今日も寒いですね。雪が降らない地域も雪が降ったり、みなさん気をつけてくださいね。
感想の続きです。
定例会の共鳴が今の地上界にしたらすごいエネルギー場だったこと。ここで本気になれば地上の歪んだ想念を突破できる、光の喜びに皆が満たされる。というお話がありました。
なんて書いていいかわからないけど(最近こればかり)、とても感動したし、そのエネルギーはみんなの異なったエネルギーで出来ていて、その中に私のエネルギーもあるんだな、と思うとゾクっと嬉しかったです。自分大丈夫か?という気持ちゼロではないけど、喜びが勝ってました。
自分は他の誰でもない事が、苦しさになったり悩んだり陰ったりしてきたけど、自分は他の誰でもないから雛形の金太郎飴の先頭なんだし、自分を成長させる喜びが増すんだと思います。自分もみんなも幸せにという事だなって。
だから自分たちは、自分なんて、と思う必要はないんだよな、と思いました。
あるものはある。>だから自分の中にある感情のわだかまり、陰りを否定する必要は全くなくて、完全には消え去るものではない。そこに囚われずにそれを上回る光の喜びを自分の中で満たしていく。<
私にとって、上回る光の喜びって。 まだまだな自分の否定を始めたら止まらないけど、だからこそ進んでいこーと思う気持ち。不恰好だったり恥ずかしかったりするけど、そんな気持ち超えたい、と思う気持ち。と思います。
あの私が今、神の子として生きよう!生きたいな!と思えてることも、私にとっては奇跡みたいです。
ミスター >何も心配ないよ< お母さん微笑んでおられますね。
さきさん、こちらこそありがとうです〜私の大事な局面にいつも背中を押してもらっています。姉夫婦の応援も嬉しいです。手も良かった。 ぽんちゃんもありがとう〜 薬は全部やめた訳ではなくて、やめたのは幻覚の原因になった薬でね、とても強い薬だったみたいだわ〜。 姉の大きな変化と兄の安心した表情だけでも奇跡みたいに嬉しいのに、兄が動けてやりたい事も出来て前向きでいてくれて、ありがたいなと思います。
この場のみなさんにも、ありがとうございます。
ゆうきさん 入居者さん、落ち着かれて良かったですね。安心されたんでしょうね。穏やかに過ごされる様子に嬉しくなりました。 |
05/02/2025(水) 11:05:48
No.41933 みさお |
|
|
みんとさん 大丈夫ですよ〜
ありがとう、応援してますよ!
ミスター、自分の事ばかり書いて て事ないですよ。皆さんの気持ちそのままを読ませてもらえてます。 私も家族との別れを思い出しました。 距離もあるし、お疲れでませんように。
ぽんたさん、悠々塾の夢見ると嬉しいね。 今回定例会前に飯沼さんとBさんが立っていて、その前にまゆみさんがいる夢を見ました。 起きてからも、暫く場所はダイニングかな等余韻に浸りましたよ。 沢山の人がいて、賑やかな雰囲気で起きてから、悠々塾やと思う事もあります。 この前はぽんたさんと漫画の話ができて楽しかったです〜。 また話して下さいね〜
久美さんの夢に、私幽体離脱して会いに行ってるのかな 思わずそう思ってしまいました。
ゆりかさん 私にも って! ゆりかさん、私がゆりかさんの事好きなの知ってるでしょう!
これからも一緒に、皆さんとも一緒に学んでいこう。
さきさん、右手復活良かったです。 SNSでの晩御飯の写真にほっこりしています。 にぃちぃさんのお店で、グダグダ喋ろう!
