おはようございます。晴れ渡る火曜日です。
昨夜寝る前に、自分が乳児の時に憑依されてこの年まで生きてきたとしたらどんな気持ちだろうと想像しました。 知らず知らず幽界につながっていたとしたら。それは耐え難く屈辱的で私の人生を返せ!と怒りが内側に向かいかねないと恐ろしくなりました 。そしてそうでもなさそうな祐造さんに、一体化しているってこういうことなんだろうなと納得もしました。
病気の人が病気を、どこか自分のために利用している人はヒーリングでも治りにくいという話をと同じで、祐造さんは憑依されている自分をどこかで利用しているのだと思います。
憑依のせいにしている今は、自分はどこか被害者気分なのでしょう。憑依されているのだから仕方ない、自分のごまかしもすっとぼけも自己中心的思考もキャラ崩壊の事態にも、平然としていられるのでしょう。
でもこんなにエネルギー送ってもらえて幸せ者だと思います。 この愛さえ届かないんだろうか、響かないんだろうか、と心が動かないと連呼する裕造さんに空しくなります。 が、いつか地上を離れたときには必ず気づくんですよね。 自分の情けなさも周りの愛も、気づかずに過ぎ去れることなんてなくて。必ず向き合う時はくる。
私も自分を振り返ります。 いつも臆病です、自分を守ります。あとで情けなくなります。誤魔化しもします。 一緒ではないけど、裕造さんの要素は私の一部です。 自分の中のその要素を薄くしていきます。陰りを光にしていきます。
定例会楽しみにしています。早く皆さんに会いたいです。このどうしようもないモヤモヤを皆さんと晴らしたいです! エネルギー共鳴させて、スカッとしたいです。 |
16/09/2025(火) 08:20:41
| No.43088 みやっち |
|
|
|
個人的な事ですが書き込みさせていただきます。 以前、僕の幼少期からの生活環境の事、家族について個人的な事を書かせていただきました。 そして感謝の気持ちを父親と母親に手紙で伝えていきますとここまで書きました。 ここからさぁ手紙を書こうと思っていたのですがその後、母親と結構長時間電話で話をしていて、また自分が勘違いしているのに気付きました。 (自分は母親からあまり歓迎されていないように思っていたがそうではなかった。実家に帰りたいのをあまり受け入れてもらっていなかったので歓迎されていないように思っていたが、父親の体調があまりよくないからだった。父親の体調がよくないのは知っていたがそれだけが理由だとは自分が勝手に思っていなかった。) その勘違いに気付いて自分の気持ちがとても晴れたことと、父親に感謝の手紙を書くのがどうも恥ずかしく、気持ちが前向きにならなかったため書けないまま月日がたっていました。
そうこうしていて7月20日に母親とお盆に実家に帰る予定を決めるために電話をかけると、父親が入院してして悪性リンパ腫ステージ4だと突然伝えられました。 え、と思い状況を聞いていたのですが母親としてはとても厳しい状況だと思いながらもなかなか現実が受け入れられていないといった感じでした。 (母親も父親もそこまでの病気だとは夢にも思っていなかったらしく7月1日に急に大きな病院へ転院することになったそうです。) 弟には転院する時に保証人になってもらうから入院することと「大丈夫だから。」と伝えていたらしく、兄にも電話があったタイミングで伝えたらしく僕より1週間ほど前に聞いていて、二人ともそんなに深刻には考えていないようでした。 僕は大変だと思いながら、次に帰省出来るのはお盆か無理したらもう少し前に行けて7月下旬かと母親に話をしました。 電話をきって藍子さんと相談したらそんな状況だったらすぐに会いに行こう!と言って背中を押してもらって、翌日にすぐに家族みんなで日帰りで帰省しました。 病院に行ってみると、とても身体の状態は悪く、喉にチューブが入れられていて声を発することも出来す、返事は目をパチパチさせるだけでちゃんとした意思疎通出来ず、腹水もかなり溜まっていてとても良くない状態だと思いました。 その時はすぐに帰省して顔を見られて、声を掛けることが出来て良かったと心から思いました。
帰ってすぐに飯沼さんへ遠隔ヒーリングをお願いしました。 いままでの自分であれば絶対に治ってほしいとそれだけを思っていたはずですが、悠々塾で「死は肉体からの解放の喜び、現世からの卒業であり、永遠の別れではないこと。」を学んでいます。 そのことをふまえた上で自分はどのようにしたいのか。と考えた時にあらためて両親へ感謝の手紙を書こう!エネルギー場を変えよう!それで治ってくれればいいが、霊界で決められていることに抗うことは出来ない。とにかく自分達の出来ることをすべてやって後悔のないようにしよう。と思いました。 飯沼さんへはその事と「もし亡くなった場合は霊界へ出来るだけスムーズに移行出来るようにエネルギーをお願いします。」と伝えました。 次の日には兄弟へ父親はとても厳しい状態だと思うから病院へいけるならなるべく早く行った方がいいことを伝えました。兄は関東にいますがその週内に病院へ行き、弟家族も週末には病院へ行きました。二人とも父親の状態に驚いていました。お見舞いは15分しか会えなくて二人までしか会えず、基本的に小学生は会えません。 そして僕は気持ちを込めて感謝の手紙を書き、送りました。
