捨ててます。
私の想像ですが、、 動物の進化論じゃありませんが 自分が生き延びるために コロナウイルスも最初よりは弱くなって 進化していると思います。 人間が死んでしまっては、共倒れになるので、、 なので、ワクチンが出来ても 今後も進化しながら 消えることはないように思います。
あと、気のせいか、テレビのニュースで 旅行者が感染していることが多く感じます。 なので、馬鹿みたいな想像をしてしまいます。 自分の縄張り地域は、動いても 大丈夫かなぁ〜と思います。 だから、関東に住んでる人は関東は大丈夫で、 関西に住んでる人は関西は大丈夫??
まだ正解がないから いろいろ想像〜(笑) 皆さん、休日も良い日を〜〜! |
08/08/2020(土) 08:00:17
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No.24175 飯沼正晴 |
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のものもさん、お久しぶりです!
関西どころか同じ兵庫県でも神戸市などではかなりの感染者が確認されていて、私の住む丹波篠山市ではまだ感染者は確認されていないようです。 なるべくウイルスを持ち込まないように、私も気をつけている状態です。
新型コロナウイルスは人工ウイルスだという見解もありますし、どのように変異していくのか予測できない段階でしょうね。 いずれにしても、免疫細胞を攻撃したり、あるいは免疫反応の暴走を誘発したりするそうなので、「(分け隔てのない)共生の喜びのエネルギー」がキーになるような気がしています。
春さん、 >それにしても、ぬまさん、今度は、一輪の管理機や車ですか!(驚)<
そうなんですよ。 一輪の管理機のことは、ふと思っただけで誰にも話していませんでした。 しかも、みゆきちゃんの会社の人が「あの一輪管理機、飯沼さんのところで使わないかなあ?」と言ってくれたそうです。 私はみゆきちゃんの会社の人とほとんど全くお付き合いはないのに。
ところで、例の不思議な金魚さん、今朝死んでしまいました。 日照不足で水草が育たないので、一昨日に水槽用のLED照明を設置したのですが、それが関係しているのかどうかも分かりません。 昨夜、弱っているドジョウを外の水槽(浴槽)に移すときには元気でだったのに。 (ドジョウを移すときに、なぜか私は玄関の外で思いっきり転んでプランターを壊してしまいました。)
かなりショックなのですが、克から伝えられるようなので、以下に書いていきます。
「地上的筋道の制約を超えた喜びの現象が不思議なことではなく、あなた方の中で当たり前になれば、あの魚は役割を果たしたことになるのです。 あなたは感謝とともに自分の役割を全うする意欲をさらに高めることで、あの魚が出現してさまざまに変化しながら存在したことに報いることになります。 この時期にあの魚が死んだことも、地上的制約を超えて健やかなる喜びを現実化するエネルギー場の形・拡散に向けて、あなたがたにさらなる意欲・本気を促すためのものでもありました。 (人によっては「注意喚起」の意味もあります)
少なくともあなたは、これから毎朝その水槽にいる他の金魚たちにエサを与えるときに、あの魚のことを思い出して自分(たち)が担う役割を思い起こすことになるでしょう。 体をもって地上に存在しているよりもはるかにあの魚の存在は大きくなるはずです。 仲間の皆さんがたも、この掲示板で示されていることに真正面から意識を向け、提案されていることに意欲的に取り組んでいただきたいのです。 地上的自我への囚われによって途中脱落で地上を去るのではなく、志を果たして魂の故郷に戻っていただきたいのです。」 |
08/08/2020(土) 10:49:39
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