飯沼さんの41919の書き込みじっくり読み、又書き込みします。 |
05/02/2025(水) 11:43:13
|
No.41934 飯沼正晴 |
|
|
ゆうきクンの昨夜の投稿を読んで、いろいろと思うことがありました。
ダウンロードの時にゆうきクンに伝えられたメッセージは、 「踏みつぶされないように地面を這いまわる今の自分から脱皮して、空に向かえば、あなたは大空を駆けめぐる龍になる素質をもっています。あなたは今、脱皮の時期を迎えています」 というものでした。
その利用者さんのことについて、もちろん職務上の慎重さは必要ですが、それを担保しながらでも大胆なケアはできると思います。 定例会以降のその利用者さんの変化は、やはりキミのエネルギーが作用していると捉えるべきでしょう。 その利用者さんの状態が逆戻りする場合もあるとは思いますが、すでにゆうきクンのある種の破壊力を伴うエネルギーは顕現され始めているのだと思います。
私はイッシンさんのお音楽を聴くことで心身の病が治り、心身の状態が改善するということは十分にあることだと思っています。 にい&ちいさんのお店に行ってにいクンの料理を食べることや、Bさんの舞台を観ることや、ぽんたさんの絵を見ることや、オレンジさんのピアノを聞くことや、みんとさんに髪を洗ってもらうことや、ゆりかさんたちの塩でも、心身の病が治るようになると思っています。 ちいさんのリハビリ指導を受けることも、さきさんやみさおさんやあおやまさんの介護・介助を受けることも同じです。 そういう特技・ツールを持たなくても、今の仲間の皆さんもいずれは自分の持ち場で関わる人たちの心身の病を治し、状態を改善させていくようになると思っています。 病の治癒や改善のみならず、地上に生きる人としての喜びを自他に現実化していくのです。
もちろん個人のエネルギーだけでは十分ではなく、悠々塾という場のエネルギーと共鳴することで、そういう奇跡のような喜びがカタチになっていくのです。 そういうふうに自分を役立てていくためにも、感覚の層を健やかに活性化して、感覚の層の防護膜の透過性を高めて、霊性のエネルギーが感覚の層にまで同調していきわたり、外部にも作用しやすくする作業を進めていきたいと思っています。
自分の気持ちを軸にする生き方を卒業してこそ、卒業しようと意志して意欲を高めて挑んでこそ、そういう奇跡のような喜びを自他に現実化していけるのです。 |
05/02/2025(水) 12:03:23
|
No.41935 まゆみ |
|
|
定例会の皆さんの感想を読んで刺激されます。
定例会のヌマさんの話は録音聞きながら気迫を感じました。(定例会当日はそんなには思わなかったのですが・・・) 30年という時の経過を思うと感慨深いと同時に、これからが楽しみと思えてる自分がいることにちょっと不思議な感覚です。
定例会のダウンロード、ヌマさんBさん、さきさん、本当にお疲れ様でした。 二日にかけて長時間エネルギーを送り続けるのは大変だったと思います。 働きということに真摯に自分を役立てようとしている姿が眩しく尊く思え、そのエネルギーが悠々塾の場のエネルギーを高めているだなと感動しました。
(書きたいことたくさんあるのにいざ書くとなると・・・書けなくて・・・)
今朝のやすこさんの投稿、そのまま思ってることが言葉になってて、そうそうって思いました。 自分だからこそ、できることがいっぱいあって、そいう状況が現実として現れている。 皆が喜べる現実を創っていくのも自分の意識なのだから。
今日のぬまさんの投稿もそうそうって思いました。 悠々塾に集う皆がそれぞれの持ち場でうれしい現実を創っていく。 これから奇跡のような喜びがカタチになっていくんだと思うとワクワクします。
私も頑張ろうって思います。 みなさんの投稿にエネルギーいっぱいもらってます!