その後7月定例会があり、自分としてはある程度出来ることはやったつもりでいたのですが飯沼さんから「もし病院へ行ける時があるなら何回でも行った方がいいよ。」と言ってもらい、まだまだ出来る事があることに気付かせていただきました。 そして定例会後にも家族みんなで病院に行き、父親へ直接感謝の言葉を伝えることが出来ました。 その日は先に弟も病院へ行っていて、僕も病院へ行くことが担当医の方に伝わっていたらしく藍子さんも一緒に病状についての説明と今後予想される状態を聞くことが出来ました。 同じようなことをすでに兄も聞いていたらしく「父親はいつ何があってもおかしくない状態だ。」ということを家族みんなが共有し、はじめて兄弟のグループラインをつくり、家族みんなが出来ることをすべてやって後悔のないようにしようと団結出来たと思います。もしその日に帰省していなかったら父親に直接感謝の気持ちを伝えることは出来なかったし、担当医の話を聞くこともなく、もしかしたら家族がまとまらなかったかと思うと「何回でも会える時に会ったほうがいい。」と言っていただいた飯沼さんにはとても感謝しています。 そしてお盆前にも帰省を兼ねてお見舞いに行きましたがその時は意識が朦朧としていて、こちらからの呼びかけに反応が無くてなかなか厳しい状態だと感じたし、あらためて前回に会った時に父親への感謝を伝えておいてよかったと思いました。 その後はエネルギーを送っていただいているおかげで体の状態が悪いながらも落ち着いていて、病院を転院することになり、8月末には呼びかけにうなずいて手を握ったり、ゼリーやお水を少し飲んだり出来て少し回復していることをみんなで喜んでいました。
ですからこんなに早くお別れがくるとはまったく思っていなかったのですが先日容体が急変して、父親は亡くなりました。 最初に母親から病気のことを聞いて約2ヶ月弱。家族みんなが気持ちの整理をするのに時間をいただきました。 そしてなるべく後悔のないようにみんなが出来る事をすべてさせてもらいました。 飯沼さんからは「それぐらいの役にしか立てなくてごめんよ。」と言ってもらいましたが、飯沼さんの存在がとてもありがたかったのにそんなふうに言ってもらって仕事中なのに涙が出てきました。 お通夜と告別式では寂しいながらもみんなが出来る事をやって、思いやりに満ちた、父親にとって幸せにつつまれた、素晴らしいお通夜と告別式だったと思います。 その後兄から聞いたのですが母親は「父親が亡くなったのは残念だけど兄弟3人が仲良う、協力しとるのが確認出来たのは良かった。」と言っていたそうです。 その言葉を聞いて僕はまた泣きそうになりました。 この度、飯沼さんに送っていただいたエネルギーと助言、いままで悠々塾で学んできたおかげで家族みんなが納得いく父親とのお別れが出来たと思います。 本当にありがとうございました。 |
16/09/2025(火) 19:59:15
|
| No.43089 みやっち |
|
|
|
祐造さんの文章からぜんぜん気持ちが伝わってこなくて、同じような文章を繰り返して、まるで他人事のように感じてしまいとても驚いています。 憑依されているということは何か意味があることで祐造さんが引き寄せているのではないのでしょうか。 祐造さんがお母さんへしたことが憑依されていることによって何かの言い訳になるのですか。罪の意識がなくなるのですか。 祐造さんご自身は後悔がないのですか、納得出来るのですか。祐造さんの気持ちはご自身が1番よくわかっているはずです。 憑依霊をはずそうと思ったらお母さんへ自分がやってしまったことへの心からの反省と謝罪、今後どのようにしていくのか、そしてこんな自分は絶対に嫌だ!自分を変えたい!憑依を絶対にはずしたいという祐造さんのあきらめない強い強い気持ちが絶対に必要なんじゃないですか! NPO設立時もいろいろあったけどさきさんから去っていくことはなかった。 そしてかなりの時を経て、もう一度二人で共に歩んでいくことになったのでしょう。 その時の投稿で祐造さんはカルマの上塗りだと自分の事を言っていました。 カルマを解消したい、自分をなんとかしたい、自分を変えたいという気持ちが相当強かったから離れなかったのではないのですか! その時の気持ちを思い出して下さい。 |
16/09/2025(火) 22:13:50
|
|