ミスターのお母さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。 ねぎらいと祝福のエネルギーを送らせていただきます。
masakoさん 長男さん早い回復良かったです。 ますます良くなりますように! 家族皆が喜びに満たされますように!エネルギー送ります。
オレンジさんがお兄さんのことを思う気持ち、すごく伝わってきます。 お兄さんに引き続きエネルギーを送ります! |
05/02/2025(水) 15:34:29
|
No.41936 オレンジ |
|
|
みなさん兄に応援のエネルギーや励ましのことばをありがとうございます。名前が抜けてはいけないのでみなさんにさせてもらいます。 私が割合元気でいられるのはエネルギーの助けがあってのことだと思いすごく感謝しています。 今の時点で思いを巡らせたことを書きます。
兄の事で過去世のカルマとして好きな彼女とは自分のせいで別れることになり、その後ぐだぐだの人生を送ったとしたら、地上人生ではそこからのスタートになります。地上の設定として年子になる私の兄として生まれます。
父が肺を患って血痰が出ていた頃カウンセリングのことを知り両親を三田に連れて行きました。克子さんのメッセージの中で父と祖父とはあまり仲が良くなかったですね。そして父と兄とも良くないのは男親子のカルマです。兄は父親として仕事に関してももっとアドバイスをして欲しいと思っています。と言われたけど父は自分の病気で精一杯なのでそのことは後にもスルーしたと思います。私はそうなのかという理解だけでした。
幼少の頃は私は母親によく甘えていたけど兄が母に抱っこされ甘えていた姿の記憶がありません。家が商売で両親とも心配が絶えないしんどい生活だったので兄はその頃から寂しさを抱えていたのかもしれません。
両親が留守の夜は決まって兄にお腹を蹴られていたので母親がいない夜はその恐怖があったように思います。私ばかりが甘える腹いせかもわかりません。 姉は4歳年上だけど姉と一緒に遊んだ記憶はあまりありません。姉は同級生とよく遊んでいたけど姉もいじめに合っていたようです。
近所に従妹や男友達がいていつも遊ぶのは兄にくっついて行き兄の同級生や従妹や近所の男友達だったと思います。 兄が小学校の頃は毎晩隣に住んでいた祖父母の家に行ってました。その方が愛情を貰えたのかもわかりません。中学の担任(女性)に異常になつき、家ではみない人懐っこい喋り方だったように思います。
父は放任主義でとやかく言うほうではなかったので私達兄姉は自立せざるえませんでした。 どこに就職するとか何が好きか何をしたいかという真面目な話題は皆無に近かったように思います。
四国のTさんの問題が出てきた時、私の家と似ているかもと思いました。私の両親ももしかしたら長男さんには会いに行かないかも。そうしたら私も姉も行かないかもと思いました。 子供が何人かいれば必ずしも平等にかわいいとは限らない。親と相性の悪い子もいると思いました。 兄は年を取るにつれTさんの長男さんのような扱い方をされていました。放っておいても一人で生きる。存在を忘れられる。
私も姉も確かに兄の存在を忘れていた時期はあったと思います。それぞれが自立していたので自分が生きるのが精一杯ということもあったかもわかりません。 父が最後に入院した時も兄に知らせることをみんながすっかり忘れていました。兄は父の死後対面しましたが葬儀の時にはいっぱい涙を浮かべていました。私は後々になって兄に知らせなかったことをしまったと思いましたが、母と姉からは一言もそういう話はなかったです。
母が介護認定の面接をした時に「子供さんは何人ですか?」と聞かれ「二人です」と答え、次の認定の時も二人と答えていました。 兄の存在が母の中では薄かったかなかったのだと思います。
今でも母には兄の病気は知らせてないのですが、お正月にはみんなを呼ぼうと言ったら母は何で?と言います。 だけど昨年の11月に母が紅葉を一緒に見に行かないかと言ったことが嬉しかったのか、兄は姉にどう答えようか困ったわと言ったみたいです。
兄は多分長男として母親の面倒をみていないという気持ちがあるのか時々外食したくなったらいつでも電話してこいよと母と私に言ってましたが私は仕事の忙しさもありスルーしていました。外食は母に対して言ったのだと思います。
少しづつ記憶をたどっていますが兄の悲しみに向き合うというのはこういうことなのかと思います。 時折兄は寂しい一生を送ってきたのだと何とも言えない気持ちになります。 今日はここまで思いを巡らせていました。 エネルギーを送って下さってありがとうございます。 |
05/02/2025(水) 22:49:04
|
|